9/15の記事ランキング

  1. ・・・✤BLを含む完全妄想のお話です✤・・・智くんが忙しくなるとますます会うことが難しくなったが、メッセージだけは毎日欠かさなかった『寝てる間に帰っちゃうなんて、寂しかったんだからね?!』あの日何も言わずに帰ってしまったことをいつまでも拗ねてるのは可愛く「俺だって会いたいんだからね?!」そう言い返したいところだが、大人としてぐっと耐えた子どもたちが夏休みに入った7月下旬、ついにRYzがCDデビュー、日付が変わると同時に動画サイトでMVが公開されたミディアムナンバーの恋愛ソングは、落ち着いたメロディーで心地よさがあり、耳に残るリズムや夏にピッタリの爽快感もあってすでにファンだという人たちからは絶賛の嵐誰これ?!なんてコメントもあったけど、そのほとんどにはかっこいいとか歌が上手いとか付け加えられていたみるみるうちに増えていく再生数に感動し「智くん、凄くかっこいいよ!」朝早いと言っていたから返事はなかったけどメッセージで伝えて、瞼が閉じるギリギリまで何度も繰り返し見て、智くんの歌声を聞きながら眠りについたその日はTVの情報番組に出ると聞いていたもちろん録画もしたけど、やっぱり直接見たかったからしっかりと起きてスタンバイ生放送なんて大丈夫なのかな?もはや親のような気分でその時を待ってMCに名前を呼ばれて登場、自分たちのことやデビュー曲などを紹介され、話を振られてもあまり多くを語らない二人クールでミステリアス、相葉さんが言ってたイメージを守ってのことだろうけど、素を知ってるだけに違和感はあるそれでも普段見る姿とは違う智くんにやはりドキドキとしたその週には歌番組にも出演した残念ながら仕事中だからリアルタイムで見ることはできなかったけど、授業を終えスーパーにも寄らずにダッシュで帰宅録画したものは保存用として、見逃し配信サイトでチェックやはりトークは弾んでいるようには見えなかったけど、共演していた事務所の先輩にフォローしてもらっていざ歌い始めたらデビュー曲とは思えないほど堂々としたパフォーマンス、MVにはなかったダンスも初お披露目「何これ、かっけぇ!」どのベテランアーティストよりも輝いて見えたCDは相葉さんからいただいていたが自分でも予約していた『恥ずかしいからいいのに……///』初回特典のフォトブックが恥ずかしいという智くんに、保存用なども含めて3枚購入したことは内緒その3枚が貢献したとは思えないけど、初週売上げはデビュー曲としては異例の記録を打ち立てたTV番組、ラジオのゲスト、雑誌、動画チャンネル塾では授業前に子どもたちが話題にしてるのを耳にしたりRYzを見ない日はないと言っていいほど日々会えないのはもちろんのこと、メッセージもその日のうちには返ってこないことが多くなって「忙しそうだな、体壊さなきゃいいけど……」心配も増えていったそしてやはり寂しさもあってその活躍を素直に喜べない自分がえらく器の小さい男に思えた 夏期講習も終え夏休みもあと一週間となったある日、ユリさんから潤くんの誕生日パーティーに来ないかというお誘いがあった日曜日だからちょうど休みだし、久しぶりに智くんにも会えると思ったら嬉しくて、迷うことなく行きますと返事をした当日、智くんは仕事だが夕方前には帰って来られるというのでそれに合わせて3時頃に直接家へ伺うとJ「さく、ぃらっちゃい!」頭にキラキラの王冠を被った主役が出迎えてくれた「潤くん、お誕生日おめでとう!」J「ありやと……///」「これ、どうぞ♪」3歳児へのプレゼントなんて何にしたらいいか迷ったけどJ「あっ、あんまんまん!!!」「塗り絵だよ」J「これでぬりぬりしゅるの?」「そう、これは色鉛筆」小さな手でも握りやすい太軸、芯も柔らかめで綺麗に発色される幼児用を選んだJ「さく、かけるようになた?」この前何も描けなかったから、そりゃちょっとは家でやってみたさでも、やっぱり人には得手不得手はあるんだよJ「ふーん……」「いや、でも今日は英語のカードも持ってきたんだよ💦動物が描いてあるでしょ、これなんだ?」J「わんわん!」「そう、これはドッグ!」J「どぉっぐ!」「おー、凄い!やっぱり潤くんは英語が上手いなぁ」J「えへへ……///」幼児は単純…いや、素直で助かるリビングで潤くんの相手をしてると廊下の方からバタバタという足音が聞こえ『潤、ただいま!』智くんが慌てて飛び込んできた画面の向こう側では毎日のように見ていたけど、ひと月以上振りに会ってみると少し照れくさくそれでいて、仕事終わりだからかまだRYzのリョウの雰囲気が残っているような智くんにどこか変な感じもしてでもJ「さとち、おちょいっ!」『ごめんごめん💦さくら先生に遊んでもらってたの?』J「これ!」『うわぁ〜、英語のお勉強してるんだ!潤はすごいなぁ』J「あとねー、これ、さくがくれたの♪あんまんまんのぬりぬりとー……えろえんぴちゅ!」『ぶははっ!潤、それを言うなら色鉛筆だよぉ(笑)』潤くんの言い間違いに笑う顔は俺の知る智くんで『やっぱり潤はかわいいなぁ♡』弟を溺愛するブラコンお兄ちゃんでそして『さくら先生、ただいま!あー、やっと会えたぁ、嬉しいなぁ♡』俺をドキドキさせるいつもの天然小悪魔だったさくら先生は立派なオタクだ(笑)コソッ…エロ鉛筆、使わせてもらったよ……そして嵐さん、結成記念日おめでとうございますまたこうして祝えること、不思議だけどやっぱり嬉しいね!ライブも配信されるしまだまだ終わってないなぁ♪

  2. 本日の「キミだけを見つめてる⋯」はお休みします嵐さん結成記念日のお話です苦手な方はこちらで回れー右、お願いします大丈夫な方、お付き合い頂けたら嬉しいです★∻∹⋰⋰ 💙❤️💚💛💜  ☆∻∹⋰⋰活動終了をしてから、久々に5人で集まった。久々に集まったとは言え、LINE『1999』は相変わらず、止まることなく、定期的に稼働されているし、俺と雅紀はあの頃と変わらず、一緒に暮らしているし、ファンのみんなからしたら、大きく変わってしまった思われているかもしれないが、俺たちからしたら、今までとあまり変わらずで、相変わらず5人でいることに、心地良さを感じていることに変わりはない。小洒落た居酒屋の個室を予約し、みんなで集まる。もちろん店に1番に来たのは、俺と雅紀。「あ〜、早くみんな来ないかな〜!」「ハハ、そう急かすな〜!!俺たち2人がせっかち過ぎるから、みんなとの約束の30分前に来ちまったんだから‪‪‪w‪w‪wまぁ、そこを考慮して早めに部屋は抑えといたから、良かったな!」「ほんとだね!!これで、部屋抑えてなかったら、店の外で2人で待つようだったね??」「マジでそれ!!雅紀なんて、スタイル良いし、オシャレだし、顔可愛いしすぐに身バレしちまうよな!!」「何言ってんのぉ///足長くて、顔ちっさくて、イケメンな翔ちゃんの方が身バレしちゃうよぉー♡♡」「いやいや、雅紀の方がだな⋯」その時、ガラッと個室の扉が開き、入ってきたのはニノと兄さん!「相変わらず、バカップルぶりは、健在なんですねw」「仲良きことは美しきかな〜!」「お、ニノー、兄さん!!久しぶりーー!!」「ニノー、リーダーー、会いたかったーー!!」雅紀が2人に思いっきり抱きつく!ニノは耳を真っ赤にさせながら、相変わらずの毒舌‪‪‪w‪w‪w「ったく、急に抱きつくんじゃないよー///そこも相変わらず力加減バカ男なんだから///」「ニノーー、照れない、照れない♡♡」「照れてませんからっ///」「くふふっ♡♡」相変わらずのチーム総武線も良き!!なんかこの2人見てると泣きそうになるんだよな〜、俺も歳取ったよなーwふと、兄さんに目をやると、兄さんも目を潤ませながら2人を見ている。さすが嵐の長男だな、ふふ。「悪ぃーー!!待たせたっ!!」勢い良く入ってきたのは、松潤!!末っ子感満載で、元気いっぱい入ってくる!「大丈夫、俺たちも今来たとこ〜!」ふにゃんと笑いながら、リーダーが答える。全員が席につき、頼んだビールのジョッキを手にし「それでは、皆様⋯結成記念日、おめでとうーーー!!!!!」「「「「おめでとう!!!!!」」」」おめでとうの後に、みんなでジョッキをカチンっとぶつけ合う。ゴクゴクッ⋯プハァーーーー!!!そこからはいつも通り、近況から仕事のこと、プライベートや趣味の事⋯そんな話で盛り上がった。やっぱ⋯楽しい⋯!!そして心地良いんだよなぁ〜!優しい時間にうっとりしていると、雅紀がみんなに質問をした。「ねぇ⋯みんなさ?嵐の曲って聞いてる??」「もちろん、聞いてますよ!」「おいらも聞いてるぞ、カレー作りながらとかな!」「俺も聞いてる、マネージャーがさ、嵐のファンで移動の車の中はずっと嵐‪‪‪w‪w‪w時々、他の曲にしてよって言うんだけどさ、『いや、何言ってんですか!違う曲にしたら、俺安全に運転できませんよ?』とか言ってくるんだよ‪‪‪w‪w‪wそんなこと言われたら、他の曲に変えられねーよな‪‪‪w‪w‪w」「俺と翔ちゃんも、デートとかドライブの時、あと家の中でもずぅーーっと嵐だよね〜♡♡」「あぁ!」「まーくんは、惚気たいだけでしょ〜、全く!」「でもさ、ファンの人たちもみんな聞いてくれてるって⋯ニノがテレビで言ってた通り、嵐はなくならないんだよね⋯。ずっと俺たちのそばに、ファンのみんなのそばにいるんだよね⋯!」「あぁ、そうだ、これからも嵐はずっと続いていくよ。みんなが嵐を愛してくれてる限り。」「俺たち⋯幸せだね⋯!」しんみりと⋯でも、あったかい気持ちになったところで会はお開き⋯!次は11/3だねって言いながら、みんなと別れた。帰り道⋯マネージャーの運転する車に乗ると、雅紀がポツリと呟いた。「翔ちゃん⋯?俺たち、これからもずっと嵐だよね??」「あぁ、これからも俺たちは、ずっと5人で嵐だ!!」繋いだ手にぎゅっと力が入ったのを合図に、俺からも強くぎゅっと手を握り返した。おしまい嵐さん結成記念日おめでとうございます💙❤️💚💛💜これからもずっと、ずっと⋯嵐が大好きです私達の隣にはいつも嵐がいます隣にいてくれる限り記念日をお祝いし続けたいと思いますいつも私に力と愛をありがとう嵐5人がこれからもずっと幸せで⋯笑顔でいられますように

