9/21の記事ランキング

  1. 2017年10月16日。さやかを失ってから2日が経ちました。家族を亡くした直後、葬儀を執り行い、火葬するまで、その亡骸をどこで安置するのが一般的なのか、私は知りませんでした。どうやら必ずこうしなければならない、というのは決まっていないようです。私が小学生の頃、秋田県に住んでいた祖父が亡くなった時はずっと自宅に安置されていました。自宅の立地条件などが加味されるようなのですが、さやかの場合は、亡くなってすぐに葬儀場に運ばれ、そのまま葬儀場に安置されました。ですので、さやかに会うためには、葬儀場まで足を運ぶ必要がありました。亡くなった翌日。昨日もさやかに会いに行きました。外はシトシトと、雨が降っていました。棺の中に横たわるさやかは、相変わらず穏やかな表情。もう辛くないんだと思うと、悲しいけど安心する。顔に触れると、冷たい。身体が傷まないようにドライアイスを敷き詰めていました。大事な人の死を間近にするのは初めてでした。さやかの頭を撫でながら、「また明日会おうね。お寿司とチューハイ、持ってくるから。」また明日会う約束をしました。お通夜は行いませんでしたが、葬儀場のはからいで、葬儀の前日に遺族控室にさやかのお棺を置き、家族で最期の夜を過ごす事が出来るとの事でした。そして今日。私と娘と息子。義兄ファミリー4人、義妹。みんな揃って、さやかと過ごす最後の夜を偲びました。みんな悲しい気持ちでいっぱいだけど、さやかと過ごせて嬉しそうでした。まだ実感が湧かない。後から来る悲しみの嵐を考えると、この時はまだ、本当の悲しみが訪れていない時間でもありました。さやかとの出会い。結婚した馴れ初め。家族みんなで過ごした日々。今まで話した事がなかった色んなエピソードをみんなに教えてあげました。みんな楽しそうに聞いてくれました。隣にはさやかもいました。さやかも聞こえてたかー。ゴメン、言っちゃった。ちょっと恥ずかしいよな。私と子供達とさやかと一緒に写真を撮りました。ブログにアップする事は出来ませんが、穏やかで綺麗な表情をしたさやかとの写真をいっぱい撮りました。私も子供達も笑顔でした。今でもたまにこの時の写真を見返します。さやかの安らかな表情。みんなの笑顔。でも。。なんだか不謹慎にすら感じる。笑顔なんか出せるはずもないのに。さやかは死んでしまったのに。なんで笑顔なんだ。バカか俺は。写真を見返してそう思い、悲しみと卑屈に暮れた日々もありました。今でもたまにそう思いますが、、最近は少し考え方が変わってきました。笑顔でさやかを送ること。子供達が笑っているのが一番。さやかはきっとそれを望んでいたと思うから、この時の写真は宝物だと思っています。亡くなった方と写真を撮るのは、賛否両論あるかもしれません。写真を撮るなんて余裕も心境もないかもしれません。でも私はこの写真を残す事が出来て良かったと思います。この時のさやかの表情が、この闘いの全てを物語っていると、子供達に伝える事が出来るからです。お風呂に入り、寝る前に。娘がずっとさやかの事を不思議そうに見ていました。なんでママ動かないの?それは死んじゃったから。死んじゃうと動かないの?そうだよ。悲しいね。うん。娘はまだ理解していませんでした。最期を迎える日が近い時、いつもの優しいママが変わっていく様子を見て怖がっていました。最期の日もさやかに会わせましたが、怖がってずっと泣いていて、自分からは近寄ろうとしませんでした。4歳の子供には難しい事は理解してはいましたが、、ちゃんとママとお別れをして欲しい。そう願っていました。こうして、さやかと過ごした最後の夜は終わりました。明日は旅立ちの日。しっかり送るよ。なあ、さやか。~~~~~~~~~~~~~~~~子育て奮闘記も書いてます。マジマジョピュアーズのライブイベントに娘と行って来ました!(9/21)さっさんのふんばる子育て記 別館~~~~~~~~~~~~~~~~ふんばる子育て漫画更新!(8/30)「片付け上手な娘に思わずジーンと。」子育てお役立ち情報サイト ChildFine~~~~~~~~~~~~~~~~

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  2. 4ヶ月と9日目
  3. か日記が入っていて闘病中の様子を書いた日記もここで見つかりました。天国に持って行ってもらう日記は、子供達の事がたくさん書かれていたもの。一番読み返したいのはきっと子供達の事だろうなと思いました。もう一つ、ノースリーブのワンピース?みたいな洋服。楽天から荷物として届けられていました。さやかがこっそりネット注文していた物でしょう。気に入るかな?天国で試着してもらいましょう。娘からの手紙もたくさん入れました。娘は頑張って字を書く練習をしていたので、この頃は何とか読めるくらい字が上手になっていました。すごい上手になったね!って。さやかもきっとビックリするでしょうし、きっと天国から娘の事を褒めてくれると思います。最後に家族写真。娘の七五三の時の写真など、10枚ほど入れました。私からの手紙は葬儀当日に入れます。天国へさやかに持って行ってもらう物が揃いました。足りないものはない?もうこれで寂しくないかな?天国でもお腹が空くかもしれないけど、祭壇にお供えするから大丈夫だよね?問いかけても返ってくる事はありません。毎日毎日一緒にいて、色んな話をして、全てさやかは応えてくれた。そんな、当たり前の日常を取り戻す事はもう叶わない。この時は、実感がまだあまり無いから、病室に届けてあげる荷物の準備をしているような感覚で、少し楽しかった。でも。。実感を得た時に襲われた悲しみは、尋常な強さではありませんでした。明日は葬儀場に泊まって、さやかと過ごす最期の日になる。岡山の義兄ファミリーと義妹も一緒にいてくれる。もちろん、娘と息子も一緒。闘病生活は辛かったけど、最期の夜は賑やかに過ごそう。美味しい物を食べて。楽しい話をいっぱいしよう。まださやかはそばに居る。そんな気持ちでした。~~~~~~~~~~~~~~~~子育て奮闘記も書いてます。さやかを思い出してしまう曲。娘はアッサリとしたものです(9/17)さっさんのふんばる子育て記 別館~~~~~~~~~~~~~~~~ふんばる子育て漫画更新!(8/30)「片付け上手な娘に思わずジーンと。」子育てお役立ち情報サイト ChildFine~~~~~~~~~~~~~~~~

