
7JUN.
絵は自由に
この記事で、絵について書きました『ドラマを観て』テレビ大好きな私は、とくにドラマ好きです。今季ハマっているのが、『タツキ先生は甘すぎる』です。時には胸が苦しくなるほどの思いで観ています。ドラマの舞台は、不登…ameblo.jp父は「絵は写実的でならねばならん」という考え方に固執していました。ならば、ピカソについて父はなんと思うやら。なんてことは、口が裂けても言えませんでしたけど。空想の絵は、ただの遊びだから描いてはいけないと説明しました。つまり、写実的に描くのは勉強の一環になるけれど、自由に楽しく想像で描く絵は遊びだから、だめ。父の中では、遊びは悪、やってはいけないことという法律があるらしいです。それ以来、私は絵を描かなくなりました。私は幼稚園時代の途中から、絵が大嫌いになり、描けなくなりました。そして30年後父は私の娘(つまり父の孫)の描いた絵に対して、私に文句を言ったことがありました。幼稚園時代の娘が、ソウルから一時帰国した時に、私の実家で好きな絵を描いていました。それは、私が幼稚園の頃に描いたのと同じような、家より大きな女の子が、オシャレして宝石をジャラジャラつけているような絵でした。さすがに初孫に嫌われたくない父は、私に「あんな絵を描かせてはダメだ。お前から注意しろ」と、言ってきました。ふん。私は反論も何もせず、黙って受け流しました。もちろん、娘には何も言わず、好きに描かせました。その後の娘は自由に絵を描き、コンクールで賞を頂いたり、文化祭のポスターに選ばれたりして、一時は美大を目指そうかと考えたこともありました。結局は、美大入試のための夏期講習に行ってみたら、決まりきった基本的な描き方を学ぶだけでつまらん!ってことで、美大受験は辞めましたけど。私は娘の自由に描く絵が好きです。絵だけでなく造形も自由発想で、普通の子が思いつかないようなものを作るので、見ていて楽しくなります。例えば、小学生の頃、陶芸をする授業で、クラスメイトたちが花瓶やお茶碗を作っている中、変わったオブジェを作りました。その時、みんなから「焼き物だよ、器なんだから、これじゃ水が漏れるし、何も入れられないよ」と、言われたようです。黒板を作るという工作の時は、みんなが黒板らしく長方形に木をカットしている中、娘は大きな丸にカットし、口を開けている口の中が黒板という傑作を作りました。周りに唇、歯も描いてありました。ソウルで韓国人の美術の先生の「青空の絵をお手本に写しなさい」という課題では、ひとりだけ空を真っ赤に塗りました。教室の後ろに全員の絵を張り出された中、娘だけ真っ赤な空で目立っていました。この時、娘の図画工作の成績は最低点をつけられました。が、この後、別の作品をクラス全員で応募した日本のコンクールで娘が入賞したら、成績は1番良いものに代わりました。韓国人の先生、わかりやすいね、と笑ったエピソードでした。それらの作品が、手元に残っていないのが残念ですが、、、ひとつだけ、文化祭のポスターになった原画がありました。本人の了解を得ておりますこんな楽しそうな絵、私にはひっくり返っても描けません。なんとも明るく、楽しく、勢いがあって、嬉しさが溢れている作品でしょう。父が見たら、、、「こんな人がいるわけない」と、激しく怒ったことでしょう。【追記】娘本人からの申告により、美大を目指すのを辞めたのは「才能と根気がなかったから断念した」と、修正するよう指示が出ました。

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フィリピンの人達の優しさを感じさせられています。