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  1. 日に走っています。京王車両》京王線の車両が、同じ塗色で走っています。《リサとガスパール》海外で有名な「リサとガスパール」の柄が入った車両です。《トーマスランド20周年記念号》機関車トーマスの柄です。【7】富士山は見えずこの日は、雨は降りませんでしたが、雲が多く富士山は見えませんでした。富士山頂が見える確率は、ほほ50%です。富士山を見る話はこちら↓『富士急行線から富士山を眺める』富士急行線は、山梨県の大月駅と河口湖の間を走る路線です。この富士急行線が素敵なのは、富士山を間近に見ることができる点です。東京近郊に住む者にとっては、富士山は…ameblo.jp【8】大月駅にツバメの巣がJR大月駅の駅舎に、ツバメの巣が作られていました。黄色い矢印「駅」という文字の場所に、ツバメがいます。赤い矢印の場所に、巣があります。駅側の対応はというと、・・・・・・こうです。大月駅、いいですねえ。【9】吉田のうどん富士山駅のある富士吉田市周辺では、「吉田のうどん」が食べられています。硬くてコシのあるうどんです。久々に食べたくなりました。富士山の形をした天ぷらが載っている「富士山うどん」790円を頼みました。ゆで卵、肉、わかめ等、具が多数載っています。食べ過ぎて、胃がもたれてしまいました(#^.^#)富士急行線には、1年に5回くらい乗りに行きます。いろんな車両があり、景色が良いのは大きな魅力です。小田急と東武で車内販売が打ち切られてから、近くで車内販売も満喫できる貴重な路線です。また乗りに行きます。富士急行の今までの記事はこちら↓★★富士急行「富士山ビュー特急」他|車内販売でございます。車内販売マニアさんのブログテーマ、「★★富士急行「富士山ビュー特急」他」の記事一覧ページです。ameblo.jp

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    富士急行への乗り鉄の1日
  2. こんにちは。今回は、S58年7~8月頃に撮影したと思われる「駅で撮影したスナップ写真」を載せてみました。撮影駅は豊橋、愛知三津、西小坂井、等です。クモユニ147+119系 豊橋にて飯田線の旧国を駆逐した車両でしたが、どことなく憎めない車輛でもありました。スカイブルーに白の帯が似合っていたと思います。このクモユニも飯田線での活躍は短く、あっという間に転出してしまいましたね…。165系とクモユニ147の並び 豊橋にてやっぱり旧国のいない飯田線、信じられませんでした…。でも、この光景も長続きはしなかったのですよね。今考えると、これも良い時代だったと思います。行先の表示板も懐かしいですね。キハ20103 豊橋にて当時は二俣線(現・天竜浜名湖鉄道)の気動車が豊橋まで乗り入れていました。気動車に詳しい方は車番でお分かりかと思いますが、このキハ20、初期型で側面窓がバス窓になっています。私にとって、これが最初で最後のバス窓キハ20との出会いとなりました…。キハ20103の車内 豊橋にてバス窓キハ20の車内を撮影しました。窓の上段を見ると、バス窓車であることがお分かりかと思います。クモニ83×2+113系(111系?) 豊橋?当時は、東海道線の普通電車に荷物電車が併結されていました。クモニ83にはいろいろなタイプがありましたが、写真はオーソドクスなタイプでしょうか。撮影地は豊橋の様な気がするのですが、ちょっと自信がありません…。撮影データはちゃんとつけておくべきですね。(苦笑)153系留置 愛知三津にて撮影地で知り合った方からの情報で、まだ愛知三津駅に153系が留置されている旨の話を伺い、早速訪問しました。例によって生憎の空模様ですが、なんとか記録することができました。153系+155系留置 西小坂井にてこちらも撮影地で知り合った方から、153系と155系が西小坂井に留置されているという情報を教えて頂いたので、居ても立っても居られなくなり、訪問した次第です。廃車前提の疎開留置ではありますが、堂々の14両編成で繋がっており、走行シーンぽく撮れた様に思っています。(パンタが上がってないとか、手歯止め使用中の札とかありますけど…笑)クハ153とクハ155の連結部分 西小坂井にてやはり、高運転台と低運転台では随分と高さが異なりますね。窓の位置も、ヘッドライトやテールライトの位置も…。修学旅行用の155系の方は、客用扉の幅が急行用の153系と比べて、随分と狭いことも改めて確認できます。いつかKATOから、湘南色の155系が発売されたら欲しいなぁ。終わりに、最近購入したモノ…左…EF61(茶) 右…EF60500番台特急色先日うちの鉄道にも、KATOのEF61茶(3093-3)、EF60500番台特急色(3094-4)が入線しました。どちらも、印象把握やディティールなど現行のKATOクオリティと言いますか、とても素晴らしい出来栄えだと思います。走りについても、2両ともFWがよく効きとても滑らかで、音も比較的小さく、目立ったクセも殆ど見受けられません。(ウチに来た個体の話ですヨ…)  眺めて良し、走らせて良しの逸品だと思います。なお4月以降、電気機関車が一気に4輌も(EF61×2、EF61茶×1、EF60500×1)増えましたので、私の小遣いが深刻な財政難に陥っているのは言うまでもありません…。(苦笑)本日もご覧いただきまして、ありがとうございました。

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    昔のアルバムから【15】駅でのスナップ写真(2)豊橋駅他
  3. GW期間も終わって初夏になりました私は土曜祝日は休みじゃ無いので、 5月1日と8日の日曜が貴重な休日(農作業が無い場合)5月1日は天気予報が今一つだったけど かねてより歩きたかった千羽海崖を望むみちを探訪予定でした『南阿波サンラインを往く』こんにちは(*≧∀≦)季節はもう春近くのスキー場も3月7日で今シーズンの営業が終了 今シーズンも僅かしか滑れなかったけど・・・それでもナイター2回滑…ameblo.jp探訪日 2021年2月14日僅かな便数のJR牟岐線、山河内駅-日和佐駅間も利用する為 早朝5時には出発するべく準備を整えて車検明けのパジェロの装備品をチェックしていると 自動車共済保険(任意)の証書が無い毎年4月24日が更新日なのだけど、 4月30日の時点で証書が届いてないとはひょっとして、JAさんが継続し忘れたのか? などと不安になり、深夜までドタバタ何とか保険料が口座から落ちているのを確認出来たので 予定通り出発することにして寝たのだけど・・・就寝時間が午前1時を過ぎていたため 当日の朝、少し寝過ごしたのと、血圧も高くて残念ながら中止しました後日談ですが、月曜日に窓口で尋ねると 自動継続扱いなので、たとえ証書なくても大丈夫!郵便局の土曜集配が無くなったので いつもより遅れてるのではとのことでした(証書は2日の夕刻に届いた)゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・ すっかりテンション下がり  昼過ぎまで家庭菜園の草取りなどをしておりましたが何気に見た観音寺市の高屋神社のブログ記事が目に留まった 思い起こせば、いつ頃だったろう?荘内半島をよく訪れてた6年位前に 七宝連山から三崎まで荘内半島の尾根を縦走されたエントツ山さんの記事を見て廃れ感が半端なかった高屋神社の石段に憧憬を抱き 是非近いうちに訪れなければと思ってた矢先父母ヶ浜に次ぐ、2匹目のドジョウを狙った天空の鳥居戦略が まんまと嵌まり、一躍脚光を浴びる場所になってしまった(;'∀')あの廃れ感は何処に・・・ という事で足が遠のいていたのだけど天候も昼から回復傾向なので、燧灘の夕焼けがキレイかも 急遽出かけることにして14時37分出発です急がねば!時間が無いぞ~県道21号線で観音寺市街を通過中箕浦辺りの海岸線から目立ってた 稲積山(標高404m)の特徴ある山容 あの山頂に高屋神社の本宮が鎮座されてるそうなよく目を凝らすと、鳥居のようなものが見えてる あれが、かの有名な天空の鳥居かいここから見た限りでは、結構遠いんでないかい(;^ω^)七宝連山から連なる尾根の尻尾の小さな峠に入口の看板があったここから尾根伝いに稲積山の本宮まで参道が続いてるみたい高屋神社下宮までは0.5kmで四国のみちと重複してる四国のみちについてwww.pref.kagawa.lg.jp徳島県以外の四国3県は各コースがPDFファイルでダウンロードできます※徳島県は県のサイトが充実しておらずコース別のファイルが入手できません祭神は邇々杵命•保食命•咲夜比女命で延喜式の神名帳(平安時代)に「讃岐国刈田郡高屋神社」とあり、延喜式内社讃岐二十四社の一社である。