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  1. の方が大きかったの鉄道ファンの性かな?駅の話題から逸れますけど、毎回見るたびに「西日本に来たな~」と感じさせるのが構内に貼られたUSJのポスターでした。東日本なら、ここは絶対にTDRのポスターですよね。九州はハウステンボス率が高かった記憶が。続いてはホームです。黒部駅は相対式&島式ホームによる複合2面3線構造でした。ここで驚いたのは、ホームにこんな表記が残ってたこと。平成23年に「サンダーバード」に改称されて消滅した特急「雷鳥」はわかるとしても、平成9年に廃止された特急「白山」の停車位置案内が残されてたのです。コレ、ファンが見たら興奮しちゃうのではないでしょうかね?探せば他にもありそうな予感…。北陸新幹線が開通したことによって、黒部駅に停車する特急列車はすべて消滅してしまいました。第三セクターに移管後はまだ黒部駅を訪れてませんが、行き交う列車は相当寂しくなったのでは?地元の東北本線も新幹線が開通した後はそうでしたから。この日は雪が被って見えませんでしたが、黒部駅の構内には数多くの側線が敷かれてました。その理由ですけど、黒部市はかつて「鉱業の街」だったそうで、駅のすぐ隣にある三日市精錬所まで線路が伸びていたんですって。主力産業の亜鉛精錬は平成11年に終了してしまいましたが、工場はリサイクル業者のJX金属三日市リサイクルに引き継がれているそうです。奥に見えるこの工場ですね。こちらは精錬事業が現役だった頃の昭和50年に撮影された航空写真です。大好きな貨車がいっぱい写ってるじゃないの。今さら言ってもしかたがない話なのですが、こんな時代にここを訪れたかったです。いや、高校生の頃(35年前)にここを旅していたはずなのにその魅力にまったく気づいてませんでした。将来、今を懐かしむ時代がやってくるのかしら?構内に除雪モーターカーが留置されてました。さすが雪国の駅って感じです。さて、冒頭に書いた「黒部駅のスゴイもの」ですけど、黒部駅からはかつて私鉄線が伸びていた時代がありました。大正11年に開通した黒部鉄道線で、昭和18年に富山地方鉄道に統合後、同鉄道の黒部支線に変ったのち、昭和44年に廃止された路線です。国鉄の黒部駅は昭和31年まで「三日市駅」を名乗っており、黒部支線の駅も同様に「三日市駅→黒部駅」と称されてたようで。下は黒部支線が現役だった頃の昭和28年に撮影された写真ですが、国鉄駅のすぐ脇に「のりば」があったみたいですね。昭和44年に廃止されてから間もなく50年目を迎えようとしている黒部支線(旧・黒部鉄道線)ですけど…当時の電車ホームが今でも残っているんですって!!!場所はココらしい。雪で埋もれていたのでまったくノーマークでしたよ。そして駅前には、ここに黒部鉄道の駅があったことを記すモニュメントが設置されてるとのこと。そんな大切なモノを見落としてただなんて…悲しさを通り越して、自分を腹立たしく思ってましたよ。めっちゃ悔しいわぁ。そんなことで、ここは絶対に再訪しますので。こんな後悔をブログで100回以上書いた気がするのですが、きっとまた繰り返すのですよね、こんな過ちを。それがこのブログの仕様ですから。訪問駅リスト(第三セクター 私鉄線 ほか)あいの風とやま鉄道線↑(倶利伽羅駅方面)石動駅(平成26年6月6日)福岡駅(平成26年6月6日)西高岡駅(平成26年6月6日)高岡駅越中大門駅小杉駅呉羽駅(平成26年6月6日)富山駅東富山駅水橋駅滑川駅東滑川駅(平成26年12月30日)魚津駅黒部駅(平成26年12月30日)生地駅(平成26年12月30日)西入善駅(平成26年12月30日)入善駅(平成21年10月3日)泊駅(平成26年12月30日)越中宮崎駅(平成21年10月3日)↓(市振駅)駅探訪記、旅情報を不定期に更新中。新着情報がすぐ受け取れる読者登録をお願いします!

