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8AUG.
ライオンズゲートの恩恵を受け取る前に
ライオンズゲートの恩恵を受け取る前に令和8年8月8日 マヤ暦では「銀河の新年」にあたり、新しいサイクルが始まる日で、ライオンズゲートが最大に開く日です。ライオンズゲートが開くのは7月26日から8月12日で、8月8日は宇宙からのエネルギーが最大に降り注いできます。今年は、8が3つ並ぶ60年に一度の丙午年(火、勢いと転換)寅の日 甲寅(始まりを切り開く力)が重なる特別な年です。この日は、願望成就や浄化がしやすくなります。顕在意識では願望しても、潜在意識ではそう思ってないこともあります。顕在意識では「素敵な人と結婚したい」と思っても、潜在意識では「1人でいるのは楽」と思っていたり、「病気を治したい」と思っても本当は、・働くのは嫌だ 会社を休みたい・病気によって心配されたい・あなたのせいで病気になったと困らしたい人がいると思っていたり、「お金が欲しい」と思っても・苦労して働いていたお父さんの年収を超えてはいけない。・幼少期から苦労して頑張らないとお金は手に入らないと思っていたり、・過去に親のお金を盗んだ・お釣りを多く貰っても黙っていた。・物を盗んだことがある。忘れていてもこのような罪悪感があったりカルマが返ってきている場合もあります。日本人に多いのですが、レムリア大陸沈没の記憶があるのか、楽しみたいのに、他の人を差し置いて私だけ楽しめないと思っている人がいます。レムリア時代、レムリア人は喜びを感じると青く光っていました。そうなると敵対するアトランティス族に見つかってしまい、殺されてしまうので楽しまないようにしていました。外の世界は100%自身の意識で造られていますが、5%の意識しか分かりません。95%の意識は潜在意識で、普段は気づくことができませんが、外の世界が自分の意識だと教えてくれています。全ては自分の意識から起こると肝に命じて潜在意識(インナーチャイルド)を癒して明日のライオンズゲートでは願いが叶えられるようにしましょう。辻耀子さんのYouTubeです⬇️- YouTubeYouTube でお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.be「怖かった、腹が立った、悲しかった」相手や事象を憎むのではなく、思いきり感じてください。と言われていますが、多少憎んでも感情を出した方がいいと思います。冷静になってから相手の立場を思ったり、労わり、自分も相手と同じようなことをしていないか、こういう人や事は嫌だと思っていないか、言いたいことを我慢していないか考えてみましょう。一日に何回も「大変だったね」「頑張ったね」と労わってあげてください。「甘やかす」と「労わる」のは違います。インナーチャイルドを癒すと心と身体が緩むのが分かります。地球は二元性の星なので、良いことも悪いことも起こりますが、悪いことが起きても「これはどういう意味か」分かるようになります。シューマン共振も大きくなっています。シューマン共鳴が戻ってきて、今やパルスはさらに強く、より頻繁になりました!地球の母の心臓は上昇へと急いでいます。みんな、ついていけてますか?ライオンズゲートの宇宙エネルギーがここに ✨️🦁💗 https://t.co/XvEisAt67v— 効果のあった代替医療 (@kiim1040) 2026年8月7日心を穏やかに深呼吸し、「よかった、ありがとう」と言うか、心で思って、宇宙からの大きな恩恵を受け取りましょう。

片付けがなかなか進まないのは ヴァータの乱れ

”タイパ“と“余白”。
病気です、助けてください。 わかりました。 天理王命様にお願いします。 治りました。⑴
