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  1. 世界一周ブログを中断して、2012年のミャンマー旅を再投稿しています。とっっってもいい旅だったので、最後までどうぞお付き合い下さい2012.12.27インレー湖に到着したイギー&トニーからメールが来た。「インレーの宿探しは噂通り苦労したよ。 本当に満室だらけだよ!!! やっと3ベッドの部屋を見つけたから、 明日来るならシェア出来るよ。」わーーーー。まじかーーーー。体のコンディションを考えると、今日はまだ出られそうに無い明日出て、明後日着だな。その旨をメールすると、「明後日の早朝にインレーを出ることにし たから、入れ違いになりそうだね。 また世界のどこかで会おう!!」あーあ。生理めとりあえず明日のバスチケットを買いにいこ。わ!!!カワイイ子発見!!この子の歌&エアギター?最高!!!最後のキメ顔にズキュン今日の雲はきれいだな~市場にお散歩☆高菜の漬物みたいなのは、よく付けあわせで出てくるけどとっても美味しい。そっくり母娘。右のボコボコの野菜(植物)はこの前スープに入ってたけど、めちゃくちゃ苦かったミャンマーの魚はこういう開き方。変なの〜。そっくり兄弟だねこれは貯金箱になってた。素朴でかわいい。あーーーーーもうほっぺがかわいいお花屋さんミャンマーの女性もよく頭を使って物を運ぶ。みかんの仕分け所。トラックの荷台に積まれてるみかんの量がすごい!おばちゃんたちが傷んでるみかんを仕分けして(そりゃこの積み方してたら傷むよね・・・)大きさ別に籠に入れて、男の人たちが運び、重さを量って、また運ぶ。働いてる人たちの姿を見るのが楽しくて、かなり長いこと見てた。仕事の邪魔だったと思うのに、この人が黙ってみかんを一つ手渡してくれた。ほっこりこういうトラックたまらなくカッコイイ!(はい石井さん、解説お願いします)今日のお目当てはこのカフェ。外国人観光客目当てのこのカフェはちょっと高いけど・・・景色が良くて静かで、のんびり本を読んだりハガキを書いたりするのに最適!ゆっくり時間を掛けて、3枚のハガキを書いた。のんびりとミャンマーでの日々を振り返りながら気が付いた。私、ミャンマーに来てから、毎日一日中ニコニコ笑ってる。きっと、ミャンマーの人が毎日一日中私にニコニコ笑顔を向けてくれるからだ。ミャンマーに来る前の仕事があまりにもきつくて3ヶ月で辞めてきて、私は精神的にめちゃくちゃに疲れ切っていたんだけど、この美しく優しい国で過ごすうちに、私の中に溜まっていたストレスやネガティブな心や悪いものがいつの間にか全部流れ出てしまって、私はすっかり癒されていた。このタイミングでミャンマーに来たのは、大正解だった!旅をしていてこんなにもストレスのない国って今までにあっただろうか?(インドに行ってたらどうなってたんだろう笑)早速、書いたハガキを郵便局に出しに行こう。わ!!ラッキー!尼さんたちがいっぱい!まとめ役の尼さんは15歳ですごくしっかりしてた。一番幼い子は4歳だって。この表情!!!みんなこれに乗せられて去っていった。バイバーーーイ夕方。サンセットポイントに行ってみよう。町の中心からは結構遠くて、40~50分歩くよ。3人の子供を持つおかあちゃんに出会った。カメラを向けたら泣いちゃったよ~~ごめんごめん!お姉ちゃんは余裕のこの笑顔サンセットポイントは山の上。シーポーの町が一望出来た。お寺もあったよ。今日も一日楽しかったな。シーポー、よかったな。サンセット後、宿の電話を借りて、明後日のインレーの宿の予約をしようと手当たり次第電話を掛けまくった。結果はやっぱり「フル」「フル」「フル」!!!!しかも「ごめんねぇ・・・満室なのよ。」って態度の宿は無くて、黙ってても、高くしても客がやってくる状況だから、「フル!!」って言い放ってガチャン。わーーーーーーーーどうしようシーポーの宿のおじさん&お兄ちゃんが「ここの部屋を背負ってインレーにいきな よ~ゲラゲラ。」って冗談を言うけど、笑えないッス・・・でも、違法ではあるけれど僧院に泊めてもらう事が出来るらしいと教えてくれて、最悪その手で行こうと決めた。シーポー最後の夜は、やっぱり屋台のおかゆを食べに行こう今日で三回目、おじさんやおばさんとも仲良くなって、笑顔で迎えてくれた。寒いシーポーで、アツアツのおいしいおかゆを頬張りながら、おじさんと話す。「いやーーーー、ほんとにおじさんのおか ゆは美味しい!!明日シーポーを出るの が残念なくらい。毎日食べたい~~!」「そうか、そうか。ありがとう」とニコニコのおじさん。ふと、おじさんが聞いた。「ところで、日本からミャンマーまでエア チケットはいくらくらいだったの?」ん!!!ん~~~~~。この手の質問は、答えにくいやつだ「ええと・・・・大体1000ドル弱かな・・・・」って答えると、おじさんは目を真ん丸くして、その額を計算して奥さんに伝えた。奥さんも目を真ん丸くして驚いた。そしてその場はシーンとなってしまった。仲良くなったと思っていたおじさんとおばさんとの間に、突然大きな溝が出来たのを感じた。先進国の人間と、一杯50円のおかゆを売る途上国の人間。おじさんは一体何杯のおかゆを売ったら日本に行くことが出来るんだろう。私は日本社会では決してお金持ちではない。保育士の給料はやっすいし、日本では底辺の経済力しかないけど、それでも、一ヶ月働けば楽々ミャンマーに来れてしまう。何だかばつが悪くなり、黙々とおかゆを食べ続けた。またいつか食べたいな・・・宿に戻ると、仲良くなった従業員のお兄ちゃんが「もーここの仕事も大変だよ。給料は一日2ドルだし。」って教えてくれた。2ドルかぁ・・・・寝るところと食事はタダだとしても・・・2ドルかぁ・・・私は自由に好きな所に行けて恵まれてるなぁ。かわいいマルコメちゃんをポチッとお願いします↓↓↓↓↓↓↓にほんブログ村お手間でなければこちらのランキングもお願いします。いつも有難うございます↓↓↓↓↓↓世界一周ランキング<本日の出費>宿 6000カフェ カフェオレ 1200+ケーキ 500=1700ネット 1000(2時間)昼食 1000切手×3 1500お好み焼きみたいな米粉のスナック100接着剤 200パン 300シェーク 800おかゆ 500アイライナー 200計 13300K=約1330円

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    【ミャンマー】50円のお粥と千ドルの航空券
  2. ときこそ旅気分!昔世界一周ブログから。2006/6/9オンライン世界一周旅行が2500円!1ネパールルピー=約1.5円ネパールへGO!ギシギシと硬い椅子で眠れぬ夜を過ごし、朝到着のはずが昼前にカトマンズ到着。夜中に食事休憩で食堂に止まったのだが、見てみたら全員がカレー食べてる!夜中にモリモリ大盛りカレー!カレーもうええわ。カトマンズに着いたら、評判の高い日本食を食べるんだ~!↑美味しいんだけどね。同じバスの乗客で、仲良くなったネパール人2人組の男性が、安宿の多いタメル地区まで行くというのでタクシーをシェアすることにした。が、結局彼らが全部払ってくれ、しかも、私が行こうとしてる宿を小雨の中いっしょに探してくれて、しかもバックパック持ってくれて・・・!↑ツーリストエリアのタメル地区私の警戒心を感じたのか、「疑わなくていいよ。僕らよくこういうことしてるんだ。人助け♪」って、宿に着いたら笑って去って行った。うそ~・・・・。第一印象最高!いいなあ~!ネパール!牛もいないし、なんてったって、街が静かで落ち着いててイイ!ほんとインドのあとにネパール来て、ほんっとに良かった~!また人々がいいんだな!みんな笑顔で、手を合わせて挨拶してくれる。