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  1. リビングに連れてき旦那に抱っこをさせる。戸惑いながらも嬉しそうに我が子を抱く旦那を見て私は複雑だった。旦那が涙をいっぱい目に溜めおぼつかないリズムを全身でとりながらユラユラする。旦那が涙をいっぱい目に溜めながら赤ちゃん言葉でかわいいでちゅねーっと声をかける。旦那が涙をいっぱい目に溜めながら自己紹介をする。俺がパパでちゅよー。これからもよろしくねー。旦那が涙をいっぱい目に溜めながら我が子に詫びる。ごめんなぁ、こんなんが父親で。。。ごめんなぁ。。。。ごめんなぁ。。。。旦那の涙が流れだしたので、母が赤ちゃんをもらい次は義両親のもとへ。。。義母が初めに抱っこする。義母が涙を流しながら、かわいいなぁ。かわいいなぁ。かわいいなぁ。うちの息子みたいになったらあかんでぇ、ろくでもない男にだけはなったらあかんでぇ。しっかりせぇよ。孫への語りかけに思わず私の母が爆笑する。義母がはっと気まずそうに小声ですみませんと言う。そのおかげで少し場の雰囲気は良くなった。もともと私と旦那はお付き合いしている頃からお互いの両親からは公認の仲でよくお互いの家に行き来していたこともあり、旦那の家に遊びに行く時はいろいろ物をもたされたり、また私の家に来るときは向こうの家から物をもらったり、お礼の電話を親同士でやりとりしていたり、ずっと仲良くやってきた。私達の結婚式の時はサプライズで母と義母がデュエットで歌を歌ったりしてくれた。まさか私達が離婚の危機だなんて知りたくなかっただろうな。ボーッといろんな事が走馬灯のように駆け巡っていた。そして義父が抱っこする。かわいいなぁ。かわいいなぁ。産まれてきてくれてありがとうなぁ。さちこ、ありがとうなぁ。抱っこさせてくれてありがとうなぁ。ごめんなぁ。宮参りも準備せんでごめんなぁ。あ、一応これだけは用意したんやけど、おいっ!○○(旦那)アレもってこい。旦那車に置いていたものをとりにいく。義父「この服やねんけどな初宮参りの時の着物やねんけど、産後さちこ里帰りしたら、さちこのお母さん忙しなるからこっちでだいぶ前に用意しといたんや!嫌やったら捨ててくれてかまへんからな!」そうして旦那、義両親は精一杯のお詫びと誠意と心遣いを残して帰っていった。※皆様改めましてさちこです。ここ2.3日大勢の方からのコメントがとどいております。ありがとうございます。返信ができずにおりますがきちんとありがたく読ませて頂いております。今書いているお話はちょうど2年弱前のお話で1番つらかった時期ですかね。。。思い出しながら書いているんですが、自分に降りかかった困難はよく覚えるんですよね。きっといじめと似てる。やった方は忘れるけど、やられたほうはいつまでも覚えてる。不定期更新ですがこれからも書き続けたいと思います!引き続きどうぞよろしくお願い致します!

  2. 最近は慣れたので大)一部のドッグラン(室内等)をはじめとした犬共用施設で、「トイレのしつけが済んでいない犬は入場NG(もしくはオムツ着用)」と言われる時がありまして…サークル内も室内フリータイムも、トイレトレーでの失敗はほとんど無いファム(ありがたや~)ですが、散歩中は(家でさせたあとも)自由にトイレしちゃいます。さらに幼稚園ではマーキングも…これは上記の施設で求められている『トイレトレーニング完了』ではないですよね?育犬本を読むと『トイレトレーニング=トイレへの誘導(トイレを失敗しない)』と基礎的なことが書かれている事が多く、その先は“どこまで出来るようになるのが正解”なのか??謎なのです。将来的には実家やドッグラン、ドッグカフェなど色々な場所へ連れて出かけられることが理想なので、とりあえずコマンドで用を足せるようになれば良いのかな?と、用を足し始めたら「ワンツー」や「シーシー」と声をかけるようにしています。(犬ってコマンドで自由に出せるもんなの!?←そこからして未知)※マーキングは私達の前ではやったことないので、幼稚園まかせに…;;;)愛犬家の先輩方、よろしければ経験談聞かせていただけると嬉しいです(^^;(って、育犬相談になっちゃった…)■イヌスタ更新中■michillにて掲載中♪→→結婚=女子力低下!?←←「この記事にありがとう♡」ボタンを是非ポチッと!ランキング参加しています♪応援クリックお願いします! ↓ ↓ ↓ポチっと(°▽°)=b人気ブログランキングへ

