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  1. 世界一周ブログを手直しして再投稿しています。2007.8.1大都会ラホールの街の様子。桃源郷フンザとは大違いだな~。レモン水屋さん。ムスリム帽子宿の近くのモスクナッツ屋さんいつものフルーツヨーグルト屋さん宿の下にあるお花屋さん。パキではどういう場面でお花を贈るのかな~。今日は朝食にキヨくんがチャーハンを作ってくれたよ。生キャベツもバリバリと!昼食はローカルレストランでポテトとピーマンのカレー、おやつは、CHAMANのアイス!夕食はまたみんなでオクラ丼!(1人分16ルピー=32円)今日はダハブゲームを初めてやった。ダハブゲームとは、旅夫婦という有名な世界一周夫婦がエジプトのダハブと言うところに居る時に考案したというゲームで、日本人の旅人の間で流行っているらしい。どれだけポーカーフェイスで嘘をつけるか、運よりも話術で勝負が決まる。自分のチームが騙されて負けて終わると、「えええ?嘘だったの??ひどい~~!! サイテ~!」って、本気で腹が立つ。下手すると人間不信にもなっちゃうよ。でもハマってしまって何度も何度もやった。これは面白い!明日ラホールを出るつもりだったけど、仲良くなったひでくんと一緒に明後日出ることにした。こうやって滞在が一日、一日と伸びていく・・・2007.8.210:00起床。私があまりにも寝てるからみんなに「大丈夫??????」って心配された。ラホールのあまりの暑さにグッタリで、昨日もベッドでゴロゴロしてばっかりいたら「寝たきりパッカー」と、ひでくんにあだ名を付けられてしまった。彼の旅史上、寝たきりパッカーに会ったのは二人目で、一人目は70歳のおじいさんらしい・・・だってこの暑さよ午後、寝たきりパッカーもよいしょと起き出して、みんなとバードシャーヒーモスクを見に行くことにした!!まずは腹ごしらえ。路上でチキンビリヤニを食べた。(45ルピー=90円)さぁ、モスクに向かうオートリキシャを捕まえよう!と、サマ、キヨ、ヒデ、ヒロシと5人で路上に出て、何台かのオートリキシャと交渉するもなかなか上手く行かない。困っていると、通り掛かったおじさん二人が「どうしたの?」と声を掛けてくれて助けてくれた。交渉はそれでも上手くいかず、おじさんたちはお仕事中っぽかったし、「もういいよ~、ありがとう。」ってお礼を言ってバイバイした。その後も私たちの交渉は続いた。なかなか希望の料金まで下がらない。そこへ、一台のオートリキシャがサーーーーーーーーーッと現れて私たちの目の前で止まった。中から降りてきたのは先ほどのおじさん二人で、「60RSでいいって言ってるよ」え〜〜〜〜〜わざわざ私たちの為に交渉してリキシャを捕まえてきてくれたんだ!!!更に結局料金までおじさんたちが払ってくれたの。すごい!!!本当にパキスタンの人々は親切どうしてこんなに親切なんだろう?イスラムでは「巡礼者(旅人)に親切にしなさい」って教えがあるから親切なんだ、って話をよくきくけど、別にインドのイスラム教徒は親切じゃないしなぁおじさんたちのご厚意に甘えて、5人でそのオートリキシャに乗ってバードシャヒーモスクへ。ムガル帝国の皇帝アウラングゼーブによって建てられたモスクで、1673年に完成した当時は世界最大のモスクだったそう。前の広場では10万人が礼拝できる広さ。みんなフレンドリー。すぐに人々にわーっと囲まれて話しかけられる。女性たちはとってもソフトでいい感じ。「一緒に写真撮ろ~!」って声を掛けられた。今日のメンバーたち。なんだか楽しそう☆かわいいパキ人の女の子たちが私に話しかけてきてくれた「そのこが居てよかった~。男だけだったら絶対話しかけられないもん。」と、大喜びで一緒に写真を撮る男性陣。男性陣邪魔ですよね〜ほんと美女ばっかりアップも要る?可憐だわ〜その後近くの公園へ。遊園地もあったよ。豪快なブランコ長っ!!!あ、クリケットやってる!!「い~〜れ~〜て!」私はこういう場面に遭遇するとすぐに飛び入りしちゃう。「OK!COME!!!」と言われてやらせてもらってると、「おい、変なジャパニガールがなにかやってるぞ。」とあっという間に好奇心旺盛な野次馬に囲まれてしまった。こ〜んなに集まっちゃった!ワイワイ楽しんでいたら、日本人男性陣は「さ、いこ〜ぜ。」「いこいこ。」と私をわざとその野次馬の中に置いて去っていってしまった。「え!待ってよ~~~~~~!!置いてかないでよ〜!!」「センキュー!バイバイ!!」と、慌てて走って追いかける。意地悪〜私だって男性陣が近くに居るからこそこうやって安心して遊べるのだ。帰りにあったチキン屋さん。いやん丸裸。宿に戻るとへとへとで、また寝たきりパッカーに戻る夕食はみんなで自炊。チキンとなす、ピーマン、玉ねぎをニンニク味噌醤油炒め。(一人分15ルピー=30円)21:30ごろ、二度目のスーフィーへ。前回と場所も出てた人も殆ど一緒だったけど、今回の方が更によかった!!スーフィーの記事はこちら↓『【パキスタン】大麻で神と一体化?暑くて熱すぎる最高のスーフィーナイト☆』世界一周ブログを手直しして再投稿しています。2007.7.12朝ごはんはマンゴーヨーグルト。昨日買ったマンゴーは1キロで40RS(80円)と安い!甘い!!今日…ameblo.jp2:00前に宿に戻る。さぁ、ラホールも大満喫したし、明日こそは愛するインドに戻るぞ~~~!!どの美女がお好み?今日もポチッと一票お願いしますにほんブログ村<本日の出費>宿 150昼食 19アイス 18スーパー 10夕食 16計 213RS=426円宿 150昼食 45粉ジュース 10リキシャ 12モモ 12リキシャ(スーフィー) 40夕食 15ソフトクリーム 10計 294RS=588円

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    【パキスタン】親切おじさん&美女軍団♡
  2. ときこそ旅気分!昔世界一周ブログから。2006/2/161シリアポンド=約2.2円クネイトラ「人情の~ゴラン高原~クネイトラ~」。おお、記事タイトル、俳句みたいになってますね。さて、ダマスカスでの唯一の目的は「クネイトラ」へ行くこと。ゴラン高原の谷間に位置するクネイトラ。戦争で破壊され廃墟となっている都市だ。シリア、レバノン、ヨルダン、イスラエル。この4カ国に囲まれたゴラン高原は、互いの攻撃にまたとない戦略地であるため、常にイスラエル対アラブの戦地になっていた。30年前、約7年占領していたイスラエル軍が撤退するとき、後ろ足で砂をかけるがごとく、このゴラン高原にあるいくつもの村を襲撃、破壊して去ったそうなのだ。シリアの前大統領は、イスラエルの残虐行為の記録として、修復せずにこの村をそのままの状態でのこしているそうで、そこが今から行く「クネイトラ」なのである。今は廃墟の村で、国連の監視下に置かれている。もともと住んでた人は相当数亡くなり、生き残った人はダマスカスへ移住したそう。さて、ここへ行くためには内務省の申請書(パーミット)がいる。なので、朝イチにタクシーで申請所へ行き(宿のおじさんにアラビア語で書いてもらった)、15分発行で申請書をもらって、セルビス(乗合バス)に乗ってクネイトラのふもとの街、ハン・アルナベンに向かう。だんだん外が雪景色に変わっていく。・・・うわあ~、やってしまった~雪かああ~(←雨女の変化球)。約1時間後、ハン・アルナベンの街に着いた。ダマスカスとは景色が一変した雪景色!寒い、寒い、寒いよう~・・・。「クネイトラ?」「クネイトラ?」ってセルビスの客引きはよってくるのだが、とにかく先に熱いチャイ(お茶)を飲みたい!でもってトイレに行きたい!通りすがりの店に飛び込み、チャイを飲む。ああ~・・・温まるう。なんかこのストーブの前からもう動きたくない・・・。店のおじさんと話が弾み、クネイトラに行くことを言ったら「今日は雪でひまだし、僕が車で連れて行ってあげよう。」って言ってくれた!じゃあ~、お言葉に甘えて・・・(笑)。↑ありがとう!ダースおじさん!おじさんが車を出してくれてる間、近くにあるUN(国連)グッズを売ってるお店に行った。クネイトラには、イスラエル側、シリア側合わせて3000くらい各国の兵士が国連として派遣されてるそうだが、その中に日本の自衛官も100人くらいいるそうだ。知らなかった。こうして影で活動している隊員の方たちにはほんとに頭が下がる思い。お店の人は、日本の自衛隊は楽しくていい人ばっかりだって言ってくれた。残念ながら、日本のワッペンは売り切れてなかったが、数枚違うUNデザインのワッペンをゲットした。店長さんはチャイをごちそうしてくれて、いろいろ話を聞かせてくれた。彼は、こういう仕事をしてていろんな国の軍人と接してるが、欧米人の嫌いなところは、座るとき足組みをして、足の裏を人に見せるとこだそうだ。「そういう無意識なところに、人の文化を尊重しない精神が出てる。」話は弾んで、もっと話したいが早く行かないと、クネイトラ。なので、名残惜しみつつ、店を出る。外には国連の車がたくさん走ってて、みんな普通の暮らしをしてるように見えるけど、いつも緊張と隣り合わせなんだ、と改めて感じる。チャイ屋のおじさん、ダースさんの車にのって走ること10分。軍の検問所に着いて、パーミットを見せると、そこからは軍の公認ガイド(無料)が乗ってくる。ガイドは、ダースおじさんの友達だったー。しかし、町に入るとすごい・・・。みわたすかぎり、廃墟の街。がれきの山。街の一番奥にある破壊が一番ひどいのは、なんと「病院」。病院である。外見だけでも、すさまじい数の弾痕があるのだが、中はもっとすさまじかった。これ、、、誰もいない状態で攻撃破壊したと信じたい。そして、イスラムの心のよりどころ、モスクだっておかまいなし!ていうか、モスクをやった時点で終わりだろう。人として・・・。雪がしんしん降る静寂も手伝って、殺伐さと不気味さを感じた。あ゛ーーーーーーとにかく寒い!あと、靴が雪でグチョグチョになって、指先が冷たくて痛い!すぐさま、ダースおじさんの店に戻り、ストーブで靴と靴下を乾かし、足を暖める。ああ~、とけていくようだ。幸せ・・・。そしておじさんは私の靴を見て「君は日本人なのにどうして"そんな靴"を履いているんだ。」と言った。↑そんな靴。フラッシュでまだきれいに見えるが、ほんとズタボロ。旅を始めてすぐオーストラリアで買ってずっと履いてるから1年ちょっとか。ものすごい使われようだもんねー。いまいち、買い換える気がしなくて、そのままなんだけど。でもヨーロッパでは人の目がつらそうだなあ。ダースおじさんとは、その後も店でずっとお話。すっごい楽しかった~。「その靴じゃ、またセルビス乗り場まで行くのは大変だろう。」と、ダースおじさんが乗り場まで車で送ってくれた。とはいっても、3分くらいなんだけど。ほんとにお世話になりました。一緒にとった写真、帰国したら必ず送りますね!ただ来ただけじゃ、見てすぐ帰るだけだった。こういう、「人との出会い」って、なんて恵まれてるんだろう。いろんな話も聞けて、親切をもらってこっちも嬉しくなって。ほんとにありがたかった。こういう紛争地のようなところで、暖かい人たちと出会ってしまうと、日本に帰った後・・・ もし!もし!この地に何かがあった時、 あの人たちは無事だろうかといたたまれなくなってしまうに違いない。あのイラクでも、戦争後、同じように以前旅して、心配になった人が再度訪ねたりしてるんだって。わかるような気がするよ。ないことを祈るけど。この地がいつまでもこのまま何事もおこりませんように。ダースおじさんたちが無事でありますように。帰りのセルビスでは、毎日、ダマスカスの英会話学校に通う青年と隣りになった。初級の教科書を持ってて、まだ「ビジネス」って単語もわからないくらいだったんで、すっごいカタコトの会話だったが、すごく夢があっていい青年だった。「英語ができるとたくさん仕事があるだろう?」「やりたいことがたくさんあるんだ。」こんな大雪の中でも、毎日片道1時間かけて学校に通っている。当たり前に学校教育を受けて、授業中など寝たりさぼったりしてた自分が恥ずかしくなる思いだった。しかも帰り道、ホテルへの道がまたまたわからなくなってしまい、結局彼が送ってくれた・・・学校あるのに、、、、。↑旅中、このコマを何度も使用することになる私、、学べよ。今日も拍手代わりのワンクリックを♪世界一周ブログ最初から読んでみる?忘備録でもある当ブログは「読み物」としてお楽しみください。 ブログ内の、安宿情報やビザ情報、国境越え情報は昔のものです。現在は渡航できない国もあります。旅の最新情報は、現役の旅人さんのブログを参考にしてください。

