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  1. 長痛だと・・・そし病院にいけば診察をしても特別、異常がなければ「成長痛」と診断されるでしょう。成長期に原因が明らかでない痛みがあるので,「成長痛」と名付けられたそう。でも、それって本当に成長痛?ちょっとまった!それ、本当に?と、疑ってくださいね!実は特別な病気が隠れていたり病気の前兆だったりします!成長痛と言われていたのに白血病だったり神経芽細胞腫だったり若年性関節リウマチ!そして、骨肉腫・・ということがありますこれらの病気は初期にはたとえ検査をしても最終診断に至らず.数カ月や数年の経過ののちに病気自体が表に出て来てやっと診断がつくことがあります。勿論、取り返しのつかない所まで進行している場合も。私達夫婦も、診断した医者も皆、成長痛だと思ってましたから。MRIでも CTでも異常がないのですからそう思いますよね。ですが痛みが一週間続くのであれば疑ってください!痛みが、増しているなら尚更「赤信号」ですよ!結果として成長痛ならそれでよい!でも不安なら近所の病院ではなく大病院に行きましょう。いっておいて損はない!不安になる必要がないからです。そして、思い当たる病気を全て口にして医者に言ってみてください。全て、医者任せでは駄目です!なんでも良いです。言って損はないです。それでも痛みが酷くなるなら検査の範囲を広げましょう他に原因があるかも!外科的だけではなく、内科的にも広い範囲で疑いましょう。(後悔)私達夫婦は共働きで忙しい日々のなか、痛いのだったら自分で医者に行きなさい!って言ってしまいました。当然、行く訳もなく・・一生の後悔の背負う事になってしまいました。一生なんて簡単な漢字ですけど・・・二度と会えない事になるのです。そんな、悲しい想いをもう誰にもしてほしくないので是非・・・セカンドオピニオンをお薦めします!そして、医者に嫌な顔をされようが、こちらから疑わしい病名を伝えてくださいね!  そうでもしないと気付いてくれません医者は神様ではないのです。私達よりも頑張って勉強をしてきたただの頭の良い人なのですから。医者の悪口ではなく、後悔をしてほしくないので何度も言いたいのです。それは、自分自身の為、家族の為、子供達の為なのですから

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    骨肉腫の初期症状?成長痛?激痛が増していくなら危険!
  2. とか‥‥。でも、大がん末期となり、退職金を含めたお金をどうしたらいいのか。一方、義兄は保険を、数年前にすべて解約したという。義父が、付き合い等で義兄の生命保険を掛けていた。それらをすべて解約。 「具合が悪くなっても、病院には行かない。」って義兄にとって、入院給付金も、手術給付金も不要。福祉とか保険とか、公共性とか安定とか、信用してないんだな。そんな反骨精神に動かされたときの 義兄の行動は早い。義父が亡くなって、相続手続きはしないのに。葬儀もホントはしたくなくて、お寺さんも呼びたくなかった。四十九日は仕方なくしたけれど、一周忌はしない。だけど、義父がかけてくれていた保険解約はしたんだなぁ。そのくせ、いざ、入院生活になったら、大部屋は苦手、個室希望。いいけどね、貯金があるから。もう半年近く、個室代を毎月30万円くらい払っている。なんだか、我が家とは感覚が違いすぎる。それでも、ずっと仕事をしてきたってことは尊敬する。色々考えた結果が、お金を義兄のことにできるだけ使おう。家だけでなく、家電や家具も兄好みのものを揃えた。相続について、ネットで調べてもよく分からない。会計士さんとかに相談したらいいのだろうか。会計士さんは、田舎の実家の土地のことも相談に乗ってくれるだろうか。変な方に頼んだら、ぼったくられたり、変なことにならないか。困った私は、葬儀屋さんのチラシに、相続セミナーがあると書いてあったので、申込みをして行ってみた。もと税務署に勤めていたという講師の先生、「生きているうちから、財務整理をすべき。」と言っていた。ぺらぺらとよくしゃべる男の人で、知識は豊富そうだけど苦手なタイプの先生だった。ついでに葬儀屋さんの下見もしたけれど、担当となってくれた人は、説明より会員になれと言う話ばかり。感じ悪っ…。ノルマがあるのかな。この葬儀屋さんに、自分の時もお願いしたかったけど保留。なんか違う気がする。だれか、相続について教えてくれる人…、いないかなぁ。上司のドクターに相談した。「僕はわからないし、いい会計士さんも知らないんだよ。あ、そうだ、事務方の上司に相談したらどうかな。銀行にいた人だから知っているかもしれないよ。」  確かにそうだ。銀行にずっと勤めていて、その人なら、いい人知ってるかも。早速、その上司に個人的に相談をした。義兄の状況と、田舎の土地のこと、よく分からない預貯金のこと、相続のこと。しばらく考えていた上司は1~2日時間をくれということだった。翌日、別室に呼ばれた。「何人か考えたんだけど、僕の知り合いでいいかなと思う人がいる。会ってみて、嫌だったら、断っていいからね。」一人の司法書士さんを紹介された。銀行の経験を経て、司法書士さんをしている。とても物腰の柔らかい、おじさまで、親しみやすい感じ。すごく相談しやすいし、提示された金額も妥当だと思った。最終的には田舎に行って、相続手続きも一緒にしてくれるという。有難い。「固定資産税に書かれているものでも、ある程度分かります。もしくは役所に問い合わせてみるところから始めましょう。分散しているお金は、分かりやすい銀行に移しておく方がいいですね。お兄さん自身が問い合わせないと難しいかもしれません。今は銀行は厳しいですからね。」司法書士さんも調べてくれることになり、私は色んな封筒を確認しながら、住所変更や内容確認を始めた。住所変更でも、本人でなくてはできないことが沢山ある。 「めんどくさい」そういう義兄を説得し、「お問い合わせ先」とか「相談窓口」に電話してもらった。その作業をすると、自分のこともシンプルにしておこうと、つくづく思う。ダブル終活だな…。心強い専門家を得て、私の心は少しホッとした。

