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公式ジャンル「鉄道」記事ランキングページです。鉄道ジャンルで一番人気の記事は「特急サロベツが熊と衝突して脱線。乗客は9時間缶詰。最終兵器の「熊キャッチャー」も今回は出番無し」です。
あやあやのうろうろ雑記帳
そういえば、先日北海道中川町で特急列車がクマと衝突して動けなくなり、乗客ら34人が列車内で一夜を明かしました事がありました。「手負いのクマは一番危ない」ハンターの同行がないと危険と判断…JR北海道が経緯を説明 クマと衝突し特急列車が脱線、乗客ら34人で車内で一夜明かした事故 JR宗谷線(HBCニュース北海道) - Yahoo!ニュース10月31日夜、北海道中川町で特急列車がクマと衝突して動けなくなり、乗客ら34人が列車内で一夜を明かしました。【写真を見る】「手負いのクマは一番危ない」ハンターの同行がないと危険と判断…JR北海道がnews.yahoo.co.jp30日午後10時45分ごろJR宗谷線の天塩中川と問寒別のあいだで、旭川発稚内行きの特急サロベツ3号がクマと衝突しました。JR北海道によりますと、運転士がおよそ50メートル先にクマを見つけ、非常ブレーキをかけましたが間に合わずに衝突、先頭車両の車輪が脱線しました。乗客32人と乗員2人にけがはなく、クマを警戒して列車内で一夜を過ごしました。JR北海道 鉄道事業本部 山北一郎運輸部長「手負いのクマは一番危ないので、ハンターに同行いただかないと現地に行くのは非常に危険だと判断した」■クマとの衝突で脱線するのはJR北海道では初乗客は、およそ11時間後にタクシーで代行輸送されました。乗客(JR稚内駅・10月31日午前10時半ごろ)「きのう夜ホテルに泊まって観光して帰ろうと思ったが、完全に予定が狂ってしまった」JR北海道ではクマとの衝突による脱線は初めてで、国の運輸安全委員会が原因を調べる予定です。鹿が列車と接触した場合は、状況を確認し、影響が軽微であれば、そのまま運転を再開することがあります。しかし、相手がヒグマの場合は、そう簡単にはいきません。周囲が真っ暗で、ほかに何もないような場所では、衝突したヒグマの状態を確認すること自体が危険です。そのため、無理に車外へ出ず、車内で待機するという判断は正しかったと思います。もしヒグマが生きていて、負傷していた場合は、なおさら危険です。結果的に列車は脱線しており、そのまま走行することはできませんでした。そう考えると、応援が到着するまで一晩待機していたのは、乗務員や乗客の安全を守るうえでも、適切な判断だったのではないでしょうか。因みにJR北海道には「熊キャッチャー」なる冗談の様な最終兵器があります。※嘘ではありません。“体重1トン”のクマも挟んでつり上げ JR北海道が生んだ秘密兵器「熊キャッチャー」、出動は10回前後 | AERA DIGITAL(アエラデジタル)JR線で列車とクマの衝突が過去最多ペースに達するなど、衝突後のクマを取り除く作業員の安全確保が急務となっている。そこでJR北海道が独自開発したのが「熊キャッチャー」。車上からアームでつり上げるもの…dot.asahi.comJRでは、列車がクマと衝突した際、基本的に保線所の作業員が軽トラックなどで死骸を回収する。必要に応じて、自治体を通じて猟友会のハンターを要請することもあるが、列車の運行を早期に再開するには迅速な処理が欠かせない。ただ、大型の個体はなかなか除去できず、手負いのクマだと暴れたり、子グマをひいた場合は周囲に親グマがいて襲われたりする危険もある。 冒頭の事故が起きたJR北海道では、クマとの衝突は2022年度に45件、23年度に52件発生。24年度はいったん21件まで減少したものの、25年度は57件と1987年のJR発足後で最多を記録した。 JR北によると、これまで作業員らが処理中にクマに襲われけがをした例はないが、安全確保は課題となっていた。そこで13年度に独自に開発したのが、その名も「熊キャッチャー」だ。 クレーンゲームのアームのような形をしていて、重量はおよそ250キロ。これを、冬場の除雪などに使用している保守車両に取りつけて使う。最大の特徴が、「作業員が地上に降りることなくクマの移動ができること」(JR北)だ。ただし、今回の事故ではクマが列車の床下に巻き込まれ、さらに脱線も発生していたため、残念ながら熊キャッチャーの出番はなかったようです。何より、乗客や乗務員、復旧作業にあたる職員にけががなく、二次被害も発生しなかったことが幸いでしたね。
たくさん共感されています
湘南たいむのショウナンタイム②
…。長谷寺駅17:4近鉄大阪線急行この日は近場だったので、約9時間ぶりに帰高w。。まだやってる時間。大阪うどんきらく大和高田店たまには地元でディナーたいむw。。夜の特別な定食『鍋焼きうどん定食』(税込1,947円)ごちそうさまでした。奈良県から1歩も出ない休日であったw。。⚾️もうどこにも行かね〜よ。69
サイクロン Zゲージ! のブログ
6月初旬に存続の目処がついたかのように報道されていた 紀州鉄道 。 <日高新報は地元紙>4ヶ月経った10月に破談になってもうた。譲渡基本契約が6月に締結されていたにも関わらず、譲受(買収)先が非公表やったんは、もともと譲受先に本契約締結までの確信がなく腰が引けてたんやろ。譲受先が6月以降にデューデリ(資産査定等)を進めていく段階で条件が整わず、 やっぱりやめときますわ てな具合か?もともと赤字続きなんで減損したら価値はゼロどころか、老朽設備更新や黒字化対策やらを勘案すると企業価値はマイナスで、譲受(買収)側は相当額の持参金をもらわんと成立しない案件。赤字を広告宣伝費と考えるのも、費用対効果や将来負担を勘案すると厳しい。鉄道会社の信用度というのも紀州鉄道の損益状況に説得力はない。昔とはちがう。『紀州鉄道 どうなるねん?』紀州鉄道どうなるねん?昨年秋に紀州鉄道が2026年で廃止の話が…日本一短いローカル私鉄 紀州鉄道が廃線の危機 - 日高新報日本一短いローカル私鉄として鉄道…ameblo.jpデューデリに並行して、破談に備え次の譲受候補を探すケースもあるんやが、それもやってないようなんで、再びゼロからのスタート。タイムリミットは当初の予定では今年12月やったが、紀州鉄道の今後について、会社は近いうちに判断するとのこと。今月半ばには、会社から何らかのアナウンスメントがあるやろ。にほんブログ村
重単5175 ~鉄道模型と鉄道写真
…飯田線をイメージし貨物列車編成の話です。どちらもチョイ整備~機関車は銀パン化、貨車は抵抗車輪取付など行いました。いつもご訪問頂きありがとうございます。以下本編です↓。ED62 3 篠(KATO 3084)牽引、貨車5両のこじんまりとした編成は飯田線の貨物列車をイメージしています。1990年に1度だけ撮影の機会がありました↓。写真は整備前のもので、この後ちょっとイメージが変わります。『夏の飯田線にて~ED62など』こんばんは。今日はレアな飯田線ネタです。夏場に1度だけED62を狙いに行っていました。写真は全て1990年8月、飯田線 伊那福岡-田切間の撮影です。短い編成…ameblo.jp貨車は車体の長いLPガス専用タキ25000(8072)とホキ5700(8071)が4両、実際走っている姿が見られた形式です。貨車も全てKATO製です。1枚目の写真ではあまり目立ちませんが、パンタグラフの塗装が剥げている箇所があったので再塗装をやります。が、今回はグレーではなくアルミシルバーを吹いて”銀パン”化しました。↑リンク記事に載せたED62 3の実車写真ですが、これグレーじゃなくて銀パンだよね?に気付いたからです。他ナンバーも含め集電舟や接続部の色入れも無かったようです。何でグレーにしてたんだっけ?は忘れちゃいました😅。機関車は2017年購入で、基本的な整備をやったのは9年前です。パンタグラフの塗装が乾くまでの間にボディーを点検します。矢印部の青塗装がちょっと剥がれてる..この製品、何か青塗装が剥げ易いという認識はあって、これまで何度も色入れをやって来ました。こっちの矢印も..再びガイアカラーの青15号を剥げている箇所に色挿ししボディー全体にセミグロスクリアーをかけてみました。どれだけ塗膜強化になるか?分かりませんが、やって損はないだろうとの考えです。多分ですが、これまでやったことが無いんじゃないかな~。DCCデコーダはDZ125をアレンジ(赤いシュリンクフィルムを剥がしています)、TOMIXのED75など廃車になった車両に付けていたものの再利用です。