この社は当初稲積山頂にあったのを1600年頃に、山の中腹に移し、さらに1760年頃に山麓に移したが、里人はその崇をおそれ、1831年に山頂の旧地に再び本殿を造営した。山の名をとり稲積社とも呼んでいる。大祭は4月第2土•日曜日に行なわれている。゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・境内の駐車場に車を駐めて 下宮鳥居下の四国のみちとの分岐点からスタートします高屋神社下宮鳥居お賽銭は讃岐方式の「この穴からお入れください」w500円はこの中へ入れてネ・・・大口しま子(粟島のレンタサイクル看板娘)ww『荘内半島へ① 粟島へ』宇和海に浮かぶ九島西部の遠見場ここから鳥屋ヶ森こと九島山へと出発するところですが・・・3月31日に三豊市(旧三豊郡詫間町)にも先週に続いて探訪して来ました…ameblo.jp探訪日 2019年3月31日ここから桜並木の車道を歩いて本宮へ向かいますハーツシャトル高屋神社下宮停留所(土日祝日のみ運行)別コースで有明グラウンドと稲積山山頂を結ぶ天空の鳥居コースもあるみたいしめ縄を潜ります 車両は進入禁止中宮のすぐ上の駐車場まではコンクリートで舗装された車道になってるけどすごく急勾配標高137m程の中宮から標高260m辺りまでが このルートで最も等高線が密になってて、登山道は九十九折りに高度を稼ぎます右手(西側)の展望が開けました 四国中央市の赤星山や豊受山、製紙工場の煙突が見える手前に見える小さな山は江甫草山(つくもやま) 別名“有明富士”と呼ばれ、讃岐七富士のひとつです富士山のようにきれいな円錐形をしていますね駐車場の出口から本宮まで 12丁(109mx12=1,308m)のうち 5丁石から右へ分岐するトラバース道は斉田社って書いてる(5丁石は本宮まで残り5丁ってこと!)登山道はこの辺から緩くなって真っ直ぐな広い道になりますが 斉田社まで行って折り返してみますジオグラフィカのスタートボタンを押し忘れ、復路の鼻ご岩からのGPSログしかありませんが、 ガーミンの写真では解り辛いので並べてみました斉田社(さいだしゃ)は展望のいい場所で 琴弾公園の方を向いて鎮座されてましたが、周辺の森は切り拓かれたばかりみたいで 長い間森に埋もれてたのかも知れません斉田社から復帰して、緩くなった登山道を登ります広い道の中央を水が流れて轍が出来てるってことは 等高線に垂直に道が付けられてるのかな随分と久しぶりの山登りで苦しそうな顔をしてたのか 下ってくる家族連れの小さな女の子がこれ使ってくださいって自分が使ってた短い杖代わりの木の枝を頂いたよちょうどいい具合に石があったので その上に乗って左を仰ぐと荘内半島が見渡せた緩やかな登山道は右にカーブして、しばらくすると左から石段が現れたちょうど石段になった先で、登って来た登山道とは逆にカーブを描いて下る道? 木を刈り払って整備してるみたいですが大きな階段状になってるようにも見える元々はこっち側にちゃんとした参道があったのだろうか?いよいよ天空の鳥居に続く270段の石段が出現!この石段の中央にある狛犬のような岩は 指で押すと揺れるけど落ちないという「ゆるぎ岩」なるほど押すと張子の虎のように上下によく揺れたwゆるぎ岩のすぐ上には2本の石柱が建ってるけど・・・次元大介の斬鉄剣で袈裟懸けに切られたのだろうか 見事にスパっと切れとるがねとは言え、かなり廃れ感のあった石段は コンクリートでしっかりと補修され、以前の写真の様に草も繁茂しておらず、 まさに全国区の観光地へと様変わりしてましたあれが、天空の鳥居とやらかい 随分と立派になって・・・石段から見下ろす七宝連山の尾根の尻尾は丸山神社で終わってるその先には琴弾山と寛永10年(1633年)に高松藩主生駒高俊公を歓迎する為 一夜にして作られたと言われる寛永通宝の銭形砂絵で有名な琴弾公園が見える天空の鳥居が近づいてきた鳥居の周りは撮影者で溢れてる天空の鳥居を潜って本宮へ境内の片隅に黄色い自販機が金運のパワースポットだって!どっかーんっと儲けさせておくれやっしゃwwこの様なロケーションは何処にでもあると思うけど ここは樹木に遮られて無いので一躍全国区になったじょ~まぁ、讃岐人の巧妙なる宣伝に依るところも少なくは無いでせう高屋神社は讃岐国延喜式内24社の1つで、当初は山頂にあった本殿を1600年頃に山麓に移したが、後に山頂に再び造営しました山の名前から、稲積神社(稲積さん)とも呼ばれており、 稲の神さんとして古くから親しまれてます標高404mの山頂から観音寺が一望できる 絶景スポットとして人気を集めています絵馬は自販機で販売されています(六百円也)少し霞んでますが四国中央市が一望出来ますねこちらも讃岐方式のお賽銭金運アップや!何倍にもなって戻ってくるで~ お賽銭はりこんでおくれやっしゃ金運アップのスタンプも無料やけん どんどん押して帰ってヤァ〜お札代わりに財布に入れとくとお金溜まるでぇ鳥居もこの立派な石碑も平成21年に新調されてる 経済波及効果は大なり!下宮鳥居(四国のみちとの分岐点) 15:40中宮 15:53斉田社 16:08ゆるぎ岩 16:23天空の鳥居 16:31お神酒かと思ったら、うどんのつゆやった マジでビックリしたがねここから鳥居の正面に赤星山が見え 天空の鳥居は赤星山遥拝所の鳥居でもありまするw゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・さてさて時刻はもうすぐ17時、そろそろ下りましょうかね紫雲出山からの夕焼け、まだ間に合うかな?まだ登ってくる人が沢山いるよ〜往路では気が付かなかったけど、鼻ご岩への分岐がありました麓から見た左側の300mピークの様です松の混じった自然林で覆われてる分岐からここまでの道は切り拓かれたばかりの様な感じだったけど 石柱には昭和十一年三月と彫られてた鼻ご岩って結局何かわからなかったけど( ^ω^)・・・素晴らしい眺め高屋神社下宮も見える そのまま尾根を辿ると丸山神社その先には琴弾公園、有明浜の広大な砂浜、正面には赤星山少し右に振ると 江甫草山、室本港、伊吹島、円上島・・・瀬戸は日暮れて~(^^♪ 素晴らしい燧灘の眺望急遽出て来た甲斐がありました゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・17時34分、麓まで降りて来ました駐車場は来た時と入れ替わった車で埋まってる さすがにGW、8割は県外ナンバー(私も含めてね)向うに見える鳥居は遥拝所で山頂の方角を向いてますこちらは先ほどの鼻ご岩(300mピーク)だと思います゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・さてさて暗くならないうちに紫雲出山へと 燧灘側の海岸線ルートで向かいます途中の讃岐のウユニ塩湖こと父母ヶ浜の駐車場は車で溢れ 仁尾中学校が浜辺で運動会を開催してるかの如くの黒山の人塊世はGWなんだなぁ~とΣ(・□・;)途中、鴨ノ越では丸山島と陸続きになった砂浜と燧灘が綺麗な夕陽に輝いてた『山田の池の一本桜』こんばんは前回のブログで書いた様に4月14日のやまじ風によって地元の桜はほぼ壊滅4月15日おまけに15日の夜をとおして強い雨が降り続きましたが、幸い16日…ameblo.jp探訪日 2017年4月16日 丸山島上陸゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・おっと!