総合ブログランキング
F社長の『直感力』
27分前
卓球コーチの松島卓司のブログ
2026年01月02日 14:21

3JAN.
私とプロレス LOVE PSYCHEDELICO NAOKIさんの場合 第1回「深遠の原点」
ジャスト日本です。プロレスの見方は多種多様、千差万別だと私は考えています。かつて落語家・立川談志さんは「落語とは人間の業の肯定である」という名言を残しています。プロレスもまた色々とあって人間の業を肯定してしまうジャンルなのかなとよく思うのです。プロレスとは何か?その答えは人間の指紋の数ほど違うものだと私は考えています。そんなプロレスを愛する皆さんにスポットを当て、プロレスへの想いをお伺いして、記事としてまとめてみたいと思うようになりました。有名無名問わず、さまざまな分野から私、ジャスト日本が「この人の話を聞きたい」と強く思う個人的に気になるプロレスファンの方に、プロレスをテーマに色々とお聞きするインタビュー企画。それが「私とプロレス」です。今回のゲストは今年でデビュー25周年を迎えたロックユニット・LOVE PSYCHEDELICOのギタリスト・NAOKIさんです。(画像は本人提供です)NAOKI (LOVE PSYCHEDELICO)2000年4月21日、シングル『LADY MADONNA~憂鬱なるスパイダー~』でデビュー。2001年1月に発表された1stアルバム『THE GREATEST HITS』は200万枚、翌年2002年1月に発表された「LOVE PSYCHEDELIC ORCHESTRA」も100万枚を超え、2作連続ミリオンとなる驚異的なセールスを記録。NAOKIの卓越したギターテクニックとKUMIのヴォーカルスタイルが、印象的なリフ、日本語と英語が自由に行き交う歌詞によって、LOVE PSYCHEDELICO独自の音楽スタイルを確立している。2025年にデビュー25周年を迎え、全12公演の全国ツアー25th Anniversary Tourを開催。【プロモーション情報】 全12公演全国ツアー「LOVE PSYCHEDELICO 25th Anniversary Tour」開催!2026年1月10日(土)よりチケット一般発売スタート。2026年2月28日(土) 東京都 江戸川区総合文化センター15:00 開場 / 16:00 開演3月6日(金) 東京都 人見記念講堂18:00 開場 / 19:00 開演3月8日(日) 高知県 高知県立県民文化ホール オレンジホール 17:00 開場 / 18:00 開演3月22日(日) 北海道 札幌市教育文化会館 大ホール17:00 開場 / 18:00 開演3月28日(土) 広島県 広島JMSアステールプラザ 大ホール 17:00 開場 / 18:00 開演3月29日(日) 福岡県 国際会議場 メインホール17:00 開場 / 18:00 開演3月31日(火) 静岡県 静岡市清水文化会館 マリナート大ホール18:00 開場 / 19:00 開演4月3日(金) 大阪府 フェスティバルホール18:00 開場 / 19:00 開演4月10日(金) 宮城県 トークネットホール仙台(仙台市民会館) 大ホール 18:00 開場 / 19:00 開演4月17日(金) 富山県 富山県民会館18:00 開場 / 19:00 開演4月19日(日) 愛知県 岡谷鋼機名古屋公会堂 17:00 開場 / 18:00 開演4月22日(水) 東京都 LINECUBE SHIBUYA 17:30 開場 / 18:30 開演<チケット>前売チケット料金 全席指定 ¥7,700(税込)※未就学児入場不可一般発売日:2026年1月10日(土)https://l-tike.com/lovepsychedelico/LOVE PSYCHEDELICOのギタリスト・NAOKIさんは、 1973年7月21日に静岡県で生まれ。