ブログジャンル
公式ジャンル「映画レビュー」記事ランキングページです。映画レビュージャンルで一番人気の記事は「「急に具合が悪くなる」そして映画で気持ちが軽くなる。多幸感を与えてくれる映画でした。」です。
ゆきがめのシネマ。劇場に映画を観に行こっ!!
…と減っていく。後は映画を観てくださいね。この映画、凄く良かったです。カンヌ国際映画祭で賞を貰うはずです。3時間半という長い映画ですが、思ったよりも気にならずに観れてしまいました。二人の会話劇が長いので、その会話に惹き込まれていると全然時間の感覚が無くなっちゃうんです。自分がその会話に混ざっているような気持ちになっているので聞いちゃうんですよねぇ。まず、終わった時に深い多幸感を味わいました。こんなにほわわんとして、気持ちが楽になった映画は今までに無いかもしれません。何ていうんだろう、そんなに頑張って完璧を目指さなくてもいいんだよって言われたような気がして気持ちが楽になったんだと思うんです。主人公のマリーですが介護施設の施設長をしていて、患者にも幸せになって欲しいし、職員の方も無理しない状況にしていきたいと思い奮闘しているんです。施設を運営する企業や行政に掛け合って職員の給料を上げて欲しいとか、職員を増やしたいとか、施設としての要望を上げるのですが企業側は受け付けず、職員の方は仕事量が多いのに給料は安いということで辞めて行ってしまうんです。こうすれば、ああすればと色々と案を出すのですが、ことごとく断られてマリーは結構限界に来ていたんだと思うんです。そんな時に公園で自閉症の智樹に出会うんです。そして彼の保護者の清宮と森崎真理に出会うんです。マリーは真理と名前が似ているねってことで仲良くなり、彼女が演出した演劇を観に行くんです。そこで真理が末期がんで余命宣告を受けていて、既にその余命宣告期間が過ぎていると知るんです。介護施設で何人も高齢者を看取っているマリーは、自分と年の近い真理が亡くなってしまうということを聞き、ショックを受けます。お互いにまだ知り合って浅いのに親近感があり、もっと知り合いたいという気持ちになりぐんぐん距離が縮まっていくんです。もう一人の主人公・真理は演出家で既に天涯孤独のようでした。あまり良い家庭環境ではなかったようです。京都に実家があり、既に誰も住んでいません。彼女はそこで一人で最後を迎える予定にしていて、京都の病院に全部頼んでいたようでした。パリで真理が倒れ、マリーが京都まで連れてきてくれるんです。そして真理は闘病生活に入るということだったのですが、色々とありまして、二人でパリに帰ってきます。あまり詳しくは書きませんが、マリーは真理を一人で残して帰れなかったんだと思うんです。この時の二人のやり取りで決まっていることを変える決断をする、変えられないと思っていたことを変えるという選択を真理がするのですが、何で変えられないと思ってしまっていたのか解らないんです。変えようと思えば変えられるのに、自分で変えられないと決めてしまっているんです。人間は理想を求めて願いがあるけど限界もあるんですよね。その限界を知ってこそ、自分が出来ることが見えてくるんです。人間は必ず死という限界がくるけど、だからって諦める必要は無いし、出来ることをすればいい。もっと生きたいと思って貪欲に生きていいんです。何かを残そうなんて考えず、やりたいだけやって、ああーもっとやりたいことあったのに~って死んでいいんですよ。なんか、そんな事を言ってくれていたような気がしたんです。いつも仕事でも趣味でも、完璧にやろうとか理想を追い求めるでしょ。でも限界があるんですよね。そんなに上手く行くわけがないんです。そんなもんだよねって思いながら続けていいじゃないですか。途中で限界が来ても仕方ないと思えばいいでしょ。そんなに頑張んなくてもいいんだって思いました。この映画を観て、気持ちが楽になったんです。別に死ぬことを心配しなくてもみんな死ぬんだし、その時が来るまで好きなだけやりたいことをすればいい。気持ち良く生きればいい。それが人間の生き方なんですよね。ふぅ~って息がつけました。私はこの映画、超!超!超!お薦めしたいと思います。私はこの映画、好きです。とっても長い映画だけど凄く好きだと思いました。全然眠くならなかったけど、疲れたら途中で寝てもいいと思うよ。気楽に観ようよっていう気持ちにさせてくれます。素敵な映画でした。ぜひ、観に行ってみてください。ぜひ、楽しんできてくださいね。「急に具合が悪くなる」濱口竜介監督最新作『急に具合が悪くなる』公式サイト映画『急に具合が悪くなる』公式サイト。濱口竜介監督最新作 出演:ヴィルジニー・エフィラ、岡本多緒、長塚京三、黒崎煌代 原作:『急に具合が悪くなる』(宮野真生子・磯野真穂著/晶文社)2026年6月19日(金)公開www.bitters.co.jp悪は存在しない [Blu-ray]Amazon(アマゾン)ドライブ・マイ・カー インターナショナル版 [Blu-ray]Amazon(アマゾン)偶然と想像 [Blu-ray]Amazon(アマゾン)
勝手に映画紹介!?
……今週は特に森村誠原作作品が多い。ということで…「森村誠一の人間解体 花嫁の首 新妻がすり替わっていた!」を鑑賞、こちらは本編中にも表示される土曜ワイド劇場時の正式タイトルなんだけど…“何か問題があるのか”J:COMの番組名は「森村誠一サスペンス 花嫁の首 双子姉妹殺人事件」に変更…原作は「歪んだ空白 (中公文庫)」収録の「人間解体」から。身寄りのない則子は、ある企業の社長秘書として働いていたが、資産家の息子・義文と出会い、恋に落ち、結婚することになった。しかし、義文の母親が、“母親は若い男を作って失踪、双子の妹・知子も同じく行方知れずになっている”という則子の出自に難色を示す。しかし、実際に則子にあって、結婚を了承した。そんな結婚を控えた則子のもとへ、知子が現れる。性格が正反対の2人は直ぐに口論になり、その後、則子は浴室で事故死してしまうのだが…知子は、恋人のリョウヘイから、則子に成りすまし義文と結婚し、保険金を奪うという計画を持ちかけられ…。原作は未読…出版社の“あらすじ”を読むと、原作の方はパリで事件が起きるらしいが、当然、ドラマは日本に置き換えられている。社長秘書をしていた清楚な女性・烏丸せつこが、資産家のボンボン息子・大和田獏と恋仲になり、結婚の話が出るが…獏の母親から猛反対を食らう!実はせつ子に身寄りがなく、息子の嫁には不釣り合いだと…。獏は強引にせつ子を家族に紹介…“清楚系美女”という見た目で、家族をねじ伏せ、なんとか結婚までこぎつけた。そんな時に…せつ子の妹が現れる。双子設定なので、烏丸せつ子の1人2役、けっこう頑張って撮ってる。以降…説明が面倒なので、“姉”と“妹”で統一する。2人はもともと姉妹の仲が悪く、この日も、姉の部屋で再会してすぐに口論となる。そして、姉が風呂の準備を始めたんだけど…そこで事件が!足をすべらし、浴室の中へ倒れこむ姉…直ぐに意識がもうろうとなる。異変を察知した妹が浴室にやって来るが…そこで、手を差し伸べることはせず、死んでいくのをただ眺めているだけだった。姉の死を確認して、逃げ出す妹…さっそく恋人の津川雅彦に会って、その件を報告。すると…津川雅彦は、姉の死を利用して、保険金をだまし取る計画を思いつくのだった。それは、まず…姉の死体を隠し、さらに死亡日時をごまかす偽装もする。その間に、姉に成りすました妹が自分に保険金を掛け、妹は姉に成りすましたまま、獏と結婚!結婚生活を続けている間に…津川雅彦が姉の死体を運んで、事件を発覚させ、警察に妹と断定させる。そして、保険金がホンモノの妹の手に渡ったところで…“2人で高跳びだ”という計画。だいぶリスクがあるようにも見えるが、当時はかなりの大金だったのだろう保険金5000万円のために、妹と雅彦は必死に頑張るんだけど…性格が違うので、直ぐにボロが出て、獏が嫁の正体を疑い出す!さらには…警察に殺しの容疑者として、津川雅彦はマークされる。犯行がバレたら、最低限、死体遺棄などの罪に問われるわけで、そこに“やってない殺しの罪”まで被せられる可能性は考えなかったのだろうか?こんな壮大な犯行を思いつくと、一見、頭がいいように見えて、やっぱり間抜けな犯罪者だ(笑)ただ、津川雅彦が出てると…映像や物語が締まる、厚みも増す。自分のカノジョを、新婚妻の身代わりに差し出すとか、そういう屈折した感情がドラマを面白くする。嫁さんのすり替えに遭う獏も間抜けだが、疑問を感じ始めるあたりの駆け引きはスリリングだ。さて、烏丸せつこと津川雅彦は、最後までみんなを騙して保険金を奪えるのか?警察の追及から逃れられるのか?登場人物の名前など…設定でちゃんと漢字表記を決めてない可能性がる。双子の本名は“ミナガワ”というらしいんだけど…文字放送で字幕スーパーを表示させても“ミナガワ則子”と表記されていた。同様に、津川雅彦が演じていた役も“オオタキリョウヘイ”と全てカタカナで表示されてたし、大和田獏の方の苗字も同様だった。原作が短編集らしいから…原作の方もちゃんと名前がついていない可能性、名前が違う可能性があるかもしれない。監督:藤井克彦出演:烏丸せつこ 大和田獏 津川雅彦 西岡德馬 泉じゅん 志麻いづみ 加藤善博 小坂一也 風見章子【原作小説はこちらにに収録】歪んだ空白 (中公文庫)人気blogランキング 参加中 -クリック- ご協力ください!
備忘録
じつは簡単?ずっと仲良しカップルでいるための秘訣3つ付き合いたての頃は大好きだった相手も、長く付き合ううちに愛情が薄れていく……なんてこともありますよね。お付き合いしている相手を「嫌いになる」なるのは、とても簡単なこと。しかし1人の相手をずっと好きで居続けるには、ちょっとした工夫が必要になってくるでしょう。そこで今回は、心理士でもある筆者が「1人の相手をずっと好きでいるための秘訣」を3つご紹介します。彼とこれからも長く一緒にいたいと考えている女性は、必見ですよ。1. 好きなところを言葉で伝える付き合いが長くなると、相手の短所ばかり目につくようになりませんか?しかし好きなところや、そのままでいてほしいことって、なかなか言葉にして伝える機会がないはず。たとえば「ありがとう」や「ごめんなさい」がきちんと言えるところなどは、そのままでいてほしい彼の素敵な一面ではないでしょうか。それを「そういうところ好き」「『ありがとう』がちゃんと言える人って素敵」と彼に言葉で伝えることができれば、とてもうれしく思ってくれるはず。それに、これは女性自身のためでもあります。言葉にして伝えることで、彼の素敵な一面をクリアに再確認できるからです。この繰り返しこそが、「互いを好きで居続ける」ことにつながるはず。2. イライラは適度に発散する付き合うなかで「自分ってこんなに怒りっぽかったっけ?」と思うほどに、イライラしてしまう瞬間もあるでしょう。1つひとつのイライラは小さくても、積み重なると大きなストレスにつながり、心の余裕がなくなることもあります。その結果、いつもなら全く気にならないちょっとしたことでも、さらにイライラしてようなマイナスループにはまることも、珍しくありません。そのためケンカをしたあとや、日々の生活のなかで生まれるネガティブ感情は、とにかく小まめに発散するのがオススメです。好きなデザートを食べる、1人の時間を楽しむ、ブログやTwitterに彼氏の愚痴をつぶやいてみるのもいいかもしれません。自分に合った方法で、イライラをため込まないように適度に発散していきましょう。あなたのことを一番よくわかっているのは、あなた自身ですからね。3. スキンシップを欠かさないスキンシップは、生まれてすぐに保護者からもらった愛情表現のひとつ。それが愛情表現であると小さな頃から知っているので、「スキンシップ」をすると条件反射のように「愛情」を感じることができます。それに互いが触れ合うことになるので、触ったほうも触られたほうも愛情を感じることができるもの。隙あらば彼にスキンシップをして、2人で愛情を与えあってみてはいかがでしょうか。自分も彼も大切にして!なにもしなくても「好き」で居続けられるなら、それに越したことはありません。しかし、もとは他人同士なのですから、なかなか理想通りにはいかないもの。彼を思いやる気持ちはもちろん、自分のことも大切にしながら、2人の関係を深めていってくださいね。
人生・嵐も晴れもあり!
…、それはすでに何度映画化されています。当ブログでは、古代文明をベースに誕生した人間の欲求の源泉とも言える「エロス」の世界を特集します!アラビアンナイトってごぞんじですか?金瓶梅って知ってますか?カーマスートラって何だかお分かりですか?これは、人類のエロスを描いた古典文学の究極です!中東、中国、インドが産んだ抱腹絶倒の男と女の物語です!できる限り、分かりやすく、上品に、人類のエロスの源泉となった文学作品と、映画化作品を、当ブログで特集します。お楽しみに!21世紀に生きる人類の性欲の源流を理解して、もっと楽しい毎日が送れることを目指します!
