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  1. うにしてくださいね強迫性障害(OCD)のかた全てが、私と同じことをするわけではありませんので「こんな人もいるんだなぁ」という感じでご覧いただけましたら幸いです。===================これまでのお話→その1、その2それでは続きです↓……続きます。私はもともと人間関係というものはあまり得意ではありませんでした。友達も多くはありません。心を開くというのが、なかなかうまくできなくて強迫性障害になってからはさらに仕事もうまくできなくなってますます引きこもりにそんな中、家族にチクチク言われるようになり心苦しい日々でした。他のお家の子どもは仕事もバリバリやっていて車を買った、家を建てた、結婚した、などなど噂も聞こえてきます。そのたび、「私はどうしたらいいの…」と思っていて…親としても心配だったのでしょう、でもね、一つだけ言わせて。「私だって好きでこんな風になったんじゃない!」………と、しばらく落ち込んだあとは「いつか絶対漫画にしよう」とずっと思っていて。漫画が私を支えてくれていたのかも。いやー、でも、同窓会とかやっぱりちょっと苦手です明るい話題がないーーー!コメント返信>大浦優威さん誰しも不安になることはあるので、そこが、説明しても伝わりにくい難しい病気だと感じています。私も伝えるのに苦労してます…>yukarim24さん私もいつもいつも思っておりました。「この症状さえなければ、色々なことができるのに!」と。私は症状の影響で、沢山時間とお金を消費してしまいました他にもみなさまそれぞれのご経験などをお教えいただき、ありがとうございます同じような症状がある方からのコメントはもしかしたら、強迫観念がありつつ一生懸命コメントしてくださっている方もいるのでは…と思ってみたり…。それと、過去記事のコメントも全てありがたく拝読しております。とても嬉しいです一つひとつお返事できず、すみません(お知らせ・記事とコメント欄について参照)いつも「いいね!」してくださる方もありがとうございますおかげさまでなんとか更新できています遅い時間の更新となってしまいましたそれではまたみなさま、おやすみなさい(↑画像クリックでフォローの画面へ!)ぜひフォローしてまた見に来てくださると嬉しいですこのブログは私、菊晴(きくはる)の「心のとらわれ回想記」です(ときどき最近のことも載せてます)よろしくお願いします★強迫性障害って何?という方はこちら強迫性障害はどういう病気なのか その1強迫性障害はどういう病気なのか その2★病気だと言われたときのこと「強迫性障害」だと知らされて。お時間ございましたら、ぜひぜひよろしくお願いします

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    強迫性障害でブチ切れた話 その3
  2. 前回の生い立ちの復入院して3ヶ月が経とうとした頃。オカイさんの事件のことで気が滅入っていました。納得出来なかった処分・・・ホールに出ると、「あれ!〇〇(私)さん!!どうしたんすか?」例のセクハラ男が駆け足で近寄ってきて私の右肩に触れたのですその瞬間、私の中の何かが壊れてしまったーーー「…触んないでよ!!」ホールのテーブルから椅子を引っ張って咄嗟にその椅子を持ち上げて男を威嚇しました。「何をやっているんですか!!」あのヤクザ看護師を含む看護師3人が私の元に飛んできて両手を押さえ付けたのです。先生「頭を冷やしてもらいます!」看護師達に引きづられて私が押し込められたのは…隔離室無情にも隔離室の扉はバタン…と閉められてしまいました。は?なんで………?なんで先生 話を聞いてくれないの?看護師さんが申し送りで伝えるって言ったじゃん……あの男をもう近付かせないって………トイレとベッドしかないこの薄暗い部屋に一晩閉じ込められました。次の朝、解放されたけれどあまりに勝手な看護師や先生の判断に不満や不信感は我慢の限界でした。それでも耐えて耐えてようやく 約束の入院期間の3ヶ月が経ちました。やっと退院出来る!もうこんな所嫌だよ……そんな私の希望をまたもや裏切ってくれたのは1本の継母からの電話でした。継母「退院の面談、行けないから。いつになるかも分からない。じゃあね」理由も言わずに一方的に電話を切った 鬼畜・・・私の目の前は真っ暗になりました…先生「お父さんがご病気みたいで退院の面談は未定になります。」え?病気?お父さんが……大丈夫なのかな、退院もいつになるか分からないんだ……父への心配と退院延期で落ち込んだこと全て無駄にした父。後に知ります。父は病気なんかじゃなく喧嘩した相手に怪我させて留置書に入っていたことをーーそのせいで私は半年間もこの閉鎖病棟に閉じ込められることになるのです。でも、延期になってしまった私の入院生活に光を与えてくれた人物がいます。グシケンさんとの出逢いがあったからです当時23歳の私より4~5歳は歳上だったと思います。一目で沖縄の人だと分かりました。グシケンさんのほうから私を気にかけてくれて私達は一気に距離を縮めて仲良くなりました。一緒に並んで食事をしたりひとつのCDウォークマンで一緒に曲を聴いたり消灯までお喋りしたり……お風呂も毎回一緒に入っていました。「私、ソープ嬢なんだ」グシケンさんの告白に少々戸惑ったものの、こんな身も心も綺麗なグシケンさんなら偏見も何も感じなかった。グシケンさんには理由があったから。グシケンさんは外泊に出たっきり病院には戻って来ることはありませんでした。外泊前に グシケンさんから渡されていたメモの番号に公衆電話からかけた私。「まゆちぇちゃん、急にいなくなってごめんね。まゆちぇちゃん、幸せになるんだよ」「グシケンさんは幸せですか?」「幸せになるため今行動してる。仕事辞めて、沖縄に帰る」「グシケンさん、私も幸せになりたい!グシケンさんに出逢えてよかった、それから…」ツーッツーッとテレカが切れた…それから『グシケンさん、ありがとう』そう伝えたかったけど、グシケンさんには伝わったはず…不思議と涙は流れませんでした。先生「面談の日が決まりました。お父さんもご病気もよくなられたようですよ」気がつけば入院してから半年…やっと退院出来る!レイナにも会える!!しかし、、、先生「まゆちぇさんの独り暮しの話も含めて3日後の親御さんとの面談で退院を決めましょう」は?独り暮し…?一瞬何を言われたのか 頭が混乱したーー3日後、約束通り父と継母は病院に現れました。半年ぶりに見る継母の顔・・・私の目を決して見ようとはせず、先生、父、継母、担当看護師、ソーシャルワーカー、福祉のケースワーカー、保健師、会議室のような広さの面談室で私の退院の面談は始まりました。父「まゆちぇの病気のせいで女房がまいっているんですよ」継母「まゆちぇだけに構っていることは出来ませんので……私も体調を崩してしまいます」ソーシャルワーカーや福祉のケースワーカーは「まぁ!あんなにお子さんがいらして、お姉さん(私)がそんなんじゃ、お母さんが大変!!倒れちゃうわよ」「大変な病気みたいだから他のお子さんにも影響を与えかねないわね」勝手なこと言わないでよ・・・私がいたから今まで家の中が回っていたんでしょーが担当看護師「強迫観念も入院中かなりありました」父「先生、まゆちぇは独り暮しさせたほうがいいんですよ」先生「まゆちぇさん、何か意見はありますか?」意見、ねぇ……あなたたちは散々私を利用したくせによくそんなことが言えたものだ幼い頃から我慢ばかり強いられてきてワガママひとつ言わずあなたたちを困らせたことなんてひとつもないはず…お給料だって全部家に入れた文句ひとつ言ったことないあなた(継母)が産んだ子供たち全員のおむつを替えて可愛がってきたよ私が稼げなくなって家事ができなくなったらもう用無しってわけか………病気になったのはどうしてだか自覚すらないあなたたちに私が意見したところで何も変わるわけない…「…ありません」「では、独り暮しをする条件で退院決定します」(続きます)