【 】では以下を語る。宗教論である。「身上事情は道の花」とは、人生の困難や病気、悩みごとを通じて心を磨き、喜びや感謝の花を咲かせる天理教の教えです。基本的な意味 天理教では「身上・事情」とは、個人の生活上の出来事や家庭内のもめごと、病気、災害など、苦しみや学びの種となる事柄を指します 。 これらは単なる不幸ではなく、親神の導きとして受け取り、心を成長させる機会とされています。 教えの中で「身上事情は道の花」と言われるのは、困難や悩みを通じて、喜びや幸福の花を咲かせることができるという意味です。実践上の意義 病気や困難を糧にする 病気や悩みは、心を磨くための「砥石」として捉え、感謝の心で受け止めることが奨励されます。これにより、マイナスの経験をプラスの価値に変えることができます。 他者への助けと自己の成長 健康な時には、他者の苦しみを理解し、助けることで自分自身も救われるという考え方があります。「人をたすけてわが身たすかる」という言葉に象徴されるように、他者への奉仕が自己の成長につながります。 感謝と喜びの心を育む 日々の生活で起こる身上・事情を通じて、感謝の心を持ち、喜びを見出すことが重要です。過去の悩みや病気を振り返り、神恩報謝の態度で日々を過ごすことが、信仰者としての目指す姿とされています。教えの具体例 病気になったことで「かしもの・かりもの」の教えを理解し、過去の心得違いを悟ることができる。 困難な状況でも心を軽くし、神に委ねることで、重荷を感じずに道を進むことができる。 日々の実践として、ひのきしん(感謝と喜びを行動に表すこと)を通じて、陽気ぐらしの実現に妨げとなる欲を取り除くことができる。まとめ「身上事情は道の花」は、人生の困難や悩みを否定的に捉えるのではなく、心の成長と喜びの源として受け入れる天理教の教えです。病気や不幸、日常の悩みも、親神の導きとして感謝し、他者への奉仕や自己の心磨きに活かすことで、人生における幸福の花を咲かせることができます。 宗教論ではあるが病助けの効能を有さぬ人間の、実態無き妄想を含んでいて、作文であり、大噓でもある。病気を治せない虚偽を告げている。 病助け これが おたすけの名人といわれていた泉田藤吉→茨木基敬→上田善兵衛→久保冶三郎→関根豊松。泉田藤吉→中川よしまでは、異端の人脈的に扱われていた。オカルト人脈である。問題は本質をズレた経論であり、悪因縁の事実である。☟ 麹町大教会→錦江大教会(初代・寺門きみ)。(麹町信者・降旗) が、(寺門宗太郎・きみの弟)のチフスの時に寺門家に神様祀りこむ。病気たすからず。寺門きみは関根豊松の実母。十八の年妊娠中に嫁ぎ先の関根家を飛び出し離婚。豊松を寺門家において男に走る。寺門家はきみの父母、きみと陶宮術の信仰を厚くしていた。きみは陶宮術により自分が晩年を不幸になると知り、それをたすかる道は天理教よりないと実家の天理教に入信。夫・岸本の反対のために、天理教布教目的でありながら、静養という名目で、大森海岸に転地した。 錦江大教会→大森町大教会(寺門きみ)→(守屋すず) *ただし、錦江サイドの記述による。『この大森静養中に、「にをいがけ」した守屋家は、現在大森町大教会の一家であり、守屋すずとともに布教に専念し、入信者には、現在大森町部内の教会長になっているものもある』(天理教事典・p651) 関根豊松は、23歳までは「寺門豊松」。信仰の本線ならば、麹町→錦江→愛町という事になる。そして、大森町そのものが、本来は錦江の部属となるべき教会を併合している。 関根豊松は、自分の愛町の理の親は麹町だとしている。錦江の「寺門」の系列であるのに、育ての親を無視し、且つ実の親である錦江初代を無視している。本来は、愛町は大森町か錦江を上級としているはずのところ麹町を上級と断言している。系統信仰と言いながら骨肉のごたごたがあった姿が見えている。 病気です、助けてください。 わかりました。 天理王命様にお願いします。 治りました。 それで終わりである。 みきは世界を支配する 坂井における病助けの基本 ⑵ 2023-07-04 11:41:43 に、述べておいた。一部引用する。 天理教。創価学会。PL教。生長の家。