好きな映画だけのブログ
ベストセラー小説の原作をあえて読まないという選択。読まないという幸せ。1990年 監督/ ブライアン・デ・パルマこの作品にまつわるネガティブなエピソードは山ほどあるけれど、とりわけ数字が示した事実は3,200万ドル。この額は興行収入ではなく製作費4,700万ドルに対しての損失額です。つまり興行収入はわずか1,500万ドルにとどまった大赤字作品ということです!このブライアン・デ・パルマ監督作品『虚栄のかがり火』はデ・パルマ史のみならず、アメリカ映画史においても大爆死事件として不名誉ながら名を轟かせた作品なのです。トム・ウルフの世界的ベストセラー小説『虚栄の篝火』を原作にしながら、何故ここまで失敗したのか。いや、何故ここまで失敗出来たのか。作品の裏側にはまったく興味が無く、普段から詮索をしないボクですが、さすがに興味が湧いて調べてみたら、デ・パルマの意見を無視したキャスティング、勝手な脚本の改訂、そしてデ・パルマから編集権さえ取り上げたワーナー・ブラザースの謀略であったことがわかりました。『虚栄のかがり火』を巡るデ・パルマとワーナー・ブラザースの泥沼の戦いは、本編以上に激しい火花を散らしていたようです。※この製作裏話をまとめたドキュメンタリー著書『The Devil's Candy』が出版された(日本未発売)本作にブーイングを送った原作ファン、そして鑑賞をボイコットした原作ファンの気持ちもわかります。主演を務めたトム・ハンクスとメラニー・グリフィスは、原作が描く登場人物とはまるで正反対のキャラクターだし、ブルース・ウィリスは役柄を無視した、ただのブルース・ウィリスでした。"誰もが欲にまみれ、誰もが救いようのない"。そんな辛辣な世界観が支持された物語に、スタジオは好感度の高い人気俳優をキャスティングし、脚本を書き直させ、主要人物を中途半端な善人に改訂し、中途半端にハッピーエンドをでっち上げたのです。もはやトム・ウルフの描いた『虚栄の篝火』の世界は、この時点で別物に変えられてしまっていたのです。なぜデ・パルマに任せなかった!!しかし、幸いなことに原作を読んでいないボクはこの映画を偏見無く楽しむことが出来るのです。正直に言えばトム・ウルフの原作小説にはたいへん興味をそそられました。しかし、デ・パルマに添い遂げたいボクは敢えてこの傑作小説を読まずに、この歴史的爆死映画を愛していこうと思うのです。【この映画の好きなとこ】◾️ベイコン牧師(ジョン・ハンコック)私利私欲にまみれた牧師。エキセントリックな性格がいかにもデ・パルマワールドの住人らしい。バックコーラス隊が常に付いているのも胡散臭く最高。この人で一本撮りませんか監督!◾️フォックス弁護士(クリフトン・ジェームズ)ベイコン牧師と共謀し病院への訴訟を企てる。演じるジェームズは007シリーズの2作品でコメディリリーフを務めた。『アンタッチャブル』にも出演した彼はデ・パルマのお気に入り?『死ぬのは奴らだ』『黄金銃を持つ男』の保安官ね◾️ワイス検事 (F・マーリー・エイブラハム)ニューヨーク市長の座を狙う地方検事。白人ミリオネアのシャーマン・マッコイをマスコミに放り投げ、多くのアフリカ系市民の投票を獲得しようと目論む。『スカーフェイス』『アマデウス』でお馴染み!◾️オープニング 光のリレー富と権力渦巻くマンハッタン。超高層ビルやタワーマンションの灯りが流星群となりタイトルを形成。摩天楼の光がリムジンのヘッドライトになり、カメラフラッシュが雷の閃光となり主人公宅を照らす!凄い!摩天楼の光が流星群となり…じゃじゃーん タイトル登場!リムジンに乗るのは時の人ピーター・ファロー当時最高と言われた5分間の長回し!フラッシュの閃光が…雷となり摩天楼に暮らす主人公宅を映し出す!◾️スプリットスクリーンベイコン牧師のTV演説中継を見るワイス検事にリレーされる交替劇。誹謗中傷されたワイス検事をシニカルに描いた。デ・パルマ得意の手法だが変化球で楽しませてくれた。オシャレしてTVカメラ前に立つベイコンテレビで悪口言われるワイス検事 かわいそう◾️大階段にてマッコイが雨傘を持った大勢の記者に囲まれる様はヒッチコック監督作品『海外特派員』のオマージュ。手錠をかけられたマッコイが罵声を浴びながら裁判所に向かう様を主観撮影で行い、パニック心理を見事に演出した。『海外特派員』大好きです容赦ないヤジの嵐かわいそうなシャーマン◾️ブロンクス最高裁判所録音テープがもたらした逆転劇は『ミッドナイトクロス』の悲劇を乗り越えた着地点か。大騒動の法廷は『アンタッチャブル』を彷彿とさせ、デ・パルマファンには感慨深い。不適な笑みの裏側にはどんな秘策が!?法廷で大騒ぎは名画の条件!モーガン・フリーマンかこいいぜ歴史的失敗作としての烙印を押された『虚栄のかがり火』ですが、その製作裏話からデ・パルマの情熱を知ることで、結果的にボクの『虚栄のかがり火』への愛情はより強固なものになりました。本作の失敗によりデ・パルマはハリウッドで干されたという不名誉な噂もありました。しかし、デ・パルマは何度でも戻ってくる。そして何度でも成功する。事実、ボクも『虚栄のかがり火』を過小評価してきましたが、この度の再鑑賞により多くの魅力に気づくことが出来たのです。デ・パルマは本作を「自身の作品ではない」と言うかもしれませんが、『虚栄のかがり火』にはデ・パルマの確かな足跡が残されています。魅力的なキャラクターとデ・パルマにしか撮れない映像がフィルムに焼き付けられています。だからボクは本作がどれだけ酷評されようとも、これからも繰り返し『虚栄のかがり火』を観続けます。デ・パルマファンとしてこの作品のいいところなんていくらでも見つけてやりますよ!ブライアン・デ・パルマについて映画人③ ブライアン・デ・パルマ『映画人③ ブライアン・デ・パルマ』ブライアン・デ・パルマアメリカの映画監督スティーヴン・キング原作のホラー映画『キャリー』を初めて観たのは12歳の頃。この青春残酷物語に胸を痛めながらも、めくる…ameblo.jpブライアン・デ・パルマ監督作品こちらもキャリー『キャリー』デ・パルマの才能を世界に知らしめた記念碑的作品1976年 監督/ ブライアン・デ・パルマ初めてこの作品を観たのは10歳の頃。これが初めてのデ・パルマ体験であり…ameblo.jpファントム・オブ・パラダイス『ファントム・オブ・パラダイス』すべてを奪われた男。すべてを与えられた女。ふたりを弄んだ悪魔。1974年 監督/ ブライアン・デ・パルマ『オペラ座の怪人』『ファウスト』などの古典を、現代の音…ameblo.jpフューリー『フューリー』鬱憤と暴発1978年 監督/ ブライアン・デ・パルマ1976年の『キャリー』で大成功を収めたブライアン・デ・パルマ監督初の大作映画です!主演にカーク・ダグラス…ameblo.jpミッドナイトクロス『ミッドナイトクロス』最高に愛しいデ・パルマ作品1981年 監督/ ブライアン・デ・パルマブライアン・デ・パルマ監督作品の大ファンです。いや、はっきり言ってデ・パルマフリークです…ameblo.jpボディ・ダブル『ボディ・ダブル』ヒッチコックへの敬愛も含めた、デ・パルマサスペンスの集大成的ハイテンション劇場!1984年 監督/ ブライアン・デ・パルマブライアン・デ・パルマという映画作家…ameblo.jpアンタッチャブル『アンタッチャブル』デ・パルマ、名画を撮る1987年 監督/ ブライアン・デ・パルマ午前十時の映画祭11にて鑑賞しました。映画ファンであれば誰もが知る名画だと思っていましたが、公…ameblo.jpレイジング・ケイン『レイジング・ケイン』デ・パルマフリークの為の映画②1992年 監督/ ブライアン・デ・パルマ『アンタッチャブル』で世界的大成功を収めたブライアン・デ・パルマが、『カジュアリティー…ameblo.jpカリートの道『カリートの道』劇場で4回観た!国内ソフト発売前に日本語字幕無しの輸入LDも買った!酔いしれた!1993年 監督/ ブライアン・デ・パルマ当時のブライアン・デ・パルマ監督に…ameblo.jpミッション・トゥ・マーズ『ミッション・トゥ・マーズ』その過小評価に驚愕!!人類は何を観ていたのか!?2000年 監督/ ブライアン・デ・パルマ大好きなブライアン・デ・パルマ監督が撮った唯一のSF作品。本国アメリ…ameblo.jp
モラトリアム帝国
…魔法少女シリーズの新作で、直近のシリーズである『魔法のステージファンシーララ』から実に28年ぶりとなる作品だ。43にもなって魔法少女アニメにお熱だなんてとても会社の同僚には言えないが、何を隠そう初代のクリィミーマミと俺は同じ1983年生まれ!マミと共に産声を上げた身としては楽しみにするなというのは無理な相談だった。さて、そんなルルットリリィだが、現段階ではまだまだ評価を確定するものではないが、今のところの印象としては「実にちゃんとしてますねぇ…」(石田彰ボイス)という感じ。ちなみに『ドクターストーン』も今見ているアニメの一つです。そそるぜこれは!話を『ルルットリリィ』に戻そう。粗筋としては、主人公の女の子が魔法の力で大人のお姉さんに変身し、アイドルとして鮮烈デビューするという王道ストーリー。タイトルの通り、姉妹二人が魔法の力を手にするのが特徴だ。しかし俺が注目したのは姉妹の妹、風(ふう)が魔法で望んだこと、何のために魔法を使うかというその動機の部分だ。姉妹の姉、流(るい)は幼い頃は歌うのが大好きな明るい女の子だったが、一度大きな病気で入院を余儀なくされ、完治した今も以前とは違い、笑顔も少なく歌を歌うこともない。そんなお姉ちゃんを魔法で元気にしたい、笑顔にしたい!というのが妹の願いだ。実に素晴らしい。ぐぅの音も出ないほど立派な動機だ。思えば『クリィミーマミ』では、背伸びしたいお年頃の女の子が魔法で素敵なレディに変身してウッキウキ、しまいには「でもこの魔法何に使おう?」などと言い始める始末だった。それを思えば「お姉ちゃんを笑顔にするために!」というのは本当に素晴らしいし、世界を救うために戦ったりしないスタジオピエロの魔法少女ものとして、テーマやメッセージもより際立つことだろう。俺が「実にちゃんとしている」という感想を抱いた所以だ。この設定に文句をつけるような奴は「人の心とかないんか」の謗りを免れない。だが。だが。この立派さを目の当たりにした俺は、ある出来事を思い出していた。うちの小学生の娘がある時、作文の宿題をやっていた。「自分の将来の夢とその理由、夢の実現のためにやるべきことを書きなさい」的なテーマで、高学年らしく将来へのビジョンを見据えた思考が求められる、そんな内容だった。それ自体はいいのだが、問題はその宿題の例文として渡されたプリントだ。まるでAIで作成したようなクソみたいな文章で、いくつかの夢について具体例が示されていたが、その全ての例文において二言目には「人の役に立ちたい」「人を元気にしたい」「人に勇気を与えたい」という立派な動機が並べ立てられていた。「僕は将来野球選手になりたいです。沢山の人に勇気を与えたいからです!」「私は将来パティシエになりたいです。沢山の人を笑顔にしたいからです!」「私は将来科学者になりたいです。沢山の人の役に立ちたいからです!」複数例示する必要性が一ミリも感じられないほどに同じような文章が並んでいたが、割かし真面目な娘はこれらの例文を読んで、「誰かの役に立つような立派な夢じゃないといけないんだ…」と頭を悩ませて半ベソをかいていた。そんな娘に対して俺は、「バカじゃねーの」という誠に父がましい言葉をかけて余計に泣かせてしまったわけだが、俺の偽らざる本音だ。将来の夢に対してどうすれば実現可能か、具体的な進路を考えることは大切かも知れないが、夢に対して「好き」以上の動機を求める意味がさっぱり分からない。一流のアスリートやアーティストが誰かを勇気づけたとして、それはあくまで結果論だ。そんなんゆうたらお前、AV男優だって誰かを笑顔にしてますからね!俺とか!この、必要以上に優しさや思いやり、あるいは立派さを求める社会の風潮、常に「相手の心に寄り添っていますか?」と問いかけてくるような空気感は、もはや狂気じみているとさえ感じる。『ルルットリリィ』についても同様の文脈を感じざるを得ない。主人公の動機の立派さに加え、全てのキャラクターの善良さも俺の心を曇らせる。あくまで今のところの話ではあるが、学校の同級生から同じ事務所のアイドル仲間まで、誰も彼もが驚くほど人格者、心を傷付けるようなただの一言も存在せず、まさに「優しい世界」だ。結構なことである。悪人の存在しない世界、誰もが誰かの心に寄り添い、思いやり、チクチク言葉は完全排除。しかしそんな世界が、そんな人間がこの世に存在するだろうか?清らかすぎる水の中ではどんな魚も生きられない。清濁合わせ飲んでの人生、様々な側面を持つのが人間だ。何度も引き合いに出して恐縮だが、『クリィミーマミ』ではマミのライバルになる「めぐみ」というキャラクターがいた。事務所の看板スターの座をマミに奪われためぐみさんはマミに対して嫉妬の炎メラメラで、ヒステリックできつい物言いが印象的なヒールポジションの女性だった。しかし一方で、根底にある面倒見の良い姉御肌な気質や、女優としてのプロ根性などをチラ見せするなど、決して一面的ではない人間性を描写。天真爛漫、純真無垢なマミ(中身は小学生だからね)とは対称的に、実に人間臭いキャラクターに仕上がっており、作品世界になくてはならない存在として人気を博した。魔法というフィクションライン高めのモチーフで、ましてやプリキュアのような戦う変身魔法少女ではないのなら、なおさらにキャラクターの実存感のようなものは重要ではないかと思う。人間誰しも負の感情は持っているし、それだって人格を形成する大切な要素の一つであり、無闇に排除したり否定したりするのではなく、正しく向き合い付き合っていくことが大切なはずだ。俺は令和にアップデートできない老害になってしまっただろうか?それともただの懐古厨のキモオタか(多分正解)それでも俺は、我が子がただ純粋に好きを追いかけることさえ憚られる世の風潮を、決して是とすることなどできない。なぁみんな、もっとシンプルに生きようや。好きなものは好き、嫌いなものは嫌い。心の声に耳を傾け、心のままに生き、たまに生け贄を捧げて。『ミッドサマー』シンプルに生きるとここに行き着く!?閉鎖的な村のエッチな儀式三度!狂気の最終形態に震えて眠れ!それではストーリー!我らが主人公ダニーは不安で眠れぬ夜を過ごしていた。精神に難ありな妹から不穏なメールが届き、両親とも連絡が取れない。彼氏のクリスチャンに泣きながら電話して相談するも、「毎度毎度騒いで気を引きたいだけだよ」と、若干うんざりした様子だ。↑憔悴ダニー。いつものこと…そう自分に言い聞かせるダニーだったが、悪い予感は当たるもので、妹は実家で両親共々自殺、ダニーは一夜にして家族を全て失ってしまうのだった。↑しかもとんでもなくエグい方法で…それはそれとして!大学生である彼氏クリスチャンと愉快な仲間たちは、卒論研究のためスウェーデン旅行を絶賛計画中。学友のヒゲロン毛の故郷で開催される「夏至祭」を体験する予定だ。↑ダメだ、ヒゲロン毛は信用できない!旅行計画をギリギリまでダニーに知らせていなかったため若干ギスギスした雰囲気を醸し出しつつも、ダニーも交えた五人パーティーで、一路スウェーデンへ旅立つ一行。こうして辿り着いた先は、スウェーデンはヘルシングランド…言うなればそう、アイルーのぽかぽか村ですね!(ヤケクソ)そこはもう笑っちゃうくらいのド田舎で、日の沈まぬ白夜の空の下、美しい大自然が広がリング。村人たちは狂い咲きの笑顔とトリップするタイプの葉っぱでお出迎え。異国情緒の先制パンチでダニーたちは困惑しきりだ。↑息をするように当たり前に葉っぱを吸う。ぽかぽか村での暮らしぶりといったら、それはもうやり過ぎなくらいの村人一丸となった共同生活スタイル。老若男女お揃いの白い衣服に身を包み、朝昼晩の食事は全員で巨大な食卓を囲み、寝る時も年齢帯ごとに別けられた巨大な寝屋で雑魚寝。「プライバシー?なにそれ美味しいの?」の世界だ。↑ほんとそれ。しかしこの程度の「日常の風景」でビビっていてはいけない。何と言っても今日から始まるのは夏至祭、しかも90年に一度の記念すべき大祭ということで、これから9日間にわたって盛大な儀式が繰り広げられるのだ。まずは翌朝、皆で囲む厳かな食卓の上座に、皆とは異なる青い衣装を纏ったジジィとババァが鎮座している。しばしの食事の後、ジジィとババァを先頭にいずこかへ移動する村人たち。向かった先は断崖絶壁だ。ダニーやクリスチャンらが固唾を飲んで見守る中、崖の上にババァが姿を現す。次の瞬間、ババァ、フライハイ。続いて、ジジィもフライハイ。さらに、着地に失敗(?)