余談ですが、最後までTOMIX動力で残っていたED62が引退~全機関車の動力ユニットKATO統一を終えてから1年半です↓。『TOMIX ED62,オハネ25が引退 [鉄道模型]』今日はTOMIXのED62と3両のオハネ25です。長らく走って来ましたがちょっと整備の上引退することになりました。機関車の動力ユニットは全てKATOに統一とな…ameblo.jpボディーもパンタも、塗装が乾いてから組み立てました。銀パンになるだけで雰囲気が変わります。暫く走っていなかったので、動力台車の分解掃除もやりました。が、1,2Endで作りが分けられているんですね~。2End側だけ何か付いている、これ何?(ATS車上子か?)は情報が無く分からないんですが、9年間気付いていなかったかも😅。貨車の方は最近頑張っている抵抗車輪の取付です。右上、最後尾のホキ5700のみ台車に集電板をアレンジして1/6W抵抗を付けていたので、残り4両にチップ抵抗が車軸と共にグルグル回るタイプを付けました。集電板アレンジは走行抵抗が大きめなんですが、短く軽い列車なのでそのまま行きます。こうして整備を終えて、DCC自動運転をやりました。駅区画に列車が入りきってから10秒経ったらブレーキをかけよ(Ramp Train Speed 0%)をJMRI上で設定するという事をやったので↓、貨物列車への車軸抵抗車輪取付を急いでいます。この編成の場合写真の位置;半分をちょっと過ぎたあたりで止まりました。列車の長さ、進入速度によって停止位置がバラけるんですが、いつまでもダラダラ動いてなかなか止まらない という現象が解消されて、付けて良かったと思える機能です。『DCC自動運転~遅延起動とダラダラ制動緩和の工夫 [鉄道模型]』今日はパソコンを使ったDCC自動運転の話です。順調に稼働しているんですが2つ工夫を加えました。駅部では信号が青に変わった途端に走り出さないようにし、停車時はこ…ameblo.jpDCC自動運転もすっかり日常的になって来たんですが悩みの種は、左の飯田線旧形国電なども含め、短編成ローカル列車の出番がなかなか無いことです。自動運転が出来るのは新幹線も運転できるような全区間複線だからです。飯田線の編成も自動運転は出来ますが、イメージがちょっと違いますよね~。来年はこれを解消してみようかな~ というのがあるんですがまだ構想段階、例によって?壮大な作業になりそうなので😅Goサインを出すかどうか、色々検討します。同時期の登場で面構えが似ているED71は残念ながら実車が走る姿を拝めなかったんですが、ED62は最初に書いたように撮影の機会があった..どちらも運転して行こうと思います。注記;ED71と登場が同時期だったのはED61、1974年から軸重軽減改造が施工され、ED62へ形式が変わっています。最後までご覧いただきありがとうございました。
もはねの小部屋
…られないかな・・」時刻表と格闘していましたが、どうにもタイミングが合わず、断念した経緯があります。そして、この記事を書き込んでいる時にあらためて時刻表を確認したら、「もしかしたら・・」と驚愕の事実に直面します。私が乗った新快速(3407M)は大阪を8時に出発し、西明石に8時42分、加古川には8時53分、姫路には9時04分にとうちゃこするダイヤです。そして500系が充当されるであろう、博多行きの「こだま941号」は新大阪を7時40分に出発し、西明石には8時02分、姫路には8時15分にそれぞれとうちゃこすることが判りまして、西明石であれば3407Mに十二分に間に合ってお釣りが来ちゃうし、姫路まで乗っても、折り返しの列車で加古川に向かっても加古川線の列車(1329S列車、加古川発9時13分)に余裕で間に合いました。ヘタしたら、加古川線も1本前の列車に乗れてスケジュール自体も早めにコンプリート出来たかもしれない。「なぁ~んだっ! 500系、乗れたじゃんかっ!っていうか、500系を使った方が(スケジュール的に)結果オーライだったんじゃんかっ!」と天を仰ぎました。時すでに遅し。自身の無計画さをこの時ばかりは恥りました。
『乗り鉄』中心ブログ(踏破編)
…北陸地方をハシゴし乗り鉄・降り鉄を楽しみました。 存廃問題が出そうな線区、出ている線区を優先的に回り、さらに最終日は能登地震以降初となる「のと鉄道」を乗り鉄して、全駅を巡りました。 全体的に悪天候の予報でしたが、雨に見舞われたのは3日目だけでした(これが大雨で大変でした…)。 今回は3日目(5/1)前半の内容です。 早朝に電鉄富山駅を出発して、存廃問題の渦中にある立山線の岩峅寺~立山間と、本線の滑川~新魚津間の、岩峅寺駅を除く全駅を訪問しましたが、まずは立山線の駅巡りを優先しました。本数が少ないため、ジグザグ乗車をして訪問駅数を稼ぎました。 尚、地鉄線は『鉄道線・市内電車1日フリーきっぷ(デジタル版。3,400円)』を利用しての移動となりました。 今回の日程 2026年5月1日 (金) 【前半】 電鉄富山510(富山地方鉄道本線→立山線・快速特急スーパーたてやま1号)600立山606(立山線上り普通)620有峰口647(下り普通)650本宮734(上り普通)745横江803(下り普通)826立山900(上り普通)916千垣948(普通)1017寺田1051(本線)1052越中泉1129(普通)1136上市 【後半へ続く】 (1)電鉄富山510(地鉄本線→立山線 快特スーパーたてやま1号・立山行き)600立山 16010形3連 3両目自由席窓側席に着席 約8割の乗車率 景色を眺めて移動 この日は3時半に起きて、朝食を食べてからホテルをチェックアウトしました。 雨予報でしたが、雨は止んでいました。夜中には降っていましたが。 ホテルからコンビニ経由で電鉄富山駅へと向かい、 5時10分発の快速特急『スーパーたてやま1号』に乗ろうとしましたが、 改札前には既に20人ほどの列が…。最終的に100人は超えたと思います。 みんな立山黒部アルペンルートに向かうようでした(まぁ当然ですねw)。 駅員が列の先頭からきっぷを拝見していき、 アルペンルートへ向かうことを確認していましたが、 私がフリーきっぷのスマホ画面を見せると、 駅員が「アルペンルート…」と聞いてきたので、 私は立山まで行って折り返す旨を説明すると、駅員は驚いていましたww 尚、フリーきっぷは特急券込みなので問題ありませんでした。 そして客扱いが始まると駅員の誘導で列の先頭から乗車が始まりました。 車両は元西武5000系『レッドアロー』の16010形3連でした。 西武では後継の10000系も廃車が進行しているのに、 こちらでは元5000系と元10000系の双方がまだまだ活躍しています。 私は最後尾3号車で着席しました。ちなみにこの列車は全席自由席でした。 着席した座席は回転シートでしたが、観光列車なのでボックス席もあります。 両端の1・3号車から席が埋まったようで、そこに座るのをあきらめた客は 中間2号車の観光タイプの席に座っていました。 それでも私の隣席が空席だったり、満席にはなっていませんでした。 列車は定刻に電鉄富山駅を発車し、ノンストップで立山駅を目指します。 地図上ではショートカット路線である不二越線・上滝線には入らず、 稲荷町からも本線をほぼ真東に進み、寺田駅からは約90°右折して立山線を南下。 天気は悪かったですが、道中、立山連峰も見ることができました。 その後、上滝線が合流した岩峅寺駅(いわくらじえき)からは山岳区間に入り、 スピードが落ちていきました。 そして電鉄富山駅から50分の乗車で列車は終点の立山駅に到着しました。 下車後、ほぼ全ての客が立山ケーブルカーの駅へと直行していました。 私も一旦改札を出て、トイレを済ませてから再入場して すぐに発車する折り返し列車に乗り込みました。 立山駅はまた後で訪問するので写真撮影は少しだけとなりました。 (2)立山606(富山地鉄立山線 普通・電鉄富山行き)620有峰口 16010形3連 3両目窓側席に着席 貸切状態 景色を眺めて移動 乗車した普通・電鉄立山行きは『スーパーたてやま1号』の折り返しだったので、 車両は16010形でした。いわば乗り得列車ですね。 乗客は私だけでした。 まぁこの時間はアルペンルート黒部ダム方からの接続はありませんから…。 という事で、貸切状態で電鉄富山駅を目指します。 1駅目の本宮駅で少し乗り込んできましたが、3両目はまだ私だけでした。 そして私は、その次の有峰口駅で下車しました。 島式ホーム1面2線で、南側に木造駅舎があります。無人駅です。 駅前は常願寺川の谷で、小さな集落が形成されています。 有峰湖などへの最寄駅で、夏期は駅前から観光地への路線バスが出ています。 