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  1. ました助手で入って看護師さんがおぉぉぉぉ 入るんですか!?すごいすごいと興奮してましたたしかに目の前で見ると人間の凄さみたいなのを感じますよちょっとお昼寝しましたこれだけ眠っているならお腹苦しくなさそうです寝てスッキリベット上でりんちゃんと遊んでたんですが隣の子が、、、大暴れ抑制着きてるのにブリッジするほど反り返り左手の点滴外れて出血🩸ベットも血だらけ床にもポタポタと滴ってました看護師さん2人がかりで他の患者さんのチェック中でしたこの子私が面会来た時からずっと休まず叫んでますなので看護師さんも事態に気づかないお母さん、、、いたんですけど何もせず棒立ちで見てるだけ←せめて看護師さん呼ばないとお母さん、、、暴れてる段階で点滴のほうの手は死守しないとかえってかわいそうだよ、、ステーションからも看護師さんたちが集まって6人がかりでベットメイキングからやり直してましたお母さんはどこか行ってしまって看護師さんだけだったので遊んでるりんちゃんみてはりんちゃん 可愛い 癒し 本当癒しだわと皆さん言ってました怒れないもんね、患者だし私があの子の親ならどうしただろうかと考えちゃいました4歳くらいの子は大変だ17時前には外科の回診が毎日来ますいつもお風呂入れてくれる担当医の先生がヘルニアのところ触ってちっちゃ!?やるよね、あの先生は はぁ〜でも落ち着いてるな顔もむくんでんだなぁごめんなとお腹ナデナデしてくれました今日もあんまりお昼寝しなかったので19時のミルクの後寝ました明日は11時から面会早めに寝るとします

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    入浴シーン激写
  2. ~。歳によるものか抗がん剤の蓄積か、なかなかスッキリせえへんなぁ~。ダンナを最寄駅まで見送り、家に戻るとまずは、タオルやインナーシャツ類を洗濯乾燥にまわす。次に、医療費控除の下準備のために久しぶりにパソコンを立ち上げ、棚からポケットA4ファイルを2冊取り出す。これまでにかかった病院や薬局の領収書を都度、日付順に横入れ式ポケットに入れて整理していたので、こういうときはイライラすることなくすぐに作業に取りかかれるのが利点だ。パソコン内に、前回作成した医療費控除の明細データが残っていたので、エクセルシートをコピペして上から新たに今年の内容を打ち込んでいく。大量の領収書の内容を反映させるのに約2時間かかり、しばらく休憩を挟むことに。疲れたぁ~~~!!(汗)休憩ついでに、ピノのトリミングを予約しようとペットサロンへ電話し、何とか12月19日に押さえることができた。本当は、綺麗な体で新年を迎えられるよう年末ギリギリが良かったのだけど、皆、考えることは同じのようで20日以降はすべての時間帯が予約で埋まっていたのだった。残念やけど、仕方ないねー。乾燥が終わった洗濯物を畳み、本日の昼食。・トースト(ハム、マヨネーズ、オレガノ)・大根飴のお湯割り食器を洗って片付け、13時にタモキシフェンを飲む。テレビを見ていると、おもむろに今年の漢字1文字が発表された。1筆目から、令和の『令』だとわかる。てか、天気に恵まれて良かったよね~。しばらくしてから午前中の医療費控除の下準備の続きに取りかかり、『保険金などで補填される金額』の項目に共済や生命保険会社から支払われた給付金や健康保健の付加給付を入力して終了。ふぅ~。ダル~。『保険金などで補填される金額』は、まだ給付されていないものもあるので一旦保留しておくとして、折角なので『乳がん治療にかかった費用』を算出してみることに。さあ、いくらかかった?!【算定期間】 2018年8月20日~2019年12月11日1 医療費控除に計上するもの 支払った医療費の総額 (高額療養費の自己負担限度額の区分は 『イ』) ・2018年分 558,876円 ・2019年分 1,424,485円2 医療費控除に計上しないもの 病院の駐車場代(@300円、通院回数) ・2018年分 5,700円 ・2019年分 13,800円 タクシー代(片道@1,000円、入院回数) ・2018年分 約5,000円 ・2019年分 約1,000円 診断書、画像CD-R代(自費) ・2018年分 17,280円 ・2019年分 23,330円 ウィッグ ・医療用(人毛100%) 179,568円 (シャンプー剤、ブラシ、カラーを含む) ・ファッション用(人工毛100%) 3,830円【乳がん治療にかかった費用合計】 2,232,869円治療のたびに院内のコンビニでお茶やお水を買ったり(服薬のため)、パクリタキセルの投与の際は氷を買ったり、結構な頻度でおにぎりやお菓子、本なども調達していたしケア帽子もいくつかネットで買ったりして、プラスアルファもそこそこかかっている。