7/16の記事ランキング

  1. 初回のケモ入院は特に副作用もなく無事に終了し予定通り退院。その二日後はケモをやると決まってから予約をしていたウィッグサロンの試着の日。Linea-Storiaに行ったよなんせ、卵巣癌TC療法でのパクリタキセルはほぼ100%脱毛するとのこと。事前情報よると、パクリタキセルが体内に入ってから約2〜3週間後には脱毛し始めるとのこと。脱毛し始めてからのヅラ探しは慌ててしまうので、抜ける前に一つはヅラ持っておかないと、ということで…訪れたのは、医療用としてもファッション用としても定評のあるLinea-Storiaのサロン。エレベーターを降りると、こじんまりとした落ち着いたエントランス。そこはまるで隠れ家的な個室エステサロンのよう受付で名前を伝えると笑顔でスタッフの方が迎えてくれる。おしゃれなインテリアで揃えられた個室に案内され、本日の担当の方が名刺をくれて挨拶してくれる。ドリンクメニューにて好きな飲み物をオーダーする。・・・ってなんの話しまずは来店のアンケートを記入して一覧にあるウィッグの中から事前にチェックしておいたウィッグを担当の方に伝え、持ってきてもらった。持ってきてもらったのは自毛の髪型に近いもので、かつ、自毛ではなかなか上手くできないようなスタイルのもの←ここ大事選んだのは、この4つ。 ウィッグ フルウィッグ ボブ ショート ミディアム 『天使のベルベットボブ』 総手植え 【送料無料】 医療用 金髪 ブラウン かつら 耐熱ウィッグ ネット付 wig リネアストリア レースフロント LSRV_P Mサイズ 人工毛 ミディアム 天使シリーズ ウィッグ フルウィッグ 『天使のすっぴんミディ』【送料無料】 かつら 総手植え 医療用ウィッグ 女性 黒髪 結婚式 ミディアム 耐熱ウィッグ Mサイズ 人工毛 ミディアム 天使シリーズ ウィッグ ボブ フルウィッグ『天使の愛されTwinkle』 総手植え ショート 【送料無料】 医療用 かつら 結婚式 耐熱ウィッグ ネット付 LSRV_P Mサイズ 人工毛 ミディアム 天使シリーズ ウィッグ ボブ『天使のマイ・フェアレディ』【送料無料】ウィッグ ショート フルウィッグ ウィッグ 医療用ウィッグ エクステ つけ毛 ウィッグ ボブ 黒髪 LSRV_P Mサイズ 人工毛 ミディアム 天使シリーズ ウィッグを被るのにはいろいろと手順があって、①黒いネットで自毛を包み込んでまとめる(ピンで止める)②ウィッグを被る③角度などを調節する1〜4までの持ってきてもらったウィッグを順に被る…あれ?…なんか…アタマ…ボリューミーだけど??まだ自毛が普通に生えている段階での試着だったせいで、とにかくアタマが大きく見えるし、ウィッグはしっかりとスタイリングされていることもあり、毛量が多い。これは…まるで…ヅラそのもの。ヅラだけど。いやちょっとまって…この頭では外歩けない…元々、子供の時から自毛では前髪がないおでこ出しスタイルで、前髪というものを作ったことがない。なぜなら天パー(天然パーマ)だから。前髪作るとクルクルするからなので、前髪のないスタイルのヅラを選んでいたのだけど、これがことごとく違和感。まるでヅラ。ヅラだけどサロンの方曰く、前髪のないウィッグは使いこなすのがなかなか難しいのだと。しかも、薬の影響で眉毛とかも抜けるので前髪があるスタイルの方が人気なんだとか。もの心ついた時から前髪あった試しがないので違和感を感じるものの、むしろウィッグだからこそ自毛ではできなかった前髪あるバージョンを楽しもうではないかと気持ちを切り替える。そして、サロンの方と相談し、予定外のものもいろいろ試着さえてもらい、これに決めました。 ウィッグ ボブ 『天使のレイヤーCカール(スキン付)』 フルウィッグ【送料無料】 医療用 ウィッグ かつら 医療用ウィッグ ウイッグ セミロング ウィッグ リネアストリア 小顔 LSRV ハロウィン Sサイズ Mサイズ 人工毛 ミディアム 天使シリーズ まるでノーマーク。決め手は・Sサイズ展開のあるもの・斜め前髪なので違和感があまりないこと・アレンジしやすい長さなどだけど、でもやっぱり被ってみて似合うか似合わないか違和感あるかないかこれが一番のポイント。サロンに行くと無料でうぶ毛カットもしてくれるのだけど、このころはまだ自毛がふさふさだし、うぶ毛カットの必要性がよくわからなかったのでそのまま持ち帰ることに。サイズもちょっと大きかったので縫い縮める方法を教えてもらいました。自毛が無くなってくるとヅラのサイズも変わってくるということだし。これで、抜ける落ちる前の準備は万端。あとは自宅で被り方の研究に勤しむことにあとあと、つるっぱげになってくるといかにウィッグの産毛が重要かを知ることになる。

    たくさん共感されています

    ウィッグの準備〜サロン編〜
  2. 聞きたくない話
  3. 3~4年前には、膵がんに特異性を持つ腫瘍マーカーで、膵臓がんを発症した場合には80~90%の確率で陽性を示すと言われているCA19-9が基準値を越え始めていた。もうこの時から妻の膵臓はSOS を出していたのだろうか。改めて胸が締め付けられる想いになった。もしこの頃にすでに今の知識があったら、「CA 19-9が連続で基準値越えてるなんておかしくない?膵臓とか胆嚢とか調べてみた方がよくない?超音波とかCTとかさ」とか言ってたのかもしれない。あるいはそういう事を言ってくれる医師と出会えていたら...たらればの話をしても仕方ないけれど、でも、全然結果は変わっていたかもしれない。隅から隅まで丁寧には無理だったけど、断片的に何百位まで、たくさんの方の癌ブログをこの1年で読ませて頂きました。また、仕事関係、近所、犬の散歩でよく会う人、様々な方に妻の病気を打ち明けてきた中で、たくさん、「うちの嫁も」「私の友達も」「俺の弟も」「私も」と、たくさん、癌になったというお話を聞きました。その中でいちばん、10年以上良好な日々を過ごしている方が多いと感じたのは、やはりほんとのほんと、初期に見つかって手術で取りきった方が多い、そういう感じです。今住んでる賃貸のお隣さんも60歳位の女性の方ですが、「私も10年前に卵巣がんで全部取っちゃってるのよ。だから大丈夫!」と言ってました。予後不良と言われている卵巣がんでも、早期に手術して取り切れれば、このようになんら今までと変わらぬ生活を10年以上過ごしている方もいます。煙草まで吸ってます 笑こんな話しってネットで調べられないところにいっぱいあるのかもしれません。こういう話しも立派なポジティブなエビデンスであり、こういう話しがいっぱい聞けるネットワークがあればいいのにと私は思います。だから皆さん、「検査をするから癌が増える!」「検査に殺される!」いろいろネットを調べればそういった事が出てきますが、少しの変化や数値の異常も軽視せずに、検査をするべきだと思います。その中で、ほんっとのほんと初期でまだ芽が小さいうちに切除して治ると言われたらそれが1番なのかなぁと思います。周囲に浸潤していたり、周辺のリンパ節に転移していた場合はやはり一筋縄ではいかないのかもしれません...だからこそ早期発見と言われてるのではないでしょうか。妻は今、食べたくても食べる事ができません。小さな子供より食べれません。こんな想いを1人でも減らせるように、これからもいろいろな事を発信していきたいと思います。

