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  1. PGT-Aをすべき夫婦染色体検査で異常なし● 服用中のサプリカルニチン →処方薬へ変更すべき葉酸 →継続すべき*以下、エビデンス不十分ビタミンD → 中止して良い亜鉛→ 中止して良いDHA→ 中止して良いシンバイオティクス→ 中止して良いプロバイオティクスiii→ 中止して良いラクとフローラシナジー→ 中止して良い漢方 (衛益顆粒、冠元顆粒、婦宝当帰)→ 3つとも中止して良い PGT-Aの検討“3.PGT-Aの判断:次回の移植で結果が出なかった場合、PGT-Aへ踏み切るべきでしょうか?先生の基準を教えてください。お忙しい中恐縮ですが、ご回答いただけますと幸いです。“良好胚に育てる事を優先するご質問者様の場合は、妊娠の維持が難しい原因と、着床率が低い原因は、現在のところは、考えられる要因は割と明確だと思います。現在のところは、ホルモン補充周期は適していて、標準以上の胚盤胞に育っているのに、染色体の異数体が多いという事ではないと思います。陰性の主な要因① 胚の形態(評価)があまり良くない②移植周期の内容が標準ではない→ ホルモン補充が少ない→ 不育症検査していない状態で、バイアスピリンを使っている考えられる主な要因は、この2つです。胚の状態と移植の治療内容、この2つの要因は、妊娠率に影響するという、エビデンスがあります。夫婦染色体検査に異常なしまた、PGT-Aが、現在は優先されない理由は、割と明確な要因がある事のほか、夫婦染色体検査で異常がない為です。つまり、逆に言えば、夫婦染色体検査に異常があるか、もしくは、良好胚を適切な移植の治療下で、複数回移植して陰性が続く、ならば、一般的にPGT-Aを考慮しても良いと言われています。PGT-Aを推奨する条件ただ、当院としては、PGT-Aをおすすめする状況は、夫婦染色体検査で、何か異常があった時になります。これは、ESHREの見解と同じです。*ESHRE:欧州ヒト医学会( 世界で1番大きな生殖医学会 )異数体を減らすPGT-Aを考えていらっしゃる理由が、異数体の頻度を減らして、着床しない状況の改善や、流産・化学流産の確率を下げるという事だと思います。異数体とは、2本で正常なところ、染色体の数が1本少ない(モノソミー)染色体の数が1本多い(トリソミー)を指します。異数体の受精卵は、着床が難しく、着床してもほとんどが流産します。異数体が増える原因・要素ただ、今の状況では、異数体かどうか調べる事よりも、まず良好胚を育てる事の方が優先されます。異数体の頻度が増える要素は、いくつかあります。● ご年齢の上昇● 夫婦染色体異常がある(転座など)● 胚盤胞の形態が不良それぞれの項目ご質問者様は、ご年齢が34歳ですね。34歳の場合、良好胚に育てば、異数体の頻度は2割ほどと言われています。そのため、異数体か正倍数体かを、調べて正倍数体を移植するよりも、良好胚に育てることの方が、一般的に、近道なご年齢です。また、PGT-Aは、胚にはある程度ダメージがあります。利益と不利益を天秤に胚によっては、PGT-Aをする前よりも、PGT-Aで細胞をとった後の方が、妊娠率は低下の幅が割とあると言われています。つまり、PGT-Aで、受精卵の細胞を少し採取した為に、妊娠出産のチャンスを逃す割合が、一定数あるということです。しかし、それでも、染色体異常がある場合は、妊娠率の低下の不利益よりも、異数体を避けるという利益が上回るということです。ご質問者様の場合つまり、夫婦染色体検査で、異常があって、異数体の発生率が高い方は、利益の方が大きい、と考えて良いでしょう。しかし、ご質問者様には、夫婦染色体に異常がないです。さらに、胚盤胞の評価があまり良くない上に、PGT-Aをすれば、妊娠率は低下するどころか、胚が崩壊することもあります。異数体ばかりだとすればご質問者様の胚が、もしも、異数体が多くて、あまり着床しない、化学流産になってしまったとすれば、それはご年齢の上昇や、夫婦染色体異常のせいではなく、残念ながら、「胚盤胞の形態が良くないから」という事になります。ただ、ご年齢は戻りませんし、生まれ持った夫婦染色体は、変えられませんが、質の良い胚を目指す事は可能です。TEの細胞とPGT-Aまた仮に、ご質問者様に、夫婦染色体異常があっても、TEがC評価だと、PGT-Aは実施で見ません。つまり、PGT-Aの実施の為であっても、TEがB以上の胚盤胞を、育てることを目指すという事になります。ただし、ご質問者様の場合は、「PGT-Aを受ける為に良好胚を育てる」というのでは、本来の目的とはズレると思います。長くなってしまったので、次回にお書きします。