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  1. 家に、元・義父母が雇った弁護士がやって来た。理由は、「旦那ちゃんの希望を聞きたい」という。「義父母が言っていることは、気持ちが先行していて現実的ではない、まずは本人がどう思っているか?を確かめに来た」とのこと。「義父母は、自分達が通いやすい場所で施設を探して、時々は家に戻して自分達で面倒を見たい」と言っているそうだ。ほっほーヘソで銭湯が沸くわ。やれるもんなら、やってみやがれよ、と言いたいところを、ぐっと我慢して、「3日も無理だと思います。摘便の意味も言葉も知らない人が」と言う。弁護士さんも、無理だと思っている。ただ、義父母は今、旦那ちゃんが送っている生活が全く分かっていない、知らない、だから想像ができない。だからできると思ってしまっているそうだ。その無理さ、夢物語みたいな話を、どう義父母に無理だ、と分かって貰えるのか?どう伝えるか?というところを苦労しているそうだ。なので、本人はどうしたいか?を確認しに来たとのこと。ケアマネさんにも来てもらって、話をして貰う。忙しいのに、申し訳ない・・。本人の希望を聞いたら、それは、ずっとこの家に居たい。でも、それは、私もそうしてあげたいけれど、元・義父母の理解がないまま、無理だと思っている。仕事も随分と減らして対応している。そのことについて、義父母からは反対の意見があった。「働けよ」ということだ。ハッキリ文句を言われた訳じゃないけれど、「倒れないでね」と義母が言った言葉に、「時間を短くして、出張も無くして対応している」というと、大きな声で、「なぁぁあああにぃいいいいいい????」と義父は鬼のような形相で舌打ち交じりで言った。倒れたその日に、「車を売る、駐車場代が勿体ない」という話になり、私には、「自分の食いぶちは、自分で稼いでね」、と言われたことを伝える。それには、ケアマネさんも、弁護士さんも、苦い顔をしていた。もし、旦那ちゃんの希望を100%叶えたいのだとしたら、私にそれなりの対価を払うべきなのだ。再発したとしたら、万が一この家で寿命を迎えたとしたら、鬼のように攻め立てられるリスクを背負っている。文句は言われるけれど、お礼は言われたことが無い。長い時間話した後で、旦那ちゃんに会って貰った。私が質問する「旦那ちゃん、施設入りたい?」「いーやー」「薬飲みたい?」「いーやー」泣きながら訴えてくれた。いいぞ!旦那ちゃん!!「面会に来る義父母が嫌で、うるさいから嫌で、来ると疲れる」、と教えてくれたことを伝えると、弁護士さんが気にしてくれたので、「何が嫌なの??」私が聞いてみた。ペンを頂戴、というジェスチャーをして、「人の悪口聞きたくない」と書いてくれた。どうも、私の文句を言っているようだった。弁護士さんは旦那ちゃんの様子、施設に入りたくないという反応が見れて大満足で帰って行った。さて、今後どうなることやら・・。

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  2. ら、今まで隠してき認知症の病院をたんたんに教えた。たんたんが後見人申立てをするなら別にいい。たんたんは後見人にはなれないし。だけど、(あーちゃんの認知症を隠して)任意後見人になろうとしたり、公正証書遺言を作成しようとしたり(これは失敗したらしいが)、家族信託契約を結んだり(これは初期費用がだいぶかかるのでやらないと思うけど…)、しようとしているのだったら認知症の担当医からあーちゃんの状態をはっきり聞いて、あーちゃんがそんな事をできる状態ではないことをたんたんに理解させるべきだと思ったのだ。認知症の担当医を知らないままで、近所の適当な先生にあーちゃんの診断書を現状より軽い認知症と書かれても困るしね。「認知症の担当医で、介護認定の際の診断書も書いてもらった」「次回の診察は2月18日11時半から」と、たんたんにメールで伝えた。しかし、あんなに「病院には僕が付きそう付きそう」うるさいたんたんは18日、来なかった…。そして後日、「メールを今見た!次は絶対に行く!」と返信が…。えええ……とか、いちいち疑心暗鬼になるのも精神的に疲れるんだよねえ。去年の年末からたんたんと何度か話して、たんたんからという言葉を何度も貰ったけど…平たく言うと…うん、だって要らんことしかしないしして欲しいことはしないし、なのに仕切りたがるし。こっちはたんたんの顔なんか見たくもないのに病院を教えてあげたんだよ。なのに、会うの嫌だなあと思いながら病院に行ったら結局はたんたん来ないし。振り回されてくたくたで、本当に関わりたくない。関わるとろくなことないよ。にほんブログ村

