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  1. よ』ってそしたらX保険外だけど某歌手が肺にあった15個の腫瘍を焼いて治した大学病院があるよ!』って教えてくれた💨💨とにかく、肺の多発転移をどうにかしないと腹膜の手術は無理らしい…ただ、まだ治療出来る抗がん剤はあるはずだしビーラフ変異のブロックが出来る薬❔の治験がもぅ少しで始まるはずだと…あと、来年にわたしに使えそうな新しい薬が出るはずだから、それまで頑張ろうと…スネ夫に手紙を書いてくれて、それでもダメならウチに来なさいと…『HIPECだけでもやりたい』って言ったら『出来ないことはないけど…』って微妙な顔だったでも終始、明るい感じで3、4人いた助手も含め笑いを取りながら『3ヶ月で死ぬとか考えられなーい』って、最後は先生と握手して帰りました(笑)受付でも患者に見られず『患者様ご本人はどちらに❔』って聞かれて『わたしですけど❔』ってほたるちゃんも言ってた『今こんなに元気な人が3ヶ月はない』って今気付いたんだけど…オキノームのせいか❔皮膚の一部が感覚ない…これは❔あるある❔長風呂は危険かな❔もぅ少ししたら出ようあっ大事なこと忘れてた‼‼最後に『来月東のドクターXの診察予約をしてるんですが意味ありますかね❔』って聞いたら『ありますよ』ってなんか、あの先生は『意味ないよ』とかハッキリ言うだろうから嬉しかった自分の選んだ先生達を信じて、東のドクターXにも会いに行こう‼‼きっと何か突破口が見つかるはず‼

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    お風呂から投稿(笑)ドクターXとの会話
  2. 年8月10日。息子入院7日目。本当に長かった。RSウィルスに感染していると聞いた時も、そんなに危険な状態だとは思っていませんでしたし、入院すると聞いた時も、まさかこんなに長く入院する事になるとは思いませんでした。息子の入院期間=私が病院に寝泊まりする期間でもあります。ようやく明日退院を迎える、という日まで来ていましたが、マイナートラブルが私の身に起きていました。身体中に謎の湿疹が出来てひどく痒いのです。病室で寝る時に使わせてもらっている簡易ベットで寝始めたら、ひどい湿疹が出始めたので、もしかして借りている布団が影響している?と勝手に決めてかかっていましたが、布団だけでこれだけの状態になるか、と疑問に思い、初めてアレルギー検査をしてみました。小さくて見づらいですが、9ヶ所の項目にアレルギー反応が出ていました。アレルギーに詳しい先生に説明してもらった訳ではないので、基準を超えた項目の数値がどれだけの強いアレルギーを示しているのか不明ですが、花粉症持ちですし、ダニのアレルギーも反応が出ているのでやはり布団のせいだったのかな。と思います。ストレスの可能性もありましたが。。息子の退院後、湿疹はすぐに治りました。本題です。この日は高濃度ビタミン治療を再開すべく、妻と私と一緒に院長先生の診察を受ける日でした。医者というより商売人の雰囲気を感じる先生。帰りにまたガッチリと握手されるんだろうか。。ここで確認したかったのは以下の4点。・腹水が一時発生したが、高濃度ビタミン治療を再開しても大丈夫か。・腹水が再発した場合、どの程度の腹水量であれば継続しても問題ないのか。・腹水により継続が難しくなった場合、CART治療と並行したいのだが、CART治療を行える病院は紹介出来るか。・免疫療法を開始したいのだが、どの免疫療法が一番効果が期待出来るか。質問文書を院長先生に渡し、ひとつひとつ丁寧にご回答を頂きたかったのですが、「色々と大変な思いをされて、ご質問もしっかりと書いて下さってご苦労様です。」はい。ありがとうございます。で?答えは?そして先生から意外な発言が。「まず高濃度ビタミンの治療を速やかに再開して下さい。というのも高濃度ビタミン治療と腹水は因果関係は全くありません。」えっ。。関係ない?どういうこと?インターネットで調べれば、どのページも腹水がある場合は注意すべきと書いてあるし、そちらのクリニックのホームページにも、腹水がある時の注意事項が書いてあったんだけど。。「CART治療をしたい場合はいい病院を紹介出来ます。そこの病院は高濃度ビタミン治療を推奨していてCARTと組み合わせる治療をメインにしています。」この情報は興味はありました。が、結局紹介される事はありませんでした。(今、紹介すると言っていた病院は閉院しているようです。)4つ目の質問の免疫療法の開始の件については、「ごにょごにょーの。ふにゃふにゃ。」で終わりました。院長先生の頭の中は、高濃度ビタミンCで出来ているようでした。とにかく「速やかに再開すべし」の言葉に押されて治療の予約を入れ、ガッチリと固い握手をしてその日は帰りました。「腹水との因果関係は無い」これは怪しいものでした。でもそんな疑問よりも。7月25日に緊急入院してから15日間、無治療期間が続いていました。やっと武器を持たせてもらえる。癌細胞に高濃度ビタミンC弾丸をぶっぱなせる。そう思えて、嬉しかった。でも久しぶりに返してもらったその武器は、銃口を自分達に向けてくる事になります。愚かな私達だったかもしれませんが。重度の癌難民となっていた私達に、冷静になれと言われても無理な話です。 【N-11】【メール便対応C】【送料無料】サロペット パンツ レディース 春夏秋... 価格:2690円(税込、送料無料) (2020/1/26時点) 楽天で購入