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    【まったり駅探訪】北陸本線(現・あいの風とやま鉄道あいの風とやま鉄道線)黒部駅に行ってきました。
  2. 役者はきっと揃う!?と信じて撮影に入ります(^_^;)
  3. 和歌山には無いコンビニですので…
  4. まいっか、快速だし座席です。この時期に東日本でよく見られたスライド機構併設のリクライニングシートが並びます。ヘッドレストカバーはレザー製、この辺りは快速列車という列車種別らしく、と言ったところでしょうか。テーブルはシートバック式、インアーム式の2つが揃っています。シートピッチは中々のもので、一部区間重複して走る特急「つがる」が霞んでしまう勢い。なお床面はセミハイデッキ仕様となっています。足元にご注意下さい。3号車については座席こそ同一ですが、セミハイデッキが廃止されています。確かにあろうとなかろうとそこまで変わらないと言えばそうですが、キハ40系列共通の窓側の配管がセミハイデッキ化された車両よりも張り出しが大きくて邪魔になります。やっぱり他の号車と比べるとケチって作った感が否めません。車椅子対応の1人掛けです。車椅子を固定するためのベルトが備わります。リクライニングの図。座り心地は硬め、かつフルリクライニングすると腰部分の張り出しが少し気になるので、リクライニングは程々にして使うのが幸せです。インアームテーブルを仕込んだ肘掛け形状のため座席に乗り移る際に難が出ることから、通路側を向けて固定することも出来ます。デッキ仕切り際の座席には固定式テーブルが備わります。最前面です。両先頭車ともにフリースペースとなっています。ソファです。3人掛けと言ったところでしょうか。海側には背ズリのバーを転換出来るベンチ状シートが設置されています。イベントの時に転換する機会に恵まれるのでしょうね。続いて運転台直後のパイプベンチです。あえて居住性を良く無いものにして、代わって使ってもらえるようにしているのでしょう。で、隅に置かれたこの折り畳み椅子。何に使われるかと言えば、一部列車では津軽三味線の生演奏が行われるというイベントが開催されているのですが、その時に使われます。普段はこのように置かれているのですね。3号車にもフリースペースがあります。現状何が置かれているわけでもありませんが、何かしらのイベントなどを行う際は良いかもしれません。こちらにも簡易なベンチが置かれています。背ズリ部分が転換式に見えますが、これを転換しても座れんぞ・・。手が細かいのは、この簡易ベンチの下にもヒーターが設置されていること。全車指定席のこの列車にして、満席時の飛び込み乗車があった際の案内場所にでもなっているのでしょうね。続いては2号車です。この車両はボックスシート席車となっており、背ズリに壁を付けてセミコンパートメントとしています。ちょっといつぞやかの客車寝台車両みたいですね。デッキとの仕切りです。この車両、元々青池編成に組み込まれていたもので、デザインが他の車両と異なっています。窓です。通路側の柱には白神エリアの美しい景色が入った広告枠が設置されています。さて座席です。この区画は6人掛けで、移動可能な肘掛け(…を想定しているのでしょう)が置かれています。中央にはテーブルがあり、飲食物を広げて賑やかにやることも出来ます。しかし、ドリンクポケットはなぜ4つ分なんでしょう…。この座席、背ズリ下にあるレバーを操作することでフルフラットにすることが出来ます。これこそ一昔前のA寝台や583系で見られたものですね。但し、一人や二人で使う分にはいいですが、6人組でフルフラットをやらかすとかなり狭いです。嬉しさに任せてやらかすと反って窮屈なので気を付けましょう。荷棚です。キャパは少な目ですね。柱に見えるスイッチは屋根にあるスポットライトのスイッチと思われます。デッキ手前の座席は通路幅の関係で4人掛けとなっています。もちろん、この席にもフルフラット機構が備わっています。このフルフラット機構、少々クセがあり展開・収納に難が出ます。実行は計画的に。6人掛けと4人掛けの隅を利用するように設置されたマガジンラックです。使用されている木はブナなのでしょうか…。東能代から、魅惑たっぷりの五能線へ。

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    JR東日本キハ48形「リゾートしらかみ」仕様車
  5. 淡路連絡に思いを馳せます
  6. 皆様、おはようございます。9月15日(土)、7月10日(火)に定期運行が終了したロマンスカー「LSE」7000形を使用した特別団体列車「特急ロマンスカーLSE7000形で行くヱビス生ビール列車の旅」が、新宿から小田原間の運転がありました。車内ではヱビス生ビールが飲み放題で野球場の売り子さんが乗車しお代わりを提出されたようです。海老名で撮りました。同業者が結構な人数で少し離れて撮りました。2ヶ月ぶりにお客様を乗せて小田原に向かいました。愛称幕は「特別団体専用」でした。団体幕は初撮影でした。列車番号 団8001レトイレ休憩の為 伊勢原駅で停車したようです。ツアーが終了し、喜多見検車区に回送する所を新松田駅で撮りました。雨が降る中ゆっくり通過しました。運転室にカメラのような機材がありました。下りホームにGSEが通過しました。惜しくもタイミングが合いませんでした...まだLSEを使用したツアーがあります。今度は9月29日(土)に、「LSEで行く小さな旅」があります。新宿12:40発、秦野13:38着です。雨でもかっこよかったです。話変わって、9月16日(日)に久しぶりに小江戸 川越に行きました。川越氷川神社にも行きました。埼玉県川越市にある川越氷川神社は縁結びの神様として信仰を集めるパワースポットです。大鳥居高さ15mの大鳥居で木製の鳥居としては日本一の大きさです。氷川神社の境内にあるピンクの「あい鯛」好きな鯛をめがけて釣竿で釣り上げます。今度は観光名所の「蔵造りの町並み」に行きました。川越のシンボル「時の鐘」です。氷川神社から徒歩約10分蔵造りのメインストリートに行きました。30数棟の蔵造りのの商家がどっしりと軒を連ねます。休日の日中時間帯かなり混雑します。楽しかったです。帰りはJR八高線を乗りました。209系でした。八王子駅にて隣には新型のE353系が停車していました。主にスーパーあずさ等に使用されます。今回もご乗車頂き、ありがとうございました。

