ブログジャンル
公式ジャンル「鉄道」記事ランキングページです。鉄道ジャンルで一番人気の記事は「温泉のある駅 津南駅 訪問記録 /「懐かしの駅スタンプラリー」18きっぷ編-5」です。
女子鉄すみれの一人旅ブログ
…3年当時の、津南駅時刻表。長野方面へ向かう上り、十日町方面へ向かう下りともに、運行本数は1日8本。夕方に訪れるとちょうど良い感じだった。18:31、JR飯山線・越後川口行に乗り、津南駅を出発。次回へ続く。参加中。 =========================◆おすすめ旅行記◆■旅行記2023・寝台特急「サンライズ瀬戸」で行く、四国バースデーきっぷの旅 2023・「HOKKAIDO LOVE!6日間周遊パス」で巡る、真冬の北海道 鉄道旅行2023・冬の北九州 第3セクター路線巡りと刀剣鑑賞の旅・青春18きっぷで行く、2022-2023 年越し旅行■旅行記2022寝台特急サンライズで行く、バースデイきっぷ四国旅行「みんなの九州きっぷ」で巡る、北部九州ゆるっと鉄道旅行2022冬2021-2022 年末年始 厳冬の年越し北海道旅行
たくさん共感されています
asasio82のブログ
…た。 しかし 当時時刻表を見ると 同じ八代始発6時40分で、関門トンネルを抜けて 本州に入り 宇部線の宇部新川行きというのが存在していました。 宇部新川には13時26分着で 所要時間6時間46分 という 超長距離鈍行電車でした。 1990年代は、 電車の運転間隔は短くなっていましたが、 一部には、国鉄時代の面影を残した 長距離運用がありました。811系 快速荒尾行。811系は、1989年にJR九州が開発した 交流専用の近郊型電車です。特急 ゆふ3号 別府行です。キハ185系特急型気動車。 国鉄末期に四国地区に投入され 1992年に一部が JR九州に譲渡されました。 特急有明9号 水前寺行です。 車両は銀色の783系ハイパーサルーンです。続いて 485系の13両編成。特急かもめ15号+特急ハウステンボス9号+特急みどり9号の長崎、ハウステンボス、佐世保行です。 特急ゆふ3号から3分間隔で 3本の下り特急列車が来ました。 鹿児島本線系統の特急有明・つばめ と 長崎本線系統の特急かもめ・みどりは 日中ほぼ30分間隔の運転で 3分開けた続行運転 そこに 久大本線への特急が加わると 下り方向だけで 1時間に5本の特急が走っていました。特急つばめ13号 西鹿児島行です。 ビュフェ車も連結した、787系9両編成です。787系が一番輝いていた時ですね。3分後。特急かもめ17号 長崎行です。 かもめ号単独の485系の5両編成でした。415系1500番台の普通門司港行です。 1500番台はロングシート車でしたが、 超長距離運用にも入っていたようです。普通 荒木行です。 一見 今までの415系と同じなんですが。 最後尾の先頭車は クハ421-47号車。 残り希少になっていた 元祖交直流近郊型電車の421系の編成でした。 冷房改造後の冷房装置に特徴があって、クハ421の屋根上、丸い通風器の後の2個が一回り以上大きくなっていて、後の乗降口から車端部までの窓が 鎧戸になっています。 そこに装置を置いて 冷房化していました。 特徴のある外観で慌てて 撮影しました。811系 快速大牟田行です。下りホームに移動しました。 今までは 上りホームの博多方で撮影したいました。普通下関行です。今度は 上り特急列車の3連続です。特急 ゆふいんの森2号 博多行です。 キハ183系1000番台車。 1988年にJR九州が、長崎オランダ村のアクセス特急用に製造しました。 4両1編成で オランダ村特急運用時代は、オランダ国旗も模した トリコロール塗装だったようです。 2026年の現在は、豊肥本線の特急あそボーイとなっています。3分後特急みどり12号 博多行です。 季節運転のハウステンボス号の運休の時は、単独運転で特急みどり号の4両編成で来ました。その 2分後特急有明18号 博多行です。 5分の間に3本の特急列車 それも 全て違う形式 まさに特急街道でした。 御覧頂きましてありがとうございました。九州特急物語―創業からJR九州までの120年 (JTBキャンブックス)Amazon(アマゾン)国鉄標準形特急車両 形式485 (イカロス・ムック)Amazon(アマゾン)485系物語 (キャンブックス)Amazon(アマゾン)旅と鉄道2026年6月号[雑誌]Amazon(アマゾン)鉄道ダイヤ情報 2026年 06月号 [雑誌]Amazon(アマゾン)
『乗り鉄』中心ブログ(踏破編)
…高いですが、小海線乗り鉄の際は、ぜひ一度は甲斐大泉駅でも途中下車してみて下さい! (参考:JR東日本のHP、さいきの駅舎訪問、地理院地図、Google地図、Wikipedia)
コウさんのコウ通大百科 PART3
…りました。それでも座席がふかふかしていた事もありまして、これまでがロングシートばかりでの移動でもあっただけに、ようやくゆったりとした時が来たと思ったほどではありましたでしょうか。 (シート部分) 肥後大津駅~立野駅の間にあります瀬田駅を通過しますと、徐々に登ってまいります。画像奥に見えますのが俵山の西側部分にあたる所ではありますが、後述のように阿蘇山の外輪山あり、そして俵山ありと、この豊肥線はまさに山あいを通る路線である事が伺える所でもありましょうか。 熊本駅を発ちまして50分少々、「九州横断特急5号」はスイッチバックの駅でもあります立野駅にやってまいりました。ここでは行き合い列車の待ち合わせ、そして「山登り」を行うために一旦向きを変える事になりまして、そう言った事からこの駅で5分ほど停車する事になります。 この駅の駅名標です。一旦バックする事もありまして次駅の赤水駅の表示は同じ方向になる訳ではありますが、それでも後述の引き上げ線からさらに東の方向へと進む事にもなりますので、赤水駅の表示も右側(東側)に来るようになる事がお分かりいただけるのではないかとも思います。 そして南阿蘇鉄道車両留置線のそばには、「復旧復興応援ありがとうございます」と記されました看板が見られております。この看板は、令和に入りましてから復旧前より設けられたものですが、その間に、JR豊肥線、そして南阿蘇鉄道も全線開通(運行再開)へ至っておりますので、尽力された方々の存在は忘れてはならないのではないでしょうか。 