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  1. それぞれが娘に最後のお別れをしてからその場にいた全員で棺の蓋をそっと閉めた娘が霊きゅう車に乗せられた私が助手席に乗り父母は弟の車で斎場へ出発霊きゅう車の中で泣き続けたもうすぐ肉体がなくなってしまうあのかわいい顔も小さな体もすべて怖かった悲しかった寂しかったあっという間に斎場へ到着火葬場へ台車に乗せられた娘が運ばれていく耐火扉のわきに書いてある名前を確認する娘が静かに扉の中へ入れられていく呼吸が苦しくなる涙で娘が見えない頭が痛い足元が崩れそうになる扉が閉まり点火スイッチが押された気が付くと控室にいた少しの間記憶が飛んでしまっていた控室は一番小さな椅子席お茶とお茶菓子が用意されていた飲み物と食べ物のメニューが置かれている父だけがコーラを頼み母に呆れられていたしばらくすると席料を徴収しに来たこれくらいはと言って母が支払ってくれた40分ほどして係の人に呼ばれた炉の中から骨になった娘が出されてきたあまりにも辛くて感情が死んでしまったようだったバラバラになった娘を一つに集めて丁寧に台の上に乗せてくれた私と弟、父と母、二人一組になって大きな骨を一つずつ骨壺に入れる係の人が喉仏と両耳と頭蓋骨の説明をしてくれて残りすべてを骨壺に入れた骨壺の蓋をして木箱に入れ布で包みカバーをかける全てがゆったりとした時間の中で進んでいった小さくなった娘を抱いて帰宅した

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  2. から2年後に腸閉塞入院最初に卵巣癌で入院・手術した時よりも腸閉塞が一番辛かったと言っていたよと友人が言っていたのを思い出すとはいえ毎日しっかり出てるしその日も朝にしっかり出たし気のせいだろうと就寝するも左下腹部が痛くて夜中にちょいちょい目を覚ますしまいにはなんかちょっと気持ち悪いかもと思うようになるも腸閉塞になると吐き気がするという知識によるものだろうと気持ち悪いのは気のせいにしてなんとか気を紛らわせて朝を迎える朝トイレに行きは出なかったけど左下腹部の痛みはマシになり日中になると痛みは消えたその後も出たでもこれが腸閉塞の前兆とかだと怖いので以前処方してもらって残っていた・ビオスリー・マグミットの整腸剤セットを再び飲み始めましたそしてさらに毎日ヨーグルトに蜂蜜いれて食べて青汁飲んでルイボスティーを1リットル飲むようにして完璧…知ってました?老廃物は80%は便から出るんです。老廃物が出ていく場所ベスト31.便(80%)2.尿(10%)3.汗(3%)なんですってだから汗かいてデトックス〜なんて言ってる奴はその前に便秘なおせってことです。そんなわけで深夜の下降結腸の痛みからの腸閉塞予防再びっていう話でした

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    深夜の腹痛(下降結腸)で腸閉塞対策
  3. 日前の金曜日診察日病院へいままでトイレ入口に設置されていたアルコール除菌が今日は無くなっていましたやっぱり病院でも品薄なのか?主治医の先生から「もしもの時に、延命措置はどうされますか?」と聞かれましたこんな質問されるとやはり余命半年が現実味を帯びてくるこれからの治療は単独でハーセプチンのみ次回、歯科を受診後に骨を強くするゾメタを追加する事に今回、整形外科も受診こちらは痛みが出てからの対処となりしばらくは経過観察に今の身体の状況は ①ゲップがひどい胃の薬をラベプラゾールからタケキャブに変更②咳がひどいゴホゴホと言う咳とは違いオヤジくさいウェーホ、ウェーホと言うチンパンジーのような咳(実際にチンパンジーの咳は聞いたことありませんが…)デキストロメトルファンからコデインリン酸塩散1%に変更ただこのコデインリン酸の副作用なのか吐き気が…便秘も…③喉の通りが悪い気をつけないと時々飲み物を吹いてしまう④左脇の大きなしこりを中心に首から肩、鎖骨、背中が痛い湿布とロキソニンで対処⑤夕方から夜にかけて吐き気があり嘔吐する咳止めを調整して対処⑥また食欲減退食べたい物を食べたい時に食べる⑦体重せっかく2キロ増えたのに、あっという間に35キロ台にまた少しずつ増やしていかなきゃ⑧ふらつきがひどい転んで骨折したら大変‼︎気をつけなきゃちょっと前まで発熱に悩まされていましたがロキソニンが効いているのか36度台で治っています仕事にいつまで行けるか悩ましい…通院が大変になって来たら往診してくれる医師を紹介してくださるようですそんな日が来ないことを祈りたい…

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    延命措置…
  4. 返していた「お焼香準備を致しますので皆様一度ロビーのほうでお待ちください」ロビーでお茶を頂く「ここで清算をお願いいたします」葬儀代を支払った領収書と死亡手続きのために預けてあった娘の印鑑を返してもらうぽつりぽつりと娘の最期を弟に話す準備ができて部屋の中へ娘の前に焼香台が運ばれていて私から順番にお焼香を済ませた最期に担当の方がお焼香をしてくれた「それではこれよりお別れの式を始めたいと思います。皆様今一度ロビーのほうでお待ちください」父と母は落ち着かない様子でトイレに行ったり置いてあるパンフレットを見たり私と弟は福祉葬のことや手続きについて話していた部屋へ戻ると棺の向きが縦に変わっていた私と弟、父と母、両脇に分かれた白い布に包まれたご飯を受けとる旅の道中お腹が空かないようにと利き手である右手に乗せる母は同じく白い布に包まれた6つのお団子を受け取る道中のお地蔵様にお供えして迷わず行けるようにと左手に乗せる(地方によって意味合いや持たせるものは違うらしい)色とりどりの花が盆に山盛りになってのせられてきた4人で娘の顔の周りから胸元にかけて置いていくパッと華やかになった寂しさが少し薄れた気がしたそして娘の姿を見るのはこれが最後になった

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  5. 明日、ステント手術になりました。
  6. たいと思ってますしお見舞いもいきたいのですが、自分はコロナの感染がない保証もないですし、治療は極めて免疫力が低下すると思いますので会うことは叶わないと理解してます。その中で彼女の支えになってくれていることは感謝していますし、これからはもっと大変になるのを覚悟して付き合っていただけていると理解しています。今の治療は極端に免疫力が低下することは医師からも彼女からも聞いていると思いますが、本人の想像より低下します。例えば、お見舞いに持参された花を持ち込んだだけで花についた細菌から感染症を起こし高熱を出したりと、健康な人では考えられないくらい免疫が低下します。今、コロナをもし気づかずに彼女に運んでしまった場合は、彼女は今の病気と関係なくコロナにより命を落とすことになります。なので、治療中支える上では絶対コロナは保有してない確証の元に行っていただきたい。お酒も飲みたいと思いますし当然友達と遊びたいとも思いますが、コロナの時期は他の人との接触は完全に控える必要があると思います。それくらいの覚悟を持って看病しないとこれから治療も乗り越え切れなくなると思います。今でも十分に注意されていると思いますがとても難しいことと覚悟が必要なことと思いますし、大変な苦労を押し付ける言い方になり申し訳ないです。悪意もないです。逆に感謝していますが、本当に大変なのでどうか彼女の支えになってあげて下さい。くれぐれも彼女のために身体にはお気をつけて下さい。あじぽんは、自分にとってこの世で1番大切な友人です。彼女をどうかよろしくお願いします。

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  7. 初登校!! 初プラザ!!
