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  1. とう」が返ってきた認知症は不思議な病気だ。最近はますます発語の状態が悪くこちらから働きかけなければ本人から話すことはまずないし起きている時はほとんどばあちゃんの声を聞くことがなくない。だけどかえって眠りについた後寝言を喋っている時の方が明瞭ではっきりした言葉が出てくるのだ。(とはいえ、最近はその寝言の頻度もかなり少なくなったが)引き出しの奥深くに入っていた言葉が睡眠と覚醒のハザマでひょっこり現れる。起きていると要らぬ雑音で混乱し言葉が出ないってことなのかしらん?でも言い換えればばあちゃんの引き出しの中に「ありがとう」は未だちゃ~んとたたんでしまってあるってことなのね。今朝ばあちゃんをデイに送り出しヤレヤレと新聞を読んでいるとイエ電が鳴った。朝からイエ電がかかってくるのは大概あまりよい連絡ではないワケで。「太郎様、昨晩ベッドから転倒されまして・・・」(このフレーズこれから何回聞くことになるのかな~)瞬時にオニ嫁の頭に浮かぶのはコレ。今回は前回よりケガの程度は軽かったらしく頭を少々擦りむいたぐらいで済み縫合はしていないとのこと。「しかし頭部のケガなので慎重に観察しています。」重ね重ねの謝罪と共に伝えられたのはこんなところだった。と、としお氏がこぼしたのは先日の日曜日。としお氏が見舞いに行った際じいちゃんとこんなやり取りがあったところ。まぁ先々月の断食→■ と同様じいちゃんなりのデモンストレーションと言えなくもないが息子としてはかなりへこむ言葉ではある。リハビリをやってはいても改善望めず食べたいものも食べられずただ朝が来て昼を過ぎ夜が更けるのを待つ毎日に絶望しかない、じいちゃんの気持ちが分からないでもないのだが・・・。ああ。渦巻く葛藤。だからあまり気乗りはしなかったんだけど一郎と二人じいちゃんの様子を見に行くことにした。つづく お知らせ 『13番さんのあな』が7月28日本になりました→■予約はこちらAmazon↓ 毒舌嫁の在宅介護は今日も事件です! 1,080円 Amazon 楽天↓ 毒舌嫁の在宅介護は今日も事件です! [ 山田あしゅら ] 1,080円 楽天 電子書籍の予約は→コチラ「読んだよ~」って方本当にありがとうございます。レビューに感想を是非お寄せ下さい。お待ちしております。 にほんブログ村

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  2. 介護日記ジャンルに登録してから、読者さんの数も増え、最近引き締めて記事を書かないといけないなと思うようになりました。私なんかよりもっと苛酷な介護生活を送っておられる方がなんと多いことかと、改めて思い知らされております。皆さん、私と同じで、いい時と悪い時があって、なんとか穏やかに過ぎていく日もないわけではありません。ただ立場と言う条件があって、実親を介護する場合と義親を介護する場合では、どこかしら違ってくるのは当たり前です。義親を介護するものにとって、特に嫁姑の関係は一番やっかいなものかと思われます。もともと相容れない立場である嫁姑が、介護することによって立場が逆になるわけです。姑ヅラしていた姑が、嫁に世話になるわけですよ。いい関係が作ってあって、感謝する気持ちを常に持って接してくれる姑であれば、苛酷な介護もなんとか乗り越えていけるかもしれない。現にそういう嫁姑だっておられるはず。しかし、たいていの場合、姑はどこまでも姑ヅラを通し、やってもらって当たり前の精神は抜けきらない。それが嫁を「私は家政婦ではない!」という気持ちにさせてしまうのだ。私は結婚してすぐに同居でした。しかしそれは3カ月で破綻してしまいました。今思うと、姑は賢い人ではあったが、嫁を受け入れるということがどういうことなのかわかっていなかったような気がします。心はいつも鉄のカーテンで閉じられていたように思います。決して本心は見せない。隠し事が多かった。冗談も言えない人だった。若いころ、大使邸に奉公していたこともあって、大奥様の暮らしぶりを見てきて、自分もいつかはと思ったのではないかと思えるほど、嫁いだころは「奥様然」としていた姑だった。