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  1. 出来てしまったよう認知症はスイッチの入り切りで最後まで惑わすところがあるんだろうか?その上前日まで何とか車いすに座っていられたのがベッドから身体を起こすことも難しくなっていた。水分の投与をベッドを起こして試みてもやはり飲んでくれない。この日の午後はタムラ先生の往診が予定されていた。楽観視出来ないものの急を要するほどではない。来て下さることが分かっているから待つことにした。予定より早く来てくれたタムラ先生。ばあちゃんを見るなり表情が険しくなった。金曜日の訪問看護の際サトウ看護師さんから報告を受けていた内容より重篤だったせいらしい。金曜日から3日。状態は急激に悪化している。水分が摂れていないのでまず第一に脱水が疑われ先生は看護師さんに指示してその場で点滴を施してくれた。・・・ああ。これで一安心。タムラ先生には我が家の建て替えを伝えてある。だからこのままばあちゃんを置いておくことが出来ない事情もよく心得てくれているのだ。そこでどこの病院を希望されるか?と聞かれじいちゃんの老健の隣にある同系列の病院の名前を挙げた。じいちゃんに近い方がどんな事態になろうとも対処しやすいと思ったからだ。しかし問題はこの日は祝日。成人の日。(タムラ先生は祝日でも往診アリだったが)病院はどこもお休み。入院の可否が確認出来ない。聞くところによるとタムラ先生はあちらこちらの病院とパイプがつながっているとか安心して待っていればいいんだよね・・・。お知らせ 『13番さんのあな』が7月28日本になりました→■予約はこちらAmazon↓ 毒舌嫁の在宅介護は今日も事件です! 1,080円 Amazon 楽天↓ 毒舌嫁の在宅介護は今日も事件です! [ 山田あしゅら ] 1,080円 楽天 電子書籍の予約は→コチラ↑連載書かせていただいてます↓https://mainichigahakken.net/13番さんの最新記事はこちら↓義母の認知症を認められない義父だけど・・・義父が肺炎で入院!義母はデイサービスに通い始め・・・ にほんブログ村

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    入院した方が…
  2. てのご紹介。↓義母認知症を認められない義父だけど・・・義父が肺炎で入院!義母はデイサービスに通い始め・・・引っ越しを控えていたためいずれも年明け前に書き上げたものだけど・・・。10年以上前の出来事を振り返り振り返り書きながら思う。13番さんの介護は初っ端からアクシデントとイレギュラーの連発。こちらの思い通りにコトは動かないし先の予想はつかないし。だから出たとこ勝負の『エイやぁ』で切り抜けていくしかない局面がままあってそれら全てがベストチョイスだったかどうかは定かではない。おそらくね介護のラストまでそれは続くんだと思うのよ。さてばあちゃん入院前に話を戻そう。4日・5日あたりから急激にレベル低下したばあちゃん。良くなったり悪くなったりを繰り返しつつもいつもの様子とは明らかに違っておりとにかく食べ物を受け付けない。最初は飲めていた水分も次第に飲めなくなって来た。時も時引っ越し準備も佳境を迎える真っ最中。ばあちゃんもこちらの落ち着かなさを察知しているんだろうか?だけど1週間後には家の解体が始まってしまう。もう後には引けないワケで。ホントはこの建て替え。当初、昨年中に着工の予定だった。けれど年末年始は希望者が多い上、人手は少なく。年明けからでないと受け入れられないというショート側の事情があった。元々ばあちゃんアリキの計画だから仕方はないが年度末完成を目指す事情もあり結果こんなタイトなスケジュールになってしまったのだ。ああ。ここでも『エイやぁ』が裏目に・・・。 お知らせ 『13番さんのあな』が7月28日本になりました→■予約はこちらAmazon↓ 毒舌嫁の在宅介護は今日も事件です! 1,080円 Amazon 楽天↓ 毒舌嫁の在宅介護は今日も事件です! [ 山田あしゅら ] 1,080円 楽天 電子書籍の予約は→コチラ にほんブログ村

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    エイやぁ
  3. テーマ:ダンナ実家&姑ただ今、こんな状況です。記事は 下書きのままだったものをUPしています。コメントのお返事は かなり遅くなってしまうと思います。申し訳ありません※少~しずつですが お返事を書き始めました  お待たせしてしまって申し訳ありません  些細なことなのですが 私的に心に波が立ち お返事に悩むものなど  今は少々余裕がなく、認証公開していないコメントもあります。  申し訳ありませんがご理解下さい。----------------------------------------------------------------前記事の続き。義兄にカレーを渡されるのを待っている間、義母は 鍋をのぞき込んでいた。