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  3. いいな、と願いレイヒーリングをさせていただきました。遠方の方でしたので、遠隔ヒーリングをライン通話しながら行いました。ご感想をご紹介します 匿名 さま 【ワークをお受けになる前と後ではどのような違いがありましたか?】 受ける前は目が開かなくなる程眠かったです、受け始めたら目が冴えました。 【ワーク中にお感じになったことはありますか?】 始める時に目を閉じていましたが、宇宙人が突然出てきて凄く驚きました、怖いと思ったら消えました。 そのあとピラミッド型の綺麗な謎の物体が反時計回りに回っていました。 手を当ててくれている場所に体感があるのではなく、体の中央部分がジンワリと温かかったです。 腰痛があるのですが、腰の部分をやって頂いている時に、無くなるものへの恐怖心を昔感じた事を思い出し、知らない男性がポゴッソヨと何度も話しかけてくるのが見えました。調べたらポゴッソヨでは出てこなくて、パンモゴッソヨでご飯を食べた?と言う意味らしいのですが、どういう意図かよく分かりません。 体の変化を見つけたいと思ってレイキモデルを受けさせて頂きましたが、体と心は繋がっていて心のメッセージが届いたなぁと不思議な気持ちでいっぱいです。 楽しかったです、ありがとうございました。ヒーリングを受けるときに体感覚があると「効いている感」を持つ方が多いように感じますが、ヒーリングは目的(望み)を達成するために、お受けになる方にとって一番わかりやすく、喜びにつながる方法で様々な角度からサポートがあります。ですので一点を集中してみると何が起きているかわかりにくいですが、全体を見ていくと鳥肌が立つほど完璧に働いていることがわかったりして、ワクワク&感動できる素晴らしいツールです。今日お受けいただいた方は、体で感じることと、心で感じるものがバラバラな感覚があったようですが、つながっていることに気付かれたご様子でした。腰痛も、ヒーリング中は痛みがなかったそうです。終わった時は少し残っていたそうですが、痛みが減ったとおっしゃっておりました。えりりんが受けた感覚は、冷え性はメンタルの結果なので、心がリラックスできるようになると自然と解消していくことと思います。腰痛もメンタルの結果ですので、あと数回ヒーリングをしながら怖れの意味が腑に落ちた瞬間になくなるのでは?と思っています。何が起きるか、楽しみです^^あなたの悩みは何ですか?解消のきっかけを作るチャンスになるかもしれません。まだモデルさんを募集しています。ご興味のある方は是非お試しになってみてくださいませ。詳細&お申込みご案内はこちらのブログをご参考ください。※2018年11月17日をもちまして、モデルさん満員御礼となりました。ご協力ありがとうございました!レイキヒーリングはこちらからお申込みいただけます。(モニターさま受付中)

  4. 最近度々寝る前の「ちょっとした事」で息子が具合悪くなり、頓服を飲んでから寝ると言う事があります。数日前は、「さあ寝ようか」と言い、お互いの部屋に行こうとした時に、鼻炎の私は(季節のアレルギーです)点鼻薬を会社に忘れて来た事に気付き、息子に「あんたの貸してくれへん?」と言いました。以前にも借りた事ありましたし、私が使うと「汚い」と言う事はありません。息子はもう鼻炎は治っていますので、使っていません。すると、とても険しい顔になり、「取ってくるわ!」と言い、部屋から持ってきてくれました。(あんなに機嫌悪くなるなら借りるんじゃなかったな)と思いましたが、せっかく持ってきてくれたので、借りる事にしました。寝たと思っていた息子はその後、ドタドタとリビングに降りてきて、頓服を飲んでいました。そして、翌朝もまだ怒っています。「どないしたん?点鼻薬借りた事怒ってるの?」「うん」「でも、前も貸してくれたやん」「決まった場所に置いてたから動かしたくなかってん」(あ、そこ)私は自分が悪いとは思いませんが、「そうやったん〜ごめんなぁ」と言いました。するとかなり調子は戻ったようでした。(ふう〜疲れる)そして、昨夜は、、寝る前に牛乳を飲もうとした息子。牛乳パックを開けようとして、うまく開かず、自分の手に牛乳が飛んでしまったようです。「あっ!」と大きな声を出しました。そんな時、振り返るの怖い。私は「あ、大丈夫、大丈夫、牛乳はベタベタもしないし」と、慌ててフォローしますが、そんな問題ではないのです。また地獄に真っ逆さまのような顔をしています。頓服を飲んで「今日は昼間にも飲んだからマックス飲んだわ」と、言っていました。(どうかこのまま穏やかに寝てくれますように)と祈りながら、私は関係ない色んな楽しい話をしました。30分程話すと、息子の表情も穏やかになってきたので、寝る事にしました。今朝は「良い顔」で起きて来たのでホッとしました。33歳の息子に、5歳の子に接するようにしないといけない時があります。これは疲れるなぁ。でも頑張るしかないのです。忍耐と努力です。