人懐っこく話しかけてくれて、子供も大人も目がキラキラしている!それに、品があるっていうのかな。インドみたいに腹が立つくらい失礼なガン見をまったくしてこない。通りすがりに、ニコッと笑ってくれるその笑顔は穏やかで、とてもなごむ。(余談だが、高貴なカンジの顔の美男子も多い。)さすが王国の民族。しつこい客引きもいなくて、物売りも断るとあっさり去る。「え!もっと頑張れば?」って心配になるくらい。サイクルリクシャの人らだって、罪悪感さえ感じる痩せたインドの老人リクシャーマンと違って、(なぜか)若者が多くて明るく元気一杯に走ってくれる。↑カトマンズのリクシャはみんな花飾ってて可愛い!若い子が多くて、気持ちよく乗れるってもんだ。しかも驚いたのは、ネパール人・・・日本語うま!モロッコやインドみたいな、「コニチワ!」みたいな「なんちゃって日本語」じゃなくて、ちゃんと「こ・ん・に・ち・わ!」って発音するのだ。過去に日本語教師をしていたからわかるのだが、語彙だって普通ではない。あのインドや、あの中国にはさまれていて、なんでここまで高水準の、しかも笑顔が美しい国を保てるのか。インドで疲れた旅行者が、中国へ行く前に一休み、中国で疲れた旅行者がインドへ行く前に一休みするのに訪れるっていう意味わかる~~~!!!!ここは絶対なごむぞ~~~!期待大!そして、カトマンズの宿では、エジプト以来の再会が!「アジアで会おう。」と約束してたフォント職人の超ロングドレッド男タカ君がいていきなりリラックス!カトマン滞在中はずっと一緒だった。↑僧のおじいさんが不思議そうに見てます(笑)↑人々が元気で町全体がなんかイキイキしてるカトマンズ!今日も拍手代わりのワンクリックを♪世界一周ブログ最初から読んでみる?忘備録でもある当ブログは「読み物」としてお楽しみください。 ブログ内の、安宿情報やビザ情報、国境越え情報は昔のものです。現在は渡航できない国もあります。旅の最新情報は、現役の旅人さんのブログを参考にしてください。

    (194)ネパール◆隣国でこの差!カトマンズ!
  3. 夜三連チャン)目前準備してしまったという料理だけいただいたら、帰ってくるつもりだったのに・・・いい加減、もう寝ないと~肌が~、目が~「泊まっていってもいいよ」と言うけれど。「帰ります!」キッパリそこで、お土産にくれたのが女性ものの伝統衣装だった。もちろん既製服夏になったら着てみようと思う「ありがとう~」とここまでは、気分を良くしていたのだが・・・後日、電話が入って(正確には今朝)、おとなしく聞いていたら・・・私が20年前と比べていかに老けたか、いかにイケてないかを語り始めた・・・ 靴がハイヒールのパンプスでなかったことまで(ウェッジソールのパンプスだった)(彼としては、事実を親切に伝えているつもりらしいが・・・)たしかに老けましたよ 20年たってますから!あの頃の面影もないでしょう!さすがにそれはないか・・・しかし、そもそも、私は“今週の”日曜日OKなんて一言も言っていないのに、今週の日曜日に会えると都合良く解釈して、私が「会えない」ことを伝えたら「何時でもいいから」とゴリ押ししたのは、どこのだれ?20年ぶりに会うのだったら、別の日が良い二徹明けは肌もボロボロ、目も半開きだから嫌とまで言ったのに・・・私の中で何かがプチンと切れた。「二晩寝ていないから今日は寝たいって言ったのに、どうしても!って言うから、深夜でもわざわざ出かけたというのに酷い!」と言ったら、「それなら、断ってくれたらよかったのに・・・」え!何度も、何度も断ったわ、ジャパニーズ・ウェイで「今度こそチャンスをください」というけれど・・・次も20年後だなお・し・ま・いストーリーとは関係ないけれど、今日もカモメンです!新しいアイコンを作る余裕がなかったのそれでも、カモメンに軽く触れて(クリック)このブログを応援していただけたら、とってもとっても嬉しいです1クリック応援ありがとうございます♥いただいたクリックは「にほんブログ村」での1票となりました私の励みですそして、本当に厚かましいお願いですが、こちらもポチってしていただけたら、とってもうれしいです世界一周ランキングにも登録してみました今日も最後までおつきあいくださり、ありがとうございました****英検に関するお知らせ****2,021年度第1回英検:5月22日(土)に準会場として実施します!只今申し込み受付中:締め切りは4月24日です!ご希望の方は早めにお申し込みください。お席に限りがございます。BRIDGE(名古屋金山)https://bridge-els.com/

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    こだわりは、食だけでなかった!
  4. 。予約してある平戸ゲストハウスには、夕方6時のチェックインを予定している。距離的には大した事はなさそうに見えるが、原付にはとにかく落とし穴が多い。「うーーわ、キッツイなあ…………」島原港から諫早方面へ続くR251。この海岸線を走る道がとにかく地味に渋滞して話にならない。(ヤベーな、夕方までに着けるやろか?)とにかく時間が気になってしょうがないのだが、こんな状況を嘆いたところで何の意味も無い。焦って無理なすり抜けしても、その先の信号が赤なら結局は同じ事だ。なるようにしかならないなら、割り切って安全をチョイスしよう。(あぁ……いよいよ長崎に入ったか~……)今いる島原半島や雲仙、それに大村市や長崎市へは、実はまだ行った事がなかった。いや、もしかしたら幼い頃に家族で行った事はあるのかもしれないが記憶に無い。それとは逆に、幼い頃、強烈な思い出として記憶に残っているのは今の佐世保市である。昭和40年代の佐世保駅。当時はここが世界の中心だと思ってた。※画像はお借りしましたオレの親父は自衛官で、オレが生まれてすぐに、佐世保にある相ノ浦駐屯地への異動が決まったらしい。今は『佐世保』と呼んでいるが、家族で引っ越した場所は、当時『北松浦郡』という所だった(後に佐世保市と併合)。物心がついた頃の町のイメージは、とにかく全てが赤茶けた様なセピア色で、自衛官家族の為に割り当てられた地域住宅は当然木造平屋建て。トイレという言葉は無く『お便所』で、もちろんボットン。便器の横には、トイレットペーパーの代わりに四角い『塵紙(ちりし)』が篭に入っていた。更に炭鉱の町だった事もあり、風呂を沸かすのに石炭を使用していた時代でもある。これを読んで嘘だと思った人は、生まれた時から都会人だ。そうじゃない田舎出身の30代なら、いっぺん親に聞いてみるといい。嘘じゃない事が分かる。当時の子供達(もちろんオレも)が一番楽しみにしていたモノは、月に二回くらいやって来る【ロバのパン屋】という移動販売車。甘いものに飢えていた幼少期に、このパン屋で買ってもらったチョコレート入りの蒸しパンの美味さと言ったら、今で言う宮崎産のプレミアムマンゴーなんぞは足下にも及ばない様なものだった。『ロバのおじさん、チンカラリン♪チンカラリンロンやって来る♪ジャムパン、ロールパン、焼きたて、出来立て、いかがです~♪チョコレートパンもアンパンも~、なんでもありますチンカラリン♪』この歌が遠くの方から聴こえて来る日曜日、オレを含めた集落中の子供達は、血相を変えて家から飛び出していた。今では当たり前な、『朝はパン♪』なんて習慣は夢物語。朝はメシと貝汁とヒジキと玉子焼きが定番で、トーストなんていうハイカラモーニングを食べている家庭なんか一軒も無かったはず。とにかく、『焼いたパン』なるモノは、小学校へ行く様になってから給食でしか目にする事が無かった時代なのだ。オレ達が幼少の頃に食べていたパンは、圧倒的に蒸しパンなのである。そう、こんなワゴン車で来てたのを覚えてる。