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    (115)シリア◆人情のゴラン高原クネイトラ
  3. ブログやSNSを軽やかに、気楽に書きたいな〜って最近すごく思う!もっと発信を楽しみたい、表現したい。え、AZさん結構発信してはるのでは!?と思う方もいるかもしれないけど回数とか年数とかではなくて単純に、これまでの自分比。自分の気持ちとしてね。^^一回に全力を込めるのも大切だけど発信することともっと気楽に、日常的に、気兼ねなく付き合っていきたいと思ってる。発信ってさ、なんか凄いことを言わなきゃいけないみたいなのあるじゃないですか。笑でも全然そんなことなくて、今の自分に素直に表現すればいいんだって思う。でも気合が入りすぎるとどこか飾ってしまったり、凄くなろうとしてしまって…結果、自分の発言で、自分を縛ってしまうことってある。それは発信した本人が一番苦しいよね。そして「凄い発信」をすればそれに憧れたりする人もいるけど「凄い発信」は自分にはムリだから発信者側になれないと思う人もいる。私はまだそれに達していません…発信するほど凄いことありません…って。それは発信イヤ!ループだよね。笑オンラインで発信することは”自分の考えを明言する行為”って思われるけど私はそうは思わない。今の自分を知れるから続けてるし、人と繋がれるから続けてる。書いちゃったら残るのが恐いので…とかもあると思うんだけど、それはたいして問題ではないと思っていて。大切なのは、”人は変わる”ということを受け入れる寛容さなんだと思う。それを受け入れたら、発信に対してもっと気楽に付き合えそうな気がする。自分の発信で自分を縛ることなく、誰かを縛ることもなく。かといって、凄い人になろうとせずありのままの自分で、気楽に発信し続けて行けたらいいな。旅する占い師AZ@azmomoharu 渾身のすごいことを1個やるより、 気楽にできるものを数多くやる。 やりながら調整して 心地よいポイントを見つけられたらOK!2021年01月19日 16:00旅する占い師AZ@azmomoharu 結果、気楽・そのまんま・ゆるく が一番だなぁと思う。 かっこいいところ見せたいとか スゴイと思われたいとか結果出した以下略 色々あると思うんだけど、 それって結局ありのままじゃないから いつか自分が苦しくなっちゃう。2021年01月19日 16:54旅する占い師AZ@azmomoharu 発信すると「自分が言ったこと残っちゃうから恐い」 ってあると思うんだけど、人は変わるんだから、そりゃ言うことも変わる。 「その時は本当にそう思ってたけど、今は変わりました。」 それでいいんじゃないかな。ずっと自分の発言に縛られ… https://t.co/0RBDnMJdtA2021年01月19日 17:00旅する占い師AZ@azmomoharu 私なんて、数年前はイメージ壊れるからご飯や食べ物は載せない!って言ってたけど(なんのイメージ?w)今はご飯だろうが失敗したメイクだろうが載せてるよ…笑2021年01月19日 17:03数秘術の魔法で、わたしを見つけよう。数秘術の魔法Amazon(アマゾン)1,540円youtube AZチャンネル数秘やスピリチュアルだけじゃない、AZの「今」をライブで配信。タイミングが合う時は、チャットで参加してね!AZのオフィシャルサイト運勢や自分らしく生きるコンテンツなどを発信してるよ

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    「凄い発信」は終わる。
  4. 世界一周ブログを手直しして再投稿しています。2007.7.28<本日の移動>→→7:00ラワルピンディ(19時間)→7:30→→15:30ラホール(8時間)→→→リーガルインターネットインアリアバードから19時間、7:00にラワルピンディに到着。親切にしてくれたバスの男性、ありがとう心強かった!!そのまま近くのローカルバススタンドに移動する。フンザから下界に戻ってきて、英語が通じる率がぐっと下がったのを感じる。行きは観光バスだったけど、帰りは節約の為ローカルバスで、料金は行きの半額。その代わり止まる回数も多いしエアコンなしだからとにかく暑い標高が2400メートルあったフンザ周辺はとっても涼しかったけど、下界はこの時期酷暑だ。ローカルバスに乗っていると、次々に色々な物乞いや物売りが乗ってくる。バスに乗り込んできてなにやら演説口調で語り始めた男。 かばんから取り出したのは、自分とコブラの載った新聞記事。 次に乾燥したコブラの頭を4つ取り出すとさらに熱い語り口調になってきた。 最後に彼が取り出したのは箱に入ったコブラマークの薬。 一生懸命目の辺りを指差してるから、多分目に効く薬なんだろう。 最後に彼は大声で叫んだ。 「これがたったの10ルピー!!!」(20円) 安っ!!こんなインチキくさいもの誰が買うの?って思ってたら、驚いたことに乗客は次々に「買った!」「買った!」と手を上げて、結局10人以上が購入。 すごい話術だ!!次に、まとっている布の下に何かを隠しながら悲しげな表情で乗ってきた女性。何を隠してるのかなぁと思った直後、ドキン!!心臓が止まりそうになった。彼女がちぎれた左手を乗客の前にさらしたのだ。手首の辺りで切れていて、まだ生々しい肉や骨が丸見えだ。その手を見せながらバスの通路を歩いてくる。うわっ・・・無理!!思わず目をそらした。 私が一番苦手なタイプの物乞い。まともに見ることが出来ない。彼女には、たくさんの人が小銭をあげていた。 私は気分が悪くなりながらも、小銭をあげようと財布をあさっているうちに彼女はバスから降りてしまった。インドやパキスタンでは、わざと子供の手や足を切り落として物乞いをさせると言う話をよく聞くけど、この女性は自分で切ったのだろうか。物乞いで得たお金を本当に治療に使うのだろうか。それとも家族を食べさせる為に使うのだろうか。あんな傷、放っておいたら死んでしまわないんだろうか・・・ショックでしばらく彼女のちぎれた左手が頭から離れなかった。15:00ラホールのジェネラルバススタンドに到着。目指す宿まではここから更に二回、市バスに乗らなくてはいけない。バックパックを網棚に持ち上げる時、一人で頑張ってみるんだけど、やっぱり近くの人に声を掛けて手伝ってもらわないと出来ない。前は自分ひとりで出来てたのに、トモと一緒に居た時に甘えすぎて筋力が落ちてしまったのか、それともこの3ヶ月で荷物が徐々に増えて重くなったのかはわからないけど、自分の荷物を自分で持ち上げられないバックパッカーなんて、と情けなく思う無事REGALE INTERNET INNに到着☆泥棒宿だらけだと言われるここラホールで唯一安全だと言われるこの宿は、世界中からのバックパッカーで賑わっていた。(その後ここでも盗難の噂あり)先にフンザを出ていたゆなちゃんとシュンタくんがまだ居た~~~!!嬉しい!一緒に早めの夕食を食べることにした。この大きな鍋の中身は~~~?チキンカレーでした☆これがマイルドでとっても美味しい☆(29RS=58円)色んなフルーツが入ったヨーグルト!!(20RS=40円)こーれも美味しいはまった!!宿のすぐ斜め向かいの小さなスーパーへ。ここは宿と違ってエアコンがガンガンに効いてる!!!すーずーし~~~い!!こりゃいいや。外国製品もいっぱい、すごく近代的できれいでびっくり。「わ~~~こんなのあるよ~~~!!!」の連続。楽し~~~~~~いしばらく田舎にいると、都会がまた楽しくなるよね。21:00 沖縄のキヨくん(ネパールで会っててまた偶然ここで再会!)とゆなちゃんたちとまたまた夜食へ~~~。路上でジュージューと焼かれる牛レバーやチキンのケバブ。最高!!一人旅でもこうやってみんなとすぐ会えるから、寂しくないねこのフルーツヨーグルトも今は食べるのに勇気が要るかな。当たりそう〜今日もポチッと一票お願いしますにほんブログ村<本日の出費>バス(ラワルピンディ→ラホール)150バス 16宿 150昼食 29スーパー 76ケバブ 37フルーツヨーグルト 20計478RS=約956円

