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公式ジャンル「鉄道」記事ランキングの41位〜60位です。鉄道ジャンルのこの順位のなかで一番人気の記事は「阪神淡路大震災の時の灘行き電車」です。
たかさんの好日日記
1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災でJR神戸線六甲道駅が被災し不通となった為、加古川方面からの電車は灘駅行きになっていました。写真は加古川駅で写した113系灘行き電車です。
こぴっとちぴっと
急がないので徳島へ行くのに高速を下りて淡路島の下道へ。明石海峡大橋は強風で2輪車通行禁止の50㎞/h規制、海面からの路面高さ96m、時折ブワッと吹く横風でハンドルを取られました。久しぶりに西海岸沿いの道を通ります。淡路島西海岸は近年、島外からの客をオシャレコーストとして呼び込んでいます。ロードバイクとMTBにハマっていた頃は、淡路島1周の内、西海岸は景色が良くて走りやすかったのでお気に入りサイクリングコースでした。淡路島西海岸人気スポット12選 | AWATRI【淡路島観光情報メディア】淡路島の中でも特に近年人気の新しい施設やカフェ、レストランのオープンが続いているのが淡路島西海岸エリア。週末にもなると非常に多くの観光客であふれかえる程、今淡路島西海岸は非常にアツい観光スポットとなっています!幸せのパンケーキ、ガーブコスタオレンジ、miele - ミエレ、海鮮どんや等、淡路島で人気のカフェやグルメスポットが集結!awatri.com西海岸は海岸スレスレを国道が走っていますので、強風で波が高いと波飛沫を浴びます。早朝だったから交通量が少ないなぁ…と走っていましたが、潮混じりの風を浴びるからだったのかもしれません。サイクリングなら悲惨なことになります。横風で潮まみれになる我が車、フロントガラスが塩分ですぐに白くなるのでウォシャー液を頻りにピュピュッと…これでは液がすぐに枯れてしまう!西海岸に民家が疎らなのは西から吹く潮風による塩害がたいへんだからなのでした。淡路島名物、お婆ちゃん運転のノロノロ軽トラを煽るわけにもいかず、時々停まって海景色を観て時間をつぶす…お婆ちゃんドライバーはバックミラーを見ないのか後ろにゾロゾロ車が連なっていても絶対先を譲らない。あまりにも潮まみれになるのは塩害対策車ではないので錆が心配…ということで途中、内陸に進み三原インターから高速に乗ることにしました。徳島、鳴門へ高速ワープからまた下道に下りました。徳島駅近くの機関区偵察。キハ40は出払っているのか姿は見えず…もう間もなく引退しそうです。キハ185「剣山」はチョロッと顔見せ。昔、作ったGMキットでこんな整備台がありました。小遣いが乏しくこんなストラクチャーしか買えませんでした。折り返して来た1235. 四国ナンバー形式は馴染めませんね…徳島駅に進入して行きます。年末、洗車はしなかったので潮落としついでにコイン洗車を徳島で。徳島に来たからいつもの喫茶店「SK」さんでモーニング。老店主は変わらずしっぽりと果物を添えてくれました。
日常と、鉄道模型の部屋・待避所
小田急のロマンスカーの中では、一番好きだったLSE。ただし模型の方には問題があった。【TOMIX】小田急ロマンスカー7000形「LSE・復刻旧塗装」<92854>入線時に手を加えているので、今は違う見た目になっていますが、ライトがガラス部分全点灯する仕様・・・、「0系新幹線と同じ基板」と言えばわかるかもしれない。全点灯させないようにするために、ライトの部分だけ点灯(内側)、逆はテールの部分だけ点灯(外側)に裏側を遮光しました。でも、実車と同じイメージでは無いですね。△のアクリル部分を内側から遮光するという手方、後一方で画有れば似たのかもしれません。と言うことで、手間の掛かっている車両なんです。事前にわかっていて買ったんですけどね。逆もあと一歩と行った所ですね。以上、「手間の掛かった小田急ロマンスカーLSE」でした。PS:増備やHiseの導入は断念します。
EXPRESS DIARY3〜近畿圏鉄道の撮影記録と情報〜
2025年12月12日金曜日。平端での近鉄天理線撮影の続編です。急行大阪難波行きが出発してその裏で急行天理行きがやって来ました。10時39分頃8A410F他6両の急行天理行きが出発していきました。前の記事↓『2025年2月22日ダイヤ変更で定期として新登場の近鉄天理線急行大阪難波行き【12/12平端】』2025年12月12日金曜日。大和西大寺であをによしを撮影して橿原線で平端へ移動してきました。平端で天理発の急行大阪難波行きを撮影しました。10時00分頃9…ameblo.jp 10時40分頃50000系6両の観光特急しまかぜ賢島行きが通過していきました。撮影に間に合わずバックショットのみの撮影でした。 10時47分頃8920F4両の普通大和西大寺行きが出発して行きました。 10時47分頃8A411F4両の普通橿原神宮前行きがやってきて来ました。これに乗って橿原神宮前に移動しました。 11時11分頃橿原神宮前に到着しました。狭軌線の引上げ線に6136Fがいて標準軌の1031F4両の普通大和西大寺行きが並びました。 11時12分頃1031F4両の普通大和西大寺行きが出発していきました。 橿原神宮前まで乗ってきた8A411F4両は3番のりばに到着し、折り返し普通大和西大寺行きになります。 頭端部側からも8A411Fを撮影しました。8A系は奈良線よりも京都線、橿原線が主戦場といった感じです。 奥の引上げ線には特急車が入っていました。その向こうには吉野線特急がやって来ました。 11時14分頃22109F+22652F4両の特急京都行きが引き下線から入線してきました。 入線後踏切から停車中の22109F+22652F4両の特急京都行きを撮影しました。 更にホーム番線がない狭軌線に止まったいる6136F4両を撮影しました。右側には狭軌と標準軌の台車を交換する倉庫が見えます。 休日も留置車があるかどうかわかりませんが、狭軌線ホーム側に留置車があるのは初めて見ました。 11時15分頃6309F4両の回送が吉野線本線上で折り返して引上げ線に入ってきます。 南大阪線も複雑な運用とトリッキーな橿原神宮前の配線のため入替作業が多いですね。 南大阪線区間急行の編成は各所に引上げ線に入って吉野線電車などを交わしながら折り返し待ちを行います。 以降次回近鉄南大阪線・吉野線平日データイムダイヤ撮影編は1/19月6時30分にアップ予定です。 鉄道写真 広田尚敬(送料無料)楽天市場2011.1.18アーカイブ記事 日本海上淀にて撮影『上淀にて~日本海~』1月4日。雷鳥に続いて上淀で日本海を撮影。こちらも雷鳥同様に遅れが見込まれます。この後、山崎あたりまで移動して臨時雷鳥を撮影しようと考えていたのですが、日…ameblo.jp
廃鉄の処女Ⅱ
撮影日 2013/05/05たじみサンホテル客室からのながめ5:27発の中央本線上り電車に乗る金山6:03着6:13発の名古屋鉄道名古屋本線上り電車に乗り換え知立6:29着下車『名古屋鉄道知立連絡線』探索日 2013/05/05名古屋本線と三河線の直通に利用されていた連絡線廃止は1984年4月1日三河線方の分岐点手前のレールが連絡線跡手前が連絡線…ameblo.jp『名古屋鉄道三河線旧線(知立駅付近)』探索日 2013/05/05現在の知立駅が設置される前の旧配線切り替えは1959年4月1日猿投駅方新旧線分岐点6000系電車の走っているとこが三河線旧線…ameblo.jp8:02発の三河線上り電車に乗る刈谷8:08着下車『日本電装本社工場専用線』探索日 2013/05/05東海道本線刈谷駅を所管駅としていた専用線この専用線は1950年代に線路が付け替えられている今回探索したのは新線旧線の跡はまったく…ameblo.jp8:44発の東海道本線下り電車に乗る大府8:50着下車『大府飛行場専用線』探索日 2013/05/05東海道本線大府駅と大府飛行場(三菱重工業知多工場)を結んでいた軍用線大府駅飛行場線はこのへんから左へ分岐していた当然、跡など…ameblo.jp所在地は愛知県大府市大府町ウド10:11発の下り電車に乗る名古屋10:27着、10:35発の電車に乗り換え清州10:43着下車『電気化学工業名古屋サービスステーション専用線』探索日 2013/05/05、2016/11/06東海道本線清州駅を所管駅としていた専用線麒麟麦酒名古屋工場専用線から分岐する廃止は2002年頃か?『麒麟…ameblo.jpミシシッピアカミミガメ11:13発の下り電車に乗る岐阜11:31着、11:34発の電車に乗り換え大垣11:46着下車『帝国繊維大垣工場専用線』探索日 2013/05/05東海道本線大垣駅を所管駅としていた専用線廃止は1984年頃この専用線は1950年代に線路が一部付け替えられているオレッちのい…ameblo.jp養老鉄道大垣駅12:35発の下り電車に乗る北大垣12:39着下車『東邦レーヨン大垣工場専用線』探索日 2013/05/05東海道本線大垣駅を所管駅としていた専用線廃止は1970年代末大垣駅からのびてきた東邦レーヨン線はスイッチバックして工場に進入…ameblo.jp117系電車水都大垣トレイン室池橋りょう14:12発の下り電車に乗る米原14:47着、14:50発の新快速に乗り換え姫路17:17着、17:33発の電車に乗り換えはりま勝原17:40着下車
