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12時間前
53ライトワーカーまきてぃ.の覚醒するブログ
14時間前

17JUL.
最期
自分はこれまで看取りの実体験の話などブログに何度か書いてきました。現在ではようやく「余計なことをしない方が無駄に苦しまずに最期を迎えられる」という知識が広まってきたように思えますが、でも十分ではないでしょう。まぁ「十分」といっても何をもって「十分」というのかわかりませんけど…。残される家族としては「少しでも生きながらえて欲しい」って思うのは当然だと思います。ましてや「病気」が原因で命がつきそうな段階にある場合はなおさらです。回復する奇跡を最後の最後まで諦めたくないし諦められないものです。ただ病気にしろ自然な老化にしろ、かなり高齢の段階になって「ご飯が食べられない」「便秘が続く」など起きた場合、過剰に反応してしまうケースは本当に多くあります。食べられないのは体が必要としていないから食べないケースも多くあると思われ、それなのに少しでも口に強引に入れようとしたりしてしまうのですね。本人に取ったら拷問でしょう。便秘も人それぞれで、もちろん毎日あるのが理想かもしれませんが数日に1回でも問題ない人は多いですし、「毎日あるのが理想」という世間の健康常識に振り回されすぎている人も多い感じがします。食べ物もそうですが、何食べたらダメとか何食べたらいいとか、そんなの人それぞれですよ。本人が好きなものを強引に制限し、それがストレスとなって血糖値が上がってしまうことだってあり得ます。食べ物「単体」をみるのではなく、精神面への影響を含め「トータル」で考えないといけません。AとBの関係のような、短絡的思考で物事を考える人があまりにも多いです。「添加物」は「体に悪い」とか。人間ってそんな単純な生物ではないですよ。シャウエッセンが好きで好きで仕方ない人は、強引に制限することで逆にストレスから病気になってしまうかもしれません。シャウエッセンを食べることによる幸福感は時には添加物の問題すら乗り越えてしまうこともあるかもしれません。(決して日本ハムの回し者ではありませんので…)といっても、センサーがちゃんと働いている人は、シャウエッセンは最初は美味しいと思っても、食べ続けていると「さすがに体に悪そう」って自然と感じるものですけどね。でもそれすらも世間の常識が刷り込まれている影響かもしれませんけど。食べた後の自分の体のささいな変化を注意深く観察する能力も必要です。巷では超加工食品はガンのリスクを高めるということが常識となりつつありますが、90歳を超えてシャウッセン好きな人にも制限しますかね?自分だったら食べさせてあげたいと思ってしまいます。そんなに食いてぇならいいっしょ、みたいな感じで。パリッ、パリッと美味しそうに食べる姿、頼もしすぎます。もちろんより健康的なソーセージで満足できるのならそちらを勧めますが。「最期」をテーマに書こうと思ったのに食べ物の話になってしまいました。また脱線かよ、って感じですが、そうでもありません。どんなふうに年を取っていくか、どんなふうに最期を迎えるか、ということを考えるときに食事のことも関わってくることでもありますから。例え数年寿命が縮まっても美味しいものを食べて好きなことをして人生を満喫して終わらせたいか、美味しいもの・好きなものを我慢して摂生をして長生きしたいか。皆さんもお気づきだと思いますけど、上記がみんな当てはまるわけでもありません。体に悪そうなもの食べても長生きする人はいるし、摂生していたのに早くに病気になって亡くなってしまう人もいます。摂生していれば絶対に病気にならない、絶対に長生きできるという確証があるんだったら良いですけど、100%そうじゃないですからね。ただただ確率として数字が出ているだけです。摂生していれば早くに病気にならなくなる可能性が高いよ、ってだけです。一応は。