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    【パキスタン】ちぎれた腕を見せて稼ぐ物乞い
  5. からが勝負15キロバックパックを背負って10キロのキャリーを引き、4歳のけんを連れて、、、気が狂いそうでした🤣、、、気を引き締めてぇぇぇさあバスを降ります。。。。国境どこ???周りを見ても見当たらない国境ちゃん、、、どうしよーーーーすると「何か手伝う事はありますか?」振り向くとさっきバスの隣に座っていた日本大好きな男性まるで神の一声国境を越えたい事を説明します男性「僕に任せて」そう一言言うと流れのトゥクトゥクを呼び止めます男性「さあ乗って」男性の言葉で私達はトゥクトゥクへ私、けん、男性を乗せたトゥクトゥクは国境へ向かいます乗って数分後国境発見!こりゃ歩いてたら時間内にナイロビ行きのバスは乗れなかったに違いないたまたまバスの隣になった男性そんな男性たまたま日本大好きそして私達は日本人もしこの出会いが無ければひょっとしたらコンソ1泊コースだったかもしれない、、、って考えたらどんだけうちら運が良いんだよ🤣目的地の国境付近でトゥクトゥクは止まり男性にお礼います私「ホントにありがとう!助かりました!運賃払うのでいくらか運転手に聞いてもらえますか?」すると真逆の男性の言葉が男性「運賃はいりません。早く国境へ行って」、、、どんだけうちら運が良いんだよ🤣パート2エチオピアに入る前警戒していたためいろんな旅人のブログを読みあさりエチオピアはウザイ国と認識していた私現に最初のアディスアベバではいろんな場所でぼったくりにあったのも事実(100ブル、日本円にして400円くらいだが)でもさでもさアワサの宿のオーナーさんと言いアルバミンチのツアーガイド、ドライバーさんと言い、部族の方々と言い、そしてこの日本大好き男性と言いスーパーハート熱い奴らばかりやん!!!※今から物凄く物凄く話はそれます私がまだ20代の頃けんもまだ誕生していない時代私はワーキングホリデーでオーストラリアのロックハンプトンにいましたロックハンプトンは物凄くマイナーな街どうしていたかと言うと前にいた街でとある韓国人カップルから「ラクダさん!一緒にロックハンプトンに行こうよ?そこのオージービーフ工場は物凄く給料が良いんだ!」当時私はマクドナルドで働いていました時給20ドルで(日本円にして約2000円弱かな?とりあえずオーストラリアの時給って凄いんです)だけどもっと儲かると聞きせっかくの時給20ドルを即辞めて韓国人カップルについていく事にしました事前に韓国人カップルが『日本人も一緒に働くよ』っとオージービーフの事務員さんに伝えていてくれたおかげで直ぐに仕事ゲット時給ははっきり覚えていません1週間週6で働いて日本円で13万?14万くらい? ↑オーストラリアの給料は週払いでしたあ、ちなみにいつも週6とは限りません時に週4もありましたですが週4でも十分すぎる金額ですだが日本人は私一人そんなボッチジャパニーズな私にはよくこんな意見が来ました「どうしてここの工場に日本人がいるの?日本人は自国で十分稼げるじゃん」この工場は現地のオージーの他には韓国人、台湾人、あとは発展途上国の方々彼らからしたら日本人の給料はオーストラリアの給料に近いものだと思っていたみたいです私は当時この言葉を何度か言われて衝撃を覚えました日本人は金持ちなのか?そう言えばインドでも同じ様な事言われたな「君はお金もちだろ?何故なら日本人じゃないか!」。。。。。。。話は戻りますエチオピアは熱い心の持ち主で溢れていました私達を国境までトゥクトゥクで送ってくれた男性は日本が好きとは言いましたそれは日本人が金持ちだから?でも私のお金を男性は受け取りませんでしたそれどころか「あそこが国境だよ!行きなさい」と言ってくれましたなんて優しい、、、でも私の醜い心の奥の声が男性に対してこう言います「良いじゃんお金受け取りなよ!日本人はお金もちなんだろ?私金持ちだよ?日本人だから!そうやって思ってないの?」だが最後までお金を受け取らなかった男性お金が人間のバロメーターではない事なんて分かっていたつもりですでも今までの旅でいろんなぼったくりやウザイ客引、盗難で少し心が疲れたのかな?その時は『自分は日本人だから狙われるのはしょうがない』と自分に言い聞かせて耐えていましたですが男性のおかげで心が少し綺麗になった気がしますさーーー!!!国境じゃー!にほんブログ村

    男性の優しいさ 急にオーストラリアの思い出
  6. 絶品焼小籠包のある呉江路の近代化
  7. ときこそ旅気分!昔世界一周ブログから。2006/2/151ヨルダンディナール(JD)=165円お知らせしたとおり、以前のブログの素敵な展開です。サーメルさん三部作、完結編と言いましょうか。~第1部~~第2部~ある日、私は気になっていた宿の情報ノートを1日かけて修理した。←暇なもんで。ズタズタのボロボロのバラバラだったからだ。ほかのゆるい土地のものならともかく、この地の情報ノートは、ちょっと特別な貴重なものだと思うので。自分で糊(のり)やテープを買って、地道に修理。私は結構、こういうことが好きで、よくほかの日本人宿でもやってたが、ここのはやりがいがあるわ~(笑)。一枚一枚破れたページを糊(のり)で貼り付け、製本していく。その様子をカウンターから、(昼しか来ない)ヨルダン人オーナーが、鋭い視線で私を見つめ続ける。コワイ。↑カウンターに座りっぱなしのオーナー糊(のり)が終わってしまったときだ。なんとオーナーが次の糊(のり)を買ってくれた!しかも、「Good Job!」って言って、高いバーガーセットをデリバリーでおごってくれた!えーびっくり!こういう感謝の概念を持ってるんだったら、もっとサーメルさんの待遇をよくすればいいのに。このオーナー、いつも出て行く日本人が、自分を無視してみんながサーメルに写真をせがんでいるのを、いまいましそうに見てるんだよね。だったら、ほんと自分も愛想良くすればいいのに。冷遇に耐えかねて何回かサーメルがホテルを移ろうとしたとき、サーメルさん目当ての日本人客が来なくなるのを恐れて、オーナーは「昇給するから行かないでくれ。」と引き止めたらしいが、いまだ昇給はかなってないそうだ。ここにも、パレスチナ人(サーメルさん)と、ヨルダン人(オーナー)の関係の縮図が見えるよう。イスラエルから帰ってから10日。申請しておいたパキスタンビザが出来上がった!日本大使館で紹介レターをもらって(30分で受け取り!)、パキスタン大使館で申しこんで、今日うけとり。すごいスピード発行。しかも日本人はビザ代無料!(3ヶ月)これでヨーロッパから直接パキに飛べるよ。すべての用事が終わり、明日の早朝の出発までやることもないのでネットカフェでいろいろ調べていたときだ。従業員が「君の名前はムギ?」って言ってくるので、びっくりしたら、「ホテルから電話だよ。」。出てみると、サーメルで「ごはんができたよ。」だって!おかあちゃんか!居場所を探し出されて、ごはんだから帰れって(笑)。帰ってみたら、ケーキみたいなごはんができてた。すっごい!これだけの材料を買うのには、彼の日給の2,3日分はかかるだろう。みんなでありがたく頂いたが、量が量なので全部は食べられなかったのがほんとに悪い。残りはタッパーにつめて、翌日のバスのごはんにすることにした。↑ごはんとチキンとポテトが層になってる。おいしかった!翌日、シリアへ向かうバスに乗るため、早起きするつもりが、ねね寝坊した私!バスは朝9時発で、これを逃すと午後3時発になってしまい、到着が夜になってしまうのだ。そのため、あわただしく宿を出ることになってしまい、挨拶もそこそこにお別れすることになってしまった(泣)。到着した日に一緒に写真撮っておいてよかった。さよなら、サーメルさん!バスターミナルまで走りながら、「やっぱり遅れてもいいからハグしに戻ろうか」と大後悔。ちゃんとお別れしたかったー。が、時すでに遅し。いつも小さな声で、初お見合いの女性みたいに、のの字を書いてるみたいにして「コーヒー飲む?」って聞いてくるサーメルさん。寝不足のせいで、時々壁によっかかったまま眠ってるサーメルさん。大好きなウノやりだすと、人が変わってうざくなるサーメルさん。サーメルさん、自分のホテルを持つという夢かなうといいね。客をもてなしすぎてつぶしちゃわないようにね(笑)。「コーダホテル(←サーメルさんが考えてるホテルの名前。香田君を送り出したことを後悔しているため)」出来上がったことがネットなりで知らされるのを楽しみにしてます。中東一いい人幸せになる【2011年10月追記】最高にうれしいニュースを知りました!ななな、なんと!サーメルさんが日本人女性とご結婚されたそうです!道のりはやはり厳しかったらしく、長い時間をかけて、奥さんのご両親から許可をもらい、結婚が決まった時は奥さんは涙されたとのこと。なんていい人に巡り合えたの!しかも私と同じ2009年春に結婚したなんて、その偶然がまたうれしい!サーメルさん、末永くお幸せに!今までの分もいっぱい幸せになって!!2009年秋、サーメルJrも誕生!(奥様のブログより)このニュースを知った時は四つん這いになって号泣。しかも念願かなってクリフから徒歩1分の場所に「マンスール・コーダホテル」を開いているそうです。(ホテル自体はルアイさんというサーメルさんの親日家の友人が常駐し、今はサーメルさんは奥さまの故郷、石川県在住とのこと!)あーーーーーうれしい!人の幸せがこんなに嬉しかったことがあろうか!(泣)!!いつかぺトラ遺跡を見たいという夫と一緒にまた訪ねられたらいいな。↑この朗報を知ったときの私。背後に心配する(旅後結婚した)オット。【Mansour Hotel (KODAホテル)】King Faisal St.(TEL) 962- 6-4621575ドミ一人3.5JD、シングル7JD、ダブル8JDシャワー・トイレ共同、ファン付。キッチン・冷蔵庫あり。有料PC1台あり。情報ノート豊富。パン、チーズ、ゆで卵の朝食付。※ネット調べ。地図は「旅barber」さんよりお借りしました。ヨルダンのまとめ旅の家計簿ヨルダンではずっと自炊してないんでそのせいで食費がちょっとかかりすぎました。 ◎滞在日数=9日 計(現地通貨) 計(円) 1日当りの生活費 飲食費(タバコ含) 46 \7,590 \843 宿泊費 29 \4,785 \532 国内交通費 30 \4,901 \545 観光費(ツアー代・入場料等) 8 \1,238 \138 雑費(ネット・衣服等) 30 \4,950 \550 その他 0 \0 \0 移動費・ビザ代 13 \2,145     総合計 155 \25,608 \2,607 今日も拍手代わりのワンクリックを♪世界一周ブログ最初から読んでみる?忘備録でもある当ブログは「読み物」としてお楽しみください。 ブログ内の、安宿情報やビザ情報、国境越え情報は昔のものです。現在は渡航できない国もあります。旅の最新情報は、現役の旅人さんのブログを参考にしてください。

