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  1. …その中でも長く少野球をしてますがこれ程までのバッターは見たことのないって打者も…。しかし、勝つにはこういう打者をどうやって抑えていくのか、バッテリーとは試合前から対策を練る。大きなピンチもしっかりと守り切った。4回。レオの右中間ツーベースからケンシンの内野安打で無死二、三塁!ナルのセンター深くへの犠牲フライで先制!二死からユイトのレフト前で2点目!応援席もボルテージ上げ上げ↑5回裏。力の差を見せられたイニング。二死から3連打…ホームラン、レフト前、ホームラン…反対方向へのホームラン2本。あれを運ばれたら仕方ない。最終回。二死三塁で一打同点の場面もコハクの右前がライトゴロでゲームセット。正面から真っ向勝負でぶつかった結果。凄く良いチームでした。負けてしまったけどとても良いゲームでした。最終回、堤さんの選手の掛ける声。強いチームなはずだなーって思いました。ふれあいカップ ベスト4進出ならず。一つの大会が終わってしまいました。ただ負けてもこれだけの試合が出来る。これは自信を持っていいと思う。あと残り2つの大会。勝てば残り2試合というのが続いていく。1試合でも多く一緒にやりたいね。まだまだこのチームがもうすぐ終わってしまうなんて実感が湧いてこない…これも不思議。今週末、雨予報…野球やりたいな。では。

    ふれあいカップA 決勝トーナメント 準々決勝 0116
  2. みよし市 4年生大会 リーグ戦①
  3. 感じて動けるともっ野球が楽しくなる瞬間いっぱいあると思う。二死満塁まで攻めるもナルが三振で同点止まり。なるほど、こういう展開ねって…。『この後、必ず勝負所でもう一度ナルに回ってくるよ。そこで打てばいい。だから常に打席でのイメージで合わせておけ。』6回。来たね、イメージ通り。ケンシン出塁から無死二塁でナル。ずっと集中力切らさなかったね。投手が変わるもタイムリースリーベースで勝ち越し!その後追加点取れないのはほんとこのチームのあかんとこ…な、ミチル。年末体調不良で大事な試合欠席して仲間に迷惑掛けて、それでも仲間は勝ち上がってくれて…そういう感謝をこういう場面で出すとこだろ…伝えて良かった。これが野球…ゲームセットのウイニングボールはミチルのとこへ。レオも耐えて耐えて投げ抜いてくれた。ピンチの場面こそ一段上がるギアはやっぱり観ていてワクワクする。守りも走塁も攻撃もダメなところいっぱい。でもみんなでカバーし合って最小失点に出来る。うちが圧倒的に強いチームでは全然無い。苦しんで粘って耐えて勝つ…これがこのチームの真骨頂なのかもしれない。このチームはそうやって強豪、名門と言われるチームに勝ってきたもんね。らしさが良く出た試合。これでいいね。最後の苦しみながら守り切った場面。自分のミスで負けるかもと思って泣いていたのはケンシン。ゲームセットまで泣くなという約束。みんなでした約束なんだから守ること。最後、泣いとるお前んとこにボール飛んでったら絶対負けてたやんけ!笑自分ことはあと!チームためにプレーする!そしたらきっともっと良い涙が流せる!コロナなんかに負けねーぞ!では。

    ひまわりネットワーク杯 2回戦 0110
  4. 野球の話なんかなーんもない糸井が 今年はがんばってどーちゃら こーちゃらみたいな記事があったけどどーでもええ糸井なんか 期待もしてないとかいうて…佐藤と陽川が全然ダメで結局… 糸井がスタメンで出続けるというお約束のダメ虎パターンにはまりそうな予感大いつものアカン阪神なええからはよ キャンプ始めろやで また茂木がアホな事言うとる茂木のバカコメント「49歳の受験生が失格になったのはやむを得ないとして、その過程で結果として火に油を注ぐ結果になったのは残念だとお話しました。とりわけ、不正を通告した後別室への移動を促したことが、他の受験生に平穏な環境を維持する上では誤判断だったと思います」別室への移動を促し平穏な環境を維持できない誤判断だったと あくまでも試験官を糾弾している茂木は正しい事と間違っている事の判断ができない学者など 名乗る資格無し試験官は49歳のキチガイに何度も何度も注意しているこの状況そのものがもはや平穏な環境ではないこのキチガイが散々注意されている時点でこの会場にいる受験生は集中力を相当 削がれているこれ以上 注意を重ねるともはや試験どころではなくなる本来なら この場で失格だが最大限の温情で別室への移動を促したこれ以外にどんな解決策があるのか?茂木の言うように 49歳キチガイの鼻出しマスクを容認して放置するのか?ならば…受験生全員マスク無しで受験させるべきじゃないと 公平を保てない受験は公平に行われないと成立しないお粗末すぎる茂木の脳ミソ鼻を出してマスクしているほうが呼吸もスムーズにできて頭も回転し問題を考えるのも 当然有利になる49歳キチガイの鼻出しマスクを容認する事はインチキやったもん勝ち不正を許す行為そういう 当たり前の常識的な事すらコイツは わかっていない世間知らずの非常識人間おそらくは自分の論理が完全に破綻しているのは十分 わかっているはずしかし 一度上げた拳を降ろせず子どものように自分が正しいと言い張る幼児レベルの低いメンタル自分の主張が世間から大バッシングされて大間違いだと気づいていても謝罪撤回する人間性などは一切 持ち合わせていないコイツは社会から間違いなく 淘汰されていく茂木は 脳科学者じゃなく低脳科学者がふさわしい

    たくさん共感されています

    お粗末すぎる茂木の思考
  5. 打数73本はトップジャイアンツ74本に肉薄しており、ジャイアンツのホームランが一軍経験者によるホームランも多かったことを考えると若手だけでホームランを量産したのはライオンズとファイターズです。9月以降だけで見ると中熊選手は.350をクリアしており、打撃開眼傾向です。昨年の非力さが影を潜めてホームランも3本放ちました。また、防御率は與座海人投手が3試合連続先発大炎上したことも大きな原因です。5回7失点投球を続けました。リリーフでは藤田投手、齊藤大将投手がコツコツ炎上して野田投手も失点イニングを増やしました。しかし、希望が見えてきました。投手では三軍で鍛えていた上間永遠投手、井上広輝投手の2人がイースタンで登板を果たし、上間投手は2回初勝利のチャンスがありました。また、一昨年に続いて2試合に登板の渡邊勇太朗投手は伸びるストレートと大きな変化球で安定した投球を見せました。この若い3投手は飛躍が期待できるので名前を覚えておいた方がいいでしょう。特に井上広輝投手はドラフト指名前からのレオファンだったので好感度が上がります。打者はリーグ2位のホームランを記録しただけに期待しないわけにはいきません。高木渉選手を筆頭に、西川選手、川野選手と楽しみな選手が増えました。筆頭格は鈴木将平選手です。ファンブックに載っている川野選手は細身ですが、フェニックスリーグでは丸太のような太ももと肩の筋肉が太くなり、鍛え上げていたことが分かります。トレーニングセンターの恩恵を浴びているのは平良海馬投手だけではないです。二軍で期待する選手の課題です。鈴木将平、高木渉両選手は一軍定着を目指すこと。西川選手は代打要員でも一軍を上がり、二軍で無双化すること。佐藤龍世は練習も禁止されていたので勘を取り戻すこと。川野選手は左打席でもホームランを放つこと。そして、雑さが消えない愛斗選手は好不調の波をなくすことです。シーズン終盤の一軍昇格は意味不明でした。カルロス木村選手の負傷にしてもあり得ない昇格です。投手では3投手が先発初勝利を挙げることになります。上間永遠投手は2回勝利投手のチャンスをもらいながら武隈投手、野田投手に潰されました。井上広輝投手は想像以上に球威があるので一軍の機会があるかもしれません。(個人的には怪我もあり反対です。)渡邊勇太朗投手はスタミナが上がっているのでイースタン初勝利があれば一軍の登板機会もあると思います。イースタンリーグからも目が離せません。にほんブログ村