たくさん共感されています
ON BASE
今回はマイクロエースの国鉄キハ38形(八高線色)です。パッケージキハ38形のうち八高線に投入された車両になります。商品情報・品番:A2753・キハ38-2+キハ38-1001の2両セット・車番印刷済み・ライトユニット搭載・ステッカーが付属・1箱11990円・2021年6月(再販)実車情報老朽化したキハ35形を置き換えるために1986年に登場した一般形気動車です。全7両製造(後述のため更新車両扱い)。キハ37形をベースにキハ35形に合わせた3扉の車体となりました。投入コストを抑えるため車体のみを製造し、台車や主要機器をキハ35形のものを流用しています。ドアは既存ホームに対応したステップ付きのところは変わりませんが、隙間風を防ぐため戸袋式となりました。首都近郊路線で使用するため電車やバスに見劣りしないように冷房装置の取り付け、車内の内装の改善(明るい内装板やバケットシートの採用ななど)、105系をベースに改良したブラックフェイスの前面デザイン、車体塗装もクリームと赤帯と明るめとなりこれまでの一般形気動車のイメージを一新する車両となりました。登場時は八高線で活躍し、キハ110系列投入により置き換えられ、1996年に久留里線に転属され2012年まで活躍しました。レビュー〇キハ38-1001(M)キハ38-10013両のみ製造されたトイレなしの車両です。製品では動力ユニットを搭載しています。旧来の気動車やキハ35形のより見た目が電車に近いすっきりしたデザインとなっています。正面ブラックフェイスとなり、105系のデザインをベースにユニット化されたヘッドライト・テールライトを運転台窓下に配置、行先方向幕を貫通扉上部に設置されています。シャッタータイフォンが左下に、右下にはジャンパ栓受、ライト下にはヘッドマークや反射板等が取り付けられるステーも設置されています。連結器はダミーカプラーでマイクロ製品おなじみの運転台下に栓受やエアホースパーツが取り付けられています。側面動力ユニットが取り付けられており、マイクロエースの床下機器カバーは機器部分が薄めにできているのが特徴。側面は太細の赤帯が2本入り、運転台後部より屋根方向へ斜めに入っています。ドア周りはキハ35形の構造を踏襲して強度を保持していますが、隙間風防止のため戸袋式に設計変更が行われました。また、半自動ドア機能も備えており、211系やキハ35形改造車同様押しボタン式となっています。側面の窓はバスで使用されているものを改良したものを使用し、一体の連続窓に見えるように柱を黒く塗装しております。妻面幌パーツ付き(曲がってしまっています(汗))屋根屋根上は排気筒、信号炎管、無線アンテナ、ベンチレーターになります。冷房装置搭載とありますが、冷房は観光バス等で使用されていたものを転用したAU34 形が採用されており、室内網棚の上に設置されています。動作用のエンジンは既存の車両のように冷房用エンジンを搭載してそこから給電する方式だと編成自由度が下がるため、床下に自車専用のサブエンジンが搭載して編成自由度を上げるように設計されています。〇キハ38-2キハ38-2トイレありの車両で全部で4両製造されました。正面こちらは幌パーツが追加され、右下はジャンパ栓受ではなくジャンパ線パーツが取り付けられています。側面連結面側にトイレが設置され、窓は白抜きになります。屋根に水タンクも設置されています。室内はロングシートが基本ですが座面シートがバケットシートが採用され一人一人の区画が明確になったこと、トイレ前はクロスシートになり、内装も明るめの化粧板が採用されて居住性が向上しました。またエンジンはキハ35形のものではなく新たに設計したDMF13HSが1基搭載され、エンジン制御方法の見直しを行ったことで改造前のDMF13Sより重量が若干増加したものの、出力や燃費が向上しました。妻面キハ38-1002と同様屋根基本的にキハ38-1002と同じで車端部にトイレ用水タンクが取り付けられています。1編成導入キハ35シリーズを購入していくうちに遊ぶには必要ではないか?と思い購入しました。キハ35シリーズも落ち着いてきたので、今後はキハ40系列や58系列に移行していくんでしょうかね?キハ35で味わいましたが気動車もなかなか奥が深いのでこりゃ大変そうです。
車内観察日記
2010年、本線の特急運用から姿を消した6300系。それは阪急京都線の京阪間移動のスタイルがすっかり3扉車へと切り替わった瞬間でした。最終運行を行ったのはトップナンバーの6350F、現在この編成は6350号車だけが正雀に残っていますね。一方で6351~6353Fの編成は、4連に短縮された上で嵐山線へ転用されました。今回はこの嵐山線用の6300系を取り上げます。元々転用の計画は無く、6300系は全廃となる予定だったようです。やはり阪急の社内でも、6300系の支持は絶大なものだったのでしょうね。名称変更前の松尾駅にて。定期運用は前述のように嵐山線内各駅停車のみで、正雀工場入出場時のみ懐かしの京都本線を走行します。行楽期は2扉で乗降に時間がかかるという本線時代のネックを未だひきずっているのと、4両編成という輸送力不足により3扉6両編成に差し替えられます。近年は車番が上部にも記載されています。6354F「京とれいん」はホームドアの絡みか引退と相成りましたが、京都本線の10両編成運用も消滅した中で動向が心配な同系列です。そう言えば的に、この大型の転落防止幌が特徴的ですね。6300系は2025年で登場から50周年、これを記念した装飾が施されています。全編成にヘッドマークが装着されています。かつて乗務員室直後の外壁に設置されていた「Hマーク」を配したものになっています。6352Fでは、更に細かい変化を施して送り出しています。それがこちら、表示幕周りの枠の上部は現在はアイボリー塗装とされていますが、この編成では登場時の塗り分けであるマルーンに塗り直されています。更に、小窓の上には「Hマーク」のステッカーが貼られています。設計段階では漢字で「阪急」とすることも考えられていたようですが、上層部から「今更"阪急"とは」とダメ出しされてボツになった過去があるそうな。新社章導入で新型車両への新規設置が取りやめとなりましたが、アニバーサリーの度に復活しております。社内でも人気が高いと見受けられますが‥新規設置、やめなかったらよかったのに。車内です。クロスシートが残されているのが京都線特急用車両としての伝統ですね。混雑対策として両端はロングシート改造されていますが・・。ドアです。阪急のリニューアル各系列で採用されているドアと同様のもので、化粧板はこげ茶色に、窓は縦方向に拡大されています。以前ドア横の広告枠は絵画の額縁のようなオシャレなものでしたが、リニューアル時に見事に普通のものに交換されています。細かい・・。車端部です。ドア同様にこげ茶色の化粧板に交換されていますが、窓のない妻面はそのままとされたようです。補助椅子収納のための箱は下のヒーターの影響のためかそのまま残っていますが、補助椅子自体は撤去され埋められたようです。その代わりかどうかは分かりませんが、9300系のドア脇の固定クロスシートの背面にあるものと同様のクッションが設置されています。乗車時間を考えるとこれが妥当なのでしょうね。仕切り扉は窓が大きいものに交換されました。最前面です。伝統の前面展望良好な窓です。6351Fにはブルーリボン賞受賞のプレートが残っています。リニューアル後も、これだけは剥がさなかったんですね。