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    (113)ヨルダン◆中東イチいい人幸せになる
  8. 服部天神 うどん屋山善で冷たいぶっかけうどんランチ!!伊丹空港に飛行機を見に行った日のランチ。阪急電車の服部天神から徒歩数分のうどん屋山善へ。カレーうどんがどうやら人気のようだけど、私も相棒も冷たいうどんが好きなので、寒い冬でも冷たいぶっかけうどんをオーダーした。私は小エビが入ったかき揚げ天ぶっかけうどん ¥950かき揚げが大きくて麺が見えない。薬味にダイコンおろし、ネギ、ショウガ、ごま、あとスダチもお好みでかけていただく麺は見た目どおり、のどごしもつるつる~中細麺で、コシがしっかりとあるタイプでグミ系。もっちり感のやわらかさはあまりなく、コシが強いのが好みの方向けで、かみ応えあり。プリッとした海老がころころっとかき揚げの中にはいっているよ。かき揚げはサクサク~熱々!!この日は麺大盛りではなかったけど、筋トレ後でもなかったので、量はちょうどよかった!!相棒は温玉ぶっかけ¥650と、ちくわの天ぷらをトッピングしていたよ。冷たいうどんのメニュー他にもカレーうどんが有名みたいでたくさんメニューがあったよ。セットのお得なメニューなどもあり。11時開店にあわせて、11時過ぎに到着したらなんとか並ばずに入れたけど、席は満席で人気のうどん店だとわかる。次回はカレーうどんも食べてみたいな。うどん屋 山善 (服部天神/うどん)★★★☆☆3.65 ■予算(夜):~¥999tabelog.comよければインスタグラムもよければチェックしてね。Login • InstagramWelcome back to Instagram. Sign in to check out what your friends, family & interests have been capturing & sharing around the world.www.instagram.com

    服部天神 うどん屋山善で冷たいぶっかけうどんランチ!!
  9. ときこそ旅気分!昔世界一周ブログから。2006/2/111ヨルダンディナール(JD)=165円アンマン死海でイスラム男の悲哀見るイスラエルからもどったら、さっそく、ヨルダンの最大のメイン「死海」へ繰り出すことにした。しかし、すでに行った宿のみんなから、なぜか「絶対、女ひとりで行っちゃだめだ!」と念を押されてたので、イスラエルで仲良くなって一緒にこっちに帰った、うら若き日本人男子(22才ペア)を二人したがえて、おんな水戸黄門状態で、行くことになった。ほくほく♪↑私の中の水戸黄門はやっぱりこの人!(名前知らんけど)・・・え?なんでイスラエル行ったのに、そっち側の死海に行かなかったのかって?…それがね~、あっちすんげー高いんすよ!奥さん!「歩き方」に載ってる片道料金(バス)でさえ、40NIS。しかも入場料(50NIS)がいるし。合計5000円くらい?なんで、安いヨルダン側から行くことにしたのだ。死海までバスやタクシーで(割り勘で)、2JDくらい。入場料は、5JDなので合計7JD(約1100円)。ですよね~!でも現地の人にしたら、日給分くらいだろうなあ。死海は、世界最高の海抜マイナス350メートルくらいなんで、かなり暖かい。↑男子の持ってた時計。手前に海抜の表示。死海は、完全にビーチリゾートで以外に地元民でにぎわっている。見ると、かなりの数の警察官か警備員がいる。やはりテロ対策か?と、思いきや、あとでこの理由がわかるのである。ともあれ、さっそくみんなで水着になって入る。イスラム圏では刺激的であろうと、私はタンクトップを着たままにしておいた。見ると、現地の女性は服着たまま、スカーフをしたまま、海水浴をしている。なんか重そう~。大変だなあー。↑死海の塩の結晶がゴロゴロしてて、さんご礁みたいになってて危険。サンダル履きじゃないと、痛い。私たちは、3人なので、一人が海に入って、一人は荷物を見てて、一人が写真を撮る、と分担。↑みんなで交代で写真撮る。私が荷物番中~。さて、私の順番になった。胸まで入って、おそるおそる足を上げてみると…うわ~♪浮く浮く浮くう~~♪きゃほ~♪おなかに力を入れなくても全然浮く。おぼれることが不可能なくらい、浮く。超たのしい~!さっそく、宿からも持参した新聞を読みながら定番ポーズで浮いてみる。↑わーーーー夢がまた一つ叶った!!これで、子供のころからの5大夢だった「首長族」「イースター島」「サハラ砂漠」「死海」まで制覇!あとは「オーロラ」か~!これは愛する人と行きたいのでとっておく(一生いけないかも)。↑昔行った首長族の村みんなで、一通り泳いだ後、浜辺でまったりしてたそのときだ!一人のヨルダン人の男が「一緒に写真を取らせてくれ。」とやってきた。一緒に来た男子が頭にカフィーヤを巻いてたので、それが珍しいのだろうと思い、みんなで写真を撮った。男は二人組だったので、交代で写真を撮り、次に私とだけってもう数枚撮り続ける。こういう地元民との交流もいいね~、って、浮かれ気分でロックンロールな私たち。そのときである!!背後から、「ピーーーーッ」って笛の音が聞こえて、例の警察官が警備員が数名こちらにかけよってくる!男たちは、ダッシュで逃げていった。が、あとでつかまり何かいろいろ怒られてた。そうか!セクハラ防止の警官隊だったんだ!・・・そりゃそうだよねぇー。女性は全身も髪も時には顔も覆ってしまわなければならないイスラム圏にとって、死海みたいな外国人が訪れる観光名所のビーチでは、私たちの格好は、彼らにとってはストリップに近いだろう。そりゃ、5JDなんて大金払って入るはずだわ。だから、普通に服を着てる男たちが、カメラもっていっぱいいたのか。(警官も)みんなが「女一人で行くな!」って止めてたわけがわかったよ。そのあとも、次々と「写真を撮らせてくれ。」って男たちがやってきたが、全部、彼ら(22歳ペア)が撃退してくれた。でも私は見た!海を見るふりをして、私をカシャカシャ手元だけで盗み撮りしてる男を!ほんとなんか、かわいそうにさえなってきたよ(笑)。だから、日本に来たイスラムの男たちは弾けてしまうのだろうか。東京在住時、日本語教師をしてた時に、あるイラン人生徒から聞いた話。彼は東京に来たばかりのときはちょうど夏で、しかもスリップみたいなドレスが流行ってる時で、衝撃すぎて、到着したその日、鼻血を出して、部屋から一歩も出れなかったらしい(笑)。エロな日本人と足して割るとちょうどいいかもねー。↑悲哀の調べ??帰りはバスターミナルまで、ヒッチハイクしようと路上に出た。「ねーさん、女の魅力で車ゲットしてくださいね!」と、彼らの期待をしょった私は、おもむろに一歩路上に進んだ。荷が重い。そして、やってきた車に親指立てて手を上げた、その時だ!!!向かいにいた警察に「こっちこい。」って呼ばれた。「わ~、怒られんのかなー。」って、おそるおそる皆で近寄ったら、「日本人か。コニチワ!」ってすっごくフレンドリー。しかも事情を知ったら、「STOP」って書かれた札をもって、やってくる車を止めてくれた!そしてドライバーに、バスターミナルまでではなく、アンマン市内まで送り届けるよう言って(命令して)くれたよ。よかった~!運がいいわ。ドライバーさん、ごめんね。ていうか魅力でなく、権力でヒッチしたのが悲しい。楽しかったなー、死海。しかし、「死海」っていい名前だよね。ほかの名前だったら、もっとありがたみっていうか、ロマンが半減するような気がするよ。宿に戻ってから、みんなで「おなかすいたね~!」って近くのイラクレストランへ。ここは安くてうまいのだ。しかも、イスラム暦の新年の今日は、ふるまい飯が!異教徒の私たちにもこころよく振舞ってくれた。(普通のメニューよりも)超うまかった!みんな近所の人たちも鍋とか持ってきてもらってた。こういうのって、昭和の光景だよねー。そいや、前にお昼ご飯も、初めてみるタイプのサンドイッチを食べてたおじさんのをみて、店の人に「私もこれ下さい。」って言ったら、そのおじさんが私に1個買ってくれた!!!!数十円だけど、でもそのハートがうれしい!ほんと、いいなあ、イスラム圏。なにか日本人と共通するものがあるみたいだ。心が温かくなるんだよね~。今日も拍手代わりのワンクリックを♪世界一周ブログ最初から読んでみる?忘備録でもある当ブログは「読み物」としてお楽しみください。 ブログ内の、安宿情報やビザ情報、国境越え情報は昔のものです。現在は渡航できない国もあります。旅の最新情報は、現役の旅人さんのブログを参考にしてください。