一部の原理主義的キリスト教。これら宗教団体では健康祈願が教えの中で説かれている。やまいの救済は信心する者には本来、確信である。薬師如来の信心のように日本の宗教は医薬を活用し、宗教の健康影響の医学的説明は、宗教に効能ありの立場で説かれたりする。諸宗教内部では必ず、それぞれに信心の医学的効果を説いていた時代がある。今は説かなくなった創価学会の例もある。医薬妨害とみなされるからだ。 母親の病気から、母親曰く「胎内にいて入信した坂井」には、みきに病人の助かりを願う習慣は生まれた時からあり、病助けの現場で育った坂井は、子供のころから病気を治して下さいの願いを受け18歳頃までには何人もの病人を治していて、中学高校でも誰かに身の上相談を受ける状態で宗教家気取りに宗教上の救済を実行していたところ、高校2年の時、長野県飯田市に世界心霊統一教会神霊協会布教師が布教に来たと知り、念のため、統一教会の聖典・原理公論の講習を受けた。正しいキリスト教の教えとの触れ込みであって、静岡県から布教に来た女性から学び、大いに悩まされ、その時点では、理の善悪が見えず、そのため悪を指摘できず、同学年の飯田高校生の女生徒がお寺の生まれであったことから女性布教氏の布教の対象のまま、彼女は教えに感動し統一教会に女性は入信してしまうを止められなかった。 その時、直ぐには統一教会の嘘を見破れなかった坂井であったが、原理公論(統一教会の聖典)と新約聖書で、本来の聖書の教えを、比較、研究し学んで、統一教会の教えは贋キリストだと、詐欺だと判断に至った。贋キリストは原罪を強調し、実は性行為のノウハウを教えるという淫し邪教で、それは性への不安を突くものであると承知できた。そして坂井は一浪中に、名古屋駅前で統一教会の路傍布教に出会って論戦したが、彼らから天理大学宗教学科在籍の天理教会本部の後継者たちが統一教会に入信して、天理教内部で活動をしているとの情報を得た。統一教会が淫し邪教と知ってしまった坂井は、天理教本部に統一教会の洗脳者が生まれていると知り、今度は負けないと、宗教組織の若者を狙い撃ちする統一教会と闘うと決めた。 坂井は天理大学宗教学科に入学、統一教会が狙っていた天理教学生会常任委員会常任委員となり、そこここに統一教会組織の機関誌があふれた天理教学生会会室で、みきの教えの正しさを説き、教義の理論闘争を繰り返し、その当時洗脳下にある者を、天理教が素晴らしいとわからせて統一教会から離脱させ、統一教会派遣布教師の中の一人を天理教に転向させたが、その武器はやまいの理であった。病人を助け、理を諭し、いう事聞かねば病気になる、聞けば治るを、みきは実装してくれたので、統一教会布教をきちんと妨害できて、統一教会の布教は下火となった。坂井は「神一条の天理教学生会」を掲げて天理教学生会第7代委員長となり、天理教学生会は自由な有志の団体であったを統一教会に突かれたとみて、天理教会本部(表棟梁清水国男氏)と交渉、天理教会本部に、天理教学生会を自由団体であったを変更させ、正式に天理教本部組織に組み入れて本部管理と改革した。約三年間の在学中に授業出席日数は40日程度という、統一教会、或いは天理大学全共闘や、天理教異端系の方々と闘う活動を専ら行っていた坂井であるが、闘うには力がいる。信者同士の宗教的な理論闘争は平行線ばかりとなる。まして統一教会は聖書を基礎におくから論は練られていて、理論に欠点を見だすのは極めて難しい。だが結局宗教の実力とは「奇跡的力」の有無に尽きる。イエスの教えが端的にそれを示している。病人をたすけられるのか。それが宗教の実力である。実力でみきの正しさを証明するにはやまい助けである。 しかし、これには、少々の病助け経験あるていどのおたすけ能力の坂井では荷が重かった。奇跡力が必要と痛感した坂井は、みきにすがり、天理教会本部神殿の教祖寝室の廊下にてみきに祈願。統一教会と闘うため、坂井において眼前の人の心がわかる力、また病人の依頼があれば病において治す治さぬの力をお借りしたいと念じ続けた。