9/4の記事ランキング

  1. おはようございます、akiringです。名古屋は雨が降りつづいています。昨晩もスパルタインストラクター(次男)とジムへ行ってきました。歩く距離や速度を徐々に変え、きのうの自分を自分で追い越してみます。持ち上げるウェイトもきのうより若干重くしてみたりします。筋肉痛になるかと思いましたが、これが不思議と筋肉痛にはなっていません。近年オジサンになると筋肉痛は翌日には来ず、翌々日以降に来たりします。下手すると筋肉痛ではなくシンプルに痛めちゃったりします。そうならないように細心の注意をはらって取り組む必要があるのです。さて、今回のネタはコレ。ドーン!みんな大好き国鉄形特急電車583系であります。言わずと知れた昼夜問わずシャカリキに走りつづけた車両であります。写真は京都鉄道博物館に静態保存されているクハネ581であります。もちろん庄内川鉄道でも所有しています。12両編成で活躍していた往年の姿であります。TOMIX製のHG仕様で、空気管の再現がされたロットに置き換え済みであります。ヘッドマークは間合い運用で活躍した"しらさぎ"としています。583系にクハネ581が組み込まれた編成は個人的にツボであります。またタイホンがスリットタイプなところに痺れちゃうのであります。♪そんな583系は少し前までもう1編成所有していました。写真手前のN1+N2編成であります。同じくTOMIX製のHG仕様で、秋田車両センターに所属していた車両であります。床下が黒色に戻された姿で、製品は"ありがとう"セットであります。6両編成で晩年は団体や臨時での運用に活躍しました。そんなN1+N2編成も引っ越しのタイミングでこっそり転属していました。しかし少し前にKATOさんがこんなモノを製品化してくれたのであります。それは…ドドーン!"わくわくドリーム号"であります。またしても秋田車両センター所属のN1+N2編成であります。2007年~2015年頃の床下がグレーだった頃を製品化してくれたのであります。時を同じくしてTOMIXからHOゲージの同じ仕様が製品化されました。危なく散財しそうになりましたが、塗装の品質がイマイチだったので見送り。大人しくNゲージでの入線に落ち着いたのでありました。"わくわくドリーム号"は秋田からTDRがある千葉県の舞浜まで運転された団臨です。しかしヘッドマークはKATOさんお得意の回転式ヘッドマークを採用しているので、床下から簡単に変更することが可能であります。ってなワケでヘッドマークは使い勝手を考慮して"臨時"にしました。クハネ583の屋根上には列車無線アンテナが再現されています。側面の国鉄マーク(JNR)がないところもN1+N2編成の特徴であります。TOMIX製のように空気管の再現はありませんが、そこそこリアルであります。中間カプラーはBM式フック付きを採用していますので、ジャンパホースを追加。スカートにはスノープラウが再現されていますが、台車にもスノープラウを追加。313系飯田線仕様のスノープラウを無加工で流用であります。スノープラウを追加するだけで結構引き締まるものであります。車両にセットしてみるとこんな感じになります。情報量が増えてスカート後ろのスカスカ感が緩和されますね。庄内川鉄道で再びN1+N2編成が走りはじめました。(*´ω`*) ♪

    N1+N2編成再び
  2. アマゾンで売ってる、USBケーブルAnker iPhone充電ケーブル PowerLine II ライトニングケーブル MFi認証 超高耐久 iPhone 14 / 14 Pro Max / 14 Plus / 13 / 13 Pro / 12 / 11 / X/XS/XR / 8 Plus 各種対応 (0.9m ホワイト)Amazon(アマゾン)990円Amebaで詳細を見るAnker Zolo USB-C & USB-A ケーブル 1.0m ブラックAmazon(アマゾン)790円Amebaで詳細を見るAnker PowerLine USB-C & USB-A ケーブル (USB3.0対応) 1.8mAmazon(アマゾン)890円Amebaで詳細を見るUGREEN USB3.0 延長ケーブル A オス A メス 5Gbps 高速転送 ナイロン編み柔軟配線 0.5m 適格請求書発行可Amazon(アマゾン)698円Amebaで詳細を見る【1m+1m+2m 3本/黒】RAMPOW usb c ケーブル タイプc ケーブル (QC3.0急速充電, ナイロン) iPhone充電ケーブルAmazon(アマゾン)873円Amebaで詳細を見るAmazonベーシック USB2.0ケーブル 0.9m(USB-Aオス - Mini USBオス)速度480Mbps ブラックAmazon(アマゾン)509円Amebaで詳細を見るUGREEN USB Type CケーブルPD対応100W/5A 超急速充電USB C to USB C 断線防止Amazon(アマゾン)1,032円Amebaで詳細を見るNylon USB-C to USB-A 2.0 Cable 3ft 2Pack Black JPAmazon(アマゾン)990円Amebaで詳細を見るGHNTJAP USB Type C ケーブル 【1m+2m+3m/3本セット】 USB A to USB C ケーブル 3A急速充電 QC3.0/2.0対応 iPhone15/Galaxy/Pixel/Xperia/LG等タイプc機器対応 ナイロン編み グレーAmazon(アマゾン)849円Amebaで詳細を見るGHNTJAP マイクロ USB ケーブル 1M 【3本セット】 Micro USB ケーブル 高速充電 USB2.0データ転送 Android充電ケーブル アンドロイド充電コード Xperia X/Galaxy S7/Kindle/PS4 多機種対応 ナイロン編組みAmazon(アマゾン)636円Amebaで詳細を見る

  3. あっという間に9月になりましたね!今月もよろしくお願いいたします。私事で申し訳ありませんが、最近仕事が忙しい上に11月の国家資格試験の勉強に専念したいので、ブログとピグはしばらくお休みさせていただきます。9月13日まで予約投稿していますが、放置状態になりますのでご了承のほどよろしくお願いいたします。いいね返しする余裕がありません。去年は合格率45%と高めだったので今年は難しいかも13年前にワンランク上の二冷を2年連続落ちたのでランクを下げて再チャレンジ冷凍機は一発合格できなかった唯一の資格なので気合い入れて頑張りますさて今回は7月28日に池袋のモデルスIMONさんで購入した、TOMIX 7171 JR EF66-100形電気機関車(後期型)(1両)(2025年5月発売 / 6,688円)を紹介させていただきますトミーテック(TOMYTEC) TOMIX Nゲージ JR EF66 100形 後期型 7171 鉄道模型 電気機関車Amazon(アマゾン)5,850円貨物列車の貨車(コキ・ホキ・タキなど)のほか甲種輸送も再現できます♪TOMIX Nゲージ JR EF66 100形 前期型 7170 鉄道模型 電気機関車Amazon(アマゾン)7,569円余裕があれば前期型も欲しいが・・・EF66形電気機関車が2本揃いましたEF66-100形電気機関車は、国鉄民営化後の貨物需要増加に伴い1989年から1991年にかけて製造された33両JR貨物の直流電気機関車ですJR東海道本線・山陽本線、武蔵野線、高崎線などで活躍したEF66-100形電気機関車は、2026年3月ダイヤ改正で定期運用が終了しました前期型は丸いライトが特徴的EF210-300形電気機関車が増備され、EF66-100形電気機関車の廃車が進行中平成・令和の物流を支えたレジェンドでは商品紹介をどうぞご覧下さい【商品紹介】※KATO公式から抜粋トミックスの完成品Nゲージ車両、JR EF66-100形電気機関車(後期型)(1両)です。屋根が青色となった近年の姿を再現前面窓は青色バイザーを再現Hゴムは黒色で再現運転台シースルー表現列車無線アンテナ取付済み信号炎管、ホイッスル、GPSアンテナは別パーツ付属前面手すり(縦)は別パーツ付属解放テコは別パーツを装着済みナンバープレートは別パーツ付属「EF66-109・113・114・116」ダミーカプラー・自連形TNカプラー付属ヘッドライトは常点灯基板装備ヘッドライトは電球色LEDによる点灯フライホイール付動力、グレー台車枠、銀色車輪採用一体プレート輪心付車輪採用M-13モーター採用付属品:ナンバープレート、手すり、ホイッスル、ダミーカプラー、など【実車ガイド】※KATO公式から抜粋EF66形100番代は国鉄民営化後の貨物輸送需要増加に対応する列車増発用として、1989年から33両が製造された直流電気機関車です。基本的な性能はEF66形0番代と同等ながら、ヘッド・テールライトが前面窓下に横並びで配置されるなど車体形状が大きく変更され塗装もJR貨物標準色となったことから、EF66形0番代とは外観が大きく変化しました。109号機以降はヘッド・テールライトが角型となり、車体裾部に青帯が追加されるなど、外観が変化しました。EF210形の登場後も東海道・山陽本線を中心に貨物列車のけん引に活躍しましたが、現在では丸型ライトを装備した前期型を中心にEF210形300番代への置き換えが進んでいます。EF66形0番代から大幅に外観が変わった100番代は「サメ」の愛称で親しまれました個人的には0番代の方が好きでした0番代が走っていた頃は撮影するのが楽しかったなぁ1次車(101号機〜108号機)のヘッド・テールライトが丸型に角型ライトの方が好きですね100番代は武蔵野線内や東海道本線、山陽本線で見かけると撮影しましたね後期型より前期型に遭遇する機会が多かったですね新快速車内から稲沢にいた116号機を撮影したのが最後でした山陽本線内はセノハチ(前期型)や三原駅で遭遇地元車両の甲種輸送も担当吹田機関区で昼寝する姿を見られなくなるのは寂しいですね同時期に登場したマンモス機関車EF200形電気機関車が2019年3月に引退しているので、EF66-100形電気機関車は割と長く活躍しましたねでは開封してみましょう買ってすぐモデルスIMON池袋店のレンタルレイアウトで試運転帰宅してすぐナンバープレートを取り付け前面用のナンバープレートは斜めになってます稲沢で最後に見たEF66-116号機をチョイス片側だけカプラーを交換しましたスカートを取外しますカプラーを留めてるピンを外しスノープラウを取るアーノルドカプラーを外しTNカプラーに交換機関車のバリエーションが豊富についでに他の機関車用にTNカプラーを購入EF510レッドサンダーとEF66あさかぜのカプラーも片側だけ交換しましたビギナー向けの手すりが無い安っぽい顔だが、カプラーを交換しただけで雰囲気が変わりますね8月末で閉店した本所のレイルガーデンさんでも走行8月末で閉店したジオショップ有楽町さん1年ぶりに訪れたN SCALE TOWN西イケでも爆走新潟市内で開催された某模型会にも登板高尾のレンタルレイアウトTOKYO N-Trainポポンデッタ秋葉原店ポポンデッタあきばリユース店今月下旬の遠征にも連れて行く予定、これからも全国各地のレンタルレイアウトで走らせますよ〜今回も最後までご覧下さり、ありがとうございました。

    たくさん共感されています

    【鉄道模型】JR貨物のサメ!TOMIXのEF66-100形電気機関車(後期型)が入線!
