
13JUL.
真庭市の「木山」を訪れたら「高龗・闇龗」と牛頭天王=木星だと確定できました。(^^)/
小野 龍海’s 歴史塾このホームページでは歴史研究の成果を資料化して公表しています。ono-no-tatsumi.amebaownd.com かねてより次の水くみの時には寄りたいと言っていた「木山」のある〒719-3142 岡山県真庭市木山1265−1の木山神社と木山寺に行ってきました。木山 木山とは古代インドの政治体制で七曜の一人が木星の守護を受けていたとする事から姓を「木」と定め支配域を「木山」とした事に由来すると仮説を立てその痕跡を求めて来ました。鳥居と随身門 後で聞いた話ですが木山神社は元々は木山寺の隣にある奥宮の所にあったそうです。国土地理院地図 国土地理院の地図の方は確かに木山寺の隣に木山神社と載せています、しかしその前から下(右)の方にも鳥居のマークがありますので里宮としてあった事が分かります。 最初に訪れたのは里宮の方です。(再掲) 鳥居の所には歴史を伝えるものは何もありませんでした、しかし随身門の方は表と裏で中にいる随身が違っており、表は随身、裏は調べるとキツネと紹介されていますが、私には狼に見えたのですが....随神門 表面の随身(普通)裏面(キツネ?) 耳がピンって立って、険しい顔をしたキツネ(?)でしょうか?反対側のキツネ(?) やっぱり今見ても「狼」に見えます、狼といってもジャッカルの事ですからキツネにはよく似ています。アフリカキンイロオオカミ(旧:ジャッカル)日本のホンドキツネ う~ん、ソックリですね~、稲荷の眷族のキツネとは「キとツとネの方角から攻め込んで来た反乱軍が降伏した後にキツネと呼ばれる様になった」事が『ホツマツタヱ』に書かれています。 反乱軍が天狗族だとしたら、もしかして天狗族のうち王家とする人達は「オオカミ」になり、眷族の人達は「キツネ」になったと考えるべきなのかも知れません。 そうなるとキツネの族長がオオカミという形になり、キツネの族長としてオオカミが彫られている可能性があります。(だからオオカミのように雄々しい) う~~ん複雑だ~、高龗・闇龗がオオカミなのは天狗族の族長だからで、天狗族の眷族に「キツネ族」が入ったという意味なのでしょう。柱鳥居 随神門の後ろには柱鳥居も残り古い様式を伝えています。社務所(左)と本殿(右)本殿鳥居と鐘楼由緒 祭神が須佐之男命となっていますが木山神社のHPには次のように書かれています。「元々は今の奥宮が本宮で、木山寺と共に神仏習合の「木山宮」として祀られてきましたが、明治になり神仏分離政策により木山神社と木山寺に別れました。古くは「木山牛頭天王」と呼ばれ、旧出雲街道には「大仙道」「伊勢」「出雲街道」を示す表示と共に「木山道」を示す標柱が今も残されており、信仰の広さがうかがえます。」 私の研究から「木山宮」と宮号が付く所は隠居の場所で隠居後の号だと考えます、つまりは木山牛頭天王の隠居号が「木山」という事になります。 牛頭天王と伝わるのは豊受こと素戔嗚尊(首圖駄那・宇賀神)ですので、間違い無いと思います、それは若宮とされる善覚稲荷神社の祭神が稲倉(蒼)魂(うがのみたま、=須波佛陀・大年)という所からも分かります。※神社では「倉稲魂(うかのみたま)」と勘違いしています、無理も無い.... 牛頭天王の息子となる須波佛陀が「木山(※姓は木)」を名乗ったのか? 少なくとも木山という名乗りは木野山様こと高龗・闇龗に受け継がれています、そして高龗・闇龗は須波佛陀の事だとは思えませんが... 須波(すは)神としては長野県の諏訪(すわ)で祀られていましたが、オオカミとは無縁だったと思います。 