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西宮の筋肉議員、川村よしとの活動日記。
◆Wine&Space Puzzle.HJRさくら夙川駅から南へ徒歩7分、フォロワーさん教えてもらったオシャレな立ち飲みワインバーで、ワインの販売もしています!(むしろそっちがメインかも…)ナイスミドルのマスターが丁寧に説明してくれます😊ワインはもちろん、サラミやチーズ、ナッツ(即購入でした!)もこだわりの逸品揃いです😋・・・さて、いよいよ3/22~は西宮市長選挙ということで、啓誠会出身の田中まさたけさんと共に街頭活動も開始しています!3月定例会の予算審査真っ只中なので、市長選挙に関する細かいお話はまた定例会後にしようかと思いますが、個人的にはとにかく投票率を上げるための呼びかけをしている感じです。まさたけさん、背が高くて立ち姿カッコいいんですよね。実は秋頃にオーダースーツを3着作ったのですが、薦めて正解でした!僕はあと+10cm身長が欲しかったです🥲過去を振り返ることは今回の選挙を盛り上げることにも繋がるだろうということで、西宮市長選挙について簡単にまとめてみました。当時の出来事もいろいろあってお楽しみいただけるかと思うので、興味のある方はリンク先とその付近のBlogをご覧ください!◆2022年:41.28%田中まさたけさん、吉井くん(2期引退)、かみたにゆみさん(2期で引退、何と今回市議補選に出馬予定!この件は別途書きます!)と共に新会派・青嵐会(後に政蘭会に改名)を結成して、吉岡政和さんと共に戦いました。何度も書いているので、詳しくは過去のBlogをご覧ください(笑)下のふたつ以外にもたくさん書いています!→「本当の政治方との、幸せな選挙でした。」→「新会派『政嵐会』の結成と、吉岡さん立候補までのウラ話。」◆2018年:37.52%今村さんの任期満了直前の辞職に伴って行われた選挙でした。候補者6名が乱立する選挙で、僕は当時の所属会派の先輩である吉岡政和さんを応援。保守分裂の結果、石井さんに108票差で敗れる波乱の展開となりました。→「本当に、申し訳ございませんでした。そして、ありがとうございました。」◆2014年:36.41%現職で2期目を目指す河野さんを、市議4期途中で辞職した今村さん(僕は学生時代にボランティアをしていました)が勝利。→「西宮市長選挙に思う。」業界の常識を覆す選挙だったものの、今村さんは選挙公約を実行せずに行政改革は進みませんでした。議会から厳しい追及があるだけでなく、自身の問題発言もあり任期満了を待たずに辞職。→「市長の退職金減額を提案しました。」◆2010年:33.65%市長だった山田さんが病気で辞職したので行なわれた市長選挙。僕は同時に行なわれた西宮市議会議員補欠選挙に立候補しましたが落選…。約半年間活動しましたが、当選した方々に全く歯が立ちませんでした。当時、澁谷議員と鷹野議員(当時はまだ大学生)が活動を手伝ってくれたのも懐かしいです。市長選挙は副市長上がりの河野さんが、元衆議院議員の大前さんを2,648票差で破って初当選でした。ちなみに、号泣議員として有名になった野々村さんも立候補していました。◆2008年:32.93%教育長上がりの現職市長だった山田さんが3期目の当選。圧勝でした。6名が立候補した選挙で、現西宮市議の八木議員(前議長です)が議員辞職して挑戦していました。僕は社会人1年目でしたが、当時市議の今村さんから連絡をもらって八木さんの応援に行った記憶があります。野々村さんはこの辺から西宮市内の選挙に手当たり次第に出馬して、その甲斐あって2011年に様々な状況も手伝って初当選したというこぼれ話もあります(笑)◆2004年:26.81%僕が大学1年生の時で投票にも行っているはずなのですが、全く記憶にありません(笑)2期目を目指す現職の山田さんと対立候補1名の一騎打ち。結果から察するにおそらく全然盛り上がらない選挙だったのだと思います。ちなみに、僕はこの選挙の半年後くらいから2期目の西宮市議だった今村さんの事務所ボランティアスタッフになりました。