尚、訪問時は駅や駅前に私しかいませんでした。 (3)有峰口647(富山地鉄立山線 普通・立山行き)650本宮 16010形2連 2両目ドア部分で立席 立客20人ほど 景色を眺めて移動 この列車も16010形でしたが、3両編成ではなく2両編成でした。 車内は立山黒部アルペンルートへ向かう観光客により満席で、立客も多く、 私はドア脇も確保できず、ドア近くのスペースで立席になりました。 まぁ3分間だけの乗車だったのでそこは我慢して、次駅の本宮駅で下車しました。 単式ホーム1面1線の棒線駅で、北側に木造駅舎があります。無人駅です。 駅前は線路沿いに集落が延びており、その北には常願寺川の広い河原があります。 駅南側は山地が広がっています。 (4)本宮734(富山地鉄立山線 普通・電鉄富山行き)745横江 16010形2連 1両目窓側席に着席 ガラガラ 景色を眺めて移動 この列車は先ほどの立山行きの折り返しで、16010形2連でした。 車内はガラガラでしたが、立山からの乗客も少しいました。 道中は車窓風景をもう一度楽しんで、今度は横江駅で下車しました。 単式ホーム1面1線ですが、かつては島式ホーム1面2線でした。 北側に小さな木造駅舎を有する無人駅です。 駅前は農村地帯で、住宅は少ないです。 周辺は常願寺川の谷ですが、北西側(電鉄富山方)は富山平野が広がっています。 (5)横江803(富山地鉄立山線 普通・立山行き)826立山 14760形2連 1両目ドア部分で立席 軽い混雑状態 景色を眺めて移動 横江駅からはもう一度立山駅を目指します。列車は6分遅れでの運転でした。 車両は地鉄オリジナルである14760形2連でした。 この列車も車内はアルペンルートへ向かう観光客で軽く混雑していて、 道中はドア部分から景色を眺めながら、終点の立山駅まで混雑に耐えました。 そして列車が立山駅に到着すると、満員の乗客が一斉に吐き出されました。 この日2度目となる立山駅ですが、ダイヤの関係で1度目はすぐ引き返さざるを得ず、 じっくり駅を観察するため2度目の訪問に至った次第です。 頭端式ホーム1面2線で、終端部は2階建て駅舎の1階部分に潜り込んでいます。 改札口も1階にあり、1階西側に小さな出入口があります。 駅舎は立山ケーブルカーと共用の2階建てで、地鉄駅は1階、ケーブル駅は2階です。 2階南側には駅前広場に面した大きな出入口があります。 駅前は住宅が見られず、商店やホテルが点在している程度で、 観光客用の駐車場が多く見られました。 駅前には人が多かったですが、ほぼ全てがアルペンルートの客と思われます。 私は2007年にアルペンルートへ行きましたが、それ以降は行っていません。 また機会があれば行ってみたいですね。 (6)立山900(富山地鉄立山線 普通・電鉄富山行き)916千垣 14760形2連 1両目転換クロスシート窓側席に着席 ガラガラ 景色を眺めて移動 再び立山駅から引き返します。 乗車列車も先ほどと同じ車両で、車内はガラガラだったので 転換クロスシート窓側席に座れました。 立山からの乗客も少数ながら見られました。 今度は落ち着いて車窓風景を眺められました、 私は3区間乗車して、千垣駅で下車しました。乗降は私だけでした。 単式ホーム1面1線の無人駅で、北側に小さな木造駅舎があります。 駅前は山間部で、千垣の集落は離れた西側にあります。 これをもちまして、立山線の存廃問題が出ている区間の、 岩峅寺駅を除く全駅を訪問できました。 この区間は地元利用が極端に少ない事を現地で実感しましたが、 (平日朝でも利用が少なかったです) 複数の列車が混雑するほどの観光客が乗っているのも確かなので、 何らかの形で存続を模索する道がベターなのではと思いました。 観光客を一気に輸送するにはバスでは難しいとも思いました。 (7)千垣948(富山地鉄立山線 普通・電鉄富山行き)1017寺田 16010形3連 3両目窓側席に着席 ガラガラ 景色を眺めて移動 これにて立山線の駅訪問を終了して、 次は本線の滑川~新魚津間を目指しながら途中の駅にも訪問していきます。 乗車列車は今度も16010形3連で、昼間帯になっても普通運用に就いていたので、 私は何度も乗り得列車に乗車することができましたw 車内は空いていたので、着席して景色を眺めながら、 早朝に富山市内のコンビニで購入したパンを食べてこれを昼食としました。 また、ずっと今にも雨が降り出しそうな天気でしたが、 逆に晴れてきて驚きました。 このまま回復してほしいですが、雨雲レーダーを見ると下り坂になるようで…。 そして私は立山線が本線に合流する駅である寺田駅で下車しました。 寺田駅は本線と立山線が扇状に分岐する駅で、 扇の左側に本線ホームが、右側に立山線ホームがあり、いずれも相対式ホームです。 ホーム根元に構内踏切があり、その立山線側(西側)に小さな駅舎があります。 有人駅となっています。 駅前は西側は集落で、東側は田園地帯です。 富山地鉄の主要駅ですが、駅前はあまり発展しておらず、 あくまでも乗換駅といった趣です。 (8)寺田1051(富山地鉄本線 普通・上市行き)1052越中泉 14760形2連 1両目転換クロスシート窓側席に着席 ガラガラ 景色を眺めて移動 寺田駅では本線下り列車に乗り換えました。車両は14760形でした。 平日データイムだからか車内はガラガラでした。 着席しましたが、車窓風景を楽しむ間も無く列車は次駅の越中泉駅に到着して、 私は下車しました。 単式ホーム1面1線の無人駅で、駅舎が無くホーム上に待合室があります。 駅前は田園地帯で、北側に集落が形成されています。 駅観察時、急速に天気が悪くなってきて、雨が降り出してきました。 (9)越中泉1129(富山地鉄本線 普通・上市行き)1136上市 17480形2連 2両目で着席 ガラガラ 景色を眺めて移動 この列車は、元東急8590系だった17480形で、4扉ロングシート車です。 車内は空いていました。車窓風景を眺めて、終点の上市駅まで乗り通しました。 本当はもっと早く滑川~新魚津間へ行きたかったのですが、 同区間は昼間帯の列車本数が2時間ヘッドまでに減便されており、 そのため新魚津方面の列車が来るまでの時間を利用して、途中の駅を訪問した次第です。 上市駅は2013年に訪問済みですが、13年ぶりなので改めて観察・撮影しました。 頭端式ホーム2面4線で、終端部に駅ビルがあります。 (かつてはジャスコが入居していました) 駅前は東側に上市町の中心市街地が広がっていますが、 かつてはその中心市街地まで線路が延びていました。 雨が降っていて駅前散策は最小限で済ませました。 また、駅構内にはベーカリーがあり、 事前に分かっていればここのパンを食べていたのに…と後悔しました。 (2013年時点でベーカリーがあったかどうかは完全に忘れていましたがw) この後はいよいよ、存廃の渦中にある滑川~新魚津間の全駅を訪問していきます。 (つづく) 今回の新規踏破路線、新規探訪廃線跡はありません (参考:Wikipedia)
南武蔵野線
近鉄車両集めの真っ只中、資金難の折でも、こちらも忘れてませんぜと購入したのが、今回ご紹介するKATOさんのEF10 3次形です。ご存知の通り、最末期は飯田線の南部をメインに活躍していた戦前生まれの電気機関車です。F級とは言え、KATOさんの車両ケースから比べても小ぶりな機関車であることが分かります。そして、この機関車の特長と言えば、全面から側面にかけて丸みを帯びた車体。EF56のようなスタイルですが、機関車が小ぶりなためか少し愛嬌のある機関車のイメージです。国鉄時代は今のように前照灯の常時点灯はありませんでしたが、やはりここは点灯しているところを撮りたくて、久しぶりの常点灯カタパルトの登場。セットアップは明日の休日にでもやろうかと思っていますが、KATOさんの電気機関車らしく、付属パーツは選択式のナンバーとナックルカプラーのみ。ただ、それでも待ちきれないため、うちにある数少ないアーノルドカプラーの貨車を引っ張りだして、いつもの試運転用レイアウトで少し走らせてみました。タキ1900の飯田線貨物列車があったかどうかは分かりませんが、茶色い旧型電機に黒い貨車の組み合わせはなんとなく似合っている気がします。このEF10が貨物列車を牽引していた頃、旅客電車といえば旧型国電。このEF10のセットアップ後、様々な旧型国電の車両達と走らせて、かつての飯田線を楽しみたいと思います。
oketa-mokeiのブログ
…43F)です。今回京阪神緩行線の再現を想定して8両編成化、下記セットもあわせての紹介となります。・10-1744A 103系<スカイブルー>中間車3両セット※ブログ容量の関係で4回(その①〜その④)に分けて掲載します。〈前回記事は↓↓↓コチラ〉『KATO 103系4両セット2 入線‼️ その① (品番10-1743F)』こんにちは。オケタ模型です。本日の入線はkatoの、「103系4両セット2」 その①(品番10-1743F)です。今回は京阪神緩行線の再現を想定して8両編…ameblo.jp〜その①からの続きです〜モハ103のパンタグラフのアップです。屋根上の配線表現含めていい感じではないでしょうか。🤗モハ102の妻面です。サッシ表現ないですが、まぁ通常使用ではほぼ問題ないかと。(笑)あ、ちなみにカプラー(中間連結面)は手持ちのジャンパ表現付きのものに全車交換しています。🙆「モハ102 625」(中間車3両セット)中間電動車です。モハ103とユニットを組みます。連結面を斜めから眺めて。いいですね~、そうそう、こんな感じでしたね〜。🤗「サハ103 379」(中間車3両セット)中間付随車です。「モハ103 436」(4両セット2)パンタ付中間電動車です。モハ102とユニットを組みます。ちなみに模型はM車です。ベンチレーターのアップです。この簡素な感じがいいですね~。🤗モハ103の床下機器のアップです。造形表現、なかなかいい感じではないでしょうか。🙆「モハ102 592」(4両セット2)中間電動車です。モハ103とユニットを組みます。連結面をやや上方から眺めて。いいですね~。🤗本線を走り行く通勤電車・・・って感じです。🙌「クハ103 228」(4両セット2)制御付先頭車です。シルバーシートのマーク、いい感じですね〜。🌠台車のアップです。この製品、出発は廉価版ながらも進化してきましたね。最初は確か「KOKDEN」シリーズ。3両セットで定価で5000円位(実売4000円位?)だったかと思います。🙊安かったのは良かったんですが、ライト非点灯で銀色のサッシ表現もなし。最新仕様に慣れてるだけに、さすがに手が出ませんでしたね〜。🙉さすがにダウングレードしすぎたと思った?のか、その後一般的な模型としてライト点灯の4両セットが登場しました。お値段は1両増えて実売7000円程度とお高くなりましたが、今の時代の鉄道模型で考えると、ライトも点灯でサッシ表現もあり最低限クリアしてるものになりました。🙌ちょっと手が出そうになりましたが、こうなってくると「ライトが電球」っていうのが気になってきて・・・結果、スルーとなりました。😱そしてついに今回のLED仕様が登場、やっと購入に至った次第です。🤗現在の鉄道模型完成品のレベルで考えると、まだまだ要望湧いてきますが、新品ながら実売価格で7両1万円ちょっとくらいのこの模型、実車も経済性重視でしたが模型も経済性重視?で、なかなか良い製品ではないかと個人的には思ってます。(笑)〜その③へ続く〜〈続きは↓↓↓コチラ〉『KATO 103系4両セット2 入線‼️ その③ (品番10-1743F)』こんにちは。オケタ模型です。本日の入線はkatoの、「103系4両セット2」 その③(品番10-1743F)です。今回は京阪神緩行線の再現を想定して8両編成…ameblo.jpではでは、オケタ模型でした。〈関連記事は↓↓↓コチラ〉『KATO 115系300番台 湘南色 4両セット 入線‼️ その➊ (品番10-1410)』こんにちは。オケタ模型です。本日の入線はkatoの、「115系300番台 湘南色 4両セット」その➊(品番10-1410)です。※ブログ容量の関係で2回(その…ameblo.jp『TOMYTEC JR 105系 桜井・和歌山線(W11編成・青色) 入線‼️ その①』こんにちは。オケタ模型です。本日の入線はTOMYTECの、「JR 105系 桜井・和歌山線(W11編成・青色) 2両セット」その①です。※ブログ容量の関係で…ameblo.jp『TOMYTEC JR105系 桜井線・和歌山線(P02編成・和歌山色) 入線‼️ その①』こんにちは。オケタ模型です。本日の入線はTOMYTECの鉄道コレクション、「JR105系 桜井線・和歌山線(P02編成・和歌山色) 2両セット」その①です。※…ameblo.jp『KATO 117系 6両セット 入線‼️ (品番10-1607)』こんにちは。オケタ模型です。本日の入線はkatoの、「117系 6両セット」 (品番10-1607)です。117系は昭和54年から製造された直流近郊形電車です…ameblo.jpカトー (KATO) Nゲージ 103系 スカイブルー 4両セット 2 鉄道模型 電車 10-1743FAmazon(アマゾン)8,065円カトー (KATO) Nゲージ 103系 スカイブルー 4両セット 1 鉄道模型 電車 10-1743AAmazon(アマゾン)5,891円カトー (KATO) Nゲージ 103系 スカイブルー 中間車 3両セット 鉄道模型 電車 10-1744AAmazon(アマゾン)2,673円カトー (KATO) Nゲージ 103系 ウグイス 4両セット 鉄道模型 電車 10-1743CAmazon(アマゾン)5,891円カトー (KATO) Nゲージ 103系 ウグイス 中間車 3両セット 鉄道模型 電車 10-1744CAmazon(アマゾン)2,673円カトー (KATO) Nゲージ 103系 オレンジ 4両セット2 鉄道模型 電車 10-1743GAmazon(アマゾン)5,891円カトー (KATO) Nゲージ 103系 オレンジ 中間車3両セット 鉄道模型 電車 10-1744BAmazon(アマゾン)3,692円カトー (KATO) Nゲージ 103系 エメラルドグリーン 4両セット 鉄道模型 電車 10-1743EAmazon(アマゾン)7,300円カトー (KATO) Nゲージ 103系 エメラルドグリーン 中間車3両セット 鉄道模型 電車 10-1744EAmazon(アマゾン)3,692円カトー(KATO) Nゲージ 103系 カナリア 4両セット 10-1743D 鉄道模型 電車Amazon(アマゾン)8,890円
湘南軽便鉄道のブログ
…動車H100形の硬座席より、キハ54の座席の方が乗り心地がよい。ただし、座席と窓の位置は合致しておらず、座席位置によっては外の景色が見えにくい。簡易リクライニング機能のある座席タイプの車両。もともとは転換クロスシートだったが、キハ183系特急形気動車の簡易リクライニングシートに交換された。簡易リクライニング用の白いレバーと、車内喫煙可能だった頃の灰皿の跡。窓が空く。中央部の座席は向かい合わせで、その両側のクロスシートは車両中央側を向いている。朝の下り滝川発富良野行き。閑散とした車内。窓の開閉用レバー根室本線 滝川発富良野行き普通午前6時10分滝川(たきかわ)駅を発車広大な構内は、かつて鉄道の要所だった頃の名残り。函館本線と分かれる。根室本線は右へ分岐滝川から富良野方面に向かう根室本線下り列車は、1日9本しかない。運行は普通列車のみで、夏季のみ臨時特急「フラノラベンダーエクスプレス」が1往復設定。またタマネギやジャガイモの収穫時期は、根室本線富良野〜滝川間には臨時貨物列車が走り、札幌を経由して本州まで農作物が運ばれる。交流電化路線の函館本線から離れていく。函館本線の滝川から旭川方面の普通列車は本数がかなり少なく、殆どが特急。全線非電化単線の根室本線街とは逆向きの朝の下り列車に、乗客は殆どいない。滝川駅を過ぎると空知地方の田園風景が広がる。東滝川信号場(ひがしたきかわしんごうじょう)以前は東滝川駅だったが、利用客減少により2025年(令和7年)3月15日廃駅になり、信号場化された。1950年(昭和25年)改装時の木造駅舎が残る。東滝川駅時代のホームも残る。衰退が進む日本のローカル線。特に北海道の鉄路は縮小が著しい。二度と復活することのないホーム北海らしい風景が広がる。空知川を渡る。AM6:23 赤平(あかびら)駅停車かつて空知地方には石炭鉱山が数多くあり、石炭運搬貨物列車が頻繁に運転され、赤平駅は広大な構内を有していた。赤平駅からは住友石炭鉱業赤平鉱業所の専用線が分岐していた。今も草むらの中に残るレールは、石炭貨物輸送全盛期の名残り。現在は地元住民の足として、特に高校生の通学に利用されるが、かつての賑わいはない。簡易委託駅。草むらに眠る貨物列車用線路かつて石炭を積んだ貨物列車などが多数発着していた。AM6:27-6:28 茂尻(もしり)駅停車かつては炭坑とを結ぶ専用線が分岐していた。今は閑散とした小さな無人駅AM6:32-6:33 平岸(ひらぎし)駅停車この駅もかつては石炭貨物の施設などがあり、賑わっていた。芦別発滝川行き普通(始発列車)と行き違い。向こうの上り列車は、滝川など街へ向かう地元客がある程度乗車。根室本線の滝川・富良野間は、定期特急列車もない閑散ローカル線。 間もなく芦別駅。ここもかつては石炭運搬で栄え、駅構内は広い。かつては芦別駅から三井芦別鉄道が分岐していた。1972年(昭和47年)までは貨物輸送のほかに旅客営業もあった。三井芦別鉄道は1989年(平成元年)に廃止。今は草むらになった広大な芦別駅構内広い駅構内を跨ぐ陸橋AM6:39 芦別(あしべつ)駅停車朝の上り滝川行き始発列車は、ここ芦別駅が始発。草むらには今は使われなくなったたくさんの線路が眠っている。栄枯盛衰のかつての炭鉱路線芦別川朝の富良野行き車内AM6:44-6:46 上芦別(かみあしべつ)駅停車かつて上芦別駅からは三菱炭鉱上芦別専用線が分岐していた。富良野発滝川行き普通と行き違い。滝川など街へ向かう上り列車は、ある程度利用客がいる。列車は富良野へ向かい快走★動画↓※2026年(令和8年)8月下旬(次回に続く)
