の記事ランキング

  1. からです。離婚調停の死によって終わる事となり、手続きとして除籍後の戸籍謄本の提出が必要でした。ところが四十九日の翌日からは年度末。史上最高の繁忙期が始まってしまったのです。休み返上、残業は当たり前、手作りのご飯って何ですか?の日々でした。そんなある日、ポストに裁判所から封書が届いていました。エレベーターの中で破るように封を切ると「代理人から戸籍謄本が提出されたため、調停は終了しました」というお知らせとともに、申立時に提出していた切手の残りが入っていました。何で私の調停があんな弁護士の手によって終わらされてしまうんだよ…戸籍上は、はすでに除籍されているので私は「バツ1」になっていましたが、弁護士にバツをつけられたような、複雑な気分でした。わかったことは、義家族が引き続きあの弁護士に依頼しているということでした。離弁がこのややこしい相続に手を出したのは、離婚調停の費用を取りっぱぐれたからでしょう。調停は結審させて、どちらの代理人も引き受けられるようにしたかったのでしょう。でないと、向こうから調停を終わらせる意味が無いので。更にの会社に連絡を入れた時、総務の方から衝撃の言葉を聞きました。「ご両親に退職の手続きをしていただく予定で、面会の約束をしています」え、何言ってんの?こちらがまだ相続放棄をしていないのに、義家族にそんな権利あるの?今の複雑な状況を手短に話し「このままだと、義両親がますます相続放棄ができず、大きな借金を背負ってしまうことになります。そんな辛い目に合わせたくないので、手続きは少し待ってください」としおらしい嫁のふりをしてお願いしました。総務の方も、そんな事でこれ以上迷惑被る事も避けたかったのだと思います。了承してくれた上で、私からの差し金だという口止めにも応じてくれました。銀行の支店長が、戸籍から私の住所を捜し当て、アポ無しに訪ねてきたのもこの時期でした。5.番外編現在のこと〜銀行の嘘と本音〜足元に火がついた事を実感しました。取り急ぎ、借金諸々をリストアップしました。書類は義家族のところに置いてきたので、通夜の日に整理した時の記憶と、支店長の漏らした金額から察するに、銀行5社 キャッシング 会社の立替 税金の滞納総額 車のローン残債 家のローン 書けないものもまだあります。(最初、金額も書いたのですかリアル過ぎて削除しました)驚いたのは、の住民税の納税書が役場から送られてきたことです。「法定相続人は貴方だと思われますので、送付します」と短い文章が添えられていました。車や家は本人がいなくなれば、一括返済。家については、団体信用生命保険が適用され免除にはなったのですが、死亡日以前の未納については請求されました。手続きの時に優しくしてくださった行員さんから、申し訳ないと電話があったのですが、仕方ありません。むしろ、住民票の段階で手続きをしてくださり、行員さん自身が驚いたという早さで保険金がおりたのは、本当にありがたいと思いました。マンションの見積もりについては、ネットで依頼した数社のうち2社から翌日返信がありました。そのうちの1社は、が別居したばかりの頃に見積もりに行った不動産会社でしたが、見積金額はほぼ変わっていませんでした。人気物件なので買取価格は経年から考えると高値でした。けれど、借金額が上回っていました。まして、マンションを売るとなると、名義変更、メンテナンスだけで数百万円かかりそうでした。売却先の不動産会社に依頼すれば、メンテ分は買取価額が下がります。通夜の日に見た洗面所や風呂場は、総入れ替えしないと無理だと思えるほど傷んでいました。更に売れなければ、期間に応じて買取価格も下がります。私の仕事は拘束時間が長く休みも思うように取れません。これだけの事をやってのける自信はありませんでした。プラスはありました。遺族退職金がほぼでした。の会社の総務の方が本社に問い合わせたり調べてくれて、相続放棄でも受け取り可能と確定しました。確定拠出年金も同様でした。死亡保険金として取り扱われました。運用先については関係ないようです。これについては、新しい制度という事もあり、仕事関連のコネで何人かの税理士さんに聞いてもらったのですが、当初回答はまちまちでした。もう一つのプラスは遺族年金です。私は年金事務所に行きました。昨年は、離婚の年金分割の相談に来ていたのに、まさか遺族年金の手続きをしにくるとは、思ってもみませんでした。