このあと、運転士の方が2号車の運転席へやってまいりまして、この後のスイッチバックに向けた動きが見られておりました。それでも、停車時間が5分と言う事もありまして、ゆっくりとした作業でいいのはまだいいのではないかと思う所ではありましょうか。 そして、上の引き上げ線から行き合い列車がやってまいりました。その行き合い列車と言うのは、キハ183系気動車運行の「あそぼーい!」でありまして、画像ではわかりにくいですが、非常にゆっくりとした速度(徐行運転)で立野駅1番ホームへ入線してきておりました。 「あそぼーい!」と言いますと、「KURO」こと「あそ くろえもん」の姿が車体で見る事ができておりまして、まさに子供向けの特急列車でもありますが、この時にはその通り多くの親子連れの姿を窓越しで見る事ができておりまして、まさにゴールデンウィークにふさわしい姿が見られておりました。しかも、現在は熊本~宮地間を2往復で運行されてもいますので、より利用できるようになっていると言ってもいいかとも思います。 (「KURO」のロゴ) (「あそぼーい!」熊本行き行先) ちなみに、キハ185系気動車にも「KURO」の姿が見られております。これはドア際の部分で見られておりますが、「ステップに立たないで下さい」と言う注意書きでのものでもあります。また、上の画像2にもあります821系電車、そしてYC1系気動車には指を挟んだ「KURO」の姿も見られておりまして、注意書きでも「KURO」が体を張った姿が見られております・・・。 (821系電車・YC1系気動車で見られる、「KURO」の指引き込み注意イラスト) さて、信号が黄色となりまして、立野駅を発車します。これからは黄信号である事からゆっくりとした速度でスイッチバックの折り返し点まで登って行く事にもなります。 ポイントで熊本方面と分かれまして、雑草に覆われました右側の阿蘇方面の線路を通って行きます。やはり、黄信号からもわかりますようにゆっくりとした速度で進む事にもなりますが、勾配を上がって行かないといけない事を思いますとわからなくもない所ではあります。 (立野踏切付近) 立野駅を出まして2分、阿蘇方面からの線路との合流地点にやってまいりました。そしてこの先が引き上げ線へと至る訳ではありますが、その引き上げ線こそ阿蘇方面・熊本方面の列車が交わる所でもありますので、これから登る際・降りる際と重要な場所でもある事がお分かりいただけるのではないかとも思います。 そして、引き上げ線の端の部分にやってまいりました。現在、最も長くて8両もの車両(「ななつ星 in 九州」)がこのスイッチバックを通りますが、それに関します停目の姿が見られておりました。ちなみに、貨物列車など8両よりも長い編成にも対応するためにその下の画像の車止標識より先にもトンネルも設けられておりましたが、現在はその姿は見られなくなっております。 (過去撮影、車止標識よりも先にトンネルも設けられていました) この後、運転士は1号車の運転席へと戻りましたが、私も1号車の先頭に向かいまして、登って行く姿を拝見しました。やはり、運転士も時間が限っている中で行き来しないといけない訳でもありますので、こう言った所もスイッチバックならではかなとも思う所でもありましょうか。 さて、これからさらに登ってまいります。画像にありますように、信号機は青が点灯しておりますが、阿蘇方面は青と赤のみ、画像にはありませんが、立野駅へは徐行を表します黄色と赤のみが点灯するようになっておりまして、それ以外は点灯しないようになっております。 こうして、「九州横断特急5号」は左側を進みまして、さらに登ってまいります。ちなみに、スイッチバックがある付近は「熊本地震」で被害があった場所のようでありまして、のり面工事と線路補修が行われている姿が見られておりましたし、枕木もPC(コンクリート)枕木に変わっておりまして、新しくなっている事が伺わせております。 (別位置より) 登って行きますと、俵山の姿が見られておりました。この日は天気が良かった事もありまして、美しく見る事ができていたのが良かったのではないかとも思う所ではあります。これまでも、この区間は何度も利用していた区間ではありましたが、天候がいい日と悪い日とでは圧倒的に天候がいい日の方が一番かと思う所ではあります。 「九州横断特急5号」は、奥に俵山を望みながら、さらに立野付近を通過してまいります。先程の立野駅自体はまだ下の方にあたっておりましたが、スイッチバックを経まして、この立野の街並みを望む姿を見ますと、それだけ登っている事をも実感する姿でもあります・・・。 さらに登って行きますと、復興事業として建設されております「阿蘇大橋」を望みます。現在は南阿蘇方面への重要な道路としての姿も見られておりますが、この時には多くの車の姿も見られてもいまして、それだけ観光客自体も南阿蘇方面へと足を運んでいた事をも伺わせておりました。 進みまして、この後は豊肥線と国道57号線と並行しますが、この道路沿いには、その下の画像のように滝がある事から展望所(「数鹿流之碑展望所」)も設けられておりますが、その南側には以下画像のようにかつての阿蘇大橋がありまして、現在も残されております。平成28年の「熊本地震」では、その旧阿蘇大橋が崩落しまして、死者も出ていた場所でもありましたが、「熊本地震」から10年となりました今も残されている所を見ますと、「熊本地震」の恐ろしさが目に浮かぶ場所でもありますし、もう10年かとも実感する所ではあります・・・。 (その先にある「数鹿流ヶ滝」) そしてその先の国道57号線では、ちょうど産交バスのヒョンデ(ヒュンダイ)ユニバース(熊本200か・962、LDG-RD00)の回送バスとすれ違っておりました。ちょうどどこに回送していたのかはわかりかねますが、「九州横断特急」ならぬ「九州横断バス」ならわかりますが、産交バスは「九州横断バス」を運行しませんので(この運行は九州産交バスが運行します)、より何の回送であったのか気になる所ではありました。 こうして、「九州横断特急5号」は外輪山を登ってまいりまして、進行方向左側ではその阿蘇の外輪山の姿が見られておりまして、登って来た事を伺わせておりました。この日は雲の姿も見られておりましたが、天気がいい日でしたらその下の画像のような美しい姿も見られるような場所を通過しておりました。 (令和2年8月撮影)~青空に緑の山々・田畑の姿が大変美しく見る事ができておりました さらに別の場所では、田畑を慣らす姿も見られておりまして、ゴールデンウィークでも作業をされている姿が見られておりました。それにしても、こうした標高が高い所でもこうした田畑が見られておりますので、それほど農業が盛んな地域である事も実感させる姿でもありましょうか。 そして、熊本駅から1時間22分、「九州横断特急5号」は阿蘇駅へとやってまいりました。この駅で3分停車しますが、ちょうど1番ホームには、この後肥後大津駅へ向かいますキハ200系気動車14番ユニットの438Dの姿が見られておりましたので、その下の画像のように2ショットの姿をおさめることができておりました。 今回は、「SUGOCA大回り」の中編として、「九州横断特急5号」の熊本駅から阿蘇駅までの乗車模様をご紹介しましたが、先述のようにゴールデンウィークにもかかわらず利用者が少なかった事は驚きではありました。それほど「あそぼーい!」と言った列車に偏っている事が伺わせているのではないでしょうか。それでも、現在の「あそぼーい!」では運行されない大分方面へ運行されていますし、スイッチバックと言った姿が見られるのもまさに豊肥線ではないでしょうか。次回最終回では、阿蘇駅から大分駅を経由しまして博多駅までの模様をご紹介しますので、次回最終回もご覧いただきたいと思います。
チューの広く浅く趣味の時間
…。寂しいですね。で鉄道模型はいつでも運用できるので、本当にありがたい。走行動画!ワムのジョイント音は聞いてて気持ちが良いものでこのサウンド素敵!心地よい風が部屋に入りカーテンが揺れてますがお気になさらず。さて、TOMIXはまたしても良い機関車を出してくれましたよ。限定でもマニアックな車両を出してくれるの本当にありがたいです。今回はここまでではノシ
もはねの小部屋
機 番:120号機新 製:昭和32年3月26日製 造:日立製作所製造番号:日立No.191691-3新製配置:高崎第二機関区最終配置:高崎第二機関区廃 車:昭和58年5月7日 (工事通達第62号による)【廃車時の形態】パンタグラフ:PS15前照灯:原型(ハチマキ状ケース無し)尾灯:原型内バメ式正面窓:小型+Hゴム支持Hゴム色:黒色正面ヒサシ:大型デフロスタ:あり正面飾り帯継ぎ目:タイプ|列車電話:無し電源車制御装置:無し元空気ダメ引き通し管:無しスノープラウ:固定式ステップ:前端梁側面取り付けタイプ汽笛カバー:大型常磐線用列車無線:あり側面ハシゴ:改造切り欠きタイプ:側面エアフィルター:原型縦縞タイプ側面ナンバープレート:板状タイプ暖房装置:EG【改造履歴(抜粋)】昭和40年 1月 7日~:甲修繕(施工は大宮工場で同年1月18日に出場) 側面ハシゴの改造。 常磐線用列車無線の取り付け。 デフロスタの取り付け。 標識灯に赤円板を取り付け。昭和45年 3月31日~:臨時検修(施工は大宮工場で同年4月4日に出場) 前面窓をHゴム支持に改造。昭和48年 2月 7日~:臨時検修(施工は大宮工場で同年3月14日に出場) 暖房装置を電気式に改造。昭和48年 3月14日~:全般検査(施工は大宮工場で同年4月6日に出場) 避雷器をLA15に取り替え。 ワイパーをWP50に取り替え。【転配履歴】昭和32年 4月 6日:長岡第二機関区に貸し出し昭和32年 4月13日:高崎第二機関区に返還昭和33年 4月 8日:沼津機関区に貸し出し昭和33年 6月 1日:高崎第二機関区に返還昭和34年 5月 4日:宇都宮機関区に貸し出し昭和34年 6月19日:高崎第二機関区に返還昭和38年 9月16日:東京機関区に貸し出し昭和38年 9月25日:高崎第二機関区に返還昭和49年 9月 2日:長岡運転所に貸し出し昭和49年 9月30日:高崎第二機関区に返還昭和51年 5月 2日:桐生機関区に貸し出し昭和51年 5月10日:高崎第二機関区に返還昭和52年 1月24日:桐生機関区に貸し出し昭和52年 1月28日:高崎第二機関区に返還山陽本線姫路電化用と東北本線電化用の早期落成車として製造された120号機は、貸し出し履歴だけは凄いけど、新製から廃車まで高崎第二機関区を離れることはありませんでした。この間、氷柱切り、デフロスタ、固定式スノープラウ・・といった寒冷地仕様に仕立て上げられて上越線にも至極普通に進出。高崎線、上越線、信越本線、東北本線で客車列車や荷物列車の牽引に勤しみました。そして120号機がいの一番というわけではないと思いますが、常磐線用列車無線が取り付けられています。これは昭和37年に発生した「三河島事故」が発端で、列車防護の一手段として取り付けられたものになりますが、基本的には常磐線に乗り入れる車両全車が対象で、隅田川駅に乗り入れる機関車も含まれます。昭和45年以降は携帯の無線機で代用出来るようになったことから、EF58については10両のみに施工されるに留まっています。また、最後までヘッドマークステーが取り付けられませんでした。高崎駅ですかねぇ~?12系客車を牽引しているので、まぁ、臨時列車か団体列車か、そんなところでしょう。(は様提供)これは上野駅ですね。上越方面からの夜行列車を牽引して、上野にとうちゃこ後、尾久に向けて回送されるワンシーンと思われます。(ケ様提供)これは東北本線ですね。線路が多いので赤羽-大宮間の何処かで撮られたものと思われます。高崎線に残っていた客車普通列車かな?これも東北本線ですが、東大宮-蓮田間のいわゆる「ヒガハス」っぽいですね。これも高崎線の客車普通列車っぽいですね。東北本線上野口にも客レは残っていたので、それを牽引しているという可能性もあります。避雷器と前照灯の間に取り付けられているのが常磐線用列車無線になります。(以上3枚はタ様提供)高崎第二機関区で休む120号機。氷柱切り、スノープラウ、大型の汽笛カバーなど、「らしい」面構えが判る1枚です。EF15とEF62といった高二の “住車” も脇を固めています。(この画像は旧国鉄高崎第二機関区OBの方から特別なご厚意とご配慮で掲出させていただいています)
毎日coconut-nekotetsuな気分で♪