    たくさん共感されています

    3年半前の腫瘍マーカー
  4. 違え指摘するとき。がんばる」を「がんまる」と書いていたので「ま」じゃなくて「ば」だよ〜と院内学級の先生が言うと泣いて「破く〜〜」「こおり」を「こうり」と書いていたので院内学級の先生が指摘したら「全部破く~」と泣く。家での宿題の時もそうだった。間違えたとき、私が子供の時だったらあ、そっか!って消して直して終わったと思うんだけどいちいち泣いて発狂して大変ちょっと異常かなぁ?と思うほど。食べ物のこだわり気に入ったら3食そればかり食べて、いずれ飽きる。食べた事ないものは「食べた事ないからないからイヤ」と言って食わず嫌いし食の幅が広がらない服のこだわり皮膚過敏なのか、下着が下がってくる〜と泣いたりウエストのスカートが下がってくると言ってスカートを不必要なまで上にあげてしまい格好が変トップスはインしないと気が済まずカードゲームやボードゲームではほんのちょっとでも自分が負けそうになったら泣いてめちゃくちゃにする完全な勝ちしか受け入れられない。心理士さんの回答は「ちょっとこだわりの強いところがあるけれど、ものすごく負けず嫌いだけど、『発達障害』のお子さんは、1歳児3歳児等の検診で引っかかってくるんです。だから、娘ちゃんは違うかなと思いますよー。」と。心理士さんからのアドバイス1、ギャーッとなってるときに正論言っても、 何も聞いてません。 本人パニックだからね。 その時は「悔しかったんだね、だから涙が出ちゃうんだね」 と気持ちを代弁してあげてください。 責めないで受け入れてあげてください。 そうすることでわかってもらえた、 を積み重ねていくと落ち着いてくるはず。2、気分の良いときに 「この前のことは、ママは良くなかったと思うよ、 こう出来たらよかったと思うよ」とさらっという。 「こうしなさい」と言うと反発するので、「ママはこう思う」と言うだけでよい。なるほどφ(..)メモメモ病棟には児童心理に詳しい女性医師もいらっしゃり、その方にも心理士さんが引き継いでくださって、また詳しく話してもらいました。結論からいうと娘ちゃんを見る限り、発達障害のような問題はないと思います、ってことだったのですが。医師の見解「娘ちゃんはものすごくエネルギーの強い子だと思うんですよね。エネルギーは体力って意味だけじゃなく、どちらかというと、心のエネルギー。だから、3週間の一時退院の時も、学校に朝から5時間目まで毎日通えたんだと思うんです。実はなかなかそんな子はいません。だから、この病棟の中でものすごくエネルギーを持て余してしまってると思うんです。それが、たまに爆発してるだけだと思うんです。よくやっぱりエネルギーの有り余ってる、男の子なんかに多いんですけどね、なにか運動系の習い事とかして、発散させると、そういう爆発が少なくなったりします。ただ、今はこの閉鎖的な空間にいたり、お家で過ごしたり、やっぱり娘ちゃんには発散しきれないエネルギーがあって、それがふとしたことで火がついてしまうんだと思います。退院したら、運動系の習い事なにかしてもいいかもしれないです。」と。「確かに。入院前は毎日何か習い事をしていて、それをこなしていて、終わったら習い事のお友達と毎日遊んでて。運動系の習い事も結構やっていました。ただ、腕のこともあるので、今後は運動系の習い事って難しいのかなと思っていました。」「そういう場合に、勧めているのが、スイミングですねー、重力の負荷がかかりにくいからとてもいいですよ。(入院前、娘ちゃんスイミング行ってました。池江璃花子ちゃんと同じスイミングスクールです池江さんもがんでうちもがん偶然??)あと学習の障害とかも気にされてると聞いたんですが、そちらも全く問題ないと思います。院内学級の先生からも理解力等に問題はないと聞いてます」「なんか文章題とか、問題読まずに解こうとしてわからない!とか言い出したり問題読もうよって言うと発狂したりで・・・」「1年生ですからね。1年生の1学期は、先生がテストの問題も読んであげている状況です。ひらがなも読みこなせない子もまだいる状況で、娘ちゃんはひらがなもカタカナも読めてますよね、全然問題ないと思いますよ。」そうなんだー、、、焦ってたのかなぁ?医師に問題なし、と診断されたことで、心はなんだか軽くなれたそれから、他の心理士さんたちと、UNOをしていて、途中で負けそうになったらもうやめる!と怒ってプレイルーム出て行っちゃった娘ちゃん。心理士さんに、この前もこういうことで相談したんですよねー負けず嫌いってなんとかならないんですかね?お勉強もちょっと指摘したら怒り出すし、、、と言うと「負けず嫌いは悪いことではないんですよねーお母さんが宿題とか完璧に見てあげてるんですか?」と言われたので「いや、ずっとつきっきりではみてないですよ、ただ、終わった~って言うから提出する前に一応間違ってないか確認して、間違ってたら伝えようと思ってるだけなんですが」というと「それもやめちゃったらどうですかね?外に出て×をつけられることも経験だし、お母さんから言われるよりも反発せず聞けるかもしれない。お母さんはこどもにとっては絶対なので、問題間違えてるよって指摘だけでも子供にとっては自分全部を否定された気持ちになるのかもしれない。そういう採点は学校や塾などに任せるのも手かもしれません。親は最低限の生活の扶助をしていればいいんじゃないですか?」と言う。宿題を点検しない、なんて私の頭にはなかったことなので驚きました。「あと、とにかくいいところを褒めたほうがいいですよ。テスト70点だったとき、お母さんは褒めれますか?」「いや、、、どうでしょう」「お母さんもお父さんも、おそらくお勉強できた人だから、できて当たり前って思っているのでしょうが出来なくてもいいんですよ、70点も取れたの?!すごいじゃない!!字が汚くてもいいんです、読める字が書けてる!それだけですごい!と言って喜んであげてください、心から、心からじゃないと伝わりません」(心から、、は無理かも)娘が完璧じゃないと気が済まないのは負けず嫌いだからだと思っていたんだけど「お母さんが完璧じゃないとダメな方なのでは?娘ちゃんはお母さんがそう思ってることを感じ取ってそうなってるのでは?」みたいなことを言われてそうかもしれない、と思った。私が、ちゃんと教育や躾をできてないと評価されることが嫌で、娘ちゃんはそれを感じてるのかもしれないなぁって。もっと自由にさせて見守るだけでいいのかなーでも他の人に迷惑になることやってたら叱るしかないし、ちゃんとした大人になってほしいと思ってしまう。子育てってすっごくすっごく難しいなー

