
23MAY.
シュヴェリーン城 ― 北ドイツに咲いた“貴族文化の夢”
シュヴェリーン城 ― 北ドイツに咲いた“貴族文化の夢”19世紀半ば、メクレンブルク=シュヴェリーン大公フリードリヒ・フランツ2世は、湖に囲まれた小島に壮麗な宮殿を築きました。それが、シュヴェリーン城。1845年から1857年にかけて完成したその城は、ドイツの中世城ではなく、フランス・ルネサンスのロワール渓谷の城館をモデルにした“優雅な貴族文化の結晶”の様な美し~いお城です。尖塔が林立し、金色の像が輝き、湖面に映る姿は、戦うための城ではなく、貴族が理想とした宮廷文化の美を形にした建築そのもの。実にロマンチック、写真の映えもいい。このシュヴェリーン城は、同じ19世紀に生まれたノイシュヴァンシュタイン城とよく比較されるのだけど。面白いことに両者は、同じ「中世への憧れ」から生まれながら、まったく異なる夢を見ているのです。南ドイツのノイシュヴァンシュタインは、バイエルン王ルートヴィヒ2世が描いた“ドイツ中世の騎士と神話の世界”を舞台装置のように再現したロマン主義の極致であり、山上にそびえる巨大なファンタジーというなら・・・北ドイツのシュヴェリーン城は、フランス宮廷文化への憧れを背景にした“貴族の優雅な生活文化”の象徴で、湖と庭園に溶け込むように佇む静かな美を持つ清楚ンはお城。どちらも、ドイツのロマン主義・中世ブームが作り上げた過去への憧れです。南のノイシュヴァンシュタイン(中世ドイツの幻想)と、北のシュヴェリーン(フランス貴族の宮廷美)――19世紀ドイツが生んだ二つの夢の城は、まさに双璧と言えるでしょう。しかし歴史はこの優雅な城を、思いもよらぬ方向へ・・・。第二次世界大戦後、シュヴェリーンは東ドイツ(DDR)に組み込まれることに。会主義国家の中に“フランス宮廷文化の城”が取り残される・・・・ひい~大丈夫???と思いきや・・・貴族文化を否定するはずのDDRも、この城を破壊せず、文化遺産として保存し、行政施設として利用しました。それだけ、この城は美しく心に響いたのでしょうねドイツ再統一後、シュヴェリーン城はメクレンブルク=フォアポンメルン州議会として再び息を吹き返し、観光地としても人気を集めています。湖に浮かぶような姿は今も変わらず、19世紀の貴族が夢見た“優雅な宮廷文化”を静かに伝え続けている・・・歴史とロマン満載ですね。

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