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  1. 前に、私が、ある老病院に勤務していた時の話です。ある中年男性が、C型肝炎の治療のため、受診しました。元ホームレスだったらしく、今支援施設に入所中でした。付き添いの職員が一緒です。この付き添いの職員、何か引っかかりました。目つきも悪く、慈善団体に所属するような優しい雰囲気がないのです。まあ、そんな事もあるかなと思っていました。その患者さんが、治療前に肝生検を行う事になり、入院しました。その患者さん、病院食をものすごく美味しそうに食べるのです。いつもは、あまり食べられないと言っています。話をするうちに、わかりました。おそらくは、反社か、グレーなヒトが、ホームレスをたくさん集めます。狭い部屋に、3段ベットを並べて入居させるみたいです。そして、生活保護を申請します。生活保護費を中抜きして利益を出します。そのため、食事も粗末にしていたのでしょう。ある意味、公金チューチューですね。貧困ビジネスとは、このような感じなのかと勉強になった記憶があります。マグテイン(Magtein) 667mg 180Caps 海外直送品Amazon(アマゾン)ナガオ 燕三条 純銅 マグカップ モスコミュールマグ 360ml 日本製Amazon(アマゾン)

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  2. おはようございますしばらくは不定期になります。昨晩、妹とLINEしていたら千葉のじいじが「お姉さんには気をつけて」と言ってたそう。千葉のじいじとは義弟のお父さんです。火葬にも来てくれました。「なんで?「いくら急いでるとは言え、あの時あの場所で遺産相続の話をずっとしてるのはちょっとおかしい」そう言ってたそうです。まぁ確かに義姉が「こんな時になんだけど、〇〇って遺言書は…「あー。書いてないんですよみたいな話から義両親のお墓の管理費の話とか1時間半ほぼお金の話だったもんな。私は気持ちがボヤーっとしてたしあんまりしっかり聞いて無かったけど義弟と義弟父はおかしいと思ってたみたい。生前、夫もそれが嫌いって言ってたしなぁ。話聞いてると義姉のお家は自営だし賃貸に住んでるしお子さんもいるし車も手放したって言ってたしお金に困ってると言うかお金が必要なのかもしれないな。もちろん私も必要だけど妹が「旦那に頼んで一軒家買ってもらって住むかって言ってくれてたので義弟にそれを言ったら笑ってたわ。でも義弟って本気で考えそうだから怖い実際、火葬の日に3人で話してた時にも「ママ(私の妹)と、〇〇(姪)がここに越して3人で住むのもありだよねなんて言ってたし。「いやいや、姪もずっと大阪にいたし今更こっちに越してきても友達と離れちゃう私は一人で生きていきます。(頼りまくるけどな)まずは夫にM!LKの柔太朗に会わせて貰えるよう「生前の約束守れよな」と言っておきます。さてなんか色々書類揃えなきゃなので行ってきマース

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  3. 性、ステージ4の大がんになりました(診断までの経緯〜前編〜)』どうも、むらりーと申します。大学3年生の時にコロナ禍に遭い、暇だったので趣味について投稿するブログでも始めようかなと思いアメブロのアカウントを作りましたが、投…ameblo.jp『大腸がん診断までの経緯〜中編〜』どうも、むらりーです。今回の投稿は前回の続き(がん診断までの経緯〜中編〜)となっております。今回の内容も長くなってしまったのでがんの診断とプラスアルファは…ameblo.jp『大腸がん診断までの経緯〜後編〜』どうも、むらりーです。今回の投稿は前回の続き(がん診断までの経緯〜後編〜)となっております。前回までの内容をまだ読んでいない方は順を追って呼んでいただくこ…ameblo.jpさて、5月11日(月)の診察で主治医からタイトルの内容を告げられました。これによりこれからは緩和ケアのフェーズに入ります。もし急速に症状が悪くなると仮定すると今月持つかどうかというラインだそうです。あくまでも最悪の想定ですが。ある程度覚悟の上での診察だったので両親にも同席してもらいましたが、あまりにも状況が良くないことを知り両親も妻も、さすがの私も泣かずには居られませんでした。これまで私は病院で泣いたことがありません。