さっきまで自分で 食べたいものを取り、食べていたので小さな鍋だし、気づかなかったことはないと思うのだが・・・ダンナが 鍋からお豆腐をひとつすくって 自分の器に取った。すると それを見ていた義母が 急に イジけたような顔になり 口を尖らせて言った。「豆腐! あの子、自分ばっかり取って来てからに!   自分ばっかり食べとるわっ」これには ダンナも義兄も 驚き呆れた顔をしていた。いきなり そんな言い方をされたダンナは カチンと来たようで・・・「はぁ? まだ ここにあるやんか! 人聞きの悪い   豆腐なんて ずっとここに入っとっただろ。   食べればいいだろう。 何で俺 怒られとるか分からんわ。」「いきなり 何でそんな言い方する?   食べたいなら アンタも取って食べたらええが。   ここに入っとるんやし、ないわけじゃあるまいし。   今まで 自分で取って食べ取ったやんか。 何を急に言い出すかと思ったわ」義兄がいるし、気を使ってくれているのが分かるのでダンナが 義母に言うのを我慢したのが分かった。我慢するために ダンナは 豆腐を取りに行くと 席を立ち・・・私も行くと、「何だあれ。 何で いきなりあんな言い方する?   あれは ちょっと(頭に)来たわ。」「あの人(母)もそうじゃん。   言い方よね。 素直に食べたいって言えば、まだかわいいのにね。」「うん。 あれはないわ~」・・・ほぼ毎日、そんな母を見てるでしょうに。   やっぱり自分の親と 母は別モノだとでも思ってるのね。   母ほど酷くなくても、同じことよ。 離れてるから分からないだけだ。   義兄の義母の扱い方見てれば 分かるだろう。   ・・・分からないのよね、ウチのダンナさんは   席に戻ったダンナは ちょっと引きつりながら「豆腐持って来たで。 入れるで食べ。」   義母は それに返事せず。カレーを食べていた。義母は お豆腐を食べたのだが、1個だけ。それなら 義母があんな言い方をした時点で お豆腐は まだ鍋の中に4つあったのだから、食べれば良かっただけのこと。「アンタ、豆腐は? 持って来てもらったんやろ。」「 あんな やらしい言い方したんやで もっと食べるやろ。」「豆腐はもうええ。いらん。」「1個しか食うてないやん。    ほんなことなら あんな言い方せんときゃいいのに」残りの豆腐は 義兄とダンナが片付けた。おそらく義母は、カレーを待ちきれずにイライラしていたのだろう。豆腐を持って来た頃には カレーを食べ出していたのでもうどうでも良かったのだろう。そもそも豆腐なんて 八つ当たりしたかったところに目に入ったから言っただけなのでは?と思った。義兄に渡されたカレーを 食べ終わると、義兄に世話を焼いてもらって 調子に乗ってきていた義母は野菜を見に行って来ると言い、義兄の後をついて席を立った。義兄は 義母に自分で野菜を持って来させるとどうなるか分かっているらしく、義母には取らせず。席に戻って来た義母は、「野菜んとこにな、オクラがあったで。   オクラ。 あんたら食べん? 食べるやろ、オクラ。   持って来たらええやん。オクラおいしいで~   ちゃ~ん、オクラおいしいよな~ アンタ、食べるやろ?   持って来たらええやん、な?」・・・あ~あ ほら来たよ。またか「あ~私、オクラ 苦手だから」「はぁっ?! あんた、オクラ嫌いなん? おいっしいのに!」「いや、嫌いじゃないけど 好んでは食べないし、今はいらない。」「オクラ、食べてみぃな! おいしいで~ 取っておいで~な?」目でダンナに訴えると、「俺らはいらんで。 アンタが食べたいなら 持って来たるで。」「アンタ、食べへん? 食べたらええが~」「いらん言っとるが。  俺らは食わん。」「アンタが食べたいんやろ。 持って来るか?」義兄が言うと、素直に頷いた義母。・・・何なんだ。 まぁ、ダンナは義兄みたいに やさしくは聞いてくれないしね。ダンナがオクラを取りにいくことに。 ついでに野菜も。私も タレを取りに行くと言い、ダンナについて行った。あの場に残ったら、絶対に義母にグチグチ言われるから。「こんなん持って行ったって どうせ そんなに食べんやろ。   1個でいいよな?」「自分で食べなくたって 少ないとケチられたとか言うよ。絶対。」「あぁ~ じゃあ2本? 3本にしとくか。」席に戻ると、案の定 「オクラ取って来てくれたん? 3本だけ? あんたケチくさいなぁ  もっと持っておいぃ~(おいで)」「アンタ以外誰も食べんのやで 十分やろ。   また食べんとか言って、食いたくもないモン押しつけられるの嫌やでな。」義母は すーっと横を向いた。・・・自覚はあるんだな。義兄が 鍋にオクラをいれようとしたら、「ソレ! 鍋に入れんの?!」と 大きな声で 慌てて義母が止めてきた。「は? そうやろ。」「そのまま食べるんちゃうの?」「ソレ、生やで。 サラダ用のじゃなかった。」「生でも食べれるやろ。 わたい、そのまま食べるわ。」「え?このまま食べるん? やめとき。 サラダ用やない。   固いで。 アンタ、固いもんアカンやんか。」「アカンか? 食べれるやろ」「もう・・・生で食べたいなら 好きにすりゃいいけど   固いとか言って 吐き出さんといてな。    頼むで そんなんせんでよ。 まだみんな食べ取るんやで。」・・・あぁ、これは前にやったのね「鍋に入れて。 固いのやったら・・・アカンで」鍋に入れたオクラ。義母は デザートのことを話しているうちに忘れたらしく・・・言われてやっと食べたが、やはり1個だけ。怒られていたが、な~んとも思っていない顔だった。  にほんブログ村