    たくさん共感されています

  5. つい最近もこの古いCMについてブログで書いたけど物数奇な私はこの商品を試したくなり探しに行きました。因みにCMは昭和39年と昭和42年のCM。このドルックスは昭和7年に製造され当時は高級品だったそうです。現在CMのドルックスのコールドクリームは既に廃盤となっていてこれに代用する商品と思われるのがこのマッサージクリーム。容器が昭和レトロっぽいですが豪華ですね開けて見ると白のクリームが。指に取ってみるとクリーム自体は硬いです。早速マッサージしてみましたまず香りですが昔の化粧品の香りがします。これぞ昭和レトロって感じです。私は全然気にならない香りですが香りに敏感な方にはきついかも知れませんね。昭和気分を味わいたい方は是非使ってみるとやはりクリーム自体が硬いせいかいつも使っているマッサージクリームとは感触的に違いますが、体温で柔らかくなるので段々滑りが良くなりました。ただティッシュだけでは剤が落ちないため私は蒸しタオルで拭いたら綺麗に落ちました。その後はいつものスキンケアなかなか使えそうです見るからにお肌の血行が良くなっています。物数奇な私はまたまたこのクリームが現在の価値でどのくらいするのか調べてみました。現在は800円と表記されていますが、私が購入したお店では割引価格で販売されていて600円ちょっとで購入できました。当時コールドクリームで発売されていた頃は600円でした。なので数字的には今とほとんど変わりません。ざっくり現在の価値で計算すると2‚400円ぐらいでした。当時の大卒初任給が43‚000円ぐらいだそうなので決して当時としてはプチプラ感覚で買える物ではなかったようです。もしかすると3,000円以上の価値があるかもしれませんね。そして使い終わった後気付いたのですがMade in VietnamになっているではありませんかCM当時は恐らく日本で作られていたと思いますが、なるほどですね~~。数字的に50年以上前とほとんど変わらないお値段で販売するには経済成長した日本で作るには賃金も上がりコスト的にも難しいか、でも最近までは日本で作られていたような気がしたけど勘違いかな?CMは高度成長前ですね。何だかちょっとした物1つで時代の流れが写し出され、日本がどれだけ発展したのか手に取るようにわかりますね。歴史を感じ勉強になります肌に問題なければナイトクリームも試してみたいと思います長々とお読み頂きありがとうございました。※誤字、脱字があればすみません

    昭和レトロなプチプラコスメ   資生堂ドルックス
  6. う🚃8時くらいに準備がすんでいて、歯磨きと搾乳をして出るだけでした家を出る直前に搾乳したいんです病院まで1時間半かかるので上手く時間合わせないとなんですよね右乳搾乳開始🍼1分後くらいにスマホに着信📱???登録ない番号だな誰からだろう?電話番号確認してもよく分からない市外局番番号の下に 〇〇市と流れてきて病院だ!!りんちゃん何かあったのかも出る📱りんママさんですか?〇〇大学病院NICUです そうです そうです!何かあったんでしょうか?? りんちゃんは元気なんです、大丈夫ですよ。 そうなんですか 実はですね、今日2件目の手術予定だったのですが、1件目が無くなったんです。早く出来るかと思ったんですが、りんママさん遠いので頑張っても9時半くらいかなとスタッフと話したんですがどうでしょうか? そ、そ、そうですね、急ぎます‼︎ あっでも雨も降ってますし、足下気をつけていらっしゃってください大丈夫ですから、お待ちしてますすぐに家を出ました通勤時間帯だったので電車もすぐ来ましたし最寄駅からのバスにもすぐ乗れて9時半に病院到着すぐNICUへとエレベーターに乗りました途中の階で停まって看護師さんがのってきました!あ、りんママさん!どうしたんですか?誰だっけ?あっ、えっとモリスの🐩ハンドラーの!!いつもマスクしているのでこの時してなくて分からなかったんですどうしたんですか?こんな時間に手術室への時間が早まって急いでることなんか話しながらNICUの階に到着今日、モリスいますよ!10時半頃この辺りにいますよ!と教えてくれましたりんちゃんの手術時間あたりなので待ってる間モリスと会う約束しました急いでNICUへ準備はこれからでした。10時に手術室へ向かうとのことで、しばらくの時間過ごしました手術室用に人工呼吸器付け直してましたこれが嫌みたいで怒ってましたゴメンよ りんちゃん手術室へ行きますとのことでエレベーターの前まで見送りましたそんなに難しい手術(というより処置)ではないのですが、やはり見送る時はドキドキします1時間半ほどで終わるとのことですりんちゃん頑張ってね