  3. が話し合いは平行線旦那は再構築。私は離婚。そこから話は進まない。旦那がだす条件は、月に私への○○万の小遣いはそのままで自分のことは一切しなくていい。(ご飯、洗濯、その他家事)ただ一緒に暮らしてそばで子供の成長を見守りたい。私はそれだったら一緒にいる意味がないと言った。子供が大きくなれば、旦那を空気みたいな存在に扱っているのがあたりまえ、それが家族なんだと子供に間違った認識をさせてしまうじゃないか。あくまで、私は自分の育った環境のように、夜は家族揃って食卓を囲み、休日はでかけたりしたい。わいわいガヤガヤと楽しい家族になりかった。でも、もうあなたに尽くす気力はない。子供の為に仮面夫婦を続けている家庭は世の中たくさんあるだろう。でもありがたいことに、あなたには経済力がある。慰謝料、養育費を算定表どうりにいただければ私たち親子2人は飢えることはない。贅沢しなければ私は働かなくてもやっていけるのだ。私はあなたというストレスを抱えながら育児をするのではなく、今後私たちはこどもの父と母として絆を結ぶべきだ。夫婦というストレスから解放されればまた違ういい関係はうまれると思う。なので離婚してください。私は涙ながらに語った。そこで母が、「まぁとりあえず今日は遅いので話し合いはまた別の日にしましょう。」「赤ちゃん見て抱っこしていってくださいねー」母の言葉をさえぎり「嫌やし!旦那にはさわらせたくないねん!!!」私は初めて大きい声をだした。母「それはちがうやろ、もし離婚しても金貰う以上縁は切れへんし、子供の為にも切ったらあかんねん。今こんな可愛い時見れへんなんてかわいそうやし、夫婦の色恋沙汰に何も知らん赤ちゃん巻きこむなよ」ドスのきいた声で母私を叱る。