※画像はお借りしました場所によっては実際にロバが引いていたらしいが、オレは見た事が無い。※画像はお借りしました他に月二で来るのはポン菓子くらいだが、あの爆発音が怖すぎて逆に逃げてた。幼少期の甘いモノと言えば、ロバのパン屋とスポロガム。後は、お菓子じゃないけど肝油ドロップくらいか。オレが生まれてすぐの頃には炭鉱の閉山が相次いだらしい。住んでた家も写真に写っている様な家ばかりだった。※画像はお借りしました遊びと言えば山か海。家の両隣は山と海で、山に行って木を蹴ればカブトムシが5匹くらい落ちてくる様な場所があり、海が干潟になる時は、潮干狩りに行くとカブトガニが捕れたりと、今じゃ想像もつかないくらい贅沢な遊びが出来てた様に思う。隣近所はみんな仲良し…というか、みんな親戚だと思ってたくらい家族同士の距離が近く、満足に家の電話も無い時代に、誰かしらの身内から電話のある家に電話が掛かると、「◯◯さ~ん、実家から電話入ってますよ~!」と、わざわざ呼びに来てくれたりするのが日常だった。今じゃ考えられない事ばっかりだな。(うう~~~っ、寒いっ!寒いけど、やっと大村市まで来たな。このまま順調に走れば三時間くらいで着けるか………なぁ………)先月末、【旅の理由と里帰り】という記事に、『行かなきゃいけない場所は、種子島だけじゃない』と書いた。その、種子島以外の場所が、佐世保。普通なら、5歳未満の記憶なんて、殆んど覚えてないもんだよな?でも、自分でも信じられないくらい強烈に覚えてるんだわ、その頃の事を。何でかって言うと、幸せだったんだろうな。家族みんなが幸せだった。最後に親父に会って話した夜、佐世保にいた頃の事も話した。「あん頃が一番楽しかったなあ…………」焼酎のお湯割りを啜りながら、親父は染々とそう言った。「じゃあ、二人で行ってみようか」それも、やんわり断られた。でも多分……いや、親父は絶対あの海にも帰りたかったと確信していたオレは、今回の旅で佐世保に行く事を迷わなかった。「……んっ?…何じゃ、あのシャレオツなメルヘン駅は…………ハウ……ス…テンボス……駅…?………あっ!…ハウステンボス!?佐世保や!佐世保に入ったー!!」ゆったりとした下り坂の左側に見える、オレには全く場違いであろう洋館群。あれは一体何だろうかとチラ見していたが、そこにあったJRの看板を見て、思わず声がデカくなるオレ。「うおっしゃああああああああーーーっ!!!帰ってきたぞおおおおおおーーーっ!!!」バカみたいに叫んだのを、下校中の女子高生に笑われた。が、人の目なんか、どうでも良かった。るるぶ長崎 ハウステンボス 佐世保 雲仙’21【電子書籍】楽天市場1,000円ビコム ブルーレイ展望::783系 特急ハウステンボス HD版 博多~ハウステンボス【Blu-ray】 [ (鉄道) ]楽天市場4,136円トレーン TRANE 【トレーン】NO.52 特急ハウステンボス楽天市場968円

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    蒸しパンの記憶と炭鉱の町
  5. ミャンマー
  6. お米スイーツはバター作りから!
  7. 北西部に位置する人ゲストハウスらしいが…………Google Mapのナビじゃ、拡大しないと辿り着けない様な場所にあった今夜の宿。ネットでのクチコミはかなり上々なのだが、こう言っちゃ何だが、最初っから値段で決めてたもんで大した期待はしてなかった。素泊まり平日3000円、週末は3500円。ま、一応は下調べはしたけど、ゲストハウスの個室ならこんなもんでしょ。でも、断っとくが、オレはココに来たくて平戸まで来たんじゃない。オレが昔住んでた場所付近にはビジネスホテルどころか民宿さえも無く、それに近い宿があったとしても、このコロナ禍で休業している所ばっかりだったのだ。いや、言い訳がましいのは承知で言うが、この"如何にも"な感じのトロピカル宿、普段のオレなら絶対予約しないだろう。プーケットの古箪笥の奥から引っ張り出して来た様なウッドテラス。バカなファミリーパパは真冬でもここでモヒートとか呑むのだろう。「こんばんはー」暫くすると、別の部屋から女将さんらしい女性が出てきた。まだ若く見えるが、おそらく40歳くらいか。母をたずねて三千里に出てくるペッピーノ一座のフィオリーナみたいな疲労感はあるが、オレも疲れ果ててマルコの様な優しさを出す気力は無い。すまんな、とっととチェックインさせてくれ。「明日の朝食は、どうされますか?」「あ、いや……多分朝早く出ますんで、結構です」「ここら辺はコンビニとかも無いんですけど………夕食はもうお済みですか?」シクった…………そう言えば、オレは熊本港から島原に渡るフェリーで、デイリーヤマザキのばくだんおにぎりを1つ食べただけだったのを、とにかく急いでココに来るために忘れていた。そう言われてみると、爆裂に腹が減って来た。「あ……まだ食べてないんですが、ココで何か食べられたりします?」「ああ……基本的には予約の時点で用意させてもらってるんですが……賄いみたいな物でも良かったら作りましょうか?千円になりますけど」「じゃあお願いします」ネットの情報では、3000円くらいプラスするとお任せっぽい晩飯ディナーを食べられるそうだが、一応だが飲食店を営むオレから言わせれば、3000円も払うならそこら辺の居酒屋で好きなものを注文してチビチビやりたい。で、やっぱりというか何と言うか、外観からして【地の海鮮&地元和牛のバーベキュー&自家製スモーク料理】とか出てきそうだな、と思っていたら案の定だった………。「わあ~~っ、美味しそお~♪」午後8時。ヘッドの位置が高すぎてどうにも使いにくい共同シャワーと戦った20分後、併設されたレストランのテーブルに座って、瓶ビールで一息つくオレ。その少し離れたテーブルには、髪をワックスでガチガチに固めた偽証券マンみたいな兄ちゃんと、男と旅行に行く時は財布に80円くらいしか入れてなさそうな若い姉ちゃんのカップルが座っており、その前でオーナーらしきオッサンが、キャンプで使う様なバーベキューコンロから、焼き上がったエビやら肉やらを次々とそのカップルの皿に置いていた。(やっぱりな………確か、ネットには関西から移住して来た旦那が手造りで始めたゲストハウスって書いてあったけど、田舎に移住するとみんな同じ様な事をやり始めるんよな。あの内容で3000円ならサイゼリヤで大食い大会やった方がエエわ。つーか、カップルならまだしも、オレ一人があのスタイルでメシ食わされたら完全に餌付け状態やったな。賄い飯で良かった……)お任せで出てきた賄い飯。仕上げの針唐辛子いらん。暫くして出てきた、牛肉と野菜炒めの餡掛け定食。仕事柄、牛肉を多用するオレにしてみれば豚か鶏だと嬉しかったのだが………ま、それは言うまい。それよりも、さっきから横で瓶ビールを風呂上がりのフルーツ牛乳みたいにかっ喰らっている、オーナーの友人らしき地元のオッサン。このオッサンが度々発する地鳴りの様なデカい声が、疲れ果てたオレの神経を泉ピン子並に逆撫でする。(うっせーなぁ………さっさと家に帰れやアル中ジジイがあああ~っ!)しかしまあ、よくここまで個人でコツコツ造ったなと感心する…………が、建付けが悪くてどこもガタガタ。俗に言う『素人のやっつけ仕事』。切なる心の想いが通じたのか、それから程無くして帰って行くアル中ジジイ。が、今度はそのジジイと呑んでいたオーナーのオッサンが話し掛けて来た。「ごめんなー、兄ちゃん。それくらいしか残ってへんかってん」美味くも不味くもどっちでもない賄いメシを食っているオレに、この地ではミスマッチな大阪弁を投げ掛けてくるオーナー。これか、ネットのクチコミにあった『オーナーさんが気さく』ってのは。