    『5』
  3. Side−Sオレは櫻井翔。40歳、独身。大学の研究室で民俗学を専攻している。『民俗学』とは、一般庶民の日常生活や、口伝えで受け継がれてきた風習・伝承・信仰などを通して、文化の歴史を学ぶものだ。オレはその中でも『民間伝承』について調べていた。古文書などの文字記録だけでなく、口承、祭り、年中行事、昔話、俗信などを手がかりに調べている。久しぶりの休暇で、オレはとある港町を訪ねていた。此処は『人魚伝説』の残る海に面した田舎町。滞在中は、いつも大野智さんが営んでいる民宿にお世話になる。年齢が近いから、オレは時々『兄さん』と呼ばせてもらっている。「兄さん、久しぶり。また、お世話になります」「おう!よく来たな、翔くん!今日は良いのが入ってるんだ」「…へぇ?なに…?」「鮑と雲丹と、栄螺だ。翔くん、好きだろ?」智くんが採れたてのものが入っているであろう、発泡スチロールの箱を開けて手招きした。「うわぁあ…。凄い!おっきい!」「そうだろう?潤、これを獲ったのって…」智くんは弟の、漁協に勤めている潤くんに聞いた。「あぁ、雅紀だよ」「雅紀…って?」「今年から漁協に入った新入りなんだ。素潜りが上手くて、結構大きい物を獲ってくるんだよね」「言葉が喋れないんだけど、それもあるのかな…?いつも長く潜ってる」「ふぅん…?」「漁協にはもう一人、雅紀の弟の和也もこの4月から一緒に働いてるんだ。雅紀は高校卒業したての18歳、弟の和也は15歳で、今年中学を卒業して通信教育を受けながら働き始めたんだ。」「えっ?弟さんも…って、親御さんは?」「両親を事故で亡くしてるから、となり町の養護施設で育ったんだ。喋れないからって、親戚の誰も面倒を見たがらなかったらしくて、漁協がとなり町の施設を世話したんだ。」「あれからもう八年になるかな…」「海難事故でさ?遊覧船に乗っていて、事故に遭ったんだ。天候は悪くなかったのに、どういう訳か船が転覆してな…。乗船していた殆どの人が亡くなったんだ。たまたま近くを通りかかった漁船が、雅紀と和也だけを助けたんだ」「事故の後遺症なのか、二人とも喋れなくてさ。兄の雅紀のほうは、『あー』とか『うー』くらいは言えるんだが、弟のほうはひと言も喋れなくって、失語症だって診断されてた。」二人とも…?「ところで、今回の旅の目的って、まさかまた『人魚伝説』なんじゃ、ないよな?」「その、まさかです。『人魚伝説』は文献があまり遺っていなくて、おまけにあまり誰も調べたがらないんですよねぇ…」「んふ、相変わらず物好きだねぇ…」「それで、未だに独身ってわけか?」「ハハッ…お察しの通りです」その夜は、美味い海の幸に、旨い酒を飲み、旅の疲れもあってオレはよく眠った。次の日の朝、オレは海辺を当てもなく散歩した。潮の香りと波の音が心に染み渡った。ふと、耳を澄ますと歌声が聞こえてきた。その美しい声の持ち主が男なのか女なのか判別が付かなくて、オレは声のする方へと歩みを進めた。近づいてみると、潮風に吹かれながら岩場に佇む少年が居た。どうやらこの少年の歌声のようだ。「あの…キミ…」オレは声を掛けた。少年は驚いた顔で、オレを見た。「キミは歌が上手いね。名前はなんていうの?」「……。」黙りこくる少年に「オレは櫻井翔。大野智さんがやっている民宿に泊まってるんだ」と、話しかけてみた。「あ…あ」少年は手話で『僕は雅紀といいます』と、話した。雅紀…。もしかしたら、昨日話に聞いた雅紀くんか?そう思いオレは『今年から漁協に入ったって、キミのこと?』オレが手話で問いかけたからか、驚いてはいたけれど…『はい。よくご存知ですね?誰から聞きましたか?』『大野さんの弟さんの、潤さんからです』『あぁ、そうでしたか』雅紀くんは岩から降りると『どうして手話が出来るんですか?』と聞いた。『オレの母親も話せなかったんで、親子の会話は手話だったんだよ』『そうでしたか。立ち入ったお話を聞いてしまって、ごめんなさい』『いや。こちらこそ、突然話しかけてごめんね?あまりに綺麗な歌声だったんで、つい声を掛けたんだ』『綺麗だなんて、とんでもない』『いや、お世辞抜きだよ。心が洗われるような歌声だった。』『ありがとう、ございます』雅紀くんは照れ臭そうに俯いた。その仕草が可愛くて『しばらくは、あの民宿に居るんだ。また、雅紀くんに会いたいな。』と伝えた。『仕事終わりとか、休憩の時間には、大体はこの岩場に居ます』『じゃあ、此処に来ればまた会える?』『はい、多分…』オレは雅紀くんと指切りをして、明日も此処で会う約束を交わしたんだ。…つづく。

  4. Side−A救急外来の待ち合いで、俺と父さん、それに兄さんは随分と待たされた。「雅紀。階下の自販機で、飲み物を買って来てくれないか?」「分かった、コーヒーでいい?」「あぁ。雅紀も何か買って飲みなさい。お金はこれ、渡しとくから」「はい…」俺は兄さんからお金を預かると、自販機のコーナーに行くふりをして、階段の踊り場で二人の話を聞くことにした。盗み聞きは良くないことだと分かっていても、きっと母さんのことを話す筈だし、俺には多分聞かせたくない話だと直感で思った。『遥はなんで倒れたんだ?秀明は何か知ってるんだろう?』『…やっぱり、父さんには隠しておけないね…。実は、雅紀のことなんだけど…』『もしかして、今日の答辞のことか?』『…うん。本来なら生徒会長を務めた雅紀が答辞を読む筈だった。だけど、文化祭に雅紀が櫻井くんのことを「恋人だ」って宣言したでしょ?あれを問題視する保護者が居たんだよ。』『雅紀はそれを知ってるのか?』『うん…。答辞を他の生徒が読むことになったって、どうしたって理由を言わなきゃならないから…。それだけは言ったんだけど…。雅紀のこと、理事長の息子だから庇うのか、みたいなことを言われた上に…』『まさか、それを口実に、そんな息子を持つ遥は、理事長に相応しく無いとか言ったんじゃ…』『よく分かったね。それも、かなり追及されたみたいで…』『オレと母さんが離婚した時にも、同じようなことがあったからな…』『そうだったね…』『それにしても、雅紀が息子だってどこから漏れたんだろう…』『そんなの、少し調べれば誰にでも分かるんじゃないのかな?』『それにしたって…』『卒業式が無事に終わって、きっと、張り詰めていた糸が切れたんだろうね…』『それだけ、心労が重なっていたという訳か…』『多分、ね…。このこと、雅紀には…』『言わねぇよ。言うわけないだろ?』『そうだよね…』そんなことがあったんだ…。俺の所為で母さんは、理事長を辞任に追い込まれてたんだ。「お待たせ…。父さんも兄さんも、コーヒーで良かったんだよね?」「それにしても遅かったな。何処までコーヒー買いに行ってたんだ?」「自販機のある所は直ぐに分かったんだけど、病室に上がる階段がどっちか分かんなくなっちゃって…」「雅紀はたまに方向音痴になるよな?」「たまに、か?」「えーっ?ひどいなぁ、父さんは…」「オレはたまにって言ったからな?」「兄さんのその言い方も、あまり変わらないと思うけど…」『お待たせしました…』看護師さんに声を掛けられ、病室に入るように促された。母さんはしばらく入院することが決まり、兄さんは『理事長不在』の後始末に追われるからと、帰って行った。俺と父さんは、面会時間ギリギリまで病室に居た。蒼白い母さんの寝顔は、何だか別人に見えて、悲しかった。父さんは「折角、卒業祝いの日なんだし、ちょっと良いものを食べて帰ろう?」と、普段は行かない和食の店に連れて行ってくれた。すき焼きを食べながら思い出すのは母さんの蒼白い顔で…俺は父さんに心配掛けたくなくて、無理やりすき焼きを詰め込むように食べたけれど、あまり味がしなかった。店の窓から眺めた夜景を見ながら、俺はふと、翔ちゃんに会いたいな…と思っていた。…つづく。