さて、阪急では全線で自動放送が開始されましたが、この系列でも自動放送装置が用意されました。今しばらくは活躍が見込まれるということでしょうか。という訳で車掌台側の座席です。自動放送装置は窓に向けて設置されたため、客室からの視界を遮る形になっています。一応、なるべく座席から離した位置にセットして遮る面積を最小限にしていることは、せめてもの配慮でしょうか。嵐山方の最前面です。こちらは優先座席に指定されており、座席や吊革のバンド、日除けの生地が専用のものにされています。天井です。冷房の吹き出し口は相変わらずスポットタイプで、風はあまり強くありません。ただ吹き出し口はブロンズ色となり、地味にお金がかかっています。荷棚は9000系列と同様のものになっています。吊革は特急用車時代には改造によりドア付近のみ設置されていましたが、今回の再改造で端から端まで設置されるようになりました。ドア付近・ロングシート・クロスシートで長さや間隔を使い分けています。窓です。日除けがアルミ鎧戸からフリーストップ式のカーテンへと交換されています。座席です。まずロングシートから。前述の通り、混雑緩和のために設置されたものです。後の改造にも関わらず9300系とは違い方持ち式ではないものです。座面から上は一緒ですが(笑) 画像は4人掛けで、真ん中に定員着席を促すための仕切りが入っています。個人的には中間車はオールクロスシート、混雑する両先頭車はオールロングシートでもよかったのではないか、などと思ってしまいます(笑) 窓割りから計算すると・・24人掛けの超ロングシートが出来上がりそうです(^^;;;車椅子スペースに面したロングシートです。2+3+2と8200系と同様の区切り方になっています。画像は当時点での優先座席です。で、現在のロングシートです。最近ではすっかりお馴染みになったワインレッドのモケットとなっており、ステッカーも変更されています。そうそう、6300系と言えば非常通話装置が特徴的で、各部に採用されている木目調の化粧板を貼ったオリジナルスタイルになっています。車端部にも非常通話装置がありますし、わざわざ残したということですよね、これ‥。車椅子スペースです。握り棒のみの設置で、その他の付帯設備は有りません。横のロングシートは2+3の5人掛けです。そして現在。こちらもモケットが変更されました。また日除けも優先座席仕様の生地となりました。最前面の短い2人掛けロングシートです。かつてはクロスシートとの格差をなくすために肘掛がクロスシートの肘掛と同様のものにされたなかなか凝ったものでしたが、普通のものに交換されてしまいました。優先座席です。座り心地は安定の柔らかさ、嵐山線の乗車時間では特に不満点はありません。そう言えば的に最近登場する新車やリニューアル車は少し硬い印象があるので、この系列を境に変わったように思います。続いてクロスシートへと参りましょう。1+2の配置で、阪急でこの配置は何年経っても新鮮です。2人掛けです。まず転換クロスシートから。座席自体は9300系ベースのものになっていますが、かつての座席自動転換装置は装備していません。座り心地も9300系と全く一緒で、これまでの柔らかさを売りにしたものではなく、程よい硬さを持ったものです。窓側に肘掛はなく、窓枠自体も高いままなので窓側席は非常に居心地がよろしくないです・・。せいぜい片道7分間なので割り切りと言えますが、どうせ3列配置なんですから窓側に余裕を持ってもよかったと思うんですよね。脚台は9300系のような一本足ではなく、足元が空いている2本足のものです。9300系もこれでよかったのでは?(^^;;固定クロスシートです。・・このカット、割と好きだったりします(笑) こちらも9300系とほぼ同じですね。ヘッドレストが切り立っているのも同様です。やはりこちらの方が作りこまれている感じがしており、ヘッドレスト一つで違ってくるものです。背面の木の覆いもそっくりそのまま持ってこられています。続いて阪急電鉄初の1人掛けのクロスシートへ参りましょう。2人掛けを分断して設置した形になります(笑) 転換もサクッと出来ます。そして固定クロスシートです。やはりたった7分間でも転換クロスシートを設置したのは、この車両が6300系だからなのでしょうね。粋な阪急の計らいに乾杯。桂駅にて。6354Fが快速特急→快速特急Aとして華々しく活躍し、そして走り去っていった中、6351F・6352F・6353Fは何を思ったのでしょうか?
模工少年の心
昨年末までにだいたい出来上がっていた西濃鉄道DD40タイプですが、この度完成しました。前回まではこちら。『PLUMの小型DL、L型2両でDDタイプをつくる(1)』PLUMの小型DLのキットですが、グリーン塗装のセミセンターキャブタイプに続いて、オレンジ塗装のL型の方にも手を出してしまいました。というよりも、むしろ、こ…ameblo.jp『PLUMの小型DL、L型2両でDDタイプをつくる(2)』まず、お詫びになります。このPLUMの小型DLのパーツでは、ラジエターグリルの向きが横縞で、西濃鉄道のDD40の方は縦縞でした。そうなると、西濃鉄道DD40…ameblo.jp前回報告後に進めた工作はとしては、まず、端梁の加工と警戒色塗装があります。端梁は、タミヤのプラバン0.3tを切り抜いたパーツを既存の端梁の上から接着剤で貼りつけました。(トラ縞の製作過程:トラ縞の警戒色に塗り分けられた紙を用意する。右上がプラバンの端梁で、次にこれをつくる。右下は、そのプラバンに模様が描かれた紙を貼り付けたところ。さらにボディーに貼り付ければ完成となる。左は、必要部分を切り抜いて不要になった残り。)端梁のサイズは、少しだけ縦長に伸ばしています。その後、解放テコ受けを新設、端梁に、これもセメダイン3000ゴールドで貼りました。解放テコ本体は、0.4mm真鍮丸線で作成、テコ受けは、エコーモデルのパーツ(No.1009)です。(解放テコは、たくさん作っ出来の良いものを付けるようにします。)テコとテコ受けは、接着剤で接着し、端梁にはっています。こうしないと、取付が難しいからですが、テコは可動でなくても構わないと思います。カプラーは、INONカプラー#109です。お約束のブレーキホースも付けておきます。つぎに、西濃鉄道DD40のラジエターグリルが縦縞であることがやはり気になって、横縞にしました。少し、大味ですが。しかし、これを付けるのには紆余曲折があり、余計な支出もしてしまいました。別稿にて、あらためて報告させていただきます。また、ここも、最後まで躊躇したところですが、つかみ棒は、天賞堂のパーツ(No.19076蒸気機関車用つかみ棒)を使用しました。白く塗装して、ランボードに接着剤で固定しました。というのは、西濃鉄道DD40のつかみぼうは、ちょうど吊り革の持ち手のような形状をしています。しかし、適当なパーツがあろうはずもなく、ここは妥協せざるを得ませんでした。あとは、車番ですが、グリーン塗装のDBタイプに貼った残りのトレジャータウンのメタルインレタ(機関車ナンバー2)を用いました。車番は、DD40の3号機としました。(アップにすると、窓枠のシルバーの色差しの荒さが目立ちます(´・_・`))社紋も付けたいところです。これは、アルモデル の自由型インレタを適当に貼ることも考えましたが、当面、社紋はなしのままにします。ともかく、出来上がったDD40は、ぶどう2号の渋い出立から、働き者らしい存在感があって気に入りました。ブログランキングに参加しています。もしよろしければポチッとしていただけると嬉しいです😃 ⇩⇩⇩にほんブログ村
鉄マイラー修行中
いつも読んでいただきありがとうございます。前回の続きです。大神島内では車が数台走っていましたが、ナンバーが付いていませんでした。民家が何軒かありました。こちらは貯水塔です。大神島遠見台です。海はかなり荒れていました。奥には池間大橋が見えました。やはり天気が悪いと海は今一つですね。大神島 16時40分発 最終便の連絡船に乗船しました。宮古空港(MMY) 18時15分発 JTA572便に搭乗します。1本前の那覇行きは機材到着遅れの為40分遅れての運航でした。筆者の便は定刻で飛ぶようです。那覇空港(OKA) 19時5分着この続きは次回のブログに書きたいと思います。次回もよろしくお願いします。このブログは読者の皆様からのナイスやコメントによって成り立っています。コメントやナイスをよろしくお願いします。感想などコメントをいただけるとより嬉しいです。友達登録、相互リンク大歓迎です。このブログを検索する場合は「鉄マイラー修行中」で!!
