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  2. …ってきました。ただ入院前の状態にはまだまだ程遠いのが現状です。「がん患者の体調なんてこんなものだろう」と考えつつも、思い出してみれば、入院前は週に何度か軽い筋トレをやっていましたし、焼肉やカレー(特に大好きなカツカレー)も普通に食べていました。今の状態では、筋トレをしたら怪我をしそうな気がします。カツカレーを食べたら胃もたれしそうですし、そもそも半分も食べられないかもしれません。それでも「量は食べられないけれど、焼肉ならちょっと食べたいかも」と思える程度には、食欲が戻ってきました。よかった~ (#^.^#)抗がん剤の二次治療で、ここまで体調が変化するとは思いませんでした。一次治療の抗がん剤(アブゲム)に体が慣れてきていたこともあり、副作用のつらさを少し甘く見ていたのかもしれません。正直なところ、この先の抗がん剤治療が怖いです。でも、少しでも長く生きるために、主治医に吐き気止めの調整や抗がん剤の減薬などを相談しながら、QOLを維持していきたいと思います。ということで、体調が少しずつ戻ってきたので、私が入院している間に不十分だった家の掃除を終わらせました(子供たちなりに掃除はしてくれていたようですが)。そして……。「いよいよ動けなくなるまで数か月だろう」とは理解しているものの、まだどこか現実感がありません。ついついいつもの日常を過ごしてしまう自分にムチを打ち、私がいなくなったときのための準備を進めなければ、と思っています。パッと思いつくのは、次のようなことです。 子供たちが自分で魚を釣れるように(生きていけるように)、投資のことを少しでも教えておく(私自身、詳しいわけではありませんが)。 万が一のときに、家族がすぐ連絡できる葬儀屋を決めておく。入院前は「入院中の暇な時間を使って、家のメンテナンス方法などを子供たちに分かりやすく伝えるメモを作る」という目標を立てていました。しかし、いざとなると、なかなか筆が進みません。これは少し、後回しにしようかな。

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  3. どんどん噛み合わない
  4. 2026/10/15(木)本日も晴天なり
  5. …と、仮にステージ4完治不能ながんであっても今は患者に告知するのだと教科書には記述されています。この自己決定権の延長線にあるという発想に立つと安楽死が出てきます。果たして、安楽死は自己決定権として認められるものなのか否か?そもそも安楽死はなぜ、必要なのか?自殺と安楽死の相違点は?高校1年生といえば16歳前後。まさに大人の子どもの中間的な年齢です。教師や大人の言動ひとつで簡単に主張を変えてしまう年頃なので、司会進行には注意しないとなりません。まだ16歳という年齢です。死という問題はどこか遠い、自分たちとは無関係な遠い対象だからでしょう。あっさりと安楽死は認めるべきだというのが全体の7割。残り3割が安楽死は認めてはいけないという構図になりました。この討論授業、国語や英語そして管理職(副校長)まで見に来ていました。担任からは、クラスで成績の良い生徒は全員が安楽死反対派に属していると私に耳打ちしました。たまたまで、学業成績は関係ない気が私はしました。「どうせ死ぬなら、苦しんで死にたくないから安楽死は絶対必要で認めるべきだ!」というと反対派は「人は必ず死ぬ。そしたら全員、安楽死を求めてしまうことになるよ。」と反論。他教科の先生、多少屁理屈っぽくても「なるほど一理ある」と思ったのかも知れません。「ほほう」と声を上げます。「全員じゃない。病気で苦しんで死ぬことが確実な患者だけが対象。全員じゃない!」すると反対派、その判断は誰がするのかと反論。医師は人の命を救う職業なのに、救えないと判断したら正反対に安楽死をも請け負うことにするのは矛盾だといいます。少しずつ遠慮していた生徒たちも、次々に意見を言いはじめます。中にはちょっと的外れ、脱線気味な意見もありますが、その時は私が修正します。1時間の授業では結論など出ません。当然、あと2時間かけて安楽死をめぐる討論をすることになりました。ただ、ひとりの女生徒が出した事例に、しばしクラスはしんと静まり、とても重くて難しいテーマを討論していることなのだと全員が気づきました。その女生徒は5年前、7歳で脳腫瘍のために亡くなった弟のことを話しました。クラスメイトの誰一人、彼女の弟のことは知らなかった様子で、思い切ってのカミングアウトだったようです。「頭が痛い。割れるように痛い。」病気が進行して苦しんでいる弟の姿を当時小学校6年だった彼女は見ていられず、怖くて見舞いが嫌だったといいます。痛がるだけではありません。吐いたり、時にけいれんしたりする様子を目の当たりにして、亡くなってしまっても゜弟を楽にしてあげる薬を使って欲しいと心底思ったのだそうです。ただ、苦しむ7歳の弟は「絶対に治すし、死にたくない。だから頑張る!」と強く訴えるのだそうです。それ以来、彼女も弟を楽にできる薬の話はできなくなったといいます。「痛いよう。苦しいよう。」幼い弟がうわごとのようにいう言葉が辛かったという彼女。「弟のことがあって、私には安楽死は必要か不要かわからなくなりました。」「生きたいと願っていた弟がいたので、一応は安楽死反対派です。」そう、自分や身近な人の事でない者は好き勝手に思うままを語るのですが、他人事ではなかった経験の人は簡単に割り切れないものなのです。彼女の発言で静まり返った教室。そこで、わたしがひと言付け加えました。「安楽死は理性や理屈だけでは判断できないもののひとつかも知りません。」「感情や思いという非合理的な人間らしい部分も大きく影響します。」「理性や理屈を重んじれば合理的だが非人間的。」「感情や思いを重んじれば人間的だが非合理的。」「この二つを両立させることは極めて困難。だから安楽死の是非は難しいのです。」ココでチャイムが鳴り、授業は終了。次回もまた同じテーマです。私は授業をまとめるつもりはなく、一気にしんと静まってしまったので、幼くして病気で亡くなった弟の話に生徒たちが飲み込まれないようにコメントを付け加えただけですが、他の先生たちには上手くまとめたように見えたようです。「この次の授業が楽しみです。」副校長はそう言って居なくなりましたが、来週はどうなるか皆目わかりません。今となっては、とっても気が重くて、やりたくない授業となりました。ただ亡くなった弟の話をカミングアウトしてくれた女生徒のためだけにやらねばいけないという義務感があるだけです。安楽死の是非をめぐる授業なんて・・・・もうこんなの絶対にやりたくありません!あーあ・・・。

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