2000年にデビューし、1stアルバムで200万枚を売り上げたバンドの屋台骨でありながら、実はXでは誰よりも鋭く、誰よりも深くプロレスについて投稿してきました。NAOKIさんのプロレス観戦記ポストには「noteで書いてもおかしくない濃厚な観戦記」「プロレスについて素人な私が読んでも、感動と熱い思いが伝わる」「文章も凄く伝わりやすくて素晴らし過ぎる。目線もプロの目線と同じファンの目線の両方があって面白かった」と反響を呼んでいます。また清野茂樹さんのYouTube出演時にもNAOKIさんのプロレス愛とマニアぶりが炸裂しています https://youtu.be/toDQGdEv5y8?si=59uqicRJmgWEpXmg- YouTubeYouTube でお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.behttps://youtu.be/-5PFRNsyZbU?si=4jsC8RcIvgpFZvh8【トレプロ】武藤敬司のシリアルナンバー入り記念品とは?【LOVE PSYCHEDELICOのNAOKI】プロレス界のお宝を探しあてるトレジャープロレスリング。ロックバンド「LOVE PSYCHEDELICO」のギタリストNAOKIのプライベートスタジオで武藤敬司にまつわるお宝を拝見!さらに、NAOKIが小学生の頃に愛用した「世界にひとつだけのプロレスバインダー」も掘り当てました。1973年生まれのプロレスファンに見...youtu.be2025年秋、4時間30分に及ぶインタビューは、まるで一夜限りの名勝負でした。NAOKIさんのプロレス論に共鳴。特にアントニオ猪木論とアメリカンプロレス論が唸りました。また清宮海斗選手に対するNAOKIさんの愛情とリスペクトが印象的でした。これはプロレスに限ったことではありませんが、インタビューを続けていくと、感動する話し手に出会うことがあります。知識、哲学、芸術性、批評精神、愛情などあらゆる視点を用いたLOVE PSYCHEDELICOのNAOKIさんのプロレス論は素晴らしかった。昔と今のプロレス双方を愛する生粋のプロレス者が音楽業界で活躍されていることが心底、嬉しかったです。第1回はNAOKIさんのプロレスとの出逢いや初めて好きになったプロレスラー、初めてのプロレス観戦など、プロレスファンとして彼の原点に迫ります。深遠のプロレス者・NAOKIさんの世界観を堪能してください。是非、ご覧ください。私とプロレスLOVE PSYCHEDELICO NAOKIさんの場合第1回「深遠の原点」 NAOKIさんがプロレスを好きになったきっかけ──NAOKIさん、このような企画にご協力いただきありがとうございます! 今回は「私とプロレス」というテーマで色々とお伺いしますので、よろしくお願いいたします。NAOKIさん こちらこそよろしくお願いします!──まずはNAOKIさんがプロレスに最初に触れたきっかけを教えていただいてよろしいでしょうか?NAOKIさん 最初は梶原一騎さん原作アニメのタイガーマスクですね。小学校1年ぐらいの頃に上がるより前なので1970年代後半ですね、再放送でアニメが流れていたのをよく見ていて、何となく大まかなプロレスのルールを覚えていったかもしれません。──アニメなら子供たちにとって入りやすいプロレスの入口ですよね。NAOKIさん そうですよね。アニメだけではなく実際にある競技だとはっきり認識したのは1981年4月23日、新日本プロレス・蔵前国技館大会で初代タイガーマスクがデビューする前後からだと思います。あの時はその続編にあたるアニメ『タイガーマスクⅡ世』(テレビ朝日系)のプロモーションで新日本のリングにタイガーマスクが誕生したわけですけど、当時の小学生は「あっ、『タイガーマスクⅡ世』だ!」と思って見た人は少ないような気がして、やっぱり日本テレビ系で昔やっていたオリジナル版『タイガーマスク』伊達直人が現実世界に登場したと解釈した人が多かったのではないでしょうかね。