ちゃんぽんです。
5308F 新快速|豊橋C107+C1235311F 新快速|大垣C123+C107おはようございます。休暇なので315系の新快速撮影からスタートです。地元をウロウロ、という予定です。8862レ DD200-21[愛]天竜浜名湖鉄道THG100形 甲種輸送そして稲沢からスタートした甲種は露出全開!今回は空が汚かったので見下ろす構図としましたが、次回以降は青空バックで撮りたいですね。一応追っかけましたがまぁ晴れるわけもなく。甲種はこれで終了。1059レ EF210-1[岡] ※遅延約9時間5091レ EF210-105[新] + ムドDD200-10[愛]※遅延約5時間物凄い突風の中、午後は遅延便を近場で待ってみました。無動付きを順光で撮れたら、と思っていたらまさかの105番で一人で歓喜。笑 頑張って待った甲斐がありました。もうこれ以上は寒すぎて無理したくなかったので一旦帰宅。9866レ DD200-21[愛]天竜浜名湖鉄道THG100形 甲種輸送夜中に再度出発しまして、甲種輸送の撮影を再開です。輸送票に書いてあった通り、掛川駅で受け渡しです。ちょうど準備が出来て、本線を推進してくるところ。何回も止まっては貫通扉から明かりを照射して、入念に移動している様子。DD200が天浜線に入ると思いきや、ポイントに差し掛かるところで停止。この位置で天浜側の牽引車両に引き渡しとなりました。保 ****レ TH9200+TH2111THG101 甲種輸送置き換え車両となる旧型に牽引され、掛川をゆっくり出発して行きました。本当は一旦停止するところを撮ろうと思ったのですが、うまく撮れず連結面を流しただけで終了。泣ちょっと不服ながらも終着の天竜二俣駅へ。道路から望遠で覗いていると、もう来るし折角だで入りな!と作業員さんからお声かけくださり、お言葉に甘えることに。確かに推進がもう目の前まで来ているところでした。奥に見える前照灯が一番前だった宝くじ号ですね。こうして近くで見ると車両の寸法が違うのが分かりますね。しばし停車。月が見えているものの、この日一番吹雪いた時間帯でした。ほどなくして車両区へ入庫。お礼だけしてすぐ撤収しました。その際は本当にありがとうございましたm(__)m貴重な体験でした。その後最後までご一緒した知り合いが、時間あるなら撮りたいものがあるとお誘いを伺いましておまかせすることに。配 9534レ DE10 1116[富]キハ47-1029GT出場配給どこに連れて来てるんですかってガチなツッコミを入れましたが()、とりあえず間に合いました。凄い積雪でした。配 9937レ DE10 1116[富山]キハ47-1029 GT出場配給配 6939レ DE10 1116[富山]キハ47-1029 GT出場配給しばらく追ってもずーっと雪景色。なのですが、車両に積もった雪も撮るたびに溶けていくのが良く分かりました笑この辺りで時間があるらしく、停車中をゆっくり眺めてみました。幕は試運転。連結器と車輪は手入れされてますね。ツギハギ塗装なのも西日本らしくて嫌いではないです笑まぁこんなところで更に先回り。追っかけの皆様お疲れ様でした。やはり考えが同じ人も数名お見えになりまして、優しい方ばかりで良かったです。これで帰宅しました。お会いした皆様、ありがとうございましたm(__)m
日本中の駅を旅する 駅と駅舎のブログ
今回は、島根県への定期お仕事フライトです。**********前回は出雲縁結び空港に到着したところまでのお話でした。こうやって、地表を歩いて移動する、ローカル空港らしい風景。何回もお仕事で利用しているので、すっかり慣れてしまいました。さて、いつもはお仕事先の松江市内までリムジンバスを使って移動するのですが、今回は時間に余裕があるので、空港でレンタカーを借りて移動します。最初の移動先はこちら!山陰本線の荘原駅。まあ、そうですよね、私のことだからどうせ駅めぐりをするんだろうと、皆さんは分かっていますよね。荘原駅、以前訪問したときは木造駅舎だったんですが、なくなっちゃったと聞いていたので、今はどうなっているか気になっていたんです。駅舎なしとか簡易駅舎という感じじゃやないのでよかったです。日本三美人の湯!こ、これは、私も美肌が復活するかも???そんなことはないですよねえ、でも島根県って美人県で有名なんですよ。季節を通じて適度の湿気がある気候が肌に合うらしいです。さらに、湯の川温泉に入れば無敵やん!…なんて妄想しているのは、きっと私だけでしょう。それにしても駅前にあるのはなんでしょう?あ〜因幡の白兎(いなばのしろうさぎ)かあ…って、「因幡」って鳥取県やん?なんでこんなところに???これは謎ですねえ、出雲にも白兎伝説があるんでしょうか?まあええわ、ホームに入ってみましょう。おっ!なんかすごいラッピング車両がいますよ。石見神楽ですね、同じ神楽でも出雲神楽とは顔が全然違って勇壮なんですよねえ。そういえば、三江線にも石見神楽ラッピングの列車が走っていましたねえ、懐かしいなあ。そこにやってきたのが特急「スーパーまつかぜ」、山陰完結の都市間特急です。かつての山陰のクイーンは、リメイクして活躍していました。さて荘原駅、駅の壁にも何やら埋め込まれていました。銅鐸?銅矛?銅剣もある!そういえば、荘原駅の山手には荒神谷遺跡という大量の銅製出土品が発見された遺跡があるんですよねえ。さすが神の国、古代は発展していたんでしょうね。次は木造駅舎が残っている駅に移動します。直江駅です。ただ、ここの木造駅舎は駅舎としての機能はありません。駅舎の右にある自由通路から駅に入ります。ちょっと変わった構造の直江駅、詳しくはまた次回お伝えしましょう。(令和6年7月撮影)出雲そば三昧の旅 記事リスト日本エアコミュータのATRで出発です 出雲そば三昧の旅1 今日は旋回して着陸です 出雲そば三昧の旅2 古代出雲を感じながら 出雲そば三昧の旅3 松江エクセル東急|八雲の壁とPOLAの謎 出雲そば三昧の旅4 松江エクセルホテル東急の朝食|出雲そば・赤天を堪能する極上ブッフェ 出雲そば三昧の旅5 朝昼連チャンで出雲そば! 出雲そば三昧の旅6 出雲そば3食完結!出雲空港徹底レポート 出雲そば三昧の旅7お越しになった日にちによっては、未来記事となっているものがあります。これまでの空旅・空鉄ブログ『雲の上で朝食を ふらの旅1』今回は初夏の富良野・美瑛への旅です。往復ANAとエアドゥ利用です。**********おはようございます!本日からの空鉄旅は、昨年初夏に行った北海道の…ameblo.jp『まずはこちらで乾杯! そうにゃん・しろたんと行く新横浜旅1』 今回はそうにゃん・しろたんと横浜に行きます。 ********** 本日からの空…ameblo.jp『かわいいエンブラエル170 名古屋グルメ旅1』今回はANA福岡ーセントレアを往復、プライオリティパス、東急ホテルエグゼクティブラウンジ、名古屋メシを堪能する旅です。**********みなさん、おはよ…ameblo.jp松江エクセルホテル東急今回利用したホテルです!松江エクセルホテル東急楽天トラベル松江駅近くのホテルグリーンリッチホテル松江駅前 人工温泉・二股湯の華楽天トラベル松江駅前ユニバーサルホテル(ユニバーサルホテルチェーン)楽天トラベル東横INN松江駅前楽天トラベル松江アーバンホテル楽天トラベルブログをご利用される際は、必ずこちらの記事「免責事項について」をお読みの上、ご覧ください。