  5.  固い何かがある。どうやって取り出そう……。珠希は考え込んだ。そして、何か道具にならないか、周りを見回した。木の枝は沢山落ちていた。それと落ち葉、枯れた草、蔓。 珠希は、穴に入る太さと幅で、先が二股に分かれている枝二本選んだ。念のため、一本を穴に入れて届くか確かめる。充分届いた。それから生えている葛の蔓から、柔らかいものを選んでちぎり取った。二本の枝を交差させ、その中央を動かせる程度に蔓でくくった。試しに握ってみると、ハサミのように先端が開いたり閉じたりした。「これでよし」 珠希は、自分にかけ声をかけるように独り言を言った。 ハサミのように開いた状態の枝を入れて、中の何かを取り出すのは大変だった。位置が掴めず、最初のうちは奥に押し込んでしまった。だんだんと奥深く入っていく様子に、珠希は諦めかけた。けれど、完全に奥まで行き止まってからは、何度か先端の二股の枝がその物に掛かった。 珠希は、それからは諦めなかった。両方の枝の二股部分で、挟み込んだ手応えを感じると、ゆっくりと外れないように引っ張り続けた。 何かが見えてきた。その艶やかな何かは、光を反射した。 ガラス瓶だ。木の箱じゃない。 穴の入り口に見えた瓶に、珠希は手を止めた。慎重に木の枝を外すと、手で取り出した。 小さなジャム瓶だった。鉄製の蓋は黒くなり、何のジャムかは分からなかった。少し汚れた瓶の中には、黒い布で包まれたものが入っていた。珠希は急いで蓋をひねった。けれど、固くなり動かなかった。 足元に転がっていた石を拾い、蓋の縁を軽く何度か叩いた。カツン、カツンと鈍い音がした。もう一度力を込めてひねると、今度は蓋が動いた。 珠希は瓶をひっくり返すと、手のひらに出した。黒い布の中には固いものがあった。 もしかしたら……。そうであってほしい。 珠希は、そろそろと手の中の黒い布を開けた。中には、二種類の大きさの黒い石があった。紐がついている。 一、二、三。 珠希は黒い石の数を数えると言った。「曾ばあちゃんの腕輪だ」

    未来夢 45 第八章 本当の力 4
  6. ここから翔サイドです。「えっ、なんだって。わかった、すぐに行く。」腕時計を横目で見る。智の手術は正午から・・かなり時間がかかるとは聞いている。それは素人の俺でもわかる。頭の手術なんだから、簡単な訳がない。だからこそ、手術前の智に一言掛けたかった。頑張れって・・・それなのに、そんなときに限って問題が起こる。来週、大型音楽フェスを開催する会場で、電気配線の大量盗難が起きた。早く代替器を用意しなくてはならない。「くっそ、こんな大事な日に。コソ泥やろう、地獄に落ちろ!」「まあ、物騒なこと!」事務所を出たところで、思わず罵った俺の言葉に返事が・・「翔、イライラするのはわかるけど、仕事優先でね。智君なら、そう言うわよ。」「華姉!」「安心して、私が行くから。翔は手術が終わってから、ゆっくり来なさいね。財前先生が執刀するのよ、大丈夫。絶対に治るわ。」「わかったよ。でもさ、どうしてここに?」「叔母様から荷物を頼まれたの、叔父様に届けて欲しいって。」「そりゃ、どうも。お世話様。じゃあ、俺急ぐから。」「いってらっしゃい。」そうだよ、神の手を持つ医師が執刀するんだ。治るさ・・・・絶対に・・手術後の智にお疲れ様って言ってあげよう。俺は、部下の運転する車に乗り込むと、頭を仕事モードに切り替えた。トラブルの解決に案外時間が掛かった。社に戻ったのが3時・・まだ智の手術終わらないよな。でも、3時間だからな・・頭の中でぐるぐると考える10分くらい迷った俺は、結局華姉に電話を掛けた。「華姉、どう?手術・・」「まだよ、翔。時間かかるって聞いているでしょう?仕事が終わってからで大丈夫よ。」「そうだけどさ・・・気になって・・」「仕方ないわね。来ても病室に誰もいないわよ。」「華姉、今どこに?」「家族待合室よ。智君のお父様もさっき見えたわ。」紅嵐先生もいるなら、智も心強いよな。「だから、翔。わかった?」ピン華姉の電話のバックで高い音が鳴った。「あっ・・・智君」華姉が俺と話している電話を顔から離した。「先生!智君は‥智君は大丈夫ですよね・・」出てきたんだ智。「華姉、俺行く。今から行くよ。」俺は、華姉の返事は待たずに事務所を飛び出した。病院に着いたけど、どこに行けば智に会える?聞かなかった・・手術は終わったんだから、手術室にはいないだろうし・・迷った挙句、受付に聞いてみた。「大野智様は、今ICUにいらっしゃいます。場所は・・・」俺は頭を下げると、速足でエレベーターに向かった。

  7. あのう、すみません昨日の記事で、ご紹介を忘れてました「トルコ雑貨マンタル」さんトルコ雑貨マンタル*トルコ雑貨マンタルさんのブログです。最近の記事は「政府が、国民に絶対に見てほしくない映画(画像あり)」です。ameblo.jp四日市近鉄百貨店での出店は23日までそのあとは9月25日-9月29日 石川県 金沢エムザ1Fですー可愛いお嬢様がお迎えしてくれますお近くの方はぜひどーぞさて...今日はこちらの記事をリブログしますのでまずはご覧くださいませマンタルさんの記事を見て気にかかっていたんですけど一昨日お会いした時にこの告知チラシをいただいて昨日、行ってきましたで、これをみなさんにどうお伝えすべきか、いろいろと迷ったんですけどこの映画、実際にあった事件で「ナマナマしい実際の音声」を軸に「事実を再現」したものなので一度、事件を整理してみますこれから貼り付ける画像・映像・音声は実際のものです事件が起きたのは2024年1月29日🔵 ガザに住む5歳の少女・ヒンド・ラジャブ叔父・叔母と4人のいとこ、計7人で車でガザ北部から避難を始めていました🔵 その途中、車が銃撃を受け、叔父・叔母といとこ3人が即死この時点でヒンドと、いとこのレヤン・ハマダは生存🔵いとこの レヤンがパレスチナ赤新月社(イスラム圏の赤十字ね)に電話このとき電話を受けたのがパレスチナ赤新月社(PRCS)中央オペレーションセンターのオマル・アル=カムPhoto:Omar Alqam on Facebookしかし電話途中で銃声が聞こえ電話が途絶えます(実際に銃声が聞こえ、この時点でレヤンが息絶える)🔵 6人の遺体を目の前に一人車内に残されたヒンドとPRCS職員が電話で連絡を取り続けます(最初の電話から最後まで3時間半)実際に電話で話をしていたラナさんPhoto:Rana Faqih(PRCS)/ la Repubblica話している途中、また銃声ヒンドさんが被弾直前、ヒンドさんは「戦車が近くに来た」と話していますこの時の実際の音声ですVideo: Quds News Network🔵 夕方、PRCSはヒンドを救出するため、救急車を現場へ向かわせました。救出に向かったのは、ゼイノとマドゥーンPhoto: acent.comしかし、救急車がヒンドさんのいる車に到着する寸前爆発音と共に二人との通信が途絶えますイスラエル軍がその場所から撤退したのは音声が途絶えてから12日後2月10日爆破された救急車の残骸とヒンドさんと親戚が乗っていた車が見つかりました戦車の砲弾を浴び、救急隊二人の遺体は... 粉々にPhoto: GMAPhoto: BBCヒンドさんの乗っていた車は335発の銃弾痕が残されていました救急車の残骸はヒンドさんの乗っていた車のわずか50メートル手前救出直前に戦車の砲撃を受けたことになります当時のニュース映像が残っています救急車の姿Video: Quds News Network救急車への砲撃がなければヒンドさんの命は助かっていただろうと思うで、この映画はここに記した事件の詳細、特にヒンドさんとの3時間半にわたる会話の録音音声をベースに、救急車が爆破されるまでを忠実に再現したものどのように評価するかは観る人それぞれ異なるだろうと思いますけれども私自身は...こんな映像は毎日のように流れてくるのでどうしてもこれらと重なってしまって「映画」としては見れなかったんですよねそもそもハマスだろうが民間人だろうがIDF(イスラエル軍)の兵士にとって区別はない(一部の兵士だと信じたいけれども)これ見てもらえばわかりますHamzah on Instagram: "Israeli soldiers admitting to war-crimes on camera. Free Palestine 🇵🇸"41K likes, 1,995 comments - hamzahs1948 on June 27, 2025: "Israeli soldiers admitting to war-crimes on camera. Free Palestine 🇵🇸". www.instagram.com日本のメディアは遠慮がちに伝えていましたが11日に行われた新任のナボン駐日イスラエル大使の会見彼は「我が国は国際法を誰よりも守っている」という趣旨のことを話し、国際人道法にも触れているでは問う民間人や救急隊員を狙うこうした行為が国際法、とりわけ国際人道法が最も厳しく戒めている行為であることを理解しているんだろうか日本政府も、メディアも、誰も指摘しないんだろうか確かに2023年10月7日ハマスがイスラエルへの攻撃を始めなければここまでの酷い事態にはなっていなかったと言える会見を全部見て胸クソ悪くなる部分はいくつもあったけどPhoto: JIJI.com聞く耳持たずに一方的に批判するのはアタクシの良しとするところではないので認めるべきは認める必要はあろうしなるほど一理、という部分もあるにはあるしかし...イスラエル軍がこの場所から撤退するまでの12日間7人の遺体はこの車の中に放置されたままでしたハマスの脅威だ、イスラエルの安全保障だ、10,000歩譲ってそれらの主張を受け入れたとしてもこんな行為は絶対正当化できませんねま、あたしゃハマスとイスラエルのモメゴトなんざこれっぽっちも興味ないこの先何年経とうが、、いくら声を上げようが解決はまず不可能ただしただ「ガザに生まれた」というだけで何の罪もない人々の命が奪われていくこんな「人の道から外れた行為」は私たちが声を上げ続ければやめさせることが出来るんじゃないか先月19日IDF(イスラエル軍)は自軍兵士がその車に発砲したことを認めました22日刑事捜査が開始されたことをイスラエルメディア・タイムズ・オブ・イスラエルがヒンドさんの母親のコメントを掲載して伝えています2年以上かかりましたが、これも、多くの証言や事実を伝え続けた赤十字、そして各国のメディアがイスラエル政府を動かしたといえます日本政府は日本のメディアは何をした?最後になりますがこの映画を見て感じたことを素直に言うなら「これが戦場のリアル」ということですそれとて、戦争のほんの一場面に過ぎない現実はもっと悲惨なものに違いない憲法改正だ非核三原則見直しだそんな勇ましい言葉を吐く「戦争大好き」な政治家やメディアの方々にぜひとも見ていただきたい映画ですねいつか我が身が、大切な人が、子や孫がこうならないという保証はないこちらに全国の上映スケジュールが掲載されていますので映画『ヒンド・ラジャブの声』公式サイト第82回 ヴェネチア国際映画祭 銀獅子賞受賞<審査員グランプリ>含む、驚異の<八冠>を記録!! 第98回 アカデミー賞 国際長編映画賞ノミネート 9月4日(金)より新宿武蔵野館、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、シネスイッチ銀座ほか全国公開hindrajabjp.comみなさまもぜひ一度ご覧くださいませんでは、今日はこのへんでまた明日🖐️

    たくさん共感されています

    ”政府が、国民に絶対に見てほしくない映画”  〜 戦場のリアル、戦争好きな人たちに見てほしい映画
  8. 「いらっしゃいませ!順番にお聞きします。少しお待ちください!」「JJ à la Montagne」の前に長い行列ができるのは、もう毎週末の見慣れた光景だ。パリの街角のような外観の店に、深いグリーンとベージュの縞模様のオーニング、その下のテラス席で楽しそうに語らう若者たち。ユチョン考案跳ね上げ式の大窓から注文を聞き、テイクアウトの「ザクザクシュークリーム」や「デニッシュ・オ・フロマージュ」を箱に入れてさばいていく。みんなジェジュン達の店のロゴが入ったカップのコーヒーを持ちながら歩いていた。ジェジュン達の店は、週末に村にやって来る若者たちの格好の「映えスポット」になっていた。彼らがSNSにあげる、山の美しい景色とジェジュンの店の美味しそうなパンやドリンク、そしてジュンスシェフのランチ。オシャレな店の外観、テイクアウトしたパンを美しい景色の中で食べる姿、週末だけの開店、そして長い行列の希少性。「JJ à la Montagne」へ行き、SNSに写真をアップするのがトレンドになっていた。だが一番バズったのがコレ。『イケメンだらけのカフェ』キャスケットを被ったバン職人のジェジュン、カスタードを作るユノ、料理を出すジュンス、ラテアートに奮闘するチャンミン、客と楽しそうに笑うユチョン。こんな田舎に、揃いも揃ったイケメン達がいる!と女性達は夢中になった。「これはね、隠し味にジンジャーが入っているんだ」「あぁ!だからサッパリしているんですね」「そういう事^^」連日やって来るインフルエンサーの相手や、SNSにあげるための写真を撮るのはユチョン担当。4人ともこういった派手な人種が苦手なのだが、ユチョンは上手くあしらいながらもちゃっかり宣伝。とんでもない田舎なのに、どこか都会の匂いがするユチョンに声をかけやすかったのかもしれない。だがユチョンのおかげで「JJ à la Montagne」はバズりにバズった。『今噂のJJに行ってみた』と店の名前にも愛称が付き、5人の隠し撮り動画と共にSNSで途切れる事なく流れ続け、しまいにはテレビの取材も来るようになった。美しい景色と美味しそうなパンやランチはテレビとも相性が良く、数分流れただけで若者がどっと押し寄せた。特にジェジュンとユノの傑作「ザクザクシュークリーム」と「デニッシュ・オ・フロマージュ」は長蛇の列ができるほど売れ、多い日にはそれぞれ1000個ずつ売れたのだ。あまりにバズって村人たちが買えないので、村人分は注文を受け付け、チャンミンの診療所で別売りした。わざわざここで働きたいと隣町からやってくるバイトもいて、心配だった労働力も確保。村長はこの機会を逃すまいと、様々なイベントを企画し、ジェジュン達の店だけではなく村にも人を呼ぶことに成功した。登山客の為の店を増やしたり、自転車で美しい景色を見ながら走るコースを作ったり、農業体験や、村の特産品である野菜や漬物の売り上げも順調に伸ばし、少なからず移住者も増えるようになった。人が増えれば店が増え、移住者が増えれば子供も増え、学校、病院、インフラも整備されていく。まさに「村おこし」が目に見えて起こっていく。何をやっても住民が増えず、頭を抱えていた村役場。村長をはじめ、村役場の人たちにジェジュン達は涙ながらに感謝された。だがジェジュン達の日常は何も変わらない。「ふぃ~お疲れ~。ユチョン、テプン達大丈夫だった?」カフェ閉店の片づけをして、二階のリビングでまったりするジュンスとユチョン。ユチョンは夕方からユノたちの家まで登って、ヤギやテプン達の世話をして来たのだ。「あぁ。もう慣れたみたいだな。自分達でヤギを小屋に入れて、玄関で待ってたよ」「フィーは賢いからね。ユチョンも山の往復お疲れ様」「ジュンスこそ、カフェの厨房は全部ジュンス任せだから。疲れただろ?」「俺は大丈夫。疲れたのはジェジュン達だよ。深夜からずっとパンを焼きっぱなしなんだから」「あいつら、もう寝たのか?」「うん。だから静かにね」ユノたちの寝室では、キングサイズのベッドに二人が抱き合うように眠っていた。ユチョンがシャワーを浴び、温かいお茶でまったりするジュンス。ジュンスがシャワーを浴びている間に、ユチョンはSNSのチェック。ユチョンはジュンスをマッサージしながら、二人で動画を見たりして幸せな時間を過ごした。深夜2時。起きて来たジェジュンとユノは、眠っているユチョンたちを起こさないよう静かに下へ降りた。そのまま無言で、お互いの仕事に没頭していく。聞こえるのはオーブンの音やミキサーの音、ユノが卵を割り、ジェジュンは生地をこねて成型する。2時間ほど無言で働き続け、午前4時に軽い朝食とお茶の時間が始まる。ジェジュンが入れた紅茶を飲みながら、焼き立てのパンやサンドを食べ、やっと笑顔が出る二人。注文のパンを確認したり、カスタードの分量を確認しながら、ユノは優しくボディタッチを忘れない。「昨日はシュークリームの売り切れが早かったから、もう少しカスタードを増やすか…」「そうだね。でもユノ大丈夫?カスタードは力仕事だから…」「こんなもん畑仕事に比べれば楽勝だ。それよりチーズは足りそうか?」「うん、なんとかいけそう」ユノは天井を見ながら言った。「あ~…やっぱジェジュンが淹れてくれる紅茶は上手いな…」「え?何?急に…」「俺さ…ジェジュンがいない時、ずっと紅茶飲まなかった。なんか、自分で淹れたくなくてさ」「そうなんだ…。あ、でも僕もソウルで紅茶は飲まなかったかも。いつもコーヒーばかりで」二人は顔を見合わせて、カップをカチンと合わせた。「畑仕事の合間や、こうやって厨房で休憩したり、二人で飲む紅茶が美味いよな」「うん。そうだね」「そういえば、ジーさんとバーさんもよく一緒に紅茶飲んでた。あの時はよく分からなかったけど、今はよく分かる。きっと二人も、今の俺達と同じような気持ちだったんじゃないかな…」「素敵な話だね…。僕達もそんな関係でいれたらいいよね」「一日一日を一生懸命生きてたら、きっとそうなれるような気がする」「うん…きっとそうだね…チュ♡」二人は立ち上がり、また黙々と働き始めた。ジェジュンはパンをこねながら思った。ソウルにいた頃、「幸せ」とは自分の苦しみを消してくるような、特別な事のような気がしていた。でも違った。眠い目をこすりながら一生懸命働く、汗水たらして畑を耕す、そんな時ふと見ればユノがいる。疲れた体を休めながら一緒に紅茶を飲む、そんな紅茶が美味しいと思える、今日と同じ明日があると信じられる。こんな日常、何の変哲もない日々、それを一緒に過ごしてくれる人がいる、これこそが幸せなんだと。そんな幸せをこのパンに込めたいと思った。このパンを食べた人が、幸せになってくれるように。そして山の景色を見て、一瞬でも心が安らかになってくれますように……。香ばしい香りの中、次々と美味しそうなパンが焼き上げられていった。「おはようございまーす」「おはよう」朝7時、バイトやパン職人が続々とやって来て、店が賑やかになる。職人たちは与えられた仕事を黙々とこなし、バイトちゃんたちは総菜パンを作っていく。朝8時、掃除を終えた店に、焼き上げられたパンがキレイに並べられ、カフェにもパンを収めていく。カフェには仕込みを始めるジュンスやバイトがいて、ジェジュンのパンを使って仕込みが始まる。朝9時、パン屋が開店し、店の前に並んでいた人達が嬉しそうに店内に入って来る。それと同時に、ザクザクシュークリームが10個単位で売れていく。「ザクザクシュークリームとデニッシュ・オ・フロマージュ10個ずつですね」「ありがとうございます!次のお客様どうぞ!」裏ではカスタードを切らすまいと、ユノが大汗をかきながら何度も作っている。そのカスタードを使って、職人たちが次々と店にシュークリームを収めていく。朝9時半にカフェが開店し、次々とお客が入って行く。テイクアウトのコーヒーや抹茶ラテも飛ぶように売れていく。ランチ時に売れるジェジュンのクロワッサンを使った「クラブサンド」が箱に山積みになっているが、それもすぐに売れてしまうだろう。柔らかい笑顔で接客をするユチョンが、若い女の子たちと写真を撮って、ジュンスがジロリと厨房から睨んでいる。そんなジュンスにユチョンはウィンクし、店はどんどん忙しくなる。午後2時、ジェジュンとユノは仕事を終え、バイトと職人に任せて2階に上がる。やっとちゃんとした食事をとり、仮眠をしたりまったりと過ごす。その頃カフェは大忙しで、厨房は戦場のようになり、ジュンスが中心になって客をさばいていく。午後5時、パン屋は閉店し、ユノがレジを閉め、ジェジュンは来週の準備をする。午後6時、カフェも閉店し、ユチョンは片付け、ジュンスが5人の夕食を準備。バイトが帰ったら、5人でささやかな打ち上げが行われる。「今日もめちゃくちゃ行列できてたね~。完売?売上いくらだった?」「完売だ。売り上げは~…1000万(ウォン)行ったな」「すっげー!やっぱ回転数が違うからなぁ~。カフェはせいぜい800万(ウォン)だよ」「ジュンス、ソウルでも一日で800はなかなかないぞ」「パンは原材料がかかるからね。でもこの調子で行けばすぐに返済できそう!そしたらみんなで旅行に行きたいね~♪」「行きたい!行きたい!どこ行く?」全員の答えは同じだった。「やっぱり海でしょ!!」山で暮らす彼らは、海に行きたいのであった…w二人で飲む紅茶が美味いよな※※※イケメンだらけのカフェ&パン屋はバカ売れしましたwジェジュンが思う「幸せの定義」は若い頃には思いもつかなかった言葉です。ワタシも年齢を重ね、やっとこんな文章が書けるようになったかと。そう思えば、歳を重ねる事も悪くないように思います^^

