
20MAY.
旅するヨーロッパ No.44
リタ・バーマンの「リタの塗り絵ブック 旅するヨーロッパ」を塗りました。No.44コーリン 鉛筆 775六角 72色 紙箱入り 色鉛筆 775-72Shuttle Art 色鉛筆 60色セット パステル カラーペン水性ペンを使用(5月3日完成)オランダのページです。特に何も考えずに好きな色を散りばめて塗っていきました。一応、花の部分はパープル系で統一して、風船はピンク色、水色、グリーン、黄色を使って組み合わせて塗りました。夜に塗ったので良いアイデアが浮かばなくて、背景も何もしなかったので少し寂しい雰囲気になってしまいました。たまにはこんな時もあるかなということで・・・(;^_^A毎日、塗り絵を続けていきたいという気持ちがあるだけで満足です。リタの塗り絵ブック 旅するヨーロッパAmazon(アマゾン)別のショップのリンクを追加・編集シュークリームはカスタード派?生クリーム派?▼本日限定!ブログスタンプ

イングリッシュラベンダー【しほ】
ハロハロ
松田聖子は「赤いスイトピー」で、「煙草の匂いのシャツにそっと寄り添うから」と歌った。リリースされたのは、1982年のことで、僕がまだ小学生の頃の話だ。今では考えられない歌詞かもしれないが、あの当時“煙草の匂い”は大人を感じさせるものだった。曲はたしかユーミンが提供していて、個人的には、あれがアイドルが輝いた時代の一つのピークだったような印象がある。一方、アメリカでは、翌年の1983年にシンディ・ローパーの「ガールズ・ジャスト・ワナ・ハヴ・ファン」がリリースされている。文字通り、女の子たちはただ楽しみたい、という内容の歌で、男の目線を気にしない世界がワッと表に出てきたというところでは、ある意味、革命的な歌であったようにも思う。それから少し経つが、1988年は自分にとってもいろいろと忙しい年だったような気かする。中学2年から3年にかけての事だ。その年の1月に浅香唯の「ビリーブアゲイン」がリリースされている。歌い出しはこんなである。「人は傷つけあい 夢を覚えていくの 天使じゃない」アイドルは下火の時代に入っていたのかもしれないが、よりナチュラルな路線に舵を切っていたようなところがあったのかもしれない。女の子が着たいものを着る、というような感じも出てきていたように思う。2月には日本のガールズ・バンドの代名詞というべき「プリンセスプリンセス」が「19グローイングアップ」をリリースした。「盗み出した 彼にも秘密の 女同士少しヤバイ計画」あるがままを愛する男子には少しうっとおしくも感じられたりするかもしれないのだが、こういうの、女子のあるあるなんじゃないかとも思う。7月には永井真理子が「ロンリィザウルス」をリリースしている。たとえば、激しい自分の一面が表に出てしまった後にやってくる、あの孤独感。ロンリィザウルスというのは、ロンリーと怪獣的なものを掛け合わせた造語なのだろうが、そんなロンリィザウルスに、「ハロー!」と声をかける。アイドルの時代の後に、ガールズ・ポップの時代がやってきたのは、ナチュラルのほかにも、自立といったことが、時代の要請としてあったような気もしている。今思えば、という話なのであるが。話は変わるが、茶道をどう英語に訳すか、ということについてである。検索すると、「Japanese tea ceremony」と「The way of tea」という二つの言葉が出てくる。セレモニーは儀式という意味があるから、茶道を外から見ている欧米人の目のようなものを感じてしまう。ザウェイオブティーというと、その道に入ってしまったガチの人が使う、格式高めの言い方のような感じもする。それで、これら両極端の、その間はないのか?ということなのである。ティースタイルというと、やり方だけでなく、生き方も少し茶道に沿わせている感じが出てくるのではないか。だけどこれだと、個人の域を出ないのかもしれない。主義や思想を意味するイズムをくっつけて、ティーイズムと言ってみると、その考え方が社会に与えている影響までもを想像することができるのかもしれない。なにか偉そうに語っているように思われるかもしれないが、ほぼテレビの「放送大学」でやっていたことである。岡倉天心が「茶の本」をアメリカで出したのは、1906年のことであるらしい。明治時代の、日露戦争のすぐ後くらいのことであろうから、世界的に日本への関心が高まっていたのだろうかと想像している。訳の方から少し抜粋する。「日本が長い間世界から孤立していたのは、自省をする一助となって茶道の発達に好都合であった。」「茶道の影響は貴人の優雅な閨房(けいぼう)にも、下賤の者の住み家にも生き渡ってきた。わが田夫は花を生けることを知り、わが野人も山水を愛でるに至った。」日本が長い間世界から孤立していたというのは、江戸時代の鎖国のことを言っているのだろう。茶道は主に、安土桃山時代以降、武家社会の男性たちの間で行われてきたイメージがある。それが明治以降、女性が学ぶ教養の一つとなったということらしい。戦国武将の間でこれが流行ったのは、政治的な利用もあったにせよ、乱れた心を静めたり、いつ何が起こるかわからないことからくる精神的なストレスを和らげたりしたい、そういうニーズが大きかったからではないかと想像している。最後に。「ガールズ・ジャスト・ワナ・ハヴ・ファン」のミュージックビデオに出てくる母親役は、シンディ・ローパーの実の母親であるらしい。まだ売り出し中で、そういうところにかけるお金がなかったからだろう。シンディの母は、この時、関係者に手料理を振る舞ったという。今日もご訪問いただき、ありがとうございます。

流れが変わって来た?