だとしたら、それは『気さく』じゃなくて『馴れ馴れしい』の間違いだ。何しろオレは『兄ちゃん』と呼ばれる様な歳ではないし、何よりアンタ大してオレと変わらん年代だろうが。別に仰々しい接客なんぞは無用だが、今時初対面の客に対して『兄ちゃん』なんて言うのは頭のおかしいメキシカンくらいなもんだぞ。「あぁ………いえ、これで充分です」「兄ちゃん、大阪からやろ?一人で観光?」「いや、昔はこっちに住んでたんで………ちょっと寄り道です」「へえ~っ、大阪のどこ?俺は高槻やけど」うんざりしていた。オレだって自分の店では、初めて来た客に対して馴れ馴れしい部類に入る方だとは思う。が、それはあくまでも客の方から話し掛けられた場合と、その客の話し方や雰囲気でわざとそうする事が多い。相手によって対応や言葉遣いを変えるのは、この業界においては常識中の常識だ。しかも、オレが何でここを選んだのかというと、『たとえゲストハウスでも、出来るだけ他の客達とコミュニケーションを取りたくないから』という明確な理由があっての事だ。ま、こういう宿の共有スペースにいると、たまには気の合う様なヤツと出会ったりもするんだろうが、そもそもウチの店はオレと話したくて来ている常連客がたくさんいて、オレはオレでその常連達と話すのが仕事の中身の半分くらいを占めている。よって、休みの日やプライベートでは、なるべくなら一人でいたいのだ。だから個室がある安宿を予約したというのに、しかも、せっかく一息付いた貴重な一時がこのザマである。ホント、ふざけんのもいい加減にしろっつーの。寝相の悪いヤツの事など1mmも考えてないベッド。案の定、朝方落ちかけて目が覚めた。何年か前に、レンタカーで鹿児島をグルッと周遊した事があり、その時に『くり屋旅館』という激安宿で一泊した時の話だ。その旅館は、当時2名1室なら計4300円で泊まれたオンボロ旅館なのだが、その安さがウケてか、バイカー達にも非常に人気があった。で、くり屋には温泉の大浴場が併設されているのだが、オレがのんびり浸かって運転疲れを癒しているところに、バイクで日本一周に出発したばかりという、やたらとテンション高めのガキが入って来たのである。そのガキは辺り構わず他の客に話し掛け始めたのだが、どうやらその時にいた他の客達もバイカーだったらしく、最初のうちはバイク談義に花が咲いていた。(うるせーなー、このガキは…)と思っていたのがオレだけなら仕方がないと諦めていたのだが、そのガキの余りにはじけたテンションに他の客も段々と辟易し始め、一人、また一人と風呂から出ていってしまった。で、何となく嫌な予感はしていたのだが、やっぱりというか、わざわざ端っこで静かに浸かっているオレにまで話し掛けて来たのである。くり屋旅館のホームページ。部屋に付いてるTV・エアコンはコイン投入式という哀しき貧乏宿だった。「こんばんはー!もしかして一人旅ですかー?」真っ黒に日焼けした顔と腕。そして、それを際立たせている、それ以外の真っ白な尻やドリチン。そんな食い残しのトコロテンみたいなビジュアルをしたガキに声を掛けられ、思わず天を仰ぐオレ。「………いや、二人やけど」「あっ、そうなんですねっ!いやー、もしかしたらソロでツーリングしてる人かと思って。すんません、僕、日本一周の旅に出て、今日で3日目なんですよー♪やっぱりバイクで周ってるんですか?」「………レンタカー」「あ~、車ですか。じゃあ結構遠くから運転して来たんですね?」「……いや、鹿児島空港からレンタカー」「ああ………じゃあ、まだそんなに運転してないんですか……ね。何日くらいの旅行ですか?」「3日。明日帰る………悪いけど、もうエエかなあ?静かに入っときたいんやけど」「あっ……………す…すいません………………」宿前の土手に飼われているヤギ沼さん。ベトナムでは鍋が有名だ。ま、こんな狂ったトコロテンに遭遇する事は滅多に無いと思うが、オレが言いたいのは【誰もが同じテンションで旅をしてる訳じゃない】って事なのだ。それは飲食店にも言える事で、隣同士で和気藹々と呑みたい客もいれば、出来ればそっとしておいて欲しい人もいるのである。また、それを誰よりも早くキャッチしてやるのが店側の努めという事になるのだが……………「うっそ~ん!めちゃ可愛いソレ♪今度の誕生日に、欲・し・い~🖤」なあ、隣の彼女……お互いに自分のインスタを見せ合って盛り上がるのは勝手だし、アンタが彼氏に何をおねだりしようがアンタの自由だが、大人としてこれだけは言わせてくれ………アンタさっきトイレから出て来てずっとパンツの後ろからトイレットペーパーはみ出しとるぞ。彼氏も気付いてやれや!彼女が逆エクトプラズム状態になっとるやないかいっ!!【ふるさと納税】朝獲れ!平戸地魚詰合せA楽天市場10,000円【ふるさと納税】欲ばり平戸ひもの三昧楽天市場10,000円【ふるさと納税】【ネット限定】朝獲れ!平戸地魚詰合せ定期便(年12回)楽天市場120,000円

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    個室の理由とトコロテン坊やの想ひ出
  8. 猫で暖を取る
  9. こしくなった。「も準備してしまった」←何を?「何時でも良いから」と言われ、「夜9時なら何とかする」と渋々答えた。これだけ熱心に誘われたのだから、当然迎えにきてくれると思っていた。9時。彼の家の住所を伝えられた。私にとってはまったく馴染みのないエリアだった。まさか、まさかの「自分で来い」方式??・・・らしいめちゃ、ひくわちなみに、私はこのときすでに2晩徹夜が続いていて、車の運転なんて無理と思っていた。「行きたくない」ことを間接的に伝えたが、行間を読んでもらえていない感たっぷり無言で電話を切りたいと思うほど面倒になってきて、「わかった。自分で運転しなくちゃならないなら、睡眠をとらないとダメだわ。事故に遭いそう!」ここまで言ったら、タクシーを用意してくれるとか考えてくれるかと期待したが、「いいですよ~。ゆっくりしてください」は?負けた。とりあえず1回会っておけば次は20年後だろう「行く・行かない」の会話を続けるよりマシだわ。1時間仮眠をとって、特におめかしもせず(怒っているもんね!)、近づいたらプンプンという「怒り音」が聞こえたであろう様子で家を出た。夜11時到着約20年ぶりの再会というのに、超不機嫌な私だったそろそろJについて少し紹介しておこう。彼は私を「女神」という。( ̄m ̄〃)ぷぷっ彼にとっては、私に見合う男性になることが目標だったそうで、そのために仕事を頑張ってきたと(そして、成功した)出会った頃から、彼は私のことを「仕事で成功した経済的に豊かな女性」と思い込んでいた。( ̄m ̄〃)ぷぷっそして、「一外国人労働者の自分では釣り合わない」と思っていたらしい。この話は出会った頃から繰り返し聞いてきた。どれだけ私を過大評価しているか知らないが、彼は私などとっくに超えている。今回しっかり説明してきたが(^^;今ではいくつかのビジネスを日本でも母国でも、そのほかの国でも展開している。彼が言う成功は経済面のことで、確かに出会った頃の彼は「お金を持っている人」ではなかった。今でも持っているようには見えないけど(失礼!)学校も満足に行っていなかった(本人談)しかし、ものすごい人生哲学を持っていて、同世代(推定)なのにその言葉に感動することが多かった。「どれだけ所有するかでなく、どれだけ分かち合えるかが大切」そんなことを20代の頃から言ってのけ、日本でビジネスに成功し始めると、「自分は学校に行けなかった。だから、『学』はないけれど、兄弟や親戚のほとんどを大学に行かせている。そのことを誇りに思っている」そんなことも言っていた。30代の頃だった。Jの紹介はこのくらいにして(予想に反して長くなってしまったが)、今日の本題に移ろうと思う。