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    (112)ヨルダン◆死海でムスリム男の悲哀みる
  10. 世界一周ブログを手直しして再投稿しています。2007.7.29REGALE INTERNET INNのドミトリーは明るくて清潔でとっても気持ちがいい!ドミでキヨくん(左)が持って旅してるサメの被り物をかぶって遊ぶみんな。キヨくんはエルモの着ぐるみだって持ってる。地元の人と仲良くなれそうだな〜!この宿、ドミ一泊300円だけど、☆フィルターを通した冷た~い水が無料で飲み放題→暑い国ではミネラルウォーター代もバカにならないから超助かる!☆冷蔵庫が使える→水や買ってきたマンゴーを冷やせるなんて最高!☆キッチンが使える→日本食だって自炊できちゃう!☆洗濯機が使える→いつもバケツで手洗いだから洗濯機なんて夢のよう!☆洗面台やバスルームに石鹸が置いてある→いちいち自分の石鹸を持ち歩かなくていい!☆テレビ&パソコンがある→テレビっていいよね。ネット屋さん探しに行かなくていいし!☆外に居心地のいい共同スペースがある→いろんな国の旅人と会える!安宿にしては本当にサービスも居心地も良くて、すごく気に入ったフンザに行く前に客引きの日本人女性に連れて行かれた新市街の宿よりずっと楽しい わ今日はスーパーで買ってきたこれが朝食。まぁ、フツーに美味しかった。お昼過ぎシュンタくんがタイマッサージを施してくれた。いでででででででっ最高~~。私もタイマッサージ習いたい!そしてまた昨日の所でチキンカレー。ロティが釜の中で美味しそうに焼けてる~。これが美味しいんだ~。フルーツヨーグルトも忘れずに!16:30 ゆなちゃん、シュンタくん、キヨくんとローカルバス③番で駅に向かっ た。ゆなちゃんとシュンタくんは、ここからイラン方面に向かって列車に乗る。ゆなちゃんは私とお別れをする時にベソをかいていて、私はハッとなった。7年前に長旅をし始めた頃は、出会った人と別れるときに毎回悲しいと思っていた。時には泣くこともあった。でも、あまりにも出会いと別れを繰り返しすぎて、それに慣れっこになってしまっていた。会いたいと思ったら、日本でまた会えることもわかったし。でもゆなちゃんの涙を見て、久しぶりに私もウルッときたまた会おうね~!無事イランに入国できますように。そこからはキヨくんと二人で②番バスに乗って、インド国境すぐ手前まで行き、そこからはミニバスでワガボーダーへ。インドからパキスタンに来る時に通った国境だ。到着すると既に人々がたくさん集まっていた。ここでも入り口で男女に分かれなければいけなかった。キヨくんと「終わったらあそこで!!」と待ち合わせ場所を決めて、分かれて中に入った。(入場料10ルピー=20円)私はすんなりと外国人&VIP席に通してもらえて、一番前の席をGETこれはパキスタン側男性スタンド。これは女性スタンド。門のあっちはインド側。インドは男女一緒に座ってるよ。今から何が始まるのかと言うと、国境のクロージングセレモニーだ。要するに国境が閉まる時間にパキスタン、インドの両国が揃って各国旗を降ろすだけのことなんだけど、それに「軍人のパフォーマンス」と「国民の応援合戦」が加わって、25分にもわたる大掛かりなショーになっていて、毎日1万人もの人が集まると言われている。国旗を振りながら「パキスタン!パキスタン!!」って応援するおじさん。このおじいちゃんは歯が抜けてて「パーチッタン!パーチッタン!!」ってなってて可愛かったけど、表情は真剣そのもの!その声に答える観客の声援もすごくて、まるでスポーツ観戦に来ているみたい。敵国同士のインド/パキスタンだけに、応援にも熱が入るんだろう。なのに何故か両国の一体感も感じる不思議なセレモニー。ずっと動画を撮ってて写真がなかったから拝借しました。黒がパキスタン、カーキがインド。http://www.bbc.com/travel/story/20150429-indias-bizarre-border-ritualでも、結局最後まで応援の意味がわからなかった。一体何を応援してるんだろう?国旗を降ろす作業に勝ち負けがあるの?どちらの軍人がより美しくパフォーマンスが出来たかを競っているのか、同時に国旗を降ろし始めて、どちらが早く降ろせるかを競っているのか・・・人々がそこまで盛り上がる意味がよくわからなかったけど、まぁ、でも面白かった!!!!動画めっちゃ長いけど興味があれば↓インド好きの私としては、できればインド側でも見てみたいな。国境って、不思議だよね~。人間が線引いて「こっちはオレの!」だなんて。元は一つの国だったのになぁ。お~いインド!!もうすぐ帰るから待っててね~~!!大好きだよ〜!!セレモニーも終わって、人波に揉まれながら外に出た。こんなに人が居てキヨくんと合流出来るか心配だったけど無事会えた。車がいっぱい止まってる。赤かぶ。今日の夕日はきれいだな。さ、市バスに揺られて宿に帰ろ。1959年に始まって以来このセレモニーは毎日続けられて来たけど(2014年のパキスタン側での自爆テロと2016年の印パ関係悪化の際は休止)この9ヶ月間はコロナの影響で無観客で国旗を下ろす作業のみ行われているみたい。パーチッタンのおじいちゃんは健在かな?今日もポチッと一票お願いしますいつもありがとうございますにほんブログ村<本日の出費>宿 150昼食 70スーパー 76夕食 35バス 48ボーダー入場料 10計 389RS=778円

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    【パキスタン】これ何の応援なの?印パ応援合戦
  11. インドとパキスタンの国境セレモニーの事を書いていたら、数年前に見たコカコーラのCMを思い出した私が特別印パに思い入れがあるからかもしれないけど、これを見ると感動して泣けて来ちゃうんだよね1947年の分離独立以降三度の戦争が起こり、対立の続くインドとパキスタンの人々の心を繋ぐために、コカコーラ社が2013年に行ったキャンペーン。インドの首都ニューデリーとパキスタンのラホールのショッピングモールに設置されたこのマシーンには、タッチスクリーンとカメラが内蔵されていて、スクリーンには相手国の人の姿が写し出される。『コカ・コーラをシェアするために、インドに(パキスタンに)友達を作ろう!』というメッセージが、それぞれのスクリーンに表示され、『この企画に参加するにはインド(パキスタン)の人に手を振ってください』『手を合わせてみよう』『一緒に形をなぞろう!』『一緒に踊ろう!』『お互いに写真を撮り合おう!』などのリクエストを一緒に進めていくと、無料でコカコーラが貰える仕組み。なんて素敵な取り組みなんでしょ胸が熱くなる事間違いなし!見てみて〜。コカ・コーラ、対立する二国間の壁を越え“心をつなげる”Happinessマシーンを開発 | PR EDGEコカ・コーラが深刻な国際問題にまで切り込んで、“Happiness”のシェアを体現する心温まる取り組みを実施しました。predge.jp自動販売機で心を一つに。政治対立する2カ国をつなげた「Small World Machine」 [あったかテクノロジー]シリーズ「あったかテクノロジー」は、”ほっ”と心があたたまるようなテクノロジーの紹介を通じて、テクノロジーをどのように私たちの生活に取り入れ、活かすことができるgreenz.jp他にもインドとパキスタンをテーマにしたCMや動画を見つけたよ。印パ分離独立で離れ離れになったお祖父ちゃんの親友を、孫がGoogleで探して再会させるって言うGoogleのCM動画。実際、家族や親戚と離れ離れになったままの人もたくさん居るんだよね国境警備の軍人同士の友情・・・を描きつつもパキスタン製の方が優れてるとアピールしてるCM砂漠の向こうのパキスタンのおじいちゃんがジェスチャーで一生懸命歌をリクエストして、それを双眼鏡で見ていたインド人がラジオ番組にその歌をリクエストするってCM。(言葉わかんないから想像だけど)こう言うCMがたくさんできるってことはほんとは仲良くしたい、仲良くなれればいいのに、って思ってる人が多いってことだよね声を無くしたパキスタンの迷子の少女をインド人のおじさんがパキスタンまで送り届ける旅に出るボリウッド映画、『バジュランギおじさんと小さな迷子』も超〜〜〜オススメ!涙なしでは見られない『I AM FROM INDIA. HUG OR SLAP』ってパキスタンの社会実験の動画もいい〜こっちはインドでパキスタン人が『I AM FROM PAKISTAN. CAN I GET FREEHUGS?』インドとパキスタンの未来はきっと明るいな世界中から紛争が無くなる日が来ればいいのにね。今日もポチッと一票お願いしますにほんブログ村

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    印パをつなぐコカコーラの自販機の話。
  12. ときこそ旅気分!昔世界一周ブログから。2006/2/151シリアポンド=約2.2円ダマスカスヨルダンからシリアへアンマンからバスで4時間の、シリアの首都ダマスカスへ向かうため、朝8時にバスターミナルへ。バスは9時発で、これを逃すと午後3時発になってしまい、到着が夜になってしまうのだ。出発時刻近くになって、荷台に荷物をみんなが預けはじめた。私もバックパックを渡すと、荷物を入れてた運転手が「ギブミー2JD。」だって。え!荷物預け代?中東ではじめて言われたかも。ていうか、他の人には言ってなかったよ?もしかしてチップ要求??私はもう出国税の5JDしか持ってなかったので、財布を見せて「ごめーん。」って謝ったら、「乗れ」って言った。え?いいの?やっぱチップ??するとである!!私の後に来たおじさんとその運転手が何かもめはじめた!運転手はおじさんにも「2JD払え」って言って、おじさんが怒った様子だ。「アラー(神)がどうのこうの!」って言ってたので、アラーに恥ずかしくないのか!ってかんじだろうか。アラビア語なんでぜんぜんわからない。「まあ、すぐおさまるだろう。」と思ったら、だんだんケンカがひどくなっていった。そして…ついに運転手が手を出した!!!それはいかん!いかんよ!それまでは、仲裁に入ってた周りの人もそれを皮切りにエキサイト!止めに入った人も、巻き添え食って殴られ、「何をする!」って殴り返す。通りすがりの人も巻き込まれていって、だんだんケンカ友達の輪ッ!が広がっていったのである。そしてついにはパトカー到着。運転手が連行されていった。ほっ。一段落か…。え?運転手?あかんやん・・・。そう。運転手が事情聴取から帰るまでは出発できないそうだ。とほほー。だれか運転できる人間と変わるとか、事務所から別の運転手が来るとかないわけ??結局2時間近く、バスの中で運転手が警察から帰るのを待つはめになった。そんなこんなで、入出国を終え、シリアのダマスカスのバスターミナルに着いたのは4時間後。バスを降りたら、「タクシー?」「タクシー?」って運転手がゾンビのようにたかってくる。久しぶり~。なんか懐かしいー。その中から、私が見せたホテルの住所の紙を「知ってる!知ってる!乗れ!」っていう運転手を選んで乗った。走り始めてしばらくしてからである。運ちゃんはタクシーを止め、道行く人に紙をみせ、どのへんか聞き始めた。やっぱりね、、il||li _| ̄|○ ↑再登場の4コマ。あっちこっち散々走り回り、結局わからなかったので適当なとこで降ろされた。雨はどんどんひどくなる。冷たい!とりあえず目的の宿に早く行きたい!寒い!!しかし、道が迷路のように入り組んでいてぜんぜん見つからない!看板の名前も道の名前もぜんぶアラビア語でわからない。知らない街で、荷物をしょって宿探し。しかも雨。ほんとこういうときが旅をやめたくなる瞬間だ。なんとか目的の宿「Al-Rabie Hotel アルラビホテル」に、たどり着いたら、あいにくドミトリーはフル。ああ、学生の休暇シーズンだからかー。なんでしょーがないんで、シングルにとまる。↑入り組んでて分かりにくい!アルラビホテル。朝から何も食べていないので、薦められた近所のチキン屋に行ってみた。やー、すごいよ。でかいでかい。直径50センチはあろうかというホブス(薄焼きパン)にこんがりチキンが半分まるごと!!!↑いつも食べ掛けでスイマセン。中東で食事に必ずついてくる、カブのつけものみたいなのもうまい。で、チキンの骨はそのまま床にポイポイすてる。ていうか、チキンはうまくていいのだが、中東4ヶ月目。・・・飽きたよ!もう秋田!こんな毎日クリスマスみたいなご飯。ああ、ブタが食べたい!!ブタブタブタブタブタブタ・・・!!!人一倍、ブタ大好きの私としてはそろそろ我慢の限界に近づいている。ポークカレー、トンカツ、ブタのしょうが焼き、豚しゃぶ~。来月はじめはブルガリア。中東脱出。ヨーグルトを食べる前に、豚ざんまいするぞう~!←ブタのキモチ。さて、夜、部屋で日記を書いていたら、こんどは突然の停電。宿の人が持ってきてくれたろうそくの明かりの中、ボーッとタバコをすう。一応、全室暖房付きなんで暖かいのが救い。雨の音を聞いていたら、だんだん投げやりな気分になってきて「まあ、こういう日もあるよね。」って自分で自分を抱きしめてみた。「抱きしめたい」かー。あー、今ミスチルが聞きたい。MP-3プレーヤーが壊れてから数ヶ月、ずっと音楽聴いてないんだもんなあー。パソコンもないし。デジタル生活が恋しい。パソコンもこれまたブルガリアで受取予定。早くブルガリア行きたい~。↑宿の豪華なロビー今日も拍手代わりのワンクリックを♪世界一周ブログ最初から読んでみる?忘備録でもある当ブログは「読み物」としてお楽しみください。 ブログ内の、安宿情報やビザ情報、国境越え情報は昔のものです。現在は渡航できない国もあります。旅の最新情報は、現役の旅人さんのブログを参考にしてください。

