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  1. プラストクリニックのホームページはこちらいつもご覧くださりありがとうございますきょうは、きょうは、お鼻の手術について  お伝えしようと思います。ほんのちょっとー 小鼻の広がりを無くせたら~ 鼻筋を細くできたら~ 鼻の穴を見えなくしたい~  お鼻のかたちのお悩みは多く みなさまちょっとだけ  の手術の希望も多いのです。    実際には、  ほんのちょっとのかたちの変化を  1箇所だけの手術で実現するのは  非常に難しいのが     お鼻の手術と思っていただけたらと思います鼻の1箇所の手術をしたために鼻の他の部分も手術しないと不自然な形の鼻 になる可能性があるので術前の担当医師とのカウンセリングは  とても重要かと思います  今回は手術で 鼻をすこしだけ高くしたい    とのご希望でした。  鼻背に将来も不自然にならないよう プロテーゼ挿入の手術   をさせていただきました。術前術後1年2ヶ月術前術後1年2ヶ月鼻先まで挿入すると、お鼻の穴が目立ってしまう可能性があったので、鼻根部中心に挿入して  ノーズシャドウをいれたような自然なかたちを目指しました1年以上経ってすっかりと馴染んで以前のお鼻を忘れてしまった  とのことでした。とても喜んで下さり善かったです <リスク・副作用>内出血・腫れ・浮腫み・違和感・プロテーゼのズレ・プロテーゼの突出・石灰化・感染 <オーダーメイドプロテーゼ費用> 250,000円(税別)静脈麻酔 20,000円(税別)プロテーゼ代・局所麻酔代・術後内服代込み溶ける糸での固定縫合なので抜糸の必要はありません。インスタもがんばってます覗いてくださいね  みなさまの、ご厚意よりブログはなりたっております どうもありがとうございます励みになりますぽちっとお願いいたしますです にほんブログ村ぽちっとお願いいたしますです 整形・プチ整形ランキング 11月の休診予定日13日  火曜日21日  水曜日25日  日曜日27日  火曜日12月の休診予定日4日   火曜日7日   金曜日12日  水曜日17日  月曜日20日  木曜日26日  水曜日年末は31日まで通常診療  をおこなっております。学会参加の都合などで 変更になる場合がございます。  ご容赦くださいませ                               日本形成外科学会専門医日本美容外科学会専門医      石川院長の<美容外科 形成外科 美容皮膚科>  プラストクリニック 東京都荒川区西日暮里 2-27-3   ラ・プエンテ・アルタ2階0120-01-0780    

    鼻プロテーゼ 10年後のお顔の変化を考えてv(。・ω・。)♪ 30代女性 1年2か月後
  2. 受付の制服が変わりました♪
  3. ペタンコの靴を履いていると昨日はズンズン歩けて自分の歩く速さに1人でウケてました🤣午前中はアーユルヴェーダへお遍路に行く前の身体を知ってるセラピストさんがこの1ヶ月の身体の変化にびっくりしてたの後は、銀座へ三越の入り口にいらっしゃったよこの秋、それぞれの旅をしたメンバーにシェア会しましょう〜って私が企画したんだけどその前に時間があるようなら私の臨死体験講座のデモを聞いてもらいたいってわがままを言って、女性陣3名にワークしてもらいフィードバックを頂いてきました一人一人答えはみんな違うんだけど太鼓判押してもらえた\(^-^)/早速感想頂きました♡嬉しいなー嬉しいなー(T_T)ワークした後のシェアでは思いもよらない結果が出たけどその意味を見出して納得した とか私が聞いてへーー!!って答えだったり「死」を意識して今の自分を見てみると意外な答えに自分がびっくりする講座☠️今日の結果を持って一年過ごして頂いてまた来年振り返るのが楽しみになる内容ですのおほほそろそろ来年の予定をフィックスしなくちゃねの後は、イタリアンレストランで旅のシェア会左から雅ちゃん・私・松永さん・いかりん・由美さん雅ちゃん・いかりん・由美さんは、イタリア・パリへ松永さんはフィリピンへ私は四国それぞれ思い出すと泣けちゃう旅をこの秋してきたから話してまた涙出てきちゃったりねそしてお昼頃、年中旅人の未来ちゃんが神奈川から東京方面に向かっている情報を目ざとく見つけてお誘いして、ほんの少しだったけど合流できたしはいっ!