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こんにちは、かりんです🌱ご訪問ありがとうございます。夫の交通事故から十数年。このブログでは、当時の出来事や心の揺れを、今の視点で振り返っています。あわせて、今の我が家の何気ない日常も綴っています。交通事故に遭い、夫は右足を膝下から失いました。 切断に至るまでには、幾度もの手術があり、耐え続けた痛み
母は無事に、リハビリ病院へ転院した。四人部屋ではあったが、病室は広く、明るい雰囲気だった。小柄な母には、大きなベッドが少し広く感じられた。少しでも寂しくないようにと、私はリラックマのぬいぐるみを持って行ったそのぬいぐるみは、子どもたちが小さかった頃、母が買ってくれたものだった。母に手渡すと、「まあ、
…やわらかい食べ物で食事訓練は、飲み込むのが本当に辛くて、いつも泣きながら飲み込む練習をしていましたちなみに、私は食べるのもすごーーく遅くて、 なんと普通の一食を食べ切る
2024年4月サッカーの試合中に前十字靭帯を断裂 2024年5月に手術を受けてから今月で術後1年4ヶ月となりました 怪我をした当時14歳だった次男は先月16歳になり 精神的にも肉体的にも成長したと感じられる1年間でした 遅くなりましたが術後1年の記録を写真で振り返り ここからは2025年5月まで
ご訪問ありがとうございます はじめましてのかたへ アラ還の太陽と申します 現在は義母(93歳)の介護をしながら介護講座の講師をしています以前は訪問介護をしていました介護のことをできるだけ多くの方に伝えたい!知ってもらいたい!との思いでブログを始めましたいろんな角度から介護の記事を書いています是非他の
…私に声をかけた。退準備のために、戸棚を開けて靴を前に私が考え込んでいる姿を見て、声をかけた。 『脳卒中リハビリ 最初に救急搬送された病院で借りた病院着』高次脳機能障害のリハビリは継続してやっていたものの、退院日も決まった。そろそろ退院準備もしなくてはと、病室
…間足らずで、リハビ病院へ転院する日を迎えた。私と妹は待ち合わせをし、一台の車で母が入院している救急病院へ向かった。転院が決まった時、母は小柄だし、私の車に乗せて連れて行けないか、病院へ相談したことがあったしかし、「転倒などの危険があるため、介護タクシーをご利用ください。」
佐賀住まい・福岡勤務の作業療法士の橋間葵です。脳卒中のあとには、「なんとなく以前の自分と違う」「人と会うのが疲れる」という変化がみられることがあります。こうした変化を見て、「まだ病気を引きずっているのかな」「気持ちの問題なのかな」「もともと、こんな性格だったっけ?」と、本人も家族も戸惑うことがありま
柴村恵美子さん「祈りのセミナー」要約① 言葉が人生をつくる* 「ついてる」「ありがとう」「幸せ」「楽しい」などの天国言葉を使う。* 「どうせダメ」「困った」「最悪」などの地獄言葉は使わない。* 一番その言葉を聞いているのは自分自身。* 良い言葉を使うほど、心のゲートが開き、人生が良い方向へ進む。キー
…。 昨日、リハビ病院への転院に向けての調整が始まり、いつ退院できるかと、今か今かと待ち構えている母には申し訳ないけど、 これで、一歩進んだリハビリが始まる と、僕としては、一歩進んだ感がありました。 でも.. 転院すると、また混乱するのかな? と、頭を過ってから、い