  8. 花びらが散っていく桜の木の下を歩いた時去年の桜も最初の移植の前処置で見せてあげられなかったなと思い出す胸がぎゅっと掴まれたように苦しくなる呼吸が止まりいきなり涙がこみ上げる大きく息を吸って吐いて落ち着こうとするけれど止まらないマスクをしているのをいいことに泣きながら歩き続ける祭壇に飾る花を買いに行った「若い女の子なんです。白い花を希望してたのでいいものありますか?」途切れ途切れで聞き取りにくかったと思うが優しい声で「かわいいお花がいいですね。トルコ桔梗どうですか?」娘の好きそうな派手ではなく可愛らしい花だったあと飾り祭壇の一輪挿しに寂しくならないように全て挿した位牌はない遺影も2年前の成人式の時のプリント写真我が家は無宗教だから形式にはこだわらない祭壇も葬儀社が置いていってくれたから使っているお線香の匂いが嫌いな子だったから使っていない大好きだった紅茶を供えている日中はそれでもまだ気が紛れているのに日が暮れると苦しさでベッドの上をのたうち回る楽しそうに笑っている遺影を見ては声をあげて泣く泣いても泣いても楽にならない明日になっても娘は起きてこない胸が痛いし呼吸は苦しい手足がギュッと縮んで動かないどうして生きているのか何のために生きているのか考えてはいけないと思いながら思いを巡らせてしまう呼吸が止まる瞬間の娘の顔がフラッシュバックするどうして…どうして…

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    発作のように訪れる痛み
  9. に増して緊張しなが病院へ···。前回同様病院は閑散としています。春休み直後のこの時期でも向かいの眼科外来は子供たちで溢れて待合室では座る場所を探すのですが、今は患者さんの数を一目で数えられるほど病院の中は閑散としています。血液検査の結果も問題なし院内のスタバはコロナの影響で暫く休業とのこと。もしもを想定して事前にいつもお世話になっているKenonさんのべーグルを持参していました。良かった~~院内の売店に行ってコーヒーを買い治療日は出来る限りリラックスするように心掛けていますいつものようにバイオゴットも治療前に飲みました。たもぎ茸濃縮エキス バイオゴッド 30袋14,000円Amazon私が飲んでいるこのスリービー社のタモギタケの機能性は、札幌医科大学や北海道大学など産学共同ネットワークによって研究され、これまでに報告されてきた実績として、「抗腫瘍作用」「抗酸化作用」「血圧降下作用」「血糖値上昇抑制作用」のほか、「セラミドによる皮膚保湿作用」「抗アレルギー作用」などが挙げられています。バイオゴッドについて詳しくは⬆をご覧下さい。免疫力UPの効果が期待できるとの事なので最近はがんだけではなくコロナウイルス対策の期待を兼ねて毎日飲んでいます。(※医学的に証明されているのではなく私が勝手に期待を込めて飲んでいるだけなので誤解がないように念の為お伝えしておきます。)さて、いつものように今日もパージェタとハーセプチンを投与。私の使っている薬は3週間、どうしても都合が合わなければ4週間に1度投与しないといけないのですが、次回の治療日は都合が悪く、4週間にずらしてもGW期間中で病院がお休み。がん治療を始めてから初めて5週間後のお薬投与となりました。「長く続けているので次回だけなら大丈夫でしょう。」とのこと。信じよう······ただ間隔が開くとお薬の量が少し増えてしまうということ。頭痛の副作用がちょっと心配。でも仕方がない出来る限りの対策をしよう。しかも次回の治療日は5月12日愛猫のメリーちゃんとアンズちゃんのお誕生日だ~~一緒にお祝いしよ~~うさて去る4月4日北海道で、4月5日には東京で「おっぱい2つとってみた、46歳両側乳がん」が放送されました。↓の動画ですが実際の放送は約30分に渡り放送されたドキュメンタリーです。このドキュメンタリーに登場した阿久津さんはテレビ局で毎日忙しく働いていらっしゃるキャリアウーマンです。阿久津さんには数回お会いしましたが社会に対する情熱的な姿勢、ジャーナリスト精神には尊敬します。