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  1. 本家の洒落怖を読むといろいろと奇妙な地方の風習が出てきますが、わたしも子どもの頃に土地神への捧げものとなった体験があります。そのときのことを書いてみます。わたしの住んでいた所は今は合併で市の一部になりましたが、約三十年前の当時からすでに過疎の進んだ山村でした。秋祭りにしては遅い十月の初めに、『おさっしゃ』と呼ばれるお祭りがありました。これは漢字にするとどの字を当てるのか未だにわかりません。これが正式な名前なのですが、村の大人達は里にいるときにはこのお祭りのことを『おかえし』とも呼んでいました。里からやや外れた山中まで四百段ほどの丸木を据えた山道が続き、古いお社があります。そこは二間四方ばかりの小さな社殿一つだけで、ここ何十年も改築などされておらず、柱などはそうとうに傷んでいました。ご神体は社内にはなく、背後の深い山々がご神体そのものであるようでした。当然、神職も常駐してはいません。社の前は草木が刈られて小さな広間となっておりましたが、そこに神職はじめ村の主立った者が集まって、土地神へ捧げるお祭りをとり行うのです。そのときに社前で舞を舞う男の子が一人おり、『にしろ』と呼ばれていましたが、これもどのような漢字を当てるかはわかりません。そして次の年の『にしろ』にわたしがなったのです。『にしろ』は前年の祭りが終わった十二月に、十一歳の男の子の中から選ばれます。自分で言うのもなんですが、『にしろ』に選ばれるのは顔立ちの優しい、体つきの華奢な子です。そして選ばれたその日から、『にしろ』は女の子として育てられます。髪を伸ばし、女の着物を着て、村長のお屋敷の一間を借りて過ごします。学校へはその一年は行きません。義務教育なので行かなくてはならないのですが、村立小学校でも問題にはせず一年間欠席扱いです。そして学校の勉強をしない代わりに、お祭りで舞う踊りを習います。神職が笙の笛、古老がひちりきなどを担当し、陽気ではあるものの、現代の音楽に比すればとても間延びした曲を演奏します。生まれつき鈍かったわたしは、習い覚えるのにずいぶんと苦労したことを思い出します。村長のお屋敷から外に出ることはできませんが、毎日のように両親や祖父母が会いに来てくれました。ただ学校の友達とは会うのを禁じられていたため、それは寂しく感じました。早いもので一年が過ぎ、『おさっしゃ』の前日となりました。この頃には家族との面会もできなくなっていました。髪はもう肩の辺りまで伸び、自分で鏡を見てもまるきり女の子でした。その日は水垢離をして眠ります。いよいよ当日となれば、朝から薄化粧を施されます。昼中は村は農作業をするものもおらず、平日でも学校も昼には終わります。お神輿などの神事は特になく、村人の多くは提灯を掲げたりして家でお祀りをしています。神職達はこまごまとお祭りの準備をします。わたしは昼時に神餅を少し食べさせられただけです。そして夕暮れになると、巫女のような着物を着せられた『にしろ』は、『にご』という竹で編んだ大きな鳥籠のようなものに入れられ、丸木を組んだものの上に乗せられ、男衆二十人ほどに担がれて、かけ声と共に山道をお社へと向かいます。このとき女や子どもは山に登ることはできません。山道の途中途中にはたくさんの幟が立てられ、お社前の広場には煌々と篝火が焚かれています。『おさっしゃ』はまず、神職の口上から始まります。村人の中にも意味のわかるものは少ない、日本語とは思えないようなものです。その後に神への贄が捧げられます。酒と御幣と数日前に村人が仕留めた一頭ずつの鹿と猪です。そしてまた祝詞のようなものがあり、わたしは『にご』から出されます。ここで一年間習い覚えた踊りを披露します。わたしは無我夢中で踊り、なんとか一つも間違えずに終えました。周りを囲んだ男衆から口々に「よい出来だ」  「今年はよい」などの声が聞こえます。そうして踊り終えたわたしは、茶碗一杯の御神酒を一息に飲むように命じられました。そして一同はこれで帰ってしまうのですが、『おさっしゃ』はわたしにとってはまだ続きます。明日の朝、里で一番鶏が鳴くまで、このお社の中に一晩こもって過ごさなくてはならないのです。雪の降る地方ではないのですが、十月の山は寒く、薄い白い肌襦袢を着て過ごすので、寝ることはほとんどできないという話を事前に聞いていました。わたしは初めて大量に飲んだ酒のために体が火照り、まだ寒さは感じず、何もない社殿の中の山側の壁にもたれていました。神職がわたしの側に来て、「ちょっと怖い目をするかもしれないが心配ない。何も危険なことはないから、けっして逃げ出したりせずしっかり務めてくれ」そう言って、外に出て扉に錠をかけたようでした。板のすき間からわずかに見えていた篝火が消され、男達の声も消えました。お社の中は灯りもなく真の暗闇となりました。外はほとんど風もないようです。不思議と怖いとは感じませんでしたし、危険があるとも思いませんでした。なぜなら、これまで毎年代々『にしろ』を務めた人たちは、村を出た人以外はみな健在であったからです。ただし『にしろ』としてこのお社の中で経験したことは、絶対に人に言ってはいけないし、また聞いてもいけないことになっていたため、どのようなことが起きるのかはわかりません。かすかに木の葉がさやぐ音が壁を通して伝わってきます。三時間ばかり過ぎ寒くなってきました。これでは寝ることはとうていできません。一枚だけ与えられた薄い白絹の布にくるまり、壁にもたれて膝を抱えていると、ふっと真っ暗で何も見えないのに、社殿内の空気が変わったのがわかりました。それと同時に社殿内がものすごく獣臭くなり、何者かがいる気配がします。それも二つの息遣いに聞こえます。身を固くしていると、あっという間に白絹をはがされ、わたしの体は宙に浮きました。ひょいと足首をつかんで持ち上げられたのだと思いました。そして肌襦袢も脱がされ、体中をまさぐられる感触があります、それも毛むくじゃらの手で。何本もの手で全身をまさぐられています。わたしは怖ろしさで声も立てられず気が遠のいていくのを感じましたが、そのとき獣のうなり声が聞こえてきました。そしてこれは声に出した会話というのではなく、直接わたしの頭の中に意味として入ってきたものです。「これは見目よいと思うたがおなごではない」  「おなごではないな」「またたばかられたか」  「今年もたばかられたか」「酒と獣肉はもろうておこうぞ」「これは返そう」  「うむ、返そうか」そしてわたしの体はどーんと床に投げ出され、今度こそ本当に気を失いました。そして次に目覚めたのは小鳥の声、そして朝のまぶしい光でした。社殿の扉が開いており、神職達が迎えにきてくださっていたのです。これで話は終わりです。※ たばかる=騙す

    おさっしゃの話
