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  1. 2月13日
  2. ハッピー・チョコタイム(連載の番外編)
  3. ★ボビー・ブランドアルバムコンプリート3回に分けてブログしてきましたが、最終回ですABCがMCAに買収されてブランドはMCA所属になります。ブランド自身は一度も中途退社したわけではなく、レコード会社都合でDUKE〜ABC〜MCAと移り変わってきました。MCAでは6枚のLPをリリースプロデュースはモンク・ヒギンズとSTAXの社長だったアル・ベル期待しないほうがおかしい、MCA期でも期待しすぎると、肩透かし僕は、ボビーとは呼びつけに出来ず、ブランドと言ってしまう距離感がありますかねー時代と寝なくてもいいから、もっとBluesをあてがって欲しかったかなぁゴージャスなサウンドとエロいジャケット見ながらアダルトなブランドを堪能できればOKですかねーSweet Vibrations1980Try Me, I'm Real1981Here We Go Again1982Tell Mr.Bland1983You've Got Me Loving You1984Members Only1985★悪夢のMCA期とは言いませんよ、だけどどこか焦点が定まらないままだったブランド大メジャーから南部のBlues〜R&B好きの拠り所といえるMALACOに移籍もーこれが大正解この時代、ブランドを生かせるのはここしかないと言えるMALACOサウンドこの時点で55歳だったブランドにファンは一体何を求めるのか?何も求めてないのですよー時代に色目使わなくてもいいしJazzのスタンダードをあてがわなくともイイしただただ、ブランドが気持ちよく歌えるようにBluesを演奏してくれればいいのですよMALACOはさぁ、ブランドに敬意を持って迎えてくれましたよそれだけでいいのだよ僕は、ココからブランドの第二期黄金期が始まったんだと思います。After All1986Blues You Can Use1987Midnight Run1989Bobby "Blue" BlandPortait Of Blues1991Years Of Tears1993Blues Frm Montreax Jazz Festival1991★左上からSad Street1995Live On Beale Streat1997Memphis Monday Morning1998Blues At Midnight2003Long Beach 1983※英国charlyからリリースのライヴ盤1994HucknallTribute To Bobby※シンプリーレッドのミック・ハックネルが敬愛してやまないボビーの名曲をトリビュート付録?DVDにはボビーも出演2008★MALACOの第二期黄金期はチャートの成績でいえばDUKE期の足元にも及ばないでも、そこじゃないんですよ売れた売れないじゃなくて、どれだけ体に染みる歌を歌ったかなんですよMALACOのサウンドにスリルを求めちゃいかんのです。スリルと興奮が欲しければ、DUKEのボビー・ブランドを聴けばいいBluesでR&Bで疲れた心を癒すならMALACOのブランドに身を任せたらイイのですでは、最後に会員制のbarで一杯飲んで行ってくださいまし。お金はいりません勿論、小切手なんて受け取りませんよ疲れた心を癒しに来た皆様だけが会員になれるミュージックbarにようこそ♪( ´▽`)

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    ボビーブランド MCA〜MALACO 全アルバムコンプリート
  4. 、第28回年間ベス歌手ランキング2026の発表です。このランキングは、読者の方々の応援はがきの純粋な票数だけで決定するもの。今回は2025年4月号から、2026年3月号までの、読者はがきを累計した人気ランキングです。今回、かなり票数の動きがありましたね。もちろん、編集部の忖度は一切なく、純粋な票数のカウントで決まりますから、今の読者の方々の推しが如実に見えてきます。男性部門、女性部門、それぞれ10位まで掲載してますので、ぜひ読んでくださいね。GO!当地ステージは、愛知・御園座で行われた、藤あや子さんと市川由紀乃さんのジョイント公演です。音ステージは、舟木一夫さんの2026年コンサートツアー初日、埼玉・大宮ソニックシティでのコンサートを掲載。Zoom-upは新曲『旅路』が好評の天童よしみさん。歌魂グラビアは、今年45周年を迎えた山川豊さん。特別講座は青山新くんに登場いただき、新曲『十三ヶ月』を取り上げました。巻末楽譜特集は、演歌・歌謡界に新たな風を吹かしている新鋭作家・木村竜蔵さん。竜蔵さんのインタビューと、竜蔵さんが手掛けた『挽夏』(鳥羽一郎)、『めぐりめぐる』(竜徹日記)、『二代目』(木村徹二)、『ふたつの愛』(美川憲一)、『俺たちの子守唄』(鳥羽一郎・山川豊)、『火の鳥』(原田波人)、『人は恋して花を詠む』(舞乃空)、『太陽』(木村徹二)という楽譜を掲載しています。もちろん他にも歌手インタビュー、イベントニュース、好評な連載陣、新曲楽譜など、演歌歌謡曲ファン必携の内容です。歌の手帖4月号をよろしくお願いいたします。村田

    歌の手帖4月号の表紙巻頭は氷川きよしさん!
  5. 似合う音楽が。日本ロックの起源はっぴいえんどが解散する直前に、細野晴臣が制作・リリースした傑作ソロ・デビュー・アルバム『HOSONO HOUSE』から『僕は一寸』。同じく『Hosono House』のリリース50周年を記念したカヴァー・アルバムからジョン・キャロル・カービィ【John Carroll Kirby】による細野さんの曲『福は内 鬼は外』ft.Mizuhara Sisters(水原希子と佑果姉妹)が流れてくる。もう節分は終わったのにな、って思いながら僕はその曲に耳を傾ける。📖さて、と。今日、出掛ける前に本棚から抜き取って、リュックの中に突っ込んできた雑誌は前回と同じく「STUDIO VOICE」(この雑誌の詳しいことは前回のシリーズ記事に書いている)。その2000年8月号『萩原健一 ~ショーケンと呼ばれた男』。1960年代後半にGSの人気グループとしてデビューしたザ・テンプターズのリード・ヴォーカル、ショーケンこと、萩原健一の特集号。因みにショーケンは高校の時に付けられたニックネームである。もともとテンプターズの頃から独特の存在感があり(その後に出てくるフォーリーブスや郷ひろみ、西城秀樹とはまったく異なるタイプのアイドルだった)、映画や音楽を通して徐々に(自覚的というより、もともとそういう資質を持っていて、恐らく無自覚に)その個性的なスタイルを完成させていく。ワイルドで破天荒なのに少年のようなナイーヴさや繊細さを内包し、(世の中にも女性に対しても)どこか「甘え」のようなものを魅力に変え、無造作にブランドのスーツを着こなしていて、スタイリッシュなんだけど、海外の誰にも似ていない、謂わば日本オリジナルの雰囲気や佇まいがあって、東京のカッコ良さと大阪の人間臭さがない混ぜになったような独特の感じも。音楽ではやさぐれた感じやロマンティックな感じを、そしてLiveではロック的なダイナミズムや振り切ったような魅力を発散した。時に情けなくカッコ悪いのにすべてをカッコよく見せてくれる、その感じ。とてもシンプルなのにややこしくて。何だろう?ショーケンの魅力。だけど大好きなんだ、ショーケン。表紙は複数の映画監督が入れ替わるように制作されたTVドラマ『傷だらけの天使』のタイトル・バックでのショーケン。そして表紙といくつかのページを捲ると、萩原健一という大きな活字の脇にこんな言葉添えられている。