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    高濃度ビタミンC点滴療法と腹水の因果関係。
  3. 以前に 女の子二人お見舞いに来てくれてそのうちの一人が 、、、好きな子 なんですよね きっと、、、多分ディズニーのお土産くれてずっとずっと あの子の部屋で 楽しそうに3人でお喋りしてて前の日から 万全の準備して かぁちゃんも頑張りました。で 私の方から 仕掛けた、、確か 1月11日ねぇYuyaお見舞いいただきっぱばしだからさ、、 結構高価なものだし ディズニーのダッフィ とスティッチ、、 申し訳なかったよね 大奮発だったと思うよ、、、どうする?ママはお返しした方が良いと思うんだけどYuyaのお小遣いで なんか返そうよYuya は 照れ臭そうに、、、「うん いいよ別に 」とか言うわけですよその時 あの子の目はまだまだ 厳しくて、、選ぶことができないから私がまた仕掛ける訳ですよあのさ もうすぐ受験だからお守りみたいにできるものが良いと思うんだよでも 受験終わったら そのお守りも寂しくなっちゃうからママね ピンキーリングを調べてた時に 見つけたのハワイアンジュエリーってやつそれのクロスペンダントヘッドが 凄く可愛くて お守りにもなるからさでね そこにプルメリアって花があって そのお花が刻まれてるんだよそれが その人に幸運を呼ぶって意味があるんだってよだから 最強のお守りになると思うから それにしてみたら? すごく素敵だしさふんぱつしちゃうか!!二人仲良しで いつも何か買う時 お揃いの買って インスタにアップしてるって言ってたよね?だから 女子二人 お揃いでさオシャレな受験のお守り きっと喜んでくれると思うからママ 良いの見つけたよ!!「うん じゃぁ ママに任す」って「大切な人の幸せを願う」って書いてあるからもうこれしかないって思ったんです。Yuya に 画像を見せたら なんとなく見えるってそれで良いよママ ってあの子に経験させてあげたかった淡い恋の経験とか気になる子に ジュエリーをあげるドキドキ感とか一世一代の一大事でしょ 男の子にとって、、年齢的には早すぎるけどあの子にこのドキドキ 経験させてあげたくて変な母親だな、、、って自分でも思ったでも いいや、、、いいじゃんってだって これから そういうこと経験していくはずだったんだもん本当はもっと子供染みた素朴なプレゼントが良いのかもしれないけどピンキーリングもハワイアンジュエリーも あの子の想いや願いがこもってる メッセージジュエリーだからあの子に言われた通りに お見舞いのお礼状を書いてレターパックに入れて友人のShima ちゃんと なおみちゃんに託しました。ちょうど 病院に来てくれてたので地元の郵便局本局に 投函してもらいました。それまでのYuyaは落ち着かなくて、、、ママ しまちゃん 今どこ?もう 郵便局?!オイオイ!!5分おきに聞くなよ!!まだ病院の駐車場とかだから!!!もう ソワソワで、、、笑すごく可愛いくて、、、泣泣けた 泣しまちゃんも「こりゃすごい任務だ!!責任重大だ!!!緊張してしてきたよ!!頑張るよ!!」ってしばらくして しまちゃんから ↓この しまちゃんからのLINE来たこと伝えたらその後からいつ 届く?!午後?午前?明日絶対着く?の質問責めで、、、、 いつ 二人からLINEが来ても良いようにずっと待ってたきっと ドキドキ ドキドキしながら 待ってたテーマはお見舞いのお返しで受験の応援だからあくまでもねでも 私もドキドキ ドキドキ前もって 女の子達に伝えておいたんですけどねYuyaと一緒に選んだお守りが届くからね ってそれが届いた後連絡が来て その子のお母さんからも 娘が喜んでます これで 合格間違いなしです!!って メールいただいてYuyaのラインにも ジャンジャン メッセージ入ってきてママ 開いて良いよって 言うもんで恐る恐る 開けてみたら「受験頑張るよ!! 一生の宝物にするからね!!すごく嬉しい!!」って スタンプ満載で笑書いてくれていました。「あの二人さ いつもなんでも お揃いのもの買ってるからさ 良かった 喜んでくれて」って 言ってました。その一週間後に今回の意識混濁が始まり、、、あの子に あのドキドキを 体験させてあげることができて 、、、変な親だけど、、、本当に良かった。泣昨日は 地元の仲間がきてくれてあの子が好きそうな音楽の入ったこれ ↓持ってきてくれました良い曲ばっか泣Yuyaの耳に届いてます 泣ありがとうね。そしてYuyaコーヒーのこと皆さん 沢山買って下さって 本当にありがとうございました。実際に 古市さんのところへ買いに行って下さった 地元の読者さんもいらしたり沢山の方が メッセージやコメント下さって皆さん 美味しいって 泣お子さんにYuyaのこと伝えて下りながら 一緒に飲んでくださったりお仕事のミーティングの場でYuyaのこと話してくださって いつもはお茶なのに 昨日はYuyaコーヒーにして下さったんだそうです。いつになく 熱いミーティングになりましたって おっしゃってくださいました。古市さんも 喜んで下さって「こんな素敵なことに関わらせてくれてありがとう」っておっしゃってくださいました。Yuyaは今日初めて 固形物のりんごを少し食べることができました。やっぱり嬉しいです 泣皆さん 全ての皆さん本当に本当に 心からありがとうございます。

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    2020年1月13日 Yuya のハート記念日
  4. 中での初体験となる抗がん剤治療」が始まった日でもありました。初回投与ということで、前日から蓄尿し、腎機能を確認したり、投与後アレルギーなどは出ないか確認のためにも、入院での抗がん剤でした。(2クール目からは外来)わたしの初の抗がん剤治療の感想は...「雪山みたい!寒いので何度もトイレに行く。その度外す。指先が赤くなる。途中は眠かったりポカポカしたりしたけど、投与後夜は特に変わらず。シャワー入る。」と、書いてありました。TC+Beb療法はパクリタキセル+カルボプラチン+ベバシズマブ(血管新生阻害薬)です。パクリタキセルの副作用として手足の痺れがあり、薬剤投与中に冷えた手袋や足袋 (フローズングローブ、フローズンソックス)で冷やします。病院は手用のフローズングローブしかなかったので、わたしは銀の保冷バッグ(何枚かセットになっている100円均一で購入)保冷材を持参して、病院でタオルを借り、まず、裸足になり、タオルを巻いて、銀の保冷バッグに保冷材を大量に入れ、そこに足を突っ込んでおりました。そして大量の輪ゴムで、固定。凍傷になるかと思った。でも。なる寸前にトイレに行きたくなる。また、味覚が変わるとのことも聞いたので、病院のコンビニで氷を購入し、パクリタキセル投与中、トイレに行く、そのタイミングでフローズングローブを外した時に口の中に氷を放り込む、といったこともしていました。そのおかげで、7クール TC療法はしたけど、手足のしびれは全くなく、味覚障害も出ませんでした。手足のしびれは10人いたら7〜8人はしびれが出るそうで、わたしはほぼ出ませんでした、これはとっても珍しいようで...。本当にラッキーでした。投与中の「眠かったり、ポカポカしたけど...」って言うのは、パクリタキセルがアルコールで融解されているからですね。ポカポカ、ウトウトしていました。そんな一年前の今日のおはなし。