  2. ★いつも読んでくださり、ありがとうございます!❤■不二家のミルキー尽くしのドーナツ屋さん先日、横浜の「MARK IS みなとみらい」という商業施設に行ったら…「ペコちゃんmilkyドーナツ」というお店がありました。ペコちゃんmilkyドーナツ マークイズみなとみらい店 (みなとみらい/カフェ)★★★☆☆3.26 ■予算(昼):~¥999tabelog.comあの不二家のミルキーを使ったドーナツのお店なんです。店内にはドーナツがずらり。公式HPを見ると、Milkyの優しいミルクの風味をイメージした「Milkyドーナツ」(209円)とMilkyクリームを詰めた「Milkyクリームドーナツ」(231円)など、Milkyに特化したドーナッツのようです。ドリンクメニューも、飲むMilkyなど、Milkyの味わいのドリンクがありました。店内で、「のむMilky tea」(430円)と「Milkyクリームドーナツ(ミルキー)」を食べてみました。包み紙にもペコちゃんが!ドーナッツを割ってみると…Milkyクリーム。食べてみると、常温のクリームだから、生クリームではなく、ホイップクリームなんですよね。だから、不二家のケーキに使われているMilkyクリームというよりは、ミスドのエンゼルクリームのほうに似ています(苦笑)。米油で揚げているので、口当たりの軽さがあります。(米油を使っているのは、うれしい)Milkyクリームを売りにするなら、「ビアードパパ」のように、注文ごとに“生クリームを使ったMilkyクリーム”を注入するような商品も作ってほしいかも。「のむMilky tea」は、甘めのミルクティーといった感じ。おいしかったです。ペコちゃんのミルキークリームのネームバリュー力は高いので、お土産にも最適ですよね。このお店では、結構、テイクアウトをしているお客さんが多かったです。お友達へのお土産とかなら、持ち歩く時間が長くなる分、常温でも大丈夫なのはいいですしね。「Milkyドーナツ(プレーン)」はテイクアウトをして、翌日家で食べました。ほんのりMilkyの味わいのある、シンプルでおいしいドーナツでした。ただ、強いて言うなら、「Milkyクリームドーナツ(ミルキー)」のほうが、Milky感を味わえるのでオススメ。「ペコちゃんmilkyドーナツ」は、東京は有明、亀戸、亀有にあるみたい。話のネタにもなるので、見かけたときは食べてみてはいかがでしょうか。■関連記事12種の小鉢料理が絶品!六本木の知る人ぞ知る人気ランチのお店「淡悦」『12種の小鉢料理が絶品!六本木の知る人ぞ知る人気ランチのお店「淡悦」。』★いつも読んでくださり、ありがとうございます!❤■予約必須の人気店先日、お友達の誕生日祝いで、知る人ぞ知る、六本木の人気店「淡悦」のランチに行ってきました。和…ameblo.jp★お知らせ文章での「恋愛&人間関係のお悩み相談」サービスを始めてみました!『文章での「恋愛&人間関係のお悩み相談」サービスを始めてみました!』■ココナラに初挑戦!ココナラで、文章での「恋愛&人間関係のお悩み相談」サービスを始めてみました!★人間関係お悩み相談コラムニストが人間関係のお悩みに文章でお…ameblo.jpP.S.今、ブログではなかなか書けない情報を皆さんとシェアし合いたいので、オープンチャットを作りました(※無料)色々な情報をUPしていくので、参考にしていただけたらと思います。(ブログでしか告知しないので、クローズドなチャットになると思います。みなさんで情報をシェアし合いましょう)★オープンチャット「ひかりと歩む道」https://line.me/ti/g2/ltkWBugKVDzq-wQh0BqafOZ3ybYu-oq_FRIRbw?utm_source=invitation&utm_medium=link_copy&utm_campaign=default◇「あいとひかりのたね」(旧HAPPY WOMAN NEWS)では、ブログでは書けないような、ChatGPTで興味深い回答をUPしているので、よかったら、ご覧ください!「ChatGPT&AIとの対話」 | あいとひかりのたね(旧HAPPY WOMAN NEWS)波動が変わると人間関係も変わる。波動が違う人とは離れたほうがいい理由 投稿: 2025-04-25 この世界をhappy-w-n.com★発売中“子供おばさん”にならない、幸せな生き方: ~自分を愛するということ~ (子供おばさんシリーズ) (ステップモアブックス)Amazon(アマゾン)“子供おばさん”にならない、自分らしい恋愛 (子供おばさんシリーズ) (ステップモアブックス)Amazon(アマゾン)“子供おばさん”にならない、大人の人間関係 (子供おばさんシリーズ) (ステップモアブックス)Amazon(アマゾン)“子供おばさん”にならない、熟成させる人生 (子供おばさんシリーズ) (ステップモアブックス)Amazon(アマゾン)★お気に入りのグッズを色々と紹介しています(食べ物が多いかも・笑)★関連ブログ「新聞ライター(♀)の取材日記」http://ameblo.jp/katoyumiko/★お仕事のご依頼は、お気軽に下記までご連絡ください!株式会社ステップモア 加藤E-MAIL: ykato0602@gmail.com『★インタビュー&ライティング案件、募集中!』メディア様からのインタビュー&ライティング&コラム執筆の案件はもちろんのこと、企業様で、「自社のオウンドメディアで、インタビュー記事を書くライターを探している…ameblo.jp即納・追跡可 2025 1オンス 南アフリカ クルーガーランド銀貨 39mmクリアケース付き 新品未使用【地金型コイン特集】楽天市場

    実食!横浜の「ペコちゃんmilkyドーナツ」でミルキー尽くし!
  3.  皆さんこんばんは。今日(5月10日)は雲一つない快晴でした。こういうのを五月晴れというのでしょうか。調べてみると本来は梅雨の合間の晴れ間を指す言葉だったようですが、現在は文字どおり5月の晴れ渡った空を指すようです。 そんな陽気に誘われて、フラフラとカメラを持って出かけました。遠出をするだけの元気はなくて、近間の小樽運河に行くことにしました。 ちょうど桜が満開でした。これは里桜(関山)という品種らしく、ソメイヨシノが散った後に咲くようです。 いつもの見慣れた小樽運河の写真です。 左の歩道で絵を売っている人がいました。髭を生やしたお爺さんです。ガラス絵として売っていました。それが下の写真です。ガラスの上に描いてあり、絵の具が盛り上がっています。ハガキサイズの小さなもので、3000円でしたが買ってしまいました。 私はこの手のものを、絵葉書であれ、写真であれ、買ったことはないのですが、どうしたことか、なんとなくの勢いで買いました。いかにも手書きという感じが良かったのかもしれません。最近AIが描いた画像に飽き飽きしているせいでしょうか。 気温は、ちょっと見ずらいですが、21.3℃でした。まだ暑くはありませんが、日差しの強さと合わせて夏を感じさせます。 運河脇の歩道に降りてみます。 観光船がやってきました。 少し足を伸ばして港の方に行ってみました。小樽運河と小樽港はすぐ隣というか、繋がっています。すると、豪華そうなクルーズ船「バイキング・ビーナス(Viking Venus)号」が停泊しているのが見えました。 総トン数47,842トン、乗客定員930名の中型ラグジュアリー客船だそうです。就航年:2021年、全長:227.2m、全幅:28.8m、乗組員550名とネットに書いてありました。ノルウェー船籍です。 ノルウェーの船で、船名が「バイキング・ビーナス」ということは、「海賊の女」号と訳したらいいですね。女同士、高市早苗に戦ってもらいましょう。 船首に回って写真を撮ろうと思いましたが、道が塞がれて行けないようにされていました。残念。 さらに少し歩いて、私のお気に入りの撮影ポイントに行ってみました。釣りをしている人がいましたが、釣れてはいませんでした。 この汚れた埠頭の雰囲気が好きなんですよね。 もう少し右手に行って倉庫を写すことにしました。廃墟ではなく、現在も使われている倉庫だと思いますが、この汚れと錆具合はいいですねえ。 ツバメが飛んでいました。チッチッと鳴き声がして、天井の方には巣も見えました。北海道で燕を見るのはほんの一時期という感じなのですが、5月には来ているのですね。 ここは天気の悪い日の方が写り具合がいいかもしれません。暗くどんよりした日の方が感じが出そうです。 最後に、桜のところまで戻って来て、今日のじい散歩はおしまいです。 家まで戻って少しすると、花粉症で大変でした。くしゃみが出るわ出るわ。私の花粉症は毎年5月から6月半ばくらいまでです。関東で暮らしていた頃は、正直なもので花粉症の時期も3月くらいからと早かったですね。 換気口にフィルターが設置されているせいか、家の中にいると全然なんともありません。老化は確実に進んでいますが、まだ、異物を体から排除しようとする機能は死んでいないと考えることにしましょう。

