10/14の記事ランキング

  1. で良かった。東京国映画祭2019のチケット販売が、12日13日とありまして、私は例年通り、何作か購入いたしました。毎年、コンペティションは全作観るようにしているのですが、今年、1作、買えませんでした。そうです。あの稲垣吾郎さんが主演されている「ばるぼら」です。もー、困るんですよ。全作観れないと、比較が出来ないでしょ。私は趣味だけど、でも、やっぱり全作観て比較をして、映画の良し悪しを感じたいんです。だって、開始4分で繋がったのに、既にチケットが無かったです。この販売の仕方、何とかならないのかしら。全作制覇したい人向けに、コンペティションだけでも、全作セットをやってくれないですか。以前は一度、やってくれたのに。皆さんが、稲垣吾郎さんの作品を観たいと思う気持ちも解ります。それにゲストに来るかもしれないから逢いたいだろうし、ファンの方は必死で購入しようとするのも解ります。でもね、映画祭なんですよ。彼を見る為ではなくて、映画という作品を他の作品と比べる舞台なんです。映画祭事務局も考えて欲しい。ファンが凄い人の作品をコンペティションで取り上げてしまうと、どうしてもこういう事になってしまい、映画ファンが観ることが出来なくなります。そこら辺を考えて、選定して貰えませんか。稲垣さんが素晴らしい役者であることは確かですし、コンペで競わせたいと思った気持ちも解りますが、こういう問題が起きると、本当に辟易します。ああー、今年はコンペが制覇出来ないのかぁ~。凄く残念だなぁ。でも、今年は”クロスカットアジア”と”アジアの未来”に、凄く面白そうな作品が沢山出てきているので、そちらを購入しました。ギッチリ予定を組んで、結局、26作品と1セミナーを入れてみました。もう1作、悩んでいる作品があるのですが、4時間43分もある映画がありまして、さすがに、それ観ると寝ちゃいそうだし、疲れそうだなって思って、今の所、止めています。さすがに、年も取ってきたし、毎日、4~5本を観るのだから、辛いだろうなぁと思って。実は今回、映画祭の途中の10月31日に、横浜でフジコヘミングさんのオーケストラとのコンサートがありまして、そちらに行く予定にしているので、他の日にギッチギチに予定を入れないと、全て観れないんですよぉ。趣味なんだから、辛いなら止めれば良いと思われるでしょ。でもね、趣味も全力でやるからこそ、仕事に打ち込めるんです。趣味を諦めると、仕事も諦めたくなっちゃうの。何事も全力でやるからこそ、楽しめるし、良い物が出来ると思っているんです。という訳で、今年の東京国際映画祭は、コンペの制覇が出来なくなりました。でも、もしかして観客賞を「ばるぼら」が取れば、観れるかも。もしかしてと思って、「観客賞受賞作品」のチケットは取っておいたんです。それを祈るしかありませんね。まだまだ、台風被害でお困りの方もいらっしゃると思いますが、お気をつけてくださいね。では、今日はこの辺で、お休みします。東京国際映画祭 2019https://2019.tiff-jp.net/ja/

    台風被害は大丈夫ですか?東京国際映画祭がもうすぐなのでひとり言を挟ませてくださいね。
  2. 台風19号により被害に遭われた方々に、心よりお見舞い申し上げます。台風19号が上陸した10月12日、我が家は停電も断水もなく近くに川もないので河川氾濫の心配もなく家にこもってテレビを見ていました。日本全国でこんなに被害が出ているなんて…テレビで見てただ心配して、どうしたらいいのかわからなくて…とりあえず『ネット募金』をしました。“Tポイント”を貯めておいて、自然災害があった時などに“Tポイント” で 『ネット募金』 をすることにしています。(少額ですが)『Yahoo!ネット募金』の『令和元年台風19号緊急災害支援募金』のコメントを読んでいたら、「ヒカキンさんの動画を見ました」というコメントが多数ありました!こちらのことですね! 【拡散希望】台風19号の被災地にヒカキンと一緒に募金しませんか?https://www.youtube.com/watch?v=dN07VPzK3eQヒカキンさんは100万円寄付されていましたが「100万人がひとり100円ずつ募金したら、1億円になります!」とおっしゃっていました。ヒカキンさんの動画を見て、「少額でも少しは役に立てるかな」と思いちょっと安心しました…「被災地の方々が安心して眠れる日が、一日も早く来ますように」お祈りしています。

  3. 、特に蓮實重彦さんレビューが良かった!)(あらすじ)尊皇攘夷派の長州や薩摩脱藩志士たちと新撰組や見廻り組が抗争を繰り広げていた幕末の京都。長州を脱藩した清川多十郎は、居酒屋・満つやの用心棒をしながら、なんとか糊口をしのぐ生活を送っていた。満つやを切り盛りするおとよは多十郎に好意を寄せるが、おとよの思いを多十郎が気づく気配はなかった。町方からの注進で多十郎の存在を知った見廻組は、新撰組に目にものを見せようと多十郎襲撃を企てるが……。(以上、映画.comより)予告編はこんな感じ↓50点※今回の記事は、本作が好きな人は不快になる怖れがあるので、気をつけて!正直、中島貞夫監督についてはよく存じ上げないものの(「脱獄広島殺人囚」は大好き!)、「あの高良健吾さんが時代劇に挑む!」という点で興味が湧いたし、「ラスト30分壮絶な死闘に泣け!」というキャッチコピーがスゲー気になってしまったので、前売り券を購入。5月14日(火)、丸の内TOEIに足を運んできました(その後、「ある少年の告白」を鑑賞)。「失望サセテクレル ( ゚д゚)」とカタカナで思ったり。前売り特典は「多十郎謹製手拭い」でした。スクリーン1、20人ぐらいはいた記憶。鑑賞後の僕の気持ちを代弁するシコルスキーを貼っておきますね(「バキ」より)。劇中の構成を無視して雑にあらすじを書いておくと、時代設定は幕末。主人公は長州藩でもトップクラスの腕前を持つ侍・清川多十郎(高良健吾)でして。親の借金から逃げるために脱藩浪人になって、京都の貧乏長屋で適当に暮らしていたら、尊皇攘夷派の元同僚が「桂小五郎(永瀬正敏)を守るために力を貸してほしい」と頼んできましてね。まったくやる気がないので断ったものの、そのことを多十郎に恨みを持つ岡っ引きが見廻組に報告。脱藩してきた弟・数馬(木村了)が長屋にやって来て「兄上のいくじなし!ヽ(`Д´)ノ」などと罵っていたところに見廻組の抜刀隊が急襲して、数馬は目を負傷しまして。お互いに恋心を抱いていた小料理屋女将おとよ(多部未華子)に数馬を託すと、2人が京を離れるまで、囮になって見廻組と対決! あーだこーだと頑張るも、最終的には抜刀隊隊長の溝口蔵人(寺島進)にタイマンで負けて捕縛されてました (´Д`;) オトヨー!中孝介さんによる主題歌「Missing」を貼っておきますね↓ううむ、率直に書かせてもらうならば、なかなかフラストレーションが溜まる作品でしたよ…。まぁ、主演の高良健吾さんは独特の色気があってカッコ良くて。フンドシ姿やら着物からチラリと覗くふとももやらには「オッス!ヽ(`Д´)ノ」「オッス!ヽ(`Д´)ノ」と興奮する方も少なくなかったのではないかな?(突然、偉そうに) 序盤や中盤で見せる立ち回りも楽しかったし(特に居酒屋で岡っ引きどもを追い払うシーンは痛快!)、その他、劇中の美術なども良かったし、決して良かったところも少なくないと思わないでもないのです(奥歯に物が挟まった文章)。こういうシーンとかは好きでしたよ。ただ、一番期待していた「ラスト30分壮絶な死闘」がちょっとなぁ…(´・ω・`) ウーン まず、ドラマ的に盛り上がらないというか。パンフを読んで知ったんですが、本作は1926年に伊藤大輔監督が撮った「長恨」という映画から着想されたとのこと(だから映画の冒頭で「伊藤大輔監督の霊に捧ぐ」という献辞が出る)。で、その作品は「武士の兄弟が女に恋をする→女は看病するうちに失明した弟に恋をする→失恋した兄は2人を逃がすために新撰組と戦う」というクライマックスなんだそうですが…。本作は元ネタにあった“三角関係要素”を省いて同じ展開を描いているせいで、「長州藩のゴタゴタに小料理屋の女将を勝手に巻き込んだ話」にしか見えなくて。終盤の「多十郎が囮になって逃がす行為」は自己犠牲というより自業自得感が強いから、「これを『殉愛』と言われても… (・ε・) ソウカナァ」と微妙な気持ちが拭えなかったんですよね。そして、肝心の主人公vs多人数の戦闘描写もいたって「普通」だった印象。パンフを読むと、高良健吾さんも斬られ役の人たちもスゲー頑張ってるし、スタッフのみなさんも情熱を注ぎ込んだようで、それなりには楽しめたものの、ごめんなさい、「ラスト30分壮絶な死闘」というほどではなかったというか。ラストの見廻組隊長とのタイマンも悪くはなかったけどさ、結局は「どこかで見たような戦い」だったし、ううむ、もっと新しいものを見せてくれるのかと期待してたんだけどなぁ…。「負けて捕縛される」というオチもなかなか居心地が悪くて、ハッキリ言って、かなり失望した次第。あと、唐突に雑な要望を書いておくと、あのムカつく岡っ引きは斬り殺してほしかったです。「ラスト30分壮絶な死闘」を鑑賞中の僕を代弁する機動隊の警部・金光高を貼っておきますね(「範馬刃牙」より)。そんなワケで、「ラスト30分壮絶な死闘に泣け!」というキャッチコピーにワクワクしすぎちゃったのかもしれませんが、結構ガッカリいたしました(ある意味では「泣いた」と言えますがー)。とは言え、それは僕が「期待値コントロール」に失敗しただけで、気負わずに普通に観れば普通に楽しめる時代劇という可能性は高いし(パンフでは蓮實重彦さんが、多部未華子さんがミスキャストではと高を括っていた自分の浅はかさを深く恥じて涙に暮れてたり、監督&キャストたちの勝利認定をしてたりとかなりの高評価 (°∀°)b オススメ!)、何よりも本作の高良健吾さんの色っぽさは最強レベルなのでね、気になる人はぜひ観てみてくださいな。11月5日にはDVDが発売されます。中島貞夫監督作で一番好きなのはこれです。スゲー面白かった!クライマックスの殺陣が大好きな時代劇を貼っておきますね。