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    どうして僕を遠ざける⁉︎
  3. 旦那ちゃんが二度見したもの
  4. お義父さんの夜間徘徊で寝不足になり子どもたちは家に寄り付かずかなり追い詰められているであろう義姉から、久しぶりにラインが来ました義姉「今、電話良いですか?」私「忙しいので、ラインで頂けますか?後で読みます」義姉「何時だったら電話が出来ますか?」私「忙しいので、予定がたちません」義姉「今日の夜は時間ありますか?」私「忙しいので、時間が出来たら連絡しますよ」義姉「それなら、ラインします」私「承知しました」義姉に言われまくったので、必殺「忙しい返し」(笑)そして、しばらくすると義姉からライン。少しラインでやりとりをしました。忙しくて電話出来ないはずなのに(笑)(途中から電話になります)義姉「私の家に両親が来てからもう9日です。いつ迎えに来ますか?本当に、そろそろ子どもたちの準備をしないと間に合わなくなります。都合を付けてください。」(この期に及んで、まだ子どもを言い訳にするか)私「私は、お腹にこどもがいるときも、仕事をしながら両親の病院の付き添いや買い物、事故の処理等をしてきました。そして、まだ幼い子どもの世話をしながら、両親の介護をしています。大きな子どもたちは自分のことくらい出来るのに、まさかまだ、乳飲み子のようにママママ言っているのですか?」義姉「ご自分の発言が、言い過ぎだとは思わないのですか?」私「思いません。思うのは、自分の正直な気持ちを、子どもの準備のせいなんて理由付けせずに仰れば良いのに、ということだけです。」義姉「子どもの準備を理由付けになんてしていませんが。」私「そうですか?それなら、お義母さんは主婦としても母親としても大先輩ですし、入学や入社の準備は一緒にやれば良いのに。早くしなければ間に合わなくなるような準備ならなおのこと、お義母さんとやればよいのでは?お義母さんも、孫のことですから喜びますよ。」義姉「母親として、私がやることです。」私「それならば、介護は娘として、あなたがやることです。」義姉「この忙しいときでなく、日を改めてくださいと言っているのがなぜわからないのですか?」私「何故、私には両親を介護することなんて出来ませんから、本当に迷惑ばかりかけて申し訳ありませんが、嫁さん、どうか、どうか私の両親をお願いします。と言えないのでしょうか?」~義姉から電話~私「忙しいんですけど、なんですか?」義姉「あなたって、本当に性格に問題のある人ですね」私「えっ!私がですか?(でっかい声で)」義姉「他に誰がいるっていうのよ」私「お義姉さんでしょうに(笑)それ以外いないでしょう(笑)」義姉「わっ、わ、わたし!?」私「(笑)だから、そうですって(笑)」義姉「本っ当に腹黒い人っ(でっかい声で(笑))」私「やーだお義姉さん最高の誉め言葉だわ」義姉「私はふざけるために電話したんじゃないのよいつ迎えに来るか聞きたいだけ!いつ来るのよ」私「やーだお義姉さんたら嫁さん、本当に申し訳ありません。私は口ばかりで、どんなに頑張ったって介護なんて出来ません。迷惑ばかりかけて申し訳ありませんが、どうか私の両親を介護してください、お願いしますって言うか、それ相応の誠意を見せない限り迎えになんて行くわけないじゃないですか~」義姉「えっ」私「私、ボランティアの介護士じゃないんで」義姉「でもっ、」私「あー忙しっ5分経っちゃう(笑)」義姉「ちょ、ちょっと」私「お義姉さん。夜間徘徊で寝不足?お義父さんに眠剤?それ介護でも何でもないんで(笑)もっと気合い入れないと~まだまだこれから、これから(笑)」義姉「はああ?」私「お義姉さん、今介護してないですからね(笑)そこ勘違いしないでくださいよお義姉さんが今してることって、ただ親と一緒に居るだけですからね、いーるーだーけっ(笑)」義姉「…」私「それじゃ、もう用ないんで(笑)失礼しまーす」少しスッキリ(笑)いつも、いいね・コメント・メッセージありがとうございますすべて有り難く読ませて頂いていますm(_ _)m

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  5. デイの利用日の朝は、姉が出勤して母が1人になった頃今度は私が見守りに母の元へ来ますAM 8:20頃 8:30 8:45頃デイのお迎えが来るまで15分くらいしかありませんが最近はその間に私が朝食後の14錠の薬を母に飲ませます相変わらずトイレへ往復したり何かと忙しい母ですがこちらの声かけに対してうんではなく、やたらハイと言う日があります別にいいのですが‥着替えてなかったら急いで着替えさせそうこうしているうちにお迎えが来てやっと母を見送りますその後家に入り前日の夕飯分からシンクにたまった食器を私が洗っていました姉は置いといてと言いますが‥ここ数日の間、気づけば洗い物が無くよく見ると洗い終わった食器が不自然に積み上げてあり、中にはまだ汚れが取れていない物も。お母さんお茶碗洗ったん?うん、洗ったと得意げ。姉にしなくていいとずっと言われていた事もありますが今までこんな事しなかったのに‥しなくていいよ、置いといてと姉が何度言っても食器を洗っては、薄汚れた台拭き用の布巾で食器を拭いているのだそう結局姉か、私がいちから洗い直すのですが。電話で姉がボヤきました家族会に参加しても面談しても腹立つのは変わりなくて私の態度もずっとおんなじなんやわ w可愛そうやな。冷蔵庫を開けれない様にしても棚にあった胡麻や抹茶を開けてシンクにばらまいてあったそうですしきりに叱られてそれでも食事がテーブルに並ぶと目の色を変えて食事をし始めますハイ、すいません分かりました反省しているのかどうか微妙ですが怒っている姉に対して敬語で返答する母です時々私が話しかけてハイハイ言うのはそのなごりなんですね姉の帰りが少し遅いと帰ってこんのかと思ったと言って泣く事がしばしば。母は私も何か役に立たなければ捨てられると危機感みたいなものを感じているのでしょうか?一生懸命、茶碗を洗う母が健気でも不憫でもありました。さぁ今日も食器の2度洗いしてきます読んでいただきありがとうございますにほんブログ村