    じい散歩 その22
  4. うちのじいさんのことなんだ。12年前に死んだんだよ。だからな、古い話ではあるんだが・・・最近なあ、実家で仏壇を買いかえることになって、小引き出しなんかを整理したら、変なものが出てきてな。それ、今日持ってきてあるから。ああ、俺が持ってるのが怖いんで、できたらここのあんたらで預かってくれないかと思って。それでな、俺はあんまり頭がよくねえんで、人にわかりやすいように話をするのが苦手なんだよ。なるべく順を追って説明するつもりだが、もしわからねえとこがあったら、適当に質問入れてくれ。18年前な、俺は高校2年生で、田舎の実家に住んでたんだ。頭のいいやつらは近くの市の高校に行くから、地元の学校にしか行けなかった俺は根っからの落ちこぼれだよ。ああ、すまん、関係ないな。で、当時、俺の家族は両親に小学生の弟、それから70を過ぎたじいさん。ばあさんは俺が幼児のときに死んだから、かすかに記憶があるだけだ。それでな、うちは山持ちだったんだよ。かなり広い山林を所有してたってことだ。いや、資産としての評価額は低い。あんな田舎の山、買うやつはいない。昔と違って、木材がまるで商売にならねえから。けど、わずかばかりだが固定資産税は払ってたな。じいさんは体力があった。ばりばり畑仕事してたし、週に1ぺんは持ち山に登ってたんだ。これは山の手入れをするためで、登る人がいないと道が消えてしまうし、木の下枝をはらう仕事もある。そのついでに、春は山菜、秋はキノコと、背負ったカゴにいっぱい採ってきてな。あと、じいさんは罠猟師の免許を持ってたから、ときおり鹿肉なんかが夕飯に出た。うん、家で山に行くのはじいさんだけだった。親父は農協の職員で、そんな時間はなかったし。母親は山なんかに興味はない。あと、俺と弟だが、じいさんが山に連れてってくれたことはないんだ。「危険がある」って言ってな。けどよ、山ったって、高さ数百m、今考えれば、そんな危ないことはねえと思うんだが、それはきっと、山にあいつらがいたせいなんだろうなあ。え? あいつらって何かって、今からそれを話していくんだよ。あれは・・・夏だったのは覚えてる。俺は夏休みだったからな。その夕方、夕飯前に山からじいさんが帰ってきたんだが、何か様子が変だったんだよ。どんと庭先にカゴを置いて、それから外の水場に行って、いつも持ってる山刀の刃をごしごし洗い出してな。たまたまそれ俺が見てたんで、じいさんに「そんなことしたら刃が錆びるんじゃねえか」って言ったんだ。そしたらじいさんは、「なーに、後で油をさしとくから心配ねえ!」って言った。でな、そのとき、なんかじいさんの目が血走ってる気がしたんだ。いや、いつもは俺らには優しいじいさんだったんだが。それで、「山で何かあったのか?」重ねて聞くと、じいさんはぽつんと、「ちょっとしくじった。間違ってやつらの王様を殺しちまった」って言ったんだよ。わけわからんだろ、山に王様がいるか? けど、「どういうこと?」と言っても、それ以上じいさんは答えてくれなかったんだ。それから、じいさんはぱったり山に行くのをやめたんだ。秋になって、例年ならどっさりマイタケなんかを採ってくるはずが、その年は1回もなかった。これは残念だったな。俺も弟もキノコ汁が好きだったんで。でな、じいさんは畑には毎日出てたが、ある日、遅くに戻ってくると、「やつらが山を下りてきやがった。畑まで来るとは、わしを相当憎んでおるんだろうなあ」こんなふうに言ったんだよ。「やつらって?」  「中国から来たやつらだ。わけあってうちの山に住まわせておったが、この間、話がこじれてやつらの王様を殺してしまったから」・・・うちのじいさんは、ちょっとの間だけど戦争に行ってるんだよ。そのときの話はしてくれなかったが、後で親父に聞いたところ中国戦線だったらしい。けど、召集されてすぐ終戦になって、じいさんは戦闘らしい戦闘もせずに帰って来たって。まあ、運が良かったってことだろうが、中国人を日本に連れてくる余裕はなかったろう。だから、この話も意味不明だった。そもそも、うちの山は人が住んで暮らせるようなとこじゃない。でな、じいさんは続けて、「今日はわざと日が暮れてから帰ってきたが、家のありかをやつらに知られるとまずい」そんなことも言ってな、翌日、家の庭に罠を何個も設置したんだ。これはさすがに、ハサミ罠は危険なんで、親父が反対したな。下手をすれば骨が折れる。けど、じいさんは言うことをきかず、誰も庭に出るなって言ってな。田舎だから、庭って言ってもけっこう広いし、いちおう低い垣根はあるが、その外の林との境もあいまいなんだよ。それから、じいさんは毎朝早くに起きて、庭の罠を見回るのが日課になった。けどよ、あんな罠にかかるような動物が家の近くまできたことはなかった。だから、悪いけど俺は、じいさんのボケが始まったと思ってたんだよ。でな、冬がそこまで近づいてきた頃だ。朝飯のときにじいさんの姿が見えなかったんで、俺と弟で探しに出た。そしたら、母屋からかなりはなれたとこでしいさんが倒れてた。上半身血まみれで、喉から太い木の枝が突き出してたんだ。かなりもがいたらしく、そこらの雑草がむしれてたよ。あとな、じいさんの右手、それにトラバサミの罠が食らいついてったっけ。仰天して親に知らせ、親父が見に来て救急車を呼んだ。・・・じいさんは死んでなかったんだよ。けども、刺さった枝が気管と食道を大きく傷つけてて、肺に水がたまって1週間後くらいに亡くなった。幸いというか、ずっと意識がなく、苦しむことはなかった。警察も来たよ。けど、事件性はなし、転んだとき、たまたま地面にあった枝が刺さったんだろうってことになった。まあなあ、うちを恨んでる人間なんていなかったし、それが妥当な解釈だが、ただ・・・一連のことを考えると、王様を殺されたやつらが山を下りてきてじいさんに復讐した。俺と弟はそんなことも考えてたんだよ。じいさんの葬式が終わり、遺骨はしばらく家の仏壇に置いておくことになった。納骨は春がよかろう、って住職が言ったからな。で、それから3日後くらいだ。夜中の2時頃かなあ。俺は音楽を聞いて起きてて、腹が減ったんで1階の冷蔵庫から何か食いもんをあさろうと考えて、台所まで行ったのよ。で、ハムを厚く切って戻ろうとしたとき、廊下で何か音がしたんだよ。「ん?」そっと出ると、異様なものがいたんだ。一言でいうと小人。チワワくらいの大きさかなあ。見たことのねえ服を着て、髪の毛を編んで垂らした小人が、両手で何か白いものを捧げ持つようにして歩いてた。びっくりしたよ。けども、向こうのほうがもっと驚いた様子で、その持ってたもんを口に咥えると四つん這いになった。で、ネズミのような速さで、俺の脇を駆け抜けてったんだよ。それから親を起こしてその話をしたが、信じてる様子ではなかった。けどな、いちおう家の中を調べたら、廊下の一番奥の仏間。仏壇にあった、じいさんのまだ納骨してない骨壷が倒れてて、白い骨の粉がいちめんに散らばってた。けど、それ以外に被害はなかったし、家のドアも窓もすべて戸締まりされてたから、警察に訴えることもなかった。おおかた両親はネズミがやったことだと思ったんだろう。俺が見たものは寝ぼけ・・・けどな、その週の日曜日、弟を誘ってうちの山に登ったんだよ。ああ、冬のほうが登りやすい。実家のある地方は雪はほとんど降らんし、冬場はヤブが枯れてるから。でな、人ひとりが通れるくらいの道があった。そうだなあ、一番高いとこまで登っても1時間ちょっとだった。で、その途中にじいさんがつくったと思われる小屋があったんだよ。小屋っても、突然の雨をしのげる程度の屋根がかかってるもんで、鍵なんかはついてねえ。畳3畳程度の広さ。