  4. 裁判の日程が決まりました。二週間ほど先の、夏休み明けすぐでした。その日は平日でしたが、オットはたまたま遅い夏休みを予定していた日でした。その日休みとってる、と聞いて、「そうなん?じゃ車で送って」と反射的に言いました。夏の暑い盛り、駅からの道のりが単純につらかったのです。オットも「うん」と即答したものの、しばらくして、苦しい理由をつけてしぶり始めました。そこで私もようやく、オットの元浮気相手も来る場所に、わざわざオットの運転で乗り付ける不自然さに気付きました。オットとしては、どうしても顔をあわせたくないでしょう。自分もその矛盾に違和感を持ちつつも、オットがしぶる様子を見ると、イライラしてしまうのです。浮気相手アユラとは、完全に切れていることはわかっていました。オットは意志が弱く、すべてにおいて考えが浅いタイプです。しかし、私の救いは、浮気相手のほうがそれほど浅はかではなかったことです。初めて電話で話した時は、まだオットに気持ちをひきずっているように見受けたられたアユラも、私と対立するようになってからは、完全に切り替えて、オットを軽蔑すらしていたようです。(そりゃそうだろ)間違っても、再びオットを受け入れるなどという愚行をとらないことはわかっていました。そもそもオットにそれほどの魅力はありません。浮気は終わった。再発の可能性もない。問題は解決にむかっているはずなのに、私たちの間の緊張はほぐれることなく、なにかはりつめていました。ちょっとのすれ違いが、すぐにこじれてしまいます。「誰のせいで、裁判所なんか行くことになったと思うの?」言わないほうがいい言葉が、言わないほうがいい言葉を誘います。「お前が勝手にやってることだろ。」お前が勝手にやっていること…、やっぱり言いました。これは100%言うと思っていた言葉です。オットはいつもこうして、すべてを他の人のせいにして一切の責任を放棄します。私「裁判になる前に聞いたやん?やめたほうがいいか、どうか。やったら、ってすすめたん自分やん!なんで私が勝手にやってることになるの。だいたいあんたが…」ガチャと、リビングのドアが開いて、習い事に行ってた娘が帰ってきました。弟は、夕方まで学校のスポーツ行事で不在でした。聞かれていた、また聞かれた…もう絶対、子どもの前で喧嘩はしないようにと誓ってたのに。あわてて、「おかえり~、早かったなぁ~」と努めて明るい声をかけます。娘は「も~パパとママの声、ドアの前まで聞こえてた~」と苦笑いしながら足をとめることなく自分の部屋へ。オット「ごめん、ごめん、ママがちょっと興奮して…」私「なんで私が?」せっかくとりつくろっても、30秒ともちません。娘が部屋に戻ったあとに、また不満が再発して、声を殺しながら、怒りをぶつけあいました。こんなくだらない男のために、アユラは130万円ものお金を払わなければならない。なんてばからしい。運命の人でも、本気の大恋愛でもない、そんなもののために、激しく傷つき、この先しばらくボーナスもあきらめなければならない、そして私も、なんの達成感もなく、なんだかすべてがばかばかしくていられませんでした。私が怒り始めると、オットは逃げます。無視をするか、とぼけて「なに言ってるの?」と。背中をむけられると、声が大きくなります。再び娘の部屋のドアが開き、「ちょっと待って」と言ってそのまま外へ出ていったかと思うと、すぐに戻ってきて、私とオットになにかを渡して、部屋にもどりました。手渡されたのは、カードでした。裏返すと「ほっこりカフェ」と娘の字で、書かれていました。

  5. 私も仕事をしていた共働き。従業員も少ない店舗でそれなりの責任もあった。しかし未満児を抱えての仕事、体調を崩せばすぐに母親の私へ連絡が来る。頭を下げて早退したり、休んだ。母親の責任ものしかかる。賃金は違えど、仕事の役割や責任は大小なりとも同じ筈だが、犠牲になるのはいつも母親の仕事だった。仕事を終えれば保育園に迎えに行きスーパー、夕食、お風呂、寝かしつけ。もう一気に1日が終わる。こんな生活を続けていれば疲労感も出る。そして比べる、主人と私の疲労度を。主人が仕事をするのも家事を手伝うのも当たり前、当たり前だった。なんの感謝も出ない。だって私はもっと大変だし。私はもっともっと大切にされたかった。なので主人を大切に出来なかった。そして「別に(主人を)好きじゃないしー」と妙なプライドも発動させた。私は寂しさやストレスから少女漫画にどっぷりハマった。TSUTAYAでレンタルしたり、電子書籍。読んでたら夢中になれるそれが良かった。明方3時まで読みふけり、次の朝は寝坊。保育園も職場もギリギリ間に合うという生活。主人も義母もそんな私の様子に落胆していた。しかし辞められなかった。他に私を埋めてくれるものは無かった。ずっと何かが欠如していた。その期間主人は不倫でそれを埋めていた。あれはきっと自分からのSOSのサインだった。早く仕事を辞めて、自分を大切に、主人を大切にしたかった。タラレバ。仕事、家事、育児を両立して幸せな家庭を築ける素敵な女性はたくさんいると思います。私にはその能力、全く持っていませんでした。現在は退職しています。私は余裕がなくなるとすぐに嫌な自分が顔を出すので、お金よりも家庭円満を選び、次の仕事は未定です。週2ぐらいではたらきたいわー。今の時代、子供の教育資金や老後の蓄えで共働きは必須。現場の人材不足なので女性活躍社会なんて言われていますが、私のように女性、母親へのしわ寄せは少なからずあると思います。病児保育や未満時の定員増、保育料の見直し、父親への看護有給付与などもっと整備されてもいい筈です。生きにくい働きにくい育てにくいそれが私の感じた現実です。不倫は日本社会のせいではありません。不倫は家庭内の問題です。しかしなんでなんでかなー。家庭から社会へ飛び出してしまいました。ごめんなさい。私も読み返すとこの人何勘違いしてんの?と思いました。笑ぶっ飛び過ぎましたが、私が常々思っていた事です。