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    【1年前の今日は...初の抗がん剤】
  5. 小さい部屋に主治医看護師 私と旦那私はあんなにたくさんの先生が画像みてたのに今主治医だけってことはやっぱり大したことないんだろうなまだこの時もそう思っていたお待たせして申し訳ありませんでした と今回 息子が受けた検査は脊髄液の検査と MRIの画像の検査ですMRIの画像の検査で 気になるところがありまして…見せられた画像は素人からするとよくわからない…きがした何か特別には見えないきがした息子さんの脳のここの部分が腫れています とん?指差されたところは画像の中心部だったえ?そんな中心?小脳じゃないじゃん脳幹という部分です一言でいうと 脳の腫瘍です若い先生だったでもとても落ち着いていて私たちに告知したこの病院では実は診れないこともうすでに提携先の病院に連絡をしていること を伝えられるどこですか? ときく有名な大学病院だった子供医療センターではないのか? ときくと医療関係者ですか? ときかれるいや違うけど と答えるこの部分の病変の場合は神奈川県ではこの大学病院か川崎の北の方の病院のみなんですとそうかそして私は質問した素人目からみてもその部分はかなり脳の奥のようだが手術とかできるんですか? と先生は 一呼吸おいて大学病院でもう少し詳細の検査をすることになると思うとそこでの判断になるかと思うとのことそうですね わかりました私は隣を見てギョッとした旦那が泣いていたいつから泣いてたんだろうあーここはこの場面は泣く場面なんだずっと冷静だった自分に驚くとともに何故か自分も涙が溢れたと

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  6. 2年10ヶ月の過酷闘病を経て、永眠しました🙏私は、膵臓がんになっちゃた❗️と、軽くブログを始めました。私は膵臓がんで、悩んだり、苦しんだり、恐怖におののく事すらありませんでした。ステージ4、余命半年と告知されましたが、それすらはねのけ、転移さえ、恐れません❗️思い出すのは、手術後20日間の激痛だけかなー😢とはいうものの、抗癌剤の副作用もきつかったよ😃そんな強気の私は、痛々しい恐怖を今、感じています。夫の舌癌転移を、ブログに書き出すと、心が重苦しくてたまらない恐怖に、さいなまれます。事実と本音が、頭のなかで葛藤し続けています🥺夫、私、主治医のあいだで交わされた、会話は結構癌患者にとって、(とくに夫)には、きつく辛いものでした❗️夫の嗚咽、オエツ?💦初めて見ました🥺今まさに、死に直面している方、ナーバスになっている方が、私のブログを読んだら、どう思うのか❔私は今とても悩んでいます🙇本音で夫の最後を書いていいですか❔ 死 重たいです❗️主人が逝き、20日でブログを始め、遺品整理、終活、すべて終わりました。😀私の心は、スッカラカン❗️(笑)私の家も、スッカラカン❗️(笑)この3ヶ月、つかれました😀しばらく、ブログお休みします三回目の人生、始まり、始まりです🤗😀🤗😀☀️☀️☀️また、お逢いするひまで🎵みんな癌なんかに、負けるなー👊👍️がんばれー👊😆🎵強気のmayahaya2236でした。

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  7. 幻肢痛
  8. 余命宣告への道 〜痛みの原因判明〜
  9. 、、、19時半過ぎ看護師さんが「終わって呼ばれたので、今から迎えに行ってきますね。」と声をかけてくれたそれでも、エレベーターで戻ってくる時間が、すごく長く感じたやっと戻ってきた良磨はいつもの笑顔でした足がないことに気づき、大泣きで来るかと思ったよ😅良かった、良かった、本当に無事に戻って来れて良かったよ~出血も少なかったから、輸血用意してるけど、とりあえず使わなかったみたい良磨の第一声は「お腹すいたよ~」でした(笑)元気そうで安心した。そいや、私も手術から帰ってきて、同じこと言ったなぁ、、、やっぱり親子だそして、、、本当に左足が無くなりました😭主治医に切った足の話をされました。「太ももはこれから検査がいろいろある。でも、膝から下は使わない場所。どうしますか?通常は病院で処分しますが、たまに欲しいと言う人がいます。ま、その場合火葬しなきゃなんですけどね?」と、、、😨😨😨良磨生きてるのに、火葬😭😭😭私は、そんなこと無理なので、病院にお願いしました。この病院は、私の手術のときも、取り出したものを見せに来たから、見せらるんじゃないかとドキドキだった。私は悲しくなるから、見せられなくて良かった良磨は、その自分の足を目が覚めたときに、見てしまったらしい。ショックだっただろうなぁ。術後の良磨も、また元気にドラゴンボールの続きを見ていましたこれは、表情イマイチですが、、、ドラゴンボールを真剣に見て楽しんでいる時に撮ったんですけどね(笑)