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  4. 今朝も早くから、「あれしてこれして」のナニサマ。起きてきて一番、「あ、電気消すの、忘れちゃった」から始まって、すぐに動かない夫婦にしびれを切らすように「お願いしますっ!パジャマの横にリモコン、ありますから!」と、強い口調。それでも無視する夫婦。(笑)(心の中で「ちっ!自分で戻って消せよ」とつぶやいている)自分のことを一番にやってもらえないと、機嫌の悪いナニサマ。知るかーってんです。(≧▽≦)さて、今朝の新聞の一面に載っていた記事。(さっき、momoさんのブログを拝見したら、同じことに目をつけておられましたね。(笑))相続 配偶者を優遇自宅に住み続けられる権利 新設へ高齢化社会に合わせて、故人の配偶者が住まいや生活費を確保しやすくなることを柱とした民法の改正要綱案が、まとまったというのだ。相続人に金銭を請求できる制度の新設なども盛り込まれたとのこと。これまで預貯金などの財産が少ない場合、自宅を売却して遺産を分割せざるをえず、配偶者が退去を迫られるケースがあった、と。そこに、「配偶者居住権」を新設したというわけだ。つまり「所有権」と「居住権」を分割し、所有権が別の相続人に渡っても自宅に住み続ける権利が出来たというわけだ。相続人に金銭を請求できるのは、相続人以外の親族が、介護をした場合、相続する権利がなくても、遺産の相続人に金銭を請求できるってことだ。これって義親を介護してきた「息子の嫁」を想定したものらしい。「息子」が亡くなっている場合、「息子の嫁」が介護などで「貢献」をしても相続で考慮されなかったことを鑑みたってことらしい。なんかさー、嫁って、女って、ずいぶん損している存在なんだなーってまたまた再認識しちゃいました。だいたい、うちの場合でも姑を世話しているのはこの私だっていうのに、バアチャン死んだら、何が残るかっていうと何も残らないわけですもんね。もちろん、お金目当てで介護しているわけではないけど、こっちもそこそこ年寄なんで、先行きのことが心配なわけです。私のような場合は、夫がいるから心配することはないのだけど、夫が先に亡くなってしまったら、と思うとやっぱり考えちゃいますね。まあ、今は夫を信じてこの先も生きていくしかないですけど。切実な方もたくさんおられるでしょうから、この改正案にホッとしておられる方も多いんでしょうねえ。相続も高齢化に配慮しないといけない時代になったんですね。そうかと思うと年金の話。これまた次の記事で。ご長寿?と言われる年齢に入ってきたmakochan、(笑)まだまだ勉強しないとね。(≧▽≦)

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  5. サークルハート西にお世話になろうと決めてからはスピーディに進みました。施設の専務のゆかりさんは、一刻も早く、老健フルールラリラから引っ越しましょうと言ってくれました。まずは、父の面談です。施設に連絡を入れ、父のいる老健フルールラリラに面談に来て下さいました。ゆかりさんは、施設でお会いしたときのブランドづくめのバブリーな格好ではなく、清楚な薄化粧に白衣を見にまとい、ナースの姿でいらっしゃいました。ケアマネは助手みたいな感じでついてきました。こちらも白衣。父の様子が、私が報告した状態と同じという事を確認したり、色々と質問したり、身体のチェックをしたり、してました。カズオさん(父)腹筋と背筋がありますねってゆかりさんが言いました。車イスにずーっと放置されてるから、きっと自然に鍛えられたんですね、って答えました。事実鍛えられているのだから、車イス放置もこの老健の方が言うように、リハビリの一環だったのかもしれないね。そこまでして、鍛えてもらわなくてもよかったけどね。面談の結果、特に問題がなかったので、サークルハート西への入所が正式に決まりました。ゆかりさんは施設の方に、大至急で書類を準備して欲しいと頼み、すぐにサークルハート西へ引越しすることになりました。

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  6. こんばんは。今日は一日、雨でしたね。花粉症には有り難い雨☂️でした。昨日、同居する前に住んでいた所にお気に入りのパン屋さんがあって、ドライブがてら買いに行ってきました〜(^^)そして、ラーメン二郎さんも近くにあるので久々に堪能ー🍜ニンニクいれますか!うぅ〜これこれ❤️❤️ランチから夜ご飯まで7時間以上あったけどずぇん、ずぇんお腹空かず。昨夜は夕飯を抜いたのだー。笑っそして、学校から帰宅した息子くんは右目が真っ赤に腫れていて病院へ。汚ったない手で目をこすりばい菌が入ってお岩さんになりました。(お岩さんは古いなっ。笑っ)眼帯している息子を見て義母はん泣きだし‥た‥。