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  1. んを連れて退院する夫婦や、赤ちゃんの1ヶ月後健診に来ているお母さんがたくさんいるので、ありがたかったです。退院の際、お産に立ち会ってくれた先生、ベテラン助産師さん、若い助産師さんが見送りにきてくれました。全員が口々に私をなぐさめ、励まし、頭を下げます。「お世話になりました。私たちの子を取り上げてくれてありがとうございました」と言って、私と夫も頭を下げました。最後くらいは泣かないつもりだったのにまた泣いてしまう私…。先生たちも涙を浮かべていました。外に出ると太陽がまぶしかったです。先生たちに見送られながらタクシーに乗り、港から定期便で島に帰りました。島の港までは義父が車で迎えにきてくれていました。家に帰ると義母がぴよちゃん用の小さな祭壇を作ってくれていました。ローテーブルに薄い水色のクロスがかけられて、まんなかにぴよちゃんの骨壷が置かれています。骨壷はたくさんのお花に囲まれていました。お線香立てや仏器などの仏具は淡いブルーのもので統一されていて、なんだか男の子らしい祭壇になっていました。「ぴよちゃんただいま!すごいね、にぎやかだねー!」涙をこらえて笑顔で言うことができました。せっかくだから私もお花やおもちゃやお菓子を買ってくればよかったなと思いました。お供えできるものが何もなかったんです。せめて祭壇に何かお供えしたくて、母子手帳を置きました。ぴよちゃんの手形と足形が入った宝物です。「これでよかったかな?ちょっとババくさいかな?みやこちゃんの好きに変えていいからね!」仏具は義母が見立てたものだったらしく、心配そうに言われました。水色のクロスに淡いブルーの仏器はとても素敵でした。義母は趣味でガーデニングやトールペイントやパッチワークをしているのでセンスがいいんです。「とんでもない!すごくかわいいです。ぴよちゃん、よかったねー」小さかったぴよちゃんが、もっともっと小さな骨壷におさまってしまった。とても悲しかったです。だけどそれ以上に、2日ぶりに会えた嬉しさがありました。小さな骨壷をてのひらに乗せてみました。すごく軽くて驚きました…お骨って軽いんですね。赤ちゃんだからなおさらでしょうか?なんだか骨壷さえ愛しくてぎゅーっと抱き締めたかったです。でも本当に小さくて、抱きしめられるほど大きくないのがもどかしい。ぴよちゃんを産んだあと、1回も抱っこしてあげられなかったので、骨壷でも自分の手で持ち上げられたのは嬉しかったです。ぴよちゃんの骨壷を元に戻してお線香をあげました。手をあわせて、たくさんたくさんお祈りしました。ぴよちゃんごめんね。火葬は熱かったかな?1人で怖かったかな?本当にごめんね。だけど今日からまたいっしょだよ。いつかまたお腹に戻ってきてね。私のところにきてくれてありがとうね。毎日お供えするからね。おもちゃやお菓子もお供えするからね。今は天国でいっぱい遊んでね。我が子のお仏壇にお祈りなんて、私は何をしてるんだろう…そんな気持ちになって、涙がボロボロ出てしまいました。***以上でぴよちゃんを死産した話は終わりです。長い話にお付き合いいただいてありがとうございました。ぴよちゃんを死産して3ヶ月がたちました。5月に本来の出産予定日だった日を迎えました。悪露は終わり、生理も再開しました。体だけはすっかり元通りです。でも気持ちはまだまだ前向きにはなりきれません。それでも涙を流す日は少しずつ減ってきました。前向きになれる日がくるのか?前進できる日がくるのか?不安はあります。でもコメントやメッセージをいただいて、時間が癒やしてくれるのだと知りました。ゆっくりでもいいから気持ちを整理していきたいです。だけど、ぴよちゃんを忘れることはありません。次回からは死産後の話や、現在の話を書いてきたいと思います。お付き合いいただけたら嬉しいです。みやこ

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  2. 妊娠中は仕事も辞めて初めて、「働かない自分」という日常の中とても時間を持てあましていました。当時はテレビを見ながら今日の晩ご飯は何にしようかな〜?なんて考えながら時間つぶし。その中でもお昼に放送されているバイキングを良く見ていて、みきママの料理番組が好きでした。(唯一声量だけが嫌だった。笑)いつも美味しそうなものを作っていて、その中でも特に食べたくなった料理がコレでした。棒まで食べれる鳥つくねなんと棒は牛蒡です!なので全部食べれるユニークなつくねです。作り方はURLに載せます。棒まで食べれる鳥つくね公開日を見て貰えばわかるのがちょうど一年ほど前で、この時は悪阻で何も食べれなくてとりあえずこのレシピを保存したんだっけな。あの時はニオイもダメだったので食べ物も目の前にできず料理すら作れなかった私ですが安定期に入ってからは毎朝主人のお弁当と手の込んだ料理を色々作りました。お弁当も毎日食べる主人が飽きないようにと、毎回使う卵料理も絶対被らないように色んな調理方法で試してみたり男飯となると肉類で茶色系ばっかりになるところを彩りよく赤や緑、黄色も取り入れてみたり。自分自身も妊娠中で栄養素を気にしていたので夏バテ防止になる食事にしてみたりと。専業主婦とはいえ、なんだかんだせっせと毎日が忙しかったです。朝から主人のシャツのアイロンがけ、お弁当、洗濯、掃除、散歩、買い物、夕飯の支度、お風呂、お弁当の仕込み。妊娠中の睡魔はとんでもなかったので、その間にお昼寝は3回くらいしていましたけど..。笑今となっては...仕事が無い時が本当に暇で仕方ないです。今までどう過ごしてたのかな?なんて考えてみたり。やることは沢山あるんですけどね。それでも時間が余る。今住んでる場所に仲の良い友達がいないのもありますし、皆んな結婚して子供がいるので直ぐに会えなかったり、もしくはバリバリのキャリアウーマンで休みの都合が合わなかったったり。歳をとればとるほどすぐ会って話す人がいなくて寂しいです。気づけば1日誰とも話してないってことも...。そんな時は、ちくたろうベアとひたすら会話。勿論、返事は無いんだけど。笑先日はパパにベッタリでした^_^最近、ポッシュシゴーニュのメモリアルベアの購入を検討されている天使ママさんの投稿を良く見かけます。私としては是非、オススメしたいです。と言うのも私は、そもそもぬいぐるみなんて全く興味もなかったんです。なので初めは存在は知っていたものの否定的というか無関心でした。そんな私が購入したいなと揺らいできたのも天使ママさんたちのブログのおかげです。でも主人に中々相談出来なかったんです。私がぬいぐるみを好きじゃないのも知ってたし、主人に絶対要らんやろって言われそうで怖かった。でも勇気を出して天使ママさんたちのブログを見せて、メモリアルベアのサイトを見せて一生懸命説明して相談したらアッサリOKだったこと。そして届いた時は主人もかなり感動してポロリと涙を流したこと。今では家族の一員としてちくたろうに着せるはずだったお洋服もベアに着てもらって大切に扱っています。亡くなった我が子と同じ身長と体重で仕立ててくれるメモリアルベアは世界でたった1人の我が子同様思い入れのある大切な宝物になります。しかしメモリアルベアの購入を強制することは私には出来ません。時には赤ちゃんを思い出して辛い方もいらっしゃると思いますし、少しお値段が張ってしまうので直ぐに購入を決断するのは難しいと思います。でもあの時味わった、我が子を抱いた感覚が蘇り感動するということだけはお伝えしたいです。親バカなのかもしれませんが写真を撮るたびベアの表情も違って見えます。寂しいのかな、悲しいのかな、笑ってるのかな、誇らしげなのかな?親だから分かる表情なのかもしれません。購入のURLはこちらです。お空に還った天使のベア元々は出産された赤ちゃんの記録として始まったメモリアルベアですが、お空に還ってしまった赤ちゃんのためにも、と今では専用ページも出来ました。ただ購入するところは一般のページと同じになるのですが、お空に還った天使のベアだと備考欄に入れておくと同封ツールに配慮していただけます。ベアの種類や色も様々で、その年のモデルのベア(年の数しか在庫が無いらしい)や、一般的なタイプ、ねんねタイプ、色も種類があるみたいです。ベアを購入されている天使ママの皆さんの写真を拝見させてもらうと大きさや形も様々ですし皆んなお顔が違うのですっごく可愛いです!名前のフォントもそれぞれで、ローマ字の方もいれば漢字の方もいたり。私は左足に馴染みのあった胎名を入れました。しかし、先ほどもお話したようにメモリアルベアに拘らずともご自身が妊娠中に大切にされていたぬいぐるみやキーホルダーなどをメモリアルベアとして扱っても私は良いと思います。十人十色の顔つきや体つきがあるように十人十色の考え方や価値観がありますからこれじゃ無いとダメ!というものは存在しません。それでも私たちが失った子を想うこの気持ちは皆んな共通してるものであると私は思います。にほんブログ村流産・死産ランキングへこちらで産声を上げない出産、みんなの知らない出産を経験された天使ママたちのブログを沢山見ることができます。Follow @kokoro_1109 Tweet to @kokoro_1109コメント欄を廃止したので是非ツイッターで話しかけてください。非公開にはなりますが一言下されば承認します。こちらも非公開ですがちくたろうベアや家族とのアルバムになります。