    二軍はイースタンリーグ最下位になるもチーム本塁打73本はリーグ2位、希望は大きい!
  6. キャンプインを迎えプロ野球は本格的に2021年シーズンが始まる。各球団は昨季の課題に取り組みつつ、3月26日の開幕に向けて臨戦態勢を整えていくことになる。守備面では投手陣の強化とともにnews.yahoo.co.jp昨シーズンもたびたび述べていましたが、山野辺翔をセカンドに組み込んで外崎選手をライトに配置しましたが、これは完全な過ちであることが証明されました。12球団最強の守備力を崩すのは相手を喜ばすだけです。コンバート厨が山野辺信者でもあり、強く支持していたことからも過ちと分かります。こいつはホークスファンを公言していました。どうりで森選手を激しく憎悪するわけです。ライオンズファンとは認めませんし、その資格もありません。自称「レオファン」に過ぎません。話を戻すと、守備力で外野の両翼の弱さが指摘されています。実際、なかなか否定できない痛い部分を付かれています。本来、外野手はパワーヒッターが揃い、守備力の難を打撃で埋める選手が入る「打線の厚みを増す」ために守備力を犠牲にするポジションです。「する」ではなく、それが「できる」ポジションです。なぜ、外野にこれができるか?答えは簡単でまず、バットにボールが当たってから捕球に至るまでの時間が内野より長いので守備力の低い選手も対応する猶予が生まれること。もう1つは3人いるのでセンターに守備力の優れた選手を配置して補えることもあります。なので、できるわけです。ところがライオンズの場合、レフトのスパンジー選手は打撃力を相殺するほど守れません。打撃力はそこそこありますが、守備力の低さがチーム内では二軍の戸川選手くらいしか下手な選手がいません。カルロス木村選手も何年たっても確実性のある打撃ができないなど打撃面で難があることが問題です。バファローズもジョーンズ、吉田正尚と守備力の低い選手が付いていますがジョーンズは論外としても吉田正尚は打撃面で完全挽回しています。タンパリング球団のロメロも守備は痛いほど下手ですが、前半戦は打撃で貢献しました。調子に乗ってライトで起用したりして痛い目を見ていました。また、三木政権が開幕当初のロメロの調子が持続すると判断して起用し続けたのもありがたかったです。その意味ではバファローズのロメロ、ジョーンズの外野は見物です。理想は金子選手をレフトに戻すことです。そして、確実性の引く打撃しかできないことが明らかになっている、そして、伸びないカルロス木村選手をベンチで万全の控えにすることが最大の目標になります。FA宣言されても構いません。にほんブログ村