魔法の言葉!講座での挙手は肘を伸ばして!の見本目の前でカウンセリングとかこのお2人のコントのような掛け合いを見たりまー美味しくて楽しい夜でございました🌉1ヶ月の疲れと講座を人前で初めてする緊張と褒められて安心したのと美味しくて楽しい夜で満足して昨日は帰ってまたバタンキューさぁ今日はいい加減インドの用意しないとね🇮🇳おわり異論・反論・ブス!デブ!死ね!とか感想とかネタとかお仕事下さるとか何かの依頼とかご馳走するとかお褒めの言葉とかはこちらへ↓↓nobuko.uehara@gmail.com過去の人気記事やっぱ子供は神やんなー(不登校)患者を殺してもいい(仕事・介護)←炎上?したやつアンチコメント?に感謝(ラブレター)おわび(あんま思ってないけど(正論なんて糞食らえ)NOBUKO、校則変えたってよ(悪行の数々)豊かさとは(インド2018春)出没情報11/21-26 ナナさんと行くインドツアー12/20 野崎ふみこ漫画家生活41周年記念&出版記念パーティ講座情報11/18臨死体験講座@大阪 13時〜 満員御礼12/19臨死体験講座@大阪(on demand)1/10 or 1/12臨死体験講座@関西臨死体験講座は、4名以上でしたら開催しますので、個別相談承りますメッセージまたはメールでご連絡ください

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  4. 糖尿病「あるある」にすらなってきた「悪化する患者さんをさんざん見ているのに、なぜやり方をかえないのか?」「疑問に思わないのか?」といった事に関して。これは先日の記事「従来治療などにお怒りの方へ」https://ameblo.jp/naikaimizuno/entry-12416070371.htmlと少し内容が関係します。上記の疑問は、まさに「外から見た疑問」の典型です。これに対して、「内から見たらどうなの?」を今回は解説致します。以下、内容です。(1)守りに入るまず「多くを持つ者ほど守りに入る」という事です。医師は医師免許があって初めて医師たり得ます。医師免許がなくなったら「先生、先生」と呼んで頂ける世界から、一気に「ただの落ちぶれた人」扱いに転落です。6年以上かけて、そしてその後も人生のほとんどをかけている「基礎」となる医師免許を失うかもしれない、という事に対しては非常に「守り」に入るのが医師です。当たり前ですね。この「守り」の要(かなめ)になるのが「ガイドライン」です。基本的にはこのガイドライン通りなら、何かあっても、ある程度はガイドラインに守られます。実際に医療訴訟ではこの「ガイドライン」が必ず参考にされます。「ガイドライン」なんて、と言っていても実際に訴訟の際にガイドラインから外れていれば、訴訟の際には、それだけで原告から相当に攻められるポイントとなっていしまいます。そして医療訴訟というのは「医療側に全く過失や 落ち度が無くても起こる」というのを医師ならば誰でも知っています。そう、「全く過失がなくても」起きるのが医療訴訟です。その場合も、大変な時間と労力を費やし、裁判に臨む必要があります。一審で、完全勝訴しても、高等裁判所で棄却になっても、最高裁までいくのが医療訴訟です。最高裁で棄却になるまで「強制的に」時間と労力が割かれます。お安くない額の弁護士費用もかかります。つまり「ガイドライン」から外れる事、というのはよっぽどのメリットがないと通常の医師は行いません。医師なら「ガイドライン」から外れる事の意味を骨身に染みて知っています。訴訟社会になってきた現代の日本では、自分や、ごく近しい知り合いの医師が訴訟に巻き込まれていますので。そんな世の中に、既になっています。(2)無知の壁悪化した症例に「何度も出会っている筈」という点に関して。これはその通りで、実際に患者さんを多数見ている医師なら、必ず何度も合併症が進行した症例を見ています。ですが、これは他の通常の医師が診ていても同様に起きます。医師が情報源にする「学会の論文」や「格式高い専門誌」でも同様です。