  2. ます。ご存知のようの地元に移り住んだボクらですが、引っ越すまでのバタバタをちょっとだけ描いておこうと思います。面倒くさい話は大幅に端折りまして、マンション売却の話から始めます。役にも立たない話だし、つまんないとは思いますが、お付き合い願えたら有り難いです(*´ェ`*)◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇引っ越すに当たり、まず最初にマンションを売却しなくてはなりませんでした。ところで…居住中の物件は空き家物件に比べて不利な事が多いと思うんです。空き家の場合、既にリフォーム済みであったり、何も置いてない分、広々しているし…。◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇居住売却の我が家が有利な“空き家物件”と張り合うにはどうしたら良いものやら…確かに今現在、ここで暮らしてる訳だから生活感満載だし、家具も置いてるあるから狭く感じるだろうけど…そこを逆手に取って『この部屋は、こんな風に使っています』『家具はこんな風に配置してます』『家具を置いても、結構広く使っています』『収納スペースはこんな感じにすると使い勝手が良いですよ』などなど…実際の生活を見てもらえるからこそのアピール!ここでの生活をイメージしてもらえるように。名付けて『モデルルーム作戦』d( ゚∀゚;)◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇まずは、リビングダイニングから。①カーペットがあると目の錯覚で部屋が分断されているように感じる。②見える床面積が広ければ、より一層広く感じる。と云う理由からカーペットは撤去しました。また、テーブルの向きを変えたのも①と同じ理由からです。◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇普段はあって当たり前の飲みかけのコーヒーとか空き瓶とか…『今ここで生活している我々の痕跡』は、全て片付けておきます。(当たり前だけど(・∀・;`)イメージはモデルルームなので(笑)◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇キチンとベッドメイク(これも当たり前(-∀-;)◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇水廻り(洗濯機スペース・お風呂等)は、普段のお客様には見られない場所ですが内覧はそうはいきません。(特に入念に確認される場所でもあります)どこを見られても、開けられても構わないように、出来る限りの注意を払いました。収納スペースも同様です。◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ボクらが実行した『モデルルーム作戦』は騙すものではありません(念のため)あくまでも『ここで暮らすイメージを持ってもらう』と云う環境作りです。実際、『収納のコツ』や『インテリアについて』のご質問をされる内覧者様もいらっしゃいましたし、こちらも良いことばかりではなく注意点なども正直にお伝えしました。◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇さぁ、準備は整いました。次は、いよいよ内覧編です。どうなることやら…ごめんね、まだまだつづくよ( ´_ゝ`)>>初めから読む方はこちらPATYさんのショップはコチラ↓ ハピデジ “Happy Days Joint”>>LINE着せかえはコチラ≪書籍≫只今楽天、書店にて発売中です≪アクセサリー≫https://minne.com/@allisvanity取扱い店:minne(ミンネ)ICE(世田谷区経堂 すずらん本通り徒歩5分)La mia pietra(浅草橋)取扱い店募集中このブログの画像は無断転載、コピーをお断りしております。

    たくさん共感されています

  3. 得いかなかったのはの死後、スマホを見ていると、弁護士さんとのやりとりはほぼメールになっていたようです。しかも、の「慰謝料や養育費を払えと言われ困っている」という内容への返しが「とりあえず、今まで未納の婚姻費用は大至急振り込んでおいてください。そうしないと、離婚に持ち込めませんから」という内容でした。の感情的な不安のメールにも「調停の日は欠席などせず、時間通りきちんと来てください」という、四角四面な返答のみでした。この弁護士さんに救われた気はしなかったと思います。義父に、なぜ弁護士を雇おうと思ったのかも聞いてみました。すると「鯛子が離婚に応じないから困っていると泣きつかれて」というではありませんか。裁判所で再三、無駄な時間を過ごさせて結審にたどり着けなかったのは、が必要に応じた準備をしてこなかったせいです、というと、義両親はそんな風には聞いていない、と言いました。依頼内容も曖昧、依頼主の態度も曖昧では、弁護士も困ったことでしょう。まあ、下準備で証拠品の書類読まないから悪いんだけど。自分が調停とその後に出会った人々と比べると、の不運は人に恵まれなかったことも影響しているのかな、という気がしました。義両親含めて。まあ、最大の不運は私と結婚したことだとあの世で思っていることでしょうが。でも、一つ言えるのは。がいくら私を呪っていても、呪い殺すことはできなくなったのだなということ。子を独りこの世に残すことはできませんから。私の長生きが確約されたようなもんです。(そんなに望んでいないけど)があの世で地団駄踏んでいる様子が目に浮かびます。私が出会った、有料弁護士さん、公認会計士さん、きりんさんや周囲の人々。私は人に恵まれたのだなと思う一方。裁判所で出会った調停人さんや書記官さん、の会社の総務の方。共通で出会った方にも、私は感謝しています。は恨んだまま亡くなったと思います。これはどういうことか。『求めよ、さらば与えられん』ということなのでしょうか。あ、私は無信仰です。大好きな住職さんはいますが、除夜の鐘を鳴らしに行けば、初詣にもでかける、ごく普通の日本人です。でも、の転落ぶりを思い返すと、逆適材適所でさらに落ちていかせてしまう人に出会ったなと思わずには入られません。弁護士の他にも、派遣社員のツチコさん58.嘘が下手過ぎる復職グループの仲間たち81.復職プログラムのグループLINE酒と煙草で体をやられ、判断力のなくなっていたにキツい薬と診断書を与えた医師なによりも、義両親のもとに生まれたことこれもの運命なのかはわかりません。ただ、幸運を呼び寄せる努力は、パワーストーンのブレスレットやダイエットサプリに任せていたので、努力不足は否めません。なんせ、昇進試験の論文、私が書きましたから。早く亡くなったことが、せめてもの幸運だと思うと、なかなかに辛い人生ですね。