そんな阿久津さんが一人でも多くの方にがんと言うものを伝えたいと自ら買って出て2019年の5月にまさかの乳がんと診断されてからカメラを回し始めていました。乳がんの啓発活動を15年以上されていらっしゃった阿久津さんご自身がある日乳がん宣告を受けてしまったのです。番組で私が一番涙したのが「手術の前日に聞かされたのは、再建手術ができなくなった、という事。唯一、乳がん患者用に保険適用されていた人工乳房が別のがんを引き起こすことになった、と自主回収になってしまった。」と言うことでした。実は阿久津さんにお会いした時このお話は聞いていましたが改めて映像としてその場面を見ると涙が止まりませんでした。特に「全敵しよう‼」と言って涙している姿は更に涙が止まりませんでした。どんな気持ちで手術に望んだのか。何度もブログに書いていますが私は乳がん宣告を受けた時は既に広範囲にがんが広がっており外科手術は最初から不可能と告げられていました。なので未だ外科手術は行っておらず化学療法のみでの治療を行っている為手術と告げられてどう思うのか?逆に手術出来た方が手術不可能と言われ残された選択は化学療法治療のみと告げられたらどう思うのか?思うことは人それぞれだと思うけど、深い悲しみとやり場のない憤り不安と恐怖心を抱くのはどちらも同じはずです。でも今回の阿久津さんの宣告が私だったら·······恐らく、いいえ絶対私なら···世の中を恨んでいたでしょう。私は人間的としてまだまだ未熟なので‼でも阿久津さんはそんな状況でも受け入れしっかりと前を見て社会の為にご活躍されていらっしゃいます。『がんになった瞬間から結構悩む』多くの方の為にそして阿久津さんご自身の為にもこれからもメディアを通して解決法を広めて頂ければ嬉しいです。私も微力ですが何かお手伝いが出来る事があれば出来る限り協力したいと思います。⬆の動画でのおしゃべり会の様子は同じくPing Ring♡のボランティアスタッフのさきさんが開催されているKirana yogaのあとに撮影した様子です。早速さきさん顔出しで登場ですキラキラしていますね~~♫本当にしっかりしている方なので毎回会う度に彼女から何か1つ学んでいます。(私の方が歳上なのに(笑))。因みにこのおしゃべり会私は声だけ放送されました(((^_^;)このヨガの撮影が行われたのはまだまだ雪が積る冬景色の2月に行われました❗テレビ局の撮影スタッフも全員女性撮影が入っている事を忘れすっかりリラックスしていました。この時は既にコロナの問題が騒がれていましたがまさかこんなに長引くとは思っていませんでした。大通りスキレット化計画 お店はコチラ⬆これ見た目より甘さ控え目で美味しかったな~~これはチーズが最高だった❗カルボナーラもカルボナーラらしい味で美味しかったヘルシーなサラダにサラミは病み付きになりそうな味でした。他にもまだまだ美味しい料理を沢山食べました❤時は雪まつりが開催されていた2月。阿久津さんはこのお食事会のあと雪まつりの撮影に真っ直ぐ行かれました。あんなに辛い手術を乗り越え、病気を抱えながらも寒い中夜遅くまで仕事をするあの情熱、仕事に対する姿勢には頭が下がります。こんな風に皆で集まってワイワイお食事する事は今まで普通に出来た事なのに今となってはそれも懐かしく思い、当たり前だった事が出来なくなった今目の前の事が当たり前だと思うことは本当に傲慢な考えなんですね。当たり前にあったマスクが買えなくなった。当たり前だった楽しみの飲み会も出来なくなった。次は何??もしかして治療が出来なくなる??いつ何が起きてもおかしくない状況。国民が一致団結して乗り越えないといけない時期のようですね!今日も無事治療が出来た事に感謝です長々とお読み頂きありがとうございました。※誤字、脱字があればすみません

    ☆51回目の治療☆前回のkiraraヨガの撮影が報道されました!「テレビ局報道部員の両側乳がん」
