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熊本城おもてなし武将隊武録ー雲外蒼天ー
本日も熊本城御登城、誠に有難う御座った。卯月四月十一日になんと肥後熊本の上空にブルーインパルスがやって参る!熊本復興飛翔祭の九年ぶりとの事!非常に楽しみじゃ。『熊本復興 飛翔祭2026~熊本地震から10年 復興そして未来へ~』と題し二の丸広場では様々な催しも計画されておりまする。熊本城駐車場は終日閉鎖されまするご移動・御登城の際は公共交通機関をご利用くだされ。詳しくはこちらを刮目せよ。ブルーインパルス展示飛行~熊本地震10年関連事業~熊本市の公式観光サイト。熊本城や水前寺成趣園などの観光地をはじめ、グルメ、イベント、特産品など、心にグッと来る熊本の魅力を紹介します。kumamoto-guide.jp以上大村丹後守喜前がお送り致した
皆の衆、息災か!熊本城おもてなし武将隊は、加藤肥後守清正が筆を執る。戦国の世より四百有余年。時は令和の世となりても、武士の魂は不滅なり。此れよりは我が武録「清正現行録」の刻じゃ!〜新たな装束〜先日、「熊本城で会おう 武士の魂2026 最終章」にて、我らが装束が新たになった。皆の衆の多くがその意図を熱心に聞いてくれ、我が隊の将・姫も己が装束について思い思いに解説しておる。改めて此度は儂もこの場を借り、新たなる装いについて語って参ろうではないか。〜絵師が選んだ色〜後の世の絵師たちは、儂を描く折、好んで朱の陣羽織を纏わせた。月岡芳年しかり、歌川国芳しかり、歌川芳房しかり、落合芳幾しかり枚挙に暇がない。なぜその色を選んだか、絵師自身の言葉は残らぬ。されど一枚また一枚と積み重なるうち、「加藤清正といえば朱」という視覚の記憶が、人々の間に静かに刻まれていった。その記憶は、現代にも脈々と受け継がれておる。かねてよりご縁をいただいたコーエーテクモゲームス殿の「信長の野望」作品でも、儂は朱と金の間、橙ともつかぬ陣羽織を纏うておる。武者絵から令和の「ゲーム」に至るまで、時代を超えて同じ色の系譜が選ばれ続けておるのである。また先日、加藤神社の拝殿に縦約五メートル、横約十五メートルの大天井画も新たに奉納された。熊本地震からの復興事業の集大成として、画家・井上文太殿が「国宝を作ろうという思いで描いた」と語ったその大作。中心には儂と寄り添う虎、両脇には熊本城を想起させる白と黒の虎が空を駆ける。題目は「平和と共生」。その天井画の中の儂の陣羽織もまた、朱と金の境のない色をしておる。朱は、火の色であり、煌めく陽の色であり、退かぬ者の色である。金は、その炎が極まったときに放つ輝きの色である。言葉にせずとも、色で語り継ごうとしたものが、そこにあったのであろうか。〜実物の甲冑が語るもの〜では、戦国の世に儂が実際に纏うた甲冑は何色であったのか。我が菩提寺・本妙寺に今も伝わる具足がある。白檀塗に蛇の目紋を金蒔絵で描いた仏胴具足。現在も儂が熊本城で纏う其の甲冑。胴の表面は漆で塗り上げられ、温かみある朱色である。絵師たちが描き続けた儂を表す色合いは、本質を突くものであったのじゃ。*所蔵館:東京都立中央図書館〜新たな二着に込められたもの〜此度、儂のもとに新たな甲冑と二着の陣羽織が揃った。甲冑は本妙寺所蔵のものに、より近い色合いとなった。籠手、佩楯、脛当ての布地に至るまで、随所に朱を配すもの。陣羽織の一着は、陣営が新たに誂えてくれた金のもの。もう一着は、儂の生誕地・正悦山妙行寺より賜った陣羽織。黒地に、曼珠沙華とも花火ともつかぬ炸裂するような朱色の文様が全面に躍る、誠に豪壮な一着である。