
25MAY.
これができれば、子育て成功??
本日の注文のベジ弁当はこんな感じでした。お昼には、ブログで募集したのを見てくださった方がお弁当を欲しいとご連絡してくださり、その方と金沢市内某所で待ち合わせて、無事お弁当をお渡しすることができました。また機会があったら注文したい、というお声もありがたいことにちらほらいただいているので、今後も、別口の定期の注文がある日で、少しお昼に余裕があるときは、ブログでお弁当を欲しい方を募集してみようと思っています。早速ですが次回は 6月26日(金)に、ベジ弁当(おひとつ1500円)が欲しい方いましたらメールにてご連絡ください。お弁当は動物性なし、白砂糖なし、化学調味料なしの完全ヴィーガン弁当です。金沢市内南部あたりで、12〜13:30ごろの引き渡しが可能な方はご連絡くださいませ。なお、個数は少ない方を募集しています(1個とか2個とか)。夜がメインで個数多めの仕事があるので、すみませんがお昼は個数少なめの方がありがたいです(^o^;お問い合わせはメール natsue58@hotmail.com までお願いいたします。5/28(木)、29(金)は東京にてティータイム、スピリチュアルカウンセリングの募集をします。28日は原宿か浅草近辺、29日は羽田空港での募集です。スピリチュアルカウンセリングは20分3000円(延長は10分1000円)です。ティータイムは1時間2000円(延長は30分1000円)です。6/21(日)は東京浅草にて「心と体が喜ぶ癒しフェスティバル」に出店します。10:30〜17:00です。空き時間は 13:10〜17:00です。全てのお問い合わせは natsue58@hotmail.com までお願いいたします。この日のお弁当にも入れた豆腐オムレツ。チャヤのレシピ本を参考に作りました。黄色はターメリックを使って色をつけています。今まで豆腐オムレツといえばあな吉さんのレシピで作っていたのですが(あな吉さんのレシピも、オムレツの黄色はターメリックを使用していました)、今回は初めてチャヤのレシピ本で作ってみました。基本的にそこまで材料に差はない気がするのですが、チャヤのほうは山芋も使用していて、よりふんわりするようにしてある感じ?でも基本的にはあってもなくても作ることは可能。好みとか時間とか材料のあるなしとかで好きなレシピを選べばいいと思います。私はこんなふうにヴィーガンの料理、お弁当を作ることが好きで、息子も途中まではヴィーガンで育ててきました(学校では給食は食べずにお弁当持参)。食べ物のことを勉強したり実践したり、そして、食は大切だと実感しながら息子を育ててきましたが…。最初の頃は、食べ物が大事!!何を食べるか、選択って大事!!…という意識でした。ちゃんとしたものをきっちり選ばなきゃ、という意識ムンムンでした。途中から、どう作るか。が大事だなと思い始めました。同じ材料でも、どのように調理するか、で体への影響が変わる。それこそ切り方一つで、体がむくみやすい切り方、むくみを抑える切り方があったりする。火をどれだけどんなふうに加えるのか、陰陽理論などなど…どのように作る、の難しさと奥深さを知る時期がやってきました。さらに、作り手のエネルギーによって、料理の美味しさなんかが変わる。ってことにも気が付き始めました。意地悪な例ですが、姑の作る料理よりも、添加物たっぷりの、コンビニのおにぎりのほうが美味しく感じることがあったりするのです。「美味しいって言って!」「ほめて!」のエネルギーが強いと、全然美味しく感じない。ってことがある。だけどコンビニのおにぎりは、そういう「私のこと好きになって!!」の生々しいエネルギーが入ってないから…そういう意味ですんなり食べれたり。人間の感情(私のことを見て、とか、私のほうを好きになって、私のことを気にして、もっと私に優しくして、…などなど)が入り過ぎてると…うっ、となって、食べれないことがある。でも工場で機械的に作られたもののほうが、何もそういう個別の集中砲火的エネルギーがなくて、あっさり食べれたりする。そんなようなこともいろいろ感じたりしてきたなあと思います。そして…そこが過ぎると今度は、食だけじゃない。ということを思うようになりました。そもそも人って…物質の食べ物だけを食べて生きるのではない。私たちは、エネルギーを食べて生きている。子どもは、3次元的物質の食べ物だけで大きくなるに非ず。子どもは、一緒に暮らす人のエネルギーを食べて、大きくなります。もし親が、「人生ってしょせんは我慢が必要よね」と思いながら生きてるとしたら…義父母との同居が嫌で嫌で仕方ないけどいつも我慢しながら生きてるとしたら。