会ったことなどなく、TVのモニターや映画館の銀幕に映っていただけなのに、どうしてなのか、その笑顔や仕草を忘れることができず、しかも、たぶん生き方や走り方まで変えてしまう力をもっていた男酔えばいつでも頭の中でそのメロディが鳴り出してしまう、そんなふうに歌を、ただの歌ではなくしてしまえる男いつまでも残るフィルムには秘密があり、それを空気のように纏ってきた男ショーケン、と言葉にした瞬間、場が変わる何かを知るためのひとつの試みそしてショーケンのロング・インタビューがあって、続いてショーケンと仕事を共にした人たち、映画監督の工藤栄一、深作欣二、俳優の岸田今日子、室田日出男、うじきつよし、ミュージシャンの大野克夫、井上堯之らのインタビューが並べられ、ショーケンの魅力を語っている。確かに。確かに僕もショーケンに添えられたこの言葉に「うん、うん」と素直に頷ける。だけどこのショーケンの特集が編まれたのは2000年だ。そしてショーケンは2019年に鬼籍に入り、その後、7年が経とうとしている。今、ショーケンの歌が流れることなんてないし、ショーケンの曲をカラオケで誰も歌わないし(僕はカラオケはあまり好きじゃないけど、どうしても歌わないといけない時には『大阪で生まれた女』をBOROのオリジナルの方じゃなくショーケン・バージョンで歌っている)、ショーケンの映画を観る機会なんてないだろうし(僕は『約束』も『化石の森』も『青春の蹉跌』も『アフリカの光』も映画館でちゃんと観ている)。規格外や想定外が受け入れられ難い今の時代に。ショーケンの魅力を「再発見」し、ショーケンの魅力を僕なりに伝えたいと思う。📷️若きショーケンのポートレイトをいくつか。店内には、音楽が流れている。はっぴいえんど解散直前に細野晴臣が結成し、自身のソロ・デビュー・アルバムのバックを務めた(但しクレジットはなかった)キャラメル・ママ(後にティン・パン・アレーに改名)に参加したギタリストでありSSWでもあった鈴木茂が書いた素敵な曲『100ワットの恋人』が(作詞は松本隆)。ふたりしみじみと話したかったのきみの早口 マシンガンのようさショーケンがどんなに素敵かを話しては頬そめてウットリ僕の顔を見て我に返ったのそう、当時の女の子はこんな感じだったかも。そして男の子はショーケンの仕草や話し方をマネしては鏡を見てふと我に返ったんじゃないかな。それじゃぁ、雑誌をパラパラと眺めながら、僕自身の記憶を辿り、雑誌の記事と重ね合わせながら、時代を追ってショーケンの魅力を書いていくことに。ザ・テンプターズ時代の(所謂、GS時代の)ショーケンは、まさしくアイドルだった。ザ・タイガースのジュリーこと沢田研二の人気には及ばなかったものの、もともとザ・テンプターズ時代のショーケンはビートルズではなくローリング・ストーンズに憧れ、ブルースを演りたかったという(ザ・テンプターズはホリプロ系列のプロダクションと契約していたので、自分たちの好きな音楽を自由に演れなかったし、GSという人気ジャンルのカテゴリーからは抜け出せなかったんだと思うな)。当時のショーケンはこんなことを言っている。「さぁ、デビューだという時から変なアップリケが付いたヒラヒラのユニフォームを着せられてさ。アレには参った。恥ずかしくてイヤだった。すっごくイヤだった。ほんとにイヤだった。アマチュアの頃のザ・テンプターズはそんなバンドじゃなかった。僕が参加した頃はまだ素敵なブルース・バンドだった」タイミングよくザ・テンプターズの曲が流れてきた。ヒット曲じゃないところが憎いよね。フッカー・ジョン・リーのブルース・ナンバーのカヴァー『ブーン・ブーン』(但し、歌っているのはギタリストでソングライターだった松崎由治)と、バンドのヒット・シングル『おかあさん』のB面に収められた、ちょっぴりストーンズな感じがしないでもない『秘密の合言葉』。因みに当時、僕はまた子供だったけど、その『おかあさん』や『エメラルドの伝説』なら空で歌えたりする。🎨当時のショーケンはアイドルだったので広告にも登場する。森永製菓のエール・チョコレート【YEEL】。これが例の、イヤでイヤで仕方なかった、変なアップリケが付いたユニフォームかなそしてやがてブームは去っていく。それは世の常だ。その後、野口ヒデトと若松愛が率いたザ・オックスに人気が移行し、デイヴ平尾が率いたザ・ゴールデン・カップスや星勝と鈴木ヒロミツが率いたザ・モップスなどのサイケデリックを標榜したグループなどが人気を集め、多様化し始めるとジャンルとしてのGSは徐々に衰退し、1970年にブルースの聖地メンフィスで録音した(但しショーケンだけが渡米し、他のメンバーは来なかったという)アルバムを最後にザ・テンプターズは解散する。そして1971年。ザ・テンプターズとほぼ同時期に解散したザ・タイガースの沢田研二と岸部修三(後の岸部一徳)、ザ・スパイダースの大野克夫と井上堯之、そしてザ・テンプターズからショーケンと大口広司が参加したスーパー・グループ、PYGが結成される。今では考えられないほど豪華なメンバーだけど、もう一度、時代の最前線に返り咲く夢はジュリーとショーケンのWボーカルという触れ込みにも関わらず、ジュリーばかりが目立ってしまってショーケンとしては存在感を見出せないままバンドを抜け、その後しばらくはジュリーのバンドとして活動したものの結局は、GSの仇花に終わってしまう。📷️当時のPYGの写真を。やっぱりカッコいいよね。そのPYGの唯一のアルバムから。ショーケンとジュリーのWヴォーカルが堪能できる(だけどサビはジュリーが歌ってる)曲『自由に歩いて愛して』。アルバム全体としてはGS以降を感じさせるニューロックな仕上がりで決して悪くないアルバムだと思うし、アルバムのアート・ワークも、ブタのイラストの鼻を押すとブタが鳴く仕様になっていて(もちろんデジタルで、じゃなくアナログで)可愛かった。当時のショーケンはこんなことを言っている。「PYGでは自分を表現できない。ここには自分がないんだ。自分がない、自分がない、自分がない」🎦俳優としてのショーケンは、テンプターズ時代に歌謡映画(昔は大ヒット曲が出れば、その曲を元にした映画がすぐに制作された)『ザ・テンプターズ~涙のあとに微笑みを』に出演した後、辺見マリのヒット曲の映画化『めまい』やザ・ドリフターズの映画『春だ ドリフだ 全員集合 ! ! 』などの小さな役で出演した後、1971年には憧れていた映画監督斎藤耕一が撮ることになった松竹映画『約束』の3番目助監督として制作に参加することに。この時、主演女優はまだ決まっておらず、そのせいでスケジュールが狂い、決定していた主演の男優が役を降りたため、制作は難航する。そんな状況の中でショーケンはフランスの映画監督イヴ・シャンピと結婚し、日本とフランスを行き来していた大女優・岸恵子に映画の脚本を送るというアイデアを提案する。一か八か。ダメ元で送った脚本に岸恵子からは好感触を得たものの、条件として共演する男優の写真を送ってくるように言われ、現場は再び混乱する。そんな中、今度は斎藤耕一から苦肉の策としてショーケンの写真を送ることになり、結果、岸恵子は主演を承諾、ショーケンもまた、主演俳優としてのその演技に高い評価を得て、俳優の道を本格的にスタートさせることになった。🎦因みに。1975年には、後に高倉健出演で『南極物語』を撮る蔵原惟繕【くらはら これよし】の『雨のアムステルダム』で再び岸恵子と共演することに。そしてその勢いそのままに。ショーケンは、石原裕次郎が主演する日本テレビ系の刑事ドラマ『太陽にほえろ!』でマカロニ刑事・早見淳役を演じることになり、第1回目の放送でジープに乗って颯爽と登場する。カッコよかったんだな、これが。だけど、今どきのTVバラエティーでは『太陽にほえろ!』と言えば、マカロニ刑事が立ちション中に(今ならそれだけでNGになるシーンだ)通りすがりのチンピラに刺されて死んでしまうシーン(殉職ではなく「犬死に」のように地味に殺されるのがリアルだとショーケン自身が提案した)よりも、マカロニ刑事の後に七曲署に配属された、Gパンこと柴田純刑事(松田優作)の殉職シーンしか流さないのは、どういう訳だ?因みに。第20話『そして、愛は終わった』では、ジュリーが犯人役で友情出演。マカロニ刑事が初めて犯人を射殺してしまい、犯人役のジュリーに寄り添い(もともと台本にあったかどうかは分からないけど)「ごめんなさい 目を開けてくれよぉー」と謝りながら吐き出すシーンが強烈な印象を遺した。🎦『太陽にほえろ!』