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  1. 日光白根山情報(3月12日現在の様子)
  2. 3月2日と3日に一般質問が行われました。全体的に見て、館山市役所は劣化してきているような気がします。職員不足と疲弊が起きているのではないでしょうか。『3月の一般質問の目的。館山市内で残土処分場の計画があるので。また、改正民法の施行が迫るので。』市議会の一般質問の締切が、昨日の昼までだったので提出しました。議員になって15年間、毎回続けているので、年に4回で60回連続になります。『3月議会の一般質問…ameblo.jp私の一般質問は、残土と共同親権でして、ダンプカーに対する苦情については、県に対して意見を言っていく、共同親権についてのホームページ更新も3月中に行う、という少しだけ前向きな答弁もありましたが、全般的に勉強不足であり、とても不満な内容でした。都市部と比べれば明らかに、県内他自治体と比べても、不勉強ではないでしょうか。■私も含めて全11議員への答弁も全般的にイマイチだったと思います。市庁舎も65年という老朽化が進んでいますが、目標としている令和14年に新庁舎での業務開始という目標は無理だと思います。下手をすれば、令和20年でもどうにもならず、その間に大地震と津波でも来ているかも知れません。用地が確保できていない問題もありますが、根本的には財政難がネックだと思います。館山市だけがなぜそんなに財政難なのか?という議論もありまして、市議会議員の間では、「平成の市町村合併を館山市は全くしなかったことから、合併特例債が使えず、財政が苦しくなった」という説があり、それは一定当たっていると思います。ただ、執行部側は、「館山市には福祉施設が多く、福祉費用が他自治体と比べて多く、それが要因」という捉え方をしているようです(福祉が進んでいることは評価すべきだが、財政圧迫という負の側面もある)。それも、一定当たっていると思います。そして、私の見解ですが、「観光地」だからです。観光関連費用の支出が、館山市を含む安房は多いという認識は同じです。しかし、執行部側は観光のプラスは大きい、私は、観光のマイナスが大きいという観点で決定的に異なります。人口減少で消費が減っていくので、この消費を観光客で補うと言いますが、住民の消費と観光客の消費は、消費額は同じとしても、「住民だと住民税と地方交付税が入ってくるのが決定的な違いであり、入って来ない観光客の場合には、赤字になる」という私の言い分に対して、どう反論するのでしょうか?実際に多くの観光地は財政が悪く、住みづらいと言われています。この観点を曖昧にしていると、財政難の解決はないでしょう。良かった点としては、パートナーシップ制度が進むことです。かつてのブログを参考までに挙げておきますが、『房日新聞に読者投稿 パートナーシップ宣誓制度』1〜2ヵ月に一度、地元新聞への読者投稿を続けています。時事問題の解説をして、そこから館山市で何をしたいかという主張に持っていく文章構成が多くなっています。結論…ameblo.jp8年くらい取り組んできたことが、ようやく実現しそうです。今回、取り上げた議員による質問は素晴らしく、内容は100点でした。そして、執行部の答弁も100点だったと思います。質問と答弁が満点(私の勝手な評価ですが)というのは、議員生活15年で全くなく、今後もないと思います。内容としては、●審議会(コーラル会議)にパートナーシップ制度とファミリーシップ制度の創設について2月に諮問済み●同性と事実婚の両方を入れる●千葉県の他自治体と似た制度にして、引っ越ししても同じにしたい●市営住宅の入居も可能にしたい●入院などの法定代理は、条例では無理。法律案件。というものでした。確かに法定代理については、法律案件なので地方自治体ではどうにもなりません。そもそも、こういう制度は国政で、フランスのパクス(事実婚・同性愛パートナー)のような制度を作って、法定代理もできるようにすべきであり、自治体のパートナーシップ制度は、国が制度を整えるまでの、あくまでもつなぎであるということです。