世田谷線沿いのタチアオイが見頃になっていたのでパチリ土筆も生えているとの張り紙があったけど、見つけられなかったなというわけで、世田谷線で三軒茶屋に行き英明に会って来たよ去年遅刻しちゃったから、今年は頑張ったけど、着席したの開演3分前でギリギリだったわー近いと油断しちゃうんだよねフツーにセトリ書いちゃうので、見たくない人はココでバイバイキーン徳永英明40thコンサートツアー2026@東京1部レイニーブルー僕のそばに風のエオリア最後の言い訳恋人オリオンの炎メンバー紹介時代恋に落ちてつぐないもう一度あの日のように2部夢伝説JAM飾りじゃないのよ涙は帰れない二人Wednesday Moon夢を信じてLOVE IS ALL愛の賛歌壊れかけのRadioアンコール輝きながら(ジャズバージョン)心のボール(オマケの演奏?半分くらいの演奏でした)happiness(この部分は変動します)英明って、良い時と悪い時の差がクッキリすると思うのですが、本日の公演は残念ながら後者でしたね何だろうな、息継ぎが途切れ途切れというか、声を張るのに必要な息継ぎが十分にできていないというか…まさか、息継ぎの仕方を忘れてしまったということはないと思いますが、きいていてちょっと辛かったかも今回は前列の席をいただいたので、肉眼で英明の顔がよく見えたのですが、まぁ英明の顔が険しいし苦しそうで見ていられなかったですよ30周年の時に喉痛めたとき、声出ていなくても表情は優しかったんですけどね…今日の英明を見ていたら、もっと歌う事を楽しんでよーーっ!!!て思っちゃいましたスライドショー??みたいなもので、東京観光の画像が映されていました前日の公演では浅草と原宿のスライドを紹介したそうですが、本日は東京タワーのスライドでした途中でゲリラ豪雨になったので、後日また撮りなおしに来たというところに律義さを感じましたね東京タワー土産をスタッフに配った写真があったのだけど、めちゃ笑ってるスタッフさんにホッコリしたわぁまぁ、楽しそうな東京観光に見えましたが、本日の会場って私からすると東京というより世田谷なんですよなので、世田谷ネタの方がうれしいんだよな等々力渓谷行ったり、サザエさん巡りとか、松陰神社前駅前のパン屋とか、下高井戸駅近くのたい焼きやさんとか人気があるので行ってみて欲しいです
美里山倶楽部
5月10日に村が行ったウオーキングイベントがあって参加してみました。 中仙道鳥居峠分水嶺を越えてみようってやつです。 地図でみてみると中央西線の奈良井-薮原間に鳥居トンネルという少し長いトンネルがあります。 ここの峠が中仙道の鳥居峠で薮原は木曽川水系で太平洋に奈良井は信濃川水系で日本海に流れていく分水嶺になります。 奈良井宿は近年インバウンドにも人気のスポットになります。 この日の集合は藪原駅なんですが、奈良井に車を停めて一駅中央線に乗ってみようという朝。 駐車場から奈良井駅に歩いて到着。 木曽五木が並んで植えられてました。 左からヒノキ、サワラ、ネズコ、アスナロ、コウヤマキ。 奈良井駅は比較的昭和の趣を残しています。 左が切符売り場、右は手荷物一時預かり所。 奈良井-薮原は200円✌ 昔のチッキ預かりにところが荷物預かり所になっています。 跨線橋を渡って3番線に向かいます。 駅構内はいわゆる3線退避線。こちら名古屋方面。 真ん中の線路は上下線の追い越し用の側線になっていて端が左右に振り分けられてます。 塩尻方面はこの先が単線になってました。 電車到着。外国の方も多く(10人くらい)乗車。 薮原に到着して本来の集合場所に向かいます。 美里山倶楽部が最終だったのですぐに出発。 藪原宿の高札場跡、つまり指名手配の似顔絵が貼ってあった場所。 薮原はお六櫛の産地でしたが櫛の需要が激減してます。 大火で焼けたので防火高地で壁を作ったそうです。 造り酒屋木曽路。 ここは電話番号が19番だった米屋さん跡。 いよいよ石畳が出てきて中仙道らしくなりました。 鳥居峠↑の石碑。 しばらく歩くと少し開けて明るくなってきた。 薮原駅周辺が一望できます。 (「しなの」が来ないかな?)と待ってましたがダメでした。 団体でなければ待つんですけどね。 こちらの水は木曽川-太平洋方面に流れる訳です。 ウスバサイシンというヒメギフチョウの食草だそうです。 着いている毛虫は別物でした。 途中に碑があって松尾芭蕉が詠んだ句が彫ってありましたがよく読めなかった。 昔はこうして越えていったという絵。 一段と険しくなって階段を登っていきました。 御嶽山が望めるそうですが・・・。 なんとか御嶽山が見えました。 歩くこと1.5時間あまりで頂上近くの丸山神社に到着。 ここからの展望はいいですよ。 途中に大トチノキ群がありました。 数十本の大きなトチノキが残っていました。 小さな標識ですが鳥居峠に到着。 ここは先に書いたとおり分水嶺でもあるので、ここより左側に降った雨は信濃川に流れていき、右側に降った雨は木曽川に流れていきます。 後半はまた後日。今日はこれからマルス駒ヶ岳蒸溜所祭り行ってきますこのブログが参考になった方はこちらのアイコンをクリック↓にほんブログ村
日本鉄道情報@2026
15日~16日にかけ、新潟地区で運行されているHB-E300系「海里」を使用した、団体臨時列車「月光海里」が新潟〜上野で運行されました。「海里」編成は東京都区内初入線であり、同形式及び都区内への気動車自体旅客用気動車の入線も久々の事となりました。この後は本日上野駅13番線で展示イベントを行った後、返却を兼ねて下りの「月光海里」が運行されています。これはJRが行う「山形庄内夏の観光キャンペーン特別企画」第 1 弾として実施されたもので、16日の昼間には上野駅 13 番線での車両展示とともに、「PLATFORM13」で庄内の魅力をお伝えする観光 PR イベントを実施していました。新潟への帰途は、上野を22:22 頃に立ち、新潟へは翌朝6時15分ごろ到着しています。
Ralのブログ(旧:蒼気巨星)