ついでにもう一つ寄り道 ジーンズ神社こと尾崎神社いつだったか、ブログの記事で読んだことがあるので寄ってみたよく分からない神社だったけど 眺望は良かったのでよしとしようww行き詰まった先に駐車場がありました゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・紫雲出山にはもう何度も登ってますが、車で訪れたことは一度もありません県道ルートをパジェロで乗り入れるのは初めてです『2018年荘内半島の桜③~紫雲出山山頂へ』それにしても怖そうな顔してましたねココ2018年荘内半島の桜②~山田池の一本桜へから続いてます10:55 l (エル)前回(昨年)は車道までは出て来なかっ…ameblo.jp2018/04/06先ずは、第3展望台のある第二駐車場へ高屋神社のある稲積山、江甫草山、丸山島が一望のもと第二駐車場には1台も車はおらず 静かに絶景を楽しめましたここの桜の木は元気そうでした゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・第2展望台から備讃瀬戸の眺め備讃瀬戸に浮かぶ塩飽諸島の景色が素晴らしい゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・日没が迫って来ましたが 第一駐車場に移動して山頂広場へ向かいますもうこの時間になると、山頂に居るのは 私とこの弥生人の親子だけでしょう夕日に輝く山頂展望台 カメラマンが2名夕日を撮られてました荘内半島の突端、三崎神社の先の空が赤く染まってる半島の左は荒ぶる燧灘、右は穏やかな備讃瀬戸と云われるけど 今日はどちらも穏やかな瀬戸内海ヘッドランプを持ってこなかったので 真っ暗になる前に山頂広場から下ります丸亀・多度津方面の灯りが煌めいてる紫雲出山 | 三豊市観光交流局香川県三豊市の荘内半島に位置する紫雲出山(標高352m)。 自然豊かな遊歩道を歩きながら山頂を目指せば、息をのむほど美しい瀬戸内海の風景が広がる紫雲出山。 山頂展望台からは、瀬戸内海の多島美が見渡せます。 また、春には桜、初夏にはアジサイと四季折々の花が美しく山を彩ります。近年、Yahoo!JAPANの「日本が誇る桜の絶景15選」や 「死ぬまでに行きたい!世…www.mitoyo-kanko.com長くなりましたが 最後までご覧いただきましてありがとうございましたでは、また

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    高屋神社と紫雲出山
  4. 小湊鐵道 房総里山トロッコ【養老渓谷―五井】②
  5. 【高松築港駅を現地調査/琴平線の電車が2~3分で折り返す/不思議な自動改札機】ことでんに乗る
  6. 品川区北品川にある井上勝の墓まで行ってきました。横浜駅から京急川崎駅まで乗車した京急2100形の快特です。京急川崎駅で1000形の普通電車に乗り換えて新馬場駅(しんばんばえき)へ。新馬場駅から東海寺大山墓地まで歩きました。山手通りに道端にあった、墓地に向かう道の案内板です。東海寺大山墓地には、有名人の墓がいくつかあります。北品川の東海寺は寛永16年(1639年)に、三代将軍徳川家光が、沢庵宗彭(1573年~1646年)のために創建した臨済宗大徳寺派の寺院です。「史跡 沢庵墓」がありました。(墓には立ち寄りませんでした)東海寺大山墓地の入口です。東海道新幹線が通過していきました。墓地の中に、「井上勝墓」への道案内が出ていました。井上勝の墓の横を走る東海道新幹線です。1982年 クオリ発行「鉄道記念物の旅」・中川浩一(1931年~2008年) 著からの引用です。井上勝が東海寺に墓地を選んだのは、そこが東海道線と山手線の双方ともに見下ろす位置にあり、死後も鉄路の看守でありたいとの意思を持ったからであるという。そうであるならば、山手線に沿って東海道新幹線も通過する現状は、満足至極であるだろう。東海道新幹線のルート設定に当たり、井上勝の墓を移転する案が当初は建てられたものの、なんとか現状を維持しえないかとの議論が有力になり、その結果、山手線を移設して対処する設計が確定し、高輪台地の崖を大規模に切削することになったと、『鉄道記念物ものがたり』(1967年・日本国有鉄道)は記している。井上勝の墓の近くにあった立派な墓です。戒名は「寶婕院千代歌愛大姉」と書いてありました。墓碑の裏側を見たら、北品川出身の島倉千代子さんの墓でした。本人が生前に建てた墓ということです。島倉千代子さんといえば、青物横丁駅(品川区南品川)の接近メロディーになっている「人生いろいろ」を思い出しました。♪人生いろいろ 男もいろいろ 女だっていろいろ 咲き乱れるの井上勝の墓の近くにある鉄道記念物であることを示す石碑です。墓そのものが鉄道記念物に指定されているのです。初代鉄道頭 井上 勝 1843(天保14)年~1910(明治43)年”鉄道の父”と称される井上勝は、萩藩士の三男として生まれた。15才から長崎、江戸で学び、1863(文久3)年 井上馨、伊藤博文らとともにイギリスに密航し、鉄道と鉱山技術を学ぶ。日本の鉄道建設に最初から関わり、1871(明治4)年には初代鉄道頭となり、1872(明治5)年、新橋・横浜間の鉄道を完成させた。その後、鉄道局長、鉄道庁長官を歴任して、東海道線をはじめとする主要路線の建設に努めるなど、生涯を鉄道に捧げた。外国から導入した鉄道を、日本の鉄道として発展させた功績は多大である。生前、自らの墓地は東海道本線と山手線(現在は新幹線も並走)に挟まれたこの地を選んだのは、死後も鉄道を見守っていたいという意向からであったと伝えられている。井上勝の墓です。正二位勲一等 子爵 井上勝子爵夫人 井上宇佐子故陸軍工兵大尉 正五位勲五等 井上亥六(井上勝の子息で陸軍工兵大尉。父に先立って死去)墓の画像だけでは淋しいので、移動途中に撮影した京急の画像を入れておきます。京急1500形です。京急1000形です。京急1000形です。京急川崎駅で撮影した三崎口行の快特でした。(「泉岳寺と旧新橋停車場」につづく)

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    北品川にある井上勝の墓
  7. )、やはりEF15貨物列車を牽いてナンボの機関車。様々な思い入れはあると思いますが、この画像を見ると「That’s 貨物列車っ!」と世界の中心で叫びたくなります。画像は一瞬、山手貨物線かと思いましたが、東北本線ですね。スノープラウ、前面窓のデフロスタ、そして汽笛カバーと、典型的な寒冷地仕様である76号機は、長岡運転所の配置。信越本線や上越線での運用が中心ですが、高崎線を串刺して田端操車場まで足を延ばす運用もあったようです。ですから、画像の列車は田端まで行くんでしょうね。もっとも、この当時の貨物列車は操車場に立ち寄っては編成の組み替えを頻繁に行っていたので、行く先はあってないようなもの。EF15の担当が田端までであって、牽引される側の貨車はその先、何処に行くのやら・・というのが昭和国鉄の貨物列車でした。76号機は昭和28年製で新製配置は稲沢第二機関区。その後、浜松→米原→岡山・・と西日本を転々として昭和41年に新鶴見に異動して東日本に進出。新鶴見は1ヶ月ほどいただけで、すぐに長岡第二機関区に異動。書類上の最終配置は水上機関区ですが、基本的には昭和41年から廃車まで長岡に居座り、昭和55年8月に廃車されました。ワムハチやワキ5000が目立っているので、昭和50年代前半の撮影で間違いないと思われます。これも人それぞれの拘りや思い入れがあろうかと思いますが、私はどちらかというと、スノープラウのない暖地向け仕様、切り抜きナンバーがお好みでしたが、この寒冷地仕様もなかなかじゃないですか。大人になってあらためて感じました。そういえばNゲージの模型も “二社二様” で、関水金属(KATO)は画像のようなスノープラウを持った寒冷地仕様を、トミー(トミックス)はスノープラウを持たない暖地向け仕様をそれぞれプロトタイプとしていました。そういう方が良いです。何でもかんでも同一仕様を競作すれば良いってもんじゃないです。競作するなら違うタイプを模型化すればって思うのは私だけではないはず。貨物列車といえばコンテナ列車全盛の時代、国鉄時代は見向きもされなかったのに、今は旅客列車に(撮影の)対象になるような列車が少ないせいか、貨物列車撮り鉄の格好の被写体になっているようです。今のカモレに何の魅力も感じないけど、きっといつの時代も「機関車牽引の列車が好き」というのが根底にあるようですね。【画像提供】タ様【参考文献・引用】鉄道ピクトリアルNo.783 (電気車研究会社 刊)「EF15×EF58 昭和50年代の記録」 (イカロス出版社 刊)

    THE JNR LEGEND(968)
  8. 東京メトロ8000系
  9. マッハ模型 これからどないなるんや?