──日本テレビの『タイガーマスク』を思い浮かべて初代タイガーマスクの勇姿を見届けていた少年ファンが多数だったんでしょうね。NAOKIさん アニメの『タイガーマスクⅡ世』はコケてましたからね(笑)。初代タイガーマスクがデビューした前後からほぼ中継は見逃さずに見てたので、1981年9月23日の新日本・田園コロシアム大会とかはっきりと覚えてますね。スタン・ハンセンVSアンドレ・ザ・ジャイアント、藤波辰巳(現・辰爾)VSエル・ソリタリオ、アントニオ猪木VSタイガー戸口(キム・ドク)…改めて考えると神興行ですね!──初代タイガーマスクVSソラールもありましたね。NAOKIさん レフェリーの山本小鉄さんが結果的にソラールの脱臼を悪化させてしまった試合ですね(笑)。──試合中に肩を脱臼したソラールの腕を小鉄さんが引っ張って余計に悪化してしまったという後年、『アメトーーク!』(テレビ朝日系)でも取り上げられた一戦でした。NAOKIさん そんなエピソードまで取り上げられたんですか。初代タイガーVSソラールもみなさん忘れられない試合ですね。アントニオ猪木、藤波辰爾、初代タイガーマスク…3人の正統派テクニシャンが好きだった──ちなみに初めて好きになったプロレスラーは誰でしょうか?NAOKIさん 初代タイガーマスクと同時並行でアントニオ猪木さんと藤波辰爾さんが好きなりました。当時は新日本プロレス箱推しで見ていたと思います。──猪木さん、藤波さん、初代タイガーって正統派テクニシャンの流れじゃないですか。NAOKIさん そうですね。ただ子供の頃は単純に初代タイガーの動きに本気で心を奪われたし、ジュニア時代の藤波さんの筋骨隆々とした肉体が凄くかっこよくてね、あの頃の藤波さんの下から突き上げるようなドロップキックが大好きでした。猪木さんは後々から考えると全盛期は過ぎ始めているんですけど、子供の頃に憧れた”強い大人”という感じがありましたね。子供から見て、あんなに頼りになる大人、いないですからね。猪木さんは当時のお茶の間の子供達からもそういう絶大な信頼を得ていたんですよね。歌舞伎のスターにも映画俳優にも出来なかったことをプロレスを通して確立してしまった。今考えると凄い表現者だと思います。藤波辰爾さんの過去の試合をビデオで遡って研究する小学3年生──NAOKIさんが見始めた頃の猪木さんは1983年の第1回IWGPリーグ戦の少し前、はぐれ国際軍団と抗争を繰り広げていましたよね。NAOKIさん 懐かしいですね(笑)。当時は子供だったので、はぐれ国際軍団の大将であるラッシャー木村さんの魅力に気づくのは後年になってからでした。あの頃はTSUTAYAみたいな全国規模のレンタル屋がなくてね、地元でいくつも小さなレンタルビデオ屋やレンタルレコード屋があった時代で、僕の家の近くにあるレンタルビデオ屋にはプロレス映像が結構多かったんですよ。──そうだったんですか。NAOKIさん 子供だからお小遣いに限りがあるので、全部はいっぺんに借りれないけど、あそこのお店にはこの試合映像があるとか全部チェックしてました。小学3年になると藤波さんの過去の試合をビデオで遡って見てましたね。剛竜馬戦とかチャボ・ゲレロ戦とか好きでしたね。何度もプロレスビデオを借りるから、ビデオ屋のおじさんから「坊や、また借りていくの?」と見られていたような気がします(笑)。──ハハハ(笑)。NAOKIさん 猪木さん、藤波さん、初代タイガーの3人が好きでしたけど、一番過去映像を見て遡って研究したのは藤波さんでしたね。僕がプロレスを見始める以前のジュニアヘビー級で一時代を築いた時の藤波さんが、彼の本当の全盛期だったと思うんですよ。ニューヨークMSGでWWWFジュニアヘビー級王座奪取したカルロス・ホセ・エストラーダ戦(1978年1月23日)以降、ジュニアヘビー級のエースとしてスターダムにのし上がっていく道程を出来るだけレンタルビデオ屋で映像を借りて全部追いかけていきましたよ。──ジュニアヘビー級時代の藤波さんは名勝負が多いですよね。