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    天国へ連れていくもの。
  4. に戻り、慣れ親しん病院で、大好きな主治医のところで。驚くぐらいの人が母の最期に会いに来てくれました。夕方に、みんなにお別れをして、ミタゾラムを使いました。母が望んでいた終末期鎮静。セデーションです。それからは、意識がない中、友達と同窓会の中に居るような賑やかな時間を過ごし、家族や、親友たちが、みんな部屋に入った数分後に、静かに息を引き取りました。この時間を待っていたかのように。ともちゃん。もう痛くないね。お腹の大きいままでは、可哀想なので、何とかしてほしい、と主治医にお願いをしたところ、病理にかける目的として、お腹の爆弾のような癌を取ってもらえる事になりました。たった今、憎き癌、そして母のお腹の中の状況を初めて知って、家に着いたところです。結果は、解剖医も驚くほどのものでした。【なんだろうね‥これ‥。】解剖医は、そう言ったそうです。また落ち着いたら、草津総合病院での3日間、そして今日1日の事を更新したいと思います。ともちゃん。大好きだよ。側に居るよね??ホントにホントに、大好きだよ。お母さんになってくれてありがとう。あなたの娘で、幸せでした。

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    永眠しました。
  5. いました。私が旦那がんを知るきっかけとなった前日の動画の話をし、先日の病院での血液検査の結果もこの目で確認した事などを話終えると、旦那が深く息を吐いてから「そっか・・・そこまで知ってるなら・・・ごめん。がんになった。そして余命宣告もされた・・・春までもたない・・・。」やっと旦那の口から本当の事が聞く事ができましたが、がん・・・と思ってはいたものの、まさか余命宣告までされているとは思わず、予想していなかった告白に動揺を隠す事ができません。「えっ!余命宣告ってどういう事?何のがん?手術するんでしょ?手術できるんだよね?」「ごめん。手術はできない。胃がんだけど肝臓とリンパに転移してるから・・・。」「嘘だよね・・・嘘でしょ?嘘って言ってよ!」「お母さん、嘘じゃない・・・。ごめんな。」大粒の涙が次から次へと溢れる中、私は涙を拭うことはせず、旦那に抱きついて2人で泣いて、嗚咽交じりで泣きながら今日までの旦那を思っていました。12月19日胃カメラの検査をしに行き、胃潰瘍と言われ、紹介状を貰って帰って来た日です。旦那も胃潰瘍と言われたのに大きい病院へ行くように言われて府に落ちなかったようで、まさか・・・と思っていたようでした。でも、胃潰瘍と言われ、この医院では治療が難しいから紹介された・・・と思っていたようでした。12月22日朝から紹介された病院へ行き、長い検査時間を終えて主治医となる先生から告げられた病名は胃体部がん・リンパ節・多発性肝転移あり。余命、無治療で3ヶ月・治療をして10ヶ月~12ヶ月。主治医となる先生からがんと診断され、余命宣告をされた旦那は「えっ!俺が?えっ!先生、俺?」と聞きなおしたそうです。診察が終わり、車に乗り込んでから家に辿り着くまで、どうやって帰ってきたのか・・・正直覚えていないと後で聞かされました。旦那は1人で病院へ行って、1人でがんと診断され、余命宣告までされて帰ってきた・・・いったいどんな気持ちで診断を聞き、どんな気持ちで家路に着き、どんな気持ちで今日まで過ごしてきたのか・・・そんな事を思うと、旦那が自分の胸の内に秘めた思いを家族に悟られまいとして、普通を装っていた事に私は今まで感じた事のない苦しさと、切ない気持ちと、悲しみと、愛しさを感じました。眼の前にいる旦那をギュッと抱きしめ「1人で辛かったね。よく話してくれたね。ありがとね。でも、もう1人で悩んだりしないで!」今日まで本当に辛かったと思います。本当は打ち明けたい気持ちで一杯だっただろう。でも、私の気持ちを考えると言い出すことが出来なかったのだと思います。心配をかけまいとした旦那の優しさが身にしみました。今日、この時まで旦那の頭の中はがんと診断され、その事しかなかったはず・・・不安な気持ちは計り知れない程だったと思います。もっと早くに気付いてあげられたら、なぜ気付かなかったのか・・・私の中には後悔の2文字が浮かんでいました。「気付いてあげられなくてごめんね。側にいたのに・・・気付かなかった。がんだってわからなかった・・・」「お母さんのせいじゃないよ。自分の責任。もっと早くに検査受けとけばよかった。ほんとにごめん。」旦那はがんと診断されてから、信じる事ができず、これからどうなるのか、これからどうしていけばいいのか、がんを受け入れられずにいる事を話してくれました。その後、目一杯泣いて今後について話ました。