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    手術が無事に終わりました
  10. 私も一緒に義兄の所お見舞いに行った。長女がいる方が、今後の話もしやすい。 「お正月は退院できなかったけれど、もし先生が許可してくれたら退院してもいいとは思っているの。でも、大腸のストーマだけでなくって、腎臓にも管が入ったわけだから、きちんと管理しなくてはならないんだよ。大腸はもともと色んなバイ菌もいるけれど、腎臓は菌は入ってはいけない所だから、感染のリスクが高いし、もし感染したら腎不全になってしまうから。」 「片方の腎臓は機能していないってさでも、もう片方が無事でよかった、とりあえず大丈夫だって。」 片方の腎臓がダメになっていたなんて…。たしか。急性腎不全回避のための腎瘻形成だったはずなのに。 「じゃあなおさら、残った腎臓を大事にしないと…。残った腎臓が補うために頑張ってくれるから。でも、その分、腎臓に負荷がかかる。安静とか減塩とか大事だし、具合が悪いときはちゃんと言わないと。」 「ん~。」 「やっぱり、退院するなら、クリニックの先生に訪問診療をしてもらったり、訪問看護に週に2~3回、管が入った所を点検してもらったり、食事の支度だって、『自分でできる、好きなものを食べる』って訳にはいかないよ。三度の食事の支度って大変なんだから。」11月ころ、在宅の話をしたときに、ヘルパーさんに来てもらいたくなさそうだった。料理にこだわりがある、自分で決めたものが食べたい、自分で作れる…と。でも、気が向いた時だけ作るのと、毎回作るのは違う。義兄はこだわるけれど、元気な時に月に数回。あとは、スーパーのお惣菜やコンビニで買ってきていたし、引っ越してくる前の一年は、具合が悪くて食事がほとんどとれない。チョコレートやアイスクリーム、炭酸飲料(スカッとするからかな?)など、細々と食べていたと言っていた。入院していると、バランスのいい食事がきちんと出てくる。食事に不満が出てくる気持ちも分かるし、味も薄いかもしれない。ただ、引っ越してきたときより元気なのは、病院食事によるところも大きいと私は思う。以前、こんな話をした。 「配食サービスもあるみたいなの。それとヘルパーさんを組み合わせたら、どうかな。もちろん、自分が作りたいときは作って、配食サービスのものは冷蔵庫に入れておけば?在宅になったら、うちの旦那が夜は毎日、見に行くんだから、残っていたら食べるし。」 「なら、そんな病院食みたいなおかずは、俺は毎日食べないから捨てればいいんだな。第一、もともと朝食は食べない主義だし、好きなものが食べられなくちゃ、在宅にする意味がない。」なんで、こういう言い方になっちゃうのかなぁ…。折り合いをつけることが、本当にできない人。思ったまま言ってしまうんだ。外食もせず、何年も三度の食事を作り続けていた亡き義母が浮かんだ。帰省すると、毎回目にする光景は、何もしない義父・義兄・夫。義母の料理を、一度も美味しいと褒めたこともないし、出てきて当然のように食べ、酒を飲み、終わると無言でトドのように寝転がる。食事のあとの食器を片づけたこともない男三人。義父と義兄と夫…。そう言えば、「いただきます」も、「ごちそうさま」も言わない。結婚して、夫の実家に帰省した時に、すごくびっくりしたんだった。あれから2か月・・・。ヘルパーさんは頼む気になったみたいだ。外泊は、私は一切、食事のことは口を出さないことにしていた。「お鍋なら、食べやすいかもよ…。」とか、「おうどんなら手軽だし、消化がいいかも。」と言ったら、好きなものを勝手に食べるから、放っておいてくれ、と二人に言われたのだ。勝手にすれば…でも、うちの夫は食事が作れない。メニューを考えることができない。味付けもできないし、料理本を読んでも分からないし、まして工夫なんて。この2か月間の外泊で、義兄はよく分かったようだった。 「ヘルパーさんは来てもらわなきゃ困る。○○(うちの夫)は何もできないから、俺が作らなきゃ、ご飯出てこないし、テレビばっかり見て酒飲んで、何にもしないから。」知ってる知ってる。ご飯を作れる男の人を、私は心から尊敬する。 「ヘルパーさんに文句ばっかり言ったら、来てくれなくなるからね。」食事指導を受け、大腸がんで、人工肛門をつけ、腎臓まで悪くなってしまった。私の感覚では、少し体にいいものにしなきゃ…って思うんだけどな。もちろん、時には食べたいもの、体に悪いものもいいと思う。元気な時には気にならなかった、義兄のこだわり。料理器具を通販でプロ仕様のものを揃えてみたり、滅多に使わない調味料を整えてみたり。うんちくを語る…。「美味しい」って言わずに、出てきた料理に文句を言う。農業を一切手伝わなかった義兄。でも、義父の作った田舎のお米がどれほど美味しくて義母が作った野菜で、早朝から仕込む煮物の優しい味。毎日、家族のために作るご飯ほど有難いものはないと思う。もしも義兄が、在宅治療ができたなら、ヘルパーさんや配食サービスの方に「ありがとう」「美味しかったよ」「助かったよ」と言ってほしい…。喉元まで、出かかったけれど、とりあえず黙っていた。ヘルパーさんには頼まなくてはならないと、思ってくれただけでもまし。でもね、ヘルパーさんだけでは、在宅治療は難しいんだけどな。長女は、そんな義兄と私のやり取りを黙って、椅子に座ってみていた。冷静な長女がいると、私も感情的にならずに済みそう。在宅治療をするうえでの、訪問看護と、お医者さんとの関係について話を進めることにした。続く