  4. 寺田15:37発電鉄富山行き
  5. 2026年9月 京都線おさるのジョージ号
  6. 前面に日が当たる
  7. 2026年8月24~27日撮影記録この期間、夕刻に米原工臨が2回。早朝に王寺工臨とロンチキがまずまず走ってくれたので、その撮影記録になります。■米原工臨◇2026.8.24・石山〜瀬田 工9182レ DD51-1109(宮) + チキ×12 米原工臨 (FUJI X-T2 + XF16-55mm F2.8) まず1本目。この日は、国道を走行中のモンキーの温度計は38〜40℃。 ドライヤーの熱風を浴びるような走行風。 宇治川ラインは夏でもヒヤッと涼しいのですが、 此処もヌルい空気…。 で、石山に着いたら土砂降りの刑でした。お疲れモード^^;◇2026.8.27・膳所〜石山 工9182レ DD51-1109(宮) + チキ×12 米原工臨 (FUJI X-T2 + XF55-200mm F3.5-4.8) 2本目。この日はドクターイエローを京都で撮影してから石山へ。 3日前と同じスジ、降雨予報も同様でしたが、今日は降られずに済みました。 定番のゼゼイシストレートを普通に撮っても面白くないので、場所を少し変えて、少々アクロ バット撮りをしましたが、目論見通りのローアングル構図に収まりました。◇2026.8.26・宇治〜黄檗 工8692レ DD51-1191(宮) + チキ×10 王寺工臨 (FUJI X-T2 + Canon NEW FD80-200mm F4L) 光線がよろしくないシーズンに入ってしまったので、宇治川橋梁が新しくなってから、どの ように撮れるか実験を兼ねて宇治へ。 前エプロンだと良かったのですが、後エプロンでチキが分かりにくいのが難点。まあ景勝 宇治川の記録ということで^^;。前エプロンでないのが分かっていたら、FD300mmを 使っていたのに残念(モンキーに積んでました)。

    26年8月24ー27日撮影 (DD51+ロンチキを3題、米原工臨2本&王寺工臨)
  8. ★幸手市民まつり★募集のご案内★
  9.  2026年7月17日金曜日。今里でのつどいビール列車撮影後の近鉄奈良線、大阪線平日夕方ラッシュ時ダイヤ撮影編です。18時40分頃大阪線8911F他6両の準急榛原行きがやって来ました。関連記事『近鉄大阪線つどいビール列車とビスタカー重連などを撮る【7/17今里】』2026年7月17日金曜日。今日は近鉄つどいビール列車が運転されるので夕方に今里駅に足を運びました。暑いですが、今日はまだマシでした。 18時32分頃大阪線…ameblo.jp 18時42分頃奈良線9723F6両の普通東生駒行きがやって来ました。 18時43分頃大阪線1501F他8両の快速急行青山町行きが通過していきました。 18時44分頃奈良線9726F6両の普通尼崎行きがやって来ました。 18時45分頃奈良線9039F他8両の急行奈良行きが通過していきました。 18時45分頃大阪線2908F他6両の普通河内国分行きがやって来ました。 18時46分頃大阪線5106F他6両の急行大阪上本町行きがやって来ました。 18時46分頃奈良線1251F他6両の準急大阪難波行きが通過していきました。 18時49分頃22600系他8両の奈良線阪奈特急奈良行きが通過していきました。 18時50分頃大阪線22118F4両の特急松阪行きが通過していきました。 18時51分頃奈良線8A409F他8両の準急大和西大寺行きが通過していきました。 18時53分頃9725F6両の普通大和西大寺行きがやって来ました。 18時55分頃8A414F他8両の急行大阪難波行きが通過していきました。 18時56分頃奈良線1273F他8両の快速急行奈良行きが通過していきました。 18時57分頃大阪線2718F他8両の快速急行松阪行きが通過していきました。この日はこれを撮影して撤収しました。メインターミナル硬式鉄道部メインターミナル|硬式鉄道部近畿の鉄道の路線、ダイヤ、車両を研究するサイトexpress22.xsrv.jp[鉄道模型]グリーンマックス (Nゲージ) 50798 近鉄2013系観光列車「つどい」(イエローグリーン)3両編成セット(動力付き)楽天市場${EVENT_LABEL_01_TEXT}[鉄道模型]カトー (Nゲージ) 10-1909 近鉄10100系「新ビスタカー」(改装形)A編成+B編成 6両セット楽天市場${EVENT_LABEL_01_TEXT}[鉄道模型]マイクロエース (Nゲージ) A6667 近鉄23000系 伊勢志摩ライナー 白色ヘッドライト 黄編成 6両セット楽天市場${EVENT_LABEL_01_TEXT}[鉄道模型]グリーンマックス (Nゲージ) 32244 近鉄22600系Ace(新塗装)増結2両編成セット(動力無し)楽天市場${EVENT_LABEL_01_TEXT}[鉄道模型]グリーンマックス (Nゲージ) 32204 近鉄12600系(旧塗装・貫通路開扉パーツ付き) 基本4両編成セット(動力付き)楽天市場${EVENT_LABEL_01_TEXT}[鉄道模型]グリーンマックス (Nゲージ) 32242 近鉄22600系Ace(新塗装)基本4両編成セット(動力付き)楽天市場${EVENT_LABEL_01_TEXT}[鉄道模型]グリーンマックス (Nゲージ) 32215 近鉄1026系(1026編成)6両編成セット(動力付き)楽天市場${EVENT_LABEL_01_TEXT}[鉄道模型]マイクロエース (Nゲージ)A6666 近鉄23000系 伊勢志摩ライナー 白色ヘッドライト 赤編成 6両セット楽天市場${EVENT_LABEL_01_TEXT}[鉄道模型]グリーンマックス (Nゲージ) 32217 近鉄1252系(VVVFロゴ無し)先頭車2両セット(動力無し)楽天市場${EVENT_LABEL_01_TEXT}[鉄道模型]グリーンマックス (Nゲージ) 32220 近鉄5820系(大阪線・L/Cカー)6両編成セット(動力付き)楽天市場${EVENT_LABEL_01_TEXT}

    近鉄奈良線・大阪線平日夕方ラッシュ時ダイヤ定点観測2【2026.7.17今里】
  10.  こんにちは。 今回から新シリーズを開始します。 表題のとおり「近畿日本鉄道(近鉄)」の人気列車に乗ってきた話です。近畿日本鉄道 近鉄(近畿日本鉄道)は、JRグループを除く日本の私鉄で最長の路線網を持つ日本最大の私鉄会社です。大阪、京都、奈良、三重、愛知県の2府3県にまたがる総延長508.2kmのネットワークを展開しています。 3つの大きな特徴 圧倒的な路線ネットワーク 大阪・名古屋・京都の3大都市圏を結び、伊勢志摩や奈良といった一大観光地への足となっています。 多彩な「特急列車」 名阪を結ぶ「ひのとり」や観光特急「しまかぜ」 「青の交響曲(シンフォニー)」など、移動自体を楽しめる豪華な有料特急が有名です。 巨大な企業グループ 鉄道だけでなく、近鉄百貨店、近畿日本ツーリスト、都ホテル、志摩スペイン村など、約260社からなる巨大な「近鉄グループ」を形成しています。 通勤・通学の生活路線から長距離の観光輸送まで、関西・中京圏のインフラを大きく支えている鉄道会社です。今回の経緯 「ひのとり」にはまだ一度も乗ったことが無く、乗るなら絶対「被りつき席」と思ってましたが、中々席を押さえることは出来ませんでした(なんか、初めて乗るのが中途半端な席だと負けた気がするので←意味不明)。 で、ある日の夜中、近鉄のHPをポチポチしていたら、何とある日の「ひのとり」最前面ソロ席の空きが見つかりました。それも、香川から行くには最適の「名古屋行き」の便です。で、即「ポチ」。 この「ひのとり」の便に合わせ行程を組みました。幸いなことに「しまかぜ」の大阪便にも、背面ではありますが最後部ソロ席に空きが。再度「ポチ」。 往復の「近鉄」列車が確定し、行程を構築していきました。全体の行程 当日の全体の行程です。 坂出駅から出発します。 ❶始発(4:56発)のマリンライナーで「岡山駅」に。 ❷再度始発(6:01発)の「のぞみ」で「新大阪駅」へ。 ❸大阪メトロ御堂筋線で「なんば」駅。そこから「近鉄大阪難波駅」へ。 ❹「ひのとり8号」で、「津駅」まで乗車。 ↑前面被りつきを堪能しつつ、 ↑「ひのとり弁当」で朝食。 ❺伊勢鉄道で「鈴鹿駅」まで移動し、「鉄印」購入。 ❻快速「みえ」で、「名古屋駅」まで。 ❼中央本線で「高蔵寺駅」に移動。 ❽「愛知環状鉄道」に乗り換え「瀬戸市駅」。ここでも「鉄印」購入。 ↑「鉄カード」も貰えました。 ❾❿逆の行程で「名古屋駅」まで戻ります。 ⓫「近鉄名古屋駅」に移動し、近鉄特急で「賢島駅」に向かいます。 ⓬「賢島駅」から「観光特急しまかぜ」乗車。「大阪難波駅」に戻ります。 ↑車掌さんに了解を得て、シートを反転して「背面展望」を堪能。 早速「カフェ車両」に移動して、 ↑食事とデザートを堪能。 ⓭大阪メトロで「新大阪駅」に戻ります。 ⓮大好きな、新幹線「さくら」で「岡山駅」に。 最後の列車 ⓯快速マリンライナーのパノラマグリーン席で「坂出駅」に帰ってきました。 合計15本の列車(新幹線2本、特急列車3本、快速普通列車10本)に乗る事ができました。使用切符 ❶【坂出駅】→【新大阪駅】は「阪神・四国WEBきっぷ」【e5489専用】阪神・四国WEBきっぷ |四国旅行 JR四国ツアー(駅コミ)JR西日本ネット予約「e5489」専用商品!特急列車(一部、快速・普通列車)と新幹線がセットになった四国内各駅⇆大阪市内もしくは神戸市内が片道ご利用いただけるきっぷです。www.jr-eki.com ❷近鉄区間(3本)の乗車券 姫路のKさんにお願いし、金券ショップで「株主優待乗車券」を購入してもらいました。 通常7,180円のところ、5,350円(1,750円、1,800円2枚)で乗れ、1,830円の倹約ができました。「ひのとり弁当」とコーヒー2杯が無料になった勘定です。 ❸近鉄特急はWeb特急券。 ❹「伊勢鉄道」分は切符購入 ↑「津駅」みどりの窓口で購入。 ↑「鈴鹿駅」で購入した切符は「硬券」でした。 ❺帰りの「新大阪駅」→「坂出駅」間も「阪神・四国WEBきっぷ」 ↑ただ、帰りは「グリーン車用」にして「マリンライナー」のパノラマ展望を楽しみながら帰途につきました。 ❻関西・名古屋内のその他は「ICOCA」で払いました。 次回より詳細を綴っていきます。 ありがとうございました。