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  5. 心で熱い看護師さん発達障害のことをお話しました。私は、発達障害なのか、そうでないのか分からないそうです。前医では「アスペルガー症候群」と診断され、医師から、「あなた、周りから嫌われてるでしょ?」と言われるくらいでした。今の主治医のところに転院して、いろいろな発達の検査をして、「たしかに出来ることと出来ないことの凹凸が激しいから、自閉症スペクトラムなのかもしれない。でも目の前にいるayaさんという人間と話をしていても、そんな感じがしないんだよな。」と言われて。先生は何度もカルテ上の、「ASD疑い」の文字を消したり丸で囲ったりを繰り返しています。幼い頃の私は、確実に発達障害だったと思います。じっと座っていることができず、幼稚園では勝手に園庭に出ていっちゃったり、みんなが運動をしている横で、ありの行列を眺めていたり。幼い頃の記憶はあまりないけど、とにかく「ありの行列」が大好きでした。小学校に上がると、記憶力を発揮することが増えました。暗唱が得意でした。国語の教科書の物語を、一文字も間違えずに話せて。連絡網を見るだけで、クラス全員の電話番号を記憶していました。でも、人の気持ちを考えることができませんでした。平気で酷いことを言っていたと思います。「そんなことを言ったら、相手はどんな気持ちになると思いますか?」そう聞かれても、「わかりません」としか答えられなくて、先生や親に、ため息をつかれるか、もっと怒られるか。人の気持ちがわからない分、自分の気持ちにも鈍感でした。そんな人間だったから、中学では、友達がいませんでした。集団に無視される、机に「死ね」って書かれてる。だけど、ぜんぜん辛いとは思わなかった。友達と話すなら、円周率を眺めていたかった。数字の羅列が美しく感じました。「死ね」の文字は、そのままでもなんら問題なかった。見かねた先生が消してくれました。そして、拒食症になって。入院をして、自分が初めて「心の病」になったことを理解して。臨床心理士さんや看護師さんとお話をしていく中で、人間には「心」があるということを知って。何をするにも、「私がこう言ったら、周りはどう思うだろう」「私は今、嬉しいの?悲しいの?」と、人と自分の「心」を最優先に考える訓練をするようになって。そしたらいつの間にか、ありえない暗記能力も小さくなって、「人の気持ち」「自分の気持ち」を考えることが少しできるようになりました。高校でも友達がいなかったけど、大学に進学して。優しくしてくれる友達に恵まれ、「友達を大切にしたい」と思うようになりました。同時期に始めた介護のアルバイトでは、「利用者さんがどう思うか」を考えられるようになりました。今でも、人の気持ちを考えることが得意ではありません。「自分だったらどう思う?」と、いったん自分に置き換えてから考えないと、わからないんです。嬉し泣き、悲しいけど笑ってしまう、そういう複雑な表情を理解するのが難しい。でも、良く考えればわかるようになった。暗記能力を失った分、大切なことを得ました。病院に就職して、管理栄養士としてたくさんの患者さんと接してきて。「患者さんから教わることは多い」ってよく言うけど、私は気持ちの面で、教わることが多かったです。病気を否定する気持ち、病気に怒りをぶつけたい気持ち、病気を治してほしいとすがる気持ち、病気に絶望する気持ち、病気を受け入れる気持ち。教科書をそのまま覚えた私の知識を、思いっきりひっくり返してくれた患者さんもたくさんいます。そのたびに、患者さんの言葉の裏の気持ちを考えるようにして。でもね。わからないの。きっと私が発達障害だからわからないんじゃないって気がついた。私は患者さんの病気になったことがないからわからないんだ、って。「あなたは糖尿病です。治ることはありません。一生、食事制限です。好きなものは食べられません。カロリー制限してください。甘いものは禁止です。」こんな告知の仕方はないと思うけど、患者さんはそう感じたとして。患者さんがどれだけのショックを受けるのか。私がわかることは、想像でしかなくて。それはどの医療従事者でも同じなのかなって。だから、わからないときは、「いま、どんな気持ちでお話してくれたんですか?」と聞くようになりました。笑ってるけど、泣きたい患者さん。嫌だと言いながらも食事療法を続けてる患者さん。いろいろな「人間の気持ち」に接してきて。私の「共感」は、本当の意味での共感ではないのかもしれない。「学習してきたパターン」を引っ張り出してきただけかもしれない。でも、それだっていいじゃない。「あなたの気持ちがわかりますよ」と、薄っぺらい言葉しかかけられない人よりいいよこんな感じの話をしました。ちなみに、運動も苦手でした。私はバレエを習っていたけど、先生のお手本を見て、「インプット」はできるんです。たぶん、完璧に覚えてる。だけど、「アウトプット」ができないんです。見たとおりに手足を動かしたいのだけど、動かせない。中学高校のダンスでも同じでした。バスケットやバレーなどの球技も苦手です。人の考えがわからないから、自分がどう動いたらいいのか分からないのです。だから、陸上を始めました。速く走る、遠くに跳ぶ。それだけだったから、陸上では良い成績を残すことができました。陸上がきっかけになって拒食症を発症しているから、陸上との出会いが良いことだったのかはわからないのですが。いま、障害をもつこどもたちと関わる仕事をしていて。その子たちの「生きにくさ」を分かってあげたい。気持ちはみんなそれぞれ違うからわからないかもしれないけど、「なんで友達が離れていくんだろう?」「なんで毎日怒られるんだろう?」「私はおかしいのかな?」そんな考えが頭に浮かんだときに、ちゃんと寄り添いたい。良いところ、できるところ、それを伸ばしてあげたい。社会生活で困ることは、適度に直してあげたい。朝ごはんごはんあら汁サラダ(こども食堂)お昼ごはんりんご柿いちご(全部、こども食堂)養命酒お湯割り夕ごはん過食嘔吐入浴後野菜ジュース養命酒のお湯割り養命酒は1日3回飲むのが推奨されてるみたいですね。養命酒の匂い、好きですコーデ昨日の色違いセーターの片割れ昨日の桜えびと豆腐丼の味付けについてご質問を受けました学生時代はわさび醤油で食べていましたが、昨日は白だしをお湯で割ったものをかけて、お茶漬けよりは水分量が少ないくらいの軟らかさで食べましたレシピ、味付け、といえるようなものじゃなくてごめんなさいそれではおやすみなさい。

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    私と発達障害。
  6. 糖質制限ダイエット中の方、ラ◯ザップに通われている方は見ないでね。以下、個人的な意見です。ライザッ◯赤字転落なんだそうで。だって、CMに出てたタレントさんたちほぼほぼリバウンドしてるもん。てかね、ラ◯ザップでやってる食事指導は所謂スーパー糖質制限らしいんですがわざわざ高いお金を払わなくても自分でできます。なんせ、私がやってましたから。んで、げっそりがっつり痩せました。効果絶大ですよ、ただし間違いなくリバウンドします。リバウンドしたくなければ死ぬまでスーパー糖質制限をしないといけない。はっきり言ってこの方法で痩せた状態を維持するのは不可能です。かなり過酷で極端な方法で、長く続けるとか無理。だから一時的にライ◯ップで厳しい指導を受けて痩せても辞めたらあっさり元に戻るよ。短期間で痩せて結婚式でウエディングドレスを着るだけの為、とかだったら有りかもね。まぁ、私ならやらないけど。んでね、スーパー糖質制限の怖いところなんですが強迫的になっていくんです、食行動が。調味料も糖質が高いケチャップ、みりん、めんつゆ、ソース、ダメです。野菜もミニトマト、玉ねぎ、人参すらダメです。スーパー糖質制限って、1g、2g単位の世界なんですよ。炭水化物抜きダイエットとは全く別もの。ゆるい糖質制限とも違う。控える、じゃなく可能な限りゼロ、です。ケトンモードっていうサイクルを利用したダイエットらしいんですが↓↓↓ケトーシス(英:ketosis)は、糖質および脂質の代謝障害により、体内のケトン体が異常に増量し、臨床症状を示す状態。ケトン症とも呼ばれる。↑↑↑なんか怖いでしょう?この臨床症状をきたす一歩手前の状態にするって感じなのかな。(間違えてたらごめんなさいね。)ケトンモードに切り替わる時、私は頭が痛くなりました。あるあるらしいです。糖質は限りなくゼロに近い数値じゃないとケトンモードにはならない。ビスケット一枚、飴一粒が命取り。糖質摂取量が50gを超えないことを目安にするのがスーパー糖質制限なんですがそんなんだから基本調味料までグラム数を計らなきゃいけない。当然家族とは別メニューを一から作らなきゃいけない。味付けも基本塩胡椒がベター。てか、肉、魚がメインだから金がかかる!葉野菜しか食べられない!お菓子なんて以ての外!コンビニ行ったらサラダチキンしか食べられない!外食はしゃぶしゃぶ食べ放題ばっかり!誕生日ケーキも食べられない!熱が出たのにポカリスエットも飲めない!気がついたら糖質0麺5袋も食べてた!じゃあ、もう糖質制限辞めよう!!で、ここからが地獄の第2ラウンドでした。続く。にほんブログ村