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    (114)シリア◆旅をやめたくなる瞬間とは
  13. 2008/4/20アゼルバイジャンからグルジアを経由して一気にアルメニアに入りました。まる1日かかったわ。夜の10時に着くと確認しておいたのに0時30分に着いたよ…。半泣きでホステルに駆け込んだ。アルメニアの首都イェレバンはきれいだ。グルジアの首都トビリシもきれいだけど、イェレバンの方が優雅な雰囲気。アゼルバイジャンの首都バクーは石油ブームによる建設ラッシュで街中が工事中といった様子で、ちょっと疲れた。メインストリートはピッカピカで、一本か二本裏に入るといきなり庶民の匂いが濃厚になるのは、急性長が生んだアンバランスってとこで面白いけど。でも、アゼルも、地方都市のシェキは、メインストリートも緑なす木々に覆われて、しっとりとしていて美しい。シェキではキャラバンサライを活用したホテルに泊まったんだけど、趣きがあって本当にすてきだった。イェレバンは観光産業が急成長中。旅行会社のツアーに入ってきました。$30近く吹っ飛んだけど、公共交通機関では一気に廻ることのできない修道院をいくつも廻ってくれるから、時間の制約がある旅行者にはやはりありがたいね。ガイドはアルメニアのこともいろいろ話してくれるし、今後の観光の相談にも乗ってくれて、本当に助かりました。明日からナゴルノ-カラバフ共和国に行ってきます。いわゆる未承認国家は、沿ドゥニエストゥル共和国に次いで2つ目。ドゥニエストゥルなんてビザはおろかスタンプさえくれなくて残念だったけど、ナゴルノ-カラバフはビザがいる。これが貼ってあるとアゼルバイジャンに100%入国不可能という代物だ。だから先にアゼルバイジャンに行っておいたんだ。頼んだら貼らずにクリップでとめておいてくれるそうだけど、頼んでおいたのに貼られてしまって、アゼルバイジャンに行けなくなってしまった人もいたからさ。いよいよ旅行も後半ですわ。もう行当りばったりはできないから、日数を数えて計画を立ててます。 ==============記憶も不確かになってきたけど、バスの到着が遅れに遅れて、不安でいっぱいになっていた私、きっと傍目にもわかったのかな。同じバスに乗っていたアルメニア人の男性が、宿は決まっているのか、大丈夫かと心配してくれて、「もし宿に入れないなんてことになったら僕の家に電話して。妻にも言っておくから」と電話番号をくれたのでした(それはそれで不安もある選択肢ではありますが… 失礼とは言え、まったく警戒心を持たないのも不用心なので…)。ありがたいことにホステルはフツーに入れてくれたので問題なしでした。こういうこともあるから、駅やバスターミナルから近い宿が好きなのよ。ああ、なんとなく、イェレバンで泊まった宿の周辺を思い出してきた。なぜか宿ではなく…。「$30近く吹っ飛んだ」と言う記述に当時の自分の財政状況を知ることができますわ。この旅行、今の職場に就職する2ヶ月前くらいなんだ。5月に帰国してしばらくしてから話をもらってね。7月から働き始めた。だからこの旅行の頃って、一番自分のお財布に不安を持っていた頃だよ。バイトしては旅行して、の毎日ではあったけど、正直、あの当時は稼ぐ金額より出ていく金額の方が多かった。貯金を切り崩して旅行していました。「就職しちゃったらこんな風に旅行ばっかりできないから!」を言い訳に。その一方で、気が小さいから貯金が減っていくのは恐怖でね。年齢的に事務職で再就職って難しくなるなと、それも焦りがあったし。今となっては「旅行三昧の方針で正しかったぞ!もっとやっとけば良かったのに!」だけどね。しかし、本当に、リアルタイムで日記をつけておくべきですよ。アルメニアでガイドツアーに参加したことは憶えているけど、ガイドさんにそこまで優しくしてもらったこと、記憶にない。もったいないなあ…。

  14. 開運とは…運が開ける、すなわち幸運が訪れることをさす言葉だそう。🌅ならば開運メイクとは…?💄いわば運が良くなるメイク。幸運が訪れるメイクってことだね!そこで考えた。AZ的、新時代の開運メイクの定義とは・・・・自分の気分が上がる!波動が上がる!・自分が可愛くて何度も鏡見ちゃう。・自撮りしたくなるー!・色や質感など、旬の”運気”を取り入れている。など!ならば、今このstay home期間。自分のために開運メイクをするって最高な過ごし方だよね。stay home&オンライン活発タイムの今こそ派手なんじゃないか…誰かに見られたら…なんて一旦置いて♪自分のために、自分が気にいるメイクをするのだー!ダー!「自分の顔が、自分で気に入ってる」ことのセルフラブ効果って思ってる以上でね。自分への愛着もオーラも増してくる気がするよ!メイクも、自撮りも、自分への愛情表現!いつも一緒の自分の顔だから、たくさん手をかけて育ててあげたいよね😌私も今年のラッキーカラーの1つ、ターコイズブルーを使ってメイクしてみました!使ったアイテムは最後に書いたよ。インスタにはリール動画も上げたので見てね💘https://www.instagram.com/az.momoharu/そうそう。何を隠そう、今年のテーマの1つとしてある体験&体現!【輝くスターになれ!】2021年を生きる5つの開運キーワード!|自分を好きになるAtoZ旅する占い師のAZ(@az.momoharu)です! 新年あけましておめでとうございます! 今年も宜しくお願いいたします。 昨年は想像を超える大変革の年となりましたね。2の時代本格突入となった昨年を生き抜いてきた私たち。atozworld.loveこれを掲げてるからには開運ポイントをお話しするだけじゃ・・・ね。”自分でメイクを体験&開運するを体現”までセットで含めてやるしかないっしょ〜!と言うことで、一肌脱ぎます!←え?🤣(自分で自分を追い込み漁するスタイル)1/11(祝)18:30〜占いフェスオンラインAGARU CAFEにて、NORA のスタイリストさんと開運メイクライブ出演させていただきます〜!💘もう一つのラッキーカラーを使って今年の開運顔をご提案します✨占いフェスへアカウントの事前登録が必要なので、ちょっと早めに入ることをおすすめします〜!占いフェス ONLINE 2021 NEW YEAR日本最大級の占いイベント「占いフェス」の公式サイト。2021年1月4日(月)~11日(祝)オンラインで開催!最新情報をお届けします。reserve.uranaifes.com2021年の数秘ナンバーは5。数秘5といえば…自由、BOHO、エスニック。カラーはターコイズブルー!てなわけで…🕊今日はちょいBOHOテイストを混ぜて普段使いアイテムで開運メイク。📚数秘術の魔法の第2章オーラを引き出すスタイル を参考にセルフでやってみた🤣←自作自演♡オレンジ系メイクをベースに、仕上げはターコイズのアイライナー。目の下には100均のネイルシールを。春に向けてちょっと遊びたくなる頃だよね😉✨・アイシャドウBIDOL 秘密のアレンジめちゃ使いやすいパレット❤️・リップBIDOL 無敵テラコッタエテュセ リップエディション・アイライナーUZU ブラウン、オレンジ、ブルー使用!・マスカラUZU モテマスカラ コッパー・ラメラメURGLAM ←DAISOのブランドだよ!