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  11. 、24日に小児病棟入院しました入院してから手術前にやること・ED&NGチューブ入れ替え・PIカテーテル&抹消ルート確保・心エコー&心電図・採血かな既にチューブ入れ替えはしましたNGがアトムの栄養カテーテル7Frをいつも使ってましたが、手術に向けてCOVIDENのセイラムサンプチューブ(たしか)10Frに以前、栄養が長期ストップしてしまい低栄養になり心不全になりました。それが怖くて小児外科の先生に相談した所、EDチューブをいれたまま手術する事にこれで低栄養の心配が少し減るかなぁと思いますお腹が動いてくればEDがあれば栄養もすぐにはじめられるね心配だったPIカテーテルも入れてもらいました無事に入ってよかったどんどん手術に向けて準備していってますどんどん進むにつれてどんどん実感がわいてきて…とにかく、何事もないように祈るばかり。でも、今までに日本でも同じ病気の子が全身麻酔での手術を経験しているとの事でお話を聞けたので少し、前よりは心配の度合いも減ったきがします。それでも不安は不安…。麻酔科の診察がまだなので不安な事、心配な事たくさん聞けたらなぁと思ってます。手術日は1月28日です。朝9時頃にはオペ室に入るような話でした。腹腔鏡で胃ろうと噴門形成術を受けますだいたい、オペ自体は4~5時間だそうで麻酔なりなんなりで合わせて7時間くらいかかるみたいです。長いドキドキさらに、みーちゃんはかなり肝臓が肥大化しているので邪魔にならないかと質問した所、正直、大きいと肝臓を傷つけてしまう恐れがあるので時間をかけてゆっくりと進めていく可能性があるとの事でした。もしも、傷がついて出血をして止まらなくなった場合は輸血です出血しても、止まればなにも問題ないそうでこの手術で輸血の場合はごく稀だそうみーちゃんの嘔吐が無くなりますように。緊急手術になったみーちゃんのお友達…。どうかこのまま感染が落ち着きますに。傷が塞がりますように。呼吸トラブルが起きませんように。楽しい夢を見れてるといいな。ビッグスマイルまた見られるようにみーちゃんと祈っています。みーちゃんママ

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    手術前入院
  12. で、久しぶりに義兄お見舞いへ。長女は看護学部の大学3年生。義兄の病状のことも理解ができるし、あまり余計なことを言わないので、私も冷静になれる。(次女は喜怒哀楽が激しいので、義兄の一言に落ち込む) 「今の状態を考えると、在宅するなら、やっぱり看護師さんに来てもらったり、ドクターの往診も頼まないと無理だよ。」 「別に、それは頼まなくていい。」 「片方腎不全で、腎臓に管が入っていて、貧血がひどくて、高熱が時々出て、そんな状態でフォローがないのに、退院していいというドクターはいないと思うけど。入院している時の様にはいかなくても、看護師さんが熱や血圧を見たり、管の様子を見て何かあればドクターに連絡してくれるように環境を整えたので退院したい、出来れば、ここのクリニックの先生に何かあったときには見てくれるよう頼まないと。急に状態が悪くなった時にどこにも診てもらえなくなるよ。ケアマネさんだって、責任持てないし、看護師資格があってもケアマネさんは調整役。実際に処置をするのは訪問看護師さんなんだよ。」 ‥‥。「そんなの、分からないじゃないか。具合が悪くなったら…って言うけれど、やってみなくちゃ。ほんとに具合が悪くなるのか。平気かもしれないじゃないか。退院したら具合が悪くなるって、根拠はあるのか。」 具合が悪くなってるから、輸血してるんだし、片方の腎臓もダメになってしまったんじゃない。と言いたいが…。「具合が悪くならなかったら、それだけ退院している期間が長くなっていいことでしょう。でも、ヘルパーさんは医療的なフォローはできないのよ。具合が悪くないかどうかを判断してもらうために、看護師さんに来てもらうんだけど。病院だと、毎日見てくれるじゃない。」 「来ないよ入院していたって、ろくに看護師来ないよ。お風呂のあと、ストーマ見ますから呼んでくださいって言うから、呼んだって『はーい、あとで行きます』ってさ、俺は自分でしてるもん。あとから来て、ちらって見て『いいですね』って、言うだけだ。検温だって、血圧だって時間通りにこない。忘れてるんだろ。日曜日なんてひどいもんだ、普段は午前中なのに、午後の忘れたころに測りに来たりして、ここの看護師はろくに患者を見ない。」 出た…。部屋の隅に座っていた長女の表情が曇った。そして一言。 「休日はさ、看護師さん少ないんじゃんないかな。個人の病院なら、なおさら…。」 「私、看護師詰所を何回も見たけど、さぼってるのなんか見たことないよ。話しかけるの申し訳ないくらい看護師さん動いてるもの。このクリニックには寝たきりの人も多いし、急性期の総合病院の退院後の受け皿でもあるし、手のかかる人も多いと思うけど。中には退院を迫られて、行く病院がない人もいるのに、何にも言わずに診てくれて。市内の入院できる病院、本当に少ないのに。」 「・・・・・。でも、入院してたって、大したことしてもらってない。」 「時間通りでなくても、尿の管のおしっこを取りに来て、ちゃんと記録してると思うし、熱は報告されてるし、管やストーマは異常がないか見てくれる。退院したら、お風呂だって、ヘルパーさんに見守ってもらえる時間に入らないと。そのあとに尿の管やストーマを訪問看護師さんが見れるのが一番なんだけど。」 「退院しても、自宅では入浴しなければいい。」 「は? あ、入浴じゃなくて、シャワー浴か…腎瘻があるから。」 「違うよ。ここ(クリニックの病棟)に週3回、月・水・金とか入浴に来て、看護師に見てもらうから、家では入らない。」 「退院したら、ここのクリニックでは入浴はできないし、病棟看護師さんには見てもらえないのよ。」 「なんで タクシーで通えばいいんだろう、自分で行けるよ。ここ(クリニック)なら慣れてるし。」 「だから、クリニックを退院したら、外来受診はできるけれど、入浴とか、今みたいな処置はできないの。病棟看護師さんが、状態を聞いたり、管の確認ってのもないし、勝手に病棟に来ちゃダメなの。」 「なんで?なんでダメなのかわからない。」 「それは‥‥退院するからじゃん…」そもそも、医療のことを分かっていない義兄、そんなことも分かっていなかったとは。退院しても通所サービスみたいに、クリニックに来れると思っていたなんて。 「退院したら、ここのクリニックの看護師さん達にはお世話になれないの。一日おきに入退院を繰り返すなら別だけど。そんなことできるわけがないでしょう。今は、訪問看護だって人手不足、きちんと相談しないと向こうが困る。他の医療者と連携が取れなかったり、先生のフォローがなくては来てくれないわよ。だって、訪問看護の指示書は、ドクターが書くんだから…。もちろん、医療者は患者さんのこと診なきゃいけないけれど、訪問診療だって外来があるから、昼休みを削ってきてくれたり、訪問看護も人手が足りない中、出していたりする。うちはこれ以上は無理です、他をあたってくださいって言われるかもしれない。先生や訪問看護師さんと信頼関係を築いていかないと、在宅は難しいんだよ。毎日、朝、先生は顔を出してくれるんでしょう。退院できるかは、お義兄さん次第だと思うけど…。先生に自分の意思を伝えて、こういう風にしていきたい、どうしたらいいですかって相談しないと。先生は来なくていい、訪問看護師もいらない、一人で大丈夫なんて言っているうちは、無理だよ。」 「‥‥。」退院したら、病棟の看護師に見てもらえず、クリニックの風呂に入れないことは、想定外で、よほどショックだったらしい。一気にトーンダウンした。どんな退院生活、在宅治療を思い描いていたんだろう。癌の治療のデータがどうとか、治験がどうのとか、薬開発は金もうけだとか、抗がん剤は毒だとか…。私は半年近く、たびたび口論になるほど、義兄の考えには途方に暮れてきたんだけれど、すごく偏った視点でしか見ていないんだなぁと、つくづく感じた。そもそもの医療システムを、全く理解していないんだなぁ。病院も、医療も嫌いだと言いながら、今の義兄はどっぷりと医療のお世話になっている。義母の作ってくれていた食事と同じだ。毎日の日常生活が、病院の人たちによって守られてもいるのに。当たり前は、当たり前じゃない。人づきあいが苦手な義兄が、クリニックの看護師たちとは、よくしゃべる。「あそこが痛い。ここが痛い。」「暑い。寒い。」「食事が旨くなかった。家に帰りたい。ちっとも寝れない。」文句ばっかりだな…。病室を後にして、長女と歩く。 「びっくりだわ…、退院しても病棟に世話になるつもりで、訪問看護はいらないって言ってたのね。お金を出せば、何でもしてくれると思っている節があるんだよね、ヘルパーさんや看護師を見下してるというか、世話するのが仕事だろうみたいなとこもあるし、おまけに医者は金もうけで、医療はデータをごまかしてる…なんて言うし。」 「医者にかかった経験がなくて、本での情報だけだから…。」 「ま、よかった。かみ合わない原因が分かったから。あんな風でも、看護師さん根気よく見てくれてるよ。私は、腹が立っちゃうけど。身内だから…。」 「ママも大変だね、在宅となったら、もっとだね。」 「そうならないように、周りを固めたいんだけどなぁ…。」現場の看護師が、必ずしもいい看護を提供できてはいないし、忙しいというのは理由にならないことも分かっている。でも、看護師看護師の卵を前に、看護師の悪口ばかりをいったら、あまりよろしくない…ってことが分からない義兄。医療者と連携をうまく取ること、考えてくれたらいいなぁ。