  3. 晴れたーーーー!!ウェディングフォト撮ってきましたチャペルでも撮ったんですが、基本街中とか路地裏でシュールな写真を撮るというスタンスカメラマンさんも「普段キメキメの写真ばかり撮ってるから楽しい〜!」とノリノリでした。笑撮影データが貰えるのは1ヶ月後ということでプロが撮った写真は来月のお楽しみなんですが撮影に同行してくれたメイクさんが移動風景とか撮ってくれたのでチラ見せ街中の花屋さんの前。背景が緑だとなんか雰囲気出ますねドレスの裾持って歩いてるだけなんですけどふっつーーーに、歩道。笑結構街中を歩いたり跳んで写真撮ったりしたのでドレス軽いやつで良かったなーと思ったりドーンとしたやつじゃ跳べないよ!笑ブーケは緑ベースでポワポワしたやつとか多肉植物入れてワイルドな感じ(?)式場の人に「おふたりの写真、式場のホームページに載せる画像に使わせてもらってもいいですか!?」とか言われてウフフ嬉しい〜とか一瞬思ったけど、これもしかして全員に言ってるやつじゃないかな!?笑お上手だなぁウェディングビジネス…そして危惧した通り完全に本日D2でしたね肌の調子が壊滅的でしたがメイクさんが無かったことにしてくれましたさてのんびりしてから夜は串揚げだ

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  4. 前回からのつづきです。たくさんのアクセス、「いいね」、ありがとうございます。多くの方に読んでもらえて嬉しいです。ぴよちゃんという息子がいたことを知ってもらえるのは救いになります。***先生もベテラン助産師さんも夜勤だったので夜が明けると退勤されました。私のお産に立ち会ってくれた人々が院内からいなくなってしまうことが不安でした。朝ごはんを出されても食べる気になれませんでした。お腹はすいているのですが食欲がわかないのです。それでも体の回復のために何か食べないといけない。ほうれん草のおひたしを無理やり口に入れ、お茶で流し込みました。デザートのゼリーは比較的食べやすかったです。ほうれん草とゼリーじゃお腹を満たすには心もとないけど、食べないよりマシだと言い聞かせて無理やり飲み込みました。何をするでもなくお昼までボーッと過ごしました。頭の中をよぎるのはぴよちゃんのことばかり。妊娠中の経過は順調でした。感染もなければ尿糖も引っかからず、貧血にもならず、足のむくみもなし。出血はあったけどポリープからだったから特に問題があったとは思えず。それなのにどうして破水してしまったんだろう?ぴよちゃんは心臓が止まるまで苦しんだんだろうか?ぴよちゃんは私を恨んでいるのかな?ぴよちゃんの眠っているような顔を思い出すと涙が溢れてきます。誰もいない部屋でさめざめと泣きました。お昼すぎ頃に夫と義母と私の母が病院にやってきました。母も義母も私の顔を見たとたんに号泣。私もそれを見て号泣。泣くまいと思っていたのに、見慣れた顔を見たらホッとして大泣きしていまいました。「みやこちゃん、つらかったね。ごめんね。ごめんね。もっとゆっくりさせてあげればよかったね」義母は妊娠中の私に仕事をさせていたことに罪悪感を抱いているようでした。たしかに夫の家業はそれなりの重労働です。でも妊娠中はかなり負担を減らしてもらっていました。つわりが辛い時は休んでいたし、お腹が張れば横になっていました。妊婦がしてはいけないような無理をした記憶はないです。「そんなことないよ!充分ゆっくりしてたよ、お義母さん謝らないで。私こそごめん、赤ちゃん死なせちゃってごめん!お義母さん、孫を楽しみにしてくれてたのに!」私も泣きながら謝りました。母が私達を見て言葉も発せずにオイオイ泣いていました。私がぴよちゃんを死なせてしまったばっかりに、母も義母も悲しんでいる。私と夫だけで済むことではないとあらためて自覚してショックでした。ここにはいないけど父も義父も、兄も、赤ちゃんを楽しみにしてくれていた友達たちも悲しむ。私がぴよちゃんを殺してしまった。私のせいでみんなが悲しむ。考えたら涙が止まらなくなって過呼吸のようになってしまいました。しばらく女3人でわーわー号泣しました。夫も泣いていました。本当に個室を取ってもらってよかったと思います。落ち着く頃に、義母がこんなことを言いました。「赤ちゃん亡くすって、ほんとにつらいよね。私もね、もうずっと昔だけど…長女が産まれる前に、1人お腹の中で亡くしたの」私も夫も母も「えっ!?」と声をあげました。義母と私の母は島出身で長い付き合いなのですが、母も、夫すらも初耳だったようです。「結婚してすぐ妊娠して、赤ちゃんほしかったから、すごく嬉しくてね。お腹を蹴られるのもわかるくらい大きくなってくれたの。でもあるとき胎動がわからなくなっちゃって…病院に行ったけどもう手遅れって言われてね…。無理やり出す処置をしたら、待望してた男の子で…お姑さんに、ひどいこと言われたりして……」義母はそこまで話してくれて、また涙を流しました。私も話を聞きながら泣きました。夫は末っ子で、上に3人の姉がいます。3人とも夫とは少し歳が離れており、それぞれお嫁に行って島を出ています。義母は4人目の妊娠でようやく男の子を授かったのです。死産の話を聞くまで、きっと義母は跡継ぎを切望されて、男の子を授かるまで頑張ったのだろうと思っていました。でも今は、最初に亡くした男の子が戻ってきてくれるのを待っていたのかな…と思います。私の母が義母の背中をさすっていました。またこみ上げてきて、3人で大泣きしました。「今回のこと、みやこちゃんはなんにも悪くないから。自分のこと責めたらだめよ!赤ちゃん残念だったけど、絶対にまた帰ってきてくれるからね。私だってもうトシだったけどちゃんとこの子(夫)を産めたんだから。今は体を休めることだけ考えるのよ!」義母は涙ながらに力強い言葉をくれました。私を励ますため、秘めていた悲しい話をしてくれた義母の優しさが嬉しかったです。「あんたどうせ眠れてないでしょ?ホラこれ持ってきたから…あと食べられそうなものも買ってきたよ。なんかほしいものない?買ってくるからなんでも言って」母は私が実家で使っていた抱きまくらを持ってきてくれました。中学の頃から愛用していて、もうクタクタなのですが、抱くと落ち着いて眠れるんです。それからスーパーの袋いっぱいにゼリーやプリンやお菓子や飲み物や雑誌。母らしい心遣いがあたたかかったです。夫も入院グッズをきちんと揃えてくれました。読みかけの文庫本や夫の携帯ゲーム機も入れてくれていました。スマホがなくて時間を持て余していたので助かりました。「みんなありがとう。ほんとにごめんね…」私が言うと、みんな口々に「謝らないで」と言って泣きました。本当に、ずっとずっと泣いていました。つづく