15日、病院の定期健診を終えて今月初の鉄分補給へ!12:03頃、第一金谷踏切にて E657系 K?編成 9M 特急ひたち9号 いわき行き。12:15頃、E531系 K467編成 632M ワンマン普通 土浦行き。最近SNSで話題となってるこのオレンジの花!これは本当に有害なんですかね??見かけたら引っこ抜け!と言ってる方もいますね。12:27頃、E531系 編成不明 631M 水戸行き とオレンジの花。なんか下手やな~。。。汗12:35頃、E657系 K3編成 オレンジパーシモン色 特急ひたち12号 品川行き。いよいよ来週明けにもKY入場との噂が出てますね!撮るなら今週末が最後のチャンスかな?仕事だけど…。怪しいビデオカメラでオレンジパーシモン色を動画撮影!これが最後の動画になるかな~??ケツ打ち!オレンジの花入れんの忘れた。w13:00頃、E657系 K17編成 元グリーンレイク色68M 特急ときわ68号 品川行き。一応ときわ68号も動画撮影!こういう日常の記録も大事!これにて第一金谷踏切より撤退しました!13:27頃、水戸機関区よりE657系 K9編成 ふくしまDC黄 特急ひたち14号 品川行き。水郡線 キハE131-132-13 HM付きの横を通過!このふくしまDCラッピングも5色中、何色撮ったのか?もう忘れてます…。オマージュ期待したんですが、この日の動きは分かりませんでした。オレンジパーシモン色は前日仙台泊りだったので翌日はひたち12号と読めたんですけどね。この後、水戸駅EXCELブラついて某電気屋さんでプラレールの値段チェック!2個買うとごせんえん!高くなりましたね…。とりあえず保留。14:30頃、勝田車両センター到着!久しぶりの水カツウォッチング!赤電基本編成も終焉が近いらしいです。ゴマイチ青幕が見れました。このあと回555Mは家の事情で見れません…。車庫内にはE531系に挟まれてK70が居ました。そろそろ水色と常駐機交換になるらしいです。そういえば新潟のU101が土崎入りしたらしいですが、いよいよ583系色になるとの事。K70との共演が見たいですよね~。K70の横のE531系、久しぶりのアドレス表示が見れましたwこれにて勝田車両センターより撤退しました。帰宅途中のヤマダ電機某店に寄ってたまたまプラレールの値段見たらビックリ!!もの凄い安いやんけ!!(先ほどの某電気屋見てるからなおさら安く感じました…。)おまけに新商品の常磐線103系もこの値段!!まさに厳選特価!どこのネットショップよりも安い!ネットではなぜか常磐線の103系だけ高いんですよね!という訳で、いいおっさんが安いという理由でプラレール車両を2個お買い上げwE657系リバイバルカラーはあと青とオレンジが発売されます…。どちらも別に転売目的ではありませんよwww 別に遊ぶ訳でもありませんがwこれにて帰宅しました。【送料無料】 タカラトミー プラレール 103系常磐線 4904810084983楽天市場プラレール 103系埼京線おもちゃ こども 子供 男の子 電車 3歳楽天市場タカラトミー プラレール 103系常磐線 Pレ-ル103ケイジヨウバンセン [Pレ-ル103ケイジヨウバンセン]【MAYP】楽天市場プラレール 103系常磐線おもちゃ こども 子供 男の子 電車 3歳楽天市場
かはちっちのとりあえずあっとランダム
こちらまで。今年はわくわくフェスタはありませんが、このあと広瀬川原車両基地へ行ってまいります
日本中の駅を旅する 駅と駅舎のブログ
…性は新幹線が上です座席の広さ、静かさ、車内設備、自由度は圧倒的に新幹線のほうが優れています。高速バスは4列シートで窮屈ですし、休憩時間も限られます。だから、快適性重視なら新幹線コスパ重視なら高速バスという住み分けになります。特に今回の新潟〜仙台は、「新幹線が便利そうで、実はコスパが悪い区間」と言えるかもしれません。東京〜仙台のように直通新幹線がある区間なら新幹線優位ですが、新潟〜仙台は大宮経由の遠回りになるため、高速バスの優位性が高いのです。これは実際に比較してみるとよくわかります。時間は約2時間長くなるだけなのに、運賃は3分の1以下。この差を見ると、高速バスが人気なのも納得です。今回実際に乗ってみて感じたのは、「快適ではないけれど、合理的」ということでした。4列シートは狭いし、夜の車内は退屈です。それでも、追加で1万円以上払って新幹線にするかと言われると、悩ましい。旅費全体を考えると、高速バスは十分魅力的な選択肢でした。新潟から仙台へ、安く・乗り換えなしで移動したいならWEライナーはかなり有力。今回の乗車で、その理由がよくわかりました。運行ルート 高速バスなので、新潟・仙台市内を除くと高速道路のみを走行します。 走行ルートは次のとおりです日本海東北自動車道 → 磐越自動車道 → 東北自動車道 ただ、磐越自動車道は新潟中央JCT〜会津若松IC間で対面通行区間が多く、速度が出にくい区間となっています。車内の様子 では、仙台に向けて出発です。 4列シート車内は4列シートです。 4列シートの宿命、やはりやや窮屈です。そして利用率は高く、この日はほぼ満席でした。 ただ車内を見ると、男女で座席が分けられている様子で、単独利用の場合は異性同士が隣にならないよう配慮されているようでした。予約時に細かい座席指定ができなかった理由は、ここにありそうです。 車窓は真っ暗万代シテイバスセンターを18:30に出発。新潟亀田ICから日本海東北道へ入り、新潟中央JCTから磐越道へ。 このあたりから、車窓は一気に真っ暗になります。 この日は20時から磐越道の一部区間で夜間通行止め予定があり、遅れた場合は国道49号への迂回の可能性があるとアナウンスされていました。 新潟市内はやや渋滞していたものの、途中停車がないため遅延状況がわからず少し不安に。 もし下道ルートになると、会津若松まで山間の一本道。以前レンタカーで通ったことがあるだけに、その大変さは想像できます。 しかし磐越自動車道に入ると流れはスムーズ。無事に最初の休憩地点、西会津パーキングエリア(PA)へ到着しました。西会津PAは、上下線ともに設置されている小規模PAで、トイレ・自販機中心のシンプルな施設 このとき隣の乗客が降りなかったため、私もそのまま車内待機。退屈ではありましたが、写真整理で時間を有効活用できました。 安達太良サービスエリア2回目の休憩は、郡山JCTから東北道に入ってすぐの安達太良サービスエリア。通常は福島松川PAを使用することが多いのですが、この日はダイヤ調整のため変更された可能性があります。 ここでトイレ休憩。ようやく外の空気でリフレッシュです。 バスも休憩中ここから仙台宮城ICまでは約100km。 距離的にはすでに後半戦なのですが、体感的にはここからが長い。このあたりが長距離バスの“心理的あるある”ですね。仙台に到着 仙台駅東口仙台宮城ICから仙台西道路を経て、市内へ。 深夜帯で渋滞はなくスムーズでしたが、到着時刻はやや遅れ。それでも通行止めに巻き込まれなかったのは幸運でした。 新潟の晴天とは打って変わって、仙台は雨上がり。4時間半という移動距離に、空気の違いを感じます。 JRバス東北とお別れ単調な時間もありましたが、無事に運んでくれたバスに感謝です。