買い物に出かける際も、三つ指ついて「買い物に出させて頂きます」と言って出かけたものでした。何時代?(笑)義父が亡くなった際も、嫁にだけは病名を教えるなって言った姑。嫁の実家は平気で蔑ろにする。実父と折り合いが合わないからと言って、平気でそういう態度をとる姑に、そのころから人間としてどうなん?ってずーっと思ってきた。この人の好き嫌いの激しさは、そのころから少しも変わっていない。私は自分の経験から、自分が姑になったときは、決してそういう姑にはならないと、これだけは心に決めていました。おかげさまで、婿も嫁もみんないい子ばかりで、私は率先して子供たち夫婦と交流を持つことにしています。それに婿嫁のご実家とも仲良くやって、いい関係を築きたいと思っているのです。私のような不幸な嫁姑関係は断ち切りたいのです。これでも姑に対しては、本当に心を持って介護を始めましたが、ことごとく裏切ってくれる姑に、嫌気がさし始めているのも確かです。表面は世話してもらわないといけないので、穏やかに過ごしている姑ですが、この人の心の奥底を思うと、我慢と悔しさでいっぱいなんだろうと想像がつきます。だから時折「戦闘モード」がかい間見られるのです。なんか真面目な記事を書いてしまいました。どこかで何かに書き留めておきたいと思っていたんでしょうねえ。

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  3. ALSの治療薬今も、時々聞かれます「どんな薬を処方してもらっていますか?」と。 たぶん元気だからだと思います。それで僕は「薬と名が付くものは一切処方してもらっていません」と答えました。 いや、薬を使わなくてもALSの進行が止まったし(進行が止まることはあり得るそうです)、今もこんなに元気なので、僕には薬は必要ない気がします。この写真は、12年前と今です(12年前と同じように寝てみました)薬については、ALSと診断された時、教授に聞いたのです「効く薬はありませんか?」と。そしたら「研究は進んでいますが、今は有効な治療薬はありません」と言われました。しかし、それでも諦めきれず、転院してカナダでALSに効くという治療法を見つけてもらい、国内で初めて実施してもらいました。もちろん全額自費です。期間と金額は相当掛かりましたが、効果はありませんでした。その間もALSは進行して、遂に腕は動かなくなり、歩けなくなり、発声する力も失いました。その後も、国内で広く知られている薬も試してみましたが、効果はありませんでした。その時に思ったのです「やはり治療法はないな」と。でも、この経験が、僕の気持ちを前向きに変えてくれました。「エーッ!、治療法がないのに前向き!?、どういうこと!?」と思うでしょう。実は、この時に自分の中で折り合いが付いたのです。つまり、治療方法はないと割り切り、次に進む事にしたのです。ALS患者にとって1番大切なのは時間です。その時間を無駄に使うのを止めました。そして、その内に有効な治療法が見つかれば、それはそれで良しとしようと考え方を変えました。それからは「ALSが進行しても、実際の生活で困らないようにしよう」と考えるようにしたのです。これが良かったと思います!僕は、これで未来が開けました。薬については、当時から色んな考え方がありましたし、今もあります。僕は、それを肯定も否定もしませんが、薬に頼りすぎて立ち止まったらダメだと思うのです。立ち止まると、ALSという怪物に飲み込まれてしまいます。「こんなはずじゃなかった」と、ここでボタンの掛け違いが起こって、数年後も尾を引きます。そして、やることなすことが全て後手になります。これは、とても不幸なことだと僕は考えています。やはり、自分の病気を知って、これから起こることを想定内にして、先回りして手が打てる病気に変えなければいけません。自分の病気を知って「希望が持てる病気」に変えるのは患者の役割です。 ■ ALSは乗り越えられる!!■ 「ALSは乗り越えられる」電子書籍は 現在 数千名の方に読んで頂いています。 