    2ヶ月ぶりの小田急ロマンスカーLSE7000形と小江戸川越へ
  7. 阪急◎◎駅
  8. 築地市場の見学を20分早く切り上げ、松戸方面へ。築地から(のはずが、見当違いで東銀座)から、日比谷で千代田線に乗り継ぎ、ダイレクトに松戸へ松戸で、すぐ発車の新京成に乗り継ぎ五香で下車多分、初めて下車駅から歩いて数分(実際には方向違いで15分かかった)松戸市立第四中学校全日本吹奏楽コンクール、東関東代表3校の一つ。垂れ幕が誇らしげで、吹奏楽部の練習音が響いてきた。激励の音楽に見送られ?ここからウォーキングをスタート20分の貯金を維持したかったが、五香付近の道路が複雑で間違えたりで、結局15分費やしてしまった。いつの間にか柏市に入り、新京成バスから東武バスエリアに変わった。次の目的地柏市立酒井根中学校は近いはず。分かりにくい右折ポイントを無事に見つけ、予定通り小学校が見えたので、その隣の中学校を探すも、中学校らしき校舎がない。先走って500m手前を入って、別の小学校に騙され無駄に遠回りした、あちゃー。ようやく柏市立酒井根中学校に着いた。吹奏楽コンクール東関東代表2校目工事中だったが、中から吹奏楽部の練習音が聞こえ、励みになる。向かい側の石丸電器は、別の家電量販店に変わっていた。10数年前に、郵便局巡りで一度来たことがあった。ウォーキングは貯金時分をすべて潰して、さらに8分遅れだが、何とかなると、このときは思っていた。さて、次は松戸市立小金中学校を目指す松戸市に戻り、北小金駅前を通過頑張って力行も、遅れは15分に拡大。次第に焦るが無理は禁物だ。遅れたお陰で、偶然にも185系踊り子が不意に通過するのを目撃。常磐区間では貴重だ。(写真は間に合わず)またまた偶然にも、流鉄に行く手を阻まれたが、京急っぽい「あかぎ」が来て、いい写真を撮れて良かった。見覚えのある、松戸市の横須賀市営住宅数年前の2月、小金(横須賀)界隈を歩いたのを思い出す。おっ着いたか!と思ったら、隣の千葉県立小金高校だった。別の全国大会に出場決定!「負けないで」の演奏が聴こえてきた?が、空耳だった。回り込んで、松戸市立小金中学校に到着全日本吹奏楽コンクール東関東代表3校を無事に制覇。ウォーキングはとうとう25分近く遅れで、すいませんが正門までは行かず。歩きは遅れだが、東関東4県からの代表3校、歩いて2時間半で回れる事実をここに示しました。かつては、神奈川県三浦市から全国行きもあったりしたが、近年はあまりに地域的に偏っているのを身をもって体感した。神奈川、栃木、茨城の中学校吹奏楽部の皆さん、来年は波乱を起こして下さいね!さて、南流山駅へ急ぎかけたら、松戸市立横須賀小学校に行く手を阻まれて難儀した。予定は30分遅れ、貯金20分を加えれば50分も遅れて、スケジュールに無理がありすぎた。1km15分の「ゆとりダイヤ」も、大雑把な地図で直線距離で計っていたので、私有地や学校のグラウンドや線路を横切り、信号無視しない限り、クリア不能だ。横須賀小学校脇の川を渡り、流山市へ。ようやく南流山駅に着いた。さて、ウォーキングの後は、TX に乗ってゴールド金賞、全国行きの演奏を聴きに行こう!今日は市立柏高校の文化祭、一般公開日(土曜日のみ)予定より30分遅れで、柏たなかへ時間ががギリギリだ。市立柏高校まで歩いたら丁度30分はかかるだろう。バスが10分遅れたり、乗り切れなかったらアウトだ。賭けであったが、暑くなってきたし、足がガクガクなので、バスを待つ。以前は、(旧)柏北高校の廃墟以外は何も無かった柏たなか駅周辺は、すっかりマンションや一戸建て住宅が建ち並んだ。柏駅からの柏市立高校行きのバスが10分遅れて、ようやくやってきた。車内は文化祭客ばかりだが、ピークは過ぎていた。吹奏楽部目的なら、1時間~30分前に乗るだろうし。何とか「イチカシ」に着いた。3回目だが、文化祭としては初来場もう演奏会が始まって3分経過。校舎までダッシュ!「マラソン大会」を想定したが、走ってるのはハンター湘南だけ。他の客は後のダンス目的か?公立にしては敷地が広く、設備は立派だ。野球部は1度、春の甲子園に出場サッカー部も千葉県有数の強豪ようやくたどり着いた急いで受付、パンフは底をついて、コピーを戴く。5分遅刻で、中庭へ。テレビや吹奏楽雑誌でよく見た、中庭のステージだ。すでに凄い人!ほとんど見えないジャニーズなど、流行りの歌謡曲そしてユーミンの名曲など。(カラオケ自慢の部員の歌唱があったら、良かったなあ、「やさしさに包まれたなら」とか)ユーミンの曲は、今朝がた、日本教育テレビ➡テレビ朝日の名門番組「題名のない音楽会」で披露している。アマチュア高校生としては栄誉あることだ帰ってから録画を見るのが楽しみ。最後はお決まりの♪宝島♪テキーラ後方からではあったが、演奏会の迫力は存分に味わえた。本場中の本場で、素晴らしい演奏に酔いしれた。全国大会、頑張って下さい。そのままダンス部の演技を見たが、どの学校も生徒同士の盛り上がりが半端ない。青春だねぇ帰りは、バスで柏駅へ出てJRで。

    東関東縦断? 金賞ウォーク+市柏文化祭