し死に損ねたジジィの顔面に向かって、村人たちが餅つき開始。無事、ジジィとババァは御臨終となるのだった。↑よいしょー!まさかの事態に阿鼻叫喚の来訪者組に、村長っぽいオバサンが慌てて説明するところによると、事情はこうだ。ここぽかぽか村では、人の一生は四つに別けられる。18才までの子供時代は春、19~36才の青年期は夏で巡礼の旅に出る。37~54才の大人は秋で、村の労働者となる。55~72才は冬、経験豊富な指導者となる。そして72を過ぎた者は、その名前と魂を次に産まれてくる子に引き継ぐため、喜びと共にフライハイする…そんな死生観だ。↑「自らの命を与える(恍惚)」そんなこと説明されたって「なるほどね!」と受け入れられるはずもなく、もはや一分一秒もこの村に居たくない感じのダニーだが、理解ある彼くんことクリスチャンは、「これが彼らの文化だよ。理解するように努力しなきゃ!」と、意識の高い多文化共生スピリッツを発揮し始める。↑わぁ…意識たかぁい…これには理由があった。実は卒論のテーマがなかなか決まらなかったクリスチャン。このぶっ飛んだ儀式を目の当たりにして「これだ!」とピンときてしまったらしく、卒論研究として取材する構えだ。しかし問題が一つ…いや、二つ三つ。まず一緒にやって来た友人のジョシュは人類学専攻であり、そもそも彼が卒論のテーマとして選んでいたのがぽかぽか村の夏至祭だった。「俺の卒論とモロかぶりやんけ!」と、ジョシュは怒り心頭だ。また、卒論として公に発表するなど、村の長老たちが許すはずがない。そして何より、目の前で人が二人も死んだというのに自分の卒論のことばかり気にする彼氏を見るダニーの目が、ゲジゲジを見るような目になっている。↑(こいつマジか…)でも待って!ゲジゲジは益虫だよ!そんな問題の数々には丸っと気付かないふりをして、ヒゲロン毛に長老たちと話をつけてもらい、特定されるような情報を出さないという条件で取材を許可されることとなった。しかし異変は静かに、しかし着実に進行していた。ダニーらとは別口で招待されて来たカップルがフライハイの翌日、一人、また一人と消え、パーティーの下ネタ担当男子が村娘とどこかへしけこんだきり姿を消し、卒論研究に一際前のめりだった人類学専攻のジョシュは撮影禁止エリアにこっそり侵入したまま消え…。↑「うん、いくいくー!」着々と煮詰まっていく現場に不安が募る理解ある彼くんことクリスチャンだが、対照的にダニーはぽかぽか村の女性らと交流を深め、夏至祭一大イベントの一つ、ダンスバトルでまさかの女王の座を勝ち取るなど、すっかり馴染んでいた。↑えぇ…「女王女王」と崇め奉られる彼女の姿にもはや何が起こっているのか分からず、打ち捨てられた子犬のような目で怯えるクリスチャンだが、彼にもとある「儀式」の魔手が迫っていた。実は、ヒゲロン毛の妹マヤがクリスチャンに好意を抱いたようで、謎の呪物をクリスチャンのベッドに忍ばせたり、陰毛入りのミートパイを食べさせたりと、密かに秋波を送っていたのだ。↑えぇ…折しもマヤは先日、交尾可能なライセンスを取得、村長のオバサンも「ン許可するぅ!」と、すっかりそういう方向で話が進んでいる様子だ。既に神経衰弱状態のクリスチャンが誘われるようにある建物に入るとそこには、産まれたままの姿のマヤと産まれたままの姿のオバサンが1ダースくらい待ち構えていた!画像は載せられんが!…遂に始まるエッチな儀式!存外体育会系なダンスバトル!ぽかぽか村に響く喘ぎ声の大合唱!そして迎える世界一惨めな賢者タイム!果たしてダニーとクリスチャンは、狂気の祝祭の果てにナニを見るのか!?…りりるらぱりるらぱむぱむぱわー!みんなエッチにな~れ!!すまない、俺らしくもなく取り乱したようだ。魔法の力で誰かをエッチにしようだなんて間違ってた。俺自身の力でエッチにしなきゃね!とにかく思わず取り乱してしまうほどに、とてつもない作品だったということだ。巷では、先日我がブログでも紹介した『ウィッカーマン』あたりと並べて語られることの多い本作。確かに、閉鎖的な村のイカれた儀式の果てに生け贄として燃やされるというおおまかな流れは共通している。(流れるようなネタバレ)しかしそれらを描き出す角度、あるいはテーマ性のようなものは全く異なり、特に本作は完全に別物と言ってよいだろう。いや、実際別物なんだから当たり前だけど。本作においてまず大きな話題になったのは、克明に描写された数々のグロシーンだろう。冒頭のやたらディテールに拘った排ガス自殺も序ノ口譲二(エロ漫画家)、ジジィババァのフライハイ並びに顔面餅つき大会、1ダースの全裸ババァによる嬌声合唱大会、肺の仕組みがよく分かる一人人体の不思議展、等々、遠慮ない直接描写のフルコースで見る者の精神を破壊しにかかってくる。映像的なところで言えば舞台となるぽかぽか村のあまりに雄大で美しすぎる風景も印象的だが、対照的にそれまでの都会でのシーンはやたら暗いトーンで描かれており、白夜のおかげで常に明るいぽかぽか村との極端なコントラストが、妙な解放感やカタルシスを与えており、村の暮らしが美しく尊いものという深層心理を植え付けられる。そんな美しすぎるぽかぽか村の風景はしかし、体と自然が一体化したり、草花が不自然に蠢いていたり、景色の一部が異空間のように歪んでいたりと、常に不自然な違和感演出が発生。白夜のため今が一体朝なのか夜なのか、ここへ来て何日が経ったのかも判然とせず、常に夢現状態な印象で、これから起こる惨劇の数々もまるで現実感がないという、見事な雰囲気作りが成功している。しかし本作の凄まじいところは、そんな絶大なインパクトを誇る映像表現の数々も、物語のもっと本質的な部分を引き立てる、あるいはカモフラージュするための映画的手段の一つに過ぎないという点にある。本作で描かんとしているものは人の心の妙、まさにヒューマンドラマ!間違いない!多分間違いないと思う。間違いないんじゃないかな?まちょっと覚悟はしておけ。(さだまさし)端的に言えば本作は、家族を失い心に深い傷を負った主人公ダニーが、全く異なる死生観の文化に触れることで、傷付いた心がどのように変化していくかを描いた物語だ。その変化を、癒しや救い、立ち直りと呼んでいいかは分からないが、最終的には劇的な変化があったことは間違いない。↑最後の意味深な笑顔。しかし実は、家族の自殺というショッキングな出来事を抜きにしても、人間関係に大いなる問題を孕んだ状態から始まっている。元々ダニーは彼氏クリスチャンへの依存心が強くかなりめんどくさい女感満載、彼氏もいい加減鬱陶しくなってきたようで実はもう一年も前から別れたいと思っている、そんな状況だ。彼女のめんどくささがピークに達するのはぽかぽか村へ行く前、自分に何の相談もなくスウェーデン旅行の日程を友達と決めてしまった彼氏をゴン詰めするシーンだ。「ねぇ、わたしだけ何も知らなかった気持ち、分かる?」「スウェーデンに行きたいって話はしたじゃん」「行きたいとは言ったけど来週出発なんて聞いてない」「…ごめん」「別に怒ってない。ただ話して欲しかっただけ」「だから謝ったじゃん」「仕方なく謝ったって感じ。悪いと思ってない」「…今日はもう帰る」「ノーノーノーノーお願い帰らないで!あなたのことを理解したかっただけなの!スウェーデン旅行最高!フー!きっといい刺激になるわ!」…めんどくせぇ…。なんというかこう、「彼女は一緒にりんごを買いに行って欲しかったの」的めんどくささをさらに煮詰めたような風情で、変にリアルなギスギス感に胃がキリキリしてくる。ただ、ここまでの会話でなんとなくお察しかも知れないが、彼氏クリスチャンも実はなかなかのクズ。問題の先送り癖があり、言い訳からの開き直りというダメ人間コンボも標準装備。彼女と一頻りもめた後、今度は一緒にスウェーデン旅行に行く友人らに何の相談もなく「ダニーも誘ったから」などと事後報告をかます。あからさまに引き気味な友人らに対してさらに、「誘ったけど多分来ないよ、うん」などと適当な希望的観測を述べるなど、グチグチと男らしくないことこの上ない。彼のクズっぷりは、唐突にぽかぽか村を卒論のテーマに選ぶ下りにも表れている。先送り癖のおかげでそもそも卒論のテーマが未だに決められていなかった彼氏クリスチャン。それがその場のノリで友人とモロかぶりになる研究テーマを選び、友人に責められれば「いや、そんなん俺聞いてないし…」と渾身の開き直り。これにはその友人も、「お前どんな神経してんだよ!逆に感心するわ!」と皮肉たっぷりにキレ散らかしていたが、俺も全くの同感だ。要するに最初から、依存心つよつよ彼女と人間のクズ彼氏という、問題もりもりカップルだったわけだが、そんな二人がぽかぽか村を訪れてからの心の変化、あるいは関係値の変化といったところも、本作の見所の一つだ。当初は、ぽかぽか村を研究すると意気込んでいたくせに次第に捨て犬のような目になっていく彼氏を尻目に、村人たちと交流を深めるのに伴って着々と彼氏から心が離れていくダニー。↑「クゥ~ン…」その象徴となるのが夏至祭のメインイベントの一つ、ダンスバトルだ。「ぶっ倒れるまで躍り続けて最後まで立ってたやつが優勝」という、想定外に体育会系なルールのダンスバトル大会。ここで見事に優勝を勝ち取るダニー(多分デキレ)だが、ヘロヘロになりながら皆と躍り狂う中で一体感を高め、最終的にはなぜかスウェーデン語が分かるようになっていた!↑拳で語り合う的な。元々依存心の強かったダニーが、何でも共有するぽかぽか村の生活スタイルの中で一体感や安心感を得ていくというのは、非常に得心のいく流れだ。しかし一方で、ホラーとして見た時にこの「何でも共有するスタイル」というのがまさに狂気の根幹で、寝食を共にするのみならず、感情まで共有していく。泣いている人に寄り添い、皆で一緒にギャン泣きするまでならまだいいが、フライハイジジィが死に損ねれば見物人も一緒に呻きながら嘆き悲しみ、燃やされている生け贄の断末魔の叫びを聞けば見物人も一緒に叫びながらのたうち回る。まさに阿鼻叫喚の地獄絵図だ。↑何やってんのこの人たち…(ドン引き)ただ、ドン引いてばかりもいられないのは、正直この世界って相手の心に寄り添う最終形態じゃん?是非とも現代社会の意識高い皆々様には本作を鑑賞頂き、「お前らが目指してる世界はここだけどほんとにOK?」と、今一度問い直してもらいたいところだ。そして、そんな共感スタイルを下地に、少しずつ外堀を埋めながらダニーをちゃんと洗脳しているというのも、振り返ってみればよく分かり戦慄を覚える。ダニーが元々抱えていた心の問題をきっちり揺さぶってくる台詞や展開も印象的に機能している。だがヒゲロン毛、テメェはダメだ。いかにも草食系みたいな顔して洗脳後はダニーと交尾する気満々で、ダンスバトルでハイになってるドサクサでチューしたりしていた!↑村の風習で許されると思うなよ!もちろん、そんな村の風習についてその他の部分でも、かなり細部にわたって世界観が作り込まれていることが伝わってくる。また、そのような設定の多くは、研究のための取材という体で視聴者につまびらかにされていく。俺の好みとしては説明台詞を多用するやり方は好きではないのだが、本作の凄いところは、どれだけ台詞で説明されてもまだまだ意味の分からない儀式や言動に溢れており、台詞で説明されている部分など氷山の一角であるというところだ。問わず語らず滲み出すゴリゴリに作り込まれた世界観というのは、逆に大層俺好みなので、思わず嬉しくなってしまう。中でも印象的だったのが、村の聖典についての供述だ。ぽかぽか村で代々受け継がれてきた門外不出の聖典「ルビ・ラダー」は、当代の村の「賢者」により新たなページが描かれ、常に発展し続けている。ではその「賢者」とは何者かと言えば、いわゆる生まれながらの障がい者。彼らは先入観や固定観念に囚われず、物事の本質を見つめることができるからだそうだ。では「賢者」が死ねばどうなるのか。また次の「賢者」が生まれるまで待つのか。村では代々、近親交配により意図的に「賢者」を産み出してきたと言う。かつては俺も、近親相姦の風習がある村を舞台にしたエロ漫画を考えていたことがあるが、障がい者を生み出すために近親相姦とはたまげたなぁ…。↑「えぇ…(ドン引き)」ご覧の通り本作は、語っても語り尽くせぬほどにゴリゴリに作り込まれた設定で、常に狂気のテンションバーン常態を維持することに成功しているわけだが、中でも狂気が最高潮となる俺的ハイライトと言えばそう、クリスチャンとマヤちゃんの交尾シーンですね!捨て犬モードで精神的に不安定な上、怪しい呪いやら精力のつくケムリの吸引やらで正常な判断力を失ってしまった彼氏クリスチャンは、誘われるようにぽかぽか村唯一のヤリ部屋へイン!↑精力のために!そこは、全裸待機するマヤちゃんの周りを全裸待機するババァ1ダースが取り囲むという、天国と地獄がいっぺんに来たような混沌とした状況。しかし、完全にガンギマり常態の若い二人はババァたちに見守られながらプラグイン!↑「はぁはぁ」↑「はぁはぁ」さすがに破瓜の痛みに悶えるマヤちゃんの手を、おそらく母親と思しきオバサン(全裸)が慈愛に満ちた表情で握りしめ、そして、まるで歌うように「ア(↓)ーア(↑)」と喘ぎ始める!↑「アー(↓)ア(↑)」↑(お前も交じるんかい…)という表情の彼氏そんなママの喘ぎソングに合わせて喘ぎ始めるマヤちゃんと、1ダースのババァたち!まさに嬌声の大合唱だ。さらに若い二人がヒートアップしてくるにつれ1ダースの全裸ババァは声だけでなくシンクロして身をよじり始める始末。気がつけば彼氏クリスチャンもリズムに合わせて「アー(↓)アッ(↑)!」と喘いでいた!極めつけはスプラッシュ直前、頃合いや良しと見た全裸ババァの一人がおもむろに後ろに回ると、クリスチャンの尻を掴んで強制ピストン開始!AVの撮影現場など足元にも及ばない混沌とした状況の中、無事に種付けスプラッシュを決めるクリスチャンなのでした。ここからさらに、急に我に返って全裸で逃走するクリスチャンの世界一みじめな賢者タイムや、彼氏のとんでもない痴態を覗き見してしまったダニーの「好きすぎて滅」ならぬ「キモすぎてゲロ」など、常軌を逸した修羅場の連続から、流れるように生け贄タイムに繋がっていく終盤の展開は逆に笑顔が溢れるレベルだ!↑まさに人を笑顔にする仕事!そんなわけで、面白すぎて気が付けば文章量がえらいことになってきた今回のレビュー。せっかくなので最後に、『ウィッカーマン』、ニコケイ版『ウィッカーマン』、『ミッドサマー』の三作品の、俺的ランキングを発表して終わりたいと思います。まずは第三位!(デデン)ニコケイ版『ウィッカーマン』やったねケイジ、銅メダルだよ!続いて第二位!(デデン)『ミッドサマー』そして栄えある一位は…(ドゥルルル)『ウィッカーマン』!もちろん今回の『ミッドサマー』は面白かったし、作品としてのクオリティは三作品の中でも圧倒的だったが、やはり初代『ウィッカーマン』には他にない独特の狂気と、有無を言わさぬ謎のパワーがあった。そして何より、性に奔放なぽかぽか島は俺的移住したい村ナンバーワン!交尾が許可制とか免許制とかマジ無理。盛りたい時に盛るのが絶対健全じゃん?これが、ランキングの最大の理由です。あ、でも、精力を高める謎のケムリは欲しいです。
マニアックホラー映画大好き人間
…m(_ _)m▼▼映画(オカルト・ホラー) ブログランキングへ
九螺ささら(くら ささら)☺️