YMRの旅日記
…ことをやろうとして乗り鉄が紛れ込んでスンマセンw たま~になんで許してくださいね。途中海老名駅や町田駅などで若干の降車はあったものの、殺人的な混雑は特に変わることはないまま列車は5分ほど遅れて代々木上原駅に到着。ここは東京メトロ千代田線との乗換駅で下車客も多く、ようやく車内も少し落ち着きを取り戻しました。そして終点新宿駅には5分遅れのまま到着。いやぁ地獄だった・・・ いくら鉄道に乗るのが好きとはいえ、これはちょっとキツかったですわ。とはいえ無事辿り着けたことに感謝です。改札を出て今月から設置されたエキタグを登録し、東口から西武新宿駅を目指します。ていうか小田急もエキタグ始めたんですね。知らなかった~ 今回は偶然見つけたからよかったものの、そうじゃなかったらせっかくここまで来たのに取り忘れるところでした。やっぱ好きなことには常にアンテナを張っていなきゃダメですね。なんてちょっとばかり反省し、雑多な道路を歩くこと数分で西武新宿駅へ。そして券売機で例のフリーきっぷを購入し、いざ西武鉄道乗りまくりスタート! しかし\1,200とはホントありがたい。これで1日楽しませてくれる西武さんには、頭が上がりませんよまったく。って誰?プロ野球は嫌いではないですけど、最近の選手は全然知らないんですよ~ ファンの方ごめんなさい!ホームに上がったら発車直前だったので、駅名標などの撮影はすっ飛ばして9時14分発の拝島行きに乗車。2駅めの下落合駅で下車します。って誰?これもちょっとわからないです。スンマセン・・・もちろんここは初訪問。さっそく駅メモとエキタグを登録し、付近を散策。徒歩圏内にいくつか神社やお寺があるようなので、そちらへ行ってみようと思います。まずは下落合弁財天。続いて東長谷寺薬王院。最後に新宿下落合氷川神社に参拝し、下落合駅へ戻ります。今日は(今日も?)こうした駅から徒歩圏内の寺社にいくつか立ち寄る予定です。旅の安全を祈願し、続いて下車したのは新井薬師前駅。って誰?ってしつこいですね。もうここらでやめにしときましょう。どうやら駅ごとに『推し獅子』といって選手が掲示されているようです。ファンだったらこれをコンプリートするのもアリかもしれませんね。もし静鉄でエスパルスの選手がこんなんなってたら、私なら絶対制覇してみたくなっちゃいますし。おっこれこれ!これが今回利用してるフリーきっぷのポスターです。プリキュアにはまったく興味ないですが、今日ばかりはその存在に感謝です。ありがとう!それじゃまたちょっと駅付近の散策といきましょうか。
金屋代かずおのお部屋
…ット 製品2種 東メトロ8000系8109F(アンテナ追加後) 南海2000系2035F(ワンマン改造後)いずれもニッチながら重要なモチーフであると思います。以上になります。参考:TOMIXの過去の投票企画TOMIXでは過去に、製品化する車両モチーフをユーザーの投票で決定させる企画を複数回行っていました。その際にノミネートされた車両をまとめておきます。太字がこの企画で製品化されており、下線が他の量産品メーカーでの製品が存在しないモチーフです。2017年実施・2018年発売分: くしろ湿原ノロッコ号 オリエントサルーン ナコ座 きのくにシーサイド アイランドエクスプレス四国 783系ハイパーサルーン コキ71型2018年実施・2019年発売分: 911型+0系TN先頭車 0系1000番台 E3系とれいゆ 157系あまぎ・日光 14系サロンエクスプレス踊り子(*) 251系スーパービュー踊り子(新塗装)(*):2026年現在TOMIXではサロンエクスプレス東京が仕掛かり中ですが、今回製品だけで「サロンエクスプレス踊り子」は再現できません。また、本日は豊岡地区の「うみやまむすび」について、12/6・12/7の団臨をもって、団臨としての運行を終了すると発表されました。https://www.westjr.co.jp/press/article/2026/10/27/items/261027_00_press_umiyamamusubi.pdf500系V4編成が「ラストラン」と銘打った運行の後に運行されたことを踏まえた混乱を踏まえて、あくまで「団体臨時列車としてのラストラン」と書かれています。「うみやまむすび」は狙って乗車できず、筆者は「サロンカーなにわ」の車窓で見たのが最初で最後になりそうです。
きままな鉄道模型
ようやく鉄道コレクションから水間鉄道の続編が発売されました。初製品化が2015年で10年以上の間をあけての続編です。ちなみに青帯のときは2600円だった2両編成がラッピング車両は8000円、赤帯でも7000円と3倍近い値上がりになっています。神戸市営地下鉄もギリギリ?いい値段で製品化されましたが、まだまだ製品化されていない車両がどれくらいの価格設定で製品化されるのか心配な鉄道コレクションです。鉄道コレクション 水間鉄道1000形2両セットB[トミーテック]《発売済・在庫品》楽天市場鉄道コレクション 水間鉄道1000形東京製綱号2両セットC[トミーテック]《発売済・在庫品》楽天市場個人的には智頭急行や京丹後鉄道くらいは製品化してほしい車両です。
m の日常
箱根登山鉄道開業時から活躍した 100形 1919(大正8)年にチキ1形として誕生(のちにモハ1形→モハ100形) 2018年1月に完全引退が予定されています 100形の鉄コレが「想いでの100形」として全10種類!のミステリーパッケージで発売されます 最近の鉄コレの値段を考えるとおいそれとブラインドパッケージに手を出すのには躊躇するのですが... 単品¥3500、ボックスで¥33000 なかなか勇気がいります 笑 で、よくよく見ると えっ!? ボックス買いして揃わなかったらダメージ大きすぎる... https://www.hakonenavi.jp/_wp/wp-content/uploads/2026/08/71b363a903428ceb39625339dddaf61e.pdf【箱根登山電車】鉄道コレクション「想いでの100形」一般発売について|ニュースリリース|箱根ナビ箱根登山電車では、11月4日(水)午前7時より、100形車両完全引退記念 鉄道コレクション「想いでの100形」の一般発売を開始します。 <<<発売概要>>> (1)商品名:箱根登山電車1...www.hakonenavi.jpーー・ーー・ーー・ーー・ーー
EXPRESS DIARY3|軟式鉄道部〜近畿圏鉄道の撮影記録と情報〜