    多十郎殉愛記(ネタバレ)
  4. で第71回カンヌ国映画祭パルムドールを受賞した是枝裕和監督が、初めて国際共同製作で手がけた長編作品。母と娘の間に隠された真実をめぐる物語を、フランスを代表する女優カトリーヌ・ドヌーブとジュリエット・ビノシュの共演で描く。フランスの国民的大女優ファビエンヌが自伝本「真実」を出版し、それを祝うためという理由で、アメリカに暮らす脚本家の娘リュミールが、夫でテレビ俳優のハンクや娘のシャルロットを連れて母のもとを訪れる。早速、母の自伝を読んだリュミールだったが、そこにはありもしないエピソードが書かれており、憤慨した彼女は母を問いただすが、ファビエンヌは意に介さない。しかし、その自伝をきっかけに、母と娘の間に隠されていた愛憎渦巻く真実が次第に明らかになっていく。女優として優れていることを何よりも優先するファビエンヌをドヌーブ、娘のリュミールをビノシュが演じた。そのほかリュミールの夫ハンク役でイーサン・ホーク、ファビエンヌの共演女優役でリュディビーヌ・サニエら実力派キャストが顔をそろえる。2019年・第76回ベネチア国際映画祭のコンペティション部門に出品。日本人監督の作品として初めて、同映画祭のオープニング作品として上映される。2019年製作/108分/G/フランス・日本合作原題:La verite                                       映画.comより 1ミリたりともブレてはいないが・・・残念ながら面白くないんだよね~何というかいつもの人間描写の深さが感じられない。フランスの大スターである母が自伝を出版、そのお祝いにアメリカから駆け付ける娘家族。その自伝に書かれていたものは、事実ではなく母にとって都合の良い真実。真実は人それぞれにあり時が過ぎれば自分の中で都合よく変わっていく、そしてまた、スターである母にとって出版は”仕事”でもある。しかしそこに書かれている真実と娘の思っている真実とを擦り合わせていく中で見えてくる別の真実・・・そんなものが語られ、新たな母娘の絆を取り戻していく、そんな内容であるのだけれど・・・言わんとすることはわかります。でも、何だろう、理屈じゃなくて、感情レベルで伝わってこない。その真実を補足するための、映画映画の撮影、かつてのライバル女優サラとの確執みたいなものを絡めてあり、愛憎が演技をする中で昇華されるようなことになっていますが、これもなんだかな~カトリーヌ・ドヌーヴでSF映画って無茶振りです、思いっきりアナログ、SFというよりファミリードラマ的なんですけど。女性映画という感じで、娘の父(母の元夫)、母の現夫、母の秘書(?この人何?)、彼らの魅力が全くなくて存在感希薄。娘(ジュリエット・ビノシュ)の夫イーサン・ホークがフランス人キャストの中でいかにものアメリカ人、いつもの良い味を出していましたが、かといって絶対に必要な役でもない。ビノシュもいつもの演技で母とは全く違うタイプの女を好演していました、さすがです役柄をよくつかんでいます。でもなんだかね~バラバラなんです。カトリーヌ・ドヌーヴ、大女優の貫禄十分です、でも、映画でもカトリーヌ・ドヌーヴなんです、彼女にとって真実なんてどうでも良い、そんな感じですね~。タイトルに異論あり。是枝監督、ドヌーヴを使いこなせなかったという印象でした。

    コメントが盛り上がっています

    映画 【真実】
  5. ると・・・。 後は映画を観てくださいね。この映画、私は衝撃でした。もちろんアメコミのジョーカーの誕生秘話なのですが、これを観ると、現代の社会を鋭く描いていて、もう何も言い返せないほど、打ちのめされました。金持ちは優遇され、貧乏人は死んでしまえと言われているような世界で、どうやって生きて行けというんだよっ!って叫んでいる映画なんです。アーサーは、母子家庭で貧困家庭なんです。福祉の支援を受け、アーサーは日雇いのような仕事をして、何とか暮らしているという家庭で、母親はほとんど寝たきりで精神病で診断を受けており、アーサーも、精神科のカウンセラーを受けており、母親もアーサーも、まともな職には付けないんです。それでも、アーサーは、コメディアンになりたいという夢を描いており、それに向かって努力をしているんです。そんな家庭で育ってきているのですが、、社会では貧困層の援助カットが進んでおり、富裕層は自分たちだけが優遇されるように政治を動かしていて、ゴッサムはボロボロになり始めているんです。そんな中で、アーサーはもがいていて、自分が何をするべきなのかを知って行く過程が、この映画の中に描かれているんです。私は、凄く感動してしまいました。あのね、この映画を観ると、ジョーカーが”悪”では無いんです。人間が悪なんです。欲望を追及する人間は、人より上に立ちたいと思い、他人を見下げて、自分だけが誰よりも上に立っていると認識したいんです。だからと言って、他人を思ってはいないという訳では無く、自分の配下になるなら可愛がってやっても良いというくらいに、他の人間を観ているんです。もちろん、私だって社会に生きているので、他の人より稼ぎたいし、誰よりも上に行きたいと思いますよ。それによって誰かが負債を抱えるとしても、知ったこっちゃないです。でもね、もし、誰かが自分のせいで困ったことに直面したと言ってきたら、出来るだけ助けてあげたいと思います。それは、人間として当たり前でしょ。知ってしまったら、ほおっておけませんよ。でもね、このジョーカーは、反対に、もっともっとと言う感じで、誰もが不幸になれ!と悪意を放出し始めるんです。自分の中に溜まった灰汁のような”悪意”を、全て外に出し始めるんです。現代のアメリカも日本も、大企業や富裕層は税金が少なくて、一般人は政府に言われるがまま増えて行く。所得税、市県民税、消費税と払い続けなければならない。不満は溜まるばかりですよね。今までおとなしかった日本人だって、そろそろキレ始めると思いますよ。私でさえ、こんなに間違っていると思い始めているのに、もっと世界を見ている人々には、もう限界だよねって思われているんじゃないかな。大企業に勤めている方々には問題無くても、中小企業に勤めていたり、フリーターだったり、派遣だったりする人々には、不公平な状態が続き過ぎですよ。このままなら、きっと近い内にどこかで爆発すると思います。今、誰かを虐めたりしている方に警告する映画でもあるかな。もし、虐めをしているなら、その内、凄い復讐を受けることになります。覚えておけ、いつまでも同じ状態など続かないんです。必ず反転する世界に変わる時が来ます。その時に、どんな目に会おうとも、自分がやったことの報いなんですから受けるしかありません。首を洗って待っている事をお勧めします。そんな危険を孕んだ作品なので、アメリカ当局が注意喚起をして、メイクを制限するなどの措置をした意味が判りました。そこまで、沢山の人を考えさせられる映画なんて、ほとんどありません。素晴らしい作品だと思います。私は、この映画、超!超!超!お薦めしたいと思います。こんなにも心が震えた作品は久しぶりです。アーサーの心の動きが伝わりすぎて、ある場面では悔しさと哀しさで涙が溢れました。これはダメですよ。悪と言いながら、彼が悪ではなく、もしかしたら彼を追い詰めたこちら側の人間すべてが悪なのではないかと思いました。衝撃でした。ぜひ、観に行ってみて下さい。ぜひ、楽しんできてくださいね。・ジョーカー|映画情報のぴあ映画生活 バットマン・アンソロジー コレクターズ・ボックス (初回限定生産) [Blu-ray] 10,700円 Amazon ダークナイト トリロジー ブルーレイBOX(初回数量限定生産) [Blu-ray] 8,480円 Amazon

    コメントが盛り上がっています

    「ジョーカー(IMAX)」これ程に”人間”を描き切った作品が今まであったかしら。驚きです。
  6. 作の 東宝 ATG映画 です (96分)映画ファンに何故か評価の高い? 相米慎二 監督作であります、監督の作品を初めて観たのは小学生の頃、アニメ版 「まことちゃん」 を観に行った際、同時上映だった 「翔んだカップル」 でありました、これがデビュー作だったのですね 当時から長回しでの撮影で、小学生だった私ですら、何か独特な空気感を憶えています (ま、薬師丸ひろ子が可愛くて、相手役の 鶴見辰吾が羨ましかった、という記憶の方が勝ちますが、、)そして「セーラー服と機関銃」、でその次辺りが 「台風クラブ」かと思いきや 「魚影の群れ」をその間に撮っていたとは!なかなか凄い振り子的フットワークですね。そして今作 「台風クラブ」 という多分かなりの低予算で、映画マニアが撮るような映画が登場いたします。  田舎の中学3年生の、木曜日~月曜日までの5日間の出来事を描いた作品で、優等生の 三上 と 理恵、その仲間を中心としたクラスのお話です。 台風が近づく夜、学校のプールに忍び込んで、はしゃぐ 理恵と仲間達。 受験を控えモヤモヤとした気分が支配している生徒達。 そんなクラスを担当する 三浦友和扮する梅宮という担任、ちょいといい加減な教師で、授業中 付き合っている女性の親が抗議にやって来るという、なんとも恥ずかしい状況を生徒達に見られてしまいます。 それを傍観する生徒もいれば、教師に怒りを覚える生徒と様々です。 翌日台風が接近するという朝、寝坊した理恵はふらりと 東京へと向かいます。    台風が本格化してきましたが、それぞれの理由で学校に留まっていた生徒達を残し、学校は施錠されてしまいます。 残っていた生徒の一人 美智子は、彼女に想いを寄せる清水に襲われそうになり、逃げまどいますが、執拗に追いかけてくる清水。  職員室に逃げ込んだ美智子へ、想いを素直に告げられないイライラをぶつけるかのように、その隔てたドアを 「ただいま、お帰りなさい」 とつぶやきながら蹴りつづける清水。「シャイニング」を思わせるような、日本映画の中でもかなり上位の恐怖映像です。 思春期のモヤモヤした恋愛感情を、どう表現すればいいのか分からない 清水の感情が爆発した瞬間でしょうが、、。 ホラーとは 愛の表現なのか? と思ってしまう程のインパクト。  その後、自分のしでかした罪に気付き、泣きじゃくる清水。 同じように、三上も学校に残っていました。 学校から担任の梅宮に電話をかけますが梅宮は宴会の最中。 そんな大人代表の梅宮に苛立ちを覚えた三上は、「あんたのような大人には絶対にはならない」 と告げますが、梅宮は 、「15年もすれば俺のようになるんだ」 と言われ強いショックを受けます。 台風はどんどん強くなり、学校に残っていた生徒達は体育館や校庭で乱痴気騒ぎを始めます。 あてもなく東京に来た理恵は、知り合った大学生の家に居ましたが、不意に三上の事を思い出し、台風の中 家路へと向かいます。 学校で朝を迎えた三上達でしたが、眠る仲間を起こし 「今から君達に 死 を見せよう」と言いだし、教室の窓から身を投げます。 慌てて外に出た仲間達が見た光景は、沼状になった校庭に、逆さまで足を開いて刺さっている三上の姿でした。 (それはもう犬神家以外の何者でもなく、死ねなかった事は明白ですが、展開としてあまりに唐突で、笑う場面なのか?と、観客を困惑させてしまう結果になった、悲壮感漂う場面でありました)月曜、元気よく登校する理恵 途中クラスメイトに出会いますが、今日は台風の影響で休校と知らされます。 プールに入りに行くんだ!と言う友達と、水浸しの校庭に入って行く二人の姿で幕を閉じます、、。 子供時代、台風等はイベントのような感覚でした。 今作では受験と思春期の鬱血した気持ちが、台風という自然の驚異が訪れる事によって、日常の タガ が外れ爆発する様が、生徒の目線で描かれています。 何故か唐突と思える理恵の自慰行為。(漠然とした淋しさからか?) 中学生の喫煙シーンの多さ。レズビアンのまね事や、裸になっての校庭でダンス等。 さすがにちょっと厳しいな~というシーンや、演出も否めませんし、長回しが効果的な場面と、ちょっと長すぎるな~という場面 (三上が机を延々と並べ変える場面等) もありますが、ちょっと自分の中学生の時期を思い出されたりもしました。これといったドラマチックな出来事は起こりませんが、何か他の作品にはない妙な違和感とでも言いましょうか(家族ゲームを観た時に感じたような) 異質感が尾を引く (良い意味でも、悪い意味でも)作品でした。 三浦友和を始め、工藤夕貴、大西結花、尾美としのり、鶴見辰吾、寺田農、佐藤允、等 渋い方々もちょこっと出演されておられます。未来の自分とはかけ離れた大人達の世界に包囲され、中学三年の受験前という、モヤモヤとエネルギー、束縛と将来の漠然とした不安感が、近づく台風という自然の大きな脅威によって爆発した一夜の出来事が描かれています。 どこか 「座りの悪い異質感」 がこの作品の一番の魅力で、見所かもしれません。ちょっと昔を懐かしむにはもってこいの作品かと思いますので、ご覧になってみてはいかがでしょうか  雨と風は 黒澤明作品に引けを取りませんですよ!  では、また。 予告が見当たりませんでしたので、こちらをば、、、