    近畿日本鉄道 人気列車の旅 ① 概要・行程編
  11. 小湊鐵道  東北色と実りの秋
  12. [data-toc]{background:#ffffffd9;border:1px solid var(--color-border-medium-emphasis,#08121a4d);border-radius:8px;display:flex;flex-direction:column;gap:8px;padding:12px 16px}[data-toc] h2,[data-toc] ol,[data-toc] p{margin:0}[data-toc] .toc-header{align-items:center;display:flex;font-weight:700;gap:12px}:is([data-toc] .toc-header) h2{color:var(--color-text-medium-emphasis,#08121abd);font-size:.875em}[data-toc] .toc-empty-message{color:var(--color-text-low-emphasis,#08121a9c);font-weight:400}:is([data-toc] .toc-empty-message) p{font-size:.75em}[data-toc] ol{list-style:none;padding:0}:is([data-toc] ol) .last.collapse a{border:none}:is([data-toc] ol) a{border-bottom:1px solid var(--color-surface-tertiary,#08121a14);display:block;font-size:.75em;padding:6px 0;-webkit-text-decoration:none;text-decoration:none}[data-toc] .h4,[data-toc] a{color:var(--color-text-medium-emphasis,#08121abd)}[data-toc] .h2{font-weight:700}[data-toc] .h3{font-weight:400;margin-left:8px}[data-toc] .h4{font-weight:400;margin-left:16px}[data-toc] [role=button][aria-expanded]{align-items:center;display:flex;font-size:.75em;font-weight:700;gap:4px;justify-content:center;padding:4px 0;text-align:center;-webkit-text-decoration:none;text-decoration:none}[data-toc] [role=button][aria-expanded=true]:after{mask-image:url("data:image/svg+xml;charset=utf-8,%3Csvg xmlns='http://www.w3.org/2000/svg' width='24' height='24' fill='currentColor' viewBox='0 0 24 24'%3E%3Cpath d='M20.97 14.55c0 .26-.1.51-.29.71a.996.996 0 0 1-1.41 0l-7.29-7.29-7.29 7.29a.996.996 0 1 1-1.41-1.41l7.29-7.29c.78-.78 2.05-.78 2.83 0l7.29 7.29c.19.19.28.44.28.7'/%3E%3C/svg%3E")}[data-toc] [role=button][aria-expanded=false]:after,[data-toc] [role=button][aria-expanded=true]:after{background:var(--object-low-emphasis,#08121a9c);content:"";display:block;height:1rem;mask-size:contain;width:1rem}[data-toc] [role=button][aria-expanded=false]:after{mask-image:url("data:image/svg+xml;charset=utf-8,%3Csvg xmlns='http://www.w3.org/2000/svg' width='24' height='24' fill='currentColor' viewBox='0 0 24 24'%3E%3Cpath d='M3.05 9.45c0-.26.1-.51.29-.71a.996.996 0 0 1 1.41 0l7.29 7.29 7.29-7.29a.996.996 0 1 1 1.41 1.41l-7.29 7.29c-.78.78-2.05.78-2.83 0l-7.29-7.29c-.18-.19-.28-.44-.28-.7'/%3E%3C/svg%3E")}[data-toc]:has([role=button][aria-expanded=false]) .last:not(.collapse) a{border:none}[data-toc]:has([role=button][aria-expanded=false]) .collapse{display:none}[data-toc]:not(:has([role=button][aria-expanded])):not(:has(.collapse)) .last a{border:none}:is([contenteditable=true],.no-js,#no-js) [data-toc] .collapse{display:revert!important} 目次 東北本線の概要 ・基本情報 東北本線の路線図と停車駅 ・東北本線の路線図 東北本線の使用車両 ・E531系(黒磯~新白河) ・701系100番台、1000番台、1500番台(新白河~盛岡) 東北本線の景色と見所紹介(黒磯~仙台) ・黒磯~新白河【デッドセクションを越えて本格的に始まる東北本線の旅】 ・新白河~郡山【白河の関を越えて本格的に始まるみちのくの旅】 ・郡山~福島【ドラマチックな歴史を持つ郡山盆地を抜けて福島へ】 ・福島~仙台【東北本線屈指の難所を越えて東北の首都「仙台」へ】 目次を開く 東北本線の概要 ・基本情報 路線区間:東京~盛岡 営業距離:535.3km 管轄会社:JR東日本 東北本線は東京から埼玉県、茨城県、栃木県、福島県、宮城県、岩手県を経由して盛岡までを結ぶ路線です。 東北新幹線が八戸まで開業する2002年以前は青森が終点となっており、営業距離は657.2kmと日本最長の路線でした。 首都圏近郊に含まれる東京から黒磯までの区間は、「宇都宮線」という愛称が付けられており、旅館案内上でも使用されていますが、黒磯以北からは「東北本線」の名称が使用され、電化方式も交流電化に変わります。 長距離輸送の役割は東北新幹線にり、現在は貨物列車や普通列車の運行が主体となっており、普通列車は2両から6両編成程の短い編成の列車が主要駅の間を行き来しています。 東北本線の路線図と停車駅 ・東北本線の路線図 東北本線は黒磯から県境を越えて福島県に入ると、白河、郡山、福島と福島県の主要都市を結び、宮城県に入ると白石を経て仙台に到着します。 仙台からは小牛田や石越といった小規模な都市を結び、岩手県に入ると一ノ関に到着します。一ノ関からは北上川に沿って形成された岩手県の各主要都市である水沢、花巻、北上を経て終点盛岡に到着します。 運行系統は列車にもよりますが、基本的にその地域を代表する都市間で完結する運用が多く、大きく分けると黒磯~新白河、新白河~郡山・福島、福島~白石・仙台、仙台~小牛田・一ノ関、一ノ関~盛岡となります。 列車本数はどの区間でも概ね1時間に1,2本となっていますが、仙台近郊区間はさすがに本数が多く、最大1時間に5,6本ほど確保されています。 東北本線の使用車両 ・E531系(黒磯~新白河) E531系は2005年から投入された交直流対応一般型車両です。