美里山倶楽部
おはようございます。 今日は「JR東日本 長野支社の211系を横須賀色に変更」するお披露目会が行われるようです。 そんなことには全く関係なく、昨日は松本に用事があり行ってきました。 松本市街に車で行くと渋滞に巻き込まれるので、毎度のように南松本駅に停めます。 貨物ターミナルにもなっている南松本駅。 コンテナがたくさん置いてあります。 最近コンテナ列車を仕立てたこともあり各種のコンテナにも目がいってしまう 似たようなコンテナが無いか探してしまう訳です。 これだけのコンテナは滅多に見られません。 EH200に引かれていくタキもまた良きかな。 サンダーバード+タキとなるとこの雰囲気ですね。 これは常設の「みやさん家鉄道」からです。 南松本から松本までは一駅区間。 新しい松本駅の到着コールは、沢田敏子さんに変わって首都圏の駅も担当するナレーターの向山佳比子(さきやまけいこ)さんが担当することになりました。 語尾を伸ばす感じは伝承されています。 用事を終わらせ帰りの松本駅構内で・・・、 211系を見たり・・・、 E353系「あずさ」を見たり、 JR東海の313系も入ってきます。 もうすぐ新車両が導入される「しなの」が6分遅れで入線。 松本の2,3番線ホームは南松本方面から坂を下りてくる列車がよく見えます。 383系、四つ目です。 ここまで引っ張れれば良い感じだが・・・、 6分遅れたために隣の新宿行き「あずさ」が発車してしまい両車両を被せるのがギリになってしまいました。今日は全国男子駅伝長野県5連覇なるかこのブログが参考になった方はこちらのアイコンをクリック↓にほんブログ村
ホームタウン特別急行のブログ
2026年 1月3日北海道&東日本パス 4日目源泉掛け流し温泉の旅磐梯熱海駅 駅近日帰り温泉「霊泉」元湯高湯温泉の帰り夕食は郡山駅前にある郡山食肉センターで焼肉を3回目の訪問60分 食べ放題メニュー表 牛タン カルビなど沢山お肉をお手頃価格で美味しく頂きました翌朝 ホテルをチェックアウト今日は東京に帰宅日その前に温泉に入ってから帰宅する事に磐越西線 郡山→磐梯熱海へ15分駅前には足湯あり大勢の観光客で賑わってました駅から徒歩 3分 共同湯「霊泉」元湯に到着利用時間6時00〜20時00料金6時〜14時 600円14時〜16時 400円16時〜20時 300円ホームページより2つの浴槽があり⚫︎大きい浴槽は元湯の源泉と温泉神社の源泉2種類ぬる湯⚫︎小さい浴槽は郡山市営の源泉高温ぬる湯〜高温へ繰り返しの入浴でサウナと同じ 整います何度も利用しているお気に入りの共同浴場ぬる湯 長時間入浴出来るのが最高磐梯熱海→郡山 2両編成帰省 観光客でラッシュせめて4両にしてくれよ夕方 都内へ帰宅翌日は長野県へ北海道&東日本パスの旅源泉掛け流し温泉の旅次回が最終日になります最後までご覧下さり有難うございました
400キロポスト
伊勢路のローカル私鉄、三岐鉄道三岐線保々車両区の定点観測です。2026年1月も半月が過ぎました。昨日は夕方から大安町へ向かう予定があり保々車両区で停車しました。鈴鹿山脈へ沈む夕陽が眩しい穏やかな夕焼けでした。西武色と電車とJR東海色の電車が夕陽に輝き並びます。そんな時に電気機関車ED456が入換のために電車を引き出してきました。よく見れば先日まで藤原よりの側線に留置されていた751編成のようです。損傷したクモハ751は切り離されたようです。新車52編成の方もまだクハ5302は戻っていませんでした。工場の方を覗いてみました。わかりにくいですが5000系クハの向こう側にクモハ751が入庫していました。これで両者いや両車復活に向けて治療が進むことになりました。こちらではお互いの相棒の具合を案じて相談しているような表情を感じました。
もはねの小部屋
機 番:116号機新 製:昭和32年3月29日製 造:日本車輌+富士重工製造番号:日車No.1768新製配置:東京機関区最終配置:田端運転所廃 車:昭和60年6月27日【廃車時の形態】パンタグラフ:PS15前照灯:原型(ハチマキ状ケース無し)尾灯:原型内バメ式正面窓:小窓+Hゴム支持Hゴム色:黒色正面ヒサシ:小型デフロスタ:あり正面飾り帯継ぎ目:タイプ〈列車電話:あり電源車制御装置:あり元空気ダメ引き通し管:ありスノープラウ:無しステップ:スノープラウ台座取り付けタイプ汽笛カバー:無し常磐線用列車無線:無し乗務員ドア:原型側面ハシゴ:原型側面エアフィルター:改造鎧戸タイプ側面ナンバープレート:板状タイプ暖房装置:EG【改造履歴(抜粋)】昭和35年 3月16日~:甲修繕(施工は浜松工場で同年3月26日に出場) 補助排障器の取り付け。 車警(A)の取り付け。昭和35年 7月18日~:臨時検修(施工は浜松工場で同年7月21日に出場) 特急用特別塗色に塗り替え。 電源車制御装置の取り付け。昭和37年12月 1日~:甲修繕(施工は浜松工場で同年12月8日に出場) 前面に手すりと足台を取り付け。昭和42年10月13日~:全般検査(施工は広島工場で同年10月21日に出場) 側面エアフィルターを鎧戸式に改造。昭和47年 3月10日~:要部検査(施工は広島工場で同年3月18日に出場) 避雷器をLA15に取り替え。昭和47年 8月28日~:臨時検修(施工は広島工場で同年8月31日に出場) 元空気ダメ引き通し管を取り付け。昭和50年 5月19日~:要部検査(施工は大宮工場で同年5月29日に出場) 暖房装置を電気式に改造。 ワイパーの取り替え(2基)。 昭和52年 6月23日~:全般検査(施工は大宮工場で同年7月5日に出場) 前面窓をHゴム支持に改造。昭和56年 7月 7日~:全般検査(施工は大宮工場で同年7月23日に出場) デフロスタの取り付け。【転配履歴】昭和39年 1月12日:宮原機関区 (日付不明) :下関運転所に貸し出し昭和39年 9月27日:下関運転所昭和48年10月 3日:広島機関区昭和50年 2月 4日:宇都宮運転所昭和60年 3月14日:田端機関区115号機とともに第8次増備車として落成した116号機は製造当初からメッキされた握り棒(誘導棒)を取り付けての落成になりましたが、東京機関区在籍中はこの握り棒は61号機に換装されて、お召し列車が運転されると決まってこの握り棒が活用されることになります。昭和35年から寝台特急を牽引することになり、カニ22と連動した電源車制御装置が取り付けられ、塗色も変更されます。東海道新幹線が開業した昭和39年10月改正で山陽本線に転じ、昭和47年には再び20系特急を牽引するため、元空気ダメ引き通し管を取り付けます。