…ー・フランスのドラ映画。 監督はダルデンヌ兄弟、出演はイディル・ベン・アディ(フランス語版)とミリエム・アケディウ(フランス語版)など。ブリュッセルを舞台に、自分が通う学校の教師を殺害しようとした13歳のイスラム教徒の少年を描いた社会派映画[4]。2019年5月に開催された第72回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞した[5]。ストーリーベルギーの首都ブリュッセルで母やきょうだいと暮らす13歳の少年アメッドは、ゲーム好きのごく平凡な少年だったが、地元の小さな食品店の2階にあるモスクに通うようになってからコーランに夢中となり、導師にそそのかされるままにイスラム過激主義に傾倒していく。そして、かつて識字障害を克服した際の恩人であるイスラム教徒の女性教師イネスとの「さよならの握手」ですら「大人のムスリムは女性に触らない」と拒否するようになる。そんなアメッドを母は厳しく叱るが、父が家族を捨てて家を出て以降、ベールを捨て、酒を飲むようになった母の言葉にアメッドは耳を貸さない。そんな中、イネス先生が歌を通じて日常会話としてのアラビア語を学ぶ授業を提案したことに、聖なる言葉を歌で学ぶなど冒涜的として導師はイネス先生を背教者と断じ、さらに彼女を「聖戦の標的」とまで言う。この言葉にアメッドはイネス先生を殺すことを考えるようになる。アメッドはナイフを忍ばせてイネス先生のアパートを訪ね、部屋から出てきたイネス先生に襲いかかるが、彼女はかろうじて部屋の中に逃げ込み、難を逃れる。アメッドは導師のもとに逃げ込むが、慌てた導師はアメッドに、モスクと家族のために自首し、教師を殺そうとしたのはネット上の導師の影響だと言えと、自分との関係を否定するように指示する。こうしてアメッドは少年院に入ることになる。少年院にはアラビア語を理解する先生もいるが、頑なな態度は変わらない。更生プログラムとしての農場作業では、動物に触れることも、親切にされることも受け入れられない。面会で訪れた母は元のアメッドに戻って欲しいと泣く。そして、兄弟やイネス先生らの証言で導師が既に逮捕されたこと、またイネス先生がアメッドとの面会を望んでいることを告げる。この日を境にアメッドの態度は変わり、農場作業にも積極的に臨むようになる。しかし、これはイネス先生との面会を1日も早く実現させ、その際に彼女を殺すためだったのである。農場から盗んだプラスチック製の歯ブラシを削って作った凶器を忍ばせ、アメッドは従順なふりをしてイネス先生との面会の日を迎える。ところが、アメッドの姿を一目見たイネス先生が感情を高ぶらせて興奮状態に陥ってしまったことから面会は中止となる。農場での作業を続ける中でアメッドは農場の娘ルイーズと少しずつ打ち解けあっていく。そして、ルイーズにキスを迫られたアメッドは、一旦は拒みつつも受け入れてしまう。しかし、イスラムの教えに反したとしてアメッドはルイーズにイスラム教への改宗を迫る。そんなアメッドに幻滅したルイーズの「天国も地獄もない」との言葉に怒ったアメッドは彼女を突き飛ばしてしまう。さらに、農場からの帰途で脱走したアメッドはイネス先生のいる学校に向かい、その場にあった金具を凶器として使うために盗むと、建物の中に入るために2階によじ登るが、誤って落ちてしまう。怪我で身体の自由が効かなくなったアメッドが救いを求めて口に出して呼んだのは母親だった。そして、凶器にするはずだった金具で音を立てたアメッドのもとにかけつけたイネス先生の手を握り、アメッドははじめて謝罪の言葉を口にする。キャスト アメッド:イディル・ベン・アディ(フランス語版) イネス先生:ミリエム・アケディウ(フランス語版) 教育官: オリヴィエ・ボノー ルイーズ: ヴィクトリア・ブルック - 農場主の娘。 アメッドの母親:クレール・ボドソン(フランス語版) 導師: オスマン・ムーメン作品の評価映画批評家によるレビューアロシネによれば、フランスの24のメディアによる評価の平均点は5点満点中3.7点である[6]。Rotten Tomatoesによれば、批評家の一致した見解は「『その手に触れるまで』はダルデンヌ兄弟の最も成熟した作品ではないが、堅実な演技と社会的意識の高いストーリーが欠点を補っている。」であり、82件の評論のうち高評価は59%にあたる48件で、平均点は10点満点中6.5点となっている[7]。Metacriticによれば、21件の評論のうち、高評価は13件、賛否混在は8件、低評価はなく、平均点は100点満点中66点となっている[8]。★ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ - Wikipedia2025年(右がジャン=ピエール、左がリュック)Luc Dardenne"},"別名義":{"wt":""},"出生地":{"wt":"{{BEL}} [[リエージュ]]"},"死没地":{"wt":""},"国籍":{"wt":""},"身長":{"wt":""},"血液型":{"wt":""},"生年":{"wt":""},"生月":{"wt":""},"生日":{"wt":""},"没年":{"wt":""},"没月":{"wt":""},"没日":{"wt":""},"職業":{"wt":"[[映画監督]]、[[脚本家]]、[[映画プロデューサー]]"},"ジャンル":{"wt":"[[映画]]"},"活動期間":{"wt":"[[1978年]] -"},"活動内容":{"wt":""},"配偶者":{"wt":""},"著名な家族":{"wt":""},"事務所":{"wt":""},"公式サイト":{"wt":""},"主な作品":{"wt":"『[[ロゼッタ (映画)|ロゼッタ]]』<br />『[[ある子供]]』<br />『[[ロルナの祈り]]』<br />『[[少年と自転車]]』"},"カンヌ国際映画祭":{"wt":"'''[[パルム・ドール]]'''<br />[[第52回カンヌ国際映画祭|1999年]]『[[ロゼッタ (映画)|ロゼッタ]]』<br />[[第58回カンヌ国際映画祭|2005年]]『[[ある子供]]』<br />'''[[カンヌ国際映画祭 審査員特別グランプリ|グランプリ]]'''<br />[[第64回カンヌ国際映画祭|2011年]]『[[少年と自転車]]』<br />'''[[カンヌ国際映画祭 監督賞|監督賞]]'''<br />[[第72回カンヌ国際映画祭|2019年]]『[[その手に触れるまで]]』<br />'''[[カンヌ国際映画祭 脚本賞|脚本賞]]'''<br />[[第61回カンヌ国際映画祭|2008年]]『[[ロルナの祈り]]』<br />[[第78回カンヌ国際映画祭|2025年]]『[[そして彼女たちは]]』<br />'''75周年記念賞'''<br />[[第75回カンヌ国際映画祭|2022年]]『[[トリとロキタ]]』<br />'''[[エキュメニカル審査員賞]]'''<br />2025年『そして彼女たちは』"},"ヴェネツィア国際映画祭":{"wt":"'''[[:fr:Prix_Robert-Bresson|ロベール・ブレッソン賞]]'''<br>[[第68回ヴェネツィア国際映画祭|2011年]]"},"ヨーロッパ映画賞":{"wt":"'''[[ヨーロッパ映画賞 脚本賞|脚本賞]]'''<br />[[第24回ヨーロッパ映画賞|2011年]]『[[少年と自転車]]』<br/>'''ドキュメンタリー賞'''<br/>1997年 『''Gigi, Monica... et Bianca''』"},"全米映画批評家協会賞":{"wt":"'''[[全米映画批評家協会賞 非英語作品賞|外国語映画賞]]'''<br />[[1997年]]『イゴールの約束』"},"ロサンゼルス映画批評家協会賞":{"wt":"'''[[ロサンゼルス映画批評家協会賞 非英語作品賞|外国語映画賞]]'''<br />[[1997年]]『イゴールの約束』"},"備考":{"wt":""}},"i":0}}]}" id="mwAg" typeof="mw:Transclusion"> 主な作品 『ロゼッタ』 『ある子供』 『ロルナの祈り』 『少年と自転車』 お知らせ私が文を書きました福音館書店こどものとも2026年3月号「ジッタとゼンスケ はなみにいく」が発売中です登場人物たちが本当に生きて動いているような絵を描いてくださったのは、令和の広重・天才絵師の くりはらたかしさんですお手にとられた方は、どうぞ隅々までその絵をお楽しみくださいませこどものとも 2026年3月号 - 紀伊國屋書店ウェブストア|オンライン書店|本、雑誌の通販、電子書籍ストアジッタとゼンスケ はなみにいく|福音館書店オオカミの兄弟、ジッタとゼンスケは花見をするために、山から町へやってきました。茶店でひとやすみしていると、ねこの女の子がかけこんできて、迷子の弟を探しているといいます。ジッタとゼンスケは迷わず迷子探しを引き受けることに。果たして、迷子のねこの男の子は見つかるのでしょうか? 新感覚時代劇絵本第2弾。私が文を書きました福音館書店かがくのとも11月号「よる IN THE NIGHT」が発売中です吸い込まれるような素晴らしい絵は、嶽(だけ)まいこさんによるものです折込付録の嶽まいこさんのポスター「よるのまち」の裏には、「夜という不思議な世界」という文を書いております。冬の夜長のお供にどうぞよる|福音館書店子どもたちにとって最も身近な未知の世界、「夜」を描いた絵本です。誰もいない公園、真っ暗な路地、点滅を繰り返す夜間信号、工事中の大通り……。やがて夜明けがやってきて、世界は少しずつ色と形を取り戻していきます。子どもたちがぐっすり眠っている間の知られざる夜の世界を、精緻な言葉と美しい絵で描きます。【5~6才向け】かがくのとも|月刊絵本のご案内|福音館書店嶽 まいこ / Maiko Dake私が文を書きました福音館書店こどものとも「ピッテラトッコキャンプにいく(PITTERA-TOKKO'S CAMPING)」が発売中ですとっても可愛い絵は、おくやまゆかさんによるものです。おくやまゆか Yuka Okuyama(@yuka_okuyam) • Instagram写真と動画折り込みふろく「絵本のたのしみ 作者のことば」には、「夏休みの本栖湖(もとすこ)キャンプ」と題して、子どもの頃の思い出を書いています☆どうぞよろしくお願いいたしますhttps://www.fukuinkan.co.jp/maga/detail_chuこどものとも年中向き 最新号のご案内2025年9月号ピッテラトッコ キャンプにいく ピッテラトッコは、ちっちゃなリスのコックさんです。ある日、ピッテラトッコはとんがり山の湖へキャンプに行くことにしました。山へ向かっていると、助けを求める子ウサギたちの声。腹ぺこな子どもたちのために、ピッテラトッコはありものの材料で絶品料理をふるまいます。おどろくほど手際よくおいしい料理を作ってくれる、心優しいコックさんの物語。2025年9月号ピッテラトッコ キャンプにいくくら ささら文おくやま ゆか絵わたしが文を書きました、福音館書店こどものとも 5月号の「ステッドのホテル STED , A KANGAROO HOTELIER」、発売中です絵本をお手にされた方は、見るとハッピーになる嶽(だけ)まいこさんの絵を、どうぞ隅々までお楽しみになってくださいませカンガルーのステッドは、丘の上の小さなホテルで働いています。ホテルの仕事は、毎日がハプニングの連続。今日も、屋上で干していたシーツが風に飛ばされそうになったり、夕食の時間に停電になってしまったり……。次々と起こるトラブルをステッドが華麗に解決していきます。なんでもこなせるステッドの仕事ぶりを軽快に描きます。【5~6才向け】こどものとも|月刊誌のご案内|福音館書店来年は小学生! 「こどものとも」では、物語、ことばあそびに加え、新しい表現手法の絵本や、ひとりで読むには文章が少し長い作品もお届けします。文字が読める子どもたちも増えてきますが、あえて「自分で読む」ではなくお母さんやお父さん、身近な大人に読んでもらって楽しむことを大切にした絵本をお届けします。www.fukuinkan.co.jpこどものとも (2024年5月号)ステッドのホテル|www.kinokuniya.co.jpステッドのホテル (こどものとも2024年5月号) | くら ささら, 嶽 まいこ |本 | 通販 | Amazon絵本をお手に取られた方は、嶽(だけ)まいこさんのレンブラントのような光と影の表現を、どうぞご堪能なさってくださいませ嶽 まいこ / Maiko Dake (dakemaiko.com)嶽 まいこ/ Maiko Dake (@mk_dake) / X (twitter.com)レンブラント・ファン・レイン - Wikipedia「クックククックレストラン」こどものとも年中向きも引き続き発売中です家族みんなでレストランに来ました。注文したのは、ハンバーグ、ナポリタン、ミックスピザに、特製デザート! クックククック、さあ作ろう! シェフたちが自慢の腕をふるって、ごちそうを作ります。つぎつぎと料理ができあがっていく過程を、弾むような言葉と踊るような絵で、美味しく楽しく描いた作品です。【4~5才向け】こどものとも年中向き|月刊誌のご案内|福音館書店 (fukuinkan.co.jp)福音館書店(ふくいんかんしょてん) (fukuinkan.co.jp)心のこもった温かく素晴らしい絵を描いてくださったのは、優しい天才イラストレーター、嶽(だけ)まいこ さんですお手にされた方は、嶽さんが描くおいしそう過ぎる絵を、どうぞ隅々までお楽しみになってくださいませ嶽 まいこ / Maiko Dake (dakemaiko.com)嶽 まいこ / Maiko Dake (@mk_dake) / X (twitter.com)福音館書店こどものとも7月号「ジッタとゼンスケ ふたりたび」発売中ですこどものとも (2023年7月号)ジッタとゼンスケ ふたりたび|www.kinokuniya.co.jpジッタとゼンスケ ふたりたび (こどものとも2023年7月号) |くら ささら, くりはら たかし |本 |通販 |アマゾンオオカミの兄弟、ジッタとゼンスケは、大仏さまをおがむために、はるばる都にやってきました。その道中で、ふたりは氷をキツネのお殿様に届ける仕事を任されることに。しかし、行く先々には数々の困難がふたりを待ち構えていました。果たしてふたりは、氷が溶けないうちにお城にたどりつけるのでしょうか? 新感覚時代劇絵本。ジッタとゼンスケ ふたりたび|福音館書店ジッタとゼンスケ ふたりたび。子どもたちに長く読み継がれる絵本・童話・科学書を作り続けている福音館書店の公式サイト。www.fukuinkan.co.jp【5~6才向け】こどものとも|月刊誌のご案内|福音館書店 (fukuinkan.co.jp)「ひゃくえんだまどこへゆく?」コインの世界一周の旅発売中です男の子がジュースを買おうと、100円玉を自動販売機に入れようとしたその瞬間......。100円玉がおっこちた! 100円玉は、ころころころころ、坂を転がって、トラックに運ばれたり、空を飛んだり、海に落ちたり。しまいには南極にたどり着いたり......! いったいどこまで行ってしまうのでしょうか? 小さな100円玉の壮大な冒険を描いた絵本です。ひゃくえんだま どこへゆく?|福音館書店ひゃくえんだま どこへゆく?。子どもたちに長く読み継がれる絵本・童話・科学書を作り続けている福音館書店の公式サイト。www.fukuinkan.co.jpくらささら名義の他作品🐪「ひみつのえんそくきんいろのさばく」🐪ひみつのえんそく きんいろのさばく|福音館書店ひみつのえんそく きんいろのさばく。子どもたちに長く読み継がれる絵本・童話・科学書を作り続けている福音館書店の公式サイト。www.fukuinkan.co.jpひみつのえんそく きんいろのさばく (こどものとも2022年8月号) |くら ささら, 木内 達朗 |本 |通販 |アマゾン以下、九螺ささら名義の著書です神様の住所 |九螺ささら |本 |通販 |アマゾンきえもの |九螺 ささら |本 |通販 |アマゾンゆめのほとり鳥 (新鋭短歌シリーズ40) |九螺 ささら |本 |通販 |アマゾン
連ドラについてじっくり語るブログ
…いましたね。最終回評価は…8
…落てましたね。8話評価は…8
むぅびぃ・とりっぷ