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    糖質制限と摂食障害について。
  7. もよるが、運動療法体重を減量することで正常化できる人もいると思われる。この後半のアプローチは根本治療的な方法であるが、それなりにコストがかかる。これは継続的にスポーツジムに通うとか、美味しいものを食べず摂取カロリーを減らすために頑張らないといけないからである。普通は降圧剤や高脂血症薬を飲む方が遙かに楽である。統合失調症の人で服薬しないと幻覚妄想が再燃し会社に行くどころか、日々の生活も成り立たないレベルの人がいたとしよう。この人は薬に反応性が高く、服薬しさえすれば会社も通勤できるまで回復するとしたら、服薬する価値が大いにあるといえる。ただし発病後に、病前のパーフォーマンスまでは達しない人もいる。そのようなケースでは、会社は本人に配慮し、部署替えなどを行いストレスが少ない職場に異動し就労が続くケースもある。これは統合失調症に限らず躁うつ病もそのような対処をする会社が多い。この会社の対応は規模により良い選択肢が取れないこともある。既婚の女性の場合、仕事を持たない人はこの辺りの復帰のための要求レベルが低いため、主婦ならできるという経過になる人も多くなる。ここが更年期までの統合失調症の男女のレベル差に関係している。普通、統合失調症の回復レベルを考える場合、いわゆる陽性症状、幻覚妄想の有無以外の要素もかなり多い。陽性症状が消退しても、仕事ができない人は全然できない。これは陰性症状が残遺するためで、例えば、不活発さ、集中力の欠如、無為などが挙げられる。しかし統合失調症には明らかに陽性症状ではなく、かといって陰性症状ともいえない症状もある。例えば不眠、それもサーカディアンリズムの乱れなどである。その結果、規則正しい生活ができないために就労も難しくなる。不眠はそれ自体、陽性症状でも陰性症状でもないが、結果的には陰性症状的な病態に関係が深い。慢性に経過する破瓜型(解体型)統合失調症の場合、陽性症状は概ね収まっていてもそれ以外の症状が重すぎて就労どころではないといった病態になりやすい。このような人はそれまでの臨床経過がそれ以降の病態に影響する。つまり服薬状況が予後に大きく関わるのである。うちの病院の共同住居に入所している統合失調症の人たちは、1人1人思い浮かべると、誰一人、幻聴がある人がいない。しかし、かといって軽いかと言うと決してそうではないのである。ただし共同住居の住人も高齢化が進み、今は就労といった年齢ではない人が多くなった。この共同住居の人たちは寛解状態かと言うととうてい寛解とは言えない。その理由は、陰性症状と言えない症状も含め、陽性症状以外の精神症状が重いからである。その視点では、家族と暮らしているものの就労もできず、滅多に外出しないひきこもり状態の人ももちろん寛解ではない。寛解と呼べる状態とは、陽性症状がない(つまり幻覚、妄想、興奮など)に加え、陰性症状も軽いレベルに留まる人たちだけになる。そのような視点だと、統合失調症は寛解ですら難しい疾患である。これは特に自分の大学ではそういう感じであったが、自分の場合は、もう少し寛解の範囲が広い(と思う)。統合失調症で服薬しないと幻聴や荒唐無稽の妄想が出てくるが、服薬すると見事と言うほどきれいに症状が消失する人がいる。これは薬物反応性が高い人である。服薬しないと必ず幻覚妄想が出てくるのがわかるのは、経験的というかその人の履歴がそうだったからである。もし発病以降、ずっと服薬し止めることがない人がいたとしたら、服薬を中断した際に必ず幻覚妄想が再燃することもわからないと思う。このタイプの人は最初に挙げた高血圧とアムロジンの関係に似ている。精神病が高血圧と異なる点は、現代医学で運動療法的な服薬に頼らない根本治療的アプローチが存在しないことだと思う。このようなことから、統合失調症で寛解状態と言えるほど回復した人は発病後2年目くらいに一度、服薬を中止して様子を見るのも良いと推奨する臨床家もいる。これはそうでもしないと、服薬中止のチャンスなどないからである。ここは反対意見の精神科医の方が多いような気がするが、なぜそうなのかというと様々な要素があり、○そもそも寛解状態のレベルに達している人が稀であること。○須らくそのようなことを言うと、本人や家族が服薬の必要性を軽視し、服薬しなかったために再発する人が多くなる。○再発することで非常に問題が生じる職種の人たちがいる。○中止できると思われる人は病型が決まっているのではないでしょうか?ざっと挙げてみると上のようなものである。幻覚妄想状態の治療中、時間が経ち服薬の必要性が疑わしいと思える人がいるが、自分の場合、こちらから服薬中止を勧めている。これは幻覚妄想状態が消褪し、統合失調症とは診断できないと思われる人である。これは対人接触性が最も重要だが、就労状況なども考慮する。だったら、どのような診断になると言うと、○一過性精神病性障害○統合失調感情障害○症状精神病など器質性疾患くらいであろう。特に最初の一過性精神病性障害は、生涯に1度だけのエピソードだった確率も高く、一度、薬を中止してみる方がむしろ良い。統合失調感情障害は、増悪時は統合失調症にしか見えないが、寛解すると病前とまったく変わらなくなる。仕事も普通にできる。そもそもこのタイプの疾患では、寛解後に精神病の痕跡がないので、履歴すら見えない。これは病型がそうなのでいったん中止してみるのも有力である。むしろ服薬を継続させる根拠が乏しいが、仕事のタイプによれば服薬根拠がある人がいる。上に挙げた「再発すると非常に問題が生じる職種の人」である。統合失調感情障害の処方戦略が難しいのは、たいして服薬していなくても再発しないので、適切な服薬量が推し量れないことだと思う。ずっと何年か服薬をしていても、再発した場合、再発を防ぐ薬の量だったのか疑わしい。また、この病型だと、十分な服薬量を副作用に耐えて服薬する甲斐がない。そのようなことから、いったん中止し、3か月ごとに顔だけ見せに通院してもらう。このタイプの人は恐ろしいほど長期間再発がない人がおり、さすがに3か月ごと1年も来てもらうと、「もう次から来なくて良いですよ」くらいにこちらも言ってしまうため、その後、何年も通院も服薬もしない経過になる。そして3年後とか、人によれば12年後くらいに幻覚妄想や昏迷状態で再び会うことになる。その時、どうみても統合失調症としか見えないので、「この人は統合失調感情障害だったんだ」という明確な診断がつく。一過性精神病性障害や症状精神病ではなかったのである。その後、どの程度の服薬をするかは本人との話し合いである。あの自分の状態はやはりまずいというか、怖いという感触を持つ人は滅多に再発がなかったとしても服薬を希望する人もいる。周期の規模によると、服薬しないという選択肢はあると思う。統合失調感情障害はいくら悪化時に統合失調症に見えたとしても、家系的には双極性障害の近縁にある。現代的には広汎性発達障害の家族歴も散見されるが、どのようになっているのか不明である(例数が少ないので)。精神疾患の流れ的には統合失調症より双極性障害的だと思う。さほど広汎性発達障害的でもないが、ひょっとしたら、ADHDにいくらか関係しているかも?くらいであろう。比較的服薬中止を助言しやすいのは、F2(ICD10)圏内では、統合失調感情障害であろう。2年目くらいにいったん中止してもリスクが少ないと言える人は、実際には限られているのである。統計的に統合失調症の発病後2年目に、服薬中止してもまあまあの結果が得られているとしたら、統合失調症の中にノイズと言える統合失調症ではない人々(上に挙げた統合失調感情障害や、広汎性発達障害系の幻覚体験を持つ人たち)が紛れ込んでいるからであろう。これは十分に考えられることだと思う。

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  8. ちゃんと吸収したよ体重計おそるおそる乗ったら浮腫んでるのかエライコッチャに+1.5kgかーま、まぁ楽しかったしいいもん。吸収するべき美味しい料理でしたし笑笑さて食事内容いくよー自炊①おナスが安かったので麻婆茄子美味しく出来て大満足お好み焼きも父から伝授してもらったので、大分上手にできました笑自炊②牛丼はふるさと納税の黒毛和牛の残り物。流石黒毛和牛、美味しいオムライスホント何回目?笑焼肉!!みてよ、この霜降り二段目の右の写真なんてキャビア乗ってます食べたーいってワガママ言ったら大体オーダーしてくれました20代の特権フル活用笑生のお肉なんて初めて食べたけどホント美味しかったー締め締めの冷麺とリゾットは皆んなで仲良くシェアプリンも頼んで大満足2軒目はベルギービールのお店でフルーツビールとアヒージョフランボワーズのビールです。ベリーの味がしてうまぁー以上ですいやはや、幸せでした。只管幸せを噛み締めてましたあー、また食べに行きたーい私でも行けていいお肉たべれる所といえば俺の焼肉しかないもんね東銀座駅近くのところはお肉のクォリティも高くておススメです。要予約さてとー、今日の夕方彼氏さんが帰宅するのでまったりお片づけしてますではではー!↓他のブログの記事はこちら↓