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    自分の顔が、自分で気に入ってるっていいよね。
  15. 世界一周ブログを手直しして再投稿しています。2007.7.301か月後には両親がインドに来るから、あと少しでインドに戻らなくてはいけない。ルートの都合上、そのあとまたパキスタンに戻りたいけど、私のビザは一旦出国してしまうともう戻れないシングルエントリービザだ。関係の悪いインドではパキビザが取りにくい為、またビザを取るため為だけにネパールに行かなくてはいけないのか・・・と、途方にくれていたら、「リエントリービザという物が存在する よ、簡単に取れるよ!」と言う耳寄り情報が入った!早速、ローカルバスを二本乗り継いでパスポートオフィスへ向かった。オフィスはもーーーーのすごい人でごった返していて、パキ人みんなどこ行くの?っていう位の人数。出稼ぎが多いのかな?私は外国人用オフィスへ行ってリエントリービザを申請した。申請はすごく簡単だった。これで私は申請した今日からまた3ヶ月間(つまり10月30日まで)は、出国してもまたパキスタンに戻ってくることが出来る!!オフィスで、日本人のあけみさんに出会った。同じ旅行者かと思ったら、パキスタン人の旦那さんが居てラホールに住んでいるらしい。「うちでお茶でも」と誘われるままに、初対面なのに厚かましくあけみさんのおうちにお邪魔させて貰うことにした。あけみさんも日本人と話したかったのかもしれない。チキンカレーとオクラのカレーをご馳走になった。家庭料理はおいしい!!パキスタンにお嫁に行くなんて、すごいなぁ。私には勇気がなくて到底出来ない。夕方、二人にバイバイをしてローカルバスに乗り込んだ。自分がどの辺りに居るのか全くわからなくて、無事宿にたどり着けるか不安になって来た・・・バスの車掌さんがかっこいい上に親切で、私が降りる場所はここかなぁ?って不安そうに振り返る度にやさしく「まだだよ。」って笑顔で首を振って、REGALの近くまで来たら、「降りたらこう行ってああ行けば着くよ」って道順も丁寧に教えてくれて降ろしてくれた。優しい今日は宿のキッチンでキヨくんがみんなにオクラ丼を作ってくれたよ。超美味しい!!!!みんなでいただきまーす2007.7.31今日の朝食。野菜コンソメスープと、パロタ(この薄いパンみたいなの)に蜂蜜をかけて。あと生マンゴー入りマンゴーゼリーを昨日作っておいた。冷蔵庫があるとこういうのが作れるからいいね。お昼ごろビザを受け取りに昨日のパスポートセンターへ向かった。かなり早く着き過ぎちゃったな。ブラブラしよ~。お馴染みのKFC発見!!AFCもあった。AL-NAJAMFRIEDCHICKENで、これはFFC。今度は何フライドチキンなの?って思ったら、FAMILY FOOD CENTER。フライドチキンちゃうんかい!パキスタンのマック。14:30ビザをすんなり受け取った。これで安心してインドに戻れる道を歩いていると、何人もの男たちから声を掛けられた。ナンパじゃないよ。本当に親切なもの、純粋なものから、すごく不愉快なからかいまで。女1人で歩いてるとこうなるんだな〜。うざ〜。オートリキシャのおじさんなんて、いいって言ってるのにどこまでもついて来て「NO MONEY,COME!!」を繰り返してたけど、ただより怖いものはないから止めといたREGALEに戻って夕方、宿のみんなとCHAMANってアイス屋さんに行った。今日はピーチとマンゴーのアイスにした。(18RS=36円)美味しい!!美味しい!!全種類食べるまでラホール出たくない!!宿のみんな。夜ご飯はこれ!お茶漬け!っくぅぅぅ~~~。最高!そして宿のすぐ下に出てるシュワルマの屋台へ。チキンだよ。これをそぎ落としてくれて、薄く焼いたパンにくるくるっと巻いてくれる。65ルピー=130円これも最高!!一時間くらい停電になって、宿の扇風機が止まってしまった。かろうじて熱風をかき回してくれていた扇風機が止まると、ドミはもう灼熱サウナになる。エアコンなしには慣れてるけど、扇風機まで止まるとさすがに無理。逃げるように宿を出て、避難所(近所のスーパー)へ。はぁ~~っここは天国、天国エアコンがいつだってガンガン効いてる。ここで長いこと涼ませてもらった。明日インドに戻ろうと思ってたけど、同じ宿のヒデくんやキヨくんがすごく楽しくていい人たちだし、ラホールにまだまだ心残りがあるから、もう一泊しようかなぁ。茹でたオクラと卵を載せただけのオクラ丼だけど、醤油を掛けたら立派な日本食オクラの原産はアフリカなのに、何故か日本ぽさを感じるよね!今日も一票よろしくお願いしますにほんブログ村<本日の出費>(7/30)宿 150バス 34野菜(トマト3個、キャベツ、玉ねぎ、人参)25マンゴーハーフキロ 15スーパー 64CD×4=200夕食 50ネット 80計 554RS=1108円(7/31)宿 150ネット 20バス 22ミルク 17アイス 18×2=36コーラ 11シュワルマ 65スーパー 20計 341RS=682円

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    【パキスタン】KFC  AFC  FFC
  16. 、クリスマス、お正準備などイベントを堪能♪・京都〜滋賀の旅でリール動画を作り始める。以上!数秘の運勢と照らし合わせてみてみたよ。本当に個人的なやつも色々入ってますがwwモロッコとかwwまとめてみた感想。仕事と趣味の境目が変わってきた仕事=しんどい、大変という枠を越えられたと思う。そして、(1)自分で選んで自分のためにやる(自分軸100%)(2)自ら選んで誰かのためにやる(50:50)(3)誰か主導で誰かのためにやる(他人軸100%)私は今(3)はほとんどない自覚はあったけど(少しずつ卒業して行った)自分で選んでいるようで、それはほとんど(2)の自ら選んで誰かのためにやる(50:50)だったということに気づいて…それを1年かけて手放して行った気がします。自分で選んでいるのに誰かのため!だから結果、疲れてしまうとか、反応が気になってしまうとか、結果に一喜一憂してしまうとか、あったよ。おかしいな〜自分で選んでるのにって思ってた。そしたらよ!意外と自分で選んで、自分のためにやる(自分軸100%)の時間ってすごく少なかったんだなぁって気づいた。2020年を月別に振り返っていたら気づいてしまった。でも、実はそれはもう2月の時点で気づいていてそれを体感として1年かけて手放せたかな、知覚できてきたかなって思うの。時間かかったね。笑おつかれさん。2021年は、その時間を増やしてくよ。その時間でいっぱいにする。誰かのため、を捨てた方がきっと誰かの心に届く。そう言ってたから。旅する占い師が、飛行機の中でさ。さ〜、バケットリストの見直し、今年のビジョンボードの作成もしたいね!ワクワク!【年末年始プレゼント】Restart your lifeワークシート|自分を好きになるAtoZこんにちは、AZです! 大変革の年となった2020年もいよいよ終わりに近づいていますね。今年ほど、世界中のみんなが同時に「環境の変化」を経験した年は近年なかったのではないでしょうか。 そして、環境が変わる時、人は初めて自atozworld.loveRestart ワークシート使ってくれてありがとう!まだ無料DLできるので、まだの人はやってみてね。

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    2020年を月別に振り返っていたら気づいてしまった
  17. 上海のしゃれた器をめぐる旅「うツアー」
  18. 新エクストラスーパーメロンショートケーキ
  19. 丁度一年前とある有バックパッカーさんが同じルートを渡ったんですが時は紛争中そのバックパッカーさんは知らずに渡ったらしいですが運の良いことに一次休戦中のだった為安全に渡れたらしいですもし紛争中に当たってたらマジで危なかったとか、、、そんな陸路の国境越えに挑戦するんだよ私とけん『え?子連れで危険な道渡るの?親として自覚ある?』そんな意見が飛んで来そうです旅に出た時最初のバンコクの日本人宿『ロングラック』で旅のベテランさんからこんな話しを聞きましたネットの情報より現地の人の話を信じなさい!余談ですがバンコクの『ロングラック』マジでオススメです!世界中を旅したクレイジーな方々が集まるので特に旅初心者は情報収集などに最適ですそれにオーナーさん自体世界一周の経験者なので私はいろいろアドバイスを頂きましたはぁ〜❤️ロングラック行きたい❤️人見知りな私でしたがスタッフの皆さん、お客さんの旅人の方々などめちゃくちゃフレンドリーだった為とても居心地良かったですけんは当時4歳、今は6歳ですがいまだに『ロングラックいきたい』と言います親子揃って中毒です🤣話は戻りますそう!現地の方々の意見ってホント貴重なんです!!私はアフリカ大陸に入った最初のエジプトからこの国境越えについて現地の方々に安全性を聞いていました特にエチオピアに入ってからは宿のオーナー、レストランの店員、ガイドなど話す機会がある人手当たり次第にこの安全性、また危険は無いかを聞いていましたそして全ての人が大丈夫!子連れでも問題ないよ!と言う回答でした最後の最後まで誰一人として『危険』とは言いませんでしたどうやら『危険』と言う日本人のブログ情報は全て過去の話だったみたいです↑旅あるあるですなのでナイロビまで陸路で行きます✨陸路で行くにはコンソと言う街へ行かなければいけませんルート的にはコンソ⇨モヤレ(国境)⇨ナイロビですコンソには一泊し次の日の早朝モヤレ行きのバスに6時間位のりますからの歩いて国境そしてその日の内にナイロビ行きの夜行バスに乗ると言うプランコンソ到着からナイロビ行きのバス出発まで2時間位しかありませんそれまでに歩いてエチオピア出国審査、ケニア入国審査、ナイロビまでの夜行バスに備えて食料調達、ナイロビ行きのバスチケット調達、余ったエチオピア通貨を両替(ここで両替出来なかったらエチオピア通貨は紙切れになります)、ATMでの現地通貨調達、シムカード調達(ナイロビのタクシーは危険なので安全なUberタクシーを呼ぶ為)をしなければいけませんまあまあミッションいっぱいです💦ミスればモヤレで一泊決定、、、まあ良いんだけどねでもモヤレって南京虫がうじゃうじゃらしい、、、やっぱり嫌だ涙何としてもフルコンしてナイロビにいかねば!!、、、と先の話を暴走してしまいましたがとりあえずブログ進行上ガイド、ドライバーと共にコンソに向かいますしばらく走り時刻は夕方コンソに到着人間とヤギさんが共存しています🐐コンソの宿探しですがガイドさんとドライバーさんも手伝ってくれましたホントに何から何まで親切な人達もう一度写真を載せます↓一枚目がガイド二枚目がドライバーもしこのブログを見てエチオピアの部族ツアーに行かれる方が居たらこの二人を指名する事をオススメしますアルバミンチのツーリストホテルのカウンターで紹介してもらえます無事コンソの宿も見つかりチェックインありがたい事にバス停まで5分弱荷物を部屋まで運ぶのを手伝ってくれたガイドさんここでお別れです3日間でしたがずっと一緒だった彼ら気持ちを込めてお礼を言い気持ち程度のチップを渡しますチップを渡した時一番の笑顔を見せてくれました🤣↑金の為に働いてるからそりゃそうだ笑さあここからは今まで頼っていたベテランガイドも居なくなり、足に困った時に助けてくれるドライバーもバンもいない!自力の世界一周アゲインです気を引き締めてけんを守りつつ冒険再スタート!にほんブログ村