では、ショーケン自身は自分の演技がマンネリ化することや、劇中、SEXが描かれないようなドラマにリアリティはないと感じていて、早い時期から降板を希望しつつ、結果的に人気絶頂の頃にショーケンは役を降りた。そしてそのショーケンを主役に『恋人たちは濡れた』や『一条さゆり 濡れた欲情』などの日活ロマンポルノで注目を浴びていた神代辰巳【くましろ たつみ】が1974年に撮った『青春の蹉跌』【せいしゅんのさてつ】はまさに1970年代的な、あまりに1970年代的な、1970年代という時代をそのまま真空パックしたような青春映画として映画史に刻まれる。共演は同じく70年代に最も輝くことができた女優のひとり、桃井かおり。📺️そしてTVドラマ『傷だらけの天使』だ。タイトルは後に『ウェストサイド物語』を撮るロバート・ワイズが1956年にポール・ニューマン主演で(共演は後にジェームズ・ディーンの恋人になるピア・アンジェリ)制作した映画『傷だらけの栄光』からの引用。内藤洋子の主演デビュー作『あこがれ』を撮った恩地日出夫や神代辰巳、東映の「集団抗争時代劇」というジャンルを代表した工藤栄一、『仁義なき戦い』を撮った深作欣二ら、一流の監督たちが入れ替わるように撮り(監督の人選もショーケンからの要望だった)、ある意味、競い合った。衣装デザインはこれ以前からショーケンの呑み友達だった菊池武夫、衣装提供は菊池武夫が創設したMen'sBIGI。それにしても。とにかく主役のオサムちゃんこと小暮修(ショーケン)と相棒役のアキラこと乾亨(水谷豊)のコンビの魅力的なことといったら。このコンビはジョン・シュレシンジャーが1969年に撮ったアメリカン・ニュー・シネマの傑作『真夜中のカーボーイ』のジョー(ジョン・ヴォイド)とラッツォ(ダスティン・ホフマン)のイメージが重なる。因みに。このドラマで水谷豊が主演することになったのは、もともと『太陽にほえろ!』の第1回目でマカロニ刑事が最初に捕まえた犯人役が水谷豊だったこともあって(それ以前は手塚治虫のマンガを実写とアニメーションをMixtureしたTVドラマ『バンパイヤ』の主演を務めた)、ショーケンが軽く「彼でいいんじゃない」と推薦したから。そして、このドラマには主演のふたり以外にも同じくらい重要な存在として超個性的な俳優人が脇を固めている。岸田今日子を始め、彼女の実際の従弟に当たる岸田森、ホーン・ユキ、西村晃。毎回、異なるゲストには緑魔子、中山麻理、室田日出男、吉田日出子、関根恵子、桃井かおり…。もう全員ヤバいって。過去も現在も含めて、こんなにも個性的で、スタイリッシュでカッコいいTVドラマを僕は知らない。この人気ドラマは今では伝説になっているのでストリーミングやDVDでも見れるかも知れないけど(もちろん観たことがない若い人には是非、観てもらいと思いつつ)、僕自身はリアルタイムで観て強い影響を受けてしまっているので、今さら観返してしまうと逆に何か大切なものを失くしてしまうような気がするので、多分もう敢えて観ることはないし、心の中で思い返すだけでいい。元ザ・スパイダースの井上堯之バンドによる『傷だらけの天使』のテーマ曲が流れると、ドラマの鮮烈な、あのタイトルバックが浮かんでくる。因みにこの映像は第26話に当たる、工藤栄一が撮った最終回『祭りのあとにさすらいの日々を』から。因みに。ドラマの中ではショーケンの弟分を演じた水谷豊はその後、実生活ではショーケンではなく、松田優作を兄貴と慕い、とても仲が良かったという。📺️その後、ショーケンはTVドラマ『前略 おふくろ様』(1975)、『祭りばやしが聞こえる』(1977~78)などの名作に主演するものの、振り返ると僕の中ではやっぱり『傷だらけの天使』を超えることはなかった。柳ジョージ&レイニーウッドによる、『祭りばやしが聞こえる』の素敵なテーマ曲を。🎦一方、映画の方でも市川崑が1973年に撮った『股旅』や野村芳太郎の『八つ墓村』(1977)、世界の黒澤明が撮った『影武者』(1980)、ジュリーと共演した鈴木清順の『カポネ大いに泣く』(1985)、神代辰巳の『恋文』(1985)などの名作に主演し、人気俳優として常に輝いていた。📷️私生活では、1980年に歌手のいしだあゆみと結婚し、話題を集めた(1984年に離婚)。🎨過去、日本の写真週刊誌「FRIDAY」のカメラマンに暴力を振るって2度逮捕されたことがありながら、同じような写真週刊誌「FLASH」の創刊の広告に出たことも。まぁ、ショーケンが、と言うより、ショーケンにオファーする出版社の方があざと過ぎると思うけど。そう。これに限らずショーケンには今だったらあり得ないようなダーティなエピソードがたくさんあり過ぎるし(他でも度々、逮捕や起訴されている)、ショーケンは、もしかしたら何でもありの「昭和」という時代にしか輝くことができなかった人間なんじゃないかな、と思ったり。音楽は1975年のソロ・デビュー・アルバム『惚れた』から、ショーケンの短い台詞から始まる、ちょっぴり小林旭的な感じがする曲『お前に惚れた』と、『傷だらけの天使』の弟分アキラのSEが入る『兄貴のブギ』。🎨明治製菓のチョコレート「デュエット」【Duet】の広告にも。コピーはアルバム・タイトルからの引用だろうか。その後、音楽はソロ・アルバム「ナジャ」【Nadja】三部作で歌手としての地位を確立した。まぁ、だけど「Nadja」という言葉はシュルレアリスムの法王アンドレ・ブルトンの著作のタイトルであり、ショーケンがブルトンの「ナジャ」を読んでいたとは思えないので、周りの誰かから教えられた言葉の響きに惹かれて使ったんじゃないかなと思うな。柳ジョージ&レイニーウッドがバックを務めた、1979年のLiveを収めた傑作2枚組アルバム『熱狂・雷舞!』から『大阪で生まれた女』を。ショーケンのLiveパフォーマンスは演劇的で(と言ってもシアトリカルという表現は当て嵌まらない)、ショーケン自身の俳優としての演技と同じような熱量で、どこまでが計算で、どこまでが偶然の産物なのかが分からないが故に(多分、本人にも分からない)、スリリングに展開し、聴き終わると、完成されたひとつの芝居を見たような充実感と興奮が残る。🎨90年代かゼロ年代に、このアルバムのカヴァー写真がTower Recordの広告にも使われ、「私はまだ自分に飽きていない。だからまた、違う自分に会える」という希望に満ちた言葉を残した。さらに1980年のアルバム『DONJUAN LIVE』から。アメリカのコーラスグループ、ドリフターズが1960年に歌い(メインボーカルはベン・E・キング)、日本では越路吹雪が歌った名曲『ラスト・ダンスは私に』を。このロマンチックな曲をショーケンはWギター(元フラワー・トラヴェリン・バンドの石間秀機と速水清司)、Wドラム(原田裕臣と田中清)による分厚くうねるような、DONJUAN ROCK'N ROLL BANDの演奏をバックに(個人的にはボブ・マーリーのLIVEアルバム『バビロン・バイ・バス』の、ザ・ウェイラーズの演奏に影響を受けていると思ってる)誰にも真似ができない独特の感受性で歌っている(或いは、演じている)。本来の歌詞を替えて「ロックンロールは◯麻みたいに心を酔わせるの」(瞬間、◯の部分の音が消されてる)と歌うフレーズもまたボブ・マーリーの影響なのか「ガンジャ」をイメージさせつつ、完全に振り切っていて、めちゃくちゃカッコいいとしか言い様がない。ショーケンの魅力についてどこまで伝え切れたかと言えばまったく自信はないけど。ショーケンとは、つまり僕の子供時代から思春期と重なる1970年代の象徴であり、それ故、僕にとっては永遠に色褪せることのないノスタルジアでもあり、大切なロマンティークなのだ。気が付けばコーヒーカップの中は空になり、すっかり乾いてしまっている。「たった一杯のコーヒーで長く居過ぎてごめんなさい」と心で呟きながら雑誌を閉じ、ため息混じりにひと呼吸おいて僕は席を立った。それじゃぁ、また。アデュー・ロマンティーク

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    Romantique No.711『僕は喫茶店とコーヒーと雑誌が好き』
  6. フォレスタ伝言板!