超不機嫌だった私は言葉少なく、彼に促されるままにテーブルにつき(超不愛想な雰囲気で)、彼が自ら用意した手料理とやらをいただくことにした。テーブルの上には、ポットが1つおいてあり、まさか、この1つのために私は遠路はるばる(と言うほど遠くはないが)やってきたのか?と正直なところ思った。Jが蓋を開けた。10種類の豆や形のなくなった野菜たちが骨付きのラム肉と共にあった。そして、口にした瞬間・・・やばいめちゃくちゃおいしい何がどうと説明できないくらい美味しいラム肉などとろけるようだった話を聞くにつれ、理由がわかってきた。彼は料理に水を一滴も使わない。すべて野菜から出た水分だった。野菜は無農薬にこだわっていた。この料理には使われていないが、砂糖は甜菜糖と決めていて(白砂糖は使わない)、小麦粉は愛知県に出回っているものを全て調べたと言い切っていた。彼の話では愛知県で流通している小麦粉は約70種類あり、その産地やら栽培方法やらを調べたとか(゚д゚)!鍋やお釜、調理器具は本国からすべて日本に持ち込んでいた。母国では、自分の作った料理が評判になり、講習会も開いたとか。「料理の先生になっちゃったよ」と笑っていた。今回20年ぶりに会って知ったことだが、日本でのビジネスの中にいつのまにかレストラン経営が含まれていた2皿目。やっぱりおいしい何から何まで手作りなのだから、当然のことかもしれない。ご飯にはほのかな塩気があったが、それは梅干しでとったといっていた。あれほど不機嫌だった私はいつの間にか上機嫌になり始めていた。次回へつづく・・・お米について興味深いことを聞いたので、そのことなどを・・・ストーリーとは関係ないけれど、今日もカモメンです!新しいアイコンを作る余裕がなかったのそれでも、カモメンに軽く触れて(クリック)このブログを応援していただけたら、とってもとっても嬉しいです1クリック応援ありがとうございます♥いただいたクリックは「にほんブログ村」での1票となりました私の励みですそして、本当に厚かましいお願いですが、こちらもポチってしていただけたら、とってもうれしいです世界一周ランキングにも登録してみました今日も最後までおつきあいくださり、ありがとうございました****英検に関するお知らせ****2,021年度第1回英検:5月22日(土)に準会場として実施します!只今申し込み受付中:締め切りは4月24日です!ご希望の方は早めにお申し込みください。お席に限りがございます。BRIDGE(名古屋金山)https://bridge-els.com/

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    エスニックな国からやってきた友人Jと彼の手料理
  10. 珍しく疲れているので、とりあえず旅行先の素敵な景色を貼り付けてみる。新学期が始まり、今日は娘の学校の保護者会でした。実はわたくし、2020年度に小学校で役員やってました。コロナ禍で、例年より仕事は少なかった(らしい)ものの、やっぱり負担0というわけではなかったんですね。(もちろん、やって良かった面もありました✨)で、この役員の最後のお役目が新年度になってから新しい役員さんを決めて引き継ぐこと。これは4月最初の保護者会で決めるので、今日がその日でした。決まらなかったらどうしよう、、、、誰も立候補してくれなかったら、、、こういう声が出てきたらどうしよう、、、みたいな懸念はあったので、無事、決まってくれてホッとしました💦しかも立候補してくださったので、無理矢理くじ引きとかってわけでもなかったし。。。他のクラスは、誰も立候補しなくて 嫌〜な空気が流れたりもしたらしいわかるわ、、、、その時間すごく嫌なの*仕事内容を、できるだけ分かりやすく伝える*仕事と両立しながら出来ることを伝える(私含め、お仕事と両立している人も多かったです)*役員を引き受けるメリットを伝えるこの辺りを意識して話し、出席した方の中から無事に立候補者を得ることができました✨引き受けてくださった方には感謝しかない。今後のこともあるので、ラインを交換して、「わからないことがあったら、いつでも頼ってください!」とお伝えしました。帰ってきたら、予想以上にHP消耗していたみたいで、甘いものが食べたいっ頂き物の、熊本銘菓【武者がえし】があったので、美味しくいただきました熊本のお菓子だったら、この【武者がえし】と【陣太鼓】がツートップで好きだなお買い物マラソン、順調に走っています🏃‍♀️今回は事前に買うものを大体決めていたので、それ以外の買い物は無さそうだなぁ。九州 ギフト 2021 お菓子の香梅 武者がえし(12個入)熊本銘菓 TVシルシルミシルで紹介月刊誌クレア王道土産で推薦第1位 I81G12 常温楽天市場2,203円九州 ギフト 2021 お菓子の香梅 誉の陣太鼓(12個入)熊本銘菓 熊本 お土産 熊本 土産 羊羹 ようかん 水ようかん 水羊羹 常温楽天市場2,592円\楽天ROOM更新しています!/楽天ROOMに、これまで買ってよかったものをまとめています。楽天ゴールドカードは解約しましたが、引き続き楽天経済圏にはお世話になります^^ROOMから購入すると、楽天ポイント2倍です^^ハピタスというポイントサイト。こちらのサイトを通して買い物をするだけでポイントが貯まります。2021年1月から、紹介制度が大幅に【改善】されたそうです。JALのマイレージにも交換できるようになりました!!!楽天ポイントやアマゾンにチャージしてお買い物の際にそれらのポイントを使っています。おうちで楽しくお得に↑こちらから登録できます↑

    疲れたぁ・・・
  11. 現在地は利尻島春が来たと思ったら雪。本当にしつこい。この間群来がきたらしいと翌日行ったらもう遅かった。。他の漁港にも今年は来るかな去年の群来『バンコクエアウェイズ PNH→BKK & 群来の話』現在地は利尻島皆さんは群来ってご存知ですか?春にニシンが産卵放精の為に大群で浜に押し寄せてきて、海が白くなるんだって。でもそれって昔ニシン漁が栄えていた頃の事…ameblo.jp最近無性にエビが食べたくて、組合で甘海老見つけて買ってきた。この山ほどある甘海老、3分の2を食べた3才児後半は自ら頭と尻尾をはずして上手に食べていたわ。そういや小さい頃、あたしも甘海老大好きだったなあ。甘海老とイクラはよく食べさせてもらったっけ。今はあんまり甘海老は好きじゃなくなったんだけど、なんか急に食べたくなってきてねえ。。なんでだろ。てか、もっと食べたかった!思った以上にAに食べられた!※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※冬の極寒旅行、苫小牧。苫小牧はあまり雪がないのだけれど気温が低いのですぐあちこち凍る。駐車場とか、朝スケートリンク状態だったわ。カラスがその上をズルズル滑りながら、何度もコケながら歩いていてなぜ、羽根があるのに飛ばぬのだ。と、不思議でしょうがなかった。もしや羽根を痛めているのか?と思いついた途端バサバサーっと飛んだのだった。遊んでいたのかな。人間が、スケート場にスケートしに行くようにそんな苫小牧から千歳に向かう途中にある、道の駅併設のウトナイ湖左に写っている建物は展望台になっている。ガッチガチに凍ってるあのコーンからあちらは湖。次はお食事中の方ごめんよ!!知らなかった、白鳥のフンってこんなんなの?なんか鳥っぽくなくない?しかも白鳥って優雅なイメージからはちょっとちょっとな立派なフンよね。いやーこれ踏んじゃったら結構なダメージ遠くに見えるのが例の白鳥さんアイドルだってうん○するんだもん寒くても天気が良ければ外に出る気にもなるし。気分も上がる!!