土橋先生の本にも紹介されていましたけど、血圧管理や食生活など生活を厳しくコントロールし介入していたグループの方が短命だったというフィンランドの研究結果があります。血圧は下げた方がいい、とか、シャウエッセンがダメ、とか、それはA=Bの短絡的な考えであって、それらを寄せ集めて健康管理に努めたってあまり意味がないのですね(フィンランドの研究にシャウエッセンは出てきませんので)。最近は「飲酒に適量はない」という知見がでましたけど、飲酒によって心の平安が保てる人もいるわけです。それによって精神科に無駄にかからず、抗うつ薬の犠牲になる人も減っているかもしれません。(一方でアルコール依存につながるリスクもありますけど…)あるいはコミュニケーションの手段として、幸福感を味わえる方もいるでしょう。アルコールによる悲惨な事故に関しては、それにつながらないようにする何らかの規制は必要だと思っています。広告規制など。効果あるかわかりませんが…。あるいはアルコールによる事件・事故のさらなる厳罰化など。健康常識としては現段階ではお酒も体に悪いものであることは確実です。でも好きな人は自分でコントロールできる範囲で楽しんでいいとは思っています。タバコも同様です。病気予防のため、健康維持のため、長生きするため、いろんな理由で摂生している人が多いかと思いますが、不摂生しても健康で長生きしている人を多く見ていると、摂生するのが正直バカらしくも思ってきてしまいます。結局は考え方・価値観の違いでしょうけどね。そして冒頭の食事とか便のこととかとつながりますけど、高齢者医療において、こうでなければならないとか、そういう堅苦しい考え方でがんじがらめにして、あてはめていくのはどうかと思うのです。たいてい思うとおりにならず予想もしなかったことが起こるのが常です。そしてそれはただただ家族や医療者の価値観の押しつけになっていないか、ということです。本当に本人が望んでいることなのでしょうか?(本人は食欲がないのに、食事摂取量が少ないからといって無理矢理食べさせるのが典型例)生物として自然な流れであるにも関わらず、それに強引に抗うことにより、逆に本人を苦しめていることになっていないでしょうか?なんなら食事摂取量にこだわるあまり、強引に食べさせることによって誤嚥性肺炎を引き起こし、逆に死期を早める結果にもなりかねません。食べない理由は、ちゃんとあるはずなのです。もっとドンと構えていてもいいのに、と思うことは常々あります。このドンと構えていられるかそうでないかは、「死生観」にもよるでしょうね。死後の世界がある、魂や意識体の存在を信じている人にとっては、(肉体の)死はそれほど怖くありません。自分が死ぬのも怖くなくなりますし、肉親の死に対する悲しみの大きさや、どれだけ引きずるかにも変化が出てくるでしょう。それによって、「ドンと構える」ことができるようになります。だから「死」について皆さん真剣に考えてもらいたいと思うのですよね。と書いてきて、死後の世界がある前提で書いていますけど、死後の世界はないと信じている人にとっては、やはりドンと構えることができないのかもしれませんね。死後の世界がある・ないの考え方も人それぞれですから、「ある」という考えを押しつける気は毛頭ありません。でも自分は「ある」と思っています。その方がはっきり言って人生が豊かになりますしね。しかもドンと構えていられるし、いいことしかないと思うのですけどね。「ない」という考えの人は肉親が亡くなっても葬式を上げる必要もないし、お墓や仏壇の前で手を合わせる必要もないですよね。でも実際はやっている人もいるという矛盾。はっきりしねぇな、と端から見て思うのですが、こういうのを「自分軸がない」とでもいうのでしょうね。(一応お葬式には、「死の事実を親族・友人・地域社会に正式に知らせる役割」「遺族が故人と最後の別れをし、悲嘆を共有しながら心の区切りをつける場」という意味合いもありますから一概には言えませんけど)見えない世界を否定しておきながらお守り持っていたり、初詣行ったり。意味がわかりません。