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ひとつの方法、発見です!
おはようございます。神様のことを考えたり神社に行って色んなことをしてみたりそんなことを沢山していると地上で生きていることを思い出させる様に現実面で困ったことが起きるそんなことがあります。そうならないために、しっかり現実面で生きていることを味わう手段が何か必要でした。昨日Mさんはじめ友人たちとお話ししていてみんなで発見したことがありますそれは嗅覚です雨の匂い、草刈の匂いしっかりと香りを味わうこと。これはとっても腑に落ちることです今日から早速やってみます『八百万の神々アート』ミニキャンパスアクリル画です心で感じる"心画"です『貴方の守護様描きます』見えた情景をお伝えし事前に絵を形にするまでやりとりさせて頂けます。お任せも勿論させて頂けます。『貴方の花、咲かせます』貴方から感じる花、貴方を表す花裏にはメッセージまたは花言葉をそえてお届けしますお気軽にメッセージください↓ゆかるのLINEスタンプはこちらです↓アイコン、似顔絵、ブライダル&more修正何度も可★世界に1つのゆるポジティブ絵描きます SNSアイコン/似顔絵/ブライダル/歌みた/ヘッダー | アイコン作成 | ココナラかわいくてポジティブなイラストをお描きしますSNSアイコンやブライダル、プレゼントにもおすすめです!ペン画に水彩風の塗りを加えたかわいくて見るとうれしくなるイラ...coconala.com今日もご覧頂きありがとうございます皆さんの今日がとても素敵な日になります様に28 SELECT キャンバス ミニキャンバス 画材 正方形 油絵 アクリル画 水彩画 10cm×10cm 12個セットAmazon(アマゾン)神様と仲よくなれる!日本の神様図鑑Amazon(アマゾン)Shuttle Art アクリル絵の具 ビンテージカラー 25色 絵の具セット 60ml ペイントブラシ3本 パレット付き ヴィンテージ風 伝統色 キャンバス/石/木/ガラス/セラミックに描ける 絵具 画材セット イラスト 塗り絵 クラフト 美術Amazon(アマゾン)

赤ちゃんの魂の安定のために大切なこと(「お七夜」の霊的な意味)

【チャネリングメッセージ】忘れるな、誇りを。
龍神 15 さらにスサノウの深い謎
みんな元気ですかさらにスサノオの謎を深堀りします天平の甍(いらか) さらにバール神の封印・・・スサノオの出自を探ると不思議な胸騒ぎがします。なんだかゾワゾワとしたものが上がってきます。特牛(コットイ)はどこから読んでもその読み方にはなりません。明らかに日本語ではありません。さて・・・「神々の指紋」のグレアム・ハンコックによれば1万2千年前にはアラビア湾は海ではなく川でした。今のチグリス・ユーフラテス川とつながっていました。ペルシャ湾とも言いますがサウディ・アラビアとイランに挟まれ地政学的にも非常に重要な海域です。その地域の豊富な地下資源のために国際紛争が堪えません。ここには以前は海はありませんでした。大洪水で広大な土地と文明が海に沈んだのです。ハンコックによればアラビア湾や紅海は潜ればすぐにでも古代遺跡が発見されるそうです。海底古代遺跡の宝庫です。エジプトとも近くピラミッドやスフィンクスの謎の解明のヒントになる手掛かりが見つかるかも知れません。ちなみに地質学の最近の研究報告では1万2千年前の氷河期の終わりに世界各地を襲った大洪水では今のヨーロッパ全土と中国を合わせた以上の広さの土地と文明が徐々に海に沈んだとされています。土地の形成によっては一瞬で、例えば一晩で沈んだ場所もあるようです。(参照→YouTube Graham Hancock Presenting at the 2012 conferencehttp://www.youtube.com/watch?v=X4k8pdJ2so4)このペルシャ湾のイラン側(古代ペルシャ)に沿ってエラムと言う王国が紀元前3200年頃から紀元前539年まで存在していました。これだけでも相当長い間栄えた王国です。これは少なくとも考古学上で分かっている年代です。下の写真がエラムの支配地域だったとされています。しかし実際は大洪水以前より存在していた文明だと想像するのです。(ウィキペディアより/クリック拡大)(エラム王国)これは当時の古代の国々の地図です。独自の言語と絵文字を持ち隣国ともあまり交流がなかったようです。そのために実態がよく知られていませんでした。そのエラム人は自らをハルタミまたはハタミと呼んでいました。(参照ウィキペディア→エラムhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%A9%E3%83%A0%E7%8E%8B%E5%9B%BD)日本語と似ています。「ハル」あるいは「ハ」の民なんです・・・そしてこのエラム古王国の首都がスーサと言います。古代ペルシャの憲法である有名なハンムラビ法典もこのスーサから発掘されており、いまではパリのルーブル美術館に保管されています。スーサは数千年のあいだこのエラムの首都だったのです。(参照ウィキペディア→スーサhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%BC%E3%82%B5)昨日の記事でスサノオの別名を牛頭天王とご紹介しました。この「天王」の最後の文字は「の王」の意味を持ちます。同時にスサノオの最後の二文字は「の王」と読めます。つまりスサノオは「スーサの王」だった、あるいはスーサと何らかのつながりがあるような気がするのです。ちなみにこの地方ではバアル神は聖なる最高神でした。さらに・・・エラムではいくつかの王朝が栄えます。上のウィキペディアの「エラム」の記述の中に歴代王朝の王たちの名前が詳しく書かれています。歴史の研究で分かっている時代だけでもアワン朝からはじまりシュマシュキ朝やバビロニの統治の時代を経て最も栄えていた時代がイゲ・ハルキ朝と言います。その初代大王の名前からこの王朝の名前が命名されています。イゲ・ハルキ・・・とは二ギハヤヒの事でしょうか。そして昨日ご紹介しました祇園祭の山鉾巡行の絵柄がこの中近東地方と深いつながりがあることは偶然でしょうか。さらにはエラムの最初の「アワン朝」とは古事記に記された「アワの国」と関係があるのでしょうか。彼らが自らを呼んだ「ハルの民」といい日本語との共通点があるのはなぜでしょうか。さらにはなぜスサノオ・ニギハヤヒが執拗な封印を受けて歴史から消されたのは、バール神とキリスト教の対立が日本にまで及んでいたのでしょうか。心当たりがあります。聖徳太子は熱心なネストリウス派の古代キリスト教徒でした!続きはまたね(ウィキペディアより)(スーサで発見されたスフィンクス/ルーブル美術館蔵)