元々は常磐線、水戸線で使用されていた403系や415系などの国鉄型車両の置き換えと、つくばエクスプレスに対抗するため最高速度130km/h運転に対抗可能な車両として導入され、常磐線の品川から原ノ町、水戸線で使用されています。 非常に運用範囲が広いため約20年にわたって量産し続けられたJR東日本を代表するベストセラー車両となっており、当車両の汎用性の高さが伺えます。 東北本線では交流電化区間となっている黒磯以北から、直流電化されている黒磯駅構内に乗り入れるため交直流電化対応の当車両が抜擢され、新白河から黒磯の間で使用されています。 ・701系100番台、1000番台、1500番台(新白河~盛岡) ↑福島・仙台地区で使用されている701系 ↑盛岡地区で使用されている701系 701系は1993年から投入された東北地方向けの普通列車用車両で、現在は東北地方全域で使用されています。 東北地方では1990年代以降も客車もしくは急行型車両が普通列車に使用されている状態だったため、サービス向上と運行コスト削減のために導入されました。 首都圏に投入された新系列車両をベースに設計されており、車体には軽量ステンレスが採用されました。車内は、新幹線が開業し東北地方の普通列車は近距離利用が主体となったことや、ラッシュ時の混雑防止のため基本的にロングシートとなっています。 また東北地方は90年代まで客車が使用されていた関係でホームが低くなっているため、乗降口と客室の間にステップを設けることでこの高低差を解消しています。 基本編成は2両から4両と需要に合わせたフレキシブルな運用が可能となっており、後述するE721系との併結運転にも対応しています。 ・E721系0番台、1000番台(新白河~一ノ関) E721系は2006年から投入された普通列車用車両で仙台地区の既存車両の置き換えと、仙台空港アクセス線用の車両として導入されました。 701系以降も仙台地区では急行型車両が普通列車に使用されており、慢性的な混雑が問題となっていましたが、3扉車かつセミクロスシートを採用したE721系の導入により仙台地区のサービス向上に貢献しました。 701系ではステップを設けることで東北地区の低いホームに対応しましたが、E721系では台車などの床下機器のサイズを縮小し、床の高さを下げることで客車とホームの段差をフラットにすることに成功しています。 東北本線の新白河~一ノ関、磐越西線の郡山~会津若松、仙山線の他仙台空港アクセス線や阿武隈急行の運用にも使用されています。 東北本線の景色と見所紹介(黒磯~仙台) ・黒磯~新白河【デッドセクションを越えて本格的に始まる東北本線の旅】 黒磯から先もしばらく栃木県の県域は続きますが、鉄道的には黒磯が関東地方と東北本線の境目と言えます。 まず東京からここまで東北本線は 「宇都宮線」という愛称が付けられていましたが、黒磯から先は 「東北本線」の名前で案内されるようになります。 次に東北本線は黒磯まで関東地方で主流な 直流電化区間でしたが、黒磯から北は東北地方で主流な 交流電化区間に切り替わります。 以下の2点を踏まえれば、黒磯が関東と東北の境であることが理解できるでしょう。 直流と交流電化区間の境である黒磯は、今まで駅構内に流れる電気の種類をスイッチで切り替えることで、関東側と東北側の列車が乗り入れられていました。 しかし複雑な電気設備のため点検中に作業員が感電死する事故や、電気の種類を間違えてショートするなど重大な事故が多発したため、黒磯駅構内に流れる電気は直流に統一されました。 これにより東北側の列車が乗り入れが不可能となったため、一時期キハ110系が使用されていましたが、さすがに輸送力不足という理由で主に常磐線などで使用されている、 交直流対応電車E531系が使用されています。 東北本線で最も利用客が少ないエリアで5両編成の車両が使用されているため、超満員になることはまずなくゆったりと過ごすことができます。 黒磯を出発すると那珂川を渡りますが、この手前に直流と交流が切り替わる デッドセクションがあります。 デッドセクションの区間は電気が流れていないため、一時的に電気の供給が無くなります。 E531系は新しい車両であるため車内の電気が消えることはありませんが、モーターと空調の音は止まるためそこでデッドセクションの通過を感じることができます。 鉄橋を渡るときから見える景色や、鉄橋を渡り終わった後の景色は自然豊かな一面の緑が広がっており、関東地方の終わりを感じさせます。 関東と東北の間には山で隔てられているため、東北本線は山を越える必要がありますが、黒磯から白河までの大半の区間は1920年代に付け替えられています。 開業当時はまだ土木技術が未熟なため、なるべく地形に逆らわないよう線路を建設した結果、山間部を蛇行しながら進む線路になってしましたが、日本を代表する大幹線として心もとないという理由で、現在のルートが完成しました。 東北本線の旧線の一部は道路に転用されており、東北本線に並走してきた県道211号線豊原高久線が黒田原の手前で大きくカーブしていますが、これこそ東北本線の旧線です。 黒田原駅は那須町の中心駅で、駅周辺には市街地が形成されています。 開業当時の黒田原駅は現在の那須町役場がある所にあったようですが、線路付け替えに伴い現在の場所に移転しました。 移転当時から使用されているであろう立派な木造駅舎が健在ですが、あまり有名な存在ではないので今後の行く末が案じられます。 栃木県最北の駅である豊原を出発すると、いよいよ県境を越えて福島県に入ります。 栃木県と福島県の県境は黒川を基準に決められており、開業当時の東北本線は地べたに張り付くように走っていたようですが、現在の東北本線は 黒川橋梁と呼ばれる長大な橋で川を越えていきます。 黒川橋梁からの景色はまさに絶景であり、東北地方への第一歩を踏み入れた実感が湧きます。 またこの鉄橋は撮影スポットとしても有名で、特に寝台列車の定番の撮影地として親しまれていたようです。 名実ともに東北地方に入り、最初に到着する駅が白坂です。 白坂を出発すると、一気に平地が広がり新幹線の高架と新興住宅地が見えると新白河に到着します。 ・新白河~郡山【白河の関を越えて本格的に始まるみちのくの旅】 新白河はE531系が乗り入れる北限の駅で、ここから北へ向かうには必ず乗り換えが必要となります。 そのため新白河は乗り換えに特化した構造となっており、黒磯からの列車と郡山からの列車が対面に停まるため、フラットな移動で乗り換えが可能となっています。 ↑新白河のホーム。奥に黒磯からの列車、手前に郡山からの列車が停まります。 新白河で降りる際に注目していただきたいのが、乗降口とホームとの段差です。 東北地方は1990年代くらいまで客車列車が走っていたため、ホームが客車の高さに合わせた低いホームが現在も使用されています。 そのため普段関東地方で使用されているE531系だと、ホームの高さが合わないため段差が生じます。 この段差を見るだけでも、東北地方に来たことが実感できるでしょう。 新白河は乗り換えの拠点でもあり、新幹線停車駅でもあります。 元々は信号所として開設し、その後「磐城西郷」として駅に昇格したのち、東北新幹線開業により新幹線停車駅に大出世を遂げました。 「新 白河」と名乗っていますが、駅があるのは白河市と西郷村の境で戸籍上は西郷村に所在しています。 西郷村は日本で唯一の新幹線駅を持つ 村となり、駅周辺はマンションや住宅地、工場が建ち並ぶなど村とは思えな程発展しており、周辺自治体と合併することなく存続しています。 『新白河駅(福島県西白河郡西郷村)』新白河駅福島県西白河郡西郷村の代表駅です。西郷村は隣接する白河市のベッドタウンとして発展した村で、人口は約2万人と村としては4番目に人口が多いです。その…ameblo.jp 新白河から先使用されている車両は701系もしくは、E721系となるためここから先は完全に東北地方の空気となります。 特に701系は乗る機会が多いと思いますが、ロングシート車両という理由で毛嫌いされがちです。 しかし701系はワンマン運転を行う際に、貫通扉の真後ろのスペースが解放されるため、そこに立てば一等車の展望車気分で後ろに流れ去る景色を楽しむことができます。 物を置ける台もあるのでかなり快適に過ごせますが、車両によっては立ち入りを制限している区域もあるため、そこには立ち入らないよう注意が必要です。 もう一つの701系の魅力と言えば爆音モーターです。 701系はJR発足間もない頃に製造された車両で、まだ国鉄の雰囲気を留めているのが特徴です。 特に顕著なのが最近の車両ではまず聞けないであろう爆音モーターで、唸るモーター音を聞けば他の車両よりもスピード感を体感できます。 701系を楽しめるかどうかで東北本線の旅の面白さは変わるので、ぜひ参考にしてください。 新白河を出発すると白河市の中心部へ向かう一方、新幹線は大きく反れていきます。 元々城下町として発展していた白河の中心部に新幹線駅を作るのは難しかったため、新白河に新幹線駅が作られたのでしょう。 白河は福島県および東北地方の最南部にある都市で、奈良時代には東北三関の一つである 白河の関が置かれ、中世の時代には城が築かれ、江戸時代には現在の場所に 小峰城が築かれ城下町として発展しました。 小峰城は幕府が東北地方の各大名を牽制するための重要な防衛拠点として位置づけられており、白河藩の藩主は常に徳川と親しい関係にある親藩、譜代大名が置かれたようです。 駅のすぐ裏手には小峰城の城跡が見え、近年木造で再建された三重櫓がシンボルとなっています。 