そしてそこにはガイドライン通りの治療法しか載っておらず、せいぜい新薬を使った治療法くらいしか載っていません。「やり方を変えようにも他に知らない」これが普通の医師です。このため、こういった医師も「自分はベストの治療を行っている」と胸を張って言います。医師は、ネットや一般書で色々言われても「そういう胡散臭いのは相手にするな」と医学部の時代から何度も何度も、しつこくしつこく、折に触れて、徹底的に、教え込まれて来ています。あくまで「論文」「専門誌」が信頼に値する情報源、というのが一般的な医師です。これが「無知の壁」です。なにか余程の事がないと、「無知の壁」は越えられません。人は自分が見たい・聞きたい事しか、見ないし・聞きません。(3)常識の壁このような「糖尿病は一生良くならない。インスリンは10単位以上なら絶対に辞められない」などといった事が医学部の頃から教え込まれています。すると、「いや、本当は良くなる方法があるのではないか?」「現在の標準治療は間違っているのではないか?」といった発想自体が出てきません。「ガイドライン通り」=「私は正しい」という考えです。自分は正しいと信じているのに、それに疑問を持つ筈もありません。これが「常識の壁」です。「自分は正しい症候群」というやつです。ガイドラインというのは「現代のスタンダード」というだけで、決して「最高・最良の治療」では全くない、という事に考えが及びません。1000年後から今の治療を振り返れば、ほぼ全部の治療が「間違い」でしょう。こういった事に考えが及ばなくなっています。これが「常識の壁」です。実際に自分の患者さんが勝手に糖質制限をして良くなったとしても、「糖質制限のおかげ」とはあまり考えず、「何か他に原因でもあったのだろう」とか「単なる例外だろう」としか思わない、という事です。〜〜〜以上、代表的な3つの理由を挙げました。いかにこれらを越える事がハードルが高いか、医師にとってそれを越える事が何らモチベーションにならないか、分かったかと思います。なお、「患者のためなら何だってする!」というだけの医師は一見よさそうですが「自分を犠牲にする」という一点においてダメダメです。「自分を活かし、患者を生かす」これが名医です。「自分を殺す」ような医師が他人を活かす事など出来る筈もありません。という事で、これだけの事があるのに、ガイドライン通りではない治療を行う医師が「おかしい」のです。「異常」で「異端」なのです。そんな医師が、医師の大半を占めるようになる筈がありません。「普通」が変わるまで、「ガイドライン」が変わるまでは、医師は変わりません。このため患者さんには「さっさと自分で 良くなって下さい」とお伝えしています。「世の中が変わって、医師が変わる」そういう順番です。そんな変化を待つ必要など全くありません。さっさと良くなって下さい。それが何より世の中を変えます。戦略として「世の中を変えて、 医師を変える」という事になります。とはいっても、結局は医師が世代交代しない事にはガイドラインは変わらない事でしょう。ですが少なくとも、知った人には自分が変わるチャンスが生まれる事には違いありません。情報無しではチャンスさえもありません。活かすかどうかはその人次第ですが。という事で今後も情報発信をして参ります。以上、なぜ変えないの?でした。

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  5. カルテを確認したらもう三年も経っていた。大きくなるはずだ。その患者さんの上の子は歩くし喋るし挨拶をすればはにかむようになっていた。当時わたくしの人生は嫌なことの連続だった。ソファで声も出せずに寝ているしかなかった。助けなければ文句をいわれるのは仕方のないことだとしても助けても文句をいわれる場合があるところは嫌な仕事だと思っていた。生活するために仕方がないと割り切ろうとしていた。そうでもしなければ自分が壊れそうだった。そういう人生が変わった。きっかけは一つではなかったし一夜にして好転したわけではない。ただその時の出来事がわたくしにとっては意味を持っていた。そこそこの技術とそこそこの道徳心とそこそこのやる気で出来ていたわたくしは外見的にはいまも変化が少ないけれど自分の内面では変わったものがある。