  7. やっとやっと出ました歌の手帖編集部ブログ♪
  8. 鋭いツッコミ
  9. 今日は聴き慣れたDangerousを聴いています びっくりです
  10. ラジオ松本隆 風街ラヂオ TBSラジオ 2026/2/12(木) ★
  11. 『ご報告と感謝、そしてこれからの音楽の旅へ』日頃より応援してくださっている皆さまへ。いつも温かいご支援、ご声援を本当にありがとうございます。SNSのコメントなどを通して、すでに耳にされている方もいらっしゃるかと思いますが、私・諏訪光風は、2025年をもって、18年目を節目に「惠介バンド」を卒業いたしました。2007年に惠介くんと出会い、ラジオ収録などギター1本でのステージから、大編成のコンサートまで、数えきれない時間と音楽を共にしてきました。2018年には、当時バンドリーダーであり、僕の親友でもあった奥野が亡くなりました。その後、バンドリーダーを引き継ぐことになり、惠介くんの音楽を支えるべく、仲間とともに全力で歩んできました。この時間は、私の音楽人生において、かけがえのない大切な財産です。この間に出会えた音楽、仲間、そして何より、皆さまからの応援に、心より感謝申し上げます。本当に、ありがとうございました。今年、僕は還暦を迎えます。人生の大きな節目にあたり、これからの時間を「自分自身の音楽活動」に全力で注いでいくことを決意しました。今後は、音楽とアートと旅、そして“出会い”を大切にしながら、新しい音楽の風景を、皆さまへ届けていきたいと思っています。長年共に歩んだ山内惠介くん、惠介チームの皆さん、そして支えてくださったファンの皆さまに、改めて深く感謝申し上げます。これから始まる新しい音楽の旅も、どうか温かく見守っていただけましたら幸いです。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。諏訪 光風

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    ご報告と感謝、そしてこれからの音楽の旅へ
  12. ざいませんが、私にクラシックはもとより、音楽全般通じて、うんちくを語れる程の知識も経験も感性もセンスも持ち合わせておりませんので、音楽に精通されている方には読むに足らないと思いますでは、何故にこうして生演奏を聴きに足繁く通うのかといいますと、底知れぬ努力で培った洗練された演奏から生み出される、彩りの異なる音色の息づかいに惹かれているからかもしれません。CDを聴くことも勿論ありますが、やはり、あのピアノに対峙した凛とした佇まいから奏でられる音色に演奏家の方々の鼓動、魂を感じながら、五感に染み入る感覚は何にも代えがたいものなんです。私の知り合いには、目を閉じて、静かに音色だけに耳を傾けられている方も少なくありませんが、私は、視覚的な面から演奏家の方の体温を音色に乗せて感じることが好きみたいですね開演時間を迎え、淡いピンクのドレス姿でステージに上がられた梨乃さんを見て、なんて清楚で華奢な方なんだろうというのが、第一印象でした。まだ、21歳とお若い彼女ですので、表情や仕草は初々しさに包まれていましたが、いざピアノに向かうと、可憐な容姿から芯の通った信念を感じる力強く情熱的な演奏を披露してくれました曲間では、スマホの画面を見ながら作曲家の説明や解説をされましたが、ややたどたどしさを感じながらも、清純な瞳を輝かせながら、真摯に語られる姿にとても好感が持てましたリズミカルでメリハリのある力強いタッチから生まれる生き生きとした音色には彼女の魂が宿っているようで胸の奥深くへ染み入って来ました。1曲毎に、椅子から立ち上がって深く頭を下げられていましたが、頭を上げて客席を見渡すその幼さの残る固さの残る表情と視線が定まらない所に、少しだけ緊張感が窺えましたが、まだ若干21歳という若さですから、その初々しさに惹かれますスマホを見ながら、梨乃さんなりにまとめられたのかな?プログラムの説明とリストとバルトークの比較を解説されましたが、その声が可愛くて、また彼女の言葉で一生懸命に真っ直ぐに伝えられる姿勢に好感を抱きました凜とした情熱的な演奏スタイルとトークのギャップがまた彼女の魅力ですねまた、急遽、プログラムを変更したことの説明とお詫びを伝えられました。プログラムF.リスト:バッハの名による幻想曲とフーガ    "B-A-C-H"S.529B.バルトーク:組曲 Op.14B.バルトーク:アレグロ・バルバロ BB 63 Sz 49(B.バルトーク:ピアノ・ソナタ Sz.80から変更されたようです)1911年に作曲された代表的なピアノ独奏曲の、ようです。打楽器的な激しいリズムと民族的な旋律が特徴で、自身の演奏会評に触発され名付けられた「野蛮なアレグロ」の名の通り、バルトークの個性を印象付けた約2~3分の名作。F.リスト: 超絶技巧練習曲 第10番F:リスト:メフィスト・ワルツ 第1番 S.514F.リスト:ドン・ジョヴァンニの回想 S.418ENCOREラフマニノフエチュード「音の絵」第1番Op.39-1 ハ短調曲それぞれの感想を語ることは先程もお話させていただいたように、クラシック初心者の自分には難関ですので控えさせていただきます今日演奏してくれたリストとバルトークですが、全体的には、高速タッチの技巧的で重厚感のあるドラマチックな作風の曲が多かったようで、今度はバラード調のメロディの曲も是非とも聴かせていただきたいと願っています初めて、梨乃さんの演奏を聴かせていただきましたが、華奢な容姿やはにかむような表情、所作から想像できない、情熱的で一音一音しっかり正確に力強いタッチで奏でる響きに梨乃さんの魂が込められて伝わってくる感覚に胸が熱くなりました。また、演奏される姿の美しさと、胸の奥深くまで響いてくる美しく心地よい音色に魅了されました終演後、梨乃さんにお見送りをしていただきまして、一人一人にご挨拶されながら、お話をされたり、写真を撮られていました時間的なこともあり、スタッフ?の方から、お一人3枚までということで、ピンで2枚撮った後、ツーショットで1枚と思っていたところ、彼女のお母様に2枚撮っていただきました、ありがとうございます小柄で、華奢な彼女でしたが、演奏されている姿はとても大きく映っていましたよ素敵な笑顔をありがとうございますピース✌まで、合わせて下さりありがとうございますこちらは、彼女のSNS よりお借りしましたこのすぐ後に大阪でも演奏されましたが、ブログを投稿するのがあまりにも遅いため、終わってしまいました、すみません華奢な容姿から想像がつかない、流れるような超絶技巧は是非とも多くの皆さんに体感していただきたいと願わずにはいられません。先ほどお話をさせていただきましたように、彼女は現在ハンガリーへ留学されていますので、日本で頻繁に演奏する機会はありませんが、今回も冬休みで一時的に帰国されているタイミングでこうしてリサイタルを開催して下さっているようです。今は、ハンガリーへ戻られていますが、春休み、夏休みにはまた帰国されて演奏されるようですので、楽しみにお待ちしています。まだ、発表されていないものもあるようですが、わかっているものだけをご紹介させていただきます。8月8日(土)に大阪で、音楽とバレエの共演で演奏されます。8月15日(土)には東京で、同じく音楽とバレエの共演で演奏されます。こちらのチケットはゲット済ですまた、先日もお邪魔した、練馬にあるSAKAMOTOさんでも、夏に演奏されるようですので、発表をお待ちしたいと思います。もしかしたら他にも近い内に嬉しいお知らせがあるかもしれませんので、楽しみにお待ちしています最後まで、読んでくださりありがとうございます

    西田梨乃ピアノ・リサイタル