白河は元々優等列車が停車する主要な駅でしたが、新白河に新幹線が停車するようになってからは白河および、周辺地域の玄関口という役割は失われてしまいました。 しかし白河には大正時代に建設された木造駅舎や、立派な木造の上屋が残っており、東北本線でもこのような構造物が残っている駅は非常に貴重なので一見の価値ありです。 『白河駅(福島県白河市)』 白河駅 福島県白河市の代表駅です。 白河市は東北最南端の都市として非常に重要な役割を果たしてきた都市で、古くは東北三関の一つである…ameblo.jp 白河を出発すると阿武隈川を渡り、ちょっとした山を越えると郡山盆地に入ります。 矢吹、鏡石、須賀川といった主要な街を経由して水郡線の線路と合流すると安積永盛に到着します。 安積永盛の次はこの地域の一大拠点である郡山ですが、この間の景色からは郡山が東北地方の鉄道の拠点であることがわかる光景が続きます。 まず見えるのは 郡山貨物ターミナルで、かつては東北三大操車場の一つである 郡山操車場と呼ばれていました。 当時の郡山操車場はコンピューター制御で自動的に貨車を選別する、当時最先端のシステムが導入された操車場で世界的にも注目を集めていました。 しかし80年代になると、操車場で貨車を目的地ごとに振り分けるヤード継走式貨物は終焉を迎え、広大な操車場の土地もお役御免となりました。 現在敷地の東半分は郡山貨物ターミナルとして貨物の取り扱いを行っている一方、西半分は 「ビッグパレットふくしま」と呼ばれるコンベンションセンターに再開発されています。 ↑左が1980年代の郡山操車場、右が現在の郡山操車場こと郡山貨物ターミナル周辺の様子。 続いて見える鉄道施設が、郡山総合車両センターです。 ここは車両基地と車両工場を備える、東北地方の鉄道において非常に重要な施設で、特に太平洋側の東北地方で使用される車両や、常磐線などで使用されている交直流電化区間対応車両の検査を請け負っているという点では、非常に大きな役割を担っています。 また郡山総合車両センターには廃車になった車両の解体を行うスクラップヤードも備えており、車窓からもスクラップを待つ車両の姿を見ることができます。 郡山総合車両センターを過ぎると、新幹線の高架と並走し郡山に到着します。 ・郡山~福島【ドラマチックな歴史を持つ郡山盆地を抜けて福島へ】 郡山駅がある郡山市は福島県最大の人口を誇る都市で、東北地方でも仙台に次ぐ規模を持つ大都市です。 駅前の活気あふれる繁華街や、駅に隣接する超高層ビル 「ビッグアイ」を見れば郡山市の発展ぶりが伺えます。 郡山は昔から大きな都市だったわけではなく、江戸時代までは奥州街道の小さな宿場町に過ぎませんでした。 それがなぜ県下最大の都市にまで発展したかと言えば、安積疏水の開削による農業と工業の発展と鉄道の開業が大きくかかわっています。 特に鉄道が果たした役割は大きく、福島県の大体中央に位置する郡山は福島県の県庁所在地である福島、浜通り地方の中心都市であるいわき、会津地方の中心都市である会津若松と県内の主要都市全てに直接アクセスが可能となっており、福島県内中の人・物資・資本が集まる 「物流と商業の拠点」として一気に急成長していきました。 『郡山駅(福島県郡山市)』 郡山駅 福島県郡山市の代表駅です。 郡山市は県内2位の人口を誇る都市かつ、東北地方第2位の都市圏を有しており、実質福島県の最大都市…ameblo.jp 東北本線の大半の列車は郡山で折り返すため、先へ進むには乗り換える機会が多いです。 郡山を出発してしばらくすると、広大な田園地帯の中を走ります。 今でこそ福島県を代表する穀倉地帯となっている郡山盆地ですが、江戸時代までは慢性的な水不足に悩まされる不毛の土地でした。 そんな郡山盆地を豊かな土地に変貌させたのが、明治時代に日本初の国策事業として行われた安積疎水開削で、盆地の向こうにある猪苗代湖から水を引っ張るための水路を作るという非常にぶっ飛んだ計画でしたが、当時の人々の涙ぐましい努力によって成し遂げられました。 郡山盆地の北端にある松川を出発すると、次の盆地へ向けて再び山を越えます。 松川から隣の金谷川にかけては基本上下線が離れて建設されているため、しばらく単線のような区間が続きます。 しばらく進むと、松川事件が起きたことを示す松川記念塔が見えます。 松川事件は戦後間もない頃に発生した事件で、人為的に線路が壊された結果貨物列車が脱線し、3名の死者を出したという事件です。 現在まで線路を破壊した犯人は特定されておらず、国鉄三大ミステリーとして語られています。 松川の塔を過ぎると上下線がさらに大きく離れ、先に開通した下り線はひたすら地上を走りますが、上り線は立派な高架橋が建設されています。 金谷川は山間の駅ですが、すぐ近くに福島大学のキャンパスがあるため大量の学生が乗り込んできました。 再び山を越えると、目の前に福島盆地が見え荒川を渡ると福島に到着します。 ・福島~仙台【東北本線屈指の難所を越えて東北の首都「仙台」へ】 福島駅がある福島市は福島県の県庁所在地で、郡山には及ばないものの約26万人の人口を有する都市で、行政の中心地となっています。 福島駅は山形、秋田、弘前を経由して青森で合流する奥羽本線が分岐する交通の要衝で、現在は山形新幹線の分岐点としてさらに重要度が高まりました。 『福島駅(福島県福島市)』福島駅福島県福島市の代表駅です。福島市の人口はいわき市、郡山市に次ぎ県内3番目、経済規模も郡山市に及ばないなど、県庁所在地としてはぱっとしない印象があ…ameblo.jp 福島を出発して松川を渡ると、矢野目信号所で阿武隈急行線が分岐していきます。 阿武隈急行線は東北本線の弟分と言える路線で、元々は急勾配区間が多い東北本線を迂回するためのバイパスルートとして建設されました。 最初に宮城県側の槻木から丸森まで建設され「丸森線」として開業しましたが、国鉄の経営悪化や東北新幹線開業により東北本線の輸送力に余裕が生まれたことから、バイパス線の存在意義が無くなり、丸森から先は未成区間のままとなりました。 更には利用客が少ないことから廃止対象路線に指定されてしまいましたが、沿線自治体により第三セクター会社「阿武隈急行」が設立され、丸森線を継承したうえ未成区間のままとなっていた丸森から福島まで開通させました。 福島盆地に入ると沿線には果樹園が多く見えます。 福島県は生産量日本一の果物はない一方、桃やブドウ、リンゴなど様々な種類の果物の生産が盛んで、特に福島盆地では寒暖差の激しいため、果物栽培の中心地となっています。 実質的な福島県最北の駅である藤田を出発すると、東北本線は宮城県との県境である国見峠(越河峠)越えに挑みます。 国見峠は25‰の急こう配が続く東北本線屈指の難所で、かつて長大編成を組んでいた貨物列車や旅客列車は補機を連結する必要があるほどでした。 国見峠を越えるときには福島盆地を一望することができ、東北本線でも屈指のダイナミックな景色を堪能することができます。 峠の途上にある貝田を出発すると、ついに県境を越えて宮城県に入ります。 峠の麓にある越河は中世の時代には「館(タテ)」と呼ばれる軍事施設が多数置かれ、江戸時代になると奥州街道の宿場町として整備されました。 現在も国道4号線沿いに建ち並ぶ古い民家を見れば、昔宿場町であったことが容易に想像できます。 峠を下りて最初に到着する街が白石です。白石は伊達政宗の重臣である片倉小十郎が治めた城下町で、新幹線も停車する宮城県南部の中心都市です。 新幹線は白石蔵王駅という単独駅ができたため、白石駅に新幹線は停まりませんが、仙台都市圏最南部の駅として、折り返し列車が多数設定されています。 次の駅である東白石周辺は、線路の間近に白石川が迫っています。 東北本線では意外にも川に沿って走るという区間は少ないので、この辺の川の景色は見所です。 大河原町から柴田町にかけて白石川の川岸には桜の木がずらっと横並びに植えられており、白石川一目千本桜と呼ばれています。 春には残雪の蔵王連山をバックに桜並木が広がる東北地方屈指の桜の名所で、佐倉の時期になったら再び訪れてみたいものです。 槻木では福島で分岐した阿武隈急行線、さらに岩沼では日暮里で分岐した常磐線と合流し、東北本線は大都市仙台に向かいます。 名取では仙台空港からの仙台空港アクセス線も合流するため、仙台までは1時間当たり6,7本もの列車が行き交うようになります。 仙台市南部の副都心である長町にはかつて「長町操車場」と呼ばれる巨大な操車場がありましたが、現在は再開発され跡地には巨大なショッピングモールやタワーマンションが建ち並んでいます。 これまで宇都宮や郡山、福島とそれなりに大きな都市を経由してきましたが、長町周辺のタワーマンション群を見ただけでも110万都市仙台の格の違いを見せつけられた気になります。 ↑左が現在の長町周辺、右が1980年代の長町周辺 長町を出発すると、横に2本の線路が並ぶ複々線区間となります。 この線路は宮城野貨物線と呼ばれる貨物専用線で、広瀬川を越えると東北本線は仙台中心部へ向かって西に大きくカーブするのに対し、宮城野貨物線は直進して市の郊外にある仙台貨物ターミナルに向かいます。 仙台は名古屋や福岡でも成し遂げられなかった旅客列車と貨物列車の分離に成功しており、仙台駅を貨物列車が通過することはありません。 沿線に巨大マンションやビルが建ち並ぶようになると、東北本線の一大ターミナルである仙台に到着します。 仙台駅がある仙台市は宮城県の県庁所在地であり、約110万人の人口を有する東北地方唯一の政令指定都市です。 全体的に田舎というイメージが付きがちな東北地方ですが、その中で仙台は圧倒的な大都会ぶりを誇っており、東京よりもさらに北にこんな大都市があるのかと着くたびに感動を覚えます。 仙台と言えば「杜の都」の異名を持ちますが、その由来となっているのが仙台市内中に植えられている街路樹です。 仙台の礎を築いた伊達政宗が街に積極的に木を植えるよう命じたのがきっかけで、大都市になった今でも木々とビルが共存する独自の景観が見られます。 特に欅の木が植えられた青葉通りと定禅寺通りの景観は素晴らしく、仙台に訪れたら一見の価値があります。 仙台駅はほぼ全ての列車が折り返す東北地方屈指の一大ターミナル駅で、在来線新幹線含め全ての列車が停車します。 東北本線から特急列車は無くなってしまいしたが、現在でも東京まで乗り換えなしで行ける特急「ひたち」が1日3往復運行されています。 短い編成の列車ばかりが停まる仙台駅のホームで、ひときわ長い10両編成の特急車両が停まっているシーンを見ると、往年のターミナル駅の雰囲気を感じられます。 ここまで大きな駅はここから北には無く、東北本線の長い旅において一区切りつける場所と言えるでしょう。 『仙台駅(宮城県仙台市)』仙台駅宮城県仙台市の代表駅です。仙台市は宮城県の県庁所在地かつ、100万人の人口を抱える東北一の大都市で「杜の都」とも呼ばれています。仙台駅は東北地方最…ameblo.jp