中に入ると、土間の奥のほうにわけわからんものがあったんだ。・・・立派な服を着た小人の骨だよ。頭は骸骨になってて、長い髪の毛が残ってた。そう、俺が前に見たやつと同じくらいの大きさ。弟も見たから間違いじゃねえ。でな、その前にやはり小さい長机があり、その上に、白い塊がのせられてた。ああ、たぶんじいさんの遺骨の一部だ。そんとき、小屋の屋根の上で、コツコツって何かが歩くような音がした。それで俺らは怖くなって山を駆け下りたんだ。けどよ、その後、親父といっしょに小屋に入ると、見たもんはきれいさっぱりなくなってたんだよ。まあこんな話なんだ。それから俺は高卒で就職して、実家にはあまり帰ってねえが、特におかしなことがあったってことはない。でな、最初の話に戻るんだ。親父が定年退職になって家中を整理するって言い出し、仏壇の中身も全部出してみた。そしたら、引き出しの奥から、古い古い新聞に包まれた平たいものが出てきてな。中にあったのは一枚の黄ばんだ白黒写真。日本には見えない家の窓際に机が置かれ、その上に人の生首がある。首は苦悶の表情を浮かべててな、軍帽から日本兵じゃないかと思う。いや、じいさんじゃねえよ。立派なヒゲがあったから上官とかだろう。でな、その首の血溜まりを4人、あの小人たちが取り囲んでたんだ。どいつもみなキョンシーみたいな服着て。

  5. 高市さんは知らないんですよね
  6. bigbossmanです。今日も、自分の仕事での面談時にうかがった話です。お話してくださったのは早田さんというスポーツインストラクターをされている30代前半の女性です。場所はいつもの自分の仕事場。「私、子どもの頃から蛾が嫌いだったんです」  「そうですか。好きな人はあまりいないと思います。これとも何か、嫌いになる特別なきっかけでもあったんですか?」  「いえ、物ごころついたときから」「それで?」  「このことがあったのは中2のときなんですけど、今思い出してみても本当にあったこととは考えられなくて・・・それほど異常な内容なんです。ですからbigbossmanさんもお信じになられるかどうか」  「まあ話してみてください」  「はい、私、中学校のときはバレー部に入ってました。それで、2年生でレギュラーになったんです。これはバレーが上手かったというより、私が背が高かったから。当時170cm近くあったから」  「で」  「そのせいで3年生から嫌がらせを受けてたんです。肉体的な暴力はありませんでしたけど、睨まれたり無視されることはしょっちゅう」「はい。ありがちなことですね」  「で、その日、夜の7時頃に練習が終わって、いつも同じ2年生の家が同じ方向にある数人と帰ることにしてたんです。で、体育館から生徒昇降口へ行って、下足から下履きを出そうとしました。下足棚はいちおう扉がついていて、パンプスを出して下に置こうとしたとき、中から大きな蛾が出てきたんです」  「うわ、嫌ですね」  「白と焦げ茶が入り混じったような10cm近い蛾で、動かなかったので死んでたんじゃないかと思うんです。で、それ、扉を閉めた靴棚に自然に入るってことはないですよね。そのとき、3年生の誰かがイタズラでやったんじゃないかと思いました」「どうしました」  「思わず悲鳴を上げたんです。ただ、何の証拠もないですし、何気ないふうを装って靴を履きました。でも、他の2年生も、言いませんでしたが3年生がやったんじゃないかと察してるみたいでした」  「なるほど」「蛾の死骸は靴先ですのこの下に蹴って入れましたけど、やはり足が気持ち悪くて」「で?」  「その後、私たちは自転車通学だったので、帰り道にみんなでコンビニに寄ったんです。買食いは学校から禁じられてましたけど、みな平気で、誰も守る人はいませんでした」  「ああ、自分のときもそうでした」「そのときは夏で、コンビニの看板の下にあの、電撃で虫を殺す機械がついてまして、青白い光を発しながらバチバチ言ってました。さわれば死んじゃうのを知らずに、たくさんの蛾が群がってたんです。私はそれを見て背中がゾクゾクしたんですが、店内に入ってアイスを買い、コンビニの前で食べました」  「で?」「それから自転車に乗りました。その当時は自転車通学生はヘルメットを被ることになってましたが、みな暗くなってからは守る子はいませんでした。前のかごに入れてましたね。髪型が崩れるのが嫌だったので」  「それで?」「そのときに友だちが、私の後ろから、頭、頭と言いました。最初は何のことかわかりませんでしたが、耳がもぞもぞっとしたんです。友だちが蛾がとまってると言って、私がイヤーッと言って手で触ると、ぐにゃっとした感触。ああ、蛾にさわったんだ、と思いながら頭を激しく振りました。そしたらあ、いなくなったと言われたんですが、そのあたりで蛾がとび回ったということもなかったんです。ただ、手を見ると蛍光色の粉がべったりとついてました」「蛾は見なかったわけですね」  「はい、たしかに感触はあったんですが」「それで?」  「友だちと別れて家に戻りました。ただいま~と言って中に入っていくと、キッチンで夕食を作っていた母が、えっ!と言ってリビングに顔を出し、あれお前、さっき帰ってきたんじゃないの?と言ったんです。そんなことないよ、と答えると、母はとまどったような表情でしたが、さっき帰ってきて、手も洗わず2階に上がっていったじゃないと言い、リビングでテレビを見ていた弟も、そうだよと言ったんです」「気味が悪いですね」  「まさかまさか、と思いました。もしかして部屋にはもう一人の自分がいるかも。でも、そんなことはありえないし、何かの勘違いだろうとも思いました。それで、ムラムラと確かめてやろうという気持ちが起こり、階段をのぼって自分の部屋に向かったんです」「よく行けましたね」  「まあ・・・でも、音で弟が後ろからついてきたのもわかってましたから。で、部屋のドアを開けるとすぐ、勉強机が目に入ったんですが、もちろん誰もいません。ああ、よかったと思ってベッドの頭のほうを見ると、そこの壁に巨大な蛾がとまっていたんです。翅を閉じて、枝分かれした触覚を小刻みに動かしていました」  「大きさはどのくらいですか?」「1.5mくらいはあったと思います」  「うわ、それじゃ怪物ですよ」「私は卒倒しそうになって悲鳴を上げました。そのときに姉ちゃんどうした、と弟が入ってきたんです。私が、蛾が、蛾が、と言って壁を指差しましたが、そこには何もいなかったんです」  「うーん」  「弟からは、姉ちゃん怖がりだなあ、とさんざん馬鹿にされました。でも、たしかに見たんです。弟が入ってくるすぐ前、壁についていた蛾は翅を広げたんですが、隠れていた下の翅に模様があったんです。それ、ドットみたいな粗い形でしたが、私をいじめていた3年生の首謀者にそっくりだったんですよ」「うーん、すごい話ですねえ」  「でも、あの大きな蛾はあとかたもないし、その後も見たことはなかったんです。3年生のいじめは、9月になって引退するとなくなりました。私は新チームで地区優勝もしたんです。・・・今でも、あれが本当に見たものだったかどうかわかりません。でも、それからますます蛾が嫌いになりましたね」

    蛾嫌いの話