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  5. 人に2~3人。それ着床と心拍を確認出来るところまで行けるのがこの数字で、これから15週までの間に50%以上の確率で流産になる。」らしいです。ということは、45歳で妊娠して15週を迎えられるのは、100人に1~1.5人ということですよね。この確率はサイコロを振って6が連続で約3回出る確率です。うーん。これはどうなのか。ただ、ここで疑問なのは、・45歳で第1子の不妊治療をする場合と・すでに子供が何人かいて、45歳で妊娠する場合は全然違うと思います。ですので、「45歳以上で妊娠して15週を迎えられるのは、100人に1~1.5人」というのは、「すでに子供が何人もいて、45歳で妊娠する場合」も含まれているということですよね。だったら、45歳の初産って皆無に近いんじゃないかと思います。昔、保健体育の授業で「妊娠出産を繰り返していると、ナントカカントカで40代を超えても妊娠しやすくなる」と習いました。昔の人が、40代でも妊娠しやすい理由はこの理由だそうです。その、ナントカカントカは正確には忘れてしまいましたが、確か卵子の数がナントカカントカだった気がします。ですので、45歳以上で不妊治療ってちょっと無謀な気がします。日本産婦人科学会「2011年生殖補助医療データブック」によると、生殖補助医療を行っている40代の妊娠率は次のようになっています。45歳までは2%以上ある妊娠確率が46歳以降では1%台に、47歳、48歳で0.7%以下という厳しい妊娠率になっています。これはあくまで妊娠した確率です。妊娠できた確率で出産できる確率ではないそうです。ということは、この中で出産できる人はこのパーセントよりもかなり少ないと思います。一般的に、40代で妊娠できない理由は、 ・卵子の老化・体の老化・生理不順・妊娠への障害がある・パパに原因があるらしいです。私の理想を書きます。30歳で第1子出産32歳で第2子出産40歳〜45歳で第3子出産→これはそのとき都合です。一人、とても歳の離れた兄弟がほしいです。もし、私が45歳にもなって妊娠できなかったら、もう諦めます。いつまでも妊娠に固執する人間にはなりたくないです。キッパリと諦められる人間になりたいです。そして旦那さんと2人で幸せに暮らす道を探ります。アメーバブログを読んでいますと、45歳以上で不妊治療をされている方は多いです。45歳以上で不妊治療をされていらっしゃるかたのブログを読んでいますと、どこか普通の人と違う気がします。考え方とか、物事の捉え方とかが普通の人と違います。何でもかんでも人の責任、悪いのは自分じゃなくて他人、というように、偏った人が多いです。とにかく自分中心なんだと思います。だから、自分こそは特別で妊娠できる!という考えになり、45歳以上になっても不妊治療を続けているに違いありません。不妊だからそうなったのか、そうだからこそ不妊なのかわかりませんが。そしてただ単に子供がほしいだけという親のエゴも感じます。「とにかく妊娠したい」という、妊娠への執着しかそこにはないです。世の中には「事実を指摘されて怒る人」って多いですよね。例えば、倖田來未さんが昔「羊水が腐る」発言をした時もそうでした。確かに、羊水が腐ることはないかもしれませんが、高齢になると「羊水が腐るようなことが起きる」のは間違いないです。私のブログを読んで怒る人って、結局は「事実を指摘されて怒る人」です。現実を受け入れたくないから、怒るのだと思います。とにかく私は29歳からクリニックに行っておいて本当に良かった。まだまだ希望があるからです。40歳を超えたらもう手遅れです。40歳を超えて始めて不妊治療クリニックに行くという人は、もう完全に自己責任ですよ。遅ければ遅いほど妊娠できにくくなります。

