285,826投稿
無事に高校に入学した娘。良いお友達もできたようで、私は一安心していた。一番気にかかっていた食事においても、入院中に食べていた量を食べていたので、そこが一番安心していた。ただ、私は娘のフェイスラインが丸みを帯びてきたな、という感じがしていた。私が感じていた位だから、当の本人はとても気にしていただろうな
いまだに義母の負の遺産を目にする度、いたたまれなくなり、あきらかにPTSDだなぁと思う思いに囚われてしまう。 義母が腕の手術で入院した時には、いろいろ忙しい中、精一杯、いろいろしてあげた(当時は、そんなおしつけがましい思いもなかったけれど。今思えば、「してやったのに!」と、その後の「仕打ち」を思
筋トレはしないでね、と伝えたのに、それをいとも簡単に破ってしまった娘。私はショックだった。悲しかった。もしかすると憎しみを感じたかもしれない…。主治医と精神科の医師により、娘に対して昨晩の行動についてのヒアリングが行われた。私は同席する勇気がなかった。娘が責められているのを(先生たちは責めていないけ
入院し、初めて前向きになれた日。私は久しぶりに熟睡した。でも、相変わらず食事はほとんど採れていなかった。翌日の面会。私も娘も主人も明るい気持ちだった。娘とは、ニコニコしながら話したっけな。だけど、そんなひとときの幸せもあっけなく壊れたんだ。それは医師が設けた面談でのこと。今回の面談は精神科の医師のみ
精神医療ビジネスの闇発達障害バブル、製薬マネー、人権侵害の歴史、戦後から変わらない本質筆者は米田倫康氏。20年以上にわたり、精神医療業界を検証し続けてきた著者の集大成!!この本、素晴らしいです。精神科、心療内科に通院してる方々や、患者の家族にぜひ読んでいただきたい。精神科医、和田秀樹氏も推薦してます
高校の推薦を学校に進めていただくかそれともこのまま精神科に入院をして克服完治を目指すか…どちらが正しい道かだなんて、誰にもわからない。ただ、病院側では着々と精神科の入院に話が進んでいることは確か。でもさ、これって、本来は娘の人生なのだから娘が決めることなんだよね。医師は、娘は低体重で脳みそに栄養が行
娘の推薦入試日まで2ヶ月を切っていた。お医者様からは、内科では規定体重となった時点で終了となり、その後は精神科に転科する流れになる、と伝えられた。(救急で運ばれたときは摂食障害とはわからなかったので内科に入院しました)規定体重になるためには、今の食事の進め方だと最低でも3ヶ月以上はかかる、とも伝えら
推薦入試のために1月初旬には退院するつもりの母娘。一方、お医者様は同時期に精神科に転科させるご意向だった。今想うと、本当に無謀だった。だって、病院食以外の食べ物は禁止だったのだから、どう考えても1月初旬に規定体重になることは不可能だったのだ。でも、私たちは絶対に可能にするって信じ込んでいた。とある日
2022年、クリスマスまであと数日となったある日、お医者様との面談があった。怖くて怖くて、身体が小刻みに震えていた。娘は、約1ヶ月ぶりに室内靴を履き、車椅子で病室を出た。娘は「あぁ、久しぶりだなぁ。なつかしいなぁ。」と嬉しそうだった。このとき、娘はどんな気持ちだったのかな?娘も私と同じように、お医者
本日ラスト抗がん剤9:00採血初めて手の甲で採ってもらいました痛いのかなぁと思いましたが、全然痛くなくてびっくり9:30精神科パニックのお薬調整して処方してもらうだけ。いつも時間通り予約前に行ってもすぐ終わる10:00放射線科初受診。放射線25回の治療のための面談。5/27スタート10:30乳腺外科