  10. ルの記事にコンビニ食事だけではなく、手作りのおかずを作ってあげればいいのに…なんで、手作りの物では無いのだろう…というコメントを頂いたのでお返事を白血病だけでなくがんの治療では抗がん剤を使う様々な副作用が出るがその一つに骨髄抑制というものがある「がん治療の副作用によって骨髄の働きが低下している状態をいいます。血液は、骨の中にある骨髄でつくられていますが、この骨髄が抗がん剤の影響を受けると、血液細胞をつくる機能が低下し白血球・赤血球・血小板が減少し、貧血などが起こります。」白血球がほぼ0になると些細なことで感染するため食事は無菌食になるすべて加熱されたものだ生ものは一切出ないそして作ってから2時間以内、食べる直前には再加熱をしなければならない自宅から病院までは1時間半以上かかるため作って持っていくことは不可能だったコンビニ食は衛生面で言えば食中毒を絶対に出してはいけないのでとてもきちんとしている病院内にコンビニがありあたためてもらって運んでいた娘が食べたかったのは私が作った食事だった食べられそうなものを作ってあげたかったが病院からの許可が出なかった骨髄抑制中は感染を最も怖がるわがままを言って娘を感染で苦しめるわけにいはいかなかったできることの中で最善をつくすしかなかった

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  11. 年目だったかな?大病院に行ったら、「癌、検診、どころじゃない!」と、帰された。らしい、、、癌、どころじゃない!最高だわ〜〜〜ぁ癌は、無茶な治療さえしなければ、死病ではない。10日、2週間では、死なない。これから先、コロナウィルスワクチン接種の、世界規模の、大仕事も控えています。世界中の病院は、、、だから、癌、どころじゃない!先月、増刷改訂版になった自著本、『癌は、自宅で治す!』世の中、癌、どころじゃない!なぁ〜と、なりをひそめてました。病院が、癌、どころじゃない!ならば、癌は、自宅で、自分で、治すしかない。やっと、出番がきました〜私!『癌は、自宅で治す!』姉妹書で、『癌は、自分で治す!』も、ございます。いずれも、K K.ロングセラーズから。著書は、私、ムラキテルミです。https://www.amazon.co.jp/新装版-ガンは自分で治す-ロング新書-ムラキ-テルミ/dp/4845451158/ref=mp_s_a_1_4?dchild=1&keywords=ムラキテルミ&qid=1586267662&sprefix=ムラキ&sr=8-4https://www.amazon.co.jp/Dr-石原メソッド-ガンは自宅で治す-ロング新書-ムラキテルミ/dp/4845408872/ref=mp_s_a_1_16?dchild=1&keywords=ムラキテルミ&qid=1586267714&sprefix=ムラキ&sr=8-16Kindle で、電子書籍、Amazon会員無料の、『世にも美しい、癌の治し方』も、ご用意ございます。https://www.amazon.co.jp/Dr-石原メソッド-世にも美しい癌の治し方-私の癌が溶けたわけ-ムラキ-テルミ-ebook/dp/B01FVDDT1M/ref=mp_s_a_1_3?dchild=1&keywords=ムラキテルミ&qid=1586267803&sprefix=ムラキ&sr=8-3さっ、皆さま、癌は、自分で、自宅で、治しましょう!!病院、ウロウロしていたら、コロナウィルスに感染しかねません。自宅で、自分で、治すしかありません、ねっ

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    癌、どころじゃない!