本当にありがとうございます!! 電子書籍は、無料アプリをダウンロードすると、パソコン・スマホで今すぐ読めます。 ■未来は自分の力で切り開く3つの夢を掴み絶好調の暮らし。Gシリーズ★特別版★自ら考えて 自ら決める環境で育ったALSを乗り越える時、これほど過去の知恵と諦めない心が役に立つとは!■ 「ALSは乗り越えられる」GシリーズALSを発病して望みを失ったGシリーズ1この体の異変を誰にも知られたくない。家族、会社、知り合いにも隠す。押し潰される!死にたくない!これがALSの発病を知らせるサインだった! ■ ALSは乗り越えられる人生の岐路で運命を変えた一言Gシリーズ2自宅に戻るも、家庭崩壊の危機こんな生活に何の意味があるのだろう?悔し涙。是非読んで欲しいシリーズです!■ ALSは乗り越えられる体重31キロ!呼吸苦に耐えるGシリーズ3生活のため自らの意思を貫いた逆境の中でALSを乗り越える手掛かりを掴んだ。■ ALSは乗り越えられるいよいよ運命の呼吸器をつけるGシリーズ4ALSでも必ず家族は僕が守る僕と医師のチャレンジ!在宅の危機! ALSの進行止まる!■ 新着 ALSは乗り越えられるALSを乗り越える新たな考えGシリーズ5ALSによる四大ストレス解消なぜ僕達のチームは、いつもうまくいくのか?■ ALSは乗り越えられるGシリーズ6は 只今執筆中です・楽天ブックス: ALSは乗り越えられる1~5巻 [Gシリーズ電子書籍版] ・Amazon: ALSは乗り越えられる1~5巻 [Gシリーズ電子書籍版]中野玄三 フェイスブックhttps://www.facebook.com/profile.php?id=100006833852910

  4. 今日はバアさんデイサービスの日めずらしくバアさん着替えを済ませ昨日着た服は部屋の片隅に寄せてある……バアさんがベッドに座っていたえっ、足元に茶色いおおきなシミがある……何それ?って聞いても無視するバアさん恐る恐る近づいて見るとそれはのシミ……立ち上がらせるとシーツも掛ふとんもが着いてたへっ?どうした?ってまた聞いたら間に合わなかったって……それならすっとぼけてないで早く言えよそれから部屋の片隅に寄せてある昨日着た服や肌着やズボン、靴下を広げてみたL(゚□゚)」オーマイガ!う〇ちがありとあらゆるところにベッタリくっついてるここまでのは初めてだもうどこから手をつけていいのかわからず放心状態で私がバタバタ片付けているのに、ご飯の催促するバアさん殺意がわく……ごめんねの一言があればまだまし「自分が洗濯するから」って逆切れ洗濯の仕方忘れたくせに……これなら、今までの尿や便の処理はまだマシだったのか……後始末や洗濯に1時間以上取られる朝から血圧計マックスでバアさんより私の方が早死にしそうだ……このブログが無かったらブロ友さんや愚痴を吐き出す場所がなかったら私は病んでいたと思う……本人のプライドを傷つけないように、決して否定しないように、なんて無理だろそりゃ、罵声は浴びせないけど……介護者のプライドや精神面どうしたらいい結局、旦那の姉弟、爺婆の兄弟など外から適当な事言うだけで介護の即戦略になるわけないあのの始末、自分の親なんだからやってみろって、今度偉そうに介護のアドバイスなんかしだしたら言ってやるはー、頭痛い(。☬0☬。)

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  5. 先日の三連休の時のお話日曜日に神戸の布引の滝に行く予定でしたがまたもや台風何で先月も今月も、皆で出掛ける予定の時に台風に当たるねーんもうホント、お天気に呪われてるけどもうそんなの慣れました雨の時に備えて室内で楽しめるお出掛けもちゃんと考えてたよんやるねぇ~私自画自賛てことで、皆でボーリングとカラオケに行きましたボーリングなんていつぶりやー皆でボール選びからそういえば昔、実家にボーリング大会7位のトロフィーがあった何かの大会で母がもらったものだ子供ながらに少しだけ記憶がある100人ぐらい参加して母は7位だったのだなので、まあまあ上手い方なのだろうそれにしても、中途半端な順位で何故トロフィーがあったのかは今となっては不明そんな母ですがやはり、昔のようにはいかなかったようで「ボールもって腰を落とすことが難しい」と、笑ってました父も頑張ってましたよん子供たち(←妹の)は人生初ボーリング皆、それなりに楽しんでたねゲームセンターで遊んだり母はUFOキャッチャー初体験デイの人たちに自慢すると言ってたよそして、そのあとはカラオケ母の十八番は川中美幸の『ふたり酒』デイでは『ふたり酒』がなくていつも『長崎は今日も雨だった』を勝手に入れられるのが不満の母この日は歌えて良かったね私も母と昭和の歌を一緒に歌ったり子供たちも楽しんでたよ最後にAKBの『365日の紙飛行機』を皆で歌ったんですが父が「へ~~これ、いい歌やなあ~歌詞がいいなあ」と言っていた実は私も、この曲の歌詞がとても好きだ全然関係ないけど『アンパンマンたいそう』とかも歌詞がすごくいいですよね少し弱っている時にあらためて聞いて癒されようと思うそして、中華を食べて帰りました楽しかったーでも、今度こそ屋外で自然を満喫するお出掛け行きたいですクリックしてねにほんブログ村母の介護ブログとは別に、わんこブログも書いています♪→保護犬だった豆柴はると飼い主初心者の成長記最後まで読んでいただきましてありがとうございましたm(_ _)m

  6. 曇り空の東京。きょうは父の古い戸籍の郵便請求を送った。父の生まれたときの戸籍は兄弟とその妻子までもはいっているもの。そこから分家して戸籍がわかれている。通常自分の親の戸籍はさかのぼって辿っていかないとどこまであるのかわからない。しかし、うちの場合父が自分の母親が亡くなったときの相続にあたって母親の戸籍を集めており、幸いなことに父はその集めた戸籍を保存しておいてくれた。もう30年も前にとったものだけどこうやって保存しておいてくれたおかげで戸籍謄本集めが行いやすいのだ。もう村自体消滅しているのもあってどこの役場に請求したら良いのかわからなさそうなものもあったけど戸籍謄本の最後に発行した役場名の判がおされているからそれでわかった。父の生きた形跡を戸籍でたどりつつ父の自宅の電話番号に電話をかけてみた。すると「おかけになった電話番号は 現在使われておりません。」と流れてきた。30年以上ずっと両親につながる番号だったけど、もう私とは関係のない番号になってしまったんだね。悲しいね。あ~~~両親がふたりとも旅立ってしまうってあたりまえのことなんだけど、なかなかうけ止めることができない。

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  7. 昨日は私の実母の白内障の手術の日でした。右目は先々週に終わっていて今回は左目の手術母も2回目なので安心して受けることができた様です。昨日は私が付き添うつもりでバーは臨時でデイさんへでも手術は急遽兄が付き添う事になって私はお役御免に午後から予定が入っていたので助かりました。そして今日もバーはデイさんの日私はバーを送り出してから急いで実家へ術後の経過を見る為の受診に付き合いました。経過は順調で、煩わしい眼帯も取れたし、スッキリ見えると本当に喜んでいました。病院の後、母が100均へ行きたいと言うのでお付き合いしてでも何故か母より沢山の物を買い込んでしまいってました…アレ〜おかしいなぁσ(^_^;)今までの母との買い物と言えば「あれは何て書いてあるの?」「コレは幾ら?」ずーとそんな感じでした。白内障でほとんど見えないので商品を選ぶのも全て口頭で伝えていたので私も疲れるし、母も自由に見れないのが不満だったようです。それが手術を終えてからは「ここのお店ってこんなに明るかったんだね〜」「これ便利そう、これもいいよね」100均での商品選びも楽しくて仕方がないようでした。100均での買い物を終えてお昼の買い物をして息子から『敬老の日過ぎちゃったけど、ちっちゃいばーちゃんにケーキ🍰でも買ってあげて』とお金をもらっていたのでケーキを買って実家へ戻りました。手術を終えた母が本当に嬉しそうで一緒に買い物をしていて、私まで楽しくて嬉しくて『自分の顔があんなにシワだらけなんて思わなかった』なんて母の衝撃的な発言で大笑いして母のこんな明るい笑顔を久しぶりに見れて本当に手術して良かったです息子のお金で買ったケーキ🍰ちゃっかり私も頂きましたσ(´~`*)ムシャムシャ本日も最後までお読みいただきありがとうございます😊

