
28APR.
さよならカップヌードル
11月4日から、中南米縦断〜南極旅をスタートしました!今回も飛行機は使わず、陸路で国境越えをしながら女性1人で、メキシコからゴールの南極を目指していきます。Instagramもゆるりゆるりと更新してます↓@balineko_mutter初めてこのブログをご覧になる方へまずは、簡単な自己紹介!あらためまして、まるちゃんです2024年はアフリカ縦断西ルートを達成させました。四年越しのアフリカ縦断スタート!本職のマッサージセラピストとしての思い(長文です)無料は人をダメにする宿に戻ると、スタッフがなんか袋詰めをしてた。お菓子だ。話を聞いてみると、明日グリテリア(Gritería)というカトリックのお祭りがあるんだって。すごく街中が賑やかになるらしく、夜になると子どもたちが色んな家を回ってお菓子や、飲み物をもらいにくると。「へぇ〜、なんかハロウィンみたいだね」と言ったら「本当にそんな感じ!明日もう一泊すれば、その光景が見られるよ」と言われたものの、明日は移動日でグラナダまで進みたいところ。グラナダでも見れるか聞いてみたけど、地域によって違うから分からないと。うーん、気にはなるけど、グラナダで見れる事を期待しよう。キャラメルやキャンディーを詰めている中に、八ツ橋のような見た目のお菓子があった。名前は忘れちゃったけど、cajeta de leche(カヘタ・デ・レチェ)系のニカラグアの伝統菓子のはず。食べさせてもらったけど、キャラメルに似た味で激甘でした。そして、この日の晩御飯はこれ↓日本から頑張ってもってきたカップラーメン。大晦日はこれを食べて年越しをするつもりだったんだけど…私のバックパックにぎゅうぎゅう詰めにされた事で蓋が剥がれだしちゃって、中身もこぼれてきそう(´;ω;`)諦めて、この日食べることにしました。これ以外にもスナック菓子も食べるので、身体に悪い食事なのは間違いなし。気休めにサラダも食べて罪悪感を滅ぼします。中南米縦断33日目。宿で朝食のパンケーキをいただく。9時半あたりにはチェックアウトして、次の目的地グラナダへと向かいます。バスターミナル周辺の人混み、やばし。貴重品が入ったサブバックを抱きしめながら、マナグア行きのバスを発見。グラナダに直で行けるバスはなく(あるのかもしれないけど、多分高い)首都のマナグアに一度行って、そこで乗り換えてグラナダに行くのが王道ルートかと思われます。マナグアまでは50コルドバ(約217円)窓から時折のどかな景色を眺めながら、うたたね(。-ω-)zzz3時間ほどでマナグアに到着。しかし、この近くにグラナダに行けるバスがあるワケではなく、10kmほど離れたところに別のバスターミナルがあると(GoogleMAPで検索するなら、Terminal de buses Managua-Granada)地元民に聞きまわりながら、タクシーで行けと勧められるけど、そこは頑なに拒否して歩く私。途中でバスターミナル方向にまっすぐに進みそうなローカルバスを発見!(3コルドバ)偶然にも、そこにはさっきのバスに一緒に乗っていたイタリア人もいたの。彼もグラナダに向かっていて、さらにはスペイン語も話せる!彼が運転手さんに、グラナダ行きのバスが捕まる場所に降ろしてもらえるように頼んでくれて、私もそれに便乗していきます。おかげでスムーズに乗り換えができました。ただ、グラナダ行きのバスに乗れたはいいものの、荷物代として2名分の料金を請求された事は気に食わなかったけど。37コルドバ✕2名分で、74コルドバ支払う事に。バックパックを無理やりでも、バスの中に持っていけばよかったわー、悔しい!!バスの向かいに座っている女性の、クセ強めTシャツが気になる。Save Water Drink Tequila(笑)私、ほとんどお酒飲まないけど欲しい!どこで売ってるか聞けば良かった…1時間半でグラナダに到着。今日泊まるのは『Deakachimba Hostel』女性ドミトリーで1泊9USD。エアコンはないけど、強力な扇風機が1個ずつ設置してあるので問題なし。ロッカーがあるのも地道に嬉しい。貴重品を持ち歩いて外出したくないからさ。トイレ・シャワーも3つあるから、混む心配もなし。キッチンも一通り揃っているので、今日も自炊しまーす。とりあえず1泊の予約だけど、宿のスタッフにはグラナダで何かするか聞かれ、ノープランの私。宿でもツアーは紹介してくれるようで(後に書いてある)とりあえず街の様子を見て延泊するか決めるとするか。

どうしてくれようSFC、世界一周のついで作戦は成り立たず・・

中南米旅始まり!!メキシコシティまでほぼ24時間の移動の末に肝ヒヤ...