    たくさん共感されています

    ドキドキした病院からの電話
  7. 7年ぶりの抗がん剤を受け、出だしは好調でSNSなんぞする余裕もあった私が、、、来ました。おそるべし副作用地獄が抗がん剤投与の翌々日の夜中に突如やってきた胃痛横になってどんな体勢になっても生唾がこみ上げてきて気持ち悪い。胃がキリキリと痛い。胃痛のせいで1時間ごとに目が覚めてしまいます。唯一体が受け付けた牛乳を飲むと少し楽になりましたが、1時間しか効き目がもたない。。翌日も胃痛と吐き気が一日中続き、夜中は1時間おきに目が覚めてしまう全く食欲は無いけど、何か口に入れないと薬が飲めないので、苦行のように牛乳を飲んだり、普段なら大好物のハーゲンダッツ🍨を罰ゲームのような気持ちで食べたり‥そうして胃痛地獄が始まって3日目、とうとう体力の限界を迎えました。不謹慎ですが、思わず殺してくれ!と思ってしまうほど3日間の不調が身体的にも精神的にも辛かったので、市販の胃薬を飲んでも良いかどうか病院に電話をして聞いてみることにしました。病院に行こうにも起き上がれない状態だったのです。息切れしながらまともに声も出せない状態だったのですが、電話に出た看護師さんがなかなか要領を得てくれず、出来れば病院に来てくださいと言われ、だから行けないから電話してるんですよ!具合が悪くて!と、イライラして言い放ってしまいました。声は蚊の鳴くような声でしたがそして、市販のガスター10を飲んでも良いという許可がおり、父親に買ってきてもらいました。こういう時、もしも一人暮らしで闘病していたら。。きっと動くことが出来ず救急車のお世話になっていたかと思います🚑ガスター10が意外にもとても良い働きをしてくれ、お陰で胃痛が5時間くらいは楽になり、久しぶりに長く眠れました。こんなことなら我慢せずにもっと早く飲んでおけば良かった〜‼️その翌日、ガスター様のお陰で起き上がれるようになりました。その日はどうしても職場に行って提出しなければならない書類があったため、まずは主治医を受診して胃薬を処方してもらってから職場に立ち寄ることにしました。しかし、これが甘かった。ガスター様のおかげで起き上がれるとは言え、牛乳以外まともに口に出来ていなかったため、体重は3日間で4kgも減っていましたそんな体重になったのは、中学生の頃以来です。今までいつか痩せたら履こう!と思ってタンスの肥やしになっていた超スキニージーンズも履けちゃうじゃないの〜👖なんて、闘病中でなければ嬉しい変化なのでしょうが、頰は痩け、目の下のクマも半端なく、まさに病人ルックちょっと動いただけで息切れし、ほんの5分立っているのも辛いゾンビ状態JRの駅から病院まで徒歩10分強なのですが、送迎バスも出ています。元気がある日は歩くのですが、この日は勿論バス!🚌ただ、ほんの数分バスに揺られているうちに車酔いのような状態になり危うくリバースしそうになってしまいました。危なかった〜そして主治医の診察を待っている間も、吐き気で座っているのも辛い状態匂いにもとても敏感で、隣の人が噛むガムの匂いやら洋服が発する匂いがダメだったりで、何度も席を移動する不審者ゾンビ状態でしたそうしてようやく先生に呼ばれ、今回の胃痛の話をしていたのですが、話すのさえ息切れがして大変でした。挙げ句の果てに先生の言葉に相槌を打っているうちに、頭が揺れたせいか目が回って吐き気が酷くなり、せ、せんせい、ちょっと、具合が悪いです。横になりたいです、、、バタッ先生の返事を聞く前に診察ベッドに倒れこみました。たくさんの患者さんが待っているのに、しばらく先生の診察室で横になる羽目にあの日待っていた方々、ごめんなさい🙏しばらく横になっていたら吐き気とクラクラ感はマシになりましたが、大事を取って処置室で点滴を打っていくことに。今回の胃痛の原因は、もともと抗がん剤投与前から胃が荒れていたことが投与前に受けた胃カメラ検査の結果で分かっていたのですが、そこにステロイドを服用したために余計に胃が荒れてしまったのだろうとの事でした。そこで、本来は胃潰瘍の患者さん向けのお薬を処方して頂きました。その名もランソプラゾールカプセル💊30mg今回の抗がん剤治療では、このお薬にとっても助けられました。なんと服用して翌日には食欲が半分くらい復活し、翌々日には通常通りまで復活出来たのです抗がん剤治療において大切なことメモ📝我慢しすぎないこと主治医に何でもすぐに相談すること正確に自分の体調や副作用の様子を伝えること(これが割と難しい)そして何より大事なのは主治医の経験値によるお薬の選択と処方量のさじ加減患者さんによって出てくる副作用や酷さの度合いもピンキリな中、先生は処方するお薬の種類と容量をピタっと決めるわけですもんね。やはり経験則はとても大事だと思います。そして患者さん側の経験則も大事かも。私は7年前の抗がん剤では便秘でかなり痛い目に遭っていたので、今回はおしり対策を万全で挑みました抗がん剤を投与されたその日から便秘対策のお薬を欠かさず飲み、お尻が痛くなり出す前から軟膏を塗りまくる戦法。先手必勝です便秘対策の飲み薬は、前回処方されたマグラックスが私にはあまり効かなかったと伝えると、今回はアミティーザ💊というお薬を処方されました。まあこれが効くこと効くこと。お食事中の方、すみません。水のように出ました。完全に水下痢状態でしたが、便秘の痛さ辛さを味わうくらいなら水状態でも何でも出ていてくれたほうが何倍もマシたまにビックリするほどの量の鮮血も出て焦りましたが、これはアミティーザの副作用には書かれていなかったので、恐らく痔のせいだろうと思われます。(余計な治療やお尻の検査などされるのが嫌だったので鮮血のことは主治医には黙っていました)次回は7年ぶりの抗がん剤の副作用をまとめますつづく

