
5JUN.
『おぼっちゃまくん』に学ぶ人間くささ④
◆なぜ昔のギャグアニメには人情があったのか?昔のギャグアニメを見返していると、「めちゃくちゃやけど、なぜか温かい」そんな風に感じることがあります。『おぼっちゃまくん』も、まさにそんな作品でした。今見ても、下品でツッコミどころだらけなのですが、なぜか嫌いになれない。それどころか、大人になって見返すと、妙に心に残る場面があるのですな。◆悪人ですら、どこか憎めない例えば、『おぼっちゃまくん』では、誘拐犯ですら、最後にはおぼっちゃまくんと打ち解けてしまいます。普通なら、怖い存在のはずです。ですが、おぼっちゃまくんの、悪意のなさや、純粋さ、マイペースさに振り回されるうちに、空気が変わっていき、誘拐犯も最後には、「楽しかった」、「悔いはない」みたいな感じになってしまう(笑)もちろん、現実ではありえません。ですが、昔の作品には、「人は完全な悪だけではない」という空気感が、どこかあったように思います。👉️動画はこちら「ゆうかいされてすみませんえん」- YouTubeYouTube でお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.be◆昔の作品には情けがあった昔の日本では、義理や人情、情けという言葉が、今より身近だった気がします。もちろん、昔が全部良かったわけではありません。今の日本のほうが、行儀はいいですからね。一昔前は理不尽も沢山あったし、素行の悪い人達も多く、めちゃくちゃなことも多かった。ですがその反面、「完全に切り捨てない」文化も、どこか残っていました。例えば、悪人でも、最後に情けをかけられる。失敗した人にも、やり直す余地がある。そんな物語が、昔の作品には結構多かったのです。◆東洋思想では情をどう見ていたのか?仏教では、執着しすぎた感情は、苦しみの原因になると説かれます。ですが、だからといって、「冷たい人間になれ」という意味ではありません。むしろ仏教では、慈悲や思いやり、情けを、とても大切にしていました。また、儒教でも、「仁」という考えが重視されます。これは簡単に言えば、人を思いやる心です。つまり、昔の東洋思想では、厳しさだけではなく「情」もまた、人間に必要なものだと考えられていたのです。◆現代は正しさが強くなりすぎた現代は昔よりも、・コンプライアンス・正義・効率・正論が重視される時代になりました。もちろん大切なことです。ですがその反面、「失敗した人を許さない空気」も、強くなったように感じます。SNSでも、少し失敗すると、徹底的に叩かれる。一度嫌われると完全に排除される。そういう空気に、疲れている人も多いのではないでしょうか。◆人間くささが愛された時代『おぼっちゃまくん』の登場人物は、完璧ではありません。むしろ変やし、下品でわがまま、かなりズレているキャラクターばっかり。けど、どこか人間くさい。だからこそ視聴者も、「仕方ないなあ(笑)」と思えたのかもしれません。昔のギャグアニメには、人間のダメさを笑いながら受け入れる空気がありました。◆今だからこそ必要なのかもしれない現代は、便利になりました。ですがその反面、「余裕のなさ」も増えている気がします。だからこそ、・少し抜けている人・不器用な人・失敗する人を見た時に、すぐ切り捨てるのではなく、「人間やしな」と思える余裕も、大切なのかもしれません。もちろん反省がなければ、仕方ありませんが。『おぼっちゃまくん』は、めちゃくちゃな作品です。だけど、あのバカバカしい世界の中には、昔の日本人が持っていた「情け」や、「人情」、「人間くささ」も、どこか残っていたような気がします。◆おわりに子供の頃は、ただ面白かったギャグアニメも、大人になって見返すと、当時の時代の空気や、人との距離感、そして人情のようなものが、意外と描かれていたことに気づかされます。便利になった今だからこそ、こうした人間くささに、どこか懐かしさを感じる人も多いのかもしれません。おしまい金剛山 一光寺弟子法妙のHPはこちらYouTubeはコチラ↓あの世の世直し日常の中にひそむ「不思議な現象」。一光寺では毎日のように、その不思議の解決に励んでいます。このチャンネルでは、実際に起こり解決してきた出来事を通して、「この世」と「あの世」のつながりに向き合い、神仏の力によって行われてきた【あの世の世直し】の記録をお届けします。祈祷実践派住職・白真(はくしん)と、霊的感受性を持つ弟子・法妙(ほうみょう)が、…m.youtube.com

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