  9. 2018年9月17日㈪祝日 東北本線 白河~久田野 撮影分からです。続きです。果たして稲刈りの進行状況はどうなのか?久田野駅から走って撮影ポイントに到着。■EH500-25号機 3064レ 青森(信)⇒新鶴見(東京(タ)) 8:41札幌(タ)からの列車です。陸橋北側は 黄金色の大地だった。南側は?◇後追いで撮った南側も黄金色の大地だった♪新幹線で移動中の車窓からは栃木県辺りまでは稲刈りが進んでいるのが見えていた。この撮影では 今年、久し振りに季節の移ろいに追い付けた。■EH500-12号機 4083レ (名古屋(タ))新鶴見⇒八戸貨物 8:41◇この列車は いつも鶴見で4時に撮影している1098レ。牽引機が変わったとはいえ 同じ列車を200km以上離れた場所で撮るのも ちょっと不思議な感覚。◆ここまで撮って、陸橋を降りて稲刈り前の 田んぼへ向かいます。 ちょうど、田んぼで草刈りをしていた農家さんがいらっしゃったので、 「田んぼで 写真を撮らせて下さい」とお願いして、いざ出撃!■EH500-14号機 3086レ 青森(信)⇒新鶴見(名古屋(タ)) 8:46列車の発駅は 札幌(タ)。◇この列車は新鶴見から牽引機がEF64になって列番が3075レへ。定刻通りの13時過ぎに鶴見川橋梁を渡るかな。◆次の列車は普通列車が下ってくる予定だった。しかし、接近無線から。。。「上り接近 上り接近」という声と「下り接近 下り接近」の声が交互に。何が来るんだろう? 上り列車・下り列車の両方が撮れる立ち位置にスタンバイして。。。■キハ110系 回送列車 9:26まさか ここでキハ110系を撮れるとは。仙台車両センターからの回送なんですね。◇キハ111-101。◇キハ112-101。黒磯駅構内が直流化されて 駅構内を郡山方面に出た所にデッドセクションが作られた。なので、黒磯~新白河間の車両は交直流のE531系3000番台5両編成とキハ100系が運用されている。この新たに作られたデッドセクションの影響なのか、この記事に載せている郡山方面からの上り列車のEH500-25、14号機は「両パン」。黒磯方面からの下り列車のEH500-12号機は「片パン」。直流では「両パン」、交流では「片パン」。そう思っていたが 停車しなければパンタの上げ下げが出来ないので、上り列車が このままデッドセクションと黒磯駅を通過する為に事前に「両パン」なのかな。下り列車は黒磯駅出発後、途中で停車して「片パン」にしたのかな。「両パン」状態でも スイッチ一つで「片パン」からの集電を止められるので、見た目だけでは「両パン集電」かどうかは判断出来ないんですけどね。能書きが長くなりつつ 続きます(^_-)-☆

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    JR貨物【黄金色の大地】~福島遠征~
  10. 2018年9月17日㈪祝日 東北本線 白河~久田野 撮影分からです。続きです。■普通列車 701系4両 郡山行き 11:00晴れ間が出てきた。この日の白河市の天気予報は 終日曇り・降水確率30%。新幹線の車窓から栃木県内では雨が降っている様子も見えた。■普通列車 701系2両 新白河行き 11:10ススキと稲穂と 「変わりやすい秋の空」。晴れ間が出てきたと思ったら 一気に晴れ♪「女心と秋の空」と艶っぽく書きたいが、自粛しましょう(^_-)-☆■EH500-38号機 3087レ (名古屋(タ))新鶴見⇒青森(信) 11:43この列車は新鶴見までEF64運用の3074レ。終着が札幌(タ)なので運休も続いていた。3074レといえば、このコンテナ。◇UM8A キュービクル輸送 日東工業(株)運休していた影響もあるんですかね。ここまで まとまって積まれているのは あまり見た事がないです。◇北海道へ 元気も届けて欲しいです。■普通列車 701系2両 郡山行き 12:06機関車の単機も どう撮るか悩むが この2両編成も悩む。列車メインにするか 風景メインにするか。。。悩んだ挙句、どっちつかずの構図になってしまったな(・_・;)少々悩みながら 続きます(^_-)-☆

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    JR貨物【晴れてきた!3087レ】~福島遠征~
  11. 9.23 ドクターイエローの日
  12. 阪急神戸線朝ラッシュ 普通5000F・通勤特急1002F「爽風」等
  13. こちらは、8月27日に、中央東線、篠ノ井線の塩尻駅の1番線で撮影した、E257系のモトM101+M202編成(初期型コンビ)による特急あずさ30号の千葉行き(通称千葉あずさ)です。あずさ30号は、松本駅を17時18分に発車し、途中、塩尻、岡谷、下諏訪、上諏訪、茅野、富士見、小淵沢、韮崎、甲府、大月、八王子、立川、新宿(7番線)、錦糸町、船橋に停車してから千葉駅へと向かう列車であり、幕張車両センター(千マリ)で停泊した後、翌朝の千葉 6時38分、新宿 7時30分発のあずさ3号(南小谷(みなみおたり)行き)となります。翌日の8月28日に松本駅であずさ3号を撮影したけど、前の9両であるM101編成が大糸線直通の南小谷行き(折り返しはあずさ26号新宿行き)、後ろの2両であるM202編成が松本駅で切り離され、2両編成となった状態を撮影することが出来ていました。M101編成は、2001(平成13)年5月にM201編成と共に日立製作所笠戸事業所(HITACHI)で製造されたE257系のトップナンバーであり、M101編成側にはブルーリボン賞のプレート(2002(平成14)年度の受賞)が取り付けられています。2001年12月1日にE257系がデビューした当時は、9+2の11両編成の3本が配置され、11両編成の運用に固定されていました。E353系は、今年度のローレル賞の受賞車両であり、近いうちに受賞式が行われるけど、そのプレートが量産先行車であるS101編成(9両基本編成)に取り付けられることが予想されています。昨年度のローレル賞受賞車である山手線のE235系では、E353系と同じ2015(平成27)年に落成した量産先行車であるトウ01編成にローレル賞のプレートが取り付けられているけど、それに当たる度に嬉しくなります。塩尻駅構内にある立ち食いそば店(桔梗)で、改札内のスペースが極端に狭くなった理由は、2002年に入口の横に1,2番線と橋上コンコースを結ぶエレベーターが設置されたことの影響であり、これによって狭い立ち食いそば店として話題になったのであります。改札内の入口に、「室内が満員の場合、お手数ですが改札を出て待合室カウンターをご利用ください。」