
26APR.
番外編・ON「お善哉を食べさせたい」
「夢で逢いたい」番外編 幸せになった二人の日常のお話+++<side 智>母ちゃんと子供の頃の俺。長いこと、親子2人だけで暮らしてた。周りからの反対でお金もなく、若過ぎた母ちゃんは苦労だらけだったと思う。まだ子供みたいな16歳で、俺を産んでくれたから。俺の父親である男に捨てられて、実家も追い出されたんだもん。「母ちゃん、これ……なあに?」「うふふ♡ お善哉よ。智のために作ったの」「お。おしるこ?」(諸説あり。汁の多いものが汁粉とか)「そうとも言うかなあ。さ、食べてみて? 智に食べさせてあげたいの」「……」ニコニコしてる母ちゃん。俺の前には、不味そうな小豆と餅だったらしい物体の入ったお椀。……俺の母ちゃんは、料理が下手だ。って言うか。料理とは呼べないレベルだった。でも、一生懸命作ってくれてた。小さな台所は、とんでもないことになってるけど。「いただきます」うん、なんとなく味がする。でも、お善哉らしい甘味がない。小豆だけ鍋に入れて、お砂糖とか入れてないんだろうなあ。「美味しい?」「……うん」あまりの不味さに、子供の俺は嫌いな食べ物が増える一方だったなあ。……今では、懐かしい思い出。母ちゃんと二人ぼっちだったけど、幸せだったと思う。+++「わ。美味しそう」テレビを見ていた和の声が聞こえた。「なに?」読んでいた仕事の資料を置いて、和の方を見て声をかけた。「ほら、おぜんざい。最近食べてないなあ」大型テレビの画面いっぱいに映る、湯気のたった……おぜんざい。母ちゃんのぜんざいを思い出して笑ってしまった。思えば、可愛い優しい母ちゃんだった。貧乏だったけど、二人で幸せだったよ。「えー? なになに?」「昔を思い出した。母ちゃんが初めて作ってくれた日のこと」「おぜんざい? 好きなの?」「いや、嫌い」「ええ? どう言う意味?」俺は、いい思い出なんだけど。和は昔の話をすると、すぐ泣いちゃうんだ。『智……苦労してたんだ。助けられなくて、ごめん』って。普通の家で育った和には、別世界なんだろうけど。俺は、苦労だと思った事はない。説明も面倒だし、話すのは、また今度。「嫌いなの?」「今は、多分好き」「へ?」「今は、俺が作るからね。和が作るより美味しいと思う」「え〜? なんか、やだ。その言い方」「一緒に、善哉の材料買いに行く? 外で食べてもいいよ」「あ、良いなあ。忙しいのに良いの?」和は、俺より年上なのに、すごく可愛い。今じゃ、年上に感じない。「良いよ。和が最優先だから」ホスト時代の得意技。色っぽく見えるように笑う。和は、ちょっと赤くなって。「……ずるい。なんかヤダ」「和と一緒なら、なんでも美味しいもん」「……もう///」嘘じゃないし。和に、美味しいお善哉食べさせてあげたい。「俺、やっぱ。母ちゃんに似てるかも」「? 顔ならそっくりだよ?」「そうだろうなあ」きっと、あの日の母ちゃんと同じ顔で、俺は笑ってると思う。母ちゃんの愛情を、改めて感じた。『智に食べさせてあげたいの』ありがとう、母ちゃん。俺も、母ちゃんと一緒。大好きな人に、食べさせてあげたいんだ。……これからも。<end>

早寝早起き✨️
Samson
「エイトさん、ちょっといい?」出社する社員もまだまばらな午前8時。モニター越しにメールをチェックしていると、本部のK部長が声をかけてきた。K部長は昨年まで関連施設で部長職に就いていたが、施設閉鎖後も会社に残ることを選び、この本部に異動してきた人物だ。新卒から30年以上、この会社一筋で働いてきた功績に対し、社長が温情をかけて今のポストを用意したのだ。K部長は、今うちの部署にいるB男の元上司だった。関連施設からは、その他にも、50代の男性が2人入ってきた。うちの本部長は人事部にいい顔をするために、彼らを全員引き取ったのだ。しかし、彼らはこれまでの関連施設とは全く違う職種に放り込まれたため、現状ではほとんど「来て、時間を潰して、帰る」だけの日々を繰り返している。