モデルでタレントのローラが6月18日、自身のInstagramを更新し、プロデュースするファッションブランド『StudioR330』を7月末で終了すると発表しました。同ブランドには、ローラの価値観や理念が色濃く反映されています。Instagramでは《「地球に優しく、自分にも優しくあること」という想いを大切に、ロサンゼルスのチームと共にサステナブルなファッションを追求してきました》と説明しており、環境に配慮した素材を採用しながら、丁寧なものづくりを続けてきました(ファッション誌エディター)。自身の哲学を形にしてきたブランドの終了は、大きな決断といえるでしょう。その背景には、どのような心境の変化があったのでしょうか。ローラは2010年頃から数多くのバラエティ番組に出演し、人気タレントとして確固たる地位を築きました。当時は抜群のスタイルと洗練されたファッションセンスを兼ね備え、親しみやすいキャラクターでも注目を集めました。誰に対しても自然体で接する姿勢やユーモアあふれる受け答えは、多くの視聴者に愛されていました。番組では共演する芸人たちをしのぐ存在感を発揮することもあり、ある女性芸人が「ローラに全部(笑いを)持っていかれる!」と嘆くほどだったといいます。ローラ自身も後に、「1年に200本以上番組に出ることが何年も続きました」と振り返り、当時の過密なスケジュールを明かしています。しかし、その華やかな活躍の裏で、休みなく続く仕事は本人も気づかないうちに大きな負担となっていたようです。6月11日にYouTubeチャンネル『TEDx Talks』で公開された動画では、多忙な日々を送りながらも仕事を楽しんでいたある時期に、突然朝起きても何も楽しみを感じられなくなったと語っています。さらに睡眠薬が欠かせなくなり、強いストレスによる歯ぎしりで歯にひびが入るなど、心身にさまざまな不調が現れました。日常生活にも影響が及ぶなか、ローラが選んだのは、自分を誰も知らないアメリカで新たな生活を始めることでした。当時について、ローラは次のように振り返っています。「なんだか立っているだけですぐに疲れて、いつも横になっていました。大好きだった料理もやる気が起きず、キッチンに立つ力も出なかったのです。そんな日々が続き、“これは何だろう”と思っていたら、“ああ、私は今うつ病になっているんだ”と気づきました」その後、ロサンゼルスへ移住し、少しずつ心身のバランスを取り戻していったとみられます。また、2025年3月17日のInstagramでは、本名が「佐藤えり」であることを公表。《私の佐藤家の祖先が眠る新潟で、雑穀やお米、野菜たちを育てることを決めました》と投稿し、日本で農業に取り組むことを報告しました(ファッション誌エディター)。農業に挑戦するローラが、その活動や暮らしをSNSで発信する意義は大きいでしょう。農業には「きつい」「汚い」「稼げない」といったいわゆる「新3K」のイメージが根強くありますが、ローラの発信はそうした固定観念を変えるきっかけになる可能性があります。さらに、これまでファッションやライフスタイルで注目を集めてきたローラが農業という新たな分野に取り組むことで、メディアや世間の関心も改めて集まりそうです。参照:《人気絶頂の裏にあった葛藤》ローラがブランドを終了し、日本で「畑を耕す」と決めたワケ ローラ、農業転身のウラに「嘔吐・パニック・睡眠薬」うつ発症…“多忙すぎた芸能人生”
jp-prepperのブログ
…ルティグッズ 人気おすすめ 送料無料楽天市場
animemangaeigagasukiのブログ
…rmal Woma映画の紹介です2025年インドネシア映画ジャンルは…心理スリラーになるのか?※ネタバレ注意※何でもOKならどうぞ◆監督ラッキー・クスワンディ◆出演者マリッサ・アニタディオン・ウィヨコジゼラ・アナスタシアハッタ・ラハンディ◆あらすじ裕福な生活を送るなか、正体不明の病に侵され人生が狂い始めた1人の女性。自我も何もかも崩壊してしまう前に、彼女はその病の裏に隠された謎を解き明かすことができるのか?◆感想まず間違いなく観なくて良い(笑)本国のインドネシアだとウケるのか?面白いってなるのだろうか?🤔それだけが気になる🤔インドネシア映画はアクションの凄い作品が多いイメージだが、アクション以外はあんまりなイメージもある🤔心理スリラー(ホラーなのか?)う〜ん…よく分からんなぁ…とにかく観てて不快・不愉快。さっさと家出しろよとしか…あんな家族なら捨てちまえ!メッセージ性のある作品かなぁ…面白さは度外視な気もする…ルッキズムやインドネシア社会への風刺的なものでもあるのかな?🤔まぁ…いいや(笑)どうせすぐに忘れちまうだろうからな!面白くなければそんなもんよ!ぜってぇ観なくて良い!時間の無駄。面白くないものを観たいならどうぞ😉
日本と芸能事が大好きな Ameyuje のブログ
…』を読み終えてから映画化されたものを観るまで かなり待たされたことで期待が大きくなり過ぎてしまったからか、映画鑑賞後の私の心には、物足りなさであったり、「ここは残念やったなぁ…」と思ったりする部分が残りました。 で、ここは「ブログ記事を2つ分書けるから ま いいか」と自分を誤魔化す事にいたしました。 『黒牢城』という作品の基本構図を記しますと、 舞台は、織田信長に反旗を翻した荒木村重の有岡城(現在 城址跡を残す伊丹城)。城の外は織田勢の大軍に囲まれていて、城内では裏切り者の影が疑われるような殺人や怪事件が起きます。 村重は敵方の軍師でありながら地下牢に幽閉している黒田(小寺)官兵衛に謎解きを頼む…という構図になっていて、公式サイトのあらすじでも「城という密室」「城外は敵軍、城内には裏切り者」「危険な天才軍師・黒田官兵衛と謎に挑む」と説明されています。 ドラマの面白さの中心は、「城主の村重は官兵衛を利用しているのか?」「官兵衛は村重を助けているのか、追い詰めているのか?」「事件の真相は、誰かある一人の犯人探しなのか? それとも城全体の破綻の表れなのか?」と読者・観客に感じさせる運びにあるようです。ここが鑑賞ポイントだ!その1 本木雅弘さんが演じた荒木村重を「悪人」ではなく「追い詰められた統治者」として見るべし! 荒木摂津守村重は、歴史上では「信長を裏切り、最後は城ごと家来たちをも捨てた人物」として語られがちであり、私 雨爺さんの村重観もそのままです。 しかしながら『黒牢城』と言う作品中においては、単なる裏切り者というよりは、守るべき城、人質、家臣、妻、宗教的信念、政治的判断のすべてに挟まれて、それらの圧力によって壊れていく人物として描かれます。 本木雅弘さんの村重は、おそらく、「威厳ある領主・武将」というよりは、「自分の選択が正しかったのか?」と問い続ける男として見ると面白いのでしょう。 村重が事件を解くたびに城内の真実へ近づく一方で、自分の謀反の正当性がその真実によって削られていく…というのが村重にとって苦い部分です。ここが鑑賞ポイントだ!その 2 菅田将暉さんが演じた黒田(小寺)官兵衛は、村重にとっての「名探偵」の役回りに立つのだが、救い主ではなかった! 黒田官兵衛は地下牢に閉じ込められた“自らは動けぬ探偵”のような役回りになっていて、原作では、「村重が事件の状況を官兵衛に語ることで、官兵衛がその情報から推理する」というスタイルが大きな魅力になっています。 ただし、官兵衛は現代ミステリーの探偵のように「事件を解いて秩序を回復する人」ではありません。官兵衛はむしろ、事件を解くことで「村重に城の中の矛盾、人間の弱さ、政治判断の限界を突きつけていく」存在になっています。 本木雅弘さんと菅田将暉さん二人のシーンの見どころは、剣で斬るのではなくて、言葉によって、舌鋒鋭く相手の精神を斬る対決になっているところだと思いました。ここが鑑賞ポイントだ!その 3 本作品は「戦国版の密室ミステリー」だが、密室は部屋ではなく城そのものだった! 原作の各章では、いかにも本格ミステリーらしい謎が提示される構成になっています。 たとえばそれらは、・雪の庭に足跡がないのに少年が殺される「雪夜灯籠」、・大将首の取り違えや首のすげ替えが起きる「花影手柄」、・密使の僧と護衛が殺される「遠雷念仏」、・鉄砲玉の謎が出る「落日孤影」…などです。 しかし映画では、全部の謎を細かくパズルとして追うよりも、「閉じ込められた集団が、どうやって自分たちを疑い始めるか」として見るのがよさそうです。 城外には敵の織田軍。そして城内にも裏切り者がいるかもしれず、逃げ場がない。 そのことによって一つの事件が、軍事・宗教・忠義・手柄・身内の信頼を全部揺さぶる。ここが普通の推理ものと違うところになっていますここが鑑賞ポイントだ!その 4 黒沢清監督の時代劇として観るべし! 黒沢清監督は『CURE』『回路』『クリーピー』『スパイの妻』といった作品群で知られる監督で、今回が ご自身初の時代劇とされています。映画.comでも「黒沢清が初の時代劇に挑んだ作品」だとして紹介しています。 これはかなり重要なことで、黒沢清監督作品だからこそ、派手な合戦や大チャンバラよりも「暗がり、沈黙、距離感、空間の不穏さ」といったあたりに注目すると楽しめることでしょう。 AP通信の記事でも、「この企画は一般的な時代劇のような剣戟や屋外の大規模アクションではなく、城内の閉塞感を軸にした不穏な語り口になる」という趣旨が紹介されていました。 つまり「戦国映画」を期待して行くよりも、黒沢清のサスペンスが、たまたま戦国時代の城内で起きているんだ…くらいの観方をする方が合いそうです。ここが鑑賞ポイントだ!その5 147分の「会話劇」として覚悟して観るべし! ネットで見られる海外評には、『この映画はかなり「会話が多い」、「人物関係を追うのが難しい」』などと書かれています。一方で、Varietyは「優雅で引き込まれる翻案」と評していたり、RogerEbert.comでは『147分にわたって会話が多く、人物関係を逐一追うよりも黒沢清の演出を一場面ずつ味わう方が楽しめる』という趣旨で評されていました。 ですので、映画を観る前には最低限 次の関係は押さえておくべきだと思います。それは、荒木村重=信長を裏切って有岡城に籠城した城主。黒田官兵衛=説得に来たが捕らえられた織田方の軍師。千代保=村重の妻で、村重の精神的支柱。荒木久左衛門=村重の腹心。郡十右衛門=村重の隠し刀的な存在。雑賀下針=鉄砲・狙撃に関わる重要人物。 このあたりの登場人物を把握していると、他の細かな武将名が全部入らなくても大丈夫だと思われます。 とにかくこの映画の見どころは「村重はなぜ敗れるのか?」という描き方でしょうね。 原作ベースのネタバレになりますが、物語は単に「怪事件の犯人を当てる」だけでは終わりません。結局、村重は毛利の援軍を得るために有岡城を出ますが、(映画では以降の物語は割愛されますが)脱出は織田方に知られて有岡城は落城し、妻の千代保をはじめ多くの妻子や親族が信長の命令によって尼崎の七松で処刑されます。一方、長きにわたり最悪の環境下で幽囚されていた官兵衛は落城後に救い出されます。 史実は非常に残酷でしたが、 この戦国サスペンスにおいても、事件を解いても、城は救われないのです(当然ぢや!)。 真相が明らかになっても歴史の大きな流れは止まらないのですね。 映画の終わりの方で 千代穂が自分の過去、村重に出会う前に体験した「織田信長と伊勢長島(現在の三重県桑名市)一帯の本願寺門徒との間で起こった合戦、長嶋の一向一揆」当時の事を思い出して錯乱するシーンがありました。 この作品では、「怖さのひとつ」として「謎が解けること」と「人が救われること」とは別であるという点が描かれていました。 その意味で、繰り返しになりますが、閉ざされた有岡城の中で、人間の理性・忠義・信仰といったものが少しずつ崩れていく映画として観ると味わいが深くなるかもしれません。 注目したいのは、村重が事件を解決するたびに強くなるのではなくて、むしろ追い詰められていくという描写です。 普通のミステリーならば、探偵が真相に近づくほど世界が整理されるものですが、『黒牢城』では真相に近づくほど、城主の足場が崩れていくのですね。 そこが米澤穂信作家の描きたかったであろう苦さであり、黒沢清監督の演出が求めたところなのかもしれません。結局「心を読め」と言う事なんですね。執筆者への愛のムチを頂けましたら幸甚ですにほんブログ村
ホラーと共に・・・・
4135作目は映画自体が面白く無いので内容がほとんど入ってこなかった作品を…。『地獄のサマーキャンプ』2023年アメリカ、カナダ作品。ーあらすじー24歳の無職の青年ジェイソンはキャンプスタッフとして働くため、人里離れた森の中にあるキャンプ・パインウェイにやって来る。キャンプ場には同じくスタッフを務める若者たちが次々と集まるが、静かな森の奥には仮面をつけた恐ろしい殺人鬼が潜んでおり、若者たちを1人また1人と血祭りにあげていく。ー感想ー小ネタで笑わせようとしてるのがなんと無く分かりましたが自分には終始つまらなくてギブアップしたくなりました。お話は参加者の男女の2人が犯人でしたが最後は主人公達が倒した所でエンドです。一生懸命笑わせようとしているのでしょうが面白く無くキャラクターが狙いすぎててお寒いですね。お寒いニートの主人公がジェイソンという名前も製作者は受けるとでも思っているんですかね。登場人物もキャラクターが多い割には薄いので一人一人が薄いので中間あたりは誰が殺されたの?と置いてきぼりくらいました。せめて殺人鬼コンビだけでも個性が有れば良いんですが有名になりたかっただけど言うのも動機付けが弱いです。しかも見ている人があまりいないのか感想の参考にしようかなと思いましたが参考にありませんでした。内容に入っていけないせいで感想は少ないですが仕方ないし参考にしても1〜2行感想が増えるだけなので問題無いですね。滑っているホラーコメディーは大体面白く無いのでもし滑り気味だったらギブアップしようと思います。そんな感じでロクな感想も書けないような内容なので自分からはお勧めしません。サマー・キャンプ (文春文庫)Amazon(アマゾン)
たくさん共感されています
みたたの日常と映画ざんまいそしてディズニー!
…ネタバレ セガール映画ですから心置きなくしてみました敬称略監 督 アンドルー・デイヴィス製作総指揮 J. F. ロートン ゲイリー・W.・ゴールドスタイン製 作 アーノン・ミルチャン スティーヴン・セガール スティーヴン・ルーサー脚 本 J. F. ロートン音 楽 ゲイリー・チャンケイシー・ライバック: スティーヴン・セガールウィリアム・ストラニクス: トミー・リー・ジョーンズピーター・クリル: ゲイリー・ビュウズィージョーダン・テイト: エリカ・エレニアックドーマー: コルム・ミーニイアダムズ艦長: パトリック・オニールベイツ提督: アンディー・ロマーノトム・ブレイカー: ニック・マンキューゾニック・ガーザ大佐: デイル・ダイタックマン: デイミアン・チャパシャドウ: エディー・ボー・スミス・ジュニアテイラー少尉: グレン・モーシャワーピット: リチャード・ジョーンズラミレス: レイモンド・クルーズグレンジャー: トロイ・エヴァンズフリッカー: デイヴィッド・マックナイトハリス中佐: バーニー・ケイシーグリーン少佐: ジョン・レトガーナッシュ二等兵: トム・ウッドキュー・ボール: リー・ヒントン あの、製作のアーノン・ミルチャン、例によって変換したら「アーのん・ミルちゃん」てなりまして、なんか女の子が二人おる、てなりました。めっちゃ笑いましたけど、この方プロデューサーとしてはとっても偉大な方です。すみません。 それから、ピーター・クリル役のゲイリー・ビュウズィー。なんか聞き慣れない人が、て思われるかもしれませんが、一般でいうゲーリー・ビジーのことです。人の名前ですのでね、発音に忠実にしておきます。もちろんわたしがそれやるの、発音を知ってる人だけですけど、そこはご容赦ください。すみません(二度目)。 もっと言うとスティーヴン・セガール。ラストネームは「SEAGAL」ですからそのまま忠実に標記すれば「シーギャル」か「セギャル」になるんじゃないかと思うんですけど、じつはわたしこの方の本当の発音は知らないので、ここだけはいつもの標記にしておきます。どなたかわかる方おられたら教えてください。よろしくお願いいたします。 えと、ということで、スティーヴン・セガールの映画です。 1988年の「刑事ニコ 法の死角」で華々しく(?)主演デビューを飾りまして、なんか日本語しゃべるし合気道やってるし、そもそも映画の中でのその無敵ぶりが日本人にウケて、「ハード・トゥ・キル」、「死の標的」なんかでその地位を確立して、「刑事ニコ 法の死角」と同じアンドルー・デイヴィス監督との2作目が本作、ということですね。スティーヴン・セガールの代表作ですよね。 わたし本作、社会人になってからの公開だったですけど、ない時間を割いてまで映画館に観にいきましたからね、そうとう楽しみにしてたんやな、て今さらながら思い出しました。 そのわたしの期待にたがわず、まあこれハデだし無敵ぶりには輪がかかってるし、そもそも悪役のふたりなんてとても合気道なんかやってなさそうですからね、案の定スティーヴン・セガール、笑ってまうくらいに強くって、愉快痛快な名作となったのでした。 イヤないいかたすれば、やりたい放題、てことなんでしょうけれど、スティーヴン・セガールはそれでいいのよ、なんて風潮は本作からだったのかもしれません。 スティーヴン・セガール、最近はもう74歳ということもあるのでしょうけれども、ブクブクに太ってしまって見る影もなくなっちゃってましてね、そのおかげで若い人なんかはスティーヴン・セガールてだれ?みたいな人もけっこういるでしょうし、だからそんな人にも観てもらいたい一品ではあります。↑さっそく出てきましたよ、スティーヴン・セガール(左)。 出たがりですからね、セガール。まあそれはそれとして、もったいぶらんでもセガールはみんな知ってますからね、もったいぶるほうがムダとは言えますね。↑艦長のパトリック・オニール。 本作が遺作となってしまいました。64歳だそうですよ。わたしあと4年しかないです。呼吸不全で、だそうですからやはりタバコだったのでしょうかね。みなさんほんといつも言いますけど、ご自分の身体は大切にしてください。