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  13. みました。「何故私ガンになったのか?」また、先生お決まりの、手をそれぞれの膝に当てて、目を大きくして、真正面から私を優しく見て、説明しだす。考えられる要因。①食生活の欧米化→だから昔より患う方が増えている現状はある。②肥満化。③出産歴がない。④近親者に大腸ガン、胃がん、子宮頸がん・体ガン乳がんにかかった人がいる場合まあ大まかにこのような、要因がある。他にもあるんでしょうがね。因みに、私が個人的に思い当たる事。①確かに高カロリーのものが好きですかね…和食より洋食を好む傾向あり。②まあ2年前より5キロちょっと増えている。③出産歴は、なし。④祖父(父方)、祖母(母方)共に、胃がんで死去。ふと思い出した。私がまだ若い時、実は突然、亡くなった祖母の夢を見ました。「すみ♡、元気かい?あんたは私に似てるんだから、くれぐれも病気には気をつけなよ?!」と。結構強烈な夢。祖母は確かに太めでした。性格は温和で優しく、人に物凄く気を遣うタイプの人間でした。これは私とは違いそうです笑結構壮絶なガンと戦い、最期の姿はまるで別人。20キロ以上痩せて、何度も切られ、亡くなりました。多分私が、がんが怖いと思ったのは、その祖母の変わりようをみて、変わり果てた姿も結構つらそうな顔だったからだと思います。当時の私は、何故こんな夢を見たのかわかりませんでした。ただ強烈な夢でした、私にとって。多分20代後半〜30代に見てると思います。夜まで遅く飲みまくって、カロリー気にしない食事をして、おばあちゃん、私絶対病気なんてならないよ!なんて思ってました。そんな生活を送ってました。あの時から気をつけていたら、こうならなかったのかな、とか反省する部分は確かにあります。健康診断なんて何年も何年も行きませんでしたしね。今合点がいってもタラレバでしかない。あの時から気をつけていたら…すぐ病院に行ってたら…もっと健康に気をつけていたら…。今更遅いね。先生曰く、今子宮体ガンを患う方は増えてきているのは事実としてあるとの事。そして、私はまだ初期の段階だから安心して欲しい。もし万が一、リンパも取るような手術をしなきゃいけないことになったら、ググると本当に良くない事など沢山出てくるけど、リンパの先生などもちゃんとバックアップするから、心配しなくて大丈夫ですよ、との事。他にも何か出てきたら、色々な科の先生に僕から相談しますからと。実際はどんな症状が出るかは人それぞれ。でもとりあえずは、何かあったら、色々な科の医師とみんなでバックアップすると言われ、多少は安心出来ました。でも、不安は不安です。どこまで切られるか暫くわからないんですから。後、生理の出血の多さは、子宮筋腫と子宮内膜異型増殖症のダブルパンチだったからでしょう。それももっと早く診察してたら良かったんだろう。すぐ収まると思ってしまってましたから。確かに生理も毎月ひどいわけではなかったのを理由にして、嫌いな病院を避けてました…。「太り過ぎは体に良くない」と巷では言われます。今年は手術後回復したら、自分の体をもっと大切に労ろう、健康的な生活に切り替えようをテーマにしようと思います。