  6. で返事がきました。夫婦の事に口を挟まないで。父さんとは話し合いは済んだから。その話は抜きにしてなら、会うよ」なんて勝手な人なんだろう…そう思いながら、翌日、母と2人で会う事にしました。には夜、明日、仕事の帰りに母と会う事になったので少し遅くなる事をと伝えました。は、「……わかった…。俺も残業になると思う。飯は食べて帰るから、いいよ…。」と言ってくれました。翌日、母の希望で、母と昔からよく来ていた喫茶店で待ち合わせをしました。母は待ち合わせの時間を30分過ぎて、やってきました。久しぶりに見た母は、服装も明るく、いつもの小綺麗な母でしたが、そこに笑顔はありませんでした。いつもなら私を見つけると嬉しそうに駆け寄ってくる母はその日、どこか幼い頃に見た、近寄り難い、あの、母の顔でした。「お父さんから話は聞いてるよ…どうしてまた浮気なんて…?いったい、どうしたいの?お父さんはもう、本気でお母さんの側から居なくなってしまうつもりよ?それでいいの?」どうしても怒りを抑えられず、その話に触れてしまった私に、母は、「そんな嫌な顔で見ないで…その事はお父さんと私の問題。あんたに口出ししてほしくない!その話するなら母さん帰るから!」まるで聞き分けのない子供のようでした。私は今まで、母が過去に浮気をしてきた事を責めた事は一度もありませんでした。でも今回は、父の哀しむ顔が浮かび、父を苦しめている母をどうしても、どうしても許せませんでした。母は勝手に話を変え、ケーキを食べながら言いました。「あんたはお肌が綺麗ねぇ。今どこの化粧品使ってるの?母さんも…同じ物使ってみようかしら」

  7. 避!子供の話はなし旦那の愚痴大会ね!」とA子。子供のいない私に、きっと気を使ってくれたんだろうなと、内心ありがたく思いました。中学の同級生。つまりも同級生なので、やはり最初に話を振られるのは私達夫婦の事でした。「あいつ(私の)元気なの?相変わらず真面目なまま?(笑)」私「真面目…なのかしら…でも最近は飲み会や出張が多くて、すれ違いなの…」友達は皆どこか、の事を信頼している感じで、の話題の時はいつも、和やかな雰囲気になります。が、そこでA子が発した言葉に、皆首を傾げ、どういう事?と、私の顔を見ました。A子は、何度か私の実家の前でを見た事、母と2人で歩いていた事などを、2人の友達に話したのです。勿論、悪気などありません。A子には昔、私の母が浮気をして、離婚や再婚を繰り返してきた事を話していました。他の2人もA子から聞いて、知っているようでした。A子「まさかね…さすがに…さすがにね…それはないよね…ごめん、なんかちょっとだけ、もしかしてなんて思っちゃって…ごめん………」私「………」友達1「やめてよ…不謹慎だよ…いくらなんでも、そんな母親いないよ。気持ち悪い!やめようやめよう!ったく何を言いだすかと思えばもー!」友達2「はぁ!?どういう事!?おばさんとあいつがって事!?ちょっとー大丈かぁ?A子!あんた病院行った方がいいよ!!バッカじゃないの!!」その話から急激に酔い始めたA子は、帰り際、泣きながら私に、「ごめーん、私、おばさんとあいつと、両方を侮辱した。。ほんとごめん。。帰って反省する。。。」と。心のどこかで、少しだけ、引っかかっていた何かが、目を覚ましたような気がしました。それは途轍もなく、大きな不安となって、私の心から、離れなくなりました。この後、徐々に、悪夢の日々が、幕を開けていきました。。。