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    11/19 食事内容 焼肉!焼肉!焼肉!
  9. ただ、最近。ご自身体重や食べたものを報告するコメントや、明らかに誹謗中傷のコメントなどをいただくことがあって。摂食障害の当事者の方なら分かると思うのですが、人の体重を聞くのが嫌なこともありますよね。自分と比べてしまったり。それをコメントで一方的にされるのは、私も正直、嫌です。それについては以前も書いたことがあります。それを他の方に見せるのも、「嫌なことをおすそ分け」みたいで嫌です。ご自身のブログに書くなり、主治医に話すなりしてください。それから、誹謗中傷について。ある特定の方から、あまりにも酷いコメントをいただくことがあります。「私が悪いから仕方ない」と思ってきましたが、その方、他の摂食障害ブロガーさんのところでも酷い中傷をしていて。私は他のブロガーさんのコメント欄を読むことはないのですが、あるブロガーさんが、「〇〇〇〇さん、ごめんなさい」と書いていたので、コメントを読んでみて知りました。その方はご自身のブログを書いていらっしゃらないので、なぜそんなに摂食障害ブログを読んでいるのか、摂食障害だけじゃなく、メンタルヘルスカテゴリをまんべんなく読んでいるのか、なぜそんなにトゲトゲしているのかは、分かりません。ただ、あなたがやっていることは、「荒らし」「たたき」ではありません。「誹謗中傷」「名誉毀損」です。昨日の私の記事に、「先生、を名乗るな」と書いた、あなたです。そのコメントは削除させていただきました。これからは、基本的にコメントは承認するつもりですが、内容によっては非公開にさせていただきます。本当はあまり、こういうことは書きたくないんです。私が本当に伝えたい相手には届かず、その他の多くの心優しいブロガーさんが、「私のせいなのかな」と気にしてしまうから。「私のせいかな」と思った方。あなたのせいではありません。いつもコメントをくださる方も、たまにコメントをくださる方も、たまたま通りかかった方も、いつも元気をありがとうございます。そしてここからは通常記事です。今日はこども食堂でした昨日の体調不良は良くなったし、前回のこども食堂は、転職活動がバタバタしている時期だったのでお休みをしたので、今日は行くことにしましたこども食堂が地域の広報誌に載ったことで、お客さんが増え、食材のご寄付が増えて。とても忙しくなりました。特に農家さんからのご寄付が増えて、季節の野菜や果物がどっさり届きましただから提供する食事も、お野菜もりもりになりました下処理が必要なものが増え、提供食数も増えたので、みんなで黙々と野菜を切りました。私は今日は副菜の野菜を全部切りました。キャベツの千切り、レタス、タマネギの1/2スライスきゅうりのスライス、りんごのいちょう切り、パプリカの細切り厨房で働いていたときのようで、なんだか懐かしくなりました。あの頃の調理は苦しいだけだったけど、今は、楽しいです今日は麺の日だったので、もう本当に大変でした私はいつも調理が終わったタイミングで帰るのですが、今日はお客さんが来るタイミングで茹でるので、麺茹でもしてきましたでもやっぱり、最後にみんなで食べる時間が怖くて、すべての麺が茹で終わって来客が落ち着いた頃に帰らせてもらいました。ボランティアさんたちが全員、「ayaさんが切ってくれたんだから、サラダは持ってかえって!」と、サラダと果物を持たせてくれました明日の朝ごはんでいただきますそれから、養命酒、始めました学生の頃、ちょっと体調を崩していたとき、アルバイト先のパートさん達に勧められて2年間くらい飲んでたんです。体調が劇的に良くなるわけじゃないけど、体が温まって、「なんだかよく分からない、なんて表現したらいいのか分からない体調不良」というのが治まって。特に冬の間は毎日、飲んでいました。今年、久しぶりに飲んでみようと思います寝る前に湯冷ましで割って飲みます朝ごはん納豆ごはんコンソメスープしらすサラダお昼ごはん桜えびと豆腐丼わかめスープイカとブロッコリーのサラダ豆腐丼、私の中の懐かしメニューなんです学生時代、料理は一切しなかったし、お金もなかったので、よく朝ごはんで食べていたんですお豆腐屋さんのおいしい絹豆腐を買ったので、久しぶりに作ってみました夕ごはん過食嘔吐寝る前養命酒コーデこのセーター、色違いで2着買いましたショッピングモールの中のテナントさんで、いろいろなメーカの商品を扱っているショップさんのものです洗濯OKなので、重宝していますそれではおやすみなさい

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    こども食堂と、コメントについて。
  10. 、「身長156cm体重72kg over BMI29の世界」の続きみたいなものです。72kgの世界は壮絶でした。そして、痩せた今、得たものは本当に多くあります。世の中がダイエットの広告や、ダイエットを推進している理由が本当によく分かります。だって、痩せたら自信に繋がるものね。痩せたらそれだけで凄いと言われる。痩せたら着れる服がドンドン増えていく。私の場合は、一番嬉しかったのはね屈んで爪が切れたこと。恥ずかしながら本当に難しくて、中々切ることができず伸びっぱなしだったのよ。股擦れをしなくなって、足の炎症が治って、ジーンズに穴も開かなくなって、本当に嬉しかった。いつもいつも痛かったから。座席に座るときも、1人ぶんのスペースに収まって周りに迷惑がかからなくなったのも嬉しかった。汗もそんなに沢山かかなくなったから、恥ずかしい思いをしなくて済むようになった。試着する時も、着るまでに時間がかからなくなったのが汗水流してはかなくて良くなったのが本当に本当に嬉しかった。太っていると色々と不便です。日常生活もままならないし、自分に自信は一切持てなかった。地面をいつも見つめてて、通学路の風景なんて見てなかった。人の視線がいつも嫌だった。痩せてる友人に囲まれた中、自分が本当に恥ずかしくて、惨めで、プリクラが大嫌いだった。だからプリクラの写真なんて全然ないの。階段も上がるのが本当に辛かった。体重のせいで膝を痛めたこともありました。本当に本当に辛かった。痩せたら階段も簡単に上がれた。膝が痛いのも治った。沢山沢山歩けるようになった。人の視線も気にならなくなった。背筋がピンと伸びて、風景を楽しめるようになった。灰色から色鮮やかな世界が目に入ったの。ウィンドーショッピングも楽しかった。ピカピカに磨かれたウィンドーに映る自分を見ても笑顔になれた。痩せてる自分が好き。楽しくて笑顔で歩けるから。自信を持って外に出れるから。猫背になって視線を落としてコソコソしてた頃とは雲泥の差。だから戻りたくない。絶対に。太るのが怖いんです。あの時の頃がフラッシュバックされるんです。痩せすぎなのは分かってる。もう少し膨よかにならないとって。でも、病気になって浮腫んで辛かった時、本当に本当に怖かった。まだまだ太るんじゃないか。このまま元の私になるんじゃないかって。あの時の私を愛せないと私はきっと前には進めないんだろうな…。太ってる自分が大嫌いでした。あの時の自分が泣いてるのが分かる。ごめんね、まだ貴女を好きになれなくて。↓他のブログの記事はこちら↓