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  3. 来月になると一旦他病院に転院しないといけなくなりますし、このままずっと入院していても劇的に良くなるわけではないことはわかっているので、それなら少し大変でも家で子ども達と過ごしたいと先生に伝えました。先生も納得して下さいました。退院後は点滴だけで済みそうな時は自宅で点滴をしていただいて、ダメな時はまた入院して治療して、、といった感じになりそうです。食事はヘルパーさんが来てくださる日以外は出来るだけ私が作る予定です🍳(長男も張り切っていますが笑)お洗濯とお掃除は子ども達に協力してもらって乗り切ろうと思いますロボット掃除機にも期待してます入浴は、今契約しているヘルパーさんや新しく契約するヘルパーさんが介助してくださるそうですが、洗髪くらいは洗面台で自分で出来るようになりたいので退院したら練習する予定です。腰がグラグラしなければ余裕なんですけどね実は今の家を退去する日まであと10日しかないのですが、↑新居のリビングはまだダンボールだらけだそうです^^;※これからまだ増えます↑私の部屋の電動ベッドを置く予定の場所もこの状態なので、今届いても置けません( ̄▽ ̄;)万が一間に合わなかった場合は荷物を一旦クローゼットに押し込むしかないのですが、出来ればそれは避けたいですうーん。。引っ越し代は、今回は市内なので業者さん代は凄くお安く済んだのですが、家具や家電などに結構かかってしまったので結局予算オーバーしてしまいました💸ニ○リさんの商品が値上がりした気がするのは気のせいでしょうか・・でも今日は↑忘れてたお金が返ってくることがわかり少し得した気分になりました♪在宅酸素を使用してると電気代を月2000円助成していただけるのですが、半年分まとめての支給なので先日申請書が届くまですっかり忘れてたんです^^;※使用時間が1日12時間未満の場合は月1000円だそうです普通は忘れないのかもしれませんが、度々得した気分になれるなら忘れっぽいのも悪くないなぁなんて因みに、丸々家にいなかった月(私の場合、今回は12月)は対象にならないので、今回は6月から11月分までが支給されるそうです充分ありがたいです話は変わりますが、↑一昨日からまたダイソーのプチブロックを作り始めました♪起き上がれる時に少しずつですが、、(^^;↑ネットの画像を参考にアレンジバージョンも作ってみました※画像お借りしましたこちらのドナルドを参考にさせていただいたのですが、持っていない色の部分は持っている色で代用して、さらに首から下は自分でアレンジしてみました足首が動くようになっています♪コツがわかったので他にもいろいろ作ってみようと思います(イラストは一旦休憩させていただいてます^^;)  さて、もうすぐ消灯なので今日はここで終わります最後に、、↑次女が描いた鬼滅の刃のイラストです。上達のスピードが速すぎて母ピンチです私もまだまだ頑張らないといつもいいね!やコメントをありがとうございます🙇‍♀️励みになります!  ではでは、おやすみなさい

