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  1. ら、今まで隠してき認知症の病院をたんたんに教えた。たんたんが後見人申立てをするなら別にいい。たんたんは後見人にはなれないし。だけど、(あーちゃんの認知症を隠して)任意後見人になろうとしたり、公正証書遺言を作成しようとしたり(これは失敗したらしいが)、家族信託契約を結んだり(これは初期費用がだいぶかかるのでやらないと思うけど…)、しようとしているのだったら認知症の担当医からあーちゃんの状態をはっきり聞いて、あーちゃんがそんな事をできる状態ではないことをたんたんに理解させるべきだと思ったのだ。認知症の担当医を知らないままで、近所の適当な先生にあーちゃんの診断書を現状より軽い認知症と書かれても困るしね。「認知症の担当医で、介護認定の際の診断書も書いてもらった」「次回の診察は2月18日11時半から」と、たんたんにメールで伝えた。しかし、あんなに「病院には僕が付きそう付きそう」うるさいたんたんは18日、来なかった…。そして後日、「メールを今見た!次は絶対に行く!」と返信が…。えええ……とか、いちいち疑心暗鬼になるのも精神的に疲れるんだよねえ。去年の年末からたんたんと何度か話して、たんたんからという言葉を何度も貰ったけど…平たく言うと…うん、だって要らんことしかしないしして欲しいことはしないし、なのに仕切りたがるし。こっちはたんたんの顔なんか見たくもないのに病院を教えてあげたんだよ。なのに、会うの嫌だなあと思いながら病院に行ったら結局はたんたん来ないし。振り回されてくたくたで、本当に関わりたくない。関わるとろくなことないよ。にほんブログ村

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    どうして僕を遠ざける⁉︎
  2. やお風呂の前まで)車椅子。体は右麻痺、顔は左の感覚が鈍く、特に口の左側はいつも麻酔がかかっているような感じ。それ故に嚥下に難あり。液体はトロミ付き。おかずは刻みで。発音は不明瞭。大きな声が出ない。麺をすすったり、熱いものをフーフーできない。長いセンテンスが話せない。感情のコントロールが出来ず、泣き出したり面白い事ないのに笑ったり。そして、病前の夫はこんな人→●勤めていた会社の社長から見た夫はこんな人→■自分から何かをする人ではなく、全て受け身で生きてる感じ。ドクターから数値的には高次脳機能障害はないと言われたけれど、ブログで繋がった他の方のお話では、やはり病後●「集中力がなくなった」とか●「記憶力が低下した」とか●「病前と比べると病後の頭がクリアな感じがない」等あるみたいなので、私、夫に直接聞きました。そうしたらね。「認知機能において、特に病前と変わった感じはしない」そうです。念を押して聞きました。「顔の半分の感覚が鈍いように、頭がいつもしびれているとか、だから集中して物事を考えられないとか、そう言うことはないの?」と。「ないと思う」との返答でした。もちろん、認知症の年寄りが、自分の認知機能の低下を認めないのと同じく、本人が「正常」と言うから「正常」とは限らないのかもしれないけれどさ。でも、まぁ。一応、脳は正常って前提で。でね。退院後もあまりに残念なことが多いんですよ。。。それを、少しずつ吐き出していきます現在、私は週5回フルタイムで仕事しながら土日の早朝に1時間半のバイトを入れてます。家事全般をやって、今月に限って言えば、休みには夫を眼科や歯科に連れて行き、次男の高校入学の準備をしています。そんな生活なので、毎日バタバタしており、夫の目薬問題も洗顔問題も「優しさ」というより「揉めて余計な時間を取られたくない」と言うのが本音です。トイレとシャワーさえ、自分で出来るのなら夫の病状にも、回復度合いにも、夫のそのものにも関心ないっって言ってもいいくらいなの。ほんと、ごめーん(^◇^;)って感じなんだけどさ。今日、友達がコレくれましたたくさんの方に読んでいただき嬉しいですみんな大好きありがとっ(^з^)-☆

