14DEC.
「未完」 6
金沢へ帰ってきてからは、普段となんら変わりない生活を送っていた。起きて、お弁当を作って、身支度を整えて、電車に乗って、大学で授業を受けて、、、(食堂はあるけどなんとなく味付けの足りないメニューばかりだったから自分でお弁当を作るようになった)授業のない日は家で勉強をするし、休みの日には趣味で料理をするし。なんなら、彼のことはほとんど頭から抜けていったのは確かである。…きっと彼もそうだろう。教師目指して大学に通う彼なら、自分と同じように授業で忙しいだろうし。たった1日だけホテルで一緒に過ごした相手のことをいちいち考えているような暇人ではないはず。…顔のいい彼に恋人がいないのか、実際のところはなにも知らないけれど、…もしいるのなら尚更頭の中で他の男のことを考えるなんて以ての外。また彼に会ってみたいという気持ちが一切ないと言えば嘘になるが、会いたいと思っても名前すら知らない相手のことを再び探すなんて不可能だ。…不可能、、、、、いや、本当に不可能か?確か彼はいつもあのバーに通っているようなことを言っていた。もしかしてまたそこのバーに顔を出せば、彼がカウンター席でひとり飲んでいたりして…。それに…よくバーに通って飲んでいる男に、果たして恋人がいるのだろうか。いない線の方が濃いのでは、、、「…。」ふと、自分がだんだんと彼へ会いたいという気持ちに流されていることに気づいた。…ありえない…時間の無駄だな。自分は早く弁護士になって、たくさんの人を助けなければならないのに。…。……。。。…こんなに赤の他人のことを思うのは初めてかもしれない。これまで誰にも興味なんてなかったのに。「はぁ…。」彼の存在が新しく記憶の中に存在してしまったせいで、全て非効率的になってしまった。必要のない回り道をしてしまっている、でも。ただとっかえひっかえにベッドを共にした相手と彼は決して同じように片付けていい存在ではない。そんなことぐらい、"そういうもの"に疎い自分でも分かっていた。、、、人間、時には回り道も…道草も必要なのかもしれない。その回り道というものが、彼を思うこの気持ちなのかは分からないけれど。ーーー彼と出会ったあの日から1ヶ月とちょっとが経ったある日の休日。月イチで東京へ帰る日である。いつものように朝1番の新幹線に乗って、お昼過ぎには東京に到着。そこから電車に乗って少し歩いて育った家へと着く。金沢の一人暮らしの家とは違って、「ただいま。」と言えば当たり前のように「おかえりなさい。」という声が返ってきて。幼い頃にもうこんな当たり前のやりとりすら出来ないんだと悟った僕にとっては、こういう些細なことすらも幸福なことだった。親(実の親ではない)と少し話してから、荷物を置きにかつて自分が使っていた部屋へ。子供らしくないきちんと整頓された部屋に、勉強机とベッドが1つ。ここの部屋に来る度に勝手に蘇る記憶に毎度のこと懐かしさを感じながら、未だ現役である机に向かって勉強を始めた。
あなたの指とボクの口唇74
飲み込んだ【あれ】は喉を通り過ぎる途中で止まった。 く、苦しい。 かっかはっはっはっ! 引っかかるものを取り出そうと必死に咳き込む。 翔様も気がついてボクの背中を叩きながら、「吐き出せ!潤、吐き出すんだ!」必死の形相でボクに叫ぶ。 でも、引っかかった【あれ】はどんどん熱さを増し苦しさで周りが何も見えなくなってきたボクは、思わず膝を付いてしまった。「潤! ちくしょう!何なんだ!潤を苦しめるために飲ませたとでも言うのか!」 と……、ふっと、ふっと身体が軽くなる感覚がボクを襲い、喉の熱さがなくなった。 なに? そう思ったとき、ボクの視界は暗転した。 ここは……… ああ、あの岩山だ。 ボクが暮らしたあの岩山。 あの頃は何もわからず、ただ与えられるまま、奪われるまま過ごしていた。 神の姿が見えるわけでもなく、動物たちに守られながら暑さ寒さを過ごし、言葉など必要なく、使いたいとも思ったことがなかった。 そもそも、声という言葉を知らなかったし、誰かが話しかけてくることなど決してなかった。 あの場所を出るまでのボクは、人としては生きていなかったように思う。 人として生きることを教えてくれたのは翔様だった。 パタパタと足音がしたのでその方向に首を回せば、小さな頃のボクがいた。 胸に抱えているのは大怪我をしたうさぎ。 確か、あの子を助けて欲しいと願った覚えがある。 けれど、生命の理は覆せないと、拒絶され、うさぎはボクの腕の中で息を引き取った。 あの時、神を呪った。 その報いだったのか、そうではなかったのか、うさぎが逝った直後、嫁御が現れると山が、風が言った。 そしてボクはあの場所を出たんだ。 今、喉元にある【あれ】を胸に埋め込んだまま。 では、なぜボクは今ここにいるのだろう。 喉元【あれ】を貼り付かせて。【もう、お前を私の運命から開放しよう お前はお前の道を行け 嫁として私に捧げた声はお前に戻す 私ももう長くない 信仰は廃れた 嫁は生まれぬ 私も消える】 だれ? ボクに話しかけているのは? すぅっと喉が開放されていく感覚がする。 ああ、声が出なかったのはそれが神の嫁の印だったんだ。 離れていても神の嫁であったボクはいなくなった。 もう、完全に神から開放されたんだ。【それは持っていく 生きろ お前の運命を生きろ】 持っていく?何を? 何をですか?神よ?「潤!」 はっと我に返ったボクは、翔様の腕の中にいることに気が付き、身をよじる。「大丈夫です」 音、が、で、た。「潤、本当に大丈夫なのか?」 翔様は気がついていないのか。 ボク、声が出せている。 今までのように口を動かせば、そこから音が発せられる。 それが、開放。 では、神は何をボクから持って行った? 【あれ】? いや、違う。 ボクの中の厭わしいものが消えていることに気がつく。 ああ、【あれ】をボクに飲ませて【あれ】ごと【死】を持って行ってくれたんだ。 もう、死の恐怖に怯えなくてもよいのだ。 翔様の側にいてもいいのかどうか聞いてみよう。 ボクは、今、本当に自由になったんだ。JUN MATSUMOTO 20220830-20231026 THE RECORDS OF DAYS OF LIVING AS IEYASU [ 松本 潤 ]楽天市場ナラタージュ DVD 通常版 [ 松本潤 ]楽天市場楽天市場で詳細を見るAmazon(アマゾン)で詳細を見るどうする家康 一(1) [ 古沢 良太 ]楽天市場どうする家康 二(2) [ 古沢 良太 ]楽天市場どうする家康 三(3) [ 古沢 良太 ]楽天市場どうする家康 四(4) [ 古沢 良太 ]楽天市場
空飛ぶ魚 45
「薬が増えた」ゴメンなさい。