    最強の二遊間、源田&外崎センターライン!これは崩してはいけません!
  7. 46(昭和21)年プロ野球のリーグ戦が再開され、大下弘がシーズン20本の「虹のホームラン」を放ち、ファンを熱狂させる一方、並木路子が『リンゴの唄』を大ヒットさせ、焦土で戦後復興に立ち上がった人々に希望を与えた。翌1947(昭和22)年、NHKの連続ラジオドラマ『鐘の鳴る丘』が大ヒットし、その主題歌『とんがり帽子』の明るい曲調が大流行すると、川上哲治の「赤バット」、大下弘の「青バット」の競演が、更にプロ野球人気を高めて行った。という事で、今回も「紅白歌合戦と日本シリーズ」の「番外編」として、1947(昭和22)年にスポットを当て、描いてみる事としたい。<当時の国際情勢①~「第2次世界大戦」末期、アメリカ・英国・ソ連・中国の「連合国」間で、終戦後の国際社会を見越して、駆け引きが…>当時の日本を語る上で、国際社会との関わりを知っておく事は、とても重要である。そこで、「第2次世界大戦」末期からの、当時の国際情勢について、まずは簡単にまとめさせて頂く。日本が、「太平洋戦争」で絶望的な戦況に陥っていた頃、日本と戦っていた、アメリカ・英国を中心とする「連合国」は、早くも「戦後」を見据えて、動き始めていた。1943(昭和18)年11月22日、フランクリン・ルーズベルト(アメリカ)、ウィンストン・チャーチル(英国)、蒋介石(中国)の各国首脳が、「カイロ会談」を開催し、今後の戦争の行く末と、戦後処理について、最初の会談を行なった。その直後、1943(昭和18)年11月28日、今度は、ルーズベルト(アメリカ)、チャーチル(英国)、スターリン(ソ連)という各国首脳が集まり、「テヘラン会談」を開催し、ここで、スターリンは、ドイツが降伏した後に、日本に対して参戦すると約束した。社会主義国家のソ連と、資本主義国家のアメリカは、不倶戴天の敵と思われていたが、とにかく、まずはドイツと日本を屈服させるという事で、彼らの思惑は一致しており、その共通の目的のために、手を組んだのである。こんな動きは、当時の日本政府は、勿論、全く知らず、日本は完全に「置いてけぼり」であった。1944(昭和19)年6月6日、「史上最大の作戦」と称された、連合国軍による「ノルマンディー上陸作戦」が決行され、2ヶ月後、当時、ナチス・ドイツの占領下にあったパリが、連合国軍により、解放された。これで、大きく潮目が変わり、ドイツの敗北は決定的となった。1945(昭和20)年2月4日、ルーズベルト(アメリカ)、チャーチル(英国)、スターリン(ソ連)の「3巨頭」が、今度は「ヤルタ会談」を開催し、そこで、アメリカとソ連は、下記の「裏取引」を行なった。ルーズベルト「対日参戦してよ」スターリン「いいけど、そのかわり、南樺太と千島列島を貰うよ」ルーズベルト「どうぞ、どうぞ」こうして、ソ連の「対日参戦」と引き換えに、日本の「北方領土」のソ連による占領が決まってしまった。「勝手に決めるなよ」とも思うが、国際社会とは、所詮、国同士の力関係で決まってしまうものである。1945(昭和20)年4月30日、アメリカ・ソ連を中心とした連合国軍が、ナチス・ドイツの首都・ベルリンに迫りくる中、地下の指令室に籠もっていた、ドイツの総統、アドルフ・ヒトラーは、遂に敗北を覚悟した。そして、ヒトラーは、愛人のエヴァ・ブラウンと共に、自殺した。世界中を戦火に巻き込んだ、稀代の独裁者は、こうして享年56歳で亡くなった。その直後、1945(昭和20)年5月2日、連合国軍はベルリンを占領し、5月9日、ドイツが連合国に無条件降伏した。日本の同盟国・ドイツが、こうして連合国の軍門に下ったが、気が付けば、連合国を相手に、まだ戦争を続けているのは日本だけになり、日本は世界中を相手に戦争を続けている状態になってしまった。当時の日本政府と軍部は、完全に「引き際」を見誤っていた。これは、「コロナ禍」にも関わらず、未だに「今年(2021年)に必ず東京オリンピックを開催する」などと言い張ってている、今の日本政府と全く同じだと言っては、言い過ぎであろうか。1945(昭和20)年7月17日、トルーマン(アメリカ)、アトリー(英国)、スターリン(ソ連)の3首脳が集まり、「ポツダム会談」を開くと、そこで日本に対する「無条件降伏」を求める事で合意した。所謂「ポツダム宣言」であるが、日本は、これを黙殺したため、この後、日本の広島と長崎に、アメリカによって原爆が落とされたというのは、皆様もご存知の通りである。なお、当時、フランクリン・ルーズベルトは既に亡くなっていたため、副大統領だったトルーマンがアメリカ大統領に昇格し、英国も、チャーチルが総選挙で敗れたため、アトリーが後継首相になっていた。相変わらず元気いっぱいだったのは、ソ連の独裁者・スターリンであった。スターリン率いるソ連は、この後、1945(昭和20)年8月8日に「対日参戦」し、約束どおり、日本の「北方領土」を、全て、分捕っていった。<当時の世界情勢②~戦後、アメリカとソ連の対立が深まり、「東西冷戦」が激化⇒世界各地で、「東西冷戦」の影響が表れる>1945(昭和20)年8月15日、日本は「ポツダム宣言」を受諾し、遂に連合国に対し、無条件降伏した。こうして、「太平洋戦争」及び「第2次世界大戦」は、漸く終わりを迎えたが、戦争が終わった直後から、連合国の中で、早くもアメリカとソ連の「対立」が生じた。前述の通り、アメリカは資本主義国家であり、ソ連は社会主義国家なので、主義主張が全く異なっている。所詮、アメリカとソ連が、仲良くやって行くというのは、無理な話だったのである。戦後、ソ連は東ヨーロッパ諸国を影響下に置いて、ソ連の「衛星国」とした。これを、チャーチルは「東西ヨーロッパの間に、鉄のカーテンが下ろされている」として、ソ連による東ヨーロッパの「囲い込み」を「鉄のカーテン」と表現し、激しく批判した。こうして、アメリカとソ連による「東西冷戦」が始まったのである。「東西冷戦」により、ヨーロッパは、ソ連が支配する東側諸国と、アメリカの影響下にある西側諸国に分断されたが、そのし「東西冷戦」の象徴となったのが、ドイツの東西分裂であった。ドイツの西側はアメリカ・英国・フランス、東側はソ連が、それぞれ支配し、更に、東側のドイツの首都・ベルリンも、東西ベルリンに分断されるという状況となった。日本のすぐ隣、朝鮮半島も、北緯38度線を境界線として、朝鮮半島の北側をソ連、南側をアメリカが、それぞれ支配する事により、事実上、朝鮮は南北に分断された。こうして、南北朝鮮による睨み合いの状況となったが、この分断は、未だに続いているというのも、皆様がよくご存知の通りである。ところで、戦時中、朝鮮では、「抗日戦争」の伝説的な英雄・金日成という人物が居て、朝鮮人の間では有名だったが、金日成が、実際にはどんな人物なのか、誰も、その姿を見た者は居なかった。だが、戦争が終わり、朝鮮の北側がソ連の支配下に置かれると、ソ連は、「この人が、金日成です」と言って、当時33歳の若者を、「伝説の英雄・金日成」として、「ソ連解放軍歓迎・平壌市民大会」で、人々に紹介した。だが、「こんな若造が、金日成なわけがないだろ!!」と、集まっていた人々から怒号が飛び、彼は、慌ててその場から退散したという。この来歴不明の、素性の怪しい男が、後に北朝鮮の独裁者として君臨する、「金王朝」の開祖・金日成の若き日の姿であった。だが、彼の本名は何なのかなど、詳しい事はよくわかっていない。一つ確かなのは、ソ連が彼を「金日成」として認め、後ろ盾になったという事である。もう一つ、日本にとって、当時の国際情勢で、非常に関わりが深い出来事といえば、中国の「国共内戦」の勃発である。当時の中国は、蒋介石が率いる中国国民党と、毛沢東が率いる中国共産党という二大勢力が有り、前者をアメリカ、後者をソ連が、それぞれ支援していたが、毛沢東と蒋介石は、戦後に「重慶会談」を行ない、一時は協調を模索したが、結局、物別れに終わり、1946(昭和21)年6月25日、国民党と共産党による「国共内戦」が勃発した。このように、「東西冷戦」が激化し、その影響により、朝鮮半島や中国で、激しい対立が有り、日本も決して無関係ではいられなかったというのが、当時の状況である。<1946(昭和21)年…幣原喜重郎内閣と、GHQの「五大改革指令」>戦後日本は、「敗戦処理内閣」の東久邇宮稔彦の内閣を経て、1945(昭和20)年10月9日、幣原喜重郎内閣が成立した。この幣原内閣の時に、GHQ(連合国軍総司令部)は、所謂「五大改革指令」を、日本に対して突きつけた。「五大改革指令」とは、「女性解放・労働組合奨励・教育制度改革・圧制撤廃・経済民主化」の事であり、これにより、戦後日本の「民主化」の方向性が定まった。日本は、「軍国主義」の国から、「民主主義」の国へと、生まれ変わる事となった。<鳩山一郎、GHQにより「公職追放」⇒第1次・吉田茂内閣と、GHQ・マッカーサーとの「日本国憲法」を巡る駆け引き>1946(昭和21)年4月10日、戦後初の衆議院総選挙が行われ、鳩山一郎総裁が率いる自由党が第1党となった。その結果、鳩山一郎を首相とする内閣が誕生する筈だったが、何と、ここで鳩山一郎はGHQに「公職追放」されてしまうのである。再三、述べているが、当時の日本では、GHQには誰も逆らえなかった。そこで、鳩山一郎は吉田茂と会談し、「君に、首相に就任して欲しい」と要請した。当初、吉田茂は「そんな面倒な役割は、やりたくない」と、固辞したが、どうしてもと言われ、渋々、引き受けた。そして、当初は「鳩山が帰って来たら、すぐに首相の座を鳩山に譲る」という約束をしていたという。こうして、1946(昭和21)年5月22日、第1次・吉田茂内閣が発足した。吉田茂は、戦時中、自由主義者として軍部に睨まれ、逮捕・投獄された事が有ったが、戦後、その経歴によって、却って箔が付き、天下を取ったのだから、人生、何が起こるかわからない。その後、GHQの総司令官・マッカーサーにより、日本に対し、憲法改正の指令が有った。吉田茂とマッカーサーの間で、様々な駆け引きが有った後、第9条で「戦争放棄」の条項を盛り込み、1946(昭和21)年11月3日、「日本国憲法」が公布された。という事で、ここまでが1946(昭和21)年までのお話であり、以下、1947(昭和22)年の話に移る。<1947(昭和22)年…「労働争議」が頻発し、吉田首相が「不逞の輩」と発言⇒1947(昭和22)年2月1日の「2.1ゼネスト」は中止に追い込まれる>戦後日本は、GHQによる「民主化」の指令も追い風となって、日本全国で「労働争議」が頻発していた。労働組合が合法化された事により、デモやストライキが沢山行われ、世間は騒然としていたが、1947(昭和22)年1月1日、吉田首相は、そんな労働争議を起こす人達の事を「不逞の輩」であると発言し、批判を浴びている。1947(昭和22)年2月1日、日本全国の労働組合が団結し、全国で一斉にストライキを行なうという、「ゼネラル・ストライキ」=「ゼネスト」が計画され、これは決行される寸前であった。もし「2.1ゼネスト」が決行されれば、社会は大混乱に陥る事は必至の情勢となった。だが、「2.1ゼネスト」が決行される前日、1947(昭和22)年1月31日、GHQにより、「ゼネスト」の中止命令が出された。「2.1 ゼネスト」の責任者・伊井弥四郎は、ラジオで涙ながらに「ゼネスト」中止を告げたが、この出来事は、GHQによる「民主化」の推進に、翳りが生じた事を示していた。何故かと言えば、これまで述べて来た通り、当時の国際情勢は「東西冷戦」が激化しており、これ以上、日本で社会運動や労働争議が激化しては拙いと、GHQが判断したものと思われる。GHQは、日本までもが社会主義に傾いては拙いと、危機感を抱いていた。<1947(昭和22)年のプロ野球①~「赤バット」川上哲治と、「青バット」大下弘の競演に、ファンが熱狂!!>さて、そんな騒然たる世の中だった、1947(昭和22)年のプロ野球に目を向けてみると、何と言っても、この年(1947年)のプロ野球は、「赤バット」川上哲治と、「青バット」大下弘の競演に尽きるであろう。川上哲治(巨人)は、南風運動具店から提供された「赤バット」を、宣伝のために使用すると、これが大評判になっていたが、大下弘(東急)も、川上の「赤バット」に対抗するため、「青バット」を使用するようになった。(※大下弘が所属するセネタースは、この年(1947年)に「東急フライヤーズ」に改称)大下弘の「青バット」は、並木路子の『リンゴの唄』の歌詞にあった、「赤いリンゴに口びる寄せて だまって見ている青い空…」という箇所に着目し、自らが放つ「虹のホームラン」が、青空に舞い上がる所をイメージするものだったという。川上の「赤バット」が、あくまでも宣伝目的だったのに対し、大下の「青バット」は、いかにも詩的であり、両者は対照的だったが、そんな対照的な両者は、共にホームランを打ちまくり、川上と大下の競演は、ファンを熱狂させ、更にプロ野球人気は高まって行った。<1947(昭和22)年のプロ野球②~別所昭(南海)、「シーズン47完投」(55試合 30勝19敗 防御率1.87」で「初代沢村賞」に輝く!!>1947(昭和22)年のプロ野球で、「打」の主役だったのが、「赤バット」川上哲治、「青バット」大下弘だったとすれば、「投」の主役は、別所昭(南海)であった(※近畿グレートリングは、この年(1947年)、「南海ホークス」と改称)。この年(1947年)、別所昭は、今も日本記録として燦然と輝く、「シーズン47完投」と、55試合 30勝19敗 防御率1.87という圧倒的な成績を残し、別所昭は、この年(1947年)から制定された、「沢村賞」の初代受賞者の栄誉に輝いた。なお、「沢村賞」は、惜しくも戦死してしまった、伝説の大投手・沢村栄治の名を冠し、その年の最高の投手に授与される、名誉ある賞として、今日(2021年現在)まで続いている。<1947(昭和22)年のプロ野球③~大阪タイガースが「戦後初優勝」を達成!!>1947(昭和22)年のプロ野球は、若林忠志・投手兼任監督が率いる大阪タイガースが、「戦後初優勝」を達成した。大阪タイガースは、2位・中日に12.5ゲーム差を付ける、大独走での優勝だったが、タイガースを率いた若林忠志は、エースとしても、26勝12敗 防御率2.09でMVPを獲得するという、獅子奮迅の大活躍であった。この年(1947年)のタイガース打線も、呉昌征-塚本博睦-金田正泰-藤村富美男-土井垣武-本堂保次-玉置玉一-長谷川善三…と続く「ダイナマイト打線」が火を噴いた。という事で、「王者・猛虎軍」と称された、大阪タイガースの強さが際立ち、このままタイガースの黄金時代が来るかとも思われたが、阪神が、この次に優勝するのは、何と、これから15年後の1962(昭和37)年である。阪神は、たまにしか優勝しない球団となってしまうのであるが、その話については、追々、述べて行く事とする。<1947(昭和22)年に存在した、もう1つのプロ野球「国民リーグ」~僅か1年で姿を消した、「幻のプロ野球」>ところで、1947(昭和22)年といえば、既存のプロ野球(日本野球連盟)に対抗し、新たなリーグとして、「国民野球連盟(国民リーグ)」が誕生した年でもあった。「国民リーグ」は、戦後に急成長した、新興企業が親会社となっていた、宇高レッドソックス、唐崎クラウン、大塚アスレチックス、結城グリーンパーク(後にブレーブスと改称)の4球団で発足したが、球場難により、試合を消化するだけでも四苦八苦し、観客動員も大苦戦した。そして、僅か1年限りで解散に追い込まれてしまったという、まさに「幻のプロ野球」だったが、野球史を研究するようなマニアックな趣味の人(※私みたいな奴である)にとっては、未だに語り継がれる存在である。なお、後に作家・阿部牧郎が『焦土の野球連盟』という本で、「国民リーグ」について書いているので、ご興味が有れば、お読み頂きたい。<1947(昭和22)年の世相①…社会党・片山哲内閣が発足、トルーマン・ドクトリン&マーシャル・プランで「東西冷戦」が激化、「教育基本法」改正>では、1947(昭和22)年の世相について、引き続き、簡単にまとめさせて頂く。1947(昭和22)年4月25日の衆議院総選挙で、片山哲・委員長が率いる社会党が第1党となった。そして、同年(1947年)6月1日、片山哲首相を首班とする、社会党・民主党・国民協同党の連立内閣が発足し、遂に社会党政権が誕生した。なお、社会党がこの次に天下を取るのは、遥か後年、1994(平成6)年の社会党・自民党連立政権の村山富市内閣である。この年(1947年)、アメリカは「トルーマン・ドクトリン」「マーシャル・プラン」により、西側諸国に対し、経済援助を強化し、西側諸国の結束を図った。これにソ連を中心とした東側諸国は反発し、「東西冷戦」は、一層、激化して行った。この年(1947年)は、「学校教育法」改正により、今に続く、所謂「六・三・三・四制」の学校制度が整えられた。戦後の学校教育では、戦前の「軍国教育」は全て否定され、戦前に使っていた教科書は、全て、生徒に墨で塗り潰させ、「戦前には、全て間違った教育をしていた」と生徒に教え、かわりに「これからの日本は、民主主義の国になる」と、教えられた。この大転換に対し、素直に順応する子供も居れば、大人に不信感を持つ子供も居たようである。この事は、世の中の価値観は、ある日突然、大転換する事も有る、という事を示していると言えよう。<1947(昭和22)年の世相②…「センバツ野球大会」復活と、全国の子供達の間で「野球ブーム」到来!!>前年(1946年)夏の、「全国中等学校優勝野球大会」復活に続き、この年(1947年)春、遂に「センバツ野球大会」が復活した。戦前の1941(昭和16)年春以来、実に6年振りの「センバツ」復活であった。プロ野球や学生野球が、戦後、復活した事にも象徴的に表れているように、戦後日本は、一気に「野球狂時代」が到来したと言っても良かった。日本全国では、路地裏や原っぱなどで、草野球に興じる子供達の姿が、沢山見られたが、このように、日本全国、津々浦々で、大人から子供まで、野球に夢中になっていたのである。この頃、日本の野球界の裾野は、限りなく広がっていたと言って良い。<1947(昭和22)年の世相③…太宰治『斜陽』、石坂洋次郎『青い山脈』が大ベストセラーに>1947(昭和22)年、没落貴族を描いた『斜陽』が大ベストセラーになり、『斜陽』の作者・太宰治は、「無頼派」「新戯作派」として、一躍、人気作家となった。太宰治の、破滅的で刹那的な生き方は、戦後の荒廃した時代の象徴ともなったが、翌年、彼は世間に衝撃を与える事となる。また、この年(1947年)は、戦後の解放感溢れる世の中を、活き活きと描いた、石坂洋次郎『青い山脈』も、大ベストセラーとなったが、『斜陽』、『青い山脈』という、全く対照的な本がベストセラーになったというのも、大変面白い。<菊田一夫・脚本のNHK連続ラジオドラマ『鐘の鳴る丘』が大ヒット!!~古関裕而・作曲のテーマ曲『とんがり帽子』も大ヒット>1947(昭和22)年、菊田一夫が脚本を書いた、NHKの連続ラジオドラマ『鐘の鳴る丘』が大ヒットしたが、『鐘の鳴る丘』は、戦災孤児となった子供達が、力強く立ち上がり、生き抜いて行く姿を描いたものである。まさに、この時代を象徴する作品だったが、『鐘の鳴る丘』には、こんなエピソードが有った。NHKの朝ドラ『エール』で描かれたエピソードであるが、『鐘が鳴る丘』の作者・菊田一夫は、番組のテーマ曲の作曲を、古関裕而に依頼したが、戦時中、軍歌や戦時歌謡を数多く作り、結果として、戦争に協力し、多くの人達を「死」に追いやってしまったとして、古関裕而は、その事に責任を感じて、酷く落ち込んでおり、戦後、なかなか、音楽活動を再開できずにいた。従って、古関は「そんな私に、音楽を作る資格はありません」と、一旦は、その依頼を固辞した。しかし、菊田一夫は「痛みを知っている、貴方だからこそ、表現できるものが有ると、私は信じています」と、古関に対し、なおも食い下がった。そんな菊田一夫に根負けし、古関裕而は、作曲をしてみようと、自らを奮い立たせたが、どうしても曲を書く事が出来ず、思い悩んでいた。この時、彼の妻(※ドラマでは、二階堂ふみ)が、「もう自分を許してあげて!!」と、彼を励ました。こうして、苦しみ抜いた末に、古関は遂に曲を書き上げる事が出来た。こうして誕生したのが、『鐘の鳴る丘』の主題歌、『とんがり帽子』であった。『とんがり帽子』は、「緑の丘の赤い屋根 とんがり帽子の時計台 鐘が鳴りますキンコンカン めえめえ子山羊も鳴いてます…」という歌詞から始まる、明るい曲調の曲であり、ドラマとの相乗効果で、大ヒットを記録した。という事で、朝ドラ『エール』で描かれたエピソードには、脚色も有ると思われるが、古関裕而が、戦後、苦悩を乗り越え、菊田一夫とタッグを組む事により、音楽活動を再開させる事が出来たのは、確かである。なお、『鐘が鳴る丘』は、今に続く、NHKの連続テレビ小説(朝ドラ)の元祖であり、『とんがり帽子』のレコード盤は、川田正子が歌い、大ヒットを記録している。<1947(昭和22)年のヒット曲…『星の流れに』(菊池章子)、『港が見える丘』(平野愛子)、『夜霧のブルース』(ディック・ミネ)etc…>この年(1947年)のヒット曲を、いくつかご紹介させて頂く。菊池章子『星の流れに』は、「こんな女に誰がした…」という歌詞が登場するが、当時は、生活に困窮し、所謂「夜の女」として働かざるを得なかった女性が沢山居り、この曲は、そんな女性達の心情を歌ったものとして、多くの女性達の共感を得たという。平野愛子が歌った『港が見える丘』は、横浜が舞台の曲であり、現在、横浜の「港が見える丘公園」に、歌碑が建てられている。この頃、日本は、まだまだ荒廃した時代だったが、この曲で描かれたように、横浜で美しい景色が堪能出来るような時代になったのは、もう少し先であった。ディック・ミネの『夜霧のブルース』は、その名の通り、哀愁を帯びたブルースの名曲であり、後に、石原裕次郎の主演により、同名のタイトルで、日活で映画化されている。所謂、日活のムード・アクションの内の一つである。なお、石原裕次郎は、『夜霧のブルース』を大変気に入っており、後に、テレビ番組で、石原慎太郎・石原裕次郎兄弟の「デュエット」で、この曲を披露した事も有った。ちなみに、意外にも、石原慎太郎はかなり歌が上手い(※Youtubeで動画が有るので、ご覧頂きたい)。という事で、様々な混沌の中で、1947(昭和22)年という年も暮れて行く事となった。(つづく)