  13. yuhです ご無沙汰していました💦日曜日と昨日久しぶりのジェジュン活しました1回目の「神社」鑑賞座席はJ-9札幌のジェジュンペンさん達と大丸でランチしてからのジェジュン和食 彩りも良くてヘルシーお釜で炊いた白ご飯がとても美味しかったですこの日は映画の後かてぃんさんこと角野隼斗さんのJapan ツアー「Chopin Orbit」をキタラホールに聴きに行きましたアンコールで録画、撮影OKと言われたのですが咄嗟にスマホが出せず最後の挨拶しか撮れない大失態😭ショパン オービット最高でした今まで若手オケを指揮しながら弾くアルゲリッチ(札幌芸森)も最前列で聴いたフジコヘミング(キタラ)も心に残る演奏でしたが、角野さんのピアノは今まで聴いたことがない音色で泣けるほど良かったです馴染みのあるショパンをこんな芸術的な音色で奏でる人が日本人で、まだ30歳なのね かてぃんさんらしいコラボ作品もすばらしかったです角野さん「昨夜、念願だった雪まつり見に行けたんですよ」と嬉しそうにおっしゃっていました😊昨日11日神社2回目鑑賞 座席はJ-10ダンナと大丸で軽くランチして映画の前にチョコレートの特設売り場へ印象的なディスプレイは京都の抹茶チョコ普段は中々買えない金賞🥇を受賞したフランス🇫🇷のチョコとパッケージが可愛い💕ベルギー🇧🇪のチョコを買いました。トリュフが美味しいんです映画ダンナは福山雅治さんと大泉洋さんの「ラストマン」を見たそうです北海道が舞台で、凄く面白かったと言ってましたそして雪まつり最終日行ってきましたよ話題の会津若松城プロジェクションマッピング見ましたが動画が貼れないのが残念です😢映画「神社」、昨日はジェジュンが木野花さんと監督さんと共に舞台挨拶に来て、記事が沢山出てましたねジェジュン、観客と共に主演映画「神社 悪魔のささやき」をお忍び鑑賞!“手に入れたい能力”も明らかに(Kstyle) - Yahoo!ニュースジェジュン主演×熊切和嘉監督の新作ホラー「神社 悪魔のささやき」が絶賛上映中だ。この度2月11日(水)にジェジュン、木野花、熊切和嘉監督登壇の公開記念舞台挨拶が行われた。本作は神戸の廃神社で大学news.yahoo.co.jpでも、レビューは酷評が多くてですね私、韓国映画、100本位は見ていますが、2度見てもレビューが書けないんですそこで、1番私の思うところに近いレビューをお借りしましたジェジュンの魅力をもっとフィーチャーしないでどうする!同感です!!!相手役の女優さんもビジュさんまではいかなくてももっと華のある女優さんを配してくれても良かったのに、、と思いました🙏久々のジェジュン活はジェジュンファン友さんとお会いできたのがなにより楽しかったですジェジュン、Jパは両方ともいけなくてごめんでもコンサートはいけるよう頑張るからね

    ジェジュンの魅力をもっとフィーチャーしないでどうする「神社」からの角野隼斗さん、札幌雪まつり
  14. できないほど。まず歌手から。ローエングリン役の代役Benjamin Brunsは、すばらしい歌。ひたむきで素直な声で、突き刺してくるような声量。ホールが狭いからなのかもしれないが、ここまで力強い声を浴びるのは初めての経験かもしれない。その辺のヘルデンテノールでは及びもつかない。オルトルート役の代役Miina-Liisa Väreläも、ものすごい迫力で音程も正確、カンペの代役として全く遜色のない十分満足できる歌を味わえた。エルザ役のエルザ・ヴァン・デン・ヒーヴァーもかわいらしい声が役に合う。でも声量はばっちり。ハインリッヒ役のルネ・パーぺも圧巻。張りのある高貴な声。いいお歳だろうが衰えを知らない。テルラムント役のヴォルフガング・コッホも声量豊かで悪役らしい声の表情もよい。指揮はシモーネ・ヤング。オケをあおって力強い音を引き出していた。かといって歌手の邪魔をしない。音の洪水。ワーグナーを聴く醍醐味を味わえた。シュターツカペレ・ベルリンの管弦楽も多少の瑕疵はあるが、弱音から大音量まで美しい演奏を聴けて大満足。合唱はもっと精度がほしい。バラバラなところがある印象。一方、カリスト・ビエイトの演出は謎すぎ、分からなすぎ。もう潔いレベル。白鳥は折り紙でプロンプターボックスに置かれ、最後はブラバント公が現れずエルザが遺品?をもって仁王立ち、ローエングリンは頭を抱えて座り込む。まあ、単に私が背景を知らないだけなんだろうけれど。裁判を模した綺麗な舞台ではあった。演出は訳の分からない物だったが、音楽的には、歌手が大変素晴らしく、指揮、管弦楽も十分に楽しめた良い公演だった。特に、Benjamin Brunsというもの凄いヘルデンテノールと、Miina-Liisa Väreläというドラマティックソプラノに出会えて、とてもうれしい。世の中は私の知らない世界がいっぱいだ。2人にはこれからも頑張ってほしい。カーテンコールの写真は撮影に失敗したのでありません。次は、ベルリン州立歌劇場でのプッチーニ作曲の歌劇『トスカ』の感想。

    2026年1,2月パリ・ベルリン旅8 『ローエングリン』の感想 ベルリン州立歌劇場
  15. ようだ。自宅に戻っYouTubeでアンナ・ヴィニツカヤの演奏する亡き王女のためのパヴァーヌを聴き直す。音楽を彫刻のように立体的に構築するかのようだ。ヴィニツカヤの亡き王女のためのパヴァーヌMaurice Ravel, Pavane para un infante Defunte, Anna Vinnitskaya■スクリャービン:ピアノ・ソナタ第3番 嬰ヘ短調 Op.23予習でロシアのトリフォノフのスクリャービン:ピアノ・ソナタ第3番を聴いて曲がわかったようなつもりになっていた。ヴィニツカヤの演奏は聴いても作曲家の意図がわからなかったが終わり方はすごくよかった。自宅に帰ってYouTubeで日本人の演奏を2名聴くと同じようなフレ-ズを繰り返しているだけに聴こえ1分で聴くのが飽きた。同じトリフォノフの演奏を再度聴くと予習した時より更に絶妙にスクリャービンの心情が刻々と変化して聴こえる名曲に聴こえた。トリフォノフが非常に優れたピアニストに感じた。トリフォノフの演奏Scriabin - Sonata no. 3 in F-sharp minor, op. 23 - Daniil Trifonov■ブラームス:3つの間奏曲 Op.117この曲はラヴェルと違ってブラームスの後期ピアノ曲の孤独で回顧的な曲想にヴィニツカヤの演奏はマッチしていて理解しやすかった。孤独感の強いクールな演奏はロシアのワレリ-・アファナシェフを思い起こした。アファナシェフの演奏András Schiff - Brahms, Intermezzi Op. 117■ラフマニノフ:コレッリの主題による変奏曲 Op.42コレッリの覚えやすい名曲を使い「パガニ-ニの主題による狂詩曲」と変奏が似ていてわかりやすい。ラフマニノフの絶望、虚脱、郷愁と悲しみが表現されている。ヴィニツカヤはラフマニノフの激情を真に迫って凄みがある演奏。この曲がもっとも共感ができる好演だった。◇感想木のような響きが混じってピアノの響きは透明感はないが濁った響きではない。打鍵が強靭で日本人ピアニストより音量が大きく聴こえる。技巧は2007年エリザベ-ト王妃国際コンク-ル1位だけあって上手い。ラヴェルの演奏はフランス人ピアニストの演奏を聴きなれていてクールな美のスタイルは初めて。スクリャービンは曲が難しく演奏の評価が難しい。ブラームス:3つの間奏曲とラフマニノフ:コレッリの主題による変奏曲は好演だった。使用ピアノはスタインウェイ◇座席2階バルコニ-右の前方。ピアノの音量は充分な大きさで聴こえる。◇観客9割以上の入り。 

    26.2.10 ラフマニノフ好演!アンナ・ヴィニツカヤ ピアノ・リサイタル 浜離宮朝日ホール
  16. y, 2007) YouTube The Lost Reel Collection #3 Full AlbumRecorded Live around 1972Released by Transparency Records 0303, 2CD, 2007(Disc 1)1-1. Outer Space - Untitled Improvisation - 18:011-2. Stardust from Tomorrow - 5:401-3. Exotic Forest - 16:201-4. Untitled Improvisation - 2:241-5. Shadow World - 5:41(Disc 2)2-1. Untitled Improvisation - 13:542-2. Strange Worlds - Untitled Improvisation - 6:362-3. Enlightenment - 2:402-4. Outer Spaceways Incorporated - 2:022-5. Prepare for the Journey to Other Worlds - 7:392-6. The Shadows Took Shape - 2:242-7. Friendly Galaxy - Watusi - 12:39[ Sun Ra and His Arkestra ]Sun Ra, June Tyson, John Gilmore, Marshall Allen, Kwami Hadi and others unidentified.