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  6. 前回からのつづきです。あたたかいコメントやメッセージを寄せてくださる皆さん、本当にありがとうございます。経験者の方からの言葉は何よりも救われます。流産も死産も経験したことのある人にしかわからない悲しみがありますよね。自身は流産・死産の経験がないという方へ。もし身の回りに流産や死産をして悲しんでいる人がいたら、寄り添ってあげてください。励ましの言葉は必要ないことが多いです。むしろ悪気のない言葉に傷ついてしまうこともあります。面倒くさくてごめんなさい。ただ共感して、いっしょに悲しんであげてください。できたら、名前や性別を聞いたり、おもちゃやお菓子を供えたりしてあげてください。生きている赤ちゃんと同じようにしてもらえるのは嬉しいです。***火葬は死産から3日後の朝に行われることになりました。火葬に立ち会ったのは、夫、義両親、私の両親、兄です。みんなで骨壷やお花やおもちゃを持って病院にぴよちゃんを迎えに来てくれました。助産師さんを呼ぶと、個室にぴよちゃんが運ばれてきました。ぴよちゃんはやっぱり眠っているだけに見えました。でも、2日前に見たときよりも顔色がくすんでいる感じがしました。産まれた直後は赤紫で、その次の日は真っ白で、今は少し土気色。なんだか表情まで変わって見えました。義母と母は「やっぱりかわいいわぁ」と口々に言っては泣いていました。兄もぴよちゃんを見て、頭をなでてくれました。「お前に似てるなぁ!」と言ってもらえて嬉しかったです。義父の顔を見るとダラダラと涙を流していました。あんまり泣いているので驚いてしまったくらいです。「息子を亡くして、孫まで亡くすなんて思わなかった」その言葉に私も涙が溢れました。あとから聞いたら、義母が長男を死産したことを思い出して、こみ上げてしまったんだそうです。本当に申し訳ないことをしてしまいました。はじめての内孫、しかも跡継ぎになる男の子であるぴよちゃんの誕生を、楽しみにしてくれていたのに…。父も涙ぐんでいました。「大変だったなぁ」と言って、お見舞いのお菓子や果物を持ってきてくれました。嫁入り前、実家でよく食べていた好物ばかり。父の気遣いが嬉しかったです。夫は離れたところに立ってぴよちゃんの顔を見ないようにしていました。本当は夫にもぴよちゃんを見てほしかった。どんなふうに私たちに似ているか知ってほしかった。でも、夫は繊細な人です。ぴよちゃんの死に顔を見たら立ち直れなくなるかもしれない。だから無理強いはせず、夫のしたいように任せました。しばらくぴよちゃんを囲んでおしゃべりしていると先生が入ってきました。先生は深々と頭を下げて謝罪の言葉を述べました。だけど誰も先生を責めませんでした。父が「誰も悪くなかったよな」と言葉をつまらせました。今回の件について先生がみんなに説明をしてくれました。たしかに先生はミスをしたかもしれません。でも、最後まで誠意ある対応をしてくれたと思います。だから私たち家族は先生を恨むことはありませんでした。先生のお話が終わると、ベテラン助産師さんと若い助産師さんが入ってきました。2人とも本当はお休みの日なのに、わざわざ折り鶴を持ってきてくれたんです。「時間が足りなくて、千羽なくてごめんなさい」と謝られました。死産のあと、助産師さんみんなで折ってくれたそうです。気持ちが嬉しくて涙が出ました。ベテラン助産師さんが「よかったら手形と足形を取らない?」と提案してくれました。母子手帳に、産まれた赤ちゃんの手形と足形をスタンプするページがあるんです。私は「ぜひお願いします」と答えました。若い助産師さんがスタンプ台を持ってきて、そっとぴよちゃんの手と足に押し付けました。ベテラン助産師さんが母子手帳を開いて、手形と足形をていねいにスタンプしてくれました。スペースが余ってしまう、小さな小さな手形と足形でした。ぴよちゃんの成長の記録と、手形&足形とが残された、母子手帳。数少ないぴよちゃんの思い出の品です。ずっとずっと宝物にします。私が死ぬ時にはいっしょに棺桶に入れてほしいと思っています。ぴよちゃんの手と足をきれいにすると、先生がベッドからぴよちゃんを抱き上げて、母が持参したクーファンに寝かせてくれました。クーファンは兄と私のおさがりです。「孫ができたときのために」と、ずっと実家にとっておいてくれました。籐で編まれた大きなかごで、白いカバーがかかっていて、持ち手にリボンがついているかわいいデザイン。そこに寝かされた白い新生児服を着せられたぴよちゃん。なんだかお人形のようでした。義母がぴよちゃんの横に小さなくまのぬいぐるみを添い寝させました。母が顔の横にダンボのにぎにぎを置きました。義父、父、兄は一輪ずつお花を供えてくれました。最後に先生が買ってきてくれたお花を供えて、ぴよちゃんの見送りの準備が終わりました。「ぴよちゃん、ありがとうね。みんなが見ててくれるから、安心して行ってね。ちゃんと産んであげられなくてごめんね。大好きだよ。じゃあね、バイバイ」ぴよちゃんのほっぺたにキスをしてお別れしました。本当はもっとたくさんおしゃべりしたかった。でも火葬の時間が迫っていました。クーファンに寝かされたぴよちゃんが部屋を出ていきました。泣き崩れる私を2人の助産師さんがなぐさめてくれました。そのあと朝ごはんが出されましたが、とても食べる気分になりませんでした。だって今ごろぴよちゃんは熱い思いをしているのに。あんな小さな体で、ひとりぼっちで遠い遠い天国に行かなきゃいけないのに。私だけのんきにごはんを食べるなんて、とてもできない。そんな気持ちでした。父が持ってきてくれたお菓子をひとくちだけかじりました。お昼前に夫から電話がかかってきました。火葬が無事に終わったこと、お骨がたくさん残ったことを知らせてくれました。お骨が残ってよかった。だけどもうぴよちゃんの寝顔は見られないんだな。ほっぺたにさわることも頭をなでることもできないんだ。ぴよちゃん、熱かったかな。あんなに小さいのにかわいそうに。ぴよちゃんはちゃんと天国に行けたかな。天国で、お義母さんの息子さんに会えてるといいな。ホッとしたのと悲しいので、また泣きました。つづく

  7. 前回のブログを書いた翌日、確認するためクリニックに電話そしたら、お薬袋に28日分と書いてあるなら28日間飲み続けて下さい、とえ?間違えてなかったの?と思いながらも予約表のメモみたいな所には5/5〜18って書いてあったんですが‥と再度聞いたら少々お待ちくださいと言われ、やっぱり5/18までで、残りの半分は翌月分との事でした1番ダメダメなのはちゃんと把握してなかった自分だけど、飲み続けていいと答えたってことはクリニックの人もお薬袋の書き方でそう思ったってことだよね予約表に先生が自分で分かるようにちょこちょこってメモしたやつよりお薬袋に記載されてる日にちや飲み方を信用しちゃうからお薬袋の書き方とか出し方をちゃんと統一して欲しいなそして生理5日目の今日クリニックに行ってきました!先生にプロギノーバを間違えて1週間長く飲み続けてしまっていたことも伝え、数の帳尻を合わせつつ薬をまた処方してもらいましたそして採血してお会計してお薬もらって帰ってきたのですが‥なななんと、お薬袋にはまた先生に言われた日にちとはちがう日にちが‥5/28〜6/17って書いてありました6/8に書き直したのは自分です。今回は、絶対絶対私の勘違いじゃありませんなぜなら2度と同じ失敗はしない!!と診察中に先生と確認しながら手帳にメモしたからなんだかせっかく戻ってきたクリニックでこんなことがあると前の病院のがよかったな〜と思っちゃいますねでも、今日からの通り先生の目の前でメモを取るようにして自分でちゃんと把握すればいいし、自分の身は自分で守らなきゃなと実感した1日でした次の予約は6/2ですプロギノーバ、ヒスロン、ユベラ、その他サプリ等と日にちや回数が全部違うのでちゃんと把握して服用に励みます今回のお会計 2,870円治療費合計額1,025,764円