…で鶴橋に出て、鶴橋近鉄に転戦して、南海電車まつり臨に続いて今度はきんてつ鉄道まつりの高安会場に参戦することにしました。きんてつ鉄道まつりは高安会場に限り3年連続の参戦になります。 会場は家族連れなどで非常ににぎわっていました。有料化されたり定員制になったりする鉄道会社が多い中、近鉄と南海は無料の昔ながらの鉄道まつりを開催してくれるのでありがたいです。 高安会場のメインの展示は1257F(VC57)の1A系カラー車でした。まぁ今年のメインはこれでも仕方ないかなと思います。 高安名物の青の交響曲の試験塗装車も見られました。 1257F(VC57)の後ろには1352F(VE52)編成の8A系カラー車が展示されていました。 1257F(VC57)はドア開閉のスイッチが設置されていますね。 1352F(VE52)編成には車側カメラが設置されていますね。 1257F(VC57)の方は車側カメラは設置準備工事になっています。 1257F(VC57)も1352F(VE52)も初撮影だったのでちょっと興奮しましたね。6A系もどきには何度も遭遇してるんですけどね。 このあとはあおぞらと1223Fが展示されているところまで行きました。もしもの駅へ!夢の行先デザインコンテストの表彰式が行われていました。 あおぞらは小学生を対象にした運転体験に使用されていました。まだ準備中みたいです。車庫の向こう側には楽の姿が見られますね。高安~五位堂間の団体列車は11時以降の運転です。 あおぞらと1233Fの並びは望遠レンズでは無理なのであおぞらだけの撮影になりました。 所用があったので五位堂の方は今年も見られずじまいになりました。最後に1257F(VC57)を撮影して撤収しました。近鉄1A系名古屋線(1A03編成)4両セット 【6133a】 (鉄道模型 Nゲージ)楽天市場近鉄1A系大阪線(1A01+1A04編成)8両セット 【6132】 (鉄道模型 Nゲージ)楽天市場近鉄1A系名古屋線(1A02編成)4両セット 【6133】 (鉄道模型 Nゲージ)楽天市場私鉄車両ディテールガイド 新車詳解 近鉄8A系 次世代一般車両 【電子書籍】[ イカロス出版 ]楽天市場近鉄8A系京都・橿原・天理線(8A16編成)4両セット 【6110a】 (鉄道模型 Nゲージ)楽天市場近鉄8A系京都・橿原・天理線(8A07編成)4両セット 【6110】 (鉄道模型 Nゲージ)楽天市場近鉄8A系奈良線(8A01+8A03編成)8両セット 【6109】 (鉄道模型 Nゲージ)楽天市場近鉄大阪線1 概要近鉄大阪線は大阪上本町を起点に伊勢中川に至る路線で、営業キロ100キロを越える長距離路線である。近鉄を代表する名阪特急や伊勢志摩方面への特急など有料特急が数多く走り、奈良県やさらには三重県の名張方面から大阪への通勤輸送も担っており、...express22.xsrv.jpメインターミナル|硬式鉄道部近畿の鉄道の路線、ダイヤ、車両を研究するサイトexpress22.xsrv.jp
ぽんぽこブログおれ日記 シーズン5
嫌だなぁと思いながら電車に乗って梅田に向かう。休みの日の電車は車窓の眺めがキラキラ輝いて見えるのだが今日は全てが灰色。脳内にドナドナが自動再生される。こぶたを乗~せ~て~♪嫌。ほんと嫌。けど「このまま何もせず逃げ回って、あとから『あの時ちゃんとやっとけばよかった』と後悔するよりはいい」と思いながら大阪駅のホームに降り立つ。で、現場へとうちゃこ。なんともエレガントな雰囲気だが「騙されないぞ!今から痛いことするんでしょ!」と動物病院に連れてこられたワンちゃんのような気持ちで「たのも~!」と受付に向かう。で、血圧・身長体重・聴力をやって超音波検査。なんか嫁の妊婦健診について行った時のエコーみたいなやつである。温かいゼリーみたいなのを腹に塗られてすりこぎ棒みたいなのでグリグリやられる。これが地味に痛かったりするのだが、「男の子ですか?女の子ですか?」と聞きたくなるのを我慢して「息を吸え!」「止めろ!」と言われた通りにすーはーする。 で、超音波を終えるとついにやってきた。内視鏡である。なんつーかこう、山登りをしていて鎖がちゃり~んと垂れ下がる危険マークの岩場にたどり着いた気持ちである。で、看護婦さん・・・じゃなくて今は看護師さん?と相談を。今回の内視鏡、問診票で「口にするか鼻にするか選べ!」という項目があった。要はカメラを口から入れるか鼻から入れるかどっちか選べということなんだが、僕にとっては「溺れ死ぬのと焼け死ぬの、どっちがいい?」と聞かれているのと同じレベルの質問である。うむ~・・・これは選べん。どっちが痛いの?どっちが楽なの?それを聞かんことには「じゃ、溺れ死ぬ方で」とか決められない。というわけで「相談して決定」にチェックを入れていた。僕の隣の男も口か鼻か問題問題で看護師さんと相談していたんだが「痛いんすか?」「苦しいんすか?」とどっかの誰かみたいに猛烈な勢いで聞いていた。おいお前、もうあきらめろ。痛いし苦しい。以上!で、僕の番が来た。看護師さんによると「8割くらいの人が鼻ですね」というので「んじゃ、それで」。そしていざ戦場へ。まず鼻から麻酔を入れる。鼻から吸ってのどに入れる。なんか唾がめっちゃ飲みにくいくなったところで処刑場へ。まな板の上のぶたと化し「もう好きにして」とあきらめの境地に至る。で、先生登場。「ほんじゃぶっ刺しますよぅ」と何の迷いもなくカメラを挿入。「これから細いところ、通しますよぅ」とぐいぐい行く。異物が通っていく感覚がわかる。幅の狭いパナマ運河にタイタニックを通していく感じである。で、「入りました~」どうやらカメラが胃袋に到着したようである。痛い・・・というよりは異物感。思ったよりはマシだったと思いながらも「おえっ」っとこないように瞳を閉じて平常心を心掛ける。「ひ~とみ~を閉~じて~♪き~み~を想~うよ~♪そ~れだ~けでぇぇぇ~い~いい~♪おえっ!!!」いや無理ですよ。おえおえしますよ。おえおえしたっていいじゃないか。人間だもの。としぷ3回くらいおえっとした。いや~これは21時以降飯を食うなというのがよくわかる。吐く。確実に吐く。マーライオンで済むところがナイアガラになってしまう。とはいえとしぷーさん、よだれは垂れ流しにならなかった。よだれを垂らして白目をむいて悶絶するかと思ったが、3回おえっただけで男の操を守った(笑)としぷーブログ、読者さんには同世代あるいは少し年下の方もおられるが、後に続かれる方に忌憚のない感想を述べよう。痛くはない。苦しいだけ(笑)麻酔って優秀。痛みはないの。ただおえつきそうになる苦しさはある。で、気持ちが負けるとおえっとなる。ポイントは鼻呼吸をしながら如何に意識をよそに持っていくか。僕は「目を閉じて」が通用しなかったので、ひたすら心を無にすることを心掛けた。力を抜こう抜こうと心掛けた。看護師さんが背中をさすってくれていたんだが、あれは効くね。なかったらもっとおえおえおになってたと思う。自分の体内から異物が抜けると「あ~終わった」麻酔が切れていないのでのどの違和感が続くが一安心。先生からは「炎症(出血)のあとは見られますが問題なし」とのこと。で、お次は採血。僕ね、血管が細いんです。若手を困らせる採血者キラーなんだが、今日採血してくれる人も刺す前にあーでもないこーでもないとなかなか刺さない。「あ~これあかんやつだわ」と思い覚悟をしたんだが「横になってやってみましょう」と別室に連れて行かれて診察台に横になる。すると「採血続けて40年!」「その日ひと刺しにすべてをかける!」みたいな採血の神様的な婦長クラスの人が出てきた。で、腕を縛ってビシバシ叩き「とりゃー!」すると一発で決まった。さすが匠の技である。で、最後にお医者様とお話をしドックは終了。受付で最終確認をして晴れて自由の身となった。なんか食事券もらった。ほぉ~リッツカールトン。つーかランチだとどれくらい持ち出しになるのか???いやまて、そもそもホテル飯は僕的に敷居が高い。嫁がいないと頼み方とか食べ方とかそういうのがわからん。とはいえあの金銭感覚のばぐった金食いモンスターを連れて行ったら酷いことになる。「あら、これおいしそうね。」「せっかくだしこれも頂きましょ」とか言ってこの2000円のお食事券が消費税の支払いに消えること間違いなし。うむ、ダメだ。リッツカールトンは回避である。というわけで踵を返し同じ建物にあるご飯屋さんへ。あ~いいじゃない!おいしそうじゃない!が・・・その門は固く閉ざされていた。見れば食事券に土日は利用不可と書かれている。残念!!!一瞬コドモ銀行に見えた。で、こっちも回避。というわけでもう一つの方へ。今日は何も食ってない。はらぺこあおむしである。で、目指すはここ。どれもこれも旨そうである。おぉ~なだ万さんですか。なんか久々に見た。かつ丼に海鮮丼。うまそ~。しかしこちらは食事券の対象店舗ではない。で、目指すお店はこちら。いいですねぇ~。肉と魚とウニ。酒を飲みたくなりますな。しかし懐石にしてしまうと持ち出しが大きくなってしまうのでここは御膳で。で、いざ入店。からの着席。で、迷うことなく樹御膳を注文。とうちゃこ!刺身2種盛(たい・はまち)とほうれんそうのおひたしと香の物とお味噌汁。で、メインの近江牛のすき鍋。ご飯とお味噌汁はおかわり自由。で、お刺身旨し!!!近江牛旨し!!!ご飯もお味噌汁もおかわりして大満足でお店を出た。いや~健康診断してもらってお食事券まで頂ける。内視鏡は嫌だけどまぁ1年に1回ならいいか。そこで何か異常が見つかれば早期発見だ。けどカメラ飲まんとわからんもんかね???というわけで嫌な内視鏡から解放されて気分晴々で家へと帰った。いや、健診結果はこれからなんですけどねおまけ九州新幹線、さくらと並走。がんばろう熊本!!!