↑こちらがゲイリー・ビュウズィー。 ここではまだ悪いヤツなのかいいヤツなのかはわかりませんけど、まあ悪いヤツなんでしょう。いいヤツの役なんて観たことないですからね。それにしてもとてもヤク中には見えないんですよね。ザンネンでしかありません。 話は、戦艦ミズーリが退役するってことになって、ハワイでその記念式典が行われて、そこからサンフランシスコへの最後の航海をする、と。その航海中には艦長の誕生パーティーがあるんですけどそこでなにやらひと悶着、てことのようです。戦艦ミズーリってのは、第二次世界大戦で日本軍がその甲板で降伏して、その後湾岸戦争でも活躍した、て言うとりますけど、ほんとにあった戦艦かどうかはわたしは知りません。でもその甲板で日本軍が降伏したって言ってますからね、本当にあった戦艦なんでしょう、きっと。 そこで我らがスティーヴン・セガールですけども、↑闘うコックさんです。 やけに似合ってますけどね、コックさんのコスプレ。 もとからコックさんだった、というわけではなくって、やっぱりそこは無敵の軍人だったそうですよ。まあそらそうやわな、とはなります。なんかどっかの戦争で通信部の連ミスで自分が率いる部隊の大半が死んじゃって、マジ切れしたスティーヴン・セガールが通信部の上官をぶん殴って閑職に回されていたところを、それを知った艦長がコックとして雇った、ということだそうで。 どうでしょう、ムリないっちゃないですけど、あるっちゃあるていう感じですかね。でもそれはセガールの映画ですからね、すべて許容範囲ではあります。なんかトクしとるなて気もしないでもないですけど、そう思わせるセガールがすごいんだと思うことにいたしましょう。↑ブッシュ大統領、ご本人映像です。↑レイモンド・クルーズも出てますね。 「ラ・ヨローナ ~泣く女~」に出ておられましたよ。それほど大して光るものがあるってわけでもないですけど、なんか印象に残る役者さんなんですよね。本作ではコック仲間として頑張っておられました。↑こちらの方はコックでも相変わらず上官に逆らっておられますね。 いえ、それが悪いんでなくて、とにかくいちいちやり込めちゃいますからね、なんか痛快なんですよ。まったくイヤ味がないです。↑テイラー少尉(グレン・モーシャワー)は恥かかされて気の毒ですけどね。 そうこうしてますと厨房にゲイリー・ビュウズィーがやってきて↑ひと悶着です。 ここで、ああこやつがいろいろしでかすんやな、となりました。 まあわかりきったことですけどね、ただ展開的にはほんとに自然です。テンポもいいし。とにかく余分なところがなくってほんと安心して観られます。 ということでとりあえずここで↑こうして闘うコックさんぶりを魅せておく、とうことになります。 これはもう「セガールあるある」というよりは「お約束」なんでしょうね。だから観ているこちらも、よっしゃあ、てなりますよ。 このあとセガール様はいったんこの場を収めるべく自ら捕まって冷凍庫に監禁されることとなりますが、さすがセガール様、じぶんの活躍の場をとても自然に当たり前のように演出しているわけですね。ほらほら楽しいだろ、的な。このあとどうやってここから脱出するんだろ、てもうのめりこむしかないじゃないですか、こっちは。素晴らしいです。 そんな折、ミズーリには誕生パーティーの余興にってことで、↑ミス・ジュライとトミー・リー・ジョーンズ(後ろのグラサン)がやってきました。 わたしこのトミー・リー・ジョーンズ、本作観るまでにジョン・カーペンター監督の「ブラックライダー」と、ジーン・ハックマン主演の「ザ・パッケージ」で観て知ってたんですけど、この容貌には椅子からずり落ちそうになりましたね。まったくイメージが合ってないですからね。けっきょくその違和感は最後まで消えなかったので、さすがにこのキャスティングはないやろ、てなりましたね。 ミス・ジュライのエリカ・エレニアックはほんまもんのプレイメイトですけど、これだけカワイイとそりゃ映画界はほっとかないよな、て感じですね。いろんな映画に出ておられますが、一番驚いたのは「E.T.」のプリティ・ガールの役でしょうかね。ウィキで調べてビックラでした。これ「E.T.」のクレジットにも「プリティ・ガール」て書かれてたんですかね。当時13歳ですよ。こんど観なおさなアカンと思いますけど、なんにせよそのプリティ・ガールがまさかプレイメイトになるとはさすがのスピルバーグも予想だにしてなかったでしょうね。↑いやどう見ても怪しすぎます。 役が合ってないってのはわざとなんですかね。そう思わせるほど合ってないです。笑ってしまいました。↑なんかバンドでハーモニカ吹いたりしてましたけど、 どう見ても吹いてないですし、違和感しかないです。もちろんわたし、トミー・リー・ジョーンズはキライじゃないですよ。でも本作に関してはほんとミスキャストとしか思えないんですよね。先にも書きましたけど、最後までその違和感はぬぐえず、★マイナス1といたしました。ザンネンです。↑ここもねえ……。 ゲイリー・ビュウズィーが女装しておどけて踊ってんですけど、まあこれおぞましいにもホドがありました。 けっきょくこのシーンも、なんでこんなのが必要だったのか意味が分からんのですよ。何回観てもこのシーンは不要だと思います。ほんとはこれで★マイナス2とするところなんですけど、ただここ以外はもうなにしろな痛快エンターテインメントですから、あわせて★マイナス1ということにしております。 さて、ということで開始20分を過ぎて↑始まりました。↑おお、ド派手に誕生パーティーやん、て思ったら 主役の艦長↑艦長、殺られました。 なんか文字通り遺作となってしまいましたね。ちなみに殺ったのは↑この化け物でした。 もうなんならこれ、ホラー映画の怪物ですね。 で、こうなりますともうここからあとは、セガールがどう活躍するか、ってだけが焦点になってくるわけですよ。観どころはそれにつきるわけで、だから終始カッコよく、しかも無敵に描かれている、とそういうわけですね。それを、なんやそれ、と思うか、おおおっ、おもろいやん、てなるかで本作の評価は分かれるんでしょうけれど、そりゃあそういうのが好きでみんな観てるわけですからね、もう「おもろい」しかないわけですよ。どうやってセガールが敵をなぎ倒していくのか、て考えただけでワクワクしますよね。そういう映画なんですね。 あ、ちなみにですけど、わたしこれDVDでみなさんの吹き替えを聞いてみたんですけど、いやあこれどなたもイメージ違いすぎてビックラしましたよ。セガールの玄田哲章さんに始まって、トミー・リー・ジョーンズの菅生隆之さん、ゲイリー・ビュウズィーの声の方、もうみんなぜんぜん声が違います。(ごめんなさい、ゲイリー・ビュウズィーの声の方だけどなたかわからないです)そういうところは吹き替え版作るときにちゃんと考えてほしいところではありますね。ぜひ原語で観ることをおすすめする次第です。 えと、トムさんことトミー・リー・ジョーンズとゲイリー・ビュウズィーはグルでして、このミズーリ号を乗っ取ってホノルルに核弾頭を積んだトマホークを落とそうとする、という。それもこれもなんかトムさんの復讐だそうですよ。トムさんは昔CIAで任務についてたけど、ストレスから壊れておかしくなったので殺し屋仕向けられて亡き者にされそうになった、と。だからそれに対する復讐、ということですね。まあどっちもどっちやなあですけど、復讐するなら当事者どうしでやってくれよ、という気はします。なんでハワイ?て。子供か、てなりますよね。まあでも、そういうアホな理由で無茶なことするからセガールに殺られてほしいと思うわけで、そこはそれ、ようできとると思いますよ。 さて、そんなこんなでセガールは冷凍庫から無事脱出しまして、様子を見に来た悪もんを↑ナイフ投げて↑首にズドン、と。 わたしこういうのみると、いつもこれほんまにこんなんできるんかいな、て思うんですけど、本作ではじつはその前のシーンでちゃんとナイフを投げて的に当てるって描写があるんですよ。そういう伏線がしっかりあってのこれですから、さすがアンドルー・デイヴィス監督、アクション映画をたくさん撮ってるだけのことはあるよなと感心です。↑爆弾をしれっと作るシーンなんてのも アンドルー・デイヴィス監督の真骨頂ということなんでしょうね。なかなかこちらのワクワク感をそそることも忘れてないですね。 このあと、ミズーリ号と連絡がつかなくなって偵察に来た軍の戦闘機がなんかもう普通に撃墜されまして、だから当然なにかが起こってるってのも国防総省の知るところになり、↑国を巻き込んでの大騒ぎになりました。 とはいえですね、こういうのも本作にとってはほんの添え物になっちゃってましてね、あくまでも主役はミズーリ号、そしてスティーヴン・セガール、て描かれてるんですね。トコトンですよ。なんか外部が余計な介入してこないのも小気味よくっていいです。↑トムさんが国防総省に事情説明しておられます。 う~ん、やっぱ違和感しかないですね。そんなワルいヤツに見えないんですよね。しかもワルいヤツとしてもそもそもあのスティーヴン・セガールに対抗できると思えないじゃないですか。なんかご本人も演じながらそうとうムリしてんじゃないか、って気がしちゃうんですよ。 まあとはいえやっぱり↑この方はマイペースで、 まゆ毛、逆八の字にしながら艦内視察して、当然のように↑惨状を目の当たりにしますね。 で、ここでお待ちかねの↑ミス・ジュライ登場、となりました。 いやいやすげえな、と思いつつ、えとどう絡んでくるんやろ、なんて思ってましたらこれ、この子がまたすごくいい味出してましてね。演技がなにしろうまくって、ともすればセガール独壇場の男クサい映画になりがちなところにとってもいいスパイスになってますね。↑とりあえずヤツらの一味かと疑われて尋問されとります。 観ているこちらはそんな一味じゃないなんて当たり前ですからね、こんな泣いてる姿観てキュンキュンしちゃうわけですよ。なにしろ激カワなわけです。↑こちらはこちらで まだセガールは冷凍庫でとらわれてると思ってるので、とりあえず見てこいよってふたりほど行かせたんですけど、そやつらと連絡がとれないってなって、いよいよセガールとの対決の様相になってきましたよ。 さあ、半分過ぎてワクワクが最高潮になってきました。時間配分も申し分ないですね。 もちろん、見に行ったやつらが帰ってこないから行ってこいって行かせたやつらは、↑さっきセガール様が作ってた爆弾のえじきになりました。↑お怒りのご様子です。 まあね、演技はうまいんですよね、ふたりとも。当たり前ですけど。トムさんはハリソン・フォードの「逃亡者」でアカデミー助演男優賞、ゲイリー・ビュウズィーは1978年の「バディ・ホリー物語」で全米映画批評家協会賞の主演男優賞受賞役者ですからね。↑こちらはデイル・ダイ出てきましたよ。 右の白髪の紳士がデイル・ダイ。 元軍人の役者さんで、この時期こういう戦争映画に多数出演していてとっても重宝がられてましたね。↑セガールさまひとりに翻弄される姿は笑えますね。 ほかのこういうアクション映画とセガール映画が違うのは、セガールさまにはユーモアがあって、しかも無敵すぎるもんですからね、どうしてもやられるほうがこっけいに見えちゃうんですよね。だからまあ、セガールさまの相手役ってなった時点でもうあきらめたほうがいいのかもしれないですね。↑激カワに過ぎますね。 帽子のかぶり方があざとすぎます。 もちろんこんなかわいい方にはちゃんとした場面も用意されてまして、セガールさまが艦上のヘリを爆破してる間に↑隠れていたところを捕まっちゃいまして、 ほらあ、一人にしとくから捕まるんやん、ていつも思うんですけど、まあでもそこはそれ、我らがスティーヴン・セガールさまですからね、敵はいくら意気揚々としても↑けっきょく瞬殺なわけです。ご愁傷様です。 まあ心配は無用ということですね。ワクワクはしますけど、ドキドキはしないですからね。 さて、このあとわれらがセガールさまは、閉じ込められてたレイモンド・クルーズたち6人と合流、総勢8人となりました。↑こんな感じで。↑で、銃撃戦、と。 息もつかせぬ、てほどではないんですけど、ちゃんとメリハリはついてますから安心して観ていられるってのはスティーヴン・セガールさまらしいですね。↑怖がってるとこも安定に激カワです。おじさんはもうたまらないです。 かと思うと、国防総省の添え物たちも↑こうしてチョイチョイ出てきますけれども、 けっきょくこの場で、あとのことはすべてセガールさまに任せよう、となりました。提督、「向こうはタイヘンやな」言うとられましたよ。わたし声に出して笑ってしまいました。 もちろんだから全権託されたセガールさまは水を得た魚のようにやりたい放題となりまして、↑もうこんなん、ノールックショットですよ。 敵は敵で、↑ミズーリ号に積んであるミサイルなんかを全部潜水艦に積むとかしてます。 でもそんなことも我らがセガールさまにとっては些細なことにしかすぎないわけで、なんかフツーに敵の潜水艦のプロペラだったかモーターだったかを壊してしまいましてね、おかげで潜水艦が潜れなくなっちゃいましたから敵はもう大慌てで修理、となりましたよ。 けっきょく敵はやっぱりずっと翻弄されてるわけですね。 修理には↑こちらの方が乗り込んでこられましたが、↑セガールさま側からの砲撃にて潜水艦もろとも海の藻屑となったのでした。 惜しむらくは、せっかくなんでセガールさまと一戦交えるところを観たかった、てことでしょうかね。ザンネンです。 で、そうなるとさすがのトムさんも↑もうアカン、にげろや てなりました。 意外にあっさりなんやな、なんですけど、こうしてみるとけっきょくワルいヤツらってトムさんとゲイリー・ビュウズィー以外はみんなモブキャラだったんですね。 さて、そんなトムさんはヤケになってとうとうトマホークをホノルルに向けて発射してしまいまして、その後↑こちらはしっかりセガールさまと一戦となるんですけれども、 そらね、そんなん当初からの懸念どおり↑やられ放題にやられまして、↑セガールさま、こんなんですよ。ナイフを口にくわえて防御って……。 でトムさん、最後の仕上げとばかりに↑目つぶしされた挙句に↑脳天にナイフぶっ刺されて終わりました。 ナイフ、根元まで刺さってましたね。爆笑するところなんでしょうか。わかんないですけど、これもうトムさん「いやもうほんま、すんません」みたいになってて、やっぱりわたしは爆笑しました。↑ちゃんちゃん、です。 あ、もちろん2発のトマホークも、なんか一所懸命緊迫感出そうとしてましたけど、やっぱりあっさり撃墜しちゃいまして、これもまた添え物的な扱いになってしまってました。ほんとはトンデモないことしてんのに、です。 まあでも、それがやっぱりセガールさまらしくって、最後の最後まで愉快痛快だったのでした。 キャスティングミスだけがザンネンだったなあ、の★9個といたしております。↑もちろん最後はおいしいとこ持っていかれました。 いやあスティーヴン・セガールの映画、ほんとおもろいわあ、です。今日の一言「あれ、セガールさま、さっきどっか負傷してなかったっけ?」レビューさくいん※こちら(↑)をクリックするとレビューの索引に飛びます。
mangya0220のブログ