「12月29日にもう1度、病院へ行くことになってて、そこで今後どうするのか話をする事になってる。どうする?一緒に行く?」「もちろん。行く。」「CTとかも見ると思うけど、びっくりしないでよ!」「それは・・・わからない・・・」あまり長く車にいると娘が変に思うから・・・と泣き顔が泣き顔に見えなくなるまで待って、家に入りました。この日はクリスマス。他の家では家族で「メリークリスマス!」と言って楽しい1日を過ごしているのであろう。しかし、2017年のクリスマスは私にとって、最悪の、そして家族で祝う最後のクリスマスになるかもしれない・・・。がんと知ったことで不安しかない中、旦那たっての希望で、思い出に残る楽しいクリスマスにしたい、来年がなければ今年が最後かもしれない。だから泣かないで過ごそうと。急いで家中を飾り付けて、旦那のリクエストでメインにステーキとワインを用意して、みんなでサンタになって、私は一生懸命笑顔を作っていました。旦那と真実を知らない娘の為に・・・もちろん、私だけではありません。旦那も悲しい顔はせず笑っていました。パーティーも終盤になり、私から数日前に用意したプレゼントを娘と旦那に渡しました。娘にはコスメセットをポーチにいれて・・・。旦那には欲しがっていたダウンのジャケットを・・・。娘は初めてのメイク用品に無邪気に喜んでいましたが、旦那はダウンジャケットを手にちょっと着てみる・・・と言って奥の部屋に引っ込んでしまいました。出てこない・・・そっと様子を見に行くとタオルで口元を押さえながら、泣き声を殺しながら泣いていました。その姿を見て、私も泣きそうになりましたが、こらえて声をかけずに戻りました。そして、部屋から戻った旦那が「お母さん、ありがとう!俺大切にする。そして、来年もこれ着られるように頑張るから!でも、ごめん。俺、お母さんにプレゼント買ってないや・・・」そう言った旦那の顔は泣いて目が赤くなっていたが、顔は笑っていました。この日から私はいつでも写真や動画が撮れるようにと、デジカメをすぐ手の届く所に置くようになり、この日もたくさんの写真と動画を残しました。楽しい思い出となったクリスマス。しかし、皆が寝静まった後、私は1人で涙を流しながらクリスマスの後片付けをしました。こんなに悲しいクリスマスってあるんだろうか・・・旦那と同じで、私自身もがんになったという事実を受け入れる事ができていなかったので、1人になると耐え難い不安が押し寄せ、ただただ泣くしかありませんでした。12月29日 その日がやってきました・・・旦那と2人緊張しながら病院へと向かい、主治医となる先生から話を聞く事になります。

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  6. MRI検査
  7. い雨。明日も雨かな病院には行かないと決めたけど、家にいても落ち着かない。続々と頼んでいたものが届く。あとはタンスを組み立てれば(旦那が)昨日ツイッターで偶然見つけた記事。http://www.tokyo-np.co.jp/article/chiba/list/201809/CK2018092002000161.html家にいても全然落ち着かず、でも頭も働かず。。。思い切って出掛けてみることに。音楽を聴きながら、本を開いて漢字のみを拾って書き出すそうです。意味とかはわからない。ただ、形と捉えて気に入ったもの?を書いていくとのこと。どこかへ出かけても、家族はテレビを見てても、自分は本を開いて書き出すそうです。音楽は自分で選んでいろんな音楽を聴くそうです。漢字自体はもっと前から書き、ひらがなを書き出していたのが、いつからか漢字に。。。8年前の字は大きく。。。今に近づくにつれて字は小さく多くなっていく。鳥でも飛んでるかのように見えるけど、よく見ると漢字の集まり。隙間に後で書き足したりしてるようなので、本人にしかわからないバランスがあるのだろうとのこと。月の版画は大野さんが書かれている。優しい色合い。漢字を先に書いて、後から月の絵と背景の色を加えるのだとか。小さいのを一つ購入しました。辛くなったらいつでも見えるように。以下の写真は会場にいらした、祥生さんのお母様からいただきました。ご本人にはお会い出来ず、残念でしたが、それでも先輩のダウンちゃんママにお会いしたのは初めてでした。取材を受けている時の写真だそうです。気にせず書いています。お隣は版画家の大野さんです。たくさん温かい言葉をいただきました。たくさん励ましてくれました。絶対幸せだと言われました。ダウンちゃんはママを叱咤激励するために降りてきたんだと。外へ出て、子供達に変な顔だと言われることもあるよと。でも、私にはこの子が1番可愛いのと言えばいいって。少し気持ちが落ち着きました。何か、本人が楽しいと思えることが一つ見つかるといいなーと思いました。これで、心の準備は出来た。明日を待つのみ。。。

