
25MAY.
戦間期の帽子の女 | ロミー・シュナイダー主演『地獄の貴婦人』
…印象に残ります。こ映画もまた、1930年代のマルセイユを舞台としており、悪徳弁護士のミシェル・ピッコリがロミーと保険金詐欺に手を染めるのですが、そのときにロミーがまとうのもアールデコ風のファッションです。正に、帽子の女優ロミーがここにいます。※なお、詐欺師の役ということもあり、外見を何度も替えています。 ロミーとしては初めてのボブのブロンドヘアのウィッグをつけてもいます。■共演のミシェル・ピッコリとは、『盗むひと』 (1966)、『過ぎ去りし日の...』(1970)、『マックスとリリー』(1971)に続く、4度目の共演です。ミシェル・ピッコリの涼しい悪漢(ピカレスク)ぶりと見事に呼吸があっています。その後、『サン・スーシの女』(1982)で5度目の共演を果たします。監督のフランシス・ジローは、これが監督第1作で、後年『華麗なる女銀行家』(1980)で再びロミーを撮りあげます。■さて、ロミーは単にフォトジェニックなだけでなく、素晴らしい演技を見せています。中でも、ラストシーンの結婚式のシーンの前の、ゴムスカの自殺の後でのロミーの取り乱す様子には息を飲みます。膝をつき窓に倒れ掛かり、そして、全身床へ投げ出し、身体をひねり嗚咽するのです。■ただし、スキャンダルで破廉恥なシーンやスプラッター(ゴア)的なシーンがいくつもあり、ロミーが数週間引き受けるかどうか悩んだようです。■ところで、この映画が撮られた1970年代前半、ヨーロッパの映画は完全に停滞しています。1970年にゴダールが政治映画『勝利まで』で完全な失敗を喫し、替わって台頭してきたのは、ポルノグラフィや、スキャンダリズムの作家たち(パゾリーニ、マカヴェイエフ、ホドロフスキー、ファスビンダー等)です。性、暴力、タブー、政治といったモチーフは、一世を風靡しましたが、映画史における意味合いは希薄です。『地獄の貴婦人』が撮られた1974年は、フランスではベルトラン・ブリエによる『バルスーズ』が大ヒットしました。70年代ファッションに身を包んだジェラール・ドパルデューとパトリック・ドベールが反道徳の限りを尽くす映画で、まさに上記のような映画トレンドに呼応しています。『バルスーズ』にはジャンヌ・モローも助演しています。モローだけでなく、ドヌーヴでさえ、そうしたトレンドに抗いがたかったようで、『恋のモンマルトル』(1975)では、長いパンタロン姿でピガールの娼婦を演じたり、『ヘルバスター』(1975)では暴行されヌード姿を見せます。そこには、エレガンスもクールネスもありません。ある種の閉塞感がフランスを覆っていたのでしょう。 ※1974年トリュフォーは完全休養を取っています。ドヌーヴ同様にトップ女優の地位にいたロミーも、悩みながらもこの役を引き受けたのも、そうした閉塞感からかもしれません。■その一方で、新しい映画の運動が、1973年頃に世界の各所から、静かに分散的な運動を始めています。 ドイツからは、ヴェンダースの『都会のアリス』(1973) スペインからは、エリセの『みつばちのささやき』(1973) スイスからは、シュミットの『ラ・パロマ』(1974) ギリシアからは、アンゲロプロスの『旅芸人の記録』(1974)... この項未完#女優好きな人と繋がりたい#女優好きさんと繋がりたい#フランス映画#クラシック映画#ドイツ女優#映画女優#女優志願#女優志望#最も偉大な女優#優雅#エレガンス#豊饒#高貴#ロミーシュナイダー#文化村#Bunkamura#ルシネマ#cinemaclassic#classicmovies#vintagemovie#actress#actrice#elegance#élégance#romyschneider#地獄の貴婦人#trioinfernal#artdeco#ArtDéco

まとめて紹介映画館(『おいしい給食 炎の修学旅行』『東京EMR南海ミッション』)

リンチ版「デューン」皇帝とギルドの密会場面の最長版が、やっと納得いくレベルで完成!
<32> 月光 by 鬼束ちひろ