…から高崎で見物予定映画より楽しめそう。けど外出は運動も兼ねてるし、やっぱり出かけねば。 「シネマテークたかさき」。まず『在日ミャンマー人ーわたしたちの自由ー』。高崎駅構内「日高屋」での味噌ラーメン後、『今日からぼくが村の映画館』。観客それぞれ8名。出来。前者良心的クズ。後者ペテン師的クズ。『在日ミャンマー人ー~』。171分。素人でも90分化可能。監督、撮影、編集、製作の土井敏邦の無能さにはただただ啞然。せめてインタビュアーの発言内容は、聴こえる程度の録音を(愚質問とは無関係に)。不動の大義を訴える映画であればあれこそ、禁欲的でという最低限の礼儀をもわきまえぬウスラ馬鹿。かく輩が胸を張って撮ったクズドキュメンタリー。泣く場面は短さに比例して観客の共感を。逆もまたしかり。さいはて馬鹿には分からない。後者。『ニュー・シネマ・パラダイス』よりはややマシかと思ってたら、最後にに白昼映画を上映する場面が。確かにそう見えたが、俺のボケなんかい?6月20日…『僕はひとりで 夜がひろがる 』立原道造 全詩+物語』(ちくま文庫)読了後、『略奪美術品の行方/ナチスの略奪からウクライナ侵攻まで』(福田直子・集英社新書)。後者、それなりにの暇つぶしにはなるが、かなりの奇書。題名通りナチスをメインに、ムッソリーニ時代のイタリア、ソ連、ロシアの蛮行は詳細に綴られるが、日独伊三国軍事同盟の雄たる大日本帝国の、アジアでの犯罪行為には一切触れてない(欧州での被害者的側面の描写はしっかり)。皇国の最大の被害者であろう中国に至っては、今は世界の美術館から勝手に奪い返してると、盗人扱いしてる描写さえ。著者はアメションタカイチの信者か。”一ツ橋グループの良心”、集英社新書とはとても思えない1冊(トンデモ本としては一流で、歴史に書名を刻もう)。『僕はひとりで 夜がひろがる 』立原道造 全詩+物語』(ちくま文庫)も興味深かった。特に巻末。肩書きに立原家代理人、立原道造記念会と記する宮本則子なる婆さんが、解説で婉曲的ながら同書に執念深いケチを。「弥生美術館」そばにあった「立原道造記念館」の元関係者らしいが(俺も1度入館)、依頼があった時には既に本が完成状態で、不本意だったとグチグチ。いかに嫌われてるのかが分かる。事前に宮本婆さんに声をかけると、干渉されるから無視してたんだよ関係者は。ホントは解説も書かせたくなかったに違いない。大人の対応をしたらやはり意趣返しを。こういう作家を縄張り化(私物化)してる研究者の類いは多い。尾崎翠の映画化の際に、浜野佐知や山崎邦紀は稲垣眞美の妨害に遭って塗炭の苦しみを(親族でもねえのに)。立原は死んでもう一世紀近い。著作権もとうに切れてるのだし、代理人も糞もねえだろう。 上記話題に関係あるようなないようなエピソードをふと。『映画論叢』だったと。旧「文芸坐」の三浦大四郎が、元支配人が自分より先に叙勲したと、怒り狂った一文を同誌に寄稿。いい歳して見苦しいというか馬鹿丸出し。並の雑誌なら掲載料もらっても拒否するレベルの駄文。しかしだ。馬鹿の逆上くらい傍から眺めてて愉快なものもない。同誌編集長。本当に悪党だ。類した路線としては、関本郁夫の非常識さを糾弾した文章も数年前に。訴えられても払う金がない人間の胆と腹は、常に据わっている。6月19日…「高崎電気館」の今回の”台湾映画特集2026”。台湾映画同好会と台湾映画社が協力してるらしい。も少しセンスのいいトコを起用すべきだった。客も低レベル。近くのバカップルの男は2度も携帯で外へ。また同じ真似をしたらさすがに一喝をと構えてると(忍耐強いでしょ。映画がマトモなら1度目で怒鳴ってた)、今度は女が平然と席でスマホを光らせ始める。「まぶしいだろう!!」御両人、調子こきエンドロールが始まるなりコソコソ退館。こういう非常識な駄客は、群馬でも東京でも昨今はマレ。 『東京新聞』。今週も『週刊新潮』の広告が掲載されず。新潮社の広告は今後は全面ストップの可能性が高いのかも。さすがは由緒ある極右人種性差別主義出版社。退屈でめったに読まないが、同紙書評欄で今後も新潮社の本を紹介し続ければ、新聞としてのステイタスは上がろう。村上“エルサレム賞”春樹が支えるにふさわしい、老舗版元の大人げない恥ずかしい振る舞いだ(まだ推測段階だがかなりの確率だと)。 「シネマテークたかさき」の”チェコ映画傑作選”初日。『一口のパン』&『夜のダイヤモンド』、『第五の騎士は恐怖』の2番組。観客。5名。4名。後者はややあれだが、前者は楽しめた。同国映画の魅力である、猥褻さはいずれにも皆無。残る『火葬人』に期待か。選択者がヤボテンだったか。6月18日…知らなかった。「胆石って体の内部にあるはずのに、シャツが皮膚に触れたりすると、猛烈に痛かったりするんです」(真弓大介)。オイスターの腰痛といい、皆いい歳なのでそれぞれ持病を。『ドストエフスキー全短篇Ⅱ』(中公文庫)。Ⅰと違いほとんど読んでるが、途中まで味わい素晴らしさを反芻(全部読み直してもいんだが、未読本がたまってるので)。埴谷雄高や安部公房と異なり、再読が楽しくてたまらないドス様。ディケンズやジャック・ロンドンもこのスタイルで行きたい。バルザックやゾラは、そういう生半可な行為を許さないだろう何かが存在。 勘違い詐欺師熟女パン助がG7で色気違い光線を乱反射(呆然の各国首脳)。それを全盛期の松尾和子か五月みどりであるかのように扱う、NHKを筆頭とするキシャクラブメディア賤業従事者の痴態(でも全員年収1千万以上)。大元帥天皇裕仁を神と仰ぐ大日本帝国の、台湾沖海戦の捏造戦果報道までもう3歩。 「高崎電気館」。『赤い糸/輪廻のひみつ』『ギデンズ・コーの功夫』。観客。9名。8名。内容。耳糞。鼻糞。台湾映画の多分最底辺を早朝から2本満喫。1本目。大林宣彦&清水崇両監督の、出来損ない助監督が共同して撮ったような凡作。冒頭わざわざ字幕で配給関係日本人への感謝(自作自演)。客には関係ねえよ馬鹿野郎が。恥を知れとの無欲なお願い。2本目。自己目的化した不快場面にゲッソリ。プロデューサーは三池崇史? 撮ってる側は楽しそう。エンドロールに素直に。満たされない客はそれが更に腹立たしい。6月17日…この季節に往生させられるのが、室内でのムカデのばっこ。今年はもう5~6匹始末(風呂場付近に頻繁に出没)。その度に女房の大絶叫。シャープペンくらいの寸法の奴も居るので仕方ないが…。備え付けの木槌で殺戮(これは女房も参加)。新聞紙越しにも触れたくないそうで、屍骸の始末は常に俺の役割。今年は豊作、いや豊漁か。昨夜は寝てたらパンツの中にまで侵入された。幸い刺されこそしなかったが、約15センチ。テレビのリモコンで真っ二つ(以前は頭髪にまで紛れ込まれ、刺されて腫れた)。エロ漫画家のダニがムカデのエサにされている滑稽図。種々対策を立ててるが効果なし。”ムカデホイホイ”を出せば田舎で売れると思うが。ムカ公の呪いか。リモコンがおかしくなりBSが映らない。 市川雷蔵や石原裕次郎、吉永小百合の映画関連グッズが不人気なのは、供給過剰でほぼ説明が。分からないのは加賀まりこ、緑魔子、秋吉久美子の不人気振り。かつては親父から学生、工員にまで幅広く愛されていた(種々の意味で)。気の強そうなところが敬遠されるのか? でも同タイプの梶芽衣子は依然大人気。若尾文子、芦川いづみ、渥美マリ人気の息の長さは何となく納得。梶芽衣子はテレビで、俺の知らないイメージを確立してたのか。女優に限らず、物事をハッキリと主張するタイプの女性は生きずらい国だ(無論男もな)。 ”手描き原稿のコピーです”。ネット出品者の、自らが描いたらしい漫画原稿の商品説明。何度読み返しても意味不明。”ソープで3年働いてましたが処女です”。まだその方が納得が(ホントは行かないが…)。6月16日…映画見物帰りに晩酌のつまみを仕入れに良く寄る、高崎駅西口の「高島屋」地下食品売り場。魚貝類は地元スーパー「ヤオコー」より質が良くて安い(しかも量が多い)。「中島水産」という会社が仕切ってるらしい。それに比べて駄目なのが果物売り場。去年は腐りかけた梨を買わされたが、最近はスイカで同じ経験を。業者を締め上げるか交代させた方がいい。前橋の11月で閉店するデパート、「スズラン」の後を追わないためにも。店内のベンチはもっと増やせ。年寄りは疲れるんだよ。上信線でたまにセンスがいい美女を見かけると、ここの従業員として再会する場合が多い。容姿端麗。語られざる永遠かつ鉄壁の採用基準。 昨日の『ヴィヴァルディと私』。フェミニズム映画でもある。男根至上主義社会を抽象的に批判するだけではなく(被害者意識全開で)、教会の腐敗も容赦なく暴く。やってるこた人肉市場。『決断するとき』のフヌケ振りなど足元にも及ばない。チラシは明るくポップだが、中身はヘビー級でそれをライト級の手法で見せている。またろう者映画が。『幸せの、忘れもの』(6月26日から)。そろそろ愚作も登場する時期。それにしてもだ。身障者はろう者以外にも腐る…いや数多い。配給会社。少しは俯瞰的視点で他人の不幸を飯のタネにしろ。 アホな自慢話しか掲載されないので、普段はまず読まない『日刊ゲンダイ』の「語り部の経営者たち」。「ゆで太郎」の社長が登場してるとは知らなかった。気づいたときは既に3回目(全4回)。最初の2回は残念ながら見逃したが、2回だけでも興味尽きない内容だった。次はチンプンカンプンな券売機で悪評高い、「小諸そば」の社長もな。6月15日…無音で接近チクリと刺すので、”上州のサイレント蚊”と名付けてる小型蚊が今年も闇討ち攻撃開始(愛称は連合艦隊の方が適切?)。事前に線香をたいとけば済むのに、息苦しさが苦手でつい無精を。刺された後で火を付ける蚊取り線香のむなしさ。悔しいのでたいたまま部屋を密封、復讐の必殺芸を試みたりしてるが、いい歳して間抜け極まる風景だ(脂性のためか昔から、各種毒虫には最初の餌食に)。蚊に騙されたと屁理屈をこねてみるか。「シネマテークたかさき」。『ヴィヴァルディと私』『オーロラに涙』『殺し屋1』を続けて(午前10時30分開始、午後5時半頃終了)。20人強。5人。8人。評価。70点。75点。15点。1本目。演出、撮影、編集、文句なし(特に編集は鮮やか)。酷薄な女性院長が実は孤児出身で、意外にも善人というご都合主義&腐れ軍人への復讐場面ゼロには疑問。2番目。さすが英国BBC。年収200万前後の人々に終始寄り添っている。年収2000万近い身分を守るために、政権のワンワンメッセンジャーに撤してる、”皆様の御用電波送り付け悪徳商法のNHK”とは大違い。3番目。センス、教養、品性を欠いてる人間に、まともな残酷映画が撮れるはずがない。三池崇史は、牧口雄二&関本郁夫の股ぐらから生まれたのだろう。会話の7割が聴き取れない。6月14日…上皇の奥さん美智子が、”粉屋の娘”と義母を筆頭とした人々から蔑まされ、ひどいいじめに遭った話は有名。その割とリベラルと言われてる人物が、そりの合わない嫁(雅子)憎しの思いから、思想的には対極の”石炭屋の小せがれ”麻生”漫画オンリー”太郎と結託、孫娘の天皇への道にバリケードを築くというのも凄絶(情報元は『日刊ゲンダイ』他)。主権者より自らの感情最優先(結果的に国辱的詐欺師総理大臣の旦那への勲章授与)。一族の保身のためだけに、鬼畜米国に沖縄を差し出した天皇裕仁を例に引くまでもなく、これは天皇ファミリーの伝統的スタイル。常に時代の最強者に寄り添う。経済的に支えてる主権者など眼中に無し。町山智浩の目にはこういうある意味実に人間的な一族の振る舞いが、終始敗戦後の日本の平和のために全身全霊を捧げて来たと映るらしい。まあここを押さえとけば保阪正康同様に、新大日本帝国下では商売繁盛確実。王家の鑑札持ちリベラリストの群れ。 昨夜。「シネマテークたかさき」で『メモリィズ』。観客7名。可も不可もない。ただ撮影は凝ってるし、役者の台詞もほとんど聴こえるのは(顔も終始判別可能)、当然だが邦画としては立派(…)。特に柄本佑は口跡が良く、安心して見ていられた。イッセー尾形はかなり声がくぐもり、キャリアと役者の水準は無関係なのだなと。両者による食事前の低レベル邦画のお約束、合掌画面が登場して演出者の将来に不安を(法律でもあるんかい?)。あ、女房の実家でも冷蔵庫を開ける前には、許可を得るのが礼儀なのか。全然知らなかった。 WOWOWで放映中の『ランペイジ巨獣大乱舞』。怪獣どもには凶悪な中にもあるべき愛嬌がゼロ。役者も薄汚いだけ。ただただ殺伐感の垂れ流し。製作者の心の荒みがゴロリ。単につまらないだけの特撮ものの方が、罪が軽いような気が。6月13日…昨日午前11時過ぎの高崎線熊谷付近。車内満席。杖を突いた80歳くらいの老人と、少し若い介護役っぽい爺さんコンビが乗車。誰も席を譲らない(高崎線には道徳心溢れる外人観光客も少ない)。70歳過ぎの白髪薄毛頭の俺が席を譲るのも嫌み。日頃はめったにしないが見るに見かねて立つ。「ホントにありがとうございます」(介護役)。「大丈夫だよ立ってる!」(杖突き老人)。薄情な乗客には今更腹も立たないが、”黙って納税黙って棺桶”の後者には改めてムカムカ。 伊東市の田久保市長を静岡地検が不起訴に。多くの人が思ったろう。アメションタカイチの経歴詐欺問題にも繋がりかねない問題。末端のヒラメ検事が、出世したくて畝本直美検事総長に媚びを売ったのだと(元検事の夫とタッグで、今や金権売国政治家の悪の守護神)。江戸時代の十手持ちはやくざが兼業してたらしいが、21世紀の日本じゃ脱税盗人集団の”弁護士”を検事総長が。今さら詐欺師が総理大臣になったからと驚くのは、カマトト度過剰だろう。 『ドストエフスキー全短編Ⅰ』(中公文庫)読了。新訳ではなく、河出書房新社の全集が元版(訳/米川正夫)。なぜ河出文庫から出なかった? チョイ前のブームの際は新訳が主。その際に同文庫が出さなかったのは何となく分かるが(出てたら御免!)、今回は全然手間暇かかってない。本来はビンボな同文庫向け企画。中公文庫の編集者のほうがはしっこかったって事か。木曜日の『東京新聞』。『週刊新潮』の広告が無かった。同紙。最近「大波小波」他で複数の新潮社批判を掲載(外部ライターだが)。関係あるのか?6月12日…「シネマテークたかさき」。今日から番組が変わるのでひと息。先週は9本上映中だったが、なぜか全部見物。普段は6~7割なのに。優秀作も凡作もあったが、さすがに週内に再見する気には。今日からの8本で見物済みなのは3本。5本で大丈夫かしらと不安を一瞬。心配無用。「高崎電気館」で明日から”台湾映画特集2026”が始まる。前橋はデパート「スズラン」が秋で閉店する等なかなか大変らしいが、高崎は新築マンションが続々。税収も安定してるらしいから、市営映画館「高崎電気館」も盤石か。 その前橋の市営映画館「前橋シネマハウス」(頻繁に館名が変わるので自信なし)。県庁所在地の意地で運営してる感が。番組への熱意と一貫性不足。総花的で「一応映画館やってます」。役人的と言ってもいい。外部に委託してるらしいが、執着心が無い人々が多いのだろう。同様な形態で「高崎電気館」を引き受けてる「シネマテーク」のスタッフには、映画青年ぽさと商業都市高崎の商人根性が、嫌みの無い程度に混合して発揮されている。問題は役所との距離感。油断してると「シネマテークNHK」に(給料の安い)。前橋市長のほうが、文部官僚崩れの高崎市長よりはずっと好きだけど。 出稿待ちの間に、「シネマリス」で『トゥインクル・トゥインクル・キラー・カーン』。観客10人前後。演出がノロマだし、意味不明なトコもあるが、忘れ難いコクのある一作(凶悪ライダーの四角いツラ構えも含めて)。老人1400円。今日は証明書の提示を求められなかった。6月11日…『本のある場所を訪ねて』(南陀楼綾繁・教育評論社)。ヘルニアに耐えながらの、中年小太りオヤジNIPPON全国書物放浪記。著者に限らないが、書物への崇高な情熱を抱く人々の心理が、実はよく分からない。登場する人々はほとんどがそういう人々(かすみ喰い派)。単に生活のために従事してる人も居るはずなのに。生活派には著者が余り感心ないのか。多く類書も同様だ。映画に置き換えてみる。ATG映画関係者ばかりが登場するガイドブック、ないし評論集。渡辺邦男、井上梅次、西川克己、西村昭五郎が登場しない書物には深みが出ない。 ”映画の本”に続いて”本の本”も腐るほど。バブル以前の映画本は数が知れてて、完全読破も無理な感じがしなかった。それに映画本を出す版元は高確率で倒産。ゾッキ本屋時代の「日本特価書籍」に行けば、タダみたいな値段で買えた。本の本を出す出版社も弱小なトコが多い。ちっとばっか我慢しとけば、どの本も200~300円で入手できそう。その値段でも買うに値しそうにない本がほとんどだが。 河野洋平は確かに自民党の政治家としては比較的まともだった。だがあの稀有な馬鹿息子太郎を後継者にした一点で、プラマイゼロどころかマイナス大幅超過。亡くなる前に引退させる良識が欲しかった(親馬鹿はエボラより怖い)。太郎が父親の顔に塗る泥の層は今後も着実に増加。結局は洋平の功績など誰もが忘れ去る。太郎は暗愚ボンクラ世襲政治家のサンプルとして、ますます注目を浴びて蔑まされるに違いない。6月10日…80年代だと思う。平ひさしという4コマ漫画家に、「仕事が忙しくなったので、連載を止めさせてくれ」と言われ、いたく傷ついた記憶が。俺のこなしてる業務は仕事じゃねえのか?(東京三世社の『漫画バンプ』だったかな。いがらしみきおやあべこうじの売り出し前)パン助詐欺師総理大臣に、「仕事が忙しい」とかほざかれインタビューを拒まれた、キシャクラブ自称キシャ諸君は良く平常心でいられる。「主権者への説明責任は大事な仕事でしょう!」と、誰一人発言しない特権的座敷犬集団。さすがは日本で唯一の賤業従事者。「今夜は立川のハウスにドナルド中尉が来るのか、それとも太郎とゴザ持って橋の下か?」くらいの上品な皮肉がなぜ言えない。確かにかく連中に年収1000万も出す企業は、日本はおろか世界でも絶無。職務放棄して嬉々と熟女ペテン師の糞まみれの肛門をレロレロレロ。高学歴&高給バター犬どものハレハレな振る舞いは、長く歴史に刻印されるだろう。帰宅したらちゃんとうがいしろよ。 最寄り駅、朝8時台の上信電車で「シネマテークたかさき」。10時開始で1週間限定上映の『ツイッギー』。明日終了で後がない。眠かったが無理して行って良かった。