    たくさん共感されています

    台風クラブ
  7. 6回ヴェネツィア国映画祭金獅子賞(グランプリ)受賞。 ゴッサム・シティに母親と住むアーサー・フレック(ホアキン・フェニックス)はコメディアンを目指しながらピエロの仕事をしていたが、持病のために不都合を被ることもあり毎日鬱屈を溜めていた。ある日、街の少年たちに暴行を受けて仕事先の仲間から護身用の拳銃をもらうが、それがきっかけで彼は後戻りできない状態になっていく。【ネタバレ】がありますので、これからご覧になるかたはご注意ください。DCコミックスのヒーロー、バットマンの宿敵“ジョーカー”の誕生を描く。この映画のことをいつ頃知ったんだったかもう忘れてしまったけれど、チャップリン作曲の「Smile」が流れる最初の予告篇の時点で「泣ける」「傑作の予感」と言ってる人たちが結構いて、確か監督はこれまで「バットマン」の原作も読んだことがないようなことを言ってたはずだし、どうやらこれまでのDCコミックス原作のアメコミヒーロー映画のシリーズ物とは繋がらない単独作品ということだったので、アメコミオタクではない監督が撮るとどうなるんだろう、という興味はあって楽しみにしていました。まぁ、アメコミに関心がない監督が撮った『スーサイド・スクワッド』(今度早々とリブートされるようですが)みたいな残念な先例もあるけど、今度のはそういうのとも違う気がしたし。ちょうどこの映画の前に『スーサイド・スクワッド』のスピンオフ作品『バーズ・オブ・プレイ』の予告篇が流れて、マーゴット・ロビー演じるハーレイ・クインが「ピエロは飽きちゃった」と言ってて笑っちゃったんですが。おまけに殺人ピエロが出てくるホラー映画『IT(イット)』の続篇の予告も流れて、絶対狙ってるだろ、とw『ジョーカー』はもとはアメコミヒーロー物が原作ではあっても、別のジャンルとして作ってるっぽいのが予告からもうかがえた。この作品はアメコミとは切り離した宣伝をされているし、「バットマン」のことをよく知らなくても単体の映画として一応理解はできますが、とりあえずバットマンの本名とヒーロー誕生のいきさつ、彼とジョーカーの関係ぐらいは知っておいた方がいいでしょうね。公開後も評判がよくて、批判的、あるいは「期待してたほどでは」という評価もちらほら目にはするけれど、主演のホアキン・フェニックスの演技は多くの人々が称賛している。おそらく不満を述べている人たちのほとんどは“ジョーカー”というヴィラン(悪役)に対する強いイメージがあって、それと今回描かれたジョーカーのキャラクターが異なることが違和感を生んでいるんじゃないだろうか。観たかったものと違う、と。かつてクリストファー・ノーラン監督の『ダークナイト』(2008)で故ヒース・レジャーが演じたジョーカーがあまりにも鮮烈だったので、彼と比べて…という感想も少なくない。アニメ版も含めてこれまで何人もの俳優たちがジョーカーを演じてきて、それぞれが異なるアプローチでこのキャラクターを作り上げていたので観る側も好みが分かれると思いますが、僕は最初に観たティム・バートン監督版のジャック・ニコルソンの印象が強くて。もちろん、ヒース・レジャーのジョーカーもまた全然違う魅力があるので好きなんですが。ヒース・レジャーが文字通り自らの命を削って演じたジョーカーが人々を試して弄ぶ、本名も経歴も一切謎の“サタン”のような存在だったのに対して、この映画のジョーカー=アーサーはあくまでも「人間」で、でも世間の「普通」や「常識」から微妙にズレているところに居心地の悪さを感じさせる。単に怖いというよりも「居心地が悪い」人物。だから彼に完全に理解不能で狂った、故に観客を圧倒して大いなるカタルシスをもたらす「邪悪」を期待するのはお門違いなんだよね。スーパーヴィランやぶっ飛んだ狂気を描いた映画じゃないので。そのあたりで賛否が分かれるんだろうと思う。そもそも完全に理解不能なキャラクターを2時間観続けるのは、観客にとっては苦痛ではないだろうか。アーサーは一見理解できそう、共感できそうだからこそ、その共感や同情を突然拒むような彼の逸脱に戸惑わされるし、恐ろしさも感じるのだ。それは「無敵の人」の怖さでもある。この辺をとても的確に指摘されているレヴューがあるので、リンクを張らせていただきます。この映画の特徴や観客を突き放してその気持ちを不安定にさせる理由を明解に述べられています。【ネタバレ】ジョーカー感想。「『バットマン』の悪役ジョーカーはサディストのはず」と書いていた人がいて、まさしくその通りだと思うし、それに対してアーサーはちっともドSじゃないですよね。本来は自分から積極的に攻撃したい人ではまったくない。他人を苛めて喜ぶ類いの人間でもない。むしろ苛められる側の人だったわけで。 従来のジョーカー像とは正反対とも言える。そこを受け入れられるかどうかかなぁ。「こんなんジョーカーじゃねぇよ」と思ってしまうと、物足りないかも。僕はそこまでジョーカーのキャラに思い入れがないので、こういう視点からのジョーカーというのも面白いなぁ、と思いましたけどね。不満があるかたの気持ちもわからなくはないんですが。というよりも、「ジョーカー側」から描いたら、彼を「人間」として描くならば、どうしたってこういう話にならざるを得ないのではないか、と。ジョーカーの決定版のようなヒース・レジャーの二番煎じをやってもしかたがないし、ただ単に悪意の塊のようなジョーカーを描いても、ちょうど「SAW」シリーズのジグソウもどきみたいなキャラクターになるのが関の山じゃないだろうか。ただし、アーサーは実はかなりの「かまってちゃん」でもあって、しかもその構われ方も自分の意に沿わなければ不満を溜め込むタイプの男だったりする。“ジョーカー”の素質はあるのだ。バットマンの側から見たら狂人の犯罪者が、その彼の方から語ればまったく異なる話になる、ってのは、僕はとても“今”っぽいな、と思うんですよね。富裕層と貧困層の隔絶や、どちらにも愚かな者たちがいる、ってところとか。誰もがどこか欠けていたり過剰だったりして、「完璧」な者などいない。微妙に他の人々とは違う論理でものを考え、行動する者の底知れぬ不気味さ。まわりに合わせて自分を微調整できないために(本人は一所懸命やってるつもりなのだが)孤立を深めていき、やがてそれは社会への呪詛となっていく。この映画は、ジョーカーの狂いっぷりで観客を喜ばせようとはしていない。アーサーは、そうやって彼が意図せぬところで彼のことを「笑う」人間たちを憎んでいる。アーサーはコメディアンになって人々を「笑わせ」たかったが、「笑われ」たくはなかった。だから、せっかく彼を人気TV番組に呼んで世に出るチャンスをくれた司会者のマレー・フランクリン(ロバート・デ・ニーロ)を殺したんでしょう。「人のことを笑いものにして欺いた」と。これは、ある日突然暴発する凶悪犯罪者たちの思考そのものだ。この映画がロバート・デ・ニーロ主演の『タクシードライバー』の影響を受けている、というよりもアーサーは『タクシードライバー』の主人公トラヴィスの2019年版だと考えれば得心がいく。 『タクシードライバー』で、トラヴィスはタクシーの運転手として生計を立てていて普段は仕事仲間とも普通にやりとりしているし仕事ぶりも真面目で問題がないように見えるが、実際には他者への想像力が欠けたサイコパスで、好意を持った女性の仕事中のオフィスを急に訪ねてきたり、いつも一人で観にいっているポルノ映画館に彼女をいきなり連れていってフラれたら「彼女も他の奴らと同じだった」などと腹を立てる。フラれた理由が、自分が異様な行動を取ったせいだということを理解していない。やがてその独りよがりな思い込みや偏見を募らせて、凶行に走る。 『タクシードライバー』はトラヴィスがヴェトナム戦争の帰還兵という設定から、「ヴェトナム帰還兵モノ」みたいな文脈で語られることもあるけれど、劇中でトラヴィスが人から「俺もヴェトナム帰りだ」と軽くあしらわれていたように、ヴェトナム戦争の話ではない。たとえ戦場を経験してなどいなくても、トラヴィスのような人間は存在し得ることを描いていたからこそ、あの映画は今でも観る者にリアリティを感じさせるのでしょう。『ジョーカー』のアーサーはトラヴィスと重なるところが多いのがよくわかる。これはヒーローや人々を笑い飛ばし翻弄するカリスマ的な悪役“ジョーカー”の話ではなくて、世の中で巧く立ち回れず、その結果振り回されもして自暴自棄になった男が人を殺して解放感を得たような気持ちになる、道化師=“ピエロ”の話なんだ、と僕は解釈しました。現実の世界の凶悪なテロリストや差別主義者たちをかっこいいとか凄いなどと感じないように、現実に「悪」を為す者はたいがいは凡庸でつまらないのだ。そこには人々が心を動かされる「悪の美学」などなく、その頭の固さと知恵の回らなさにただただ気が滅入るだけ。彼らはフィクションの中の悪役とは違う。「つまらない」からこそ厄介でもある。これは社会的弱者の側から描いた物語だが、けっして弱い立場の者たちをわかりやすい清く正しい「善」に仕立ててはいない。彼らはしばしば正しくない行動をする。映画は彼ら自身の問題点も描いている。だから居心地が悪い。金持ちや警察を一方的に悪者扱いもしていない。トーマス・ウェイン(ブレット・カレン)は貧乏人の苦労を知らない富豪の鼻持ちならなさとともに、家族を愛し、仮面をつけた暴徒たちを批判する常識もある。「彼らは仮面をかぶらなければ何もできない」と。病いを抱え、1人で母の面倒を見る生活をしながら行政からも切り捨てられるアーサーの境遇は同情すべき点が多いが、しかし彼の行動には共感や納得がしがたいものがいくつもある。病気だから、では済まない。「狂ってたら人を殺してもいいのか?」「君は人殺しの言い訳をしてるだけだ」と、ごくまっとうな理屈でマレーも彼を批判する。すべてを簡単に「○○のせい」「○○が(一番)悪い」とは言えない。さまざまな要因が組み合わさって、最終的に貧乏くじを引く者が決まる。ただ、それはいつも同じような面子だったりする。なぜ知恵を絞ってそのような状態から抜け出さないのか。もはや彼らにはそんな力が残っていないからだ。あるいは、最初からない。もともと器用に立ち回れる者は「弱者」にはならない。器用ではないから弱者のままでいる。そして、その中からウェインを殺したような、ならず者たちも現われる。アーサーはデモを扇動したわけではない。彼はデモにも政治にも関心がなかった。電車の中で女性に嫌がらせをしたり持病で笑いが止まらなくなった自分に暴力を振るってきたウェイン産業の三人のエリート社員たちを射殺したアーサーは、そのあと恍惚となってゆっくりと踊り始める。彼は“ジョーカー”への1ステップを踏んだのだ。正直、あの「三人のマヌケ」を撃ち殺す場面は観ていて最高に気持ちよかった。あの時、僕はアーサーと一体になっていた。一線を越えるのは案外簡単かもしれない、と思わせるところがタチが悪い。だが、アーサーは世の中の悪を挫くヴィジランテ(自警団)になるのではなく、コメディアンとして成功することだけを夢見ていた。彼が見ているのは自分だけだ。チャップリンの『モダン・タイムス』(1936)で、主人公のチャーリーは車から落ちた旗を振っていたら労働者のデモ隊がそれを見て合流、そのまま彼らと一緒に警察に逮捕されてしまう。アーサーもまた、彼の個人的な事情で人を殺したところ、富裕層への反逆者と見做されて暴動のシンボルのような存在に祭り上げられてしまう。それはもう“道化”としか言いようがない。ところで『ジョーカー』とは直接関係ないことだけど、劇中でトーマス・ウェインが妻と観ていた『モダン・タイムス』のチャーリーのローラースケートのシーンは、僕は長らくそのアクロバティックなスケートはほんとに危険なスタントをやってると思っていたんだけど、あの場面は撮影現場でのグラスワークによる見事な合成だったんですね。もちろん、あのコミカルなチャップリンの滑り自体は彼本人によるものですが。同様に三大喜劇王の1人(あと1人はバスター・キートン)、ハロルド・ロイドの『要心無用』(1923)での有名な時計台にぶら下がるスタントもまた、遠近法を利用した特撮だった(それをほんとにやっちゃったのがジャッキー・チェン)。ハリウッドの撮影技術が戦前から凄かったことがよくわかる。とまれ、『ジョーカー』はチャップリンや彼の笑いへの悪意ある皮肉のような作りになっていて(『モダン・タイムス』の「Smile」が『ジョーカー』ではどのような場面で使われていたか思い返そう)、『モダン・タイムス』では会社が機械による効率化を極限まで推し進めていった結果、主人公の貧しい工員チャーリーが狂って踊りながら工場の機械を破壊した挙げ句、病院に入れられる様子を面白おかしく描いてもいるんだけど、『ジョーカー』ではそれをトーマス・ウェインら富裕層の観客たちが笑って観ているわけで。建物の外では富裕層たちへ不満を持つ者たちによってデモが行なわれていたし。『モダン・タイムス』の内容を知っていれば、あそこは実は富裕層と貧困層の埋めがたい溝を示した場面でもあることがわかる。芸人一家だったが、極貧の中で母親は精神を病んで病院暮らしとなり、孤児院で育った兄とともにやがて映画の世界に飛び込んで世界の「喜劇王」にまで昇りつめたチャップリンと対比した時に、コメディアンを目指していたのに「チャップリンになれずに“トラヴィス”になってしまった」アーサーの人生は、まさに彼自身が言ったように「悲劇だと思っていたら、喜劇だった」ということなのかもしれない。映画の後半で、アーサーがある時から付き合っていたアパートの同じ階に住むシングルマザーのソフィー(『デッド・プール2』でデップーと一緒に戦ってたザジー・ビーツ)とのふれあいはすべてアーサーの妄想だったことが明らかになる。 妄想オチというのは安易に用いると作品を陳腐なものにしてしまうから注意が必要だと思うんだけど、観ているうちにどこまでが現実でどこからがアーサーの妄想なのかわからない、その両方が混ざったもののように思えてくるこの映画は、「もしかしたら、すべてがアーサーの妄想だったのかも」と感じさせることで観客に徒労感をもたらす。この映画自体が、まるで悪い冗談のような作りになっている。やーい騙された~wと笑ってるような。映画の冒頭近くで、アーサーはカウンセラーから「なぜ監禁されたのかわかる?」と尋ねられる。彼が以前病院に監禁されていたのなら、これはもしかしたら映画の最初と最後が繋がって永遠にループする、アーサーの脳内を映し出した『ドグラ・マグラ』のような物語なのかもしれない。また、トーマス・ウェインと昔愛し合った仲だったと主張して彼に助けを求める手紙を書き続けていたアーサーの母親ペニー(フランセス・コンロイ)もまた、精神の病いで長らく妄想を抱いていたことが判明する。アーサーが母の養子だったことがわかるくだりは、彼の“病気”が母からの遺伝によるものではないことを証明している。そして、アーサーが殺した母の部屋の鏡台にあった彼女の若い頃の写真には、その“笑顔”の素敵さを称える言葉と「TW」のイニシャルが書かれていた。母の言っていたことは一部は事実だったのだ。かつて家政婦のペニー・フレックと関係を持ったトーマス・ウェインは、その30年後に妻のマーサとともに暴漢に撃ち殺され、幼い息子のブルースが取り残される。逮捕されたアーサーは収容されたアーカム病院で「面白いジョークを思いついた」と笑う。どんなジョークだったのだろう。コウモリの格好をした仮面の男に追っかけられるネタだろうか。関連記事『her/世界でひとつの彼女』『エヴァの告白』『ザ・マスター』『グラディエーター』『ダークナイト ライジング』『バットマン リターンズ』『レゴバットマン ザ・ムービー』 Joker (Original Soundtrack) 1,388円 Amazon モダンタイムス コレクターズ・エディション [DVD] 5,000円 Amazon タクシードライバー 製作35周年記念 HDデジタル・リマスター版 ブルーレイ・コレクターズ... 5,880円 Amazon キング・オブ・コメディ [DVD] 2,545円 Amazon  