  7. 藤ノ木優です先日刊行された「あしたの名医4」なんと、発売3日で重版出来です!あしたの名医4―それぞれの決断―(新潮文庫) (あしたの名医)Amazon(アマゾン)ありがたいそして、本日のお知らせですが・・なんと!『スウィッシュ!」が!スウィッシュ!Amazon(アマゾン)第72回青少年読書感想文全国コンクール高等学校の部課題図書の1冊に選出されました!読書感想文全国コンクール公式サイト半世紀を超えて多くの児童や生徒に取り組み続けられている読書感想文。読書の感動を文章に表現することを通じて、読書の楽しさや素晴らしさを体験してもらい、子どもや若者たちの考える力を育んでいます。www.dokusyokansoubun.jp快挙です!「スウィッシュ!」が入試問題に採用された報告はしましたが『お前の小説、入試に出てるぞ!』先日、出先で大学時代の旧友から久しぶりに電話がかかってきました興奮した彼の第一声がタイトルの一文だったのですそうなんと「スウィッシュ!」徳間書店スウィ…ameblo.jp*実はその後都立高校選抜試験の後期試験にも使われましたすごいあの、私たちが子供の頃から続いている読書感想文コンクールの課題図書に選ばれるなんてものすごいことです自分が学生の頃にはそんなことは想像すらしませんでした楽しみです楽しみすぎます元々この作品は幅広い世代に読んでもらいたいとは思いつつやはり十代の学生たちに一人でも多く手に取って欲しいそう思って書いた作品なのですそれが実現するさらに、感想までいただける本当に嬉しいです6月くらいから全国書店に並ぶと思いますのでぜひ注目してくださいね

    第72回青少年読書感想文全国コンクール
  8. この小説は純粋な創作です。実在の人物・団体に関係はありません。「橘 瑞月です。 よろしくお願いします。」その声は甘かった。音楽のようだ。佐賀はそう思った。佐賀が現れて通訳を務めていた男は露骨にほっとした。5年前、既に決まっていた職場に佐賀は続けて勤務していた。その長身もこの国では日本ほどには目を引かない。そして、佐賀は気配を消す在り方にすっかり慣れていた。日本から来た寡黙なトレーナー。勤務時間を守り何事もその範囲にきっちり終わらせ突発事において血にも折れた骨にも動じない。どの国の選手にも対応しトラブルは起こさない。 俺は生きてはいないからな……。佐賀はそう理解して淡々と日々を過ごしていた。生きていないというなら、むしろ十代の頃だったろう。トラブルを撒き散らしながら生きていた時代こそ、佐賀は生きてはいなかった。今の佐賀は、その静けさという殻をシェルターとし異国という空間で一人を保っていたというに過ぎない。そう確かに生きてはいなかった。ただ佐賀は〝生きる〟ことは学んでいた。自分が〝生きてはいない〟と理解するくらいには。それは大きな違いと言える。道子との生活のため、鷲羽を離れることを決めたときに家庭を設けるに相応しい穏やかな生活の道筋を佐賀は付けていた。そのときに決めたままひっそりと気配を消した佐賀に無用なプライドから跳ね上がって楯突く者はいなかった。そして、静かながら的確な行動とその目に宿る底知れなさに周囲は自然と遠巻きになった。今回のように面倒な予感のする生徒を受け入れるときには頼りにされる。佐賀は仕事に文句は付けなかった。ただこなす。その際立って端正な風貌に喪に服しでもするかの黒づくめの姿にひそかに〝狼〟と呼ばれながら佐賀はその場に適応していた。会議室に上がり、そこに少年を見た。スクールのコーチ陣に囲まれてその少年は、浮き上がって見えた。ある意味、それは佐賀と似たものが働いていたといえる。少年は生きてはいなかった。少なくも、周囲の人間に興味をもつ程度には。白いジャージの袖は肘までまくられていた。 ……白磁のようだ夏というのに、その腕はしんとビスクドールのそれを思わせひやりと冷たい触感を想像させた。わずかに開いた襟から覗く鎖骨の窪みはその先に白い胸を滑らかな腹を見る者に想像させながら見え隠れする。その危うさをもちながら、整った顔は唇ばかりが色をもっていた。白磁の人形の纏う一点のみの紅。朱唇は開き一体の人形は声をもつことを示した。「橘 瑞月です。 よろしくお願いします。」挨拶を口にしながらその目は伏せられ己を指導してくれようという師に囲まれながらその一群に目もくれない。連れてこられたまま少年は詰まらなそうに立っていた。「サガ、 今日から入った子だ。 英語はダメらしい。 日本から来たんだ。 生活全般こちらが引き受けた。 相沢にと思ったが 君に頼みたい。  ロビーに 日本から来た担当がいる。 引き継いでくれ。」担当……?この場にも来ない担当か。少年は英語で何やかや声を掛けられることにまるで反応は示さなかったがその背を押され佐賀を指差されるとそのまま佐賀の前に進んできた。コーチの一人に従い、佐賀は少年と共に部屋を出た。階段を降りるとロビーにスーツ姿の年齢の読めない男が脇にブリーフケースを置いて待っていた。忙しなく人が行き来するスクールの中でビジネス色の濃い人間は目立つ。橘少年の姿に立ち上がった男は、佐賀に手を差し出した。「初めまして。 橘瑞月君の後援をさせていただいている 多田製作所の宮川と申します。 相沢さんですね。」にこやかに挨拶する男は、通訳を務めた男の名を言った。「……相沢は上にいます。 私は ここでトレーナーをしている者です。 橘君の担当を引き受けました。 引き継ぎをと言われましたが、 私でよろしいのでしょうか?」佐賀は、〝引き継ぎ〟の中身に若干の特例を予測した。既に広げられた書類にチラリと見える賃貸契約書やらパスポートやらはトレーナーとしての引き継ぎには十分に異例だ。佐賀の淡々とした事実そのままの説明にコーチが割って入る。「ああ ミヤカワさん 失礼しました。  先ほど 打ち合わせをしまして、 担当はこちらのサガになりました。 トレーナーとしては うちでは最高の男です。 ご安心ください。」佐賀は脇に立つ少年にチラと目をやった。宮川との日本語のやり取りは耳に入ったはずだ。自分の身の振り方に唐突な変更があったことは少年にも伝わった。が、その表情は先ほどと少しの変わりもない。 気にならないのだろうか……。佐賀の疑念はまた一つ増えた。宮川はそんなドタバタに特に心を動かされた様子もなく新たな展開ににこやかな表情を崩さない。「ああ 失礼しました。 相沢という方が担当すると伺っていたものですから。 サガさんですね?」宮川はロビーのテーブルを前に佐賀に座るように勧め少年は宮川のにこやかな目配せでコーチに連れ去られた。橘少年がリンクへと消えるのを見済まして宮川はふうと息をつく。「何も言わない子でしてね。 ここまでも 少々苦労しました。 おそらく、 相沢さんという方では 難しいということになったのでしょう。 佐賀さん、 どうかよろしくお願い致します。」「専属の具体的な内容を 教えてください。」佐賀は端的に尋ねた。これは仕事だった。たとえ多少の特例があろうと仕事は契約に基づいて請け負われる。宮川は進行の速さを歓迎しニヤリと笑った。「彼の生活の一切は、 私どもが引き受けております。 費用に関しては、 ということです。 こちらにお願いしますとき、 こちらでの生活の面倒なども 一緒にご指導いただくようお願いし その費用も払わせていただきました。 専属の方を付けていただくことは 契約の内です。 専属とは、 彼の面倒の一切を含みます。 よろしいでしょうか。」佐賀はざっと広げられた書類に目を通し、宮川に向き合った。「17歳ですね。 橘君の保護者の方は こちらにはいらっしゃらないのですか?」年齢は健康診断書で分かった。この年齢の生徒を引き受ける場合、保護者の意向は重要な要素だ。少年の風情そのものがあまりに人形めいていることも今交わしている言葉がスケート指導の面をまるで含まないことも全てが異様なことだった。とりあえず、確認できることから尋ねたのだ。 保護者はどこにいるのだろう。「彼は天涯孤独です。 5年前の震災でご家族はなくされたんですよ。 私どもは、 その才能を惜しんで援助させていただいています。 無愛想なのは 震災後からのことと聞いています。 そこも含んで 佐賀さんにはお世話になります。」生活費諸々を賄うためのカード、既に生活できるだけのものを整えたアパート、運び込まれ整理されている荷物、………………。言葉通り、暮らしていくためのすべては用意されていた。「では、 これで失礼します。 彼は まだアパートには 行っていません。 もう今日帰れば暮らせるだけのものは 整えてあります。 連れていってあげてください。 身元保証人には、 スケート関係の方にお名前をお借りしています。 何事かありましたら、 ご連絡は私が承ります。 よろしくお願い致します。」仕事の話は終わったようだ。トレーナーの仕事の部分は抜きで宮川は話を終わらせた。もうその手は書類を揃えファイルに綴じる作業にかかっている。佐賀はその忙しなく終わりを急ぐ宮川を静かに見つめた。「どうぞ」宮川が差し出す橘瑞月という少年のこれからの生活を保証する諸々を前に佐賀は静かに尋ねた。「宮川さん、 あなたは、 スケートの後援者で 実質上の保護者の方のエージェントです。 トレーナーとして伺いたい。 このスクールに留学させるにあたって 選手としての願い、 後援者としての狙いは、 何ですか?」宮川は、受け取ってもらえなかったファイルを佐賀の前に置き、立ち上がった。「多田は、 才能を惜しむと申しました。 スケートをさせてあげてください。」そう言って頭を下げるとさっと踵を返して歩き出す。佐賀は追わなかった。テーブルに橘瑞月は残された。それだけが確かなことだった。画像はお借りしました。ありがとうございます。