  4. した。「あなたたちの遺品を売って、益を得ているんですよね。その時点で、相続を承認していますから。よって、相続の放棄はできません」義家族はぽかんとしています。「ついでに言えば、私の品物を売ったことは、横領、簡単に言えば泥棒です。先日、明細のコピーをいただいているので、いつでも訴える準備はできていますから」本当はここまで追い込むつもりはなかったのですが、「大したお金にならなかった」の一言が、私に火を付けました。「売ったことを内緒にして、相続の放棄をしたら犯罪ですよ。このことを踏まえて、もう一度弁護士さんに相談された方が良いと思います」ここまで頑張ってきた。あーすっきりした!25年以上の恨みを一気に晴らした気がしました。ちゃぶ台に置かれた書類は手にせず、リビングとの間の襖を開けました。襖の向こうには子と義叔母。義父の世間体命スイッチが入りました。「た、鯛子が田舎のお菓子を持って来てくれたから、みんなで食べよう」襖越しに義叔母にも話は聞こえていたようです。明らかに慌てた様子でした。出された出涸らしのお茶を飲んでいると、義父が話しかけてきました。「百箇日が、○月○日とさっき玄関先で副住職と決めておいたよ。まあ、お前たちは忙しいと思うから、無理に来なくていいから」とりあえず、うなづいて帰りました。ちなみにのど仏を法要のために連れてきていましたが、義父が「骨を分けておくのは忍びないから、こちらで預かるよ」と言ったので、そのまま置いて帰りました。だったら最初から引き取れよ。夕飯に誘われることもなく、帰途につきました。帰りの車の中で子が言いました。「さっきの百箇日の話、来るなって言われた気がするんだけど?」やはり、私だけの思い込みではなかったか。冷静に子が聞いて、来るなと受け止めたんだから、やはり拒絶されたのでしょう。まあ、心の中で供養すればいいよ、と言って家に着きました。長い長い一日が終わりました。

  5. いました。その結果が携帯料金の支払いを滞っている、という結論に落ち着きました。理由は引き落とし日の午後から不調になり、翌日か数日後には元に戻る→が振り込みをして復旧させている?Wi-Fiがある駅やファミレスなら平気→LINEやネットで繋がる、やはり料金滞納?ほんとにもうクズ。ちなみに私の携帯は、昔から自分で払っていました。が、お前働いてるのにとうるさかったので。つまり、だけ家族割を使っていたわけです。休みの日に購入した携帯ショップへ。から、封書で名義変更依頼書の委任状が届いていたので、手続きは簡単なはずでした。それなのに。名義変更ができないなぜできないのか調べてもらい、私は顔から火を噴きました。できない理由がが料金の支払いを三ヶ月未納しているからだったからです。怒りと恥ずかしいのと、もうとにかく顔が真っ赤でした。とりあえずどうすれば良いかと係員の若い男性に尋ねると未納分を全て支払って頂くことですねと言われ、ますます顔が赤くなりました。の目的は、携帯料金を私に支払わせることだと気付いたからです。子の分だけ支払って手続きをしたいと言ったのですが家族割りなので無理です。機種変も無理です。大きな声では言えませんが、ブラックリストに載っています。と言われました。更にこれは委任状をお作りする時に、ご説明しているはずですよ。はいはい、そうでしょうね。まあ、それを聞いたからこそ、は調停でくどくどこの事をを言い始めたのでしょう。の滞納なんて払うもんか!係員さんから三ヶ月分の未納の明細をメモしたものを渡され、フラフラしながら店を出ました。係員さんからすれば、取りっぱぐれて舌打ちだったでしょう。私の名前もブラック入りしているか調べていましたもん。失礼な。善良に地方税も年金もめちゃめちゃ払ってるわ。とりあえず、この事を明細を含めてにメッセージを送りました。端的に、感情を入れず。数日後、から料金を支払ったとメッセージが届いたので、また休みの日に店に出かけました。するとまた同じ係員さんに当たりました。幸か不幸か。結果、また手続きができませんでした。なぜなら支払われたのが一ヶ月分だったから。よ、もう少し常識と社会性を持て。あ、持ってたらこんなドロ沼離婚にはなってないか。私は係員さんにお詫びを言って店を出ました。そうこうするうちに次の調停になり(調停の詳細は次に書きます)調停人さんに経過を説明したところ。もう、放っておけば?と言われました。おお、調停人さん強気の発言、てか投げ出した。SNSとネットがないと生きていけないは、今までなんとか二ヶ月未納でしのいできたのだから今後もそうするだろうし、鯛子さんは相手の要望に応えようと努力しだ結果こうなっているんだから、これ以上何かする必要もないでしょう、ということでした。本当に。こっちは、少ない休みをやりくりして年金事務所や法務局や、の代わりに奮闘しているのに、こんなことでまた労力と精神力を奪われて。アドバイス通り、放っておくことにしました。しかし、その月にまた子の携帯が一時的に止まったことが嫌になり、またクリスマスプレゼントに新しいスマホが欲しいというこのリクエストに応え、二人で機種変することしました。もちろん前とは違う店に行きました。そこで当たった係員さんは人当たりの良いおじさんでした。子の番号をポータビリティしたいと言った時に、カチャカチャっとPCのキーボードを叩いたおじさんはすぐ未納の事案にたどり着き、このままだとできないと教えてくれました。私が手続きをやめたことで、はまた一ヶ月分払ってしのいでいました。うなだれる親子におじさんが提案してくれました。子の番号もブラックリストに入っているから、将来持っていても、携帯番号のせいでクレジットカードを作れなかったり不具合が生じるかもしれない。LINEだけは移行できないけれど、写真とかは移せるアプリもあるから、新規にした方がいいよ。なるほど。新規のノルマがあるかもしれないおじさんの言葉を話半分に聞いたとしても、ブラックリストに載ってて良いことはひとつもないでしょう。大学の奨学金を借りる時の為に、自動車税さえ振り込み忘れのないよう気をつけているのに。私が噛み砕いて子に説明し、親子で納得し子は新規、ついでに私も機種変してWi-Fiルーターの契約もして、気分一新しました。ブラックリスト今思うと。この時手続きをしておかなければ、数ヶ月後に私たちは大変なことに巻き込まれるところでした。かさこじぞうのようなおじさんのおかげで、結果的に私たちは危機をひとつ回避したのです。次はほんの少し遡って、年末の離婚調停です。結審しませんでしたが、結果的に最後の調停になりました。