という表示があるのはその為であり、その場合には、駅係員に申し出る必要があります。改札外のスペースは余裕があるので、18きっぷ、週末パスなどの塩尻駅での利用が可能な乗り降り自由の乗車券や定期券を持っている人はなるべく改札外に回ったほうが良い状態であり、18きっぷを持っていた自分(しゃもじ)もそうしました。改札内のスペースの入口も狭いので一目瞭然であります。狭い立ち食いそば店であるけど、味は美味しいので、行ってみる価値があると思います。自分(しゃもじ)は、塩尻駅の改札外(待合室)のスペースで、鹿肉入りのそばを食べて美味しかったと言っていたけど、信州そば+鹿肉+山菜の組み合わせで、信州の自然の恵みを感じていました。千葉駅のほうも、小淵沢駅(丸政)などと同様に駅弁(万葉軒(マンヨーケン))が有名であり、菜の花弁当、トンかつ弁当、やきはま弁當が主力商品となっています。自分(しゃもじ)が銚子電鉄の旅に行く時、成東から銚子まで183系→E257系による普通列車(特急しおさい号の後運用)の車内で千葉駅で買っておいた万葉軒の駅弁を食べるのが楽しみだったけど、2015年3月にそれが廃止されてからは、209系による普通列車の車内(最悪の場合はロングシート)で食べるしかない状態となっています。211系が房総ローカル線で活躍していた頃は、オールロングシートとなっていたので、駅弁を食べづらい状態となっていました。この日に甲府から小淵沢まで、211系のC605編成(元東海道線のセミクロスシート車)の車内で、甲府駅で買っておいた八ヶ岳高原玉子と炭火焼肉弁当を食べたけど、オールロングシート車に当たらなくて良かったと思っています。高崎エリアのローカル線(上越線の高崎~水上間、信越線の高崎~横川間、両毛線、吾妻線)の普通列車では、今年3月にセミクロスシート車だった115系が全廃されて、オールロングシートの211系3000番台に統一されたことで、混雑緩和になったのは良いけど、駅弁を食べづらくなったという不満があります。昨年10月まで高崎エリアで活躍していた107系100番台(一部同じ群馬県を走る上信電鉄に譲渡されている)も、オールロングシート車となっていたけど、昨年9月3日に高崎から桐生まで名残乗車していたので、あの頃が懐かしいです。やはりE257系のような特急型車両のほうが、駅弁を食べることやお酒を飲むことに適しているんだなと思いました。このような特急型車両の車内で、ビールなどの缶を開ける音が何度も響き渡っているのはその為であり、9月6日に同じE257系による青梅ライナー1号に乗った時もこうなっていました。繁忙期には、あずさ30号の後に松本 17時20分発の臨時のあずさ80号(新宿行き)が運転されているけど、明日(9月24日)には、189系のN102編成が使われることになります。貴重となった189系のN102編成の勇姿を撮影するならマナーを守ってもらいたいです。中央ライナーと青梅ライナーは、E353系化と共に特急に格上げされることが予想されているけど、もしもこうなった場合には、高崎線でのホームライナー鴻巣→スワローあかぎ化のように、料金が値上げとなり、格安でグリーン車に乗ることが出来なくなってしまいます。E257系では、185系に替わって日光への修学旅行臨に使われていることで話題になっており、あずさ号が日光にやってきた状態であります。この時には、横浜方面から上野東京ラインを通っていたので、新鮮な感じがしました。E257系のほうは今後E353系に置き換えられることになるので、これを期に、塩尻駅で撮影することが出来て良かったです。

    E257系によるあずさ30号in塩尻駅
  14. 9/17 しな鉄「湘南色」
  15. ヘッドマークデザインコンテスト
  16. 今日の大宮総合車両センター
  17. 【石勝線夕張支線は廃線バブル?】2018年9月22日のまとめ
  18. 営団地下鉄(現・東メトロ)千代田線との相互直通運転によって車内信号式ATCを採用していたことなど、国鉄の路線としては独自の要素が多く、当然地域限定的な車両が多いため、量産前提の鉄道模型製品としてはどこかが“タイプ”であったりしてズバリな製品にはあまり恵まれせんでした。が、ここ10数年くらいで少数派の車両の製品化を得意とするマイクロエースの出現によって製品化されるようになりました。ただ、このメーカーはどういうわけか「なんか違う」と突っ込みを入れたくなる製品が多く、やはりもっと一般的なメーカーであるKATOやTOMIXでの製品化を期待したくなるものです(笑)。が、最新ネタを除けば国鉄形の製品化はほぼやりつくした感のある両者が次に着目するのは地域限定的なネタだったりするわけで、KATOから寝台特急“ゆうづる号”関連商品として常磐線や総武線などでしか見られなかった国鉄EF80形が製品化された際は驚いたものです。その後もいきなり始まった“地下鉄シリーズ”で常磐線に直通してくる東京メトロ千代田線16000系と営団地下鉄千代田線6000系が製品化されたり、TOMIXでもHG(ハイグレード)仕様の国鉄103系の一発目は国鉄時代の常磐線を意識した青緑色(常磐無線アンテナパーツ添付)でしたし、ここ最近でも現在緩行線で活躍しているJR東日本E233系や209系、E233系とある程度共通化できる小田急電鉄4000形(2代目)などが次々と製品化され、ついには国鉄103系の千代田線直通仕様車まで製品化されるようになりました。最近もJR東日本485系の特急“ひたち号”が製品化発表されましたね。ワタクシは元々国鉄形大好きというわけではないのですが、やはり地元ですし、自宅から見えるところを走っているのが常磐線ですので、おのずと食指が動きます(笑)。国鉄103系(TOMIX製品)㊧と営団地下鉄6000系(KATO製品)㊨ちょっとピントが甘いですが(笑)、両者とも国鉄常磐線複々線化・営団地下鉄千代田線相互直通運転開始時に導入された車両です。国鉄103系は車体が普通鋼製なのでもちろん全塗装なのですが、直通先の営団地下鉄の車両(ステンレス製の5000系とアルミ製の6000系)に合わせたのか灰色地に青緑色の帯というカラーリングとなっていて、素人目にはどちらも同じように見えるような・・・というのは言い過ぎでしょうか?。