    たくさん共感されています

  8. 19年6月16日�入院 113日目🛏まだ6月11日です🌃今日の夕方旦那を病院に送り自宅に戻ってRちゃんに連絡を夜に入れました📞大腸がんのセカンドオピニオンの病院の事で相談に乗って貰う為です。昼間映画を観ている時にブロ友さんからその病院のお医者さん情報を貰いそれも参考にしようと思ったのでそれも兼ねてRちゃんに色々聞いてみましたはじめに今日の昼間の出来事‥2日連続でストマが破れた事を言うと「もしかして、それって‥‥ガスが発生するもの食べたんじゃないの?炭酸類とか、繊維が多いものだったり‥‥」と言われました。そう言われてみれば‥‥最初の和食を食べていた時美味しい美味しいと沢山食べていてノンアルコールビール🍺も飲んでいた様な‥そして今日のお昼もコーラを飲んでフライドポテト🍟をムシャムシャ食べていた時に起きた様な‥‥すっかり炭酸と繊維(ポテト)そのものなんだけど‥‥なるべくしてなった‥‥なるべくして起こった‥‥なのでした‥‥その事を言うとRちゃんにしっかり注意され「抗がん剤中は炭酸飲料は控えさせないと!」と言われました私の管理ミスだなぁと反省‥‥続けて本題のセカオピ先の医師の事を聞くと「どの先生に頼んでも皆んな手術の症例数半端ないから大丈夫!スタッフも皆んな徹底された看護だから安心できるよ。チームで動いてくれるし!」と太鼓判を押しました「ただもう手術してある状態だから直ぐ化学療法に回されるのかなぁ?‥‥」とも言っていました。私達的にはセカオピ先の病院で診察、抗がん剤の治療をして貰って抗がん剤の配合してもらったら嫌だけれど今の病院でその薬(点滴)を続けられれば一番ベストかなと思っている旨を伝えたらRちゃんも「もしかしたらそれ頼めるかもしれないからセカオピ先の病院にダメ元で頼んでみたら?命がかかっているんだから遠慮している暇も躊躇している暇も無いよ!もし、その病院でダメだと言われたなら県内の大腸がんに強い病院へ次々セカンドオピニオンしなきゃ!どんどん動かなきゃダメだよ!」と言われました。‥‥‥ ‥‥‥うちの病院ではもう手術して4か月経とうとしているのに手術後直ぐの写真を撮って以来一度もCTなどの画像検査をしていません。旦那に「セカオピする前に画像の検査した方が良いと思うから主治医の先生に聞いてみて?」と言って聞いてもらったら「手術後の検査は半年後で良いかなと思っています」👨‍⚕️と答えられ「ゼローダだけの服用で、本来なら点滴もする予定だったのだから心配なので早めに撮って頂きたい」と旦那が主治医に頼みました。その事も夜の電話の時にRちゃんに話すと「なんか‥‥本当にいい加減な病院の様な気がする‥全然 患者に寄り添って無いっていうか‥‥とにかく自分の身体は自分で守らなきゃ無いんだから早め早めに手を打つ事が大事だよ!」と言われ、御礼を言って電話を切りました📞‥‥‥ ☀️ ‥‥‥次の日6月12日水曜日旦那から「今日 整形外科の診察入りました」と連絡が来たので早めに病院へ出向きました🏥午後になっても一向に呼ばれず‥‥大腸がんのセカンドオピニオンの事でソーシャルワーカーさんにも会わなきゃないので焦っていると看護師さんが検温を計りに来ました旦那が「あの‥‥ずっと整形外科の診察に呼ばれるの待っているんですけど‥あと相談したい事があるので今日ソーシャルワーカーの〇〇さんを此処に呼んで貰いたいんですけど‥‥」と話すと、看護師さんは確認しに行ってくれました。少しして戻って来て「あの‥ごめんなさい🙏整形外科の診察は明日でした。CTも明日撮るそうですあと‥ソーシャルワーカーの〇〇さんは今日お休みを取っているそうです。」👩またか‥‥そう思いました‥結局 今日一日何もやる事が無くなってくたびれ儲けに終わってしまったので明日に備えて早めに病院を出ました 🚙‥‥‥ 🐈 ‥‥‥家に戻って昨日のブログと、このブログを書いていたら(23時30分)旦那から電話が来ました📞何事か?!?と思って出てみると「あのさ、〇〇弁護士さんにお金振り込んだ?」と聞かれ「何も振り込んでないよ。言われてないし‥‥知らないし‥‥ 」と答えると「部屋に振り込み用紙と契約した用紙入った青い透明なケースないか?そこにそれらが全部入っているんだけど‥‥」と言われて探すも見当たらず‥‥車に行っても無し‥旦那にそれを伝えると「あぁ、やってしまった‥お昼食べた和食屋に忘れてしまった‥ストマ爆発して焦って出て来たから‥」と言いました。「えぇ〜どうするの?」とちょっとムカついた感じで聞くと「明日、自分でその店に連絡してなんとかするから‥‥」と言って電話を切りました‥‥なんだか‥‥‥な ‥‥つづく‥‥ 🐈

    たくさん共感されています

  9. 多いですが、やはりがん宣告されてからはこの問題が常につきまとっていました。旦那さん側の家族への報告は旦那さんからしてくれていたので、私は私の家族への報告を。私には姉と弟がいます。姉は車で15分ほどのところに、弟は隣県に住んでいます。(両親への報告は済→★)まず弟は県外で年に数回しか会わないこともあり、報告は後回しでいいか。と即決次は姉とは甥姪が子どもたちと年齢が近いこともあり、なにかと会う機会もあるしな〜でもLINEで報告はな〜文打つのめんどくさ〜会うなら言おっかなくらいの軽い気持ちで構えていました。が、その時は思いのほか早くに訪れました。組織診の結果が出る1週間も早い頃、ちょいと用事ができまして姉宅へ寄ることになりました。組織診の結果出てないけど言う?やめる?え〜!どうしよう…。でも直接会うタイミングができたし。ま、言ってみよ〜。なんかこの頃は、乳がんについて調べて調べて調べまくって調べることに飽きてしまってました。自分の中ではだんだん『乳がん』というワードに鈍感になりつつあったのでもう勢いで言うことを決めた感じでした姉には玄関先で。甥がインフルになってたので仕方なく…←他に場所なかったのかい私「ちょっと大事な話が〜…。(姪が私の周りをチョロチョロしていたので)お姉ちゃんと2人がいいな」そう伝えると姉が姪を家に入れてくれました。姉「どうした?」私「実は、私乳がんになってしまった。あはははは」姉「えぇ!?乳がん!?早くない!?」私「うん、早いけどなってしまった」姉「ショックというより、状況がのみこめんわ」姉も両親同様、初めは3人目ができた報告かと思ったようです。が、結果は妹の乳がん。驚いていましたが格別取り乱す様子はなく。姉の友人も何年か前に乳がんになった人がいたようで、その人の話もしてくれました。私を安心させてくれようとしたんかな?玄関先での話だったので手短に済ませました。姉「子どものこととか困ったことあったら協力するから言ってね!」ありがと〜!お姉ちゃん私「またお母さんの話も聞いてあげて〜今は家族以外に言ってないから。私に言えないこともあるだろうし〜」お母さんの相談役を姉にお願いしました。私「〇〇(弟)にはいつ言ったらいいと思う?」姉「心配性やもんね〜。もう検査結果出てからでいいんじゃない?」私「やね」というわけで、弟へは組織診の結果が出てから報告しました。これはLINEで。弟はかなりショックを受けたようで後日聞いた話、その日の職場の飲み会に行くのはやめたそうです。そんな気分じゃないと。すまんのう。飲み会だと知っていれば!弟からは電話がかかってきて色々心配してくれていることがヒシヒシと伝わってきました。そして「次の休みに帰る」と。いや、いやいやいや!それは悪いわ!全力で拒否しましたが帰って来てくれました。ありがとうなんだか、『がん』っていう言葉が人に与える力ってすごいですね。いろんなことにすごいエネルギー使います。疲れます。『キャンサーギフト』とかそこまで仏の心持てません。いまだに。意味はわかるけどね。がんなんて糞食らえ。←漢字にするとおそろしいな子どもには正直にがんだと伝えてます。そのことについてはまた後日書きますね☆