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  11. の時感じた心の痛み癒し少しでも早く愛されている、を取り戻すために元の二人にと焦ってしまうそのお気持ちはとてもとてもよく分かるでも駆け引きや女性を不安にさせて依存させるその場合ではない限り男性が離れる・別れるを決めるそれは状況の変化や起きた出来事とか嫌いになる、ならないという感情ではなくここまでに積み重ねて来た月日の中でこの女性とは信頼関係を築けない=愛を循環することが出来ないそう感じることが重なっていった時だから直ぐに以前のように、や元の二人にという気持ちにはなりにくい離れる・別れるに至った言葉の行き違いや喧嘩はあくまできっかけなのでそこを解決してもまた同じことを繰り返してしまう焦りから早く以前の二人に戻ることを求めてしまうと彼女は何も変わっていないそう伝わってしまうからそうならないためにも先ずは「やり直す、ということ」そこにある女性と男性の違いを知ること男性である彼が離れる・別れるを切り出す時それは嫌いになる、ならないという感情ではなく信頼関係を築けないと感じた時だから改めてその信頼関係を築いていくその視点が必要なことそしてどちらが良い、悪いとかどちらが合わせる、合わせないとか私が変わる、変わらないではなく私が彼と居る時にどんな気持ちで居たのか何を感じ何を想っていたのかを知ってあげる彼が私と居る時にどんな気持ちで居たのか何に、どんな時にこれ以上信頼関係を築けないと感じたのかそこを想像してみることがとても大事になる「やり直す、ということ」それは今までの二人で積み重ねて来た月日その流れの延長線上にあるものではないから以前のように、元の二人に戻ることではなくあくまで”新しい繋がりを育んで行く”ことその意識がスタートになる*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-カウンセラー  えがお初回30分無料セッションのお申し込みお問い合わせはこちらまでegao_hibi⭐︎yahoo.co.jp(⭐︎を@に変えて送信して下さい)セッションについての詳細はこちらをご覧ください

  12. 昨日から鹿児島に来てます。昨日のシンギングボウル瞑想会は、来て良かったと、皆さんに言っていただき、メールでまでお礼や感想を改めて下さる方々もいて、凄く嬉しかったです。返事は帰ってから書かせていただきます。今日は薩摩満喫ツアー初日でしたが、「今日行ったところ全部良かった」と言われたりして、また嬉しかったです。どちらも内容については後日報告しますが、まずは、フィッシング詐欺にあって良かったという話をします。昨日の朝、4時40分に家を出たかっので、前日の夜にタクシー会社に予約の電話をしましたが、4社かけてもダメでした。それで、長男に送ってくれるように頼んだんですが、30分前に起こしてくれるなら、ということでした。そのとおりにしたんですが、なかなか起きません、ようやく起きて、送ってくれましたが、駅に着いたら、乗る予定の電車はすでに来ていて、乗り遅れました。急行と特急を乗り継ぎ、空港に出発1時間前に着くはずが、次の電車は17分後で、しかも各駅停車。乗り換えたのも各駅停車。これはギリギリだと思い、ケイさんにチケット発券してもらうようラインしました。でも、それが出来たのは、詐欺にあって、クレジットカードを止めたからです。クレジットカードで決済した場合、発券時にもう一度カードが必要なんですが、停止手続きしたので、全日空に電話で相談したんです。すると、確認番号というものを伝えられ、その番号だけで発券できると言われました。それでケイさんにお願い出来たのです。先日、免停になったおかげで詐欺に気付けたって話を書きましたが、詐欺にあわなければカードを停止してません。搭乗手続きは20分前で締め切りで、満席でしたから、私が遅れたら乗れなくなるところだったのです。詐欺にあったおかげで助かりました。免停も詐欺も、普通に考えたら悪いことです。でも、物事には必ず両面があります。私にとってどちらもありがたいことでした。ネガティブな面だけ見るのではなく、ポジティブな面もあると信じて受け入れていきましょう。

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  13. 待ちに待った休み前過食だよーと、言う意気込みはどこへ?と言うぐらいしか食べられなかった←悔しいとりあえず、疲れてるのか何なのかさっさと寝てしまいたいばかりが頭に浮かぶ…つまらん!まぁ、本番は明日ってことで…はい。晩御飯キャベツの塩昆布←底活生ハムとアボカドとクリームチーズとトマトのサンドイッチ的なやつ(母さんが適当に作ったから名前などない)←二段目ドリアグラタンコロッケグラタンとドリアは、ほぼ、あたしが食べた次安定の唐揚げ棒…のはずが…今日は買ってからわりと早い時間に食べたのにいまいち…飽きてきたのかな?はい。次食べかけすまん!パン屋のパニーニこれも微妙…これならどうだ的にこちらここに来て、やっと乗ってきた気がする…次やっぱり、だんごは胡麻だわ…間違いなく( ゚Д゚)ウマー調子に乗ってきたところで次雪の宿も裏切らないミルクかりんとうより普通がいいね一旦、塩分チャージじゃがりこも裏切らないありがてー新商品なのかな?癒されたかどうかって聞かれたらわからないけど美味しかった確か、この後揚げピーナッツ食べたけど写真とるの忘れた←あるあるだよね初めて見た。これ。チョコの蒸しパン自体なかなか見ないのにフルーツとナッツ入ってて更に珍しくて半額ハントしてしまったそこそこ美味しかった会社に持っていくものから間引きされたやつビスコも安定の美味しさ…特にこのカフェオレ味が好きすぎる!駄菓子欲やっぱり、( ゚Д゚)ウマーラストこれ散々、リピってるけど今までで1番中のホイップ少なくて落ち込んだ…そんなこんなであたしの金曜の夜はそろそろ幕を閉じるはず!寒すぎてアイス無理だからシュークリーム食べようか迷ってる…寒いときほどアイス食べたくなるの何とかしてほしい。正直、今どっちかっていったらアイスの方が食べたい…本当に寒いけど(白目)よし、疲れたから寝ようかな…ではでは、皆さんおやすみなさい♪

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    期待を裏切る
  14. うにしてくださいね強迫性障害(OCD)のかた全てが、私と同じことをするわけではありませんので「こんな人もいるんだなぁ」という感じでご覧いただけましたら幸いです。===================今日の漫画は、時々しかバイトに入らず、ほとんど引きこもりだった頃のお話です。それではどうぞ↓…続きます。次から話が動きだします。不穏なタイトルですが、家族との話になります…。さて、漫画について。あくまで私の場合ですが、家事はとても大変でした。洗濯や掃除にも強迫の症状は出たのですが、私は料理が一番苦手な家事でした。刃物、血、菌…私にとって不安になる要素満載でした。料理することの中に、ぎゅぎゅっと色んな症状が凝縮されているといいますか…他の家事については、また別の機会に描きますね☆ちなみに、母とは色々ありまして、以前描いたものは最後にリンクをはっておきますのでお時間ございましたらぜひご覧くださいコメント返信>ターロン ガオチャオさん初めまして!コメントありがとうございます。漢方薬はとっても美味しく感じるので毎日飲むのが楽しみでもあります。好きな物を飲むという時間が私にとって癒しの時間になっているみたいです>るなさん現在のことは、どこまで書くか今はまだ悩み中です。もしかしたら漫画の話の流れで今後出てくるかもしれません。お仕事は悩ましいですよね…それではまた更新時間が遅くなってしまいました!みなさま、おやすみなさい(↑画像クリックでフォローの画面へ!)ぜひフォローしてまた見に来てくださると嬉しいですこのブログは私、菊晴(きくはる)の「心のとらわれ回想記」です。(ときどき最近のことも載せてます)オススメ漫画はこちら★母にお願いしていたこと『加害恐怖』恐怖に負けず料理した↓そして、その続きの漫画★母との他のエピソード(全7話)強迫性障害でやらかした話 その1お時間ございましたら、ぜひぜひよろしくお願いします