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  8. !ニュース。増加す認知症患者の身体拘束家に帰りたいと、ベッドの柵を乗り越えようとするなど、転倒の危険性があるから「抑制」として身体拘束する。わかります。認知症患者の抵抗する力は、ものすごく強い。人手も足りない病院や施設。それでも、自分の親が、家族が、ベッドの柵に手足を縛られている姿を見て、どう思いますか?薬による「抑制」も同じ。意識が朦朧とするほど薬を飲まされて、身体の動きを抑制する。患者の人間としての「尊厳」か、転倒・骨折のリスクを避けるための「抑制」か。究極の選択。私は、じーじの介護中、まさにこの究極の選択を迫られた。私が選択した答えは、入院をたった1日で打ち切り、在宅で治療・介護すること。そして、二度と入院はさせず、家で看取ることに決めた。しかし、認知症患者の在宅での介護は、介護者に負担がかかり、ストレスが増大する。時には怒りが爆発し、じーじに手を挙げることもしばしばだった。病院のベッドで身体拘束される日々か?自宅で娘に引っ叩かれる日々か?これもまた、究極の選択。自宅での介護は、行き詰まれば「介護殺人」の危険性もある。これは、一番避けなければならない。そうなると、病院での身体拘束は「有り」なのか?結局、正解は無い。たまたま、我が家のじーじは、段々と身体が弱り、自宅で看取ることができた。これは、運とタイミングが良かっただけ。朝から、考え込んでしまいました。ぽちっと応援お願いします人気ブログランキングこっちもぽちっとねにほんブログ村

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  9. 重度の骨粗鬆症ですテルコさん(80歳)。フォルテオという薬で骨粗鬆症の治療をしています。1日1回の自己皮下注射。しかし、自分で注射なんて嫌だとテルコさんが言うため、私が毎日注射しています。しかしね、毎日の注射が地味につらい。本当につらい。つら過ぎるぅ〜もう本当にね、ノイローゼになりそうなくらい(ちょっと大げさだけどさ)この注射が負担です何度も何度も泣きそうになりました。たったこれだけのことなのに、吐きそうなくらい苦痛です。お願いだから、誰でもいいから、私の代わりにやっておくれ〜!!何度も叫びました。家族みんな「いいよ〜」って言ってくれます。ただし、テルコさん以外。テルコさんは、私以外の人に注射されるのは怖いから嫌だといいます。だから結局、私がやるしかありません。吐きそうになりながらも何とか続けて来られたのは、フォルテオという薬は『最大投与日数24か月』と決まっているからです。注射を忘れた日も含めて、開始した日からキッカリ2年。注射してもしなくても関係なく、最初の注射の日から2年。『終わり』があるからこそ続けてきたのです。フォルテオの開始は一昨年。もうすぐ2年満了のはず。1本28日分の注射だが、もう次の1本がスタンバイ。ってことは、まだ28日以上あるのか・・・じゃ、2年満了はいつ?いつまで続くの?もうすぐじゃないの?日記(10年日記というアプリです)を確認。 え? え? えぇーっ!?9月7日って・・・・もう過ぎてるじゃん2年満了してるじゃん。満了してるのに、次の28日分がすでに処方されている。どういうこと!!?確かにね、添付文書的には”本剤の投与をやむを得ず一時中断したのちに再投与する場合であっても、投与日数の合計が24ヵ月を超えないこと。”と書いてある。『投与日数の合計』であれば24か月分には達していない。でもね、この薬を処方するにあたって事前に受けた説明では『注射の回数を問わず、開始した日からキッカリ2年』だったのよ。騙されたー!これ、率直な感想。私への「キッカリ2年」発言は忘れたのでしょうか?