車内観察日記
…。現在この2両は京鉄道博物館に保存されていますが、画像は交通科学博物館で特別公開された時のものでご紹介。車内はクロスシートを中心にしたもので、レイアウト自体は客車列車時代のものを踏襲したと言えます。ドアです。昔ながら…というか当時は標準的なプレスドアで、更に窓が3枚になっています。これ、大きな窓ガラスを極力使わないようにしたんですかね?デッキとの仕切りです。今で言うところの近郊型電車も兼ねていたと思うのですが、しっかりデッキがついています。右側には窓がありますが、左側は一面壁になっております。その壁、客車車両時代から変わらず木で出来ております。天井です。当時は白熱灯だったのでしょうか、カバー付きの照明が2列ずつ並びます。もちろん冷房なんてものはなく、ベンチレータがあるのみです。窓です。ドア窓の割にこちらは1枚窓で、上昇式で開閉可能になっております。日除けは木の鎧戸で、こちらは逆に上から引き降ろして使用します。ちょっと落ちてきたら怖そうですね…。窓上には、網棚。支持棒がおしゃれで、荷物掛けのフックも一緒に付いているのが実用性としてもマルですね。一方で柱間のフックですが、こちらは衣紋・帽子掛けという扱いなんでしょうね。座席です。まずはクロスシートから参りましょう。長距離列車と言っても今で言うところの中距離を主眼に置いたとも言える構造で、背ズリのクッションが付いている部分はロングシート並みの高さで、上部は木のフレームそのままです。東京から沼津・伊東までこれは中々辛そう…といいつつ、今のJR東日本のボックスシートのヘッドレストの造形の悪さ的に、設計思想がこの時に先祖返りしたとも言えますね(毒) シートピッチも広くありませんが、これは今の日本人の体格向上という側面もあるでしょう。窓側には灰皿があります。当時は車内喫煙も当たり前、今では考えられない状態だったんでしょうね。最後にデッキ付近のロングシートです。混雑緩和のために申し訳程度にありますが、2ドアデッキ付きという時点でこのロングシートの意味合いも中々「?」になっているところではあります。背ズリは薄く切り立っており、長時間の乗車には不向きです。…これって、多少の改善はあったにせよ国鉄で綿々と受け継がれてきた形態なんですよね…。【グリーンマックス】 218 Eキット 旧型国電80系300番代 (全金湘南) 6両編成セット Nゲージ 車両キット製品 [▲][ME]楽天市場${EVENT_LABEL_01_TEXT}[鉄道模型]グリーンマックス (Nゲージ) 218 旧型国電80系300番代 (全金湘南) 6両編成セット(未塗装組立キット)楽天市場${EVENT_LABEL_01_TEXT}旅鉄BOOKS063 懐かしの湘南顔電車【電子書籍】[ 「旅と鉄道」編集部 ]楽天市場${EVENT_LABEL_01_TEXT}鉄道企画 「国鉄80系300番代(飯田線・中央本線)」 懐かしい昭和の鉄道音CD【送料無料ライン対象外】楽天市場${EVENT_LABEL_01_TEXT}1950年代〜 国鉄80系電車 【日本国有鉄道 メモリアルトレイン 記憶を走る電車 ケンエレファント MEMORIAL TRAIN ミニチュア 鉄道模型 グッズ フィギュア ガチャガチャ】 【即納 在庫品】【ネコポス配送対応可能】【数量限定】楽天市場${EVENT_LABEL_01_TEXT}
風かおる 鉄の路
…R東日本の路線、東モノレール、りんかい線が乗り放題となるきっぷで、この久留里線も乗ることができます。券面の地図に「上総亀山」が表示されているのも今年度が最後。✈あわせてお読みください休日おでかけパス東京近郊の休日のおでかけに便利です!フリーエリア内の普通列車(快速含む)普通車自由席、東京臨海高速鉄道線(りんかい線)全線、東京パノラマライン(東京モノレール)全線が乗り降り自由です。web.archive.org久留里線は途中の久留里までは1時間に1本ほどあるのですが、それより先、廃止区間の久留里~上総亀山間は極端に運行本数が少なく、日中は5時間ほど運行間隔が開く時間帯があります。今回乗るのは7:25発の上総亀山行き。これを逃すと次の上総亀山行きは13:01までありません。使用されているのはキハE130系。2012年より導入された車両で、それより前はキハ30形・キハ37形・キハ38形という国鉄時代の車両が使われていました。ちなみにそれらの車両は現在は水島臨海鉄道に移籍しているそうです。✔ 関連記事ですっ!『2021年 夏の晴れの国おかやま紀行⑦水島臨海鉄道乗車記[倉敷市↔三菱自工前]』ご飯を食べた後、再び倉敷市駅に戻ってきました。今から水島臨海鉄道に乗車します!水島臨海鉄道は倉敷市~三菱自工前~倉敷貨物ターミナル間を結ぶ水島本線、及び途中…ameblo.jp列車は朝ラッシュのためか3両編成。車内に入ります。車内はこんな感じ。全てロングシートとなっています。ちらほら埋まるくらいに乗っていましたが、千葉方面からの内房線の列車が来るとけっこう乗ってきました。妻面にはLCDの表示機が設置されていました。7:25、木更津を発車。すぐに内房線とは離れていきます。最初の停車駅、祇園に停車。祇園と聞くと、福岡市営地下鉄とか京都東山とか思い浮かべそうですが、JRの祇園駅はここだけ。けっこう降りていきましたが、駅の近くに高校があるそうです。列車は小櫃川に沿って走っていきます。上総清川、東清川…と停車していきます。沿線の風景は住宅街だったり広大な畑だったり。のんびりとした風景です。小櫃川を渡ります。のどかな景色の中を走り抜け…列車は久留里に到着。くるり、というかわいい名前ですが、その由来は、①平将門の三男が浦田の妙見(今の久留里神社)を参詣し、築城について祈ったところ、「城は浦田山に築き、久しくこの里に留まるべし」とお告げがあったこと②福徳山正源寺を開山した他阿心教上人がこの地に留まり念仏を広めたため、「生き仏様が久しく留まられた里」から「久留里」と呼ばれるようになったこと③川がくるくる蛇行していること④昔この地に「阿久留王(あくるおう)」という豪族がいたことなど諸説あるそうです。私的には③が好き。久留里〜上総亀山列車は久留里から先、廃止となる区間へと入っていきます。車内はちらほら人を見かけるくらいには乗っていましたが、大半は鉄道ファンのようです。先ほどまでとは打って変わって山の中へ入っていく列車。平山に停車。ホームには花が植えられていました。山里の風景を見ながら走っていきます。上総松丘に停車。木造駅舎が特徴的な駅。ここで降りた鉄道ファンがこちらを撮っていました。上総松丘を出ると次は終点の上総亀山です。列車はさらに山の中へと入っていき…トンネルに入ります。久留里線の中でトンネルがあるのはこの上総松丘~上総亀山間だけだそうです。トンネルを抜けると、「守ろう久留里線」と書かれた看板がありました。守れましたか…?木の陰から小櫃川が見えます。さっきは同じ高さだったのにあんなに下に…集落が見えてきました。列車は終点の上総亀山に到着です。ホームが短いので3両目はドアカット。鉄道ファンの方々が降りてきました。ここが終点ですが、さらに線路は先へ伸びています。100mくらい先に車止めがあるのが見えます。久留里線はこの先上総中野を経由して外房線大原まで延伸する計画がありました。大原~上総中野間は木原線(後のいすみ鉄道いすみ線)として開業しましたが、上総亀山~上総中野間はついに開業することはありませんでした。房総横断鉄道になれなかった夢の跡がこの100mだけ伸びている線路なのです。ただ、この100mの線路は活用されており、3両以上の列車が入ったとき、折り返し列車の木更津方先頭車両をホームにかけられるよう、このように上総中野方へ前進します。大原行きの列車の発車に見えなくもない…?続きます。⇒次回(執筆中)⇐前回(未執筆)↻最初から(未執筆)この「風かおる 鉄の路」では観光列車をはじめとする全国各地の鉄道の乗車記や旅行の記録を紹介していきます!よかったら下のフォローボタンからフォローお願いします!ブログに関するお知らせはこちらをチェック!列車名で記事が探せる、便利な索引ページはこちら↓当ブログのイメージキャラクター「琴似はるか」については下の画像をクリック!各種ブログランキング参加中!クリックしていただけると励みになるのでよかったらぜひ…!↑鉄道コム↑ブログ村↑人気ブログランキング
あきべや☆鉄
ランチ洋食亭いしくろ(射水市小杉)お腹すいた前回はエビドリアだぶりゅうをいただきました洋食亭いしくろ(射水市小杉) | あきべや☆鉄前々回は日替わりランチ洋食亭いしくろ | あきべや☆鉄今回は・・・・やっぱだぶりゅうの快感がオムライス大盛食べ盛りの舞大盛150円の1050円サラダもとりましょうお味噌汁もごちそうさま~この日、このあと地鉄各駅駅舎めぐりへ(既出記事)
スジ鉄marucchiの備忘録