見えない世界があるのかないのか証明はできませんけど、あると考えた方が世界が広がると思うのですよね。心も豊かになります。神も仏も死後の世界もない、と考えるのは別に悪いことではないですよ。価値観や考え方の違いですからですから自由です。でも正直「狭い世界で生きているな」って思ってしまいます。科学は万能ではないのです。ということは見えない世界もあるんじゃないのか、と捉える謙虚な姿勢も大事だと思います。長ったらしくまとまりのない文章を書いてきてしまいましたけど、はじまりは一冊の本を紹介したかっただけなのです。相当遠回りしました。長野県のとある大学の教授先生から紹介していただきました。人間の死に方 医者だった父の、多くを望まない最期 (幻冬舎新書) [ 久坂部 羊 ]楽天市場 楽天市場で詳細を見る Amazon(アマゾン)で詳細を見る 高齢の親を持つ人には必読の書、といっても良いくらいです。というか、高齢の親を持つ人全員に読んで欲しい。それくらいの気持ちです。もちろんただ自分の価値観と合ったってことだけで、この本を読んでもぜんぜん共感できないとか参考にならないと思う方もいるかもしれません。でも、一個くらいは参考になるところはあるんじゃないでしょうか。在宅医療に関わる人、介護に関わる人には本当参考になることが多く描かれています。介護者の苦悩・本音も赤裸々に語られています。しかも所々毒舌的なユーモアがあったり、医療者としての本音が書かれていたりします。そしてとても読みやすい。そもそもが、著者の看取ったお父さんが「医療嫌いの医者」というのが最高でした。「医療の現実(真実)を知っている親子の介護・看取りの物語」という表現がぴったりかもしれません。これを読むと、余計なことをせず自然に任せるのがやっぱり一番、と気づかされます。本の冒頭の方でお父さんのことを『医学的に正しいと言われることより、自分の身体の感覚の方を信じていた』と表現しておりました。さらには『現代人の多くは、安心を求めすぎて不安を増やし、長生きを求めて命を縮め、先のことを考えすぎて、無駄な心配で〝今〟を浪費しているように見えていたのだろう』と表現していました。もう共感しまくりです。そして、さすがプロの作家は表現が違うな、と思いました。自分はまだいろいろ責任?や、やることがるのでまだ死ねないと思っていますけど、一応死ぬことは怖くありません。死ぬのが怖くないと思っている自分は、ゆるくテキトーに生きるのが一番だと思っています。そしてポテトの成分が半分も入っていない、よくわからない成分だらけのプリングルズを食べながらブログを書いています。とかいっていざそのときになったら、生に固執して延命治療望んでいたりして。そしたら絶対に人に言えないな。そのときは速攻このブログを消去します。

早期発見・早期治療の罠?製薬企業の視点から見る現代医療の仕組み

仮想通貨法「GENIUS ACT(天才法)」がもたらす米ドルの新・世界支配戦略と、日本への影響・
”食品衛生管理法”から距離を置きたくなった理由。
いつも訪問、ありがとうございます。567が世間を騒がせていた数年前。一部の人たちはこれをきっかけにさまざまな”氣づき”を得ました。”567”というものがそもそも存在しない。現代の科学でもその存在を証明できていない(厚生労働省も認めてます)。そもそも全ての過去のウィルスが同様。なんと、全て。その、存在しなかったウィルスの<特効薬???>という、定義が存在しないはずの💉。過去に作られた全てのウィルスの予防💉も同様。全てインチキ。とまあ、ここまではきっと1%未満の国民は知り、この茶番劇から距離を置いたのです。そして、このウィルス感染説の前提となっている、ルイ・パスツールの病原体説は、以降100年以上証明どころか反証しかできなかったインチキ学説っだったわけですが、この”ウィルス”にかんしてだけ意識して離れた方が多かったのだとと思われます。元々の問題が、”細菌感染説”なので、この細菌に関しての考察こそ、本当は必要なのです。