自己評価が低くて、すぐ自己卑下しちゃうような性格のまま生きてる母親がいるとして、そしたら、そうしたエネルギーを子どもは食べながら大きくなる、ってことです。我慢のエネルギーだったり、自分が悪くてもじっと何も言わずにいる、というエネルギーとか、自分なんて大したことない、ってエネルギーだったり…つまり、子どもには、どんな栄養のものを食べさせるか、よりも、自分からどんなエネルギーが出てるだろうか、これは我が子に食べさせたいエネルギーだろうか、ということが大事になってくるわけで。毎日出来合いのものばっかりな家だとしても、いっつも食卓に笑い声が響くおうちと。全部材料オーガニックです、だけどいつもなんだかしーんとして息が詰まるような雰囲気のおうちだったら、…どっちが自分は好きなのか?を感じてみる。答えはそれぞれ。そして、人って、自分にとっていちばん大切なものがわかってると、しっかりと軸を保ちながら生きていける気がします。栄養バランスが一番大事!!どうしたら栄養バランス取れる??と「自分で」は、それが自分の「一番大事なこと」だと思ってたとしても…。でも、・栄養バランスの取れた食事が毎食。だけどいつも家族が食卓が暗いという日々と、・栄養バランスは偏りまくってる。レトルト多用。でもいつも家族仲がよくて笑いが絶えないのだったら、…もしかして、後者のほうが自分は好みかもしれない。ということは、その人にとっては、栄養バランスのことに必死に眉間にシワ寄せるよりも、家族仲良く、いつも笑顔がたくさん、というほうが、自分にとっては大事なこと、なはずで。すなわち、毎日思うことは栄養バランスのことより、みんなでいつも笑いあっていられるには何が大事かなあ、ってことを考えたり、あるいは神さまにインスピレーションをお願いしてみたり…そうすればいいような気がするのです。でも人ってえてして、自分の 本当に大切にしてるもの を忘れがちで、その一番大事にしてるもの、については心を寄せず、なんちゅうか、そこまで大事じゃないもの、に躍起になって日々を過ごすこともある。そういうことが続くと、人って、バランスを崩していくのでは…と思うのです。土井善晴さんの本に、書いてあったこと。美味しいを言える子どもに育てる……それが、子どもを育てるうえで大事なことだと書かれていました。土井善晴さんだから、料理のことを言うかと思いきや、そうじゃないのです。何を食べさせることが大事とか、そんなことではなく、「美味しい」を言える子に育てられたらいいですね、それを目指しましょう…というスタンスで。幸せな家族、というのは、みんな「おいしい」を言える。逆に、誰も「美味しい」「おいしいね」を言わない家は…きっと、幸せという面において、何らかの問題があるかもしれない。食卓に、「美味しいね」と言えること、があるかどうか。子どもは食べ物だけで育つのではない。と土井さんも書いておられました。誰かが作ってくれたものに対して、素直に「おいしい!」と言える雰囲気、信頼感、安心感があることの大切さ。そして、おいしい、という最高の褒め言葉を交わせる家の幸せ。せっかく素晴らしいものを作っても…「おいしい」がなかったら、それは悲しみ、寂しさが広がってしまうと思います。何を作ってもいいんです。レトルトだって、ファーストフードのテイクアウトだって、なんだっていい。ちゃんと、「おいしいね!」が言い合える家ならば。なんとなくなのですが…家族から「おいしい」を全然言ってもらえない奥様、母親の方って…気がついたら病気になっていた。ってケースをよく見させていただいた気がします。素直に「美味しい」を言ってくれない人(例えば旦那さん)と長年一緒にいるって…精神的には負担が大きいのでは、と推察もできると思います。子どもが、食べ方が汚くても、偏食でも、口答えする子でも、だらしない子でも…でもその子が「これおいしい」って言える子なら、それは、もう素晴らしいことなんだと思います。それだけで子育てはもう合格点、…って言えるんじゃないかなあ?だけど、おいしい、を大きくなってからは言ってくれなくなった、としても…小さい時に言えてたなら、それでオッケーなのではないでしょうか。ちゃんと言ってた素地があるって感じで。もしかしたら恋人には言えるかもしれない。私の夫は、めったにおいしいを言いません。どうでもいいって感じ?…って言ったら怒られそう(^o^;しかしながら、息子がかなり感想をペラペラ言うタイプなので、それで…救われています。美味しいって言ってもらえるってこんなに幸せなことなんだ…と知ることができたし、身に余るほどの「おいしい」を聞かせてもらえて、一生分幸せをもらえたなあと思っています。家族とでも、友人たちとでも、大好きな相手とでも、「おいしい」「おいしいね」の言葉があれば。そこには…あったかくて幸せな空間が広がっているはず。何を作るか、どう作るか、も大事だけど、おいしいね…を言い合える場所を持つ、人と付き合う、ってことは…きっととってもとっても大事なことなんだろうな、と思います。それでは皆さま、今日も明日も素敵な一日をお過ごしください