    改訂 アイス・ドール1
  9. 今朝の一詩|ゆいのあおうえい作文|自分を愛する練習をしているゆいさん
  10. 少し前、新聞の折り込みチラシを見ていたら、えらい安い❗お店を見つけた。そういえば彦根はベルロードから少し琵琶湖側に入った中央中学校近くに新しいスーパーができてたなぁ………って車でそばを走ったことを思い出し、あそこだとばかりに昨日覗いてみた。彦根市平田町にある「ラ・ムー彦根平田店」。緑のカゴをぶら下げて広い店内を歩いた。…………そうして買ってきたものが下の全部ですべて食べ物。(笑)↓上記の7点でいくらだったか?なんとなんとなんと………1096円‼️えっ?ほんまかいな?って、私はレジのところで本当に腰を抜かした。↓恐ろしく安い❗安すぎる。こんなに安くていいのか?↑「コロッケ」が3つで98円だ。↑私の大好きな「フィッシュバーガー」が100円だ。↑ボリュームのある「サンドイッチ」が198円だ。↑妻の好きな「甘いパン」も100円だ。この信じられない安さの「ラ・ムー」さん。岡山県倉敷市が本社だとか。今、西日本を中心に店舗を増やしているそうだ。このような超安いお店、スーパーマーケットもドラッグストアもない人口約7千人余りのわがふるさとにもやってきて欲しい❗スーパーマーケットに飢えている私たち町民は(特に車に乗れないお年寄りは)もう大歓迎です。

    「ラ・ムー」のあまりの安さに腰を抜かした❗[No.4438]
  11. 今日は夜勤明けに郵便局へ行って、キャッシュカードの「再発行」をお願いして来ました。実はGW中に出先のATMでお金を下ろそうとしたところ、キャッシュカードが何度入れても弾かれてしまい、その時の画面に「郵便局の窓口までお越しください」と書いて有ったことから、とうとうカードが寿命を迎えたと思っていました。幸い、その時には通帳も持っていたので、無事にお金は下ろせたのですが、もしも今後、出先で急にお金が必要になった際には、コンビニATM等はカードしか使えませんからシンプルに困ります。ということで、そういう「詰んだ」展開にならないよう、いよいよ「再発行」の為に窓口を訪れたのですが、結論から言うと、今回は「再発行」とはなりませんでした。どうやら郵便局側で調べたところ、カード自体は「生きている」ようで、窓口のお姉さんから「まだ使えますよ」と笑顔で言われてしまったのです。それでも発行したのがもう20年前で、たとえ機能は生きていても見た目としてボロボロですから「いっそこの機会に再発行を」とも思ったのですが、そのお姉さんから「まだ使える状態での再発行には手数料が掛かってしまうので・・・」と申し訳無さそうに言われたので、お金も勿体無いですし今回は止めにしました。別にキャッシュカードの見た目がどうだろうが、中の残高が変わる訳では有りませんからね。という訳で、これからもこの「二十年物」のカードと一緒に家計をやりくりして行きますか。このカードが本当に寿命を迎える頃には、今度こそ「再発行」されたピカピカのカードに見合う〝桁違い〟の残高を記録したいですね。

    たくさん共感されています

  12. ・・・✤BLを含む完全妄想のお話です✤・・・“先生、さよ〜ならぁ〜♪”「はーい、また明日ねー」エントランスから子どもたち数名と共に外へ出て、徒歩や自転車で帰る子たちには気をつけてねと付け加え、迎えの車に乗り込む子たちには保護者に向けて軽く会釈をして見送った小さなビルの中に戻ると〈櫻井先生、お疲れ様でした〉大学生バイトの阿部くんが事務所から出てきて〈いや〜、みんな元気いっぱいでしたね!〉さっきまで賑やかだった教室内の片付けを手伝ってくれたここは小中学生を対象にした学習塾、今日から春期講習がスタートした先程授業を受けていたのは、初めて塾に通う子どもたちばかり〈明日からもこうだといいですね♪〉まずは学習への興味や意欲を持たせることが第一の目的だ1ヶ月くらい前までは受験に向けて最終追い込みの生徒たちに向けての授業だったから、教える側としても気は楽だけど「最終的に何人くらいこのまま入校してくれるか……だけどね(笑)」経営的なことを言えば、それが一番大事教師を目指していた俺は、大学時代にここでバイトをしていた[櫻井くん、このままここに就職しない?]生徒からの受けがよかったらしく、当時の塾長から直々にスカウトを受け[入塾者も増えてるし、なにより【さくら】いだし【翔】だよ?!名前も縁起よくてぴったりじゃん!]それはこじつけでは?とも思ったけど合格報告にきてくれた生徒たちの嬉しそうなあの笑顔は何物にも代え難く、同時に達成感も得ることができて結局最後は押し切られる形で就職、気付けば塾講師歴はバイトから合わせて10年が経っていた〈俺、櫻井先生が目標なんです!〉そんな大層な存在ではないが、同じような道を歩もうとする若者に、そして頑張る子どもたちに情けない背中を見せないようにしなければと思いながら日々を過ごしているなんて、やっぱりちょっとオーバーだな(笑)その後は通常クラスの授業を行って退勤駅から近い場所にある塾から、自宅マンションまでは自転車で15分春分の日を過ぎて、昼はだいぶ暖かくなってきたが夜はまだまだ肌寒いペダルを漕ぐ足を速めて向かう場所は、帰り道にあるスーパー独り暮らしも塾講師と同じく10年、簡単なものなら自炊もするけど、正直得意分野ではないだから「今日は何があるかな〜♪」閉店1時間前、値引きシールが貼られ陳列棚に寄せられた惣菜たちが俺の楽しみでもあるそしてこの時期だけの楽しみがもう一つあって「おっ?またちょっと膨らんでる気がするな」スーパーの駐車場の一角にあって、この辺の地名がついた○○の一本桜なんて呼ばれているこの桜の木「早く咲かないかな〜」塾長じゃないけど、やっぱりその名に縁を感じていて、足を止めて蕾の膨らみ具合を確認してしまう日々今週は暖かい予報だったから、その柔らかい陽射しを受けて、まもなく硬い殻を破りピンク色の花弁が一枚一枚顔を見せてくれるだろう春の訪れ、桜の開花、新生活いくつになってもやっぱりこの季節ってワクワクするそしてちょっとだけドキドキする