  8. とう出ませんでしたが帰ったら、恥を忍んで母の件を話そうと思っていたのですが、が帰ったのは0時を回っていた為、疲れているのにこんな話をされたら嫌だろうと思い、やめました。翌朝、残業続きのは私を気遣ってか、今夜は外で食事しようと言ってくれました。母の事で重い気持ちでいた私は、のその言葉に救われました。仕事帰りに待ち合わせし、昔よく行った和食のお店へ。美味しく、楽しい時間が流れていきました。が、「そういえば昨日、何か言いかけてなかった?疲れてたから寝てしまったけど、なんだったの?」と聞いてくれたので、「恥ずかしい話なんだけど…」と前置きをし、父と食事をした事、母がまた、浮気をしてる事、父はもう母から離れる覚悟を決めている等々、恥を忍んで話しました。は最初、私が父と食事をした、という下りでは、「それは良かった、お父さんも喜んだだろう」と、笑顔で答えてくれました。が、その後の母の話になった途端、険しい表情になり、そして、父がもう限界だと伝えた最後まで、終始無言のままでした。この時まだ、母の不倫相手が、目の前にいるだとは、知る由もない私は、あぁ…母の事でがっかりさせてしまった…もまた、幼い頃に出て行った自分の母と重ね、腹立たしく、辛いのだ…。こんな話をすべきじゃなかった…。に、「ごめんなさい、こんな嫌な話…」と謝りました。「いや。。。いいんだ。。」が、声を振り絞り言った言葉は、ただそれだけでした。重い気持ちのまま帰り、その夜はどちらからともなく抱きしめ合い、どちらかの携帯が、リビングでしつこく鳴っているのを聴きながら、お互いそのまま深い眠りに落ちていったように、記憶しています。

  9. 義父が事実確認を旦那にした直後ゴツンと鈍い音をたてながら旦那がとりあえず漫画みたいにふっとんだ。すぐに義父が私に「とりあえず詳しく話は退院してすぐにしよう。今は体をたてなおし、無事退院できてから私の父母とともに話をしよう。申し訳ない。」旦那を引きずりながら病院をあとにした。義母は泣いていた。ごめん。ごめんと、、、、。あっと言う間の出来事だったがとりあえず産んで数時間後の体で眠気がすぐにおそい就寝。朝7時に助産師さんに起こされ授乳の指導を受ける。まだ出の悪い私のお乳を一生懸命吸う我が子が愛おしくて愛おしくてたまらない。入院中は7時10時13時16時19時と三時間おきの授乳で夜は預かってもらい私はぐっすりと眠ることができ、体もすぐに回復し予定通り5日間の入院で退院となった。産んだ翌日には私の父母がきて旦那とのことを私の口から話そうとしたら、母が「知ってるよ、今日の朝旦那くんと旦那両親が家にきたから。3人とも玄関先で土下座してきたよ。何事かと聞いておおかた事情はわかってるから退院する日は迎えに行くから、でも話し合いはもう少し先にしなさい。今は赤ちゃんのお世話を1番にしよう。」そういってくれていた。退院の日助産師さんに見送られお会計をしようとしたらもう支払い済みだった。受付近くのロビーには私の両親と旦那がいた。

  10. 横で気まずそうに佇旦那が私に近づき、お会計は済ませた事を伝え私に抱かれる我が子を嬉しそうに覗きこむ。だが私は我が子を隠すように旦那を無視し自分の両親に駆け寄った。母「○○くんが自分の車に赤ちゃんをのせて家(私の実家)まで送りたいっていうけどどうする?チャイルドシートもちゃんとセッティングしてるって言ってるけど?」私「無理」母が旦那に断わりをいれてくれ旦那はしぶしぶ帰った。実家につくとリビングに1番近い部屋を私と子供にとベビーベッドやオムツなど至れり尽せりな用意がしてあった。母が笑いながら「とりあえず1ヶ月やで?このまま出戻った気分ですごしていいのは!」ありがとう。ありがとう。結婚した時母は私に「もうここにあんたの居場所はないから、戻ってきてもいいのは里帰りと旦那に暴力振るわれたときだけにしときや!あとはすべて耐えて耐えて耐えまくりなさい!」母の言葉を思い出した。母に聞いて見ようか、、、私「度重なる不倫に耐えられなくなったら戻ってきてもいいんやっけ?」母「子供がいたらあかん!そうゆうもんや!」やっぱりだめか、、、。母「嘘やん。もう頑張ったんやろ。戻ってきなさい」張りつめていた糸が完全に切れた。。。我が子を抱きながら泣き崩れた。

