
24MAY.
101系と111系
今日、明日は白馬で「HAKUBAヤッホーFESTIVAL 2026」が開催されるようで次男が出かけていきました。 前回EF13凸型を購入してかなり古い昭和の話を書いたところ、ど真ん中のコメントや上手く外したコメントもいただきました。 今回はもう少し美里山倶楽部が見てきた時代の車輌を出してみました。 それが101系と111系です。 101系は昭和32年に登場。当時は90系として国鉄の新性能電車の第一号デビュー。国鉄電車発展の礎となった車輌です。 主に中央線、ちょっと山手線、そして総武緩行線に投入されました。 一方の111系は昭和37年に登場。 東海道本線東京から西へ向かって投入されて、それまでの80系や153系の2扉クロスシート車から、3扉セミクロスシート車へと車種転換が図られて輸送力を大幅に増強しました。 この形式は101系⇒103系、111系⇒113系と出力がアップした形式が登場しました。 特に111系は「モハ111+モハ110」のユニットは、1,2年後に「モハ113+モハ112」になり、「モハ111+モハ110」は短命でしたが、クハ、サハ、サロなどは111系のまま残りました。 101系は昭和39年に103系が登場するまでは量産されたので冷房化された車輌もありましたね。 101系は「クモハ+モハ」「モハ+モハ」ユニットがありました。いわゆる2両で機器を分散して走る構造で片一方のモーター車1両では走れなくて、模型でも必ずニコイチで編成を組みたいです。 「クモハ+モハ」があるので3両でも編成が組めるので末期には鶴見線でも走っていた記憶があります。 111系は「モハ+モハ」ユニットのみでしたので最短でも4両編成になります。 実は美里山倶楽部は写真の4両ユニットしか持っていません。 113系は冷房化フル編成でありますが、この4両編成はどこかのローカル線で走らせようと購入しました。 この頃の通勤車両はラッシュ時の混雑がすさまじく、乗車率200%なんで当たり前、250%になる場合もありました。 しかもまだ冷房化していなくて、夏は隣同士ベタベタな身体を否応なく触れあうのが楽しみ? 冬は着ぶくれラッシュでいくら駅員アルバイトのお兄さんが押しても入らない状況でした。 そんなころ通勤地獄を予備校時代に味わった美里山倶楽部は都会に嫌気が差して、大学は冬の雪は我慢しても裏日本大学へ進学し、就職はいくら朝冷え込んでもいいので信州へ就職した人生なのです。 そんな話はともかく、101系、111系ともに登場からしばらくはグローブ型ベンチレーターのみというスッキリした屋根上でした。 (ここだけの話「グローブベンチレーター」と記すのがいいのか、「グローブ型ベンチレーター」と記すのが正しいのかわからない美里山倶楽部です) 近郊型のグロベンモデルはKATO以外には初期のグリーンマックス品の他はマイクロエースでごく一部あっただけと記憶しているので珍しいでしょう。 東京駅では遠く離れてこのように並んでいたのかもしれません。我が家のエアコン購入問題は未解決このブログが参考になった方はこちらのアイコンをクリック↓にほんブログ村

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