可哀想にー(泣っ)だってさ〜〜。引くわー!可哀想か❓子供あるあるじゃないかなー。ばか‥なの‥。よく、そんなんで泣けるわ。面倒すぎて、全てスルー。ただの結膜炎&花粉症だから息子は死にましぇーん❗️(古っ)言っておきました。でね、今日の夕方、帰宅した息子を見て目の腫れはうっすら引いてたけど、不自然な目ですよ。義母はんは、興味がなくなったらしくなーんの言葉もない!すげー、昨日との温度差だわそっちのが驚くょ笑っお年寄りあるあるですね!大好きなパンは、義母はんもお気に入りで。朝食べて、昼食べて。息子くんのオヤツに残しておいたのが無くなっていました一個も残ってませんでした。義母に聞いたら、一瞬びっくりな顔になり、残ってたから食べたそうです。えっーこんな事、する人じゃなかったよね。息子のだょ!って言っといたでしょ〜!義母はんは泣くわ、泣くわ。もう、キッチンにおけませんね〜。次はこれかぁ。来てます!来てます!息子くんは、待ちに待ってた大好きなパンが食べられず。拗ねました。拗ねた息子を見て、更に泣いた義母はん。泣いてるだけだけどねぇ。ここ数日は、良く泣く義母はんです。弱々しく泣いたり、威張ってみたり。自分でも、もう分からなくなっちゃってますよね。明日は、どんな義母はんなんでしょーか。明日は息子くんリクエストで、何故かケーキになりました🍰まっ、いっかインフルエンザに胃腸炎が流行ってますね。皆さまも、お気をつけ下さいませ。

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  7. ただ今、こんな状況です。記事は 下書きのままだったものをUPしています。コメントのお返事は かなり遅くなってしまうと思います。申し訳ありません-----------------------------------------------------1月3日 義実家へ。いつもならクリスマス頃には 義母の贈り物攻撃やら電話やら、正月はいつ来るのか?という催促が来るのだが、義母からの連絡が来たのは 大晦日の夕方だった。ダンナのケイタイにかかってきた電話。・・・やっぱり ちゃ~んと用事によって   電話をかける先を選んでるのね穏やかに話していたダンナ。横にいて聞こえて来た話は・・・ま~た 義兄一家と一緒に食事をしたいと言い出した義母。11月に義母からかかって来た電話で「わたい、みんなと一緒に食事するのが 夢なんやわ~」と 言っていた。・・・はぁ?だ。 そんなの何度もしてるじゃないか。っていうか、息子たち(義兄とウチのダンナ)以外みんな嫌がってるから 機会が減ってきているだけのことだ。なるべくしてなった結果だろう。適当にはぐらかすかと思っていたら、ダンナは 簡単にOKした。この2週間、年末年始に向けて準備してきてさぁ! これからメイン!というところで 一気にテンションが下がった。なんとも言えない やるせなさ。 気力がなくなった。年老いた母を想うダンナの気持も分かるが、私にだって これまでの義母とのことがあり、簡単に快諾出来ない。義母が悪い人間だとは思わないが、ダンナに見えないようにされてきた 今までのことがあまりに積み重なりすぎて・・・・義母の良いところなんて 霞んでしまうのだ。毎回、割り切るのに 自分の中でかなり葛藤するのに・・・・いつもとは 少し違うダンナの即答。いつもはぐらかされるからか、義母のどうしても!という思いからか、いつ来るのか 義母は食い下がって聞いてきて。その場で 日にちまで約束して。こんなことは 10年以上なかったのに。  (厄介なことになるので、義母にはギリギリまで言わないことにしている)あぁ・・・そうだよね。 そういうことも考えてのことだったか・・・と絹ババの納骨に付き合ってくれたのは正月が近く、義実家に行ったときのことを考えてのことだったのかも・・・とそれなら私は何も言えないもんね・・・とダンナを疑うような思いを抱いてしまった。たとえ そうでないとしても、極力 義兄一家との食事を避けようとしている私を知っていながら、即答でOKしたダンナに 不信感。まるで ダンナに裏切られたような、自分を蔑ろにされたような変な落ち込みと、気力がなくなってしまった。もう消えてくれよ・・・と思ってしまうくらい・・・今までのことがグルグルと浮かんで・・・大袈裟だと思われるかもしれないが・・・・何でこの人は 一人で自分の実家へ行かないんだ?とイラついた。・・・ま、一応嫁だしね。 勤めのうちだわねと 無理矢理 なんとか切り替えなくてはと思っていた。電話を切った後、ダンナがこっちを向き、今、聞こえていたことを 私に言った。その言い方が、決まったんだから 仕方ないでしょというカンジで頭では仕方ないと分かっていても 腹立たしかった。そして・・・ダンナが言ったことに呆れた。ダンナは私に 「今回はちゃんと言っといたよ!」と、アナタの希望は言いましたよ!みたいに言って来て・・・・正直、はぁ?何言ってんだ? と思った。ダンナは義母に「行くのはいいけど、アンタ、兄貴に全部出させたらアカンで!   そんなんやったら もう行かんでな。   ウチとで 半分ずつ出すで! 」そんなことを言っていた。