フォルテオの患者さんには同じ説明をしているはずなので、私個人にどーのこーのということではなく、あの病院のフォルテオ使用患者はもれなく同様の不整合が起きているのかもしれません。あるいは、2年経過に気づいていないのかな。薬の継続処方は先生を通さずに受付でされるため、添付文書上の使用法をクリアしていれば処方ができてしまうからね。別に病院に悪意はないのはわかっていますが、事前の説明と異なるというのは、騙されたような感覚です。騙したわけじゃないとはいえ、ね。実は2年満了していたという事実を知り、さらに終了の気配がないということで私の中で何かがどっと崩壊しました。例えるならですね、、、とーってもトイレに行きたい。もう漏れそう「トイレ100m先」という看板発見!なんとか100mだけなら我慢できそうだ。100m歩いてやっとトイレ到着。しかし、「工事中」の看板。「次のトイレは1km先」だと??100mだけだから我慢できたけどね、1kmって聞いたら我慢する気はもうないよ。この時の1kmって、実質「永遠」だよ。想像できない距離ってことよ。1km目指せる?目指せないね。開き直ってその場でするよ。トイレじゃないとか、人が見てるとかそんなの関係ないよ。だって、我慢するのは100mだけだからと言い聞かせてここまで来たんだもん。100m以上ってあり得ないもん。っていう感じです。今の私、「工事中」の看板の前でボーゼンとしてる状態です。フォルテオの終わりが見えません。やっと2年が終わったのに、終わったはずなのに、終わりが見えない・・・崩壊してしまった私、立て直しがききませんテルコさん、ギブアップSurrender Shadow by Sue Richards 「もう無理です」と正直に言いました。「もう勘弁してください」と言いました。ここまで2年間、気が狂いそうになりながらも「2年だけ」という呪文を唱えて乗り切りましたけど、2年間を過ぎていたと知ってしまった以上、もう呪文も何も意味をなしません。1km先のトイレなんてないのも同じだよ!!あぁ〜〜〜〜〜〜

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  10. ナニサマがいないせいか、毎日時間がゆったりと流れていきます。毎日、午前は家事仕事に追われ、ゆっくり時間を過ごすということがない。家事全てが終わってやっと自分の時間という感じです。そのころは、平日であればナニサマはデイですから、こちらとしてもちょうどいい時間に一休みできると言うわけです。そんな私は昼ご飯が終わるとつい見てしまうのが、BSプレミアムでやっている「シネマの時間」。1時からだいたいは3時までです。昨日は日本映画『あん』『あん』は、2013年にドリアン助川が出版した小説だそうで、河瀨直美の監督で映画化された。元ハンセン病患者の老女(樹木希林)が尊厳を失わずに生きようとする姿を丁寧に紡ぐ人間ドラマである。静かにストーリーは流れていきます。なぜか、釘付けになってしまいます。不思議なそしていい映画でした。今日は同じく日本映画『羅生門』私が生まれる前の映画です。(笑)かの有名な黒澤明監督がメガホンとって、三船敏郎が主演の映画です。そして、もっとも有名な作家芥川龍之介が原作です。まともにしっかり見たのは初めてだったような気がします。さすが、芥川龍之介、人間のエゴイズムを鋭く追及しているところなんぞ、なかなか奥深いものを感じた。日本映画として初めてヴェネツィア国際映画祭金獅子賞とアカデミー賞名誉賞を頂いて、黒澤の名前が世界的になった作品なのだ。モノクロ映画なのに、ついついこれもまた引き込まれるように見てしまいました。にしても超地味な映画2本。(笑)私もいよいよその域に達してきたのか。その域って?歳をとってきてようやくいいものがわかるようになってきたってこと。樹木希林の老女の生き方、永瀬正敏演ずるどら焼き屋の店主。みんな触れられたくない過去を背負って生きている。生きることの尊厳さみたいなものを感じさせるこの映画、歳を経ると言うことはそれでもだれかの役に立ちたいと思うことなのかと切なくなる思いさえしたものです。素敵に歳をとりたいものです。かっこよく、粋な年寄になりたいものです。ねっ、みなさん!