  12. こんにちは今朝はりんちゃん5時に起きましたよ!そうは言っても19時に寝てそれから朝の5時まで爆睡本当に良く寝る子で助かるわでは長男くんから気持ちよさそうに寝てる〜りんちゃんは5時に起きましたが6時のミルクの後また寝ました、笑ほんとに良く寝ます寝過ぎなんじゃないかとおもうんですが、、、気にすることでもないですかね昨日の寝返り動画、、、りんちゃんの動画TOP3に入るとコメント頂いた方もいてかなりのりんちゃんマニアとお見受けします私もあの拳振り下ろすりんちゃんはかなり笑わせてもらってますほんと、出来るなら生りんちゃんをお届けしたいです、笑出来るならですよ!今朝のりんちゃん私が目覚めてりんちゃんのところへ行ったらテンション上がってました!動き止まった、、、音、、、聞こえましたか??ウンチした瞬間をおさめました、笑オナラした時とかウンチした後にいつも笑ってますなんか面白いんでしょうねりんちゃん集中力もついてきてテレビを真剣に見てます今日はパパの膝の上でEテレを見たようです家だと色々刺激があっていいです!テレビっ子になるかな、、、たくさん遊んであげて出来ることが増えたらいいなと思います昨日の寝返り可愛いからいっぱい撮ったんですついに緊急事態宣言が出ましたね今日は朝の段階ではそんなに忙しくなさそうな予約状況でしたしかし、営業開始とともに電話がスゴイ皆さん明日からのことが心配で確認の電話ショッピングモールに入ってる店舗なので休業になってしまうからテナントは基本的に休業です一部のフードコートはテイクアウトのみ対応美容室は、、、とお客様が思ったのも当然ですまだはっきりと分からなかったので、今日来れそうなら来ていただくようにしていただきました気づけば予約いっぱいでした髪は日常生活に必要か?人それぞれですけど、、、精神衛生上良くないかな現状予約が入ってる方のみ許可をいただいたのでそこまで多くありません広いお店なので1つ間隔あけても10人は一斉に出来ます少しでもリスクを減らしてお客様に安心していただけるようにしたいと思います でも、我慢できる方は来月まで待ってきて欲しいと思います学生も来月まで休みだそうで安心しました今無理して行く必要がないし不安の方が大きいですからこれから1ヶ月はみんな頑張らないといけませんね!自分に出来ることをしたいと思います

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    テレビっ子
  13. 全く良くならず、違病院へ行くように紹介状をいただきました。(この頃には痛みが酷く眠る事すら困難でした)3月頭に紹介された病院での診察。「直ぐに病理検査を」と。結果は約2週間程…検査結果は早急に再検査させてほしいと。(何かおかしい?嫌な予感…)この時点で2017年3月中頃病理検査以外にもPET検査、CT、MRI等の検査も受ける事に。(ビックリするほどお金が飛んで行きました🧚‍♀️笑)病院からは痛み止めの薬だけ処方され次の診察「2017年4月6日」で全ての結果を聞く事に。診察室に入ると いつもは居ない医師、看護師の方々が…一瞬で納得です。(あぁ…ダメか。)先生からは「100万人に1人の稀な病気です。でも、手術をして頑張って治しましょう!」「できれば参考として記録を付けたいと。」そんな感じの話をしてたような…全身の力が入らずフワフワしていました。耳鼻科の先生も一生で出会えるかどうかの珍しい病気の為、他の大きな病院の先生方とチームを組み手術を行う事に。手術日は2017年5月23日宣告され、お会計を済ますまで私は大泣きしていました。中卒だった私は夢を叶える為に高卒認定を受け、短大ですが、大学に受かり、これから夢を叶える時だ!!! と。胸いっぱいに世界が明るく見えていたんです。幸せで幸せででもね、ガラガラと堕ちてその日から手術の数日前までは酒浸りの生活を送っていました。意識を失うまで飲み、人を怨むばかりで誰とも連絡を取らずに。呑んで 泣いて 吐いて 呑んで…路上で飲み倒れ、警察にご迷惑もお掛けしてしまう始末(笑) 初めて載せたブログにも書きましたが、私は人に恵まれています。(笑)手術を受けられるように立ち直らせてくれる人カッコ悪い所を見せれないバレー部の教え子達からのプレゼント。教え子達の力は計り知れ無いものでした。一気にスイッチが入り、病気と向き合えたんです凄いパワーだ。無事に手術を終え、「全て無事に終わりましたよ!!成功です!」外耳道癌だと宣告され3年後の今日。2020年4月6日 「肺癌の手術は無理です。」(そっか…)明日は私の40歳の誕生日。30代ラストも一筋縄では終わらせてくれませんな忘れられない30代は極彩色だ✨✨✨闘病中の皆さん、私達は頑張ってる!!でも、正直辛い!!