  11. 険悪さがたちこめる夫婦のもとに、娘から届けられたカードには「ほっこりカフェへようこそ」と書いてありました。「ほっこりしたい人は、どうぞわたしの部屋にきてください」オットへの怒りはおさまりませんでしたが、ここで娘の誘いを無視して夫婦喧嘩を続けるわけにはいきません。深呼吸のかわりに大きなため息をついて、娘の部屋のドアをノックしました。どうぞ、と言ってドアを開けた娘は、私を自分の勉強机の椅子に座らせました。机には缶コーヒーが二本おいてありました。そして私の前に、一本の缶コーヒーとメッセージカードがおかれました。もう一本のコーヒーはリビングにいるオットへ配達されました。(そっか、先外へ出たのは、これを買いに前の自動販売機へ行ってのか…)残された私は、娘が自分のおこづかいで買ってくれた缶コーヒーを手に取って、プルトップを引きました。缶コーヒーなんてどれだけぶりだろう。甘いコーヒーをひと口ふくんで、カードを見ました。「コーヒーを飲んで、どうぞほっこりしてください。」部屋に戻ってきた娘に、「ありがとう」と言いました。照れくさそうに笑いながら娘が「いいえ」と言いました。ふたくちみくちと飲みながら、涙が止まりませんでした。娘の前でしたが、とめることができないことはわかっていたので、私は涙を流しながら、缶コーヒーを飲み続けました。オットの浮気がわかってからの3ヶ月は毎日のように泣いていました。裏切られたショックや悲しさももちろんあるのですが、それまでオットにそれほど感情をさらすことなくきたのです。結婚してすぐに子どもに恵まれたのは本当に幸いでしたが、妊娠と出産を繰り返すうち、家庭は私が一人で仕切っていました。甘える雰囲気などなくなっていました。浮気発覚後の再構築の間は、初めて安心して感情をぶつけることができました。いつもは横を向くオットが、その時はすべてを受け止めてくれたからです。だから悲しい時は悲しいと泣き、つらい時はつらいと泣きました。慰謝料請求により、アユラと私の戦いが始まると、オットは再び蚊帳の外となり、私はまた一人になりました。それでも、私には義理の母がいました。私のことを誰よりも理解してくれ、いつもいいほうに導いてくれました。義母がいるから、これだけのことがあってもオットに希望を捨てずにいられたのです。義母をなくした私は絶望していました。オットと一緒にいることも不安でたまらなくなっていました。子どもを幸せにしたい、もう悩むことをやめたい、もういい加減、ここから抜け出したい、娘は、黙って私の背中に手をあてていました。両親が喧嘩する姿なんて見たくないのに、まるで私の迷いをすべて理解しているかのように。その包み込むような安心感は、義母を思い出させました。私が子どもの頃にも、きっと私の両親にもいろんなことがあったはずなのに、母は私に一度もこんな醜態をみせたことはありませんでした。本当に私はなんて母親だろう、、情けなく思いながらも、やさしいやさしい思いに、全身を包まれてさぁ、もうここから抜け出して、幸せなほうへ行こうと、心が、そう決めていました。