質問はこちらからも受付中お気軽にお送りください。haibaiyoshi@gmail.com回答:院長 岩城雅範文・イラスト:理事 岩城桃子🎀今日も皆様のお力になれますように🎀オンライン処方のお申し込みはこちらオンライン処方の申し込み皆様にご案内となります。オンライン処方は、あくまで決まったお薬のみのご処方となっております。遠方の方向けに、手に入りにくいお薬やサプリメントを代わりに処方、発送するというものです。通院中の病院に取り扱いがなかったり、担当医師に希望を言いづらwww.iwaki-sanfujinka-blog.com市区町村までの住所など省略された入力は、処方が出来ない場合があります。2回目以降もこのフォームからのご利用をお願いします。問診票は順次新しくなるため、古いものは使えません。wordpress@iwaki-sanfujinka-blog.comよりメールが届きますので受信設定で迷惑フィルターの解除をお願いします。※送信専用のメールアドレスです。受信はできません。ブログ、コメントなどで、当院がお答えする内容は、あくまでもお話をいただいた情報に基づいた一般的な見解をお示しするもので、実際の診察(セカンドオピニンオンを含む)ではありません。直接医師と対面しての診察、検査を行なっていないため、お伝えした内容の正確性を保障するものでは全くありませんので、予めこの点を十分ご理解ください。当院の医師の診察(セカンドオピニオン含む)をご希望の方は、恐れ入りますが電話やメール等での診察は行っておりませんので、ご来院をお願いいたします。また、当院でのオンライン処方をご利用の方も含め、メールやメッセージで直接のご相談をいただいた場合、当ブログ等(※1)でご回答が可能な範囲の内容は、当ブログ等(※1)で取り扱わせていただくことがあります。メールやメッセージ等でご質問やご相談をお送りいただいた場合、当ブログ等(※1)への掲載につきご了承をいただいたものとさせていただきますのでご了承ください。上記の通り当ブログ等にて回答をさせていただく以外は、個別のメールやメッセージでのご相談に応じることはできかねますので、予めご了承ください。(メールやメッセージでご相談をいただいても個別のご相談に対してメールやメッセージでの回答は行っておりませんのでご注意ください。)(※1)「当ブログ等」とは、当ブログ(アメブロ)のほか、当院が管理・運営する各種SNS(Instagram,X(旧Twitter),Youtubeなど)を含みます。当ブログでの掲載に限らず、頂戴した質問やご相談は、当院の判断で各種SNSにもご質問とその回答を掲載させていただく場合がありますので、ご了承の上、ご相談、ご連絡ください。✽.。.:*・゚✽.。.:*・゚✽.。.:*・゚✽.。.:*・゚✽.。.:*・゚当ブログの内容には細心の注意を払っておりますが、当ブログの内容はあくまでも投稿時点における研究発表の内容や、医療水準に基づいて記載しているものであり、内容について将来にわたりその正当性を保障するものではありません。当ブログの内容の利用はブログをご覧になられる皆様の責任と判断に基づいて行って下さいますようお願い申し上げます。上記利用に伴い生じた結果につきまして、当院はその一切の責任を負いかねますので、予めご了承下さい。実際に、お身体のことで、ご体調などについてのお悩み、お困りのことなどございましたら、必ず、専門の医療機関を受診の上、医師の診察を受けていただきますようお願い申し上げます。✽+†+✽――✽+†+✽――✽+†+✽――当ブログの内容、テキスト、画像等にかかる著作権等の権利は、すべて当院に帰属します。当ブログのテキスト、画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。✽+†+✽――✽+†+✽――✽+†+✽――医療法人社団 岩城産婦人科北海道苫小牧市緑町1-21-10144-38-3800

    【34歳 & 47歳の夫婦】PGT-Aを受ける?(ぽて様)
