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  1. 、リプロ1回目採卵体外受精)5日目4ABの卵ちゃん。着床の窓の検査結果踏まえ、+1日で移植。移植前オプションは、G-CSF実施済み。2019年6月 凍結時 ふたつのうちいずれか移植当日朝。融解直後のまだ水分が抜けてる状態13:00頃水分を吸って戻ってきた状態凍結前と同じ4ABに戻ってるとのこと。下部にアシステットハッチングをして少しだけ孵化しかけてますこれでもうひと安心Mさん曰く、今日の診察はものすごい混んでて、移植も押していて13時回ってもまだ始まってないとのこと。私の移植の順番も後半の方だったので、かなり待つことを覚悟しました。なので、思う存分ベッドで寛がせていただきました〜さっき買った雑誌を読みながら、寒くて固まった身体をほぐそうとストレッチ。結局、ベッドでは移植の順番来るまでに1時間待ったので、後半は寝てましたちなみに、使い捨てスリッパじゃなく、普通のスリッパに変わってました!!採卵時は前夜に術着だけど、移植時はブラとキャミは着ててOK。靴下もOKなのもいつもありがたいです。そして呼ばれてドキドキしてオペ室に入ると…U先生でした内診で何度か当たったことあるけど、処置では初めて。心配はご無用でした。余計なことはなにも喋らないけど、的確に知りたいことは全部伝えてくれます。今はこっちの画面見て、とか、ここに卵入るからね、とか、超音波入るよ、とか、子宮の入り口通る時だけちょっとチクッとするよ、とか、全部教えてくれるので安心でした。前回のD先生の移植の時は、号泣していたので覚えてないところもあるんですが、今回は冷静に色々見れました。1回目の移植の記事いい夫婦の日にリプロ初移植今回、右側の画面に映った卵は、孵化して雪だるまのような形で、透き通っていて綺麗でした。この写真は撮れないので、脳みそに焼き付けました。前回の時より綺麗だったような気もします。そして最後に、子宮の中に入って白くキランと光るのを確認して、ラボの方がカテーテルに卵が残ってないか確認して、終わりです。お会計は20分くらい待ちました。リプロを出て、地元の方の駅で夫とパスタ。移植終わってほっとしたのもあって食欲が倍増なんとパスタLサイズにして1人でペロリとそしてめっちゃ余談ですが、移植待ち用に買った雑誌はコレめちゃくちゃ面白かったんですけど人体とか人類の進化とか宇宙とかそういうの好きです判定日までまだまだ長いですが、ニュートラルで過ごせるかな〜

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    リプロ2回目の移植してきました!!
  2. く、タイミングを見ルトラールとプレマリン内服してまた妊娠したい、とここ1ヵ月でだいぶ前向きになってきたところだったのです。内診で子宮はきれいになっていると言われました。ただ、卵巣はまだ狂ってるから来週見せて欲しいとのことでした。そこは想定内なので問題ありませんでした。問題は染色体検査です。とても珍しいそうですが、全ての染色体が普通の倍ある四倍体染色体というやつらしいです。難しくてあまりわからなかったのですが、卵子の中に1つ入るはずの精子が複数入ってしまったから、と言われたような気がするのですが、それって一卵性双生児なのでは?よくわからないです。普通は父母からそれぞれ23本の染色体を受け継ぎ、46本のはずのそれが92本。明らかに染色体異常です。よく着床したなっていうぐらいのやつらしいです。四倍体染色体自体はまぁまぁあるそうですが、全て四倍体染色体になることは珍しく、ところどころということが多いそうです。私と同じように全てが四倍体染色体の方もたまにおられるそうですが、そういった方はもともと体外受精をされていて、流産して調べたらそうだったことが多く、私のような自然?妊娠でこれはあまり見たことないと。困りました。①もしかしたら我々夫婦がそうなりやすい体質なのかもしれない②たまたま四倍体染色体になった③今回双子なので、2人分の染色体を調べてしまったのどれからしいですが、③は楽観的すぎるそうです。②だといいのですが。。。