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    母が茶碗を洗う理由
  6. ご訪問ありがとうございます。兄嫁のことで、思い出したちょっとしたエピソードがあります。それは、私が結婚してすぐの時。まだ、私や兄が新しい家族と、それぞれに仲良くしようと頑張ってたときのことです。うちの夫と、兄夫婦の 4人でショッピングセンターに買い物に行ったことがありました。もはや、何を買いに行ったのかも覚えてませんけどね。笑で、そのショッピングセンターには卓球台がありました。兄がそれを見て、「お、いいねー。卓球。ちょっとやろうよ!」とか言うので、ああ、そうだね~って感じで何気なく始めたのでした。もちろん、最初は兄夫婦 VS まんぞく夫婦でね。「じゃ、いっくよ~♪」なんつって、ユルユルと始めた兄。私が「はいよ~♪」って返したら、兄嫁の顔が 画像お借りしました。……なんか、燃えるお兄さん、いや、燃えるお姉さんになってて!(昔、「燃えるお兄さん」って漫画があったなぁ。)で、いきなり!!張本バリのスマッシュ!……………ズコーン!! 画像お借りしました。チョレーイ!……とは、さすがに言わなかったけど。で、私たち夫婦………←こんな。笑なんでも、兄嫁の実家のあたりは田舎で、子どもが少なかったから少人数で、狭いところでもできる卓球が、子どもの頃から盛んだったって。まぁね。うまいのはわかったよ。でもね。彼女、その後もずっと、張本スタイルを崩さない。笑しかも、私を狙ってスマッシュするから全然ラリーが続かない。笑笑今思えば、彼女の性格の悪さはすでにここから始まっていたね。ほんで、あまりにもラリーが続かないからうちの夫が「じゃ、今度はシングルスでやりましょう!オレと義姉さんで。」で、二人で、そこそこにね。激しいラリーの応酬を繰り広げて。最終的には、兄嫁の勝ち~♪夫「いや~!強いっ!さすがっすね。義姉さんには、かないません。」あとになって………まんぞく「あのさ。」夫「はい?」まん「言った方が良かったんじゃない?あなたがさ。卓球のインターハイ選手だったこと。何かの拍子でバレると、良くないよ。」そしたらさ。夫……能ある鷹は爪隠す。だってさ。プフーッ!!と言うわけで、こんなところにも兄嫁の性格が垣間見えた……というお話でした。くだらなくってスミマセン!ではでは、またねー!➰👋😃

