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    永遠のジュリエットvol.53 〈キャンディキャンディ二次小説〉

    ストラトフォード・アポン・エイヴォンの雨は、音を立てずに降る。窓を叩くほど強くはないが、いつまでも止まらない。今日も細い雨が石畳を濡らし、エイヴォン川の水面に細かな皺を作っていた。劇場裏口の鉄階段には水気が残り、踏みしめるたび、靴底が鈍く鳴った。RSC。建物は、今日も静かだった。だが、その静けさの奥には、獣の檻のような緊張がある。テリュースは煙草を指先で回しながら、裏口から劇場へ入った。廊下ですれ違う俳優たちは、軽く会釈するだけだ。誰も愛想よくはない。歓迎されていない。その事実だけは、日に日に鮮明になっていく。壁の掲示板には、新しい配役表が貼られていた。昨日まで『リア王』で王を演じていた男の名前が、来週の巡演では衛兵役へ移っていた。その横には、『十二夜』の読み合わせ予定。さらにその下には、地方公演の移動日程。ロンドン。ストラトフォード。地方劇場。再演。俳優たちは、その全てを行き来する。午前は『マクベス』の稽古。昼には別作品の読み合わせ。夜は『ハムレット』本番。主演俳優でさえ例外ではない。昨日まで王を演じていた男が、翌週には群衆の中へ混じる。ハムレットを演じた俳優が、次の公演では台詞数行の貴族役として舞台端へ立つ。誰も、それを屈辱とは思わなかった。ブロードウェイでは、一つの成功が俳優を守った。観客が求める限り、ロングランとして、俳優はその役を生き続ける。同じ役。同じポスター。同じカーテンコール。だがRSCは違う。ここでは、一人の俳優が毎日のように別の役へ投げ込まれる。役が変われば、呼吸も変わる。声の置き方も変わる。韻律も変わる。相手役との距離も変わる。俳優は、その変化へ身体ごと適応し続けなければならない。『RSC』 という劇団が先にある。それはつまり、中心はスター俳優ではなく、戯曲そのものだということ。ここでは、一つの役にしがみつく俳優より、役から役へ壊れながら渡っていさける俳優の方が、生き残れるのだ。RSCとは、そういう場所だった。テリュースは、未だにその空気に馴染めずにいた。稽古場へ入ると、すでに数人の俳優が発声を始めていた。低い声で、俳優たちが台詞を繰り返している。感情を乗せるためではない。まず、呼吸を整えるためだった。吸う場所。吐く場所。どこで音を強く落とし、どこを流すか。シェイクスピアの台詞は、ただ覚えて喋ればいいものではない。弱く入り、強く落ちる。その一定の鼓動。『弱強五歩格』を、俳優たちは身体へ叩き込んでいく。「da-DUM da-DUM da-DUM da-DUM da-DUM」まるで、人間の心臓のようなリズムだった。さらに、子音を揃える。“T”を前へ立てる。“K”の奥の響きを潰さない。“F”は息ごと流す。子音が曖昧になると、韻律が崩れる。韻律が崩れると、シェイクスピアの台詞は、ただの説明になる。だからRSCの俳優たちは、感情を爆発させる前に、まず音を整える。怒りより先に呼吸を。涙より先にリズムを。そうやって、言葉を身体へ沈めていくのだ。すると、不思議なことに、感情の方が後から勝手についてくるのだ。ブロードウェイでは、まず“熱”が求められたがここでは違う。ここでは、言葉の構造そのものが重視される。シェイクスピアを、“感情劇”ではなく、“音と言葉の建築”として扱っているのだ。テリュースは、視線を巡らせる。壁際では俳優たちが低い声で台詞を繰り返している。誰も感情を誇示しない。だが、その静けさの奥に、研ぎ澄まされた集中があった。その中に、ジュリアン・リードの姿もあった。白いシャツの袖を無造作に捲り、椅子へ腰掛けたまま脚本へ視線を落としているその横顔は、整いすぎていた。