救急搬送されて腸閉塞の疑いがあると指摘された時も、肝臓に腫瘍のような影がいくつか見られると言われた時も、人工肛門造成の緊急手術のインフォームドコンセントの時も、がんと確定診断された時も、最初の抗がん剤が効かなくなってきた時も、最近承認された期待の薬に切り替えた瞬間薬剤による肝機能障害が起こって即中止になった時も、いつも私は冷静に受け入れてきました。今回もある程度覚悟していたのでいつも通り受け入れるつもりでした。が、あまりに想定よりも状況が深刻だと知らされて流石に平常心を保っていられなくなりました。「ああ、死ぬんだな」と今更ながら思いました。考えさせられざるを得なかったです。ひとしきり泣いて落ち着いたタイミングで自宅療養の説明を受けました。というのも、今後はこれまで通ってきた大学病院には通院せず、定期的な往診による診察と訪問看護によるケアを使って自宅で過ごすことになります。主治医は自宅ないし岐阜の実家での療養(そして最期を迎えること)をお勧めしていましたが、私としてはできれば最期は病院で迎えたいと考えています。まず第一に周りの負担が大きいことが理由として挙げられます。私が段々と自分のことが自分でできなくなると、例えば妻や家族にベッドから起き上がるのを手伝ってもらったり、嘔吐などしたときに処理してもらったり、体調が悪くなったときに病院に連絡してもらったりする必要が出てきます。それも定期的にこの時間にこれをするというものではなく突発的に起こることが多いので、24時間私から目が離せないことになります。それはとてもじゃないですが彼女たちの負担が大きすぎます。一方で病院入院していれば何かあればナースコールですぐに看護師が来て対応してくれますし、ご飯も毎回病院食が出されるので家族が準備する必要はありません。第二に様態が急変した際に適切な処置を直ぐしてくれるという安心感があるというのが挙げられます。先ほどの理由に近いですが、何か急に体調が悪くなった際、病院にいればすぐに医学的知識を持っている看護師や医師が駆けつけて薬の処方や点滴などの適切な処置をしてくれます。一方自宅の場合、妻や両親ではどうしていいか判断に困る場合がありますし、往診の先生を呼んでも到着するまでしばらく時間がかかります。そういう意味でもやはり病院にいるほうが安心感があります。デメリットを挙げるとすれば住み慣れた家を離れることになり、もう生きているうちに戻ることができなくなることですかね。私の場合今住んでいる新宿区の家は、通院のためにやむなく引っ越しただけでなんの未練もないのでそこは問題になりません。かわいいインコちゃんたちとは遊べなくなるのは残念ですがペットカメラを買って病室から眺めようと思います。余談ですが、結婚して妻と一緒に住み始めた足立区の家は半永久的に住むつもりだったので、引っ越すときはとても名残惜しかったです。あの家と周りの環境は本当に気に入ってました。それからまだ元気でいるうちに会いたい人たちに会おうと思いとにかく同僚や友人、旧友に連絡を取りまくりました。一人一人に連絡して会う予定を調整するのは大変なので、職場同期、バレーバドサークル、大学の合唱サークル、高校の同級生といった具合にコミュニティを分けて、それぞれに取りまとめの窓口となる人を立ててその人に日程調整をそれぞれお願いしました。みんな事情を聞いたら快く引き受けてくれて迅速に調整を始めてくれました。おかげで土日も平日も来客の予定でいっぱいになりました。これからもまだまだ続きますが。彼らだって仕事やプライベートで忙しいだろうに(ちなみに同期の1人に夜10時半頃電話で話をしようとしたら、彼はまだ職場にいると聞いて「そういえばそういう仕事だったな」と思い出しました笑)、その合間を縫って優先順位高めに対応してくれている姿を見て、本当にいい友人に恵まれたなと心の底から思いました。ただこちらも負担は格段に少ないものの、自分のスケジュールとそのコミュニティの集まれそうな日程を比べてパズルのように予定を当てはめていく作業は大変です。その作業はまるで、20人近い国会議員に対してうちの幹部にレクに行ってもらう時の日程調整をしているような気持ちになりました。まああのときは国会議員の先生の予定の隙間10分にねじ込ませてもらったり、逆に先生がここしか空いてないという枠にうちの幹部の誰かが対応できないか秘書さんに予定調整してもらいまくったりと、もっとハードでしたが。。>私の知人友人で面会を希望される方へ東京の自宅でということになりますが、私に連絡してもらえれば調整します。色々雑多な話に飛びましたが、まあ治療に一区切りついたもののまだ今のところ元気ではいるので、極端に悲観的にならずこれまでと変わらず楽しく残りの人生を過ごしていけたらなと思っています。それでは今回はこのへんで!