・・・全く この人は 何にも分かっていない。義兄は ほとんど 支払いをしたことはない。 というか今まで、2度だけだ。ゼニーが そんなことはさせないから。義兄が 先に立ちレジに向かうときに 出しているお金は前もって これで払ってと義母から渡されたお金だ。私は それを見ているし、聞いている。だが義母は 兄弟間で上下をつけたいらしく、毎回 義兄を立てるように言う。「兄ちゃんが出してくれると! 良かったなぁ!   よ~うお礼言うときよ! あんたらに ようしてくれたわ!お礼言いなよ!」と、しつこく言うのだ。自分が 息子や孫と食事したくて言い出したことなのに。黙っていつまでも そんなことに付き合っているのは バカバカしいので、私は ある時期から、帰宅してからすぐに義兄宅に お礼の手紙を添えて 食事の代金以上の品を送るようにした。このことを ずっと前にダンナに話した。だから言ったのだろうが・・・こんなことは もうとっくに対策をしている。今更なんだ?というカンジ。私が義兄宅に お礼の品を送ると、義母は 義兄側に 自分が言ったことと辻褄が合わなくなったり、ゼニーに内緒だったことがバレるハメになり、それ以降、私たち夫婦に 必要以上にお礼を強制してくるときは「これはな、何も返しなんてせんでいいからな。   ありがとうございますって お礼だけ言うてくれればええでな。   返しなんてせんでええから。な。 礼だけ言うときや!」と、言うようになったので、義母が出したかどうかは すぐに分かるようになった。それに・・・本当に義兄が出しているときは義母のゼニーへの反応が 尋常じゃないので すぐに分かるのだ。ダンナに言っておいた。支払いの話ではない。 いつも それ以上の品物を送っており、支払いは全額ウチのときもある。 もちろん、ウチの場合は義母から援助はされていない。我が家が 義兄宅に してもらいっぱなしということは絶対にない。義母に 釘を刺してくれる気があるなら、「我が家をダシにして 義兄宅を呼び出したり、ウソをつかないでもらいたい」ということを言って! と言うと、ダンナは少し不機嫌そうにして返事をしなかった。  まったく・・・毎年毎年 いい加減にしてくれ。ダンナ一人で行けばいい!とは思うのだが、私がいなければ きっとダンナは、義母のお財布になるわ、口の上手いゼニーの思う通りに 色々聞き出されることだろう。そうなった後のほうが 私は大変になることは間違いないから仕方なくでも行くしかない。1月3日。 義実家へ行き、義母と義兄一家と一緒に 昼食を食べることになってしまった。そして 義実家行きは、かまってちゃんが 早まるだけなので 当日ギリギリまで母には言わないことに。つづきます。にほんブログ村

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  8. とうございます最近認知症について色々考えます私の実父母が心配です(泣)実は去年、さりげなく両親に認知症の検査を受けるようにすすめたのですが、断られました年齢による物忘れは仕方ありませんが、義母のように手遅れになる前に、私たち姉妹は両親の情報交換をしています。三姉妹でLINEでグループを作ってます両親と一緒に暮らす一番上の姉は両親に変わった行動があると連絡をくれます。真ん中の姉は他県にいるので定期的に母に電話して様子を連絡してくれます。末っ子の私は両親と出掛ける事が多いので姉達からの情報を元に様子を見てます三姉妹の連携プレーです私は義母を見ていたから認知症の知識は姉達よりありますから何故か両親とも私のお願いは聞いてくれるんです先日、一年ぶりに両親に言いました寒い時期が終わったら認知症の検査をしようって、、、私が一緒だから大丈夫だから今回はすんなりOKでしたいつ両親が認知症になるか分からないから早めに検査をすれば安心です。認知症だったとしても薬で進行を遅らす事がでます三姉妹で協力して両親を見守りたいと思います春になったら両親を連れて検査に行って来ます私も気が楽になりました義母の介護での知識が役に立ちます

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  9. そういえば、、、
  10. どうも今年はイライラモードが続いている私です。なぜかなぁ?だいたいは、原因がわかっているけれど。きっかけは、年末、次男が来年(もう今年)結婚するという彼女を連れてきたこと。彼女は、全然気を使わなくていい、とてもかわいい子だったし、長男の時とは違い、同じ県内の子なので行き来がしやすいし。でも、たとえ同じ県内でも、顔合わせだの結婚式に出るためには、ばーばをどうにかしなきゃいけない。それがね、負担なんですよね。普段の生活と違う段取りをつけ、ばーばの体調にもより一層気を遣わなくてはならない。たぶん、ばーば大好きの次男は、ばーばに式に出席してもらいたいと思っている。そうなると、いろいろ手配や準備が大変になる。ばーばがあれだけ可愛がっていた次男が結婚するというのに、彼女に会ったことも全く覚えてないし、どんどん理解能力も落ちてくるし。「もっとしっかりしてよ」と、つい思ってしまう。