だが、本当に目を引くのは顔ではない。空気だった。必要以上に動かない。必要以上に喋らない。それでも、自然と周囲の視線が集まる。テリュースが稽古場へ入った瞬間、ジュリアンは一瞬だけ目を上げた。だが何も言わない。視線だけで、“まだいるのか”と言っていた。その時。「始めよう」低い声。ローレンス・グレイだった。稽古場の空気が、一瞬で張る。怒鳴ったわけではない。大声でもない。なのに、全員が自然に黙る。それがローレンスだった。ローレンスは中央へ立つ。「今日は、第三幕から」静かな声。『マクベス』今日はバンクォーの場面だった。テリュースは前へ一歩出る。向かいにはジュリアン。ジュリアンはマクベス役だった。今日は読み合わせではない。立ち稽古。つまり、“演技そのもの”が見られる。ローレンスが椅子へ腰掛けた。「始めろ」空気が動く。ジュリアンの声が響いた。低く、抑えられ、静かだ。だが、その静けさの奥に、じわじわと狂気が滲む。ジュリアンは、感情を客席へ押しつけないが、それでも届く。テリュースは、一瞬だけ呼吸を忘れた。うまい。感情を爆発させているわけではない。むしろ逆だ。感情を、“制御している”。呼吸も、沈黙も、視線も。全部が計算され、その奥でマクベスが壊れ始めているのがわかる。それに対して、テリュースが台詞へ入った瞬間。空気が変わる。それまで、稽古場を満たしていた静かな集中が揺れる。マクベスから視線が離れ、テリュースに視線が集まる。いや。集めようとしているのではないが、自然に奪ってしまうのだ。声が響く。低くもなく高くもない、よく通るバリトン。だが、ただ響くだけではない。言葉へ熱がある。感情が、皮膚のすぐ下で燃えている。その熱が、台詞の奥から滲み出る。台詞を聞いて、テリュースを見る。するとテリュースのバンクォーから目を離せなくなるのだ。ひとりで立っているわけではないのに、気づけば観ている人間の意識がテリュースへ流れている。どれほど隅にいようと、まるで暗い劇場の中で、そこだけに灯りが落ちたように見えるのだ。ブロードウェイでは、それを“スター性”と呼んだ。舞台へ出た瞬間、空気の向きそのものを変えてしまう力。観客の呼吸を奪い、視線を縫い止め、次の台詞を待たせる力。テリュース・グレアムは、まさにそういう俳優だった。だからこそ、厄介だった。RSCが求めているのは、“俳優を見る芝居”ではない。俳優ではなく、戯曲そのものが、舞台の中心で呼吸する芝居だったからだ。「ストップ」ローレンスの声だった。空気が止まる。テリュースは呼吸を整えながら顔を向ける。ローレンスは、しばらく何も言わなかった。その沈黙が、余計に苦しい。やがて、静かに口を開く。「ジュリアン」突然名前を呼ばれ、ジュリアンがローレンスを見る。「今のマクベスを、もう一度」ジュリアンは何も聞き返さない。静かに立ち位置へ戻る。同じ場面から再開する。魔女の予言を聞いた直後。ジュリアンは台詞を言う。低い声。抑えられている。だが、今度はテリュースにも見えた。ジュリアンのマクベスは、“変わろうとしている”のではない。もう変わり始めている。しかもマクベス本人すら、それに気づいていない。ほんのわずかに呼吸が浅い。目線が、一瞬だけ遠くへ行く。声の奥に、説明できない熱が混じる。だがジュリアン自身は、それを“演じて”いなかった。ただ、その場で魔女の言葉を受け取っている。それだけだった。場面が終わると、誰もが沈黙する。ローレンスは、テリュースを見た。「分かるか?」テリュースは答えない。ローレンスは続けた。「ジュリアンは、“変化している人間”を演じようとしていない。魔女の言葉によって、理解が追いつかないまま変わっていく人間がそこにいるだけだ」テリュースの喉がわずかに動く。ローレンスは脚本を閉じた。「だが君は違う。