    『ジョーカー』 踊る道化師
  8. 3日(日)、TOHシネマズ府中のスクリーン7で、13時55分の回を鑑賞しました。フランスの国民的大女優ファビエンヌが自伝本「真実」を出版し、それを祝うためという理由で、アメリカに暮らす脚本家の娘リュミールが、夫でテレビ俳優のハンクや娘のシャルロットを連れて母のもとを訪れる。早速、母の自伝を読んだリュミールだったが、そこにはありもしないエピソードが書かれており、憤慨した彼女は母を問いただすが、ファビエンヌは意に介さない。しかし、その自伝をきっかけに、母と娘の間に隠されていた愛憎渦巻く真実が次第に明らかになっていく(以上、映画.comより抜粋)、という物語です。是枝裕和さんがフランスで俳優・撮影・音楽・衣装など海外スタッフと組んだ新作ということで楽しみにしていました。日本人が海外スタッフと創った作品というと黒澤明の「デルス・ウザーラ(75)」、大島渚の「マックス、モン・アムール(86)」、黒沢清の「ダゲレオタイプの女(16)」を思い浮かべますねー。きちんとコレエダブランドの作品になっている見終わった感想は、フランスで撮影された外国語作品ではあるものの、〝まぎれもなく今自分は是枝裕和作品を観たんだな〟という感慨です。言語が仏語と英語で、字幕を目で追いかけることもあり、日本映画のようにドラマに身を委ねるというのは難しいのですが、ちゃんと是枝ブシになっていることは分かりました。物語が世代を超えた家族のつながりについての話であること、会話の端々に毒舌とユーモアが潜んでいること、結論を安易に出さずに観客自身に答えを委ねる構成になっていること、それから食事の場面が非常に重要な役割を果たしていたり、子どもの演出が巧みであることなどが「真実」でも同様に確認できました。いわゆる〝作家性〟がきちんと保たれているのですね。海外スタッフとなると言語の問題もありますし、この作品にはフランスの大女優カトリーヌ・ドヌーブとジュリエット・ビノシュが出演しており、演出をめぐって議論もあるかと思うのです。しかし完成した作品が是枝ブランドになっているというのは凄いことかと。▼母と娘の会話がオープンで驚いたり笑ってしまったり家族のなかに隠されているちょっとした秘密とウソ作家性を出せるのはフランスだからかもしれないですね。アメリカだと最終編集権はプロデューサーが持っていることも多く、作家性よりも資本の論理が優先されるのかも。ちなみに「真実」の編集は是枝裕和さんご自身が担当。フランスは異文化と芸術への理解が高く、是枝監督を心からリスペクトしているのでしょう。「真実」を観ていて、過去の是枝作品のなかでいちばん近いと感じたのは「歩いても、歩いても(08)」ですね。息子と娘という違いはありますが、夏休みに子ども夫婦が孫を連れて里帰りするという基本骨格が同じですし、ある人の〝死〟をめぐって家族のそれぞれが思いを打ち明けるお話というところも似ていました。母である大女優のファビエンヌが書いた自伝。それを読んで娘のリュミールが〝嘘だ〟と感じたことと、母が隠していた〝秘密〟。そんな大きなことではないように思えるのですが、過去のボタンの掛け違いから生じた修復しきれない母娘のギスギスした関係が、ドラマが進むに連れて徐々に温かさを取り戻していくのです。そのために映画にはキーとなる重要な仕掛けがありまして、劇中劇としてファビエンヌが出演しているSF映画の撮影現場が描かれていきます。大女優カトリーヌ・ドヌーブが演じていることが生かされた面白い見せ場になっているのですが、これがなんと最後に〝こうつながるのか!〟という見事な着地を見せます。これはぜひ映画館でご確認ください。▼娘のシャーロットを演じた女の子、可愛かったですねーこのホームドラマをフランスで撮る意義とは?いろいろとあって最後に家族全員が大きな家から秋の深まりを感じさせる庭に出てくるところを俯瞰でとらえたラストシーン、これが余韻を残して良かったですね。「真実」はとても分かりやすくて、なかなかよく出来たいわゆる〝ホームドラマ〟だと思います。ぜひ機会があれば映画館でご覧いただきたいと思います。ヒットすれば是枝裕和監督がまた海外で撮影するチャンスも出てくるでしょうし、何より外国の有名な俳優を使い、外国語で撮影することが多くの人の目に触れることにもつながり、インターナショナルな監督として押し上げて行くことになるものと感じます。さらに日本映画のクオリティも上がっていくと思うのですね。ひとつ難を言わせていただくと、これを今フランスで撮影する意義がよく分からないというところでしょうか。「そして父になる」や「万引き家族」には、そこに今の日本が抱える問題が浮き彫りになっていたと思うのですが、この「真実」は口当たりのよいホームドラマの域を超えていないので、毒がない気がしました。▼母と娘の和解が描かれていくホームドラマなのですね俳優陣では、カトリーヌ・ドヌーブが見せる迫力が圧倒的で半端ないのと、ジュリエット・ビノシュの上手さに加えて、イーサン・ホークがほんとに素晴らしいです。子役のクレモンティーヌちゃんとの路上での絡みなんて、娘を持つ父親として演技とは思えませんでしたね。これぞ是枝マジックでしょうか? オススメ度は少し厳しめですが、ホノボノといい作品ですよ。トシのオススメ度: 35 必見です!!4 お薦めです!3 良かったです2 アレレ? もう一つです1 私はお薦めしません真実、の詳細はこちら: 映画.comこの項、終わり。