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    強迫性障害でブチ切れた話 その1
  15. 日は...久しぶり体重を計りましたこれまで体重を計ったのは4月の入院前88キロ4月の入院時91キロ7月の退院前94キロそして退院してから今日まで、ほとんど寝たきり状態で過ごしていたら...99.4キロになってしまった〜〜ぎゃーーーヤバイヤバイヤバイ88キロの時点ですでにヤバイけど更に10キロ太った〜〜薬も太りやすくなる副作用があるみたいだししかも飲んで食べてたら太るわな昨日、区民センターの大きな鏡で横綱のような自分にビックリして、今日は体重を計ってビックリ本気でダイエット頑張ります今日のおやつはスープストックのヘルシーなスープと烏龍茶ここで終わりにしとけば良かったんですが...足りなくてピタサンドとミネストローネを食べてしまいましたでもお酒を飲みたい気持ちを抑えてスープやパンでガマンそして、日用品や食材を買いにスーパーとドラッグストアへ行きましたそこでパニックになる出来事が牛乳を買おうと牛乳売り場へ行き、いつもの牛乳を手に取ると...真っ赤なものが牛乳パックの角についていましたまさか...血?とりあえずその牛乳は元に戻して違う種類の牛乳を取りカゴに入れましたでも、さっきの赤いのが気になって、牛乳パックを1つ取りそのパックを赤い部分に付けてみると...ベタっと赤いものが付きましたしかも他の牛乳パックを見ると明らかに血がなすられたあとがおそらく品出しの人の手から血が出ていていくつかの牛乳パックに血がついたんだと思いますそうわかった瞬間に血の気が引き、心臓はドキドキ、呼吸は苦しくなるし一瞬でパニックになりました私は強迫性障害の疾病恐怖、とくにエイズが怖いエイズ恐怖ですもうパニックでしたさらに、もしかしたらカゴに入れた牛乳もその手で触られていたかもしれないそう思ってカゴの牛乳も売り場に戻しカゴの中で隣接していた豆腐も売り場に戻し、除菌ティッシュでカゴの牛乳を置いた場所も拭きましたさらに、除菌スプレーで私の手を除菌、除菌ティッシュで手を何度も拭きました血がついていたのは気持ち悪いけど、そういう時、私はこんなにパニックになるのかと思うとショックでしたしばらく売り場をウロウロしながら血を直接触ったわけではないんだから、そんなことでエイズに感染するわけがないと自分に言い聞かせて落ち着きを取り戻し無事買い物をして帰りました今日の夕飯はダイエット鍋です白菜、もやし、大根、ヒラタケ、鶏団子、豚肉、渡り蟹の鍋ですあと、生姜やキムチも食べて体もポカポカになりました最近ずっと家に引きこもっていたので家では安全ですが、外に出ると何かしらパニックになってしまうのでツライですでもわざとツライ状況を作るのが曝露反応妨害法なので積極的に外出したり頑張らなくちゃマイペースで頑張りますでは最後まで読んでくださってありがとうございましたにほんブログ村強迫性障害ランキングへ

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    ショックとパニックと
  16. 前回の生い立ちの復強迫性障害の悪化のため2度目の精神科病院に入院が決定しました。しかも、私が入院する病棟は閉鎖病棟でした…サイアクだ…病棟医は後に私の主治医となるヨコヤマ先生でした。先生「初めまして、担当医のヨコヤマです。入院期間は3ヶ月です。心と身体をゆっくり休めましょう。」第一印象は眼鏡をかけた若くて物静かな先生・・・いかにも『医者』という雰囲気で話し声も小さくて聞き取れないくらいでした。この時は 思いもしなかった。この先生が、今後私の長年の主治医になるなんて…強迫性障害を寛解させてくれる恩師になるなんて夢にも思わず。閉鎖病棟は規則が厳しくて慣れるのに苦労しました。病棟には自分の担当看護師がいるのですが、私の担当看護師は最悪でした。自分と同じ名字(旧姓)だということにも驚いたのに、その性格の悪さにもあんぐりでした・・・看護師「あまり手間をかけさせないでね。何かあったらすぐに報告すること。分かった?」私「…はい。」アラフィフの独身女め・・・💢強迫観念が酷くてナースステーションにいた担当看護師に頓服が欲しいと訴えたら担当看「少しは我慢しなさいよ。気持ちの問題じゃないの?」この人に頼りたくない💢担当看護師という肩書きだけでこの看護師には必要最低限のことしか言わないように決意しました。入院している患者さんは個性的でした。最初に私に声をかけきたサヤカちゃんサヤカちゃんは私と同い歳の23歳。摂食障害を患っていました。彼女は患者さんに声をかけまくって食べ物をせがんでいるようでした。彼女は私にも「食べるもの持ってますか?きのこの山とか…」何故彼女が私がきのこの山を持参していたことを知っていたのか未だに謎ですが・・・私が食べ物を譲ることで親しくなっていきました。彼女の症状は過食のみ。食べたい衝動を抑えきれない彼女の辛さを見ていた私はサヤカちゃんからせがまれると断りきれなくてポケットマネーからサヤカちゃんにお菓子を買ってあげるように・・・サヤカ「まゆちぇちゃん、ありがとう!!」喜ぶサヤカちゃん―……これって良い関係なんだろうか?彼女の母親が面会に来た日サヤカ母「いつもこの子にお菓子を買ってくれてありがとうー。はい、お返しします!」返してくれたのは目の前に置かれた山積みのお菓子…え?現物で返えすの?現金じゃなくて…?開いた口が塞がらなかった…サヤカちゃん親子を見ているとなんだか寂しい気持ちが込み上げてきてなんと私はホームシックにかかってしまいます。あんな親なのにあんな妹たちなのになんで恋しくて涙が溢れてくるのだろうか・・・サヤカちゃん親子には困らされることがありましたが婚約者さんが面会に来るようになるとサヤカちゃんは症状が安定し出して無事退院していきました。同室のシナモンちゃんと呼ばれる女の子は本物の二重人格でした…ビビりました、めっちゃビビりました。気さくに声をかけてくれた40代半ばくらいのおばさまイワタさんことガンちゃんは統合失調症でした。ホームシックを抱えながらもなんとか入院生活を乗り越えていきました。そしてこの入院生活で忘れられないあの事件が起きてしまいます。精神科病棟の入院患者、看護師、先生にすら不信感を抱いてしまうあの事件が――この病棟は、閉鎖病棟の上に男女混合病棟です病棟の中には 見ただけで分かる明らかに付き合っていると思われる男女のカップルもいました。こんな狭い病棟に何日も衣食住を共にすれば特別な感情も沸いてくるのだろう…そして、下心も………まだ23だった私も例外ではなく・・・「〇〇(私)さーん、こんにちは!何カップですか?俺、胸がおっきい女性が好みっす!」例外ではなく💢40過ぎのチンピラ風の男につきまとわれていました。シカトして避けても部屋にまで訪ねてくるようになったので・・・担当看護師を通さずに直接ナースステーションに飛び込みました。私「〇〇さんにセクハラされてるんです!!」担当看護師と違ってナースステーションにいた看護師さんは私の話を親身になって聞いてくれました。看護師「そっかぁ。ずっと嫌な思いを我慢してたんだね。申し送りで言っておくね。」申し送りで他の看護師さんにも伝えてくれる安心した…………これであの男につきまとわれることもイヤらしい発言をされなくてすむ。。。「まゆちぇちゃん、大丈夫かい?嫌なことでもあった?何かあったら相談してね」私「…オカイさん!大丈夫です、ありがとうございます!」オカイ「私ね、近々退院が決まったんだよ。最後にまゆちぇちゃんと話をしたいなぁ。今度散歩にでも行かないかい?」病棟で一番落ち着いている60歳ほどの紳士なおじ様オカイさん周りの患者さんからも慕われている。父より歳上だからと安心しきっていた馬鹿な私。相手は男性だということに変わりはないのに。私はオカイさんの言われるまま外出時間に2人で散歩に出掛けてしまいましたーー私とオカイさんが2人でいても不審に思う人はいなかったと思う…最初はいつもと変わらない優しいオカイさんと何気無い会話をしながら、病院の近くの道を歩いていきました。次第にひとけが少なくなるとオカイさんは急に私の手を掴んでオカイ「まゆちぇちゃん、走るよ!」急に走り出したオカイさんにやっと不信感を抱いた私。誰もいない公園に連れて行かれてベンチに腰かけた時「君は男性と付き合ったことがあるのな?」気持ち悪い…オカイさん、変だ…!ベンチから立ち上がって逃げよう…!!ガッ…と手を捕まれた私「キスしてもいいかな?」身体が硬直しました……気が付いたら私は一目散に病院に向かって走って逃げていました。「待って!…待ってくれ!頼む!先生には言わないでくれ!退院出来なくなる!!」男も必死に追いかけてきて情けないことに私に口止めしてくる!私「嫌だ!!絶対に先生に言ってやる!追いかけて来ないで…!!」男を振り払って全力疾走してようやく病院にたどり着いた……怖かった…!気持ち悪い…!変態ジジイ……!「私、…オカイさんに襲われそうになったんです!!」ナースステーションにいた男性看護師にすぐに報告したら看護師「あぁ?よく分からんけどオカイさんと揉めたってことね?」私「違います!オカイさんに騙されたんです!!」私がどれだけ訴えてもこのスキンヘッドのヤクザ風の看護師は軽くあしらいました。バカッ!バカ看護師!勤務中にガム噛んでんじゃねーよ!『本人は深く反省しているまゆちぇさんのお父さんに謝罪したいと言っている』数時間後、看護師から伝言されましたーー次の日入院してから1度も面会に来なかった父が病院に呼び出されました。ヨコヤマ先生から説明を受けてからホールに出てきた父に「大切な娘さんを怖がらせてしまって誠に申し訳ありませんでしたっ!!!」大声で謝罪したくそジジイ…父「あなたは娘と親子同前だろうがっ!!!恥ずかしいと思わんのかっ!!!」どんなに父が怒鳴ったところでどうにかなることもない。数日後男は予定通り退院していきました―――悔しい……なんで?どうせあのヤクザ看護師が先生に適当に伝えたに違いない……あくまで‘未遂’だったから大人同士のトラブルで済ませたのだろう…この病棟の看護師や当時病棟医であったヨコヤマ先生に不満と不信感が募りました。そして私にも遂に我慢の限界が来ることになります。(続きます)