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    兄嫁  VS  私の夫    激しいラリーの応酬
  7. 祝日は、休みでない娘夫婦。その日は「ジジババ保育」と決まっています。孫は可愛いので、世話するのは嫌ではありません。家でのんびりしている分には問題ないわけですが、もう6歳ともなるとエネルギーを発散させてやらないといけません。これが大変なんです。午前中は次男と姫がやってきてくれたので、少し気が紛れたようです。この日はお彼岸ということもあって、お墓参りに行かなければなりません。孫くんは、娘の子なので、我家の墓参りなんか多分したことがないと思います。新鮮だったかもしれません。それで、つい調子に乗って、桶の水をひしゃくでじいじにかけてしまい、さすがに私もじいじも叱りました。まったく悪ガキです。困ったもんです。しばらくシュンとしてましたが、準備が整って手を合わせる段になったらおとなしく手を合わせて目を閉じておりました。(笑)それからお昼になったわけですが、お花を買いに農協に行った際、お腹が空いたらしく珍しくじいじにおにぎりを2個も買ってもらい、車の中で完食してました。それでも「ラーメンが食べたい」と言う孫くんのリクエストに応えて、ラーメン屋に行くことに。インスタ映えのするお店だったのに、箸を入れてからの撮影。崩れております。(笑)それからが大変。夫が、孫くんの入学祝だと言って、本を買ってあげると言い出したのだ。近くの本屋かと思いきや、なんと栄のど真ん中に行くではないか。駐車すると、孫くん「トイレに行きたい!」と言い出した。目の前にあるNHKに飛び込んだ。これは、そのNHKの前に咲いていた緋桜の一種でしょうか。もう散り始めていました。そこから栄の中心にあるロフトに行ったのです。その間、まともに歩かない孫くんに手こずりながらようやく辿り着いたときは、さすがのバアバも倒れる寸前でした。本は夫に任せて、私と孫くんはコーヒーブレイクをしておりました。(笑)夫は小学生になるための本だと言って、伝記物ばかり5冊も買ってきました。さて、これもまた波紋を呼ぶのですが。(;^ω^)確かに私がちょうどこのころ、父親から買ってもらった伝記物の本が大好きで、本がクタクタになるまで何度も読み返し、60年経った今でもその内容を覚えているのです。そのころはTVもなく、ましてパソコンや携帯などもありません。本が私たちの一番の娯楽だったわけです。父はいつも姉に照準を合わせて買ってくるので、2歳年下の私には読めない漢字がたくさんありました。そばに誰かがいれば聞くのですが、あまりに多いと聞く方も聞かれる方も嫌になってしまいます。なので、私は前後の文から推し量りながら読んでいたような気がします。あれ?私って、天才?(笑)こんな話も、「お母さんの自慢話」と言われ、家族の冷たい視線を浴びるだけなので、ここでちょっと書かせてもらいました。(笑)ようやくまた来た道を駐車場まで戻り、私の足はパンパン。このくらいという距離なんでしょうが、なんせ孫連れての街歩きは神経使うので疲れます。あーいえばこーいう、さすがナニサマの曽孫。いやいや夫の孫。お口は達者で困ったものです。とうとうじいじを怒らせて、本は没収。帰ると孫くんから電話。ママに叱られたらしく、しおらしく「ごめんなさい」の電話でした。(笑)そして、そのあとが、「珍事件」だったわけで・・・久しぶりに、疲れ果てましたわ。そうそう名古屋は河津桜が満開でした。

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    孫守りの一日
  8. 今日は一日孫守りでした。疲れました・・・。娘宅で食事を終えて帰ってくると、9時ごろに1本の電話が。電話のディスプレイを見ると052で始まり、110番で終わっている。受話器を取ると「警察です」の声。ん?「オレオレ詐欺」?「アポ電」?すると、内容はこういうもの。名古屋にある姑の実家が、空き家かどうか確かめてきたのです。夫が、時々は行っている旨を伝えると今日、町内会長さんが町内を見回って歩いていると、いつも閉まっている門扉が少し開いていたので、心配になって中に入ってみたら、玄関が施錠していなかったので泥棒が入ったのでは、と、警察に電話が入ったというのだ。そこで思い出した!今日、孫くんを連れて墓参りの後、実家に寄ったんです。孫くんが中に入りたいと言うので、私は車の中で待っていたんですが、二人は家の中に入って行ったんです。しばらくすると、籠に入ったぬいぐるみと人形を持ってきた夫。「これ、要らない?」と。姫の遊び道具にしようという夫の計らいかと思ったので「・・・いいよ」と言ったのが今思うと間違いの始まりだったのかもしれない。夫は、「ダメ」と言われたら戻るつもりで鍵をかけるのを忘れてしまったのだろう。「いいよ」の返事で、そのまま車に乗り込んでしまったというわけだ。警察は「もし、中に泥棒がいたりしたら危ないですから、気を付けて家の中に入ってください」と。そして、施錠しに行ってくれるように言ってきたので、転寝している夫をたたき起して、名古屋まで片道30分、車を飛ばして行ってきました。施錠してから警察に電話を入れておこうと携帯からかけると、先の警察官ではなく若い人だった。「担当がいないので、ちょっとわからないんですが・・・」と言ったので、事情を話して、こちらのミスだったことを詫びておいた。夫が、知らせてくれた町内会長さんの名前が知りたいと言ったら、「そういう電話はたくさんくるので、ちょっと把握出来ないんです」との返答。ん?それって職務怠慢なんじゃないの?記録しておけよ。夫は正直に言ってくれたおかげで、町内会長調べをしなくて済んだから、かえってよかったと言っておりましたが、そんなもん?とまあ、こんな珍事件があったわけで。おかげでまたまた疲れがどっと出ましたわ。(;^ω^)