    紅白歌合戦と日本シリーズ【揺籃編】~1947…『鐘の鳴る丘』と、大阪タイガース戦後初優勝~
  8. 昨日に引き続きキャンプ、野手編です今回は先に1軍と2軍それぞれ先にお見せしてポジションごとに語っていきましょうまずは1軍から中村奨、會澤、坂倉、石原曽根、上本、田中広、堂林、クロン菊池涼、林、矢野、羽月鈴木誠、長野、野間、正随、松山、大盛続いて2軍です白濱、磯村、二俣、持丸安部、三好、桒原、小園、韮沢、中神宇草、高橋大、永井、西川、木下捕手パッと見磯村が下に落ちて、中村奨・石原が抜擢のように見えますでも、磯村は下で必要なんですよね高卒育成1・2年目が二人にベテラン白濱わりかし投手が2軍に実績組が多いことを考えると、ある程度安心して捕れる役割がいります中村奨・石原の期待もあるでしょうが、磯村が2軍に必要という事情もあると思いますただ、このチャンスをもらった若手はアピールしないといけないですね内野手注目ポイントとしてはルーキーの矢野が一軍同じようなユーティリティ組では曽根・上本が一軍で、三好が二軍三好は一塁練習がいるので下になったかもしれません河田コーチ復帰と矢野の加入でこの枠の争いは注目になりますさらに、林・羽月が一軍スタート去年一軍を経験した二人はもう定着に向けての勝負ですからね一方で小園は二軍秋もサイン落としの凡ミスなど悪い意味で姿勢が問われていますまずプレーでしっかりしたものを見せてほしいです外野手一軍組は特になしですねベテランの長野がこちらスタートというのは本人の意気込みを期待したいです逆に西川は手術明けもあって2軍スタート宇草もまだ引きずっているのかもしれませんが、早く一軍に上がってきてほしいですよほどの若手でもないのに名前を出さなかった二軍の選手は崖っぷちですね去年は引退の石原を除くと野手ではベテランの小窪しか切られませんでした残念ながら今のままでは切られておかしくない中堅が何人もいます彼らもこのキャンプで何とかアピールしてほしいです