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  11. 父が退院して約二週間。また今日、3回目の入院をしました。予測通り、姉の留守中ですね。狂ったように主治医に電話をして「とにかくウチのお父さんだけ助けて!」と言わんばかりの母の喋りを聞いて、もう、どの言葉を発してよいのか分からなくなり基準を「介護の方たちに迷惑がかからないように」にしようと今朝、思いつきました。「お父様にお母様を筆頭に支援者皆、振り回されています。」何度か やり取りしたメールの中の一節です。ケアマネさんは、包括や主治医、父がドクターショッピングをした病院や福祉センターなどに足を運び、相談の話し合いを続けてくれましたがコレという案がなく、お手上げ状態だと伝えてこられました。全くもって、皆様に頭を下げて回りたい。「あんた達に、迷惑かけて死ぬ年寄りには ならんから」と言いながら会社を失った義父、死ぬ間際に一万円札も無かった義母を「人間年取ったらやっぱりお金よ」と鼻で笑っていた私の母。……私の母だからこそ…吐きそう。。。今の自分の身の回りをかき回している姿は見るも無残な姿だと、教えてやりたい。けれど、教えると、とばっちりはケアマネさんたちにストレートに行くでしょうね。だから、あなたが棺桶に入るまで、言いたいことは待つわ。私は、因果応報と言霊を信じて生きています。自分にでもあるけれど、私の大切な子供に 悪いエネルギーが行かないように。昔、父が教えてくれた言葉だったのに。「自分に返ってこなくていいから、子供や孫に返ればそれでいいから人には良くしてあげんといかんよ。」と。その道理のあった父は、もう、居ません。救いは両親と私、もう、世帯も苗字も違って人の良すぎる夫と子供と、今生きているということ。こんな風に、思うことって、よっぽど私の心が荒んでいるから?ケアマネさんからは、両親の共依存が高く、災いしてお互いの病気度を高めているので父と母が離れて暮らす提案を受けました。あれだけ進んだ母の、病名、妄想性障害は、もう仕方ない。せめて、父が、正常な判断ができる頭に戻れるよう、姉が逃げても お尻を叩きに行きます。もう二度と 鬼のような女で暮らしたくないと思っていたけれど私も、ここいらで根性、入れ直さなくてはならないです。見惚れるほどの秋晴れなのに心ん中冬曇り

  12. きょうは秋らしい晴れた日だった。私はジムにでかけいくつかのレッスンに出たあと稲荷町のほうにお念珠を探しに行った。私は自分自身のお念珠をもっていたことがなく、母が亡くなったときに母の箪笥にしまってあった水晶のお念珠をもってきて使っていた。ところが2週間ほど前に父の位牌を注文するために仏壇屋に行った際、売られていたお念珠をみて初めて知った。私が使っていたのは違う宗派の正式お念珠だったのだ。そういえば、そのお念珠はお寺に嫁いだ母の妹夫婦がひらいた法要の引き出物だったらしいが、そこのお寺の宗派のものだったのだ。通常はどの宗派にも使える略式の念珠をもってればいいのだが私はもっていない。それで買わなければならないかなと思っているのだ。とりあえず見ただけで終わり家に帰宅するとカード会社からの請求書が届いていた。そこにはアマゾンで私が8月10日に注文した父のためのビーズパッドの請求があった。 ハビナース ビーズクッション 7,560円 Amazon ハビナース ビーズパッド1型 腰用 9,720円 Amazon 父が尾てい骨のところを痛がるからそれをなんとかしてあげたくて必死だったんだ。結局使えずいまは父のマンションに置いてある。それをみてまた泣きわめく50代も後半のおばさん。母が亡くなったとき、母のことが大好きだった私は父が亡くなったときには絶対にこんなに悲しまないだろうって思い込んでいた。いまはそれが大きな間違いだったってわかってる。母が亡くなり父も亡くなった。その喪失感は止めどもなく湧いてくる。私を此の世に送り出してくれた両親がふたりとも居なくなってしまうことがこんなに辛く悲しいことだったなんて。両親はきっと私が元気に歩み出すことを望んでいるはずだが、それは難しいよ。特に両親のマンションに行く時がいちばん苦しいんだよ。毎回毎回泣きに行っていたらそのうち泣かずにいられるようになるのかな。