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    月と漢字の出会い
  8. こうと思います。妻ガンにかかり、インターネットで色んな情報を得るため調べました。そんな時、ある方のブログに出会いました。彼はすでに奥様を亡くされていましたが子供達の為に辛い事、嬉しかった事とにかく真実を書かれていました。最初はただ読むだけでした。アメブロに登録していなかったので「いいね」をする事もできずに。ブックマークに登録し毎日更新されるのを楽しみにするようになりました。勇気を、闘う力をもらいました。読み続けるうち自分も何か残さなきゃならない。自分にも出来る事があるんじゃないか。自分にも伝える事が出来るんじゃないか。と使命感みたいな物が芽生え強く思うようになりました。ブログをはじめてきっかけをくださったさっさんさんとお話させていただく事ができました。(もちろんブログ内でですが)いろんな方と知り会う事ができ励まされ、思いを共有する事ができ優しさにふれる事ができました。治療方法でも、情報を共有する仲間もできました。同じ病に苦しむ方、大切な人が病に苦しんでる方、大切な人を失った方一緒にがんばろうと声をかけていただき、前を向く力をもらいました。妻の友達や知人にも本当にたくさんのご厚情をいただきました。亡くなった今でも、本当に親身になって助けていただいてる方もいます。偽善でも何でもなく1人でも助かって欲しい、善くなってほしいと願うようになりました。あとは、5歳の娘のため彼女が理解できるような年齢になったら母親の事をきちんと伝える為まだまだ、伝えるべき事が私にはたくさんのあります。これからも拙い文章で綴っていこうと思います。もし、よろしければこれからも応援よろしくお願いいたします。

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  9. 機能障害と闘いなが再発、転移の経過観察だと思っていたら・今日、採血の結果今の治療は今日のでやめて別の薬と治療に変更する事になりました。・息子の誕生日に体育大会、音楽会、バスケの試合等もちろん、それ以外に今の治療に合わせての仕事の段取りしてたのに…・次は副作用があるとかなり長く、今よりしんどいらしい。が、今より楽な人もいるらしい。・どっちに転ぶのかな?・・・今日は友人が初めて病院まで車でお迎えに来てくれた。・先日2ヶ月振りに数人で会った時に更に痩せてしまった私を見て友人達でやばい…って話になったらしい・その前に会った2ヶ月前も「あいつヤバいな」って言ってたらしくその内の2人はマメにラインが来る。「生きてる?」 って 一言。・今回は特にお迎えに来てくれた男の子友達が心配してたと、別の友人からも聞いた。・抗ガン剤治療に電車で毎回行き来してるのを知って、次回の治療は送り迎えに行くから!と言ってくれたその男友達。さすがに、朝は8時に出るので申し訳ないお迎えだけお願いしました。・1ヶ月会ってないと変貌してるので2ヶ月振りは余計に驚くんだろうなぁ・一応、皆の前に出てる時は私的には元気な時なので実際の寝たきりの数日をみたらどれだけ驚くのだろう…・ま、その期間は会う事ないけど。・・お迎えに来てもらい、買い物も付き合ってくれて本当に助かりました。IGしてないけど・ありがとう!!・・#次の治療の終わりは来年?#CVポートも来年もまだしてないとダメらしい#12月には一旦落ち着くと思ってたのに#更に憂鬱#マツエクほぼナシ…#再来週つけに行く#色素沈着#味覚障害#次回の治療以降日焼け厳禁!!*****この頃は顔も細くなり過ぎて人相も変わっていた薬を変え予定が全部狂うのが本当に心配8クール3日目体重はマイナス2kg2日目も3日目もいつも通りずっと横になり廃人化してる夜に抜針まだまだ続く治療・・・もうやめたい・・・以前アップした田口久人さんの詩【ここにいる】あきらめないで!辛い時に読んで欲しいいつも沢山のいいね、コメント、メッセージ、フォローして頂き、ありがとうございます☺️初めて御覧になった皆様このブログは手帳を見ながら2016年に癌検診をした時からの事を書いており、未だリアルタイムでの更新はできておりません。ですが、時々、闘病以外の現況もアップしております。私の体験談以外にも、コメントして下さった方々からの貴重な情報も記載しておりますので、同じ様な闘病中の方の参考になるのではと思います。部位は違えど癌に罹患され闘病中の方他の病気で頑張ってらっしゃる方必ず一緒に乗り越えましょうね🌈😊