    真実(字幕)
  9. アルゼンチンの合映画です。 (93分) アルゼンチンのブエノスアイレスに住む仕立て屋のアブラハムは、高齢の上に古傷の足も悪化した為、娘達に老人ホームに入れられることになります。 人生の終盤に差し掛かった事を理解している彼は、この機会に70年前に交わした約束を果たす為家族に内緒で、一人ある場所へと旅立つのでありました。  このアブラハムというおじいさん。 仕立て屋だけになかなかのお洒落さんでして、年齢のわりに明るめのスーツにアスコットタイといういで立ち。  ウィットにとんでいますが、反面 礼儀を知らない若者には、厳しい頑固オヤジの一面も見せるような人物。お爺さんの ロードムービー という本作の前半は、軽いコメディのような語り口で進んでいきます。 一人旅をつづける アブラハムに、様々なアクシデントが降りかかりますが、彼の人となりからか? 出会う人達の善意に助けられ、彼、彼女の達の心に触れるアブラハム。( 皆良い人過ぎの感はありますが )  旅が進むにつれ、彼の体も悲鳴をあげます。アルゼンチン を旅立ち、スペイン、フランス、そしてドイツが近づくにつれ、アブラハムの身体に共鳴するように物語も重みを増してきます。 彼の腕に刻まれた数字が物語るように、アブラハムはホロコーストからの生還者でした。 その為、口にするのも忌み嫌う土地に足を踏み入れないといけなくなった彼の、精神と身体は限界をむかえてしまうのでしたが、、。そうまでして叶えたかった事。 やらなけらばいけなかった事というのが一体何だったのか? その事実を知った時、こみ上げて来るものがありました。 このように軽いタッチで物語られる ホロコースト の物語は意外でした。 入口はコメディでありながら、目的地へ近づいていくのとシンクロするように、アブラハムの心の奥にあった闇も明らかになっていく構成は見事で、適度に重くなりすぎるのをあえて避けている見せ方に好感を持ちました。ホロコーストでの家族の惨劇と友情。 老いた自分と変わってしまった娘達。 心残りの末娘との再会と、70年前の時を経て交わした約束。 そして、ラストのアイコンタクト、、。エンディングで発せられる 「 家へ帰ろう 」 という言葉の重みと温かさに、感動してしまった私でした。93分という比較的短い時間ですが、凝縮された内容となっていますので、機会があればご覧になってみて下さいませ、です。 では、また。  

    たくさん共感されています

    家へ帰ろう
  10. カーになるまで。◼感想ジョーカーになりたい人、手を挙げて〜。そうか、世を憎む人間はこんなにも多いのか。そんなジョーカー予備軍に朗報だぜ。今日、ご紹介するのは、ごく普通の心優しい人間でも極悪非道な悪人になれる「ジョーカー変身セット」だ!別名、「不幸の詰め合わせ」って言うんだけどな…。「ジョーカー変身セット」の成分表示:貧困精神疾患失業性的不自由心許ない福祉報われない介護才能の欠如虐待いじめ格差社会友なしコネなし信頼していた人の裏切りこれらの要素が揃えば、誰だってジョーカーに変身できてしまうんだよ。もちろん、全部を体験するのは死ぬほどキツイけどな。でもな、ジョーカーに変身することで初めて君は世に復讐をすることができるんだぜ。…と言われているような気がした本作。言い換えれば、ジョーカーという料理をつくるレシピのような映画なんですよね。言うまでもなく、本作は心優しい凡人アーサーが極悪人ジョーカーになるまでを描いており、いかにその過程に現実的な説得力を持たせられるかがポイントになっています。なので、アーサーの心が徐々に壊れていく社会的な要因を実に親切丁寧に描いています。あぁ、こんなに酷い目にあってきたのね、可哀想に、と観客に感情移入させるのも作り手の狙いです。まさかジョーカーに感情移入してしまうなんて…と相反する感情を抱かせることも含めて。その狙いを達成する為に、作劇上とても用意周到な「不幸の詰め合わせ」が展開されます。それらは全て、ジョーカー誕生というクライマックスから逆算された段取りです。ただ、個人的には「なぜなら彼はこれだけ虐げられてきたからさ」と、ジョーカー誕生が理屈で説明される感じに若干、白けてしまった、というのは否めないです。というのも、どうしても避けられない比較論になっちゃいますが、『ダークナイト』のジョーカーには背景も出自もありません。最初からジョーカーとして登場し、断片的に過去の情報が出てきますが、どれが本当なのか、または全てが虚言なのかもしれないという得体の知れなさが不気味でした。背景も目的も分からない悪人というのが一番怖いですよ。理屈では説明がつかない奴のほうが。それと比べてしまうと、本作のように「ジョーカーだってもとともとは優しい子でね…」と言われるのはキャラクターの底が見えてしまう気がしてならないのです。これと似たパターンなのが『羊たちの沈黙』に対する『ハンニバル・ライジング』ですかね。レクター博士がなぜ人を食うようになったのかはわざわざ描かなくても良かったんじゃないかな?怖いキャラはミステリアスな余白を残しておくほうが僕は好みです。ま、そんなこと言ったら本作のコンセプトを根本から否定することになっちゃいますが。正体を見せないことで、理解不能な狂人ジョーカーの怖さを描いた『ダークナイト』。ごく普通の人間としての正体を描くことで、観客がジョーカーに共感してしまうところに怖さを見出した本作。このように、両作はジョーカーというキャラクターに対して真逆のアプローチをしてるので、そこで評価が分かれるのは仕方がないかなぁとは思います。まぁ、好みですよ、好み。エヘッ。本作は映像、音楽、演技いずれもレベルが高くて、とても見応えのある内容なのは間違いないです。もちろんオススメできる素晴らしい内容だと思いますけどね。ただ、赤いスーツはあんまり好きじゃないかなぁ。僕の評価:7点/10予告編:ダークナイト(2枚組) [Blu-ray]1,414円Amazon にほんブログ村

    コメントが盛り上がっています

    『ジョーカー』 不幸の詰め合わせ = ジョーカー変身セット
  11. 修造の同名コミック実写映画化した青春ドラマ「惡の華」山に囲まれた地方都市・・・⛰️中学2年生の春日高男(伊藤健太郎)は、ボードレールの詩集「惡の華」を心の拠り所に、息苦しい日常をやり過ごしていた📖ある日、憧れのクラスメイト・佐伯奈々子(秋田汐梨)の体操着を衝動的に盗んだところをクラスの問題児・仲村佐和(玉城ティナ)に目撃されてしまった彼は、秘密にする代わりに仲村からある“契約”を持ちかけられる。この日から仲村に支配されるようになった春日は、彼女の変態的な要求に翻弄される内に絶望を知り、自らのアイデンティティを崩壊させていく。やがて「惡の華」への憧れにも似た魅力を仲村に感じ始めた頃、2人は夏祭りの夜に大事件を起こしてしまう🔥*******************えーと・・・色々、諸々突っ込みどころありすぎるが、散々クソムシクソムシ言っておいて、一番クソなのこの映画の結末だろ😨春日がドM男なのは明白なんだけど、彼らが中学生とゆーには見た目もさることながら、思想や実行力含めてかなり無理がある。それでも中学生設定にせざるを得なかったのは、未遂とはいえ放火という重罪を公衆の面前で遂行した2人が3年後に再会しなくてはならなかったからではなかろうか?あれだけのことをすれば、中村に関しては間違いなく医療少年院行きだと思うが、それでも実刑食らわせてしまったら3年では再会を果たせない。そもそも深夜の教室に忍び込んだ時点で通報されるだろうし、百歩譲って侵入できたとして朝イチで出勤した副校長の目に留まり、生徒の影響を考慮し、休校になるのは間違いない。そうすれば墨汁まみれの教室を生徒が目にすることはないし、その時点で警察介入もあるだろう🚓芋づる式に他の事件も浮上してくるので、2人が放置されることはない🍠日本の警察をなめているとしか思えないほど、杜撰。今回評価は、☆☆☆★★の3.12019.10.3観賞

    惡の華
  12. 8日(火)、TOHシネマズ日本橋のスクリーン1で、18時15分の回を鑑賞しました。ピアノの天才たちが集う芳ヶ江国際ピアノコンクールの予選会に参加する若き4人のピアニストたち。母の死をきっかけにピアノが弾けなくなったかつての天才少女・栄伝亜夜は、7年の時を経て再びコンクールへの出場を決意する。音大出身だが現在は楽器店で働くコンクール年齢制限ギリギリの高島明石は、家族の応援を背に最後の挑戦に臨む。名門ジュリアード音楽院在籍中で完璧な演奏技術と感性を併せ持つマサル・C・レビ=アナトールは、優勝候補として注目されている。そして、パリで行われたオーディションに突如現れた謎の少年・風間塵は、先ごろ亡くなった世界最高峰のピアニストからの「推薦状」を持っており、そのすさまじい演奏で見る者すべてを圧倒していく。熱い戦いの中で互いに刺激しあい、それぞれ葛藤しながらも成長していく4人だったが(以上、映画.comより抜粋)、という物語です。どなたの作品なのかな?と思い調べましたら、石川慶さんは「愚行録(17)」を監督された方でした。そちらの私の感想はこちらです。それで「蜜蜂と遠雷」ですが、恩田陸さんの原作小説は未読です。でも、映画が良かったので、その余韻にひたりたくて文庫本を購入しました。これからゆっくり読んでみます。✳︎台風19号、外はすごい雨です。みなさま大丈夫でしょうか。大きな被害がでませんように。日本におけるピアノ映画の稀に見る秀作ピアノ演奏を扱っている映画というと、私が映画館で観た限りにおいては、リバイバル上映で鑑賞したジョージ・ガーシュインを描いた伝記映画「アメリカ交響楽(45)」や、「コンペティション(80)」「ピアノ・レッスン(93)」「海の上のピアニスト(98)」あたりが思い出されます。あ、「シャイン(96)」というのもありましたよね。それぞれ、さまざまな役者さんがピアノ演奏にチャレンジされていましたが、日本では「羊と鋼の森(18)」でしょうか。でもこれは調律師の話でしたね。本格的にピアノ演奏を扱った作品というのは日本に無く、かつ群像劇として多くの方がピアノ演奏を確り見せる作品となると、もしかすると海外にも例がないのではないでしょうか。ピアノ演奏というのは役者さんもごまかしがきかないので、そこをいかに上手く見せるかが監督やキャメラそして編集も含めた腕の見せ所。クライマックスでキャメラがピアノ協奏曲を弾く栄伝亜夜の手元から移動してオーケストラを捉えながらまた彼女に戻ってくるところとか、観客のエモーションを途切らせない見事な移動撮影です。このように書いているのは、本作をご覧になった方のなかには役者さんのピアノ演奏に違和感を持っておられダメだしされる方が結構多いためで、私はその点は評価したいと感じたからなのです。もちろん、技術的なことだけでなく、この作品は青春映画、競技映画として中身も実によくできていて、大変後味のよい良作でした。▼松岡茉優さんの素直な感じ、相変わらずいいんですよねー。ピアノ演奏を通して描かれる4人にしか分からない世界「蜜蜂と遠雷」はピアノ演奏を扱っているものの、基本は競技の話であり、静かではあるものの情熱美の世界なのですね。亜夜、明石、マサル、塵という特長ある4人の描き分け方が巧みで、かつ全員が一つしかない頂点を目指して凌ぎを削りながらも、常に相手を思いやり協力し合うという姿は、スポーツマンシップそのものでした。4人の男女の国際ピアノコンクールの模様を描くドラマですので、予選と本線を合わせると何度もピアノ演奏シーンが登場するわけです。これだけで結構大変なことですが、もちろんこの作品はピアノ演奏を聴かせることが本来の目的ではありません。本作が素晴らしいのは、ピアノ演奏を通じて彼らの内面の変化に迫るからなのですね。長らく一線から消えていた天才少女の栄伝亜夜がカムバックを果たす物語であり、家族を持ち働きながらピアノを極めようとする高島明石が自分の才能に見切りをつける物語であり、自分の志を達成しようとする孤高の天才マサルが次のステージへ向かう物語であり、練習するピアノさえない孤独な少年の風間塵が仲間と師を見つける物語。そして、一見バラバラに見える一人ひとりの物語が、実はお互いに関係性を持ち、好影響を与えながらラストに向かっていく様が気持ちいいのです。彼らはジグソーパズルの4つのピースのような感じで、微妙に異った世界にいながらも、それらが組み合わさることにより映画は一つの絵、つまり〝音楽の素晴らしさ〟を見せているような感じがします。▼月の明かりが差し込む部屋での連弾シーンにゾクゾク奏でられる音楽そのものが持つ力と映像の美しさなお、登場人物の脇にいたるまで、誰もが音楽に対して何かしらの想いを持って生きていることが分かり、それがまた世界を肯定的にしていて良かったです。様々な思惑を抱えた審査員たち、会場のクロークの女性、ステージを管理する責任者、そこに彼らの人生が垣間見えるのです。こいうところも見どころの一つになっているかと思います。さて、多くの音楽を扱っている映画がそうであるように、本作も奏でられる数々の音楽そのものが感動的であることは疑いようもない事実かと思います。例えば、亜夜と塵が、ドビュッシーの〝月の光〟を連弾し、それがアーレンの〝ペーパームーン〟に変り、ベートーベンの〝月光〟に移っていくところなんて、身体がゾクゾクしました。そこにピアノを弾く亜夜と塵が心を通わせていく様子が重なっていくのがよく分かります。ピアノから出てくる音符の音色一つひとつが、二人の言葉になっているようでもあります。他にも音楽を聴いているだけで、涙が止まらなくなる場面が沢山あって、〝なんかずるいよなぁ〟と思いながらも感動せずにはいられない自分がいるのでした。それと本作は映像がとても美しかったです。撮影は「愚行録」に引き続き、ピオトル・ニエミイスキというポーランドの方が担当されているのですが、独特の色彩の感性を持っておられます。先に挙げた亜夜と塵の夜の連弾シーンに加えて、4人が砂浜を歩きながら海の果てに見える雲の遠雷を聴くシーンなど、何とも言えない淡い光の加減が儚くて印象的でした。▼この浜辺のシーンが青春っていう感じがするのです最後の演奏を終えてステージの上から栄伝亜夜が見た世界、どんな世界だったのでしょう。彼女のクローズアップに引き込まれてしまいました。そして、この映画は締め括り方もとても見事でした。そこには人生の厳しさが詰まっていると同時に、結果だけが全てではないということも滲み出てくるようで、これは人間賛歌のお話なんですね。実は映画の始まりのほうで、〝(亜夜の経歴を)またセリフで説明するの?〟とガッカリしたのですが、ドラマが進むに連れてどんどん良くなっていき、最後はもう誰かと本作の良さについて話がしたくて堪らなくなるくらいでした。「映像化不可能」と言われた原作らしいですが、映画を見る限り大健闘の一本だと思います。トシのオススメ度: 45 必見です!!4 お薦めです!3 良かったです2 アレレ? もう一つです1 私はお薦めしません蜜蜂と遠雷、の詳細はこちら: 映画.comこの項、終わり。