  10. が、前回は平成初頭時刻表より引用しました当時の臨時列車に関しましてご紹介しました。 「有田陶器市」は、今年で第118回になりますが、令和2年・令和3年の2年間は「新型コロナウイルス」によりまして開催ができませんでした。しかし、今年は感染症対策を施した上で開催する事になりまして、その結果九州など各地から多くの方々が足を運ぶに至っておりました。 そんな「有田陶器市」の臨時列車は、平成初頭は博多方面からは画像のように1往復しか運行されておりませんでした。しかし、熊本からも「サルーンエクスプレス」と呼ばれましたジョイフルトレインを使いまして臨時列車が運行されておりましたし、臨時急行も従来の「みどり」に加えまして運行されておりましたので、恐らく運行されていたと思われます団体臨時列車と合わせても佐世保線内では当時から賑やかな姿が見られていたのではなかったかと思われます。 さて、今回その2としてご紹介しますのは、使用車両がこれまでの車から変わりました長崎方面からの「有田陶器市号」に関しまして皆様にご紹介してまいります。 「有田陶器市号」は、国鉄時代より運行されて来ておりましたが、長崎方面発着に関しましてもキハ58系気動車が長崎~上有田間(以前は片道運行時もあり~上の画像参照)で運行されておりまして、後に以下画像のキハ66・67系気動車と連結しました4両編成でも運行されておりまして、キハ58系気動車は長崎運転所(当時)から姿を消した後も直方気動車区(→直方運輸センター、当時)から貸し出した上で運行されていたほどでした。 しかし、平成21年の運行からはキハ200系気動車での運行に改まっておりまして、画像の現在は大分車両センターに所属しますキハ220-1101を先頭にしました3両編成で運行されておりまして、上有田行きの方向幕を出しながら運行される姿が見られておりました。 (浦上駅にて)~対面ホーム時 (上有田行き行先) また、平成25年運行時からはキハ200系気動車4両編成でも運行されておりまして、2ユニットに併結されて運行される姿が見られておりました。 (15番ユニット)~現在は鹿児島車両センター所属、565番ユニット (13番ユニット)~現在は大分車両センター所属 この間には、平成24年から平成29年までは武雄温泉行きとしても運行されておりましたが、この頃平日にはキハ200系気動車2両編成でも運行されておりました。尚、方向幕には武雄温泉の行先は存在しておりませんでしたので、行先の部分には「臨時」幕が使用されておりました。 (12番ユニット)~超特急スーパーひのくにさん画像提供、現在は大分車両センター所属 そして、2年間の運休を経まして、今年の運行へと至っておりましたが、使用車両は佐世保車両センター唯一の近郊型気動車ともなりましたYC1系気動車に変わっておりました。しかも、後述のようにオールロングシートのユニットが使用される事が明らかになりますと、SNS等でも異論を唱える方が多く見られておりまして、運行前から不満の声が多く見られていたほどでありました。 さて、ここからは使用車両が変わりました、長崎発着「有田陶器市号」の姿をご紹介してまいります。今年の運行は、画像の発車標にもありますように上有田行きとしての運行でもありました。 今回撮影駅は早岐駅でありまして、YC1系気動車1形式しか存在しなくなりました長崎地区の気動車の姿も併せて収めておりましたが、ここで本来はこの車で運行しないといけないであろうユニットの姿も見られておりました。 (佐世保行き、先頭YC1-1103) そのYC1-1103と連結されまして運行されていたのが、画像の1番ユニットでありまして、平成30年に先行導入されましたユニットでもありました。 (←長崎 YC1-1+YC1-1001) この1番ユニットと言いますと、画像のようにロングシートとボックスシートと混ざって装備されている車両でありまして、「有田陶器市号」では最も使用される可能性が考えられていたユニットでもありました。実際に、画像のようにボックスシート部分にはテーブルも設けられていたため、よりゆったりはできていたのではないかと思いました。 【過去乗車時撮影】 (ロングシートとボックスシートと混在部分) (1人掛けボックスシート) (2人掛けボックスシート)~折り畳みテーブル付き しかし、実際に使用されましたのは画像のロングシートでありまして、1席ずつ間隔を置きまして使用されておりました。正直「コロナ禍」でないならば上の画像の1番ユニットを使用する所ではあったようでしたが、「コロナ禍」という事からボックスシートでは飛沫が飛ぶからと言う事でロングシート起用へと至っていたのではないかと思われます(あくまで私の予想ですのでご了承ください)・・・。 【過去乗車時撮影】 今回上有田行きで使用されておりました20号の車両です。先頭はYC1-1105(3号車)、2・3両目は205番ユニット(YC1-1205(2号車)+YC1-205(1号車))が使用されておりまして、2・3号車が指定席車として使用されておりまして、座席はご紹介しておりますようにロングシートでありました。 初撮影となりますYC1系気動車の上有田行先であります。上有田行きの行先が存在しているのはやはり「有田陶器市」のためである事がわかりますが、このように装備してくれているのは良かったかなと思う所でしょうか。 こちらは側面行先であります。今回はツーマンでもある事や、経由地表示も出しておりませんでしたので、上段の表示はありませんでした。また、アルファベット・韓国語・中国語の表示は見られておりまして、これは共通する部分ではないかとも思う所ではありましょうか。 (日本語) (英語) (韓国語)~ハングル文字 ここからは、異論が出るなど問題となりました指定席車の部分です。今回は入場券購入でありましたので、車外よりその部分を収めておりましたが、座席の上部には席番が付られたシールが貼られておりまして、こう言った所からも指定席車としての姿が見られておりました。 (別の所から) 指定席車の肝心の利用者は、平日である事もありまして、全座席の半分程度しか見られませんでしたが、それでも利用者はいらっしゃる事がわかりました。それにしても、やはりこれではゆったりはできないのかなと思います。座席もふかふかしているならばわかりますが、ビニール状の座席でもありますので・・・。 こうして、20号上有田行きは発車時刻となりまして、佐世保線を上有田駅へ向けて行きました。この後、この列車は中線があります三間坂駅へ向けて回送、今度は21号として長崎駅へと戻る事にもなります。 今回は、初の「有田陶器市号」使用列車となりましたYC1系気動車に関しましてご紹介しましたが、やはりこのYC1系気動車が使用される事は佐世保車両センターの近郊型が1形式しかない事を思いますと仕方がない事ではありましょうか。それよりもこの気動車でもロングシート車両が使用されていた事に関しましては、そう言った例自体が少ない事を思いますとやはり異論が出る事は否めなかったのではないでしょうか。とにかく、来年度はどのような形になるかはわかりませんが、できればボックス車両が使用されます事を願いたい所ではあります。

    NO.2669 3年ぶり開催、「有田陶器市」臨時列車の記録(その2、YC1系気動車上有田行き編)
  11. 半蔵門線直通車両と東武10000系列普通列車