ホテルメトロポリタン仙台へ 今夜の宿泊先はホテルメトロポリタン仙台。 仙台駅を通り抜け、西口デッキを進めばすぐ到着です。夜でも明るい仙台やっぱ仙台は都会ですよねえ。ちなみに目の前に見えるのは東口が再開発されてオープンした「ホテルメトロポリタン仙台イースト」、私はこちらではなく、西口のメトロポリタンに宿泊します。 仙台七夕訪問は7月上旬。本番は8月の仙台七夕まつりですが、すでに飾りが登場していました。 えっ?山川漁協ここでまさかの鹿児島・山川漁協のブース。期間限定の物産展イベントで、全国各地の特産品販売が行われていた可能性が高いです。 旅先で年に数回は帰省するダンナの地元に出会う、不思議な瞬間です。 ホテルメトロポリタン仙台 写真は翌朝撮影しました。 駅直結に近い立地で、アクセスは抜群です。 客室へ到着時点で時刻は23時過ぎ。 移動メインの1日でしたが、しっかり旅の一コマとして記憶に残る時間でした。 次回は、ホテルメトロポリタン仙台の客室の様子をご紹介します。 (令和7年7月撮影) IBEX新潟・仙台旅 記事リスト 現在、記事作成中です、しばらくお待ちください。 これまでの空旅・空鉄ブログ 『いつものラウンジで朝食 四国空旅1』 今回は、往路松山空港・復路徳島空港を利用した四国を東西に移動する旅です。 往復JAL利用、と言いますか、福岡ー松山・徳島は、J…ameblo.jp 『日本エアコミュータのATRで出発です 出雲そば三昧の旅1』今回は、島根県への定期お仕事フライトです。意図せず出雲そばばかりを食べてしまったというお話ですが、本人は、大好物なので全く後悔はしていません(笑)***…ameblo.jp 『雲の上で朝食を ふらの旅1』今回は初夏の富良野・美瑛への旅です。往復ANAとエアドゥ利用です。**********おはようございます!本日からの空鉄旅は、昨年初夏に行った北海道の…ameblo.jp 今回利用したホテルです! ホテル日航新潟 ホテル日航新潟 楽天トラベル ホテルートイン多賀城駅東 ホテル ルートイン多賀城駅東 楽天トラベル ブログをご利用される際は、必ずこちらの記事「免責事項について」をお読みの上、ご覧ください。
サイクロン Zゲージ! のブログ
やっぱ今年も来たで。😊静岡ホビーショー。昨年と違ってエエ天気や。まず何といってもTOMIXやね。気になったモン。○EF58 619月発売。22660円。新機構キャブライトを使用した時は、連結している車両も影響受けますねと担当者に質問したら、声を失ってた。なお新機構キャブライトは、N-600やらTOMIXのパワーパックの一部でしか作動しない。単なる再生産だったら売れんので、いろいろなギミックをつけて高価格に。付加価値をつけて販売するわけやが、ただでさえお小遣いが物価高で目減りしてるのに、鉄模ヲタが付加価値と認めんかったら売れ残るだけやね。61号機の次に発売予定の127号機は、発売日、金額とも未定。○20系遅きに失し、いまさら感が。KATO製品と違ってPG仕様と強気の担当者。😤編成単位の発売で、増結セットはあっても単品売りはない。パネル写真のみの展示で試作品はなく、仕様の詳細は未定。発売日や価格も未定。急行銀河の20系絵入りマーク掲出は、wikによると1980(昭和55)年7月から1985(昭和60)年8月の14系置き換えまでと5年余り。20系で銀河とは意外感。同じ文脈なら、その次は十和田か?地味やが。回転式ヘッドマークの製品化進展はないとのこと。にほんブログ村
かずっちの鉄道撮影日記
ご来訪ありがとうございます、かずっちです確か、昨年・一昨年と悪天候に阻まれ訪問できなかったと記憶しています今年は何とかと思っていましたが、公休日にうまく晴れてくれました桜は開花期間が短いため、「じゃあ、来週の休みにでも…」って訳にはいかないですからね(笑)駅周辺は「桜まつり」の幟が立ち、多くの花見客で賑わっていましたそれでは、日記のページをめくっていきましょう。撮影日時:2026/04/02(THU)天候:晴れ|曇り撮影場所:阪和線 山中渓駅現地到着、構図を思案しながらお花見です当日のかずっちのポジションは先着の同業の方にスペースを頂けましたありがとうございました2057M 289系(近ヒネHD601編成)特急 くろしお7号 新大阪-白浜かずっちはオーシャンアローでもなく、60周年記念ラッピング列車でもなくこの車両が好みなんです4541H 225系5000(近ヒネHF402編成)紀州路快速 大阪環状線-和歌山折角ですので満開の桜を大きく取り込んでみました いつもの撮影の合間のヒトコマ(2コマ)です撮影ポジションから望遠側で引きつけての撮影でしたが、お天気も良かったのでいい感じになりました2059M 287系(近ヒネHC601編成)特急 くろしお9号 新大阪-白浜当日は2025/11/11デビューのパンダくろしお 「Utopia Smile トレイン」が充当されていました予定していた撮影が終了後、折角なので移動電待ちの間にもう少し桜の撮影を…日本鉄道写真作家協会様のホームページよりマナーについて共有させて頂きますマナー ・ 日本鉄道写真作家協会日本鉄道写真作家協会(JRPS)のホームページです。jrps.main.jp最後までお付き合い頂きましてありがとうございました久しぶりの山中渓訪問でしたが、駅舎(と言っても無人駅ですが)も改築されきれいになっていました以前の「山の中の無人駅」の趣はなくなりましたが、「山中渓の桜」の人気は変わらないようですこの後は、関西空港に移動して撮影に臨みますまた、よろしければお運びくださいませ
廃鉄の処女Ⅱ
…保存される8620蒸気機関車58685多度津8:41発の土讃線電車に乗る琴平8:56着下車9:21発の下り列車に乗る箸蔵9:57着下車『箸蔵登山鉄道ケーブルカー』探索日 2015/04/04箸蔵登山鉄道ケーブルカーは1930年開業、1944年廃止1971年には四国ケーブルのリフト、ロープウェイが開業(開業時期は同時で…ameblo.jp箸蔵寺高灯籠箸蔵駅2000系気動車特急南風が通過吉野川橋りょうを渡る、上写真の特急南風箸蔵駅を通過した下り列車は180度向きを変え、駅の南を通過する12:37発の下り列車に乗る佃12:42着下車『辻駅四国電力専用線』探索日 2015/04/04徳島本線辻駅を所管駅としていた専用線1950年代、ごく一部の時期に存在していたと思われる1962年の空中写真このへんが専用…ameblo.jp13:42辻駅到着14:38発の上り列車に乗る阿波山川15:27着下車『高越鉱業専用線』探索日 2015/04/04徳島本線(現徳島線)阿波山川駅を所管駅としていた専用線廃止は1960年代初頭と思われるキハ185系気動車特急剣山が走ってい…ameblo.jp15:54発の上り列車に乗る徳島16:43着下車剣山ホテルで泊まり(4,000円)客室からのながめ