剛竜馬戦、チャボ・ゲレロ戦、木村健吾戦、阿修羅・原戦、トニー・ロコ戦とか。NAOKIさん そうなんですよ!今見返しても面白い試合がすごい多いですね。藤波さんはどちらかというとコンタクトが柔らかいような印象持ってる方多いと思うんですけど、剛竜馬戦とか他団体から来た選手に対してはあまり隙を見せない態度をすることも多くて、例えばグラウンドで肘を頬骨に当てて相手の動きを封じこめてながらコントロールしたり道場でのスパーリングみたいな動きをさりげなく試合の中でやっていたりするんですよ。特にこの時代。──ここら辺が藤波さんの真骨頂なのかもしれませんね。NAOKIさん はっきり言って藤波さんは過小評価されていますよ。ミスター高橋さん(新日本プロレスの元レフェリー)が自身の書籍で「藤波さんは弱い」という大ホラを吹いてからそのような流れがあるんでしょうけど。そもそもプロレスラーを量る尺度としてミスター高橋さんのアピールする「弱い」という表現自体が稚拙で定義が浅いので参考するに値しない文献なんですけどね。──それはありますね!NAOKIさん 僕は小学2年生から柔道をやっていたんです。最初は習い事で始めましたが、段々と格闘技として柔道をやっていくようになって、あの頃当時の藤波さんの試合を見ると格闘技として理にかなっている動きをしていることに子供ながらに気づくんですよ。この、「理にかなう」、「辻褄の合う」動きっていうのは、プロレスリングにとって本当に大切な要素なんですね。だから格闘技少年だった僕も夢中になれた。藤波さんのプロレスは本当に奥が深いです。柔道出身プロレスラーのグラウンドは面白い──柔道の押さえ込み、テイクダウン技術、寝技の取り方とか結構プロレスとリンクするものがあります。NAOKIさん そうですね。今はMMAが発達して、色々な格闘技が融合して専門分野としての技術が磨かれているので柔道ベースじゃなくて強い人がいますけど、当時は柔道からプロレスに入ってきた人は明らかにグラウンドが強い選手が多かったですし、あの頃の新日本のストロングスタイルだと柔道出身者が有利なように素人目には見えました。80年代の柔道って今とルールもスタイルも全然違うんですよ。一般の部になると試合時間も長かったからスタミナは化け物だったし、寝技も膠着するまでストップがかからなかったので、スポーツというより格闘技色が強かったですからね。すり足という柔道の癖さえ抜ければプロレスへの対応力として強力なベースだったと思います。あの頃の柔道選手は総合とかやらせたら強かったと思いますよ。──坂口征二さんは元柔道全日本王者ですし、新日本は柔道出身者が多かったですね。NAOKIさん 柔道の寝技は下の体勢になってからでも攻められるし、寝技が得意な選手は敢えて下から相手を引き込むみたいなところもあるんですよ。だから柔道出身プロレスラーのグラウンドは発想が面白いなと思います。新日本道場だと柔道出身の武藤敬司さんがスパーリングが強かったと言われているじゃないですか。何人かのレスラーの方から武藤さんが試合で本気でグラウンドをやると誰も動けなくなるという話は聞いたことがありますね。──武藤さんに関しては、東北柔道専門学校時代の先輩である総合格闘技のパイオニア・西良典さんがネット媒体で「武藤と同期で入ってきた早乙女という東海大柔道部出身者の寝技がムチャクチャ強かった。『たぶん日本一強いんじゃないか』と評判になるくらい。武藤は早乙女にガッチャンガッチャンやられて強くなったんですよ」と証言してましたね(https://news.nicovideo.jp/watch/nw16731800)。NAOKIさん そうなんですね!因みにそのレスラーの方達は「武藤さんの寝技はガチで強い」と口を揃えて言ってましたね。武藤さんの寝技を見ていると、上になってレッグロックなどから上半身へ相手の上を転がりながら移動してヘッドロックやキムラロックに以降する最中でも、寝ている相手への重心のかけ方が「点」(一点)になることがないんですよ。