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  9. ご訪問ありがとうございます。夫は、学校が春休みに入っていますが、(あ、ちなみに夫は、教師の端くれです。)でも、春休みだからと言って先生も「わ~い♪」と、休めるはずもなく引き続き、職場に行っとります。笑困るのは長期休み期間は、給食がない。で、お弁当を作って欲しい……といつも頼まれるわけです。なんというか………夫の分だけ作るお弁当ってどうしてこんなにモチベーションが上がらないのでしょう??笑まぁ、仕方なく朝、少し早めに起きて、いそいそとお弁当作りましたよ。あ~あ、私って、いい人!!なーんて、自画自賛。出来上がったお弁当を包んで……まんぞく「はい。お弁当。」と、言ったら夫「うん。ありがと。」と、普通に受け取りシャワーを浴びに浴室へ。そしたらさ。いきなり浴室の呼び出しボタンが鳴ったのよ。♪ピポパポピーン♪♪ピポパポピーン♪♪お風呂で呼んでいます♪我が家で、この音が鳴るってあまり無いことだから。三女なんか、緊急地震速報と間違えて「ひいぃぃいぃぃーっ!!」………と、私にしがみつく。 ……な、何事にゃ!?何か大変な事が……?(今起きたんかーい)だ、大丈夫だよっ!となだめすかし私、浴室へ………💧バタン。(風呂の扉の音ね)まんぞく「…な、何かあった?」夫「ゴメッ!!今日さー、オレ昼食会だった。」「弁当、いらね。」…………………………… バタン。はい。スミマセン。ここから愚痴になります。……弁当ない時は前日から言ってよね……しかもしかもわざわざ風呂の呼び出しボタンで……そのせいで三女はパニック起こすし……風呂から上がってから話したってそれ、同じだべ?今日という今日は私、ぶちギレましたよ。で、風呂から上がってきた夫にあのさー。と、言おうと思ったら……スマホ見た夫がおぉっ!音楽仲間からビートルズの曲、やろうってお誘いだっ💖ほら!メール!見てみて!ねっ!ねっ!やろうよ✨やろう✨オレ、ポール・マッカートニーのパート!彼はジョン・レノンでぇ~、お前はな。えと、ジョージハリスンね!あ、リンゴスターはどうしよ?ワクワク………………ケッ。ただのガキじゃん。(アラカンですがね。)すっかり怒る気が失せてしまった私。………とは言え、夫の言いたいことをぜ~んぶ言わせてから、私も、冷静に言わせて頂きまして。かなり小さくなった夫でした。笑で、私のお昼は当然夫に作ったお弁当、頂きました。笑あ~、自分で作った弁当、うまかった~♪(ヤケクソ💩)ではでは、またねーん!➰👋😃人気ブログランキングにほんブログ村

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    夫  VS  私   一触即発
  10. やお風呂の前まで)車椅子。体は右麻痺、顔は左の感覚が鈍く、特に口の左側はいつも麻酔がかかっているような感じ。それ故に嚥下に難あり。液体はトロミ付き。おかずは刻みで。発音は不明瞭。大きな声が出ない。麺をすすったり、熱いものをフーフーできない。長いセンテンスが話せない。感情のコントロールが出来ず、泣き出したり面白い事ないのに笑ったり。そして、病前の夫はこんな人→●勤めていた会社の社長から見た夫はこんな人→■自分から何かをする人ではなく、全て受け身で生きてる感じ。ドクターから数値的には高次脳機能障害はないと言われたけれど、ブログで繋がった他の方のお話では、やはり病後●「集中力がなくなった」とか●「記憶力が低下した」とか●「病前と比べると病後の頭がクリアな感じがない」等あるみたいなので、私、夫に直接聞きました。そうしたらね。「認知機能において、特に病前と変わった感じはしない」そうです。念を押して聞きました。「顔の半分の感覚が鈍いように、頭がいつもしびれているとか、だから集中して物事を考えられないとか、そう言うことはないの?」と。「ないと思う」との返答でした。もちろん、認知症の年寄りが、自分の認知機能の低下を認めないのと同じく、本人が「正常」と言うから「正常」とは限らないのかもしれないけれどさ。でも、まぁ。一応、脳は正常って前提で。でね。退院後もあまりに残念なことが多いんですよ。。。それを、少しずつ吐き出していきます現在、私は週5回フルタイムで仕事しながら土日の早朝に1時間半のバイトを入れてます。家事全般をやって、今月に限って言えば、休みには夫を眼科や歯科に連れて行き、次男の高校入学の準備をしています。そんな生活なので、毎日バタバタしており、夫の目薬問題も洗顔問題も「優しさ」というより「揉めて余計な時間を取られたくない」と言うのが本音です。トイレとシャワーさえ、自分で出来るのなら夫の病状にも、回復度合いにも、夫のそのものにも関心ないっって言ってもいいくらいなの。ほんと、ごめーん(^◇^;)って感じなんだけどさ。今日、友達がコレくれましたたくさんの方に読んでいただき嬉しいですみんな大好きありがとっ(^з^)-☆