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    入院64日目
  4. いかな。そして今朝病院に来ています。といっても数日前から息子が「膝が痛い」との事私も奥様もその言葉を聴いた途端に娘の時の恐怖がフラッシュバックし血の気が引きました。もし、弟君まで、そんな事が?!あるわけが無いのも解っています。でも・・・・そんな事が起こる訳無いという事が娘には起こってしまったのです。心の中で成長痛だ間違いない!!と信じ込ますのですが今の状況では、信じ切れない自分。もしも!というのが頭を過ぎるのです。彼女も「肉離れ」なんて診断を普通にされていましたから。今の状況で基本的に医者なんて一切信用していません。私だってできるような診断しかしない流れ作業の診断しかしてくれない。でも、病院に行かなければいけないこのジレンマは・・・息子の安心感の為だけに行きたくもない病院に行く訳です。実際に病院にいってみると娘がが痛みを絶えつつ撮影したであろう、CT室やMRI室。そして、辛い思いで検査を待っていた廊下・・・居るだけで胸が苦しく涙を堪えるのに必死でした。奥さんが来なくて本当に良かったと思います。もし来ていたらあの時に辛さや悲しみなどがフラッシュバックしてたかも。しかも、息子を診断してれたのは娘の病巣を発見してくれた唯一の先生でした。私の顔をみて、「あ・・・」と。覚えてくれていたようです。といっても、先月の事ですし病気も珍しい大病ですから当然か・・というか思えてなければ怒っていたかも。なんにしても息子は「オスグッド病(成長痛)」だと間違いないと診断。実は、この前日には自分でネットを調べて自分で成長痛について調べてみました。今回の娘の事で自分である程度の知識をもって病院に行かないと、取り返しのつかない事になるんだという経験をしたからです。しかし、診断の結果も「オスグッド(成長痛)」で間違いないという事ですし、自分が調べた画像と同じような状態でしたからより安心感がでました。本当に一安心でした。人生で医者の診断をこれほど恐怖に思えたのは初めてだったかも。なんにしても、息子は元気に学校に行きましたし娘も少しは体調は戻った?のか?そして夕方まで事務所で仕事をしてから、奥様と交代をして病院にお泊りしてきます!もう完全に病院が別荘状態です。病室についてみたら奥様と何やら笑顔で話をしている風景を見て一安心。病室に入る前の扉を開ける前に深呼吸して落ち着かせてから入るのですが・・・こんな気持ちが何時までつつくのでしょうか?なんにしても、相変わらずの吐き気と胸焼けは続いているので少しでも私が気分転換させたれたらよいのですが・・・頑張ります!

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    闘病22日目 朝から病院に息子の痛みを診察 19/01/15
  5. 検査入院2日目。5:30頃に…最悪…目覚めてしまった…。“起きてるかなぁ、”と思い妻にLINEしますが既読付かず。まぁそうだよね。頑張って二度寝。寝れず…少しお水を口に含みました。口に含む程度なら水は飲んでも大丈夫でした。今日も朝から絶食。食欲なんか無かったので良かったですが。8:00頃主治医の先生がベッドへ。少しかがみこんで『○○さん、昨日の内視鏡で腫瘍の細胞は取れました。今日の検査は無しにしましょう。昨日の胃カメラも苦しかったでしょ?止めておきましょう。』「はい。(この日の検査がずっと憂鬱だった為、かなり安堵。)」『結果がちょっとダメな方で出てます。』「えっ…えっ」もう死刑宣告を受けた感じでした。「癌ですか?」きっぱりと『はい。』すい臓癌の事はネット・SNSで散々調べていました。心臓がバクバク。放心状態。呼吸が上手くできず息苦しくなります。「そんな…小さい子供もいるんです!!」『これからの治療方針をお話ししましょう。奥様を呼べますか?予定通り14時にお話しできませんか?』「治療しなかったら何年生きられますか?」『う~ん…1年程度かと。』「大きさはどれくらいですか…?」『2~3cmです。』「ステージ…っていうんでしたっけ。どれくらいですか?」『2~3です。』(ネットで調べた数字がぐるぐる頭を回ります。)「じゃあもう治療しても無理じゃないですか!!!! ネットで見たら2~3%しか助からないって書いてました!!!!!!」『無理じゃない!!!!』はっきりと、しっかり怒鳴られました…。『○○さん、ネットで見られる数字にはまったく意味がないんですよ。5年生存率とか根治する確率などは、もう一度はっきり言いますが“まったく”関係ありません。その数字は老若男女全て含まれた数字です。糖尿病の方には出来ない治療方法もあるし、コレステロールが高い人・肝臓の数値等が高い人には出来ない治療方法があります。そういった方々の数値も入っています。そして言ったら申し訳ありませんが100歳の癌患者さんもその数値に入っています。“癌”というものは人それぞれ、すべて違う顔をしているんです。』「分かりました。妻を呼びます。出来れば妻が到着したらすぐにお話しできませんか?」『大丈夫です。到着したら呼んで下さい。』どうしよう…どうしよう…夢か?夢だよね?こんな夢昔何度か見たことあるぞ。夢だよ。うん。絶対。主治医の先生が病室から出て行ったあと後、スマホを持って後を追うように病室から飛び出していました。「今、先生が来て、…癌だった。」気付けば妻に電話を掛け、また泣いていました。昨日までは…“癌だろうな、多分”“癌じゃなかったらどんなに嬉しいだろう”“癌じゃなかったら妻をどれだけ安心させて上げられるだろう”と考える余地がありましたがもうそんな一縷の望みも無くなりました。【私は癌患者になりました】

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