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    94*年内に終わるはずだった治療・・・
  10. 末期がん告知されて 305日経緯・自己紹介KID氏が亡くなったこと、旅先で知りました。残念です。ご冥福をお祈りします。やっぱ、胃がんやった…やっぱ、スキルスちゃうかなー2年間か…やっぱり色々考えてしまうよなー僕ももうすぐで闘病1年。ありがたいことに、進行は止められているが、いつどうなることやら…てか、ただいまーです。ゴルフ旅行、韓国旅行から無事帰宅しましたーKID氏の訃報を知った時以外は、基本的にずっとハイテンションで過ごした1週間でした!ゴルフでまた焼けました2日連続のラウンドは人生はじめてでした。ほんまに末期ガンかっ!と言うような日程で、体力的にも心配でしたが、余裕、余裕!しっかり36ホールまわりましたスコアは100,102と、やはり100切れない…最近、ゴルフ熱も多少冷め、練習もめっきり減ったものの、それは言い訳にはできない。100の壁は、まるでスキルスの壁のように、分厚いです・・・って、やめやーま、いつか、どっちもブチ破ったります!!とにかく、すごく楽しめました。付き合ってくれたメンバーにも感謝です。ホテルでも道中でも会話が途切れることなく、女子かっ!て言うくらいしゃべって、まぁ内容の半分はクソみたいな話で、残り半分はアホみたいな話でwwwこんな僕よりも、不幸っぽい奴の話を聞いて、生きる希望も持てました♡w人の不幸話は大好物です笑って、お前の不幸さなんか今の俺からしたら、しれてるわっ!なんで俺が励まさなあかんねん!笑てなかんじで、わいわいしながら無事に帰宅そして、翌朝からすぐに出国。ここのカジノはどうやら相性抜群で、おかげさまで、1週間分の旅費も、その間に出していた自家用車の車検代も支払える勝利もおさめましたただ旅、ただ車検♡イェイとにかく、あのスリルは、あの鼓動は、あぁ、俺、生きてる…(ちゃんと心臓動いてるやん)を実感させてくれて、いい治療になっている!と自分に言い聞かせてますまた定期的に行こうと思いますので、暇な人、付き合ってくださいwギャンブル卒業は撤回です。今更ですがwギャンブルなんかに運は使えない…運は病気に使う。と思っていましたが、運で病気を治すという考えはやめました!!自分の力とまわりの力をお借りして、奇跡を起こす覚悟です運なんかに任せられへんわっ!俺、絶対治らなあかんから!さ、明日から14コース目。現実世界に戻って、ガン細胞と戦いたいと思います。あぁ、ほんま俺の人生スリルあるやんあ、そういえば、そんなスリルある人生に興味持たれたのか、ブログ見て、テレビ取材の依頼を受けちゃったんですが・・・治ったら受けます基本目立ちたがり屋なんで、治ったら出たいです治ったらね

    帰宅。明日から14コース目。
  11. おはようございます☔️雨だし寒いし…なdayoffです💔ウィッグarrangeシリーズおさらい💇‍♀️💇‍♀️💇‍♀️ ↓↓↓↓↓ウィッグarrange①ウィッグarrange②ウィッグarrange③ウィッグarrange④ウィッグarrange⑤ウィッグarrange⑥ウィッグarrange⑦夏はEVERYDAY帽子状態だったので完全に帽子キャラになってしまった私…さすがに飽きたなということで最近やっとNO帽子な日々やっぱり…楽ちんーーー今回は初めてハーフアップに挑戦してみました顔周りはいつものように後れ毛を残して一回くるりんぱして表面の毛を引っ張り出して崩しただけの鬼簡単スタイルですポイントといえば2つ!!①上げる方の毛束を分けとる時ギザギザに取ることこうですウィッグって構造上横に一列に並んで毛が生えている事が多いと思うので真っ直ぐ分け取るとパカっと割れてしまう可能性がありますなのでギザギザに取ることによって分け目がもし見えてもほぼわからなくなりますちなみに地毛で作る時もこの分け方にする事が多いです分け目が見えても可愛いですからね♡もうひとつのポイント②ズバリ!毛先の内巻きを崩す!!ココですね毛先ですこれが結構ポイントでなんだかんだやっぱり世の中内巻きが基本なのですがハーフアップで内巻きだと無駄に上品になるというかぱっと見ちょっと古臭くなりやすいのです最近は外はねやランダムな毛先処理が多いのでそこを変えるだけでぐっとお洒落に今っぽくなります♡外はねといってもわざわざアイロンで巻き直したわけではなくこのウィッグは元々ワンカール内巻きだったのを洗った後濡れた状態のまま手で適当に毛先をランダムにしてそのまま自然乾燥しました被ってみるとこう肩に当たったりしてよりランダムになってgood風に吹かれてぐちゃぐちゃになっても元々ランダムなので気にならないむしろいい感じに♡前から見るとこんな感じ前回のはそんなのできない〜とか言われてしまったけど笑今回のは本当に簡単なので是非是非お試しくださいませ使ったウィッグはこちら↓ウィッグ ボブ 黒髪 フルウィッグ 『天使の四季のボブ』【送料無料】フルウィッグ かつら 総手植え ウイッグ 医療用ウィッグ 女性 黒髪 結婚式 ミディアム 耐熱ウィッグ ハロウィン コスプレ10,980円楽天