…ます。冬に発行され時刻表を見るときの楽しみのひとつが、スキー客向けの臨時列車を追いかけることです。今ではなかなか想像しにくいほど、かつての冬の時刻表には各地のスキー場へ向かう臨時列車が、それこそワンサカ載っていました。そこで、私の時刻表コレクションをもとに、スキー列車の歴史を実物の時刻表とあわせて、ひも解いてみようと思います。おおまかには、【1】1970年代 ○○銀嶺号から○○スキー号への移行期【2】1970年代〜80年代 ○○スキー号からシュプール号への移行期【3】1990年代 シュプール号をはじめとした各地のスキー列車【4】2000年代以降 シュプール号の終焉【5】番外編という、ざっくりとした構成で綴っていこうかと。どこまで深掘りできるか、どこで横道にそれるかは、やりながら、でwということで、今回は【1】1970年代 ○○銀嶺号から○○スキー号への移行期としてまとめております。「銀嶺」とは?「ぎんれい」と読みます。「雪が積もって銀白色に輝く山。」(コトバンクより)日常ではなかなか見慣れない単語で、どこか文学的な薫りすらします。そんな「銀嶺」という言葉が、かつては冬の臨時列車の愛称として全国各地で使われていました。「○○銀嶺」という愛称自体は1970年代以前から存在していますが、手元の時刻表を続けて見ていくと、1970年代にはそれらが次第に「○○スキー」という、よりストレートな列車名へ置き換わっていく様子が見えてきます。もっとも、すべてが一斉に変わったわけではありません。1980年代に入っても「白馬銀嶺」「なにわ銀嶺」といった名称が残っており、「銀嶺」という言葉は案外しぶとく時刻表上に生き残っています。そんなところも含めて、手元の時刻表から拾ってみます。1970年代を中心に時刻表から拾った「○○銀嶺」私の手元にある時刻表から確認できたものを、ありったけ載せました。各列車ともシーズンによって運転区間や列車種別が微妙に変化している場合があります。また、ここでは個々の列車の運転開始・終了時期までは細かく追っていません。あくまで「手元の時刻表に、こんな銀嶺号が載っていた」という備忘録としてご覧ください。上野発着の「○○銀嶺」特急 あさま銀嶺 上野〜長野・妙高高原 信越本線急行 妙高銀嶺 上野→関山 信越本線急行 信州銀嶺 上野→長野 信越本線急行 志賀銀嶺 上野→湯田中 信越本線急行 石打銀嶺 横浜・上野〜石打 上越線急行 塩沢銀嶺 上野〜塩沢 上越線急行 小出銀嶺 上野〜小出 上越線急行 五日町銀嶺 上野→五日町 上越線急行 小千谷銀嶺 上野〜小千谷 上越線急行 草津銀嶺 上野〜長野原 上越線・吾妻線急行 中里銀嶺 越後中里→上野 上越線特急 やまばと銀嶺 上野〜山形急行 ざおう銀嶺 東京・上野〜山形 奥羽本線急行 ばんだい銀嶺 上野〜会津若松こうして並べてみると、上野発着は圧倒的ですね。大きく分ければ、上越線方面、信越本線方面、そして蔵王・磐梯方面。「あさま銀嶺」「やまばと銀嶺」は既存の特急列車から派生した名称であることはいうまでもありませんが、そのほかにも「妙高」「信州」「志賀」「ざおう」「ばんだい」など、通常期に走っていた優等列車の愛称をベースにしたものが見られます。一方で「五日町」「中里」「小出」「石打」など、スキー場への玄関口となる駅名をそのまま列車名にしたものも多数。冬の上野駅が、上越・信越・東北方面へ向かうスキー客の巨大な玄関口だったことが、列車名を眺めているだけでも伝わってきます。新宿発着の「○○銀嶺」急行 白馬銀嶺 新宿〜松本、新宿→信濃森上特急 あずさ銀嶺 新宿〜白馬上野口と比べると、新宿発着の「銀嶺」は意外に少ないです。中央本線にはもともと急行「アルプス」をはじめ、冬季の多客需要を受け止める列車が多数存在していました。そのため、あえて「○○銀嶺」という別名称を付ける必要が少なかったのではないか、と時刻表を見ながら想像します。名古屋発着の「○○銀嶺」急行 赤倉銀嶺 名古屋〜関山 中央本線・篠ノ井線方面急行 飯山銀嶺 名古屋→長野・津南、戸狩→名古屋急行 つがいけ銀嶺 名古屋〜信濃森上 中央本線・大糸線急行 のりくら銀嶺 名古屋〜飛騨古川快速 おくみの銀嶺 名古屋〜北濃こちらは信州方面と飛騨・奥美濃方面に大別できます。「飯山銀嶺」は中央西線経由ながら、非電化の飯山線への乗り入れを前提とするため気動車急行でした。中央本線、大糸線、高山本線、越美南線と、名古屋から各方向へスキー客を送り込んでいたことが分かります。大阪発着の「○○銀嶺」急行 黒姫銀嶺 大阪〜長野 北陸本線・直江津経由 B寝台車連結急行 ちくま銀嶺 大阪〜長野 中央西線経由 B寝台車連結急行 なにわ銀嶺 大阪〜長野・妙高高原方面急行 くろゆり銀嶺 大阪〜飛騨古川急行 たかやま銀嶺 大阪〜飛騨古川急行 かんなべ銀嶺 大阪〜江原、城崎→大阪 播但線経由急行 但馬銀嶺 大阪〜城崎・江原・浜坂 播但線経由急行 だいせん銀嶺 大阪〜出雲市 福知山線経由大阪口もなかなか多彩です。信州方面、飛騨方面、但馬方面、山陰方面と、列車の行き先がきれいに分かれています。「ちくま銀嶺」「たかやま銀嶺」「但馬銀嶺」「だいせん銀嶺」など、こちらも通常期の急行列車と関係の深い名前が並んでいます。なかでも「黒姫銀嶺」「ちくま銀嶺」はB寝台車を連結。大阪を夜に発ち、寝台で移動して翌朝には雪国へ、という、実にスキー列車らしい列車だったんですね。そして「銀嶺」という名称がかなり減った1980年代中頃にも、急行「なにわ銀嶺」が登場します。1985年シーズンには座席車による列車、1986年シーズンには全車B寝台の寝台急行として大阪〜妙高高原間に設定されており、「銀嶺」の名が国鉄末期まで残った珍しい例でもあります。山陰・山陽地方の「○○銀嶺」急行 三井野原銀嶺 三井野原〜広島・小郡方面快速 三井野原銀嶺 三井野原〜福山・広島・小郡方面急行 伯耆銀嶺 米子→岡山急行 九州銀嶺 熊本・博多〜米子方面急行 山陰銀嶺 下関〜米子「三井野原銀嶺」は、木次線の三井野原へスキー客を送り込む列車。三井野原から備後落合を経て広島方面へ向かう列車のほか、福山、小郡方面まで足を延ばす設定も見られ、山陽側の複数都市からスキー場へアクセスできるよう組まれていました。また「九州銀嶺」は、その名の通り九州と山陰を結ぶ長距離のスキー列車。米子から熊本まで走る列車などもあり、現在の感覚からすると、スキー臨でここまで走るのか……という距離です。東北地方の「○○銀嶺」快速 ひたち銀嶺 水戸〜猪苗代 磐越東線・磐越西線普通 猪苗代銀嶺 佐貫〜猪苗代水戸・常磐線方面から磐越東線を横断して猪苗代へ向かうスキー列車です。このあたりは「銀嶺」という名称のなかでも少し異色。上野から幹線をそのまま北上するのではなく、常磐方面から磐越東線・磐越西線をたどって猪苗代へ向かう列車設定は、今見るとなかなか面白いものがあります。北海道の「○○銀嶺」普通 ニセコ銀嶺 ニセコ〜江別急行 富良野銀嶺 札幌〜富良野 根室本線方面急行 北の峰銀嶺 札幌〜富良野 根室本線方面普通 上志文銀嶺 札幌〜上志文普通 いぶり銀嶺 室蘭〜喜茂別 胆振線快速 糠平銀嶺 糠平→帯広 士幌線北海道では、札幌を中心に各スキーエリアへ向かう列車が目立ちます。ニセコ、富良野、上志文、そして胆振線の喜茂別と、目的地も実に北海道らしい。そのなかで個人的にピックアップしたいのが、士幌線の「糠平銀嶺」です。1972年3月号の時刻表では、糠平から帯広へ向かう快速列車として掲載されています。いまや士幌線そのものがありませんし、「糠平銀嶺」という語感も素晴らしい。個人的には、レア銀嶺認定です。 交通公社の時刻表 1972年3月号より1980年代にも残っていた「白馬銀嶺」「銀嶺」という列車名は1970年代でほぼ姿を消したのかと思いきや、時刻表をめくっていると、1980年代にもひょっこり出てきます。1984年1月号で見つけたのが、急行 白馬銀嶺 金沢〜信濃大町 大糸線方面です。金沢から北陸本線、糸魚川を経て大糸線へ入り、信濃大町へ向かうスキー列車。この時代なら、もう「白馬スキー」あたりでよさそうなものですが、あえて「白馬銀嶺」。白馬スキーってつけなかったんですね。。。 「銀嶺」から「スキー」へこうして並べてみると、「銀嶺」という名前は単なる列車愛称というより、かつて「冬の臨時列車ですよ」と利用者に知らせる一種の共通語だったようにも見えます。「あさま銀嶺」「ざおう銀嶺」のように既存列車名と組み合わせるもの、「石打銀嶺」「小出銀嶺」のように目的地をそのまま冠するもの。そして「九州銀嶺」のように出発地域を名乗るものまで、命名方法はさまざまです。ただ、1970年代になると「石打スキー」「小出スキー」「ざおうスキー」といった、何のための列車なのか一目瞭然の名称が増えていきます。「銀嶺」という少し文学的な呼び方から、「スキー」という目的そのものを前面に出した名称へ。時刻表を年代順に眺めていると、そんな列車名の変化も見えてくるんですよね。もっとも、「白馬銀嶺」「なにわ銀嶺」のように1980年代まで残った例もあるので、きれいに線を引ける話でもありません。その微妙な重なり具合も含めて、次回は1970年代から1980年代にかけて増えていった「○○スキー」という列車名を追ってみたいと思います。そして、その先に待っているのが「シュプール号」です。本日は以上です。参考資料・ブログ内時刻表写真の出典日本交通公社「国鉄監修 交通公社の時刻表」1972年3月号、1973年3月号、1974年3月号、1975年1月号、1976年1月号、1976年12月号、1977年2月号、1977年12月号、1978年2月号、1979年2月号、1980年1月号、1984年1月号、1985年1月号弘済出版社「コンパス時刻表」1970年3月号カバー画像Oleksandr PyrohovによるPixabay掲載画像
~【幸】を【手】にする街・幸手市商工会~
軽井沢と草津温泉を結んでいた鉄道路線が1962(昭和37)年に廃止となった草軽電気鉄道一昨年秋に出かけてきた群馬・信州の旅廃線跡散策してきました【吾妻線廃線跡散策の帰りに】上州三原駅の次が嬬恋駅1919(大正6)年開業嬬恋村の玄関口で当時は賑わったそうです駅跡の案内板が【小代駅に向かう途中に石積を発見】橋台跡が残っています鉄道は直流電化で軌間は762㎜(ナロー)でした【小代駅付近の線路跡】鉄道廃止後は線路敷を代替バスが走っていたようでバス停跡もこのあたりでしょうか【吾妻駅跡付近です】代替バスのバス停らしきものが~山岳地帯を通る登山鉄道でしたがトンネルはなく、カーブとスイッチバックで建設費用を抑えたとか…そのため所要時間もかかったようです次回も廃線跡散策を~