  9. きです佐藤寿人さん広島愛が嬉しいです少し前に放送されたチャリティーゴルフの番組で、石原さんと対談されていた時にも広島愛を話されていました広島は本当の故郷ではないけど、故郷だと思っているそうです監督になるには資格がいるそうですね3年以内には取れると思うと話されていたので、何年後かにサンフレの監督とかあるかもしれませんねその日が来ますようにみみよりライブ5upでは、録画出演ですが、北別府さんの近況も北別府氏、白血病公表から1年 「2年も3年も休めない」番組で復帰への思い語る/デイリースポーツ online野球評論家の北別府学氏(63)が、成人T細胞白血病を公表して1年となる20日、広島ホームテレビの「みみよりライブ5up!」に録画出演し、現在の病状などを語った。 現在は自宅で療養生活を続けており「順調に回復はしてきていると思う。1月に入って暦(カレンダー)にも予定を書くようになった。何月何日にこういう仕事があるから行かなくちゃいけないんだという準備です。気持…www.daily.co.jpお元気そうで安心しましたが、痩せられたなぁと思いました毎年恒例の確定申告のPRは、今年は坂倉君でしたホントそれ税金の使い道を間違ってると思った事多数あり広島テレビ、テレビ派より 自主トレを視察にカープ佐々岡監督「大瀬良、西川は3月開幕に間に合うと期待」 | 広島ニュースTSS | TSSテレビ新広島カープは19日、春季キャンプの振り分けを発表しました。www.tss-tv.co.jpRCCイマナマより帽子が小さい(笑)沖縄の1軍キャンプも無観客になりましたね沖縄県知事がキャンプ無観客実施を要請、緊急事態宣言解除まで無観客で実施だそうですねまぁ、無観客は仕方ないですね宣言解除後は自治体と相談し、有観客に切り替えるか検討予定だそうですね入場制限ありで、オープン戦も指定席にして、3月のオープン戦には観戦に行けるといいなぁと思っていますが、どうなるかは状況次第でしょうね今日のお昼ご飯カップスターのフライドチキン味発見かまぼこみたいなのがの形でした個人の感想ですが、フライドチキン味は不味くもなく、特別美味しい訳でもなく、普通の味でした昨日の朝、クリちゃんが卵を産んでいましたついに昨年までの背番号と同じトータル12個目今年になってからは3個目です日曜日に産んだばかりなのに、1日空けてまた産んでいました今朝は大丈夫でした毎朝、卵が増えていないかチェックしています卵を産まないように、色々やっていますが、何をやっても産みます餌を変えたり、早く部屋を暗くしたりなど今は元気なクリちゃんですが、卵の産み過ぎが心配です