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  14. 金曜日の病院dayの報告です…(*´ω`*)昨日のブログの…素敵な出会いと別れもあった金曜日の診察日!受付票には、血液検査も入ってなく…診察のみ…( ̄‥ ̄)Σ\( ̄д ̄;)ォィォィ…診察だけなんて必要ないし…。まぁ…前回の診察で、主治医が体調を崩し…いなかった事で、今回の診察予定の詳細も決められず、予約しただけ入ったまま…!!…という( ̄▽ ̄;)とりあえず診察室へ…。そして、前回出ていた 腫瘍マーカー結果(↓結果表貰ってきました(*´ω`*))いい具合に下がっておりました (*´ω`*)基準値までは、程遠く…そこまで下がる事もないだろうけど(笑)まぁ…そこまでも望んで無く…少しでも下がってくれれば…ヨッシャ━(๑و•̀ω•́)و━!!!上がってさえいなければ…(*・ᴗ・*)وヨシ!…とします(笑)私は、もはや…欲を出すのは…食欲だけ〜(σ・∀・)σ今回の腫瘍マーカーの結果を見て…主治医が…『正直、今回もダメかなぁ…?…って思ってたんだけど…』(まぁまぁ、私も骨痛がある事も、副作用が弱くなってる事も訴えたし、当然…私も期待はしてなかったけど…)先生!!そこまで正直に↑言っちゃダメ(笑)『下がってて嬉しかったですよ!』…って。(普段↑感情的な事は言わない先生…きっと、私より喜んでいたかもっ(*゚ε゚*)プッ!!)来週の治療に向けての血液検査をして…結果が出てから…もう一度診察室へ……。まぁ…その日は、血圧も低く…脈拍数も高く…( ̄▽ ̄;)症状も出てましたが……RBC 赤血球数Hb ヘモグロビンHct ヘマトクリット全部が低くて…(; ・`д・´)輸血決定…( ๐_๐)…。来週…EC療法 で治療後に 輸血します!こりゃあ、一日がかり覚悟だな…(;´༎ຶٹ༎ຶ`)なんて覚悟をして…病院を後にし、とりあえず…美味しいものを食べに行きました (*゚ε゚*)プッ!!何を食べに行ったかは…明日のブログで…(笑)

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    診察と血液検査の結果と…。
  15. で、在宅クリニック看護師さんが届けてくれ、そしてなんと!貼ってもらっている最中、肩もすごく凝ってるね、ってことで...アロママッサージもしてくれました。もう、ほんとに至福のとき...。ほんとうに痛みも忘れるくらい幸せ...。まさかの足までしてくれて、もう最高級...。本当に素敵な時間を過ごさせてもらいました。そうして、その在宅の看護師さんも帰られ...またまた休んでいました。今日は午前中だけで、レスキューを3回も押したので、眠気はマックス。12時半〜16時半まで延々と寝てしまいました。でも体力温存できて良かったかな。けど、起きてもやはり体はしんどく、痛みや吐き気、嘔吐がとっても辛かった...20時半にもう一度レスキュー ポチ!そして 例の この記録が消えていることに気付く 笑衝撃だった。笑さて、今日は病院受診しなくてはいけないし。昨日は本当に調子が悪い1日だったな。明日は調子が良くなりますように...(と、記録を締めくくったのでありました。一つ前の投稿参照 笑)結局、帰宅の遅かったパパ、頼んでいたモーラステープも忘れるとゆう、うん、まぁ、そんなこともあるよね。以上、もっと打ち込んでた気もするけど、わたしの頭の記憶はこれが限度!でも、また記録できて良かった。

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    【調子の悪かった1日】
  16. ると、よくて、子宮がん ステージⅢ bは免れないじゃん!!あーん、どうするのー!!と、悩む暇も無いまま、次の日から...造影CT→造影MRI→(造影MRIで 尿管に腫瘍がが巻きつき水腎になっていることが発覚)→左尿管ステント挿入→PETCT検査→胃カメラ→大腸カメラもうね、一生分の検査した。その後 腹腔鏡で、組織採取のオペをすることになる。2018クリスマスの日に駆け込み 審査腹腔鏡オペにより採取した播種から腺癌ステージ4は決定でしたが、原発がどこか実はよくわからず。(20歳から1年に1回必ず毎年子宮頚がん検査は実施。毎度陰性。発覚8ヶ月前には出産しており、なんならそこでも子宮頸がん検診はしてる。もはや何度頚部の細胞診をしても陽性にならず。体部と頚部の境い目とゆう高い位置だった模様。ほんとに分かり辛く、そして珍しいとのことで、ガイドラインも作成されている子宮頸がんに精通してみえる他病院の先生お2人もそうおっしゃっていました。)2018年末 直前に退院し、2019年を迎え...その播種から一応、子宮の腫瘍として染色されたため「子宮頚部腺癌」と診断となり、1月からTC+Bv (パクリタキセル+カルボプラチン+ベマシズマブ(アバスチン)療法を6クールおこないました。ほんと腺癌、厄介!もう元医療者なので、ぽろりとでも、アデノカルチって聞こえた瞬間...あー...oh...no...そちらですか、そちらなのですね...とうなだれた記憶が。はー、今思ってもほんとAdenocarcinomaなんて抗がん剤も放射線も効きにくいじゃんよ!!どうすんの!!ヤバイじゃん!!!ってパパに電話越しに訴えたのが、昨日のよう...。子宮頚がんにはおもに2種類あり●扁平上皮癌●腺癌があります。大体7割以上が扁平上皮癌で、2割が腺癌。ほぼ全ての扁平上皮癌と腺癌の7割はHPV感染が原因と言われています。特に腺癌は悪性度が強く予後不良と言われ、抗がん剤放射線 ともに効きはよくないといわれています。が、最近は腺癌も本当に多くなってきているようです。わたしは抗がん剤による化学療法中、尿管ステントが入っているとゆうこともあり、化学療法中は腎盂腎炎や膀胱出血といった おシモの悩みが多かったです。初夏の蒸し暑い時、いきなりガタガタ寒く震え出してクーラー効きすぎ?と思っていたのですが、熱を測ってみたら40度の熱があり、即 入院!むすめでもまだ見たことがない40度とゆう文字をみました。抗がん剤の影響でしょうか、おしっことともに5センチ×5センチの血の塊を出してみたり。排尿時痛がとんでもないものだったり。 ...以上は夏くらいまでのきろく。