  6. が初めて約束を守りました。代理人(弁護士)を立てました。一気に強気になったの言い分①離婚には了承する②親権は母親③慰謝料は払わない④半年間の通院加療の診断書を取得したので、今現在、婚姻費用養育費は支払えない。復職する半年後に、から再度調停の申し立てをしてほしい。⑤子のスマホ代を、親権者の負担にする。⑥共有の財産であるマンションを売却すると、マイナス100万円になるので、この負債をを折半する。⑦子に会いたい、遠くからでも試合を見たい。調停人さんと書記官さんの意見としては無い袖は振れないから、今は取れない。代理人がの年収の方が多いのでが婚姻費用を受け取ることもできるが、それは請求しないと言っている。下手に反論したら請求するぞという脅しだと思うが、その可能性は否定できない。婚姻費用が1万、養育費に関しては、それ以下になる可能性もあるが、審判を仰いだほうがよいのではないか。もう、理不尽すぎて頭ごちゃごちゃになりました。私の要望というか反論は①マンションの最初の見積もりはプラスであり、売却を滞ってマイナスに転じ、しかも火災保険金を受け取りながらガラス窓や水道管の修理をせず劣化させているので、マイナスは自己責任。よって折半するつもりはない。②婚姻費用の審判は応じる。③慰謝料ゼロは承諾できない。は不貞の証拠が無いので支払わないと言っているが、もともと離婚したいというの横暴に巻き込まれ別居したのであるから、不利益な離婚には応じない。④今回の離婚調停の取り下げをする。⑤訴訟を起こしたければ勝手にどうぞ。弁護士は私が提出した経緯書やLINEのコピー資料を読まず、話を進めているようでした。単純な離婚弁護だと思って話を進めているので、全くかみ合いませんでした。先月20万円調停当日19万円前回のことも鑑み、念のため記帳をしに行ったら、口座に振り込まれていました。この金額は、先月時点での婚姻費用の未納分と合致。相手は先月分まで支払ったと言っていましたが、今月分が入っていない点を指摘したら、未納を認めました。ただし今後の金額については、審判の結果なので、その場合は振り込まれた金額で相殺もあり得ると言われました。つまり、やっとの思いで手にしたお金を返せと。正直、今までの結婚生活、ほとんど一銭ももらわずやってきたので、これだけの一時金と給与があれば一年程度は生活できる計算でした。なのでここは強気に「構わない」と伝えました。今度は、が離婚調停を申し立てるか検討する事になりました。それまでに、具体的な数字等の資料を揃えたり、法テラスなどどこかに相談した方が良いとアドバイスされました。から訴訟を起こされたら、今までの資料で闘えると思うと言われました。弁護士がいる前提でしたが。入学金や授業料などは、に収入があれば別途の支払いも請求可能とのことでした。3回目に呼び出された時にが養育費は22歳までと言ったと聞かされました。前回が20歳までと言われたので、もうブレブレでした。結果、離婚調停は取り下げることにしました。婚姻費用は2万円で結審しました。離婚調停取り下げのサインの段で、と同席になると言われ、胸苦しくなってしまいました。調停人さんが、が訴訟を起こして心をかき乱されるなら、調停の場をもう一度持ちたいと伝えますと意を汲んでくれました。たとえ弁護士が資料を読んでも、にメリットのあることしか言わないと言われたのですが、現状把握して無さ過ぎて苛立ちました。法テラスに行ったりなどの時間稼ぎで、もう一度調停にしたいと思いました。離婚について、調停人さんが言うには「弁護士さんも揺さぶりをかけていると思う。できれば調停で終えたいと思っていると言っていました」とのこと。そりゃそうですよね、弁護士にとってみれば、訴訟で公平に裁かれたら負けますもん。マンションのマイナス評価も、あくまで口頭の話で、見積書があるわけでもありませんでした。とりあえず、子のスマホ代にこだわるなんて、ほんとちっさい。次回は、また一ヶ月後。なんでこんなに終わらないんだろうと、帰り道に涙が止まりませんでした。そして、の要望通り、私はスマホ代の名義変更に赴きましたが、ここでまたのパラレルワールドに巻き込まれました。