それでも僕等は・・・
…る。ホームで通過す貨物列車や停車する特急の取材をする。それでも時間が余っていたため、エスカ地下街に行き、事前に予定していた「みそかつ矢場とん・名古屋駅エスカ店」で、ちょっと早めの夕食としてわらじとんかつを喰った。このあと地上に出て駅前を散策、更に広小路口に出る。名古屋のこのJRセントラルタワーズを見ると、やっぱり名古屋にいると実感する。お土産などを買い込んで新幹線改札を事前に購入した切符で通過する。更にホームの売店で直前にビールを買い込み、17:51名古屋発の「のぞみ248号」に乗り込んだ。夕食で通常の豚カツの2倍のわらじとんかつを喰ってしまったため、ロング缶のビールでブレイクし、1時間36分で東京まで戻った。ここで総武快速線で津田沼まで出て、総武緩行線に乗り換えて帰宅した。
なまでこの鉄道写真館
…線だった路線、D5蒸気機関車牽引による臨時列車の運転画像をお送りします。 12系客車が現役で使用されていました 機関車だけアップで撮影したようです 蒸気機関車の爆煙は迫力ありますね 撮影当時、引き上げ用の電気機関車は直ぐ後を追うように単機回送でやって来ました 撮影地 元・JR東日本(現:しなの鉄道) 信越本線 古間駅付近 長野県 当時は2台のボディーで撮影していました、此のショットはモータードライブでノーファインダーにおいて撮影したものです。 前回掲載した画像とは少し違うはずです、ご了承ください。 フィルム一眼レフカメラ リバーサルフィルム ISO 400 FUJI RHP3 撮影日 1995/10 フィルム一眼レフカメラ リバーサルフィルム ISO 400 FUJI RHP3 撮影日 1995/10 いつもご覧いただきありがとうございます。 Yoshiritsu ラキュー (LaQ) トレイン 蒸気機関車D51498 Amazon(アマゾン) マイクロエース 1/50 蒸気機関車 D51-498 銀河ドリーム プラモデル Amazon(アマゾン) JR東日本 缶バッジ D51498&C6120セット Amazon(アマゾン) D51498 ミニナンバープレート 金属製 SL銚子運行記念 Amazon(アマゾン) 優良品日本タオル D51498 蒸気機関車デザイン Amazon(アマゾン)
スジ鉄marucchiの備忘録
…改正について、当時時刻表紙面の「改正前号」と「改正号」を両方引用し、シンプルに並べて、眺めてみる、というもの。あわせて当時の各線でのダイヤ改正された背景もコメントしましたので、当時を知らない方の一助になれば幸いです。 今回は1973年7月10日に行われたダイヤ改正について、国鉄中央本線(西線)の紙面を取り上げてみます。1973年7月10日ダイヤ改正の意義とは?まず当時の国鉄のおかれていた状況から。国鉄労働組合による順法闘争やスト権問題の影響で列車の遅延や運休が頻発し、輸送の安定性が揺らいでいた時期だったことは重要です。また高度経済成長の終盤に入り、1973年秋にはオイルショックも発生するなど、国鉄を取り巻く経営環境も次第に厳しさを増していた時代でした。一方で国鉄の輸送面では山陽新幹線の延伸などを背景に、在来線では高速化や都市圏輸送の強化を進める必要があり、1973(昭和48)年には3回のダイヤ改正が実施されています。・3月改正:東海道・山陽新幹線の輸送力増強が中心で、ひかり号、こだま号の増発や新大阪止まりのひかり号の岡山延長運転が行われ、新幹線を軸とした長距離輸送の強化が図られました。・7月改正(今回取り上げる改正):中央西線中津川〜塩尻間および篠ノ井線松本〜篠ノ井間の電化完成を受け、中央西線を中心とした地域改正が実施されました。・10月改正:新幹線では「ひかり」がさらに2往復増発されました。あわせて在来線でも昼行・夜行特急の体系整理が行われ、区間延長や季節列車の格上げなどが全国的に実施されました。山陽・東北・上越線では昼間時間帯の特急ダイヤが規格化されるなど、特急中心の列車体系への移行が進んだ改正でした。このうち7月改正では、中央西線の輸送体系が大きく変化しました。新開発の381系振子式電車が特急しなの号に投入され、曲線の多い木曽路でも速度を落とさず走行できたことで名古屋〜長野間の所要時間は約30分短縮、加えて急行きそ号の電車化(165系)や快速列車の新設などにより、長距離輸送の高速化と名古屋都市圏の輸送改善が同時に進められ、中央西線の輸送体系は大きく近代化されることとなりました。, via Wikimedia Commons">Gohachiyasu1214, CC BY-SA 4.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0>, via Wikimedia Commons参考:中央西線の電化開通年月日の遷移 多治見〜名古屋 昭和41年5月14日 瑞浪〜多治見 昭和41年7月1日 中津川〜瑞浪 昭和43年8月16日 塩尻〜中津川 昭和48年5月27日眺めてみてコメント(ブログ筆者より) まずは、本改正の華ともいえる特急しなの号です。本数を大きく増やし、振り子電車化された効果をいかんなく発揮しています。改正前のしなの2号(長野発12:35)と、改正後のしなの2号(長野発10:55)の長野〜名古屋間の所要時間を比較してみます。改正前は3時間54分。それに対し改正後は3時間20分で、34分の短縮が実現しています。さらに注目したいのは、改正後の2号は恵那・多治見にも停車している点で、それでもこの所要時間ですから、振り子電車投入の効果の大きさがよくわかります。 急行列車にも動きがあります。もっとも顕著だったのは急行きそ号で、特急しなの号への格上げにともない本数を減らしました。 改正前(不定期列車を含む)は下り9本・上り8本でしたが、改正後は下り6本・上り5本となっています。使用車両にも変化が見られます。