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  8. るじゃん。。。これ妊活不妊治療の敵!最大のストレスが無くなりましたー最近彼が、妊活にもよく無いから引越そうとずっと言ってたので、ホッとしました。ここは実家にも近いし、何かあった時に父親が車でブッ飛ばして来てくれそうだし何かと便利なんです。ちなみに元嫁との裁判終わりました。あまり詳しく書けないですが、今までの不妊治療代は余裕で浮いたので良かったですそれから、記事ランキングに掲載された記事は、クリックして見に行かなくても、スクロールして写真を見るだけでポイントが入りアクセス数が上がるそう?!諸説あり、信じるか信じないかはあなた次第ですが、ベテラントップランカーの方がおっしゃってましたのでご参考まで。まだまだおかしな所はあるらしいですが、これ以上は言うのやめておきます今日は。だって、ねぇ?5/27追記やっぱり前日の記事ランキングが上位に行くと次の日のアクセス数が増えますよね。そして記事ランキングからブログを見に来てくれた人が、他の記事もついでに読んでくれるんですよねー。昨日はこの↓人気記事ランクイン一覧に1件しか載ってなかったですから。こんなにランクインしたのは久々です。もうそんなにネタ無いんでまた低迷する予定ですなんだかまた排便ブログ書いてる人が居ますが、勝手に沢山炎上して、収集つかなくなるほどアクセス数上がって、全体ブログランクの方でもナンバーワンを取ってもらって、もっと目立つようになって、勝手に削除されればいいなーと遠い目で見守ってますので、私はもう大人しくしてるんで、あとは若いもん同士、嫌われもん同士でやって下さいね〜

  9. 前回からのつづきです。***陣痛が7分から5分間隔になり、さらに縮まって3分くらいの間隔になりました。正確に測っていないのですが「やっと痛みが引いたのにもう次の痛みがきた!」と思ったのを覚えています。ベテラン助産師さんと先生がLDR室に入ってきてふたたび内診。さっきの内診のような激痛があるかと思って身構えましたが、今回はグリグリはありませんでした。「子宮口がいいくらいになってきてますね。分娩台に移りましょう」先生の指示でいったんモニターを外し、陣痛が引くのを待ってからベッドを降りました。次の痛みがやってくる前に分娩台へ。再度モニターをつけると、ぴよちゃんの心拍が表示されました。でも、少し弱い。外す前よりも表示されるグラフの幅が少ないんです。すぐに痛みがきたので、私はちゃんと確認することはできませんでした。だけど夫も気づいたようで、不安そうに「心拍が…」と言いました。「酸素つけて。みやこさん、痛いと思うけど深呼吸できる?」先生が言うとベテラン助産師さんが酸素マスクをつけてくれました。私の呼吸が浅かったからぴよちゃんに酸素がいかなくなったんだと思います。深く息を吸って、吐いて、吸って、吐いて…を繰り返しました。激痛で息が止まりそうになるのを必死でこらえて、嘔吐しそうな痛みの中、どうにか深呼吸を続けます。「つらいけどがんばって深呼吸だよ。赤ちゃんに酸素がいかなくなるから」痛みが引いてたら懸命に深呼吸。かと思えばまたすぐに痛みがやってくる。陣痛も少しずつ長引いてきて、息がひきつりそうになります。腰が痛くて痛くて、腰から全身が引き裂けそうな感じが続きます。痛みに耐えられなくてどうしてもいきんでしまいそうになりました。ベテラン助産師さんに「まだいきんじゃだめだよ!」と言われましたが、逃し方がよくわかりませんでした。「いいね、上手ですよ。がんばってくださいね」必死で呼吸しているのを先生が褒めてくれました。もう意識が朦朧としてぴよちゃんの心拍を気にする余裕はなかったです。だけど先生が褒めてくれたということは、心拍が回復したんだ!と思いました。そこからどれくらい時間がたったのか…1時間か2時間か、もっとかかったのか…。自分ではわかりませんが、何回も何回も繰り返し痛みがやってきました。最後の方は、痛みの間隔が1分か2分になっていたと思います。痛みの合間に気絶するような感じで意識がなくなりました。眠るように意識を失って、夢を見ていたような気がします。「痛い、つらい…。早く終わって…もうラクにして…」そればかり考えていました。自分のことばかり考えていたからバチが当たったのかもしれません。「心拍低下。よくないな…。吸引準備。応援呼んで」ふと意識が戻った時、先生が慌ただしく指示を出していました。ぼやける視界に映ったモニター。ぴよちゃんの心拍がとても弱くなっていました。ベテラン助産師さんがバタバタと何かの器具を持ってきました。LDR室に若い方の助産師さんも駆け込んできました。「みやこ、がんばれ!しっかりして。がんばれ!」夫は泣きながら私の手を握っていました。痛すぎて手を握られていることすら気づきませんでした。ただごとじゃないんだと、嫌でも思い知らされました。何か器具を入れられるような感じがしました。陣痛が痛すぎて何をされているかはっきりわかりません。私の位置からは見えないので、どんなものを入れられたのかは不明でした。吸引というのは吸引分娩のことです。お産についてのエッセイで読んだことがあって知っていました。お産が滞ったときに、赤ちゃんを吸い出す処置。(ぴよちゃんはまだ小さいのに…。吸い出したりして平気なのかな?)明らかに緊迫した状況なのに、妙に冷静な思考が働きました。処置が始まりました。陣痛の痛みのせいで麻痺していたからか、痛みとか吸い出されている間隔はありませんでした。ただなんとなく熱いような感じはしました。熱いものが股にはさまっているような感覚です。先生が専門用語で何かを言っていました。(意識がぼやけていたのでハッキリと聞き取れず)「みやこさん、もうすぐ産まれるからね!いま吸い出してるからね!がんばって!」処置が始まってすぐベテラン助産師さんが言いました。それとほぼ同時にぴよちゃんの心拍がなくなりました。描かれていたグラフがまっすぐな棒線になりました。きっと、お腹から出ていったから表示されなくなったんだ!吸引したら一瞬だったなぁ。出る瞬間は意外と痛くないんだなー。早くぴよちゃんの顔が見たいな。そう思いました。能天気だったな、と思います。だけど違いました。まだ陣痛は続いています。ぴよちゃんは産まれていませんでした。先生が何かを言っていました。夫も何か叫んでいました。私は何が起こっているのかわからなくて、なんだか夢を見ているような、ふわふわした気分でした。先生が「心拍停止」と言っているのだけ、かろうじて聞き取れました。つづく