  7. は嫌でした。だからに「死なないで」と言い続けました。死ぬほど嫌いなのに。義父の声がきこえました。「自殺じゃない。家のベッドで死んでた。とりあえず来て」と電話を切られました。どうしようと思いながら、次の仕事の準備をしていました。会社の人に「何があったの?」と聞かれ「えっと、なんか、が亡くなったみたいで」と言うと、みんなが絶句しました。そりゃそうですよね。仕事の手を止められ、帰りなさい!と言われました。「いやだって次のお客様が」と言うと、それは連絡すればいいから!と言われ、2、3本電話をしてから強制的に会社を追い出されました。帰る道すがら、頭に浮かぶのは、子に何と言えばよいのかということ。結局まとまらないまま、玄関に着きました。するとまた携帯が鳴りました。見ると、の会社の人事のYさんでした。「病院から会社に連絡があって、12月頃からご主人が復職プログラムに行っていないそうなんですけれど」な、なるほど。絶妙なタイミング。「実はが亡くなりまして」「え!いつですか⁉︎」「今聞いたばかりで、よくわからないんです。とりあえずこちらからまた連絡します」電話を切って玄関を開けて、家の中に入りました。まだ冬休み中だった子は家で昼寝をしていました。電話で起こしておいたのですが、まだ寝ぼけ眼でした。「おかえり、ただいま」「ただいま、おかえり」それぞれ忙しく、すれ違いの多い私たち親子は、いつの間にか、玄関でのこの挨拶が決まりになっていました。雨の日に駅に迎えに行って一緒に帰って来ても。どちらかが休みでずっと家にいた日でも。「とりあえず、お茶でも飲も」そう言って、麦茶の入ったコップを子に渡しました。まだ寝ぼけたまま、子はお茶を飲みました。コップを受け取りテーブルに置いて、子を座椅子に座らせ私は正座しました。「あのね、驚く話をするけど、なるべく落ち着いて聞いてね」「うーん、何?」「あのね、さっきじいじから電話があってね。父ちゃんが亡くなったって」「え?」子の え?には驚き成分は入っていませんでした。ただただ、言葉の意味がわからない様子でした。「あのね、母が仕事をしていたらじいじか電話があったの。あなたの父ちゃんが亡くなったって」「え?」飲み込めていませんでした。「自分で死んだのでないんだって。それ以外はまだ何もわからない。今から前の家に行くけど、どうする?一緒に行く?待っててもいいよ」「行く」子の表情からは何も読み取れませんでした。悲しいとも驚いたとも。その後は何も言わず車に乗りました。国道を挟んだ斜め向こう、五分もせずに着きました。一年半ぶりに開けたドアの向こうに待っていたのは、カビの臭いと死の匂いでした。

  8. 被る箇所がありますが発見されたのは、ベタなご近所の井戸端会議でした。隣人の「最近、ご主人の姿を見かけないのよね」の言葉が管理人さんの耳に入り、気になった管理人さんが、義実家に連絡したそうです。別居のことはご存知だったみたいで、私には連絡が来ませんでした。慌てた義両親と義弟が駆けつけ、以前私が渡した鍵で扉を開けようとしましたが、内鍵がかかっており開きませんでした。その時点で自殺を覚悟したそうです。警察に連絡し、警官の方の紹介で鍵屋さんも一緒に到着。程なく扉は開かれました。飛び込むように家に入りましたが、リビングには姿が見えませんでした。風呂場、客間と扉を開け、寝室で眠った体勢で亡くなっていたを発見しました。その時のの身体の状態は、義両親から聞いていません。話す事もなかったのか、話せない状態だったのか。警察が医師に連絡し、検死となりました。医師の判断で、その場で終了したそうです。自宅で大往生した祖母も、外で自死した父も、病院に運ばれ検死を受けてから戻されたので、もしかすると運べない状態だったのかもしれません。エアコン最低温度はこの時にスイッチを入れたようです。死因は「原因不詳の内因死」となっています。事件性は無いが、理由は判明しなかったということのようです。死亡日についても「12月中旬」と書かれました。「死亡診断書」の横に「・」がついて「死体検案書」となっているのですが、こういう場合にそちらの言葉が適用されると初めて知りました。義父の、葬儀は地味にやりたいという言葉に、警官の方が懇意の葬儀社を紹介してくれました。NPO法人の、家族葬専門の団体でした。偶然にも、私は毎日の通勤中その団体の電光看板を見ていました。さらに偶然なのですが、、その看板が設置されている場所は、父が亡くなった場所から徒歩一分の場所にあります。とにかく、私が連絡を受けるまでに、葬儀の内容までが決められていました。家族葬20万円。金額の如何ではありません。担当の方も優しく気遣いの素晴らしい方でした。けれど。自分が亡くなった時に、と同じ葬儀は絶対にしたくないとおもいました。夜伽さえ許されない見送りは、いくら心が離れた夫婦とはいえ侘しいものでした。葬儀への違和感は、納棺から始まりました。