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    ウィッグarrange⑧
  12. を、さやかは古巣の病院で迎えました。幼稚園の送りのバス停に娘を連れて行ったあと、すぐに私は病室に向かいました。その間の息子の面倒は、お義父さんとお義母さん。いつものスタイルでしたが、お義父さんとお義母さんには大変な負荷がかかっていました。そして相当な疲労と心労で体調を大きく崩していました。このままではいけない。私は数日前に盛岡の両親に相談し、東京に来てお義父さんとお義母さんを休ませて欲しいとお願いしていて、この日の夕方に両親が来る事になりました。そして、さやかの方。今まで様々な病院を転々としてきましたが、やはり当初からずっとお世話になってきて、顔馴染みの看護師さん達がいるK病院の病棟は落ち着きました。さやかとぼんやりと病室のテレビを眺めながら、朝のワイドショーで、ある罪を犯した芸能人の謝罪会見が映像に流れてきました。取り返しが付かない事をしてしまった人。栄光を得ていながらも、一つの罪でこれからの人生が一変してしまう事がある。テレビの前で涙を流していたその人も、生きていれば挽回するチャンスがある。でもさやかは違う。もう挽回のチャンスはない。さやかがそんな事を言いながら、涙をこぼしていました。私は気の利いた言葉が出てきませんでした。でも。珍しくさやかは朝から元気でした。いつもは朝から夕方にかけて、せん妄特有の眠気や意識混濁があるのですが、この日は朝から意識がしっかりとしていて、一人で立ち上がってトイレに行ったり、眠気も少なくちゃんと会話が出来ていました。「今日は何だか調子がいいね。」「うん。結構元気かも。」そして。「ねえ。家に帰りたい。子供達は元気にしてるかな。。」外出したいと言ってきました。最後までさやかの願いを叶えてあげたいと思っていましたが、頭によぎるのは、要町病院のM先生に言われたさやかの状態と余命。あと余命は1週間から2週間。今夜にでも急変するかもしれない。24時間後にはさやかはいない。そんな可能性を秘めていました。もうリスクを気にするとか、そんな次元ではなく、一番正しいのはさやがが望むことをする。主治医にも相談をして、2時間の外出の許可をもらいました。K病院は家から近い。何かあればすぐに戻る事が出来る。娘が幼稚園から帰ってくる15時を目安に、帰宅の準備をしました。久しぶりにシャンプーもしてもらいました。A病院みたいに流し台ではなく、シャワー室を使わせてもらって、洗うのは看護師さんに全部お願いしました。サッパリしたとさやかは言っていました。15時になり、さやかと帰宅。さやかはソファに横になりながらもご機嫌で、息子とじゃれたりして、その時間を楽しみました。娘も幼稚園から帰ってきて束の間の家族の時間。後から考えると、これは奇跡的な時間。でもこの瞬間のさやかは元気。まだまだ生きる。やりたい事を叶えてあげられる。そんな事をぼんやりと考えていました。その後、さやかは自室のベッドへ。少し疲れたのかな?子供達に会えていっぱい話もしたので、そう思っていました。そして。。さやかの元気な姿を見る事が出来たのは、この瞬間が最後でした。17時前。盛岡の両親が到着。そして病室に帰らなければならない2時間が経過していました。さやかは体調が悪くなり、なかなか起き上がれない。苦しい表情で何とか起き上がり、準備をして車に向かいましたが、足取りは重く、肩を貸してあげないと歩けない。どうやら吐き気がするという事らしい。どこか様子がおかしい。1時間前まではあんなに元気で。ピースサインで笑顔だったのに。一時的なものか。今までも急に体調が悪くなる事はあって、症状を抑える薬を飲んで安静にしていれば、次第に良くなっていました。今回は違いました。ここから先は、もっとも辛く苦しい時間が訪れます。我が家に帰り、子供達に会えた。急変が起きたのは、さやかの最大の望みを叶えた直後でした。~~~~~~~~~~~~~~~~子育て奮闘記も書いてます。会社の人間ドック。もしも私が死んだら。。(9/7)さっさんのふんばる子育て記 別館~~~~~~~~~~~~~~~~ふんばる子育て漫画更新!(8/30)「片付け上手な娘に思わずジーンと。」子育てお役立ち情報サイト ChildFine~~~~~~~~~~~~~~~~