  10. 見に来てくれてありがとうございます申し訳ありませんがアメンバーは募集してません。アメンバーについてはこちらに記載しています読者登録は常にウェルカムです今日の体温、36.54℃。ちょっと下がった…そして実家なので排卵検査薬(妊娠検査薬の代用)は出来ず。昨日のブログに対し、コメントやメッセージありがとうございました。気にしないように…と思いつつ、来週病院へ行ったら残念な結果が待っているのでは…とネガティブなことばかり考えてましたがおかげさまで少し希望を持って来週を待っています。昨日。妊娠検査のため病院へ行った後、水天宮へ行きました。良い天気。前回は午前中に行ったんだっけな??今回はお昼頃。混んでたヮ…知らない方を蝶々で隠しましたお参り待ちは…そこまで多くはないけど(でも前回はこんなに並ばなかったんだけどなー)この写真を撮ってる後方では、お宮参りとかご祈祷の受付の方々が…大安でも戌の日でもないのに、何で混んでたんだろ?こっちはモザイクで隠してみましたこの列に並んでお参りしました。胎嚢が確認出来たので、そのお礼と、無事出産出来るよう祈ってきました並んでる間に中からお宮参りと思われる家族連れがゾロゾロ出て来てしまった…子宝いぬ。前回来たときに、しっかり自分の干支のトコ触ってきました。今回も「授けてくれてありがとう」って撫でてきました。そして、無事安産できるようにお願いしました。お宮参りの方々がいっぱい出て来て、赤ちゃんを抱いてこの子宝いぬと撮りたそうな方がいっぱいだったので、あまり長居せず退散お腹が空いていたので、どこかでランチにしたいなぁ…と思ったけど、この辺のお店に詳しくない…電車乗って移動するかどうするか悩みましたが、近くにジョナサンを見つけたので、とりあえず入りました。ベビーが成長しないのは、栄養が足りないのかなとか思い、身体に良いものを…と思ったけど…(でもつわりで食べれなくてもベビーに影響ないって言うから栄養の問題じゃないんだろうな)何が良いのかわからないかなり長い時間、メニューを吟味。まぁ結局…阿波尾鶏のガーリックソテー?と、サラダ&ドリンクバーのセットにしました。。お米はナシ。ブロッコリーは苦手で、いつもは残すけれど野菜はちゃんと食べないとと思って食べましたお茶はアップルルイボスティー。お昼は色々考えて食べたんですが…夜は実家に帰ったので、ベビーに良くないものをいっぱい摂取しちゃいました…ちょっとお祝い事があったので、すき焼きで。生卵食べてしまった…まぁ生卵は食中毒の恐れがあるからあまり食べない方が…ってことのようですが。。何よりもビールを飲んでしまったのです…!!!実家に帰ると夕飯時に毎回ビールが出て来ます。今日はお腹壊してるから、とちゃんと断りました。父も最初は飲んでなかったけど、すき焼きを食べてるうちにビールが飲みたくなったらしい。でも父はお酒がそんなに強くなくて、350mlで十分なんだけど、すでにすき焼きを食べてたから今日は350mlすら入らないようで。「半分やる」と言われ「いや、だからお腹壊してるからいらないって」と言ったんですが、母が「少しだけ飲んだら」とグラスを持ってきて、グラスに半分くらい入れられた…いらないって言ってるのに飲ます家族にイラつく。まぁ今まではどんな時でも飲んでいたからしょうがないのかもしれない。それに未婚の娘がまさか妊娠してるとは思いもしないだろうから、しょうがないのかもしれない…でもこの日、病院でまだ安心出来ないって状態でさらに不安要素のビールを飲まされるって何なの?まだ今のタイミングで家族に話したくない。心拍確認出来て、相方にも話して、もっと安心出来る状態になってから話したい。夕飯を食べながら、出来るだけちびちび飲むようにして…食べ終わり、ビールの残ったコップと使い終えたお皿を持ち、残りのビールを一気に飲みながらお皿を下げてるように見せかけて(←行儀悪い)もったいないけど流しに捨てました…。入れられた量の半分も飲まなかったと思うから大丈夫だと信じたい。多分3〜4口分だけ…!でもまた自ら不安要素を追加してしまった…そしてさらに夜遅くなって。緑茶が出てきた…お茶が大好きな私。いらないと言うなんてありえない。いつも大きなマグにいっぱいもらいます。みんなでお茶を飲む時、お湯が余っていれば残った茶葉にお湯足して、出がらしでもいっぱい飲むような人なんです…お茶はお腹が痛くても飲めるものだし…困ったこれも3〜4口だけ飲んで、流しに捨てました…もったいない…実家は危険だなぁ…って言うか、今までの私の好きな物が妊娠中に良くないものが多すぎるのよね…実家に近寄るのをやめたいとこだが…来月は父の日があるからまた来ないと…お茶よりもともかくビールの影響が怖すぎる…どうか影響ありませんように…

  11. コレステロールと妊娠に関する論文をご紹介いたします。善玉と悪玉の話は無くなったと以前ご紹介しましたが(2016.4.1「消防士を犯人と間違えた話」)、妊娠を目指す場合には関係するかもしれません。これからの展開に注意が必要だと思います。Hum Reprod 2017; 32: 1055(米国)要約:2007〜2011年に、ユタ、ニューヨーク、ペンシルバニア、コロラドの4箇所で1〜2回の流産既往があり、不妊症ではない方1228名(18〜40歳、平均BMI 26.4、白人95%)を対象に、半年間妊娠を目指していただき、妊娠を目指す前のコレステロール値と妊娠するまでの期間(TTP=time to pregnancy)を前方視的に検討しました(EAGeRスタディー)。総コレステロール高値(200以上)12.3%、LDLコレステロール高値(130以上)7.9%、HDLコレステロール低値(50未満)50.7%、中性脂肪高値(150以上)23.2%にみられました。TTPから妊孕性(FOR=fecundability odds ratio)を計算したところ、総コレステロール高値(200以上)の場合にはそれ以下の場合と比べ、FORは0.71倍に有意に低下していました。これは、BMIと中心性肥満の有無で補正しても依然として有意でした。また、LDLコレステロール高値とHDLコレステロール低値の場合にもFORの有意な低下が認められましたが、BMIと中心性肥満の有無で補正すると有意差は消失しました。解説:女性のコレステロールと妊娠に関するデータは、これまで小規模な報告が1件のみありましたが、結論は出ていませんでした。本論文は、不育症の方にアスピリンの有効性を調査する前方視的検討(Effects of Aspirin in Gestation and Reproduction=EAGeRスタディー)が主たる目的のスタディーでしたが、コレステロールに関する興味深いデータが見出されたため、本論文が誕生しました。もちろん、ほとんどが白人であり平均BMIが26.4である本論文の対象者だけでは根拠は不十分ですが、コレステロールは食事である程度コントロール可能ですので、すぐにでも実践できます。米国以外の国からのスタディーが待たれます。