    蜜蜂と遠雷
  13. 「インデペンデンス・デイ:2019」。。。
  14. いくが……。(以上映画.comより)予告編はこんな感じ↓60点本日はすでに「家族のレシピ」の記事をアップしたものの、「斎藤工主演作2本立て」として、なんとなく本作の感想も更新しておきますよ。真田広之さん主演の「麻雀放浪記」が結構好きだったし、白石和彌監督作ということでも気になったので、観る気マンマンでしてね。5月7日、アップリンク吉祥寺で鑑賞しました。「嫌いじゃないけど… (´Д`;) ウーン」と思ったり。まぁ、超アッサリ気味に感想を残しておきますよ。スクリーン1、10人ぐらいの入りだった記憶。あらすじを適当に書いておくと、ギャンブラーの「坊や哲」が麻雀で九蓮宝燈を上がったことで、1945年から2020年にタイムスリップしましてね。地下アイドルのドテ子と知り合うと、「昭和哲」と名乗って麻雀番組で活躍したり、ネット麻雀に挑戦したりしつつ、あーだこーだあって、麻雀五輪に参加することに。AI搭載アンドロイド・ユキに苦戦しつつも、九蓮宝燈を上がると、元の時代に再度タイムスリップ→途中だった勝負の場に戻って、エンドクレジットに突入。最後に破壊されたユキ(「エイリアン2」の終盤のビショップ的な感じ)も1945年にタイムスリップしてきて、映画は終わってましたよ。なんて言うんですかね、「マカオ国際映画祭出品中止報道」やら「『国会議員が圧力』報道でプチ炎上&ピエール瀧さんの逮捕」やら、4月5日の公開前に変な話題ばかり流れた感のある本作ですが、映画もなかなか変だったというか。印象的には「三池崇史監督がサクッと撮ったバカ映画」っぽくて、それなりには面白かったものの、とは言え、飲み込めない部分もそれなりにあった…ってな調子。まず、僕的にはバカっぽい演技をする斎藤工さんは大好物だったし、ドテ子役のももさんも可愛かったし(チャラン・ポ・ランタンの方だったのね!)、小松政夫さんの起用もお見事だと感心しましたよ。それと、坊や哲が現代の麻雀界でのし上がっていくくだりはとても楽しかったですね〜。チャラン・ポ・ランタンのPVを貼っておきますね↓ただ、さすがに物語が乱暴すぎだなぁと。過去と現在で戦う相手を同じキャスティングにしたのはまだ良いとしても、相手が「二の二の天和」の符牒をたまたま知ってるとか、あまりに工夫がないじゃないですか。最後、場に4枚出ているにもかかわらず自分が持っていた五筒(ウーピン)で上がる展開だって相当無理があるし…。大体、主人公に五筒を持たせていたのは五輪に絡めてたんだろうけど、上映前にアピールしていた割には東京オリンピックへの批判要素が中途半端だったから(「とりあえず時事ネタを入れてみました」レベル)、結構拍子抜けいたしました (・ε・) ナァンダ「東京五輪が中止になった」設定、だからなんだよ感が半端なかったです。その他、吉澤健さんが演じる「目や腕や内臓まで賭けてきた老人」のシーンとか「ギャンブルの恐ろしさ」がビンビン伝わってきて最高だったのに、結局、その問題が投げっぱなしで終わるのも残念でしたね…。「全編iPhoneで撮影した」というチャレンジングな姿勢も好感が持てるし、もう少し内容を練ってくれればもっと良くなった気がしてならないんですけど、白石和彌監督は多作なだけに仕方ないのかしらん (´Д`;) ウーン まぁ、何はともあれ、もうとっくに配信は始まってるし、ソフトも販売中なのでね、興味がある方は観てみてくださいな。すべてはこの阿佐田哲也先生の小説から始まっているのです。すでに配信が始まっていて、ソフトも販売中だったり。デジタル盤のサントラでございます。本作のコミカライズ。結構面白そうですな。斎藤工さんが阿佐田哲也先生を演じた内藤誠監督作。ちょっと興味あります。和田誠監督作。真田広之さんと鹿賀丈史さんが若くてカッコイイ!

    麻雀放浪記2020(ネタバレ)
  15. 『お料理帖 息子に遺す記憶のレシピ』舞台挨拶のおしらせです!
  16. 足の作品です!!動映画って泣かせようとして作っている作品が多いと思うんですけど、これはある意味サラッと描いてあってやらしくないんですけど結果大号泣の感動作です!!幼少の頃から実家が犬猫両方を飼っていたので、ボクはとても動物好きになりましたこの作品は犬の主観で描かれ、犬の独白によって物語が進むユニークな構成ですその独白が、いちいちツボに入るんですよ脚本書いた人、犬の気持ちホントわかってるなあって思います!犬大好きなんだろうなあきっと犬ってホント人に気を使うし優しいんですよ人間のケンカ仲裁もするし、"ペット"ではなく"家族"と思ってしまいます犬独特の習性も見事に捉え、笑いをたくさん生み出してくれます犬好きにはホントたまらない作品です!犬が出ているだけで大好きな映画になるんですが、一匹の犬が犬種、性別、名前、飼主、土地を変えながら転生を繰り返すという、なかなか面白い構成になっていてまったく飽きさせません!【この映画の好きなとこ】◾︎イーサンの探し物高校生の飼主イーサンと恋人がキスする様を見たワンコのベイリーは、ガールフレンドのハンナの口の中に食べ物があるんじゃないかと思い、ベイリーもハンナの口の中を確かめる🤣いつもキスしてる2人を見てベイリーは、"イーサンは食べ物を探してばかり"とのシュールな感想に爆笑🤣あまた探してる…◾︎掘る習性同居する猫が庭に埋葬されるのを見たベイリーが、掘り起こして家族に届ける!こうなるよね◾︎イーサンとの別れ進学の為実家を離れる事になり、家族からの見送りを受けるイーサン「(追いかけられるから)ベイリーを抑えておいて」と頼む別れのシーンが切ないですよく遊んでもらったぺしゃんこのアメフトボールを咥えてお見送りのベイリー。悲しそう…◾︎最期の別れ老衰により安楽死する事になったベイリーの脳裏に大好きだったイーサンが思い浮かぶベイリーの独白はホントだと思う!犬はとことん愛に溢れた非常に賢い生きものなのです!駆けつけてくれた大好きなイーサンに看取られながら天国へ旅立つベイリー…もう号泣◾︎ベイリーからエリーへ雌犬のジャーマン・シェパード警察犬エリーとして生まれ変わったベイリー妻を失った独身警官カルロスと同居しており、孤独なカルロスを気遣い添寝のおねだりをするやさしいね◾︎エリーからティノへ雄犬のコーギーとして生まれ変わり、女子大生マヤに飼われティノと命名される人付き合いが苦手なマヤに想いを寄せる男性との仲を(結果的に)取り持つ素晴らしい仕事してる!◾︎ティノからワッフルズへセントバーナードとオーストラリアンシェパードのミックス犬に生まれ変わるも、愛のない夫婦に飼われ結果捨てられてしまう…マジこういう事やめなさい※以下オールネタバレ!!◾︎ワッフルズからバディへさまようワッフルズがたどり着いた土地は覚えのある匂い…まさかのイーサン農園!!そしてそこには歳を重ねたイーサンが!!うそー!!走れベイリー!!◾︎イーサン (デニス・クエイド)大人になったイーサンをデニス・クエイドが演じているんですが、もの凄くいいです!少しヨレた感じとかリアル!現実感あるなあけど目がすごくキラキラしていて、優しさオーラに溢れてます!◾︎ふたたびイーサンの元に一度は動物愛護団体の保護施設に預けるも、ワッフルズが気になるイーサンは、翌日施設に里親を申し出引き取る事に!バディと名付けられ車の助手席に座るその顔がマジうれしそう!よかたね!◾︎ハンナとも再会!バディの幸せスパイラルは、イーサンのかつての恋人ハンナまでも引き寄せる!独身を貫いたイーサンと夫を亡くしたハンナは再び結ばれるマジ、イーサンもよかたね!運命の人だったんだね!◾︎ベイリー、ベイリー、ベイリー、ベイリーそしてついに!イーサンはバディがベイリーである事に気付くんだけど、この作品未見で読んでる人には、ぜひ本編で驚き感動してほしいので書きませんが最高ですよ!首輪の名前もベイリーに戻しすべて元の鞘!◾︎エンディングカットイーサン、ハンナ、ベイリー3人の俯瞰ショットがまた素晴らしい!草原香りいい風吹いてる愛する人たちに囲まれ、最高の環境で理想の暮らし😌いやーワンコかわいいなあ…うん、飼いたいです本作の監督は、ラッセ・ハルストレムなんとこの方、過去に『マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ』と、日本映画『ハチ公物語』のハリウッドリメイク作品『HACHI 約束の犬』という二本のワンコ映画を撮っています!映画監督人生で3本目ですよ!相当犬好きな方なんですね!過去作品も観ねば!このレビューを書いていて"あれ??"って思った事がひとつこの作品は、一匹のワンコが転生を繰り返し大好きだった飼主の元に戻ってくる物語ボクの実家で最初に飼っていたワンコ= コロが他界して、2代目ワンコ= ロンが来たんだけど、家族で一番溺愛してた父親がロンの事をずっとコロって呼んでたけど、まさかね…

