
23MAY.
私は…『根掘り葉掘り聞かない』
…けど…私の疲れは肉疲労ではなく精神的な疲労ですB型作業所での利用者が多過ぎてかなりストレス元彼女からの猛追は治ったが…まだ油断が出来ないこれもストレス円安、ウクライナ戦争、ホルムズ海峡危機皆さんも同じでしょうが物価高が半端ないそしてまだまだこれから鬼値上げが何度となく控えている障害者年金(2級)とB型作業所での工賃が私の全収入悩んでも仕方がないが悩んでしまうのが今の私なんです…今日と言うか昨日 木曜日はB型作業所が終わると16時から(1時間半)お掃除ヘルパーさん(男性)に来ていただきとてもありがたいのですがもう長い間ひとりと…同居鳥(文鳥の文太)静かな生活だったので部屋に誰かがいると言う状況がストレスです…水曜日 いきつけの病院にてメンタルヘルス外来でしたが担当医にはこの件を話していませんこれを話して処方薬💊が増えてしまうとまた副作用との戦いが始まる精神的疲労→眠れない→睡眠不足が続く幻聴幻覚がはじまる…心療内科での処方薬💊は副作用があり過ぎてまた何が始まるのかわからない向精神薬💊は副作用の嵐なのですやっとB型作業所にも慣れてきたのに…病院関係が終わり何時もの買出しスーパーベルク✨ひと通り買物が終わるとパン屋さんのコーナーを通るんです毎回毎回かなり気になるのがたまごサンドのコーナー以前のブログにも書きましたが私…パン好き❤️そして…サンドイッチ🥪も大好き❤たまごサンド…かなり好き❤️結局 水曜日も迷いに迷いたまごサンド🥚は買わず…最後に私は人と会話する時に『根掘り葉掘り聞かない』話してきた事は聞きますが深掘りはしません多分…話を深掘りすることもかなりの精神的ストレスになってしまうだから『根掘り葉掘り聞かない』植物は優しい植物は人を裏切らないつづく…

5月21日 鍋に飽き飽き。
脳内映像。
ほどなく、お別れです第一巻二章目を読んで泣いちゃった。亡くなった幼女を、主人公のお姉さん(こちらも幼女で亡くなっている)が連れて行ってくれるシーンでもう泣いちゃって。僕は本を読んでいると、文字ももちろん目に入っているんだけど、頭の半分には映像が鮮明に見えるタイプです。読んでいてリアルタイムに、脳内映像で登場人物が動いたりしゃべったりします。なので、この脳内映像がリアルに出てこない本は駄作と思ってしまいます、昔で言うとラノベとかは、この辺りはずれが大きかった。禁書やレールガンはよかったけど、ソードアートオンラインやアクセルワールドという禁書に並ぶ有名作品があるのですが、それは全然リアルにキャラが動いてくれませんでした。読むのが苦痛だった。禁書と同じ作者だけど、ヘヴィーオブジェクトもそうだった。全然楽しくない。専門書や科学雑誌も別の意味で脳内映像が出ます、これはそれを実演していたり、その知識を使っている自分が脳内映像で出てきて、楽しくなります。なのでそんな専門書や雑誌も大当たりの部類です。逆に専門書や新書でも、共感したり、実感できないもんは激しく苦痛です。興味のない本人哲学を延々聞かされているように感じます。これを旦那に話すと、そんなのきーろくんだけだよと笑われます。え、これは普通よねえ?感動で泣くし、熱いシーンでは胸躍るし、ハラハラだと呼吸が浅くなるし。ありませんか?読書体験ってこれがしたくてしてる気がする。下手なドラマや映画より何万倍も価値がある体験です。逆に旦那は原作があってもドラマ化、映画化があれば観る派。読書のどのかけらもない人生の人です。てか、性的嗜好や体型は同じなのに、価値観や常識がまるで正反対の人と、もう一年も一緒にいるってすごいよね。さ、もうひと泣きのために、三章目読むか。
【ADHDと多動症】安心が欲しかった
●親から安心をもらえたことがないずっと不安な毎日を送ってきた私くらいになると、「親が違ったら、もっと楽な人生だったのかな」って、一度や二度じゃなく何回も考えてきた。もっと安心できる家だったら。もっと否定されずに育っていたら。もっと失敗しても責められなかったら。そう思う日は、正直ある。毒親育ちって、ただ“親と合わなかった”だけでは終わらない。・人の顔色を読むのが標準装備になる・安心すると逆に不安になる・甘え方がわからない・「助けて」が言えない・愛されるより、役に立とうとするこういう生き方が、呼吸みたいに染みついてしまう。しかも厄介なのは、本人がそれを「普通」だと思ってること。だから大人になってから、人間関係や仕事や恋愛で、じわじわ生きづらさとして出てくる。●疲れやすい私は長い間、「なんでこんなに疲れるんだろう」と思っていた。でもある時、気づいた。ああ、私は“今の問題”だけで苦しいんじゃなくて、「昔、安心できなかった分」までずっと背負って生きていたんだって。毒親育ちって、人生のスタート地点が違う。最初からHP削られた状態で社会に出るようなもの。だから、同じことで傷つきやすいし、同じことで消耗しやすい。それなのに、周りと同じようにできない自分を責める。これ、本当に苦しい。でもね。今まで生きてきて思うのは、“親が違えば完璧だった”わけでもないんだと思う。どんな家庭にも、足りなかったものはある。愛情があっても、過干渉で苦しくなる人もいる。放任で傷つく人もいれば、期待が重すぎて壊れる人もいる。つまり人って、結局どこかで「自分に足りなかったもの」と向き合う時期が来る。毒親育ちは、その作業が少し重たい。ただそれだけなんだと思う。だから私は最近、「親のせいで終わる人生」より、「ここから自分を育て直す人生」の方を選びたいと思っている。もちろん簡単じゃない。安心を知らずに育った人が、安心を覚えるのは時間がかかる。雑に扱われてきた人が、「私は大切にされていい」と思えるまでにも時間がかかる。でも、少しずつならできる。・嫌なことを嫌と言う・疲れる前に休む・安心できる人を選ぶ・無理して合わせない・自分の感情を否定しないそうやって、あとから自分の土台を作っていく。これって、ものすごく地味だけど、実は“人生を作り直す作業”なんよね。昔の私は、「なんで最初から普通に育ててくれなかったんだ」って怒りもたくさんあった。今もゼロではない。でも、そこにずっと居続けると、人生のハンドルをずっと過去に握られたままになる。だから私は、過去をなかったことにはしない。ちゃんと痛かった。ちゃんと苦しかった。ちゃんと寂しかった。それは事実。でも、その上で、「ここからどう生きるか」を少しずつ選ぶようになった。◾️まとめ毒親育ちって、生きるだけで見えない努力をしている人が多い。普通の顔して、実はずっと心の中で戦っている。だから、今しんどい人は、まず「弱い」のではなく、“長年サバイバルしてきた人”なんだと思う。そして、ここから先は、自分で自分に与えていく番なんだと思う。安心も。優しさも。居場所も。「親にもらえなかったから終わり」じゃなくて、「ここから自分で育てていく」その視点を持てた時、人生は少しずつ変わり始めるんだと思う。