君は、“変化し、変わった人間”を客席へ見せようとしている」稽古場が静まり返る。ローレンスの声は低いが、その低さの奥に、長年シェイクスピアを解剖してきた人間の確信があった。「本当に恐ろしいものは、最初は感情にならない」彼は脚本の端を軽く叩く。「まず身体が止まる。呼吸が遅れる。理解が追いつかない。テリュース、バンクォーは“疑いを演じる”べき男ではない。まだ形にならない違和感に、身体ごと触れてしまう男だ」その言葉に、何人かの俳優がわずかに視線を向けた。誰も口を挟まない。ローレンスはテリュースから目を離さなかった。「バンクォーは、まだ自分の中に何が生まれたのか分かっていない。それを忘れるな」テリュースは黙る。ブロードウェイでは、感情は客席へ届く“炎”だったが、ここでは違う。RSCでは、その炎が言葉の奥で静かに燻っていなければならない。ローレンスは再び脚本を開いた。「もう一度」その声は静かだった。だがテリュースには、それが“やり直し”ではなく、“すべての解体”を命じる声に聞こえた。再開した。テリュースは、今度こそ感情を抑え込もうとする。不安を削る。熱を沈める。声を押し出さない。すると。呼吸が固い。台詞が、身体から切り離された文字になる。マクベスの台詞も聞こえていない。魔女たちの言葉も受け取れていない。「違う」またローレンスだった。静かな声だった。だが、その一言だけで、稽古場の温度がまた一段下がる。誰も動かない。息をする音さえ止まっていた。ジュリアンは立ったまま、黙って見ている。その沈黙が、テリュースには余計に苦しかった。「違う」「もう一度」「違う」「もう一度」ローレンスに何度も止められ、テリュースは、感情を押し殺したまま台詞へ入った。不安を閉じ込め、熱を削り、音だけを整える。次の瞬間だった。ローレンスは脚本を閉じた。乾いた音が、静まり返った稽古場へ落ちる。「止めよう」空気が凍った。テリュースは、舞台中央に立ったままゆっくり息を整える。額に滲んだ汗が冷えていく。今の芝居が、完全に悪かったとは思えなかった。少なくとも、自分では。だがローレンスは、テリュースを見なかった。見ずに稽古場全体へ向けて、静かに言葉を落とした。「テリュース。ここはブロードウェイではない」その瞬間、数人の俳優がテリュースを見た。ローレンスは続ける。「君がどこで喝采を浴び、どんな劇評に名を載せ、どれほど観客を熱狂させたか。そんなものは、ここでは何の価値もない」誰も笑わない。だからこそ残酷だった。周りの沈黙そのものが、鋭い棘になってテリュースへ絡みつく。ローレンスは脚本の端で、床を軽く叩いた。「ここで必要なのは、役を理解する頭とその役の沈黙に耐える身体だ」誰も視線を逸らさない。テリュースとローレンスのやりとりを注視している。公開処刑だった。「君は、自分の感情に酔っている。だから役より先に、テリュース・グレアムが見える。それでは悲劇にならない」ローレンスは、初めて真正面から彼を見た。「確かに君のバンクォーには、見せ場がある。声もある。華もある。観客の目を奪う力もある。だが、肝心の“聞く力”がない」その瞬間、テリュースの胸の奥で、何かが軋んだ。鈍く。深く。「バンクォーは、舞台を奪う役ではない。見る役であり、聞く役だ。マクベスの中に生まれる欲望を、誰より早く感じ取る役だ」ローレンスはテリュースを見据えた。「だが君は、マクベスを見ていない。君は、客席に見られている自分を見ている」テリュースは何も言わない。言い返せば、崩れる。黙れば、晒される。そのどちらも分かっていた。ローレンスは椅子へ深く腰掛けたまま、静かに言う。「観客へ見せるな。マクベスを見ろ、そして聞け」ジュリアンがわずかに目を伏せる。同情ではない。優越でもない。ただRSCでは、誰も助けない。俳優は壊れても、そこから自分で掴み取るしかない。