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    今の夫の障害の度合い
  11. なるの‼︎」うーむ車椅子で座ってやってるからでは?と思い、立ってやってみたら?と提案するも…「腰曲げるの出来ないって‼︎」とまたもお怒りモード…で、感情失禁発動して泣きながら「絞ったタオルがいいんだって‼︎」と言われたので、もう面倒になり「はい、わかりました。明日からタオル置いておきます。なるべく忘れないよう気をつけます」って言ったら「そんなに面倒くさそうに言わなくてもいいっしょ‼︎」とキレられました確かに「優しい言い方」ではなかったと思うけれど、私としてはなるべく感情込めずに一本調子で答えたつもりなんだけどね。お気に召さなかったらしい。もうね、彼に何か期待してもダメだなって思って。だからなるべく感情込めずに土偶みたいな無表情で返答するようにしてます。※袖がベチャベチャになったパジャマを洗濯に出された記憶、ないけどな〜〜で、今日さ、「らくらく点眼」買ってきて本人に見せて目薬の横に置いたけど、使ってみるわけでもなく…結局、寝る前の目薬&眼軟膏は私がつけました(-。-;チーンコメントに「mimiさん、無理なさらずに」って書いてくれる方もたくさんいて…(//∇//)うふ、ご安心をさすがに今月は、息子の高校入学の関係で激しく忙しいのだけど、入学式終わったら遊び始めるから‼︎早速、5月のライブチケットをポチッとしましたっったくさんの方に読んでいただき嬉しいですみんな大好きありがとっ(^з^)

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  12. ご訪問ありがとうございます。スミマセン、私の勘違いでいったんこの記事を下書き(非公開)にしてしまいました。もう一度、公開致します。メールがいった方、大変失礼致しました!昨日、義母から電話が来ましてね……“私ねっ。再婚する〇〇(長女)にお祝い金をあげることにしたからっ。”“あ、ありがとうございます……”“でも、今は私、お金がないからっ。”“は、はあ……”“で、私ね。思い出したんだけどっ”“はい“ (もう、イヤな予感しかしない………💧)“あのねっ。お父さん(義父)が生きてたときにあんたたち、〇〇県に引っ越ししたわよねっ。””はい。“(……30年ほど前のことですね。)”そのとき、私とお父さん(義父)が引っ越し費用を出してあげたじゃない?“え……………………??💧“あのとき貸したお金。10万円。あのお金を、〇〇(長女)に渡して。ちゃんとおばあちゃんからって言いなさいよ。”(え、え、えぇーーーっ!?)↓ここから、私の内心……た、確かにあの時は夫が転職をしたばかりで、お金がなくて。(今もないけど。笑)F県に辞令が出たけど、引っ越し費用が捻出できなくて、困って………💧で、義両親に相談したらこれ、使って!と。亡き義父が渡してくれたのでした。私たちが20代半ばのとき。あれから30年余り………まさか、返済すべきお金だったとは思いませんでした。……ワナワナてか、返済してほしいのならその旨をなぜ、今の今まで言わなかったんだろう…………30年ほど前のことですよ!?しかし、義母には逆らえません。何よりも、お金を頂いていたことに変わりはありません………。”わかりました。ありがとうございます。゛“うん。お願いねっ。” ガチャン。↓ここから、私の内心……あ、愚痴です。あのクソBBA!ドブに落ちて息絶えろ!それにしても、困ったなぁー……💧我が家にとって10万円は大金。すぐに耳を揃えて渡すことなどできません……。長女に、事情を相談してとにかく、おばあちゃんにお礼を言ってもらおう……。そして、支払いは、分割にしてもらおう……。トホホ……マジ泣きたい。人気ブログランキングにほんブログ村

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  13. 本題の前に…アメンバー申請をして下さった沢山の方々、ありがとうございました。それと、アメンバー申請に条件をつけるのは如何なものか?とのご指摘も何件も頂き…本当に申し訳ありませんでした。アメンバーの募集に関しては、本当に毎回沢山の申請を頂き、承認作業を行うだけでもとても時間が掛かります承認作業をスムーズに行うべく私なりの制限を設けてしまったのですが、「コメントやメッセージ、いいねを残さないけれど、あなたを応援している人はたくさんいるのに…」との言葉があり、本当にその通りだと、大変申し訳なく思いました。今後アメンバー募集の際には、条件云々ではなく、事前に募集日時を告知し、短時間になるとは思いますがその間に申請して下さった方は承認させていただく、というような形を取れたら良いな…と考えています。配慮が足らず、大変申し訳ありませんでしたm(_ _)m~ここから、本題に入ります~義両親を義姉の家へ送った次の日。朝早くから(6時少し前)気持ち良く寝ているところにお義母さんから電話が掛かってきました。チュンチュン(←主人の分(笑))私「もしもし?」義母「嫁ちゃん?昨日はほんっとーうにありがとうございました」私「いえいえお義母さん、良く眠れましたか?」義母「それがねー、枕が変わるとダメみたい」(そんなこと、今まで聞いたことないよ)私「枕、送りましょうか❔」義母「大丈夫よ、すぐ帰るでしょう?」私「いやっ、お義姉さんがゆっくりって言ってくれてますからすぐじゃないと思いますよ?」義母「あら、そ~お?でも大丈夫っ!そのうち慣れるわ」私「昨日はみんなでゆっくり出来ました?」義母「昨日はね、◯◯(姪)はお友達の家にお泊まりで帰ってこなくて、娘と◯◯(甥)だけだったわ。でも、年頃の男の子だから話もしなくてねーまぁ、男の子なんてそんなもんよねっ」私「お義姉さんと話せば良いじゃないですか~せっかくの親子水入らずなんですから」義母「…嫁ちゃん…。あの子…更年期かしら❔すっごくピリピリしてるのよ~」私「あ~、年齢的にそうかもしれませんね~」義母「私も、とばっちりで怒られないように気を付けないとっ(笑)」私「(笑)たまには3人でランチでもしたりお散歩したりも良いんじゃないですか?ゆっくり楽しんでくださいね」義母「ありがとう、嫁ちゃんお言葉に甘えて、羽伸ばさせてもらいます」終了デター(゚∀゚)絶対に更年期じゃないイライラ何事も経験ねっ、お義姉さんっ(笑)ひとこと我が家の子どもたちですが、お陰さまで2人とも復活しましたご心配頂き、本当にありがとうございましたちなみに私たち夫婦は、うつることなく、すこぶる元気です(笑)いつも、いいね・コメント・メッセージありがとうございますすべて有り難く読ませて頂いていますm(_ _)m