常に「面」で体重をかけている。そういうことを自然に、おそらく無意識にやっている。その理にかなった動きが序盤の緊張感を生むんですよね。あの説得力が、観客を勝負論に引き込むんだと思いますよ。──内藤哲也選手が2012年1月4日・東京ドーム大会で武藤さんとシングルマッチをしていて、序盤のグラウンドで応戦したんですよ。内藤選手は武藤さんがグラウンドで主導権を握って試合を創っていくというのは分かっていたので、試合後に「俺は武藤さんにグラウンドで負けなかったでしょ」と語っていたという話は聞いたことあります。NAOKIさん それは面白いエピソードですね!でもあの試合って、序盤をグラウンドでの会話で始めてしまった時点で、もう武藤さんの試合なんですけど、武藤ファンの内藤選手としては、それでも「あのグラウンドの時間帯に自ら飛び込みたい」みたいな感じなのが伝わってきて、あの、当時の内藤選手の片想い感がめちゃめちゃ伝わってきて切なくて好きな試合なんですよね。初めてのプロレス観戦──では初めてのプロレス会場はいつ頃でしたか?NAOKIさん 調べておきました(笑)。そしたらね、1984年6月10日新日本・静岡産業館大会でした。まだIWGPのベルトがタイトルじゃなくて、今のG1みたいなリーグ戦だった頃ですね。第2回IWGPリーグ戦をやってまして、当日はメインイベントがハルク・ホーガン&ディック・マードック&アドリアン・アドニスVSアントニオ猪木&坂口征二&木戸修でした。──最高のマッチメイクじゃないですか!NAOKIさん 試合はホーガンがアックスボンバーで木戸さんにピンフォール勝ちをしていて、セミファイナルがなんと、IWGPリーグ公式戦・長州力VS藤波辰巳ですよ。──本当ですか⁈名勝負数え歌がセミファイナルだったんですね!NAOKIさん 好運ですよね。父親に「そんなに好きだったらプロレスを見に行くか」と言われて観戦した思い出の大会です。第1試合は小杉俊二VS山田恵一で、。ということは、僕が生まれて初めて生で観たプロレスの試合はライガーさんてことになりますね(笑)。それからこの時来日している外国人選手はアンドレ・ザ・ジャイアント、ケン・パテラ、オットー・ワンツ、マスクド・スーパースター、ビッグ・ジョン・クインですよ!凄いメンツ。──素晴らしいですね!NAOKIさん 新日本は当時、毎年6月と11月に静岡市で興行をやっていたので、それを追いかける人生が小学生にして始まるわけです。6月はIWGPリーグ戦、11月はMSGタッグリーグ戦やジャパンカップ争奪タッグリーグ戦が開催されていたので、初観戦以後は6月と11月に特別リングサイドで1列目か2列目、一人で腕を組みながらプロレス観戦してました(笑)。──なかなか大人のような小学生ですね!NAOKIさん スペースローンウルフ時代やヤングライオン時代の武藤さんも生観戦で見てましたよ。デビュー当時から大好きでした。そんな感じで小学校の時は頃から新日本にどっぷりハマってましたね。NAOKIさんが語る新日本プロレスの魅力──ここからNAOKIさんには好きなプロレス団体の魅力について語っていただきます。まずは新日本プロレスです。NAOKIさん 実は苦手なプロレス団体がなくて、プロレスというジャンルを推しているところがあるんですよ。それでも僕がは猪木さんの息がかかっていた頃の新日本は特別に好きで、ものすごく魅力を感じていましたね。あの頃、特に80年代までの新日本て、猪木さんがいて、猪木さんの思想や哲学に惹かれたレスラー達と、案外そうではないノンポリな人もちゃんといて(笑)、更には猪木さんのやりたい世界をよく分かってないまま来日するガイジンもたまにいたりして(笑)、そういう中でお互いが融合することなく自分のスタイル貫いててちょっと噛み合わない感じもよくあって、でもそこのノイズがプロレスとしてはデコボコして凄く面白かったんですよ。その代わり、上手いレスラーなのにその独特の世界観なのか社風なのか(笑)、そこに合わなくて過小評価を受けていたレスラーも結構いたというのは、今見返してみると思う所はありますけどね。