    【東北本線走破の旅②】白河の関を越えみちのくへ!普通列車でも楽しい黒磯~仙台の旅
  13. Mue-Trainが走りました 川越線
  14. JR四国でも中々出会うことが少ない6000系。普段からマリンライナーを除けば2両編成以下でも何とかなる運用が多く、朝夕での数運用に限られています。そんな6000系ですが、登場から30年を目前に、リニューアルが実施されています。外観で言いますと、行き先表示がフルカラーLED表示機化されています。一方で、前照灯がシールドビームのままなのが意外です。車内です。リニューアル前に座席のモケットが赤系のものに変わっていますが、それ以外にもいくつかの変化が見て取れます。ドアです。こちらのモノ自体は大きく変わりません、が…。向かい側のドアを見ると、なんとフルカラーLED表示機が付いています。半自動扱い時の開閉ボタンは、相変わらず高い位置のままですね。その表示機をクローズアップ。開閉ランプも増設されていますね。運転台後ろについては片開き式です。で、向かい側。表示機の幅は、この片開き式ドアに合わせたもなんですね。運転台部分は面積が前後に広げられているため、こちら側は寸詰まった印象です。最前面です。構成は変わっていないのですが、目立つアイテムが追加されています。それはこの避難はしご。近鉄のように直置きされております。トイレです。こちらは大きな変化は無さそうです。ただ、JR四国でトイレがある普通列車ってとても貴重なんですよね。最後に、この系列の特徴、乗務員スペースです。シレッと空きスペースが車椅子スペースになっています(笑)

    JR四国6000系リニューアル車
  15. 9/3(水)JR大宮駅にて、たまたま253系1000代を目撃スイッチャーと連結作業の真っ只中なので、どうやら入場中の模様。・・・ということは黄色/赤色のカラーリング(毒キノコ色)はこれにて見納め、次に出てくるときはブルー基調の新色となって姿を現すでしょう。う~ん、この色もデザイン的にどうかなと思ったものだが、新しいカラーリングはさらに「」なので、なんとも複雑253系1000代は、とにかくデザインに恵まれていない様子。車両のカタチは悪くないと思うので、良質なセンスのあるデザイナーに巡り合ってほしいJR東日本車はデザインの「当たり」「ハズレ」のブレ幅が大きすぎるのが、個人的な感想。E6系、E353系、E233系あたりが最高クラスのデザインなのかなE8系は・・・(*ノωノ)【送料無料】鉄道写真の奥義 プロが教えたくなかった!詳細地図付き撮影地ガイド/猪井貴志楽天市場全国鉄道撮影地ガイド 完全保存版楽天市場【中古】 鉄道俯瞰撮影ファーストガイド 首都圏&周辺エリアの絶景ハイキングコース トラベルムック鉄道ダイヤ情報PREMIUM/交通新聞社楽天市場【3千円以上送料無料】眼下に広がる日本鉄道絶景 鉄道俯瞰の素晴らしき達人たち 31路線選び抜かれた珠玉の俯瞰撮影地/源明輝/今本隆文/曽我浩之楽天市場駅近鉄道撮影地ガイド (旅鉄GUIDE004)楽天市場最新版!東日本貨物列車撮影地ガイド 【電子書籍】[ コスミック出版編集部 ]楽天市場最新版!西日本貨物列車撮影地ガイド 【電子書籍】[ コスミック出版編集部 ]楽天市場

    【見納め】253系1000代カラーリング(毒キノコ色)
  16. 阪急西宮北口朝ラッシュ7000F「フルマルーン復刻」通勤特急等
  17. 本日のお題:駅弁、電車が動いてから食べる?即食べる?乗り鉄も好きならその道中に食べる駅弁も大好きな私ですが、駅弁を食べるタイミングに特にこだわりはないですね。もちろん、駅弁は走る列車の中で食べるのが一番うまいので列車が走り出すまでは箸をつけるのを我慢するべし、という考え方にも共感できるけれど、実際にそういうタイミングで食べるかどうかはその時の車内や自分の状況や気分、これから食べる弁当の期待度次第によって変わってきます。始発駅からなどある程度時間に余裕のある状況で乗車し、乗車時間自体も眺めの時は列車が走り始めて少し経ってからおもむろに箸をつけることも多いし、逆に途中駅から乗りこんだり乗車時間がやや短めな場合は荷物を座席まわりや網棚に置いたりして一息ついたらたとえ発車前でも駅弁を食べ始めることがあります。もちろん乗車する時間帯の関係で食べるタイミングを決めることも多いです。確かに走行中の列車で駅弁を食べているといつもの食事とは違った特別感や非日常感も味わえてこれはこれで好きだけど、結局私は駅弁とあらばほぼ何でも好きだしおいしいと感じるので、列車の中で食べられるなら走行中か停車中かあまり気にしないですかね。

  18. かつて「ミルキーウェイ」を名乗った夜行高速バスがあった。東急バスが、自社の高速バスに共通のネーミングを施したのである。天の川とは、満天の星空の下を走る夜行高速バスに、なんと相応しい愛称だろうか。シルバーにブルーの濃淡のストライプが入ったボディカラーも、星が散りばめられた銀河を彷彿とさせ、なかなかシックな雰囲気だった。決して派手でなく、僕が大好きなカラーリングだった。「ミルキーウェイ」が登場したのは、昭和63年10月、渋谷と和歌山、渋谷と鶴岡・酒田を結ぶ2つの夜行高速路線である。「ミルキーウェイ」は、東急バスだけに固有の愛称だったので、共同運行した地方側のバス会社は、別の愛称をつけていた。和歌山線の南海電鉄は「サザンクロス」、鶴岡・酒田線の庄内交通は「日本海ハイウェイ夕陽」といった風である。昭和63年12月には、渋谷-松江・出雲線(共同運行の一畑電鉄と中国JRバスの愛称は「スサノオ」)が、平成元年3月には、渋谷-三宮・姫路線(共同運行の神姫バスの愛称は「プリンセスロード」)が運行を開始した。今回は、渋谷-松江・出雲間高速バス「ミルキーウェイ」号・「スサノオ」号を取り上げたい。松江・出雲線でも、東急バスは、同社の他の3路線と同様に、自社便について「ミルキーウェイ」の愛称を名乗り続けていた。同社のポスターや乗り場の案内では、「『ミルキーウェイ』松江・出雲行き」と表現されていたような記憶がある。例えて言うならば、東海道・山陽新幹線の「のぞみ」を、JR東海所属の編成とJR西日本所属の編成で列車名を変えてしまうようなものだったから、利用者にとってはわかりにくいし、バス会社ごとに愛称を変える方法は馴染まない気がした。ところが、「ミルキーウェイ」塗装の東急バスでも、よく見れば、扉のわきのステッカーに、素戔嗚尊のイラストと一緒に「スサノオ」と書かれたステッカーが貼ってあった。いったいどっちなのか、と分類にこだわるマニアとしては思ってしまうのだが、普通の乗客にとっては目的地にさえ走ってくれるならば、愛称などはどうでもいいことなのかもしれない。この稿でも「スサノオ」と呼ぶことにしよう。子供の頃に「古事記」や「日本書紀」といった神話に接しながら、最も親しみを覚えたのが、素戔嗚尊だった。駄々をこねて泣き叫んだり、凶暴になったり、子供のような性格付けをされている側面もあるけれども、生贄にされそうになっていた櫛名田姫を櫛に変えて髪にさし、八岐大蛇を退治する場面などは、子供心にも、最高に格好良く映ったものだった。櫛名田姫を妻に迎えて、出雲の国に降り立ち、「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠に 八重垣作る その八重垣を」と詠んだ和歌は、優しさに満ち溢れているように感じられた。ちなみに、この歌は、日本最初の和歌とされているという。「スサノオ」号の運行距離は832.8kmで、品川-米子線「キャメル」号の779.7kmを抜いて、日本一の長距離路線となった。800kmを初めて超えたこの路線に、天照大神や大国主命ではなく、「スサノオ」と雄々しく命名したセンスを、僕は大いに支持したものだった。僕が「スサノオ」号に乗ったのは、年号が変わった、平成元年の師走のことだった。九州・長崎からの帰り道に、山陰を回ったのである。長崎から列車を乗り継いで、九州の玄関口・門司まで戻ってきた僕は、11時51分発のディーゼル急行列車「さんべ」2号に乗りこんだ。島根県の名山・三瓶山に名を借りた「さんべ」の愛称は、最初、昭和36年に登場した大阪-浜田間夜行急行が始まりであったという。