
5JUN.
大鳥神社の話
妻が急な脳出血で亡くなって、葬式を済ませてからほぼ半月がたった。妻の享年は57、私は66歳だった。喪主は私が務めたが、葬式の実務はほとんど息子たちがやってくれた。その際、これから一人暮らしになる私のことを心配し、長男は同居を勧めてくれた。だが、私はこの土地を離れる気はなかった。ただ、生活にはとまどった。家事はほぼ妻に任せきりで、私は料理などしたことがなかったからだ。そこで、弁当業者に日に3度の宅配を頼んだ。それくらいの余裕はあるし、これなら栄養面の心配もない。しかし、一人の食事はやはり味気なかった。洗濯機の使い方も覚えた。全自動なので、やってみると簡単だった。ただ、一人の生活はどうしても気力が湧いてこない。その日も遅くに起き、さて、今日は何をしようかと思った。年金生活で、十分ではないがなんとかやっていくことはできる。さて、何をしよう、。そうだ、古参堂へでも行ってみようか。古参堂は、駅近くの古書店街にある行きつけの古本屋だ。大正文学が専門だが、その他にもいろいろ取り揃えている。妻が亡くなってから、行くのは初めてだった。ガラガラと戸を開けると、いつもの主人がカウンターに座っていた。私と同年輩、やや年上だろうか。私が片手を上げると主人は顔をなごませ「やあ、最近どうです」と言った。「どうもこうもないよ。一人暮らしはやはり不自由だし、最近やっと家事もこなせるようになってきた」私は答えた。「このあいだ奥さんの葬式があって、あれから2週間ですか。どんなも具合です?」「いやあ、やはりショックで、今日やっと初めて外出したんだ。息子は自分のとこに来ないかと言ってくれたんだが、まだ体が動くし、世話になるのは迷惑だろう」続けて「最近、なにか面白い出物は入ったかね」と尋ねた。主人は「いやあ、あまりいい出物はありません、最近は、読む人もだけれど、売る人も少なくなりました。活字商売もは厳しい時代になった。ああ、でも、面白い本を一冊市で手に入れました」 「ほお。どんな?」「佐々木冨吉ってご存知ですか?」 「いや、知らん」 「まあ、そうでしょうね。隣の市に住んでいた郷土史家なんですが、もうとっくに亡くなっています。その人が書いて自費出版した本です。奥付は昭和43年」 「ふうん、何について書かれてるんです」 「テーマは大鳥山についてです」 「ほう」その大鳥山というのは、この市と隣との境にある低山、たしか標高は800mほどだったはず。「見せてくれるかね」 「ええ。これです」出されたのは地味な表紙の、黄ばんだ本で、たいした厚さはなかった。目次を見ると、その山の歴史や、麓に伝わる伝承などが書いてあるようだ。「これ、いくらです」 「ああ、まだ値段はつけてませんが、2000円でどうです。正直言うと、買う人はあまりいないだろうと思ったんです」その程度なら懐は傷まない。それに、内容にも興味はあった。そこで早速購入し、家に戻って昼過ぎから読み始めた。自費出版らしく、大きな古風な活字で印刷されていた。そこで、大鳥山の中腹には大鳥神社というのがあることを知った。へええ、知らなかった。その本には登山道は整備されていて、1時間ほどで登れるとあった。文体は古風だが、文章を書き慣れている感じがした。なんでも、大鳥神社の歴史は相当に古く、この県の他の神社とのつき合いはあまりないらしかった。ただ、読む勧めていくうち、奇妙な描写に行き当たった。「旧暦の7月初日には、境内でひょうじん様の祭が行われる」え、ひょうじん様って何だろう。そんなことは聞いたことがない。未だに続いているのだろうか。旧暦の7月と言えば、あと半月あまりだ。行ってみようか。もしもそれが廃れてしまったのなら、お参りして戻ればいいだろう。まだ低山くらい登る体力はある。それに頂上まで行くわけでもないし。そして半月後、私は車で大鳥山の麓まで行き、林道に駐車して長い石段をのぼった。そこらに駐車場はなく、人が集まっているかどうかもわからなかった。長い石段で100段ほど登ると息が切れてきた。石段はまだまだ続いており、先は見えなかった。