トニー・セントクレアとかデビッド・フィンレーのお父さん(デーブ・フィンレー)とか。もっと日本でも評価されても良かった気がします。──いつ頃までの新日本でしょうか?NAOKIさん 僕が本当に夢中で追いかけてたのは、新日本が旗揚げした1972年から2002年2月の猪木問答くらいまでかな。自分であの猪木問答をテレビで見ていて、「おめえはそれでいいや」と言われた気分になりました(笑)。──ハハハ(笑)。NAOKIさん 猪木問答以降の新日本も結果とかニュースとか追ってましたけど、試合を映像で見る機会はグッと減りました。ろくに後ろ受け身も取れない総合格闘技の選手がロープワークとかやってるとなんかプロレスが馬鹿にされてるようで気分が良くなかったっていうのもあります。ドン・フライ選手は上手かったですけど、あとは正直一人も格闘家外人レスラーのムーヴを思い出せない。興行の全試合結果を見ると団体のベクトルがよく分かる──そこまで試合を見るほど魅力が減少していったということですね。NAOKIさん そう。だから試合を観る機会は減っていきましたけど、それでも試合結果は必ずチェックしてましたね。これは個人的な見方かもしれませんが、日々の興行の全試合結果を見てると、団体のベクトルとか方向性が分かるんですよ。新日本のそれはやはり知っておきたいなと。──これはかなりマニアックな見方ですよ。NAOKIさん あらゆる団体の試合結果が見れるソースは新日本に限らずいつも必ずチェックしてましたね。例えば、前座でも外国人選手の対戦が急に多くなった若手はそろそろ海外遠征に行くんだろうなとか。試合結果や熱戦譜を毎日継続して見てると団体のベクトルや団体内の諸事情なんかもうっすら見えてきたりするんです。と、いう気がしますってくらいですけど(笑)。これはこれでプロレスの楽しみ方としては面白いんですよ。──興行結果を見ると色々なことが見えるんですね!勉強になりました。NAOKIさん 近年だとヤングライオン時代の海野翔太選手が海外遠征に行く直前にトップレスラーや外国人選手との対戦が急に増えてきた時期があって。「そろそろ行くかな」と思っていた矢先に海外に行ったので、「海外に送り出す前から大切にされてるな」って思ったんです(笑)。毎日の試合カードを見ていると「これからどうしたいのか」という団体の現実と今後の方向性がよく分かるんです。地方のアンダーでも「この黒星はなんだろう」って気になったら次のシリーズで追ってみたりとかね。──なかなか高難度の見方ですね!NAOKIさん 別に先読みするのが好きなわけではなくて、自分がプロレスを楽しむ上でリアルタイムで見逃したくない試合がありますよね。興行結果を毎日チェックしてみると「これはちゃんと追わないといけない」という勘が働くんです。「GHC王者・武藤敬司が見たくて…」スケジュール調整してノア興行を観戦──素晴らしいですね!NAOKIさん 近年だとプロレスリングノアで武藤さんが潮崎豪選手を破ってGHCヘビー級王座を取った試合があったじゃないですか。──2021年2月12日・日本武道館で行われたGHC戦ですね。NAOKIさん あの日の試合を見てすぐに、「これは武藤さんのタイトルロードが見れるのは最後になるかもしれない」と思って、自分のLOVE PSYCHEDELICOのスケジュールとノアの日程を見て「この日とこの日にタイトルマッチがあるだろう」と予測して、カード発表前にチケットを買いましたね。──それは凄いですね!NAOKIさん GHCヘビー級王者である武藤さんの勇姿を生で見届けたかったんです。それで僕は、2021年6月の『サイバーファイトフェス』まで武藤さんは王者だろうなとヤマを張りましたてですね。 ──大正解じゃないですか。実際に『サイバーファイトフェス』まで武藤さんはGHC王者でした。