そういう感情が芽生えると、ばーばのやることなすことに腹が立つ。夜中、眠れなくて壁をドンドン叩くと、「今何時かもわからないの?真夜中でしょ」と怒鳴りつけ、いつものようにオシッコを漏らしただけなのに、「なんでちゃんとポータブルに座らないの?」と怒ってしまう。ばーばにとっては、孫が結婚しようが自分の生活には関係ないんだろうけど、こっちはいろいろ大変なんだよ。で、イライラモードが続いてしまう。三食食べて排泄して、デイに行って、身体の調子はすこぶる調子が良いばーば。それだけでも十分だし、有り難いことなんだけれど、つい私の「母親」、息子たちにとっての「祖母」として、しっかりして欲しいと欲張ってしまう。又、今年も咲いてくれた蘭の花。花や観葉植物を見て、少しは心を落ち着かせようと思ってます。ぽちっと応援お願いします人気ブログランキングこっちもぽちっとねにほんブログ村

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    イライラモード続く
  11. インフルエンザがあちこちで猛威をふるっているこの時期姑が居る老健でも流行しているらしい。今のところ入所者は感染していないらしいけれどスタッフさんが数名インフルエンザでお休みしているとか。それ以上広がりませんように。。そういえば、去年の今頃、この老健に居た舅もインフルエンザにかかったのよねぇ。。*****昨日はその老健で三か月に一回開かれる姑の担当者会議があった。看護師長も出席して、いつもより多い人数。介護士栄養士リハビリ担当者看護師看護師長相談員いつもの通り相談員さんの挨拶でスタートした。介護士さんからは 「タンスの中に汚れたパッドなどがないか毎朝確認させてもらっています」栄養士さんからは 「いつも完食されてます」など特別かわった話はなかったけれど、その都度こちらから疑問点を質問。以前の面会時、いつも穿いているはずの弾性ストッキングを穿いてないのを見ていたのでそれを訊いてみた。「状態が良くなったということでしょうか?」皆さん、初耳だったようで「いえいえ、心臓の数値も良くないですし、むくみもあります。 そのときはお風呂から出たばかりだったのかもしれません。 あるいはご本人がご自分で脱がれたかもしれません。 気が付かれたらその都度私たちにお知らせください。」その帰り、姑の脚を見ると弾性ストッキング、また穿いてないやん。早速スタッフさんに伝えておいた。そうそう!お正月に大勢集まった写真をA4用紙に印刷してクリアファイルに入れて置いてある。その写真を見ながら姑と談笑したけれど姑は食事に行ったことは覚えてない感じ。それに実子たちの名前はなんとか出てくるけれどその相方の名前が出てこない。もちろん私の名前も。。仕方がないねぇ。。今日も来たよ~のしるしに、応援クリックよろしくお願いします。↓ ↓ ↓にほんブログ村にほんブログ村福祉・介護 ブログランキングへ励みになります。ありがとうございます。

  12. にも書いていますがヘルパーさんに入ってもらうようになった経緯を再度書かせていただきます。現在母は要介護1で、認知症のため短期の記憶に障害があります。何でも一人でできると思っている母は、私が週に2回程度様子を見に行きながら、退院してしばらくの間は一人で生活していました.。できていない部分を私が少し手伝ってあげる程度で、それなりに一人で生活もできていました。ただ一人にしておくと、寂しさのせいなのか?そこはちょっとよくわかりませんが、帰宅直後から町内会の役員や会長、地域の包括支援センターに電話をしまくって、苦情の電話や怒鳴り込みにというような迷惑行為をはじめました。怒鳴り込みに行く理由は、自分は昔市から依頼されて近所のお年寄りを、日帰り入浴や、食事、買い物などに車で連れ行ってあげて、ボランティアで面倒見ていたので、自分が年を取った今、ボランティアで同じことをしてもらって当然なのに、なぜ来てくれないのか。という事でした。今は昔と違って、介護保険法ができたので、無料のボランティアではなく、保険を使ってサービスを利用する時代になっている。と、いくら説明しても聞く耳をもってくれませんでした。実際の所は、近所の年配のお友達を、車に乗せてあげて、遊びに行っていただけなのですが、母はそれを頭の中で自分に都合のいいように変換し、周りにひたすらうったえているのです。本人は、市からボランティアを依頼された第一号と言っていますが、昔の事すぎて、本当に市からのボランティアの依頼があったのかを誰も確認することはできません。問題行動の原因となる、この母の要求を満たすために、ヘルパーを導入する事になったのです。そこで何をしてもらうか話し合った結果、ヘルパーさんに、市からの無料のボランティアで来ていますというふりをしてもらい、一人で生活していて何か困ったことはないですか?といった相談に乗りながら生活の支援をするという事になりました。また、精神的に疾患(発達障害、双極性感情障害)があるため、処方されているお薬をきちんと飲んでもらうという目的もありました。