63,025投稿
…たが2022年の年再発をしてしまい2023〜2024年にかなり長期の入院その間に私立の大学病院から公立の大学病院へ転院寛解と言えるかどうか、、微妙な状態ですがなんとか在宅で過ごせるまで回復し2024年末から
このブログは義父と義母を介護した過去の経験をもとに書いたものです思いつくままに書いており時系列順ではありませんあらかじめご了承ください 「特養は終の棲家」と誤解されている方が多いように思われます 義父が特養に入ると決まった時筆者以外の親族はこぞって大歓迎でした 「これでずっと置いてもらえる」 「最
こんばんは昨日、ここまで頑張ってきたことが急転直下で不発に終わり、さすがのわたしも心から込み上げる気持ちに耐えきれず、旦那を前に声を上げて大号泣※わたし滅多に泣きません、泣くのが下手のようです悲しい、辛い、(息子に)申し訳ない旦那も男泣きして、わたしと2人ただただ大泣き。その時息子は空気読んだのか、
みなさんご無沙汰しております。 状況芳しくなく、ブログの更新を全くしておりませんでした。すみません。簡単に経緯をお話しておくと、ハラヴェンは三か月間やったものの効かず、でした。投薬しつつも、三か月間CTを取らないで大丈夫なのか、と心配して、何度もCTを撮らないのですか?と整形科の主治医に訊きましたが
…きました。 入院のきっかけ』義父の入院のことは少しずつ書いていきます。それと同時に、これまで下書きしていた記事もupしてまいります。こちらの続きです。『義父が入院しました』義父がICUに…ameblo.jp 『【入院】疲れました②』こちらの続きです。 『義
医大に転院し、薬の見直しをしてもらい、絶対に飲みたくなかったオランザピンと炭酸リチウムを飲むことになりました。炭酸リチウムは飲むのはどちらでも良いんですが、オランザピンは1番太る薬として、ブログ読者さんから教えてもらってからは避けてました。(35kg増えたそうです)だから前の主治医の時は飲まずに済ん
…いるイメージがあり乳がんからの転移?再発?肺がんで亡くなった。私が中学2年生の夏。享年64歳だった。49歳で急性重症膵炎になった私。祖母が亡くなった歳まで生きれるかな?と思った。
…ただいています。�がん治療の主治医が3人になりましたのでわかりやすくするために、呼び名をつけます。ニコニコ王子 最初の主治医(執刀医)2番目の主治医 再発肺転移後の
今日はいよいよB病院とのお別れのシーンですわたくしがY先生にすがった為に、じゃーとりあえずB病院で出来る精密検査はしてしまい、それで転院を含めて手術を考えてみてみましょうとなりましたが、やはりB病院でも対応困難との事でC病院に転院が決定しました。Wちゃんの登場でC病院に移る抵抗はなくなってましたが、
49日の法要が終わり香典返しの発送も完了慌しかった手続きも後半戦葬儀の次の日から出た坐骨神経痛はまだ痛みはあるけど起き上がれない程の痛みはなくなり日常生活が送れるようになりましたただ、、、旦那が居なくなった喪失感は夜になると一気に襲いかかりまだまだ泣いてる日々悲しみは癒えないけれどこのブログは旦那が