常磐線沿線住民は、緩行線(各駅停車)が“常磐線”ではなく“千代田線”と意識している方が多く、広告物なども“千代田線金町駅”“地下鉄千代田線乗り入れ常磐線馬橋駅”などの記載が多く見られます。常磐線と千代田線のイメージの差も大きいでしょうが(笑)、同じような色使いだったことも両者が1つの路線に見えてしまう一因だったかもしれません。今月購入したばかりなのですが、レールのコンディションがよくなかったからなのか(店主曰く、この日の客は自分だけだったので汚れというよりは表面の酸化被膜ではないかとのこと)、走らせていると若干ギシキャクしてきました。分解してみると、ガラスパーツに乗務員室直後の戸袋窓の準備のようなモールドがあること、モハ102形の床板に手ブレーキや蓄電池のパーツを付けるための準備がされているるので、中央・総武緩行線の東西線直通用もいずれ製品化されるのでは?という気がします。常磐無線アンテナと信号炎管はユーザー取り付けパーツで、信号炎管はあらかじめ穴が開いていますがなかなか取り付けにくく、飛ばして行方不明になりがちです。常磐無線アンテナは先頭部と車体中心付近の2か所取り付けるのですが、こちらは取付穴を自分で開ける必要があります。取付足が短いので、接着剤を併用しないと気付かないうちに取れて行方不明になる可能性があります。前面は地下鉄直通車なので貫通扉(非常脱出扉)付きです。地下鉄直通車の乗務員室扉は、地上型より若干後ろにずれていますが、それもきちんと再現されています。乗務員室扉に隣接した屋根昇降ステップは、地上型ですと折りた たみ式ですが、地下鉄直通車は地下鉄線内での車両限界に収めるために埋込型になっています。かつて国鉄時刻表の国電のページでは、その路線の電車の色が記載されていましたが、中央・総武緩行線の地下鉄東西線直通と地下鉄千代田線直通の常磐緩行線は“ぎん色の電車”と記載されていましたね。銀色というよりは灰色なのですが・・・。この製品でちょっと残念なのは、本来前面帯の太くなっている部分が側面に若干回り込んでいるのが再現されていないことでしょうか?営団地下鉄5000系(マイクロエース製品)㊧と国鉄103系(TOMIX製品)㊨㊧の営団地下鉄5000系は1969年の営団地下鉄千代田線開業時(北千住駅~大手町駅間)に導入された車両です。東西線に導入されていた5000系と同じ5000系ですが、前面・側面の識別帯が千代田線のラインカラーである緑色で、こちらは車内信号式ATCを採用し、その本体が車掌側前面窓の下半分をふさぐように設置されていました(当時の東西線は地上信号式ATCを採用)。当時は前面帯が細く3両固定編成で導入されました。翌1970年に中間車を増結して5両固定編成化、1971年の大手町駅~霞ヶ関駅間開業と国鉄常磐線直通開始時に5両固定編成を2編成つなげて10両編成化されました。この時に前面帯が太くなり、車内信号の表示方法変更に伴い計器盤の改造や常磐無線設置改造が実施されましたが、中間に入る運転台は先頭車として使うことがなくなるのでそれらの改造は未着手のまま運用されました。1979年の綾瀬駅~北綾瀬駅間分岐線旅客営業開始(線路自体は千代田線開業時から綾瀬検車区への引き込み線として存在していました)に伴い、3両固定編成2編成を確保するため、1編成は戸袋窓のない中間車3両を増備して10両固定編成化(抜き取った3両を分岐線用3両固定編成に)、もう1編成は分岐線予備編成として5両固定編成+5両固定編成の組成を3両固定編成+7両固定編成に組み替えています。1981年の東西線輸送力増強に際して、分岐線用の3両固定編成を除いて全車が東西線に転用され、国鉄常磐線直通から撤退しました。この編成はマイクロエース製品のわりには(笑)走りがスムーズです。車掌側前面窓下半分をふさいであるのはワタクシの加工で、製品状態ではありません。㊨の国鉄103系は、1963年に試作車、1964年から量産車が山手線に導入された車両ですが、常磐線では1967年から導入されました。当時はまだ複々線化・営団地下鉄千代田線相互直通運転開始前なので、この103系が茶色の旧型車(72・73系など)とともに上野駅~取手駅間の各駅停車として運転されていました。90系(→101系)で始まった首都圏と関西圏の国電の色分け5色目となる青緑色の塗装が採用されましたが、関西圏の国電ではこの色は採用されず結果的に常磐線オリジナルとなりました。常磐線は他線区の103系の調整役となることが多く、編成パターンが数種類あったり、混色編成も度々見られましたが、先頭車は常磐無線の関係で、国鉄時代は地下鉄直通車の快速線転用による玉突きでの他線区転出を除けばあまり入れ替わりはなかったと記憶しています。TOMIXのHG(ハイグレード)仕様の国鉄103系はこの青緑色が最初に製品化されていて、ワタクシは7両固定編成+3両固定編成の10両編成に仕立ててあります。国鉄EF80形けん引の客車列車(機関車・客車ともKATO製品)常磐線では1982年まで上野駅発着の客車列車が設定されていました。機関車はEF80形とEF81形、客車は43系のいわゆる旧型客車や郵便車でした。EF80形は1962年から1967年に常磐線に導入された交流直流両用機関車です。この機関車の特徴は交流直流両用であることはもちろんのこと、1つの台 車に主電動機を1個のみ装備し歯車で2軸を駆動することで、6軸駆動の機関車なのに主電動機は3個しかありません。また、一般的な国鉄の電気機関車より車輪径や台 車の軸距が小さめでどことなく短足なイメージがあります。運用区間も常磐線と武蔵野線、総武線、水戸線などに限られていて地域限定的な要素が強いこと、独特な車輪径や軸距が模型メーカー的に他形式と部品共用が難しいことからなかなか製品化されにくい形式だったのですが、マイクロエースで製品化されてから何年か後にまさかのKATOで製品化されました。メーカーの売り込みはあくまで寝台特急“ゆうづる号”なのですが、へそ曲がりなワタクシは寝台特急“ゆうづる号”ではなく43系客車による普通列車に仕立てています。青い車体の客車なので、扉を開けたまま走るこの客車列車をブルートレインと思っていた…なんて恥ずかしくて言えない(笑)小学生時代・・・。今思えばそんな客車列車が1982年まで上野駅に乗り入れていたことが驚きです。快速線のホームがない駅最寄りの小学生は指咥えて見ているだけの列車でしたが(笑)。走る線路は違いますが地下鉄の電車と旧型客車が10年ぐらい当たり前に並走していたなんて今考えるとすごいですね。あとはまともな造形の国鉄/JR東日本203系や401・403・415系、営団地下鉄/東京メトロ06系が欲しいですね・・・現状は造形がアレな製品や床下機器が国鉄113系や211系の流用なのはいやだー(笑)。