  9. した瞬間、体調は大かと聞かれました。もう、肝斑できるわ太るわボロボロでした。まず私からの話は3点。携帯の件2度手続きに出向いたができなかったブラックリストに入っていると言われた荷物の引き取り子が連絡をしてから行くと、待ち伏せをされそうで怖いと言っている試合の動画をSNSにUP子の同級生やマネージャーの女子高生に動画をもらった物と思われる→チームメイトに関わることがルール違反勝手にこの動画を上げ、息子と書いたことを子が不快に感じている本題。離婚調停を起こしたのは私なのに、今や相手方に「離婚しなければ裁判を起こす」と半ば脅されている。私としては離婚調停を取り下げ、当面は離婚しない理由はこの条件でら離婚にメリットが無いし、子の受験が終わるまで放置していいと考えている申立理由の喪失子の受験前にゴタゴタしたくない慰謝料を払うから離婚してくれと言われたのに、条件に折り合いが付かなければ意味がないから相手方が出してきた条件は養育費2万円慰謝料無し復職すれば増額の申立可能、大学入学金なども検討する紳士協定ですねと調停人さんばっさり。ただ、もうこの辺で妥協するべきだと言われました。離婚を延ばしたところで無い袖は振れないし、確約は無いにしろ離婚すればモチベーションが上がり復職の意志が増すと言っている。慰謝料は不貞の現場を押さえない限り取れない。調停人さんと書記官さんの心配は、私の労力とストレスでした。答えが出ませんでした。もう一度調停を入れたいと伝え控え室に。きりんさんにLINEしました。やはりもう引き延ばして辛い思いをしなくてもとのことでした。何がしたいのか分からなくなっていたのですが、その辺から少し落ち着いてきました。再度呼び出され気持ちを伝えると、では、離婚の手続きをしようという事になり、の弁護士が部屋に入ってきました。初めて対面し、パニックに陥りました。横柄な態度で、完全に威嚇されていました。こんな奴に操られて、離婚するのかと思うと腹ただしくも思いました。この手続き一つで、子の人生が変わってしまう事に気づき、ペンを持てなくなりました。私の異変に気付いた調停人さんが、医務室にと声をかけてくれました。大丈と答えました。けれど手続きはできないと言いました。何よりも、子の了解を得ず、全てを終わらせることはできませんでした。もちろん、子に経過は話していましたし、子の意志で家を出てきていたのですが、親の離婚を事後報告で納得するほど、気持ちの整理をつけているとは思えませんでした。私自身、離婚する自分を想定していたわけではなかったことに、この時初めて気づきました。の暴言から始まり、最善の道を選んできましたが、この選択肢をどうしてもすぐに選ぶことができませんでした。調停まで立ててるのに。結局、私の意を汲んでもらう形で持ち越しになりました。次回の調停で成立不成立の回答を出す事になりました。日程を決める時に「僕は午前中であれば一時間ぐらいなら」と貧乏ゆすりしながら話す弁護士を見て、吐き気がしました。人の一大事を一時間とか言ってんじゃねーよ。調停人さんに、納得がいくよう子と話し合い、無料でも法テラスでも弁護士相談もするように言われました。私が自分のことを考えようと思ったのは、この時が初めてでした。

  10. 朝イチから発狂してを無かったコトにして、いつものルーティンに取りかかる。なんか、シュールだった。うん、結婚生活ってそーゆーカンジよね~~~~…【楽天スーパーセールのルール】期間中に10店舗で買い物すれば、全店舗購入金額の10%分がポイントで還元されるというもの。実質、全商品が1割引になるということです(`・ω・´)※さらにポイントアップ条件もアリただ、これが9店舗で終わってしまうと、9%分の割引しか受けられない…チリツモで、これが結構な額だったりするのです~~!!たった1店舗1000円分買い忘れただけで、何千円も損することも(TДT)そこで「たった数千円くらい…」とか言っちゃうと、荒れた嫁に噛みつかれるのでご注意を。今回は結構高額商品を買ってたからイタかったな…(ぐすん)我が家は水、薬局もの(雑穀米や洗剤、トイレットペーパー)、米、スキンケア用品、家電は楽天で購入しちゃう事が多いです(^^)/重いものやかさばるものを玄関まで届けてもらえると助かる♪(→届けてもらえない時もある[過去記事])楽天愛好者様、「我が家の定番はコレよ~」があれば、是非教えてください♪あぁ、2日前から鼻水が止まらない…なぜ?では、皆さま良い週末を!!!■michillにて掲載中→→兼業主婦の生活って?←←「この記事にありがとう♡」ボタンを是非ポチッと!ランキング参加しています♪応援クリックお願いします! ↓ ↓ ↓ポチっと(°▽°)=b人気ブログランキングへ