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  13. 路決定の時期ですねデイサービスで会うママさん達は、情報集めに忙しそうです。支援学級も選択肢にありますよね。支援学級で入学許可が出たのなら、それはスゴイです教育委員会判定で、支援学級レベルは無理だと判定を受けた場合は、そのレベルに達していないという事なので、支援学校の方が断然おすすめです。健常の子ども達とかかわりたい、刺激を受させたいという理由でゴリ押しの入学はやめた方が良いと思います。健常児は、障がい児が自分たちと違う事を理解しています。それは、学年が上がるにつれて顕著になります。もうひとつは、支援学級の先生は、障がい児教育専門ではありません。その年の異動でいる普通の先生です。何年か前に、どこかの県で、重度医療ケア児をゴリ押しで普通学校へ入学させた記事を読みました。確か理由は、仕事に行けなくなるからとか・・・仕事も大切ですが、子どもが可哀想だなぁ・・・と思ったことを覚えています。支援学校では、どんな重度医療ケア児でも、運動会も文化祭も参加出来ます。その子に合った競技や出し物で、先生に手伝ってもらいながら参加すると、無表情に見える子でもかすかに笑顔が出るんです!みんなが応援します。涙腺の弱い私は、お友達が頑張る姿に毎回涙ものです支援学校おすすめの理由は、先生の人数や、設備など、良い面がたくさんあるのですが、一番の理由は、教育プログラム自体が知的障がい児や、発達障害の子供に合わせてあるからです。一人一人に教育計画を立ててもらえます。その学期ごとに、何を目標にするかが明確になっており、生活面や運動面、学習面など、計画目標は多岐にわたります。行事もたくさんあります。運動会、交響楽団音楽会、演劇鑑賞、文化祭、遠足、社会科見学、修学旅行。普通学校と一緒です。ゆるキャラがいることもありますよ(笑)長男は、2年生になる時に、障がい重複ケア児クラスになりました。仲良しだった女の子は、お勉強するクラスに。それぞれに合ったクラスに変わりました。長男も、格段に成長しました。学校大好きです。楽しそうです。日本の障がい児教育は、きっと恵まれているんですねこの教育機関を利用しないのはもったいないです。長男がいなければ、全く知らない世界でした。これは、私が高齢出産の40代だから、こういう考えなのか・・・または、長男の通う支援学校が良い学校だから なのかも知れません。みんなが良い学校に巡り会えますようにご訪問ありがとうございましたにほんブログ村ダウン症児育児ランキング

  14. ここ何日か、体調がよくありません。首筋が痛いのは、もはや、仕様でありますので、気にしないようにしてますが先日の民事のこととかもあって精神的にもきつい時期だったしもうすぐ生理も来る予定なので、それのせいもあるかもしれません。最近、生理前は、体のあちこちがおかしくなって、とんでもないです(^_^;)気持ち的には…どうにもならないことなので、一人で昇華するしかありません(苦笑)ところで、あまりにも体の具合が悪くなると、少しは病院で検査でも…という気持ちにもなるものですが私は、過去を振り返って、良いお医者さんに出会ったことがないので病院は大嫌い。そんなこともあり、あまり行きたくないのが事実。もう一つの理由として、もし、病院の検査で、何か病気が見つかって、治療しなくてはいけなくなったり、悪いときは入院を勧められたりしたら…それが怖くていけません。それについては、家族とも話しました。以前、ひでまるくんにも息子にも、一度病院で診てもらえばいいのに。と言われたのでもしそれで、癌とか見つかって、手術とか入院とか、抗がん剤治療とか、そんなことになったら、これからどうするの?お母さんの病院代にかけるお金だって、今はないしお母さんがいない間のこと、どうするつもりか、ちゃんと考えてから、病院を勧めて下さい。と言ったら、それ以来あ~調子悪い…って言っても、病院行ってくれば?と言われなくなりました(笑)実際、大したことないものなら、自然に治るだろうし、大したことなら、ダメなものはダメなわけで結局私は、今家から離れられないから、動けなくなるまで、家でやれることをやりつづけるしかない。そう思っているんですが…。ときどき、みなさんは、どうするのかなぁ…って、参考にしてみたいなぁとも思ったり。もしも、自分に何かあって、それも知って抱えながら、旦那さんのことやるって体ももちろんですが、精神的にもかなり、キツいですよね。それなら知らないで、最後までの方が、気持ちは楽そうって思っちゃってf(^^;私は。特別なにもしてないのに、体重がぎゅんと減ったりすると、ビビりますね(笑)まぁ、ここのところ、下げ下げだったのですが、下がりすぎ(-_-;)もう下がるなって感じ。自分の体のことなのに、自分でどこがどうなのかわからないって…なんかちょっと、変な感じ。そして頭が、猛烈に痛くなってきたので(笑)SG飲んで眠剤飲んで、寝ます!!おやすみなさ~い(。・_・。)ノ