    たくさん共感されています

  10. 釘付けになった掲示板
  11. までやっていた点滴抗がん剤とは違って内服(飲み薬)であるリムパーザは骨髄抑制(白血球・赤血球・血小板)や軽い吐き気はあったものの(吐き気止めで抑えられていた)、日常生活に影響するほどの強い副作用はなく、穏やかに過ごせていました。腫瘍マーカーが上昇し続けているものの、痛みや出血などの症状はなく、3ヶ月に1回行っているCTでも大きな変化はなかったので、治療を変更することなく様子を見ていました。そこへきて突然の母の白血病入院ということもあり、できればこのまま内服で持ちこたえられるならそのほうがいいと思っていました。(自分がある程度動ける体力が維持できるため)が…6月27日(木)にCTを撮っていたその結果膵臓の癌は変化なし(大きくも小さくもなっていない)鼠蹊部【そけいぶ】(足の付け根のコマネチ!ってやる辺りのこと)のリンパ節やや増大これはずっと前から大きくなったり小さくなったりを繰り返していて、大きくなってくると鼠蹊部(そけいぶ)にポッコリと触れるものがあり、痛みを伴うことがあります。実際、最近痛みを感じることがちょくちょくあったので大きくなってるんだろうなぁという想像はしていました。そしてもう1カ所。体の中心あたりに大動脈という太い血管があるのですが、その近くのリンパ節が増大。やはり腫瘍マーカーが上がり続けていることから想像できたように、卵巣癌の再発が進んでいるようです…。このCTの結果は、内科(膵臓)の診察を受けた時に聞かされていて、今後の治療に関しては婦人科の医師と相談してください、と言われていました。いつもなら内科と婦人科は同じ日に診察してもらえるようにしていたのですが、今回はたまたま医師の都合上1週間ずれていたので、このCTの結果を聞いてから婦人科の診察まで1週間という時間がありました。母は今白血病の治療で3回目の抗がん剤治療中で入院しています。おそらく1ヶ月以上入院することになると思います。欲を言えばこのままリムパーザの内服で治療を続けて、母の病院に行ける体調でいたい…。でも母は私の病気や体調を心配していて、腫瘍マーカーが上がり続けていることも知っていたので「私のことはいいから点滴(抗がん剤)やったほうがいいんじゃない?」と言ってくれていました。自分でも、いつまでもリムパーザを飲み続けるだけでいいとは思ってはいませんでした。もう観念する時がきたようです…。(タイトルにあるようにいわゆる年貢の納め時です)冷静に自分の体の癌の進行状態を考えると、やはり点滴の抗がん剤に戻す時がきたのだと考えられるようになりました。長年点滴での抗がん剤治療をやり続けたことでずいぶん体が酷使されてきたところ、リムパーザの内服で治療をする期間があることで少し体力の回復にもなったと思っていますし、何より自分のやりたいことができる時間が作れたと思っています。これはきなこも同じ考えでした。そして先週7月12日(金)に婦人科の受診をしました。婦人科の医師は母の白血病のことも知っているので、「もう少しこのままリムパーザの内服で様子を見てもいいですよ」と言ってくれたのですが、私の気持ちはもう固まっていたのでまた点滴(抗がん剤)に戻してもらっていいです、と自分の意思を伝えました。そしてリムパーザの内服はこの日で終了となり、骨髄抑制なども考慮し少し休息期間を設け、次回は8月2日(金)に点滴の抗がん剤治療を再開することになりました。前回はTC療法+アバスチンの治療をしていましたが、次回からは3剤あるうちの1剤を変えてするようです。あぁ、またあの抗がん剤の後の苦しみがあるかと思うと少しぞっとしますが、命には変えられません…。すい臓がん末期でもう長くないと覚悟したあの時から6年9ヶ月、奇跡的にここまで生かしてもらったこの命、これからも癌と共存しながら生きていたいと思います。では恒例の内容とは関係のない写真です。今住んでいるきなこ家の前には小さな川が流れています。ところが先日たくさん雨が降ったためでしょうか…なんと川の護岸が崩れました。(大汗)写真ではちょっとわかりにくかもしれませんが…こんな感じの浅い小さな川です。崩れていない川の側面はこんな感じになっています。このコンクリート部分が崩れ川に倒れ込み、もう少しで川の流れがせき止められそうなぐらいのところまできています。これは家の反対側の護岸にまわって撮った写真です。崩れたコンクリートの上の草の部分は土なのでがけ崩れのようになっていると思われます。(ブルーシートで覆われてるので見えませんが)こちらは家の前の道路から川を覗き込んだ様子です。対岸のコンクリートと崩れたコンクリートの隙間がわずかにあり、なんとか水の流れが確保されています。家のまえの道路はこんな感じで三角コーンが並び、ガードレールの下には土嚢が積まれています。崩れたのは確か6月30日(日)ですが、やっと明日から工事が始まるようです。早く安全が確保されますように…。にほんブログ村のランキングに参加しています。他の膵臓癌・卵巣癌の方のブログなども見ることができます。↓興味がある方は是非どうぞ。にほんブログ村にほんブログ村