◆2000年:34.34%記録から察するに、バチバチに盛り上がった市長選挙だったのだと推察されます。現職の西宮市議会議員で、当時を知るのは7期目以上の方。ほんの数名ですね。新人5名が乱立する選挙でしたが、実質的には教育長だった山田さんと元衆議院議員の大前さんの一騎打ち。28票差で山田さんが勝利しています。・・・立候補者数によっても変わってきますが、直近では上昇傾向にある投票率。今回の選挙でも更に投票率を向上させて、みんなで新たな西宮市長を選びたいですね!それでは、今日はこのへんで。ありがとうございました!川村よしと
熊本城おもてなし武将隊武録ー雲外蒼天ー
皆の衆、息災か!熊本城おもてなし武将隊は、加藤肥後守清正が筆を執る。戦国の世より四百有余年。時は令和の世となりても、武士の魂は不滅なり。此れよりは我が武録「清正現行録」の刻じゃ!〜軍議の刻、開幕じゃ〜此度、我らは熊本城おもてなし武将隊は「熊本城軍議の刻」を開催する。日時は三月二十一日土曜日、十一時半からの演舞の後。場所は城彩苑、親水空間にて。演舞の余韻冷めやらぬまま、そのまま我らの軍議を楽しんでくれ。此度の題目は、「戦国武将の愛読書〜武士は何を読んでいたか〜」である!〜書物に親しむ〜皆の衆は、戦国の武武士が書物を読んでいたと聞いて、どう思うか。「弓と刀、槍の世に読書?」と首を傾げる者もおるかもしれん。そう思うのも無理はなかろう。儂はかつて、掟書にて家臣にこう言い聞かせた。「学問に精を入れよ。兵法の書を読み、忠孝の心がけを持つことが肝要なり」と。これは綺麗事ではない。儂自身が、書物に幾度も救われてきたからこその言葉である。かの武田信玄公は孫子の言葉を旗印に掲げ、徳川家康様は吾妻鏡を繰り返し読み幕府を構想し、直江兼続殿の蔵書は、敵であった徳川様さえも羨んだ。そして儂もまた極限の戦さ場で書物に支えられ、先人の言葉に涙し、猿と共に論語を読み、民と共に川を治めた。書物とは、時を超えて先人と語らう事じゃ。我らが如何に書物によって影響を受けたのか、軍議を以て皆の衆に直に語って参ろうぞ。〜さあ、共に学ぼうぞ〜論語に曰く、「学びて時に之を習う、亦説ばしからずや」。学んだことを繰り返し身につける。それが説(よろこ)びじゃと孔子は言うた。この軍議が、皆の衆にとって書物を手に取るきっかけとなれば、これに勝る喜びはない。三月二十一日、城彩苑にて待っておるぞ。此度の武録は此処迄也。【加藤肥後守 豊臣朝臣清正】
川口市と日本を想う ふじしまともこのブログ
3月12日は一般質問の最終日で登壇者は二人でした。最後の岡本さゆり議員は2月の市議補選で当選した新人さんです。岡本議員は反差別と子育て支援の議員なのだと分かりました。質問の最後に怖がっているのは誰なのか?という話をされて安田浩一氏の言葉を引用してクルド人の中学生の女の子が駅を通る時にヘイトの言葉に会わないように祈りながら通る。という話をしました。これは聞き覚えがありました。「ごちゃまぜ川口」の開会式で聞いた話と同じだと思います。他にも解体工事をしている方など大人のクルド人も怖がっていると伝えてくれました。議場は静まって神妙な感じで話を聞いていました。岡本議員が話を全部終えて拍手を受けて席に戻り一般質問の時間が終わって全員退席する時私が議場の出口付近に差し掛かった時傍聴席から「…外国人差別するな」と声が聞こえました。傍聴席の方を見たらざわついていてどこかからか「うるせーだまれ」だったかその類の言葉が飛びました。傍聴席からなのか議場側なのか誰が発言したのか私の位置からは分かりませんでした。私も他の議員も皆そのまま退場しましたが傍聴席からの発言は禁止されているのでこんなのいいのか?ダメじゃない?すごい傍聴者来たな〜と苦笑いしながら廊下をスタスタ歩いていきました。結局、発言者が誰なのかは分からないのでそれから先はとくに話が深まることもなく追加議案の方に意識が向かっていきました。最後の発言者不明の二言は不穏なことで良くないことなのですが岡本議員は一人会派で初めての一般質問をやり遂げて立派だと思います。彼女が反差別と外国人の人権擁護を堂々と川口市議会で訴えてくれたのは痛快でした。
