みんなが見ている注目記事

  1. ヒメノウゼンカズラ  南アフリカ原産の熱帯常緑低木です、ハチドリや蝶を惹きつける植物です。今日の最高気温27度、最低気温13度、湿度63%YouTubeを見ていたら「娘が同居したいと言ってきたけど私は絶対しない、同居したら女中みたいにならなければいけないから」そんな風に答えてるおばあちゃんがいました。確かにその気持ちはすごくよくわかります、私も長い事一人暮らしを経験しましたので。一人暮らしの時は自分のペースで1日を過ごす事ができて、時間にも心にも余裕がありました。誰に気を使う事もなく、やりたいことをやりたい時にできる、そんな自由な生活でした。それに比べると、娘家族との同居はとても忙しい毎日です。食事の支度、後片付け、洗濯、と家事は終わる事がありません。1日があっという間に終わり、体力的にも、気持ちの面でも、大変だと感じることは正直多いです。だからこそ「女中のようになってしまう」と言われるのもわかる様な気もします。ですが私は少し違う様な気がします、決して「やらされてる」のではなく「自分でやりたい」からやっているのです。毎日目がまわる様に忙しい娘を見ていると少しでも協力してあげたいと思ってしまいます。勿論、親の協力もなく仕事をしながら子育てしてる方の方が多い今の世の中です、甘すぎると言われてしまうかも知れません。そして、何よりも孫の成長をすぐそばで見れること、子供の成長は本当に早いです。同居しているからこそ、昨日できなかったのに今日はできる様になった、そんな瞬間も見る事ができます。自由な一人暮らしをうらやましく思う時もあります、どっちが正しいとかじゃなくそれぞれに良さがあると思います。女中になるのではなく、大好きな家族のためにできる範囲で、無理をしすぎない様にこれからも続けていきたいと思います。

    たくさん共感されています

    娘と同居すると女中にならなければいけない…?
  2. #激混みしてても行きたい場所;Lockwoodのオープニングセールでゲットした物たち
  3. 誹謗中傷で人は 殺せる
  4. いたのです。30代ニューヨークで不毛に感じるシングル時代が長かったこともあり、「今の自分はこうなの」と開き直る自信もなく、みんなとどんな話をしていいのかと考えすぎてしまい、パスしてしまっていました。そんなわたしが昨日は、大学の同窓生のホームカミングのイベントに参加してきました。この年齢になると、一見華やかな人も、なんの苦労もなさそうな人も、実は何か抱えているし、大変なことを乗り越えてきている。それがわかるから、何年も会っていない同級生たちと再会しても、今日会えたことをお互いに祝福しあい、昔を一緒に懐かしむことができるのでしょうね。今回の収穫は、ずっとご縁が途切れていた大学時代の親友Eとやっと連絡が取れて、このイベントに行くきっかけをもらったことでした。行ってみると違う学年の、うんと年齢が上のおばあちゃまたちもいらしていて、好天に恵まれたキャンパス全体に和気藹々としたムードが漂うとても良いホームカミングのイベントでした。同級生で顔を知っている人たちは10人未満でしたが、久しぶりのキャンパスで、Eが持参してくれた懐かしい写真を見ているうちに、思い出が次々とフラッシュバックしました。懐かしい大学時代の写真をEが持ってきてくれました。左/みんなで箱根に行った時の写真左のサングラスの男の子は当時付き合っていたNくん。でも仕事が忙しくなり自然消滅的にきれいに解消し今でもいい思い出しかありません。思えば大学の学年全体の30周年の同窓会に参加したのは16年前です。それ以降大学時代の友人にはだれにも会っていませんでした。会えない間、ずっと気になっていたのは親友Eのことです。大学時代の彼女は男の子たちの憧れの存在でした。彼女は、所作が美しく淑やかで、古い言い方をすれば深窓の令嬢。10歳までアメリカで生まれ育った帰国子女ですが、ご両親の昔ながらの教育の賜物で、日本にいたら習得してしまう汚い言葉遣いなどからは無縁でいられたのです。彼女が真っ白な歯並びの良い笑顔を見せると男の子たちはみんな面白いように夢中になってしまうのです。けれど、彼女は、息をつく暇もないような大変な時代を駆け抜けてきており、親友だったにも関わらず、長い間連絡しても返事が来ない期間がありました。ロンドン生活が長い彼女と最後に会ったのは28年前のロンドンでした。その前は35年前のリオデジャネイロでした。駐在員の妻だった彼女は英語も堪能でだれが見ても幸せなマダムという感じでした。優雅に夫をサポートし世界中を転々としていると思っていたのです。ところが実は大変な修羅場を潜り抜けてきていたのです。大学時代、彼女が好きになる相手は、ことごとくご両親に反対され、お母様がこっそり裏で彼女の相手に会い、別れてくれとプレッシャーをかけて別れさせてしまうのです。おかげで彼女はほとんど恋愛らしき経験もしないまま、卒業後は親の言いなりで早くにお見合い結婚をしました。それでも最初は二児の子供にも恵まれ、幸せに暮らしていると思っていました。しかし、実は結婚生活はあまり上手く行ってないことを知りました。若くしてお見合い結婚をさせられたご主人との生活はすぐに暗礁に乗り上げます。後でわかったのは、ご主人には別に好きな人がおり、その人と一緒になりたい一心の彼に離婚を申し渡されたのです。しかし彼女は「いいわよ」と、彼女の方にも執着があったわけではないので、あっさりとそう答えたものの、いざ離婚の手続きに入ると、ご主人とそのお相手が別れてしまい、そうなると彼は離婚を渋るようになったのです。その泥沼状態を続けている間、彼女にも好きな人ができました。28年前ロンドンに住む彼女に会った時、「彼とカフェでただお茶を一緒に飲むだけで胸がドキドキするの」と、はにかんだ顔で言ったことが忘れられません。それが現在のご主人です。恋愛らしき経験もないまま不毛な結婚をした彼女は30代になっていました。子供も巻き込んだ長い泥沼の裁判の挙句やっと離婚成立。けれど一難去ったらまた一難でした。次はご両親の介護です。ロンドンからの遠隔操作と頻繁な帰国で、お母様、続いてお父様の介護に明け暮れていました。さらに追い打ちをかけるように、コロナ禍にはやっと結婚できた今のご主人(国は特定しませんがヨーロッパ人)が難病を発症。コロナ禍、ロンドンで車椅子生活を送っている彼を残し、お母様亡き後、お父様の面倒を見るため帰国した彼女。長い2週間の隔離で羽田のホテルの部屋に入った途端、何とも言えない安堵感で放心し、ベッドで天井を眺めていたと言っていました。本当に受難に次ぐ受難が降りかかってきていたのです。よく言えば淑やか、悪く言えば受け身な印象だったE。その彼女が大変な困難にどう立ち向かって行ったのか。本当にすごいの一言です。この話すごく長くなるので、また次回ということで。そうそう、夫の友人たちの東京案内は、別ブログで書いています。日本が初めての夫の友人東京案内 | NY人生一瞬先はバラ色最近、なかなか更新できないでいます。理由は、海外からエキサイトブログを利用していると、現在スマホでのログインができないからなんです。これまでサクッとスマホ...rumicommon.exblog.jp『続々と日本に来る友だちカップルのアテンド』 行きの機内から見た黄昏時の富士山 ここ数年の日本ブームはすごいすね。…ameblo.jpいつもご訪問ありがとうございます。※今、新幹線の中です。これから彼らのアテンドで京都に行ってきます!

    たくさん共感されています

    大学時代の親友が品位で乗り越える試練
  5. ビーフと納豆パワー