『メンチカツ』か『ミンチカツ』か?悩んだ末に母がたどり着いた答

誰もにその時がきてくれる
心理テスト〜使いたいカップ〜
日曜日は心理テストですリア王を観てから2日経ちましたがいいのか悪いのか吉田鋼太郎の怪演が怖くてというか迫力に打ち負かされたままです思い出すとあの迫力が押し寄せて来ます😱💦鋼太郎怖〜〜い!!( º言º)では問題です飲み物で一息つく時あなたが一番使いたいのはどのカップですか?A無地の白いカップB色の濃いカップC中身が見える透明なカップD厚みのある大きなカップこのテストではあなたがリラックスしたい時に選ぶカップから現在の心理状態と対人関係における深層心理を探っていきますA. 無地の白いカップ「情報を遮断したいリセット願望」飾りのない真っさらな白いカップを好む方は複雑な人間関係や過剰な情報から一旦離れたいという「リセット」願望を抱えているのかもしれません。一人の時間だけは何色にも染まらない無垢な状態でいたいと感じている可能性もありそうです。他者に対しては誠実であろうとするあまり無意識のうちに自分の本音を脇に置いて場の空気を優先してしまう傾向があるのかもしれません。透明感のある静寂を求めるその心は今のあなたに「何もしない時間」が本来の自分を取り戻すために不可欠であることを示唆しているようです。白という色は全ての始まりを象徴しており今のあなたに必要なのは他者との距離を一度ゼロに戻して自分自身を整えることなのかもしれません。他者の視線や期待から完全に自分を解放し内なる静けさを取り戻すことで心の奥底に沈んでいた本当の願いが見えてくるはずです。B.色の濃いカップ「本音を隠したい防衛・遮断願望」中身が判別しにくい濃い色のカップを好む方は自分の内面を安易に晒したくないという防衛心理が働いている可能性があるでしょう。相手との間に適度な境界線を引くことで自分自身の安全を確保し心の平穏を保とうとする慎重で思慮深い気質なのかもしれません。他者とのコミュニケーションにおいて必要以上に踏み込まれることに微かな不快感やプレッシャーを感じている状況ではないでしょうか。この器の選択は自分自身のアイデンティティやプライバシーを誠実に守り抜こうとする意志の表れのようです。防衛本能が強まっている時は無理に心を開こうとせず信頼できる限られた相手との対話を優先することが心の安定に繋がるかもしれません。自分を守るための壁は決して拒絶ではなくあなたがあなたらしくあり続けるために必要な「心の砦」であると捉え直してみるのも良さそうです。C. 中身が見える透明「嘘偽りのない透明な関係願望」中身が全て見えるガラスの器などを好む方は隠し事のないオープンな対話を求め嘘偽りのない「透明な関係」を望んでいるのかもしれません。相手に対しても誠実で飾らない振る舞いを期待する純粋で真っ直ぐな精神性の持ち主と言えそうです。表面的な世辞や駆け引きを好まずお互いの本質を認め合えるような深い絆を求めている心理状態がこの選択に映し出されているのかもしれません。曖昧なものを嫌い対人関係における不要な不安や疑念を払拭したいという願いがあるのでしょう。その透明性は大きな魅力ですが時には相手にも「見せたくない部分」があることを許容する心の余裕を持つことが大切になるかもしれません。全てを明らかにすることが必ずしも正解ではなく時にはグレーな部分を残すことも人間関係を滑らかにする潤滑油となります。D. 厚みのある大きなカップ「絶対的な安心を求める保護願望」両手で包み込めるような厚みのある器を好む方は、誰かに守られたい、あるいは絶対的な安心感を得たいという「保護」への願望を抱えているのかもしれません。現在のあなたは、ありのままの自分を無条件に受け入れてもらえる場所を求めている可能性もありそうです。他者との距離感においては、孤独感を埋めてくれるような包容力のある存在を求めている傾向があるのでしょう。その強い求心力は周囲を惹きつける力になりますが相手に頼りすぎてしまうとあなた本来の力が発揮しにくくなる側面もあるかもしれません。厚みのある器が飲み物の温度を保つように自分自身の内側にある自分自身への思いやりを温め直すことが今の課題なのかもしれません。自分自身を丁寧に労わり慰める術を身につけることが、真の安定への第一歩となります私はBの濃い色のカップかなあビタミンカラーとかなんか可愛いからまあ、そうですね人とのうまい付き合い方は付かず離れずだと思っていますね干渉や束縛する人とは付き合えないかもみなさんはいかがでしたか〜