八十のいろは帖を開いていただき有難うござりまする。モノチカから丸々一週間が過ぎ去りました。じっくりと振り返るのも、本日が最後じゃ。ゆえに、題名にも「終(つい)」と記させていただきました。昨日までの週末は、土曜「TKUお城フェス」「第57回春のこどもスケッチ大会」日曜「熊本城太鼓響演会」「居合切り演武」と、春のくまもとお城まつりがさらに盛り上がりました!城下町でも二日間の「くまモン誕生祭2026」が大いに盛り上がり、参戦者の小さき姫が本日の城彩苑にお越しになり、「また来年も参戦したい」という旨お話くださりましたよ!スポーツの面でも、野球「火の国サラマンダーズ」が開幕戦を迎え、北九州下関フェニックスとの試合に連勝。籠球「熊本ヴォルターズ」が強豪・福島ファイヤーボンズに連勝を重ね、鮮やかな「水色」の戦装束(ユニフォーム)にて、熊本の豊かな地下水保全を発信する「水フェス」を大いに沸かせました!モノチカから始まった「春のくまもとお城まつり」の熱気は、熊本城全体に広がり、さらに城下の催し事やスポーツの試合も盛り上がりを見せておりまする!春の熊本が大いに盛り上がる様子を見られて、嬉しく思いまする。モノチカの二日目を振り返ってみますると、お客様方や食の陣、御協賛出展の方々と、初日よりも交流する時間を持てたことを有り難く思いまする。まずは「想い出写し絵処」から始まり、食の陣にて、わたくしのこらぼ商品「阿蘇いちごフラッペ」を購入いたしてまいりました。ラジオの電波戦・前半戦のお供として、止まらぬ「とーく」でからからになった口中を、優しい甘みと冷たさで何度も復活させてくれましたゆえ、電波戦でもご紹介させていただきました!二日目は、初となりまする「鬼塚えりこ」姫とともに、ひねもすラジオくまもとをお届けいたしました!此度の共闘は初めてながら、わたくし達の矢のようなお喋りの中、えっくす の感想を紹介くださったり、職人技のとーくを余す所なく振るってくださりました!二日目はほとんどの時間を、らじお生放送で過ごさせていただきました。げすと にお迎えいたしましたのは、直江兼続さま、火焔どの明智光秀さま(みっちゃん)清原清衡さま、金売り吉次どの平宗盛さま、平重衡さま島津さまがお相手なさりました、真田幸村さま、筧十蔵さまおね様後藤又兵衛さま、博多屋源どの成田長親さま井伊直政さま、服部正成さま堂々たる最終章の締めに伊達政宗さま徳川家康さま、父・加藤清正公最終章、そして最終日という想いはござりましたが、電波戦は楽しく賑やかに過ごして参りたいというのが、わたくしの切なる願いでござりました。それにお応えくださるかのように、皆様がそれぞれに、笑いあり、つっこみあり、たくさんの愛ありの、素晴らしき時間を作ってくださりました!らじおというのは、一期一会。聴いたらその場で聴き流し。一瞬一瞬のお話が、現れては消える泡沫のようで、少しずつ終わりに近づいている、という鮮明な感覚に胸が詰まりました。二日間。いえ。四年前に始まった「ひねもすラジオくまもと」の長い歴史に幕を引きました。以前のお身体であった父上と、黒田官兵衛様をお見送りした年から関わらせていただいた生放送でござりました。この生放送の陰には、多くの方々の職人技と温かいご助力がござりました。毎年、長い生放送を支え、初めは右も左も分からぬわたくしに、らじお電波戦とはどのようなものなのか、教え導いてくださった殿。最後の年だけは、ご一緒すること叶いませんでしたが、心から感謝しておりまする。たくさんの隊の皆様のご予定を調整してくださり、また事前にどのようなお話しをしていくのかなど大きな流れから、細かな時間の設定までをやってくださっておった姫。本番のこまかな時間の調整や、たくさんの方々の声がしっかりと放送に乗り、全国へ届くようにと機材の調整など、職人技を発揮してくださった殿。わたくし達だけでは、二刻を超える生放送は決して展開できませぬ中、歴代ぱーそなりてぃとして共に放送を支えて来てくださった、高智穂さくら姫、安和博子姫、鬼塚えりこ姫。たくさんの方々のご協力とご助力により、公開生放送という素晴らしき舞台を毎年お届けすることができました。