ん~・・・・・・(思考中)・・・・・繋がったぁ~閃いた龍海 豊受は五代目の高皇産霊尊でもありました、今は高皇産霊尊とは「高一族の族長の称号」と認識していますが(※因みに神皇産霊神とはインドのデーヴァ(神)族の族長の称号)、七代目の高皇産霊尊には「高木神」が就任しています。(※七代目ですが、六代目とは親子関係と思われます) この高木神は多加(高)王を名乗り『神皇記』に登場する祖佐男命の事です、確かに「木」を付けて名乗っています、方や須波佛陀は母親が「倉(くら)」なので、「倉木(くらき)」を名乗った時があるのかもしれません。 この「倉木(くらき)」が「暗き」に通じる語彙なので、「倉木狼(くらきおおかみ)」が縮まって漢字の意味を伝えず平仮名で「くらきおおかみ→くらき御神」として伝承され、その神様は「雨を降らせる龍」として伝わった為に「暗き(い)御神という名で、雨降らしの龍」だったから「闇龗(くらおかみ)」と独立した神様として扱われるようになったと考えられます。 高龗も同様に「たかきおおかみ」で御利益は「雨降らしの龍」、「高き(い)御神(たかきおかみ)」になり、「雨降らしの龍」の漢字が作られ、「高龗(たかおかみ)」と伝承されるに至ったと考える事が出来ます。 くぅ~何てことだ、狼一族の族長としてはそれぞれが「高木狼」と「倉木狼」と名乗ったが、高龗と闇龗へと変化して「狼」の存在は神社の狛狼のみに残されるだけになったようです。 では本来の目的で在った牛頭天王が七曜の木星だったのかを調べねばなりません。 ミトラ教では木星は「獅子(レオ)」になります。 豊受の父親は「師子頬(ししきょう)」で獅子を名乗りに使う人物です、これはサンスクリット語の「シンハハヌ」を漢語にしたもので意味は「獅子(ライオン)のような顎(あご)」になるようです。 豊受(牛頭天王)が直接的に獅子であるという証拠は見た事がありませんが、父親が獅子ならば名跡を継いでいて獅子であった可能性は非常に高いと言わざるを得ません。木星を守護星に持つ獅子(ライオン) その繋がりをAI君に探させると(※こういう時は非常に便利)、千葉に在る天形星を祀る天形星神社を導き出しました。天形星神社 千葉県流山市にある天形星神社は素戔嗚尊を祭神として祀る神社です、天形星とは道教で木星を意味します、つまりは素戔嗚尊=天形星(木星)と直接的に伝えている神社になります。祇園大明神 上図は祇園大明神とも呼ばれている事例を挙げていたのでお借りしました。辟邪絵 天刑(形)星 上図は国宝の『辟邪絵 天刑(形)星』ですが、描き方がソックリですね(笑) という訳で牛頭天王=天刑(形)星=木星=獅子として間違い無いようです。(う~~ん、満足♥) ちょっと大満足なのでこのまま終わりたいと思います。 <(_ _)> 龍海

エアロバイク始めました
茶番
役者同士の醜聞合戦やだねー幼稚園の仲良しごっこじゃあるまいし合わない相手もあるでしょうに。いちいち週刊誌に言うかあ!?w昔からドラマ後日談として、あの時は〇〇さんと〇〇さんが物凄い険悪で…とかよくある話だし、それと肝心なのは作品は誰のもの?って事じゃないの🙄そういった面で言うなら責任者どこ行った?って感じする。あの黒澤監督「影武者」だっけか、メイキング見るともうベテラン役者陣がバリバリダメ出しされててシュンとしてて←悪いけどちょっと笑ってしまうw今なら完璧パワハラになるだろうけどそれだけ作品は演者じゃなく、監督のものだってわかる。真剣なんだよそれが今は役者主体の丸投げになってるって事かね。脚本家も下手に口出せなかったと思うけど今は違ってそうだしあ、だから昨今観たくなる(良い)ドラマがないわけだ。と、納得。

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