重信房子や多和田葉子風の自己装飾過剰タイプだとウンザリするが、杞憂でした(”成功”した生存者のドキュメンタリーは、多くの場合がその轍を)。素直であっけらかん。豪放な笑い方に益々ファンに。アル中で死んだ先夫との間の、既に腹が出過ぎた娘の無意味な場面を切って、字幕最後でのゴーゴー場面をフル見物させて欲しかったが。下層階級出身の世界的モデルが、王族からの勲章を感動的にいただく場面も不愉快至極。映画の出来とは無関係か。またもやP・マッカートニー登場。彼が登場しないこの時代の音楽&ファッションドキュメンタリーはないのか(自己評価に異様に神経質な点に、俗物臭を強く感じる)。忘れる所だったが、ウディ・アレンが生きたまま埋葬された墓場の上で、彼女に思い切りダンスを踊られている。必見。6月9日…「シネマテークたかさき」昨夜。『砂丘』。観客2名。題名は象徴的意味合いなのかと思ってたら、ホントに砂漠が舞台。安部公房にも『砂漠の思想』とかいう本があったような。製作費を考慮しない奔放な展開で退屈させないが、見物後はヒロインの太腿しか記憶に残らない。チラシによれば、昨今その色彩表現他に再評価の動きとあるとか。重箱の隅を顕微鏡で探索するに等しい、失敗作をリバイバルする際の常套句。くどい爆破場面の繰り返しに、アントニオーニ監督の貧乏人根性が露呈。気持ちは分かるが芸術家はそれを放棄せねば。 貸して耕してもらってる裏窓から望める田んぼ(無料。でも草刈りしなくて済むだけで感謝)。田植えが終わって風が吹き抜ける景色を眺めてると、自らは税金払ってるだけで何一つ労働してないのに、妙な満足感で胸がいっぱいになるのは百姓の血筋か。ここ数年茶色に枯れてる姿が目立った付近の栗の木。今年は元気を取り戻したようだ。拙宅は他の樹木と一緒に伐採してもらったので、しばらく栗の恵みは得られない。「古書往来座」の皆様すいません。 アングラサイケから連合赤軍まで、団塊世代の目や足腰が衰えたせいか、関係書籍雑誌他が売れなくなって久しい(彩流社の出版物を見てると、この方面の流行り廃れが良く分かる)。唐十郎は元々だが、澁澤龍彦、高倉健、寺山修司、横尾忠則他も在庫の山。一方で依然根強い人気を誇るのが三島由紀夫。「専用の棚を作ったら?」と女房が言うくらい。切腹直後の特集雑誌類は右から左。『週刊現代』の増刊など優に10冊以上は売ったはず。キャラ的に可愛いトコあるからな。顔や体格がバランスを書いてる所も、また愛される由縁ではなかろうか(思考は客観的だし)。作物も小説以外はことごとく面白い。6月8日…『日刊スポーツ』はコメンテーターとしてひろゆきと契約してるのか。そうとしか思えない頻度でヤフーニュースに。橋下徹とかもだが、起用側のキシャクラブ関係者に恥や名誉を求めるのは、もはや場末の売春宿で処女を希望するに等しいか(この際だ。東浩紀やほんこんも是非)。『山田宏一のとっておき二本立て映画館』(草思社)。著者の本、ヌーヴェル・ヴァーグ関連以外はレベルが落ちるのが常だが、本書も例外ではない。粗筋説明もくどい。若い編集者は90歳になるベテランに、とても注文など付けられないのだろうが(『通販生活』連載と)。 本や映画を紹介する際の過剰な粗筋説明は、”腕は1本箸は2本”の世間を凌ぐ上での、貧乏ライターの便利な手法。出版界の原稿料の安さは俺も身に染みてるから批判する気はないが、『山田宏一のとっておき二本立て映画館』(草思社)では、DVDのチャプターを1行ごとに改行して紹介する新手法も。西村賢太の開業魔振りもハンパなかったが、そういう種々の工夫を発見するのも読書の楽しみ。6月7日…韓国映画『済州島四・三事件・ハラン』の根本的欠陥を書くのを忘れていた。衣装や化粧、美術がデタラメ。山に逃げる村人の衣装はノリが効いてたみたいだし、一晩中野原で過ごしたはずの子供の衣服や顔がほとんど汚れてない。婆さんと隠れた家の障子は穴一つ空いてないうえ、室内も高級料亭並の清潔さ。さすがに山野放浪後は泥まみれになるが、最初に安っぽい場面を披露されると見物意欲は喪失。食事前の合掌場面こそなかったが、各種都合主義も実に邦画っぽかった。 「シネマテークたかさき」。『旅立ちのラストダンス』『脛擦りの森』。前者20人台半ば。後者10人台後半。『旅立ち~』はツインなる会社が配給。上から下までが糞馬鹿揃いのド腐れ集団かと。よくここまで愚かな題名を考えついたもの。基本にあるのは大衆蔑視。俺たちには本作のレベルは分かってるが、一般大衆には理解不能だから題名で導いてやる…そういう傲慢さ120%。すえたオマンコ、あるいはキンタマの悪臭。原題は『破・地獄』。素晴らしい。邦題も俺ならこうだ。『破・地獄/死んで生きる』。主人公が埴谷雄高や澁澤龍彦並の、堕胎至上主義者な点以外は楽しめた(結局改心してないよね?)。後者は昨今としては、『黒之牛』と並ぶ酢豆腐映画の双璧。しかも61分しかないのに1800円もの特別料金(普段会員は1200円)。プロデューサーの川村岬&脚本監督の渡辺一貴に、不幸が一日も早く訪れますように(合掌)。6月6日…『増補新橋パラダイス/駅前名物ビル残日録』(村岡俊也・ちくま文庫)。楽しめる。一水社は新橋が長かったから、中の居酒屋や立ち食いそば屋には時々。鹿島茂の本に、居住者の子供の家庭教師をしたという逸話が(原武史と混同してる可能性も)。藤木TDCの本にも登場したような。同ビル。否定的に扱われた文章は読んだ記憶なし。隈研吾設計の腐食雨漏れ物件(富岡市役所他)とは大違い。取材の方法上難しいのは分かるが、嫌な面も巧妙に挿入できたならより深みが増したろう。 その藤木TDC。いくら水準以上の記事を確実に仕上げるからと言って、『昭和39年の俺たち』ではのさばり過ぎ。7月号も音楽(泉谷しげる)、エロ(ハードコア女優)、漫画(『どっかんV』)と要所要所を固め、同誌は統一教会に支配されたアメションパン助現内閣並。ここまで侵食されるとつけあがるのは必至。俺が編集長なら3割は仕事を減らす。ただ後継者は育っていない。早乙女ツバサ。お前、全然役者を見極める目が無いよ。名古屋章なんてナンシー関の言う通り、「名古屋章は、名古屋章のようなしゃべりかたをする親方や教師、社長、父親の役をただ演じている」との文章に尽きる(彼の家のタンスの引き出しは一つだけ)。ギャラが安かったので(推測)、便利に使われてた名古屋大根だと。上州を舞台にした養蚕テレビドラマが昔(題名失念)。方言指導も居たはずなのに、コイツあり得ない上州弁ならぬ”名古屋章弁”をペラペラと。ぶっ飛ばしたくなった。全国各地で同じ真似をしてたのだろう。俺的には吉岡秀隆、柄本明、もたいまさこ、渋川清彦グループの重鎮。 ”不買運動「扇動」の危うさ”。今朝の『東京新聞』外報面。ソウル支局、斎藤雄介の”「実用主義」光と影/韓国李在明政権1年”と題された連載のリードだ。光州事件をおちょくったスタバへの、官民挙げての不買運動を高みから冷笑的に批判(エラソーに)。同僚で群馬栃木版の某ボンクラ記者も、群馬県内のスタバが障害者美術展に協力するのを、口を極めて誉めあげてたな(血まみれ企業の腹黒い根性見え見え)。俺は一水社には世話になってるから、日頃から同社及び関係者にはヨイショのしまくり(関係ライターも含めて)。『中日新聞』グループは、ナチスイスラエル万歳のスタバによほどの義理でも。そうとしか思えない、国の内外でのハレンチな忠犬ぶりだ。”トーキョーシンブン~ワンワンワン♪ミツワ~ミツワ~ミツワの~ラッシ~♪”。6月5日…その『サラリーマン物語/敵は幾万ありとても』の吉村廉監督は付近の出身で、「さぼうる」そばの民家に最近まで表札が(と言っても20年くらい前か?)。日活歌謡映画たくさん撮ってて、富岡銀座通りの「中央劇場」で何本も叔母さん等と。昨夜は「神保町シアター」の後で「小諸そば」に。同店の券売機。昔から一人で買えた試しなし。何度もお札が返って来ちゃうし、暇そうな店員も居ないので断念。かつて吉村監督の表札が出されてた民家の横を通り、「嵯峨谷」へと移動。2色もりそば(650円)。ここの券売機はボケ老人にも全然問題なし。 てなことを書いた後にウィキをチェック。吉村監督は佐賀県出身と明記。他にもそうある。”付近の出身”ではなく、”付近に住んでた”だけなのか。あるいは単なる同姓同名? ここらに縁があると、確かにどっかで読んだ記憶はあるが…。かくしてボケ老人は妄想の世界へと突入するのか。 「シネマテークたかさき」で『エリス&トムーボサノヴァ名盤誕生秘話ー』『済州島四・三事件・ハラン』を続けて。5名&6名。前者超愚作。後者並愚作。『エリス~』。かつての仕事仲間や愚かそうな子供が、故人への最大級のヨイショの連発(撮影半世紀後の利害関係者総出演)。家族アルバムめいた愚作ドキュメントのサンプル。人間関係も曖昧模糊。後者。クールであるべきヒロインが、邦画のそれのように情緒的行動でやりたい放題(神様や豚、犬までがそれを応援)。本作の監督、ひょっとして邦画ファン? 韓国映画の将来に暗雲を呼ぶような一作。6月4日…芳文社の隔週漫画誌を中心に活躍した、佐藤(まさあき)プロ出身の緒方恭二の原稿がネット上に大量出品。こういう場合は本人に何か異変あった場合が多い。だがウィキに項目はなかった。業界入り直後に創刊された『スーパーコミック』(芸文社)は、当初は健全漫画誌。『漫画ダンディ』(東京三世社)他のエロ劇画仕事がメインだったが、編プロ遠山企画の遠山孝社長の命令で同誌の数名も担当。緒方恭二もその1人。連載名は確か『ギャンブル記者』。女子プロレス漫画「赤き血のマット」(改題されてコミックスに)の門井文雄とは真逆で仕事は遅く、今のオイスター並。東武東上線の上福岡か志木だったと思うが、何度無駄足を踏んだか知れない。遊び人の佐藤史朗などと違いサボってる風には見えなかったが、とにかく遅かった。その点もオイスターと同じ。ある意味一番担当編集者は悲惨だ。 門井文雄と言えばマルクスの伝記漫画でも有名。俺がそのアシ出身のエロ劇画家あきすぐりの線で連絡先を、同書の復刊先の編集者に教えてあげた(誰の仲介かは失念。版元は共産党系)。担当編集者は義理堅い奴らしく、留守中に三信ビルのポストに見本誌が差してあった。もう15年以上前か。本は読まずに売ってしまったので記憶はゼロ。『理論劇画マルクス資本論』(’09かもがわ出版)でした。「神保町シアター」で『ガラスのジョニー/野獣のように見えて』(’62日活)。50人前後の大入り。3~4回は見てるはずだが、常に味わい深い。ファンの平田大三郎の役だけはマヌケすぎるが。台詞も聴こえるし役者の顔も終始判別可能。既に邦画の崩壊はハンパじゃない時期だが、今のように穴あきコンドームで2000円近い入場料を強奪するような真似はさすがに。本作のようなATGっぽい作品が、全国数百の系列館で公開されてたのも今考えると驚き(芸術祭参加作品)。ただ併映作が、『サラリーマン物語/敵は幾万ありとても』だと知ると少し安心(桂小金治&松尾嘉代)。6月3日…ホラ吹き経歴詐欺パン助が総理大臣になり、世界にくねくねゲイシャ芸を披露(さいはての国辱)。黒光りキンタマ無頼のエロオヤジ松本文科相も、素面のフルチン姿で教育道徳を説く(警視庁保安課はいつまで放置?)。畝本直美検事総長以下が、検察を与党系犯罪者赦免状発行機関と化した腐敗国家では、歩くキンタマもくねるパン助ゲイシャも道路の中央を闊歩。フルマラ野郎&フルマン女が支配する日いずる国。谷岡ヤスジワールドと言うか、昨夜の『街中の拳銃に狙われる男』での、悪が牛耳る西部の町以下。夢かなと時に思うが現実らしい。 病院の待ち時間に総御大/松本清張の『不安な演奏』(文春文庫)。出足好調。けどこんな日に限って早めに名前を呼ばれてしまう(豪雨のせいで患者も少なめ)。湘南方面在住の調査魔で太った映画監督って、今村昌平をモデルにしてるのかも。吝嗇家っぽさはまだ描写されてない。主人公は原田芳雄向きキャラか。辺野古の高校生溺死事故。『週刊ポスト』の自称独走スクープにはへそが風呂を沸騰させた。ド汚ない飼い犬が人間を飼ってるがごとき大妄言。本問題で基地反対派に噛みつく権利があるのは、『週刊文春』だけ。部落解放同盟、北朝鮮拉致被害者家族、溺死高校生遺族…誰かを絶対的に神格化しないと不安な人々(民族的次元の”世界が驚愕”する臆病さの変形)。3日後にはイワシの頭扱いなのに。 入谷コピー文庫の最新刊、”エンテツのズバリシリーズ”のガン特集が、言ってはアレだがかなり面白い(拙宅の家系は、血管系でコロリが圧倒的だから読んでて気楽)。久々に自信がガンでもある堀内恭編集長に、感想でもしたためるか。黄色い亡霊みたいな山川直人の表紙も凄い。6月2日…『月刊シナリオ』74年2月号の台割。トップが今村昌平のTVドキュメンタリーシナリオ、『無法松故郷に帰る』&監督インタビュー。次いで『家畜人ヤプー』(金子武郎/掛札昌裕/中島貞夫)。『仁義なき戦い/頂上作戦』&笠原和夫のシリーズ回顧原稿は3番目。巻末は締めとしての権威が一応あるが(映画の役者字幕配列と同じ)、今なら順番は完全に逆転してたはずだ。今村昌平の巻頭はあり得ない(商業的意味合いでだが)。『家畜人~』は、結局映画化されなかったのだろう。ただ笠原和夫も、あれほどに鋭い脚本を書きながら、人物評伝等は結構甘くて落胆する場合も多い(特に軍人)。 笹沢左保御大の小説を久々に。『江戸女人絵巻』(ノンポシェット)。御大の文庫としては珍しく、’87年8月に8刷。強烈な官能描写が受けたか。濡れ場は仕事柄食傷気味。前戯開始と同時に斜め読み体制に移行する場合が多いが、本畑でもキッチリ逆転落ちをつけずにいられない、御大のサービス精神に脱帽。問題は年々、著作が100円文庫コーナーで見つけられなくなってる点。松本清張も代表作以外は案外見ない。まだまだ売れてるのだろう。「ブックオフ」も簡単には100円棚には並べない(アガサ・クリスティも)。笹沢御大は、残念ながら御両人ほどの大衆的人気はない。あの自棄的で魅力ある世界は、もはや燃やされたり溶かされたりの運命か? 「シネマヴェーラ渋谷」の”ロバート・ミッチャム特集”。『街中の拳銃に狙われる男』。通好みの出色の西部劇なのに、15人前後と「新文芸坐」並の入り。熟女&若手に気の強そうな個性派女優を配置。2人の表情の変化を眺めてるだけで楽しい。帰りに館前の坂を下った小雨舞う横断歩道で、のむみち婆さんとバッタリ。『名画座かんぺ』の配布中だったか。6月1日…悪くても毎月5000円前後は売れていた、「盛林堂書房」の”嫌記棚”。4月は開始以来の最低記録を更新。何と2500円前後!「4月は全般に売り上げが悪くて…」と小野店長に慰められたが、情けないの一言。返品量から予想はしてたが大いなる脱力感。半額で出して常に売れてる、コスミックの10枚組みDVDさえ返って来てたから。捲土重来。とはいえ自らの読了本がメインだから、簡単に棚が一変できる訳でもない。ネットも店舗も商いは簡単じゃないと改めて。 再読とは思えない面白さの『一私小説書きの日乗』(西村賢太・角川文庫)。原稿書いたり落としたり、風俗通いの後で喜多方ラーメン必ず食べて、明け方に料理して1人宴会。午後に起床サウナ通い。基本的には寅さんシリーズと同じで鉄壁の保守的ライフスタイル(版元角川書店の悪口もBGM状態)。けど面白い。理由は良く分からないが、著者の歪んだようでいて案外公平なものの見方か。「それはズルイ!」と感じたのは、『群像』執筆の前提としての、合評会で自作を取り上げるなとの条件のみ。これだけはアベシン&アメションタカイチ水準。しかしこれだけ頻繁に原稿を落としてては、エロ漫画界では生き残れない。2度落としたら縁切り。ほぼどこの編集部でもだ(甘すぎる純文学業界)。文壇バー&野球観戦はホントにつまらない。もう150ページ。他のも読み返そうかな。 夜の9時頃に読了。後半100ページくらいは匿名が増えて退屈。でも阿部公彦のゲロ解説ほどではない。5倍。10倍。50倍。100倍。恐れ多くも凡ボケ老人と納豆2パック健太を勝手に比較。酒量。食欲。仕事量。精力。
…す。7話、8話とも評価は…8
…ているドニー・イェ映画でした。なんだかんだで、どのアクションも印象的なものが多かったな…上訴できるキーマンの命を、居合わせたドニーともども駐車場で暗殺者が狙ってくるシーンなんかは、とにかく車で轢き殺そうと、逃げても逃げても、車が追いかけてくる豪快ながら、とってもスリリングなアクション。クライマックスの、証人の出廷を阻止しようと、刺客が次から次へと現れる、地下鉄内の戦いなんかも、冒頭以来、久しぶりにドニーが銃を握る見せ場だ。監督:ドニー・イェン出演:ドニー・イェン ジュリアン・チョン フランシス・ン マイケル・ホイ ケント・チェン 【DVDソフトの購入】DVD プロセキューター人気blogランキング 参加中 -クリック- ご協力ください!