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    今の夫の障害の度合い
  3. 認知症の病院の先生にたんたんとあーちゃんを離すべきと言われてから、ずっと施設のことは頭にあった。それで、ネットで調べたり、地域包括支援センターで貰った冊子を見たりはしていたけれど、その先のもう一歩までは踏み出せずにいた。きっかけとなったのは、たまたまなーにゃんの家から2.3分の場所にある高齢者住宅で入居者募集の看板が出ていたこと。その看板に問い合わせ先として高齢者施設の紹介会社が書いてあり、その会社はなーにゃんの家の最寄駅にあったのだ。それで、話を聞きに行ってみようかという事になった。実は、そこに話を聞きに行こうと思った事にもきっかけがあった。2月18日認知症の病院の診察の日、朝あーちゃんから電話があったのだ。前日に電話して待ち合わせの約束をした時には全て持っていたはずなのに…。自分でいつもの場所から動かして忘れたのか、たんたんに盗られたのかは分からない。だけど少なくとも、と区役所に啖呵を切ったはずのたんたんはそういう時に全くあーちゃんの面倒を見ない。また、としつこくあーちゃんに言う割には、こういう時にあーちゃんを連れて病院へ来ることもない。どうしようもないので急遽、なーにゃんがあーちゃんを家まで迎えに行った。待ち合わせも最近は出来なくなって、約束の場所に来られないことも多いし、そうするともう病院の付き添いの時は毎回家まで迎えに行かなくてはならない日が相当近いということだ。…正直、これはかなりキツい。たんたんの協力がないどころか邪魔ばかりされての、離れて暮らしての介護には限界を感じたのもあるのだ。高齢者施設の紹介所で聞いてみたところ、なーにゃんの家から2.3分の場所の高齢者住宅は認知症対応をしていないところだったのであーちゃんの入居は無理だったのだが、また別の認知症対応のサービス付き高齢者住宅をひとつと、老人ホームをひとつ紹介いただいて、その日のうちに見学の予約を入れることが出来た。にほんブログ村

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    施設を考えたきっかけ
  4. 祝日は、休みでない娘夫婦。その日は「ジジババ保育」と決まっています。孫は可愛いので、世話するのは嫌ではありません。家でのんびりしている分には問題ないわけですが、もう6歳ともなるとエネルギーを発散させてやらないといけません。これが大変なんです。午前中は次男と姫がやってきてくれたので、少し気が紛れたようです。この日はお彼岸ということもあって、お墓参りに行かなければなりません。孫くんは、娘の子なので、我家の墓参りなんか多分したことがないと思います。新鮮だったかもしれません。それで、つい調子に乗って、桶の水をひしゃくでじいじにかけてしまい、さすがに私もじいじも叱りました。まったく悪ガキです。困ったもんです。しばらくシュンとしてましたが、準備が整って手を合わせる段になったらおとなしく手を合わせて目を閉じておりました。(笑)それからお昼になったわけですが、お花を買いに農協に行った際、お腹が空いたらしく珍しくじいじにおにぎりを2個も買ってもらい、車の中で完食してました。それでも「ラーメンが食べたい」と言う孫くんのリクエストに応えて、ラーメン屋に行くことに。インスタ映えのするお店だったのに、箸を入れてからの撮影。崩れております。(笑)それからが大変。夫が、孫くんの入学祝だと言って、本を買ってあげると言い出したのだ。近くの本屋かと思いきや、なんと栄のど真ん中に行くではないか。駐車すると、孫くん「トイレに行きたい!」と言い出した。目の前にあるNHKに飛び込んだ。これは、そのNHKの前に咲いていた緋桜の一種でしょうか。もう散り始めていました。そこから栄の中心にあるロフトに行ったのです。その間、まともに歩かない孫くんに手こずりながらようやく辿り着いたときは、さすがのバアバも倒れる寸前でした。本は夫に任せて、私と孫くんはコーヒーブレイクをしておりました。(笑)夫は小学生になるための本だと言って、伝記物ばかり5冊も買ってきました。さて、これもまた波紋を呼ぶのですが。(;^ω^)確かに私がちょうどこのころ、父親から買ってもらった伝記物の本が大好きで、本がクタクタになるまで何度も読み返し、60年経った今でもその内容を覚えているのです。そのころはTVもなく、ましてパソコンや携帯などもありません。本が私たちの一番の娯楽だったわけです。父はいつも姉に照準を合わせて買ってくるので、2歳年下の私には読めない漢字がたくさんありました。そばに誰かがいれば聞くのですが、あまりに多いと聞く方も聞かれる方も嫌になってしまいます。なので、私は前後の文から推し量りながら読んでいたような気がします。あれ?私って、天才?(笑)こんな話も、「お母さんの自慢話」と言われ、家族の冷たい視線を浴びるだけなので、ここでちょっと書かせてもらいました。(笑)ようやくまた来た道を駐車場まで戻り、私の足はパンパン。このくらいという距離なんでしょうが、なんせ孫連れての街歩きは神経使うので疲れます。あーいえばこーいう、さすがナニサマの曽孫。いやいや夫の孫。お口は達者で困ったものです。とうとうじいじを怒らせて、本は没収。帰ると孫くんから電話。ママに叱られたらしく、しおらしく「ごめんなさい」の電話でした。(笑)そして、そのあとが、「珍事件」だったわけで・・・久しぶりに、疲れ果てましたわ。そうそう名古屋は河津桜が満開でした。