    たくさん共感されています

    そろそろ年貢の納め時…
  12. はしませんでしたま入院するのでね内緒にできる訳もなく旦那は、子供達にはいつ話すんだ?と急かすし↑内緒話、すぐに喋っちゃうタイプですな入院する2週間前の10月あたまに夜ご飯食べながら報告しました5月の検診で引っかかり大学病院で調べてもらったこと乳癌が見つかり再来週に手術することでも初期だから心配いらないこと入院中は自分のことは自分でやること大体こんな感じのことをサラッと明るく話しました我が家は息子2人当時高1と中2大丈夫なの⁈どうしよう⁈みたいなのはそりゃー期待はしてませんでしたよそれにしてもですよえ、ヤバイの?だけ?息子なりに重くならないように気を遣ったのかもしれませんがもうちょっとオブラートに包めませんかねー大丈夫、入院中のことは心配いらないよ!くらい言えなかったかなーまーこんな感じで?重苦しくはならず報告は終了あっけなかったー入院するまでに手術の説明を受け、入院申込みをしたり必要なものを揃えたりしてました退院してからも消毒に通うことや2.3ヶ月して傷口が落ち着いたら放射線治療を始めることもこの時聞きました何事もなければ3泊4日で済むとのこと手術が月曜日なので前日に入院して水曜日には退院できる!と思ったのですが土日は入院手続きはできないので金曜日に入院してください!とえーっとですね金曜日に入院して、月曜日の手術まで暇じゃないですかねー?と質問あ、外泊OKですからね!とりあえず金曜日に入院して採血と麻酔科医の説明聞いたら家に帰ってもらって日曜日の夕方に戻ってきてください!おー!了解ですということで準備万端2017年10月20日入院すぐに外泊10月22日病院に舞い戻り翌日手術を迎えます

    たくさん共感されています

  13. 入院2日目
  14. 。私はドセタキセル抗がん剤で3か月め。少し息苦しい、涙目マックス。味覚障害がある。そのうえ仕事をしていて、外来で抗がん剤。ご飯を作って、買い物に行って、子どもの受験や進学のこと。私はとうに、諦めているが、次女が「たまにはご飯作ったら?」と言うと、炊き込みご飯。レトルトの入れるやつ…。義兄のために、ホテルを予約した。景色がいい部屋で、広い温泉施設もある。私は仕事があるから、朝ご飯もつけておこう。結婚して、我が家に来るなんて、初めてだもの。でも、私はズラだ。家ではウィッグを取りたい。副作用で、休みたいときにゴロンとなりたい。そして、義兄がやってきた。2日目、仕事から家に帰ると、居間にトドが2匹。夫と義兄…。ビール飲んでゴロゴロ、コンビニのつまみが広がってる。「せっかく、休みだったんなら、どこか行ったの?」夫「え、めんどくさい。」「お兄さん、お風呂良かった?朝ご飯、バイキングだったでしょう。」義兄「お風呂は行かなかった。めんどくさい。朝ご飯は、いつも食べないから、行かない。」「景色いい部屋にしたんだよ、綺麗だったでしょう、広い部屋にしたし。」義兄「まぁまぁ、部屋はあんなもんじゃない?」旅行すらめんどくさい人たちだから…楽しむことしないんだチーン。くたびれているのに、急いで夕食を作る。育ってきた生育過程で、あまり外食という発想がない。そして、台所を手伝うという発想もない。「明日、週末だけど、どうするの?」夫・義兄「考えてない…。」「明日、△△は春休みだから、私も休みだし、お兄さん、少し観光でもします?」夫 「俺、仕事」 知っとるよ。←心の声義兄 「行く…。」 行くんか~いい次女が帰ってきて、明日、義兄と、遠出して、観光に行くよと言うと次女は顔をしかめた。「めんどくさい。」(血筋?血筋?それはやめてほしい) 「せっかく、遠いのに来たんだから、高校合格のお祝いももらって、何言ってるの!」「ハイハイ…。」翌日、2時間ほどかけて、遠出して、美術館やお土産屋さんへ…。「思ったより楽しかった」義兄 「まあまあ…。」美術館のカフェの焼カレーの匂いにひかれて、つい入ってしまった。味覚障害なのに…。 味がミラクルすぎる。辛くて、汗が出る…ウィッグなのに。 「で、どうなんです?具合は…。」義兄 「良くない。便が出たり出なかったり、一週間でなかったり。食欲もない。」 「家のことはどうするんです?」義兄 「来年あたり、取り壊すかな。」 「まず、病院、行って、ちゃんと見てもらってください。私が抗がん剤治療してるの、(夫から) 聞いてますよね。だから、帰省はできないので、病気がひどくなる前に、検査に行ってください。家の取り壊しのことは、兄弟で話し合って、決めてほしいな…。」翌日も、居間にトドが2匹…。実家じゃなくても、トドなんだ、この二人がそろうと…。義兄は楽しかったのか、楽しくなかったのか、わからないけど、帰っていった。半年後の秋、また主人が私に言った。夫「アニキ、また来るって。連休がらみで…。また、同じホテルでいいって。今度は俺、仕事、休めるから…」 「また?」(自分の兄さんなんだから、夫が休みを取るの当たり前だよ。私、行事も入ってるし。)即、ホテルに電話をかけた。 「〇日~〇日、連泊で一部屋、お願いします。眺めは悪くても構わないです。朝食はいりません。あ、ツインで…。デラックス?あ、普通のお部屋で…。」夫「シングルでいいんじゃない?」 「どうせ、ゴロゴロして、お酒飲むんでしょ、二人でホテルでどうぞ。あなたも泊まってきて。そのかわり、宿泊代出すんだから、あなたは温泉くらい入ってきてよね」わたしは、18年程前に義母が倒れたあと、いい嫁をやめた。周りや私が動きすぎると、超鈍感な、受け身の夫と義兄は、主体的に動かなくなる。「抗がん剤治療している妻の気持ちを逆なでする、夫の無神経な一言あるよね。」そんなブログ記事に、すごく共感してしまう私。そして、話は続く…。