改正前はディーゼル列車(長野運転所キハ58系)と客車(名古屋客貨車区10系寝台客車+旧形客車)でしたが、電化に伴い神領電車区の165系電車が仲間入りしました。結果として、3種類の動力で運転される急行列車となっています。 大きく変化したきそ号に対して、あまり動きが見られなかったのがちくま号です。紙面内では客車列車(1号)が確認できますが、電車化されなかった理由を手元資料で辿ったところ、中央西線電化に伴う車両転配の都合上、165系電車がきそ号系に優先的に投入されたため、ちくま号まで電車化する余裕がなかったことが挙げられていました。 急行の最後は赤倉号です。ちくま号と同様に、今回の改正では大きな動きを見せていません。赤倉号が後世に語り継がれる列車となった理由の一つとして、改正後の新潟〜名古屋間ではキロ2両を含む10両編成というキハ58系の長大編成が組まれ、しかも全区間が架線下を走行するディーゼル急行だったことが挙げられます。 普通列車の運用につく列車についても、電化の影響を見ておきます。改正により、ディーゼル列車から電車に置き換えられた列車がいくつか確認できますが、それでも客車列車は長距離鈍行の代表ともいえる存在感を保っています。ただし、改正前に存在した長野〜名古屋間を「通し」で走る客車鈍行列車は、少なくとも今回提示した紙面内からは姿を消しました。生き残った客車列車も、本数が減少し、運行距離が短縮されているケースがほとんどです。 普通列車の運行系統も、電化をきっかけに変化しています。紙面内で特に気になる列車を2つ挙げておきます。ひとつは長野発424レ(改正前9:32、改正後9:35)。この列車は篠ノ井線から中央東線を経由し、新宿まで到達していました。現在では信じられないことですが、客車の普通列車が東京のど真ん中まで乗り入れていたわけです。もうひとつは、改正後に設定されていた3742M快速です。中津川から名古屋を経由し、浜松まで運転される定期列車が存在していました。それぞれの列車がいつから、またはいつまで運転されていたのかは追えていませんが、当時の国鉄による車両運用や運行系統管理の考え方をうかがい知ることができる、貴重な情報だと思います。ダイヤ改正前 1973年3月号しなの号は、当時は全席指定席で自由席が設定されていなかったためか、この時点ではL特急には指定されていません。改正前はキハ181系による3往復で運転されていましたが、改正後は8往復に増発され、このうち6往復が381系電車、残る2往復はキハ181系気動車が引き続き担当しました。なお、この2往復のうち1往復は大阪〜長野間の列車でした。これは、投入できる381系の車両数に限りがあったためで、増備車が投入される1975年3月10日のダイヤ改正まで続きました。また、列車番号を見なくても、食堂車が連結されていればキハ181系による列車と判断する材料の一つになりました。国鉄監修交通公社の時刻表1973年3月号より引用ダイヤ改正後 1973年8月号登場当初の381系にまつわる逸話が、『国鉄基礎知識』(所澤秀樹著)で紹介されていました。それによると、乗客から「乗り物酔い」を訴える声が多く寄せられ、車掌も同様に苦労していたようです。背景には、自然振り子式特有の振り遅れや揺り戻しが要因だったといわれています。381系は、新しい振り子機構を取り入れた意欲的な車両でしたので仕方がなかった面も否めません。その後は乗客側にも慣れが出たのか、そうした声は次第に収まっていったようです。新しいサービスや技術の導入には、こうした試行錯誤がつきものだと感じます。とはいえ、当時の乗客が不安を覚えたであろうことも、十分に理解できますね。国鉄監修交通公社の時刻表1973年8月号より引用本日は以上です。参考資料:国鉄監修時刻表1973年3月号、同年8月号、鉄道ピクトリアルアーカイブセレクション8/国鉄ダイヤ改正1970/鉄道図書刊行会、列車名大事典/寺本光照著/イカロス出版、さよなら急行列車/寺本光照/JTBCanBooks、時刻表でたどる鉄道史/宮脇俊三編著ほか/JTBCanBooks、国鉄の基礎知識/所澤秀樹/創元社、JR全線全駅/弘済出版社、鉄道ピクトリアル2019年1月号、同誌2021年1月号
ki61-a6m2のブログ
…いないし、午後から阪急ネタがあるしね~再出撃する程近場ではないからアプリで検索すると阪急京都線は続々とフルマル6本が上がって来ます切りの良い最後は3323Fが来るでは!!せっかくの自動車鉄なので駅間へ移動します。本数が多いので抜粋ですトプナン 5300F 7連になってからは影が薄いですが 最後の3300系3323F 約60分の間にフルマル6本と効率がよかったその後3323Fが回送で下るので、午後のネタの視察の為にここへ3323F回送 前面がユルイですが贅沢は禁物既にここには場所取りの形跡が!!午後のネタはまた~~疲れそうここでチョイと他会社へ移動します京阪も最後となった 2200系 2216Fが下ってきました。これで早めのランチを、元会社の近くの中華チェーン店で午後の戦の英気を養う午後からの戦の場所へ来たが、早速の脚立の林立に驚く私は基本低いアングルが好みなので、いつもの場所へ陣取りのんびりと待機ところが午後からは雲行きが怪しくなって来ました時々と心配にですが直射日光に当たらず楽と言えば楽です友人から5104F試運転準備の報告や、長岡天神付近で布陣しているとの報告を受ける同業者も集まり出したが、精々の15人程でプチパニックと言った所でしょうか上り試運転が進来、天気も回復して来ましたのでこちら側からですがどうしても編成が抜け切りませんさて本番、天気も回復して 極める事に成功やはり↓の5300系と比べると神宝線用は細いのが良く分かりますね!!撤収後は 祭りの後の寂びしさが感じられますが5319Fが来るのでしっかりと押さえておきましょう友人の報告では、長岡天神は◎察や◎員が出動した様な騒ぎだったそうでこれで撤収し17:30帰宅後、植え付けた野菜の潅水作業が待っています💦
鉄道好きの旅日記&写真館
箱根湯本駅で強羅方面の列車に乗り換え。沿線は紫陽花の花が見頃を迎えていました。塔ノ沢までの列車は1000形。最初に向かったのは塔ノ沢駅観光路線ということもあって列車本数は多めです駅構内には神社があります様々な車両が来るので見ていて飽きません駅撮影後、強羅方面の列車に乗って大平台へ。2000形でした。乗車日:2025年6月19日