だが、もう5分ほども登ると、奇妙な音楽が聞こえてきた。笛と太鼓、和楽器の演奏だが、妙に哀感を帯びていて、お祭りの陽気な音楽とは違っていた。でも、何かをやっているのは間違いない。さらに5分ほど登ると、石段の先に木造りの鳥居が見えてきた。そして境内で大勢の人が踊っているのが見えた。あれが祭か? しかし屋台も出ていないし見物人の姿も見えない。この地域だけのお祭りなのだろうか。鳥居の近くに行くと、不意に鳥居の陰から神職の恰好の人が出てきた。50年配だろうか。神主は私の前に片手を伸ばして制止し、私の服装を見て、「あなたはひょうじん関係の方ではありませんな。申し訳ないですが、今日は一般の方のご参拝は遠慮しておるのです」と言った。「ははあ、そのひょうじん様というのは?」 「このあたりに住む古い一族です。とてもとても古い。せっかくお登りくださったところを申し訳ないのですが、今日はこのままお帰りください。この日以外なら、いつ参拝されてもけっこうなのですが・・・」ということで、鳥居まであと数十mというところで、追い返されてしまった。それにしても、このようなことが続いていたとは。しかたなく振り向いて、帰ろうとしたとき、ちらっと踊っている人が見えた。手を脱力して振り回すような奇妙な踊りで、顔には肉色の目鼻のないお面のようなものを被っていた。家に戻り、ひょうじん様についてもっと知りたいと思い、あの本を読み進めて見たが、詳しい説明は書かれていなかった。ただし、それ以外に奇妙な記述を見つけた。「朝の薄暮のときに、大鳥神社の石段を登れば亡くなった人に会う」という。これはどういうことなのだろう。もしかしたら妻にも会えるのか?あの神主はいつでも参拝に来てもいいと言っていた。明日にでも行ってみようか。そうと決めたらなんだか気力が湧いてきた。翌朝、私は3時に起きた。今は日が長い。朝の薄暮と言えば4時すぎころのことだろう。私はまだ起き出していない街を走り、先日と同じところに車を停めた。ちょうど薄暮の時間帯である。さらに、山には朝霧も少しかかっているようだった。あの石段を一人でのぼった。霧が濃くなり、鮮やかなはずの木々の緑もなんだか色褪せたように見えた。ふと、前方の霧の中に和服姿の女性が見えた。若くはない体つきだ。あれはもしかして妻ではないか。まさかそんなことが。しかし、あの着物の色柄にもなんだか見覚えがある。妻がいちばん気に入っていたものとそっくりだ。あの本には、亡くなった人に会うことができると書いてあった。まさか、やはり妻なのか。私は足を早めた。しかし、その後ろ姿との距離はまったく縮まらなかった。私でもきつい石段の傾斜だ。女性がそんなに速く登れるはずはない。どうやっても距離は縮まらず、私は「おーい」と声をかけようかと思った。しかし口を開くと、その頃にはかなり濃密になっていた霧が流れ込んできて、なぜだか声が出せなかった。私は息を切らせて走った。しかし追いつけない。そのうちに妻の姿が鳥居をくぶった。そのとき、今まで気がつかなかったのだが、鳥居の上に巨大な鳥が留まっていることに気がついた。3mほどもある。その鳥は妻が鳥居をくぐるのと同時に「ガアア」と鳴き、大きく羽を広げて山の奥のほうへと飛び立った。どういうことだ? あんな化け物のような鳥がいるとは。私がやっと鳥居まで行くと、境内にはこの間の神主が立っていた。神主は静かな口調で私に「どうして当神社のことをお知りになったのですか」と聞いた。そこで私はあの本の話をしたのだが、神主は納得したような顔つきをし、「なるほど、そうですか。あの方が書かれていたのですね。しかし、間違っているところが一箇所あります」と。「どこが、ですか?」私が聞くと、神主は急におごそかな顔になり、「亡くなった方を見ることはできます。しかし」そこで語気を強め、「お会いすることはできないのです」と言った。私はその言葉に、なぜだか納得したような気持ちになり、お賽銭をあげ、鈴を鳴らして、本殿にお参りして戻った。いつのまにか霧は晴れていた。

悔やむこと

Jasmine 2

一句を読む 48ー夏の海この着信音は部長(小川野雪兎)