昭和40年10月に走り始めた、博多-米子間夜行急行「しまね」、小倉-米子間準急「なかうみ」、そして熊本-米子間準急「やえがき」(前身は博多-米子間準急「やくも」)の3つの列車を、昭和43年10月に統合した急行列車に、「さんべ」の名は譲られた。この頃、急行「さんべ」は、下関から、海岸沿いの山陰本線経由と、内陸を行く美祢線経由の2編成に分割して運行し、1時間40分後に長門市駅で再び併結するという離れ業で知られていた。益田駅では、小郡始発の編成まで連結して、終点の米子に向かっていたのである。下関と長門市の間は、山陰本線経由で77.7km、美祢線経由で79.8kmだった。厳密な定時運転で定評のある、日本の国鉄だからこそ、可能だったのだと思う。昭和50年には、「さんべ」の熊本-博多間が別の列車に分割され、小郡-益田-米子編成が廃止されている。昭和59年には、夜行「さんべ」が廃止されて日中の運転だけに削減された。昭和60年には、「さんべ」の運転区間が小倉-米子間に短縮され、美祢線経由の分割運転も取りやめとなったが、同時に、博多-米子間で特急「いそかぜ」が運転を開始している。平成11年に急行「さんべ」は廃止され、平成13年に小倉-益田間に運転を短縮していた特急「いそかぜ」も、平成17年に姿を消した。僕が乗った「さんべ」2号は、門司駅が始発で、関門海底トンネルを越えて本州に上陸し、そのまま山陰本線に入っていく。気動車でくぐる海底トンネルというのも、なかなか風情があったと、今にして思う。急行「さんべ」と特急「いそかぜ」が亡きあと、関門トンネルをくぐる特急・急行列車は、絶えてしまったのである。わずか2両編成のディーゼル急行は、低く腹に響いてくるエンジン音を唸らせながら、日本海に面した海岸線を忠実にたどっていく。福江、湯玉、阿川、黄波戸、飯井、三見、越ヶ浜、長門大井、木与、宇田郷、須佐、戸田小浜、石見津田、折居、周布、石見福光、馬路、五十猛、波根、田儀──ここに挙げた駅は、ほとんどが急行停車駅ではないけれども、車窓から、真っ青な海が見えた区間にある。冬の山陰の海は、静かにうねりながら渺々と広がり、水平線と曇り空の境は、霞んで見えなかった。同じ日本海でも、北陸の荒々しさとは随分違うものだと思った。出雲市駅まで6時間もの長旅だったが、4人向かい合わせの固いボックス席で、僕は飽きることがなかった。わざわざ九州まで足を伸ばした僕が、鉄道を乗り継ぎ、慌ただしく山陰に向かっているのは、山陰に所用や観光目的があった訳ではない。出雲から東京に向かう「スサノオ」号をつかまえる、ただそれだけが目的である。実のところ、僕が「スサノオ」号に乗車した時、もっと長い高速バス路線が登場していて、既に日本一の長距離路線ではなくなっていた。それでも、かつての最長路線に敬意を払って、是が非でも乗っておきたかったのである。九州から東京への帰路に山陰に寄り道するとは、とんでもない大回りであるし、時間も金も少なからず費やすことになるけれども、急行「さんべ」と山陰本線の車窓に巡り逢えたのだから、僕は大いに満足していた。振り返ってみれば、当時の最長距離高速バスとして昭和44年に開業した東京-大阪線「ドリーム」号から、運行距離の記録を更新した大阪-福岡線「ムーンライト」号が登場する昭和58年まで、14年を要した。「ムーンライト」号の登場から、昭和61年の東京-弘前線「ノクターン」号開業まで、3年。「ノクターン」から、昭和63年開業の東京-米子線「キャメル」号まで2年。そして、「キャメル」号から「スサノオ」号まで、僅か5ヶ月である。その「スサノオ」号ですら、僅か3ヶ月後に登場した東京-広島線「ニューブリーズ」号や「グラバー」号に最長距離の座を譲っている。日本に高速道路が建設されて以降の、最長距離高速バスの記録更新間隔は、どんどん縮んでいた。昭和60年代は、他にも、全国に高速バスが雨後の筍のように開業し、認知されていた時代である。「ムーンライト」号が、民間のバス事業者でも長距離高速バスを運行するノウハウを築き上げ、「ノクターン」号が、地方都市でも、夜行高速バスをペイできるだけのニーズがあることを証明した功績が、大きかったと言われている。そして、「キャメル」号が、700kmを超えるような長距離輸送でもバスが担えることをアピールしたのである。このように、最長距離路線が次々と更新される状況は、それだけ、バス事業者が高速バスの運行に自信をつけた表れだったのだろう。急行「さんべ」が定刻17時59分に到着した出雲市では、既に陽は西に隠れて、薄暗くなり始めていた。現在のように、瀟洒なロータリーがなかった時代の駅前だった。見知らぬ町でバスを待つというのは、不安に駆られるものである。鉄道の駅とは異なり、バス乗り場の存在感などというものは、決して大きくも絶対的でもないから、停留所を探し出すのもひと苦労であることが少なくない。祭などのイベントや交通規制などで、簡単に場所が変更されてしまうこともあるから、停留所を見つけ出しても、バスが実際に現れるまで、本当にこの場所にバスが来てくれるのか、と、僕のようなよそ者は疑心暗鬼になってしまう。まして、乗り場が暗闇に包まれている時間帯に、夜行高速バスを待つ心細さは、経験した者でないと分かりにくいかもしれない。それを旅情と呼ぶのだ、と僕は痩せ我慢をしている。18時30分発の渋谷行き「スサノオ」号は、僕が出雲市駅の改札を出た時に、早々と駅前の営業所に姿を現していた。白地に「渋谷 松江 出雲」と大書された、一畑電鉄バスである。好みの「ミルキーウェイ」塗装の東急バス便ではなかったけれども、地方側の事業者のバスだって、僕のようなマニアには魅力的であった。これに乗れば、確実に東京に連れて行ってもらえる、という安堵が、僕の心を満たした。同時に、九州まで往復した今回の旅も、これで終わりかと、一抹の寂しさがこみ上げてきたのも事実である。せめて、東京まで13時間近くの夜行高速バスの車内を楽しく過ごそう、と心に決めた。出雲そばの夕食に舌鼓を打ってから、乗降扉の前で改札する運転手に迎えられて、僕は、「スサノオ」号に乗り込んだ。夜行高速バスではすっかりお馴染みになった、横3列独立シートがずらりと並んでいる。共同運行の東急バスの「ミルキーウェイ」号は、前方8列が横3列で、9・10列目は喫煙サロンにするつもりで横4列という仕様になっていた。利用者が増えたために、4列部分も客席として発売することになったのだが、「スサノオ」号の乗車券を購入した時に、僕が指定されていたのは、9列目だった。やれやれ、横4列シートで13時間か、と観念していたが、一畑電鉄のバスは、9列目も横3列独立シートだったので、飛び上がりたいほど嬉しくなった。そうだよな、日本一の長距離バスなんだから、それくらいの配慮は当たり前だよな、と思った。「ミルキーウェイ」号と共通の座席仕様として印象的だったのは、「スサノオ」号の足置き台が、金属の横棒を渡しただけの簡易な造りだったことである。他の夜行バスの足置き台は、平たい板状になっていることが多かったが、「ミルキーウェイ」号と「スサノオ」号の足置き台は、そのまま足を乗せると、ゴツゴツして落ち着かなかった。どうやら、備え付けのスリッパを履くことが前提のようだったが、僕は、スリッパを履いて眠る習慣はなかったので、足置き台は使わず、新聞紙を床に敷いて足を伸ばすことにした。色々と注文は多いけれども、出発までには、すっかりくつろいだ。出雲市駅から乗った乗客は3分の1程度で、車内には空席が目立った。それにしても、午後6時半などという早い時間に夜行に乗り込んだのは、東京駅から九州へ向かう寝台特急以来のことではなかったかと思う。西鹿児島行き「はやぶさ」や、宮崎行き「富士」などは、東京駅を18時台に発車したものだった。東京の手前で、都心へ向かう朝の渋滞に巻き込まれないよう、上りの夜行高速バスは、地方を早めに発車することが多かった。到着時刻を先に延ばしにくい以上は、長距離路線になるほど、出発時刻が早まるのは、やむを得ないであろう。これも、最長距離路線の貫禄である。出発前からカーテンが閉めきられていたが、いくら何でも、眠るには早すぎる。リクライニングを倒して、鼾をかき始めた強者も中にはいたけれど、僕はカーテンの隅っこを少しだけめくって、窓外を流れる夜景を眺めながら、しばらく起きていた。「スサノオ」号は、夜の帳に包まれた国道9号線を、東へ向かう。夜景と言っても、道路沿いにぽつりぽつりと点在する家々の灯や、店の派手な照明などが、時折、窓を淡く染め上げるだけである。すっかり葉を落とした道端の木立ちが、櫛の歯を引くように、真っ暗な窓外を流れていく気配はわかる。その奥に広がる深い闇は、宍道湖であろうか。遙か彼方に、かすかに明滅する光は、湖の対岸なのかもしれない。この時間帯は、どこにいても人恋しくなってしまうものだが、それにしても、山陰とは、何と寂しいところなのだろうと、胸がつまった。松江駅で、大勢の客が賑やかに乗りこんで来て、ほぼ満席になった時には、なんだかホッとひと息ついたものだった。渋谷行き「スサノオ」号の最後の乗車停留所は松江駅であるが、そこからどのような経路をとるのか、乗車する前から興味津々だった。地図を見ると、国道432号線で、松本清張の「砂の器」で有名な亀嵩付近に出て、JR木次線に沿った国道314号線で狐峠を越え、中国自動車道の東城ICに出るのが最短距離のように思えるのだが、いかんせん、高速バスが走れるような道路なのかどうか。宍道まで戻って、国道54号線を三次まで南下するのは遠回りだろうし、などとあれこれ考えているうちに、バスは、国道9号線に戻って中海の南岸を走り、鳥取県に歩を進めて、米子自動車道に入ったのである。