
20MAY.
Lies of P セカンドプレイ感想
…XBOXゲームパス発売日に遊んだ過去はあるのですが…『今月のプレイゲーム』9月は各メーカーの新作発表会だとか東京ゲームショーなど情報盛り沢山の月でしたね♪面白そうなタイトルいっぱいで今後も休む暇が無さそうです(n*´ω`*n)個人的…ameblo.jp↑簡単な感想その時は最初のボスに辿り着く前に断念してしまいましたボスどころかちょっと強い雑魚にすら勝てない…ダメだこりゃ!てな感じですっかり諦めていたゲームだったのですが、以前PS+のフリープレイで貰っていたらしく「あなたのコレクション」に入っていました(貰った事すら忘れていた)他にもDLすらしていないフリプゲームが大量に…軽率に貰いすぎてる自覚はあります💦折角だし遊んでみるか〜!『仁王3』をトロコン出来た今なら楽しめるかもしれない!(謎の自信)あれ?難易度設定出来るようになってる???調べてみたらDLC発売のタイミングで難易度を選べるようにアップデートされたらしいです。これは私が始めるには良いタイミングでした✨蝶の導き(EASY) ならば私のようなへっぽこでも苦戦する事なく最初のボスに辿り着けました♪ボスを倒したらタイトルが表示されました。ようやくチュートリアルが終わった所ですね (3年越し)チャプター6まで進んだ現時点の感想はかなり面白いゲームです!ただ…MAPが存在しないのはかなりのマイナス点💦ミニマップどころか全体マップすら無い!その割に入り組んだ横道、抜け落ちる床とかあるので方向音痴の私には厳しいですまぁ…落ち着いて行動すれば割と一本道で覚えやすい構造だったりするんですけどね。初見殺しポイントもそれなりにあるので緊張感は常にあるかな?あと、オマケ程度にしかジャンプ出来ないのも謎すぎ…おかげで戦闘アクションが地味💦人形なんだから人間離れしたダイナミックさにも出来そうなのに…不満点も多いのですが、それが気にならなくなるくらいには夢中で遊んでおりますピノキオは某アニメ映画を子供の頃に見ただけなのであまり詳しくありませんがピノキオ要素は「嘘を付いたら鼻が伸びる」設定がロード画面のアイコンになってるくらいのような気がします。あ、ゼペット爺さんが創造主と言うのも原作どおりなのかな?でもこの爺さん「息子」と呼んで可愛がってるように見せかけて危ない事を強要してくるから信用出来ません本当の息子はこの肖像画の子なのかな?所詮、機械人形だから替えは効くって思ってるんでしょうね(やさぐれ)他にも人間は出てきますが、変な被り物をしていて信用出来ません!嘘ついて拠点の場所教えなかったのに勝手に拠点まで来て居座ったトレジャーハンターも信用出来ません!道中、何故か共闘してくれた見知らぬ2人組NPCもボス戦になったら「疲れた」とか言って参加してくれなかったので信用出来ません!この人たちは敵なので元から信用出来ませんが、怪しげな風貌は合っているので個人的には納得のデザインでした。「星に願いを」もちょっとだけワードとして出てきます。お金のなる木からアイテム換金出来る専用コインが貰えるので定期的に訪れる必要があります(ちょっと面倒だけどケチなのでマメに採取)うっすい「お使い」クエストもありお使い内容のほとんどが途中で発見できるアイテムなので気は楽です(笑)依頼の報告が若干面倒なくらいかな…?難易度イージーでもそれなりに歯応えある高難度アクションゲームですが、自身をレベルアップさせたり武器やスキルの組み替えを考え直したら突破出来る丁度いい塩梅になっていると思います(※今の所)印象はAAAタイトルでは無いけど良質のソウルライクって感じですね面白さに辿り着く前に止めちゃった事もあったけど、フリープレイで遊び直せる機会があって良かったな〜と感謝しております✨今度こそクリアするぞー!外部ブログランキングに登録しております。アイコン押して頂けると励みになります!