    “あの頃”の常磐線をNゲージで…
  19. 皆さま、こんにちは!今日はとびっきりの絶景が楽しめちゃう駅の訪問記です。海が間近にある、オーシャンビューが楽しめる駅でしたよ。その他にも見どころが沢山あるので、駅自体が観光地と言ってもいいほど。和歌山県の那智勝浦町にある、こちらの駅でした。紀勢本線・那智(なち)駅です!駅舎好きでしたら、この駅舎だけで昇天しちゃうでしょうよ。紀勢本線の前身である新宮鉄道の手により大正元年に開設された駅でした。駅舎は昭和11年に竣工した2代目だそうです。それを示す建物財産票を見っけ!社殿風のユニークな駅舎が目を引きますけど、こちらは駅から7キロほど離れた場所にある熊野那智大社を模したモノだそうです。白壁や朱塗りの柱もそれに添ってペイントされたモノとのこと。国鉄時代は大勢の参拝客が利用していた駅だそうで特急列車も停車していたそうですが、現在は紀伊勝浦駅から発車するバスが交通アクセスの主流のため、普通列車のみが停車する駅に変わったみたいですね。昔使われていた団体客用の臨時改札が 上屋だけ姿を留めてましたけどこちらもチャリ置き場に変っちゃったようで。駅ファンにとっては切なくなるショットでしたわ。駅舎の佇まいが素晴らしい那智駅ですが、見どころはそれだけではありません。駅前にはなんと!入浴施設の「丹敷の湯」があるのです。壁一枚を隔てた場所、歩いて0分で温泉に浸かれちゃうのでした。自分が訪れた時は残念ながら臨時休業中、現在はもちろん復旧済みで絶賛営業中だそうですよ。「丹敷の湯」の素晴らしさは那智駅のホームに立つとわかるのですが…それについては後ほどに。それでは駅舎に入ります。こんな立派な駅舎を持つ那智駅でしたけど、驚いたのは無人駅だったこと。無人駅化されたのは国鉄末期の昭和60年だそうです。ちなみにこの年は急行「きのくに」が廃止されて特急「くろしお」が大増発された、紀勢本線も大変革が起きた年でした。特急「くろしお」に485系が導入され、きのこクーラー×貫通扉付きの世にも奇妙なクハが改造で生まれたの、覚えている人はいるかな?待合室スペースでした。続いてはホームにイン。那智駅は列車の行き違いが可能な相対式ホーム2面2線構造でしたよ。ホームで写真を撮っていたら特急「くろしお」がやってきました。車両はここでしか見ることが出来ない振り子車両の283系電車です。あれ?停まった。那智駅に特急列車は停車しないはずなのですけど…ここで注目なのが車両の奥に見える光景です。那智駅はホームから海が見える駅でしたの。この景色、素敵過ぎやしません?…そこに今度は、今は引退してしまった381系「くろしお」が到着しました。那智駅に特急列車が停車した理由…列車を行き違いさせるための運転停車だったんだ。最初に新宮駅行き特急「くろしお」が発車…次に新大阪駅行きの「くろしお」が発車しました。実は自分、紀勢本線の特急列車って乗ったことがなかったのです。いつか車窓からオーシャンビューを眺めてみたいですね。それにしてもこのカラーリングは沿線風景に似合ってるなぁ。ホームから眺められるオーシャンビューですけど、それよりももっと素晴らしい景色が「丹敷の湯」から楽しめますの。海辺の那智駅を行きかう特急「くろしお」の雄姿、温泉から見える風景は想像するだけでヨダレが出てきそうです。ここまで来たなら海岸の景色も楽しまなくちゃ!駅の裏手側は海水浴場(ブルービーチ那智)でして、駅舎の脇にはそこに通じる地下通路があるのですよ。時間をかけずに海岸に出れるのでした。お、おぅ…地下通路を抜けると…うひょ~!すっごく眺めがいい!!!自分がここを訪れたのは7月半ば、海開きする直前の平日のことです。1週間後に来てれば水着ギャルとかいたのだろうな。言ってることがクソオヤジ過ぎて本当に申し訳ない。最後は海岸側から見た那智駅の風景で〆ます。ホームの上屋がデカすぎて、海が見えるようで意外に見えないのです。ホームから海岸が丸見えなら、それ目当てで訪れる観光客が増える気がするのは自分だけかな?…以上、駅舎とオーシャンビュー、それと温泉まで楽しめちゃう紀勢本線の那智駅でした。訪問駅リスト(JR線)紀勢本線(きのくに線)↑(亀山駅方面)新宮駅三輪崎駅(平成27年7月15日)紀伊佐野駅(平成27年7月15日)宇久井駅(平成27年7月15日)那智駅(平成27年7月15日)紀伊天満駅(平成27年7月15日)紀伊勝浦駅湯川駅(平成27年7月15日)太地駅(平成27年7月15日)下里駅紀伊浦神駅(平成27年7月15日)紀伊田原駅古座駅紀伊姫駅(平成27年7月15日)串本駅(平成27年7月15日)紀伊有田駅(平成27年7月15日)田並駅(平成27年7月15日)田子駅(平成27年7月15日)和深駅(平成27年7月15日)江住駅見老津駅(平成27年7月15日)周参見駅(平成27年7月15日)紀伊日置駅(平成27年7月15日)椿駅(平成27年7月15日)紀伊富田駅白浜駅朝来駅紀伊新庄駅紀伊田辺駅芳養駅南部駅岩代駅切目駅印南駅稲原駅和佐駅道成寺駅御坊駅紀伊内原駅紀伊由良駅広川ビーチ駅(平成27年7月16日)湯浅駅藤並駅紀伊宮原駅箕島駅初島駅下津駅加茂郷駅冷水浦駅海南駅黒江駅紀伊井寺駅宮前駅和歌山駅紀和駅和歌山市駅駅探訪記、旅情報を不定期に更新中。新着情報がすぐ受け取れる読者登録をお願いします!