    一般質問と答弁。全般的に人口減と高齢化で劣化を続ける館山市
  3. 本日の路地裏は、再開発と都市化が進む所沢駅周辺にありながら、 今もちゃんと“地元の知る人ぞ知る道”として残っている場所です。 舞台は、メインのプロペ通りから少し入った「裏プロペ」。 先日、このシリーズ①で紹介した「手打ち蕎麦 弥兵衛」さんのあるあの路地を、 そのまま奥の踏切のほうへ進んでいくと、 今回紹介する「カッパハウス」さんがあります。 ( ̄▽ ̄) ところが、このお店にはもうひとつ、 もっと簡単に到達する道が存在します。 しかも、そちらのほうが少し面白い。まるでワープするように、 あっという間にお店の近くへたどり着ける道です。^^; 所沢駅西口側、西友横の道をするすると進み、 線路沿いの細い通りへ入っていく。 自転車も通さないほどの狭い道で、はじめて歩くと 「この先で合っているのかな」と少しだけ不安になります。 でも、その細さと、線路際を抜けていく感じがなんとも路地裏らしくていい。 大通りからほんの少し外れただけなのに、街の表情が急に変わるのです。 ※右には、電車が見える踏切があります。 そんな道を抜けた先にあるのが、「カッパハウス」さん。 さりげない佇まいのお店ですが、 実はこのお店、食べログ百名店にも選ばれている名店です。 知っている人は知っているし、知らない人は意外と見落としてしまう。 そんな立地もまた、この店の魅力のひとつかもしれません。 このお店を有名にしたのは、やはりこの一杯。 看板メニューの「トマトラーメン」です。 目の前に運ばれてくると、まず真っ赤なスープの存在感に目を奪われます。 濃厚なトマトスープは、酸味が立ちすぎることなく、 旨味とのバランスが絶妙。 ひと口目で「なるほど、これは人気が出る」と納得させられます。 チャーシューや味玉の満足感もありながら、 全体の主役はやはりこのスープ。 ラーメンでありながら、どこかイタリアンを思わせるような華やかさがあります。 さらに、この一杯の楽しさは追加メニューにもあります。 別皿の野菜を加えると、シャキッとした食感が加わって、 味の表情が変わります。 濃厚なスープの中に、もやしやキャベツの軽やかさが入ることで、 最後まで飽きずに食べ進められるのも、このラーメンの魅力です。 野菜を乗せると、こんもりと高い山ができるほどの量でした。 ^^ ただ、これを単純に「ラーメン風イタリアン」と呼ぶのは少し違う気がします。 トマトとチーズという要素はたしかに洋風ですが、 食べてみると、これはもう別の独立したジャンルの食べ物。 カッパハウスのトマトラーメンという、ひとつの完成された世界です。 そして、最後のお楽しみが「チーズご飯」。 焼き目のついたチーズの香ばしさが食欲をさらに引き上げてくれます。 これを残ったトマトスープに浸していくと、 一気に締めはリゾットのような表情に変わります。 ラーメンから始まり、最後は洋風のごちそうに着地する。 この流れがなんとも見事です。 「カッパハウス」さんは、ラーメンマニアからは有名で、 ファンが多いので混むこともあります。 それでも、人に教えたくなるお店です。 そして同時に、そっと教えたくなる道でもあります。 徒歩ならではの“近道”としても使える、ちょっとした路地裏のワープ道。 所沢の街は、表通りだけでは語れません。 こんなふうに、少し横にそれた細い道の先に、 ちゃんと名店が隠れている。 それが、今回の「所沢の路地裏シリーズその2」です。 d( ̄  ̄) 「カッパハウス」 所沢市旭町2丁目1 04-2996-5088 営業時間 11:00 〜 15:00 / 17:00 〜 21:00 <所沢の路地裏その5> 『【所沢の路地裏その5】路地の奥の先にあるカフェ♪テレビで話題!^^地域に愛される「うずら屋」』 【所沢の路地裏】シリーズも今回で第5弾。 テレビでも何度も取り上げられてきた人気カフェ 「うずら屋」さんです。d( ̄  ̄) …ameblo.jp <所沢の路地裏その4> 『【所沢の路地裏、その4】西所沢に残る頑固な武蔵野の技「手打ちうどん 地蔵山」』 【所沢の路地裏シリーズ】のその4は、西所沢から。。。(^ ^) 所沢の中でも、西所沢という街は少し独特です。 所沢駅…ameblo.jp <所沢の路地裏その3> 『【所沢の路地裏その3】住宅街に行列をつくる一杯。アイデアと名人芸に拍手!「麺処 福吉」』 所沢の路地裏シリーズの第3弾は、 僕のご近所。東所沢の路地裏です。^^ 所沢には9つの駅がありますが、その中で唯一、…ameblo.jp <所沢の路地裏その1> 『【所沢の路地裏①】 裏プロペのそのまたその先“人に教えたくなる路地とお店”「手打ち蕎麦 弥兵衛」』エミテラスを中心に平日でも賑わうの街・所沢駅周辺でも、ふっと呼吸が深くなる路地があります。駅前通りの喧騒でもなく、幹線道路沿いの大箱店でもない。住宅街の細い…ameblo.jp 株式会社C-プロジェクト(元・とこなび) 代表 山下勝也 yama.uma.katsu@gmail.com <フォローしてくれると励みになります> <清瀬駅北口きんぺい寿司> 無印良品 素材を生かしたカレー グリーン×4 Amazon(アマゾン)