    たくさん共感されています

  15. のかと恐怖に…母親看護師だから一応報告。寝てたみたいだからLINEも読んでなかったけど(あたしもとりあえず横になってたら落ち着いてたから酷くなったら電話するつもりでとりあえずLINEだけ)次の日の朝電話かかってきたけど…一発目の言葉。「こんな事気にしてたらあんたおかしくなるよ」「お母さんだって若い時は階段登れば脈なんて160とか頭だってガンガン痛い時もあったし、手足だって痺れてるのなんかしょっちゅう…」他にも色々と自分の話…あー始まった…言わなきゃ良かった…結局自分の方が大変な思いしてきたんですよね😑若い時の話されてもさ、今具合悪いのあなたの体じゃなくて、あたしの体だし。あなたは健康体だろうけど、こっちはいつ発症するか分からない病気抱えてるんです。まぁもう何も言わないことにする。看護師だからむやみに医者に行く前に症状話して対策聞こうとしてるだけなのに…まぁ自分が1番大変な思いしてきた!!それしかないもんね😑人の気持ち考えて仕事してる人なはずなのに…全くだね…特に家族には…そして昔から…あーなんであたしはあの人の元へ生まれてきたのだろうか。と思う事が昔から多々ある。もちろん感謝する事もあるけど…その気持ちを打ち消す程の嫌なことが多すぎて…本当合わないんだなとつくづく思います。

    たくさん共感されています

  16. お通夜の日はストロベリームーンの満月。告別式は十六夜。わたしも仲良くしていた母の友人と彼女らしいね。と話していた。かっこつけで、自分らしさを大事にしていた母らしいシチュエーション。十六夜を控えた告別式の朝は風が強くて母を肌で感じる日だった。11時からの告別式わたしとY子は9時には着替えていたけれど夫は私服。「もう行くん?」「俺は何時にいったらええの?」聞かれたことに驚いて押さえていた怒りが頭をもたげる。  昨日、2時間さえ待てなかったのなら  ぎりぎりでいいのではないの?我ながら嫌味な奴だと自己嫌悪しつつ言ったのに「わかった!ほなそうするわ!」思いがけない返事に怒りもなえてしまう。  そう・・・。  まだ時間あるし精進落としの時の  お茶買ってきてくれたら・・・。力なく必要事項だけ伝えて家を後にする。会場で叔父はいつ見ても母の棺の横にいた。  おはよう。声をかけるとハッとして振り返る。「おはようさん。ご苦労さんです。」本来の優しい叔父の顔。自分の悲しみにばかり目を向けすぎてきちんと理解できてなかった。叔父はたったひとりの姉を亡くしたことに。祖父ももう亡く、祖母もアルツハイマーで会話もままならない。お酒を酌み交わしギターを弾く叔父と、歌う母。お正月の風物詩はもう見られない。叔父の悲しみが伝わってくるようだった。母と別れが迫ってきた。夫が会場にいなさ過ぎてすっかり独身と思われていたわたし。司会の方が事実を知って驚いて式では隣に座ってもらうように説得してくる。叔母が必死で、人の目があること決まりは決まりであることわたしがどう思おうと、夫と並んで座れと説得してくる。くだらない意地で困らせるのも大人げなくわたしは周りの意見に最後には頷いた。打ち合わせ・ご挨拶Y子と連携して進めているうちに本当に独身なのではないかと感じた。叔父もY子に遠慮なく直接いろいろ頼んでいる。もっと早く来ればよかったと思うほど時間はなく、開始10分前になる。最悪のカウントダウンは従妹に「旦那さんは?」と聞かれたことから始まった。  ぎりぎりに来るっていうてたよ。そう答えて間を置かず叔母に呼ばれる。「旦那さんは?」  そのうち来るんちゃう?そうこうしてたらY子が表情なくわたしを呼ぶ。「もうこんな時間やし、来てないことで みんなどうしようってなってる。」確かに。喪主の夫が開始10分前でもいないなんて葬儀会社の方々も経験のない事だろう。電話しても「向かってる!!!」と切られた。関係者はみんな頭の上に“?”マークと“💦”マークを浮かべているのが見える。義理とはいえ親の告別式に遅れてきている喪主の伴侶。何で来ないんだとわたしに詰め寄っても来ないものは来ない。なんとなくピリピリムードが漂い始め時間が迫る。参列くださった皆様が座り司会の方が進行について説明する段になっても夫は来なかった。いよいよ、どうしようとなったときやっと姿を現す。ムスメーズは従妹と従弟に連れられ夫は、もはや能面になったY子に「今日は喪主の隣に座ってください!」促されてわたしの隣に来る。黙ってなにも言わず座る夫。わたしは夫に一瞥もくれず母の写真だけを眺めた。  ママ。  ママ。  ここにY子と一緒に座った方が  あんたは喜ぶよな・・・。  ほんまに。。  ほんまにごめんな。。ママ。たったひとりの親の告別式が最悪の形ではじまった。

    たくさん共感されています

  17. てきそうな田舎生活看護師で交代勤務をしてるから、休日は朝寝坊がしたい。それでも、早朝6時に目が覚めて、玄関わきのぼったん便所に行く。(もう一回寝よ…。)玄関がいきなり開いて、ご近所さんがスタスタ入ってくる。ぼさぼさ頭のパジャマの私はびっくりする。「わ」ご近所のおばあちゃんは、台所に朝取り野菜を置きに来る。盆や正月には、本家なので、親戚が沢山、仏壇参りに来る。主人の祖母に会いにも来る。朝の7時には、誰か来る。みんな朝4時には起きるらしい。主人の母は5人姉妹の長女で、婿取りをしたので、4人の叔母さんたちが、次々やってきて、すごく賑やか。お餅の作り方も、地元の寿司の作り方も、煮物の作り方も知らない私。主人のお義母さんが言葉が少ないのはほかの4人がうるさいからだな。きっと…。「本家にやっと、嫁さんが来た。次男坊だけど。やっぱり東京に住んでるからかね。今どきの嫁さんらしい…。」そんなことを耳にしたとき、ちょっとドキッとしたけど、今思えば懐かしい。あれから25年。主人の祖母が亡くなり、義母が亡くなり、義父も亡くなった。田んぼは人に譲り、退職した義兄が一人で住んでいる。叔母さんたちも年を取り、日々の暮らしで、精いっぱいだ。「この家は好きだけどなぁ。一人で住むには寂しすぎる。」家をつぶして、アパートに住もうかな。数年前から、義兄はそう言っていた。今の私は、なかなか行けないし、車で行かないと、ほんとに不便だし。子どもたちも忙しくて、田舎には行けなくなった。どこでもドアがあったらなぁ…。過疎化の進む集落の古民家の空き家問題は他人ごとではない。

    たくさん共感されています