そうやって成長していくしかない。それが、この劇団の冷酷な流儀だった。ローレンスは脚本を持ち上げた。「シェイクスピアは、“分かりやすい感情”を書いているわけじゃない。韻律。反復。呼吸。沈黙。音の崩れ。人間が、自分でも理解できないものに触れ、少しずつ変質していく過程、それを書いている」テリュースは動けなかった。「君は、舞台を“自分のもの”にしようとしているが、古典俳優は逆だ。自分を、戯曲へ差し出すんだ」その瞬間、テリュースは、完全に言葉を失った。稽古場には、重い沈黙だけが残る。そしてローレンスは、淡々と止めを刺した。「……それが理解できないなら」短い静寂。「君は、早くブロードウェイへ帰った方がいい」みなさまの貴重なお時間の中で、拙い私の物語を読んでくださってありがとうございます。深く深く感謝しています♡今回は、かっこいいキラキラテリィが出てこなくて申し訳ありません💦何を演じてもテリュース・グレアムだ、なんてまるでキムタクやん😆(笑)でもでも!やっぱり、テリィはどこか影を背負いながらも舞台上では圧倒的に華やかな帝王であって欲しいと思うのですが、そこへ到達するまでには色んな苦難を乗り越えていかなければならないと思うのです。複雑な出自、キャンディとの恋、目の前で起きた舞台上の事故、義務と愛の狭間で苦しむ生活、それでも俳優として生きたいと思う願い。それらすべてがテリィの血となり肉となって、テリュース・G・グランチェスターを一流の俳優へと成長させるのだと思います♡そして、なにより!テリィは、俳優として、生まれながらの才能と容姿だけでなく、演技というものを苦労して学んでいかなければ、本当の意味でのスターになれないと思うんです。そしてそれは、テリィにとって必要な時間だと信じています。ブロードウェイでは華やかにスターとして成功したテリィが、イギリスRSCではなぜこんなに苦労するのか?なぜ全否定?されるのか?テリィの致命的な欠点は?その原因は?その理由は物語の中で回収したいと思っています♡なんだか、キャンディキャンディじゃなくって、ガラスの仮面テイストになってきそうですが💦ロバート・ハサウェイではなく、実はローレンス・グレイが月影先生ポジションです😆あ、そうそう♡ローレンス・グレイをはじめ、オリジナルキャラクター以外の名前は、すべて私のお気に入りの名前ばかりです。テリィの弟レイモンド、怪しい男レオン、テリィのライバルジュリアン、グランチェスター公爵家の弁護士オスカー、RSCの新人女優セシル、ストラトフォード劇団の脚本家ソフィア。ファーストネームを私のお気に入りの名前から選び、ファミリーネームは、それにあうものを選んだつもりです。調べたところ、ブロードウェイとイギリスのシェイクスピア演劇界は、やはり似て非なるもののようです。RSCは単なる演劇を見せるだけでなく、シェイクスピアを研究する機関としての役割もあるそうです。それから。シェイクスピアを公演する劇場は、実はギリシャの円形劇場みたいな?オープンエアの能楽堂?みたいな形だそうです。でも、私の妄想の中では、キラキラのシャンデリア、赤いビロードの客席、豪華な貴賓席の大劇場で、圧倒的な存在感でテリィに演じて欲しいと思っています。なので、挿し絵はリアルとは言えませんが、お許しくださいませ♡超スローペースで書いてきた永遠のジュリエットですが、終盤に差し掛かり、ペースをあげてフィニッシュを決めたいと思っています♡もうね、見えてます♡たぶん😆最後まで読んでいただけたら嬉しいです♡みなさまが穏やかで幸せに満ちた時間をお過ごしでありますように♡ジゼル

    キャンディキャンディ二次小説〈永遠のジュリエット〉
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