  12. p;1726“20寝台特急「あさかぜ」(初期編成)”〜基本8両&増結7両セット〜3094-4“EF60 500番台(特急色)”待望の20系“あさかぜ”でございます。世代的には24系のイメージの方が強いはずなんですが、A寝台の車両が7両も入ったこちらの20系の方が豪華でお気に入りです。KATOからはかつて、電源車がマニ20で床下がグレーに塗られた登場時編成や、昭和40年代の終わり頃の編成を再現した“殿様あさかぜ”と呼ばれた編成がリリースされてましたが、今回の製品も“ロ”の付く車両が7両も入った豪華編成です。模型的には両車端部がボデーマウントカプラー化された、より実感的な床板が採用されており、待ってみてよかったと思える一本です。〈あさかぜ ひとくちメモ〉昭和31年に東京〜博多間を結ぶ夜行特急として設定された“あさかぜ”は、昭和33年10月1日に画期的な20系客車に置き換えられる。青く塗られた車両で統一された固定編成は、ベッドはもちろん自販機、トイレ、食堂、シャワー、公衆電話が設置され“動くホテル”と絶賛された、いわゆるブルートレインの元祖として知られる。その後、昭和51年から昭和53年にかけて20系から24系25形へ移行し、目的地も下関まで短縮されつつ平成17年3月に廃止された。(参照:Wikipedia)Swallowtail

    【ウチの客車特急】“20系寝台特急「あさかぜ」”【第十三回】
  13. 3/28 「A列車で行こう」団体臨時列車 その3
  14. 5月5日の撮り鉄 東加古川駅 その2
  15. る天塩中川駅。乗客撮り鉄でごった返す中、駐在さんから警官が配備されてものものしい雰囲気。中川町のご当地キャラ『じゅえる』は着ぐるみ人形ではなく、空気人形が代理(?)。ホーム上では音威子府村の特産品と鉄道グッズ販売を開催。音威子府駅の停車時間が短いため、ご当地弁当も含めて天塩中川駅での販売となりました。停車中の間、上り旭川行6064Dサロベツ4号(14:30着/発)と交換します。残念ながらこの後雨が降り出してしまい、時折傘が必要な位本格的な降り方に…😢その後も降ったり止んだりの天気が続きます。同行のらんちゃん様が停車中に頂いたという『音威子府村取扱説明書』(要は村のパンフレット)と、『宗谷本線来訪記念証』。私は貰う事ができず。長い停車時間が終わり、14:49に再び最北へ向けて出発します。ここだけ、お見送りの模様を撮影できました。右で横断幕を持っているのは、音威子府村のご当地キャラ『おとっきー』。天塩中川駅を発車後、私はらんちゃん様と共に遅い昼食を摂ることにしました。国道40号線沿いにある『道の駅なかがわ』で提供しているという行者ニンニク入りソーセージの入ったスタミナステーキ丼は期待を裏切らないウマさでしたよ😋このお弁当は『風っこそうや』(リンクは2019年8月の稚内発乗車時のブログ)の時も他のメニューと共に上り列車の停車時間中に販売されていたのですが(先着順)、いち早く売り切れたため口にする事ができなかったのでした。そういえば前回記述するのを忘れていましたが、花たび車内では乗務員室からインストゥルメンタルのBGMが流されていました。単なる汽車旅とは異なる観光列車としてのムードを高めるには良い試みだと思います。列車は宗谷管内幌延町(※元々留萌管内のマチだったが、2010年の支庁再編で宗谷総合振興局管内に編入)に入り、ヨド物置の待合室で知られる秘境駅・糠南駅を通過すると、いよいよ天塩川沿いにおける車窓のハイライト・問平(といひら)陸橋を通過します(進行左側車窓から撮影)。そして、宗谷本線唯一のトンネル・下平トンネルに入ります。かつては天塩川の河岸に問平陸橋と同様の『下平陸橋』が架けられていましたが、たびたび雪崩による災害が発生した事からトンネルで短絡する事となったのでした。尚、不通時の迂回ルートとして機能していたのが音威子府からの天北線でありましたが、この時ばかりはかつての本線としての面目躍如を果たしたといえましょう。トンネルを抜けると、有人駅時代からの木造駅舎が残る雄信内駅を通過します。その後天塩川との本流とはお別れ。農業王国北海道ですが、その中でも冷涼で畑作に不適な道北各地は、人間より牛の数が圧倒的に多いという典型的な酪農地帯。当然というべきか、沿線各所には撮り鉄の姿があちこちに見られ、牧草地を横切る道路にも彼らの姿が写っているのがお判り頂けるでしょうか。幌延駅の到着は本来15:25ですが、2分程遅れたため5分の停車時間が短縮されてしまい、撮影もそこそこに…。車両横に立っているお二方は花たびの車掌さん(音威子府駅で交替)。『ノロッコ号』と同様、観光列車用のユニフォームとして青いポロシャツ姿で乗務にあたっていました。ホームでは幌延町のご当地キャラ『ホロベー』がお出迎えとお見送り。さて…幌延といえばかつて羽幌線が分岐していた駅でしたが、増結1号車(フリースペース)のトイレに貼られていた道北にまつわる難読地名のクイズに、幌延の1つ手前の駅だった振老(※実際には幌延との間に作返仮乗降場が存在)が問題として出題されていました。他の2両にも、それぞれ異なるクイズが貼られているのですが、全て紹介してしまうと面白味がなくなってしまうのでコレだけにしておきます。振老つながりの話で余談ではありますが、ヤフオクにJR北海道券(地紋は国鉄)の「(□北)天塩から振老ゆき」の硬券乗車券が出品された事があり、国鉄時代に廃線となったにも関わらず何故?とは思いましたが、羽幌線がJRに引き継がれる事を前提に先走りして札幌印刷所が作成したモノが流出したのか…謎ではあります。『花たび そうや』の旅もあと1時間を切りました。サロベツ原野の玄関口にあたる豊富駅には16:43に到着し、10分停車しますが、残念ながらこの日はご当地キャラ(『とよとみくん』)のお出迎えと特産品販売は対象外。豊富駅を出て、サロベツの牧草地帯を走行しますが、この辺りで見えるハズの利尻山は悪天候でその姿を現さず…😥豊富駅発車後、車掌によって旭川~稚内の指定券所持者を対象に「表彰状!アンタはエライ!(勿論そんな事は言ってない)」とばかりに『(宗谷本線)全区間走破証』が配布されました。いよいよ日本最北端のマチ・稚内市に入り、花たびは抜海の丘を上りラストスパートをかけますが、こんなドンヨリとした空模様では当然日本海に浮かぶ利尻山も見えるハズもなく…😢運転士さんは徐行してくれるのですが…。私は風っこそうやの時と、最近では4月28、29両日に特急列車からその美しく素晴らしい景色を眺められたので、ソレで運を使い切ってしまったのか…😱そして抜海の丘を下り、最後の途中停車駅・南稚内駅に16:37到着。終着間際のため1分しか停車しません。南稚内駅を発車後程なく、汽笛が鳴り響き急ブレーキ。線路際にヤバい撮り鉄でも現れたか?と思いきや、なんと鹿の群れが車庫(旧稚内機関区)に出没!いやはや…こんな市街地にまで現れるとは😲お騒がせな馬鹿…いや、鹿さんでしたが、いよいよ最後の1区間。相変わらずどんよりとした空模様の中、稚内港を見ながら『花たび そうや』初列車のフィナーレを迎えます。16:43、日本最北端の駅、終着・稚内駅に到着です!旭川から約6時間の「急行列車」の旅が終わりました。やっぱり最北の地だけに、ホームへ降りると身にしみる程に風が冷たい…。持参のキャリーバッグから手を離したら、吹き荒ぶ強風で倒れてしまう程…。下車客には、稚内市の観光パンフレットなどと共に、銘菓『稚内流氷まんじゅう』が配られました。乗客を降ろした花たび車両は翌朝の上り列車まで車庫でひと休みすべく、南稚内駅に向けて回送されていきました…。右に見える『キタカラ』の2階展望デッキには、数名の撮影者の姿が。4月29日の『新駅舎グランドオープン10周年』を記念して設置された『巨大駅ノート』。既に全てのマスが埋まっていました。駅舎内には「花たびそうや号 歓迎」のパネルが。花たびの到着に合わせて、稚内市のご当地キャラ『りんぞうくん』と『出汁の介』(4月29日のイベントにも登場)が出迎えてくれました。4月28~29日に続き、またも来ました稚内駅。電光掲示板に表示の気温は10℃と4月28日の9.6℃より若干高かったのですが、体感的にはより肌寒いです…。いや、むしろこの時期本来の気温というべきか?同行のらんちゃん様は日帰りなので、この後17:44発札幌行52D宗谷で旭川に戻りますが、私はまた稚内泊まり。しかし、その上り宗谷を豊富駅までご一緒する約束をしていたため、一旦ホテルへチェックインして最低限必要なモノ以外の荷物を部屋に置いていく事にしました。