Universal Hobbies/GE F
【DQ10】運営が作り上げた選別思考の蔓延する社会
…は、現在浸透していボス凸によるものでしょう。仮に、PT状況を確認してプレイスタイルを変えていれば高確率で防衛は出来ていたと思われます。要するに、単なる思考停止した正解中毒による他者非難ということです。内容そのものは、恐らく単純なストレスや勝率面から来ている意見なのでしょう。実際、極端なレベル差によって難易度が不安定になることに不満を持つこと自体は自然な感覚とも言えます。しかし、個人的に気になったのは、その提案者自身のプロフィールでした。「永遠のライト勢」「エンジョイ勢です」「PSはポンコツです」という自己紹介が書かれていたのです。つまり、自分は気軽に遊びたい。自分は上手くない。自分はライト。そう名乗っている一方で、「自分より弱い層とは分けてほしい」という方向へ意識が向かっているようにも見えてしまう。もちろん、本人に強い悪意があるとは思っていません。ですが、この構造そのものが、今のDQ10の空気感をかなり象徴しているように感じました。本来、防衛軍のようなオートマッチングコンテンツというのは、初心者復帰勢育成途中ライト勢熟練者様々なプレイヤーが混ざること自体を前提とした設計でもあったはずです。そして、その不安定さをどう補うか。どう対応するか。どう楽しむか。そこも含めてオンラインゲームらしさだった側面があります。しかし現在は、失敗しないこと効率よく勝つこと条件を揃えることが強く求められる空気へと変化してきています。そして運営側もまた、検索システム条件化効率化役割固定化などを通して、その空気を加速させてきた側面があります。その結果、本来ならば自然に混ざっていたプレイヤー同士が、「自分にとって都合の良い相手」「自分の基準を満たす相手」を求め始める。つまり、“選別”です。しかも厄介なのは、この選別思考が悪意から生まれているとは限らないことです。勝ちたい。失敗したくない。効率よく進めたい。そういった小さなストレス回避の積み重ねが、結果として排除構造を生み出していく。そして、その空気の中で、初心者は入りづらくなり、失敗は許されなくなり、空気を読むことが優先され、自由な遊び方は減っていく。これは単なるプレイヤーの問題だけではありません。そういう方向へプレイヤーを導く設計。そういう空気を育てるシステム。また、運営側の問題として大きいと感じているのは、禁止行為や迷惑行為の定義を過度に抽象化している点です。例えば、「他者が不快に思う行動は控えてください」というような表現は、一見すると柔軟で便利に見えます。しかし実際には、その“何を不快とするか”の基準が、コミュニティ内部の空気や集団同調圧力によって形成されやすくなる側面があります。本来であれば、・装備や職業を理由とした過度な差別や排除・初心者や低レベル帯への人格否定・条件外プレイヤーへの集団的攻撃などについて、具体例として一定程度明示することも重要だったのではないかと感じています。しかし、その基準が曖昧なまま放置されることで、いつの間にか、「低レベルは迷惑」「その職で来るのは迷惑」「テンプレ以外は地雷」といった価値観が、“不快だから排除してよい”という空気として形成されていく。私は、この構造そのものに、運営側の未成熟さや誘導不足が表れているように感じています。つまり、このような設計そのものが、本来なかった選別思考を育てる構造になっているのではないでしょうか。そして、私がDQ10を考え無しにプレイすると頭が悪くなると発言している理由もここにあります。それは、もともと自分本位な選別意識が無かった人も、このような環境下では自然に独善的で自己都合の強い自分本位な主観に頼った選別思考が身に付いてしまう可能性が低くない、ということです。少なくとも私は根幹にある参加条件など、設計上で問題の無い行為について選別したり非難や中傷をすることはありません。逆に私が強い指摘を行うのは、バットを逆さまに持つなどの基礎の部分の基本的理解が無いプレイヤーや、上記のような身勝手なプレイヤーに対してのみということです。そういう意味では、善悪、あるいは社会通念上から大きく逸脱したものに対しては、私自身もまた選別を行っているという理解は常に持っています。上記提案からも、独善的で自分本位な選別思考は運営が育て上げた、と言っても過言ではないでしょう。「ギスギスを楽しめ!」再三繰り返していますが、そのゲームの民度が低いのは、コントロールできない程度に入り口を無制限に広げている運営にあります。入り口を広げすぎるという点について、少し補足しておきます。仮に、ユーザー10人に対して運営側が10人と、マンツーマン的な状況の場合、管理能力が十分に行き届きやすく、秩序は比較的保たれやすいと思います。一方で、極端な話、運営1人に対して1億人規模のユーザーを抱えるような状態になれば、全体を適切にコントロールすることは極めて困難になります。要するに、オンラインゲームにおいては、「どこまで自由に広げるか」と「どこまで管理・誘導できるか」は、本来セットで考えなければならないということです。また、ゲームの規模や、それに携わる運営人数次第で、実際に管理できる範囲やコミュニティ誘導能力には限界が出てきます。だからこそ、健全な運営を行うのであれば、実質的には登録者数、少なくとも同時接続人数に対する“管理可能な上限”という考え方は本来存在するはずです。しかし現実には、利益構造としては入り口を広げれば広げるほど有利になるため、そのバランスが崩れた結果、コミュニティ全体の空気や秩序維持が難しくなっていく側面もあるように感じています。その点について、ユーザーが作り上げる環境に対する管理も含めたうえで、現在のDQ10運営がどこまで構造的に認識・管理できているのかについては、個人的には疑問を感じています。これを、ユーザーより利益を追求した運営スタイルと捉えています。一方で、DQ10の民度については、「比較的落ち着いている」と感じているプレイヤーも少なくないと思います。ただ、私個人としては、DQ10の問題は“表面的な荒れ方”よりも、むしろ内部に存在する沸点の低さにあると感じています。例えば、一部の影響力を持つプレイヤーが、職構成や装備、立ち回りなどに強い“正解”を形成し、それに沿わないプレイヤーに対して、強い同調圧力や排他的な空気が向けられる場面があります。さらに、その延長線上で、外部SNS等における晒しや嘲笑に発展しているケースも見受けられ、現に、その対象がたとえ障碍者であっても躊躇なく嘲笑し拡散したという事実も存在し、そのような民度が一部において形成されています。私は、このような“外からは見えづらい閉鎖的空気”も含めて、DQ10の民度問題を考えています。そして、その背景には、長年にわたり運営側が十分に向き合わず、結果として半ば放置されてきた構造もあるのではないか、と感じています。最後に、このような問題については、プレイヤー側だけではなく、設計・運営を含めた関係者全体が平等に考えることが重要だと捉えています。その中で、問題の根本構造に大きく関与しているにもかかわらず、結果のみをユーザー側へ委ねる形になっているのであれば、運営側への指摘強度が相対的に強くなるのも自然な流れではないでしょうか。そして、このような問題に対して過剰なほど強く反応してしまう部分も含めて、それは私自身の歪みとして残しておきます。人は、少なからず選別をする生き物です。だからこそ、そこに強い主観依存が出ていないか、を常に意識しておく必要があります。

【ノーカット完全版】台湾問題・米中スパイ・大手メディア批判|訪中直後のトランプ会見が濃すぎた