『サン・ラ - エジプト三部作(トリロジー) (El Saturn, 1972/1973)』サン・ラ - エジプト三部作(トリロジー) (El Saturn, 1972/1973)サン・ラ Sun Ra and his Astro-Intergala…ameblo.jp 2007年にリリースを開始したアーケストラ公認のサン・ラとサン・ラ・アーケストラ関連ミュージシャン専門発掘レーベル、Transparency社の第一弾アルバムになったのが2007年に一斉リリースされた未発表発掘ライヴ『The Lost Reel Collection』シリーズのVol.1『The Creator of the Universe』、Vol.2『Intergalactic Research』、Vol.3『The Shadows Took Shape』、Vol.4『Dance of the Living Image』でした。同社はその後もライヴ録音、未発表録音の発掘を続けており、旧サターン盤のリマスター/エクスパンデッド・エディションをリリースしているEvidence社やYard Ard社、やはり発掘リリースに取り組んでいるTotal Energy社と並ぶサン・ラ専門レーベルで、『Lost Reel Collection』シリーズは2008年リリースのVol.5『The Universe Send Me』、2010年リリースのVol.6『The Road To Destiny』と続き、2008年にはCD6枚組におよぶ『Live at Slug's Saloon』、2010年には長年テープの所在をマニアに悩ませてきた『Live in London 1970』、さらに2011年にはサン・ラのアマチュア時代の1921年の参考音源から1959年までのさまざまなセッション、1976年の発掘ライヴをまとめた14枚組CDボックス『The Eternal Myth Revealed Vol.1』、またさすがにオンデマンドの受注プレスですが2007年には驚異の28枚組CD-R『The Complete Detroit Jazz Center Residency Dec. 26th, 1980 - January 1st. 1981』(サン・ラ生前のサターン盤ではアナログLPで『Beyond The Purple Star Zone』『Oblique Parallax』の2枚分だけ抜粋発表されていた一週間連続コンサートの完全版)にいたるまでリリースしています。現在流通しているサン・ラのアルバムは生前発表作品、生前制作ながら未発表に終わり没後発表された作品、生前のサン・ラ側にリリースの意図がなく没後発掘されたスタジオ録音・ライヴ録音が混在しているのでこれらTransparency社の発掘リリースのシリーズは位置づけが難しく、これまでに取り上げたのはどちらもバンド側にリリースの意向はなかった観客録音の発掘ライヴ音源『Live in London 1970』と放送局が録音していた音源で2009年リリースの『Helsinki 1971』のみですが、どうも『Lost Reel Collection』のシリーズにはサターン側がリリース候補としてレコーディングしてあったマスターテープをソースとしたものも含まれているようなのです。そうした発掘録音の性質上ご紹介するタイミングに困っていたのですが、公式スタジオ・アルバム『Astro Black』に先立ってVol.3『The Shadows Took Shape』がちょうどこの位置にあり、さらに先立つVol.1、Vol.2、また比較対象として再度の掲載になりますが『Live in London 1970』ともどもまとめてご紹介することにします。Sun Ra and His Arkestra - The Creator of the Universe (The Lost Reel Collection #1) (Transparency, 2007)Disc 1 Recorded live at The Warehouse, San Francisco, on June 10, 1971Disc 2 is a lecture at UC Berkeley on May 4, 1971Released by Transparency Records 0301, 2CD, 2007(Disc 1) :YouTube The Lost Reel Collection #1 Disc 11-1. Discipline (?) - 9:291-2. Unidentified Title - 20:391-3. Unidentified Title - 6:301-4. Unidentified Title - 6:201-5. Satellites are Spinning - 3:311-6. Enlightenment - 1:39(Disc 2)2-1. Lecture by Sun Ra - 47:38*Sun Raand His Arkestra - Intergalactic Research (The Lost Reel Collection #2) (Transparency, 2007) Full AlbumDisc 1 performance at Native Son, Berkeley, CA on summer 1971Disc 2 Location Unknown circa 1972Released by Transparency Records 0302, 2CD, 2007(Disc 1) :YouTube The Lost Reel Collection #2 Disc 11-1. Untitled Improvisation - 10:261-2. Strange Worlds / It's after the End of the World / Outer Spaceways Inc. / Why Go to the Moon - 6:261-3. Untitled Improvisation - 7:25(Disc 2) :YouTube The Lost Reel Collection #2 Disc 22-1. Moog - 3:292-2. Outer Space - 7:192-3. Untitled - 6:512-4. Intergalactic Research - 14:13 サン・ラの公式録音アルバムのリリースでエジプト公演三部作『Live in Egypt I』『Nidhamu』『Horizon』(1971年12月収録、1972年~1973年リリース)の次に来るのは、録音順ではインパルス!社との契約第一弾アルバム『Astro Black』(1972年5月録音、1973年リリース)、発表順ではエジプト公演三部作の直前の公式アルバムには1970年10月のドイツ公演のライヴ『It's After the End of the World』に続く、1971年夏にカリフォルニアでの大学での教鞭に伴って会場不明で西海岸で録音された新曲ばかりのライヴ盤『Universe in Blue』1972がありました。ご紹介済みの同作は大学での黒人音楽文化講義のサンプル演奏をアルバム化したものであり、『Lost Reel Collection』のVol.1『The Creator of the Universe』、Vol.2『Intergalactic Research』はライヴ未編集版(マスターテープ由来の欠損はありますが)の『Universe in Blue』と見なせるアルバムになっています。録音状態もサターン盤としては十分に公式録音と言えるもので、『Universe in Blue』制作に当たってリリース候補の素材、または参考資料としてアーケストラ側がライヴ・レコーディングしていたと思われる内容です。未編集のためライヴ・アルバムとしての完成度は求むべくもありませんが、Vol.1『The Creator of the Universe』ディスク2にはサン・ラの音楽文化講義、Vol.2『Intergalactic Research』ディスク2にはムーグ・シンセサイザーの各種パターンのサンプル演奏が収められており、リスナーにサン・ラの授業の聴講生の気分を追体験させてくれる格好のテキストとして聴ける発掘アルバムです。