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    子供達に会いたい。奇跡の帰宅。
  13. 末期がん告知されて 306日経緯・自己紹介14コース目スタート本日も12本もの採血で結構な量の血を抜かれ、抗がん剤も点滴してきましたが、ジムで汗流してきました汗で抗がん剤全部流れ出た気するんやけどwさすがに抗がん剤後すぐのトレーニングは初めてで、若干心配しましたが、問題なしスッキリして帰ってきました。以前、トレーニングの内容はブログに書いたのですが、読んでくれた方からわりと反響がありました【参考】俺は末期ガン患者なのか?そんなに運動して、大丈夫?!ってわりと心配されました…大丈夫ですその時のブログでも、書こうか迷ったのですが、みなさん、第二の心臓ってご存知ですか?体のどこの部位がそう呼ばれているか。そう、ふくらはぎなんです僕のトレーニング。実は、ふくらはぎ強化のため。って言ってもいいくらい、下半身の運動ばかりですふくらはぎは足から心臓に向けて戻る静脈血の通路。ここの血流が悪くなると、足から心臓に戻る血液の流れが悪くなり、そのせいで全身の血液循環も悪くなる僕はもともと立ち仕事だったので、足はそこそこ丈夫だという自負はあったが、いざ、トレーニングをはじめると、立っているだけでは鍛えられていないことを実感。ただただ有酸素運動をして、汗を流しているわけではなく、そんな理由もあり、多少無理しても、健康のために、寛解という目標のためには絶対に有効だと、自分に言い聞かせて、楽しんで、びしょびしょになっていますま、もちろん無理は禁物。そーそー同病の方から、メッセージも多くいただくのですが、最近少し感じてしまうのが、こんなに楽しく、元気に過ごしていること、(…末期ガンのくせに)何も気にせず、書いている僕ですが、プレッシャー焦りなんかに繋げて欲しくないな…って。もちろん、考えすぎって言えばそこまでですし、見たくない人は見ないわけで、そう感じない人がほとんどだとは思うのですが、僕も以前に、そういった経験があったので、最近、アップするたびに、ちょっとした懸念を抱くことがあって。僕にとっての最大の天敵であり、死まで意識させられたオキサリプラチンを点滴していた時、いろんな人のブログを拝見していて、すごく焦った記憶があります。俺、甘えてる?!もっとなんかしなあかん?普通に働いてる人もおるやん…って。だから…そんな経験もしているから、同病で、ガン闘病中で、このブログに訪れてくれている方に声を大にして言いたい!!抗がん剤の副作用は100人いれば、100通りあると。だから、人と比べるべきではない。いや、抗がん剤だけの話ではない。違う病気の方も、人と比べることは無意味。だって、自分の体は、この世に唯一無二のモノであると考えるべきだと、僕は思っている。思うようにしている。先日、店に足を運んで下さった、胃ガン闘病中の方とも話していて本当に痛感した。その方はオキサリプラチンは余裕で、TS-1はしんどかったらしい。僕は全く逆。今、こうして楽しく元気に過ごせているのも、たまたまTS-1が僕にはあっていたから。情報が溢れる時代。がゆえに情報に頼りがちな昨今。参考にするのと、鵜呑みにするのは違い、自分の中で消化すべきなんだと思う。ま、それって結構難しいことですけどね食べログとかの口コミとかもそうですやん。先入観入ってまいますもんねこないだも、嫁がどうしても行きたかったらしいとんかつ屋に。超人気店。ランチするために朝8時から名簿に記入しに行く。と美味しかったよ!うん、美味しかった!そりゃ8時から並んだんやから、美味しい言わざるを得ないし、こんなに高評価口コミだらけなら、「うまい!」言わな、自分の感覚が間違ってるみたいやもんねwwwでも、嫁にも、行ったことあるツレにも正直に言ってみた…「あの値段なら あんなもんじゃない?」ツレは、大共感してくれたそう、人それぞれやんな。僕はまだ経験していないし、そもそもこのブログ、コメント欄閉鎖してるから批判コメントとか受けてはないけど、わりと多いらしいですね。批判コメント…腹立つね。こんな言い方、よくないのかもしれないけど所詮ブログ。所詮自分の意見、考え。書いてるだけやん。人それぞれやんそうやって、みんな思ったら、そんな批判とかもなくなる・・・ならんか…でも、なればいいな!ん?なんか、だらだら書いてたら、書こうと思ってた内容と全然かけ離れてるま、ええかあ、最後に最近僕が思ってること。どうにか世論が動いて現実にならんかな…って。平成ももうあと3ヶ月…平成の次の年号・・・安室元年にならんかな?ここ数日、毎日安室ちゃんDVD見て嫁と一緒にキュンキュンしてるwいうて、超にわかファンで、半分以上知らん曲やけどね…何より、妊娠中の安室ちゃんは次女に似てるん?ちゃう?親バカ?ま、ええか人それぞれやん♡

    第二の心臓
  14. 絡を入れていたのでお見舞いに来る事になっていたのです。病院についてさやかの様子がおかしい事に、義妹も戸惑っていました。。コンビニでさやかが食べたそうな物を調達してきてくれていましたが、さやかは一口も口にする事が出来ず横になるだけ。とにかく痛みがひかない。2回目のオプソ。1回目の服用から、間を開けられた時間は1時半だけ。こんな事は今までに無かった。。20時にMSコンチン。義妹は用事があり、帰宅。20時半にはまた嘔吐。MSコンチンの効果に期待しましたが、痛みは全くひかない。21時に耐えきれず、3回目のオプソ。睡眠薬も飲みましたが、いつも悩まされる眠気が今日に限ってやって来ない。睡眠薬の点滴をお願いし、ようやく落ち着いた気がしました。時間は22時。後ろ髪をひかれながらも、この日はどうしても帰宅せねばならない事情があり一時帰宅しました。しばらくするとさやかから電話。今から来て病室に泊まって欲しい。一人は嫌だとの事だった。最期の時を迎えるまで、さやかに全てを捧げる覚悟。家の長座布団を持ってすぐに駆け付けました。病院に着くと、さやかはベッドに腰をかけていました。意識は朦朧としており、呼びかけに首を動かす程度の事しか出来ない。発する言葉は「痛い」だけ。昼間はあれだけ元気だったのになぜ。あのパワーは人の命が消え尽きる前の最後の炎だったのか。。もうさやかは燃え尽きるという事なのか。。病院が用意してくれた簡易ベッドに横たわり、心を決めた。とにかく今夜はさやかの側にいよう。痛いところは撫でてあげよう。反応してくれなくていいから、声をかけてあげよう。そして悲しい運命の日。2017年10月14日を迎えます。~~~~~~~~~~~~~~~~子育て奮闘記も書いてます。会社の人間ドック。もしも私が死んだら。。(9/7)さっさんのふんばる子育て記 別館~~~~~~~~~~~~~~~~ふんばる子育て漫画更新!(8/30)「片付け上手な娘に思わずジーンと。」子育てお役立ち情報サイト ChildFine~~~~~~~~~~~~~~~~