    コメントが盛り上がっています

    僕のワンダフル・ライフ
  17. すごいし、見た方々感想もすごいし、ものすごい期待してたんですよ。 まず僕のとりあえずの感想であり、評価ですが、まぁ間違いなく「今年度最高傑です」僕の中で今年、これを超える映画に多分出会えないんじゃないかな? 世間的な評価とか見ても、これはもう評価も固定されているし、「傑作」認定しても良いと思います。 いやー、本当にすごい映画でした。 というわけでここから、どこがどうとか、色々触れるので、ネタバレします。 で、まぁとりあえず最初は何も聞かずに、見てこの衝撃を味わってもらいたいのですが、一応PG−15指定で、残虐描写怖いという方もいると思うので、どうしても怖くて見れないという人は先を読んでもらっても良いんじゃないかなって思います。 でもレーティング指定は付いてますけど、それでどれだけ怖いと思っても、僕はこの映画それを乗り越えてでも見るのをオススメはいたします。 とにかく今作品、ジョーカーを演じたホアキン・フェニックスの熱演を褒めないわけにはいかない。 過去のジョーカーを演じた俳優、例えば「ジャック・ニコルソン」や「ダークナイト」の撮影後、このジョーカーを演じたことで亡くなってしまった「ヒース・レジャー」 特にこのヒースの演じたジョーカーは、映画史的に残るものだったと思います。 「ダークナイト」はそれほど彼のジョーカーが素晴らしい映画ですし。というよりこの「ダークナイト」よく考えると粗とか矛盾とかあるんですよ、でもそれを消してしまう存在感がありました。というよりそんなことはもう気にもならなくなるんですよ。  そんなジョーカーという重すぎる役。それを演じるには、やはり身を滅ぼす覚悟がいるし、実際死人も出ている。 そして作り手も観客もヒースのジョーカーを体験してしまっている以上、中途半端な物を見せることは、もはや出来ないんですよ。 そういうハードルがあるのも作り手は当然わかっているでしょうし、今回のジョーカーを演じるホアキンも当然理解しているでしょう。僕は今作品からヒース版を超えていく、そういう「不可能」なことに挑戦する心意気を感じましたし、実際、僕はそれが出来ていたと思います。 僕はジョーカーがこの現実に本当に存在するかもしれないという、ある種の恐怖すら感じましたね。 まずホアキンの身体的な役作り、あばらが浮くほどに減量した貧相な体付き。アーサー(=ジョーカー)は脳に重度の障害があり、人前で急に笑ってしまうという障害がある。そしてそれを止める為に服薬しているが、その副作用で体が急激に痩せてしまうというそうだ、それを実際の体で表現している。 その説得力の異常さたるや。 そして彼の表情一つ一つの細やかなニュアンスの変化は言わずもがな、彼がまさしく「レット・イット・ゴー」する瞬間の満ち足りた表情。 彼の全ての演技がもう神がかっていて、僕はもう、それだけではい5億点という感じでしたね。 ジョーカーを演じる役者の力もさることながら、やはり脚本もまた見事だったと思います。 今作品の物語。 僕はもう、人ごとだと思えませんでしたね。  アーサー(後のジョーカー)の社会的な弱者ぶり、人前で笑うという障害や妄想癖など、本来病気で、それ自体に彼には一切の悪気がないにも関わらず、それだけで社会から阻害されてしまっている。 まず僕、もし身近なにこういう人がいたらどういう反応をしてしまうのか? それを考えるともう寒気がしましたね。絶対に良い顔せずに、彼に冷たい表情を向けてしまう。 普通とは何か、それはあくまで世間の決める規範である、でもその規範に当てはまらない人間は社会から疎外されて、仕方ないと言えるのか、普通ではない人間はどうすれば良いのか? ただ、ただアーサーは世間から必要とされず、疎外され追い詰められ、社会の底辺に転落していく。 彼の底辺での暮らし、世間からの阻害。この物語は彼を序盤からどんどん追い詰めていく、そして我々に問いかける。「ジョーカーという存在を作ったのは一体誰だ?」と。 そこから彼が初めて犯す殺人。 本当は殺す気はなかった。でも笑ってしまう発作が故にリンチされ、そのことを説明しようとしても聞き入れられない。あまつさえ、助けようとした女性にさえ薄気味悪がられ、庇ってもらえない。 そして発砲してしまう。 最初は後悔に苛まれても世間は、上流階級の人間を殺した英雄だとして、彼のことを祭り上げてしまう。そのことでアーサーは初めて人から必要とされる喜びを得てしまう。殺人という本来人間がもっとも行ってはならない禁忌を犯す。そのことへの賞賛。 承認欲求、誰からも相手にされず、世間から疎まれ、蔑まれる彼が浴びる、初めての賞賛。 再び映画は問いかける「ジョーカーを産んだのは誰だ?」と。  そしてさらに彼に追い討ちをかけるように、両親の真実。自分が微かに抱いた淡い希望も失われ、本来自分をもっとも愛してくれると思っていた母親の真実。そして障害が実はこの母親からのネグレクト、暴力により生じたものであるという真実。 同じアパートの隣人との淡い恋。 それら全て、何もかも奪われてアーサーは絶望する。 そして自分が志した夢であるコメディアン。その目標としていた人物に声をかけられたこと、認められたことに対する希望。それすらも彼をネタにして、彼を蔑み侮辱して、それを笑いにするという仕打ちで完全に砕けてしまう。 愛されない、社会から爪弾きにされる。そんな男だからこそ、「必要とされる」と思った時、そのことに過敏に反応してしまう。でも、それはことごとく否定され、思いは踏みにじられる。 警察からも言われる。「お前の病気は道化であるが故ではないか?」重度の障害であり、それで世間から蔑まれた。そのことすらも否定する言葉。 精神疾患など発達障害などで悩む人間に対して、悩んでもいない他の人から、気をつければ治るとか、そういった冷たい言葉が投げられがちだが、それほど心無い言葉はない。 そもそも「普通」であるということは一体どういうことなのだろうか? その「普通」であること「正しい」とされること。それらがどうしても出来ない人間もいる。その人間のことを、社会は傷つけ、苦しめ、蔑む。それでいいのか? 映画は問いかけてくる。  だけど一つだけ彼を「必要」としている人々がいる。 それは貧困に喘ぐ、上流階層の人間を殺した「道化」を支持する声だ。 そしてそれは「殺人」という行為をしたアーサーに向けられた声だ。つまりアーサーは殺人をすること、それだけが唯一社会から必要とされる、認められる行為なのだ。 最低な行為をしたアーサーであるのに、僕はこのアーサーに同情しているし、感情移入してしまっている。 そして、映画は訴えてくるのだ、我々の倫理観に、鋭く、その居心地の悪さたるや・・・。 「ダークナイト」でのジョーカーもそういった側面を持っていた、「正義とは何か?」そういった人間の危うい倫理観を「ジョーカー」というキャラは問い詰めてくるのだ。人間の言う「倫理」「正義」そういう欺瞞を彼は決して許さない。 その欺瞞が故に人生を狂わされたのだから・・・。  そしてその迷いを吹っ切り、彼が再び殺人を犯し、そして「ジョーカー」として自己実現を叶えるシーン。 この瞬間。やろうすることは極悪非道で、下劣だ。だけど、彼の経緯を見つめ続けていた観客は、この最低なシーンだが、それを彼の喜びだと捉えてしまう。 ずっと抑圧されていた彼が階段で踊りながら水を蹴り上げる、CM等でも流れる印象的なシーンだが、それはまるで「アナ雪」でのエルサのまさしく「ありのままで=レット・イット・ゴー」のシーンのような喜びさえ感じてしまう。 あの瞬間彼は、人生最大の喜び、偽らずに生きることを叶える。だからこそ最低なのに、なぜか泣いてしまっている自分がいる。 そこから彼は人々から求められる自分。つまりジョーカーとして「殺人」を行うことで、自分の生きる理由を見出す。  最後のコメディ番組でのマレー・フランクリンとの対峙シーン。ちなみにロバート・デニーロが演じているんですけど、彼の存在感もすごい。 アーサーは、マレーの番組に呼ばれることを夢見ていたし、彼のようになりたいと思っていた。 しかしマレーはアーサーを蔑み、笑い者にする。 そして殺人の告白をしたアーサーに説教をする。「倫理的におかしい」と。 だがアーサーはこれまでの経験で障害があるにも関わらず、蔑まれ、社会の底辺に追い込まれた自分。もしも倫理的な価値観があるのならば、なぜ自分がここまで追い詰められなければならないのか? そういう「倫理」とかいうものが実は虚像でしかないと訴え、「自分の人生は『悲劇』ではなく『喜劇』だ」と言い切り生放送で彼を射殺する。 これに反応する貧困層もこの動きに反応。 社会からアーサーほどではにせよ、阻害され、落ちこぼれたものが暴徒化する。 「倫理なるものが機能するならば、なぜ我々はこんなにも苦しいのか」と。  そしてラスト、暴徒と化したデモ隊の前で「ジョーカー」は初めて万雷の拍手喝采を浴びるのだ。 ジョーカーを生み出したのは一体なんだ? 鋭くまたも映画は問いかけてくる。 そしてこの映画、随所に彼が「ジョーカー」にならない可能性も示唆している。 バスでの子供の親が、「ありがとう」といったらどうだったか? トーマスがアーサーにかける言葉がもう少し優しければどうだったか? 警察が彼の障害を「ピエロとしての演技だと言わなければ」どうだったのか? ここら辺も本当に刺さる。  というね、まぁこれでもまだまだ語り足りないんですけど、とにかく我々にとって居心地の悪い問いかけをこの映画とにかく繰り返すんですよ。 もしもアーサーみたいな人間がいれば僕も避けてしまうだろうし、でも逆に弱い者の立場ならば、ヒエラルキーの上に立つ者のいう「倫理」「正義」「正しさ」みたいなものを全て破壊したい。そういう衝動も理解できる。 もしもそういう立場で、そういったことを平然とやってのける存在が現れたのならば、それに痺れて憧れる。かもしれない。 そして初めはそれなりに訴えや、何かしらの正義感を持っての行進だったにせよ、破壊活動をすることに楽しみを見出し、暴走すする心理もわかる。実際に何かしらの街の公共の物、他人の財産など、無茶苦茶に壊していいってなれば、それは絶対楽しいに決まってるって。  とにかく居心地の悪さを感じる映画で、鑑賞後クラクラになるほど疲れる映画です。 でもね、これそういうことを非常に物語的にも。映画的にも面白く見せてくれるんですよ。 なんだろ映画として本当に質の良いものになっているし、一つも無駄なカットもない。 そしてジョーカーにここまで感情移入させられる。ホアキン・フェニックスを初めとするキャスト陣の熱演など。  ここまで素晴らしいピースの噛み合ったもの中々ないんじゃないでしょうか? 10年に一度、ダークナイトから約10年が経ちますけど、僕はヒース版ジョーカーに負けず劣らずというか、これは比較することではないでしょうか、それを上回る出来だったと思います。 というか今作品を見て、ダークナイトを見ても僕は全然ありだと思いますよ。あのブルースくんが、いずれバットマンになりますしね。 とにかく、こんな映画、しばらくないんじゃないかな? 僕は2019年ここまで刺さる映画なかったし、現時点で間違いなく、少なくとも僕の中では「今年度1位」は硬いと思います。 まぁとにかく絶対見るべきだし、見ないとか、ありえないから!!!!!!   