    ウトナイ湖はガッチガチ
  12. 石垣牛の絶品ハンバーガー♡
  13. 世界一周ブログを中断して、2012年のミャンマー旅を再投稿しています。とっっってもいい旅だったので、最後までどうぞお付き合い下さい2012.12.24昨日早く寝てしまったせいで、5時に目が覚めてしまった。シーポーめ~~~ちゃくちゃ寒い、ぞ~~~~~~!薄手のダウン一枚じゃ、全然間に合わないくらいの寒さ。宿の朝ご飯を食べて、まずは服を買いに出かけよう。これは寒すぎて耐えられない。シーポーの町はほんとうに小さくて、町の中心は端から端まで歩いて15分くらい?私こういう小さな町大好き!あ、そうか、明日はクリスマスか!!貸し本屋さんだって。一冊100K=10円。ミャンマーのコミック。市場に到着なんてカラフルな歯医者さんなの葉巻屋さん。頭にかぶる傘屋さん。床屋さん。椅子が古くて素敵!売り物の象のぬいぐるみ帽を被るおばちゃん。かわい過ぎ!ほとんどが中国製のこんな服の中から、着られそうな物を探すのは至難の業・・・でも一着だけシンプルなのを見つけて、ショールも買って、無事防寒対策完了!エンエン泣きながら歩いてきたけど、カメラを見せると泣き止んだ。こういう帽子流行ってるのかな?世界の味の素。時々麺類にどっさりと味の素が掛かって出てくる・・・ドラえもんみっけ!美容院を覗くと、伝統衣装のロンジーやタナカとは無縁という感じの、茶髪に今風のメイクでパンツを履いた女の子たちが働いてた。お手本はやっぱり日本の女の子なのね。商店のおばあさんに話しかけられた。おばあさんが左手に持っているのは、シャンプーになる植物。昔はこれをグツグツ煮たお湯で髪を洗ってたんだって。いい香りのする普通のシャンプーがいくらでも売られている今、誰か買う人居るのかしら?おばあさんは、文法は正しくないもののたくさんの英単語を知っていて、それをつなげて色々と話をしてくれた。「マイ ハート バッド、マイ ハート ペイン、ジャパン ピープル チルド レン メニ メニ ピープル ダイ  マイ ハート バッド・・・・」といきなり言われて、初め何のことを言っているのか分からなかったけど、東日本大震災のことを言っているんだと、しばらくして気づいた。「アースクエイク?ツナミ??」「イエス。マイ ハート ペイン。」おばあさんの目には涙が浮かんでた。ミャンマーのこんな片田舎のおばあさんが日本の為にこんなに悲しんでくれるなんて私も感動して思わずほろりまたおばあさんに会いに来よう。ランチは肉味噌の載った麺、おいしかった1000K=100円お隣の夫婦は口論中。「大体おまえはなぁ・・・」「うるさいわね、黙って食べなさいよ。」食堂の子。大好きなケーキを食べながらテレビでアニメ見てるの。猫とケーキを見比べた後、猫にケーキを分けてあげてた。んんん?なになに??かわいすぎ町の名前のシーポーがツポーになってる(笑)金細工やさんね職人のおじいさんかっこいい!ちょーだいって言ってみたけどダメだった(笑)お店の男の子と。歩いてると、みんなでこっちにおいでおいで!って手招きしてくれた女の子たち。干し梅を袋に詰める仕事をしていたよ。一袋くれたよ。これ好き!干し梅工場の隣の学校。「何勉強してるの?」「数学の宿題やってるんだ。」「数学!!!うゎ~~~私数学苦手なんだ よね~~~。」「ボクは数学好きだよ。」「うぇ〜〜〜!偉い!!」朝のとは違うマーケットにて「ハローーーーー!!」って道の向かい側から声を掛けてくれた女の子。お家の手伝いで、山のようなニンニクの皮をむいてた。透明感があって、純粋そうで、かっわい~~~~~~~~~って、喋ってたら、茶髪で濃いアイメイクのヤンキーみたいなお姉ちゃんがバイクに乗って帰って来て、ギョギョ!!!姉妹でここまで違うのか・・・右がお姉ちゃん。公園に行ってみよう。超危険な滑り台こども落ちるわ!!おっぱいがえぐれてる人魚歩いてると、後ろからバイクに乗ったおじいさんが声を掛けてきた。「ジャパニーズ??」「そうだよ。」「ハハーン!!後ろから見てそうだと思っ たんだよ!!」おじいさんは片言の日本語を話し始めた。「トキョー?ソレハ ヨロシーデスナー。ワタシー、〇〇サン。シーポー、クルー、キンメダイ、キンメダイ。アナタ、ミャンマー、イチ~~~~~!!!???イチ~~~~~~~~!!!????」と人差し指を立てる。イチ、イチって一人かってことかな???「そうだ。」と答える。キンメダイって、何だろう?まさか魚のキンメダイじゃないだろうし。その後もおじいさんは「トキョー?ヨロシーデスナー。キンメ ダイ。」と繰り返し、「イチ、ニ、サン、ヨン、ゴ、ロク、 シチ、ハチ、キュ~、ジュウ。」と、指を折りながら得意気に数を数えた。そして、日本軍がミャンマーを占領下に置いていた時代(1942〜45)に覚えたんだと歌って(歌詞を言って)くれた。ぜひ聞いてみて!カタヲ ナラベテ ニイサント キョウモ ガッコウニ ユケルノ ハヘイタイサンノ オカゲデス ヘイタイサン ヨ アリガトウこれだ〜!衝撃だった。日本の占領時代に、ビルマ(当時)の人たちがここシーポーでどんな状況に置かれていたのか知識がない私は、どう反応していい のかわからなかった。でも、少なくとも、私を見つけて「お前日本人か!! コノヤロウ!!!」ではなくて、ニコニコ笑顔で懐かしそうに、嬉しそうに日本語を話すおじいさんの記憶の中では、日本人はそんなに悪い人たちではないのかな、と思った。おじいさんと握手をして、バイバイした。素敵な出会いだったな今度は線路の方に行ってみよう。わーーーー、こどもたちがいっぱい遊んでるまたまた「撮って!!撮って!!!」と、取り囲まれる。ちっちゃい小学校を見つけたよ。右が先生。頑張ってお勉強してね!あ~~~~~今日もいっぱい歩いたな~~~~~~~~~~~!!!宿に帰ると・・・・「わ~~~~~!!!」「また世界のどこかでね!」とバガンで別れたイギー&トニーだ!!!!「何で何で??シーポーに来るって言って なかったじゃん!!!」彼らは、バガンから全然違う場所に行くって言ってたから、もう会えないと思ってた。「ちょっとちょっと~。私の後つけてるん じゃないの~?コノ、コノォ!!」とにかく嬉しい!!二人も嬉しそうだ。一緒にご飯を食べよう。と、夕食に出た。ご飯はそれはそれは油でギトギトでまずい野菜炒めだったけど、大好きな二人と一緒のご飯はとっても楽しかったご飯を食べた食堂で。テレビでハリウッド映画を見る地元の男性達。22:00頃まで、彼らの部屋でゲラゲラ笑いながら喋った。やっぱり楽しい二人!!!今日も一日、最高だった。素敵な出会いをありがとう明日は日帰りトレッキングに行くよ。この日は今読み返してみても胸が熱くなるいい出会いのあった日だった。旅っていいなぁ〜。今日もポチッと一票お願いします↓↓↓↓↓↓↓↓↓にほんブログ村お手間でなければこちらのランキングにもお願いします!いつもありがとうございます↓↓↓世界一周ランキング<本日の出費>宿 6000パーカー 6500スカーフ 3000安全ピン 200昼食 1000パパイヤ 200水 300夕食 1300計 18500K=1850円

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    【ミャンマー】日本の占領下で覚えた軍歌を歌ってくれたおじいさん