    エチオピアからケニア 真逆の子連れ陸路で行くよ〜
  20. ときこそ旅気分!昔世界一周ブログから。2006/2/21ヨルダンディナール(JD)=165円アンマンサーメルストーリーアンマンのクリフホテルの有名人サーメルさん。日本人が大好きで、心温まるおもてなしをしてくれる優しさは、中東に響き渡っていることは前回のブログで書いた。宿には、サーメルが誰かに話した身の上話を記録した「サーメルブック」というものがある。サーメルがみんなから愛されるのには、人柄だけではない、もちろんそれだけの背景があったのだ。クリフホテルまで来られない方のために、サーメルブックの中の文を紹介するね。(訳文は「旅barber」さんに許可を頂き、お借りしました) 私(サーメル)の祖父は、第一次中東戦争の頃、イスラエル軍の攻撃から逃げる為パレスチナからここヨルダンのアンマンへ移り住んできた。 その後イスラエルが独立を宣言。 イスラエルとヨルダン間に国境が出来てしまい祖父ファミリーはパレスチナに戻る事が出来なくなってしまった。 私(サーメル)自身はヨルダンで生まれたパレスチナ人。 1974年生まれの32歳の男性で8人兄弟の4番目。 私(サーメル)は自分の家で18年暮らしたがその生活は必ずハッピーというものではなかった。 母は上の兄2人を特に可愛がっており、姉と2人の妹と私の事はどうでも良かったようだ。 末の妹、弟が産まれ、やはり老いてからの子供は可愛いのかその2人の事もとても可愛がった。 兄弟間でで母から差別を受けるのはつらいことだった。 母は衣服、身のまわりの持ち物、食べ物などで差別をした。 普段から姉と私と2人の妹は充分な食べ物を与えられなかった。 母は特にお金に対する執着心が強く、父がちゃんとお金をあげてるにもかかわらず食事はごく質素で可愛がられてる2人の兄達の食事よりも私達は更に少なく、父の帰ってくる木曜と金曜以外はいつもひもじい思いをした。 母は父に見える所だけ取り繕うようなお金をかけ、私達にも綺麗な服を着せ、普段からそうしていたかのようなふりをした。 母は本当に些細な事であるときは理由も無く私や姉妹をののしり棒でぶった。 もちろんそれは父の居ない所でだった。 私が12歳になる頃には父と母との間に言い争いが絶えなくなった。 私や姉妹は学校が大好きだった。 友達がいるし、大好きな勉強もできる。 そして何より母に辛くあたられることも無いし、父と母の言い争いを見なくてもすむ。 家に帰りたくなくて私達はよく家出をした。 しかし行くあてもなくいつも警察に保護されてしまい、そんな私達を迎えに来るのはいつも父の役目で、父がいない時は兄が渋々くるといった感じだった。 母が私達を迎えに来る事はいちども無かった。 父はたまにお土産を買ってきてくれたが私や妹の手に渡ることはまれだったし、母は父がくれた1JDの小遣いさえも取り上げた。 ある日父が私に腕時計を買って来てくれた。私はそれがとても嬉しかったが、父が出かけたとたん母はそれを私から取り上げてしまった。 きっと兄にやってしまったのだと思う。 15歳で学校を卒業してから3年間職を転々としながら働いた。仕事はとてもハードで低賃金だったが給料の全額を母に渡すように命じられ、私の手元には毎月5JDしか残らなかった。 交通事故で右足に怪我をしてしまい、1年間働けなかった事がある(※サーメルはその後遺症で今も右足を軽く引きずっている)。 そんな時でさえ母は何もしてくれなかった。 母とのいい思いでは一つも思い出せない。 友達を家に呼んで遊ぶ事も兄達には許されてたが、私達には許されていなかった。 大家族の中にありながら私も姉も妹も孤独だった。 私と妹は父と出かけるのが大好きで、本当に楽しかった。 休みの日には紅海やヨルダンヴィレーに旅行に連れて行ってくれた。が、母は決して行かなかったし、母がとめたのか兄もあまり行かなかった。 父はずいぶん後になって母が私達にしたことを知ったらしい。 「あの時は助けてやれなくて、気付いてやれなくて、すまなかった」 父は私達にそうわびた。 19歳の時クリフホテルで働いていた知人が「お前もここで働かないか」と誘ってくれた。 給料はよくないけど、母のいる家に帰らなくていいし、事故で悪くした右足のせいで他の職業にはなかなかつけなかったので働くことにした。 クリフホテルに来て4年がたった頃、私は精神的に不安定になっていた。 アンマン、この大都会でひとりぼっちになった気がした。 本当に心を許せる友人はおらず、母の家には帰れない。 父にも妹にも会えない。 そんな時、死ねるかもしれないと大量に薬を飲んだ。 しかし、薬を飲んでも気分が悪くなり、意識がもうろうとするだけで全く死にそうになかった。(胃薬だったのかな?) 自分を傷つけてばかりいた。 アンマンは本当に都会だった。 こんなに沢山の人がいるのに、ここでもやっぱり私は孤独だった。 クリフホテルにはあらゆる国から旅人がやってきた。 旅人からしたらアンマンなど旅の中継地点でしかないだろう。 そんな中、私はあたたかい心があるのを感じた。 通り過ぎたあとには忘れてゆくだけのこの宿に、私宛てに手紙やハガキをよこす国の旅人がいた。 礼儀正しく、優しく、明るい。 振り返ってみると私に優しい言葉をかけてくれたり微笑んでくれたりするのは遠い果て日本の旅人達だった。 私は彼らと居て ”あー家族みたいだ”と思った。 何故だか分からないけど日本人の旅人とは心から打ち解けたのだ。 多くの日本人がこの宿を離れる前、ノートに思い出や”ありがとう”の言葉を残してくれた。 離れていても忘れない。 遠くに居ても思い出す。 これはやはり「家族のようだ」と思わずにはいられない。 私の為に泣く人もいた。怒る人もいた。 私に為に必死になる人もいた。 皆サーメルはどうしてそんなに優しいのというけど、私にとってそれは同じ。 知り合って間もない私にこんなに良くしてくれて、こんなに思ってくれるのだから私も私のできる事を大切なファミリーにしてあげたい。 私には帰る家も無いし、家族もバラバラになってしまったけれど、私はここで自分の場所と血の繋がらない兄を姉を弟を妹をたくさん得る事ができたから。 今はとても幸せだし、すごいBig Familyだよ。 今日もどこからか私の兄弟がここにやってくる。 私はそれがとてもうれしい。 長旅で疲れてやっと家にたどり着いた弟、妹にソファーで休むように促し、ご飯を食べさせたり、お茶やコーヒーを入れる事は自然な事。 私は誰もが家族に対し当然する同じ事をやってるだけだ。 君達が旅を終えて日本に帰った時、君の父や母はどうやって君を迎えるだろう。 私はいつもそんな気持ちで、今日も重い荷物を背負い、不安げな表情で、「今日、部屋ありますか?」とクリフの扉をひらく日本人を待っている。 ただ、日本食はだしてあげれないけどね。 荷物をおろし、ソファーにかけて熱いネスカフェを手に君たちがほっとした表情を見るとほっとする。 「おかえり!ようこそクリフホテルへ」 そしてココで休んで地図をみて、また元気に旅立っていく。 私達の弟、妹よ。 どうか無事に旅を終えて日本に帰ってほしい。 そして私の事も思い出して。 いつかまたきっとヨルダンにも帰って来てほしい。 ここは君の家でもあるのだから。 そして私はいつも帰らないコーダの事を思う。 コーダはレセプション裏の狭いバルコニーからアンマンのつまらない通りを眺めていた。 今でも鮮明に思い出せる。 ソファーでノートを見ていたコーダが部屋に向かう後ろ姿、 クリフから出て行ったあの日 ターミナルからバスに乗り込んだあの日の事を・・・。 香田証生さんはなぜ殺されたのかAmazon(アマゾン)440〜5,894円↑サーメルさんの話が載っています。真心の応酬さっそくある日、サーメルさんにランチを誘われた。最初は断ったのだが、すっごく熱心に誘ってくれたんでOKしたら「アリガトウゴザイマス。」って、誘ったほうからお礼を言われた(笑)。よーし。絶対に払ってやる。↑生まれてはじめての種の挑戦。サーメルさんが連れて行ってくれたのは、食堂ではなくてレストラン。屋台でいいよ、って言ったのに。いろいろ世間話をしながら食事中。私は伝票をもらうタイミングを見計らっていた、そのとき!テーブルの下で、紙がカサッっていう音がした。しまった!先に伝票をとられてしまった!私「その紙をくれ!」サーメルさん「ええ。紙なんてもってないよ。」私「うそー。見たよ、伝票。」サーメルさん「とにかくレジにいこう。」ってかんじの攻防戦。競歩のようにお互いレジに突進して、先にお金を出した私の勝ち!店主としては、どっちに払ってもらってもかまわないので、私に釣りをよこした。よし!すると、サーメルさんはジェニーのように御機嫌ナナメ。「なんで払わせてくれないの!」見ると、彼は1ディナール札を数枚握ったまま、私を見て何かを探してる。あ!ポケットか!ポケットを探してるんだ(笑)。私は早足で逃げて、ホテルに駆け込んだら、すかさずジーンズの脇についてる小さなポケットに3ディナール押し込まれてしまった。私もまだまだ負けてはいない。その後行ったネットカフェから戻ったとき、「おかえり~。」って出迎えてくれたサーメルさんに握手しようと右手を差し出した。その手には、もちろんさっきの3ディナール札が隠されているのだ。握手したとたん、気がついたサーメルさんは再び、その3ディナール札を握って私を追いかけるという、実に不思議な攻防戦(笑)。他の日本人客も、サーメルさんが客の分のコーヒーを入れてくれようとした瞬間、自分のコーヒー粉を横から入れて、「勝った!」って笑ったり、みんなもその攻防戦を楽しんでいたようだ。複雑なお国柄だけど、クリフホテルの中だけは、平和に時が過ぎていってるようだった。※サーメルさんに関しては実に実に素敵な後日談がありますが、次回からちょっとイスラエルに行ってきますので、帰ってからご紹介しますね♡今日も拍手代わりのワンクリックを♪世界一周ブログ最初から読んでみる?忘備録でもある当ブログは「読み物」としてお楽しみください。 ブログ内の、安宿情報やビザ情報、国境越え情報は昔のものです。現在は渡航できない国もあります。旅の最新情報は、現役の旅人さんのブログを参考にしてください。

    (105)ヨルダン◆サーメルストーリー