NAOKIさん コロナ禍でレコード会社にも「東京都から出るな」と通達があったその月に、あの武藤敬司VSマサ北宮のGHC戦(2021年4月29日・名古屋国際会議場イベントホール大会)を見るためにマスクをしてサングラスをかけて、”密航”のように名古屋に行ったのを覚えてます(笑)。あの北宮選手との一連の絡みも良かったですね。アメリカンプロレスの型を大切にしている北宮選手が対戦相手だからこそ、武藤さんというアメリカンプロレスマスターの、アメリカンスタイルでのベーシックな美しいバンプ(受け身)を久々に見れたんですよ。確かこの前哨戦のタッグマッチではバックドロップを受ける際に上空で開いた足を前後に交差させるムーヴがあったんですけど、そういう近年あまり本国でも見れなくなったアメリカンプロレスの機微みたいなのが日本人対決ながら散りばめられた、いいマッチアップでした。まあ、とにかくコロナ禍にもそんな感じでアンテナが働けば、密航を決行していましたね。──ハハハ(笑)。NAOKIさん アンテナと言えば、僕はレッスルユニバースでも試合をチェックしているんですけど、2024年にOZAWA選手が海外から帰ってきて清宮海斗選手に噛みついた時に妙な胸騒ぎがして、「これは追った方がいいな」と。それで2025年1月1日の日本武道館大会に行こうと久々にチケットを取りました。これまた当たりでしたよね!OZAWA選手という令和のニュースターが誕生した試合を見届けることができたので。──あの武道館大会を生観戦した皆さんは大正解ですよ!NAOKIさん OZAWA選手が海外遠征中の試合もチェックしてましたし、帰ってきて1試合もやっていないのにいきなり清宮選手が保持するGHC王座に挑戦という冒険的なマッチメイクがやけに気になってたので、「これは生観戦するしかない」となりましたね。──NAOKIさんの話をお聞きして、興行結果を見て団体のベクトルが分かるというのは、なんだか天気予報みたいな感じですね。NAOKIさん ハハハ(笑)。まさにそんな感じです。皆さんにもおすすめしたいですね!プロレスリングノアの魅力──NAOKIさんは近年、プロレスリングノアの観戦をメインがされている印象があります。ノアはどのようなところに魅力を感じますか?NAOKIさん 全日本で1990年代にジャンボ鶴田さんが健在で四天王プロレスが活躍した時代があったじゃないですか。その頃の全日本はちょいちょい見てたんですけど、マニアックには追ってませんでした。──そうだったんですか。NAOKIさん ノアも勿論旗揚げから主要な試合はチェックはしてましたけど、僕がノアが面白いなと本気で惹かれ始めたのは丸藤正道選手が2006年頃ヘビー級戦線に参入してからですね。見た目はジュニアヘビー級の丸藤選手やKENTA選手がヘビー級のトップで活躍するようになって「こういう流れがあるんだな」と。ずっとノアが気になっていたんですけど、それがきっかけですね。ただ、その後、団体の模様替えが多くてなかなか情報が追い切れていないところがありました。──確かに団体の親会社も変わりましたし、離合集散が激しい時期がありましたね。NAOKIさん そんなノアを再び好きになるきっかけが、清宮海斗選手だったんです。コロナのちょっと前だったと思うんですけど、こんなに若いのにオーソドックスな試合をする面白いプロレスラーだなと、久々に気になるレスラーが現れてですね。レッスルユニバースの前身・DDTユニバースでノアが配信されるタイミングで清宮選手の全試合を追いかけるようになったんです。──そうだったんですね。NAOKIさん そうこうしているとWRESTLE-1が消滅してフリーになった武藤さんがもノアに参戦してきたり、時期は違いますがEita選手もやってきたり、僕の大好物がなぜかノアに集まってくるんですよ。そんなわけで、DDTユニバースに加入してからはノア興行を全試合チェックしていますね。(第1回終了)

懐かしい人との嬉しい再会♥

tennis act IG story

健康診断と、ヲタ活
27分前
2026年01月02日 14:21