    Moon Drops~月の雫 31
  9. 俳人へのインタビュー 36●芳野ヒロユキさんの巻(「窓の会」常連、するが路句会主宰)以下の質問に話し言葉で答えてください。1:生年月日、生まれた場所を教えてださい。誕生されたその折、すぐ近くにあった(いた)ものは何でしょうか。想像してお書きください。1964年8月30日、当時の周智郡森町だと思います。近くにあったのは幸福のはずです。2:俳句を作るようになったきっかけを簡略に。初期の1句を教えてください。復本一郎先生が顧問をしていた静岡大学俳句会に参加したのがきっかけです。俳句を作り始めて2年目、その俳句会で坪内先生に認めてもらった俳句が「冬の日の回転木馬の鼻の穴」です。3:あなたの代表的な3句を並べてください。そのうちの1句についてコメントをどうぞ。カタバミは山崎自転車屋のおやじ花鋏チューとリップに切るなんてクラス替えなんだかみんなチンアナゴクラス替えは新季語のつもりです。教え子たちから人気がある俳句で、私にとって大切な俳句です。4:好きな季語1つを挙げてください。好きな理由もどうぞ。桜です。作ってきた俳句のなかで一番多く作っているから。5:好きな動植物を1つを挙げてください。好きな理由もどうぞ。桜です。名前が芳野だから。6:あなたにとって俳句の魅力は何ですか。インプットとアウトプットの両方を兼ね備えていて、さらにオーガナイザーとしての役割もあるから。7:以下には自由に何かを書いてください。出来れば俳句以外のことを(400字以内)。夏に京都へ行く機会があると必ず立ち寄るのが錦市場にある川魚専門店の「のとよ」さんです。鮎の塩焼きを食べるためです。その後は立ち呑み処「賀花」さんでお隣の「錦・高倉屋」さんの京漬物で一杯二杯。商店街のお店もずいぶんと変わってしまったけれどこの二店はなくならないでほしい。

    俳人へのインタビュー 36●芳野ヒロユキさんの巻
  10. 今から10年以上前の八子は眠る事が怖かった。 それは八子が32歳の時に受けたショック過ぎる出来事から始まった... 警察署で見せられた数枚の腐乱死体の衝撃過ぎる写真の数々が当時、八子を失意のどん底に追いやると同時に、眠れない人間にさせたのだ。 しかし実際に八子には警察に呼ばれるまでの数ヶ月の間、身の回りで怪奇現象が日常起きていたのだ。 中でも八子が一番記憶しているのは「深夜の訪問者」だった。 深夜2時過ぎにインターフォン。 玄関のドアを小さく(コンコンコンコン)と、ノックする音... 翌日、玄関のドアには骸骨のような手形がいくつか付いていた。 それは拭いても落ちることはなかった。 そんな悲劇に見舞われた八子には更に追い討ちかけるように聞こえないはずの声や臭い、ポルターガイスト現象、アチコチでまるで意味するかのように目につく数字までにも八子は苦しめられ続けていた。 そんな八子を更には夢までもが追い込んでいく... 眠れば悪夢と聞こえるはずのない声が音が聞こえる繰り返し。 時には寝ている八子に何者かが触れる。 八子は眠ることも恐ろしくなり自宅にも居られなくなった。 そんな八子を見かねた友人の家に避難するも、友人宅でも付きまとう怪奇現象に友人すらも恐怖に怯え、それ以上友人宅に居ることは出来なかった。 八子は自宅に戻っても必ず誰かしら常に親しい人間を呼んでいた。 そして眠りに付くまでお酒に浸った。 そんな八子にメンタル主治医は睡眠薬の量を増やし強めてくれた。 だが、呑むなら飲むな。 どっちかにしてくださいと…。 それでも、まるでエルム街の悪夢のように眠るのが怖かった... 。 毎晩、襲う夢の中の悪魔に悲劇... フラッシュバック... ようやく暗闇の中で眠れるようになったのは数年前だ。 今でも八子は時々【悪夢】を見る。 『「ギャアァァァァーーーー!!!」』「ギャァァァアア!!」なんだよ!!オイッ!目を覚ませ!目を開けろ!!「ワァーァァァー!!」しっかりしろ!電気をつけろ!!「死んでるの…死んでるんだって!!だか…ameblo.jp (※この記事は過去に書いた記事です) 👇️こちらも私のアカウントになります🌹