この日の宿も、『天北の湯 ドーミーイン稚内』(『どうみん割』利用)。例のクラツー花たびツアー客の宿泊先もここ…。ここから先はオマケとなりますが、最後までお付き合い頂ければ幸いです。そして52D宗谷に乗り込みます。この日はラベンダー編成による運用。私とらんちゃん様はラベンダーラウンジの増①号車(自)に席を確保。ラベンダーラウンジのアクリルパーティションには、『ANAのふるさと納税』とタイアップしたキャンペーンのステッカーが貼られていました。上り宗谷は18:24、豊富駅に到着。私は下車してらんちゃん様とお別れします。稚内へは18:57発4331D(名寄発。音威子府まで4327D)で戻るため、その到着まで30分余りの滞在。豊富駅にも、花たびのフラッグ装飾が。豊富駅ではキハ54同士の列車交換があり、稚内駅を18:03に発車した4330D(キハ54 504)が先に1番線に到着。このタイミングで跨線橋を渡り2番ホームに向かいます。そして、2番線に4331Dが進入。4331Dはキハ54 506の単行。既に乗っていた乗客は2名のみ!当駅からは私ともう1人、乗り鉄風の男が乗り込みました。4名だった車内も、兜沼駅や抜海駅で続々と乗り込み、南稚内駅までの間は13名位にまで増え、中には花たびで見覚えのある顔も…。ほとんどが花たびで稚内入りし、先述の4330Dで『駅テツ』しに下車し、戻ってきたのでしょうか。19:49、終着・稚内駅に到着。上り宗谷出発後は出改札業務を行わないため、運転士にパスを提示の上で下車します。最北の駅の夜は人影もまばら…。小雨混じり(レンズに水滴が付着してしまった💦)の強風が吹き荒び、既に気温は一ケタ。『キタカラ』だけに北からの風は冷たかったのでした…。なんちゃって。そして、一夜明けた5月15日の稚内駅。前夜の荒天とは打って変わって、晴天の朝を迎えました。私は花たびの上り列車を見送るべく、早めにチェックアウトしてきたのです。駅コンコースには、既に8:34発の旭川行『花たび そうや』の改札を待つ行列が!一応全車指定席ではありますが、窓側に席を確保すべく増結1号車フリースペース目当ての乗客もいらっしゃるのでしょうか。この日の花たび指定席は予め取る事ができなかったため、私は出発を見送った後、またレンタカーを借りて4月29日に廻りきれなかった天北線の廃駅跡を見に行く予定でしたが、せっかく天気が回復した事だし、せめて少しでも乗れないモノか…と一縷の望みを掛けて、みどりの窓口に問い合わせてみた処…なんと!幌延までの窓側席(しかも利尻山の見えるほう!)に空席が😃!どうやら、直前になってからキャンセルが出たようですが、ソレを拾えるかどうかは運とタイミング次第。というワケで、短いながらも花たび上り列車の初列車にも乗る事となりましたが、レンタカーはキャンセルせず再び稚内へ戻ってきてから借りる事にしたため、店舗に電話を入れてその旨を伝えました。花たび車両はまだ入線していませんが、8:20より前に改札が始まり、私もホームに入ります。液晶ディスプレイには、「臨時急行」と表示。花たびの車両は、発車10分前の8:24頃に入線します。今回空席を拾う事ができたのは1号車紫水号。往復それぞれ別の車両に乗れてヨカッタ!上り列車には稚内市の観光ボランティアガイドが乗り込んでおり(豊富駅まで)、「今日は利尻が見えますよ!」との言葉通り、花たびの車内から日本海に浮かぶ利尻山(利尻富士)が見えました!!流石に右の礼文島は見えませんでしたが、利尻だけでも見られて充分です!この風景を見る事ができて、花たびに乗れてヨカッタ!とつくづく思うのでありました。9:20、豊富駅に到着。10分停車します。下り列車もそうでしたが、停車時間がある駅は乗客のほとんどが写真を撮るなどのためにホームに降りたため、車内はご覧の通り。2号車山明号を先頭にした上り『花たび そうや』。この日も豊富駅でのおもてなしはありませんでしたが、5月22日と6月5日(いずれも上り列車)両日限定で行われる事になっています。豊富駅を発車後、車掌から上り列車用の乗車証明書(写真左下)が配布されました。コレで上下2枚分コンプリート!花たびの乗車証明書は箔押しとエンボス加工された豪華な仕上がりで、なかなかチカラが入っています。ちなみに乗車証明書の裏面には沿線のみどころが印刷されており、もう1枚花たびの時刻表付き車両紹介カードも封入されています(中身は敢えて掲載しません…)。花たび車内の中吊りには、前回紹介した「今年こそ、行けSOYA」のポスターの他に沿線自治体のマチの花を紹介したポスターも掲示されていました。トイレ側の仕切り壁面には沿線の特産品と見どころを紹介した掲示物も。列車はサロベツの牧草地の中を走行しますが、雲が多く原野の向こうには利尻山を見る事ができませんでした…。まぁ、抜海の丘だけでも見られたから、まぁいいか。9:45、幌延駅に到着。私の花たび乗車はここまで。この日もホロベーと、横断幕を持った町民が乗客を歓迎。9:47、幌延駅を発車。私は2番線ホーム側から見送りました。私は10:56発4325Dで稚内へ戻り、レンタカーを借りて天北線の駅跡巡り第2弾を決行する事にしたのですが、以降のオハナシはまたいつかという事で。ひとまず、『花たび そうや』の初列車乗車篇はコレにておしまい。最後までお読みいただき、ありがとうございました🙇‍♂️

    2年越しの初運行!急行『花たび そうや』に乗る!!(後篇)
  16. 2022年5月18日~5月26日 シアタードラマシティ・月組公演●「ブエノスアイレスの風-光と影の狭間を吹き抜けてゆく・・・-」 作・演出/正塚晴彦紫吹淳主演で1998年に初演、柚希礼音主演で2008年に上演され、いずれも好評を博した作品の待望の再演。1900年代半ばのブエノスアイレス。反政府ゲリラのリーダーで政治犯として囚われていたニコラスが、特赦により7年振りに釈放される。軍事政権が倒れ、民主制となった祖国で新たな人生を歩み始めたニコラスは、ダンスの才能を買われ、タンゴ酒場の花形ダンサーであるイサベラのパートナーとして雇われることとなるが、そこへかつての仲間リカルドが現れ…。新たな生き方を模索する男の姿を通し、人生の意味を問いかける物語。初演と翌年に神戸で上演されたのを見たので、かなり印象に残っており、2008年はチケットが取れずDVDでしか見てませんが、いずれも主演者がダンサーで濃いかったので、ダンサーですがおぼっちゃま風の暁千星がどうやるのかが見もの。5月20日13時公演、19列目で観劇。※ネタバレ注意。物語自体は革命・ゲリラ・タンゴと、正塚ワールドですでに分かっているので、それぞれの生徒が如何に役作りをするのかというところが、今回の観劇のポイント。元反政府ゲリラのリーダー、ニコラス・デ・ロサスを暁千星(初演:紫吹淳、再演:柚希礼音)。星組に組替えが決まっており、最後の月組公演をドラマシティ主演で飾ります。この公演が発表になった時「ん?アリでブエノスアイレス?」と思い、随分これまでの主演者とイメージが合わないなと思いました。しかしやはりダンサーですから、タンゴは大したもの。お芝居は若干あっさり気味な気がしましたが、徐々にそれはそれで良い気もしました。ぶっきらぼうで大して笑顔を見せないのも、これまでと違った雰囲気も引き出しを増やす意味では良かったですね。前述しましたが、やはりダンスは素晴らしい。振付通りに踊ってるというより、体に馴染んで滑るように踊ってる感じで、見ててストレスがないんです。星組でもダンサーを生かして成長して欲しいですね。カーテンコールではおちゃめないつものアリが出てましたがね(笑)タンゴ酒場のダンサーのイサベラを天紫珠李(初:西條三恵、再:夢咲ねね)。アリのダンスに上手く合っていましたし、お芝居も安定感がありますが、イマイチ華に欠けるんですよね。家庭のゴタゴタ、気の強さもあれば弱い部分もあり、ヒロインとしては難しさもあるとは思います。