  12. ある日、が、「来週、出張だから」と言いました。よくある事で、普段なら気にも留めなかったの出張が、大きな不安となって、胸が軋む思いでした。。。けれど、問い詰める事もできず、問い詰めたら、その先にある、何か恐ろしい現実と向かい合わなければならないような気がして、吐き気さえし、それでも、この嫌な予感は間違っているのだ。そう思おうとする自分がいました。「うん、わかった。大変だね…」とだけ、答えました。父の声が聞きたくなり…その夜、残業で遅くなり、疲れ切った様子で帰ったが就寝後、父の携帯に電話しました。「おぅ。元気か…?…どうした…?…何かあったのか?」父の声を聞いた途端、安堵の気持ちと複雑な思いから、泣けてしまいました。何かわからない、見えない暗闇にいる自分と、何故この父が、私を一生懸命育ててくれた父が、今、ひとり寂しい暮らしをしているのだろうと、様々な思いが交錯し、涙が溢れ、止まりませんでした。「お父さん…嫌な事、聞いていい?ごめんね…」父「あぁ、いいよ、どうした…泣いてるのか…?」「…お母さんの、お母さんの浮気相手って、いくつくらいの…人か、何か…知ってる…の…?」父「いや…聞きたくもないから、聞かなかった…けどな…若い男なんじゃないか…?そんな気がしただけだけどな…それが…どうかしたのか?何かあったのか?」「ううん、どんな相手なのか…お父さんが知ってるのかなって…ちょっと気になっただけよ…ごめんね嫌な事… 蒸し返して…」泣いてる私をなだめてくれた父。私はこの父に、また悲しい思いをさせてしまったと、ただただ申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。。。電話を切る際、優しい父は、の事も気遣ってくれました。「()君は元気か?共働きで大変だろうけど…おまえも無理するな。()君は、いい奴だから。大事にしてやれな」

  13. 旦那に録音したナツミとの店での会話を聞かす。そして、私を裏切ったので離婚をいい渡す。旦那は誤解だとメソメソしだすが、無理と突き放した。私はナツミなんて怖くない。私は1番信頼していた旦那が平気でうそを繰り返し、何度も同じ過ちを繰り返し私を裏切る。そう、旦那が1番こわいのだ。サイコパスなのかこいつは。警察にまで被害届をだした相手となんで密会し、セックスをするのか。自爆を繰り返す女で危険なのに、私に知られても良かったのか?バレるのは時間の問題だと思わなかったのか?本当のバカなのか?まだナツミが好きなのか?いろいろ問いただしてみるが、メソメソ、メソメソ、メソメソあげく、シクシク、シクシク、シクシク泣く始末。誤解だ。誤解だ。と繰り返す。じゃあセックスしてないのか?と聞くと黙る。こいつはバカだった。恋い焦がれた私の旦那はただのバカだった。旦那に告げた。「子供は私1人で産む。ナツミに関しても今後は一切報告も相談もしない。だからお前は邪魔するな」そして出産予定日を迎えた朝、予定通り陣痛が始まった。旦那が私の異変に気付いて慌てだした。まだ陣痛が始まったばかりで余裕があったので、旦那に伝える。1人で産む覚悟があるからお前はでていけ。お前の顔をみるだけで吐きけがする。私の為を思うならでていけ。旦那が渋々でて行った。

  14. 旦那は今までのことが何もなかったかのように満面の笑みだ。義両親も同じく。何も知らない義両親はともかく旦那の態度がとりあえず気に入らない。そして旦那が言った。産んでくれてありがとう😊仲睦まじい夫婦でのやりとりならこの言葉を言われて嬉しい奥様方はたくさんいるだろう。だか私は違う。ただただカンに触る。産んでくれてだと⁉️お前の為に産んだのでは断じてない。この旦那の言葉を聞いて私は今までの事を義両親に話す事にした。旦那同席で。産んで間もない体だがそれでも言わずには入れなかった。義両親に改まって話があると。そして苦しくてしかたがないことを。今まで自分の両親含め義両親になにも言わなかったのはただ一つ。当人同士の問題だからだ。それでも聞いて欲しかった。義両親との関係は学生時代から良好だ。結婚してからは私達の事には過干渉せず静かに見守ってくれていた。だから自信があった。わかってくれると。義両親には聞いてくれるだけでいいと、解決を義両親に求めている訳ではないことを前置きし、今までのことをすべて話した。とにかく黙って聞いてくれた。私のLINE、写真に収めている証拠を見せながら話した。最後に私は、ごめんなさい。離婚したいんです。つらいんです。ごめんなさい。最後まで旦那も黙って、でも真っ青になりながら聞いていた。旦那父が、旦那に確認する。私の言っていることはあっているのか?訂正や反論はないか?旦那「ない、、、、です。。。。」