  12. 思ってしまいました妊活をしている人のブログを見ていると、過去に3回中絶した方がいらっしゃいました。そういう人は、妊娠する資格なんてないですよ。天罰です。もう妊娠できない方がいいですよ。1回は若気の至りで仕方がない部分もありますが、2回3回はありえないですよ。中絶経験があって、そして不妊で悩んでいる人は本当に自己責任だと思います。1回の中絶は不妊に関係ないと言いますが、たくさん中絶をしていると妊娠しにくくなるとは言われています。ということはその1回でも0回よりは妊娠しにくくなるっていうことですよね?私は、「中絶絶対反対論者」ではありません。中絶も時には必要なこともあると思います。中絶に関しては「賛成」の立場です。(未婚で妊娠したら、女性は「産みたい」という風に絶対になってしまうと思いますが未婚のシングルマザーの世間からの目は冷たいですし、幸せなのはその母親本人だけという始末です。子供も可哀想です。ずっと指さされて生きていく運命です。シングルマザーなんて人間がすることじゃないです。チンパンジーと同じです。)ただ、中絶をして不妊になった場合は自己責任で仕方がないと思っています。いかなる場合でも、中絶になってしまうのは、その女性本人の責任であると私は思います。ちょっと前に「レイプされる方が悪い」とツイッターでつぶやいた大学生がいました。この意見は間違いです。私は、「レイプされる方が悪い」とは全く思っていません。レイプする方が悪いんです。ただ、「レイプされる方も悪い」と思っています。中絶は、流産や死産よりも悲しい事だと思うのは私だけでしょうか。不妊治療のブログでも「死産」や「流産」ばかりがクローズアップされてしまいがちですが、もっと「中絶」についても考えたほうが良いかと思います。「中絶なんて、不良がすること」「どうせ中絶は不倫している人がするんだから」そう思っている人がいたら、それは間違いです。中絶は、覚せい剤みたいに遠い世界の話ではありません。中絶は、流産や死産よりも隠される傾向にあります。墓場に持ち込む女性も多いと思います。ですので、中絶の辛さとか悲しさとか、そういうのはあまり私たちの目に触れる事はないかも知れませんが、中絶は流産よりは確実に辛いはずです。死産と中絶は、もしかしたら同じぐらいの辛さかも知れませんが、中絶は中絶ならではの辛さがあると私は感じています。流産や死産は、まだ夫が多少なりとも一緒に悲しんでくれます。男の人は、脳の構造上で生まれてからじゃないと愛着がわかないので、流産はほとんど理解されません。ただ、死産だと多少なりとも理解されると思います。ただ、中絶はどうでしょうか?中絶するその人本人以外に、誰が悲しんでくれるのでしょうか??もともと、祝福されないからこその中絶です。(母体が病気の場合は除く)「妊娠おめでとう」と言ってもらえない妊娠です。彼氏だったら、彼女が中絶して「良かった」と内心思っていることですし、中絶って本人以外は中絶して嬉しい場合がほとんどです。辛いのは本人だけ。なので、流産や死産よりも中絶の方が辛いと思います。中絶は親も敵です。親も「中絶して良かった」と思うぐらいです。流産や死産なら親は一緒に悲しんでくれると思うけど、中絶の場合は違います。なので、私は流産や死産よりも中絶の方が辛いと思います。中絶経験があって、そして不妊で悩んでいる人は本当に自己責任だと思いますし、その人が不妊であっても「そんなの当たり前じゃん」と思います。ただ、中絶には中絶した本人にしかわからない複雑な事情が絡んでおり、それを責める気は全くないです。ですので、私は「中絶した人はいかなる理由でも悪い」と一方的に攻め立てる中絶反対論者は許せません。ただ、中絶経験があって不妊なのは全く同情出来ません。

    コメントが盛り上がっています

  13. 前回からのつづきです。読んでくださる皆さん、「いいね」してくださる皆さん、そしてコメントをくださった天使ママさん、どうもありがとうございます。同じ立場の方からの励ましの言葉ほど心に響くものはないです。つらい思いをしているのは私だけじゃない。そう考えただけで、ほんの少し心が軽くなります。***私が「産みます」と言うとお産のための処置が始まりました。夫は内診室を出て待合室へ。助産師さんから「いったん帰って入院準備をしてまた来てください」と言われていましたが、朝になるまで島に行く船がないので、院内で待たせてもらうことになりました。「これから子宮口を広げる処置をします。そのあと、陣痛促進剤の点滴をします。陣痛がきたらお産に入ります」先生の説明はそんな感じでした。でも、破水したとはいえまだ27週。私の体は産む準備なんてまったく整っておらず、子宮口が開くとは思えませんでした。「あの…帝王切開はできないんですか?産気づくまでに、赤ちゃんの心臓が止まったりしませんか?」私の質問に、先生はていねいに答えてくださいました。「帝王切開はあまりおすすめできません。一度でも帝王切開をすると次のお産も帝王切開になる場合が多いです。子宮の回復を待って、次の妊娠まで1年から2年あけてもらわなくてはいけません。子宮のダメージによっては3人目はストップがかかることもあります。もしみやこさんが2人目、3人目を考えられているのであれば…みやこさんの体のことも考えて、経膣分娩が望ましいです」そのようなことを言われました(うろ覚えですみません)。先生の言葉を聞いて「それなら経膣で…」と納得しました。私も夫も、子どもはできれば2人か3人ほしいと思っていたからです。「もし赤ちゃんが弱ってしまったら、緊急帝王切開に切り替えます。その時はまた説明させてもらいますからね。今はとりあえず、子宮口を広げましょう」「わかりました。お願いします」助産師さんがバタバタと準備をして処置が始まりました。「少し痛いですよ。ゆっくり息を吐いてくださいね」先生が器具を挿入しました。(あれ?あんまり痛くない…)そう思ったのも束の間。次の瞬間、味わったことのない激痛が走りました。「痛いっ!!!」思わず叫んでしまいました。反射で足がビクン!となったのを、助産師さんに押さえつけられました。経験のない、例えようのない激痛です。内蔵を無理やりこじ開けられるような…とにかくイヤな感じでした。「痛いねー。ごめんねー。今、子宮口に○○(※聞き取れず)を入れてますよ。これで子宮口を広げます」助産師さんが説明してくれました。本当はもっと喋ってくれていたのですが…あまりの痛さにほとんど聞こえていませんでした。処置はすぐに終わりました。痛みは刺されるような鋭いものから、じわじわ鈍いものに変わりました。とても重い生理痛が子宮から腰にガンガンのぼってくるような感じです。さらに、股に何かがはさまっているような違和感もプラス。ぴよちゃんのためとはいえ、つらかったです。モニターを外してから内診台を降り、車椅子でLDR室へ。夫も車椅子のあとをついてきました。LDR室にはソファやテレビや机があり、陣痛用ベッドと分娩台がある以外は普通の家のリビングみたいな感じでした。私は陣痛用ベッドに上がってふたたびモニターをつけました。ぴよちゃんの心拍はさっきと変わっていませんでしたが、やっぱり普段の妊婦健診よりは弱々しかったです。まだ、お腹の中で生きていました。「次は点滴をします。陣痛促進剤を入れますから、じわじわ痛くなっていきますよ」ベテラン助産師さんが点滴を打ってくれました。点滴を打つのはこれが始めてだったのですが、あまり刺さっている痛みを感じなくて驚きました。「大丈夫?もう痛くなってきた?」夫は心配そうにベッドの横で私に付き添ってくれていました。点滴を刺して3分もたたないうちからそんなことを言っていたので、少しなごみました。ベテラン助産師さんも笑っていました。「まだ効かないわよ~。あと30分もしたらちょっとずつ痛くなるの」「うん。まだ痛くないよ。それよりさっき内診された方が痛いや。子宮口に、無理やり棒を刺されたんだよ。グリグリ~ってされて叫んじゃった。今も内臓がズクズクする感じで痛いの」内診のことを話すと夫は青ざめていました。夫は血を見るのが苦手なタイプです。映画で大きなケガをしたり出血したりするシーンも目をそむけてしまいます。だから、もともと立会い出産の予定もありませんでした。それなのに、なんの心の準備もしていないままこんな状況になって、申し訳なかったです。「みやこさんも赤ちゃんもがんばってるんだもん、旦那さんもがんばらないとね。でも、どうしても具合が悪くなったらソファで横になっていいからね」ベテラン助産師さんは夫のフォローまでしてくれました。夫は不安げにしていました。「モニターは別室でも監視してるから安心してね。まだ痛くならないと思うけど、何かあったらコールしてね」手に届きやすい位置にナースコールのボタンを置いて、ベテラン助産師さんは出ていきました。急を要する事態のわりには意外とほったらかしにされるんだな…と少し不安でした。でも、さっきもぴよちゃんの心音が弱くなってすぐ来てくれたし、今は陣痛がくるのを待つべき時なんだと判断しました。それから陣痛がくるまでは夫と喋りながら時間を過ごしました。ベテラン助産師さんの言葉どおり、30分ほどでじわじわと生理痛のような痛みがやってきました。最初はガマンできるくらいの軽いもの。時間をかけて、どんどん痛みは増していきました。つづく