山陽新幹線が博多まで全通した昭和50年3月には一転して宇都宮に異動し、東北本線や高崎線などが活躍の舞台になりますが、ここでも「北星」「北陸」「あけぼの」といった20系特急の牽引を任されることになり、東海道、山陽、東北で20系特急を牽引した稀有(?)な経験をしました。言ってみれば、20系黎明期の華やかな時期、全盛期、そして凋落の時期を目の当たりにした稀有(?)な機関車と言えるのかもしれません。ゴハチ末期の昭和60年まで生き延びました。貴重なブルトレ塗装時代の116号機。「みずほ」が一般客車時代なので、「みずほ」が運転開始した昭和36年10月から、20系客車に置き換わる昭和38年6月までに撮影されたものと思われます。どっちにしても60年以上前の姿で、また一般客車時代の「みずほ」もあまり媒体では取り上げられないので、これはなかなかな記録だと思います。撮影地は横浜駅ですね。10系客車を連ねた夜行急行を牽引する116号機。前面窓がHゴム化されているので、昭和52年以降の撮影と思われます。東北線なら「津軽」、上信越方面なら「鳥海」「越前」「能登」が考えられますが、後者だと高崎第二か長岡配置機が担当すると思われますので(信越線経由の「越前」なら尚更)、多分、「津軽」じゃないかと思います。これは上野駅ですね。デフロスタが取り付けられているので、昭和56年以降の撮影になりますが、牽引される客車が12系だと「八甲田」が真っ先に思いつきます。撮影しているホームが13番線なら何となく辻褄が合うのですが(昭和55年10月改正段階で、定期の「八甲田」は14番線から発着するから)、団体臨時列車である可能性もゼロではありません。でも、この当時の12系客車は定期便であろうと、臨時便であろうと、また上野駅のみならず、国鉄線内を彩った名バイプレイヤーであったのは間違いありません。荷物列車を牽引する116号機。東北本線の、いわゆる “ヒガハス” でしょうか?Hゴム化されていませんし、デフロスタも取り付けられていないので、昭和52年以前に撮影されたものと思われます。阪和線の貨物牽引は別としても、特急から荷物までオールマイティに牽引出来て、しかもどのどれもが映えるというのもEF58の魅力の一つだと思いますね。【画像提供】1枚目:ウ様2枚目と3枚目:タ様4枚目:ゴ様
キハでGo!
こんばんは!本日も自宅でのんびりと「自宅警備員」な一日を過ごしましたw日曜日恒例の「スポーツ御意見番」ですが、いつもとは違ったアングルですw(スポーツコーナー中はほどんとサンデーモーニングのコメンテイターは移りませんからねw)本日の御意見番は「オチナカ・コンビ」こと落合さんと中畑さんです。気になった話題がいくつかあり、一つ目は2枚目で、日本のボブスレー、リュージュ、スケルトンの3競技を統括する連盟がオリンピック出場条件を誤って理解していたことから五輪出場が出来なくなったとのことです・・・なんとも杜撰な管理であり、結果、オリンピックを目指していた選手たちの努力を無にしてしまい、これには中畑さんもお怒りで2回も「喝っ!」を入れていました。そしてお次は先週開催された都道府県対抗女子駅伝にて4区から5区にたすきを繋ぐ際、選手の呼び出しがうまくできずに25位の北海道の選手が1枚目の通りに来ていましたが、5区の選手がおらず、そのまま探し回る事態になりました。待機選手の中から5区の選手が出てきて26秒遅れでスタート・・・・結果、リレー時点で順位を30位まで落としてしまいましたが、5区の選手の力走で26位まで戻していますが・・・。京都陸協は「選手が聞き逃した」と釈明していますが、前代未聞の出来事であり、選手が聞き逃すようなことは無いと思うのですが・・・そして最後は上位陣と平幕の1敗が6人と中日前日で混戦が続く大相撲ですが、こちらでも2日目の義ノ富士と青安錦が対戦した際、1枚目のように最後でもつれ込んで物言いがつきました。勝負審判の親方衆が協議している際、2枚目のように「もう一回」と何度も叫ぶ男性の声が・・・結果は義ノ富士の体が先に無くなっていることで軍配通りの結果でした。最近は新鋭横綱の誕生や平幕力士の活躍などもあり、大相撲人気が再燃し、本場所もすべて満員御礼となる盛況ですが、相撲の基本的な理解やマナーの無い人の観戦も増えたことから、中継を見ていても横綱の土俵入りの最中や軍配を返し、取り組みを始める間でも力士名を叫ぶ声や指笛が・・・相撲観戦のマナーについては知らないのは仕方ないにしても、協会側がしっかりと周知する取り組みや観戦する側もこれだけ情報社会になっているので、自分なりに観戦マナーを調べてきても良いのではと思います・・・本日の「スポーツ御意見番」は色々と考えさせられました。毎年1月15日(とんど焼き)から最初の日曜日には、我が家では鏡開きをしたお餅を使っておぜんざいを食べています。今年も1枚目の通り、相撲中継の始まる前に嫁が調理してくれたので、無事に頂くことが出来ました。合わせて正月飾りに置いていた金箔入りの純米酒も開けて、2枚目の通り、献血でもらったガラスのおちょこ(詳しくはコチラ)に入れ、金箔を眺めつつ、美味しくいただきましたwそして15時から大相撲の中日を楽しみました。本日の中入り後の特集は「両国探訪」とのことで両国の国技館近辺で相撲に関係する場所をNHKの斎藤アナウンサーと昨年11月に年寄名跡を元幕内の遠藤に返したことで協会を退職した元幕内の天鎧鵬(今は南さんですが以下も天鎧鵬さんと表記します)が一緒に紹介するという内容でした。最初は国技館横の両国駅ですが、構内には1枚目のように実際の土俵と同じサイズのイラストが入っており、観客も電車で通う幕下以下の力士たちが気分を高めるようです。(さすがにここでは取り組みはできませんねw)そして2枚目は駅舎に掲げられた名横綱の優勝額が飾られており、写真は千代の富士ですが、こちらは近年の写真ではなく、白黒写真に油彩で着色された時代のものです。(2014年初場所の優勝額からデジタル化されカラー写真になりました。前回の御上りさん(詳しくはコチラ)では車移動だったのですが、両国駅の額は一度、見てみたいもんです。)次に二人が訪れたのは国技館から一番近い場所にある中村部屋です。こちらは2枚目の通り、本日の向正面で解説をされていた中村親方の部屋です。1枚目は取り組みを終えて部屋に戻った十両の嘉陽がマッサージを受けており、2枚目では酸素ボックスが紹介されていました。相撲では「怪我は土俵で治す」などの根性論が普通に言われていますが、近年ではこのように他のスポーツでは普通に導入されている取り組みが入れられており、中でも中村部屋では多くの相撲部屋では朝稽古後の1日2食のところを朝7時に朝食を設けて1日3食を取るなど色んなことを実践されている部屋で有名です。今後も部屋の筆頭で幕内の友風や十両の嘉陽を先頭に活躍を期待しています。そして中入りからは6年ぶりとなる今上陛下が国技館を訪れた天覧相撲となりました。ここでも指笛を吹く愚か者が目立ちましたが、八角理事長先導の元で貴賓席につかれ、大相撲の後半戦を楽しまれました。