思わず、ため息の合計金額。これだけあれば、何ができるだろう。まあ、でも、命には代えられんもんね★ダンナが3時間休を取ったらしく、LINEがあった。ボーナスも出たので、気前よくケーキを買ってきてくれるようだ。ラッキー★(笑)いつもダンナからの帰るLINEには『うむ』とか『ふむ』とか『うぃ』とか気だるく?反応しているのだけど、今日はデパ地下のケーキを携えていつもより早く帰ってくるとのことなので、当然、返事にも気合いが入る。ぬふふふふ。鼻歌混じりの軽やかな気分でダンナを最寄駅まで迎えに行き、本日のおやつ。・いちごショートケーキ・大根飴のお湯割りう~ん、ウマッ★(笑)本日の夕食。・マルちゃん正麺(旨塩味:豚肉、人参、 玉葱、春菊、椎茸)・ちくわキュウリ本日のデザート。・東京ひよ子サブレー本日の頭。今朝、梅宮辰夫が慢性腎不全のため81歳で亡くなったらしい。これまで6度もがんを克服してきたとはまったく知らなかった。ご冥福をお祈りします。

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    474 乳がん治療にかかった費用
  3. 2017年4月末。闘病生活も半年が経とうとしていました。2016年11月にステージ4の大腸がんが発覚。切除手術をして、2016年12月より抗がん剤治療を開始。抗がん剤治療の開始と同時期に、妻は食生活を見直したいと言いました。蓋を開けてみると。妻がやりたい見直しというのは、見直しなんてレベルではなくて。修行そのもの。あまりにも辛い食生活に耐えていけるのか私も不安でしたが、癌治療の一環として効果がある。と信じていた妻の意思は固く、本当に頑張りました。私も妻の力になりたくて、普通のスーパーではなかなか手に入りにくいオーガニック食品や平飼いの卵を買ったり、出来るだけ美味しいものを食べて欲しいと思って、良質の玄米など、高額な食品を惜しみなく購入していました。1日2リットル近く飲む野菜ジュースも、1回でまとめて作ると劣化して不味くなるから、3,4回に分けて飲む直前に作ってあげるようにしました。もちろんスロージューサーを洗うのもその都度。使う野菜は無農薬でしたが、無農薬が手に入りにくいキャベツ等はホタテパウダーで洗う事で、農薬を洗い流してから使いました。あと一緒に食事制限をして辛さに寄り添ってみたり。何とか私も頑張って協力をしながら、妻の事を支えたかったのですが。もう限界でした。妻だけでなく私も。ある日の事。いつものように妻に声をかけました。「そろそろジュース作ろうか?」妻から作ってほしい、と言い出す事はかなり少なくなっていました。飲むのが相当嫌になっていたんだと思います。妻は露骨に嫌な顔をして、私の事を無視しました。私も少しイラっとして。「こっちだって作るの大変なんだから、少しは有難そうにしてくれよ。」私の1番の苦痛は手のあかぎれ。特にレモンを切る時は地獄のような痛さで、もう10本の指だけでなく、手のひらまでボロボロでした。妻はしぶしぶ飲み始めましたが、一向に飲み進める気配がなく、時間が経って劣化してしまったため、捨ててしまいました。もう限界でした。作りたくない。飲みたくない。効果も分からない。誰も喜ばない。一生懸命続けてきて。柑皮症になって手の色まで黄色く変わるくらい頑張って飲み続けてきた野菜ジュースは。もうやめる事にしました。野菜ジュースをやめたのをきっかけに。食事の方も徐々に普通の食事に戻していきました。もちろん暴飲暴食はせず。口に入れるものの成分には引き続き気を付けていましたが。私は呪縛から逃れた思いでした。妻はそれ以上だったでしょう。そして。食いしん坊だった妻の笑顔が戻ってきました。「美味しい〜!幸せ!」と言いながら嬉しそうにご飯を食べる妻を見ていると。もうどうなっても構わない!と、思うようになりました。そしてあわよくば。ストレスから解放されたことによって、逆に病気が良くなるんじゃないかなんて。そう思うくらい美味しい物を食べている時の妻は嬉しそうで。健康そのものでした。食事療法の効果が全くなかったかは分かりません。あれだけ身体に良いものばかりを採り続けたのだから。妻と一緒に過ごしたあの時間は少しは長くなったのでは、と思っています。妻にはもっと長く生きて欲しかったけれど。それよりも大事にしなければいけない物がある。美味しい物を食べられる喜び。食事療法をやめた事で。もしかすると彼女の命が短くなってしまったかもしれませんが、後悔はしていません。この時から。彼女は最後を迎えるその日まで、食べたい物を食べていました。彼女も後悔してないんじゃないかな。なあ。最後のお昼に食べたカップラーメン。美味しかったよね?