みきの為の軍人になるという決意が坂井に固まりそれがみきに通じたのであろう。ある時から、先方から病を治してと求められれば治癒効果率100%ほどとなった。学生会活動で教理上対立し坂井に逆らえば、対立した相手に病気などが出て、坂井に従えばそれが治るという、露骨な宗教効果が普通になって、みきは願いをかなえてくれた。だが、その力で坂井は「神様扱い」されるようになった。坂井の周辺に坂井から学ぶものが増え、学生会の坂井を知る天理教団からは教理本を執筆しろと言われた。だが、神様扱いはみきに嫌われる。みきに処分される。殺される。坂井は願って得た効能だけど、仮にお借りしただけで本当の実力が無さすぎを知っていたので、統一教会対策として、坂井の求めた天理教の組織改革で天理教学生会の位置づけが変わると、坂井は一区切りとし、退学。同時にみきにいわゆる「奇跡的力」を返納し、貧乏せい、貧乏せいのみきの教えに従い、小企業に最低賃金ぎりぎりで就職し、以後時間給で最低賃金+500円という給与以上受け取らず、特別な病助けも行わず、天理教の布教もせずで子供3人を育てる生活をしたのである。全て振り出し。それでも坂井の過去の救済を伝え聞いて知る方から、いま大変な事態で救急車で子供が運ばれたと緊急に助けを求められるなど、十数年は毎年の年末年始は救急病院で病助けを行うという、能力は返納のはずなのに100%の治癒で、ありがたかった。 ある時、共産主義の金集め天理教を批判する方から、知人の、重度の障害者さんが激痛で救急車で病院に運び込まれたが、大金を天理教に毎月献金しているのに詐欺ではないかと坂井がねじ込まれたことがある。直ちに病人さんに会い尋ねると、天理教に年間200万円以上献金しているという。大過ぎるので、献金を毎月3万までと減額を約束させ、病人からの依頼で以後10年間痛みなしをお願いし治癒、再度痛みが出た10年目に延長を願ってすぐに治癒した。 飯田高校の同級生から、妻が原因不明の痙攣と激痛で、妻に入信を進める宗教団体がむらがり治すとして大勢で祈願をしているが、とても信じられない。お前は専門家だからどうにかしてくれと持ち込まれた。この奥さんは病が治ったら天理教をするさせると決めさせて祈願した。病気は直ぐ治った。本来、坂井はお釈迦様の教えに従い、信仰せず、人に信仰をさせないのであるが、この奥さんは宗教好きなの入信させて、その後に、坂井と直接の交流のない天理教会(伊那大教会部内)の信者をしていると聞いていたが、今年3,4,5月の三月、修養科を卒業した。その修養科では体調不良となり、娘さんから坂井に依頼があって、体調改善を願うかと本人に確認し、願うというので、みきに祈願し、元気になったが、その時その体調不良に医療対応した天理総合病院では、過去の大病の資料をとりよせ、「この状態で生きているのは奇跡です」「学会に報告します」と、この奥さんに了解を求めたので、それで初めて、坂井の病助けの実態を知って、「あの時はありがとうございました」と、言った。娘さんは、当初、治らなくていいよと言っていて、危篤状態を見てから、やはり助けて下さい、であった。さすがに坂井は自分の生涯を貫くと再確認してお願いをしている。 病助けは行っていても、50年近くも、表に見える形での病助けしないでいると、さすがに坂井は「神様扱い」されなくなる。 それでも長い期間に様々な特別な事情から坂井を通し神仏に助け願い、助けた方もそれなりにいる。ひな型の順序があって、道具を寄せるという順序が、きちんと存在する。 坂井に病助けを願い治癒されたと、初回の助け以後も頻繁に、やまいある都度坂井にたすけを求めて生活している方々の中で、坂井はみきの世界助けの上での、坂井の役割の人材、道具を寄せている。 演歌王岡崎店ママ、演歌王四万十店ママ、諏訪天下一点ママ、演歌王トヨタ店ママであり、演歌王伊那谷店ママ、演歌王飯田店ママ、演歌王松本羽田店ママは、世界助けに役立つと決めて、ついて来て、坂井にカラオケ指導を受け自立し各自主催者として歌謡イベントをする方々だ、自身の病の助かりから、時にやまい助けを伝える。 