    たくさん共感されています

    【所沢の路地裏シリーズその2】カッパハウスさんの百名店への近道と、知る人ぞ知る路地裏からの近道。
  4. 島津義弘である。皆の衆、息災であろうか。”我らの為すべきことは何だ壁にぶつかる事もあろう迷うことも 立ち止まることも故に 手を取り合うのだ"これは『熊本城で会おう 武士の魂2026〜最終章〜』初日に我らが披露した演舞「竜驤虎視」冒頭の群唱を一部抜粋した言葉である。此度モノチカが最終章を迎えるにあたり、我らの演舞構成をどうするか軍議を重ねたのじゃが、この竜驤虎視の群唱は、わしが是非やりたいと申し出て実現したものじゃ。熊本地震から十年。十年は長いようで、あっという間にも感じられるような…不思議な感覚である。この十年間の我らの心境を言い得ておるのが、この群唱だった。あの惨状を見たとき、我らは自分たちの無力さを思い知った。なんとかしなければならないしかし、どうすることもできない活動休止を余儀なくされ、我らの隊は存続すら危ぶまれた。“我らの為すべきことは何だ”考えに考え、たどり着いたのが『モノノフノチカラ』であった。十年前当時、熊本城の復興は"いつ終わるともわからぬ"長き戦であった。人は終わりが見えないことには、立ち向かう勇気と希望を持つことは難しい。故に、400年前にあらゆる苦難を乗り越えてきた我ら武士が先頭に立って皆を鼓舞し、進むべき道を示す。苦しいときこそ前を向け一人一人の力は小さくとも、皆が力を合わせれば大きな力となる我ら自身が「本当にこれで良いのか?」と迷ったこともあった。じゃが、全員より集いしモノノフ達がチカラを貸してくれたことで、次第に迷いは消えた。我らは、決して一人ではない。こんなにも頼もしき仲間たちがいるのだ、と。参陣せし全武将で舞った新演舞「モノノフノチカラ」正にこの十年の集大成、そして我らの目指す志を象徴するよき演舞になったと思う。"我らの志すものは民の笑顔 日ノ本の明るい未来"モノチカは最終章が閉幕したが、無論、我らモノノフの役目は続く。本日は3月11日。東日本大震災の発生より15年。離れていても、心はともにある島津義弘

    惟新伝心〜モノノフのチカラ〜
  5. 島津義弘である。皆の衆、息災であろうか。我らが新しい甲冑へと切り替えてから、はや一週間。わし自身も、この新しき陣羽織が馴染んできたことを感じる。何名かの客人から、新しき甲冑・陣羽織の柄や色合いについて質問があった故、此度は考えあってこの色と柄を選んだ陣羽織について話しておこう。今回わしが陣羽織に関してこだわった点は「白色」「鳳凰柄」この二点であった。わしは四百年前、豊臣秀吉様より白い鳳凰柄の陣羽織を賜ったことがある。関ヶ原の合戦直前、わしは薩摩にいる兄上、義久公へ援軍を送って欲しいと何度も何度も要請したが、兄上からはわしが望んだような回答は得られず…。そんな悲壮感漂う状況の中、真っ先に薩摩から手勢を引き連れてわしの元へ参陣したのが、我が家老の長寿院盛淳。これは当主である兄上の意向を無視したかたちでの参陣。わしの危機を救わんがため、命を捨てる覚悟で駆けつけたわけじゃ。わしは長寿院の忠義に感涙し、手を取って喜び出迎えた。この忠義に報いるため、例の秀吉様より賜った陣羽織を長寿院に授けたのじゃ。その後は皆も知る通り、わしの属した西軍は合戦に敗れ、我ら島津軍は敵中突破を敢行して脱出を図ることに。そこで長寿院は我が下知を授けるより早く、わしが授けた陣羽織を羽織ることで影武者となり、「我こそは島津惟新なり」と名乗りを上げ、敵陣深く切り込んで行き、やがて姿が見えなくなった。わしが薩摩へ生還できたのは、長寿院の武働が大きかったことは言うまでもない。つまりこの陣羽織は、あのときの長寿院の奮戦を想い、少しでもあの陣羽織に近づけたかったのじゃ。この陣羽織を羽織ると、長寿院や豊久ら、わしを守るために命をかけて戦ってくれた家臣達の力が宿るような気持ちになれる。甲冑・陣羽織を仕立ててくれたるは、島津領である薩摩川内市の「甲冑工房 丸武」この甲冑と陣羽織があれば、徳川の軍勢も、井伊直政の追撃も恐るるに足らず!素晴らしき仕事ぶり、大義であったぞ‼︎モノチカにて数量限定販売しておった「島津義弘 鎧Tシャツ」を買ってくれた者もありがとう!(わしとお揃い!これを着て来年、熊本城マラソン走ってみないか?)他にも新しき甲冑について聞きたいことがある者、写真を撮りたい者はまたわしの元へ参るが良い!では本日はこれにて。皆の衆、明日もよき一日に。島津義弘

    維新伝心〜我が陣羽織に込められし想い〜