
22MAY.
琉球政府 ≪航空切手≫ ③ ドル表記となったグラビア印刷の切手:沖縄切手
…府〛が発行した〈航切手〉のご紹介も今回で3回目となりました。最後のご紹介で、通貨がドルに変更されてから発行された切手です。(凹版 天女航空のドル加刷は前回ご紹介しました)1960年8月3日より〈普通切手〉に【¢表記】が加刷された切手、1961年9月21日から登場した【¢表記】の正刷切手、1963年8月28日に発行された〈航空はがき〉料金の切手をご紹介します。〈航空切手〉とは航空便を利用した海外向け郵便物の料金に合わせた額面の切手を指します。距離によって地域が分類されて、それぞれの地域によって料金が設定されています。第二次世界大戦の後沖縄は連合国の統治下にありました。1972年5月15日の本土復帰までアメリカが統治しています。切手やはがき、たばこなどは本土とは別に用意されました。1958年9月16日より【ドル交換】によって通貨がドルに統一されます。これまでの通貨(B円)は使用禁止となりました。切手やはがきの額面も(ドル表記)に変更されています。額面が(B円)の切手やはがきが在庫として残りましたので(¢表記)の改訂加刷が印刷されていました。〈航空切手〉も凹版の《天女航空》に改訂加刷が発行されました。しかしそれでも(航空料金)切手の在庫が不足した事により、B円の〈普通切手 工芸品シリーズ〉〈普通切手 舞踊シリーズ〉にも(¢表記)の航空料金が加刷された切手が登場しています。B円〈普通切手〉の改訂加刷は1960年8月3日に発行されました。加刷には数字のバラエティが知られています。(9¢/4円 抱瓶)切手には逆刷のエラー加刷もみられるようです。〈航空切手〉は1950年2月に登場し、料金改定によって1951年12月、1957年8月にデザインが変更されます。1958年9月には【ドル交換】によって通貨がドルになり(¢単位)が印刷されました。【ドル交換】によって在庫となった(B円切手)を消費するために《改訂加刷切手》は印刷されていて、復帰までに 30種類の〈航空切手〉が発行されました。そこで3回に分けてご紹介します。〚琉球切手〛の中では、最も美しいシリーズだと私は思っていますので画像を拡大しました。そのため画像の粒子が荒くなっています。私自身が老眼で、実寸だとはっきりと見えない事も理由です。 航空料金 加刷B円の時代に発行された〈普通切手〉工芸品シリーズと琉球舞踊シリーズの在庫に航空料金が加刷されました。(B円 凹版天女航空)の加刷切手が不足したため〈普通切手〉が利用されています。 9¢ / 4円 抱瓶 〈工芸品〉 発行枚数 1,035,700枚 14¢ /5円 やなぎ〈琉球舞踊〉 発行枚数 231,500枚 19¢ / 15円 東道盆〈工芸品〉 発行枚数 185,700枚 27¢ / 14円 七目付〈琉球舞踊〉 発行枚数 191,100枚 35¢ / 20円 琉球絣〈工芸品〉 発行枚数 190,400枚 9¢ / 4円 抱瓶(だちびん) 〈工芸品シリーズ〉泡盛を入れる焼き物の容器で(だちびん)と呼ばれます。農民が田畑や山、遊びなどで出かける時に腰に巻き付けていた三日月形の陶器(やちむん)です。 14¢ /5円 やなぎ(やなじ) 〈琉球舞踊シリーズ〉【やなぎ】=(やなじ)は紅型模様の華麗な衣装を着けて舞う〈女舞〉です。自然の摂理を表現しています。古歌に【やなぎ節】があり魔除けなどで歌われますが、同じく自然の摂理を説いています。 19¢ / 15円 東道盆(とんだーぶん) 〈工芸品シリーズ〉料理を盛り付けるために《琉球漆器》で作られた蓋付きの容器です。円形の器に料理が小分けされ、宮廷貴族や士族が食事の時に車座になって料理を採る事ができます。27¢ / 14円 七目付(ななみちき) 〈琉球舞踊シリーズ〉七目付=(ななみちき)は琉球組踊(くみおどり)【二童敵討=にどうちちうち】の一場面です。宮廷で中国皇帝の使者(冊封使=さっぷうし)を歓待するために作られた舞踊と言う事です。 35¢ / 20円 琉球絣(いーちり) 〈工芸品シリーズ〉あらかじめ染め分けた糸を織り込んで独特な模様を表した工芸品です。歴史は古く、14世紀後半に中国から伝わりました。糸の素材は主に(芭蕉)や(木綿)が使われます。 ドル表記 正刷 1961年9月21日 発行彫刻家、画家 ≪山田真山≫ 氏(1885 - 1977)の原画による、ドル表記正刷の〈航空切手〉が発行されました。