    この記事が話題になっています

    「眠ってはいけない 」10位
  11. ICUの入口横には、待合室があった。俺はその部屋に入った。「ああ、櫻井君、お疲れ様。」「あっ、紅嵐先生。すみません、このところ、陶房に伺えなくて・・」「いや、忙しいと智から聞いている。智がまた迷惑をかけてすまないね。」「いえ、そんなことはないです。智は俺には頼らないから。今回の入院も自分ですべて準備しました。俺の気が回らなくて・・本当にすみません智にはずいぶんと負担をかけてしまって・・」「そんなことはない。智が、君にはいつも頼ってばかりだと感謝していたよ。」「翔・・さっき手術が終わった時林先生が腫瘍は全部取り除けましたって。」華姉が、そばに来ると、俺の肩を優しく抱いた。「とりあえず、よかったわね。」「うん・・」そこへ、当の本人である林教授が現れた。「櫻井君、急いで来てくれたのだろうが、残念ながら今日は大野君には会えないよ今夜一晩はここで様子を見るから。明日の夕方から病室に戻る予定だよ。そういうことですので、皆さん今日のところはお引き取りください。明日の午後5時に執刀医である当病院院長の財前教授から説明があります。」「はい。」「・・・」紅嵐先生と、華姉は林先生に深く頭を下げた。俺は、なにか違和感を覚えたが、いつもの財前教授のいじわるかなと思い返す。林先生は短い用件だけを告げると一礼して去って行った。「すまない、櫻井君。智のことよろしく頼むよ。華さんもいつもありがとう。」紅嵐先生は明日どうしても窯の前から離れられないと言って、心残りな顔で陶房に帰った。「翔、明日一緒に病院に行きましょう。私が会社に迎えにいくわ。」「頼むよ。」俺がそう言った後で、華姉が釘を刺してきた。「あなた、これから財前先生に会おうとか考えてないでしょうね。明日、話は聞けるのよ。長時間の手術で疲れている先生を煩わせるようなことはやめてね。わかった?」俺の行動を見透かしたきつい華姉の言葉に俺は、萎れた菜っ葉のように頷いた。翌日は朝から重苦しい曇天だった。いまにも雨が降り出しそうで、気持ちが暗くなるような天気だ。俺は仕方なく仕事に行った。気分は上の空で、なんどパソコンの操作を間違えたことか・・・「課長、体調が悪いなら、お帰りになったほうが・・」何人もの部下に同じ言葉をかけられる。そのたびにいやいや大丈夫と言い訳をしているうちに4時を回っていた。そろそろ、支度しないとなと焦りだした俺に受付が、華姉の来訪を告げた。俺は、鞄を掴んで、爆速で事務室を後にした。病院のエントランスに入ると同時にいきなり激しい雨が降りだした。向こう側がみえないような大粒の雨に、華姉が、大きなため息をついた。「この頃、豪雨が続いているわね。都内でも低いところが浸水したそうよ。紅嵐先生の陶房に向かう山道は大丈夫かしら?」「そうだな、あの辺は谷が深いし、川もある。あとで様子を聞いてみるよ。」「そうして、翔。心配よ。」たしかに紅嵐先生のことも心配だけどさ、今は智だろ。「華姉、早く行こうぜ。時間になる。財前教授にまた嫌味を言われるからさ。」その時の俺はただ、嫌味のネタを作りたくなくて、急いでいた。いつもの調子で冷たくあしらわれるだろうなと思いながら。5時5分前、俺たちは智の病室に着いた。ドアを開けると、智のベッドの横に財前教授が立っていた。「教授・・・・・」近づいて声をかけた俺は、その顔が酷く険しいことに気が付いて言葉が止まった。

  12. 家庭菜園は育てるのも収穫するのも楽しい!そして今スマホでも野菜作りを始めたカウシェファーム知人が教えてくれたこの【カウシェ】「買う」とフランス語で”市場”を意味する「マルシェ」を組み合わせた名前らしいTVのCMで見たことはあるが無料で育てた野菜をもらえるとは怪しいサイトか?広告収入だけで会社はやっていけるのか?一応AIにも聞いてみた「怪しいサイト?なんで無料でもらえるのにカウシェ側は儲かるの?」すると広告収入だけではなくお得な商品の通販により儲けているらしく送料無料で無料の野菜などをプレゼントしても十分勝算があるらしい既に知人は数か月で何度か育てて収穫し玉ねぎやらレトルトカレーなどをもらったとのこととりあえずチャレンジ!YouTubeでやり方を勉強しコパイロットに聞きながらインストールして設定していく招待コードを入力すればお互いに水や肥料がもらえるとのことで知人の招待コードを聞いて入力マイページで自分のアイコンや名前も付けられる何にしよう?カウシェ側がいくつか用意した中から選んだのが赤いチャリンコ名前は推しの名前にした战战💖初めての種は育てやすいナッツにした(画像は撮ってないけど・・)「ナッツちゃん」と名付けるそう、ジャン君の家の猫ちゃんの名前それと初回限定で二十五雑穀米450gをなんと50円で買うことができたバイト仲間は買い物せず続けていて無料野菜などを(野菜以外も選べる)Getしているらしいが私は広告商品で気に入ったものがあったから購入してみた【女王様の酵素】購入に応じてまた特典あり(コインや肥料や水をもらえる)さらに朝昼晩のクエストにより水や肥料をゲットできる水と肥料を同時にやるほうが生長がはやい初回はいろんな特典があるから私はナッツを1週間で収穫できた!(普通なら1か月以上かかるのでは?)無料でいただける品から選んだのがこちらミックスナッツ90g細かいやり方はYouTubeだけでは無理だったのであとは触りながら身に着けていく分からなければAIに聞くのも良い水は50分ごとに満杯放っておくと溢れて無駄になりこまめに回収が必要なので面倒なことが嫌いだとか働いてる人は無駄なくやるのは難しかもただ実際の野菜はすぐに枯れる人でもカウシェでは枯れることはない水をやらねば生長が止まり収穫が遅れるだけ私はこのカウシェはやってみて性に合っているので続けていくよ!2回目育て始めたのが玉ねぎその名は【ジャンジャン】これはすでにだいぶ育ってきたところね可愛いでしょ?癒されるのよ画面では常にゆらゆらしてるんだけどタップしたら喜ぶのがわかる♡ペット感覚?お水やったときのお顔がまた可愛いのよ!「きゃはっ」そんな声が聞こえそうだ(^-^)毎日お世話してたらなんとお手紙が届いた✉誰?カウシェ?スクロールして相手が分かった!今育ててる玉ねぎのジャンジャンからだった!(●^o^●)やっぱり楽しい(^^♪そうそうランクもいろいろあって現在は【師範】さて、もっと上を目指すぞ~♬おまけ師範のイーボー君*AI制作シェアから買い物したり投稿したら、フォローとかいいねがめちゃくるので驚いた😲フォロー返ししないと失礼なのかAIに聞いたら皆、片っ端からフォローして水やら肥料をもらおうとしているだけなので無視していいとのことでないと友達コーナーが溢れて誰が本当の友達なのかが分からなくなるとのこと。(友達のアイコンが並ぶのよ!)確かに朝昼晩と知り合いでもない人に何十人も挨拶と水やりは大変だ(◎_◎;)

    カウシェ:スマホでも野菜作り始めた
  13. 気象系の(山メイン)妄想小説です実在する人物・団体とは一切関係ありませんBL的表現(18禁)を含みますご理解のある方のみお進み下さいO side『うめぇーっ…!』『んふふ…///』コンビニめし…なんか…学生の頃に戻った気分…///チラッ…『ふはっ…w』『なにっ…///?』ふと…目が合って…翔くんが笑った……『いや…相変わらず少食なんだなって……』『しょぉくんだって…変わってなぃじゃん…///』頬袋パンパンにして…幸せそぉに食べるとことか…///『そう…?』『ぅん…///。』ぁの時止まってた時間が…また…動き始めたんだなぁって……『そうとは限らないよ……』『へ…///?』ギシッ…『しょぉ…くん…///?』『もう…大人だからね……』翔くんが…ゆっくりボクに近付ぃて……『っ…///!?』チュ…唇が…重なった……クイッ…『ぁ…っ…///』『可愛い……』そのまま…後頭部に手が回って…ピチュピチュ……『んっ…///』『フフ…変わった…だろ…?』確かに…ちょっと…エロぃ…///『っ…そぉ…かも…っ…///』『このまま…シても…?』至近距離で見つめられて…そんなストレートに言ぅとか……ズルぃ…///『んんっ…///!』ピチュピチュ…だけど…ボクが返事をする前に…翔くんの唇が…また重なって……『ぁふ…んんっ…///』『智…』ジュルッ…深くなるキス……ぉ互ぃに求め合って……このまま……?スルッ…『ひゃぁ…っ…///!』『っ…///』びくっ…///!シャツの裾から…翔くんの手が入って来て…声が…漏れた……『フフ…感じやすいね…』『ぅ…///』やっぱ…めちゃくちゃ恥ずぃ…///ドクンッ…ドクンッ…ドクンッ…///パッ…『ふはっ…先ずは…片付けようかな…w』『へ…///?』ギシッ…なぜか翔くんが…サッと離れて…部屋を片付け始めた……あれ…///?シなぃの…///??蒼アマプラ×3 連続観賞終了〜🕺🕺🕺🕺🕺🎶