現場は、定年まであと数年という彼らに中核業務を任せられず、かなり困り果てていた。仕事ができるかどうかは能力もあるが、その仕事が「向いているかどうか」が一番大きい。異動して開花する人もいれば、彼らのようにゾンビ化してしまう人もいる。「この間、話した件なんだけど」込み入った話のため、自分たちは会議室に移動していた。「ああ、あの産休明けの方の件ですか?」「そうそう。明日からなんだけどね」その女性も、関連施設にいたK部長の元部下だ。産休中に施設が閉鎖になってしまい、復帰後に残務プロジェクトへ入れなくなった。「その話ですが、残務プロジェクトが 終わらないと異動させられないと 聞いたんですが」「いや、彼女はそのプロジェクトに 入れなくてね。どうにか私が 総務的な仕事でプロジェクトに 紐づくようにしたんだよ」2週間前にこの方の話を聞いたとき、K部長は「すごく優秀な女性だからどうだろうか」と、本部長を介さずに直接話を持ってきた。「確かに、人は補充してほしいです。 なぜならB男さんが、思っている以上に 戦力にならなかったからです。 そのしわ寄せがアナさんに来ています。 非管理職なのに、彼の代わりに 管理職の領域の仕事も行っているんで」「B男くんか……やっぱりそうか」K部長は深くため息をついた。「どういうことですか?」「彼は私の部下だった時も、『このままじゃだめだよ』と 何度も注意して、 評価を下げざるを得なかった。 でも変わることはなかった」「そもそも疑問なんですけど、 B男さんは本当にB部署に 来たかったんですか?」K部長は少し言葉に詰まりながらも、内情を話し始めた。「実はどこも引き取ってくれるところが なくてね。ここの本部長が 何も考えずに人事に『いいですよ』 と大盤振る舞いしたから、 ここ以外に選択肢がなかったんだ」やはりそうか。仕事への熱意が感じられない理由が、なんとなくわかった気がした。「ただ、部署の人件費の関係で、 その優秀な女性を 取れないかもしれません」そう言うと、K部長は首を振った。「予算の心配はいらないよ。 彼女の人件費は、 もともと復帰先の予算として 確保されているから」「それなら、その彼女を入れて、 B男さんを本部付けにして、 そちらの予算で落とすことは できないんですか?」「本部の次長さんが 彼を毛嫌いしてるんだ。 防火委員を次長とB男くんが やっていた時、口ばっかり挟んで 何もできないということがあり、 印象が非常に悪いんだよ」B男は部署外でもそんな調子なのか。「B男さんは、転職の選択肢は なかったんですか?」「自分の限界をわかっているのか、 この会社にしがみつきたいと 言っていたよ。 もしこの本部で断られていたら 営業に回されていたんだ。 本人は、それは避けたいと言っていた」その話を聞いて、自分は前職での大リストラを思い出した。ターゲットにされた社員たちの姿は、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図だった。繰り返される面談。最後は人事のエキスパートが登場して、給与の大幅カットと引き換えに特別退職金の上乗せを持ちかけてくる。ただ、大抵の人はそこまで追い詰められる前に心が折れ、辞めることを決意していた。では、そのリストラで会社を出た人たちは本当に不幸になっただろうか。答えはノーだ。むしろ、会社にしがみついて残った人たちの方が、年齢が上がるにつれてろくな仕事も与えられず、辛い毎日を過ごしていた。そして2回目のリストラ。上乗せ金は初回よりも低くなった。会社にぶら下がりゾンビ化するより、たとえ小さな会社でも中核業務を担い、自分の頭で考えて動く方がよっぽど充実した時間を送れるはずだ。結局のところ、人生はお金よりも「時間」だ。ゾンビとして生きながらえるより、生身の人間のままで生きた方がいい。