  11. 火葬場に着くまでにを乗せた車と私の車の間にいたお坊さんが道を間違えました。そりゃそうよね。Amazonで配達されてきたような、地の利のないお坊さんだもの。結局最後に到着したお坊さんは、頭をかいて苦笑いしながら車から降りてきました。一同が揃い、読経の中、本当に最後の別れの時になりました。もう一度顔を見ました。と呼ばれていた人の亡骸は、もうただの空容器に見えました。作り物の人形みたい。そう思いながら涙があふれました。人生で、父親より長く過ごした人との別れなんだなと思いました。ここでも喪主を押し付けられた私が、参列者に線香を手渡す役になりました。気管支の弱い私は、煙に反応して発作を起こしかけ、子が鞄から慌てて捜して手渡してくれた吸入器で、なんとか持ち直しました。ガラス越し。火葬路の前に最後は私だけが付き添いました。棺が中に収まり、炉の蓋が閉じられました。バイバイ、と小さく声に出して言いました。振り返ると、子は泣いていませんでした。義家族が下を向いて手を合わせる中、まっすぐに立ってこちらを見ていました。控え室に案内され、初七日法要として忌明けの弁当が出されました。義両親と向かいの席でした。背中合わせに、のいとこがいました。美味しそう、という声が聞こえました。箸で天ぷらを突っついていると、義父に話しかけられました。警察から戻された鍵類とスマホを渡されました。「ロックがかかってて、警察の人も開けられなかったんだけど、事件性はないから安心しなさい」知ってる。警察から電話あったから。疑ってたのあなたたちでしょ。とは言わず、黙って受け取りました。バッテリーが残っていなかったので充電器を差し、弁当を半分ほど食べ残した後、電源を入れました。4桁のパスワード。私と子のスマホはパスワード6桁です。そうか、この人は機種変できなかったから古い型を持っていたんだ。ブラックリストだもの。携帯料金の悪夢その時、子が手を出し、スマホを受け取って数字を打ち込みました。そしてロック一発解除したのです。えー、なんで?と聞いたら「いつも指が一箇所だから。この辺かなと思って」はひとつの数字を連番にしていたのです。それ、暗証番号でやったらダメなやつ。LINEを開けようとしたら、またパスワードがかかっていました。同じ連番を入れてみると、解除できません。試しに思いついた数字を入れてみました。再び解除成功好きなアーティストの生年月日でした。あんた、と子をなめすぎだよ…心の中で思いながら中を見ると、子には見せられないメンバーが並んでいたので、その場で私小学生の時の初恋の相手の誕生日に、パスワードを変更しました。部活のマネージャー。出会い系。SNSで知り合った女。復職プログラムのグループ。後からよく読むと、マネージャーに私の悪口を言って同情を買っていたり、前にも書いた、俺が彼氏になりたいわと書いてあったり、復職プログラムのメンバーのろくでもないやりとりであったり。復職プログラムのグループLINEがSNSにこの試合の動画をアップし、「親バカです!」などと書いていてお前は親バカじゃなくて大バカだわと思っていましたが、動画をマネージャーからもらっていたことがわかりました。動画を子に見せた時に、この位置なら女子の応援と言っていたので、予測はついていましたが。いやークズあっぱれ。出会い系やSNSで会った女達に会いたいだのなんだの、かたっぱしから送っていました。骨がなくなるまで焼けてしまえと思いながらアプリを閉じました。葬儀社の担当さんが白いダンボールを持って現れました。それは、紙でできた祭壇でした。仏壇を買うまでこれを使ってくださいと言われました。その瞬間、私は耳をシャットダウンしました。子が部屋から出ていいかと聞くので、二人でロビーに行きました。私も部屋から出たくて仕方なかったので。子は鞄からプリントを取り出し、勉強を始めました。明日、テストだから。がんばれー。少しすると、義両親がロビーに来ました。「勉強しているのか?偉いな」と声をかけ、あっさり孫に無視されました。義父の顔がこわばりましたが、取り繕う島もないことにようやく気づいたのか、ふらふらとロビーを歩き窓の外を見て、森がきれいだななどと独り言を言っていました。その時、火葬が終わったと声をかけられ、再び火葬路に集まりました。亡くなるには早いの骨は、のど仏まできれいに残っていました。骨壷への納め方を説明され、足から順に拾って行きました。人数が少ないので、私は箸を手放せず、全身を拾いました。そして、骨の前で再び押しつけ合い。のど仏だけを引き取ることで落ち着いたはずなのに、義父が全部持ち帰れと言いました。見かねたお坊さんが「四十九日をされるお家で管理されては?」と声をかけてくださり、私が食いぎみにうちは無理です!と言い、打ち合わせ通りのど仏だけを引き取りました。火葬路の管理人さんは無表情にこちらを見ていました。外に出ると、青空から大粒の雨が降りてきました。新婚旅行で行った、南の島のスコールのようでした。急いで車に乗って、義家族に黙礼して発車しました。子と話し、会社の前と、試合をやっている体育館の前を通りました。体育館の中に入る?と聞きましたが、二人で骨壷に目を落とし、みんな驚くからやめておこうと言いました。いや、悪さしそうで嫌だっただけです。二人とも口には出しませんでしたが。和菓子屋さんに寄り、お供えの和菓子を買いました。もちろん紅白じゃないものを。前の家にも寄りました。いきなり私の家に入るより、いったん自宅に帰った方がいいよね、と子と意見が合いました。の湯呑みといくつか器を持ち帰りました。別居してから百均の器を使っていました。使い慣れた器たちを見て、また明日も取りに来るからね、と心の中で声をかけて家を出ました。そしては、今の家に初めて入りました。三人暮らしの再開でした。