  2. 。新婚のリビングで体外受精の説明映像を並んで見る。想像していた結婚生活とは、少し違う光景でした。でも私は、現実を共有したかった。私だけが焦っている状態から、抜け出したかった。何度も話してそこからまた、何回も話しました。感情的になった日もあったし、静かに説明した日もあった。「せめて話を聞くだけでも、一緒に来てほしい」そう伝えたとき、夫はようやく頷きました。数週間。私にとっては長い数週間でした。でも結果的に、夫は私の意向に付き合う形で、クリニックに来てくれることになりました。——————————————あの頃の私たち今振り返ると、私は必死でした。夫を説得したというより、時間と戦っていました。夫は未来を想像していた。私は“今”と戦っていた。同じ子どもを望んでいるはずなのに、立っている場所が違っていました。ふたりで診察室へ数週間後、私たちは一緒にクリニックへ向かいました。診察室で、院長先生と向き合う。あの日、私ひとりで聞いた言葉を、今度は夫と並んで聞くことになりました。「AMH 0.12」「卵巣年齢は55歳相当」そして、はっきりと言われました。「年齢とこのAMHの数値だと、自然妊娠の確率は1%ほどです。かなり難しいです」1%。その数字は、前回よりもずっと具体的でした。ほぼゼロに近い、という意味だと誰でもわかる数字。でも同時に、ゼロではない、という数字。いま、始めたほうがいい「体外受精をすれば、妊娠の確率は上がります」「今すぐスタートしたほうがいいでしょう」先生は淡々と説明しました。スケジュール。採卵。ホルモン注射。受精。移植。私は横目で、夫の表情を見ていました。きっと、現実味がなかったはずです。つい最近まで、自然に任せるつもりだったのだから。——————————————夫の検査そしてその日、夫も検査を受けてくれました。あれだけ「自然でいい」と言っていた人が、病院の検査室に入っていく。それだけで、私は少しだけ救われた気がしました。賛成ではないかもしれない。でも、逃げなかった。一緒にこの場所に立ってくれた。そのことが、何より大きかったのかもしれません。結婚してから気づいたこと結婚してしばらく経ってから、気づいたことがあります。私は、一度決めたら曲げない。そして、決めたらすぐ動く。考えるより先に、行動するタイプ。不妊クリニックを黙って予約したのも、きっとその延長線上にありました。一方で夫は、すぐに強く主張するタイプではありません。またこだわりがあましありません。強く言えば私の意見を尊重してくれる部分はある。だから生活は、成り立っているのだと思います。もしお互いに強くぶつかるタイプだったら、あのとき壊れていたかもしれない。協力しようとしてくれる人で、よかった。本当にそう思います。でも、伝えなければわからないただ、尊重してくれることと、察してくれることは違いました。私は言わなくても伝わると思ってしまう。でも、言わなければわからない。不妊治療のときも、産後も。私は何度も「どうしてわかってくれないの」と思ったけれど、実はちゃんと伝えていなかったのかもしれません。産後は、想像以上に疲弊しました。体もボロボロで、睡眠も削られ、気持ちも不安定。あのときは、よく喧嘩もしました。あんなに一緒にクリニックへ通ったのに。あんなに話し合ったのに。それでも、ぶつかる。夫婦って、一度乗り越えたら終わり、ではないのだと知りました。——————————————最後に不妊治療の道は、決して楽ではありませんでした。でも振り返ると、学んだことがいくつもあります。AMH 0.12、卵巣年齢55歳──その数字を聞いたとき、頭が真っ白になり、心臓がぎゅっと締め付けられるようでした。「あと2年で閉経」という現実も、まだ信じられないものでした。でも、怖いからといって立ち止まることはできませんでした。私は自分で動き、DVDを夫と一緒に見て、何度も話し合いました。夫は最初戸惑っていたけれど、逃げずに検査も受け、私と一緒に歩むことを選んでくれました。時間は待ってくれない。年齢や数字は、自分の意思とは関係なく過ぎていく。だから、怖くても行動することが大切だということ。  そして、夫婦は完璧にわかり合えるわけではない。伝えなければ伝わらないし、何度も話し合わなければ歩幅はそろわない。それでも、一緒に立ち向かおうとしてくれるパートナーがいることは、何より心強い。私は、自分の意思で動き、夫も少しずつ歩み寄ってくれました。そのおかげで、二人で未来に向かって一歩を踏み出せる。不妊治療は大変だけれど、諦めずに声をあげ、行動し、支え合うことで、希望は必ず見えてくる。時間と焦りに押されながらも、「伝えること」と「協力し合うこと」が、私たち夫婦をつなぐ大切なものだと感じています。いま思えば、ここから本当の試練は始まっていたのだと思います。人生は死ぬまで続く。だからこそ、怖くても、迷っても、向き合い続けることに意味がある。あのとき私たちが手を取り合った経験は、数字や現実の厳しさを超えて、二人の絆を深め、これからの人生を支える大きな力になりました。人生の先にはまだ何があるかわからないけれど、私は信じています。恐怖や不安の中でも、勇気を出して一歩を踏み出すことで、希望は生まれるのだと。そしてその希望を、共に歩む人と分かち合えることの幸せを、私はこれからも胸に刻んで生きていきたいと思います。

    不妊治療。夫は反対からのスタート②