演歌王伊那谷店ママは、滋賀県大津市で事務員をしていたが、坂井と会う5年前に発病した厳しい病気のために普通に暮らすことができず、発作、けいれん、発熱などあって不眠症、病院では治療法がなく、夫の信仰する天理教でもお助けに治癒平癒効果なく、WEBで坂井の予言研究など基本を知り、坂井にたすけを求めて名古屋市で坂井と落ちあい、助けを求め、坂井は引き受けて、演歌王飯田店ママ宮下ちづる宅に一泊し、それで5年ぶりに就寝できて、痛み、発作もおさまるを経験。最悪の状態は一日で改善された。歌の仕事をすることとなった。が、全治したわけではなく症状が時にでることから、現在は坂井の近くでカラオケ店を営み、発症があれば直ちに坂井に神仏の助けを求め、演歌王伊那谷店を経営し飲食を調理し提供、カラオケ歌唱指導を行い、カラオケ発表会を飯島町文化センターで主催(企画運営に坂井は関与しない)し、病人から求めがあれば坂井に神仏への祈願を要請し、病助けを依頼したお客さんは、足の痛み、腰の痛み、不安、不眠などことごとくに祈願は治癒効果を上げている。お一人、坂井にたすけを依頼して、喘息がぴたりと治った方が、「医者で治すから依頼しない」と告げられたことがあり、その方は昨日現在で、呼吸困難で酸素吸入器が手放せず、通常は寝たきりの状態である。いう事聞けば治り、否定すると病は重症化するという状態は、学生会委員長時代と同じで、50年の貧乏な社会生活で数千万からの借金で坂井は、二十歳頃の、学生会委員長の頃の力。今度は本物の力で、みきとの効能が結ばれたという事である。これは学生会の時とは異なるが、50年の貧乏で、坂井のいう事聞かないとみきは病気にするというわかりやすさは復活した。 演歌王伊那谷店ママは、当初は滋賀県でママをしていたがその時の男性客に小児から足に不自由をお持ちの方がおられて、びっこであるが。慢性的に激痛があって、ついには医師から治療に切断手術を勧められた。そこで伊那谷のママのすすめで、その男性客から直接に坂井に医師に従うべきかとの相談があった。坂井はその頃には身の知らせがくるを十代の頃並みに有していて神仏は「切るな」のお知らせで、責任もって祈願し治るので手術しないよう知らせた。坂井の祈願以後痛みは治まり、現在、足に痛み無く日常を警察公務のお仕事に尽力される。当然だが、神仏の知らせは100%正確である。医師は定期的に観察していて、この状態で痛みがないのはあり得ない、学会に報告しますであったが、この6月、足の骨が、柔軟に動き出している。奇跡だと、医師はなお驚いたという報告があった。 これは演歌王の普通であって、岡崎店の高齢者のお客さんも幼児から杖が離せなかった方が、杖なしで、歩けるようになられた。 演歌王伊那谷店ママの二人のお嬢さんは身体の変調時には助けを求め治癒であるが、長女から体臭の相談があり、その時は「シュガーレス飲料」に神仏はお知らせあって、シュガーレス飲料をやめさせて治癒している。現在拒食症の症状があり医療機関への入院を勧めたが神様で助けて下さいと、坂井に願い、坂井は「時間かかるよ」として、長いおたすけに着手した。神仏は真の科学で病を助ける。シュガーレス原因の病気はそこを改善しないと治らない。また演歌王伊那谷店ママには80歳代の母親がいてある時高齢症を訴えるかの体調不良があり、母親から坂井は神仏への祈願を求められ治癒している。祈願で治した。 演歌王伊那谷店ママを宿泊させた演歌王飯田店ママは、宿泊させて演歌王の楽曲を一晩聞かせて、5年の不眠症が治っているが、諏訪天下一ママの姉で坂井とは40年程度の交流があり、ゆえに坂井へのやまい助けの請願も数多く、本人の体調不良、長女の病気など坂井に健康祈願して治癒しており、当人は「今38度5分です、仕事に行けません。すぐ熱を下げてください」の平癒、「今大雨洪水警報が出ていて大雨です。