    コメントが盛り上がっています

  12. �)そしてななぴぃ旦那、亮介君もスタッフとして参加してくれました(o^^o)僕が映ってる写真は全部亮介君が撮影してくれました!万里ちゃんもスタッフとして来てくれました〜(*´꒳`*)亮介君にね「最近、良くんの身体の匂いが変わった!」って言われました自分の体臭ってあんまりわからないんだけどなんか変わったらしいです亮介君はよく「良くん、いい匂い〜」って言ってくれてて僕が「めっちゃ汗かいてるから離れて…」って言っても「良くんの汗はいい匂い(*´꒳`*)」って言ってくれてたんだけど匂い、変わっちゃわない方が良かったのかな…臭くなったってことかな…_:(´ཀ`」 ∠):食べ物が変わったとかかな〜?それとも30歳を目前にして加齢臭なのかなぁ〜体臭が変わってるのならもう、しょうがないよね!!明日はね、やっと亮介君とゆっくりできる日!収穫したジャガイモで肉じゃがでも作ろうかと思います雨が降っていなかったら亮介君とまた畑に行きたいな❤︎【お友達のブログを紹介させてください】僕らの結婚式で余興をやってくれたお友達のブログを紹介します今日その友達と会ってブログを知り読んでみたらうん、その友達らしいブログでした!そのお友達は割と最近ゲイの世界に足を踏み入れた方で僕と出会ってからもあまり浮いた話とは無縁そうな…うん。だからこのブログのゲイの日常ブログとは正反対の路線なのかな?ゲイ世界の出会いの難しさだったりを皮肉なたっぷりな感じで語ってるブログです人の不幸が好きな方はぜひ読んでみてくださいね❤︎犬笛日記夜食を食べてる所を盗撮されました太ると思いつつ…ご飯食べて寝ます|( ̄3 ̄)|いい夢をみようね❤︎セクシャルマイノリティランキングへ

  13. ベアの作業のようにの周りを埋めていきました。の口元に、義母が紅白大福を置きました。はああ、まったく。 最後に、の額に手を当ててみました。凍ったように冷たかったです。義両親はにまったく触れませんでした。泣いてはいたけれど、頰を撫でることもしませんでした。最後まで。棺の蓋を閉める時に涙が出ました。この人ともう会えないんだな。25年間色々あり過ぎた。私より先に死んじゃったんだ。開いてしまったパンドラの箱をやっと閉じられるという、安堵の思いもありました。出棺。棺を載せるのは霊柩車ではありませんでした。ワンボックスカーの貨物ナンバーでした。ハッチを開けると、鉄のレールが2本敷いてあり、棺を固定できるようになっていました。ああ、は最後までお荷物なんだな。荷物として乗せられて、焼却されにいくんだ。ワンボックスカーの後ろについて、火葬場へ。義父に火葬場の場所を聞かれました。「義父さんは行ったことないんだよ」付き合いもろくにしないなら、火葬場の場所も知らないんでしょうね。私がワンボックスカー、お坊さんについて先導することになりました。子が助手席で遺影と位牌を持っていました。エンジンをかけて、が好きだったアーティストの曲を爆音で鳴らしながら走りました。葬式なんてしているのがもったいないほどの青空でした。

  14. っかり育てている私がいなくても生きていけているこれが、モラハラの呪縛から完全に解放された瞬間でした。肩の力が抜け、凍るように冷えていた手足に血が通い始めました。進路を変え、私はかかりつけの診療内科に向かいました。夕方になるほんの一秒前、診察室に入った私は先生に聞きました。「先生、私は一人で子供を育てていけますか?」先生は即答してくれました。「初めてここに来た時から、あなたはいつもがんばって、しっかりお子さんを育てているよ。今もちゃんと育てている。お子さんはあなたの支えで、前を向いて歩いているでしょ?大丈だよ」涙は出ませんでした。清々しい気持ちでした。今すぐ裁判所に戻って離婚の手続きをしたいそう思いました。こんなに前向きな気持ちになれたのはいつ振りだろう。なんで私はこんなに自分に自信を持てなかったんだろう。大丈。先生の言葉が心に染み渡りました。多分ずっと同じことを言ってくれていたのに、私の心が頑な過ぎて受け容れなかったのでしょう。家に帰ってご飯を作りながら、私の脳はフル回転していました。錆びた鉄に油を差したようでした。これからの将来を考えて楽しくなってきました。やりたいことがたくさん浮かび、その方法も思いつくことができました。結果、この日に離婚の手続きをしなかったことは、その後の人生を変えました。手続きをしていれば、ブログのタイトルのような運命を歩むことはなかったので。ただ、この日の気持ちはその後の私を大きく支えてくれました。どんな困難にも立ち向かえる武器を、私は手に入れたのでした。

  15. とドアを開けましたが眠っていました。いつもと同じ仰向けでした。首まで布団がかけられていて、顔しか見えませんでした。寝相の良いなので、それはいつもと同じでした。違うのは。顔色。黒に近い紫でした。口が開いていて、歯並びの悪いのがよくわかりました。前歯に血のようなものが付いて、ところどころ赤くなっていました。言い方が悪いのですが、ゾンビ映画って忠実だなと思いました。顔の色が特に。なぜか匂いは気になりませんでした。手に力が入り、子の手をぎゅっと握りしめました。子が握り返してきました。ワイドダブルのベッドでほぼいっぱいの部屋ですが、一歩二歩進んで、ベッドの脇に座りました。二人でしゃがんで手を合わせました。寒いなと思ったら、エアコンが点いていました。冷蔵庫のような冷たさでした。匂いがないのはこれのせいか。の霊安室は、夫婦の寝室になりました。この人の人生の終わりがこれなのか、と思いました。苦しんでいる表情ではありませんでした。目は開いていました。口の周りに泡の後のようなものがありました。一分も経たず部屋を出ました。リビングの扉を閉め、子に大丈かと聞きました。子はうなづきました。リビングに戻ると、義父がの死に姿を発見した時を話し始めました。