
5NOV.
諏訪大社と鰻の旅①諏訪大社4社巡り
(諏訪大社上社前宮 四の御柱 4社の中で最も素朴な佇まい) 冬の訪れとともに鰻が旨い時期になった。 そんなわけで鰻の聖地諏訪まで鰻を食いに遠征することとし、ついでに諏訪大社4社を参拝することにした。 諏訪の歴史は古い。 考古学の検証によるとおよそ5000年前の縄文中期において、諏訪は日本で最も人口が稠密な地域だったそうだ。 八ヶ岳南麓の広大な落葉樹林帯が当時の主食であった栗、どんぐりをふんだんに供給したことが背景にあるのだろう。 諏訪文明が栄えていたことは、諏訪地方の特産だった黒曜石が東北から九州に至る随所の古墳で出土していることからもうかがわれる。 おそらくそのような文明を背景として当時の諏訪には五穀豊穣をもたらす自然神を崇拝するアニミズム的な原始宗教があったものと思われる。 諏訪大社のご祭神は建御名方(タケミナカタ)である。 古事記によると、天津神(=天から降臨したアマテラス一族)の代表建御雷(タケイカヅチ)は、国津神(=地場の神様連中)の代表である出雲の大国主(オオクニヌシ)に国を譲れと強請した。(地震の元凶大鯰を成敗する鹿島神宮の祭神タケミカヅチ タケミナカタの支配する八ヶ岳南麓では同神を祀る神社は白旗神社くらいか)『パワースポット?大泉の謎めいた神社』 愛犬の散歩コースから少し離れた所に「白旗神社」という、ちょっと変わった神社がある。場所はレインボーライン沿いの「モコカフェ」の近く。 朝早くに目が覚めたの…ameblo.jp(白旗神社の鎮守の森はその後伐採され往時の雰囲気は失われた) 進退窮まったたオオクニヌシから判断を委ねられた息子のタケミナカタは力比べでタケイカヅチと勝負したが一敗地に塗れ、諏訪まで逐電したが、タケイカヅチの追及はそれでも続いてタケミナカタは終生諏訪の地に逼塞することを条件に許された。 一方オオクニヌシは出雲の地に巨大な社殿を建てることを条件に国譲りに応じた。これが出雲大社の起源である。 この神話に基づくと諏訪大社が神社としての体裁を調えたのはいつ頃のことだろう。 半島からもたらされた稲作文化を背景に大和朝廷が地方豪族から全国規模の王国となったのは応神・仁徳天皇の頃、すなわち4世紀の頃と思われるから、出雲地方政権が屈服して出雲大社が創建されたのは4世紀初めころ、それからやや遅れて4世紀半ば頃に今の諏訪大社が出現したのではないだろうか。 蛇足ながらタケミナカタが出雲から諏訪に高飛びしたというといかにも神話的な突飛さを感じるが、古代では意外と両者の距離は近かったようだ。 当時出雲国と高志国(新潟県糸魚川)に海上交易ルートがあったというのである。両国は北九州地方と並ぶ半島との主要な交易港でもあった。 また糸魚川から諏訪方面へは渡来人を含めて多くの人の行き来があった。タケミナカタの母親は高志沼河姫(コシノヌナガワヒメ)。名前のとおり糸魚川出身の女性なのである。 前置きはこの位にして(長いな)、まずはタケミナカタの陵墓があるという伝承のある上社前宮(かみしゃまえみや)へ。 諏訪信仰発祥の地といわれる前宮は4社の中でもとりわけ素朴な佇まいである。(社域は狭く周囲にはアパートなんかもあったりする) 陵墓があるというものの、前宮の主祭神は八坂刀売神(ヤサカトメノミコト)。タケミナカタの奥さんである。(陵墓にふさわしい雰囲気のある本殿 諏訪大社HPより拝借) 続いて向かったのは上社本宮。 こちらの主祭神はタケミナカタ本人(「本神」というべきか)。(折からの七五三とあって晴れ着のよいこたちがひきもきらなかった) (霊気に満ちた御柱) もっとも本宮にはタケミナカタを祀る祭殿はない。 拝殿はご神体である守屋山に直接拝礼する形式となっている。(幣拝殿では七五三の拝礼が行われていた) タケミナカタとはどのような人物だったのだろうか。 史書に現れるのはわずかに古事記のみ。しかも出雲の地にはタケミナカタを祀る神社は皆無だという。 おそらくタケミナカタは糸魚川~諏訪一円を治める国津神(豪族)だったのだろう。 古事記では大和王朝による出雲征服、東国征服の事績を無理やりひとくくりにまとめたのではないだろうか。 (上社上空に飛行機雲一閃)(カリッタエア(米国)成田→ソウル便 上空からの富士山、諏訪湖の眺めが素晴らしかったことだろう) 上社に続いて下社を訪れた。 まずは秋宮から。 こちらの主祭神もタケミナカタだがやはり祭殿はなく、拝殿からご神木(イチイの樹)に拝礼するスタイルである。 あくまで推測だが、諏訪の民にとってタケミナカタは山向こうの高志国から攻めて来た征服者、あるいは大和王朝に逐われた流人だから、素直に拝礼する気になれなかったのではなかろうか。(旧中山道と甲州街道を扼していて4社の中で一番賑やか)(神楽殿)(神楽殿の奥に幣拝殿) 秋宮からやや離れたところに春宮がある。 こちらは秋宮よりひっそりとした雰囲気だ。(建物の配置、形状はほぼ秋宮と同じ)(一の御柱) ざっと4社を参拝するのに要した時間は2時間ほどだろうか。 私には上社本宮と同前宮が印象深かったのだが、世間の評判をアメブロのハッシュタグ数でみると、①下社秋宮151件②上社本宮134件③下社春宮133件④上社前宮120件となっている。 腹の虫が騒ぎだしたので、いざ鰻屋へ。

11/3(火) 黄葉が一段進む

頑張ってる

休日の朝食は庭から摘んできた最後のバジルでチーズオムレツ