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  14. ヶ月半後。義母を当介護保険のない中、地域のボランティアグループにお世話を頼みました。帰宅してすぐ、あなたがいるから、打ち切り!今浸透してきたダブルケアが始まった。まだ荷物も片付かない中、双子の育児が始まりました。慣れない育児と当時3歳児くらいの知能の義母。今の私くらいの年齢ゆえ行政の中途障害者へのバックアップは全く血の通わないマニュアル通りの対応。義母も私に反発しまくり唯一の抵抗ハンストのオンパレード!双子は、小さいゆえ、最初は、たった20mlを飲むのに1時間!一人が寝たら、一人が起きる!揃って眠る時間は、数時間。時が経てばミルクの大缶は、2日も持たない。買い物にも行けない、ここには書けない育児で乗り切りました。自分のご飯も食べられない、眠れない。でも、義父母のご飯はきちんと作る。地獄のような日々でした。旦那も最初は、乳幼児健診などに付き添ったり、夜中も付き合ってくれましたが、とにかく眠れない日々!遅刻を度々するようになり、ピンチに呼ぶが、帰宅に1時間はかかる、会社への早退の後ろめたさから自然と今で言う、ワンオペ育児に。真冬に一人、汗をダラダラ流し当時は知恵もなく双子グッズは高価で種類もなく前に抱っこし、クーハンに入れやり過ごしました。今回の子は、まだ1歳未満、一番大変だったと思います。私も周りの無責任な言葉義父の過干渉初めてのガチガチの育児案の定子どもがあんなに欲しかったのに憎らしく、疎ましく思いました。一歳を過ぎたら、男の子を産め!の親戚からの大合唱!そして急かされ出来たのが、3号!見事な三姉妹になりました。三人を連れ、うるさい義父の元に帰りたくなくて夕方遅くまでスーパーを転々としご飯を食べて消える義父がいなくなる頃帰宅していました。まだ携帯もなかった頃。家にいて家事をするにはビデオ育児しか手がなかった。とにかく辛い!こんなはずではなかった!しかない。義父の過干渉に対する当てつけで子どもを怒り飛ばす毎日。多分、そんな声が丸聞こえだったのだろう。すぐ、隣の家から助けが来ました。当時の小学一年生の男の子!ガシッと双子を連れ帰りました。おばちゃん今のうちに家のことやりんさい!と。隣も大家族!そこのおばあちゃんには何度も料理を差し入れてもらい義父母の一品にでもと助けてもらいました。多胎児の育児は、可愛さの反面軌道に乗って双子のペースが揃うまで寝不足と、疲れから正常な判断は、望めないと思う。それが更に三つ子となれば一人では、荷が重すぎる。きっと頑張って、頑張って何とかしてきたのだと思う。でも、魔がさす時が、不意にあるのです。きっと、大切に育ててきたはず。やった事はもう戻せないけれど世の中には、一人で育児を背負っている人がいっぱいなのです。相談に行こうにも電話相談をしようにもギャーギャーすぐ泣く子を横にゆっくり話なんて出来ない。ネット検索もない中、よー乗り切ったわ、わたし!ふっ。成人した今あの頃の自分を振り返るとゾッとする!今のママは、綺麗っ!年中、トレーナーにジャージ。髪を1つに縛りしまいには、洗面所で自ら髪を切っていた。キーキー余裕なく育てた私とは雲泥の差だ!子育て世代に優しい世の中は、当時から進歩してるのか?今は、イクメン!が浸透しているが、当時は、旦那に抱っこさせて!旦那に見させて、嫁がご飯を食べてる!批判の対象だった私。この頃の経験があるから、強くなったのかもしれない。頼ることも大事!頼らず強くなるのも大事!子育てにも、介護にも共通する事だと思います。三つ子の残った、2人。この子達がいつか知ってしまうだろう。でも、お母さんも頑張ったんだろうなと複雑な思いでこのニュースを毎日見ています。そして思う。あの頃の体重が増えない!言葉が遅い!あの悩みが可愛かった!今?ご存知の通りの波乱万丈人生でありまーす。ダブルケアからのトリプルケアなう。小さな幸せを最大限の幸せに感じられるようニヤニヤを探し生きて行きますわよ。にほんブログ村