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  13. N side「ここからは、オレとカズちゃんの領域な。」懐かしい櫻井さんの家に入ってすぐ、息もつかぬ早さで大野さんに引っ張られた。連れて行かれた先は、キッチン。『ちょ、智くんっ』なんて、掠れた愛しい声が耳を掠める。キッチンの入口で二人で立ち止まると、大野さんが後ろの櫻井さんに向かって声をかけた。「悪ぃな、翔くん。カズちゃんはまだ、ちょっとおあずけだ。」そう言って、大野さんがオレの腕をクッと引くと、またアゴで前に行けと促された。ツンとする。鼻の奥が痛いよ。櫻井さんの最後の姿が脳裏に浮かんだ。あの日、あの場所を最後にしようと思ってたのに。どうしてオレは、またここに来てしまったんだろう。櫻井さんちのキッチンは、オレがいた当時のまま、何一つ変わっていなかった。ダイニングテーブルの足につけた杖置きも、相葉さん用のそば茶の缶も、オレの…エプロンも。テーブルの上の、畳まれたエプロンをゆっくりと手にした。少しクタッとしてて、それでも昨日洗ったみたいな洗濯の香りがした。「これ…、なんで、ここに…」喉の奥に、何か詰まったみたいな声。やっとの事で出したから、変に震えてしまう。とっくに、捨ててあると思った。それなのにこんな綺麗に畳んであってさ。まるで、昨日までオレがここに居たみたいな……。「頭の良いカズちゃんなら、わかるだろ?」「大野さん……、オレ、そんな頭良くないよ。」「んふふっ。知ってるわ。」…もう苦しい。大野さんの笑顔も、早く付けてみろってエプロンを広げられるのも、オレの許容範囲を超えてて「大野さん、オレ…どうしたら良い?」少しだけ頭が痛い。酸素が上手く入ってこないし胸の奥だって、なんだかずっと切ないよ。オレは、こんなに許してもらえるほど素晴らしい人間じゃないのに…。「んふふっ。…潤も同じこと言ってたな。」「えっ、潤くん?」「お前ら、やっぱ似てんのかもな。」オレとは違う場所に収容された潤くん。だから、刑務所の中で会うことなんてなくて。昔、面会に来た大野さんに、一度だけ潤くんのことを聞いたことがある。でも、あの時は『潤は生きてるよ。』ってこと以外、何にも教えてくれなかった。「大野さん…」教えて欲しい。潤くんが、今はどこで何をしているのか。「潤は、組を出たよ。生瀬があんな感じになったし、もう大丈夫だろって。」潤くんが、組を出た?確かに、若は精〇病棟に入れられているから、オレらに何かをすることはもうない。元々、ヤ〇中だったらしくて。今でも『櫻井に会わせろ!』って発狂してるらしい。「潤くんが?………それで、今はどこにいるんですか?」「それ聞いて、カズちゃんはそこに行くの?」「違っ、そうじゃなくて。…ただ、潤くんが、無事かどうか…知りたくて…。」大野さんの目を、真っ直ぐに見つめた。「潤は無事だよ。今は、オレの知り合いの所で働いてる。」「えっ…、大野さんの…」安心と同時に不安な気持ちも湧いてくる。大野さんの知り合いって、…もしかして、なんか裏があったりしない?「南の島にいる。暖かくて、アイツの笑顔に似合った場所。」「南の島?…どうしてそんな所に。」「オレの夢の場所なの。潤には、一足先に仕事してもらってるだけ。アイツ、営業の仕事出来っからw」『しかも、意外と交渉上手でもあるんだぜ?』なんて嬉しそうに語る大野さん。何だか、すごく嬉しそう。……そっか。潤くん、安心できる場所に行けたのかな。オレより先に出られた潤くん。それだけでも聞けて良かったのに、大野さんの表情を見てたらすごく、安心できた。「潤は、立ち直ったよ。」「…そう。……良かったです。」「カズちゃんも、できるよな?」「オレが……?」「そう。ここで、更生すんの。」大野さんの笑顔に、胸の奥が、ツキりと傷んだ。さとぴ、どんどん言ったげて(*´︶`*)ฅ

    Be with you.163
  14. 5月9日(土)、なごや窓句会です。
  15. ・・・✤BLを含む完全妄想のお話です✤・・・「○○さん、これからも一緒に頑張っていこうね」《よろしくお願いします!》春期講習スタートから数日、全授業終了前にして入校を希望する子たちも増え[やっぱり櫻井先生のおかげかなぁ♪]塾長はホクホク顔もちろん俺だけの成果ではなく、他の教科の先生方の力によるものもありあとは期間内に申し込むと入会金と1ヶ月分の授業料が無料になるという特典が保護者には大きく影響してるはずでそれでも《櫻井先生の教え方すごくわかりやすくて、勉強が楽しいって思ったの初めてなんだ》入校の決め手にそんなことを言われたら、とっても気分がいいそんなわけで浮かれ気分で今日もスーパーに立ち寄ると、鮮魚コーナーで半額以下に値引きされた刺し身を発見、大好物の貝類もあったからテンションが上がったそして例の一本桜は、ニュースでの開花宣言と同じくして小さな花を咲かせ始めていたまだ三分咲きといったところ駐車場の端だから、昼間レジャーシートを広げてのお花見なんてことはされていないだろうけど、多くの買い物客が目にしているはずで更に夜のこの時間は、隣に建つ店の大きな看板の照明が漏れ当たり、この桜もまたライトアップされているようだずっと眺めていても飽きないけれど、自転車の前カゴに入れた戦利品の存在を思い出し明日の仕事も午後からだ、軽く一杯やっちゃおっかなぁ〜とペダルに乗せた右足にグッと力をいれようとしたところで、俺が見ていた反対側、太い幹の陰に人がいることに気がついた一瞬ビクッと怯んでしまったが、静かに空を見上げているその人の視線の先には、開いたばかりの薄紅色の花黙ってただそれをジッと眺めていて届かない花に触れようと伸ばす手、カメラのシャッターを切るように瞬く目、語りかけるかのように小さく開く口全てがスローモーションみたいに俺の目に映り込んできて桜の花と同じように光に照らされているその顔多分、いや間違いなく、男なんだろうけどなんていうかこの人、綺麗だな……つい見惚れてしまっていたどれくらいの時間そうしていたか『ふふっ、綺麗だね……』彼の声で我に返ったヤバい!俺、口に出してた?!「えっ?!あっ、いやっ、そのっ……!」慌てて誤魔化そうとしたけど、うまい言葉がでてこずにいると『ね、ホントに綺麗……』彼は枝を指差しふわっと微笑んだあ、花のことか?!焦り恥ずかしい気持ちもあったけどそれよりも、花が綻ぶように笑う彼の顔に胸がザワッとした『ねぇ、これっていつ満開になる?』「えっ…?あ、あと一週間くらいでは……」『ふーん、そっかぁ……じゃあ、またね……』「あっ、はい、また……」彼は俺とは反対方向へと歩き出し、あっという間に闇夜に消えていった姿が全く見えなくなって、さっきまでの事が現実だったのかも分からなくなって春ってやっぱりなんかドキドキする

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  16. 第4647回 梅の盆栽の手入れのお話。       2026年5月12日火曜日の投稿です。       園芸の部屋  盆栽が日本の庶民に広がったのは、江戸時代の3代将軍 徳川家光と言う将軍様が盆栽が好きな人だったそうで、自然と、大名や、武士や、商人へと植木鉢に木を植えて楽しむ文化が広がって行ったようです。その後、大正天皇が盆栽が好きな人だったそうで、早稲田大学を造られた、大隈重信元総理大臣や、伊東巳代治さんらが盆栽の趣味を持たれていたので、次第にブームとなり、全国的に盆栽が広がって行ったそうです。梅の盆栽の事を盆梅【ぼんばい】と呼ぶそうです。今年から、少しずつ梅の木を植木鉢に入れて、石などを配置して、楽しんでいます。 今日は少し時間を作って梅の盆栽の手入れをしました。最近、岡山県岡山市東区では、気温が25度程度となり、草がすぐに伸びてしまう、そんな季節になりました。梅の実が出来ました。少し、目を離すと、草が伸びてしまいました。おまけに、へんな虫がついていました。何かのチョウの幼虫のようですが、何じゃろうか。殺すのはかわいそうなので、家の裏の木に放しました。少し、施肥を行うことになりました。今日はこんな感じで水を与えました。最近、うれしい事にアマガエルがたくさん当家に来ています。見えますかね、3匹、梅の鉢にとまっています。 僕は、アマガエルのきれいな黄緑色を見るのが好きです。【次回に続く。】

    第4647回 梅の盆栽の手入れのお話。【園芸の部屋】
  17. 蛾 「アオシャク」
  18. (人 •͈ᴗ•͈)