雨を鎮めてください」との願いで、緊急事態に雨がおさまるなどなんでも願ってくるという方で、病たすけ以外も相談しており、含めて神仏に願う頻度は極めて高い。ママ自身の99歳になる母親が今年6月には、医療必要なしの診断を受けている。母親は心臓に水がたまり、不整脈などで心臓手術していて、心臓手術後から要介護重度3の状態であったが、再度水がたまる病状が出て、医師の入院の勧め、心臓再手術の勧めをうけたが、坂井にしたがいママは、全てお断りして、坂井に母親の健康と若返りの祈願を依頼してきて、坂井はみきに願い、要介護重度3から2に症状が改善されていた。呼吸の酸素濃度も高く改善された。その健康回復ぶりは医療対応の必要なしに至った。演歌王飯田のママは、孫の高熱体調不良時にも坂井に神仏に願うを求め速やかに平熱になるという状態で演歌王坂井は常備薬のようなものである。 演歌王松本羽田店ママは、演歌王四万十店ママの長女で、高卒後静岡県でゴルフのキャデイに就職、就業中にゴルフ場で大けがをし、左足靭帯が伸び切ってしまい、病院からは治療方法がありませんと宣言された。坂井は助けを求められ、祈願し何事もなく全快している。その時靭帯の不具合勃発から故郷に帰り演歌王四万十店でカラオケ喫茶経営を学びしていたが、ある時高熱があって、坂井に神仏に願うを求め、松本波田店を引き受ける条件で神仏に依頼し平癒していて、以後、何かしらの発病があれば、全部坂井への神仏への請願で平癒している。四万十店のお客さんに腰痛の方がいて、ママが演歌王に願うかと問い、お願いするとなって、速効その場で、治っているなど、伊那谷店ママと同様である。 演歌王松本羽田店ママの父親は演歌王四万十店ママの夫で、前職は部下教会8か所の天理教教会長で部下教会や信者の献金で生活することは神仏はお嫌いを坂井から告げられ、信仰を捨てよ、甘露の門が開くとのお釈迦様の教えに従い信仰と信仰組織を捨てている。その四万十店マスターの妹が5年以上の不眠症で、症状が厳しく、医療従事(レントゲン技師)の仕事も欠勤し台所へもまるで立てない状態であったが、坂井に願うというので、最初の坂井への請願依頼で、坂井が神仏にお願いしその晩熟睡できて、以後、願う、眠れる。不眠再発、願う、眠れるを繰り返して、一か月で仕事復帰できている。 四万十演歌王ママは諸病で助けを求め坂井の祈願で平癒しをしていたが、ある時、四万十演歌王ママのその時の胸の痛みについて、坂井は神仏から危険と知らせありを伝え、乳がんの発見につながった。ただ、癌の手術の成功後に、四万十演歌王ママは、医療機関が行ったホルモン療法で倦怠感と身体の重さの体調不良になって、坂井は原因を悟り、坂井がホルモン療法を止めさせた。そこから時間をかけ健康回復、この方もやまいについては坂井に相談、依頼するが常となっている。四万十店のマスターとママに知的障害のお子さんがいて、施設に長期介護を依頼していたが、3年余り前にお子さんが高熱と痙攣、発作で危篤状態になり、坂井への神仏の知らせでは「たすからない」であり、坂井はそのまま告げると、四万十演歌王ママは「私の命をかわりにしてください」「私が身代わりになりますから子供の命はたすけてください」と坂井に告げた。「あんたが死んだらトヨ君の面倒は誰が見るのか」と坂井は告げて、「トヨ君が生きるようお願いするには、トヨ君を家に帰し一緒に生活するというなら、トヨ君が治るようお願いする」と、坂井は条件を付けた。父親と母親が必ずそうしますというので、坂井は神仏にトヨ君のたすかりを祈願し、一夜で治癒した。 以後は坂井はママのカラオケ店で暮らせるように神仏に祈願、来店客と仲良くなれるために、演歌王四万十店は、毎週の1日はお客様と知的障害の子が仲良くカラオケを楽しむ日として営業を開始、短期間で一週間の中で来客数が最大の日となり、奇声を発するや突発的行動を起こすことなく来店客と仲良く暮らすようになった。そこで3年後には知的障害児介護施設を円満に退去し、両親の家で、ママのカラオケ店で家族で暮らし始めている。