①だったらどうなるんでしょう。また流産するんでしょうか。重度の障害を持った子が生まれるんでしょうか。。。もう流産は嫌です。回避する方法としては、体外受精らしいです。1つの卵に1つの精子しか入れないで培養し、異常分割の卵は体内に戻さないのでリスク回避はできるそうです。顕微受精というやつですね。ただ顕微受精はとてもお金がかかります。そこまでして子どもが欲しいのか、そこまでして出産できなかったらどうしよう、そんなことばかり考えてしまいます。四倍体染色体のことについて調べてもあまり出てこないのでどうしたらいいのかわかりません。自然妊娠からの1回目の流産で染色体検査する人は少なそうだから、調べていないからわからないだけで意外と普通にいたりしないかなーとか思ってしまいますこれからどうするのがいいのか、わかりません。先生も、タイミングでも少しお休みしても体外受精でもどれがいいとは言えないぐらいわからない、と言われましたどうしたらいいかわからなさすぎてこの1ヵ月あったことを今日まで一気に書いてしまいました。明日以降は特にネタもないので書くこともないのですが悩んで過ごしていると思います

  3. 。前回のブログで母不妊治療の話をしたらパニックになってしまったことを綴りましたが義母の反応は真逆でした。元々6年も付き合っていて、私達が暮らしていた所から夫の実家まで車で30分で行ける距離なのに、結婚が決まるまで義母には会わせてもらえませんでした。私は何度もご挨拶したいと夫に話していたのですが、「別に良くない?」と会わせてもらえなかったので理由①夫は私と結婚する気がないのか理由②義母がとんでもなく厳しい方で、トラブルになるのを危惧して会わせないのか等と不安を抱えていましたが、いざ結婚のご挨拶で初対面すると義母「もふ子ちゃんでしょ。○○(夫)からいつも話は聞いてたのよ。やっと会えて嬉しいわ〜」とても明るい方でした。夫がこんな性格なのでご家族も気難しい方なのではと勝手に予想していましたが、そんなことは全くなく、とても素敵なお義母さんでした。義母「ずっとずっと女の子が欲しかったのにできなくて、だからもふ子ちゃんがきてくれて、娘ができたみたいで嬉しいわ」とても私を大事にしてくれ、義母もこの時介護の仕事をしていたので私の仕事に理解があり、相談にも乗ってくれていました。義母「○○(夫)はどうでも良いから、もふ子ちゃんだけ遊びにきてね。」と言うので(笑)私一人で遊びに行くことも多いです。毎回話が逸れて申し訳ないですが夫と暮らす時、私は1つだけわがままを言いました。(保護猫を引き取って飼いたい)小さい頃から猫が大好きだったので、外で過酷な暮らしをしている猫や、捨てられた猫を引き取って、家族の一員として暮らしたいとずっと夢見ていました。夫は理解してくれ、結婚当初は都心よりのお互い1時間くらいで通勤できる、ペット可のマンションで暮らしていました。そして地域の譲渡会に行き、近くの保護猫カフェにも行きましたその時、夫が店内入店前から目が真っ赤で、咳もでました。私「猫アレルギーがあるんじゃない?」夫「大丈夫だよ」私「一度アレルギー検査をしたほうがいいって!」夫「そこまでしなくて大丈夫だよ」このやり取りを半年程続け、ようやくアレルギー検査をした所、基準値を何百倍も超える重度の猫アレルギーが発覚。(命に関わるレベルとのこと)大丈夫大丈夫と言われ続けていたので、ペット可のマンション(少し割高)に引っ越したし、毎日保護猫サイトで猫の様子も見ていたし、猫のグッズもすでに揃えていて、どの位置にキャットタワーを取り付けようかとすでに計画していた時のこの結果で私は、ものすごく落ち込み、怒りながら泣き私「だから早く検査してって言ったじゃん!最初から無理って言われてたら諦めもついていたのに、大丈夫大丈夫って言われて期待させといて、やっぱりダメでしたって言われた時の私の気持ち、わかる?」この時、夫は精神的に病んで休職中、アトピーは悪化し、夜中に掻きむしってしまい、寝具、バスタオルは血だらけ。私が世帯主となって働いており、その上セックスレス、子どものことも未定、さらに猫も飼えないと、気づかぬ間に溜め込んでいたものがドバーっと崩壊し、本当に怒りながら泣きました。