  14. この妊婦ちゃんは私不妊治療していることを知っています。急に不妊様出してすんません。まぁ・・・妊婦だからイライラするとかではなくて、ず~っと「しんどい、つらい」と言われると、こっちがしんどくなってきます。仕事が終わって、家に帰るのはぽこたくんの方が少し早いけど、ちょっとだけ待ってもらって同じ電車で帰ったりもしてました。おしゃべりしながら帰るの楽しかったな。私の方が1時間早く出るのに、帰りは同じってのも何だかなぁって感じですけど・・・。こっちの職場は遠いからしょうがない!帰る時間がほぼ同じっていうことは、家に到着して間髪入れずに晩御飯の準備です。私が料理している間、ぽこたくんは風呂掃除やウサギちゃんのお世話など。晩御飯が終わったら片付け、翌日のお弁当の準備。そしてお風呂に入って、一時間ほど好きなことして寝る。もっと朝早くて夜遅い人もいるだろうしもっと仕事が忙しい人もいるだろうしセクハラやパワハラを受けて精神的に辛い人もいるかもしれませんでも私はこのとき、この生活でいっぱいいっぱいでした。不妊治療のため病院に行くときは、仕事帰りに急いで病院へ向かって、長い待ち時間を過ごして診察して「卵が育ってない」と言われ・・・薬をもらって家についたら22時半とか。私のストレスは少しずつ少しずつ蓄積されていくのでした。。。

  15. 前回からのつづきです。いつもコメントやメッセージありがとうございます。どちらも少しずつお返事をさせていただいています。時間はかかりますが、すべて読ませてもらっています。皆さんからあたたかい励ましをいただくことで気持ちが救われます。本当にありがとうございます。***死産後の体の変化について。死産とはいえふつうに経膣分娩をしているので、通常のお産と変わらないくらいに体がぼろぼろになっていました。・会陰裂傷いちばん自覚症状があるのはこれでした。吸引分娩をしたので普通の分娩よりも大きく裂けたらしいです。縫合したところが引き攣れる感じがしてものすごい痛みでした。寝ていても座っていても痛い。立ち上がっても下着がこすれて痛い。シャワーでは熱めのお湯がかかると染みて痛い。汚い話で申し訳ないですがトイレでは尿がかかってものすごく染みました。それをトイレットペーパーで拭くのも痛くて、そーっと拭きました。恐る恐るさわってみると傷口が縫われているのが感触でわかります。縫合した部分が大きく腫れて、テニスボール大に膨らんでいました。退院後もしばらくは痛くて早歩きなどができませんでした。・悪露お産の翌日にすごい量の悪露が出ました。生理2日目の3倍はあるような多さでした。オムツのように巨大なナプキンをあててやっと間に合うくらいです。翌々日から少しずつ減っていきました。1週間くらいで完全に出なくなりました。・筋肉痛お産の翌日から全身がピキピキと痛かったです。全身を使っていきんでいた影響だと思います。腕、太もも、ふくらはぎ、腹筋が特に痛みました。・下腹部痛後陣痛だったのかな?子宮が握りしめられるような感覚です。重めの生理痛がずっと続くような感じでした。ほとんどベッドで寝たきりだったせいもあると思います。・胸の張りお産の翌日から急に胸がパンパンに張りました。乳房の中に石が入っているような硬さでした。熱がこもって、熱さと痛さでつらかったです。母乳を止める薬を飲んでから少しずつおさまりました。・尿もれくしゃみをすると尿もれが起きました。膀胱のコントロールがきかなくなる感じでした。また、尿意がよくわからなくなる時がありました。・便秘便秘体質ではないはずなのですが入院中は1回もお通じがありませんでした。食欲がなくてあまり食べたり飲んだりしなかったせいもあると思います。もしかすると、「いきんだら傷跡が開いてしまうかも…」という恐怖心が、便意にブレーキをかけていたのかもしれません。妊娠中も眠りつわりや体型の変化についていくのが大変だったのに、お産後はもっと大変でした。生きた赤ちゃんを産んだお母さんたちは、こんなにぼろぼろの体で育児をするんですよね。本当にすごいなぁと思います。先生からは「とにかく今は体を休めましょう」と言われました。1日1回、会陰裂傷の縫合した部分を助産師さんにみてもらいました。脱脂綿でキレイにしてもらったり、傷の治り具合をチェックしたり。「順調ですよ」と言われましたが痛いものは痛かったです…。そんな調子で体が回復しきっていないので、退院の許可が下りず、ぴよちゃんの火葬は私抜きで行われることになりました。本当はものすごく参加したかったのですがとてもそんな状態ではありませんでした。夫が役所で火葬許可証をもらってきたので、病院に火葬場を紹介してもらいました。本当は島の人がよく使う火葬場を使おうと思ったのですが、連絡をした夫いわく「赤ちゃんの扱いに慣れていない感じがした」とのこと。「お骨が残らないかもしれませんが、それでもよければ」と言われたそうです。火葬場の人によると「赤ちゃんの遺体は小さくて骨も細いのでお骨が残りにくいんです」だそうで…。ぴよちゃんは早産でふつうの赤ちゃんよりもずっと小さいです。それではなおさらお骨は残りにくいだろうと思い、その火葬場を選ぶのはやめました。病院のスタッフさんに相談してみると、赤ちゃんの火葬もきちんとしてくれる火葬場を教えてくれました。そちらの火葬場に連絡すると「お骨は残りますし、お線香なども用意しますし、骨上げまでさせて頂きます」という返答をいただきました。朝1番の火力が弱いときに火葬すれば、赤ちゃんのお骨でもきちんと残るそうです。生きて産まれてこられなかったぴよちゃんだけど、人生を全うした人を火葬するのと同じ手順で見送ってあげたかった。だから赤ちゃんの火葬のノウハウがあるこの火葬場に決めました。ただ「赤ちゃん用の骨壷だけはご遺族の方でご用意ください」と言われました。赤ちゃんのお骨はとても少ないので大人と同じものでは大きすぎるそうです。仏具店などで買えることを教えていただいたので、夫に手配してもらいました。夫は仏具店に行って分骨用の小さな小さな骨壷を買ってきてくれました。なにぶん田舎の仏具店なので、シンプルなデザインのものですが…。てのひらにおさまるサイズのそれが、なんだかかわいく感じられました。ぴよちゃん、明日には、ここに入っちゃうんだな…。そう思うと、また涙が出ました。火葬に立ち会えなかったことは今でも後悔しています。車椅子に乗ってでも行けばよかったと思います。つづく