    ムーミン(๑・̑◡・̑๑)
  10. もう消された はやっ!
  11.  石垣市中央運動公野球場投手 20名11 佐々木千隼12 石川歩15 美馬学17 佐々木朗希18 二木康太19 唐川侑己20 東條大樹24 東妻勇輔27 山本大貴35 鈴木昭汰 (新人)37 小野郁43 小島和哉46 岩下大輝48 中村稔弥52 益田直也58 河村説人 (新人)60 横山陸人65 古谷拓郎69 土居豪人120 本前郁也捕手 4名22 田村龍弘32 佐藤都志也39 吉田裕太99 柿沼友哉内野手 7名4 藤岡裕大5 安田尚憲8 中村奨吾40 福田光輝50 松田進57 小川龍成 (新人)67 茶谷健太外野手 8名2 藤原恭大10 加藤翔平25 岡大海31 菅野剛士38 高部瑛斗51 山口航輝63 和田康士朗--- サンディ・サントス (新外国人)2軍2月01日~25日 石垣市中央運動公園野球場投手 16名16 種市篤暉29 西野勇士30 石崎剛33 南昌輝34 土肥星也36 有吉優樹41 成田翔47 田中靖洋56 中森俊介 (新人)64 大嶺祐太76 ホセ・フローレス121 小沼健太 (新人)123 森遼大朗126 原嵩128 ホセ・アコスタ129 佐藤奨真 (新人)捕手 4名45 宗接唯人53 江村直也122 谷川唯人 (新人)125 植田将太内野手 6名00 鳥谷敬13 平沢大河23 三木亮44 井上晴哉68 西巻賢二127 髙濱卓也外野手 5名0 荻野貴司3 角中勝也7 福田秀平59 西川僚祐 (新人)124 山本大斗 (新人)合流未定投手 1名42 フランク・ハーマン内野手 3名54 ブランドン・レアード-- アディニー・エチェバリア (新外国人)--- ホルヘ・ペラルタ (新外国人)外野手 1名79 レオネス・マーティン2軍施設残留投手 1名62 永野将司無期限謹慎処分中のためキャンプ不参加1 清田育宏

    千葉ロッテマリーンズ 2021年春季キャンプ1軍・2軍メンバー一覧
  12. 読売ジャイアンツ岩隈久志→シアトル・マリナーズ特任コーチ堀田賢慎→読売ジャイアンツ(育成再契約)鍬原拓也→読売ジャイアンツ(育成再契約)藤岡貴裕→読売ジャイアンツ球団職員直江大輔→読売ジャイアンツ(育成再契約)高木京介→読売ジャイアンツ(育成再契約)宮國椋丞→現役続行を希望田原誠次→現役続行を希望ナティーノ・ディプラン→今後は未定吉川大幾→読売ジャイアンツスコアラー田中俊太→FA補償で横浜DeNAベイスターズへ移籍山本泰寛→金銭トレードで阪神タイガースへ移籍イスラエル・モタ→現役続行を希望村上海斗→堺シュライクスヘラルド・パーラ→米球界復帰を希望加藤脩平→現役続行を希望山下航汰→読売ジャイアンツ(育成再契約)髙井俊(育)→今後は未定巽大介(育)→今後は未定橋本篤郎(育)→今後は未定レイミン・ラモス(育)→今後は未定広畑塁(育)→今後は未定小山翔平(育)→今後は未定高山竜太朗(育)→今後は未定比嘉腎伸(育)→今後は未定折下光輝(育)→今後は未定山上慎吾(育)→現役続行を希望笠井駿(育)→ジャイアンツアカデミーコーチ荒井颯太(育)→今後は未定阪神タイガース能見篤史→オリックスバファローズ選手兼投手コーチ藤川球児→阪神タイガーススペシャルアシスタント呂彦青→現役続行を希望高野圭佑→現役続行を希望才木浩人→阪神タイガース(育成再契約)福永春吾→現役続行を希望島本浩也→阪神タイガース(育成再契約)オネルキ・ガルシア→中信兄弟横山雄哉→タイガースアカデミーコーチ岡崎太一→阪神タイガースプロスカウト上本博紀→タイガースアカデミーコーチジャスティン・ボーア→現役続行を希望福留孝介→中日ドラゴンズ伊藤隼太→現役続行を希望中日ドラゴンズ吉見一起→野球評論家阿知羅拓馬→柔道整復師を目指し、専門学校へ入学垣越建伸→中日ドラゴンズ(育成再契約)竹内龍臣→中日ドラゴンズ(育成再契約)小熊凌祐→中日ドラゴンズ打撃投手兼記録ビデオ担当伊藤準規→現役引退(今後は未定)ルイス・ゴンサレス→現役続行を希望エニー・ロメロ→ロサンゼルス・ドジャース(マイナー契約)鈴木翔太→阪神タイガース(育成契約)石川駿→現役引退(今後は未定)ソイロ・アルモンテ→KTウィズモイセ・シエラ→現役続行を希望サンディ・ブリトー(育)→今後は未定浜田智博(育)→中日ドラゴンズ打撃投手兼記録ビデオ担当大蔵彰人(育)→中日ドラゴンズスコアラー横浜DeNAベイスターズ井納翔一→読売ジャイアンツへFA移籍赤間謙→現役引退(今後は未定)スペンサー・パットン→米球界復帰を示唆濱矢廣大→メキシカンリーグ挑戦へ古村徹→横浜DeNAベイスターズ野球振興部藤岡好明→横浜DeNAベイスターズ2軍投手コーチホセ・ロペス→現役続行を希望石川雄洋→現役続行を希望飛雄馬→横浜DeNAベイスターズ野球振興部スクールコーチ百瀬大騎→横浜DeNAベイスターズ球団職員梶谷隆幸→読売ジャイアンツへFA移籍広島東洋カープ藤井皓哉→高知ファイティングドックスクリス・ジョンソン→今後は未定戸田隆矢→広島東洋カープ(育成再契約)平岡敬人→一般企業に就職エマイリン・モンティージャ→現役続行を希望石原慶幸→野球評論家小窪哲也→現役続行を希望ホセ・ピレラ→サムスンライオンズアルフレッド・メナ(育)→現役続行を希望東京ヤクルトスワローズ近藤一樹→香川オリーブガイナーズ選手兼投手コーチガブリエル・イノーア→台湾プロ野球・中信兄弟マット・クック→自由契約山田大樹→今後は未定五十嵐亮太→現役引退(今後は未定)中澤雅人→東京ヤクルトスワローズ2軍サブマネジャー田川賢吾→日立製作所風張蓮→横浜DeNAベイスターズ平井諒→今後は未定山中浩史→現役引退(今後は未定)井野卓→東京ヤクルトスワローズスコアラーアルシデス・エスコバー→自由契約藤井亮太→シティライト岡山上田剛史→現役引退(今後は未定)田代将太郎→現役引退(今後は未定)ジュリアス(育)→今後は未定福岡ソフトバンクホークス加治屋蓮→阪神タイガース吉住晴斗→福岡ソフトバンクホークス(育成再契約)マット・ムーア→自由契約(残留交渉継続中)松田遼馬→現役引退(今後は未定)リック・バンデンハーク→国内外問わず現役続行を希望内川聖一→東京ヤクルトスワローズ西田哲朗→福岡ソフトバンクホークス球団広報オスカー・コラス→米球界挑戦を希望小澤怜史(育)→東京ヤクルトスワローズ(育成契約)野沢佑斗(育)→今後は未定渡辺健史(育)→福岡ソフトバンクホークス打撃投手堀内汰門(育)→JFE西日本古澤勝吾(育)→福岡ソフトバンクホークス球団職員大本将吾(育)→愛媛マンダリンパイレーツ田代飛翔(育)→オリックスバファローズ(育成契約)日暮矢麻斗(育)→福岡ソフトバンクホークス球団職員清水陸哉(育)→会社員千葉ロッテマリーンズ大谷智久→千葉ロッテマリーンズ育成投手コーチ内竜也→現役続行を希望渡邊啓太→千葉ロッテマリーンズ打撃投手兼用具補佐チェン・グァンユウ→台湾プロ野球2021年ドラフトにエントリー予定原嵩→千葉ロッテマリーンズ(育成再契約)チェン・ウェイン→阪神タイガース細川亨→火の国サラマンダーズ監督細谷圭→千葉ロッテマリーンズ球団職員(BCリーグ・富山にコーチ派遣)三家和真→千葉ロッテマリーンズスカウト鎌田光津希(育)→現役引退(今後は未定)森遼大朗(育)→千葉ロッテマリーンズ(育成再契約)エドワード・サントス(育)→今後は未定髙濱卓也(育)→千葉ロッテマリーンズ(育成再契約)埼玉西武ライオンズ多和田真三郎→埼玉西武ライオンズ(育成再契約)野田昇吾→現役引退(今後は未定)ショーン・ノリン→米球界復帰を希望國場翼→埼玉西武ライオンズ打撃投手兼スコアラー相内誠→格闘家に転身藤田航生→理学療法士を目指し、専門学校へ入学水口大地→ライオンズアカデミーコーチ永江恭平→現役続行を希望森越祐人→現役引退(今後は未定)髙橋朋己(育)→ライオンズアカデミーコーチ東北楽天ゴールデンイーグルス近藤弘樹→東京ヤクルトスワローズ(育成契約)J.T.シャギワ→自由契約青山浩二→楽天イーグルスアカデミーコーチ渡辺佑樹→東北楽天ゴールデンイーグルス(育成再契約)D.J.ジョンソン→自由契約熊原健人→一般企業に就職由規→現役続行を希望久保裕也→東北楽天ゴールデンイーグルス2軍投手コーチ山下斐紹→中日ドラゴンズ(育成契約)渡辺直人→東北楽天ゴールデンイーグルス1軍打撃コーチステフェン・ロメロ→オリックスバファローズジャバリ・ブラッシュ→現役引退ルシアノ・フェルナンド→埼玉武蔵ヒートベアーズ木村敏靖(育)→今後は未定南要輔(育)→会社員を目指し、求職活動松本京志郎(育)→軟式野球・三甲株式会社中村和希(育)→現役続行を希望耀飛(育)→現役引退(今後は未定)北海道日本ハムファイターズ有原航平→テキサス・レンジャーズ浦野博司→北海道日本ハムファイターズ球団スタッフニック・マルティネス→自由契約村田透→北海道日本ハムファイターズと再契約鈴木遼太郎→北海道日本ハムファイターズ(育成再契約)宮台康平→東京ヤクルトスワローズ吉川光夫→金銭トレードで埼玉西武ライオンズへ移籍吉田侑樹→現役続行を希望黒羽根利規→栃木ゴールデンブレーブスバッテリーコーチクリスチャン・ビヤヌエバ→自由契約白村明弘→現役引退姫野優也→北海道日本ハムファイターズ(育成再契約)オリックスバファローズ近藤大亮→オリックスバファローズ(育成再契約)東明大貴→今後は未定アンドリュー・アルバース→現役続行を希望左澤優→オリックスバファローズ打撃投手飯田大祐→オリックスバファローズブルペン担当補佐山崎勝己→オリックスバファローズバッテリーコーチ白崎浩之→大分B-リングス選手兼コーチ小島脩平→オリックスバファローズ打撃コーチアデルリン・ロドリゲス→デトロイト・タイガース(マイナー契約)西浦颯大→オリックスバファローズ(育成再契約)松井佑介→オリックスバファローズ打撃コーチ根本薫→今後は未定比屋根彰人(育)→オリックスバファローズブルペン捕手