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    【病気のこと②】子宮頚部腺がん
  17. ました。クリスマス病院にいて、毎年食べていたローストビーフも食べさせていなかったので、告知前に良磨を笑顔にする作戦(笑)残念ながら、黒毛和牛がなく、浜名牛ですが、美味しい😋私の職場の友達も、お見舞いに来てくれました🤩山口出身の友達なので、瓦そばを作ってくれました良磨、瓦そばも大好き友達は、私にもプレゼント🎁術後4週間は禁酒なのに、お酒とおつまみがこんなにたくさんこれを開けれるのは、いつだろう、、、😅友達が帰ってから、昨日、先生からあった話をしました。良磨に生きて欲しい話、肺への転移の話、移植手術の話、良磨の頑張りで内側のがん細胞が死んだ話、切断、、、の話。良磨が一番嫌なのは、死ぬこと。それは、予想通りだった。でも、あんまり深く考えないと思っていた良磨に大号泣されてしまったいつも話を理解してるんだか、していないんだか、適当に「うん、分かった」としか言わない良磨が泣き出した。怖いよね?手術いやだよね?私も、大切な良磨の足がなくなるのは、自分の身体がなくなるみたいだよ😭だって、自分の子供だもん。私の身体の一部だよ。それでも、生きて欲しいから決断しなきゃならない。前回のコメントで、皆さんにセカンドオピニオンを勧められていますが、本当に時間がないんです。貧血だから、明日から水曜日までは輸血。その後、MRIを撮って、木曜日に手術。それ以上は、延ばせないと、、、。本当は、PETも16日じゃなく、その前の週のはずだった。なぜか予定がズレ込んで、1週間遅くなってしまった。あと1週間早ければ、急いでセカンドオピニオンの手続きが可能だったかもしれない。もう病院は、待てない。肺への転移前に切断。先週、私も手術したばかりなのに、良磨が手術。メンタルがズタボロになりそう約1時間、良磨と話をしました。最終的には、手術を受けると言いましたが、たぶん、納得いっていないと思います。私だって、こんな急に、、、ついていけないよ。コメントにありました、液体窒素で骨の腫瘍を殺して戻す方法が、すごく気になりましたが、、、。良磨は骨の外側の血管や細胞がある部分に腫瘍が残っています。それでも可能なのか?今の病院は、前回、セカンドオピニオンを勧めてきたが、今回何も言われないのは、この状況は誰が診ても切断の道しかないのだろうか、、、?

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    告知しました
  18. 元気でましたー
  19. 入院前結構な頻度で起こってた事なんですが、起床時、、、ぐぐっ・・・ビキッ。。って、伸びをするたび足をつってました(こむら返り)腹水があったんであんまり動いてなくて…そのせいで運動不足で血行不良になってたり、水分不足でミネラルバランスが乱れてたかもしれないんですがほぼ毎朝、足の痛みで目が覚めるという嫌な目覚め方をしていました。。両足をつってしまった日は夜まで痛みが和らがなくって、「痛いよ~」と嘆きながらストレッチをしたり、マッサージをしていたら母が「足、さすったろうか??」と、「自分でやるでいいよー。」って断ったけれど、(こむら返りってマッサージしても無駄みたいだし。。)それでもマッサージをしてくれて…片足を自分でやろうとしたら母「お父さんもやったって!!」って。両親に足をマッサージしてもらいました。。涙普通は私がしてあげなきゃいけないのに…両親にしてもらって申し訳なくて仕方なかったけど有難かったです。。↑キャラクターの足が短すぎて変な図になりすみません。(爆)ちなみに、母のマッサージは力加減も上手で気持ち良いんですが、父はー…。。マッサージをされるのが嫌いだから経験が無くて「どうしたら良いかも、加減も分からん。」っとなので、ほんの数分で止めてもらいましたが父にマッサージしてもらったのはこの時が初めてだったな…。それから、改善策をいろいろ試しウォーキングをしたり、食事のバランスを気にしたり、こまめな水分補給(白湯)や、足を冷やさないようにしたり…踵を伸ばすって表現伝わるかな…?( ̄▽ ̄;)↑この対策が一番効果があって9割の確率でつらなくなりました☆病気になる前も、こむら返りになった事はあるけれど手術前が一番起きてたんで嫌だったな~って。。こむら返りの痛みの和らげ方って、、足の親指を脛の方に引っ張って、ふくらはぎを伸ばすやり方しか知らないんですが他の方法知りませんか…?最近またつって…まぁー…「寒いから」っと、全く運動してないからだと思いますが。。ウォーキングくらいしないとだなぁー( ˘ω˘ ; )・・・・・・・・・・・・・・・前回の記事にたくさんの「いいね」とコメントをしてくださりありがとうございました☆いろんな体験談が聞けてとっても嬉しかったです!(*´∇`*)私みたいに、手術着がいつ脱がされるのか(脱ぐのか)気になって検索される方がいたら皆さんのコメントも参考にしてほしいな~☆(絶対、絶対居るはずや…検索する仲間が……。。爆)・・・・・・・・・・・・・・・この体験は2018年の事で現在は経過観察中です。これは私の体験記でただの日記ですのでサラッと読んでくださいね。今回もこんなブログを最後まで読んでくださりありがとうございましたm(_ _)m

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    身体に起こった事①