初演はパンチが効いてたし、再演は華やかさがあっただけに、比較されて分が悪いのかなぁ・・・。私自身が同期のかれん派だからか?(笑)ニコラスのかつての同志、リカルドを風間柚乃(初:樹里咲穂、神戸:嘉月絵理、再:和涼華)。抜群の安定感で、ゲリラの熱が冷めやらず銀行襲撃を企てます。クールそうに見えながらも、熱さが半端なく、妹への愛情もあって・・・。風間ならお手の物という感じで、安心して見ていられました。欲を言うと、風間ならできるであろうという新鮮さがないかな。タンゴ酒場のオーナー、ロレンソを専科の凛城きら(初:美郷真也、神:光樹すばる、再:美城れん)。ぶっきらぼうな感じながらも、オーディションを勧めたり、イサベラを慰めたりと、オーナーらしさを感じました。これまでも女役でも存在感を見せてましたし、前途有望な専科生です。タンゴ酒場の歌手フローラを晴音アキ(初:矢代鴻、再;音花ゆり)。これは初演のシビさんの歌声が印象的で、バカ息子を持った母親という難役。再演の時はなんか違うなぁと感じ、今回も美魔女アキちゃんもキャラ的に違うなと思ってました。しかし歌はそこまで上手くはなかったけど、感情を乗せてましたし、母親らしさも感じましたね。その息子でチンピラのマルセーロを彩海せら(初:大和悠河、神:霧矢大夢、再:真風涼帆)。数々のスターが演じた出世役。バカでワルでどうしようもないヘタレガキを、雪組から来た彩海が熱演。見ててムカつくぐらいバカでした(笑) ということは、上手いということです。刑事ビセンテを礼華はる(初:成瀬こうき、神:汐美真帆、再:紅ゆずる)。婚約者がニコラスの元カノということが分かって、残ったゲリラを追い詰めようとしたり、結婚を焦り出したりと、神経質そうな感じが出ていましたね。これと言って見せ場らしいものはないのですが、印象には残る役です。その婚約者のエバを羽音みか(初:美原志帆、蒼乃夕妃)。細くスラっとしたスタイルが綺麗で、学校の先生らしく見えました。ニコラスとビセンテの狭間で揺れ動く感情を、少ない場面で見せるのは難しかったと思います。リカルドの妹リリアナを花妃舞音(初:叶千佳、再:水瀬千秋)。声のせいかもしれませんが、かなり子供っぽかったですね。まぁ大人になりきれたないのに、背伸びしてる感はありましたがね。そうかぁ、再演は例の子がやってたのか・・・。武器商人を蓮つかさ(初:大空祐飛、神:あゆら華央、再:水輝涼)。いつものれんこんらしさが全くなく、落ち着き払った怪しげな男をやってました。管理人の娘を結愛かれん(初:水島あおい、再;涼乃かつき)。初演、再演時は管理人でしたが、若いかれんちゃんなので、その娘ってことですかね?(笑) 2幕の1場面にちょこっと出てくる普通な役で、他は街の女とかアンサンブルばっかり。なんでかれんちゃんをリリアナにしないかなぁ・・・。全体的に纏まりが良く、芝居の月組らしさがあったと思います。主演の暁千星も初演、再演とは違った雰囲気を持ち合わせながらも、自分なりのニコラスを作り上げていました。星組での益々の活躍を期待したいですね。

    月組公演 ブエノスアイレスの風-光と影の狭間を吹き抜けてゆく・・・-
  17. 士山ビュー特急」は小田急と御殿場線を走っていた「あさぎり」を、水戸岡車両として再生させた特急です。3両編成の赤い電車です。富士急行線の大月と河口湖の間を、1時間弱で走っています。《自由席》~2号車・3号車2号車3号車は自由席。車内のインテリアが素敵で、リクライニングシートは快適です。全区間乗ると400円の特急料金がかかります。《指定席》~1号車1号車は指定席車両です。事実上のグリーン車で、特急料金に加えて900円増しです。大きなテーブルが使えます。コーヒーなどの飲み物が無料で提供されます。美しい富士山を眺めながら、ホットコーヒーが飲めるのは至福の時間です。丸テーブルのオシャレな座席もあります。1人客が乗りやすい席です。この2年間、新型コロナの影響で、「運転休止」ならびに「定員を半減させて運行」していましたが、ようやく全座席利用可能に戻りました。プロ野球で人数制限なしで観戦できるようになりましたから、こちらも妥当な決定かなと思います。【2】飲み物を注文今回は、「富士山ビュー特急」の指定席を往復で乗りました。指定席は、飲み物のサービスがありますので、お願いしました。★ホットコーヒー定番のホットコーヒーをお願いしました。車内でホットコーヒーが飲める路線は、どんどん減っていますから貴重です。★オレンジジュース今まで頼んだ記憶は無かったのですが、濃厚で果肉も少し入っていて非常に美味かったです。★ビール富士山ビュー特急のラベルが入ったビールです。これは有料で、510円払いました。【3】食べ物品数は少ないですが、食べ物の車内販売があります。カゴに乗せて巡回してきましたので、当然買いです。1つ目は「どら焼き」です。富士急行のマークが入った品です。地元の名産品で、ホットコーヒーに、よく合います。「どら焼き」は、空腹を満たせる上に、1か月くらい保存できる品もありますから、車内販売にピッタリです。もう1つは「手造りぶどうジャム」です。【4】グッズ販売グッズも購入しました。ホントは買いたかったのですが、「トーマスランド号」5500円は高いです。面白かったのは、充電ケーブル「ナンデモ充電くん」です。富士急行のロゴ入りで、3種類の充電ができる実用品ですから、買いました。キーホルダーにもなっています。値段は1300円です。車内販売は、指定席だけでなく自由席にも来ることが多いです。メニューはこちら。【5】土曜休日にはスイーツ「富士山ビュー特急」は、平日には900円増しの指定席ですが、土曜と休日には「スイーツプラン」の席となります。現在は乗車券類込みで4900円です。今年2022年の2月にも乗車しました↓5月からは、メニューが変わり再スタートしています。現在のメニューはこちら↓https://www.fujikyu-railway.jp/column/sweets.php【6】素敵な接客「富士山ビュー特急」に乗務するアテンダントさんは、5月頃は、新人さんが乗務していることがありました。意欲はあるけど腕はまだまだ・・・という年が多いのですが、今日は非常に力のあるアテンダントさん2人で安心でした。料理が出る1万円以上のレストラン列車ではなく、気軽に乗れる観光列車でここまで頑張っているのには、毎回感心してしまいます。車掌さんも、分かりやすい発声の放送で、見事です。曇っていて、富士山が見えなくても満足です。今までの富士急行線の記事はこちら↓★★富士急行「富士山ビュー特急」他|車内販売でございます。車内販売マニアさんのブログテーマ、「★★富士急行「富士山ビュー特急」他」の記事一覧ページです。ameblo.jp富士急行の乗り鉄と周辺の話、あと1回続きます。★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★この先の乗り鉄の予定は、こうなっています。5/21(土)22(日)・・北陸で乗り鉄。5つの列車で車内販売を利用する予定です。5/23(月)・・近鉄乗り鉄。「あをによし」は1人で2席取るんですね。5/29(日)・・「伊予灘ものがたり」です。

    たくさん共感されています

    「富士山ビュー特急」で、コーヒー飲んで、ナンデモ充電くんを買う