「両国探訪」ではキングサイズの衣類を扱い、力士のファッションセンターともいえる店を紹介されていました。こちらでは2枚目のように一番大きい肌着が75インチ(センチではなくインチです!)とのことで上衣を天鎧鵬さん、下衣を斎藤アナが試着していますが、天鎧鵬さんはちょっと大きいかな?と言った感じですが、斎藤アナは足の片方に腰が入っていますw(この75インチは一番大きいサイズで、元大関の小錦が着用していたとのことです・・そりゃデカいです。75インチは190.5cmですからねw)解説の中村親方は「入門時におかみさんにここの店で肌着を買ってもらって・・・」と振り返っておられました。実際に私に合う服は無いと思うのですが、一度、行ってみたいとwそして最後はお約束の「ちゃんこ」です。近くの料理屋で塩ベースのちゃんこ鍋を天鎧鵬さんと斎藤アナで楽しまれていました。こちらの店では本日の取組後には200名分もの予約が入っているとのことであり、本場所中は忙しそうwこうして本日は取り組みの合間に紹介された両国の国技館近辺の相撲名所を堪能しつつ、中日の取り組みを楽しみました。しかし天覧相撲にも関わらず上位陣は全て土が付いてしまい、1敗を守ったのは前頭12枚目の阿炎と関脇の霧島のみとなりました。しかし両横綱を筆頭に8人が2敗で追いかける展開となっており、初場所はまだまだ混戦の様子ですwそんな大相撲でブログの大半を消化していますが、本日は大相撲を視聴ながら鉄道模型も楽しみました。本日は新幹線を引っ張り出してきて、2枚目の通り、TOMIX新幹線の通電カプラーにやや苦戦しつつ、なんとかお座敷レイアウトに入線させました。1枚目はヘッド、2枚目はテールライトを常点灯させています。ともに左から0系の復活国鉄色(詳しくはコチラ)、100系のフレッシュグリーン(詳しくはコチラ)、0系のフレッシュグリーン、700系のひかりレールスター(詳しくはコチラ)です。いずれも全盛期は「ひかり」(0系と100系)、「のぞみ」(700系)で活躍し、登場時は白ベースに青帯でしたが、新型の登場で活躍の場が山陽新幹線の「こだま」(0系と100系)、「ひかり」(700系)になった際、灰色ベースにした塗装へ0と100系は2002年、700系は2000年に変更されました。パッと見は0と100系が先にグレー化したと思われますが、実際は700系レールスターが灰色新幹線のはしりだったんですねぇw左の0系は元の白ベースに青帯ですが、こちらは2008年に引退直前となった0系の3編成を元の新幹線色に戻した復活国鉄色です。(戻すなら最初から塗装変更するなよ・・という意見もありましたが、私はフレッシュグリーンも意外と0系には似合っていたのではと感じていました)相撲中継を見ながらキハすきすき線区自慢の複々線お座敷レイアウトで16両から6両(0系と100系)や8両(700系)に短編成化された塗装変更新幹線と塗装変更から復活した元の色の新幹線の走行を楽しみましたw特に室内灯の入った100系はいい感じですねwちょっと異様な並びですが、すでに0系は2008年12月、100系は2012年3月に引退しており、700系は16編成が存在していますが、山陽新韓のレールスターとしては上りの1本のみとなり他はすべて「こだま」になっています。さらに今後はN700系が短編成化されて山陽新幹線に導入されることから500系は2027年度までにすべて廃車となり、700系も8編成は置き換えとなるようで、700系にもじわじわと引退の足音が聞こえ始めています。近年は山口の祖父母が亡くなり、山陽新幹線に乗る機会がなくなってしまいました。仕事でも出張は府内に限られているので新幹線に乗ることもないのですがwなので出来れば500系と700系は何回か乗っておきたいので、鉄模愛好会の方を誘って山口などに行けたらなと勝手に思っていますwでわでわ模型でも実車のごとく、ほとんど市場にはありませんねwTOMIX Nゲージ 0 7000系山陽新幹線 復活国鉄色 セット 6両 98648 鉄道模型 電車Amazon(アマゾン)Nゲージ車両 700 7000系山陽新幹線 (ひかりレールスター) セット 92751Amazon(アマゾン)TOMIX [92276] 700系レールスター基本3両セットAmazon(アマゾン)
乗って見て呑む
今回泊まるのはふく井ホテルもう何度泊まったか分からないくらい泊まっててポイントカードも持って〼。とにかく地下にあるお風呂のお湯が最高で、さっきまでローマの子になりたい、と思っていたのにいや、やっぱふく井の子だなと心変わり。夕食はホテル2階のバイプレーンさん可愛いコースターまずは宿泊者がもらえるドリンク券でビーーーールリアルタイムではまだ体調が万全ではなく今日で禁酒6日目こう見えてやればできる女なのです依存症ではないのですせっかくなので週末旅までに体調完璧に戻して朝ビールキメます今日食べるものを吟味まずはチーズ盛り合わせ。この赤いのがほんとに辛くて2杯目ビールも蒸発。ママさんがボジョレー呑む?ともちろんですボジョレー・ヌーヴォーの思い出。品川駅の水族館でやっていた解禁日の0時に「ボージョレー」とみんなで叫んで呑むヤツ、毎年行ってた。当然次の日休むので当時の会社の人には「ボジョ休」と言われてた。選べるサラダは野菜サラダに。ここは野菜も瑞々しくて美味しくて幸せ。なんか色々出てきた十勝燻製マヨが最強〜頼んだのは清水町の十勝若牛のヒレステーキ100g素敵なのは付け合わせのじゃがいもの調理方法選べるところ。フライドポテト/マッシュポテト/ベイクドポテトから私は大好きなマッシュポテトを。ヒレステーキは柔らかくジューシーでお肉の旨みが素晴らしい。マッシュポテトも美味しくって寄る年波には勝てない私も次回は200gにしよう、と誓う部屋に戻ってデザートに駅前セイコーマートで買ったシマエナガのほっぺをサッポロクラシックと。時刻表もゲット、常に持ち歩いて会社昼休みは妄想トリップしてリフレッシュ。2日目。よく覚えてないけどこの写真撮ったのは8:33今回、帯広は1泊だけでこのあと釧路に2泊予定だったのですがデートの予定が入り、もう1泊することに。なぜか連泊できなかったのですぐ近くの十勝ガーデンズホテルに移動。つづきます。2個前のブログで長崎屋の跡地にマンション建つからとりあえず資料請求だけでも、と書いたのですが昨日仕事から帰るとこれ2020年10月築のThe TOWER OBIHIRO、買いたくって資料請求して物件も見に行ったことあるのです。今回の売主かつ販売会社も同じフージャースコーポレーションなので資料請求前に資料が来たJR北海道も売主だって。売れて儲かったらぜひぜひ根室本線の富良野⇔新得間を線路で復活してください『202308駅名標サイコロ旅-22 いよいよ根室本線最後の乗り通し〜釧路まで』6日目。今回の旅の1番の目的の根室本線乗り通しのために滝川に泊まりました。富良野⇔新得間が来年4月1日に廃線になるのでこれが最後の根室本線乗り通しなのです。本…ameblo.jp
歩王(あるきんぐ)のLet’sらGO!