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    【皆様へ重要なご報告】ついに抗がん剤による治療継続が困難と診断されました。
  4. 2026/05/20 ファイト一発ー!!!
  5. 5月19日。少し早起きして久しぶりにお気に入りのサックスのクレリックシャツに腕を通す。だが、腹水でウエストが大きくなったせいでボタンが止まらない。せっかくオーダーしたシャツなのだが。仕方がないのでもう少しゆとりのある既製品で買ったシャツに着替える。5月といえど最近は暑いので夏用のスーツをワードローブから取り出す。ネイビーとグレーがあるがお気に入りのネイビーを選択。スラックスを履くとやはりこれも腹水で膨らんだお腹のせいでウエストのフックが止まらない。ファスナーを上がるところまで上げて、あとはベルトでごまかすことにする。ベルトレスのスラックスじゃなくてよかった。ネクタイは妻に買ってもらったお気に入りのネイビーのネクタイ。繊細なシルク生地なので結ぶときによく爪で引っ掛けてしまうから慎重に結ぶ。もちろん結び方はいつも通りシンプルなプレーンノット。腕や肩の筋肉、脂肪は落ちているものの、ジャケットはまだなんとかブカブカにならず羽織れそうだ。ボタンが閉まるか心配だが今日は基本的に車椅子に座るから開けっぱなしでもいいだろう。最後に帽子。もう暑くなってきたのでフェルトハットではなく、最近新調した黒のストローハットを選択。メガネも革靴も黒で色合わせ。紺と黒というシンプルな組み合わせだけどシンプルだからこそ意外と誰とも被らない。そもそもネクタイを無地でスーツの色と合わせる人が珍しい。さて、最後の出勤と行きますか。###########ということで妻に運転してもらい車で出勤してきました。もう1人で電車に乗ってラッシュの電車に乗る元気はないので。今日は出勤と言っても大きな目的は私物の回収とお世話になった方への挨拶回りです。車椅子なので介助のため妻にも同席してもらいました。妻は民間企業勤めなので私の職場に来るのは初めてです。皆さん業務の合間を縫って私と会ってくださり、昔のことを思い出しながら色々お話ができました。妻が一緒にいたのもあってか、皆さん私のことを本当に良く話してくださっていましたが、むしろ私の方こそまだまだ未熟な係員だった当時の私に対して信頼して仕事を任せていただいたり、役人人生で今後もずっと必要となるスキルを勉強させていただいたりと、とてもありがたい環境に置かせていただいたなと感じています。ランチは私がよく省内副業と呼んでいる政策提言チームのメンバーが久しぶりに全員対面で集まることができ、また出向のためにチームからやむなく離れてしまった後輩もわざわざ昼休みに来てくださって、おしゃべりしたり最後に集合写真を撮ったりしました。私としてはこの活動は(本業はもちろんですが)かなり力を入れて取り組んできたので、それなりに思い入れがあります。活動も節目を迎えてこれからさらにパワーアップしていくというタイミングで離脱することになるのはやはり悔しいですね。最後は所属課の皆さんに向けて最後の挨拶の時間をいただきました。直前まで何を話そうか決めていませんでしたが、挨拶回りをしていくなかで改めていい人材に囲まれていたなと感じたのでそのことを話したら、そんなつもりはまったくなかったのになぜか急にいろんな思いが溢れ出してきて泣いてしまいました、、、ただその後みんなで写真を撮ることになったので涙を拭いて努めていつも通りの表情に戻しました。短い役人人生でしたが本当にいい人ばかりに出会えて良かったです。最後に採用パンフレットに掲載されそうな私の写真を載せて今日の投稿を締めさせていただきます。

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    最後のスーツ