  18. 難波―加茂駅間のみ鉄道ファンらは<絶滅危惧>と呼び、名残を惜しんでいる。201系は、国鉄時代の1980年代前半に量産された車両。当時としては最先端の技術が使われ、省エネ電車の先駆けとなった。約1000両が製造され、首都圏では中央線や武蔵野線、関西圏では東海道線などの主力車両として、都市部の鉄路を支えてきた。JR関西線(大和路線)で運行されている201系(JR難波駅で) だが、2000年代に、軽量でより消費電力の少ないステンレスの新型車両が登場すると、各路線で車両の更新が進み、2011年には首都圏の全車両が引退した。JR西では、JR東日本よりも車両更新が緩やかで、東海道線の運行を終えた車両などを、大阪環状線と関西線、おおさか東線の3路線で使い続けてきた。大阪環状線の専用車両323系電車 大阪環状線では、新型の専用車両「323系」が導入されたことに合わせ、19年に運行が終了。おおさか東線でも、今年3月に行ったダイヤ改正を機に、JR西が独自に初めて製造し、1989年に登場した「221系」が走るようになり、引退に至った。「おおさか東線」で運用が始まった221系電車により201系は、おおさか東線より引退! 一方で、鉄道ファンの間で201系の人気は根強く、ダイヤ改正前日の3月11日夜には、おおさか東線でのラストランを一目見ようと、大勢の鉄道ファンが沿線駅に集結したほどだった。JR大和路線の大和川、亀の瀬渓谷を通過する201系電車 ダイヤ改正後の現在、関西圏では関西線が唯一201系が走る路線となった。JR西によると、JR西が保有する201系は96両あるが、関西線でも新型車両の導入に伴い、24年度末までに引退する予定となっている。201系の「チョッパ音ともお別れ」!「省エネ電車」最後まで走り続ける姿を見届けたいと、SNS上では「まだ生き残っていたの、201系。余裕あるうちに撮っておきます」「(201系が)残り少ない余生を過ごしています」など熱いメッセージがあふれている。by GIG@NET父の日プレゼント 父の日 贈答用木箱入り【柿の葉ずし 平宗 柿の葉寿司 鯖 鮭 金目鯛 穴子 鴨 NIP15 15個入り】 送料無料 手土産 父の日ギフト 柿の葉すし 柿の葉寿し 送料込 鯖 内祝 お返し 御祝 お祝い ご当地 お土産 贈り物 お取り寄せ 吉野杉楽天市場3,988円

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  19. で遊んでおきます。鉄道模型]トミックス (Nゲージ) 98495 JR 103系通勤電車(JR西日本仕様・黒サッシ・スカイブルー)基本セット(4両)楽天市場14,326円[鉄道模型]トミックス (Nゲージ) 97940 特別企画品 JR 103系通勤電車(JR西日本仕様・混成編成・オレンジ)セット(8両)楽天市場23,600円[鉄道模型]トミックス (Nゲージ) 97951 JR 103系通勤電車(和田岬線)セット(6両)【特別企画品】楽天市場19,047円[鉄道模型]トミックス (Nゲージ) 98496 JR 103系通勤電車(JR西日本仕様・黒サッシ・スカイブルー)増結セット(2両)楽天市場4,721円[鉄道模型]グリーンマックス 【再生産】(Nゲージ) 1230T JR103系関西形ウグイス 低運転台車 4両編成 動力付きトータルセット(塗装済みキット)楽天市場11,450円[鉄道模型]トミックス (Nゲージ) 98456 JR 103系通勤電車(JR西日本仕様・黒サッシ・オレンジ)増結セット(2両)楽天市場4,785円[鉄道模型]トミックス (Nゲージ) 9014 JR電車 サハ103形(JR西日本仕様・黒サッシ・オレンジ)楽天市場2,402円[鉄道模型]カトー (Nゲージ) 10-1743B 103系 オレンジ 4両セット楽天市場6,688円[鉄道模型]カトー (Nゲージ) 10-1743D 103系 カナリア 4両セット楽天市場6,688円[鉄道模型]カトー (Nゲージ) 10-1743C 103系 ウグイス 4両セット楽天市場6,200円

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  20. 4月末に北海道に行った後の大型連休は絶好の鉄チャン日和が続いたが、僕は某所に篭っていた。その間に磐越西線のC57 180が期間限定でヘッドマークを外して走っていることを知り、連休終盤に出撃しようと考えていたところ、まさかの親戚の不幸。ようやくこの日曜日に撮影に繰り出したが、時すでに遅くヘッドマークの取付が再開されてしまった。例によって日付が変わった頃愛車で自宅を出発。魚沼市の守門あたりで東の空が白み始めたが、朝日は期待できそうにないので只見線に立ち寄ることなく磐越西線を目指した。本日1発目は鹿瀬の先の深戸橋梁で阿賀野川を渡る列車を正面から撮ろうという魂胆。7時過ぎには現地に着いた。もっと新津寄りで撮ってから追いかけてきてもよいのだが、焦らずにじっくりと撮りたかったので、取り敢えず三脚を立てておいて、仮眠を兼ねてここで大人しく待つことにした。地主さんに許可をいただいて敷地内に駐車し、会津や滋賀からのファンと共に待つこと数時間。晴れて気温が上がるにつれ陽炎が立ち上る。1時間前に通過する列車でピントと構図を確認。満を持してC57を捉えることができたが、風で煙が流されたのが残念だった。C57はいつもの黄色いヘッドマークを付けていた。↓深戸橋梁を渡り終え、平瀬トンネルに向かうC57追いかけてもう1箇所で撮ろうと思い、津川ICから高速に乗って西会津ICで降り、山都の一ノ戸川橋梁の先へ。線路の上を跨ぐ開渠の用水路から橋梁を渡る列車を撮ろうという目論見。田植えシーズンのこの時期は用水路に水が流れているのが確実なので長靴に履き替えて現場に向かう。案の定、水が勢いよく流れていた。カメラバッグを用水路脇の足場に置き、カメラ1台だけ持って水の流れる中で三脚を慎重にセットし列車を待つ。足が冷たくなってきた頃、盛大な煙を吐いてC57がやってきたが、ここでも風で煙が流された。↓一ノ戸川橋梁を渡るC57↑撮影現場の様子。後からやってきたバイク鉄の方は裸足になって撮影していた。列車が鉄橋を渡り終えると煙をカットしてくれたのでシンダを浴びることはなかった。昼飯に蕎麦を食べた後は車内で仮眠し、返しの列車に向け英気を養う。45分前に行動開始。今度は一ノ戸川橋梁の山都寄りの斜面に三脚を据えた。どうせ車両で隠れてしまうだろうが、磐梯山が見える場所だ。ここは一人っきりでの撮影だったが、またしても煙が流された。↓山都を発車して喜多方へ向かう普通列車。喜多方ではC57と交換する。列車の左に見えるのが磐梯山↓数分の遅れでC57がやってきた。天気予報では夕日を見ることができそうので、馬下に向かうことにした。西会津から津川まで高速を利用して通過時刻の1時間前に現着。R49でも十分間に合うのだが、数少ない限られた駐車スペースの確保に万全を期した。夕日ギラ&水鏡ポイントの線路端には既に何人かが張り付いていて、それをかわすアングルにせざるを得ないが、贅沢は言ってられない。一応そのうちの一人と話してみると、接近戦でギラを狙うらしい。なるほどと思ったが、その割に使用レンズは広角ではなく中望遠ということで、よくわからない変わった人だった。また、たまたま通りかかった近郊の農家の人もギャラリーに加わってきた。さすがは農家で、この辺りの風の吹き方や流れ方にめっぽう詳しく、今後の撮影の参考になった。兎にも角にもこのまま太陽が雲に隠れないようにと願うばかり。しかし、願い空しく列車通過数分前に太陽光線は雲に遮られてしまった。そして通過後ほどなくすると見事な落陽が再び現れるという、まぁよくあるパターンが展開された。それで思った。確実を期すには日が沈む直前の場所の方がいいと。今日の例でいえば、早出川か北五泉あたりだったら (^^)v だったと思う。↓C57の前にやってきた列車はこのようにいい感じにギラったのだが…↓弱々しい光線に気分が凹む。今回は普段あまり撮らないポイントで撮影した。一ノ戸川橋梁の前後などいずれも数十年ぶり。結果として正面がちの構図が多くなったが、やはりC57は横がちの構図で撮るのがいいと改めて思った。帰りも馬下から小出まで一般道を走り、高速に乗る前にラーメン店で腹ごしらえをし、日付が変わる前に自宅に帰り着いた。毎回思うのは、このようなハードスケジュールをこなせるうちは鉄チャンできる気力体力があるのかなということ。これがしんどくなったときが免許返納の潮時かなと思っている。

    ヘッドマークが戻ったC57