    JOKER 感想
  18. た。ドキュメンタリ映画なので内容は、樹木に初めて長期密着取材し、18年9月26日に放送されたNHKの同名ドキュメンタリー番組に未公開映像を加えて再編集した。57年の役者人生の中で多くのドラマや歌番組、CMに出演し、日本映画界にとって欠かせない存在となった樹木希林。歯に衣着せぬ物言いと周囲への細やかな心遣い、あふれでるユーモアで日本中から愛された彼女は、多忙な中でも日々の暮らしを大切にし、人生なりゆきと語りながらも独自のスタイルを持っていた。そんな彼女の最後の日々を捉え、“なりゆき人生”と心に響く言葉の数々から生きるヒントを学ぶ。というお話です。樹木希林さんを1年間追った、ドキュメンタリーなのですが、樹木さんという女性が、素晴らしい役者だったということが、この映画を観ると、本当に解ります。仕事に関しての目の厳しさは、誰よりも凄いと思いました。自分に厳しいんですよ。他人に厳しい人は沢山いるけど、自分に厳しいから、これだけの演技が引き出されるのだなという事が、良く解りました。あの「万引き家族」を撮影している時も、ドキュメンタリーの中にあるのですが、あの老婆の設定も、樹木さんが違和感があるという一言を言ったために、是枝監督が考えて、新しく、夫を他の女性に取られた女性という設定が増えたんです。確かに話を聞いていると、樹木さんの言っている事、解るんです。普通に暮らしていたのなら、この他人ばかりの家族なんて出来上がらないんです。問題のある過去があって、他人を受け入れて暮らすことで、生きていけるようになるという事が無いと、いきなり他人と一緒に住むなんてありえないんですよね。そういう、大切な部分を、しっかり論じてから演じる姿勢が、素晴らしいんです。仕事場に行くにも、自分で車を運転して行くんです。このドキュメンタリー映画の監督まで、送迎してあげていたんです。ビックリしちゃいました。樹木さんって、自分が凄い女優だとか思っていないんです。自分が出来ることは自分でやるという、人間としての生き方を最後まで全うしているような人でした。面白かったのは、役者はしっかりした特徴のある顔だと良い役者にはなれないと言っていたところです。似顔絵に書きやすいような顔だと、それぞれの違う役になれないと言うんです。で、監督が意地悪して、”石原裕次郎さんのような人はどうなんでしょ。”って言うと、スターは別なのよって。スターはスターだから、それだけで良いというようなことを言うんです。これ、彼女は言わなかったけど、スターになっちゃったら、役者は諦めるしかないという事だと思うんです。もう、イメージが強くついてしまったなら、色々な役は出来ないってことじゃないかなと。確かに、石原裕次郎さんも、吉永小百合さんも、高倉健さんも、そのイメージが強すぎて、彼ら以外は出来ませんもんね。スターなんだから、それでいいんですよ。樹木さん、よく解っているなぁと思いました。「モリのいる場所」の撮影時もドキュメンタリーを撮っているのですが、沖田監督と樹木さんの感じも良かったなぁ。山崎さんとの共演も、楽しんでやっていたようで、面白かったです。この映画、まるで山崎さんと漫才をしているようで、本当に笑えるんです。大好きな映画です。もっともっと、楽しい場面が沢山あって、樹木希林という役者を、上手く切り取ってあったと思います。私は、この映画、超!お薦めしたいと思います。ドキュメンタリー映画なので、ストーリーなどはありませんが、”役者というものは”という事を、樹木さんが語っているようで、とても楽しめるドキュメンタリー映画だと思いました。ぜひ、観に行ってみてください。ぜひ、楽しんできてくださいね。・“樹木希林“を生きる|映画情報のぴあ映画生活 一切なりゆき 樹木希林のことば (文春新書) 880円 Amazon 樹木希林 120の遺言 ~死ぬときぐらい好きにさせてよ (上製本) 1,296円 Amazon 日日是好日 2,500円 Amazon モリのいる場所 [DVD] 3,483円 Amazon あん DVD スタンダード・エディション 2,821円 Amazon

    たくさん共感されています

    「"樹木希林"を生きる」素晴らしい役者”樹木希林”さんをこの映画で感じてください。
  19. までに追われる実話映画化なんですけど、男気に溢れメッチャ熱くて面白い作品です!!なんか設定が『ランボー』なんですよね翌年に『ランボー』が製作されている事から本作品が影響を与えたと思いたいです!地味な展開でジワジワ迫るヤツかと油断していると結構やられますよ😏B級映画ギリギリのきわどい線をキープしながら、メッチャ快調に飛ばしてくれます!主演は、逃げる元特殊部隊の男ジョンソンにチャールズ・ブロンソン、追う警察騎馬隊長ミレンにリー・マーヴィンという二大スターの共演です!【この映画の好きなとこ】◾︎山小屋襲撃元特殊部隊員とあって、まさにランボーばりの活躍が突如始まるんですもん!急にテンション上がりますよ!!開けてビックリ!うそー!そんなとこにいる!?ダイナマイトで吹き飛ばされた山小屋から無傷で飛び出すジョンソン!カコイイ!!◾︎通じ合うふたり土地への執着や、正当防衛でしか人を殺してないことを理解している警察隊長ミレンは、ジョンソンにリスペクトとシンパシーを抱いている追われるジョンソンと追うミレンが双眼鏡を覗いた時に2人の視線と心が通う名シーン!ことばはいらない◾︎空軍との対立空軍大尉のタッカーが指揮を執り、ミレンらを配下に置こうと目論むも対立新たな緊張が生まれいい展開!ミレンが譲らないのは、ジョンソンを理解しているのは自分だけと自負しているから◾︎ビル・ルース(ヘンリー・ベックマン) ある意味、本作で最も興味深い人物!警察に追われる事態を予測しジョンソンに逃げるよう勧めたが、彼の首に賞金がかかると狩る側にまわるクライマックスでもある重要な役割を果たし、見事な伏線回収もこなします◾︎焚き火にて ※ネタバレ町民から「一緒にジョンソンを追わないか?」と誘われるもビルは「ひとりでやる」と町民2人を射殺!世間を騒がせている金歯泥棒である事実も披露され、実は恐ろしいサイコパスである事がわかる戦慄のシーンマジヤバいやつ◾︎大ジャンプ!!飛行機から浴びせられる機関銃で崖に追い詰められたジョンソンが見せる決死の大ジャンプ!すげー!!あれ?やっぱ『ランボー』だよね🤔◾︎仲間割れタッカーが乱射する飛行機搭載機関銃の弾丸が、ミレンの仲間であるサンドッグに当たる元々嫌ってたタッカーめがけ、迷わず撃ち返すミレンとアダムスが凄い!おもしろい!タッカーてめー!!バキュン!どかーん!!😃◾︎再び対峙するふたり国境間近で対峙するジョンソンとミレンミレンの銃がジョンソンを捉え、またここで交わされる無言のやりとりが最高なんです!逃げたら撃つぞのミレン!一歩踏み出せば国境越達成だけど、ミレンの赦しなしに逃げようとはしないジョンソン!コレはミレンへのリスペクト!カコイイ!ミレンをジッと見据え答えを待つ…◾︎結末 ※超絶ネタバレ!マジ注意!銃を下げジョンソンを見送ったミレン事の顛末を察した若い部下アダムス巡査に「オレはもう歳だから引退する。ここの始末はお前に任せるから好きなようにしろ」と、逃亡ほう助をした自分の処罰と、足元に転がる死体をジョンソンとするか、すべての判断を委ねるミレン殺気立った町民が迫ってくるなか、アダムスはどう判断処理する??まさにおもしろい映画です!!激熱シーン多数ですが、肩を張らずに気軽に観られる作品でもあります!ジョンソンとミレンの奇妙な関係がなんともおもしろいです!特に"あわよくば国境を越えて欲しい"と願いながらも職責を果たさなければならないミレンには同情しちゃいますね『ランボー』との類似点を指摘しましたが、その『ランボー』の原題(FIRST BLOOD = "先に仕掛けたヤツ"を意味する)までもが、本作のテーマと合致してますよね?ジョンソンも犯罪者に仕立て上げられた被害者ですでも悲壮感がなく、スッキリしたエンディングがまた好きなんですよねーカナダの壮大な景色もたっぷり楽しめますから、ぜひご覧ください!!コレ観ないのはマジでもったいないです!!ピーター・ハント監督作品こちらも😌女王陛下の007

    たくさん共感されています

    デス・ハント
  20. 八つ墓村 DVD] 2,700円 Amazon このときのトヨエツ金田一は、「かっこよすぎてクラクラするわ」ってくらいかっこよかったのよぅ。BS・吉岡八ツ墓村の良かったところ。■美也子さん。「貞子かよ!」告白のときの美也子は、ホラーでした。■なんやかんや言うても吉岡金田一はかわいい■ババァーーーー!相方がおらんくなったら、そんなことすんのかい!BS・吉岡金田一のイマイチだったところ。■村上虹郎が、言うほどイケメソに思えない(個人の嗜好です)。■美也子さん、破傷風ならもっと…こう…もっと震える舌に!■ちょっと音楽のチョイスが鬱陶しいところどころ絵面が、「いまどき、グレイヴ・エンカウンターズちゃうねんから…」なのもどうかと思いました。さて、次回作は、悪魔の手毬唄なのか!それとも、本陣殺人事件?でも、悪魔の手毬唄は現代人にも、「そらあかんわ、KILLしたくもなるわ」とご理解賜われそうなんじゃが、本陣は、「そんなことでかよ!」と、なりそうなので、やっぱ悪魔の手毬唄?「悪魔の手毬唄」は、パリのおばさま以上にリカさんにふさわしい方がいるのだろうか。「仮面舞踏会」やるまで、金田一シリーズやめないでお願い。「車井戸はなぜ軋る」(金田一がいないverも面白かったっす)や、「トランプ台上の首」や、「貸しボート十三号」もやってほしい。無理ですか?ポチ~!↓にほんブログ村