    プロ野球 12球団退団選手一覧(20年オフ~21年開幕前) 1月19日更新
  13. が、大学選手権、明神宮大会とも弱さが目につきました。特に神宮球場で明治神宮大会で直接見た中央大学はシード扱いで初戦の東海大学に完敗を喫しており、牧、五十畑両選手は小粒な印象しか残っていません。これだけ弱いチームが制覇してしまう戦国では済まされないリーグで最下位というのは緩んだチームでないとできないことでもあります。さらに、その牧、五十畑両選手にリーグ内での打撃成績で見劣りする部分があるのは懸念材料です。ドラフト順位がその差に表れていると言うことでしょう。ここで断言しますが、ウエイトトレーニングでパワーさえ付けば外崎選手並みの実力を持つ可能性を秘めている選手です。また、山川選手は負傷した足首の状態が悪く、B班スタートです。開幕一軍は黄色信号から赤信号になったとみるべきです。西武のドラ1・渡部はB班スタート 辻監督「1カ月以上投げていないので」(ベースボールキング) - Yahoo!ニュース◆ 肩の状態を鑑みての決定  西武の全体会議が18日に行われ、辻発彦監督をはじめとする球団首脳陣やチームスタッフが出席。2月1日からはじまる春季キャンプメンバーの振り分けなどが話し合われた。  news.yahoo.co.jpそして、ドラ1の渡部健人選手は案の定というか、既定路線のB班スタートです。ただ、まったく問題はないと思います。肥満気味でも打球を飛ばす能力は証明済みで、学生野球とはいえ高い弧を描く特大アーチは長距離砲の可能性十分です。中村選手の全盛期のようなホームランはアマレベルでは簡単には打てない打球です。実際、甲子園など見ていても高校球児のホームランはライナー性の打球が多く、上がれば外野フライになります。それをあわや場外まで持って行けるのが渡部選手の長所です。新人自主トレでへばってしまうのは体力不足の証拠でもあり、少し鍛えてから実戦です。以前も書きましたが、今年は一軍出場ゼロでも問題ありません。その代わりイースタンリーグではホームラン、打点の二冠王、さらに出塁率では上位5位に入ることは求めます。守備はエラー多発でも構いません。正面の打球だけしか処理できなくて問題ないと思います。つまり、守備の不足は打つ方で取り返せ、ということです。サウスポーの佐々木投手はせめてワンポイントで、と思っていましたが、残炎です。左腕投手が不足しており、助っ人としての補強は欠かせなくなりました。にほんブログ村