日本のみならず、各国で定められた食品衛生基準はありますが、その前提となる基本が、細菌=悪細菌どうしで感染・増殖するので、殺菌が良いという考えがあります。しかし、これはウィルス感染と同じ、『大嘘』と現時点での私は考えています。他にも同じことを言っている学者さんはいるようですが、細菌の発生は環境に依存する。<危険な菌>と言われるそのものが害なのではなく、その有害な物質を自然に戻す役割のとして特定の”菌”が発生するだけ。つまりこれはウィルスと同じく、環境次第で増えたり無くなったりするので、”殺菌”という発想がまさに的外れな行為である、ということ。具代的に例を出しますね。まず最初に、自家製味噌は、煮込んだ大豆をすりつぶし、それに麹・水・塩を加え、「直接素手でよく混ぜて仕込む」のが、伝統的な味噌の作り方です。これにナイロンの手袋するようにしている家庭が増えていますね。これは手から菌が入るとよくない、という全く愚かな発想からですが、最終的に完成するのは、菌がたくさん増えた「味噌」です。菌の塊のようなものなのに、殺菌?愚かとしか言いようがありません。「いや、他の雑菌を殺すために殺菌するんだ」という反論はわかります。しかし菌の発生は”環境依存”。もちろん、<味噌として発酵する過程を阻害する>他の菌が入るのは避けるべきですが、”素手”こそ味噌の発酵に深みを持たせる大切な役割です。納豆を作る時、納豆菌を使う方法もありますが、天然の藁だけでも作れます。どちらで作る時も<煮た大豆が熱いうちに45℃で湿気のある環境に置き、24時間ほど維持>すればできます。これは菌そのものが”感染で”増殖しているのではなく、菌を発生させる環境が重要だという証拠ですね。しかし。現在の食品加工の現場はどうでしょう?私もそのことについては実際に最近、<職場で経験した>ことで強く認識しました。例えば、惣菜を作る過程で「後で火を加えない食品は、素手で触らないこと」「食品に雑菌が混ざらないようにするため、エタノールをボウル・ザル・包丁などの調理器具に加工直前に噴霧する」この2つのことは、惣菜・鮮魚・生肉・青果の現場にいる方は当然だと思うでしょう?そうしないと消費者が万が一食中毒になったら営業停止になってしまうから。まあ、現場では国が定めた基準であるHACCP(ハサップ)があるから、仕方ないのですよね?私も、この国の基準を無視して仕事をできないことは十分に理解していますが、元の考え方が間違ってますから、『従いたくない』というのが本音。むしろ、現場で当たり前にやる、調理器具は、中性洗剤(業務用化学合成洗剤)で洗浄とか、プラスチックの安物スポンジや<化学製品・樹脂で作られたブラシ・たわし>での洗浄とか、”飲んだら危険なエタノール”で消毒とか。という、これこそやめるべきものだと考えます。実は業務用の中性洗剤ですが、しっかり無添加で天然成分だけのものだって存在しますよ。例えば、知っている方にはお馴染みの<ミヨシ石鹸>です。ミヨシ石鹸 業務用 無添加 食器洗いせっけん 4L 詰替え 大容量サイズ(4537130102657)※パッケージ変更の場合あり楽天市場家庭用でも同様ですが、あの安物プラスチックスポンジは、食器を洗う際に<すり減って>いく仕様です。要するに洗うたびに食器などにマイクロプラスチックとしてくっつきます。こういうもので洗ったものを使用した食材にはマイクロプラスチックがたくさん入りますね(笑)。大まかな洗浄(固まった油等)は亀の子たわしとかを使えばいいんです。【送料込・まとめ買い×3点セット】亀の子束子西尾商店 亀の子たわし 3号型 中 1個入楽天市場細かな汚れは、素手(天然成分の洗剤なら荒れません)か、あるいはこういうものを使えばいいのです。【お得】生分解性ナチュラルキッチンスポンジ 12個入り セルロース スポンジ エコスポンジ エコ キッチンスポンジ スクラブスポンジ 環境に優しい 食器洗いスポンジ ココナッツ お風呂掃除 台所 油汚れ S字型 吸水 植物由来 ハリタ楽天市場アルコールを、他の菌を取り除く際に使うのなら、ホワイトリカー、あるいは安い焼酎にすれば済みます。