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  14. 間を調査。その結果外科用マスクの表層では7日間生存、紙幣などの表面では2日間生存、衣服の表面では1日生存することが分かった。このほか材質別にウイルスの生存期間を見ると、紙が3時間、木材が2日、ガラスが4日、ステンレスが4日、プラツチックが7日となっている。また温度環境によってウイルスに影響があることも判明。ウイルスは22度の環境下では14日間生存するが、37度の環境下では2日、56度の環境下では30分、70度の環境下ではわずか5分しか生存できないことが分かった。Akiko さん情報ありがとうございました。あまり神経質になるのもよくないですが 知った上で 何を優先にして 何を省くのか、、、妥協ラインはご自身で決めれば良いかなと思います。人混みに出くわした時にはマスクの除菌スプレーとかあとはエステサロンやネイルサロンには必ずある器具消毒器や 携帯用の消毒ケースとかがあると良いのかな、、、歯ブラシやスマホ  フェイスブラシ 爪切り スパチュラ エステ器具 コイン 鍵 マスク メガネなどなど 殺菌できるものです。持ち運べるのはこんな感じのもの?でしょうかご興味のある方はご自身で調べてみてくださいね。ご参考までにWHO上級顧問 渋谷健司さんの記事どうか、、、第二波までにならないように、、!!yuyaは今日はストレッチャーバスに無事入れて 今ぐっすり眠っています。痰も絡まず スヤスヤ寝てくれてると ホッとします。明日も納豆ご飯が食べられますように。

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    マスクとプラスティックの上に7日間
  15. ました。私は17時病院に来てました。朝9時に病院に電話した際は、夫は昨日と同じ状態です、との事で安心してました。コロナ自粛しようとして3日間は11時から15時まで来てたのですが、今日は謎の眠気でMとお昼寝しちゃってました。それで偶然遅くなってたのです。病院着いて夫と2人きり。昨日と同じ静かな呼吸、熱が相変わらずあるようで熱い。夫頑張ってる。涙の後かと思われるような白く乾いた筋が目尻に。ありがとう。今日も来たよ。少しでも会えるの嬉しい。明日はいつも通りもっと早い時間に来るね。なんて思って夫を眺めてたら呼吸の間隔が急に開いた?止まったと思ったら一呼吸。急いで看護婦さんの呼び鈴鳴らしてもう一呼吸を見たのが最後、夫の心臓の音はしてませんでした。手もまだ熱い。呼吸も普通にしてたのに。静かに息引き取りました。ちゃんと休めるね。ありがとう。実は昨日はヒョンなきっかけで義理の母に言われ色々夫の銀行口座のお金を私の口座に移動しました。夫がそれを希望してたであろう形跡も別途発見しました。こういった事は不謹慎な気がして考えないようにしてました。夫が亡くなると銀行の口座は凍結します。そして、このコロナ騒ぎで公的機関が(元々フランスは対応遅いのに)ストップしてるので、移動して無ければ諸々大変だったはず。まるで私がそれを行うのを待ってたかのように。看護婦さんは私に夫との時間を下さり、私は義理家族や近い友人に連絡しました。その後夫の点滴等外され、きれいにして、用意してたスーツを着せました。Mの生まれた時に着せた小さなパジャマと帽子抱かせて、一緒に写ってる彼の家族と私の家族を添えてから帰りました。最後をお見送りできて良かった。ありがとう、愛してる。皆様も応援してくださってありがとうございます。

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  16. もらい、隣の県の大病院でPET-CT検査を受けた。その翌日、検査結果を、長女と聞きに行く。事前にムーミンパパ先生に言っていたので、長女と話がしやすいように、遅い時間の予約になっていた。大学病院の敷地内の桜も満開・・・。綺麗だなぁ。時間が来て、番号が呼ばれた。久々に見る大学でのムーミンパパ先生だ。 「ん~、あまりいい結果ではなくってね…。まずは、これは1年前。全身の骨や肺などに転移していた癌が、一度は消えたように見えたけれど、去年の今ごろだね、背骨にパラパラと広がりだした時だ。」 「それでね、今回の画像が、これなんだけどね…。」 「ものすごく広がっている。骨はもちろんだけど、肝臓にかなり広がっている。」PET-CTの所見を見せてくれた。・多発骨転移は著明に増悪し、脊椎・肩甲骨・上腕骨・胸骨・肋骨・骨盤骨・大腿骨に多数の癌転移を認めます。・肝臓には多発肝転移があり、肝臓の大部分が、癌の転移病変で侵されています。・肺門部・膵体尾部の背中側、腹部大動脈、肝門リンパ節にも、転移を認めます。・両側の卵巣、子宮体部にも影があり、転移を強く疑います。