  14. ときこそ旅気分!昔世界一周ブログから。2006/6/8オンライン世界一周旅行が2500円から!1インドルピー=約2.5円ジャイガオンまず、ブータン王国という国について少し説明するね。この国は普通のツーリストには、非常に旅をしにくいところである。というのも、この国は半鎖国状態で、外国人は自由に旅行できない。(『提供:ブータン政府観光局』)必ずツアーで来なくてはならず、しかも1日200ドルを使用するように義務付けられている。しかも!1日ツアーはなくて、少なくとも2泊3日から。しかーも!!!年間1000人しか入れない。(2006年現在)昔、「あいのり」がロケで来たとき、メンバーやスタッフ数十名が入ったものだから、年末かなんかに入れない人が出てきて、ひんしゅくを買ったっていう噂話もあるほどだ。まあ、周りでシッキムがインドに併合され、チベットが中国に飲み込まれ…っていう事態を見てたら、自国の文化を守る為には仕方のない政策かもしれない。(『提供:ブータン政府観光局』)ブータンの人たちは、日本人のような顔立ちをしてて、日本人の着物のような民族衣装を着用し、日本食である「そば」のようなものを食べるそうだ。昭和天皇が崩御された際、世界の中で一番乗りで、国王が日本にかけつけたほどの親日のブータン王国。たどっていけば必ず日本との接点があるであろうブータン王国。めちゃくちゃ行って見たい!(『提供:ブータン政府観光局』)でも一日200ドルも払えない。そんな私達が唯一ブータンを感じられる場所。それが、今から向かう「プンツォリン」である。ここはインドとブータンの国境の、いわばグレーゾーンで、両国民が行き来してるらしい。ノービザでブータン気分なのだ!ヒャッホウ♪↑適当な図。こんなカンジかな。が、最近は外国人が入るのには厳しくなっているらしい。運しだいってとこだろうか。その「運」であるが、期待できない雰囲気。何と言うか、とんでもないことになってしまった。ケリーがついてきてしまったのだ!ダージリンの宿で、これからどこいくかを話してたときに、うっかりこのブータンの件を教えてしまったのがバカだった。「面白そうだから私も行く~♪」って!あんたみたいなモロ西洋人と一緒にいたら目立ちすぎる!私だけだったら、いちかばちかで入れるかもしれないのに。ちっ!じゃまだな~!←本音。・・・ああ、これでただでさえ少ない可能性が限りなくゼロになってしまった。そんなこんなで最寄りの町、ジャイガオンに到着。適当に宿を決めて荷解きをしたら、さっそくゲートへ!なるべく地元チックに見えるよう、腰に布を巻き、サンダルで、髪は真ん中分けにして手ぶら。宿から歩いて3分くらい。プンツォリンに入るゲートが見えた。↑見えてきたプンツォリンへの門わー、ドキドキする!悪いことしてるわけでも、タイホされるわけでもないのに~。←されるのか?なるべく係官と目を合わせないように、地元民にまぎれて当たり前の顔をして歩く。が、内心は映画「マスク」気分。↑心臓バックバク!係官が数人立っていて、1人は突破。が、次の係官が私の目の前に手を伸ばしてきた!!!やっぱりね・・・(泣)。係官のブータン人は「ビザはあるのか、パスポートを見せろ」と言う。「なんだ。ブータンのビザがないじゃないか。じゃあ、ここには入れない。戻りなさい。」私とケリーが、ガイドブックに書いてある!って訴えても「2年前からルールが変わった。その本が古いだけだ。 ともかく今はどのツーリストもここにはビザなしでは入れない。」「OK。」ってあっさり帰ろうとしたケリーをさえぎり、私は「同じ仏教徒じゃないですか~!」とか「日本とブータンは仲いいじゃないですか~!」とか「1時間だけ!」とか「郵便出すだけ!」とか「せっかく1日かけて来たのに~!」とか、ともかく食い下がった!しかし、「だめだ。帰れ。」の一点張り。悔しくて私は涙が出てきた。←泣き落としでもだめだった。ここまで来たのに・・・!私がどれだけここを楽しみにしてきたか・・・。ケリーに肩を抱えられながら、泣きながら戻る私。そんな打ちひしがれた私に、インドの物乞い達がたかってきて腕や足をつかんだりするので、はじめて私は物乞いに対してキレたね(ここに書けないほど)。ごはんをたべてる時も落胆でほとんど口を聞けなかった。「もし東洋人の私だけだったら奇跡的に入れたかもしれない。」どうしてもそう思ってしまって、ケリーのせいではないのに「ああ、残念だったわね~。」って笑う彼女が正直腹立たしかった。あきらめきれず、門の近くに座り込み、通り過ぎるブータン人の写真を盗み撮り。↑「ゴ」とよばれる民族衣装。着物に似てるよね。ずっと座り続ける私を門のブータン人係官達が指差して笑ってた・・・。ずっと見てたら確かに、インド人たちもID見せたり袋の中身を見せたり、ちょっと不良っぽいブータン人は足止めくらってたり。…やっぱり厳しいんだ。でも車はスルーして通ってるから、ヒッチして荷台に隠してもらえれば入れる?←しつこい。がっくりしたまま帰って、宿のおじさんに「ブータンの衣装を買って着て行ったら入れるかな。」って言ったら、大笑いされた。「たしかにブータン人と日本人は似てるけど違う。僕が見ても君は日本人だと分かる。色もまだ白いし(え、これでも?)、やっぱり何か違うんだ。」歩いていても、リクシャや物売りから声がかかり、物乞いがやってくる。やっぱり「似てる」と「同じ」は違うんだな。あ~あ!帰国してまた働いてお金持って絶対また来てやるから~!(その時は、プンツォリンのなんちゃってじゃなくてほんとのブータンにね!)↑みやげにもって帰ったブータンのお札。今日も拍手代わりのワンクリックを♪世界一周ブログ最初から読んでみる?忘備録でもある当ブログは「読み物」としてお楽しみください。 ブログ内の、安宿情報やビザ情報、国境越え情報は昔のものです。現在は渡航できない国もあります。旅の最新情報は、現役の旅人さんのブログを参考にしてください。

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    (192)インド◆ちょこっとブータン
  15. 男性が妻のために車のドアを開けるとき
  16. 19
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  17. 世界一周ブログを中断して、2012年のミャンマー旅を再投稿しています。とっっってもいい旅だったので、最後までどうぞお付き合い下さい2012.12.26イギー&トニーと一緒に次の街に行くのは断念せざるを得なくなった。なぜなら・・・生理が来た〜〜〜長時間のバス移動は危険すぎる。二人と一緒にゆっくり朝食を食べた後は、体調が悪くて部屋に引っ込んで寝たあーーーあ、男に生まれていればもっともっと自由に旅が出来たのに。生理で移動の予定を調整したり、バスの途中休憩でトイレを我慢したり、一人じゃ危なさそうだから行くのを諦めたり、女性は大変だ!ま、女性だからこそ旅先で得することも大いにあるけど。お昼前に復活して街歩きへ。ここシーポーではよく尼さんの托鉢の行列に会う。お経を唱えながら一軒一軒店を回って、お金やお米などを鉢に入れてもらっている。ピンクの袈裟が鮮やか。お坊さんと違って、尼さんたちのお経の声はかわいらしい。こんなに小さな子まで。道端でゲームをしていた女の子たち。昨日プリントした写真を渡しに行こうっと。麺を食べた食堂の子供、服を買ったお店の子供、葉巻屋さんのおじさん・・・そして、東日本大震災の被害を嘆いて泣いてくれた商店のおばあさん。おばあさんは写真を見て、「ミー、ベリーオールド。ベリベリオールド。」って言いながらも、とっても喜んでくれて奥から私の分だけコーヒーを運んできてくれた。おばあさんの家はとっても古くて、汚かった。