決定的に、きっぱりと。その患者、妊婦さんは感じの良い方であった。年齢からくる余裕なのか性格なのか。同年代の旦那さんは物静かでこちらもとても素敵な方であった。お二人ともご自分たちの妊娠の状況をよく理解なさっていた。こういう患者さんたちばかりであればわたくしたちは楽なのに。それはともかくその患者さんは高齢初産であった。もし合併症が現れたらすぐに高次施設に紹介する予定だった。ハイリスクだったけれど健診は順調に進んだ。分娩もよく耐えて無事に生まれた。一番良い子が生まれた。男の子だった。物静かな夫婦は静かに喜んでいた。回診の時にその患者さんの実母が近づいてきてわたくしに手を握らんばかりにお礼の言葉をいった。あの夫婦の母上殿はご自分の娘がどんなに危険な目にあっていたのか知っていたしそれを乗り越えたことも理解していたのだ。高齢初産の実母であるから高齢である。待望の孫である。世界一の男の子を自分の娘が産んだのだ。その喜びは格別なのだ。『わたしは娘の母であり娘は孫の母だ。わたしは娘であり娘は孫なのだ。わたしの遺伝子が、ミトコンドリアが確実に次の世代に伝わった。』と考えたのかどうかは知らないけれど母上殿はわたくしに封筒をくださった。ラッキー!と思ったのが正直なところだ。こちらのわたくしは下衆である。しかし嫌なことに耐えた甲斐があった。「いえいえ、いただけませんよ。そうですか?じゃ、いただきますけど。困ったなぁ」とかいって速攻でポッケにしまった。うちの産婦人科でお金をいただけることなどはじめてだった。珍しい出来事だったからこそ驚いたし嬉しかった。嫌なことばかり続いていたのでご褒美だということにした。自分の中で。その夜、当直室へいって封筒の中身をみた。いくら入ってるんだろうと、確認したのだ。いやらしい話だけど。封筒の中には確か三万円入っていた。随分入っていて驚いた。そしてその三万円を見た瞬間、わたくしはこのお金を返そうと思った。三万円は新札ではなく向きも不揃いで一枚は端が折れていた。そう、端が折れていたんだ!初孫が生まれた喜びがビンビンと伝わってくるお金だった。喜びのお裾分けを取り上げてくれたわたくしにもと考えてくださったのだ。しかも、とっさに準備してくれたのだろう。それで僕はまた心が打たれた。当直室の中で泣いてしまうほど心を打たれた。そんな価値のあるお金をどうしてわたくしがいただくことができようか。世界一の愛情のこもったお金は世界一の孫のために使うべきだ。わたくしは次の日その封筒を返却した。感じの良い夫婦をかえって恐縮させてしまったけれどわたくしは正直にいった。「ちょうど最近嫌なことばかりがあったのにこんなことをしていただいてとても嬉しかったです。僕は救われました」実際、わたくしは涙が出るほど嬉しかったのだ。事情を知った母上殿がとんできて思いつめたようにナースステーションの前のソファでじっとしていた。わたくしはお礼をいうために母上殿の隣に座った。わたくしが腰掛けた瞬間、母上殿はわたくしに頭を下げた。「失礼なことをしてしまい申し訳ありませんでした」母上殿はわたくしを立派な人格者かなにかと勘違いなさっていた。わたくしは女性にそんなことをしたことはなかったのだけれど皺の刻まれた母上殿の手に自分の手を重ねた。ここでもわたくしは正直でいられた。「失礼なんてことはありません。僕はとても嬉しかったのです。お金以上のものをいただくことができました。」だからお金はお孫さんのために使うべきなんだと。それから年数が経ちそのご夫婦に無事に二人目のお子さんが誕生した。もう一度男の子だった。世界一の男の子が二人生まれたことになる。あの日から少しずつわたくしは変わってきていると思う。引き続き毎日嫌なことは起こるけれどそれへの対応がわかり始めたので一日一日、良くなっているような気がするし、「24時間、365日、医者であれ」という意味がわかった(ような気がする)し最近やっと照れもなくこう言えるようになった。「わたしは医者です」今日も世界一の子供たちが生まれている。わたくしはその手伝いをしている。産婦人科医なので。

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