《東京ラテンダンス観察 #03 —— 月に二度、午後に開くエスパスのラテン》
ラテンダンスの基礎を学ぶ段階では、試されるのは記憶力だ。 コンビネーションを踊れるようになると、次に問われるのは音楽理解になる。 だが、すべてのステップが解体され、「どう踊ってもいい」空間に身を置いたとき、ようやく気づく。 ダンス技術よりも重要なものがある。 それは、エネルギーだ。 ダンスホールエスパスのラテンは、月に二度だけ、午後に開く。 13時から16時まで。 昼の光の中で、ラテンが始まる。 この高頻度でランダムな場では、テクニックは少しずつ希釈されていく。 最後に残るのは、誤魔化しの効かない生命力だけだ。 3500円の入場料で始まる、3時間以上の熱。 大御所に「巡礼」するよりも、息つく間もないトライアルに身を置く方が、私は好きだ。 一曲500円の実戦は、自主練習へのいちばん正直な答えになる。 それでも足りなければ、ラストに 一曲400円で燃え尽きる。 一万円あれば、迷いなく、潔く遊び切れる。 この高揚感は、どんなレッスンよりも、ずっと直接的だ。 客層は、私より年上の女性たちが中心だ。身体はもう若い頃のようには動かない。けれど、そのぶん遠慮もない。 相手をするのは、学連の若い男の子たち。 力があって、情熱があって、決して手を抜かない。 慣れで踊ることを覚えてしまった人とは、どこか違う。 中高年のラテンは、とてもリアルだ。 私が「閉経少女」と呼んでいる状態に、どこか似ている。 身体のラインは、もう若い頃のようには締まらない。 むしろ、少しずつ緩んでいく。 だが、誰かに見せるためでも、証明するためでもなく、ただ自分のために燃えるエネルギーは、むしろ純度を増していく。 人を没入させるのは、極限まで整えられた技術ではない。 歳月が身体に刻まれたあとでも、なお踊ることを選ぶ—— その瞬間だ。 できないことや、理解しきれない音楽は、とりあえず折りたたんで、ダンスシューズの中にしまっておく。 それでもたのしいから、ルンバを一歩、また一歩と進めていく。 音楽には終わりがある。 パフォーマンスは完璧でなくていい。 教え教わる関係も、いつかは終わる。 それでも、踊りたいという気持ちは、消えない。 老いへと向かうその途中で、自分自身を起点にして——ラテンを、今この瞬間に起こしていく。 ラテンを踊る人たちは、年齢で分かれているわけじゃない。 ただ、気がつくと、それぞれ違う場所に立っている。 🌼若くて、上手くて、速い子たちは、学連や競技のフロアにいる。音も、スピードも、すべてが前に進んでいる場所だ。 🌸三、四十代になると、少し呼吸が変わる。仕事や生活を抱えながら、それでも踊り続ける人たちは、サークルに集まっていく。 🌹さらに年齢を重ねた女性たちは、ダンスホールや教室のフリーダンスで、自分のリズムを持ち始める。 誰に合わせるでもなく、自分の時間で踊っている。 🌷そしてもっと先には、長く続いてきた街のダンスパーティーで、静かに踊り続ける人たちがいる。 でも、これはきれいな線じゃない。 行き来している人もいるし、その日の気分で、立つ場所を変える人もいる。 ただ一つだけ、はっきりしている。 場所は変わる。 相手も変わる。 でも、 踊りたいという衝動だけは、 どこにも逃げていかない。 水曜午後の私の練習時間に五月から 週毎に若い子が場を回す。 当然、組んで踊らせないよ! 触れない。 それでも、確かに連れていかれる。 ——それが、 学連SA級!「先生たち」の踊りだ。