  15. 助が必要です。ですショートステイをしている施設で、急に「もう父の面倒は見れない」と言われ別の施設を探すことになりました。8年以上ショートステイを利用していた施設です。首を痛めるまでは、右半身マヒでもトイレも着替えも食事も介助なしで全部自分でやっていました。ところが、介助が必要となったとたん面倒を見れないと言われてしまいました。ロングショートステイ寝たきりの人たちが多い施設です。そして、トイレも一人で行けなくなったので朝晩ずっとおむつにされてしまいました。確かに父は前立腺のせいでトイレが近く、夜も何度もトイレに行きます。昨夜は実家に泊まって父のトイレ介助をしましたが、20時、23時、0時、1時、4時、7時とトイレに行きました。そのつどベッドから起こして、ポータブルトイレに移乗させ下着の上げ下げをしてあげなくてはなりません。これを夜の人手の少ない施設の介護士にお願いするのは酷かもしれません。それに夜はおむつのほうが父もゆっくり眠れるのかもしれません。でも、昼間人手が多いときくらいは、トイレに連れて行ってほしい。父は認知症でもありませんし、トイレの失敗もないのです。ただ、使える左手が少し不自由になってしまっただけなのです。きょうは整形外科に行って首のMRIを撮ってもらいました。少し間隔が狭いところがありますが、手術するほどではなく先生は「医療リハビリを頑張りましょう。」と言って下さいました。今いる施設では全くリハビリらしいことはしてもらえません。来週から自分で父をリハビリに連れて行くことにしました。そして、父に合った別の施設をケアマネさんに探してもらって早急に父を移すつもりです。でも、実は父はその施設が大好きでした。だから、今までも「別のところに変わってもいいんだよ」と言っても頑として受け入れなかったのです。介護士の人たちが親切だからと。でも、こうなって父は裏切られた気分だと思います。ケアマネさんも、「今いる施設はひどすぎる。トイレの介助をしてくれないなんて虐待と言ってもいい」と憤慨しています。明日、さっそくケアマネさんが探してくれた施設に見学に父と行ってきます。その施設の方は「トイレ介助は当たり前のこと。夜も希望があれば介助する」と言ってくれているそうです。自分たちに都合のいい介護ではなく人に寄り添った介護をしてくれる施設でありますように。ぼくは寄り添うより足にもたれるのが好き

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    トイレ介助をしてくれない施設
  16. 認知症の病院の先生にたんたんとあーちゃんを離すべきと言われてから、ずっと施設のことは頭にあった。それで、ネットで調べたり、地域包括支援センターで貰った冊子を見たりはしていたけれど、その先のもう一歩までは踏み出せずにいた。きっかけとなったのは、たまたまなーにゃんの家から2.3分の場所にある高齢者住宅で入居者募集の看板が出ていたこと。その看板に問い合わせ先として高齢者施設の紹介会社が書いてあり、その会社はなーにゃんの家の最寄駅にあったのだ。それで、話を聞きに行ってみようかという事になった。実は、そこに話を聞きに行こうと思った事にもきっかけがあった。2月18日認知症の病院の診察の日、朝あーちゃんから電話があったのだ。前日に電話して待ち合わせの約束をした時には全て持っていたはずなのに…。自分でいつもの場所から動かして忘れたのか、たんたんに盗られたのかは分からない。だけど少なくとも、と区役所に啖呵を切ったはずのたんたんはそういう時に全くあーちゃんの面倒を見ない。また、としつこくあーちゃんに言う割には、こういう時にあーちゃんを連れて病院へ来ることもない。どうしようもないので急遽、なーにゃんがあーちゃんを家まで迎えに行った。待ち合わせも最近は出来なくなって、約束の場所に来られないことも多いし、そうするともう病院の付き添いの時は毎回家まで迎えに行かなくてはならない日が相当近いということだ。…正直、これはかなりキツい。たんたんの協力がないどころか邪魔ばかりされての、離れて暮らしての介護には限界を感じたのもあるのだ。高齢者施設の紹介所で聞いてみたところ、なーにゃんの家から2.3分の場所の高齢者住宅は認知症対応をしていないところだったのであーちゃんの入居は無理だったのだが、また別の認知症対応のサービス付き高齢者住宅をひとつと、老人ホームをひとつ紹介いただいて、その日のうちに見学の予約を入れることが出来た。にほんブログ村

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    施設を考えたきっかけ