その時は不運に見えることが、実は次のステップへの入口になることは少なくない。自分も転職のときはそんな感じだった。その決断がなければ、今の自分はなかった。たとえば大きな病気が見つかったとき、最初は「なんて不運なんだ」と思うかもしれない。でも、それが生き方を見直すきっかけになることがある。後になって「あの時が、自分にとって一番成長できた時期だった」と言える日が来る。躊躇している間に、人生なんて終わっちまう。きれいに生きる必要なんてない。どうせ灰になるんだから。心配しすぎなくていい。あなたはきっと、快方に向かう。きっと
町内案内板の話
これな、今からもう40年ばかり前の話なんだ。俺が、たしか小学5年生だったとき。あの当時は、いろんなことが今とは違っててな。ますタバコ関係。列車にも、バスの座席にも灰皿があったんだよ。今じゃ考えられねえだろ。それに会社でも、男のほとんどは自分の机に灰皿置いて、スパスパやりながら仕事してたもんだ。女子社員は吸わなかったが、ありゃ、副流煙でだいぶやられたろうな。子どもだって、今とは違ってゲーム機なんてなかったから、6年のガキ大将を中心にして、雨じゃなきゃ外で遊んでたんだよ。低学年を仲間に加えてやるためのルールとかもあった。懐かしいな。それで、遊びはだいたいが野球だよ。飽きたら鬼ごっことか。当時は公園とかでもボール遊びを普通にやってたんだよな。それが今では、どこも禁止だろ。それだけじゃなく、芝生に入るなだし、ゴミ箱もなくなって、だから、せっかくいい広場があっても、昼過ぎに幼児を連れた母親たちが来るだけだ。世の中がお上品になったってことだな。それと、これは比較的最近だが、個人情報ってことが言われるようになってきた。表札や番地を出さない家が増えて、セールスマンなんかは大変だろう。あ、本題に入るよ。俺らがいつも遊んでた公園の入り口付近に、町内案内板ってのがあったんだよ。学校の黒板の半分くらいの大きさで、そこの町の一丁目か2丁目くらいの大きさの住宅地図が載ってて、家々の名字がついてる。配達とか訪問販売の人には便利だったろうが、今じゃとても考えられないだろ。それでな、そこの公園では、俺らその案内板をバックネットがわりにして野球をやってたんだ。で、公園からわりと近くに、頭がおかしいオヤジがいて、当時は爺さんだと思ってたが、今考えると60代始めくらいだろうな。そのジイさんが、俺らが夢中になって遊んでると、着物きて出てきて、怒鳴ったりしたんだ。「うるせえ!」って。ただ、オヤジが出てくるのは日曜だけだったが。まあ、実際うるさかったのは確かだろうが、子どもはどこでもそんなだった。そういうときは、しかたなく河岸を変えた。けど、ヤクザの縄張りじゃないが、どこの公園でどのグループが遊ぶかは決まってて、いい場所がなかったんだ。で、ある日曜の、遊び始めた10時頃、そのオヤジがまた出てきて、手に木刀を持ってた。それでガンガン公園の鉄柵を叩いて、「うるせえぞ、クソガキども、出ていけ!!」って怒鳴って、俺らはクモの子を散らすように、チャリに乗って逃げ出した。で、次に平日に集まったときに、当然「あのジジイ気分悪りいな」って話になるよな。で、当時は悪ガキが多かったから、すぐ近くのオヤジの家でピンポンダッシュしたり・・・あ、ピンポンダッシュってわかるか?呼び鈴を押したら、すぐに逃げ出す遊びで、それも当時流行ってたんだ。あと、いつのときだったか、たまたまマジック持ってたやつが、町内案内板のオヤジの家の上に「死ね」って書いて。平日はランドセルを持ったまま家に戻らないで遊んでるやつが多かったから、次々に赤マジックとかで「死ね」 「クソジジイ」とかで塗りつぶされた。まあでも、これで死んだって話じゃないよ。俺らの落書きにそんな力はない。オヤジは俺が高校卒業して その町を出ていくときも生きてたはずだ。で、前置きが長くなってスマンが、こっからが本題だ。