〚那覇市 壺屋〛生まれで、東京美術学校へ進みます。1940年に沖縄に戻りました。≪山田真山≫ 氏の絵画は、今回の〈航空切手〉では3パターンの(天女)と(風神)が見られます。その他にも〈年賀切手〉で(獅子舞い)や(海鳥と朝日)、また〈記念切手〉でも使われています。 9¢ 空を飛ぶ天女 発行枚数 18,000,000枚 14¢ 横笛を吹く天女 発行枚数 1,600,000枚 19¢ 青い風の神 発行枚数 800,000枚 27¢ 赤い風の神 発行枚数 2,500,000枚 35¢ 天女と松の木 発行枚数 1,550,000枚 9¢ 空を飛ぶ天女1951年12月1日に発行された《天女航空》と同じデザインです。サイズが小さくなりカラー印刷で発行されました。落ち着いたパステル調の色彩で優美です。 14¢ 横笛を吹く天女1957年8月1日に発行された凹版印刷の《天女航空》と同じデザインです。サイズが小さくなり、カラー印刷で発行されました。落ち着いたパステル調の色彩で優美です。 19¢ 青い風の神≪山田真山≫ 氏の原画による(青い風の神)が描かれています。落ち着いた色調の美しいデザインです。大型の〈記念切手〉のようなサイズでないのが残念な気がします。 27¢ 赤い風の神≪山田真山≫ 氏の原画による(赤い風の神)が描かれています。落ち着いた色調の美しいデザインです。大型の〈記念切手〉のようなサイズでないのが残念な気がします。 35¢ 天女と松の木≪山田真山≫ 氏の原画による(天女と松の木)が描かれています。天女が描かれた新しいデザインです。落ち着いた色調の美しいデザインで、大型〈記念切手〉のサイズで見てみたいと感じました。≪山田真山≫ 氏の原画でまとめられた、美しい《航空切手》のシリーズです。私は 1951年12月1日に発行された単色の《天女航空》が好きですが、こちらの5種類のセットは統一感があって壮観です。落ち着いた色調で美しく、人気の高いセットのようです。琉球の《航空切手》は多くが≪山田真山≫ 氏の作品です。他に 1959年〈年賀切手〉の〚獅子舞〛と1962年〈年賀切手〉の〚朝日と海鳥〛にも見られます。美術館で原画を拝見したいものです。 文化財 航空 1963年8月28日 発行はがきを航空便で送付する料金の切手が新しく発行されました。明治時代から【連合はがき】と呼ばれる(船便専用)のはがきは用意されていました。新たに登場した(航空便)のはがき料金です。サイズは郵政省に見られる一般的な〈普通切手〉と同じ小さなサイズです。沖縄を代表する建造物の《守礼門》と《琉球絣》が航空機と描かれていて、(文化財航空)と呼ばれます。〚琉球切手〛の原図は【二シムイ(北森)美術村】のメンバーが多く手掛けています。〚首里〛に集まっていた美術家たちで、沖縄の美術に大きく貢献されました。≪安谷屋正義≫ ≪玉那覇正吉≫ ≪大城晧也≫ 各氏のデザインです。〚琉球切手〛に見られる、独特で繊細なペンタッチが魅力的です。こちらのデザインも描いています。 51/2¢ 守礼門と航空機 発行枚数 1,000,000枚 7¢ 琉球絣と航空機 発行枚数 1,700,000枚 51/2¢ 守礼門と航空機原図は【二シムイ(北森)美術村】の ≪玉那覇正吉≫ 氏が描いています。デザインは沖縄の代表的な建造物《守礼門》の上空を滑空する航空機が描かれました。 7¢ 琉球絣と航空機原図は【二シムイ(北森)美術村】の ≪安谷屋正義≫ 氏が描いています。〚琉球絣〛の模様を空に浮かぶ雲に見立てて航空機が滑空する様子です。 51/2¢ 守礼門と航空機 が貼付された実逓便一例《現金書留》航空便による《はがき料金》の額面は、そんなに多くが流通する金額でもありません。こちらのように《現金書留》とか(小包)や(増量郵便物)などで消費されたと思われます。 1968年4月10日 櫛型日付印 1968年9月20日 櫛型日付印はがき料金の《航空切手》と言ってもそんなに需要があるわけではないと思います。多くの場合で、(現金書留)のような超過料金の支払いで利用されていたのではないかと思われます。私は 1970年代頃の〈郵政省〉による(グラビア印刷)の切手が好きになれません。しかし、多くを【二シムイ(北森)美術村】の面々が描く〚琉球切手〛は温かみがあって美しいと思います。

6ヶ月待ってやっと来たヴァンクリOS作品

1976 マクラーレン M23 #11 J.ハント

なぜ太らないのか?を考えてみた