なぜ、飲めない毒である、エタノール消毒なんてするのでしょう?いくら揮発性が高くても、数%は残ります。医療業界でもそうですが、本当に愚かです。使うなら、<飲んでも毒ではない>安い焼酎にするべきです。これ、スーパーでも見かけますが、割と安いんですね。【最強配送】【送料無料】宝酒造 宝焼酎 25度 エコペット 4000ml 4L×1ケース/4本 宝 焼酎楽天市場これは全て、惣菜などの販売される食品を実際に消費する消費者のためでもありますが、加工現場にいる従業員の健康被害にも関係します。加えて、食品加工売り場って、必ずマスクをさせられますよね?あれは、<口から出た雑菌が食品に入り込んで食中毒を起こすのを防ぐ>のが理由だそうです(職場の責任者から言われました)。本音を言えば、アホらしいです。食品加工の現場の場合、実は私の職場でももちろんそうでした。私は今の職場に567の時代当時から”マスクは強制されずに”仕事ができるから、ここで働いていたのですが、食品加工の現場では一般と変わらない残念なルール(マスク必須)しかなく、合成洗剤・プラスチックのスポンジ、マスク、など…。手洗い石鹸も全て合成洗剤。これなら<食品加工をしない仕事>でどこで働いても同じだなー、と考え、タイミングを見て退職予定です。もう、健康に対する配慮は<567対策のマスク不要>だけだって知ったら、もうどうでもいいや、って考えてしまいましたねー。って、すみません、脱線しました💦食中毒の原因の多くは、<食品加工現場の衛生管理>が厳しく見られがちですが、・合成洗剤で洗う・プラスチックスポンジを使用・何度も再利用する、安物の合成油・エタノール残留・元々加工前の状態の肉などの食品(生物濃縮で火を通さないと危険な化学薬品がたくさん残留)それと、食べる側のストレスなどや事前の食生活の乱れなど要するに、素手で食品を触ったからではないのです。初めから化学物質などが混入し続けている環境こそが一番原因なんですよ。そして、食中毒って大騒ぎしますが、実はお腹を壊すだけで食品を悪者にする発想こそ問題かと考えます。ほとんどの<一般人>は、それまでの食習慣や生活習慣で化学物質まみれの状態あるのですから、お腹を下す=自然治癒現象の場合もあります。アレルギーも本来食品のせいではなく、化学物資まみれの加工食品を食べ続けた結果、<部分的な化学物質過敏症>として起きるのがアレルギーです。まあ、どこからというか、根本的に健康に対する定義や前提が間違いだらけなんです。それが食品加工業界にも国が干渉している、というのが現実。だから、こういう茶番からは距離を置いた方がいいかな、と私は思いました。567の時に<マスク強要>されるのと、惣菜加工の現場で<合成洗剤の使用を強制される>のはどっちもどっちです。<健康に配慮した食品を売る>というのを謳い文句にしたお店でも、こういった事情はあります。食品衛生法というデタラメに従わない、という選択ができる方法は限られています。そのような仕事を選ばない、あるいはやめる。それしかないですね。かつて、マスク装着の強制に対して、私はとても強く拒んだので、当時の仕事を一旦やめました。そして、そのインチキ理論で不健康な行為を強制するのは、マスク問題以前からある<食品加工売り場全部>、と知り、またも離れる決断をすることに。もちろん、マスクはいらない、過度な消毒もいらない、合成洗剤での手洗いや洗い物業務も頻繁にない、加工済みで包装された食品だけを扱う現場などは問題ないと考えます。”ウィルス感染”という都市伝説から距離を置いた人は、今度はぜひ、この”細菌感染”というインチキにも距離を置くことをお勧めします。最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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