訪問介護計画書には、月~日、16時~50分程度体調確認(3分)服薬確認(5分)ともに行う掃除(15分)買い物代行(20分)洗濯(20分)掃除(20分)記録票記入(5分)*サービス内容は本人と相談しながら適宜組み合わせて行う。*訪問時、身体状況の把握。生活環境の確認を行う。以上の項目が書いてあります。これはヘルパー導入の際、介護保険を利用するための許可をとるためにだけに作成された計画書なので、実際に書かれている項目は仮の項目になります。来られるのは、介護福祉士の資格をもった主任クラスのヘルパーさん一名です。たまに違う人も来られますが、代わりに来る人も介護福祉士の資格を持っているベテランの方です。ヘルパーさんが毎日来るようになると、母のボランティアで面倒を見ろという要求が満たされているので、すぐにご近所への苦情や怒鳴り込みは落ち着きました。ケアマネも、ヘルパーさんに来てもらえさえいれば、母が落ち着いているので、それでいいやと放置している状態です。実際はボランティアでもなんでも無く、母の年金からヘルパーとして毎日1時間、月に20日程度の利用料を払って来てもらっているのです。来てもらうと落ち着いているからという理由だけで、三ヶ月が経過しました。ただそれだけで、そこから生活の支援をするという所に全くつながっていません。家族がそれだけでは納得行かないのは、当然だと思いませんか?私が多くを求めすぎているのですか?と、わからなくなっています。

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  13. 昼寝のあと起こして車椅子に移乗させようとしたら…母、転倒、床に尻もち今日も悪戦苦闘し、母を起こすのに、腰痛に耐えながら、1時間格闘し、ついにめまいが起きた何とかベッドに持ち上げて、また横にしたもう、自分だけの介助では無理だ、こんな頻繁に母が転倒しては、いつか骨折して、大変な事になりかねない、早急にヘルパーさんをお願いしなくてはと、何故か、ケアマネを無視して、ヘルパーさんの派遣会社に直接電話したら、やはり、ケアマネさんを通して下さいとお断りされたこの前すっぽかされた事で、いざとなったらケアマネは信用できないと、私が思ってるんだとよく分かった仕方なくケアマネに電話したら、今、色々問い合わせているところで、ヘルパーさんとデイの包括型はどうですか❓とあれこれ言われたが、母を起こすのに1時間格闘した直後、何だか体も頭もフラフラで、話が頭に入らない、とにかく直ぐ決めたいから、お話を直接聞かせて下さいと、担当者を家に呼んでもらった、その前に母の尿取りパッドを変えようと、トイレに連れて行ったら…う○こ爆発したーーっ‼️こ、このタイミングで、爆発か、案の定、担当者から、今から伺うと電話がかかってきたタイミング悪く、大きいのがオムツの中で大変な事になってしまって…と、電話で状況を話したら、大丈夫です、私どもでやらせてください、慣れてますから平気です、お母さんをそのままにしておいて下さいねえっ、話し合いなのに、助けてくれる、ヨレヨレの私には神さまだよ〜ズボン変えて、オムツ変えて、靴下も汚れたから変えて、あとはう○こが出るのを待つのみ…という所で、担当者が2人来て、お尻拭き、ベッドまで運んでくれた今までずっと1人で介護されてたんですか⁉️お母さん、立てないのに⁉️これは1人じゃ無理ですやはり、そうなんだ、お尻拭きも2人がかり、移乗も2人がかり、ベッドに寝かせるのも2人がかりだ、腰と肘が痛くなるのも当たり前と、プロに言われた限界が来たんだ、毎日、朝昼晩と、トイレとオムツ交換、デイは行く前と、帰りに、トイレとオムツ交換と着替えをヘルパーさんに頼む事にし、デイは、その会社のデイに、週3回お願いする事にした一度に色々言われて、正直、ヘロヘロで頭に入らなかった、明日は早速ヘルパーさんが朝来て、その後母は早速デイに行く、私も一緒にデイに行き、見学して契約する事にした今日はあまりに目まぐるしかった、何が何だか分からなくなりながら、う○この洗濯して、トイレ掃除して、夕飯作って食べさせ、歯磨きさせ、顔拭いて、オムツ変えたら、あっと言う間に夜の9時半だ最悪と言えば確かに最悪な日だった、でも、明日からはトイレ介助もオムツ交換もしなくていい、おまけに、デイは夕飯まで提供してくれ、母は6時に帰ってくる、何かあれば、24時間、いつでも対応してくれる、ショートステイもできる、何だか、夢のような話だでも、ちゃんと頭に入ってないから、明日しっかり聞いてこよう生活スタイルがガラリと変わる第一歩だ、上手くいくといいな…そして、やはりケアマネは変えようかな…もう少し早く決めて欲しかった、転倒して、こちらがせっつかないと案も教えてくれないし、母の介護保険証、ケアマネが持ちっぱなしだったし、いざという時、役に立たない、忙しいでは済まなくなって来たんだ、一番の問題、私、信用してないしな母も嫌いだしなとりあえず、明日はシャキッと、きちんと話し合いして、新しい生活のスタートだ