    ルーキー若林、ブランドン両選手がキャンプA班、栗山&中村も!ドラ1渡部&山川選手はB班へ
  14. 井寛氏(46)が日野球機構(NPB)入りすることが19日、決まった。この日の理事会で承認された。チーム編成の要職に就いていた幹部が所属球団を退団してNPB入りするという異例の人事で、同氏は2月1日付けで野球運営本部本部長補佐として着任。選手会やMLBとの交渉、野球協約問題などで実務のエキスパートとして手腕を振るう。安部井氏は阪神、ヤクルト、大リーグ・ホワイトソックスの通訳やコンディショニングコーチを経て04年から楽天創設に参画。チーム編成の幹部として野村克也監督、星野仙一監督に仕え、球団初の日本一となった13年はチーム統括本部本部長補佐として外国人選手の獲得に携わり「チーム戦略室」と現場をつなぐ重要な役割を担った。昨季はチーム強化、コンディショニング分野も担当。さらに連盟担当としてもドラフト・協約改訂委員会委員長、選手関係委員会副委員長も務め、コロナ禍の中で球界としての対応、選手会との調整などに尽力した。現在、野球協約の問題や選手会との調整、MLBとの交渉などは法規室の伊藤修久室長(57)が担当している。安部井氏はチーム運営だけでなく球界の仕組みに詳しい上、英語が堪能でMLBにも精通。今後は同氏のNPB入りで各分野の間口を広げ、実務のより充実化を図る。過去に阪神球団本部長だった沼沢正二氏が出向の形で12年にNPB事務局次長に就いた例はあるが、当時は体制強化の意味合いが強かった。今回の安部井氏のように球団を退団しての“完全移籍”は異例中の異例。コロナ禍で2年目のシーズンを迎える今年、プロ野球全体の運営がより一層難しくなる中、広く実務に携わる安部井氏の手腕が期待される。◆安部井 寛(あべい・ひろし)1974年(昭49)6月22日生まれ、東京都出身の46歳。都鷺宮から米ワシントン州ビッグベンドカレッジ、ワシントン州立大へ進み、トレーナーの資格を学んだ。帰国後、00年の阪神通訳を皮切りにヤクルトでコンディショニングコーチ、大リーグ・ホワイトソックスで通訳を務め、04年から楽天創設に参画して1軍マネジャー、国際担当、スカウト部部長などを歴任。14年からチーム統括本部長を務める。多額の費用を投じた戦略室は機能せず、夏バテして8月に必ず失速するのに、戦略を変えることなく毎年あの様です😱💦💦💦戦略室アリキの考えの安部井氏が消えてくれた事は、朗報としか思えない❗直人の金銭トレード・まだまだやれるマメちゃんの戦力外・高梨君のトレード等、摩訶不思議な出来事を遂行する編成だったので、退団万歳です😬✌️思い切りNPBで手腕を発揮してくださいませ🤚でもチンチクリンが側近をよく手放したよね・・・・・なんかキナ臭い🤔モバイルニュース引用📸そして我らがマー君のチーム・マサヒロが自主トレを打ち上げたみたいですね😄色々書かれたりしてるけど、どこに行っても、変わらずに応援させて頂きますよ👍ライターの友成にはこめたんは殺意しかないけどね😒💢💢15億は要求し過ぎだとかピークは過ぎたピッチャーだとか、なんやねん😒💢💢マー君が15億円欲しいって言ってたんか?エージェントでしょ🇺🇸マー君はカネゴンじゃないし、お金よりも遣り甲斐だと思うけどねMLBでベースボールをやったこともない輩に、マー君をあーだ・こーだ言われたくない🗡️😠🗡️八億が妥当ってなんやねん😒根拠はなんなの?マー君に対して本当に失礼だし、侮辱罪だと思う❗マー君は遣り甲斐があるならば、半分の4億だって喜んで受けるだろうし、本当にお金よりも遣り甲斐だと思う。銭下馬扱いしないで欲しいよ😠🗡️友成、一生許さん😠😠😠😠😠田中将大はピークなど過ぎてない脂の乗ったピッチャーです✊失礼だわ😤😤😤😤😤😤😤

    これはイーグルスの選手にとって朗報なのかな?&マー君を侮辱すな (怒)
  15. プライド
  16. あなたが居れば、他に何も要らない!
  17. 旨も含まれていますプロ野球のキャンプは認めるという姿勢です。本音を言えば多くの球団に来てもらい、経済的に潤いたいと言うことです。ただ、市中に出回らないでね、という方針を追加で出さざるを得ずに無観客や報道関係者の規制もするほかなくなりました。このような事情もあって、高知から選手が移動してくるのは県としては難色を示すことになります。まさに「他都道府県との県境をまたいだ移動」になりますから。一方、高知県の立場はこれを機会に一軍キャンプの積極的誘致に出ています。毎年、いろいろな球団で高知県は物産品を配付するイベントを行い誘致運動をしています。したがって、高知のキャンプは無観客は想定外です。実際、B班のキャンプも見学OKになっています。球団が独自の規制でファンと選手の接触機会を減らしていますが、県としてはアピールの機会なので、幹部が各球団に挨拶に行くようです。なので、A班からB班に移る分には障壁がないと思われます。キャンプは必要かと言われれば合宿形式で一致結束するのでスキルだけではなく、一体感の醸成でも有効です。野球に限らず団体競技では必須と言っても良いでしょう。助っ人が全員来日が遅れる可能性も触れられています。山川選手も一軍が厳しい状況です。その場合、ファーストは呉選手、サードは山田遥楓選手を一軍帯同させないとますいです。山田遥楓選手はファーストもできます。投手では十亀投手、榎田投手らベテランに含まれる選手はB班に置くゆとりはないと思います。戦力の最大化への戦いはすでに始まっていると言っても過言ではないでしょう。誰を、どのように使うかを選別する戦いです。にほんブログ村

    今年はA班、B班入れ替え困難、ただ、A班からB班は可能では?
  18. クサクしてたら今年プロ野球もコロナ禍での開催だろうから、コロナルールみたいですね😷モバイルニュース引用📸日本野球機構(NPB)は19日、実行委員会を開き、コロナ禍における対応について協議した。コロナ禍・2シーズン目における特別ルールが12球団で確認された。変更点は微調整にとどまった。セ・パ両リーグのアグリーメントでは、延長10回打ち切りを始め、出場選手登録は従来の29人→31人、ベンチ入りは25人→26人、外国人枠は出場登録は4人→5人への拡大は昨季と同じだ。外国人枠は内訳の扱いが変わった。昨季は外国人枠5人(ベンチ入りは4人)の登録を「投手4、野手1」「投手1、野手4」の比率で登録した場合は、その後の変更は不可だったが、今季は変更可となる。ただし、4人あるいは5人全員を投手または野手にすることはできない。また個人表彰で昨季は120試合に減少したため、最高勝率のタイトルの資格は10勝以上に変更されたが、通常の143試合制となった今季は13勝以上に戻る。特例2021では昨季同様、感染の疑いや濃厚接触で出場選手登録を外れる場合は特例が適用され、復帰可能になれば本来の10日間を待たずに再登録できる。代替選手がその後、登録を外れた場合、昨季は他の代替選手との交代に限り、10日以内で再登録できたが、今季はどの選手とも日数の制約なしに入れ替え可能となった。成る程👀通年よりも枠が拡大なのは大賛成だけど、二軍は人手不足にならんのかね?育成の選手にもチャンスが増えるとは思うけどね🐤なかなかコロナ禍から抜け出せないと思うので、あと2・3年はコロナルールになるのかな?って思う😑💦いつになったら、思い切り応援歌が唄えるようになるんだろうね😭早く応援歌、唄いたい🙌叫びたい🙄✌️サイレント応援にも限界が💦💦めちゃくちゃストレス溜まるよね

    今年のプロ野球はコロナルールが継続です。
  19. やっと、新助っ人獲得の方向性が見えてきました。https://news.yahoo.co.jp/articles/0aa3218ac24e640a9638e9f1e9cc5a0e91b8b028西武が“不死身の左腕”カブス長身ダーモディー獲得(日刊スポーツ) - Yahoo!ニュース西武が“不死身の左腕”を補強する。新外国人としてカブスのマット・ダーモディー投手(30)を獲得することが20日、分かった。大リーグ通算29試合2勝0敗のキャリアで、身長196センチの大型左腕。メnews.yahoo.co.jp先発タイプの左腕、マット・ダーモティー投手です。埼玉西武ライオンズ新外国人 マット・ダーモディ 2020年球種別全投球www.youtube.comイメージとしては球速の上がったルブランという感じですかね。スライダーはイマイチ切れが悪いです。チェンジアップは行き先不明でコースはばらついていますがボールは沈み込むように落ちています。長身から投げ下ろすストレートはコースはばらつきますが、意図的な高めは威力がありそうです。ノリン投手はバファローズに投球の癖を見抜かれていましたが、私には分かりませんでした。この投手もフォームで球種が変わることはなさそうす。(実際にはあるのかもしれませんが・・・。)そういう意味ではホークスの中村晃やマリーンズのマーティン、当時の鈴木大地が指摘するようにフォームで球種がまったく分からないザック・ニール投手は希有な存在だと言えます。個人的にはリリーフ投手が望ましいと考えていたのですが期待しましょう。何か大怪我した投手を安く買いたたく傾向がありますが、今年に関してはMLB市場流動化で早すぎなければ安く契約できた年でもあります。にほんブログ村