  3. のこともあり、すぐ不妊クリニックを受診しました。そこで言われた言葉は、今でも忘れられません。AMH 0.12卵巣年齢 55歳あと2年で閉経する可能性自然妊娠する確率 1%頭が真っ白になりました。そこから、不妊治療が始まりました。採卵11回胚移植4回転院1回腹腔鏡手術できることはすべてやりました。でも、結果はすべて陰性。42歳のとき、私は不妊治療を終える決断をしました。「子どもを持つ人生」は、私にはないのかもしれない。そう思いながら、少しずつその現実を受け入れようとしていました。でも、その1年後。43歳で、自然妊娠しました。自分でも信じられませんでした。———————————————身体検査にて実は私は、子どものころから体があまり丈夫ではありません。小学生のときのたまたま行われた学校の心電図検査で、不整脈が見つかりました。それをきっかけに、専門の病院へ通院することになります。当時はまだ子どもだったので、自分の体が他の人と違うという感覚は、ぼんやりとしかありませんでした。でも、母の少し心配そうな顔や、定期的に病院へ通う日常が、「私はあまり体が強くないのかもしれない」そんな思いを、少しずつ心の中に作っていった気がします。母親からも「あまり無理しないように」などといわれていました。まさかその何十年後に、妊娠という出来事で自分の体とこんなに向き合うことになるとは、そのときは思ってもいませんでした。———————————————通院そこから私は定期検診で病院に通うことになります。検査では、普通に心電図を測るだけでなく、運動をした後の心電図も測り、状態を比較しました。さらに心臓の詳しい検査も受けました。その結果、医師から言われたのは「心臓は少し小さいけれど、特に大きな問題はない」という言葉でした。ただ一つ、付け加えられたのが「疲れやすさはあるかもしれないね」ということ。当時はまだ子どもだったので、その意味を深く理解していたわけではありません。でも、その言葉だけはなぜか今でも覚えています。検査のあと、しばらくの間はドクターストップがかかり、体育の授業は見学になりました。みんなが校庭を走っているのを、私はベンチから見ていました。子どもながらに、「どうして自分だけ?」そんな気持ちを、少しだけ感じていたのを覚えています。このころから、私はなんとなく「自分はあまり体が強くないのかもしれない」そう思うようになりました。母から、こんな話を聞いたことがあります。私のひいおばあさんは、「心臓に穴があいていた」と言われていたそうです。詳しいことは分かりませんが、もしかしたら何か遺伝的なものもあるのだろうか、とふと思うことがあります。とはいえ、私自身の検査では特に大きな異常は見つかりませんでした。普通に生活できていることもあり、小学校高学年になるころには定期検診もなくなりました。それからの私は、むしろ運動を楽しむ子どもでした。好きだったテニスクラブに入ったり、夏休みは水泳に夢中になったり。体が弱いという意識は、そのころにはあまりなくなっていたと思います。中学、高校と部活や学校生活を楽しみながら過ごし、大人になった今も基本的には変わらず生活しています。ただ、人と比べたことはあまりありませんが、もしかすると体力はあまりないのかもしれません。長距離マラソンや山登りは少し苦手で、呼吸がつらくなることがあります。だから無理はせず、自分のペースで体を動かすようにしています。昔からずっと、「自分の体と相談しながら生活する」そんな感覚が、自然と身についていった気がします。———————————————その後小学生のころから、不整脈は変わらずありました。どうやら、私はこういう体質のようです。そして、その体質は30年後の大人になった私にも影響を及ぼします。41歳になったとき、また不整脈が出始めました。きっかけは、毎年受けている健康診断の心電図でした。以前と同じように、医師の勧めで詳しい検査を受けることになりました。久しぶりの病院。当時のことを思い出しながら、自分の体と向き合う時間になりました。小学生のころからずっと異常がなかったので、医師から「異常あり」と言われたときは、驚きました。念のため心電図の結果を見せてもらうと、本来は正常に出るはずの線が、反対側に出ていました。T波に異常が出ていたのです。心筋梗塞や心不全がおこりやすいかもしれない。といわれました。心電図に異常が出たとき、医師からは念のために24時間心臓モニターをつけてチェックすることを勧められました。さらに心臓のエコー検査も行いました。検査の結果は「異常なし」どうやら、これは私の体質としての心電図の特徴であり、健康上の問題はないとのことでした。その後、妊婦健診でも心電図について一応伝えておきましたが、特に指摘はなく、妊娠中も安心して過ごすことができました。