さながら艶やかな朱の炎が、儂の背を包むが如し。金と朱。二色が揃ったことで、儂は合点がいく想いを得た。朱は深く燃える炎の色、金はその炎が頂に達したときの輝き也。もとより対立する色ではない。同じ炎の、明と暗。同じ想いの、二つの形なのである。気づけば、絵師たちが幾百年描き遺した色と、天井画の色と、本妙寺の甲冑の色、すべてが同じ場所へと辿り着いておった。〜改めて想う〜儂がこの世に生を受けたる生誕地・妙行寺の朱。我が魂を四百余年守り続ける菩提寺・本妙寺の朱。始まりの地と、終いの地。縁深き両地より同じ色が今、熊本城に集う。熊本地震から十年という、此の節目の年に。此れを偶然とは思わぬ。後世の民が儂に重ね続けた想いが、時を超えて今、此の場に宿ったのであろう。朱と金は、儂一人の色にあらず。四百有余年、儂を想い、描き、祈り続けた人々の願いの色じゃ。人は一代、名は末代。誓いも新たに、今日もこの熊本城の前に立つ。熊本地震より十年。復興への願いを込めて。此度の武録は此処迄也。【加藤肥後守 豊臣朝臣清正】
光丘自治会
2026年2月10日火曜日桜ヶ丘ボウリングセンターにて23名の参加をいただき、2階フロアーをほぼ貸し切りだったでしょうか?味のある球を繰り出すツワモノありストライクに喜びを全身で表す明るい方々。楽しいボウリング大会となりました。念のため、総合点数で断トツ優勝は原田さんでした。おめでとうございます。
市民自治ノート - NPOまちぽっとから
「これから起こることを全て記録に残そう」渡辺は覚悟を決めた<被災記者 河北新報・渡辺龍の5年6カ月(1)>河北新報 2026年3月9日https://kahoku.news/articles/20260308khn000016.html?bdmlc=MTAwMjk5XzUzNTRfNjg4MDUyMDlfMQ&bdl=3東日本大震災の津波で、宮城県南三陸町にあった河北新報の志津川支局(現気仙沼総局南三陸分室)も流失した。駐在記者の渡辺龍(りょう)は南三陸の復興の歩みを追い続けたが2016年9月、大腸がんのため43歳で死去した。震災から15年。渡辺は南三陸の何を伝え、どんな未来を思い描いたのか。被災記者の軌跡をたどった。(門田一徳)
市民活動家やすゆきの「埼玉県久喜市」情報のブログ
価格は高いけど、仕方がないという感じですね。ある意味では、暫定税率が廃止されているから、この程度で済んでいるのかもしれないし、東日本大震災直後のガソリン不足を知っているので、ガソリンスタンドに行って、ガソリンが給油できるのならまだいいのかという気持ちもあります。むしろ、このイラン紛争が長期化して、日本が備蓄している石油がなくなった時が怖いのであって、現在の農業は完全に機械化されているので、農業機械は石油燃料で動いているし、いろいろな温室野菜も冬の時期は重油を燃焼して栽培しているわけで、長期化すれば日本経済に対する大打撃になります。たぶん、サウジアラビアはホルムズ海峡を通らずに、紅海側から輸出する方法を検討中とは思いますが、自動車輸出も中東諸国は丈夫で壊れない日本車をたくさん購入してくださっているのだけど、中東諸国に輸出できないから日本の工場で中東向けの自動車が出荷がむずかしい状況になっています。このままガソリン不足が進めば、電気自動車への買い替えが進むかもしれません。ただ、我々庶民には自衛策はないのであって、不要不急の外出を避けるぐらいしかないわけで、逆に今のうちに行きたいところがあれば外出しておいたほうがいいのかもしれませんね。