3月だな、俺がもすうぐ6年になろうってとき、大事件が起きたんだよ。そこの公園のトイレで3年生の女の子が殺されたんだ。夕方に姿が見えなくなって、翌朝に死体で発見された。もちろん俺の学校の生徒だよ。だから大騒ぎになって、全校集会とかもあった。ふだんは何にもない町に、マスコミがたくさんやってきて、連日テレビ、新聞で報道されたから、記憶にある人もいるだろう。でな、そこの公園は検証とかで1週間くらい使用禁止になり、親ももうそこへは行くなっていった。けど、2週間くらいして、学校で話をして、帰りにみなで公園に寄ったんだよ。さすがにもう警察は出入りしてなかったが、犯行現場のトイレはロープが張られて使用禁止になってた。みな外からジロジロ見てたな。まだ、犯人はつかまってなかったが、翌日から前のように遊び始めた。けど、事件の前より早く、そんなに暗くならないうちに帰るようにしてた。やっぱ怖かったんだな。で、さらに一週間後くらい、帰るとき入口付近にチャリを置いてたやつが「あっ!」って大きな声を上げて、「みな、来てみろ!」って叫んだんだ。「なんだ、どうした?」って集まると、案内板の上のほうを指差してる。でな、ある1軒の家の上に、うっすらとだけど小さい手形がついてたんだ。「なんだ?前からあったか?」 「いや、なかったと思う」 「気味悪りいな」こんな話になったが、誰も事件のことは言わなかった。その手形、色はなくて、手のひらの形にホコリがとれてるんだ。ついてるのは上のほうの家で、6年生でも何かに上がらなきゃ届かない場所なんだよ。で、みなゾーッと怖くなって、逃げるようにチャリを漕いで帰ったんだよ。いやいや、そこが犯人の家ってわけじゃなかった。翌日に集まって真っ先に掲示板を見たら、明らかに手形が増えてたんだよ。前日に見た隣に、同じ大きさの手形が向きを変えて。たぶん夜中についたんじゃないかって話になった。気味悪すぎるだろ、だからリーダーの6年たちが相談して、遊ぶ場所を河川敷に変えることにした。ただ、そこはみなの家から遠いし、野球をやるとボールが川に落ちるし、あんまいい場所じゃなかったな。で、公園の案内板の手形ことな、俺、親に話したんだよ。けど、まったく信じてる雰囲気じゃなく、あそこには行かないようにしなさい、って言われただけだった。で、近所のやつら2,3人で案内板は見に行ってた。そしたら手形はどんどん増えてって、上の道路の家の全部について、さらに道路の下にも進んでたんだ。いつも見に寄るのは学校帰りの4時半ころで、冬に向かう時期だったからあたりも薄暗くて、ゾクゾクと背筋が寒くなった。それから1週間もしないうちだな、案内板に大きな変化があった。もう手形は2本目の道路の下にまできてたが、最後のとこに手形じゃなく、やはりホコリをなぞって「ここ」って書かれてあったんだ。「うわあ」と思った。犯人を見つけたってことだろうか。そこの家の場所は近所だから知ってたが、家族構成とかはわからなかったよ。それからさらに1週間後、また事件が起きた。「ここ」って書かれてた家を警察が訪問したんだ。もちろん、こっからの話は後で新聞とかで知ったことだが。そこの家には、2浪の予備校生がいて、警察が来たと知ると窓から逃げ出し、屋根づたいに下に降り、近くの橋まで走って、川に飛び込んだんだよ。いや、死ななかったが大ケガした。やっぱそいつが犯人だったんだ。長く入院して、それから裁判をやって懲役になった。幽霊に悩まされてたって供述した、なんて話もあるが、これは噂だ。そこの家は両親とも公務員だったが、いられなくなって引っ越した。そこの公園は町内の会議でトイレその他が改修され、案内板は撤去されて今もあるよ。でなあ、俺は幽霊とかあんまり信じちゃいないんだ。あの手形も、もしかして犯人を知ってた近所の誰かがつけてたんじゃないかとも思うんだよ。まあ、それだと回りくどいし、わからないんだけどな。