  14. 『やっぱり猫が好き』ってご存知ですか?昭和63年〜平成3年に放送された三谷幸喜脚本の深夜ドラマです♪(20代の頃小林聡美に似てるとよく言われたな...)ドラマとは全然関係ありませんが...相方はなぜか『カエルが好き』わが家には蛙がいっぱいです(笑)雑貨屋で蛙のお香立てや置物を見かけるとすぐ購入したり義妹が海外旅行で買ってきてくれたりとどんどん増えちゃって(´ー`;)そういえば聞いたことなかったけど難病になってから何で好きなのか聞いてみたら蛙自体も可愛いいし何より「かえる」という言葉がいいねと。何か深い感じがしました(´ー`)右は昔私にくれたクリスマスカードのカエルサンタ昨年 初秋相方に別れることを考えようと言われました。これからもっと身体が動かなくなり本格的な介護が始まる事になるそれに巻き込みたくない私のこれからの人生を考えての事だと思います。また 相方はもともと「男とは」という強い強い考えがあり自分が介護される生活が耐えられないというのがあったようです。私はもちろんサポートしていくつもりで何度も話し合いましたがでも私もあまり強くは否定しませんでした。人としての本質的な考えそれを曲げさせてまで一緒にいる事が良い事とは思えなかったからです。相方が本当にそうしたいならそうしようと。とにかくあせらずあせらせず日々過ごしていました。ブログ書きはじめたばっかりでもう離婚なんて読者の皆さんにあきれられちゃうなぁとか思ったり...(´ー`;)でもようやく相方は少し気持ちが吹っ切れたのか重い鎧を下ろす事ができたのか...とりあえず 今後も一緒に生きていけそうです。ブログでも触れましたが相方は一時期不眠障害だったのが完全には治らずとも少し柔らいだ様子でまた食欲もかなり減退してましたが今はだいぶ戻ってきて「久しぶりにお腹がすいた感覚」と言って起きてきたりやはり精神的なものが大きかったのでしょうか。どんなに強い人でもこんなに弱らせてしまうなんて難病 本当に憎いです。まぁこれからお互い想像しなかったような苦労がありその度にまた悩むと思いますがひとつひとつ乗り越えていくしかないですよね(´~`)これからもゆるやかにあたたく見守っていただけたら幸いです(-人-)ヽ(´ー` )ノ冷蔵庫に付けてるタイマーもカエルちゃん

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    やっぱりカエルが好き
  15. 母の脳出血のこと③の続きです。救急車に乗っている間、まだ着かないのか、まだ着かないのか、と思いながら、母に声を掛ける。手を握り、大丈夫だよーもうすぐ病院だよー〇〇病院だって。よかったね!などなど。〇〇病院までならもう着いてもいい頃なのにと思いながら、こちらの不安をなるべく母に伝わらないよう笑顔で、大丈夫だよと語りかけました。救急隊員さんが、歩行者の方や車の運転手さんに止まって下さいとか、色々お願いしています。お願いします!みなさん、早く母を病院に到着させてあげて下さい!!と祈りながら聞いていました。今回の母のことがあり、救急車のサイレンを聞くと、頑張れ!!頑張れ!!と中にいる方、ご家族に向けて思うようになりました。やっと病院に到着。長かったーでも病院に着いたから、もう大丈夫だ。と少し安心して救急車から降りると、ちょうど兄も到着。兄がとても心配そうな顔で近寄ってきました。とりあえず救急救命センターのお医者さんが母を連れてってくれたので、もう任せるしかない。家族は控室で待つよう言われました。駆けつけたばかりの兄に、ここまでのことを説明。兄は母のことが大好きなので、もちろん心配はしていましたが、楽観的というか、とても論理的な人なのであまり動揺はしておらず、父と私に飲み物を買ってきてくれたり、大丈夫でしょ、みたいに笑ったりしていました。誰かがそこを通るたびにみんなで立ち上がり、あ、先生じゃなかったと座る、テレビドラマにありそうな風景そのもので。それを何度か繰り返していると、先生がいらっしゃいました!次回に続きます。頑張る母に、応援のポチッ↓お願いいたしますm(_ _)mにほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村

  16. ブログに訪問くださりありがとうございます。昨年私は右耳を悪くし難聴になってしまった。去年は何かと忙しく身体を休める時間もあまりなく兄のこともあったり、、で自分の耳のことは疎かにしてしまっていた。言い訳である。笑治療も中途半端にしていた私が飛行機に乗った。難聴になってからの初搭乗だった。まっ、大丈夫だろう、、と軽視していたのが大間違いだった。私は難聴という病をナメていた。やっぱりまだまだ未熟者だ。あの辛さは忘れられない。もう当分飛行機には乗れないだろう、と言うか乗りたくない。今年は上海にいる友人に会いに行く予定だった。とても楽しみにしていたがムリだろう。辛さに耐えれる自信が今はない。どんな事でも経験しなきゃわからないな、、と改めて思った。いつも兄には〝ムリしてでも笑いなさいよ〟と 上から目線で偉そうに言っている私だが兄ちゃん、ごめんなさい。笑顔でいられない時もあるのですね。辛い時しんどい時に笑顔で、、、なんてムリでした。(^^;;素直に謝ります。笑難聴の私と記憶障害の兄との二人の会話は時に可笑しく滑稽である。何度も同じことを聞いてくる兄。聞こえが悪く何度も聞き返す妹。困った兄妹だ。笑