猫が飼えないことがわかったので、マンションも1年で退去し(2年で2回の引っ越しし、お金もかなりかかった)前に2人が暮らしていた今の職場に近い地域に戻ります。義母はその経緯を知っており、それまで犬派だったのに、なんと、その後、保護猫を引き取って飼い始めます。なんで急に飼いだしたかは話してくれませんが、多分私の為に引き取ってくれたのだと思います。その1年後にもう1匹保護猫を引き取り、今では2匹の猫の飼い主でもありますなので夫は義母の家に長居できません(猫が暴れなければ平気)ここからやっと義母と妊活話です。義母の素敵なところは、私達夫婦のことに何の干渉もしないところです。子どものことを何か聞かれることも一度もありませんでした。だから逆に話しやすかったのかもしれません。一人で遊びに行くことも増えたので、義母に不妊治療していることを打ち明けることにしました。不妊治療をしていること。男性不妊顕微授精でしか子どもは難しいと言われたこと。私「卵管造影検査って言って、卵管がきちんと通っているか検査したんですけど、それが痛くて‥」義母「卵管造影検査!!あんなに辛い思いをもふ子ちゃんもしたなんて‥‥」なんと、義母も不妊治療経験者でした。義母は20代前半で結婚し、すぐに自然妊娠します。しかし、妊娠8ヶ月の頃、検診でお腹の赤ちゃんの心臓が止まっていることがわかります。そのまま入院となり、薬で陣痛を促進させ、出産と同じように赤ちゃんを産みます。だけど、赤ちゃんは息をしていない。義母は(思い出すと辛い)という理由で赤ちゃんの顔は見なかったそうです。この時父親は出張中で側にいられず。出産を終えた義母は、多床室で産まれたばかりの赤ちゃんと過ごすママさんたちと同じ部屋に入院することになります。「赤ちゃんの鳴き声がする度に辛かった。」この経緯を聞いて、堪えきれず、義母の目の前で号泣しました。でもその話を今は笑って話す義母。辛い過去を乗り越えて強いです。その後、不妊治療を続けて8年程は子どもを授からなかったそうです。(原因は不明ですが、父親の検査は何もしなかったそう。)諦めていた頃に自然妊娠。それが私の夫です。その2年後に自然妊娠で男の子(夫の弟)を出産しますが、のちに障害があることが判明し私は会ったことがありませんが、意志の疎通もとれず、話すこともできず、25歳くらいまでは義母が家でみていましたが、今は障がい者施設に入居しています。障がいを持っているお子さんがいる家庭でよく聞く話ですが、父親はその事実を受け止めることができず、離婚してしまうことが多いと。義母の夫もそうでした。他に女を作って出て行ってしまいます。両親の離婚は子どもにも影響します。夫が中学生くらいの思春期真っ盛りの時期での離婚で夫も荒れたそうです。そんな苦労をされて、義母は強くなったのだと思います。義母「不妊治療で辛い思いをするのは女だから。痛い思いもしなきゃいけないし、結果がついてくるかもわからない。でも、私は誰よりのもふ子ちゃんの味方だからね。いつでも頼ってね。」義母の優しさで心がジーンとしました。義母の前で夫の精子の話をするのは何だかシュールですが治療経験者ということもあって理解もあり、わからない用語等は質問してくれるので、私もとても頼っています。話が追いついていませんが、私の採卵日も半日入院だったので、義母はいつでも迎えに行けるようにと仕事を休んでくれていたり、受精卵が胚盤胞になった時も、写真を送ったのですが、泣いて喜んでくれました。私は義母のことを本当のお母さんだと思っているので普段の呼び方は「お母さん」にしていますそんな義母、去年の誕生日ディナーの時に義母「今、この方と同居しています。」と私達に急に名刺を渡してきました。急な展開で話が理解できない2人。なんと、新しい恋人ができたようで、同居しているとのこと。猫も大好きで可愛がってくれているとのことすごく嬉しかったです大好きなお義母さんが幸せになって嬉しい夫も驚いていましたが、とても喜んでいました。そんな義母にいつか私達の赤ちゃんを抱っこしてもらいたい。切に願います

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