このVol.1とVol.2はメンバー不詳ながら時期的にもロケーション的にも『Universe in Blue』と同一メンバーのアーケストラによる演奏でしょう。Vol.4『Dance of the Living Image』、Vol.5『The Universe Send Me』、Vol.6『The Road To Destiny』はいずれも1973年~1974年の発掘ライヴなのでご紹介は後に見送りますが、Vol.3『The Shadows Took Shape』は録音場所・日時不明ながらアーケストラの公式サイトでは5月録音の『Astro Black』に先立つ1972年の発掘ライヴとされており、CD2枚トータル96分におよぶ内容は1971年秋のヨーロッパ~エジプト・ツアー後の過渡期のアーケストラの演奏が良好な音質で聴ける興味深いものです。Transparency盤ではメンバーが明記されていますがアーケストラ公式サイトではサン・ラ(各種キーボード)、ジューン・タイソン(ヴォーカル)、ジョン・ギルモア(テナーサックス)、マーシャル・アレン(アルトサックス、フルート、オーボエ、ピッコロ)、クヮディ・ハディ(トランペット)以外メンバー不詳となっており、2か月間におよんだ長期ヨーロッパ・ツアーの後にニューヨークからフィラデルフィアにアーケストラの本拠地(事務所兼スタジオとバンドの社宅)を移したこともあって、メンバーの再編が行われたのが推察されます。何しろ中核メンバーほぼ10人、準レギュラー・メンバー15人~20人、スタッフも合わせれば総勢40人あまりのビッグバンド経営をしていたのですから年間200回以上のライヴ本数、10枚近いレコーディングをこなさないとメンバーが食べていけません。ジャズ不況の'70年代にいかにサン・ラ・アーケストラが異例の存在だったかがわかろうというものですが、ここでのアーケストラは過激な実験的フリー・ジャズだった1970年秋ツアー、ゴスペル色の強かった1971年秋ツアーから一転してパーカッション・アンサンブル中心にアフロ色を前面に押し出したサウンドに変化しており、'50年代後期のエキゾチックなサウンドを'60年代中期以降の実験的フリー・ジャズで濾過したような演奏になっています。ステージではそれで良いとしても、レコード作品ではこのままでは散漫になってしまいますからこのサウンドをいかに凝縮したスタジオ・アルバム化するかが『Astro Black』からの課題だったのがうかがえる貴重なライヴ音源です。作品性は別とすれば演奏内容は充実しており、レコード作品にパッケージ化されたアーケストラと生のアーケストラのライヴを比較するにも、ライヴ中継のラジオ番組を聴くように快適に聴き流しても楽しめる、無編集・ノーカットの自由奔放な演奏が聴ける発掘ライヴです。 問題なのは以前にもご紹介した伝説的な1970年11月の初イギリス公演を収録した『Live in London 1970』で、この年8月にサン・ラ・アーケストラは初めてフランスで海外公演を行い大好評を博し、10月にはフランスへの再度の公演からドイツ、オランダ、スペイン、イタリアを回り、イギリスで3公演を行って帰国します。この時の2度におよぶ西ドイツでのジャズ・フェスティヴァル出演から1枚のアルバムに選び抜いたのがサン・ラ史上初の国際メジャー・リリース(ポリドール)になったアルバム『It's After the End of the World』でした。イギリス3公演の幕開けになった11月9日ロンドンのエリザベス・ホールでのコンサートは満席の観客に驚愕をもって迎えられ、この公演を見て呆気にとられたデイヴィッド・トゥープが観客の受けた衝撃を伝える貴重な証言をしています。日本でもそうですが外国からのミュージシャンの公演はほとんどが放送局や会場主宰者によって放送用・記録用に録音されており、サン・ラのヨーロッパでの発掘ライヴもほとんどが主宰者や放送局によって録音されたものですが、イギリスのエリザベス・ホール、セイモア・ホール、リヴァプール大学ホールでの3公演はいずれも公式録音が残されませんでした。せめて誰か観客なり、できればスタッフなりが隠し録りしたテープがあるのではないかと長年テープが捜索されてきましたが、ついにTransparency社が見つけ出してきたそのイギリス公演初日、エリザベス・ホールでのライヴは2010年にCD2枚組で発売されました。アーケストラ公式サイトもこのリリースを公認しましたが、サイト内のアルバム・ディスコグラフィーでわざわざ注釈をつけています。「注記: サン・ラを聴くのに本質的には音質は関係ないとしても、この発掘ライヴは限度を越えている。Amazonに寄せられたユーザー評を引く。『これまでに聴いたどんな最悪の音質の録音よりもさらに劣悪な音質を想像すればこれになる。このアルバムを買うのは20ドルの紙幣を火にくべるようなものだ』『バスルームではなくホールで録音されたとは信じがたい。まるでオーディオが壮絶に壊れたようだ』本当にハードコアなサン・ラのコレクターにしかお薦めできない」。 キング・クリムゾンの『Earthbound』、キャバレー・ヴォルテールの『Y.M.C.A.』、SPKの『Live At The Crypt』など意図的にローファイなサウンドを狙ったロックのライヴ盤をもってしても、この『Live in London 1970』の前にはハイクォリティー・サウンドにすら聴こえます。音楽的な効果を狙った音質劣化ではなく単なる客席からの隠し録り録音の大失敗で、ワイヤーの名曲「Underwater Experience」のように鼓膜に水が入ったままバンジー・ジャンプしているような音響がひたすら続いて何を演奏しているのかもわかりません。サン・ラだから、伝説的な1970年秋のロンドン公演だからという以外CD化などもっての他のようなオーディエンス録音の劣悪音質です。もちろんアーケストラ側には何の非もなく、実際のコンサートの音響は通常通りのコンサート・ホールのサウンドだったでしょうから、結局イギリス公演はまともなライヴ・テープが存在しなかったと割り切るしかないでしょう。リリースしたTransparency社も相当なものですが、よくまあ40年間も録音者がこの壊滅的録音状態のテープを破棄しなかったものです。このようにTransparency社の発掘リリースにはピンからキリまでありながら、サン・ラの録音なら何でも聴きたいリスナーが現在では世界中にいるということです。Sun Ra and The Intergalactic Research Arkestra - Live in London 1970 (Transparency, 2010) Full AlbumRecorded live at London's Queen Elizabeth Hall, November 9, 1970Released by Transparency Records 317, 2CD, 2011(Disc 1) :YouTube Live in London Disc 11-1. Intro improv - Drum ensemble1-2. Walking On The Moon1-3. Outer Spaceways Incorporated1-4. Untitled1-5. The Shadow World1-6. Untitled1-7. Watusi1-8. Theme Of The Stargazers1-9. Life Is Splendid1-10. Moog solo(Disc 2) :YouTube Live in London Disc 22-1. Untitled2-2. Untitled2-3. Planet Earth2-4. Second Stop Is Jupiter / Myth vs. Reality / It's After The End Of The World2-5. Untitled

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    サン・ラ - ザ・シャドウズ・トゥック・シェイプ (Transparency, 2007