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  4. 花屋の店主の一言「こんなんムダや、思うことが一番勉強になる」
  5. オンパレード。ずっ病院だから仕方ないとは思うけれど仕事をして休みの日は、義兄の用事。最近の夫は、2週間に一度、義兄の外泊に付き合い、朝早い出勤だけど、仕事帰りは病院によることにしている。夫は、あまり気が利かないが、義兄が来てから大忙し。頑張っていることは認めてあげたい。私もくたびれている。のんびりしたい。次女は、部活やテストで忙しかった。それでも、時々、病院に顔を出す。毎日 義兄にLINEを送る。ちっとも返信はないらしい。先日、どうしても家族は休みが取れず、義兄が一人でタクシーを使い、クリニックから総合病院へ受診した。それを聞いた次女は、義兄を気遣い、さっそくラインをした。 「あんちゃん、病院一人で行ったんだね。どうやった?」 「おしっこの管が入っちまった。おかげでQOLが下がる一方や。」と、久々に返事がきたらしい。あ、数日まえに、遅い夕飯を食べながら 「ママ、QOLってなあに?」と聞いてきたのはそのことか。高校生の娘にとって、ちょっと返答に悩む…よね。対等なんだな、60歳過ぎていても、17歳相手に、思ったまま。いいことかもしれないけれど…。次女が気遣っていることには気が付かない。ケアマネさんが、義兄を若い…と言っていた。コミュニケーションが苦手というか、変ではなくて、生活感がない。話もするし、顔も整っているし、黙っていたら普通の人。10歳は若く見えるらしい。 「なんかね、変なんだけど、60代のがん末期には見えないから。息子みたいな感じがする、不思議な感じ。」ケアマネさんは、ヘルパー派遣の代表者さんにそう言っていた。 「コミュニケーション障害ではなく、引きこもりでなく、コミュニケーションを、心底めんどくさいと思っている人。でも、話し出したら、自分の考えは、はっきり言うのよ。そして、人からあれこれ言われるのは嫌いなタイプね。」ほんとにそうだと思った。うまいこと言うなぁ。反抗期の男の子みたいだ。そして、自分の意見を言うけど、相手の立場が分からない。相手の立場が分からないから、相手の気持ちが分からない。義兄を見ていると、10代後半、20代前半の自己中心的なトゲトゲしていた自分を思い出す。多分、ちょっとした言葉で世界は変わるのに。「ありがとう」の一言。弟である夫に…「せっかくの休みなのに、ありがとな。」「仕事、おつかれさん。」が言えない。姪である次女に「心配してくれて、ありがとな!」「学校、頑張れよ!」が言えない。そんな風な一言があれば、きっと周りは笑顔になるのに。義兄は、絶対に言わない、言えない、多分、必要ないと思っている言葉。「ありがとう。」義兄に出会って。25年。これまで一度も聞いたことない…。意地でも言いたくないかもしれない…もったいないよねぇ。感謝の言葉は、無料(タダ)なのに…。義兄を見ながら思う。そう言えば、私の周りには「ありがとう」を、よく使う人が多い。周りの「ありがとう」に、私は心癒される。それって、素敵なこと…だったんだなぁ、と。「ありがとう」は人と人をつなぐ、潤滑油なんだな。と、改めて思った。そして、心の狭い自分が、心の中でイライラ。 深呼吸、深呼吸 だよね。

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