なあんだ、と思った。山陰自動車道も松江自動車道もなかった頃であるから、最も無難な経路なのだろうが、前に体験済みの米子-品川線「キャメル」号と同じ道か、と少なからずがっかりした。そのまま車窓に興味を失ってしまったのか、高速道路に入って勢いよく走り始めてから先の記憶は、ほとんど記憶に残っていない。岡山との県境を越えたばかりの、蒜山高原SAで休憩した際に、身を切るような寒さに震えながら、澄み切った星空に吸い込まれそうな気分になったことだけは、かすかに憶えている。九州からの帰り道に、中国山地のど真ん中で夜空を見上げているのは、不思議な感覚だった。その後は、よく眠ったのだろう。夜行高速バスの上り便は、旅の終わりに使うことが多いので、疲れてぐっすり寝込んでしまうのが常だった。「スサノオ」号でも例外ではなく、僕の記憶は、そのまま、渋谷駅ビル2階の、井の頭線と銀座線に挟まれた、東急バスターミナルまで一気に飛んでしまう。到着予定時刻より30分ほど早い、午前7時頃だったと思う。ゴミが風に吹かれて歩道に散乱している、まだ薄暗い道玄坂の建て込んだ街並みを、曇った窓を拭いながら、ぼうっと眺めていた。バスは、緩やかなスロープの専用路で、直接、ターミナルに登っていく。ここは、昭和44年まで国道246号線を走っていた、玉川電車渋谷駅の跡地である。昭和45年5月から、渋谷と大井町を結ぶ東急バス「渋41」系統が乗り入れを始め、昭和45年から昭和50年まで、渋谷と静岡・名古屋を結んでいた東名急行バスも、ここを起点にしていたという。学生時代から、長く大井町に住んでいた僕にとって、馴染みの深い乗り場だった。あまりに呆気なく着いてしまったから、800km以上もの距離を走り終えたことが信じられないような心持ちで、僕は「スサノオ」号を降りた。玉川電車時代の面影が残る吹きっさらしのホームで、容赦なく吹きつけてくる師走の寒風に、思わず身を震わせた。「スサノオ」号は、乗客全員を降ろすと、乗り場の奥にあるターンテーブルまで移動する。運転手が窓から手を伸ばし、ぶら下げられたスイッチを操作すると、バスの巨体が、ゆっくりと180度回転していく。大井町行きのバスも、いつも、同じように転回していたっけ、と思う。もともと鉄道駅だった細長い敷地だから、バスが自力でUターンするスペースの余裕がないのである。回り終えた勢いで、「スサノオ」号の車体が、ゆさゆさと左右に揺れていた。眠そうな表情の乗客たちは、瞬く間に駅ビルの中に姿を消し、大井町行きのバスを待つ僕だけが取り残された。平成6年7月に、マークシティの工事に伴って、渋谷の旧バスターミナルは廃止された。現在、高速バスターミナルは、マークシティの5階に整備され、「スサノオ」号も元気な姿を見せ続けている。平成10年6月に、「スサノオ」号の運行から東急バスが手を引き、残念ながら、「ミルキーウェイ」号の流麗な姿は見ることが出来なくなってしまった。一方で、「スサノオ」号は、平成13年に山陰道に経路を乗せ換え、平成19年からは東京駅を起終点とするようになった。人気路線に成長したようで、定員の多い2階建てバスが投入されたこともある。平成24年には、下り便が、出雲市駅から出雲大社まで足を伸ばすようになった。出雲大社の祭神は、素戔嗚尊の娘婿に当たる大国主命である。素戔嗚尊が、娘の須世理姫を大国主命の嫁にやるくだりは、世代交代の寂しさが感じられて、胸がつまったものだった。中世には、出雲大社が祭神として素戔嗚尊を祀っていた時期もあったと聞くから、まんざら関係ない間柄でもないのである。にほんブログ村人気ブログランキングへ↑よろしければclickをお願いします<(_ _)>

    日本最長距離バスの系譜 昭和63年 東急・一畑・中国JRバス スサノオ号 832.8km
  19. JR西日本近畿エリア明日以降大雨の影響が出る可能性
  20.  こんにちは。 この「丹鉄乗り尽しの旅」も、やっと最終回になりました。 今回は「宮津駅」から地元「坂出駅」までの帰路を書いていきます。「宮津駅」の不思議? 今から乗る列車は「宮津駅」の「1番線」からのようです。で、ちょっと違和感が。 ホームの番線は、本来改札側から1番線・2番線……と振られるのが一般的ですが「宮津駅」の番線設定は下記のようになってます。南口手前が「3番線」。で、奥に「2番線」「1番線」。北口改札口側が「4番線」です。 なんで「1番線」が中途半端な所にあるのか不思議に思い、色々調べてみたら。 1. 歴史的な「正面玄関」が北口だったから 宮津駅は1924年(大正13年)に開業した歴史のある駅ですが、その当時は北口(海側・市街地側)しか改札口がありませんでした。当時の主要な市街地や役所、漁港などもすべて北側にあったため、北口こそが宮津駅の「唯一の正面出口」だったのです。そのため、駅舎に最も近いホームが「1番線」と設定されたそうです。 2. 南口は後から作られた「裏口」だったから 一方で、現在宮津総合庁舎などがある南口側は、もともと駅の「裏手」にあたり、線路や車庫(車両基地)があるだけの場所でした。その後、国鉄から第三セクター(宮福鉄道・北近畿タンゴ鉄道)へと変わり、福知山へと結ぶ「宮福線」が1988年に開業した際、南側が整備されて現在の「4番線」や「南口」が新設されたみたいですね。「丹後の海(KTR8000形)」 「宮津駅」から「福知山駅」までは、丹鉄区間最後の列車「丹後リレー号」で帰ります。この列車に充てられている車両は「丹後の海」です。 京都丹後鉄道(丹鉄)が運行する特急列車「丹後の海」(KTR8000形)は、「走る『海の京都』」をコンセプトにした上質で美しいデザインが魅力の観光特急です。 JR九州の「ななつ星in九州」などで世界的に有名なデザイナー水戸岡鋭治氏がリニューアルデザインを手がけました。 車両とデザインの特徴 洗練された外観: 丹後の美しい海をイメージした、深く輝く藍色メタリックのボディカラーが目を引きます。 木の温もりあふれる車内: 天井や壁には白樺、床にはナラ、座席には楓などの天然木を贅沢に使用し、和のテイストを取り入れた居心地の良い空間です。 自由な共有スペース: 3号車(または1号車)には、乗客が自由に利用できる広々としたソファー席や木製のフリースペース(コモンスペース)が設けられています 主な運行区間と列車 京都駅から宮津・天橋立方面を結ぶJR直通特急や、丹鉄線内の特急として毎日運行されています。 特急「はしだて」: 京都駅 〜 天橋立駅・豊岡駅(JR山陰本線経由の直通特急) 特急「まいづる」: 京都駅 〜 東舞鶴駅(一部区間で「はしだて」と連結運行) 特急「たんごリレー」: 福知山駅 〜 宮津駅・天橋立駅・網野駅・豊岡駅(丹鉄線内) なお、今年(2026年)1月には、製造から30年を迎える同車両の後継となる「新型車両(新デザイン)」が発表され、2028年度からの順次導入が予定されているため、現行デザインの旅を楽しむなら今のうちがおすすめです。 新型車両については、下記をご覧ください。【京都丹後鉄道】新型特急デザイン発表セレモニーを開催しました。www.pref.kyoto.jp ❶宮津駅 17:04発 → 福知山駅 17:32着。 京都丹後鉄道 丹後の海 KTR8000形 自由席。 「たんごリレー4号」は「宮津駅」でスイッチバックして、進行方向が反対になります。そうすると「自由席(2号車)」が先頭側になります。 正面が前方ですが、乗客が少なく座席は反対を向いたままですね。 ↑先頭付近にはソファー席もあります。 先頭をキープしたのは、私と小学生ぐらいの男の子だけでした(親御さんは少し後ろの座席で見守ってました)。 「福知山駅」までの僅か28分です。たっぷり前面展望を楽しみたいと思います。 あっという間に「福知山駅」到着です。 ↑丹鉄は終端駅です。 乗換時間まで駅前を探索。 ❷福知山駅 18:00発 → 新大阪駅19:44着。 特急こうのとり24号 287形電車 指定席。 この車両の窓割りは注意が必要です。最後尾のみ1席の狭窓。後ろから2席目から広窓になっていますので、広窓後部で車窓を楽しむためには、2番目、4番目、6番目……を押さえる必要がありますのでご注意ください。 窓割りなどの編成については、私がブログを始めた頃紹介した本を参考にしてくださいね.『列車編成席番表』 「列車編成席番表」という雑誌ご存知でしょうか?。 今は、観光列車中心ですが、以前特急列車に乗る場合良く利用していました。 これは、2019年春号です。今年…ameblo.jp 列車が出発した後、「福智山城跡」が見えてきました。この時間は、まだまだ明るかったですが……。 「新大阪駅」到着間近になると、 ↑もう真っ暗です。 ❸新大阪駅 20:20発 → 岡山駅 21:10着。 山陽新幹線さくら773号 N700系新幹線。 今回は、少しでも静かに移動できるように「半室グリーン」の6号車の指定席にしました。ただ、この便も満席で、もちろん相席者はいます。 晩御飯です。 ↑「松阪牛焼肉弁当」です。 50分ほどで「岡山駅」到着。 ❹岡山駅 21:42発 → 坂出駅 22:24着。 快速マリンライナー67号 自由席。 人がめっちゃ多いので、車両の写真は断念。 無事「坂出駅」到着です。たっぷり17時間弱堪能できました。 時々休止しながらの「丹鉄シリーズ」も終了です。長々お付き合い頂きましたありがとうございます。 新シリーズに乞うご期待を。 ありがとうございました。

    京都丹後鉄道 乗り尽しの旅(終) 「丹後の海」~帰路編