    ボクがぼくのすべて!87
  14. わたしだけ外で友達といいもの食べて、、、と夫がたまに言うけれど隠さないで話して美味しかったら行こうって誘うんだからいいじゃないですかねえ。そんな話から、まだ夫とは一緒に行っていない辻堂の田舎寿司へ。ここは電話しておけば駐車場も取っておいてくれるから電話必須。(そうでないと停められない事多し)ここはおいしさもさることながら握りが大きい事で有名なんですがこの間はそれを忘れてぼけっと注文したらえらいことになってしまいましたよ。鼻からご飯粒出すか窒息するかどっちにする、みたいな状態に。前回友達数人で一緒に行った時男性の一人はお行儀はさておきお寿司をお箸で二分割して口に運び始めましたからね。そのくらい握りが大きい。今回それを忘れずちゃんとシャリ小さめで、と頼んでこれ。まだ普通より大きいんですが。だからお箸で持ち上げると「よっこいしょ」って感じ。滞空時間長くしたら箸先がぷるぷるして来ますので素早くね。重いからしっかり掴むのに崩れて来ないのは技術ですね。かき揚げも量が多くてお持ち帰りして夕食にかき揚げ丼に変身。夫、量も質も満足したとかでよかったよかった。

    たくさん共感されています

    よっこいしょの箸使い
  15. まずは、医師の序列からいきたいと思います。最も身分が高いのは朝廷に仕える医師、そして将軍家に仕える医師、大名に仕える藩医。あとは町医者、町医者には漢方医と蘭方医がありました。そして鍼灸やマッサージ、骨接ぎをするもの。あとは産婆ですね。産婆は重要な仕事で大切にされました。大名行列の前でも産婆は横切ることが許されたと言いますね。それと、これは医師とは言えないと思いますが、護符を飲ませたり、祈祷によって病を治そうとする怪しげなもの。まあ、この当時の医師に国家免許があるわけでもなく、要は誰でもなれたんです。それだけに周囲の人間の口コミが重要でした。実績があれば評判がよくなって繁盛しますし、逆に、いいかげんでいつも手遅れと言っているようなヤブ医者は生活が成り立たない。そういう意味では厳しい職業でした。江戸時代の医師 江戸には薬問屋などもありました医師になるためのもっとも一般的な方法は、評判の良い医師のもとに弟子入りし、数年にわたって医学や診察技術を学ぶことでした。修行を終えると「看板分け」といって、師匠から診療を許され、独立開業できました。あとは、漢文を読める儒学者が中国の医学書を独学で学び、医師になるケースも多くありました。こうした人々は儒医と呼ばれ、知識重視の医師として尊敬されることも。さらに蘭方医の中には長崎などに行って修行をしたものもおります。オランダ語があるていどできないと難しかったでしょう。蘭方医は杉田玄白や大槻玄沢、高野長英などが有名です。幕末に増えました。杉田玄白と『解体新書』杉田玄白は『解体新書』の翻訳で知られていますが、医師としては特に当時、大流行の梅毒の治療に関心が高かったようです。当時多かった病気は、まず眼病。日本に来た外国人が日本人の眼病の多さについて書き残しています。これは江戸のからっ風と関係があるでしょう。それから回虫などの寄生虫病ですかね。さらに結核、痘瘡(コレラ)、赤痢、チフスなどの伝染病。これらの伝染病のほとんどは死病で、治療の手立てはまずなかったんです。それと性病。あと、今のような仕事の安全基準もなかったので、切り傷、骨折なども多かったはずです。当時は人間を解剖することは固く禁じられており、医師の誰もが人間の内臓がどうなっているか正確にはわからず、中国から伝わった五臓六腑という考え方を信じていました。しかしこれは、現代の目からはまったくのデタラメです。腑分け(解剖)の様子そこを始めて解剖を行ったのが杉田玄白で、オランダ医学書の内容の正確さに驚嘆し、それが『解体新書』の翻訳につながったんです。かなりの苦労があったようです。あと、蘭方医として有名なのが華岡青洲、初めて全身麻酔を用いた外科手術を行ったことで知られています。当時は、がんという病気は知られていたものの、治す手立てはありませんでした。彼は江戸時代後期の外科医で、1804年に世界で初めて全身麻酔を用いた手術を成功させた人物として知られています。この手術は、60歳の女性の乳がん摘出手術で、青洲が開発した「麻沸散(まふつさん)」という麻酔薬を使用しました。華岡青洲驚くべきことに、この麻酔薬の開発には、彼の母と妻が実験台として協力したという逸話もあります。母は命を落とし、妻は失明したとも伝えられていますが、これにより麻酔の効果が実証され、手術の安全性が飛躍的に高まりました。また、日本で初めて種痘(天然痘ワクチン)を成功させた人物は、佐賀藩医の楢林宗建(ならばやし そうけん)です。1849年、長崎に滞在していたオランダ人医師が持ち込んだ牛痘苗を用いて、宗建が自らの子どもに接種し、これが日本初の成功例となりました。だいたいこんなところですか。江戸の医療は迷信色の強いものでしたが。幕末ころには近代医学の萌芽が各所に見られたんです。明らかに呪術とは違うものになっていった。では、今回はこのへんで。

    お江戸 進歩する医術
  16. SENA-BLOGⓦⓔⓛⓒⓞⓜⓔ..:*♪✐☡✐☡✐☡✐☡✐☡✐☡✐☡✐☡✐☡過去記事の再投稿です入院中の窓見上げていた空所感・ボールペン先日 定期健診で病院へ行きました。受付を済ませて整形外科待合の椅子で 順番待ちしていました。僕の斜め右前の車椅子に 女の子が付き添いの お母さんといました。彼女は まだ入院中らしく術後の検査結果を聴くために 病棟から降りてきていました。ノートに言葉を考えながらひたむきに横書きの文字を連ねていました。その時 気がついたのは彼女の使用しているペンがボールペンで僕のデザイン・オーダーしたペンでした。グリップのHealing space.ラベンダー色だったのです。彼女の診察中に 病棟のナースさんが迎えにきました。当然 知っているので少し場所を移動してそのナースさんと話をしました。ナースさんの方から僕への言葉は「あの ボールペン 私のをあげたの」「どこかで売っているのとか聞かれて」「これは ・・・・」****僕から「今 使っているのでよかったら」「同じ色のペン 使ってください」と ペンケースからナースさんへ渡しました。僕が 持っているよりもその色を そのデザインを気に入って使ってくれているそのことへの 贈り物でした。ナースさんが愛用してくださるそのことだけでも 嬉しかった。でも僕は 大切に使っているペンをベッドのテーブルでノートに書く女の子へ 贈ってくれたことがなんか 嬉しくて 優しさなのかナースさんの思いやりに胸打たれました。2026-09-15 Sena❧ᵗʱᵃᵑᵏᵧₒᵤ❥Lᵒᵛᵉᵧₒᵤ♡.°✐☡✐☡✐☡✐☡✐☡✐☡✐☡✐☡✐☡youtubeBob Dylan-Blowin' In The Wind✐☡✐☡✐☡✐☡✐☡✐☡✐☡✐☡✐☡Healing spaceHealing spaceいつものお店で ラベンダー色のノック式オリジナル・ネーム入りボールペンが出来ました。グリップにラベンダー色で“Healing space”100本注文しました。60本を病棟ナースさんへ届けました。昨年から お世話になっているので僕にできること・・・贈答行為は禁止です。仕事用にと渡しました。今の病棟は 診察室・手術室すべて戦場です。その中で 唯一の くつろぎの場が病室です。僕にとっては 個室は【癒しの空間】 でした。その意味も込めての 優しい色のラベンダー色の ボールペンです。せめてもの 彼女たちへのギフトです。2021-07-20.投稿記事の再投稿ですᎢʱᵃⁿᵏ Ꮍ༠ᐡ⋆ ℒℴvℯ……Sena❧✎︎____________✐☡✐☡✐☡✐☡✐☡✐☡✐☡✐☡✐☡追記Sena❧2026-09-15 スタッフさんのブログへ投稿しました✐☡✐☡✐☡✐☡✐☡✐☡✐☡✐☡✐☡