こうして、心臓に関する不安を抱えながらも、日常生活や妊娠生活を続けられたことは、私にとって大きな支えになりました。———————————————健康でいることここまで振り返ってみると、私は決して「健康で体力があるタイプ」ではありませんでした。小学生のころには不整脈が見つかり、心臓の検査で通院していた時期もありました。「心臓が少し小さい」「疲れやすいかもしれない」と言われたこともあります。大きな病気ではないと言われていたものの、どこかでずっと「自分はあまり体が強くないのかもしれない」そんな感覚を持ちながら生きてきました。大人になってからも、体力にはあまり自信がありません。長距離マラソンや山登りは苦手で、無理をするとすぐに疲れてしまいます。だからこそ、昔から「無理をしないこと」「自分の体と相談すること」を大切にしてきました。周りと同じペースで頑張るのではなく、自分に合ったペースで生活する。体調が優れないときは休む。できる範囲で体を動かす。そんなふうに、特別なことではないけれど、自分なりに体と向き合いながら日常を過ごしてきました。そして39歳で結婚し、不妊治療を経験しました。思うような結果は出ず、42歳で治療を終えることになりました。もう子どもを持つことはないのかもしれない。そんなふうに考えながら過ごしていた1年後、43歳で自然妊娠しました。もちろん、これは誰にでも起こることではないと思います。医学的なこともありますし、運やタイミングもあるのかもしれません。それでも、体が強いとは言えない私でも、こうして妊娠することができました。そして43歳で自然妊娠することができました。体が弱いと言われた私でも、日常生活を大切にし、体をいたわりながら過ごしてきた結果です。もし、体のことや年齢のことで不安を感じている人がいたら、「こんなケースもあるんだ」と、ほんの少しでも希望として受け取ってもらえたらうれしいです。人の体は本当にそれぞれ違います。だからこそ、周りと比べすぎず、自分の体と向き合いながら過ごしていくことが大切なのかもしれません。これからも私は、今までと同じように、無理をせず、自分の体と相談しながら日々を過ごしていきたいと思っています。

    幼少期からあまり丈夫な身体ではなかった
  4. い何と彼女‼️過去体外受精専門クリニックで看護師をしていたそうなんです実際どうなの!? などを聞いてきました👂注射を失敗してしまった時この1回の注射がどれだけ重要かわかってるの?!って患者さんに大泣きされたそうあ…その気持ち理解できすぎる意外だったのが、採卵・移植の直前に必ず1人1人のミーティングをしてるんだって45歳 採卵20回目 ヨレヨレの長老につき古くモロい卵の取り扱い要注意術後は泥酔 暫く放置すべし!〜わらわのイメージです〜意外に採卵中は看護師さん何もしてないらしいですね。寄り添って肩ポンポンしたり酸素濃度やらを確認するのが仕事なんだって培養は失敗してもわからないとか先生オペ中超怖いとか看護師さんのセンスの話とか注射の痛みの違いについてなど興味深い話が聞けましたそうそう、対応した最高齢は50歳だそうそこのクリニックは 何歳でも断らないんですと聞いていて先生の熱意が伝わってきました必死なのはいつも患者側ばかりなのかなって思ってたけど、先生も必死だそうで きっと患者想いのクリニックなんだろうなーって思いました友達も子供がなかなかできなくて悩んだけど働いてる職場でお股は晒せないって 笑子宮外妊娠もしたけど、なんの検査もせずに自己流タイミングだけで2人出産していますやっぱり、、、年齢かぁ と思いましたね本題の 20回目凍結結果 ですが回収 27個↓未熟 1個、変性 2個↓受精 19個↓凍結 4個グレードは4AB (5日目)4AB (5日目)4BB (6日目)4BB (6日目)とてもとてもありがたい結果ですが27個回収して 4個胚盤胞到達率14.8%…やっぱ低いなぁ👴倍くらい欲しかったネ欲しかったよーーーーーぅ先生は次から移植のつもりみたいですあたしゃ採卵シマスケドね染色体異常に関しては考えないことにしてますなんかね、貯タマを全部移植したらどんな結果であっても納得できそうな気がするんですPGTAしてたら永遠に移植できんもんでね先日、ブロ友の ななうさ さんとおデートしてきました♥なんて若々しくてお綺麗なんでしょう😍初対面でしたが 5時間もしゃべり散らかしてしまいました♪同じ悩みを持つ者同士、実際会ってお話できるのって嬉しいねフルーツがいっぱいのズコット🤤お会計 ¥247.170👻.•*¨*•.¸🐾¸♬.•*¨*•.¸¸♬.•*¨*•.¸🐾¸♬🍭

    20回目 凍結結果 &看護師の友達の話