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    孫守りの一日
  5. 助が必要です。ですショートステイをしている施設で、急に「もう父の面倒は見れない」と言われ別の施設を探すことになりました。8年以上ショートステイを利用していた施設です。首を痛めるまでは、右半身マヒでもトイレも着替えも食事も介助なしで全部自分でやっていました。ところが、介助が必要となったとたん面倒を見れないと言われてしまいました。ロングショートステイ寝たきりの人たちが多い施設です。そして、トイレも一人で行けなくなったので朝晩ずっとおむつにされてしまいました。確かに父は前立腺のせいでトイレが近く、夜も何度もトイレに行きます。昨夜は実家に泊まって父のトイレ介助をしましたが、20時、23時、0時、1時、4時、7時とトイレに行きました。そのつどベッドから起こして、ポータブルトイレに移乗させ下着の上げ下げをしてあげなくてはなりません。これを夜の人手の少ない施設の介護士にお願いするのは酷かもしれません。それに夜はおむつのほうが父もゆっくり眠れるのかもしれません。でも、昼間人手が多いときくらいは、トイレに連れて行ってほしい。父は認知症でもありませんし、トイレの失敗もないのです。ただ、使える左手が少し不自由になってしまっただけなのです。きょうは整形外科に行って首のMRIを撮ってもらいました。少し間隔が狭いところがありますが、手術するほどではなく先生は「医療リハビリを頑張りましょう。」と言って下さいました。今いる施設では全くリハビリらしいことはしてもらえません。来週から自分で父をリハビリに連れて行くことにしました。そして、父に合った別の施設をケアマネさんに探してもらって早急に父を移すつもりです。でも、実は父はその施設が大好きでした。だから、今までも「別のところに変わってもいいんだよ」と言っても頑として受け入れなかったのです。介護士の人たちが親切だからと。でも、こうなって父は裏切られた気分だと思います。ケアマネさんも、「今いる施設はひどすぎる。トイレの介助をしてくれないなんて虐待と言ってもいい」と憤慨しています。明日、さっそくケアマネさんが探してくれた施設に見学に父と行ってきます。その施設の方は「トイレ介助は当たり前のこと。夜も希望があれば介助する」と言ってくれているそうです。自分たちに都合のいい介護ではなく人に寄り添った介護をしてくれる施設でありますように。ぼくは寄り添うより足にもたれるのが好き

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    トイレ介助をしてくれない施設