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  17. よね。20代前半か入院していたDさん、40代。入院当初は暴れて暴れてどうしようもなかったそうです。彼は大手食品会社の御曹司で月に一回、入院費の支払いに来る時にご家族の方がダンボールいっぱいの差し入れを持ってきます。が、一度も病棟まで足を運ぶことはなかった。事務所から病棟に連絡が来て病院の玄関に職員が差し入れを取りに行く感じでした。Dさんも隔離部屋(保護室)から滅多に出ることがなく、一日中布団から出て来ないし入浴も男性職員が両サイド抱えながら。たまーに起きてきて職員が付き添ってホールでカップラーメン食べるくらいでした。ご家族の方、十数年間、毎月病院に来るのだって大変だったと思う。入院前は何度も警察沙汰になり覚せい剤で刑務所にも服役、出所してそのまま閉鎖病棟に連れてこられたそうです。最後に流れ着いて留まることになった閉鎖病棟ですが彼ほど他者とコミュニケーションを取らない患者さんも珍しかった。保護室って二重扉になってるんですが夜勤の時、突然Dさんが怒鳴り出した。誰もいない部屋で誰かと喧嘩してる。一つ目の扉の鍵を開けて中に入り鉄格子を挟んでDさんと向かい合った状態に。「どうされました?」「客、客が来てんだよ。ほら、後ろ!!」「……。」って、言うんですよ。私の背後を指差して、真顔で。真夜中に消灯した真っ暗なホール指差して客が来てるとか言われて振り返るのに勇気いったわ!(オチが弱くてすみません。おしまい。笑)さて、昨日の至福タイムはこちら。セブンイレブンのとろ生きなこくりぃむもち黒蜜入りかじってないよ、フォークでちぎりました。100円だしさ、またまた【とろ生】なんて大袈裟な、なんてね。あんまり期待してなかったら衝撃的に美味しかった!!飲み物だった!生クリーム大福ですわ、きな粉ホイップヤバい、これは美味い!味わいながら目をつぶって唸るレベル、これは正解だったわ!要冷蔵じゃなかったら溶け出してそうな勢いで見事に【とろ生】でした。あぁ、至福っ♡終わり。にほんブログ村

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    流れ着いた閉鎖病棟。
  18. これは前日から始めダイエットの後の体重で、実際はきっと74kgとかそのあたりだったと思います。BMI30かもね。BMI30。肥満に位置する体重です。その世界は壮絶でした。信じられますか、爪切りするのも難しいんですよ?屈むのも難しい。足を組むなんて夢のまた夢。股ずれは起こし、ジーンズなんていつも穴が空いている。スカートを履くと、股ずれで皮膚が炎症を起こしてる。靴を履くのも一苦労。鏡はいつも見ませんでした。写真も嫌いで、映るのを極力嫌がりました。見た目はまるでドラえもん。顔は大きく、足も手も太く、髪を短く切ってしまえばまるで男。女子高生だというのに恋すらできなかった。体育はいつもビリ。身体が重くて動かなかった。惨めに思う日々のストレス。それでまた食べ物に逃げる悪循環。食べ物は好きだった。食べたら落ち着いた。家族の仲がその時最悪で父も仕事がうまく行かず、母は友人に騙され、裏切られてました。私は学校に馴染めず、友達もおらず、トイレで一人ご飯を食べてた事もあります。寂しかった。惨めだった。悲しかった。自分に自信が無くて。誰にも助けを求められなくて。抑え込むしかなかった。膨らんでいく負の感情と共に、私の体は比例して大きくなりました。いつも食べ物を口にしてました。朝昼晩は勿論、通学・帰宅途中、休み時間、夜食と少なくとも8食は食べてました。寧ろ間に時間が空くのは、授業の時くらいだったかもしれません。私は過食症だったのかもしれませんね。だとしたら、14歳以降私は普通の食事の仕方はイマイチ理解出来ていないのでしょう。入る服は勿論あるはずもなく、可愛い服なんて着れたことはありませんでした。可愛く制服を着こなしたかったな…渋谷のギャルの服装にも、毎日のように憧れてました。原宿に行った時もゴスロリ服を見て目を輝かせたこともありました。でも毎日諦めてました。そんな自分が大嫌いでした。自信をつけたくて。変わりたくて。笑顔でいろんな服を着たくて始めたダイエット。あの頃に戻りたくない。あんな悲しい時に戻れない。私は今は、幸せかと問われればあの時よりは確実に幸せです。友達もいる。彼氏もいる。家族とも和解して。仕事も順調。あぁ、なのに。なのに、私は辞められないのです。太ればあの時に戻る気がして。また悲しく不幸な日々に戻る気がして。あの色の無い灰色の世界に囚われてるのです。過食症で非嘔吐の方。本当に痛いくらい気持ちが分かります。私もそうだったから。毎日が地獄だったから。嘔吐をやめられない私。膨れたお腹をみると、あの頃を彷彿とさせられて、自然と気分が悪くなって吐いてしまうのです。でも、吸収食も増えてきた。フルーツ野菜パン卵チョコお煎餅お肉もケーキも少しだけど吸収できるようになったの。お米や麺はまだ怖いけど少しずつ克服していきたい。BMI30の世界。それは日常動作すらままならない不自由で悲しくて寂しい世界でした。きっとその人次第で薔薇色にも何色にもなれたと思う。私はでも、あの時は寂しすぎました。どうかどうか。神様お願いです。増やすのを受け入れてもいい。でもお願いです。もう二度とあそこまで太らせないで。↓他のブログの記事はこちら↓

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