  19. 中学校3年生の秋本さんの話今晩は、よろしくお願いします。私が住んでいる町は、場所は言えませんけど、現在、人口1500人ほどの過疎地なんです。前は高校があったんだけど、なくなってしまって、私も、卒業したら他の市の高校に通うことになります。それで、中学校の総合の時間に、個人テーマを決めて調べ学習するって活動があるんですが、私は、郷土学習を選んだんです。はい、この町の歴史を調べるってことです。ただ、歴史といっても幅が広いので、何かテーマを一つにしぼりたいと思って町史を見ましたら、昭和の初期に大火があったんです。その頃はまだ、町は鉱業で栄えていて、人口は今の倍以上でした。町史には、その町の半分以上が焼け、78名の死者が出たと書かれていました。えー、こんな大事件があったんだと思い、インタビューを中心に研究をまとめました。町役場の建設課に勤める武藤さんの話大火のときの話ねえ。さすがにもう90年以上前の出来事だから、当時のことを知ってる人は生きちゃいないよ。だいたいのことは、町史に書いてあるとおりだと思う。ただねえ・・・ ここからはちょっと非科学的な話になるから、秋本さんの研究には役立たないかもしれないけど・・・ほら、ここは建設課で、道路工事なんかも担当してるんだが、アスファルトをはがして、地面を50cmくらい掘ると、真っ黒い焼けた土が出てくる場所が町にはあちこちにあるんだよ。そういう場合、工事してる連中はいったん作業をとめて、黙祷をし、それからコップ一杯の水をお供えすることにしてるんだ。これ、昔からずっと続いてるし、もちろん今もやってる。そのとき亡くなった人の霊を慰めるんだ。そのことは、この地域の建設会社ならみな知ってる。え、やらないとどうなるかって?うーん、それはねえ、前に1回だけ、東京の会社が入札で工事を受注したことがあってね。その工事には、自分が立ち会ったんだよ。でね、焼け土が出てきたとき、自分が、この地域では、お水をお供えしてるんですって事情を話したら、そのときの若い現場監督は鼻で笑って、迷信ですよ、ってやらなかったんだ。そしたら、工事で事故が続いてねえ。それも、常識じゃあるりえないようなことばっかりで、まったく作業が運ばなくなった。で、直接その会社の社長にかけあって、簡単な慰霊祭をやってもらったんだよ。そしたら、それからはトントン拍子に進んでね。まあ、そんなことがあったのを覚えてるよ。町の氏神神社の宮司をしている武田さんの話ああ、大火のときの話ね。うちの神社は、200年以上前からあるんだけど、幸い、あの火事には巻き込まれないで済んだんだよ。いや、やっぱり神様が守ってくれたんじゃないかな。この神社の杜の中に、大火の慰霊碑がある。行ってみようか。ほらこれだ。こっち来てみて。大火のときに亡くなった人の名前が全部、裏に刻んであるんだよ。全部で78名ね。うん、毎日 碑にはその朝に汲んだお水をお供えしている。熱かったででしょう、苦しかったでしょう。安らかにお眠りくださいって。え、なんでこんなに厳重に柵で囲ってあるかって?うん・・・それはね、火傷をする人が出ないためなんだ。これ、信じられないかもしれないけど、大火があったのは5月3日の未明で、その日は1日中、慰霊碑が熱くなったんだ。触ると火傷してしまうほどに。これは、先々代の宮司さんから聞いた話だけどね。慰霊碑が建った次の年、5月3日に慰霊祭をやることになって、朝から準備をしてたんだが、そのときの手伝いの人が、碑を水でお清めしてたら、手のひらに火傷をしてしまった。それでね、急遽 柵で囲むことになった。当時はまだ、亡くなった人たちの無念が残ってたんだろうね。今? 今もそうだよ。大火があった5月3日には、火傷するほどじゃないけど、じんわりと熱くはなる。・・・そうだ、当時、火元が近かった上野さんって家があるから、そこの家のご主人に話を聞いてみるといい。うん、こっちから電話をかけて、あなたが行くことを連絡しておくから。農業をしている上野さんの話ああ、こんな年寄りのところによく来てくださった。うちの井戸の話を聞きたいんだって? 裏庭にあるから、いっしょに行ってみるかい。この井戸だよ。いや、私のじいさんの代から使ってはいない。使ってはないけど・・・つぶしもせずにこうやって残しているのは、いまだに水を求めに来る人がいるんじゃないかと思ってだね。うん、これもじいさんから聞いた話なんだが、あの大火のとき、うちは火元に近かったのに、家は焼けずに済んだんだよ。風向きが幸いしたんだろうね。で、煙に巻かれて火から逃げてきた人が4人、この井戸の前で折り重なって亡くなってたのが、後になって見つかって。それ以来、うちでは井戸は使わなくなったんだ。それで、あんたみたいなお嬢さんは怖がるかもしれないけど、大火のあった5月3日の明けがたに、その4人が井戸のところにやってくる、という話を子どもの頃から聞かされてきたんだな。私だけじゃなく、私の親父もじいさんからそれを聞かされて育ったって言ってた。いや、実際に見たことはないよ。5月3日の前日に、井戸の前にたくさんお供えをして、あとは誰も家の外に出ないようにしてるから。うーん、でもねえ、あれから100年近い年月がたって、もう亡くなった人たちの無念は消えてるとも思うんだけどねえ。え、大火が起きた原因?それが、正式には不明なんだ。いろいろ取り沙汰されてることはあるけど。そのあたりのことは、町史を編纂した西川さんって人が詳しいから。なんだったら話を聞きに行けばいい。私から連絡しておくよ。町役場を退職した西川さんの話大火の原因ね。・・・それねえ、火元は鉱山に機械を納入してた工場じゃないかって話は当時からあったけど、はっきり特定はされてないんだよ。うん、そこの工場の経営者は町の有力者だったからね。その一家の当主が、うちではそんな朝早くに工場は可動してないし、火の不始末もなかったって言い張ってね。大陸での戦争がますます激しくなる時期だったし、あいまいなままに警察の捜査は終わってしまった。でもね、その一家、町の人に恨まれてねえ。工場は焼けて、機械を売るあてもなくなり、居づらくなって、とうとう引っ越していったんだ。で、引っ越した先の市で火事を起こして、一家全員が死んでるんだよ・・・ え、その工場の跡地? パチンコ屋になってたけど、もうつぶれて、取り壊されもせず廃墟になって残ってるな。中古車販売店に勤める中西さんの話俺ね、高3のとき、心霊現象とかに凝ってて、仲間とあちこちの心霊スポット巡りに行ったんだよ。何カ所も回ったけど、おかしなことはなかった。ただ、あのパチンコ屋の廃墟をのぞいてね。ああ、あれ、たしか5月2日の夜だったはず。ほら、次の日が休日だろ。で、仲間2人と行ったんだけど、パチンコ屋の建物には簡単に入れた。ガラスが割れてたからね。中を懐中電灯で照らしながら一まわりして、写真を撮るつもりだったんだけど、中が異常な熱さだったんだ。あの町は雪国だし、5月の初めなんてまだ寒いくらいなのに。それでも、みな汗をだらだら流しながら、中を回って歩いて。でね、入ってきた場所から店内を最後に写真撮って・・・もちろんフラッシュたいて撮影したんだけど、いったん店内が白く明るくなって、それから赤く変わったんだ。フラッシュなんて一瞬だろ。それがまるで火事のど真ん中にいるみたいに、ゆらゆら揺れる赤い光につつまれて、体中がますます熱くなってきてね。みな、こりゃヤバイと思って逃げた。でね、パチンコ屋から離れて見てたんだけど、中の赤い光はしばらく消えなかったな。で、仲間の一人の家に行って、デジカメの写真を見てみた。そしたら、撮ったときには何もなかったはずなのに、たくさんの黒い影が、助けを求めるように両腕を伸ばして、俺らに近づいてきてたんだよ。それ見て怖くなって、その写真はカメラごと町の氏神神社に持っていった。そしたら宮司さんに、罰当たりなことをするなって怒られて、カメラは没収されてしまったんだよ。どう? 役に立ったかい。