    所感・ボールペン
  17.     ハンディキャップを越えて過去のMOMOより私は、障害や病気を持ちながらでも、前向きに必死に生きようとする人に、共感します。そして、、、。自分も抱えている悩みや、病気を持ちながらでも明るく前向きに強く優しく生きて行きます。人生は一度きり、楽しくするのも、つまらなくするのも、自分の気持ち次第だよ~確かにハンディキャップあるよ。でもね、抱えている悩みを持ちながらでも成長できるし、逆に優しくも強くもなれるんだって、私は信じています。それはMOMOが、苦しんで、いっぱい泣いて、症状に苦しんで、最初は受け入れられずパニックや、ショックを受けました。「自分なんて、もう必要ない人間なんだ」とまで、悲観してこれからハンディキャップと一生向き合っていく覚悟や心の中にくじけない強さ、竹のように曲がってもしなってはね返る強さ、もう20代の頃のMOMOは、医師からの言葉が受け入れられませんでした。ココロが悲鳴をあげてS・O・S出していたのに、限界まで頑張りすぎて、ココロが折れてしまったのです。そして年月が流れやっと!やっと!自分とも、病気とも向き合えるようになったのです。いつも戦ってきましたがココロの葛藤が広がるばかり、私は、障害者とか、健常者って区別されるのが苦手です。今、苦しんでいるあなたに、贈りたいメッセージがあります。それは、、、人が区別や差別や偏見を持ってもあなたが悪くないだから「自分が自分の一番の良き理解者になってください」そして「自分に優しくしてください」、、、、、。私は、この言葉を、自分にも贈る気持ちでブログを書かせて頂いております。苦労したこと、辛い体験はいつか、、、、、。輝ける未来に向かう糧と信じています。あなたのココロに届きますように、、、。MOMO(深謝)

  18. そもそも、このblogやってる理由って、こんな馬鹿いねえだろ?よく生きてるよ、誰でも俺と比べたら、コイツよりワシらはマシや〜と、人様に安心を安定を与えれるだろう……そういう狙い読みではじめたのだ。だって辺りを見廻してもこんな人間がブログやってるって見たこと無いもん(笑)そういう意識で初めたのに、初めて二、三年目だったか、同年代の変な糞ブロガーに絡まれた…お前、ただ自分のクズネタ自慢しとるだけじゃん!と、こういう事を言われたのさ。何言ってるんだコイツ、半分ぐらいしか書いてない、流石にこれを書いたらヤバい〜ってのは書くのを控えてるのに!この糞ブロガーは己のリアル生活の優位さを書き散らして、なんで劣るお前が人気あって(今の3倍ぐらい良いねがあった)チヤホヤされるんだ!とこう息巻く訳よ(笑)コッチにしてみれば、そんなのは意識もしてないし、何言ってるか意味がわかんねぇよ!でしかなくて……お前が優位で別にいいけど?しかし、ちょっと考えた……自分のクズ自慢しとるだけじゃねえか〜という腐しに影響されて、そう取られ無いようにとか、ペン先が鈍ったのだ。で、最近また似た様な案件がありこれはダメだなぁと反省した。俺は自分にもう恥じ入って加減しねぇ……と。書き方が誤解されるんだと。原点回帰……クズがなまじ反省やら不安書いてると誤解される!原点に帰ろう…それがこのブログの真骨頂なんだから♫20歳代後半、借金まみれ任意整理した、30代後半には今度は闇金まみれで任意整理……破産宣告も出来ない体たらく。そして借金苦から逃れたのに、50代には家のカネ使い果たし、家賃190万溜めて。そしてそこを逃れたのに、また借金塗れーそれが最近のこと。ほとんど1生涯そんな調子なのだ、舐めんなよ、壊れ方がてめぇらとは違うんだ! (笑)こんなクズがブロガーって笑えねぇか?その上、仕事も300件近い職場に行ってる…西は新潟、東は静岡とこれも業界人としてもかなり珍しい。タナカさん、、クズに徹するぞ!宜しくね(*^_^*)ってなんと言う宣言なのでしょう(笑)ま、心意気よ、心意気。ꉂ🤣𐤔

    恥じ入ってしまうのが駄目なのだ……^^;
  19. 今回はこういうお題でいきます。みなさんには、ロス女史についてご存じの方も多いと思います。有名な「死の受容の5段階、キューブラー・ロスモデル」を発表したアメリカの精神科医ですね。フルネームは、エリザベス・キューブラー=ロス。この人、けっこう波乱万丈な生涯をおくってるんです。スイスのチューリッヒに生まれ、医師を志したんですが、親の反対にあい、自分で学費を貯めようとまずは検査技師になります。そしてやっとのことでチューリッヒ大学医学部を卒業したのが31歳のときでした。そこでアメリカ人の夫と知り合い、アメリカに渡ったのがその翌年。彼女はアメリカの病院に勤務しましたが、そこで死にゆく患者のあつかわれ方を見て愕然とするんですね。医師も看護師も、死んでいこうとする患者に対して、何の言葉もなかったからです。当時は、もちろん日本もそうでしたが、死の精神的なケアは病院や医師が関わるものとは考えられてなかったんです。アメリカは日本に比べれば宗教が生きている国です。ですから、患者によっては、死の間際に牧師さんなどと話し合いをする人もいました。それには病院はノータッチです。ですが、ロスは病院の使命は救命や延命だけでなく、人間の死そのものにも あると考えたんです。そして自分の大学の講義に、死期がせまっている患者に移動ベッドで来てもらい、医学生たちに今の心境を語ってもらうという活動をはじめました。もちろん患者は自ら志願した人たちです。学生たちはひじょうに真剣にその話を聞き、看護師たちも参加するようになります。自らの死を語った患者の数は200人にもおよびました。その後、彼女は死をテーマにして20冊もの本を書き、世界各地で数多くの講演などを行っています。その過程で、スピリチュアル方面への関心を深め、医師ではないスピリチュアルのヒーラーと活動をともにしたため、離婚することになります。このヒーラーとは後に別れましたが、詐欺的なものだったという話もあります。彼女は、私財を投じて死に向う患者のための施設(キューブラー・ロスセンター )を開設し、精力的に活動を行ないました。現在、この活動はホスピス運動の最初の取り組みの一つと考えられています。晩年にはエイズ患者へのかかわりを深め、エイズ患者のための新たなセンターの開設を計画しましたが、地域住民の反対にあい、エイズ拠点センターは原因不明の火事により全焼します。確たる証拠はないですが、彼女はこれを反対勢力による放火と考えていたようです。1995年に脳梗塞に見舞われ左半身麻痺になり、2004年にアリゾナ州のスコットデールの自宅で亡くなります。78歳でした。あ、ここまででだいぶ字数をくってしましました。さて、ロス女史の死の受容の5段階とは、1、否認 自分が死ぬことは嘘、間違いだろうと疑い認めない段階2、怒り なぜ自分が死ななければならないのかという怒りを周囲に向ける段階3、取引 なんとか死なずにすむよう神などと取引を試みる段階  例えば「これからいい人間になって教会にも寄付しますから助けてください」4、抑うつ 気分が落ち込み何もできなくなる段階5、受容 自分が死に行くことを受け入れる段階 これはあきらめとは違いますもちろん、すべての人がこの5段階を経て死にゆくわけではありません。段階がとばされたり、いくつかが組み合わされて出てくる場合もあり、そのことはロス女史も認めています。死の受容については個人個人の死生観もまた大きく関わってくるんです。さて、自らの死が迫った段階で、ロス女史はますますスピリチュアルへの関心を深めていきます。脳卒中で動けなくなった体で、彼女はインタヴューを受け、神(キリスト教の神)をヒトラーと呼びます。「40年間も神に仕える仕事をして、やっと引退しようと思っていたら、何もできなくなってしまった」そして、キリスト教の世界観とは違った死後の世界を探求し始めるんですね。「死の瞬間はすばらしいものです。自由への解放なのです。蝶がサナギから駆け出すように、ひとは身体から抜け出すのです。そして人間の不死の部分が、物理エネルギーから精神的なエネルギーへと変化します。これは死の第2段階です。そこではかつて親しかった死者に会うことができ、誰もが完全な身体となります」インタヴューでの言葉です。彼女は死への過程のみならず、死後の世界に関心を向けるようになり、幽体離脱を体験し、霊的存在との交流したことなどを著書や講演で語るようになりました。ここで、多くの友人が彼女から離れていきます。「死後にはどうなるとお考えでか?」と記者に聞かれ。「もう一度ダンスができるわ。死んだら全ての銀河でダンスをするのよ。私は生きている間、十分ダンスをしてこなかったから。」10年近くも半身不随の不自由な体で生きたことから出てきた言葉でしょう。ロス女史の墓碑はアリゾナ州スコッツデールにあり、その墓碑銘には「喜びや悲しみを分かち合う友人、教師、そして自らも一人の生徒であった。人生を卒業して、今、銀河でダンスを踊る」とあります。さてさて、死の間際に「お迎え現象」があるとするホスピスでの研究があります。人が死の直前に他人には見えない人や存在を見たり聞いたりする現象で、すでに亡くなった家族や友人を見る場合が多い。東北在宅ホスピスケア研究会が2007年に366人の遺族に対してアンケート調査を行ったところ、故人がお迎え現象に相当する事例を経験していたという証言が42.3%ありました。最後に、人の死についての日本の医療の現状はどうでしょうか。ホスピスの数はかなり増え、その理念も浸透してきています。ですが、病院での患者の心のケアはまだまだという気がしますね。これは保険診療の問題と関わっています。では、今回はこのへんで。