ご訪問ありがとうございます。記事は憶測で書いてますので内容に誤りがありましたらコメント等でご指摘頂けると助かります。全国のJR駅が見たい時はこちら→☆ 第三セクター・私鉄駅が見たい時はこちら→☆皆さま、こんにちは!今日は5年前に訪れた予讃線から伊予西条(いよさいじょう)駅の訪問記です。ここは列車で通過するたびに気になってた駅でして…北側の車窓からこの施設が見えるのですよ。四国鉄道文化館です。どうでもいい話ですが、自分が一番最初に買った鉄道模型はトミックスのDF50形ディーゼル機関車でした。買った時期はたしか小学6年生の頃だったはず…ようやく手にしたDF50が嬉しすぎて毎日眺めてましたっけ。機番がDF50 543だったことを今でも覚えてます。そのDF50のトップナンバー車がここ四国鉄道文化館で保存されてたのですよ。館内に収まるDF50が見えるかしら?それでけではありません。南側にはフリーゲージトレインの2次試験車も保存されてます。ちなみにこれら施設は伊予西条駅周辺に位置する鉄道歴史パークinSAIJOの一部とのこと。憧れのDF50の他にも貴重な車両が保存されてるらしいし伊予西条駅に来れるこの日を楽しみにしてました。なのになのに…開館時間のはずなのに人の気配がない。うげっ…実は四国を旅する3週間前に緊急事態宣言が出てたのです。それが解除されてからの旅でしたが影響はまだまだ残っていたようで…ただ引き下がるのは悔しいので誰もいない文化館の辺りを眺めました。文化館の裏側に周ると文化館と伊予西条駅の構内を結ぶ線路を発見。保存されてるDF50は動態保存車だそうで屋外展示されたこともあったんですって。そんな機会にいつか遭遇したいなぁ。四国鉄道文化館の様子はリベンジ訪問をしてからということにしまして、伊予西条駅を覗いてみましょう。伊予西条駅はすべての列車が停車する予讃線の主要駅で伊予西条駅が始発・終着の特急列車も多く設定されてる模様。「みどりの窓口」も営業してました。駅舎内ではセブンイレブンキヨスクも営業中です。売店があると駅の賑やかさが格段上がりますよね。続いてはホームにイン。伊予西条駅は列車の退避が可能な相対式&島式ホームによる複合2面3線構造でした。伊予西条駅は予讃線が延伸した大正10年に開業した駅で2年間ですが予讃線の終端駅だった時代があったとのこと。今ある駅舎は昭和43年に竣工したモノだそうです。構内に給水塔があるのは駅が開業当時、構内に蒸気機関車の車庫の西条機関区があった名残り。終着駅時代の遺構でもありましたよ。個人的に気になったのが島式ホームに架かる上屋でした。ここだけ支柱がレールで造りが明らかに古めです。もしや開業当時からある上屋?期待の気持ちがありましたがホームの断面を見ると開業当時のホームから延長された先に上屋が建ってました。開業当時からあるモノではなく後天的に設けられた上屋でしたが、いずれにしても古いモノであることは間違いありません。跨線橋の階段にDF50の写真が貼られてましたよ。みんなが喜ぶのは隣で保存されてる0系新幹線なのかな?個人的には南館で保存されてるキハ65も気になってます。ホームにあるアンパンマンのベンチの駅名標です。描かれてる文化館がかっちょえぇ。最後は構内にずらりと並ぶ7000系電車の画像で〆ます。実は来月、四国鉄道文化館に再訪する予定を企ててました。JR四国の駅はすべて見終えてましたが高架化された松山駅や駅舎が消えた高光駅、駅舎が銀箱に変わった駅等々…文化館以外にも見たい場所が山積みでしたからね。DF50の実機も見たいし再びコロナ禍になりませぬように。国鉄F級ディーゼル機関車 (RM LIBRARY) [ 岩成政和 ]楽天市場旧国鉄形車両集 ディーゼル機関車DD51 上巻 [ (鉄道) ]楽天市場RM Re-Library 41 国鉄DD13形ディーゼル機関車楽天市場訪問駅リスト(JR線)予讃線(高松駅-伊予西条駅)高松駅香西駅(令和3年4月12日)鬼無駅(令和3年4月12日)端岡駅(令和3年4月12日)国分駅(令和3年4月12日)讃岐府中駅(令和3年4月12日)鴨川駅(令和3年4月12日)八十場駅(令和3年4月12日)坂出駅(令和3年4月12日)宇多津駅(令和3年4月12日)丸亀駅(令和3年4月12日)讃岐塩谷駅(令和3年4月12日)多度津駅海岸寺駅(令和3年4月9日)(臨)津島ノ宮駅(令和元年8月5日)詫間駅(令和3年4月9日)みの駅(令和3年4月9日)高瀬駅(令和3年4月9日)比地大駅(令和3年4月9日)本山駅(令和3年4月11日)観音寺駅(令和3年4月11日)豊浜駅(令和3年4月11日)箕浦駅(令和3年4月9日)川之江駅(令和3年4月11日)伊予三島駅(令和3年4月11日)伊予寒川駅(令和3年4月11日)赤星駅(令和3年4月11日)伊予土居駅(令和3年4月11日)関川駅(令和3年4月11日)多喜浜駅(令和3年4月11日)新居浜駅(令和3年4月11日)中萩駅(令和3年4月11日)伊予西条駅(令和3年4月11日)↓(石鎚山駅・松山駅方面)駅探訪記、旅情報を不定期に更新中。新着情報がすぐ受け取れるフォロワー登録をお願いします!トレインビューなホテル、旅に便利なグッズ等々を紹介中です。過去にブログで紹介した美味しいもの、便利グッズ、こだわりの逸品を楽天ROOMにまとめました。こちらもぜひチェックください。
よろしおすJNR
521系敦賀車の吹田出場試運転です。試6781M車体側面に赤帯が入った編成です。521系 U06編成工事中の新名神をバックにして見送りました。島本ー高槻にて
菅沼天虎の紙屑談義
昭和57年1月に八戸線鮫駅で発行されました、「おおぞら1号」の特急券です。仙台印刷調製の券となります。乗車駅に印刷された「八戸」をゴム印で「札幌」に訂正して発売されておりますが、押印されたゴム印は抹線と一体化された訂正印のように見受けられ、拙ブログの2012年6月23日のエントリ「鮫駅発行 新幹線指定席特急券 大宮→盛岡」でご紹介いたしました券のように、八戸線鮫駅では抹線と一体化された訂正印が多く用意されていたようで、「札幌」の訂正印が用意されているのならば、「青森」や「函館」などの訂正印も用意されていた可能性もありますが、裏を返せば乗車駅名や下車駅名が印刷された券が多く設備されていたのかも知れません。『鮫駅発行 新幹線指定席特急券 大宮→盛岡』本日6月23日を持って、東北新幹線大宮~盛岡間の暫定開業から30周年を迎えました。これに因んで、今回は東北新幹線の指定席特急券をご紹介いたします。昭和57年8…ameblo.jp特急「おおぞら1号」の乗車日は発行日の翌日で、当時の「おおぞら1号」は函館始発で青函航路の深夜便と接続しており、鮫から八戸線の最終列車で出発し、八戸から特急「みちのく号」か「はつかり11号」を利用すれば乗り継ぎ可能なのですが、この特急券を使用した旅客は、深夜帯の移動を避けて発行日の列車で札幌まで移動して一泊し、翌日の「おおぞら1号」に札幌から乗車したのでしょうか?