寂しい。寂しゅうございまするが、いつかまた、やりたいの。舞台からは、抱腹絶倒の大綱引きや、熱気あふれる演舞の音が、らじお生放送小屋まで響いてきておりました!なぜ、大綱引きで腕立て伏せが始まるのか、一切分かりませぬが、とても楽しかった、というお声を聴いておりまする!笑顔が溢れるモノチカ。最高でござりまする!最後には、止まらぬ涙をおさえながら、舞台の上から見る「熊本城と客席の皆様」という、わたくし達だけの特別で大切な景色を、ふたつの瞳にしっかりと焼き付けました。熊本城、笑っておりましたよ。モノチカは最終章を迎えましたが、武士の魂はいつまでも無くなりませぬ。わたくし達の日々のおもてなしが、再び日の本全土の武士たちを、ひとつの舞台に結びつける日が来ることを、心から祈念いたしまする。たくさんの想い出と共に在るモノチカ、大好きじゃった!そして、熱き想いと共に、わたくしの心にこれからも永遠に。此度はここまで。皆さま方、ありがとの。八十物事の始まりを表す「いろは」。当世での新たな人生の「いろは」より、生きる道にある様々な出来事をしかと噛み締め、過ごして参りまする。花のように朗らかに、明日も幸せに生きて参りましょうの。
市民活動家やすゆきの「埼玉県久喜市」情報のブログ
望外の高順位です。結果的に伏線回収の日のような形になって、久喜市役所本庁舎正面玄関脇の思いやり駐車場が県の方針に合うような形でペイントされたり、寺田団地脇の交通標識が新しい見やすい標識になったりするのは正直に言ってうれしいです。私の発言がものすごく市職員の方に評判が悪いことは聞き及んでおります。しかしながら、私が発言することによって、障害を持つ方や妊婦さんが市役所に来ることが容易になるとか、少しでも寺田地区の交通事故が減るとか、この地区は交通安全にも防犯にも力をいれているからという理由で犯罪が減るのならうれしいです。ほとんど読めなくなった啓発看板などはむしろない方がマシなのであって、久喜市は圏央道ができたことで、犯罪組織の標的になっているのだから、地域の防犯力を高めて、児童生徒や身体的弱者の方を地域のみんなが守らなくではいけないのてす。とはいえ、個人の活動や地域コミュニティや地域に根付いた団体の力には限りがあります。そのことについても、全部あいまいにしておいて、市に電話して聞いてくれれば答えますではなくて、ガイドブックや市のホームぺージで可能な限り丁寧な説明を尽くすことが重要です。課長や担当者の裁量で助成金がいただけたり、いただけなかったりするようでは困りますし、助成金要綱があるのに、市のホームぺージにもガイドブックにも必要な情報が掲載されないのは市の怠慢なのです。私は恫喝しているつもりはないのですが、ほんの少しだけ片耳の聴力が悪いので、つい大声になるときがあります。もちろん普通に接客していただいている分には大声を出すことはないのですが、あまりにも市職員の対応がひどい時には多少大きめの声になる場合があります。それにしても、抗議の意を示す程度で怒鳴りつけるわけではないのですが、ある意味ではカスハラ認定されるよう誘導されているのかもしれません。それでも、なるべく国や県のホームぺージを調べ、さいたま市や春日部市のホームぺージを調べて、市のデジタル例規集も調べてからいろいろなことを質問しているつもりです。それでも、それこそ、国や県の通達文書を読んでいるわけではないですし、勘違いをするときはあります。ただ、最初から聞く耳を持たないのはおかしな話であり、聞くだけは聞いて、修正するかどうかは課内で協議して、最終的には課長が判断するべきことだと思います。私は一ミリでも久喜市が良くなればと思っていましたが、今のところは3メートルぐらいは久喜市が良くなったのではと思っています。発言すれば批判されることはわかっていますが、発言して久喜市が良くなるなら臆せず発言するべきです。評論家みたいに抽象的な概念だけ発言するのなら、とてもお気楽ですが、それではいけないと思います。私は嫌われるのを覚悟で意見を言い続けます。市議選に出るわけでないので、失う票はありませんからね。