  17. 朝、コーヒーを淹れている時間が好きだ。湯気が立って、香りが広がって、ただそれだけの数分間。体調がよくなるわけでもないし、未来が明るくなるわけでもない。でも、「さあ、今日も始まったな」と思える感じがある。そんな普通の時間を過ごしながら、頭のどこかでは別の時間も流れている。病気の進行、という時間だ。なるべくならゆっくりであって欲しいが、ある日ちょっとだけ段差みたいに進むこともある。それはもう、仕方のない前提として横に置いてある。だから時間が一つじゃなくなる。ひとつは、病気が進んでいく時間。もうひとつは、今日の生活が普通に流れていく時間。この二つが、わりと自然に同時進行している。未来のことを考え始めると、今が予告編みたいに見えてくることもある。でも、今日の身体はちゃんと今日のままだ。ジムに行けた。仕事が終わった。コーヒーが美味しかった。それだけのことだけど、ちゃんと手触りのある感覚だ。リハビリができるのも、フラつきながら歩けるのも、努力のおかげかもしれないし、単に進行がゆっくりなだけかもしれない。どっちでもいいのだと思う。今日できた、ということ自体がその日の現実だから。未来を思うと暗澹としてくる。でも、今日まで未来に吸い取られる必要もない。「進行している人生」と「進行していない一日」。この二つを並べて持っておくくらいが、ちょうどいい気がしている。前向きとか後ろ向きとかじゃなくて、淡々と日々を過ごしていく。そしてたぶん、歩けなくなっても、しゃべれなくなっても、スタンス自体はあまり変わらないのだろうと思う。そのときの身体で、その日の一日があるだけだ。歩けないなら、それなりの一日。話せないなら、静かな一日。たぶん、それでもコーヒーは飲むし(きっと咽ながら)、今日はこんな日か、と思いながら過ごすのだろう。未来は未来として横に置きつつ、今日の分だけ、ちゃんと生きる。特別なことではなく、たぶん、それがいちばん自然な生き方なのだと、最近は思っている。♪ 今日の一曲 ♬フレッド・ハーシュの「ヴァレンタイン」。アンコールで演奏されることも多い、彼のオリジナル曲。静かに始まり、音と音のあいだに呼吸があるような演奏。派手さはないけれど、今日という時間の余韻をそのまま受け止めてくれる一曲。Fred Hersch - Valentine

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    進行していく時間と、今日の時間
  18. 、1976年デビュアルバム『Tales of Mystery and Imagination:怪奇と幻想の物語』ですね。ビートルズやピンク・フロイドのレコーディング・エンジニアとして知られるアラン・パーソンズが、エドガー・アラン・ポーの幻想文学を題材に構築したコンセプト・アルバムその中でも本曲は、文学性とポップ性が見事に融合した楽曲として、今なお語り継がれていた だって!高校生になった1976年、ロックに夢中、ディープ・パープルやレッド・ツェッペリンにどっぷりハマって、ハードロック、そしてプログレの名盤な後追いで聴きたいとそれにアメリカンロックも聴きたいと。70年代、激動のブリティッシュロックシーンに、プログレぽい連中が、急にポップとクラシック融合か!?――正直、判らん、でも才あるような? それが、アラン・パーソンズ・プロジェクト:APPでした。むちゃくちゃ人気があったようでなく、ELOもいたし。日本では、万民受けはセカンド77年『アイ・ロボット』からだったと思う。それも、ビートルズやピンク・フロイドのようなコンセプト感満載!リリース年:1976年収録アルバム:Tales of Mystery and Imagination最高順位:37位(Billboard Hot 100)作詞作曲:Eric Woolfson, Alan Parsonsプロデュース:Alan Parsonsボーカル:John Milesビートルズとピンク・フロイドを録った男ビートルズの『Abbey Road』でアシスタント・エンジニアやってた時が19歳だ。19歳で「Here Comes The Sun」や「Maxwell's Silver Hammer」のセッションでアシスタントを務めて、あの横断歩道の撮影にも立ち会ってると言われてる。知らんけど(笑)ピンク・フロイドの『狂気(The Dark Side of the Moon)』。心拍音、現金レジスターの音、笑い声――全部パーソンズと言われ、クワドラフォニック(4チャンネル)サウンドの実験、音圧バランスや空間設計において、当時としては画期的な手法を用いた男だと言われてる。知らんけど(笑)『Wish You Were Here』でもエンジニアとして参加し、「Shine On You Crazy Diamond」での重層的な音作り。いつのまに音響の魔術師と呼ばれた男が、自分のプロジェクトを始めた。狂気の物語を、なぜかロックで歌う?それがデビューアルバム『怪奇と幻想の物語(Tales of Mystery and Imagination)』。エドガー・アラン・ポーの怪奇小説のコンセプト・アルバム。「タール博士とフェザー教授の療法」の原作は、ポーによる同名短編小説。精神病院で患者が反乱を起こして、医師になりすまして施設を支配するっていうブラックな話。ダークで重苦しい曲をところがAPPは真逆、軽快なロック・ナンバーに仕上げ。まあクラシックと融合で、ELPより、エンジニアらしく、クラシック強気の曲もある。品の良い、ロックオペラ、ザ・フーより才はあっかも、当時は気がつかん、だってプログレ!?が正直なところ。ボーカルはジョン・マイルズ、ソロで「Music」って曲でヒットになった。プログレ系がなぜPOPに向かったのか?正直言って、当時は違和感があった。ハードロック少年からは「ポップになるんだよ?」って思った。80年代のジェネシス前兆と思えば、今は納得感になるけど。スタジオ技術の進化。シンセサイザーやマルチトラック録音が一般化して、複雑な音を整理してポップに仕上げることができるようになった。アビイロードより進化の最先端にいたエンジニアだから、誰よりもそれができた。そして商業的現実。ラジオで流れなきゃ売れない。チャートに入らなきゃ意味がない。APPは最初からスタジオ・プロジェクトで、ライブバンドじゃなかった。だからこそ、ラジオ向けサウンドを追求したと思う。ボストンが登場同じ時期、アメリカではボストンが出てきた。トム・ショルツが自宅スタジオで作り上げたあのサウンド――ハードロックの迫力とギターの歪みを残しながら、完璧なハーモニーと録音クオリティでPOP化した。『More Than a Feeling』ロックしてる。ボストンはハードロックのエネルギーとロックンロールの直情性は残し、スタジオで磨き上げたと思う。一方、APPは違った。知性とスタジオワークを武器にして、クールに割り切った。ロック魂というより、理論的。そこがどちらも時代の産物だけど、ロックへの向き合い方が全然違うが、同じ頃で出てくるところが、70年代ロック、多様性とロックの進化? 好みの別れるところだと思うけど。先駆的サウンド「The Raven」アルバムの冒頭を飾る「The Raven」では、ボコーダーを使った実験的なボーカル処理が入ってる。かなり先鋭的。APPは固定バンドじゃなく、"スタジオ・プロジェクト"という形。この制作体制が、後の「Eye in the Sky」みたいなヒット曲を生み出していく。知的なコンセプト(文学、SF、哲学)を扱いながらも、音楽としてはAOR的な滑らかさがあり、70年代後半から80年代にかけて、プログレとポップの"ちょうどいい距離感"を保った存在だったかな~と云うことでおまけは同アルバムから1987RemixでThe Alan Parsons Project - The Raven4500頁、15年の熱量を、今の視点で削り出す。 【再編集2026】プロジェクト始動。ロック前『【再編集2026】少年時代ロック前 三部作  おまとめページ』 ロックは、ある日突然、耳に飛び込んできたわけではない。 それ以前に、すでに心のどこかに「受け取る準備」ができていた。 テレビのブラウン管、物語の余韻、…ameblo.jpロックはここから始まった『【再編集2026】ビートルズ後期 五部作  おまとめページ』誰にでも、「音楽の扉が開いた瞬間」がある。 私の場合、それは14歳。中2の友人宅で聴いた『サージェント・ペパーズ』だった。 ビートルズは、すでに解散してい…ameblo.jpにほんブログ村 押していただき感謝です。m(_ _ )m

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    The Alan Parsons Project-「タール博士とフェザー教授の療法」