施設を出て障害のお子さんも家族一緒に仕事して暮らすという事で神仏にお願いしますというのはみきの思いを教えたものである。 諏訪天下一ママは、甲状腺肥大で病状が出て某病院で緊急入院しなさいと言われ、坂井にたすけを求めたので、精神のあり方を諭し、平癒を祈願、これで明日病院で再検査しなさいと教えて数値はまるで改善されてしまった。一夜で病状全快の分かり良い方である。 天下一ママの次女の妊娠の時は臨月、へその緒が胎児の首を一重半巻いていて、無事なお産はできない状態で、坂井は願い、一晩で解いて頂いた。演歌王岡崎店ママも何かと坂井に病気を助けてと持ち込み、演歌王トヨタ店ママも骨折の大けがの時坂井に助けてと持ち込んで治癒した。これらは坂井の祈願の事実を、坂井の記憶と感想で書いている。証拠には各ママ・マスターが上申書も用意してくれてある。 祈願で病気が助かるは坂井と坂井の周辺においては日常で、健康増進の素である。 祈願とは、ブリタニカ国際大百科事典・小項目事典「祈願」の解説によれば、「願掛け,立願ともいう。雨ごい,大漁願い,七人籠り,千度詣りなど,集団あるいは個人で,神仏に祈り,品物を供えて願い事をすること。」と記述があるように祈願は公序良俗であり、日本国憲法第25条に保障された高齢者の生存権保護を、天の月日、神仏に祈願する坂井の権利は日本国憲法第20条が原告の信教の自由を保障すると解釈され、健康増進法、WHO憲章に保護されるべき坂井の健康増進祈願は、坂井個人の健康祈願権と認められるべき権利で、ヒトが御仏の慈悲におすがりする権利の一つで、天なる神の子のイエス・キリストがお示し下された奇跡と呼ばれる病からの救済祈願と同様のもので、お百度参りなど宮への願掛けも、神仏への健康祈願は世界において日本において宗教上のヒトの権利であるから基本的人権である。坂井程度の病助けなら、だれでもできる。 そのことだが、みき執筆のお筆先には、『どのような 難しくなる病でも つとめ一条で 皆な助かるで(10号20)』『どのような難しくなる病でも これ治らんとゆうでないぞや(12号51)』との教えがある。みきに従い、このお筆先に従う坂井は治らないと言わない。求められた時、高齢者の病を助けて下さいと念じ神仏に祈願する権利は宗教家坂井の権利である。お釈迦様が永遠の生命の法理をお示しくだされ、仏教では薬師如来が病気平癒の願いを叶えてくれる仏様であり、手に薬を入れる壺を持っている。日光菩薩、月光菩薩を両脇に従えて、日光月光菩薩は薬師如来の脇侍として病助けに協力する菩薩。イエスキリストは具体的な「悪魔よされ」の病助けの祈願を自らなされ、それはイエスキリストが教えられ12人の使徒も行使した病助けの権利であり、のちのみきの「悪しき払い」は先行したイエス様の病助けの完成にあり、お釈迦様が不老長寿の道として、信仰を捨てよ甘露の門が開くと示された不老長寿、その準備の意味を持つ。みきは「あると言えばある、無いと言えばない。あると信じて願う心のまことに見えてくる利益が神である」と説くが病助けの利益の真理である。高齢者の若返りという利益を願う心の真実は価値ある公序良俗と坂井は認識する。宗教の教え健康で文化的な最低限度の生活を営む健康祈願権は不可欠である。健康で文化的な生活とは神仏と共にある生活、基本的人権である。 「安心」は仏教の語で、信仰により得ることが出来る心の安らぎの境地。「立命」は儒教の語で、天命をまっとうすること。浄土宗では「南無阿弥陀仏」と誠意を込めて唱えることを、安心起行 あんじん-きぎょうの用語で諭す。神仏への健康請願は、お百度参りなど具体的に行動を伴うものでありお釈迦様は医療行為も宗教としてなさっている。病気・悪霊つきを癒やす。イエスキリストの病気・悪霊つきの救済は、我々の手本である。 宗教論には即効性も即実せいもない。嘘である。 言えばそのまま見えてくる。病助け が坂井に伝わった天理教である。
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