運んできてくれたコーヒーカップも古くて汚くて、飲むのに抵抗があったけど、せっかくのおばあさんの気持ちを無下にするわけにはいかない。おばあさんと店の軒先に腰を下ろして、コーヒーを飲みながら色々話した。今度は一緒に写真を撮ろう!!って、通りがかったイタリア人旅行者に撮ってもらった。おばあさんの弟の孫。おばあさんは独身なんだそうだ。おばあさんはイスラム教徒だし、若いうちに皆結婚するものかと思ったけど、ミャンマーでは意外なことに「独身よ。」って言う中年以上の女性に何人も会った。おばあさんの弟は、片腕が肩から切断されていて、なかった。切断するほどなんて、一体どんな大事故に巻き込まれたのかって思ったけど、おばあさんの説明では「転んだ。骨が折れた。ダメになった。」転んだだけで切断??折れた骨を放置してしまったとか?私とおばあさんを撮ってくれたイタリア人旅行者は、未だにフィルムのとっても古いカメラを持っていて、本格的に写真をやる人らしい。おじいさんが絵になると思ったのか、写真を撮らせてってイタリア人が言うと、おじいさんは残っている方の腕を使って、「イヤだ。」って言った。イヤだ、って言っているのに、イタリア人はその後も何度かカメラを向けようとしてそのうちおじいさんは引っ込んでしまった。イヤだって言ってるじゃん!宿に戻ると、ドアにトニー&イギーからのメモが挟まっていた。「今からバス停に向かうよ。そのこ、もう 僕たちを追いかけるのはやめてよ!? って言うのは冗談で、インレー湖で待っ てるよ!!! 僕たちの日本人のベストフレンドへ。」やばい!!バスが出ちゃう!!慌ててバス会社に向かった。私を見ると、オーーーーーー!!!!来てくれたの、と熱いハグ。「多分明日には出られると思う。一日遅れ で行くから待ってて!」 二人にバイバイした後は、ランチタイム。チキンカレーにサイドディッシュがこれだけ付いて、1500K=150円これは食べてみなかったけど、たこ焼き器みたいなので焼いてるスナック。サモサ屋さん。これは何かな〜??道端の古着屋さんで手に取ったシャツ。見ると、ローリーズファームって書いてある。しかも新品みたい。横に居たお坊さんに聞いてみると、「説明しましょう。東日本大震災がありま したね。その時に日本中から洋服の寄付 が集まりました。 でも、洋服が集まりすぎてしまい、その 余った洋服はこうやってミャンマーに寄 付されて、地元の人たちがそれを売って 生活をしています。」ほう。ちょうどTシャツが一枚ダメになったところだった。では、私が地元の人に貢献しましょう。と、1000K=100円で購入。おばあさんの所に寄って、今日の朝一緒に撮った写真を届けると、「もう出来たの??まぁ!!!」って、ふっかふかの体でギューっとハグをしてくれた。今からシャンパレスに行ってみよう。標識かわいい。かわいいこどもたちがいっぱいシャンパレスに到着して門をギギギと開けて広い庭に入っていくと、番犬たちが牙を剥いて私に吠えかかってきたワーーーーーーーン私、犬が怖いんだよーーーーーぅ。勇気を振り絞ってソロリソロリと建物に近付いて行く。ホッ。噛まれなかった。これが王宮か。意外とシンプルだな。中からとっても上品な老年の女性が現れて「まずはあちらのプレイルームを見学して きて下さい。所々木が腐っているので、 くれぐれも気をつけてくださいね。」朽ち果てたプレイルームは時代を感じさせる。本館に戻ると、最後の藩王サオチャーセンの甥の奥さんで、現在パレスを管理していると言うその上品な女性が、シャン藩王国の歴史について説明してくれた。彼女は明らかに一般の人とは違う気品を持ち合わせていて、とても流暢な英語を話す。イギリス植民地時代のミャンマーには、インドなどと同じく一定の支配権を認められていた藩王国がいくつもあったらしい。その一つ、シャン藩王国のサオチャーセンはアメリカ留学中に出会ったオーストリア人女性と結婚する。王妃となった彼女は、シャンの民族衣装を着て地元の言葉を一生懸命勉強した為、現地の人からもとても人気があったそうだ。しかし、1962年のネ・ウィンによる軍事クーデターでビルマ式社会主義体制が樹立すると軍事政権がサオチャーセンを逮捕し、そのまま彼は行方不明になり、シャン藩王国は滅びた。王妃は二人の子供と共に国外に逃亡した。サオチェーセンは、結局殺されていたことが後々分かった。などなどの歴史が書かれているのが、この本らしい。書いた人が藩王の娘だったか誰だったか忘れたけど。ミャンマーに来るのが今回で3回目だというドイツ人の夫婦が、「民主化が進み、今後が楽しみですね。」と言うと、管理をしている女性は、「Yes! Come again and seethe change.」とにこやかに言った。私は、何てことのないようなその言葉に揺るぎ無い力強さを感じて、いたく感動してウルッときてしまった。軍事政権下で押さえつけられていた誰もが民主化を待ち望んでいただろうし、これからのミャンマーに希望をたくさん抱いているんだろうと思う。本当はもっと何年も前にミャンマーに来たかったのになと思っていた私も、いや、いい時期に来たのかもなぁ、と考えを改めた。帰りも、何頭もの牙を剥いた番犬にワンワンと吠えられ後をつけられ、本当はチビりそうなくらい怖かったけど、「わかったってば!!今出て行くって ば!!!」って日本語で叫びながら、走らな〜い、走らな〜いと言い聞かせて無事門を出た。あ〜怖かったまたまたカワイイ子だなぁ~~次はここへ!僧院ではたくさんのお坊さんが修行しながら生活している。ミャンマーの寺院や僧院には、猫がたくさん居るよ。ここには、有名なバンブーブッダの像があると聞いて来たんだけど・・・これ??どうみても、竹で出来ているようには見えない。一度外に出て、お坊さんに「バンブーブッダ、あそこ?」って確認すると、「そうだ。」もう一度戻って再びブッダ像を見てみる。やっぱり竹には見えない・・・・ま、いっか。外では、7〜8歳くらいの少年僧たちが水浴びをし、自分の袈裟を洗濯していた。こんなに小さいのに、親元から離れて自分のことは自分でやって、偉いなぁ。寒い寒いって言いながら体を洗ってた。普通の子供たちはカメラを見ると「わ~~~~~~っ!!!撮って〜!」って寄って来るけど、この子たちは違った。かなり近くで写真を撮ったり、眺め続けている私に誰も特に関心を示さず、とても落ち着いた態度で、やることを済ませたらサッと立ち去って行った。さすがお坊さん!!!寒そうだよ〜帰り道、またまたかわいい子供たち~~~~バイバーーーイ!!昨日も食べたこれ、めちゃくちゃおいしい!!オーダーすると炭火で焼いてくれる。上にはきな粉かピーナッツの粉と砂糖を載せてくれて、これはまさにきな粉もち!!夜ごはんは、またおかゆ。ミャンマーに来てから歩き回りすぎて、去年インドで買ってきたサンダルのつま先がパッカパカに開いてしまった今日もポチッと一票お願いしますいつも有難うございます↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓にほんブログ村世界一周ランキング<本日の出費>宿 6000昼食 1500接着剤×2 200おもち 100シャンパレスドネーション 2000写真 300おかゆ 500ネット 500シャツ 1000計 12100K=1210円 

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    【ミャンマー】Come again and see the change!