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    【まったり駅探訪】紀勢本線(きのくに線)那智駅に行ってきました。
  20. 皆さま、おはようございます!先週末、今週末と3連休が続きますね。自分は仕事でどこにも行けずウズウズしていたところでした。来月は青い森鉄道の向山駅でイベントが催されますけど、その前にちょっくら北海道に行こうと計画をましたよ。地震に遭遇したあの日のリベンジです。今度こそ、山ほどジンギスカンを食べてビールを飲み干すんだから!北海道で散財してきますぜ☆さて今朝は、3年前に訪れました根室本線・平岸(ひらぎし)駅の訪問記です。平岸駅は空知地方中部にある赤平市内にある駅で根室本線(当時は釧路線)が開通した大正2年に開業しました。駅舎は国鉄時代の昭和50年代に建て替えされたモノですよ。この駅の特徴はズバリ、ホーム配置。駅舎を抜けると上下線ホームのそれぞれに誘導する看板が見えてくるのですが、その先を突き進むと…まずは富良野駅方面行きの下り線ホームですがわかりますかね?ホームは駅舎か結構離れた位置にあるのですよ。そしてお次は滝川駅の上り線ホームです。こちらは跨線橋を渡って、更に奥まで進まなければ着けません。下り線ホームから上り線ホームを見る。上下線ホームはこんだけ離れてますの。2本のホームが千鳥状に配置されてる駅は全国各地に存在しますが、これだけ離れている駅は珍しいのではないでしょうかね?自動閉塞化される以前に、通標を交換しやすいようホームを千鳥配置させてた話はよく聞きますけど、さすがにこの距離は遠す過ぎますでしょうよ。平岸駅は、国鉄時代から2本のホームは離されていたようですが…その理由が知りたい!平岸駅は昭和57年に無人駅化されたとのこと。駅舎には有人駅時代の出札窓口が残されてますので、駅舎は無人駅化される以前に建て替えされたことになりますけど…根室本線内では、石勝線が開通した昭和56年に近代化された駅が数多くありますので、平岸駅もその際に改築されたのではないでしょうかね?となると、この駅舎は昭和56年に竣工したモノになるのですが…改築年をご存知の方がいらっしゃれば、ぜひ教えてください。すっごく気になってました。待合室はご覧の通りです。駅舎の大半は事務スペース(現在は保線員さんの詰所)に割かれてるみたいですね。平岸駅は秘境感らしきものは感じませんでしたが、駅ノートが置かれてましたよ。「落書き帳」なんてタイトルを書かれると、本当に落書きされてるのじゃないかと思いヒヤヒヤしてましたが…中を見ると「落書き」っぽい記載はなく、皆さん、マナー良く記帳されてたようです。ページの半分ほどが英文で埋まってましたが、平岸の街に、外国人観光客が押し寄せる要素ってありましたっけ?平岸駅も根室本線の他の駅と同様に、かつては石炭輸送で栄えた駅だそうです。こちらは昭和23年に撮影された航空写真ですが、わかりますかね?この写真の中には駅まで鉱石を運搬する索道の他に側線(結構な数が見れます)や工場も写ってましたよ。駅の近くには平岸炭礦もあったそうです。そんな、石炭の輸送拠点として繁盛した平岸駅ですけど、当の平岸炭礦は昭和38年?に閉山、貨物輸送自体も昭和51年に終了してしまったんですって。繁忙期の面影が残っていないか、構内を見渡しましたけど…草ボウボウで何も見えんでしたわ。これはかつての貨物ホームの跡かな?駅の向かい側、空知川の対岸にある大谷沢炭礦からの炭鉱輸送も行われていた時代があったみたいですね。廃ホームはその頃の忘れ形見で間違いないでしょう。最後は廃ホームチラリで〆ます。列車で移動中に車窓からこんなのが見えると降りたくなる衝動に駆られる同志の皆さんもきっと多いと思いますが…平岸駅は到着する列車が3時間近く空く時間帯がありますのでくれぐれもご注意くだされ。訪問駅リスト(JR線)根室本線↑(滝川駅方面)東滝川駅(平成27年10月21日)赤平駅茂尻駅平岸駅(平成27年10月21日)芦別駅上芦別駅(平成27年10月21日)野花南駅(平成27年10月21日)島ノ下駅(平成27年10月21日)富良野駅布部駅山部駅下金山駅(平成29年5月24日)金山駅東鹿越駅幾寅駅落合駅(平成29年5月24日)↓(新得駅・根室駅方面)駅探訪記、旅情報を不定期に更新中。新着情報がすぐ受け取れる読者登録をお願いします!

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