・左の腎臓がやや大きくなっているのは、左卵巣の癌転移が尿管を圧迫していることが考えられ、腎機能に注意が必要です。・腹水が少量出現、胸水も以前と同様に、認められます。 (肝転移がこんなに広がっていて、膵臓も…。)画像を見て、さすがに動揺した。 「あなたの癌が、勢いを増すとスピードが速いことはわかっていたけれど、少し勢いが強すぎるね。今考えているのは、ヒスロンが効かなかった時には、パクリタキセルを使おうと思うんだ。10年前につらかったのは、よく分かっているけれどね。パクリタキセルは少し減らしてもいい。」 「パクリタキセルですか…。」 「BEV療法と言って、アバスチン(BEV)を使おうと思う。これは、タキソールと併用なんだよ。」 「もうすぐ退職するから、副作用は寝て我慢します。」 「ヒスロンの効果を見てだから、次の腫瘍マーカーで判断しよう。」 「でも、あっちの病院では、CA15-3は、800までしか測れないですよ。」 「そうか、ちょっとぐらい下がっても、判断できないってことだなぁ。でも、待ったなしだから、今日からフルツロンを出すから飲んでね。」長女は、黙ってやり取りを聞いていた…。どうしよう、でも聞いておかなくては。 「先生、私は、ある程度、抗がん剤をしたら、弱い抗がん剤に変えたり、細々と…と思っていたんですが。」 「もちろん、そういう人もいる。癌のタイプによるね。どんどん広がる人には、細々と長く…と言うのは、難しいな。」 「生ぬるい治療しかしなかったり、治療が上手くいかない時は、あとどのくらい生きられると思いますか。」 「うむ…、生ぬるい治療や治療が上手くいかない時は…。 半年だね。 」 先生は静かに言った。私が見ても、半年と思う。いや、このスピードではもっと速いと思う。下手したら数か月。優しいムーミンパパ先生は長女に気を使い、出来るだけ、そっと、ショックを受けないように告げた気がする。 「先生、私、迷っていることがあるんです。今の病院は外来で見てもらっています。終末期をどこで過ごすか…、近くには緩和ケア病棟がなくて、少し離れた県内の病院か…。悪くないそうですが、見てもらったこともない病院で、馴染みがありません。少し遠くても、高速道路を飛ばせば、こちらの病院も1時間足らずです。こちらで見ていただくか…。こちらの病院だと、大学生の長女からは少し近くなります。」 「ここに来たらいいよ。ちゃんと受け入れる。緩和ケア病棟もあるからね。娘(長女)さんも、こっちの方が1時間短縮できるし、ちゃんと引き受けるからね。」 「ありがとうございます。できるだけ家で過ごしたいけれど、最後はどうしようって、行く場所がなくなることが怖くて。すごく不安だったんです。」 「大丈夫だ、この病院においで。具合が悪くなったら、あちらの病院から救急車を飛ばしてもらうから。心配しなくていいよ。」お礼を言って、診察室を出た。ショックは大きかったが、この時が来たのだと、思う自分もいて、この時は悲しさもなかった。それは、長女がいたせいかもしれない。長女は、まっすぐと前を向き、黙って先生の説明を聞いていた。 「いい先生でしょう。」 「うん、時々、すごく優しく話すの、きっと私に気を遣ってるんだと思った。私もこの病院が安心だな。ここがいいと思う。」 「お昼にしようか、眺めのいいレストランあったよね。」ふたりで、最上階のレストランに行った。人の居ない席に座る。注文を待っている間、今後のことを少し相談する。一番の心配ごとは、大学受験生となる、高校3年生の次女のことだ…。彼女は受験生なのに、私を看取らなくてはならない。長女が頼んだパスタと、私のお蕎麦が運ばれてきた。 「さ、食べよう、お腹すいたでしょう…。」その途端に、長女の目から、涙がみるみる膨らんで、ポロポロと零れ落ちた。幼いころ、泣き虫だった長女は、中学生になったくらいから、絶対に人前で泣かない。思春期も受験の時も、泣きたいときは沢山あっただろうに。(一人で泣いていたと思う)中学生くらいから、何でも自分で決めて、大学まで進んだ。相談してくれないことは、寂しかったけど、こうやって自立していくんだなぁと、思っていた。 「あなたは、実はすごくママっ子だもんね。昔から…。」長女が、あまりに泣き続けるので、私まで涙がこぼれた。死ぬことは仕方がないけれど、もう少し、娘たちとの時間が欲しいのに。たった21歳で、親の余命宣告を一緒に受け止めてくれた長女の心中を思うと、苦しい気持ちがする。そして、長女は大学生だから、私とほとんどいられない。最後は泣き笑いをしながら、お蕎麦を半分くらい食べた。娘も、半分くらいしか食べられなかった。残った時間を、少しでも沢山、娘たちと笑って過ごそう。そう心に決めた。

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    厳しい検査結果を告げられる