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  15. パシリ復活(´ω`)
  16. 🌺🌼🌸💐🌻🌷🌹🌺🌼🌸💐🌻🌷🌹🌻〜ブログを通じ彼女を支えてくださった皆様〜過酷な状況の中で優しさを忘れない皆様〜当時の妻と同じ状況にある皆様〜今のぼくと同じ状況にある皆様〜ぼくたち家族を励ましてくださる皆様🌺🌼🌸💐🌻🌷🌹🌺🌼🌸💐🌻🌷🌹🌻妻は亡くなる5日前ブログを読んでくださった皆様に向けて1人病室でお礼の言葉を書いていましたのりちゃん、私が息を引き取ったらブログの下書きにある記事をアップしてね・・・それがどういう意味を持つのかぼくが聞き流すこともできないし、真顔で返事することができないのもわかっていても彼女が家族や友人も含めて勇気をもらったブログを読んでくださる皆様にどうしても伝えたかったこと自宅で亡くなる前夜予兆があったのかわからないけどもう一度大切な約束を繰り返す妻妻が眠ってから子供たちを迎えに行く間にぼくは約束を守りました時間は彼女が旅立った時間彼女は今もぼくの中で生き続け感謝することの大切さを優しさの意味強く生きるということたくさんのものを残してくれたし今でも力をくれます〜〜妻の最後の記事 ありがとうございました!〜〜(抜粋)🌺🌼🌸💐🌻🌷🌹🌺🌼🌸💐🌻🌷🌹🌻ありがとうございました。私は先に逝ってしまいますが、残された皆さんがこれからハッピーに過ごせますように、天国から祈っていますね。2017年9月15日yamai-shori🌺🌼🌸💐🌻🌷🌹🌺🌼🌸💐🌻🌷🌹🌻抜粋ではない2017年9月20日の記事ありがとうございました!の全文は下にリンクを貼りましたhttps://ameblo.jp/yamai-shori/entry-12312403868.html 妻にハッピーだよ!と胸を張って 言える日まで・・・ ここで出会った皆様 つたない文章にお付き合い くださった皆様 そしでこんなぼくと 結婚してくれ妻へ❤️ 本当にありがとうございました! 2018年9月20日 のり

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  17. クイズ❗何をしているでしょーか?
  18. は17時くらいに別病院に移動すると言って、K病院を後にしていました。主治医がその時に言っていました。「先程奥様の様子を見に行った時、こうおっしゃっていましたよ。」○○ちゃん。ずっと一緒だからね。。私が家族に緊急の連絡を入れるために、病室を離れた時のことだったようです。娘の名前を呼んでいた。さやかは娘の事を本当に大事に育てていました。一番愛していた存在だったでしょう。さやからしい最期の言葉。14時くらいに伯母が来てくれた時に聞いた「ありがとう」が、私が聞く事が出来た最期の言葉でした。その言葉でも良かったのですが。本当は聞きたかった。愛する存在を想うその言葉を、本当は直接聞きたかった。今でも心に引きずっています。21時半に義兄が岡山から到着しました。ほんの30分の差。義兄は妹の最期の瞬間に立ち会う事が叶いませんでした。残念だけど、でも彼も全力で向かってきてくれました。遠い岡山から急いで来てくれたその気持ちは、さやかに届いていたと思います。さやかとの別れの時間。さっきの出来事が、夢の中の出来事のような気がする。さやかの呼吸が次第にゆっくりになり、心電図モニターの血圧、呼吸の数字があっという間に0に近づく。呼吸が止まる。さやかの表情は変わらない。さやかはただ眠っていて、声をかければ普通に目を覚ましそうな感覚にとらわれました。事実に向き合うこと。気丈で居ること。さやかが教えてくれた。そしてさやかを失う覚悟と心の準備を散々繰り返してしてきたから。唇を噛み締め、涙が溢れ続けましたが、取り乱す事はありませんでした。葬儀屋の手配もこの場で進めなければならない。事務的な作業があるのは逆に有難い。冷静になれる。自宅から近くにある、希望していた葬儀屋さんの手配が出来ました。良かった。。最期に、看護師さんにさやかの身体や顔を綺麗にしてもらいました。30分くらいでしょうか。その間は病室を一旦離れました。病室に戻って見た時、さやかの様子は一変していました。白い装束を身に纏い、手は合掌。顔には白い布が被せられていました。あまりにもさやかの死を実感させる姿。震える手で、布を取って見たさやかの顔は本当に穏やか。安らかな表情をしていて、ニコニコしているようにも見える。すこし化粧もしてくれたのでしょうか。自分の成すべき事を全てやり遂げた。達成感すら感じる表情。私も安らかな気持ちになりました。葬儀屋さんが来て、さやかを斎場に運びました。その場で納棺の儀式が始まる。旅支度の姿にならい、足袋や袴などが付けられていく。さやかはまだ少し暖かい。起きてこないかな。。その後の日程が決まりました。葬儀、火葬は、3日後の2017年10月17日。通夜はありませんでしたが、その代わりに前日に斎場の親族控室に泊まり込んで、さやかと最後の夜を過ごす事が出来るそうでした。一通りの打合せが終わって、家に着いたのは午前1時過ぎ。岡山から駆け付けてくれた義兄が、ずっと一緒にいてくれました。心強かった。ありがとうございます。これからは喪主として。さやかをしっかりと送り出さねばならない。明日から大丈夫かな。気をしっかり持てるかな。。~~~~~~~~~~~~~~~~子育て奮闘記も書いてます。さやかを思い出してしまう曲。娘はアッサリとしたものです(9/17)さっさんのふんばる子育て記 別館~~~~~~~~~~~~~~~~ふんばる子育て漫画更新!(8/30)「片付け上手な娘に思わずジーンと。」子育てお役立ち情報サイト ChildFine~~~~~~~~~~~~~~~~

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